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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 20

「それじゃあちょっと休むからここ座るぞ」 
 そう言って要達ににらみをきかせるように、小さなランがちょこんと誠の前の椅子に座る。それを見て菰田が彼女を見つめている警備部の禿頭にハンドサインで茶を出すように合図した。
「菰田、気を使いすぎると老けるぞ。なー」 
 ランの言葉だが、一見幼女の彼女が老獪なのは知れ渡っていて指示された隊員が厨房に走る。
「まったく、つまらねー気ばっかり使ってるなら書類の書式くれー覚えて欲しいもんだな」 
 そう言って足が届かないので椅子から足を投げ出してぷらんぷらん揺らすラン。
「やはり器がでかいねえ、中佐殿は。じゃあ……」 
「図書館の件も許してくれるのよね!」 
 隣に座ろうとする要を押しのけてアイシャが顔を出した。
 図書館。本来は島田が部下に許してビデオやゲームなどを集めた一室を作っていたのが始まりだった。本来なら女性に見せたくないその部屋だが、アイシャが誠の護衛の名目でこの寮に居座ると、彼女がさらにエロゲーを大量に持ち込んだ。その圧倒的な量でついには壁をぶちぬいて拡張工事を行い、図書館はちょっとした秘密基地と呼べるようになっていた。
「ああ、その件ならサラから聞いてるぜ。勝手にしろよ。ただし……」 
 ランはそのまま菰田に目を向けた。
「アタシの写真を加工してみろ。どうなるか分かるだろ?」 
 遼南内戦末期の共和軍の切り札と呼ばれた彼女の鋭い眼光に、菰田が周りのシンパを見回す。
 ランの保安隊副長就任以来、菰田率いる貧乳女性『ぺったん娘』を信仰する秘密結社『ヒンヌー教』は以前からのネ申であるカウラ・ベルガーをあがめる主流派とロリータなクバルカ・ラン中佐を愛好する反主流派の派閥争いが続いていた。
 菰田が周りを見回すと同意する主流派と目をそらす反主流派の隊員の様子が誠からも見て取れた。
「おう、分かれば良いんだ。なんだ、神前。食えよ。遠慮するな」 
 そのテーブルのメンバーを覚えたと言うように一瞥したランの一言で菰田達が乾いた笑顔を浮かべてるのを気にしながら誠はソーセージに食いつく。
「でも中佐殿が来てここの寮の名前がかなり看板に偽りありになってきたな。『男子下士官寮』って言うが男子でも下士官でもないのが増えすぎだよ」 
 アイシャが去って椅子に座ると要はそう言ってすぐに味噌汁を啜り始めた。
「別に名前など問題じゃないだろ?」 
「そう言うわけにもなー」 
 カウラをさえぎって頭を掻くラン。
「この寮には隊の厚生費が使われてるからな。高梨からも要と同じこと言われたよ。今度の予算の要求でここの費用をどう言う名目で乗せれば良いかってな。頭いてーや」 
 そう言うランの前に菰田のシンパの隊員がお茶を運んでくる。
「ご苦労だな」 
 ランはそれをのんびりと飲み始めた。
「将校だけこの辺のアパートの相場の費用を取れば良いんですよ」 
 経理を担当しているだけにそう言う時の菰田の頭の回りは速い。だが、ものすごい形相で威圧しているアイシャの顔を見て、菰田はそのままテーブルの上の番茶に手を伸ばして目をそらした。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 19

『だんだん大所帯になるなあ』 
 そう思いながら着替えをしていた誠だが、すぐに緊張して周りを見回した。先ほどの隠しカメラの件もある。どこにどういう仕掛けがあるかは島田しか知らないだろう。そう思うと出来るだけ部屋の隅で小さくなって着替える。
「寒!」 
 思い出してみれば窓が開いたままだが、はきかけのズボンではどうしようもなかった。そのまま我慢してズボンをはいて急いで窓を閉める。
 そのまま何とか出勤できる姿になって誠は廊下に出た。階段を下りて食堂に入る。
 食事当番はアイシャだった。いつもの事ながら要領よく味噌汁などを配膳しているアイシャを見て誠は日常を取り戻した気がした。
「誠ちゃん!サービスでソーセージ二本!」 
 管理部の眼鏡の下士官からトンクを奪って誠のトレーに一本限定のはずのソーセージを載せる。
「良いんですか?」 
 思わず振り向いた先に嫉妬に狂う同僚達の冷たい視線が突き刺さる。
「良いんだって!」 
 そうアイシャに言われてそのまま味噌汁を受け取り、ご飯を盛り付ける誠。
「おう、これが飯を食う場所か?」 
 ランの声が響くと隊員達は一斉に立ち上がり小さなランに敬礼する。保安隊の副長である彼女は悠然と敬礼を返してアイシャが食事の盛り付けをしているところにやってきた。
「ランちゃんも食べるの?」 
 アイシャに何度注意しようが『ちゃん』付けが直らないことで諦めたラン。
「おー、朝飯なら食ってきたからな。それより今日はここの施設を見て回ろうと思ってな」 
 この一言に半数の隊員がびくりと震えた。寮の規則は管理部の基礎を固めた先代の管理部部長、アブドゥール・シャー・シン大尉、現在の同盟軍教導部隊副長が作成したものだった。だが、島田の温情で有名無実なものになっており、多くの隊員は寮則の存在を忘れていたところだった。
「私達は勤務だけど……菰田君?案内は」 
 アイシャの言葉にさらに数人の隊員が耳を済ませているのが分かる。技術部整備班班長の島田正人准尉と管理部経理課課長の菰田邦弘主計曹長の仲の悪さは有名である。島田の車好きにかこつけて寮則違反の物品を部屋に溜め込んでいる隊員には最悪の事態なのが誠にも見て取れた。
「案内なんていらねーよ。それに菰田に案内させると困る連中もいるんだろ?」 
 そう言って子供の姿からは想像もできない意味深げな笑いを浮かべるラン。その姿に隊員達はほっと胸をなでおろした。
「アイシャ!いつの間に来たんだ?」 
 ようやく要が革ジャンを着て現れる。その後ろからはいつもどおり保安隊の勤務服姿のカウラがついてきていた。
「なあに、無駄なことをしないだけよ。誰かと違って」 
 そのまま二人の喧嘩に巻き込まれるのもつまらないと思って誠はそのまま食堂の隅にトレーを運んで行った。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 18

 一見、グラマラスな美女に見える要だが、100kgを超える軍用義体。そして骨格は新世代チタニュウム製である。そのままアイシャは蹴り上げた右手を中心に回転して誠の頭に全体重をかけての頭突きをかますことになった。
「痛てえ!」 
「痛いじゃないの!誠ちゃん!」 
 アイシャが叫ぶが要は涼しい顔でタバコをくゆらせている。
「オメー等何やってんだ?」 
 入り口に現れたのはトランクを抱えたと言うか大きなトランクに押しつぶされそうな状態のラン、そして同じように荷物を抱えた茜とラーナがいた。
「なんだ?引越しか?」 
「仕方ねーだろ?昨日の件でオメー等の監視をしなきゃならねーんだから」 
 要のタバコに嫌な顔をしているラン。
「ごめんなさいね、皆さんを信用できないみたいな感じで。まあちょうど技術部の方が六人、大麗宇宙軍に異動になって部屋が空いたと島田さんから連絡があってそれで……」 
 茜の言葉に要、カウラ、アイシャの視線が島田に向いた。
「しょうがないだろ!同盟司法局の指示書を出されたら文句なんて言えないじゃないですか!」 
 島田が叫ぶとそのすねを思い切り蹴飛ばすラン。
「何か?アタシ等がいると都合が悪いことでもしてんのか?」 
 弁慶の泣き所を蹴り上げられてそのまま転がって痛がる島田。
「そう言うわけだ。世話になるぜ」 
 そう言ってランはいつの間にか同じようにトランクを持って待機していたサラの手引きで階段に向けて歩き出した。
「どうすんだよ!ちっちゃい姐御が来たら……」 
「みなの緊張感が保たれて綱紀が粛正される。問題ないな」 
「カウラ!テメエ!」 
 カウラと要がにらみ合う。ようやく痛みがひいたのかゆっくりと立ち上がったアイシャが島田に詰め寄る。
「正人ちゃん。サラが来てた様な気がするんだけど……それも指示書にあったの?」 
「ありました!なんなら見せましょうか?」 
 サラとの付き合いが公然の事実である島田が開き直る。そしてそのままアイシャは胡坐をかいて目をつぶり熟考していた。
「茜さんは元々仕事以外には関心が無い。問題ないわね。ラーナも同じ。そしてサラはいつも私達とつるんでいるから別に問題ない。そうすると……」 
「やっぱちびじゃねえか!問題なのは!」 
 要とアイシャが頭を抱える。ほとんどの隊の馬鹿な企画の立案者のアイシャとその企画で暴走する要にとって、そのたびに説教を始める保安隊副長クバルカ・ラン中佐と寝食を共にするのは悪夢以外の何者でもなかった。
「まあ、おとなしくしていることだ」 
 そう言うと立ち上がったカウラが要の首根っこを掴む。
「わあった!出りゃ良いんだろ!またな」 
 立ち上がる要。アイシャはぶつぶつ独り言を良いながら立ち上がる。
「まったく。面倒な話だな」 
 島田も彼女達を一瞥するとそのまま立ち上がり、誠の部屋のドアを閉めた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 17

 膨れ上がった眼球が誠の恐怖をさらに煽る。だがもはやそれは形が眼球の形をしているだけ、もうすでに見るということなどできる代物ではなく、ただ誠の恐怖をあおる程度の役にしか立たない代物だった。
『神前曹長!狙うのは延髄です!そこに剣を突き立てて干渉空間を展開してください!神経中枢のアストラル係数を反転させれば再生は止まります!』 
 ラーナの言葉に剣を正眼に構える誠。突きを繰り出せるように左足を下げてじりじりと間合いをつめる。
 しばらくして飛び出した眼球が誠を捉えたように見えた。その人だった怪物は誠の気配を感じたのか、不気味なうなり声を上げる。次の瞬間、その生物からの強力な空間操作による衝撃波が誠を襲う。だが誠もそれは覚悟の上で、そのまま一気に剣を化け物の口に突きたてた。
「ウギェーヤー!」 
 喉元に突き立つ刀。化け物から血しぶきが上がった。誠の服を血が赤く染め上げていく。しばらく暴れる化け物。突きたてた誠はそのまま刀を通して法術を展開させる。
『あ・り・ガトウ』 
 脳裏にそんな言葉が響いたように感じた。誠の体をすぐに黒い霧が化け物を包む。もがく化け物の四肢が次第に力を失って……。
 同じように誠も意識を失った。

 誠は起き上がった。寮の自分の部屋。カーテン越しにすでに朝であることを確認する誠。
「しばらく見るだろうな。こんな夢」 
 そう思った誠が布団から起き上がろうとして左手を動かす。
 何かやわらかいものに触れた。恐る恐るそれを見つめる誠。
「おう、早いな」 
 眠そうに目をこする要。その胸に誠の左手が乗っていた。
「お約束!」 
 手を引き剥がしてそのまま部屋の隅のプラモデルが並んでいる棚に這っていく誠。
「おい、お約束ってなんだよ。アタシがせっかく添い寝をしてあげてやったっつうのによ!」 
 要はそう言うと自分の部屋から持ってきた布団から這い出し、枕元に置いてあったタバコに火をつける。そのまま手元に灰皿を持ってくるが、そこに数本の吸殻があることから、要が来てかなり時間が立っているのを感じた。
 とりあえず誠は息を整えて立ち上がり、カーテンを開けさらに窓を開けた。
「寒くないのか?」 
 タバコを吹かしながら誠を見上げる要。
「タバコのにおいがしたらばれるじゃないですか!」 
「誰にばれるんだ?そうすると誰が困るんだ?」 
 ニヤニヤと笑う要。
「あのですねえ……」 
 そう言った時に部屋のドアがいきなり開く。
「西園寺!」 
 踏み込んできたのはカウラだった。隣になぜか島田までいる。
「おう!来たか純情隊長!」 
 誠は余裕の表情の要の言葉にただ呆然と立ち尽くしていた。
「ああ、西園寺さん。一応……」 
 そう言うと島田はそのまま部屋に入り誠のプラモデルコレクションのメイドのフィギュアをどかして小さな四角い箱を取り出す。
「おい、隠しカメラって奴か?なんだ、せっかく……」 
「要ちゃん!」 
 カウラをからかう言葉を用意しようとした要の頬にアイシャのローキックが炸裂した。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 16

「こいつ等は正直そこまでの完成度はねーだろ。確かに実験のラインには乗らなかった規格外品だとしても、司法執行機関も馬鹿じゃねーからな。そう遠からず手は回るわけだ。それにしては進歩が感じられねーんだ」 
 そう言って頭を掻くラン。
「つまりクバルカ中佐はこれまでの襲撃を仕掛けてきた組織とこの法術暴走のサンプルを破棄している連中が別の組織だと言いたいんですか?」 
 カウラはいつにない強い調子でランに迫る。
「でも、つながりがねえとは思えないな。どちらも活動開始時期が誠の法術の使用を全宇宙に中継したころから動き出したわけだ。しかもこの東和を中心に動いている。バルキスタンの件も保安隊の活動を監視していたって事は東和の地と無関係とは思えないしな」 
 要の指摘に誠も頷く。
「となると、アイシャ。さっきお前さんが言ったローラー作戦は危険だぞ。それなりに腕の立つ法術師が動く。対応する装備の無い所轄の捜査官に相当な被害が出ることも考えなきゃいけねーや」 
 そう言ってランはこの事件の捜査責任者である茜を見上げた。
「そうですわね。とりあえず捜査方針については同盟司法局で再考いたしますわ。それと、誠さんにはしていただきたいことがあってここに来ていただきましたの」 
 茜は真剣な視線を誠に投げた。そしてその意味が分かったと言うように要とカウラ、そしてアイシャが沈痛な面持ちで誠を見つめる。誠はその目を見てそしてランが見つめている誠の剣を握りなおした。
「このかつて人だった人に休んでもらうって事ですか?僕の剣で」 
 搾り出すように誠がそう言うと彼女達は一斉に頷いた。
「え!それって……どうして?この人だって……」 
「無理ですわ。もうこの人の大脳は血流も無く壊死して腐りかけてますの。それがただたんぱく質の塊のような状態で再生するだけ、ただ未だに機能している小脳で痛みと苦しみを感じるだけの存在になってしまった。数週間後には再生すら出来なくなって全身が腐っていくだけ」 
 その茜の言葉にサラは反論を止めて黙り込むしか無かった。
「僕に、人殺しをしろと?」 
「馬鹿言うんじゃねー。こいつを休ませてやれってことだ。こいつを苦しみから、痛みから救ってやれるのは法術師だけだ。そしてそれがオメーの保安隊での役目なんだ」 
 ランの言葉に誠は剣を眺めた。黒い漆で覆われた剣の鞘。誠はそれを見つめた後、視線を茜に向けた。
「やります!やらせてください!」 
 迷いは無かった。
「いいのね」 
 確認するような茜の声に誠は頷く。
「止めろとは言えねえか」 
 要がつぶやく。アイシャは黙って誠の剣を見つめていた。カウラは黙ってラーナの手の中のこの不死の生き物の画像を覗き込んでいた。
「俺は何も言える立場じゃないけどさ。やると決めたんだ、全力を尽くせよ」 
 島田に肩を叩かれて誠は我に返った。しかし、先ほどの決意は勢いに任せた強がりでないことは自分の手に力が入っていることから分かっていた。
 静かに誠は手にした『鳥毛一文字』を抜いた、鞘から出た刃は銀色の光を放って静かに揺れている。
「それじゃあ、ラーナさん。部屋を開放、神前さんには中に入ってもらいます」 
 茜の言葉でラーナは端末のキーボードを叩き始めた。二つの部屋の中ほどに人が入れる通路が開いた。
「そこから入っていただけますか?指示は私が出します」 
 ラーナの言葉を聞いて誠はその鉛の色が鈍く光る壁面の間に出来た通路に入っていった。

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