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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 60

「餌の鮮度が落ちたのかねえ。さっぱり食いつかないよ」 
 革ジャンを着たサングラスの男。北川公平はただ同盟軍事機構本部ビルの一室から乾いた北風の吹きすさぶ東都の町を眺めていた。
「どういうことでしょうか?」 
 そう丁寧にたずねたのは同盟軍事機構の東和の代表である菱川真二大佐だった。北川は諦めたようなため息をつくと軍の高官である菱川を尻目に応接ソファーに体を投げた。
「なあに、知識の開拓に熱心な研究者の連中には警告はしましたから仕事を急いでもらえると思ったんですがね」 
 北川の言葉にさらに菱川は首をひねる。そこに北川の携帯の着信音が響いた。
「では情報が入り次第お知らせしますから」 
 そう言うとそそくさと立ち上がり、そのまま部屋を出て扉が閉まるのを確認してようやく端末の回線を開いた。
「はい?」 
『俺だ』 
 向こう側の低い声の持ち主を特定すると北川の表情がゆがんだ。
「桐野さん。俺の予定表も知っているでしょ?今かけてくるのはやばいですよ」 
 苦々しげにつぶやく北川だが、電話の向こう側にいる桐野孫四郎。通称『人斬り孫四郎』はまったく気にしていないというようにからからと笑った。
『なあにそのときは一人の悪趣味な男が世界から消えるだけだ。別に困ることも無い』 
 あっさりとそう答える桐野に唖然とする北川。
「その悪趣味な男から言わせて貰いますがね、これは太子の知っている作戦行動なんですか?」 
 桐野が示した法術師の能力研究を目的とする地下研究所の支援の案。それを独断で北川に突きつけたときからそのことが気になっていた。法術師の支配する銀河の秩序を建設する。それが彼等の主である長髪の男『太子』の意思だった。だが、法術能力の強制発動研究などはその理想とは外れていると北川は思っていた。
 不思議な話だが北川は主である『太子』の名前すら知らなかった。恐らく桐野も同様だろう。ただ圧倒的な法術師としての力とさまざまな場所へのネットワーク。そして強靭な意志は北川が従うべき人間の器と言うものをはるかに超えた人物であると言うことだけは知っていた。身元も遼南王家の庶流の出と北川は推察しているがそれ以上を尋ねる勇気は北川には無かった。
『太子はご存知では無い。我々に協力したいと言う人物の紹介で俺は動いている』 
 そうあっさり言い切る桐野に北川は呆れた。はじめから桐野には期待はしていなかった。ただの人斬り、死に行く敵の断末魔の声を聞きたいだけの殺人鬼に過ぎない桐野に何を言うつもりも無い。今回も彼が待ち焦がれている『同類』だと言う保安隊隊長嵯峨惟基をおびき出したい一心での作戦なのだろう。
「それじゃあ俺はいつでも証拠を消せるようにしておきますから」 
 そう言って北川は一方的に電話を切った。
「まったくただの人殺しらしく隠れていてくれると良いんだがな」 
 そう言うと北川は行きかう軍事機構の兵隊達の群れに身をまぎれさせた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 59

「同盟の軍事機構か。そりゃあ虎を引きずり出したようなもんだな。それにこの面子。全員軍籍は東和陸軍か……」 
 要のタレ目は笑っていなかった。吉田はその組織図にいくつかのしるしをつけていく。その数に誠は圧倒された。
「近藤事件で押収した資料に名前の載っている人間がこんだけ。隊長も目をつけている人物達だ。当然これまで近藤事件の裏帳簿を隊長が握りつぶしたことで弾劾を切り抜けてはいるが近藤中佐の帳簿が表ざたになればどういう処分が出るか……」 
 そこまで言うと吉田は笑みを浮かべる。隣ではまるで話を理解していないようなシャムがニコニコして猫耳をいじっている。
「あの帳簿の公表は最後の手段だからな。表に出れば同盟での各国の待遇をめぐる不満が噴出すのは目に見えてる」 
 要はそう言ってそのまま自分の端末に目を向ける。
「道理で情報が集まらないわけだ」 
 そう言ったのはサラと一緒に画面を覗き込んでいた島田だった。頭を掻きながら天を仰ぐ。
「東和陸軍を相手にするのは厚生局の面々も避けたいでしょうからね。でもそうなると同盟軍の情報機関がこの事件の調査を始めるんじゃないですか?」 
 島田の意見に誠も頷いた。そんな二人とサラを見て吉田は呆れたような顔をする。
「同盟軍の連中が調査を始めて今回の事件の肝である法術師の能力強制開発の技術を手に入れたらどうなると思う?あの連中は本音では地球ともう一回ガチで喧嘩したい連中だ。一騎当千の法術師を大量生産して一気に地球に派遣して大混乱を起こす。そして軍の侵攻」 
「勝敗は別としてもかなり見るに耐えない光景が展開されるのは確実だな」 
 要の言葉を聞くまでも無く誠は状況を理解した。
「でもそうすると研究施設を発見しても軍にばれたらエンドじゃないですか!」 
「そうでもないぜ」 
 慌てた誠の言葉を要がさえぎる。そして端末を操作して誠の画面を切り替えた。そこに映るのは近藤事件に関与が疑われている同盟軍事機構の上層部の将官達の名前だった。
「こちらも手札はあるんだ。研究所をアタシ等が先に発見すればこの上層部の連中が遅れて研究所の存在に気づいても無茶は出来ない。誰もが自分がかわいいからな」 
 こう言うときの要は晴れやかな顔になる。胡州軍上層部から嫌がらせに近い扱いを受けてきただけに彼女のそのサディスティックな笑顔にも誠は慣れてきていた。
「それでも調査は一刻を争う状況だな。西園寺。コイツと行ってこい」 
 そう言って吉田は誠の肩を叩く。
「始末書、作ってくれよな」 
 要の言葉にしぶしぶ頷く吉田。シャムは迷いが消えたような要の顔を見て笑顔を浮かべる。
「俺達は?」 
 取残された島田。吉田は見つめられるとそのまま自分の席へと立ち去る。すがるような視線を受けているシャムも目をそらしてそのまま自分の席へと向かう。
「ちゃんと私服に着替えろよ」 
 要はそう言うと立ち上がって端末を停止させている誠を見下ろした。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 58

「でも……僕達を監視しているって宣言してみせる意味が分からないんですけど」 
 そんな誠の言葉に落胆した表情を浮かべるのは要だった。
「あのなあ、アタシ等の監視をしていると言うことはだ。いずれこの監視をしている連中の利害の範囲にアタシ等が関わればただじゃすまないぞ、と言う脅しの意味があるんだと思うぞ。実際、物理干渉型の空間展開なんかを見せ付けているわけだからな。どんな強力な法術師を擁しているか分かったもんじゃねえよ」 
 頷く誠。そしてようやく吉田の手から脱出したシャムが誠の端末の画面を覗き込んできた。
「なんでこんなことしたのかな」 
「アホか?今の話聞いてただろ?」 
 そう言うと始末書の作成に取り掛かる要。だが、シャムは相変わらず首をひねっている。
「だって、ただ邪魔をしたいとか監視していることを知ってほしいなら、直接要ちゃん達に仕掛ければ良いじゃないの」 
 シャムの何気ない一言にランが顔を上げた。
「そうか!カウラ、車は出せるか?」 
「ええ、良いですけど……始末書は?」 
「そんなものはどーでもいーんだよ!」 
 ランはすぐに立ち上がって背もたれにかけてあったコートを羽織る。カウラも呆然と様子を見ている要を無視して立ち上がった。
「どうしたんですか?」 
 心配そうな誠の声にランは満面の笑みを返す。
「そうなんだよ!アタシ等に直接攻撃を出来ない理由がある連中を当たれば良いんだ」 
 そう言ってドアにしがみついている楓の肩を叩いて出て行くラン。それをカウラは慌てて追った。
「なんかアタシ言ったの?」 
 呆然と立ち尽くすシャム。誠も要もランのひらめきの中身が何かと思いながら仕事に戻ろうとした。
「知りたいか?」 
「うわ!」 
 誠は耳元に突然囁きかけてきた吉田に驚いて飛び上がる。それを見て笑みを浮かべる吉田。
「何か知ってるのか?」 
 要のいぶかしげな顔に吉田は首筋からコードを取り出して端末のスロットに差し込む。いじけていた楓と渡辺も寄り添うようにして吉田の捜査している誠の端末の画面を覗きこんだ。
「つまりだ、お前等に直接邪魔をすると困る。言い換えれば司法局に介入されると困る人が悪趣味な人体実験の片棒を担いでいると言うことはだ」 
 そう言う吉田が画面に表示させたのは同盟の軍事機構の最高意思決定機関の組織図だった。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 57

 さすがにやりすぎたかと思いながら端末に集中しようとした誠の視界に、島田が久しぶりに見る整備班員のつなぎ姿で廊下を見ながら部屋に入ってきたのが見えた。隣にはサラがニヤニヤ笑いながら廊下の騒動を眺めているのが見える。
「ベルガー大尉。あれ、何とかした方が良いですよ」 
 そう言って隊長室の辺りを指差す島田。カウラとランが飛び出していく。誠もつられてついていって見ると要にしがみつきながら泣いている楓とドサクサ紛れに胸を揉む彼女の手をつねり上げている要の姿が見えた。
「あれは一つのレクリエーションだからな」 
 カウラはすぐに引き返して仕事を続ける。
「どうなんだ、そっちは?」 
 ひとたび呆れたようにそのまま席に戻ったランが島田に声をかける。頭を掻きながら要達の騒動を見つめているサラを振り返ると諦めたような笑みを浮かべる。
「どうもねえ。口が堅い人が多いのか、それとも本当に何も知らないのか微妙なところでしてね。とりあえず今日は独自のルートで捜査するからって茜お嬢さん達は出かけたわけですが……」 
 明らかに煮詰まっているのがわかって誠も島田に同情した。
「アタシ等も第三者に監視されている状態だしな。どこかの馬鹿が要みたいに状況にいらだって動いてくれると楽なんだけどなー」 
「不謹慎な発言は慎んでください」 
 ランの言葉に突っ込むカウラ。それを見て舌を出すランを見て誠は萌えを感じていた。
「でもこの監視している画像を撮った人は何者なんですかね」 
 誠の言葉にランは首をひねる。実働部隊の詰め所のドアにはようやく楓を引き剥がした要が息を荒げて部屋に入ってくる。
「それか?出所は在東和遼南人協会のサーバーからのアクセスだそうだ」 
 そう言って自分の席に座る要。楓は廊下で指をくわえて要に熱い視線を送っている。
「初めて聞く名前ですね。それってどう言う組織ですか?」 
 誠の何気ない発言にカウラが失望したようにため息をつく。
「遼南内戦で敗北した共和軍の亡命者が作った団体だ。主に構成員は前政権の官僚や軍の関係者が多かったが、最近では東海の花山院軍閥の関係者が多いな。一時期の人民党の圧政や経済の混乱で発生した難民の相互利益の確保を目的としていると言うのが建前だが実際のところは嵯峨朝とその後の政権の悪口を喧伝して回っている暇人の集団だ」 
 カウラの言葉に要が苦々しげにさらに話を続けた。
「表向きはそうだが実際には裏ルートでの物資の流通を管理していると言う話もある……まあ胡散臭い団体だな。近藤事件でも資金のロンダリングを近藤忠久中佐に頼んでいた資料はお前も見てるはずだから覚えておけよ」 
 その言葉でようやく誠も親胡州系のシンジケートの中にその名前があったのを思い出した。
「でもなんでそこの関係者がこんな画像を撮れたんですか?」 
「サーバーを使ったからってこのビデオの撮影をした人間が在東和遼南人協会の関係者とは限らねーだろうが」 
 キーボードを叩きながらランが突っ込む。
「無関係では無いとは思うが少なくとも吉田にそのサーバーを介して情報を流す意図を持った人物が、アタシ等の監視をしていることを印象付けたかったと言うことは間違いないだろうな」 
 要はそう言って自分の端末の画面を開いた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 56

「おっこられた!」 
 実働部隊の詰め所に響くシャムの叫びを無視して、ランは自分の机にたどり着くと端末を起動する。猫耳をつけたシャムが絡み付こうとするが、その襟首を吉田が掴んでいる。
「離せー!」 
 暴れるシャムだが120kgの重さの義体の吉田を動かすことは出来なかった。
「でもいきなり街中で発砲なんて……」 
 つい誠の口をついてそんな言葉が出ていた。
「東都戦争のときの方が凄かったらしいぞ。シンジケートの抗争が24時間絶え間なく行われていたんだからな」 
 そう言うとカウラも自分の端末を起動する。仕方ないと言うように誠も席についた。いつものように第四小隊は任務中で空。奥で第三小隊の三番機担当のアン・ナン・パク軍曹が一人でかりんとうを食べていた。
「二人とも今のうちに日常業務を済ませておけよ。忙しくなるかも知れねーからな」 
 始末書を書き始めたランの一言。カウラも端末の画面に目が釘付けになっている。起動した画面を誠は見つめて呆然とした。
 そこには銃撃戦を行うランと要の姿とその射線から逃げる胡州陸軍の戦闘の様子が映っていた。
「どこでこんな映像!」 
 誠は目を疑った。回り込もうとした胡州軍の一個分隊を法術の干渉空間がさえぎっている。壁にぶつかるように倒れる兵士達。ビルの屋上らしくこの画像を撮影した人物の足が見える。
「これって……」 
「今頃見たのか?吉田のところに匿名で奇特な方から直接送られてきたそうだ。世の中意地の悪い奴もいるもんだな」 
 ランはキーボードを叩きながらつぶやく。干渉空間を展開しているのはランでは無かった。まるで銃撃戦が激しくなるのを期待しているようなその法術師の意図に恐怖すら感じた。
「でも法術が展開されている気配は無かったんですよね?」 
 誠の言葉にランは手を休める。
「物理干渉系の能力は発動してもあまり精神波は出ねーからな。それにこっちだって銃撃戦で相手の防弾チョッキに弾を的確に当てるのに手一杯だったし。弱装弾を用意しておいて正解だったわ」 
 そう言って再びランはキーボードを叩き始める。
「誰かが我々を監視していると言うことだな」 
 カウラの冷静な言葉に誠は再び画面に目を向ける。発砲する胡州軍兵士の前に遼北軍の暴動鎮圧用の装甲車が飛び込んで銃撃戦は終わった。そして回り込もうとした分隊を大麗軍の戦闘服の一団が包囲する。
「結構凄い状況だったんですね」 
 耳元でアンの言葉が響いて思わず誠は身をのけぞらせた。その態度に明らかに落ち込んだ表情を浮かべるアン。
「そんなに嫌いですか?僕のこと……」 
 しなを作るアンにただ冷や汗を流す誠。カウラに視線を投げた誠だが彼女はすでに資料の整理を始めている。
「そう言うことじゃなくて……ああ、俺は仕事があるから!備品の発注は……」 
 ひたすらごまかそうとする誠をさびしそうな瞳でアンは見つめていた。

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