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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 60

 要の所に戻ると、すでに携帯端末を起動させて画面を眺めている要がいた。
「要ちゃん、説明を」 
 普段のぽわぽわした声でなく、緊張感のある声でリアナが促す。
「相手は東方開発公社です、現在、所轄が現在捜査員を派遣。家宅捜索を行っています」 
 画面には官庁の合同庁舎のワンフロアー一杯にダンボールを抱えた捜査員が行き来している様が映されている。
「東和の国策アステロイドベルト開発会社。たしかに近藤資金との関係はない方が逆に不自然よね」 
 なぜかするめを口にくわえているアイシャが口を挟む。
「でも、いまさら何か見つかるんでしょうか?もう一ヶ月ですよあの事件から。公社の幹部だって無能じゃないでしょ。証拠を消すくらい……」 
「証拠をつかんでどうするんだ?」 
 誠の言葉に冷たく言い放つ要。
「それは、正式な手続きを経て裁判を……」 
 そこで要の目の色が鋭いリアリストの目へと変わる。
「それが事実上不可能な人物がリストに名を連ねてたらどうする?」 
 厳しく見えるがその目は笑っていた。要は明らかに状況を楽しんでいる。要の言うことは正しいだろう。近藤資金が非合法の利潤だけで維持されていると考えるには、胡州で今も続いている政治家、軍人の逮捕のニュースを聞いていても無理があった。その資金の多くが稼ぎ出された東和でも同じことが起きても不思議ではない。
 帝政と非民主的といわれるほどの治安機関による情報統制と軍による統治機能を持っている胡州だからこそ出来る大粛清の嵐に比べ、東和にはそれを許す土壌は無かった。
「まあ安城さんは捜索の付き添いみたいな感じだからうちが介入する問題ではなさそうと言うことかしら」 
 リアナは画面を見ながらそう言った。しかし要は画面から目を離そうとしない。 
「要ちゃん。仕事熱心すぎるのも考え物よ」 
 軽くリアナが要の肩を叩く。そしてゆっくりと立ち上がり伸びをしながら白い髪をなびかせている。
「菰田君達も集まったことだし、お昼の準備みんなでしましょうね!」 
 砂浜でひっくり返ってる菰田達が、リアナのその言葉でゆっくりと起き上がる。
「じゃあ荷物番は神前君と要ちゃんで」 
 そう言うとリアナは後ろ髪を惹かれるようにまなざしを投げてくるアイシャをつれて、バーベキュー場に向かう。
「それにしても、今更」 
「誠、お姉さんも言ってたろ?こりゃあうちの出番じゃねえよ。それにこれで終わりとは思えないしな」 
 そう言うと要は再びタバコに火をつけた。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 59

 誠はなんとなくその場を離れることが出来なくて、要の隣に座った。
「せっかく来たんだ。それにカウラの奴の提案だろ?アタシのことは気にするなよ」 
 その言葉に要の方を見つめた誠。満足げに海を眺めている要。
「なんか変なこと言ってるか?」 
 すこし頬を赤らめながら要はサングラスをかけ直す。誠はそのまま視線を要が見つめている海に移した。島田達はビーチボールでバレーボールの真似事をしている。シャムと小夏は浮き輪につかまって波の間をさまよっている。
 ようやく菰田が砂浜にたどり着いた。精も根も尽き果てたと言うように波打ち際に倒れこむ。そしてそれに続いた連中も浜辺にたどり着くと同時に倒れこんでいた。
「平和だねえ」 
 要はそう言うとタバコを取り出した。
「ちょっとそれは……」 
 周りの目を気にする誠だが、要にそんなことが通じるわけも無い。
「ちゃんと携帯灰皿持ってるよ、叔父貴じゃあるまいし投げ捨てたりしねえ」 
 そう言ってタバコを吸い始める要。空をカモメが舞っている。 
「なんだかいいですねえ」 
 そう言って要の顔を見た誠だが、サングラス越しにも少し目つきが鋭くなったような気がした。戦闘中の要の独特な気配がにじみ出ている。
「おい、誠。お姉さんとカウラとアイシャ呼んで来い、仕事の話だ」 
 真剣なその言葉に、誠は起き上がった。
「どうしたんです?」 
 要の表情で彼女の脳に直結した通信システムが起動していることがすぐにわかる。
「公安が動いた。そう言えば分かる」 
 要のその言葉に砂浜の切れかけたところにあるバーベキュー施設に向かい走る誠。保安隊で『公安』と言えば安城秀美(あんじょうひでみ)局長貴下の遼州同盟司法機関特務実働部隊のことだ。やり口の残忍さで公安配属になるところを保安隊勤務となった要はネットワークリンクしている有機コンピュータの脳のおかげで、公安や所轄からの情報を常にリアルタイムで知ることが出来る状況にある。
 誠は人を避けながら走って水場で野菜の下ごしらえをしているリアナの姿が目に入った。
「すいません!」 
「あら、神前君。どうしたの?」 
 半分ほど切り終わったたまねぎを前に、リアナが振り返る。
「あわててるわね。水でも飲む?」 
 アイシャはそう言うとコップに水を汲んで誠の差し出した。一息にそれを飲むと誠は汗を拭った。カウラは健一とコンロの火をおこしている。
「西園寺さんが呼んでます。公安が動いたそうです」 
 その言葉に緊張が走る。
「端末は荷物置き場にあったわね。アイシャちゃん、カウラちゃん。行くわよ」 
 リアナの声で木炭をダンボールで煽っていたカウラが向かってくる。アイシャも真剣な顔をして作業を見守っていたレベッカに仕事を押し付けて歩いてきた。
「因果な商売ね。こんな日でも仕事のことが頭を離れないなんて」 
 リアナはそう言うと早足で要の寝ている場所に向かった。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 58

「じゃあ行きますよ」 
 誠はそう言うとシャムを掘り出し始める。明らかに小夏よりは元気だがそれでも頬を膨らませて要をにらみつけているシャム。
「どうだ?気分は」 
 にやけた笑いを浮かべてその様子を眺める要。
「苦しい……苦しいよう」 
 シャムはわざとらしくそう言う。明らかに顔色が変わりかけていた小夏に比べればかなり元気なシャム。
「師匠!もう少しですよ」 
 そう言いながら隣に立っているだけで手伝うつもりの無い小夏。日差しが照りつけている。海に来て最初にしたことが穴掘りとは、そう思いながらも掘り続ける誠。
「大丈夫!あとは……」 
 膝の辺りまで掘り進んだところでシャムが砂から飛び出す。そして手にした砂の玉を要に投げつけた。
「何しやがる!」 
 そう言って飛び起きる要だが、シャムと小夏は浮き輪をつかんで海のほうに駆け出した。
「あの馬鹿、いつかシメる」 
 そう言うと再び砂浜に横になる要。
「いい日和ですねえ」 
 誠は空を見上げた。どこまでも空は澄み切っている。
「日ごろの行いがいい証拠だろ?」 
「お前が言える台詞ではないな」 
 誠が振り向くと緑の髪から海水を滴らせて立っているカウラがいた。
「お疲れ様です、カウラさん」 
 沖に浮かぶブイを眺めてもう一度カウラを見上げる。息を切らすわけでもなく平然とした態度のカウラ。
「ああ、どいつも日ごろの鍛錬が甘いというところか」 
 そう言うと再び沖を振り返る。潮は引き潮。海水浴客の向こうに点々と人間の頭が浮かんでいる。
「凄いですね、カウラさん」 
 正直な気持ちを誠は口にした。
「ただあいつ等がたるんでいるだけだ。それじゃあちょっとお姉さん達を手伝ってくる」 
「嘘付け!どうせつまみ食いにでも行くんだろ?」 
 要は口元をゆがめてカウラを追い出す。
「要さんは……」 
 言いかけて止まる誠。要は子供の頃の祖父を狙った爆弾テロで、脊髄と脳以外はほとんどが有機機械や有機デバイスで出来たサイボーグである。当然のことながら水に浮かぶはずも無い。
「なんだ?アタシは荷物を見てるから泳いできたらどうだ」 
 海を眺めながら要は寝そべったままだった。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 57

「酷いよー!要ちゃん」 
 着替えてパラソルの元で海を見ている要達のところに戻ってきた誠が見たのは、首から下を砂に埋められてわめいているシャムと小夏の姿だった。
「西園寺さんあれはちょっと……」 
 誠は頭を掻きながら首を振って助けを求めている二人を指差す。
「なにか?誠。お前が代わるか?」 
 そう言うとにやりと笑ってサングラスを下ろす要。誠は照れ笑いを浮かべながら視線を波打ち際に転じる。自分でも地味とわかるトランクスの水着を要が一瞥して舌打ちをするのが非常にシュールだった。島田、サラ、パーラ、キム、エダ。波打ち際で海水を掛け合うといういかにもほほえましい光景が展開している。
「そういえば他の面子は……」 
「カウラが先頭になって……ほら、沖のここからも見えるブイがあるだろ?」 
「もしかしてあそこまで泳いでるんですか?」 
 確かに視線の先に赤いブイが浮いている。三百メートルは離れていることだろう。
「でもよくアイシャさんが付き合いましたね」 
「ああ、アイシャなら女将とお姉さん夫妻、それにあのレベッカとかいう奴と一緒に昼飯の準備してるよ」 
「なるほど」 
 いかにもアイシャらしいと相打ちを打つ誠はぼんやり波打ち際で戯れる島田達を見ていた。
「誠ちゃん助けてー」 
 またシャムが叫ぶ。隣の小夏は顔色が変わり始めているが、意地でも要には助けを求めまいと頬を膨らませて黙り込んでいる。
「西園寺さん、いくらなんでも……」 
「そうだな。ここでいつまでも見られちゃたまらねえや。誠、そこにスコップあるから掘り出してやれ」 
 そこにはどう考えてもこのことをする予定で持ってきたとしか思えない大きなスコップが立てかけてある。誠はとりあえず小夏から掘り出しにかかる。
「兄貴、すまねえ」 
 小夏はそう言いながらもぞもぞと動いて砂から出ようとする。
「苦しくない?」 
 かなり徹底して踏み固められている砂の様子を見て誠が話しかけた。
「余裕っすよ」 
 明らかに血流が止まっていたのがわかるほどふらふらと立ち上がる小夏。
「ジャリ。強がっても何にもならねえぞ」 
 サングラスをかけて日向で横になっている要がつぶやく。
「早くこっちもお願い!」 
 隣のシャムが叫んでいる。仕方なく誠は更に掘り進めた。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 56

「西園寺さん、いつからいました?」 
 自分で言葉を確かめながら誠が言葉を発する。額を走る汗は暑さがもたらすものでは無かった。
「オメエがあのおっぱいお化けと腕組んで歩いてる所くらいからか」 
 視線をカウラ達に投げる誠。四人とも誠がそこにいることを無視してカキ氷を食べている。
「怒ってますか?」 
 誠は恐る恐るたずねる。
「いや、別に怒る必要のあることなのか?所詮お前はアタシの部下の一人に過ぎないし」 
 明らかに感情の載っていない言葉。そんな要を見つめる誠は手のひらに汗がにじんでくるのを感じていた。
「言っちゃったー。ご愁傷様ねえ誠ちゃん」 
 わざと誠達に聞こえるように話すアイシャ。要がそのまま無視して誠から離れようとしたところで、誠の視界から要が消えた。
「スーパーキックだ!見たか!悪者め!」 
 代わってそこにはシャムがいた。誠が視線を落とすと、顔面から砂に突っ込んだ要の姿が見える。
「外道!参ったか!」 
 小夏の叫び声。しかし、誠にとってはその姿が衝撃的であった。
「シャム先輩。その水着は……」 
「そう!海と言えば、スクール水着!当然胸には白い名前コーナーをつけて、当然黄色いキャップは忘れずに!」 
「神前の兄貴!アタシもおそろいですよ!」 
『3−2 なんばるげにあ』、『2−3 家村』。胸に踊る手書きのネーム。
「やっぱりシャム先輩が年上の設定なんですね」 
 あきれ果てていた誠だが、とりあえずそう言ってみる。
「違うよ!誠ちゃん。アタシは小学生の……」 
 シャムの姿がまた消えて要の水着が飛び上がってきた。
「いつまで乗ってんだ!このアホ餓鬼が!」 
 跳ね飛ばされたシャムだが、受身を取ってすばやく体勢を整える。要は顔から胸にかけて付いた砂を払いながら、シャムをにらみつけた。
「人に砂浜とキスさせたんだ!ただで帰れると思うなよ」 
「師匠!どうしましょう。外道はまだ健在ですよ」 
「そう言う時はね!小夏」 
 シャムは浮き輪を手にじっと要と相対する。
「逃げるのよ!」 
 ちょこまかと人ごみの中に逃げ込んでいく二人。
「待てよ!こら!」 
 条件反射のようにそれを追い始める要。誠は胸をなでおろすと、海の家の更衣室に向かった。

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