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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 61

「おかしいな……」 
 先に男子更衣室でつなぎに着替えた島田は入ってきた誠にそうつぶやいた。
「何がですか?」 
 とりあえず自分のロッカーから勤務服を取り出しながらこたえる誠。それをじろじろと主計下士官の徽章を直しながら見つめる菰田。朝のいつもの部隊の光景。ようやく戻ってきた日常に誠は少しばかりわくわくしていた。しかし島田の表情は浮かない。
「分からないのか?すでに運行部の女の子達が全員来てるんだぞ」 
「ああ、あの人達は遅刻の常習犯ですからね……」 
 誠も菰田にそう言われるとようやくちょっとした異変に気がついた。そして朝の吉田から保安隊運用艦である『高雄』の副長のアイシャにデータが届いたことを思い出していた。
「そう言えば吉田さんからクラウゼ少佐にデータが渡ってましたけど……」 
「なんだよ、それを早く言えよ。……何か特別任務かね」 
 ロッカーの奥の丸椅子に腰掛けた島田が腕組みをして難しい顔で誠をにらみつけている。にらまれて怯みながらワイシャツに袖を通していた誠の後ろのドアが突然開いた。
「遅くなりました!」 
 入ってきたのは第三小隊のルーキーであるアン・ナン・パク軍曹だった。突然の出来事に島田が椅子からずり落ちる。
「突然でかい声を出すんじゃねえよ!」 
「すみません……」 
 しなを作るアン。菰田が苦虫を噛み潰したような表情で隣のロッカーに手を伸ばすアンを避ける。
「でも運行部の隊員が早出……読めないな」 
「読めないな」 
 いつもは犬猿の仲の島田と菰田が腕組みをして思案にふけっている。その様は見ていると少しばかり滑稽でつい誠は笑いそうになってしまっていた。
「運行部の早出が関係するのかどうかは知りませんが、なんか一階であるみたいですね」 
 何気なくアンが上着を脱ぎながら言った言葉に二人はアンへ詰め寄った。突然の上官の接近に頬を赤らめつつ戸惑うアン。
「島田さん……そんな……僕には心に決めた人が……」
「そんな話は良いんだ!何を見てきた?何かあったのか?」 
 頬を染めるアンの言葉を無視してじりじりと島田の顔がアンに近づく。そしてその心に決めた人がたぶん自分だと想像した誠は好奇心と恐怖の感情が入り乱れるなかじっとアンの言葉に耳を済ませていた。
「何がって……」 
 ためらうアン。その言葉がいつものやけに色気があるものだったので島田も菰田も諦めたようにため息をついた。
「おい!このぼんくらども!」 
 要の叫びと同時に更衣室のドアを蹴り上げる音が響いた。
「壊さないでくださいよ!」 
 なんとか島田が叫ぶと外でささやきあう声が響いていた。
「西園寺さんが……俺達に用事か。……一体何事なんだ?本当に」 
 菰田が目をアンに向ける。だがアンは相変わらず熱い視線を誠に向けるばかり。室内の男性隊員にはただ不思議な現象が起きていると言う事実しか知ることはできなかった。
「誠ちゃん!早くしなさいよ!」 
 今度はアイシャの声だった。注目の運行部のナンバー2の登場にさらに誠達は混乱した。
「じゃあ、俺が出るわ」 
 覚悟を決めたと言うように島田が扉を開く。そこには再び扉を蹴り上げようと右足を準備していた要が立っていた。
「痛え!」 
 思い切り要に弁慶の泣き所を蹴り上げられた島田が痛みのあまり倒れこむと転がりまわる。
「大丈夫か?」 
「ベルガー大尉……大丈夫に見えますか?」 
 カウラに手を借りて立ち上がりながらも顔をしかめている島田。自分じゃなくて良かったと言うような表情を浮かべている菰田がアイシャの手にクラッカーが握られているのに気がついた。
「何かめでたいんですか?」 
「菰田ちゃん……実はカウラが菰田ちゃんのことを……」 
「くだらないことは止めろ。子供ができたんだ」 
「え?菰田とベルガー大尉との子供?」 
 島田は痛みに思考回路を停止させながら搾り出すように言葉を口にした。あまりに突拍子も無い島田の言葉に今度は要が腹を抱えて笑い出した。
「菰田!良かったな!一人前の男になれて!」 
「西園寺さん!何言っているんですか!」 
 顔を真っ赤にする菰田。隣で理解できずに固まっているカウラを見て今度は菰田の顔が青く染まった。
「本当にもう……要ちゃんたら。赤ちゃんができたのはカウラちゃんじゃなくて!お姉さんよ」 
 アイシャの言葉でようやく誠も事態が理解できた。
 保安隊運行部。部隊を運用する巡洋艦『高雄』の艦長鈴木リアナ中佐は数少ない部隊の既婚者だった。穏やかな性格で刺々しいほかの女性部隊指揮官達が『姐御』扱いされている中で彼女は『お姉さん』と呼ばれて親しまれていた。
「知っちゃうと普通ですね」
「だな」 
「なに?誠ちゃんに島田君。つまらなそうじゃない」 
 アイシャに言い寄られて苦笑いを浮かべる二人。それを見るとアイシャは二人にクラッカーを持たせた。いつの間にか来ていたサラやパーラもアンや菰田にクラッカーを渡す。
「もうそろそろ来るから。これでパーンてやるのよ」 
 サラの言葉に誠と島田は顔を見合わせた。
「来る?挨拶に行くんじゃ……」 
「狭い部屋に入られても迷惑でしょ?それなら部隊をぐるりと回ってお祝いした方が良いじゃない」 
「まあ……そうですかね」 
 なんとも狐につままれたような表情で納得してみせる島田。誠も仕方が無いと言うように廊下に並んでいた。目の前の医務室には医務間のドム大尉が運行部の黄色い髪の下士官からクラッカーを受け取って階段を上がってくるリアナに向けてクラッカーを鳴らした。
「おめでとう!」 
 ドムの言葉に合わせるように誠達もクラッカーを鳴らす。白い長い髪のリアナが手を振りながらそれに答えた。
「おめでとうさん」 
 なぜか関西弁で言うと要も遅れてクラッカーを鳴らした。
「みんな!有難う!」 
 純粋無垢な表情で手を振るリアナ。SP気取りのシャムが彼女の前で手を振る隊員に目を光らせている。
「なんでシャムが?」 
「吉田君から頼まれたんでしょ?お姉さんが喜びすぎて無理しないようにそして……」 
 アイシャの言葉が終わらない時にすでにリアナは手にマイクを握っていた。
「皆さんのおかげでここまで来れました……私は……私は……」 
「お姉さん!演歌禁止!」 
 早速シャムがリアナからマイクを取り上げた。
「なんで?シャムちゃん!」 
「おなかの赤ちゃんがかわいそうでしょ?」 
 シャムに言われてしばらく理解できないというように首をかしげるリアナ。誠もリアナの電波演歌の被害を体験したことがあるので胸をなでおろした。
「胎教……どうなると思う?」 
「要ちゃん……私に聞かないでよ」 
 要の問いに半分やけになって答えるアイシャ。リアナはシャムからマイクを取り上げられて少ししょげながら廊下を隊長室へと歩いていた。
「おめでたいな」 
「なに?カウラちゃんが言うと皮肉みたい」 
「別にそんなつもりは無いがな。私も興味深い出来事だと思うよ」 
「硬いねえ……もう少し柔らかく物事考えなきゃ」 
 不器用に笑うカウラに要が呆れたような視線を送る。
「それじゃあ……私は色々あるから」 
「サボるなよ」 
 アイシャは要にチャカされながら階段を駆け下りていく。要とカウラは安心したように深呼吸をした。
「それじゃあ詰め所に行くぞ」 
 そう言うとカウラは更衣室で着替え途中の誠に一言言うとリアナ達の行列に付き合って廊下を実働部隊の詰め所へと歩いていった。
「隊長!」 
「おう!おめっとさん!」 
 リアナが隊長室に入るとにこやかに嵯峨は彼女を迎え入れた。隣には笑顔の明華が、その隣の小さなランはまるで子供の手のような両手で大きく拍手をしていた。
「この部屋は空気が悪いからな……窓を開けるか?」 
「厳しいねえ……マリアは」 
 窓に向かう金髪痩身のマリアを隊長の椅子に座ったまま苦笑いで嵯峨は見つめていた。
「それより兄さん。リアナさんが抜けるとなると……」 
 背広の小男が嵯峨を兄と呼びながら難しい顔でリアナを見ていた。
「高梨さん。すぐに休むわけじゃないですから」 
「でも鈴木中佐。お体が第一ですよ」 
「そうだな。アイシャの馬鹿も使えるようになってきたんだ。楽したってバチはあたらねーと思うぞ」 
 嵯峨の弟で管理部部長の高梨渉と部隊副長のクバルカ・ランの言葉にリアナが微笑みで返した。その時部屋の扉をノックする音が響いた。
「開いてるぜ!」 
 めんどくさそうに叫ぶ嵯峨の言葉を聞くと扉が開いた。そこには噂のアイシャの他に要とカウラ、そして誠が神妙な表情で立っていた。
「遠くにいても始まらねえよ!こっち来い!」 
 入り口で黙って歩哨の真似事をしているシャムと吉田を白い目で見ながら誠達は部屋に通された。
「お疲れ様だね。例の犯人の身柄の確保。結果オーライと言うところか?」 
「相手が相手とはいえ、一名負傷。室内戦闘の訓練が必要な感じだがな」 
 嵯峨の言葉に警備部部長として室内戦闘などの訓練の指揮を担当しているマリアの厳しい言葉が飛んだ。
「はあ、申し訳ありません」 
 片腕を落とされ腹に七発の銃弾を受けて義体を駄目にした要が渋々頭を下げた。
「それにしてもアイシャ。行けるか?艦長代理」
 椅子に座った嵯峨の見上げる挑戦的な視線にアイシャは余裕の笑みを浮かべる。 
「隊長の指示なら」 
「指示よりもオマエさんのやる気が重要だ。行けるか?」 
 嵯峨の言葉に部屋の中の人々の視線がアイシャに集中する。アイシャは照れたように自分の頬を右手でつつきながら嵯峨を見つめていた。
「できる限りがんばります」 
「まあいい返事だ。できないことはやっぱりできないからな」 
 アイシャの答えに満足したように嵯峨が笑う。それを見てリアナは手を叩いた。
「それじゃあお祝いしないと!」 
「酒抜きでな」 
「えー!」 
 マリアの『酒抜き』の一言に要が思わず叫んでいた。
「あのねえ、要ちゃん。リアナお姉さんのお腹には赤ちゃんがいるの。分かる?」 
「だからってアタシ等まで酒禁止なのか?」 
 不満そうに周りを見る要。だが誰一人として助け舟を出す様子は無かった。
「主賓が飲めないのに祝う側の人間が飲んでたら意味ねーだろ?そのくらい分かれよ」 
 子供のような体に似合わず酒飲みのランに言われて要がうなだれた。
「それは良いとして……シャム!」 
 衛兵の真似をしているシャムに声をかける嵯峨。声をかけられてすぐにシャムはドアを開けて飛び出す。そしてそんな彼女の相棒である吉田もあとに続いた。
「バーベキューの準備ですか?でも寒いですよ」 
 誠の言葉に嵯峨は苦笑いを浮かべる。
「一応うちでのしきたりみたいなもんだ。リアナには毛布でもかけておけば良いだろ?」 
「ええ、にぎやかなのは赤ちゃんも喜びますよ」 
 そんなリアナの一言に場は一気に和やかなものへと戻り始めた。そんな中、一人嵯峨は浮かない表情で誠達を見つめていた。
「ああ、そう言えば要」 
「アタシ?」 
 嵯峨の声に振り返る要。きょとんとしているアイシャも思わず嵯峨に目をやる。
「あの現場、とんでもない化け物がいたらしいじゃねえか……桐野だろ?」 
 何気なく言ってみせる嵯峨だがその目は先ほどと違い鋭い光をはらんでいた。誠は再びあの冷たい殺意を帯びた大男の笑みを思い出して背筋に寒いものが走るのを感じる。
「叔父貴のかつての部下だろ?調べたよ」 
「知ってるか……」 
「部下?調べたって……」 
 要のタレ目がしっかりと嵯峨を見ているのを見てアイシャは戸惑うようにつぶやく。
「前の大戦で胡州幼年挺身隊の隊長として俺の下にいたんだよ、アイツは。そこで俺に能力を見出されたのは良いが……」 
「そのまま人殺しが趣味にでもなったんですか?」 
「ベルガーは鋭いねえ。いつも通り情報元の安全のため詳しくは言えねえが……今は例の『ギルド』に属して荒事を専門に仕切っているそうだ。お前さん等も見たとおり、例の北川とか言う法術師がお守りでついているらしい」 
「最初から知ってたんじゃねえか?叔父貴」 
 要に突かれるとそのまま背を向けて外を向く嵯峨。それをみて要は嫌味のように敬礼するとそのまま部屋を出ようとした。
「私達もお手伝いしていいかしら?」 
「お姉さんは……賓客じゃないの」 
 アイシャの言葉に首を振りながらランとマリアに目をやるリアナ。仕方が無いと言うように二人はそのままリアナに釣られて廊下に出た。
「隊長も難しい立場なんだから。分かってあげないと」 
 リアナはそう言うとそのまま笑顔でクラッカーを鳴らす実働部隊や管理部員の輪の中へと飛び込んでいった。
「やっぱりかなわねえや」 
 要はそう言うとそのあとに続いた。
「でも……良いんですか?『ギルド』の面々はまだ身柄を押さえられて無いんですよ。僕達がこんなどんちゃん騒ぎなんてしてても……」 
「いつもいつも……水ばっか差しやがって!水差し野郎!」 
 誠の言葉に要はすばやく反応するとそのまま首にまとわりついてそのままヘッドロックを決めた。
「苦しい……」 
「しょうがないじゃないの。前から言っているようにこの法術の力。存在自体がタブーみたいなもののふたを開けちゃったんだから……ある程度の摩擦は覚悟しないと」 
「ほう、クラウゼが珍しいな。正論だな」 
「カウラちゃん。珍しいとは心外ね」 
 ニヤニヤ笑いながらのアイシャとカウラの言葉を聞きながらようやく首を万力のような要の腕から開放されて息をつく誠。やってきたハンガーに張り出した階段から階下を覗いた。
 整備班員が大漁旗を振り回しながら万歳を続けている。その中心にはライトブルーと言うより白に近い色の髪のリアナの笑顔が揺れていた。
「まあ……あれだ。難しいことは後で考える。それで駄目なら叔父貴に押し付ける。それがうちの流儀だからな。気にせず楽しめばいいんだよ」 
「ずいぶんとまあ……お気楽なのね」 
「アイシャに言われる筋合いはねえよ」 
 じゃれながらも要もアイシャも笑顔だった。横を見ればライトグリーンのポニーテールを開かれたハンガーの扉から吹いてくる北風になびかせながら笑顔を浮かべるカウラがいた。
「寒いですね」 
「そりゃ冬だからな。まあいいや、とりあえずシャムのところに行ってジュースをあるだけ持って来い。足りなかったら買出しに行くから。パーラの車で行けば結構詰めるからな」 
「仕切るわね。要ちゃん」 
「別に仕切っているわけじゃねえよ」 
 相変わらず口だけの要にせかされて誠は階段を駆け下りる。
「神前君!よろしくね!」 
 リアナが手を振るのを見ながら誠は笑顔でシャムが溜め込んでいるジュースのある一階の食堂に向かう。
 すべてはことも無く平和である。そんな当たり前の日々が帰ってきたことに誠は満足しながら走り始めた。


                                        了

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ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 60

「予想通り……たるんでるな」 
 要は余裕の表情でつぶやいた。彼女の気まぐれに付き合わされた寮の住人はランニングから戻ると我慢していた腹痛に襲われて食堂に突っ伏していた。あの不死身の島田でさえも顔色を青くしてテーブルに突っ伏せている。これが真冬の出来事だからまだ誰も要に食ってかかることはなかったが、これが真夏の出来事ならば一騒動あっただろう。誠は取り合えず腹痛もなかったが、ただ苦笑いを浮かべながら椅子の上で息を整えつつ様子をうかがっていた。
「気合が足りねえな」 
 たたみ掛けるようにそう言うとまた周りを見回す要。
「これが気合の問題?生理現象でしょうが」 
 涼しい顔の要にアイシャが青い顔で突っ込みを入れた。いつもは平然と笑っているだけの彼女の右手も脇腹に当てられている。相当苦しいらしく冷や汗のようなものさえ浮かんでいるのが見える。
 部屋中の空気はアイシャに味方していた。冷たい視線が要を取り巻く。さすがに自己中心的な要も雰囲気だけは分かるのか、アイシャに浴びせようとしていた罵声を飲み込んでただ黙り込んでいる。
「単に自分の義体の慣らしに全員をつき合わせたかっただけだろ。そう言うことなら自分一人でやれ」 
 カウラの一言。アイシャを始め、食堂の人々が大きく頷く。要は状況不利と悟るとただ乾いた笑みを浮かべていた。
 疲労感が部屋中を支配している。ただ一人元気な要はとりあえず話題を変えようと目をつぶった。彼女の脳と直結するネット情報。おそらくは話題を変えてくるだろう。誠も要の小手先のごまかしには騙されまいと身構えて彼女が口を開くのを待った。
「それより……面白い話があるんだが……」
 誠の予想通り、どこか彼女らしくもなく遠慮がちに要が口を開いた。 
「なによ要ちゃん。これ以上何か変なことがしたいわけ?つまらない話なら本当に怒るわよ」 
 いつもは騒動を起こす側のアイシャのその態度に誠は少しばかりおかしく感じながらもどう話が続くのか見守ることにした。要もこのくらいのアイシャの態度は想像していたらしく苦笑いを浮かべながらもったいぶることもせずに左腕の端末を起動させ立体画面を表示させた。
「こいつだ……どう思う?」
「遼州同盟の人権機構の声明?例の東和の間抜けな法術師が起こしたトラブルの帳尻あわせでしょ?それで何か動きがあったわけ?どうせろくな事じゃないんでしょ、その様子だと」 
 アイシャは小さな画面の詳細を見ようと立ち上がるとそのままよたよたと要の腕の上に展開された画面に顔を近づけた。わざと見えにくいというように責めるような視線を要に向けるアイシャ。
「こうすれば見えるだろ?」 
「見えるけど……ちょっともう少し腕を上げて」 
 人造人間の強化された視力ならば余裕で読めているはずの画面をまるで見えないというように角度を変えて何度も覗き込むアイシャ。その姿にそれまで下手に出ていた要がまた苛立ちの表情を浮かべ始める。誠はもうもめ事はごめんだと逃げ出す心構えをしはじめた時だった。
「法術適正の強制化に反対する署名活動を始める?ずいぶんと消極的なお話ね。だからなんなのよ」 
「それでも同盟の意志として法術適正検査の強制化に反対することを示して見せたんだ。かなりぎりぎりの選択だったと思うぞ。遼南あたりがかなりごねたんだろうな。あそこは法術師のパラダイスみたいな門だからな。法術適正検査の受検率が一桁代……東和の右っぽい連中もかなり騒いでいるからな」 
 苦笑いの要。予想通りの世の中の反応。誠はすでに法術師と認定された身分として複雑な心境で会話を聞いていた。アイシャはまだ要の腕を手にとって画面を読み続けている。
「ここから先は……遼南宰相アンリ・ブルゴーニュの声明文ね。何々……法術適性検査の強制化は著しい人権問題になるであろうと……ひいては同盟の人民の間に分断と亀裂を生むことになる……。生むことになるも何も生まれてるじゃないの」 
「今頃何言ってるんですかねえ。適性検査の強制化に反対するも何も遼北や西モスレムじゃ強制じゃないですか」 
「島田ちゃん。元々人権意識の薄い国の話をしてもむなしいだけよ」 
 島田の言葉に余裕のある突込みを入れるアイシャを見ながら誠の目は端末を起動させた要に向いた。
「で……どうなるんでしょうか?」 
「これからは色々あるってことさ。軍事や犯罪組織の活動に関するだけが法術師の話題だった訳だが……これからは人と人との個人的な関係にまで法術と言う存在が食い込んでくることになる。法術を持つものと持たないもの。それが憎み憎まれて世の中が転がることになるってことさ」
 吐き捨てるようにそう言うと要は自分の右腕を握りしめてその上空に表示された画面を追っていたアイシャを振り払って端末の画面を消した。ふてくされたように黙り込むアイシャ。要は彼女を無視するとそのまま視線を誠に向ける。
「東和も法術師を押さえ込む方向に進むだろうな……そうなればたぶんオマエの両親も今回は年貢の納め時だってことだ」 
「親が?なんで?」 
 ぼけっとしている誠に要は大きくため息をついた。
「誠ちゃんが明らかに進んだ法術師である以上、その両親が法術適正があると考えるのが普通でしょ?それに誠ちゃんのお父さんは学校の体育の先生じゃないの。まずこういう時は教育現場が狙われるものよ」 
「あ……」 
 アイシャに指摘されて誠はようやく要の意図に気づいた。
「ともかくこれからはかなり息苦しい世の中になりそうだな」 
 要がため息をつく。部屋のそれまで要への怨嗟の念に満ちていた雰囲気が消え去っているのを誠はようやく感じていた。島田を始め、法術適正を持つ隊員は少なくは無い。そして自分の血縁者にそう言う存在がいることが不思議ではないこととそうなればどのような言われない攻撃が突然訪れるか。そんな事を考えると朝食後にランニングをさせられるくらいの事はすでにどうでもいい話だった。
「東和も揺れるな……『官派の乱』の胡州の再現か?」 
「そうはならんだろ。東和は一応シビリアンコントロールができてる国だ。保守派が叫んでも軍は動かねえよ」 
 カウラと要。別の話題を口にしながらもその目は誠を見つめていた。
「どうなりますかね?」 
「私に振らないでよ」 
 誠の言葉にアイシャが苦笑いで答える。誰もが当惑し、ただどんよりとした空気が食堂に立ちこめた。
「はいはい!なんだか知らないけどお通夜じゃないんだから!まもなく出勤の時間ですよ!」 
 突然の快活な声。誠もまたその声に救いを感じて顔を上げた。叫んだのは食堂に闖入してきたサラだった。その隣にはため息をついているパーラがいる。
「アイシャさんに呼び出されたんですか?」 
「まあね。パーラに頼んで送ってきてもらったの」 
 サラの言葉にパーラが引きつった笑いで頷いた。恐らく早朝にアイシャからの電話で無理やり起こされて、サラを家まで車で迎えに行ったパーラ。その苦労を想像すると誠も彼女が不憫に思えてきた。
 隊員達もそれぞれに我に返ると重い腰を上げて食堂から自室へ散っていった。
「それにしても……なんだか重苦しい雰囲気ね。何かあったの?」 
 サラは島田のジャージの襟をいじりながら誠達を眺めた。
「まあ……食後すぐに運動させた誰かさんのおかげでね」 
「しつこいぞ、アイシャ!それに暗くなったのはアタシのせいじゃ無くて世の中のせいだ」
「都合が悪いと何でも世の中のせい……要ちゃんは中学生?」 
「おい、いっぺん死ぬか?本当にいっぺん死んでみるか?」 
 にらみ合う要とアイシャ。その進歩のないやりとりにカウラが大きくため息をつく。
「それにしても……アイシャの頼みで吉田さんに調べてもらったんだけど……今回の事件後に情報発信を増やした個人や団体の名前が……」
「ありがと!」 
 そう言うとサラが取り出した一枚のチップをアイシャは受け取ってその手にかざして見せた。
「吉田に?そんな事を頼んでどうするんだ?」 
 唖然とする要を横目に笑顔のアイシャはチップ握りしめるとそのまま食堂の外へと消えた。
「アイシャの奴は何か知ってるのか?」 
「あいつも一応は運用艦の艦長代理だ。政治的判断に直結するような指示を受けたときの対応策でも考えているなじゃないのか」 
 カウラの言葉に要は煮え切らないという表情で腕を組む。
「法術師とそうで無いものの対立が誰の利益になるか……そんなことでも調べてるんじゃないですか?」 
「対立を煽っている奴がいる……アメリカ軍かね?それにしちゃあずいぶんの不器用で危なっかしいやり口じゃねえか。『ギルド』ほどじゃ無くても法術師の小さな互助組織の存在はいくつか確認されているんだ。それが今回の騒動の反動で騒ぎ立てた連中にせき立てられて手でもつないでみろ。地球も巻き込んだ大騒動になるぞ」 
 要の言葉に誠は反論できなかった。今の状況は誰の利益にもならないように見える。だがあまりに事態は急転していた。そこに作為が無いと考えるのもまた不自然に見える。
「とりあえず後でそれとなく聞いてみるか」 
 そう言うとカウラが立ち上がる。
「これから聞くんですか?」 
「今は着替えるだけだ」 
 誠の言葉にそっけなく答えるとカウラも食堂を出て行った。
「この寒さで汗もかかない癖にな……」 
 要はそう言うと伸びをしてそのまま食堂の出口に向かう。
「遅刻するぞ」 
「はい!」 
 振り返っての一言に誠も気がついてそのまま食堂を飛び出した。
「なんだか……大きな話になってきたな」 
 階段を駆け下りる隊員達とすれ違いながら誠はそのまま自分の部屋に飛び込んだ。すぐにジャージを脱いでTシャツとジーンズ、ジャンバーに身を包んで部屋を飛び出す。
 階段を駆け下りて玄関に向かうと誠の前にすでに着替えを済ませたカウラと要が立っていた。
「それじゃあ行くぞ」 
「え?アイシャさんは?」 
「アイツはパーラの車で先に出た」 
 それだけ言うと実に普通に靴を履くカウラ。要も気にならないというようにブーツに手を伸ばした。
「そうですか……」 
 釈然としない誠は彼女達に付き合うようにスニーカーを履いて立ち上がった。





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ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 59

 その日、誠は殺気を感じて目覚めた。時計は5時45分を指している。まだ起きるのには早い。事実寮のほかの部屋には動きのようなものは感じられなかった。
「眠れないか……」 
 一月半ばの寒気が全身を覆いつくしたのでそのまま誠は起き上がった。そしてそのまま部屋の端の棚に目を向ける。
「明後日だったよな」 
 その棚にはびっしりとアニメのヒロインのフィギュアが並んでいた。半分は誠が作ったものだったが入隊してからは作るのを止めていた。道具を実家に置いてあったという事情もある。軍の養成所の二人部屋では有機溶剤を溶かすなどと言うことはルームメイトに喧嘩を売るようなものだった。保安隊の下士官寮に移ってからはアイシャ達に何度も作るように催促された。それでもどうも気分が乗らずに今日まで手を出さすにいた。
「そろそろ作ろうかな……」 
「何を作るんだ?」 
「うわ!」 
 背中からの女性の声に誠は棚に倒れそうになるのを上手くかわしてそのまま畳に転がった。
「西園寺さん!直ったんですか?」 
「おうよ、修理完了だ……それにしても気持ち悪りいなあ。人形見つめてニヤニヤ笑いやがって」 
「良いじゃないですか!それより何で今の時間に?」 
 そう言う誠だがすでにジャージに着替えて要の背中の後ろに立つカウラとアイシャの落ち込んだ表情でなんとなく予想がついた。
「ランニングにでも?」 
「そう言う事だ。豊川署にいる間はしてないだろ?たるんできてもうそろそろ自主的にやろうと言う気になるだろ?エース殿」 
 タレ目の端をさらにたらしてにやける要。誠は大きくため息をついた。
「ごめんね誠ちゃん。止められなくて……」 
「クラウゼさんいいですよ。着替えますから」 
「え?」 
 聞こえない振りのアイシャにため息をつきながら誠は箪笥をあけてジャージを取り出した。
「じゃあ食堂で」 
 そう言うと要は居座る気が満々のアイシャを引っ張って部屋の外に消えた。
「なんだかなあ……」 
 寒さに震えながら着替える誠。そして先日の事件を思い出しながら着替えをした。
 水島勉による連続違法法術発動事件は複雑な様相を呈し始めていた。東都でも地球伝統保守派系の野党が国民全員の法術適正検査の義務化の法案を提出していた。与党がその法案の対案として提出したものにも年齢制限などの緩和策が盛り込まれているものの義務化と言う方向性ではどちらの法案も似たり寄ったたりの内容だった。
 法術師の脅威を叫ぶマスコミ人が連日ワイドショーに集まっては司会者を苦笑させるような暴言を吐き続け、法術適正者の氏名発表を望む意見がネットを駆け巡る。遺伝子検査で地球人以外のDNAが検出された人間の排斥を訴えた月刊誌が同盟憲章に違反する行為だとして廃刊になるなど騒ぎはとどまるところを知らなかった。
 ただ朝の誠にはとりあえず着替えを済ませることの方がそんな世の中の流れより重要なことだった。いつもの事ながら大通りから遠い住宅街の中の下士官寮の冬の朝は静かだった。着替えを済ませて顔を洗って階段を下りる。世の中がどう動こうがその動作が変わることは無かった。
 なぜか食堂には多数の人の気配があった。皆暗鬱な表情でジャージを着て雑談を続けている。
「西園寺さん……なんで俺達まで」 
 入り口でジャージ姿で突っ立っている島田。隣の菰田もめんどくさそうにあくびをこらえていた。
「鍛え方が足りねえから鍛えてやろうってんだ。感謝しろよ」 
 二人を眺めながら食堂の椅子にどっかりと腰を下ろしている要。厨房の中を見れば食事当番と言うことで難を逃れた肥満体型のヨハンとその仲間達がちらちら島田達に哀れみの視線を投げながら料理の真っ最中だった。
「なんですか……寮の全員ですか?」
 いつも出勤時にはジャージを着ることにしている誠。おかげで二度手間にはならなくて済むがこの夜明け直後の早朝からのランニングにつきあわされるとは思っていなかったのでただ呆然とやる気をみなぎらせている要を見つめるだけだった。 
「これから忙しくなった時を考えたら当然だろ?法術がらみとなれば茜の法術特捜や東都警察の法術部隊じゃ遅すぎることは分かったんだから」 
「でも要ちゃん。それと私達の早朝強制ランニングと何か関係があるわけ?」 
 アイシャは相変わらず不満そうにつぶやく。隣のカウラは要がマメに非番の隊員までたたき起こしたことに呆れるように静かに番茶を啜っていた。
「なんでもそうだが体力が重要だぞ。今回の事件で分かったろ?」 
「誰かはかませ犬になって蜂の巣にされたもんね」 
「アイシャ……死にたいか?そんなに……」 
「苦しいわよ!要ちゃん!」 
 口答えをするアイシャの首を握って振り回す要。その様子に苦笑いを浮かべながら厨房からヨハンが顔を覗かせた。
「簡単なものしかありませんけど。豆のスープと黒パン。そしてベーコン」 
「それだけありゃ十分だ。とっとと食うぞ」 
 要はそう言うと先頭に立って朝食を乗せるトレーに手を伸ばした。
「朝食!」 
 さっと飛び上がりアイシャが要からトレーを奪う。そして何事も無かったようにお玉を手にしたヨハンの前に立った。
「テメエ……」 
「ぼんやりしているからでしょ?この前だって簡単に片腕斬られて腹に銃弾を受けて……」 
「オメエなら大丈夫とでも言うつもりか?」 
「そこまで言うつもりは無いわよ……でも今現にこうしてトレーを奪われたわけだし」 
 アイシャの言葉に言葉をのむ要。その様子を見ながら笑顔のカウラが一番早くヨハン達から朝食をトレーに受けて一番手前のテーブルに着いた。
「カウラちゃん……」 
「早く食べろ。ランニングをするなら食べてしばらくは動かない方が良いんだろ?」 
 平然と食を進めるカウラに要とアイシャは顔を見合わせると並んでいた島田達整備班員ににらみを利かせてそのまま割り込む。
「神前!オメエも早く食え」 
 要の言葉に苦笑いを浮かべると誠はそのまま列に並ばされた。
「でも……ランニングから帰ってから食事の方が良いんじゃないの、ホントは」 
 アイシャの何気ない言葉に要の頬がぴくりと震えた。
「考えてなかったみたいだな……」 
「一応俺達は生身なんで……食べてすぐに運動すると腹痛を起こすかも知れませんよ」 
 カウラと島田の言葉が呆然と立ち尽くす要に止めを刺した。
「うるせえ!朝食は大事だ!後で出勤の準備の時間が無くなると困るだろ?」
「いい訳ですね」 
 要の理屈をそう切って捨てるとヨハンはさっさと黒パンを口に投げ入れた。それを見ながらアイシャは何事も無かったかのようにカウラの隣に座って食べ始める。
「早くしなさいよ。冷めちゃうわよ」 
 アイシャのちゃっかりした態度に切れそうになる要を見ながら誠も彼女の正面に座ってスープをすすることになった。
「なんでこんな事に……」 
 誠の愚痴にただカウラとアイシャは苦笑いで答えることしかできなかった。



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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 58

「起きたか……」 
 廃病院の中庭の仮設ベッドの上で誠は目を覚ました。時々誠の視界を赤い回転灯が照らす。すでに東都警察、保安隊警備部は到着しているようで捜査官や武装した警備部員が慌ただしく行き来するのが気配で感じられた。
「やはり北川とかは……?」 
「逃げられちゃったわよ。まああちらとしたら無理をしてうちとやり合うつもりは端から無かったんでしょうけどね。機会さえあれば確保したかったというくらいのところだったんじゃないの?今回は」 
 アイシャが心配そうに毛布に包まれた誠を眺めている。
「やはり本気じゃ無かったんですね……僕がそんなに活躍できるわけ無いですからね……そう言えば西園寺さんは?」 
「ああ、西園寺はそのまま義体の交換だそうだ。右腕は完全破損。腹部の人工消化器系も復旧不可能。ラボでの完全交換になる」 
「工場で修理。まるでおもちゃみたいね……まあ私達も工場生まれ。お似合いの捜査チームだったってわけね」 
 カウラの冷静な声とアイシャのいつもの自嘲に誠は少しばかり安心して周りを眺めた。深夜の闇に廃病院の影が不気味に照らし出されて浮き上がって見える。先ほどまであの中で命のやりとりをしていた。そんな事実がまるで夢だったようにその黒い塊は静かに照明の中で佇んでいた。
「これで終りですね」 
「そうなのか?」 
 浮かない顔のカウラに誠は少し首をひねっていた。
「法術の可能性が示されたんだ。今回の件で少なくとも東和では確実に今までは任意だった法術適性検査が強制になるだろうな。他の同盟諸国で任意制をとっている大麗、西モスレムも同調するだろう。場合によっては他の植民星系国家や地球にも影響を与えることにもなりかねない……私達にとってはこれでおわりだが、多くの人にとってはこれからが始まりなんだ。ちょうどお前が半年前胡州の叛乱艦隊に対して法術を使用したときと同じ状況だ」
 カウラは唇を噛みしめつつつぶやく。そんなカウラに近くを通った警備部員から受け取ったコーヒーを差し出すアイシャ。その目もいつものふざけた調子は消えていた。 
「全く……誠ちゃんも因果な星の下に生まれたものね。そうして人類は未知の能力者の存在に怯えて憎しみの中でのたうち回ることになる。別に力を欲しくてそう生まれたわけでも無いと言うのに力があるだけで憎まれ、力があるために憎む。今回の水島も連行する最中に散々誠ちゃんの悪口を喋り続けていたわよ。俺が犯罪者になったのは神前誠と言う化け物が勝手に力を使ったからだって……まあ拳銃強盗が銃の発明者を恨むような話だから気にすること無いわよ」
 アイシャが力なく笑うのが見えた。誠はそれを見ながら上体を起こした。そして自分の枕元に剣が一振り置かれているのに気がついた。誠の意志に答えた鳥毛一文字。
「これ……僕が呼んだんですよね?」 
「呼んだのか?まあ……そうかもしれないな」 
「それだけの力がオメエさんにはあるんだよ」 
 そこに突然現れた長身の男。カウラが敬礼していることからそれが保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐であることが分かった。
「隊長……」 
「いいよ寝ておけ。まあ……オメエさんが仕留めた義体だが……元アメリカ軍の兵隊さんだそうな。東和警察が手を出そうとするのを外交官特権で持って行きやがった……まあちんけな悪党一人のために外交問題を引き起こしても損なだけだから俺も黙っていたけどさ」 
「元?」 
 嵯峨は口にタバコを咥えてつぶやく。その言葉に誠は不思議そうに首をひねった。
「どう見ても最新鋭の義体ですよ。元というのは……」 
「カウラも脇が見えてきてるじゃねえか。偽装だな。まあ突っ込んで調べてみるのもできなくは無いが……どうせ二等書記官クラスが左遷されて終わり程度の話にしかならんだろう。俺は動くのもばかばかしいから豊川署の署長には俺がそう言ってたと言うのを上に伝えておいてくれと言ったがね」 
 力なく笑う嵯峨。誠はそんな自分の無力さを部下に吐露する嵯峨を初めて見た。カウラも、コーヒーに口を付けているアイシャもその表情は冴えない。
「そんなにがっかりするなよ。確かに状況証拠はどう見ても水島を囲ってたのは米軍だって事を示している。すでにべらべら自供を始めている水島もアメリカ大使館の関係者の餓鬼から勧誘を受けていたとか訳の分からないこと抜かしてやがる。だがね。こちらとしても公にそのことを言うわけには行かない事情がある。ベルルカンの失敗国家で同盟成立以来三件、これから予定されているだけでも二件の選挙が行なわれる。失敗国家の選挙管理なんて言うのはどこでも非常にデリケートな問題だ。民間、政府機関のどちらにおいてもアメリカさんのお手を煩わせているのも事実だし、もしアメリカがその選挙を遼州同盟が仕組んだ茶番だと騒ぎ始めれば一気に地球と遼州の関係は前の大戦の直前並みに悪化することも考えられる。外交問題にして得することは俺達には何も無いんだ」 
 それだけ言うと嵯峨はそのまま病院の建物へと歩き出した。誠はベッドに横たわりながら両の手を握りしめていた。目を向ければカウラも顔に出さないが嵯峨の言い方にはかなり腹を立てているように見えた。
「気持ちは分かるけど現実はそういう事。今回は要ちゃんは正体不明のテロリストに蜂の巣にされたと言うことで終りよ。それ以上は考えても無駄だし、考えない方がましだわね」 
 誠にはアイシャの言葉が冷たく感じられた。ただし嵯峨の言うとおりこの惑星遼州の南方に浮かぶベルルカン大陸の混乱収拾が同盟には不可欠な政治上の問題であることは誠にもよく分かる。ただ分かるがあれほどに要を痛めつけた相手を正体不明の死体一つを残して解決しようとする嵯峨の言葉には納得できないでいた。
「お前も不満か?」 
 突然頭の後ろから声をかけられてびくりと誠は振り返った。
「ベルガー大尉……驚かせないでくださいよ」 
「驚かせたつもりは無いがな。とりあえず体を休めつつ腹の中で怒っておけ。それと西園寺だがすでに義体の予備があったそうだから再調整を二日くらいすれば原隊復帰ができるそうだ……アイツのことだまた机の二つや三つぶち壊すだろうが今回は私もつきあいで始末書でも書くつもりで壊すかな」 
「カウラちゃんまで馬鹿言わないでよ。それにしてもあの馬鹿みたいに高い義体に予備?さすがお姫様は違うわね」 
 アイシャがからかうように叫ぶ。もしこの場に要がいれば蹴りの二三発は飛んでいたと想像して誠が笑い始めたときだった。
『何がおかしいんだ?神前』 
 突然誠の右腕の携帯端末がしゃべりだした。そしてその声は明らかに要のものだった。
「西園寺さんですか?」 
『他の誰が今の会話に突っ込みをいれるんだ?』
 不機嫌そうな声に頭をかく誠。それを見てにやりと笑うアイシャ。カウラは面倒に関わるのはごめんだと言うようにそのまま近くのパトロールカーの回りに群がる捜査関係者の方へと歩き出してしまった。
「身動きとれずにじっとしている気分はどう?」 
『アイシャ……あさっては覚えてろよ』
 誠の端末から響く声に誠とアイシャは目を見合わせて笑っていた。
「とりあえず終わったんだ……」 
 事態の中途半端な収拾は腹に据えかねたがただとりあえずの決着を見たことに対する安心感が誠を包み込んでいた。そして睡魔が再び誠を静かな眠りへと導いた。




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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 57

「なんだろう……あれ?」 
 誠は自分のしていることが今ひとつよく分からなかった。展開された干渉空間に手が自然と伸びる。そこには一振りの剣があった。
「鳥毛一文字……」 
 手に触れた瞬間に誠は確信した。嵯峨から託された地球の日本で鍛えられたと言う名刀。誠は手にするままするすると鞘から刀身を引き出す。
「神前!」 
 カウラの言葉を浴びて誠の周りの空間が飛び散った。両側から掃射が行なわれる。だが誠にはそれはぬるい攻撃に見えた。
『なんだか時が……ゆっくり流れるんだな』 
 空中を流れるように進む弾丸が見て取れる。誠はすばやく身を翻しそれを避けた。そしてそのままゆっくりとベッドの後ろに隠れているサイボーグに走り寄った。
 恐怖の表情が米軍の軍服を着たサイボーグに浮かんでいるのが分かる。ゆっくりとライフルの銃口を誠に向けようとする動きが極めて緩慢でまるでスローモーションを見ているようだった。誠は余裕を持って剣をサイボーグの顔面の暗視ゴーグルに突き立てた。まるでケーキか何かにフォークを立てるような柔らかい感覚で刀が突き立てられる。
 次の瞬間、サイボーグの顔面から血が勢いよく噴出した。隣では震えながら誠を見つめる水島の姿がある。
「な……なんで?あんた……何者だよ!」 
 誠はその水島の問いに答えることができなかった。確かに時間がゆっくりと流れる感覚があり、いつの間にかサイボーグを倒していた。息すら切らさず、先ほどまでの怯えも心の端から消え去っていた。
「水島勉……違法法術展開および殺人未遂容疑で逮捕する」 
 落ち着いての誠の一言。水島はただ腰を抜かして倒れていた。彼にはもはや頼るものは何もない。
「あんた……化け物だ!なんでそんなことができる!そしてなんで俺から力が見えないんだ!おかしい!これは何かの間違いだ!茶番だ!」 
 我を忘れて叫ぶ水島。その表情を見て困惑していた誠だが頭の中に何度か痛みたのを見逃すことは無かった。
「ここで僕の能力をハッキングしたらさらに公務執行妨害がつくぞ」 
 言い切った誠の言葉に水島は諦めたようにうなだれた。
「神前!応援が到着した!」 
 背後でカウラが叫んでいた。アイシャも満面の笑みで誠を見つめている。
「あちらも済んだのか……まあ『ギルド』もあなたの身柄が我々の手に落ちれば引くしか無いわけだけどね」 
 そうつぶやくと誠はただ呆然と立ち尽くした。
「水島。この馬鹿野郎!かけさせやがって!……と貴様を半殺しにする隊員は今は休眠中だ。ついているな」 
 カウラはそう言うと腰のベルトのポーチから手錠を取り出し水島にかける。水島は手を差し出したアイシャに引き起こされながらただ誠を見つめていた。
「あんたさえいなければこんな事にはならなかったんだ……」 
 誠の顔を見上げたその目は憤怒に満ちあふれていた。だが誠にその怒りにいい訳をする気力は無かった。不意に訪れた眠気。サイボーグのチタン製の頭蓋骨に突き立てられた刀に手を伸ばそうとするがその手は意識のコントロールを失ってそのまま空を切る。
「神前!」 
 カウラの声が耳の奥で遠くに聞こえるように感じながら誠は意識を失っていった。




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