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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 40

林と呼ぶには周りの喧噪がすさまじい中に一つの銀色の干渉空間が展開された。

「久しぶりだな……」 

中から現われた革ジャンにジーンズの中年男が木々の合間から周りを見回す。

そこは大学の構内だった。拡声器の絶叫。時折シュプレヒコールがあちこちで上がる。革ジャンの男、北川公平はそのまま走り回るヘルメットをかぶった学生達の合間を縫うようにそのまま学内の小道を歩き続けた。

『学費値上げ反対闘争完遂! 』 

『帝国主義的同盟強化政策打倒! 』

同じような書体の文字で彩られた立て看板とアジビラ。それを見るとかつての自分を思い出し北川は笑みを浮かべながらそのままアジビラで薄汚れたように見える学生会館の扉を開いた。

階段で談笑していたヘルメットにゲバ棒の女学生達が珍しそうに北川を迎えた。門番気取りの長身の学生が北川の行く手を阻む。

「あ! 北川先輩じゃないですか! 」

奥から護衛のシンパを引き連れて歩いてきたタオルとサングラスで顔を覆った幹部らしき男が声を上げる。

「よう」 

北川が軽く手を挙げるのを見て長身の学生は少しばかりおどおどしたような調子で脇に下がる。

「工大は相変わらずだな」 

「うちは最後まで落ちませんよ。犬達もそう簡単に話がつくとは思っていないでしょ」 

マスクを外した男。どう見ても学生には見えない年の頃。北川はこの男が学生運動に執着するあまりもう四回もこの東都工業大学に入学し直したというほとんど奇癖と思える事実を思い出して苦笑いを浮かべた。

「コーヒーくらいは出せますよ……外の機動隊もまだ兵糧攻めをするところまでは行っていないですから」 

男の言葉に北川は曖昧な笑みを浮かべるとそのまま男とそのシンパについて学生会館の階段をのぼりはじめた。

様々な思いが北川の中を去来する。すべての出発点であり、そしてすでにそこに戻ることは出来ない場所である母校。八年前に首相官邸にペンキを投げて逮捕され除籍になって以来の母校に足を運ぶ気になった自分の気まぐれをこの段階になって少し後悔するが先頭を歩く男はそんなことはお構いなしにずんずんと学生会館の奥の学生会執行委員会の執務室へと北川を誘った。

青いペンキで彩られた安っぽいドアを入るとそこにはまだ幼い表情を浮かべている下級生達がパソコンを覗き込んで下卑た笑いを浮かべていた。

「貴様等! 」 

男の一括で下級生達はそのまま慌ててパソコンの電源を落とすとそのまま手近にあったヘルメットをかぶって外へと飛び出していった。

「若いんだ。いろいろあるさ」 

北川の言葉に男は大きくため息をつくとそのままテーブルにシンパ達を従えて腰掛けた。


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ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 39

「ずいぶんと遠慮がちなのね……」 

皮肉の入ったアイシャの言葉にネネはただ無言でジュースをすすることで答える。

「なあに、あの吉田俊平の関連の情報を集めるんだ。いくら金があってもねえ……」 

ちらちらとオンドラは要の顔を見た。その表情は明らかに経費は別立てにしろと要求しているそれだった。

「オンドラ。それ以上は取らない方がいいわよ。定期的なお仕事をくれるお得意先は大事にしないと」 

またもはっきりとしたネネの言葉にオンドラは気分を換えようと手を挙げた。表情一つ換えずにウエイターが歩み寄ってくる。

「済まないがジンを! 」 

「その金はお前が出せよ」 

去っていくウエイターを見送りながらつぶやく要にまた卑下したような笑みを浮かべるオンドラ。だがその目がネネの鉛色の瞳を捕えるとすぐに俯きがちに懐から財布を取り出して札をテーブルに置いた。

「吉田俊平の居所だけならこの金額は大きすぎるんじゃないかな。当然その素性も……」 

カウラの言葉にネネは気に入ったというように初めて見る笑顔をカウラに向けた。

「吉田俊平の名前は何度も聞いているから興味があったの。だから今回の仕事も楽しみにしているわ」 

それだけ言うとネネはそのまま立ち上がった。ジンの入ったグラスを手にしたウエイターが驚いた表情でネネが目の前を通るのを見守っている。驚いたのはオンドラも一緒でウエイターの手の上の盆から素早くジンの入ったグラスを奪い取るとすぐさま喉の奥にアルコールを流し込んだ。

「じゃあ、結果は後で! 」 

手を振りながら去っていくオンドラ。ただ誠達は呆然と彼等を見守った。

「ずいぶんな出費ね。期限も切らずにおくなんて……お人好しも良いところじゃないの? 」 

アイシャの言葉だが、要は満足げに手にした水割りを啜っていた。

「相手は預言者ネネだ。こちらが情報を本当に必要になる時までにはレポートができあがっているもんだよ。さもなきゃあんな餓鬼が裏社会で生き延びられるはずはねえ」 

そう言い捨てると要は立ち上がった。

「他のあては無いのか? 」 

意外そうな表情のカウラににやけた表情を向けたまま要は札束の詰まったボストンバッグを背負って店内を見回す。

「なあに、クエンの旦那と預言者ネネ。それ以上のニュースソースはアタシにも覚えが無くてね。行くぞ」 

そのまま勝手に歩き出す要。アイシャと誠は慌ててその後ろに付き従う。カウラは大きくため息をつくと静かにジャケットのポケットから車のキーを取り出してくるくる回しながら彼等についていくことに決めた。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 38

「ものを知らねえ奴は困るねえ……」 

明らかに哀れみの目でアイシャを見つめる要。アイシャはその視線の色にただどぎまぎしながらもじっと札束を眺めていた。

「さっそく確かめますか! 」 

景気よくそう言うとオンドラは要から札束をひったくる。指を一舐めすると的確に札束を確認し始めるオンドラ。それを横目に見ながらネネは静かにジュースをすする。

「三百万ドルの価値の情報屋か……それならその能力を少しは見せてもらってもいいんじゃ無いかな? 」 

明らかに慎重で冷静だったのはカウラだった。そんなカウラの態度に落ち着いてストローから口を離してにこやかに隣を見るネネ。その表情は相変わらず老成していて誠の目にもネネがただ者ではないことだけはよく分かった。

「胡州陸軍の諜報機関は予算的な余裕が他国に比べて少ないんです。その部隊員だった西園寺要さんが三百万ドルを払う。それだけで私の能力は実証されているように思うのですが……」

「そう言うこと! 東都でやましい仕事をしている連中でネネを知らないなんて田舎者も良いところだ。たとえ東都の首相を暗殺した馬鹿野郎がいたとしてもネネの情報網を使えばそいつの金が続く限りは逃げ延びることが出来る。その程度の実力者にただの公務員がどうこう言うのはちゃんちゃらおかしいや! 」 

オンドラの調子の良い言葉。頷く要。誠は自分の知らない世界の常識に戸惑いながら同じように話が理解できないでいるアイシャに目を向けた。

「そんな実力者なら組織の一つや二つ抱えていてもおかしくないんじゃないの? 口ばかり達者な用心棒を雇って仕事を始めようなんて言う酔狂な真似は……」 

「アイシャ。こいつは確かに口が九割だがガンマンとしての腕は確かだ」 

意地でも文句を付けたいアイシャを珍しく冷静に要が制した。それを見て鼻高々なオンドラ。誠も遠慮がちに彼女の豊かな胸の辺りを見れば、その左下の辺りに確かに銃がつり下がっていると言う膨らみが見つかる。

「私は組織には縛られたくないんです。部下を持てば彼等の命の責任を持たなければならなくなりますから。それと司法局との契約も受け付けません」 

静かだがどこまでも毅然としたネネの言葉。おそらくは司法局との契約の話でも切り出すつもりだったと言う表情のカウラも黙って目の前のソーダに手を伸ばさざるをえなくなる。

「中立で金だけで動く。しがらみがないからそれだけ動ける範囲も広くなる。故に情報も正確になる」 

要の補足で誠も何となく目の前の少女のことを少しだけ信用することにした。

「まあ良いわ。どうせ要ちゃんのお金だし」 

「そうそう。こう言うお嬢様からはたんと巻き上げた方がいいぞ! 」 

景気よくグラスを空にして笑うオンドラ。一人テンションの高い彼女の手からネネは素早く札束を取りあげた。

「なんだよネネ! 」 

「ちょっと待って」 

ネネはそう言うと札束の帯をほどく。そのまま三枚の一万ドル札を取るとそのままオンドラに手渡す。

「え? これくれるの? 」

「これは私の取り分。残りは経費とあなたの給料」 

淡々とそれだけ言うとネネはまた静かにジュースのストローに口を伸ばした。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 37

「要ちゃん……なに? この二人」 

「なんだよ……ははーん。その髪の色、ゲルパルトの人造人間か? 隣のねーちゃんもゲルパルトの人造人間で、その兄ちゃんはパシリってところか? 」 

興味深そうに誠達を見て回るオンドラの視線。アイシャもカウラも明らかに不機嫌そうに切れ長と言うよりも切り込みのようにも見えるオンドラの細い視線を睨み付けていた。

「人を出自で判断するのは良くないことですよ。重要なのは今の立場」 

静かな、そしてそれでいて少女のものとは思えない迫力のある言葉の響きに誠達は凍り付いた。

「あなた……法術師ね。しかも、私の勘だけど不死人」 

静かに繰り出されたアイシャの言葉にネネと呼ばれた少女は静かに頷く。ウエイターが運んできたジュースを静かに飲む姿は確かにその幼い見た目とは裏腹な老成したようなところが見て取れた。

「預言者ネネ。東都の裏社会では知れた情報屋だ。別にネットに詳しいわけでも特別なコネクションがあるわけでも無いのに気が向けば正確無比な情報をくれる貴重な存在として畏怖の念を集めていたが、法術が普通に知られるようになってみれば仕掛けは簡単だったわけだ」

要の言葉を否定も肯定もせずにネネはグラスの上に伸びたストローから口を離すと静かに居住まいを正して要に向き直った。

「この格好で生きて行くには正確で信用のおける情報屋を演じるのが最適だもの。おかげで最近は銃弾に当たることも無いし」 

「そりゃそうだ。預言者ネネに傷をつけようもんなら東都じゃ卑怯者として商売が出来ないようになるからな。まるで西部劇のピアニストってところか? 」 

物静かなネネとは対照的にオンドラは豪快にドライジンのグラスを空にした。

「オンドラ。オメエはおまけなんだよ。自重しろよ」 

怒りを込めた要の言葉に首をすくめるオンドラ。一方ネネは相変わらず黙って要を見つめていた。

「吉田俊平少佐の情報を集めているんでしょ? 報酬は? 」

冷静なネネの言葉にようやくオンドラに対する怒りを静めた要はボストンバッグから札束を一つ取り出した。

「百万ドルの札束……初めて見たよ。さすがお嬢様。気前がいいねえ……」

「オメエにやるんじゃねえ。ネネ。手付けはこれでいいか? 」 

要の言葉にネネは隣のオンドラを見た。明らかにオンドラの表情は要のボストンバッグの中身を推測することに集中しているものだった。

「今回の件だけであと百万ドル。それに今後の顔つなぎとしてもう百万ドル……」 

「ちょっと! お嬢ちゃんおかしいんじゃ無いの? ただ顔を出しただけで3百万ドル? ぼったくりじゃないの! 」 

叫ぶアイシャ。だが要は静かに頷くとボストンバッグからさらに三つの札束をテーブルの上に積み上げた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 36

「渋いわね……要ちゃんにはもったいないわ」 

「おう、ならオメエにやるよ」 

「相手にされないわよ。それにしてもあの人……遼南マフィアと言う触れ込みみたいだけど、軍人ね」 

アイシャの鋭い指摘に要はウエイターから水割りを受け取ると静かにグラスを傾ける。

「共和国軍の残党って話だ。なんでも海兵隊崩れだとか言ってたな」

何となく納得したように頷くアイシャ。

「正規部隊じゃないな。海兵隊だと武装偵察隊かなにかの出身じゃないのか? 」 

カウラの言葉に誠も頷く。弱兵と言われた遼南共和国軍だが一部には精強な部隊も存在した。ランの所属した陸軍国府防衛隊や南都軍閥の息の掛かる海兵隊南部戦闘集団。そして人民軍勢力下深くに最低限の武装と装備で侵入し、情報収集活動や破壊工作、煽動欺瞞任務を遂行する海兵隊武装偵察隊、通称『遼南レコン』はその活動の国際法規すら無視する性格上、人民軍の憎むべき敵として所属の経歴があったと言うだけで処刑の対象になるほどの存在として知られた。

「まあ裏の世界じゃかつての仕事や今の所属は知らぬが花ってわけで誰も詮索したりしないものさ。それでも確かにレコン出身ならあの旦那の武勇伝がフィクションの世界からリアルの世界に感じられる話だな。それにあの人には子飼いの独自勢力もいるとかいないとか……」 

「おう、久しぶり! 」 

淡々と話をしていた要の頭の上に長い黒髪が垂れ下がる。驚いて要はそのまま上を見上げた。

要を見下ろしているのは切れ長の細い目をした長身の女性。そしてその隣には小柄なローブをまとった少女が立っていた。

「オンドラ!テメエの髪がグラスに入ったじゃねえか! 」 

「なんだよ……久しぶりに会ったと思えばいきなりいちゃモン付けか? つれないねえ……人望の無い早苗の為にわざわざ手を貸してやろうとやってきてみれば……ああ、本名は西園寺要お嬢様か? 」 

明らかに挑戦的な表情を浮かべてオンドラと呼ばれた女性は遠慮することもなくクエンの座っていた座席に陣取る。

「ネネも座りな! 公爵令嬢の奢りだから好きなの飲もうじゃねえか! 」 

「テメエを呼んだ覚えはねえぞ……」

ネネと呼ばれた少女が黙ってオンドラが叩くソファーに腰掛けるのを見ながら要は怒りに震えながらオンドラを睨み付ける。

「私が呼んだの……私一人じゃ安全を確保できないから。迷惑だった? 」 

か細い声で俯きながらつぶやくネネと言う少女の言葉に要は怒りの表情を引っ込めて素直に首を振った。

「良かった……私はトマトジュース」 

ネネは静かにそれだけ言うとそのまま俯いて黙ってしまった。誠もアイシャもカウラも、この二人のコンビがどうして要の情報網に引っかかったのか疑問に思いながらウエイターが近づいてくるまでの時間を過ごしていた。


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