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冷笑 6

 しかしこうして漕いだところでどうなるのだろうか?
 突然現われた疑問に俺はうろたえた。思わずハンドルを握る手が緩む。右へ左へ自転車は揺れる。それでも俺はなんとか持ち直してまた自転車を漕ぎ始める。
 いつの間にか左右は大根畑に変わっていた。延々と植わっている大根。
 だからといって何が変わるわけではない。
 そんな俺の耳に独特のけたたましいエンジン音が上空から響いてきた。
 見上げた。
 それはラジコン飛行機だった。
 悠然と飛ぶラジコン飛行機。それは延々と白い排気ガスを吐き出しながら水平に飛び続けていた。
「あれもいつか地面に降りるわけだな」 
 独り言が自然に出ていた。道に車の気配は無い。ただラジコン飛行機のエンジン音だけが何もない空間に響き続ける。
 俺はようやく気がついたような気がした。
 いつでも自転車は降りることが出来る。いや、いつか自転車を降りることになる。
 それもまた良いだろう。
 俺はにやりと笑うと自然な感じで自転車を漕いだ。


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冷笑 5

 自転車を漕ぐと言うことは移動距離と比例した達成感を得ると言うことが目的のはずだ。それ以上でもそれ以下でも無い。でもなんというむなしさだろう。移動がもたらす景色の変化はどれも取るに足らない。俺が動いたところでそこにあるものは変わらずにある。無関係にあり続けるその物質。あると言うことの強迫観念が俺の足をさらに動かす。そして自転車を漕ぐ。
 たとえばあの納屋だ。目の前にある目的もよく分からない木箱の上の筵に転がる猫。もしこの小動物に思考というものが存在したとして俺をどう思うだろうか?晩秋近くの日中。しかも平日。自転車を漕ぐこと。しかもこんな歩道もないような田舎道をその通過点として選んだこと。それ自体彼にとっては嘲笑に値することに思えるのでは無いだろうか? そんないわれのない恐怖が俺を襲う。当然ながら猫にそんなことを考える能力はない。そして幸いにして俺は猫の言葉は分からない。分からないことは幸せなことだ。知ったところでどうにも出来ないのが世の中だ。だから自転車を漕ぐ。
 農家の庭先を覗いていると不意に視線を感じた。小型のバイクに乗った警察官がすれ違う。こちらを見ていたのか、見ていなかったのか。そんな事はどうでも良いことだ。ただ彼が通り過ぎたこと自体俺の心の中で揺らぐものが確かに存在するのが事実なのだから。後ろめたい何か。確かにこんな時間にこんな場所を一人で自転車で走っていること自体がかなり後ろめたいことだ。普通なら、彼等が俺に要求する普通なら俺は都内でビルの合間で携帯電話を片手に商談先の指定した待ち合わせ場所に急いでいなければならないのかもしれない。だが事実はそうなってはいない。いや、それも思い過ごしなのだろう。俺は今こうして自転車を漕いでいる。それ以上のことが俺に出来るとはとうてい思えない。だから自転車を漕ぐ。職務質問はそれからだ。
 また営業車が追い抜いていった。点在する工場と資材置き場を移動する彼等はまさに一刻を争うというように明らかに制限速度の倍の速度で通り過ぎていく。だが俺には関係の無い話だ。だから自転車を漕ぐ。


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冷笑 4

 柿の木が見える。実る実。ただ誰が食べるのか。たぶん誰も食べることは無いだろう。路上に落ちてつぶれた柿の実がタイヤに粘り着く。どうにも嫌な気分になる。だからどうと言うこともない。ライトバンも同じように柿の実を踏みつぶして走っていく。特別なことは何もないのだから。
 畑が途切れる手前の野菜の無人販売所。正確に言えば無人販売所跡地だろう。一頃のはやりで日曜大工のつもりで作ったのだろう粗末な屋根とテーブルのようなスペース。ただ使われなくなって長いようで、板は黒ずみ所々に穴まで開いている。何もない以上俺には用はない。俺はただ自転車を漕ぐ。
 杉林が始まる。当然手入れなどされていない。ある木は根本から折れ、ある木は生長が遅れて腐り、ある木は途中で二股に伸びて使い物にはならないように見える。そしてその木の根元の雑草の生い茂ることの激しいこと! 今更手を入れることも出来ないだろう。もしこの土地が残土の処分場にでもなるときは無価値な木ぎれがたくさん出ることだろう。ただそれだけ。いつ、誰がどんな思いでこの木々を植えたのか。俺の関わりのあることでないことだけは確かだ。それが無駄だった。何の意味もなかったことだけはよく分かる。人生は徒労だ。ある意味よく分かる典型例なのかもしれない。でも無関係に俺は自転車を漕ぐ。ただ漕ぐ。
 再び坂。まさに拷問以外の何ものでもない。かつての将軍の部下達は相当に我慢強い人間が揃っていたのだろう。それともかつての人々はもっと我慢強かったのかもしれない。まあ考えてみれば生きていても良いことなど何一つ無いだろう人生を送ることを強制された人々ばかりが世のほとんどを占めていた時代の話だ。我慢強い人間が多いのも当然なのかもしれない。まあ、今が生きていて良い時代なのかは物質的な面では勝っているという事実以外には俺には知識がないので特に考えることも無いのだが。俺は自転車を漕いだ。
 右足、左足。力を込める度に左右の道の周りの草達が気になる。名前はあるだろう。偏執狂的学者達が付けたその草達にとっては何の意味もない記号としての名前。それについて俺が調べるつもりはまるでない。知ったところで左右の足の疲れが取れるわけではないから。ただそれぞれに個性を主張して生存を競っている事実は見て取れる。実にうらやましい限りだ。人間も脳みそを取り除けばこうして草のように生きることが出来るのかもしれない。まあそれが生きているという事かどうかは別の問題だが。俺は自転車を漕ぐ。


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冷笑 3

 額に汗が浮かぶ。拭う。手を見る。どう見てもねっとりとした粘液が粘り着く感覚が気にくわない。だがそれでどうなるというわけでもない。ただ道は続く。軽トラックが隣を通り抜けていく。整備が悪いのかどす黒い煙が周りを覆う。ただそれでも道は続く。
 再び坂が始まった。突然のようにのぼりはじめた道。ただ右足、左足に力を込める。それでも坂は急になっていき次第に自転車の勢いが落ちる。俺はようやくギヤを落とす決心をする。一瞬だけの軽快さ。それも本当に一瞬のこと。今度は緩まった勢いのせいでハンドルの操作が難しくなる。右へ、左へ、足を踏みしめる度に自転車は左右に揺れる。ただ揺れる。そしてその脇を営業車が通り抜けていく。ぶつかったら楽になるのかな。そんな事を考えてみる。考えてみれば40キロも出せないこんな道での接触事故。死にはしないが障害くらいは負うだろう。ただ面倒なだけだ。死にかけたことは何度かあるが、ただ面倒なだけだった。ひと思いに死ねれば楽にはなるが、人間そう簡単には死なないものだ。だから俺は自転車を漕ぐ。ただ漕ぐ。
 気がつけば左右はクヌギ林だった。子供なら、そして今が7月のはじめならそれなりに楽しめた光景かもしれない。ただ俺は中年も中年で、今は秋も過ぎようとしている時期だ。誰も楽しいことを感じることが出来るような場所ではない。木々が珍しい都会人向けに下草を刈り込んでいる訳でもない。背の高さまで生えた笹などの雑草。ただ邪魔なだけな空間。子供なら、クワガタの産地と喜び勇んで飛び込む草むらも今となってはただの枯れ草の茂みだ。ただ視界の端を彩るだけ。俺はそれを見ながら自転車を漕ぐ。
 坂はしばらくして平らな道へと到達する。雑木林もまず栗林に変わり、そして畑へと姿を変える。生姜、冬瓜、ヤマトイモと続いて落花生畑。ボッチが風に揺れている。昔なら野焼きの香りが一面に広がっていてもおかしくないがそんな人間的な光景は今はない。ただ誰もいないだだっ広い畑が続いている。その先には間伐などとうに忘れられた杉林が倒木を何本も晒した状態で広がっている。俺はギアを再び上げた。自転車は加速していく。通り過ぎる車も視界が広がったせいで一気に加速して脇を追い抜いていく。今度の速度なら転がればかなりの確率で即死出来るが安定して自転車が進んでいる今では特にわざと倒れてみせる必要を感じない。だから自転車を漕ぐ。ただ漕ぐ。


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冷笑 2

 道は無意味に真っ直ぐと続く。
 下り坂。それは後の上り坂の序章。ただ腕の筋肉の張りを感じつつハンドルを握りしめる。空気が冷たく感じるのは秋の風のせいか、汗のせいか。どちらにしろ俺にはただの現象にしか思えない。下りきるとここも耕作放棄された田んぼ。どうせ機械を入れることもできないようなこの地形での農業など絵空事の話だ。常に価値に追い立てられるこの時代にこんなところの再開墾を訴えている馬鹿の気が知れない。緑の芒を見て思うこと。ただそれだけでそれで十分。俺は上り坂に備えて足に力を込める。
 静かにそして急激にそれは始まる。日が道ばたのクヌギの木の葉に遮られて途切れる。まだ散る様子は無いが近く色づきそして落ちるだろう。自然の営み。誰の意志とも関係なく時間は流れる。そして坂の勢いも増す。右足、左足。腿の裏の筋肉の緊張と弛緩の連続。それはそれで興味深いことだが今の俺には呼吸が一番の仕事だった。息を吸い、そして吐く。ただそれだけの繰り返し。坂が終わるか俺の気が変わって来た道を引き返すことでも無い限りそれは続く。ただ息を吸い、そして吐く。
 そして急に坂は終わる。高速で追い抜いていくダンプカー。硫化水素を含んだ黒煙が延々と立ち上り続ける。煙草とこの煙とどちらが体に悪いのだろうか。突然現われた長屋門を見ながら少し考えてみるが、今の俺にそんなことを考えているような余裕は無い。ただ自転車を漕ぐのみ。
 両側が開けていた耕作放棄地と違ってこうした農家らしい家々の集まった集落の道は狭い。必死になって道路にせり出してくるような土塀。手入れなどまるでされていない土塊がかつて壁であったことを俺に知らせてくるがただそれは面倒なだけだ。路上にまで転がる土塊がハンドル操作を危ういものにする。まあそれも一興。追い抜いていく営業車に撥ねられたところで何が起きると言うわけでもない。これという変化のない日常が一つ終わるだけ。世に少しの変化すら無いだろう。俺はただ自転車を漕ぐ。


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