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遼州戦記 保安隊日乗 今日から僕は 改訂版 30

 菱川重工豊川工場製の掘削機の鉱山用ドリルを積んだ大型トレーラーにくっ付いて、東和帰還後の休暇を終えた誠は最近買った中古のスクーターで本部に急いだ。下士官寮からの出勤に一番適していると寮でもスクーターの使用者は多い。いつものように保安隊の通用口、警備員が直立不動の姿勢でマリアの説教を受けていた。
「おはようございます!」 
 誠の挨拶にマリアが振り向く。警備部員はようやく彼女から解放されて一息ついた。
「昇進ですか?」 
 佐官用の勤務服姿のマリアを見て誠はそう言った。マリアは何か話しかけようとして止めた。普段ならこんな事をする人じゃない。誠は不思議に思いながら無言の彼女に頭を下げてそのまま開いた通用口の中に入った。
 広がるトウモロコシ畑は、もう既に取入れを終えていた。誠はその間を抜け、本部に向かって走った。そして駐輪場に並んだ安物のスクーター群の中に自分のを止めた。なぜかつなぎ姿の島田が眼の下に隈を作りながら歩いてくる。
「おはようさん!徹夜も三日目になると逆に気持ちいいのな」 
 そう言うと誠のスクーターをじろじろと覗き込む島田。
「大変ですね」 
「誰のせいだと思ってるんだ?上腕部、腰部のアクチュエーター潰しやがって。もう少しスマートな操縦できんのか?」 
 そう言いながら島田がわざとらしく階級章をなで始める。 
「それって准尉の階級章じゃないですか?ご出世おめでとうございます!」 
「まあな。それより早く詰め所に行かんでいいのか?西園寺さんにどやされるぞ」 
 要の名前を聞いて、あわただしく走り始める誠。技術部員がハンガーの前で草野球をしているのに声をかける。
 何か変だ。
 誠がそう気づいたのは、彼らが誠を見るなり同情するような顔で、お互いささやきあっているからだった。しかし、そんな事は誠にはどうでもよかった。誠をぶっ叩くことに快感を見出しはじめた要に見つかったらことである。階段を駆け上がり管理部の前に出る。
 予想していた菰田一派の襲撃の代わりに要とアイシャが雑談をしていた。アイシャの勤務服が佐官のそれであり、要が大尉の階級章をつけているのがすぐに分かった。
「おはようございます!」 
 元気に明るく。
 そう心がけて二人に挨拶する誠。
「よう、神前ってまだ見てないのか?」 
「駄目よ要ちゃん!」 
 そう言うとアイシャは要に耳打ちする。
「アイシャさんは少佐で、要さんは大尉ですか。おめでとうございます!」 
「まあな。アタシの場合は降格取り消しだけどな」 
 不機嫌にそう言うと要はタバコを取り出して、喫煙所のほうに向かった。
「そうだ、誠ちゃん。隊長が用があるから隊長室まで来いって」 
 アイシャも少しギクシャクとそう言うと足早にその場を去る。周りを見回すと、ガラス張りの管理部の経理班の班長席でニヤニヤ笑っている菰田と目が合った。何も分からないまま誠は誰も居ない廊下を更衣室へと向かった。
 実働部隊詰め所の先に人垣があるが、誠は無視して通り過ぎようとした。
「あ!神前君だ!」 
 肉球グローブをしたシャムが手を振っているが、すぐに吉田に引きずられて詰め所の中に消える。他の隊員達はそれぞれささやき合いながら誠の方を見ていた。気になるところだが誠は隊長に呼ばれているとあって焦りながらロッカールームに駆け込む。
 誰も居ないロッカールーム。いつものようにまだ階級章のついていない尉官と下士官で共通の勤務服に袖を通す。まだ辞令を受け取っていないので、当然階級章は無い。
「今回の件で出世した人多いなあ」 
 誠が独り言を言いながらネクタイを締めて廊下に出た。先程の掲示板の前の人だかりは消え、静かな雰囲気の中、誠は隊長室をノックした。
「空いてるぞ」 
 間抜けな嵯峨の声が響いたのを聞くと、誠はそのまま隊長室に入った。
「おう、すまんな。何処でもいいから座れや」 
 机の上の片づけをしている嵯峨。ソファーの上に置かれた寝袋をどけると誠はそのまま座った。
「やっぱ整理整頓は重要だねえ。俺はまるっきり駄目でさ、ときどき茜が来てやってくれるんだけど、それでもまあいつの間にかこんなに散らかっちまって」 
 愚痴りながら嵯峨は書類を束ねて紐でまとめていた。
「そう言えば今度、同盟機構で法術捜査班が設立されるらしいですね」 
「ああ、茜の奴を上級捜査官にしようってあれだろ?ここだけの話だが、相談受けてね。本人は結構乗り気みたいだからできるだろうが、まあこれまでは法術は『無かった』ことになっていた力だ。そうそう簡単に軌道に乗るとは思えないがな」 
 嵯峨茜。保安隊隊長、つまり今、誠の目の前で週刊誌の女優のスキャンダル記事を眺めて暇をつぶしている嵯峨惟基の長女である。誠も何度か実家の道場で顔を合わせたことはあった。同い年のはずだが、物腰は柔らかい落ち着いた女性で、弁護士と言う職業柄かきついところのある人と言う印象と、父親譲りの剣の腕前に感心する品のある女性である。
 今回の事件。『近藤事件』と名づけられた胡州軍の分派活動に対する保安隊の急襲作戦により、法術と言うこれまで存在しない事にされてきた力が表ざたにされた。
 遼州同盟は加盟国国民や地球などの他勢力の不安感払拭のために、非正規特別部隊である特務公安、アサルト・モジュールを所有しての実力部隊保安隊に続く法術犯罪専門の特殊司法機関機動部隊の発足を決めたニュースはすぐに話題となった。そしてその筆頭捜査官に茜の名前が挙がっていることは誠も知っていた。
「それにしても良くここまで汚しますねえ」 
 誠がそう言いたくなったのはソファーの上の鉄粉が手にまとわりつくのが分かったからだ。
 隊長室の机の端に大きな万力が置かれ、嵯峨の愛銃VZ52のスライドががっちりと固定されている。
「ああ、そう言えばすっかり辞令の事忘れてたな。今渡すよ」 
 そう言うと嵯峨は埃にまみれた一枚の書類を取り出した。誠は立ち上がって、じっと辞令の内容が読み上げられるのを待った。
「神前誠曹長は保安隊実働部隊での勤務を命ず」 
 嵯峨はそう言った。
『曹長?』 
 誠は聞きなれないその言葉に、体の力が抜けていくのを感じた。
「あの、もう一度いいですか?」 
 誠は確かめるために嵯峨に頼む。
「ああ何度でも言うよ。神前誠曹長」 
『曹長』と聞こえる。
「あのソウチョウですか?」 
「まあそれ以外の読み方は俺も知らないが」 
 そう言うと嵯峨はにんまりと笑う。 
「張り出してあったろ?掲示板見ていなかったのか?」 
 そこで通用門から続いていた微妙な視線の意味が分かった。
「確かにお前さんは幹部候補で入った訳だけど、一応適性とか配属部隊で見るわけよ。まあ、お前さんには似合うんじゃないの?鬼の下士官殿」 
 ガタガタとドアのあたりで音がするのも誠には聞こえない。聞こえないと思い込みたかった。
「でもまあ曹長は便利だぞ。まず下士官寮の激安な家賃。さらに朝食、夕食付き。士官になるとそこ出て下宿探さにゃならんからな」 
「でもシュペルター中尉もいますよ?」 
「ああ、エンゲルバーグね。アイツは食事制限のためにあそこに閉じ込めてるんだよ。ほっとくと、どんだけ太るか分からんからな」 
 誠は足元が覚束なくなってきているのを感じた。幹部候補で入った同期は例外なく少尉で任官を済ませている。しかし誠は候補生資格を剥奪されての曹長待遇。ただ頭の中が白くなった。
「ああ、今回の実戦で法術兵器適応Sランクの判定が出たから給料は逆に上がるんじゃないかな」 
 そう言うと嵯峨は掃除の続きを始める。
「でも原因は?」 
「心当たりないか?」 
 嵯峨が困ったような顔をして誠を睨む。その瞬間、誠は初日の出来事を思いだした。
「もしかして、ナンバルゲニア中尉に銃を向けた事ですか?」 
「正解。頭に血が上りやすいのは要だけで十分だ」 
 ゴトリとドアの向こうから音がした。嵯峨は誠にしゃべらないよう手で合図するとドアを開く。
 要、カウラ、アイシャ、シャム、パーラ、サラ、そして菰田がばたばたと部屋の中に倒れこむ。
「盗み聞きとは感心しないねえ」 
 五人を見下ろして嵯峨が嘆く。
「叔父貴。そりゃねえだろ?銃をバカスカ撃つのはアタシだってやってるじゃないか!」 
「そうなんだ。じゃあ今回の降格取り消しの再考を上申するか?上申書の台紙ならあるぞ?」
「そうじゃねえ!」 
「無駄だ、西園寺。上層部の決定はそう簡単には覆らない」 
「カウラちゃん薄情ねえ。もう少し庇ってあげないとフラグ立たないわよ」 
 要、カウラ、アイシャがよたよたと立ち上がる。複雑な表情の彼らの中で、菰田だけは顔に『ざまあみろ』と書いてある。
「神前軍曹!これからもよろしく」 
「西園寺さん、曹長なんですが」 
「バーカ。知ってていってるんだ!」 
 要がニヤリと笑った。
「それよりアイシャ。いいのか?今からここを出ないと艦長研修の講座に間に合わないんじゃないのか?」 
 嵯峨が頭を掻きながら言った。
「大丈夫ですよ隊長。ちゃんと軍本部からの通達がありました。今日の研修は講師の都合でお休みです」 
「なんだよ。今回の出動の打ち上げ来るのかよ」 
「要ちゃんなんか文句あるの?」 
 馬鹿騒ぎの好きな要の言葉に釘を刺すアイシャ。
「別に」 
 要が頬を膨らましている。そこに島田が大き目の書類を持って現れた。
「神前います?」 
「ああ、そこに立ってる」 
 呆然と立ち尽くしている神前に、島田がよく見ればステッキを持ったフリルの付いたドレスを着た幼女の絵が描かれたイラストを見せた。
「お前、確かに5機以上の撃墜スコアでエース資格と機体のマーキングが許可されるわけだが……」 
 全員がその絵を覗き込む。
「これってラブラブ魔女っ子シンディーちゃんのエミリアちゃんじゃない!」 
 素っ頓狂な声で叫ぶシャム。
「あえてパロディーエロゲキャラ。そして楽に落ちるヒロインを外してツンデレキャラを選ぶとはさすが先生ね」 
 アイシャは腕組みして真顔でイラストを眺める。
「駄目ですか?」 
 誠はそう言うと嵯峨のほうを見る。明らかに呆れるを通り越し、哀れむような眼で見つめる嵯峨。
「神前。お前って奴は……痛いな」 
 呆れてそう呟く要。
「それでこれが塗り替え後の完成予定図」 
 島田はもう一枚の05式の全体図を見せる。そこには誠のお気に入りのアニメキャラクターやそのロゴが一面に描かれている。
「却下だ!却下!こんなのと一緒に出動したらアタシの立場はどうなるんだ!」 
「いいんじゃないのか?」 
 さすがに全否定で半分冗談で出した機体のマーキングを他人に認められてしまった。一気に場が凍りつく。しかもその言葉を発したのはカウラだった。
「お前なあ、こいつを小隊長として指揮するんだぞ?」 
 要が恐る恐る切り出す。
「別に機能に影響が出なければそれでいい。第二次世界大戦のドイツ空軍、ルフトバッフェのエースパイロット、アドロフ・ガーランド少将は敵国のアニメキャラクターのマーキングをした機体を操縦していた事は有名だぞ」 
 淡々と言うカウラ。
「じゃあ小隊長命令と言う事でいいですか?」 
 恐る恐る島田が要に尋ねた。
「いいわけあるか!神前!お願いだから止めてくれ!」 
 悲鳴にも近い声を上げる要。
「なに騒いでるの……まあ!かわいい!」 
 闖入してきたのはリアナだった。本当にうれしそうに島田の手からキャラクターのイラストを奪い取ると眼を輝かせて見入っている。
「もしかしてこれ描いたの誠君?凄いわねえ、お姉さん驚いちゃった!」 
 全員の視線が、誠に突き刺さった。
「鈴木。あまさき屋大丈夫だったか?」 
 嵯峨は気分を変えるべくリアナに尋ねる。
「大丈夫でしたよ。完全貸切OKです!」 
 にこやかなリアナの笑みで、脱力していたその場の雰囲気が和んだ。
「これってやっぱり神前君の機体?かっこいいけど明華ちゃんはどう言ってるの?」 
 リアナが苦笑を浮かべている島田を見た。
「ああ、本人がどうしてもこれでいいなら作業にかかるとのことです」 
 そういい終わると大きなため息をつく島田。
「アタシももっと色々描こうかな……」 
「お願いだから止めてくれ」 
 つぶやくシャム、いつの間にか後ろに立っていた吉田が突っ込みを入れる。
「ワシはどうでもいいが」 
 続けて入ってきた明石は野球部のユニフォームを着ている。
「写真取ったら子供等に見せるのにいいですね」 
 無関心そうにシンがそう言った。
「馬鹿がここにもいたのか」 
 呆れるマリア。
「ずいぶんとにぎやかになったねえ。茶でも入れるか?島田、サラ、パーラ。頼むわ。茶菓子は確か……」 
 ごそごそとガンオイルの棚を漁り始めた嵯峨。舞い上がる埃に部屋のなかの人々が一斉にむせ返る。
「いいですよ!食堂で何か探しますから!」 
 島田はそう言うと、サラとパーラを伴って消える。
「隊長。でもあまさき屋だとカラオケ出来ませんわよね?」 
「鈴木……お願いだから自重してくれ」 
「は?」 
 間抜けなやり取りの嵯峨とリアナ。
「アイシャ。今日は研修ないんやろ?守備練習、きっちりやるけ、覚悟しとけや」 
 明石のその言葉に肩をすくませるアイシャ。
「明石中佐。シュートとスローカーブを試したいのですが」 
 話題に合わせてカウラがそう言う。
「そうやな。神前の。すまんがバッターボックス立ってくれや」 
 にこやかに了解する明石。
「はい茶菓子ですよ!」 
 サラが徳用の煎餅とポテトチップスを持ち込んでくる。
「それヨハンのじゃねえの?」 
 そう言いながらもすでにポテトチップスの袋を確保する要。それを横目に煎餅を取るシャム。要が袋を開けると、カウラとアイシャが申し合わせたかのように袋に手を突っ込む。
「はあ」 
 誠はため息をついた。
 遼州保安隊。実働部隊第二小隊。
 そこでの神前誠特技曹長の生活はこうして始まった。

                                  了

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テーマ : 自作連載ファンタジー小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 今日から僕は 改訂版 28

「一服しようかね」 
 嵯峨は刀に付いた血を左腕の袖で拭うと、再びタバコをつけた。胴を離れた近藤と呼ばれていた男の頭部。それが転がって目を見開いた状態で自分を見つめている。嵯峨にとってそれはあまりに見慣れた光景だった。
 マリアと彼女の部下達がブリッジに現れたのはその時だった。
「艦の制圧、完了しました」 
「そうかい」 
 それだけ言うとゆったりとした足取りで通信担当将校の席の前に立つ。
「吉田の!聞こえるか?」 
「すべて準備OKですよ!」 
 吉田の声と同時にモニターの全機能が回復する。マリアが倒れている二つの死体を指差すと部下達は広げ始めた携帯用のシートを二つの死体にかぶせる。
「マイク、生きてるよね」 
 当たり前のことを言い出す嵯峨に呆れるマリア。その今にも食いつきそうな表情に肩をすぼめながら、嵯峨は話を続けた。
「保安隊各員に告げる。近藤中佐は自決した。状況を終了する。繰り返す!状況を終了する」
 嵯峨はそう言うと静かにそこの椅子に座った。そして再び胸のポケットからタバコを取り出して火をつける。
「現状は保存しておいたほうが……」 
 そう言い掛けたマリアだが、うつろな嵯峨の表情を見て言葉を飲み込む。彼女が確認しただけで16体の斬殺死体が確認されている。戦闘中の高揚感が去った今では嵯峨の姿は恐怖の対象にも見えた。そんな彼女を照らすように『高雄』からの映像がモニターに映る。動きを止めた近藤派のアサルト・モジュールが静かに漂っている様が見えた。
「残存アサルト・モジュールはどうしたい?」 
「投降を希望しているようです」 
「一応お客さんだ。こっちつれてきな!」 
 そう言うと嵯峨はゆっくりと咥えていたタバコの煙を吸い込んだ。
「そう言えばシュバーキナ!うちの損害は?」 
「三名負傷ですが、全員軽傷です。シャムが上手く動いてくれたおかげで人質も迅速に解放できました」 
「そりゃあよかった。ベルガー!そっちはどうだ?」 
「損害無し。現状では機体に異常は見られません。第二小隊は直ちに撤収を開始します!」 
 モニターの隅に浮かんだカウラと要の表情が目に入る。隊長のカウラはヘルメットを脱いで大きくため息をついていた。彼女のエメラルドグリーンの髪が無重力に漂っているのが見える。
 誠はモニターを眺めながら身体全体の力が抜けていくのを感じていた
「カウラさん。生きてますよ、僕」 
「そうだな」 
 カウラは笑っていた。感情がある。自分にも感情があると言うことに少し戸惑いながら、シートに身を投げている誠の姿を眺めていた。
「海、行けますね」 
 そこまで言うと誠は崩れ落ちるように倒れ、意識を手放した。
「新入り!どうした!新入り!」 
 サイボーグ用のモニター付きヘルメットを脱ぎ捨てた要が、今にも泣き出しそうな調子で叫んだ。
「安心しろ。法術の本格使用は初めてなんだ。ただ寝てるだけだ」 
 サラミソーセージを咥えたヨハンの巨大な顔がモニターに映る。
「なら安心ね。私が救援に向かいましょうか?」 
 アイシャは淡々とそう言った。
「オメエは来るな。カウラ!手を貸せ」 
 それだけ言うと、要は漂っている誠機にカウラと共に寄り添う。 
「それよりカウラちゃん。海って何の話?」 
 あっけらかんとたずねるアイシャ。急に顔を赤らめ俯くカウラ。 
「海だ?カウラ!いつそんな約束したんだ!」 
 噛み付く要。さらに『那珂』の制御室からのシャムの映像が届いた。 
「カウラちゃん!海行くの?ずっこいなー」 
「誠の奴も命知らずだねえ。本当に菰田のアホに殺されんぞ」 
 整備班控え室からの通信に島田の声が響く。
「妬いてるの?要ちゃん?」 
 妙に余裕のある態度のアイシャ。その猫なで声が肩を震わせながら怒りを抑えている要と言う火に油を注いだ。
「うるせえ!誰がこんな役立たず!」 
「助けてもらってそれはないんじゃない?それに今回の出動で彼もエースよ。しかもはじめての実戦でこの戦果は役立たずとは言えないんじゃないの?」 
 当然のことを言っているに過ぎないのだが、要には無性に腹が立つ言葉に聞こえた。大きく深呼吸を三回ほどして落ち着くと、とりあえずアイシャの言葉は無視することに決めた。
「去年も行ったとこ行こうよ!」 
 能天気なシャムが口を開く。
「良いですねえ。吉田少佐はどうします?」 
 不必要に軽い調子で島田が吉田に尋ねた。
「俺は、絶・対・行かない!」 
「またルアー代わりに簀巻きにして海を引き回されると思ってるんですか?」 
 パーラが突っ込む。
「島田とシャムと西園寺が行かないってのなら考えてやっても良いが?」 
 ようやくシステムの完全制圧が終わり吉田の顔が画面に映った。
「ひどいよ!俊平!一緒に行ってくれなきゃ嫌だよ!」 
 シャムが慌てて叫ぶ。
「誰がなんと言おうと行かないからな!それとシャムのスクール水着と一緒に歩くのは俺のプライドが許さん」 
「言うねえ。まあ安心しな、今回の件の事後処理で夏一杯は吉田には休暇の許可は出すつもりねえから」 
 部下達のじゃれ合うさまを見ながら、嵯峨は満足げにタバコを取り出した。
「この船は禁煙のようですが」 
 そんな嵯峨の行動を制するマリアが居た。

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テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 今日から僕は 改訂版 27

「何が起きたんだ!」
 近藤忠久中佐は、『那珂』のブリッジで、焼かれていく友軍機の映るモニターを見つめていた。閃光の中、同志達が焼かれていく光景は、これまでの本部勤務では仏頂面で通してきた彼には珍しく恐怖の表情を浮かべさせた。
「あれが資料にあった法術系兵器の威力だというのか?」 
 サーベルをぶら下げただけ、動きは訓練課程が終わったばかりというような敵機に翻弄され、壊滅した彼の同志達。確かにエース揃いの保安隊を相手にするには数で押すしかないと判ってはいた。法術兵器の投入も予想はしていた。
『しかし、これほどとは』 
 沈痛な眼差しで映像を繰り返し見続けるブリッジクルー達。誰もがいかなる困難があろうと祖国・胡州の栄光の回復へつながる一歩としてこの決起に賛同して集まった兵士達だった。だが、目の前の実戦。しかも予想を超える敵の威力の前に言葉もなくただ画面を見つめるだけだった。
 法術師の捕獲と言う最上の状況はすでに頓挫していた。その力を利用して一気に外敵を排除して栄光を取り戻す夢は絶たれた。出来ることは一つ、敵艦『高雄』の撃沈と言う状況を作り出しこの演習場の外で見物している他国の艦隊に力を見せ付ける以外に選択肢はない。
「艦長!主砲発射体制は?」 
「十分な観測データが取れていません!それに現在主砲射線軸上に友軍機が三機交戦中です」
 おびえた顔の艦長。先日は近藤を前に彼等をこんな辺境に押し込めた宰相西園寺基義を罵倒していた豪快な彼の面影は無い。近藤は深呼吸をすると彼の肩を優しく叩いた。
「彼らの命を無駄にしないためにも必要な処置だ。直ちに主砲発射体制に入れ!」 
「……判りました。主砲発射体制!」 
 管制員達が復唱を始める。
『高雄さえ沈めれば、必ず異星艦隊は動く!高雄さえ!』 
 近藤は思わず親指の爪を噛む昔の癖が出ている自分に気づき、当惑した。
「主砲エネルギー充填完了!目標座標軸設定よろし!」 
「主砲発射!」 
 艦長が声を絞り出した。同志に犠牲を出すことを覚悟しての言葉が悲痛にブリッジに響く。沈黙がブリッジを支配した次の瞬間。
 すべてのモニターが消えた。
「どう言う事だ!」 
 近藤は叫んだ。
「判りません!すべてのシステムがダウン!艦内管制すべてカットされています!」 
 艦長が不安げな顔を近藤に見せる。近藤はただ呆然と正面の何も無い空間を見つめているだけだった。そして、敵に回したひねくれた顔の少佐の顔を思い出した。
「やられた!吉田少佐だ!艦内モニターはどうなっている!」 
 近藤は目の前が白くなっていくのを感じていた。
『すべての特機は陽動。本艦への白兵戦攻撃が本命か!』 
「第23番脱出口の映像が生きています!拡大します!」 
 近藤は映された画面を見て絶句した。
「嵯峨……、惟基……」 
 帽垂付の遼南戦線向け胡州将校用略帽を被り、ダンビラを抜いて第六惑星3番衛星系連邦の特殊部隊上がりの精鋭を付き従えた大男が、はっきりとカメラのほうを意識して見つめていた。
『近藤君、見てるかね。まあ他に見るものもないだろうから、見といてくれよ』 
 カメラに向けてはっきりと嵯峨は言った。
『シャムは艦尾、マリアは手順通りに拘束された兵の救出にあたれ!』 
 珍しく発せられた嵯峨の命令を聞くと、二人は整列した隊員に命令を下した。きびきびと与えられた任務にかかる嵯峨の部下、近藤からすれば地球に魂を売った犬どもが動き始める。
『返事はいいや、聞こえてるんだろ?近藤君。俺はこれからそっち行くから、ちゃんと玉露と茶菓子でも用意して待っててくれや』
 嵯峨はそう言うとモニターの画面から消える。
 しかしすぐコントロールが奪われた艦内監視用カメラは次の映像、忍び足でブリッジへ続くエレベータのところまで行く嵯峨の姿を捉えた。
「連絡は出来んのか!」 
 近藤は叫んでいた。先の大戦の直前に地球との開戦を主張する軍部との政争に敗れて、汚れ仕事を与えられても生き続けた不死身の指揮官の異名を持つ嵯峨。それと対峙する恐怖が彼の掌に汗をかかせる。
「無理です、艦内の管制機器はすべて乗っ取られています!こちらからの操作に一切応じません!」 
「近藤中佐。とりあえずここのクルーだけでも武装の許可を」 
 暗い面持ちで語りかける『那珂』艦長。
「すぐさま白兵戦闘に向け準備にかかれ!」 
 帽子を被りなおしながら静かに言葉を搾り出した近藤。クルーは一斉に足元から自衛用のサブマシンガンを取り出してマガジンを差し込むとボルトを引き装弾する。
 画面の中では突然の事態と連絡もなく現れた嵯峨の存在に驚きながら、拳銃をホルスターから出そうとしては惨殺されていく同志の姿が映し出されている。
『ずいぶんな歓迎だな!だがもう少しましな連中を用意してくれよ。これじゃあ俺が弱いものいじめしているようにしか見えないじゃねえか』 
 嵯峨の上半身は5人目のクルーを斬った頃には、返り血で紅く染まっていた。
「本当に一人で来るつもりなのか?」 
「一箇所だけ、この部屋のドアの開閉は操作可能です!」 
 補助通信士が呆然と画面を見つめている近藤に伝わった。
「そうか、全員の武装は終わっているか?」 
 自分の言葉が震えているのがわかる。かつて彼が立案し、頓挫した作戦で死んでいった指揮官はこんな気持ちだったのか。そう思うと皮肉にも笑みすら浮かんでくる。
「大丈夫です。中佐はどうされます?」 
「私はいい」 
 腰のホルスターに手をやった近藤だが、すぐに手を引っ込めた。
『所詮は刀のみ装備した敵だ。一斉射すれば蜂の巣にできる』 
 近藤はそう確信していた。しかし、おそらく吉田が近藤に恐怖の味を見せ付ける為だけに映っている画面で、もう十二人目の同志である機関員を袈裟懸けにした嵯峨の妙に余裕のある瞳に一抹の不安を感じていた。
『ったく、部下を捨て駒にするたあ、やっぱり政治家ぶら下がりの本部付きエリートは考えることが違うねえっと』 
 十三人目の前部ミサイル砲手の首が胴を離れ、頚動脈からあふれる血が天井を染める。
『何を考えている!あいつは何を考えている!』 
 ブリッジ要員は全員ドアに銃口を向けたまま待機していた。
 モニターの中の嵯峨はエレベーターにたどり着き、ブリッジのある最上階のフロアーに到着した。今度はブリッジの隔壁に仕掛けられたモニターの映像が映っている。明るめの茶色の開襟将校服。その多くは赤黒く、近藤の同志達の血で染まっていた。
 確実に大きくなるその男、嵯峨惟基の影。
「各員短機関銃を構えて敵を待て!」 
 艦長のその言葉に隔壁を包囲するように並ぶ、ブリッジクルー。モニターにはドアの向こうで立ち止まった嵯峨の姿が映る。
 ドスン。
 嵯峨は隔壁を蹴った。
『お客さんを迎える準備はできたか!』 
 そう言いながら、嵯峨は将校儀礼用長靴で隔壁を蹴飛ばし続ける。
「今だ!隔壁開け!撃てー!」 
 艦長のその声で隔壁が開く。
 ブリッジクルーは一斉にフルオート射撃をドアの向こうに立っているであろう敵の総大将に浴びせた。弾幕は何かに突き当たるかのように広がり、視界が利かなくなってきていた。それでも兵士達は何かに憑かれたかのように予備の弾倉に交換してまで射撃を続ける。そして煙で視界が利かなくなったとき彼等は射撃を止めた。霧のようなものの向こうには何があるのか、それを確認するために、先任将校の操舵手がゆっくりとその霧のほうに近づいた。
 銀色の一閃がその右肩から左腰に走った。腹から内臓を垂れ流して、操舵手はそのまま事切れた。
「塩水どころか鉛弾の歓迎か?俺の居ないうちにずいぶん胡州軍の歓迎は手荒くなったもんだねえ」 
 煙の中の見下すような視線、自虐的な笑み。
 傷一つない姿で嵯峨はそこに立っていた。
「貴様!なぜ!」 
「近藤君。君はさっきまでうちの悪餓鬼達の戦闘を見ていなかったのか?あれが典型的な法術兵器の運用方法という奴のお手本だ。そして今あんたが見てるのは、それの白兵戦時の応用というわけだ。いい勉強になったな。感謝しろよ」 
 肩に愛刀『長船兼光』を背負い、胸のポケットからタバコを取り出し一服つける嵯峨。
「安心しな。俺が興味があるのは近藤君だけだから。近藤君。部下を粗末にしてはいけないねえ。特に信頼できる部下は貴重だ。国を思うなら彼らは生きながらえる義務がある。そう思わんか?」 
 目の前にある現実を受け入れるべきかどうかためらっているブリッジクルーを余裕たっぷりにそのニコチンでにごっている瞳で嵯峨は見回す。
「なるほど」 
 近藤は口の中に溜まったつばを飲み込む。もはや雌雄は決している。嵯峨の瞳で魅入られた部下達はすでに銃を投げ出す準備をしていた。
「艦長!君は部下を連れて外へ出たまえ」 
「しかし!それは……」 
「全責任は私が取る!」 
 ヒステリックに叫ぶ近藤。艦長は海軍指揮の敬礼をすると呆然と立ち尽くしている部下を、一人一人、平手で正気を取り戻させる作業にかかった。
「ここで親切な俺から提案があるんだが、聞いてもらえるかね?」 
 近藤の癇に障るような余裕のある笑みを浮かべながら嵯峨は切り出した。
「近藤君には今回の事件の責任をとる義務がある。そのことは理解してもらっているだろうが、俺も宮仕えの身だ。君がこれから司直の手に渡り、君がかかわったあまり表ざたに出来ない胡州のスキャンダルが明るみになって困る人間がどれだけいるかよく知っているつもりだ」
 思わせぶりにつぶやく嵯峨。彼の言うとおり、近藤が作り上げた遼州から胡州へ流れる資金の流れが司直の手に渡れば再び胡州の完全なる独立、反地球、反遼州の志を持った同志の登場を待つことができなくなることは容易に想像がついた。そして胡州はそれらの牙を研いでいたと言うことで同盟内部での立場を失い発言力を失うことは目の前の卑怯な指揮官の考えの中にも有ることだと理解できた。
「何が言いたい!」 
 近藤は目の前の悪魔の契約を提案してくる男を最後の力を振り絞ってにらみつけていた。嵯峨にとってはこれはすべては出来レースだったのだろう。自分は目の前に居る化け物の仕掛けた罠に尻からはまり込んだ間抜けな鼠でしかない。
 返り血を浴びながらも平然として自分を眺めている嵯峨に、近藤はただ嵯峨の提案を聞く以外のことはできそうに無かった。
「怖い顔しなさんなって。君も少しは覚悟くらい出来てるだろ?」 
 悪党の悪事をなし終えた後に出る笑み。嵯峨の表情を今の近藤はそう読むことしか出来なかった。まさに憎むべき敵。そう思うとなぜか安心して力が戻ってくるのを感じる。
「そこで優しい俺はそこで三つの提案をしたいんだが、どうだろう?」 
 近藤は目の前の化け物に対峙するには自分がいかに非力な人間かということを感じていた。
「一つ目は腰にぶら下げている拳銃の銃口を咥えて引き金を引く。きわめてシンプルで効率のいい方法だ。簡単だろ?俺もそうしてくれると助かる」 
 そう言うとゆっくりとタバコをくゆらせ、廊下から逃げ出そうとするブリッジクルーを見送る嵯峨。
「二つ目はちょっと俺が仕事をしなければならんな。ここからそっちまで一気に跳んで、そのまま君の首を落とすという寸法だ。まあ確実に墓場へ秘密を持って帰りたいと言うならこの方法も悪くはないな」 
「三つ目は?」 
 近藤は思わず叫んでいた。それでも嵯峨の余裕の笑みは消えない。
「君も誇り高き胡州海軍の将校だろ?なら言うまでもないんじゃないか?」 
 そう言って笑う嵯峨。かつて遼南で数知れない反政府ゲリラをなで斬りにしたと言うこの化け物。その矛先が自分に向いているというのに近藤の心は穏やかになっていく。きっと嵯峨にとって見れば潤沢な資金を用意して同志を増やすなどと言う自分のやり口など生ぬるくて鼻歌でも出るような事柄なのだろう。そして自分がどのような最期を迎えようと目の前の悪党には何の関心も無い出来事にしか映ることはない。そんな自分が胡州軍人らしい最期として選ぶもの。
「腹を切れと言うのか?」 
 嵯峨の笑みが狂気ともいえる色に染まる。
「分かってるねえ。さあ、どうする?時間はないぞ」 
 そう言うと嵯峨は吸殻を足元に捨て、踏み消す。
「介錯はしてもらえるんだな?」 
 ゆっくりと短刀を引き抜く近藤の手には震えは無かった。
「焦りなさんな。刀を腹に突き立てて、横に引くところまで待ってやるよ」 
 近づいてくる嵯峨、肩に背負った刀から血が滴り落ちているのが見える。近藤は静かに座ると、短刀をじっと見つめる。
「何か言い残すことは?」 
 事務的な嵯峨の言葉。おそらく自分と同じ境遇の人間の介錯をしたことがあるのだろう。近藤は大きく息をして嵯峨を見上げた。
「遺書は執務室にある」 
 そう言うと近藤は自らの腹に短刀を突き立てた。焼け付くような痛みがこみ上げる。
「うっう」 
 息が漏れ自然と声が出る。腹からの痛みに短刀を握っていた手がずれてもう一度短刀を握りなおす。
「静かに横に引け」 
 明らかに見慣れていると言うような顔をした嵯峨がゆっくりと刀を振り上げる。
「うっ」 
 ようやく傷口が広がりかけたところで、嵯峨の顔を見上げる近藤。
「地獄で待ってな!」 
 そう言うと嵯峨は刀を振り下ろした。近藤の首は床に転がり、胴体もしばらく痙攣したあと倒れこんだ。
「でもすまんな、俺はしばらく行けねえんだ」 
 そう言いながら嵯峨は荒れた息を整えた。

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テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 今日から僕は 改訂版 26

「島田!チェーンガン装填終わったか!終わったらすぐよこせ!」 
 要が指揮所の島田に向けて叫ぶ。島田が振り返り、部下が両手でバツを作って見せるのを確認する。
「すいません三分ください!」 
「じゃあ三分だけだぞ!」 
「そんなことよりいいか?」 
 新しく画面が開き巨大な顔面が出現する。今度はジャガイモにバターを大量に塗ったものを口に運ぶヨハンの姿だった。
「エンゲルバーグ!テメエには用はねえよ!」 
「誰がエンゲルバーグだ!ヨハンだ!ヨハン・シュぺルター!」 
「バーカ。知ってて言ってんに決まってるだろ?」 
「ったく……」 
 ヨハンは肉厚の顔面をさらしながら頭をかく。
「ベルガー大尉、西園寺中尉。二人の機体のモニターの法力ゲージはどうなっていますか?」
「コミュニケーションウィンドウの下のゲージか?私のは緑のラインが限界値まで来てるぞ」「アタシのも同じみたいだねえ」 
 カウラと要は不思議そうにそう言った。
「じゃあ神前。何か二人に言いたいことを考えてみろ」 
 突然のヨハンの言葉に誠は戸惑った。
「考えろって……」 
「誰がしゃべれと言った!考えろ!」 
 怒鳴られて仕方なく、カウラに向かって考えた。
『生きて帰ったら、海、付き合います』 
 画面の中のカウラが頬を赤らめて下を向いた。その様子が不思議なのか要は口をゆがませる。
『西園寺さん。僕は大丈夫です。生きて帰るつもりです』
「なんだ!頭ん中で声がするぞ!」 
「西園寺中尉!そいつが思念通話です!乙式の法術ブースト機能によりあらゆるジャミング等の状況や距離によらない同時通信システムです」 
「じゃあ感応通信機みたいなものか?」 
「まあ今のところそんなもんだと思っていてください。お二人とも神前に言いたいことがあれば考えてください!」 
『わかった、楽しみにしている』 
 カウラの澄んだ声が、誠の頭の中に響く。
『安心しろ、アタシが殺させやしねえよ』 
 画面の中の要の口元が微笑んでいた。
「通信データどうだ!」 
 ヨハンが振り返ったのを見て三人が唖然とする。 
「おいエンゲルバーグ!今の会話傍受してたのか?」 
「一応、通信記録をとる目的でええと西園寺中尉は……」 
「糞野郎!プライバシーの侵害じゃねえか!読んだら殺すからな!」 
 激高する要。うつむいてじっとしているカウラ。
「シュぺルター中尉。内容までわかるんですか?」 
「それじゃなきゃ意味無いだろ?」 
 淡々と答えるヨハンについ絶句した誠がいた。
「シュぺルター中尉……」 
 誠はおずおずと尋ねる。
「安心しろ、野暮なことは言わないから」 
 画面の中いっぱいの顔がほぐれる。誠は思い切りシートに体を預けた。
「第二小隊、良いですか?」 
 新たに画面が開き、サラの赤い髪が映し出される。
「オメエが艦長代行か?大丈夫なのか?」 
 要の悪態を無視してサラは続けた。
「作戦宙域到達まで後15分です。急いでください」 
「アタシに言うな!技術屋に聞いてくれ!」 
「チェーンガン装着準備よろし!」 
「待ってました!」 
 巨大なアサルト・モジュール用チェーンガンがクレーンで持ち上げられ、要の機体に装備される。
「カタパルトデッキの状況は!」 
 カウラが叫んだ。
「いつでも行けます!」 
 島田が叫ぶ。
「西園寺、神前、私の順に出る。西園寺!チェーンガンの設定終了後、すぐに移動開始」 
「人使いが荒いねえ。まあアタシは敵が食えりゃあどうでも良いんだけどな」 
 凶暴そうな笑みが口元からこぼれる要に心寒くなる誠。
『びびんなって、言ったろ?アタシが守るってな!』 
 要は思念通話にもう慣れたらしく誠に話しかける。
『了解しました』 
『硬いねえ。それより胸無し隊長殿に何言ったんだ?』 
『秘密です』 
「まあいいか!」 
「どうした西園寺?何か気になることでも?」 
 カウラが突然言葉を発した要に声をかける。
「いんや、何でもねえよ!それより時間だ。島田!第二小隊二番機、西園寺要、出んぞ!」 
 要はそう叫ぶと機体固定部分をパージしてカタパルトデッキへ機体を動かす。その振動で誠はこれがシミュレーションではなく実戦だと言うことを肌で感じていた。
「アタシについてきな!新兵さんよ!とりあえず戦争の作法って奴を教えてやるよ!」 
 そう言うと要は機をカタパルトデッキに固定させる。誠は続いて固定装置をパージして後に続く。
「おい!サラ!出撃命令まだか!」 
 要が叫ぶ。
「作戦開始地点に到着!各機発進よろし!」 
 サラがやけ気味に叫んだ。
「んじゃ行くぞ!西園寺要!05甲式!出んぞ!」 
 リニアカタパルトが起動し、爆炎とともに要の機体が誠の視線から消えた。誠はオートマチック操作でカタパルトデッキに機体を固定させる。
『大丈夫だ。お前ならやれる』
『ちゃっちゃとついて来いよ。待ってんぜ』 
 カウラと要。二人の思いが誠に直接働きかける。
「神前誠!05乙!出ます!」 
 カタパルトが作動するが、重力制御システムの効いたコックピットは、視野が急激に変わるだけで何の手ごたえも感じなかった。ただ周りの風景だけが移り変わる。
『宇宙だ』 
 誠は射出され、慣性移動からパルス波動エンジンの加速を加えながら目の前に広がる闇の深さに感じ入っていた。
『何、悦にいってるんだ?ちゃっちゃと移動だ。すぐ盆地胸も出てくるぞ!』
 目の前に光る点。要の思念通話が頭の中に響く。
『カウラ=ベルガー!05甲式!出る!』 
 カウラの機体も『高雄』を発艦した。
「まだ『那珂』からの発艦は確認されていません!速やかに目的地点の制圧を完了してください!」 
 赤い髪をなびかせてサラが叫ぶ。
「なんだ。近藤の馬鹿野郎、こんくらいのことも読めねえとはお先が知れるな」 
「戦力差を考えろ!」 
「わかったよ!隊長さん。ちゃんと指揮頼むぜ」 
 要は口元を緩めながら目的地点へと機体を向ける。
「敵戦力出撃!数22!作戦地点に向け速度200にて進行中!」 
 サラからの伝言。カウラは表情を曇らせる。
「火龍22機か。アタシ一人でで潰せると思うが、ボス。どう読む?」 
「西園寺。保安隊の出撃規約も見ていないようだな。現出動政令では敵の発砲がない限りこちらから仕掛けることはできない。防衛予定地点の制圧を最優先として展開」 
「はいはい分かりましたよ!距離1200……ってなんだか観測無人機が山ほどあるぞ。どうする?」 
 要のその声にカウラは少し悩んだ。
「観測機は外で待ってる諸外国の艦隊のものだ。無視しろ」 
「ギャラリーは大切にしろってことか。分かった。とりあえず制圧を最優先に進行する!」 
 要はそう言うと、ようやく後ろにへばりつこうとしていた誠の機体を振り切って加速をかけた。
「敵機確認!なんだ?幼稚園の遠足か?隊長さんよ、今なら食おうと思えば全部食えるぜ」 
 要が不敵に笑う。
「何度も同じこと言わせるな!速やかに目標宙域を占拠!敵の動きの観測は続けろ!」 
 冷静に、冷静に。誠はそればかり考えていた。左腰部に結構な質量のサーベルを吊り下げているというのに、バランスも崩さず進む誠の機体。
「敵艦からさらに14機発進!」 
 サラからの通達。誠は自然と手に汗をかいていた。
「あと二十秒で目標宙域!ここまで撃ってこないってことは見えてねえのか?」 
「火龍のセンサー類は一世代前の物だ。こちらは最新のステルス機。そう簡単に見つかるようでは開発した菱川の技術部も泣くだろ?」 
「言えてるな。おい新入り!初めての出撃の感想はどうだ?」 
 要もカウラも軽口を続ける。誠は話そうとするが、口の中が乾いて声が出ない。
「そう緊張することねえだろ?それに今のうちだぜ、死んだらしゃべれなくなるからな!」 
 サイボーグ用の口元だけが見えるヘルメットの下でニヤついている要。
『まあこんなもんさ、初陣なんざ。落ち着いてカウラのご機嫌とってるうちに終わってるよ』
 思念通話で慰める要だが、誠はまだ手の先の感覚が無くなっていくように感じていた。
「目標地点確保!これ以上の増援は無い模様!」 
 要がすばやく機を回転させ、向かってくる敵部隊に照準をあわせる。
「3番機、作戦宙域到着!指示を!」 
「中央の艦船の残骸の陰に回れ、西園寺!敵との距離は!」 
「距離二千!速度変わらず!」 
『おい!新入り。度胸試しやるか』 
 カウラに報告しながら要の考えが、誠の頭に流れ込んだ。 
『度胸試しって……』 
『胡州軍の伝統で火龍の250mm磁力砲は銃身が暖まらないと照準がずれるようになってる。あのフォーメーションの組み方はど素人が乗ってる証拠だ。馬鹿正直にオートでロックオンしておお外れやるのは間違いない。そこでだ。』 
『僕に突っ込めってことですか?』 
 要はヘルメットの下に笑みを作った。
『別にこりゃ命令じゃないし、お前の根性次第ってところで』 
『分かりました!行きますよ!』 
「三番機!吶喊(とっかん)します!」 
 そう叫ぶと誠はサーベルを抜いて敵中へと機体を進ませた。
「西園寺!煽ったな!」 
「アタシも出るぜ!新米に死なれちゃあ気分悪いしな!」 
 デブリから出て誠機の後に続く要。また渋々その後に続くカウラ。
「撃ってきました!」 
 誠が叫ぶ。
「下がれ!新入り!」 
 逆噴射で飛びのく誠機の手前まで要が突撃を行う。
「自殺志願者め!地獄の片道切符だ!受け取んな!」 
 要はそう叫ぶとチェーンガンを発砲した。円形に並べられた九本の銃身が回転し、厚い弾幕を形成する。その高初速の弾丸は4機の火龍の装甲をダンボール同然に貫き、爆散させる。
「たった四機か」 
「西園寺!発砲許可は出していないぞ!弾幕でセンサーが利かない!各機現状で待機!」 
「馬鹿!止まったら食われるぞ!」 
「馬鹿は貴様だ!センサー感度最大!やられた!6機が迂回して目標地点に向かっている!」
「僕がやります!」 
 暴走する要を押さえきれないカウラを見て、誠は急加速して目標地点到達を目指す敵機を追う。 
「死ぬんじゃねえぞ!ってこっちも手一杯か!」 
「誰のせいだ!」 
「誰のせいとか言ってる場合か?とりあえずこいつは用済みだな!」 
 要はそう言うとチェーンガンを捨てて、背中に装着されたライフルを構える。
「敵は、6機。編隊がちゃんとできてる!」 
 誠は追っている敵機を観察した。
「神前少尉!貴様が追っているのが敵の本命だ!やれるか?」 
「カウラ!テメエが援護しろ!ここはアタシが支える!」 
 その言葉にカウラは誠機を追って進んだ。
『接近しないと!接近しないと!』 
 誠はひたすらに敵編隊に直進する。すると三機が方向を変え、誠機に向き直った。
「干渉空間形成!」 
 そう叫ぶと同時に敵が磁力砲を連射し始めた。誠機の前に銀色の切削空間が形成され、火龍のリニアレールガンの徹甲弾はすべてがその中に吸い込まれる。
「行ける!」 
 誠はそう言うと再び敵機を追い始めた。
「神前少尉!ここから狙撃する。照準補助頼む!」 
 カウラはそう言うと主火器、ロングレンジ重力派砲を構える。
「分かりました!足はこっちの方が速いですから!」 
 そう言うと誠はさらに機体を急加速させる。
『間に合え!間に合え!』 
 火力重視の設計の火龍との距離は次第に詰まる。自動送信機能により敵機のデータは瞬時にカウラ機の下に届いた。
「右から落とす!」 
 カウラはそう言うと発砲した。最右翼の敵機の腰部に着弾。瞬時にエンジンが爆発し、その隣の機も巻き込まれる。 
「次!」 
 カウラは今度は左翼の機体に照準をあわせる。
「追いつきます!」 
「馬鹿!やれるものか!」 
「やって見せます!」 
 距離を詰め、サーベルの範囲に敵機を捕らえた誠は火龍の胴体に思い切りそれを突きたてた。白く光を放つサーベルは、まっすぐに敵機の胸部を貫き、さらに頭部を切り裂いた。 
『うわー!!』 
 一瞬だが、誠の脳内に敵兵の断末魔の声が響いた。
 誠の体が硬直した。
 死に行く敵兵の恐怖。それが誠の頭の中をかき回していく。
『止まるな!死ぬぞ!』 
 カウラのその思念通話が無ければ、誠の方が最期を迎えていたかもしれない。先頭を行っていた三機編隊の一機が引き返して誠機に有線誘導型ミサイルを発射した。
『干渉空間展開!』 
 ミサイルは誠の手前に展開された、銀色の空間に飲まれた。
「ぼさっとするな!後、三機だ!」 
 カウラの怒号がヘルメットにこだまする。 
「了解!」 
 自らを奮い立てるために大声で叫ぶ誠。急加速をかける誠機に、慌てふためく敵。 
『左の機体を叩く!残りは頼んだぞ!』 
 思念通話を閉じたカウラがライフルを構える。
「一気に潰す!」 
 誠は自分に言い聞かせるようにして、真ん中に立つ背を向けた敵機に襲い掛かった。
『さっきの感覚。死んでいく敵兵の意識が逆流した?』 
 誠は肩で息をしながらそう考えた。すべての敵の放ったミサイルが干渉空間に接触して爆発を始める。
「照準補助!敵機の位置は!」 
 叫び声、カウラのものだ。誠は自分を取り戻そうとヘルメットの上から顔面を叩く。 
「行きます!」 
 ようやく搾り出したその言葉。誠は機を干渉空間を避けるようにして、敵の牽制射撃の中、突撃する。
「主力火器で関節なんかを撃たれなければ!」 
「やめろ!誠!」 
 カウラの言葉が誠の意識に到達した時、誠は既にサーベルを振り上げていた。 
「落ちろ!」 
 誠は全神経をサーベルに集中した。サーベルは鈍い青色に染まり、誠の機体にレールガンを放とうとする敵隊長機を切り裂いていく。
『なんだ!これは!』 
 驚愕する敵指揮官の断末魔。もはや誠は意識を手放しかけていた。
 一機が誠の機体の後方に回り込み、照準を定める。サーベルを振り切った状態の誠機は完全に後ろを取られた形になった。
『死ぬのか?僕は』 
 誠は思わず目を瞑っていた。しかし敵機が発砲をすることは無かった。
 カウラの狙撃の直撃をエンジン部分に受け、火を吹く敵機。
「後、一機だ!」 
「判りました!突っ込みます!」 
 うろたえる敵。誠は一挙に距離をつめ、サーベルを敵機のコックピットに突きたてた。 
『死にたくない!死にたく……』 
 再び頭の中を駆け抜ける敵兵の意識。誠は額ににじむ汗を感じながらカウラの指示を待った。
「よくやった。だが西園寺が包囲されている。私はそちらに向かう。お前は帰等しろ」 
「奥の手ならあるぜ」 
 急に開いたウィンドウに巨大なヨハンの顔が映し出される 
「神前!すぐに干渉空間を形成しろ!」 
 ヨハンの言葉が響く。
「それで?」 
 カウラが怪訝な顔をしてたずねる。
「説明は後だ!神前、意識を西園寺の居る方向に飛ばせ!そのまま干渉空間を切り裂いて飛び込め!」 
「何がどうなってる!シュぺルター!」 
「僕!やります!」 
『無事で居てください!西園寺さん』 
 そう意識を集中する。敵機と近接戦闘を行っている西園寺の感情が誠の中に流れ込んできた。
「じゃあ行きます!」 
 目の前に展開された干渉空間をサーベルで切り裂いて、誠はその中へと機体を突っ込ませた。

「数だけは一丁前かよ」 
 要は撃ちつくしたライフルを捨てて、格闘戦用のダガーを抜いた。相手にした10機の火龍。うち6機は落としていたが、残弾はもう無かった。駆逐アサルト・モジュールらしく距離をとったままじりじりと迫る敵。
「終わる時はずいぶんとあっけないもんだな」 
 思わずもれる強がりの笑み。そして浮かぶ誠の顔。
「こんな時に浮かぶ顔があいつとは。アタシも焼きが回ったな」 
 ダガーを抜いた状態で機体を振り回してロックオンされた領域から逃げる要。捕捉されれば全方向から中距離での集中砲火を浴びるのは間違いなく、頑強な05式の装甲も持たないことはわかっていた。
『新入り!先に逝くぜ』 
 覚悟が決まり敵中へ突撃をかけようとしたとき、奇妙な空間が要の目の前に広がった。
「なんだ?」 
 死の縁を歩くのに慣れた要の頭の中は瞬時に現状の把握に向かった。白銀に輝く壁のようなものが要の前に展開している。
 敵はこちらが動いたと勘違いしたのか、壁に向かって集中砲火を浴びせるが、すべての敵弾はその鏡のようなものの中に消えていった。敵が驚いて統率の取れない射撃を始めたということから、少なくとも敵ではないことを要は理解した。
『僕が囮になります!今のうちに後退を!』 
 要の頭に直接話しかけてくる声。誠のその声に何故かほっとして肩の力が抜ける要。
「おいおい、誰に話してるつもりだ?オムツをつけた新入りに指図されるほど落ちぶれちゃいねえよ。敵さん二機は確認した。後はオメエが勝手に食え!」 
 そう言うと要は誠機に着弾した敵弾のデータを解析したもののうち、手前の二機、固まっている火龍に向け突撃をかけた。
 火龍のセンサーは自分で撒いたチャフによって機能していないのは明らかだった。
「馬鹿が!いい気になるんじゃねえ!」 
 目視確認できる距離まで詰める。ようやく気づいた二機の火龍だが、近接戦闘を予定していない駆逐アサルト・モジュールにはダガーを構え切り込んでくるエースクラスの腕前の要を相手にするには遅すぎた。
「死に損ないが!とっととくたばんな!」 
 すばやく手前の機体のコックピットにダガーが突き立つ。もう一機は友軍機の陰に隠れる要の機体の動きについていけないでいる。
「悪く思うなよ!恨むなら馬鹿な大将を恨みな!」 
 機能停止した火龍を投げつけながら、その影に潜んで一気に距離を詰めると、要は二機目の火龍のエンジン部分をダガーでえぐった。
『誠!生きてるか!』 
 要がそう思った時、急に青い光がさしたのでそちらを拡大投影した。誠の機体から青い光が伸び、すばやく切り払われた。三機の火龍がその光を浴びて吹き飛ばされていた。
 そしてその中央で青い光の筋に照らされながらふり返る灰色の神前機。
「マジかよ」 
 息を呑みながら要はその有様を見ていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 今日から僕は 改訂版 25

「それでは時計あわせ、三、二、一」 
 保安隊運用艦『高雄』実働部隊控え室。その名前にもかかわらず、誠はここに乗艦以来、一度も入ったことは無かった。カウラ、シャム、要、誠が直立不動の姿勢で、部隊長代理の吉田がその前に立っている。
「今回の作戦の特機運用は第二小隊だけで行う」 
 口の中でガムを噛みながら吉田はそう言い切った。
「アタシどうすんの?」 
「質問は後だ。現在一一○○(ひとひとまるまる)時。一三○○(ひとさんまるまる)時にハンガーに集合。そして別命あるまで乗機にて待機。以上質問は?」 
「ハイ!ハーイ!」 
 まるで小学生が出来た答えを発表するような勢いでシャムが手を上げた。
「ちなみにシャムの質問はすべて却下する!」 
「それひどいよう!俊平!」 
「俺には聞こえん!何も見えん!」 
 吉田とシャムがいつも通りじゃれ始めたので誠達はすることも無く、力を抜いて立っていた。
「吉田少佐。せめて進行ルート等は……」 
「すべて搭乗後に連絡する。今回の作戦は非常に機密性が必要とされる作戦だ。それに現状で静観を保っている地球等の異星艦隊の動きがどうなるか読めん。作戦開始時まで何箇所かある進行ルート候補の絞込みを行ってから連絡を入れる」 
 そう言うと吉田は彼の胸を叩いているシャムの頭を押さえ込んだ。
「離せー!離せー!」 
「それよりそいつ何すんだ?」 
 要はじたばたしているシャムを指差してそう言った。
「こいつと俺は別任務。まあ、今回はお前等で十分だろ?値段じゃあっちの火龍の20倍はする機体なんだぜ05式は。落とされたらシンの旦那が発狂するぞ」 
「ふうん。けど新米隊長と実戦経験ゼロの新入り。不測の事態って奴がな……」 
「何だ、西園寺は自信が無いのか?」 
 明らかに挑発する調子で吉田がきり返す。
「そんなこといつ言った!このでく人形が!」 
「やめろ!」 
 カウラの一喝。じたばたするのを止めて恐る恐るカウラの表情をうかがうシャム。ニヤつきながらガムを噛む吉田。挑戦的な視線をカウラに投げる要。誠はじっとしてとりあえず雷が自分に落ちないようにじっとしていた。
「ともかくこれが現状での俺の命令ってわけだ。各員出撃準備にかかれ。それと一応聞いておくけど遺書とか書いとくか?」 
「馬鹿言うなよ。アタシが簡単にくたばるように見えるか?」 
「必要ない。死ぬつもりは今のところ無い」 
 要とカウラはそれだけ言うとドアに向けて歩き始めた。
「僕は書きます」 
 自然と誠の口をついて出た言葉に全員が注目した。つかつかと要は誠に歩み寄り、平手で誠の頬を打った。
「勝手に死ぬな馬鹿!お前が死んでいいのはな!カウラかアタシが命令した時だけだ!勝手に死んでみろ!地獄までついて行って、もう一回殺してやる!」 
 それだけ言うと要は振り向きもせずに、ドアの向こうに消えていった。
「アイツどうかしたのか?」 
 要の剣幕に少しばかり首をかしげながら吉田がカウラに尋ねる。
「そんなこともわかんないんだ!この鈍ちん!」 
 シャムはそう言うと思い切り吉田の足を踏んだ。少し顔をしかめる吉田。
「へえ、あの西園寺がねえ。カウラはどう思ってるの?こいつのこと」 
 そう言って吉田が呆然と突っ立っている誠を指差した。
「仰ってる意味がわかりませんが?」 
 本当に不思議そうにカウラは緑色の髪をなびかせながら答える。
「そんなの決まってるじゃん!カウラも誠ちゃんのこと好きなのよね!」 
 シャムは小さな胸を張って答えた。狐につままれたという顔の典型とでもいう表情を浮かべた誠。そして透き通るような白い肌を紅潮させてうつむくカウラ。
「まあどうでもいいや。誠、どうする?遺書書いとくか?」 
 投げやりに言う吉田を前に静かに誠は首を横に振った。
「まああれだ。05は素人が乗っても火龍程度は軽くあしらえるスペックなんだ。いざという時は機体を信じろ。まあ俺の言えることはそれくらいだな」 
 吉田はそう言うとシャムを連れて部屋から出て行った。
「カウラさん?」 
 うつむいたまま立ち尽くしているカウラに思わず手を伸ばしていた誠。
「隊長命令だ、直立不動の体勢をとれ!」 
 一語一語、かみ締めるようにしてカウラは誠に命令した。誠は言われるまま靴を鳴らして直立不動の体勢をとる。
「一言、言っておくことがある。これは作戦遂行に当たっての最重要項目である」 
「はい!」 
 うつむいたままのカウラは肩を震わせながら何かに耐えているように誠には見えた。誠を見つめる緑色の瞳。
 潤んでいた。
「死ぬな。頼む……」 
「はい」 
 誠は思いもかけぬカウラの言葉に戸惑っていた。同じように自分の言葉に、そして自分のしていることに戸惑っているカウラの姿が目の前にあった。
「言いたいことは、それだけだ。先に出撃準備をしておいてくれ。ハンガーでまた会おう」 
 カウラは今度は天井を見上げながらそう言った。誠は一度敬礼をした後、静かに控え室から出た。
 『高雄』艦内の廊下は同級艦と比べて広めに設計されている。それを差し引いても、誠には私室に続くこの廊下が奇妙なほど長く感じられた。廊下には誰もいない。昨日まで雑談や噂話に明け暮れていたブリッジ要員の女性隊員も、無駄に元気そうにつなぎ姿で馬鹿話に時を費やす技術部員も、カードゲームの負けのことを考えながら頭を抱えている警備部員もそこから姿を消していた。
「静かなものだなあ」 
 誠はそう独り言を言った後、居住スペースのあるフロアーに向かうべくエレベーターに乗り込んだ。
「んだ?ロボット少佐殿に絞られたのか?」 
 エレベータ脇の喫煙所で、要がタバコを吸っていた。
「それともあの盆地胸に絞られたとか……」 
 要のその言葉に思わず目をそらす誠。
「おい!ちょっとプレゼントがあるんだが、どうする?」 
 鈍く光る要の目を前に、誠は何も出来ずに立ち尽くしていた。
「そうか」 
 要の右ストレートが誠の顔面を捉えた。誠はそのまま廊下の壁に叩きつけられる。口の中が切れて苦い地の味が、誠の口の中いっぱいに広がる。
「どうだ?気合、入ったか?」 
 悪びれもせず、要は誠に背を向ける。
「済まんな。アタシはこう言う人間だから、今、お前にしてやれることなんか何も無い。……本当に済まない」 
 最後の言葉は誠には聞き取れなかった。要の肩が震えていた。
「ありがとうございます!」 
 誠はそう言うと直立不動の姿勢をとり敬礼をした。気が済んだとでも言うように、要は喫煙所の灰皿に吸いさしを押し付ける。
「今度はハンガーで待ってる。それじゃあ」 
 それだけ言うと要はエレベータに乗り込んだ。また一人、残された誠は私室へ急ぐ。
 自分の部屋。それを見るのはこれが最後かもしれない。そんな気分になると奇妙に全身の筋肉が硬直した。恐怖でもない、怒りでも悲しみでもない、そんな気持ち。
 訓練、演習、模擬戦。
 そのどの場面でも感じたことの無い奇妙な緊張感がそこにあった。キーを解除し、殺風景な部屋の中に入る。嵯峨が指摘したように、誠自身も飾りが無さ過ぎる自分の部屋にうんざりしていた。せめて特撮ヒーローのポスターでも貼っておくべきだったと後悔した。
 作業着にガンベルトを巻き、支給された小口径の拳銃ルガーマーク2の入ったホルスターとマガジンポーチを取り付ける。ここに戻ることが出来るだろうか?先ほどの不思議な緊張感が誠の心臓を縛り、動悸は次第に激しくなる。
 右腕の携帯端末を開き時計を見る。
 あと25分。
 中途半端な時間をどう使うか。そう考えて誠には特にすることも無いことに気づいた。とりあえず早めに更衣室に向かうことぐらいが出来ることのすべてだった。ただガンベルトを巻いただけの状態で廊下に出た誠の前にアイシャが立っていた。
「誠ちゃん、顔色悪いわよ」 
 アイシャはもう二日酔いが治ったのか、青ざめた皮膚の色は見た限り残っていなかった。濃紺の長い髪が空調の風にあおられて舞う。
「パイロットスーツってことは出撃ですか?」 
「まあそんなところよ」 
 アイシャはそう言うと今日始めての笑みを浮かべた。
「第一小隊は明石中佐は、現在特命で帝都で任務中。吉田少佐とシャムちゃんは隊長と別任務に就くって話らしいわよ」 
 アイシャはそう言うと少しだけ、ほんの少しだけ笑った。いつもの笑顔に比べるとどこか不器用な笑顔だった。
『この人でも緊張するんだな』 
 誠は当たり前のことに感心している自分が少し滑稽に見えて口元を緩めた。
「更衣室の場所知ってる?とりあえずそこまで行きましょう」 
 そう言うとアイシャは紺色の髪をなびかせて歩き始めた。
「僕のシミュレーションに付き合ってくれたのって、このためだったんですね」 
 誠はとりあえずそう言ってみた。
「まあね。お姉さんから訓練メニュー渡された時からこうなる予想はついていたけど」 
 下降するエレベータのボタンを押すとすぐに扉が開いたので、二人は誰も乗っていない箱の中に入った。
「勝てるんでしょうか?敵は50機近くいるんですよね。こっちは七機……」 
 ひっそりと口を出した誠をこれまでに見たことのない、鋭い視線でアイシャが見つめてくる。
「勝てるか?じゃないわよ。勝つのよ」 
 技術部の庭と言えるハンガーにつながる階で扉が開く。
 ここは別世界だ。
 急ぎ足で指示書片手に行きかう技術部員達。何人かはアイシャに気づき、敬礼をする。
「火器整備班の倉庫の裏側が更衣室よ。それじゃあ」 
 アイシャが不意に誠の顔に唇を近づけ、その額にキスをした。
「よくあるおまじないよ。きっと効くから」 
 そのままアイシャはハンガーの方へ向かった。何が起きたのかわからず、呆然と立ち尽くす誠。
「いいもの見せてもらったよ」 
 話しかけてきたのはキムだった。
「いえ、その、いっ今のは……その」 
「わかってるって。ベルガー大尉と西園寺中尉には黙ってるよ。それよりこれ。一応、お前の場合拳銃だけじゃあかわいそうだから」 
 そう言うとキムは一丁のショットガンを銃身の下にぶら下げたライフル銃とマガジンが三本入ったポーチを差し出した。
「なんですか?これは」 
 誠は奇妙なアサルトライフルを受け取ると眺め回す。
「M635マスターキーカスタム。20世紀末に使われたアメちゃんのサブマシンガン。ストーナーライフルAR15のシステムを9mmパラベラム弾に流用した改造銃だ。まあバレルは下にイサカM37ソウドオフショットガンをアドオンするために別途注文してこの前組み終わった奴だ。ダットサイトのゼロインも済んでるからすぐ使えるぞ」 
 誇らしげに言い切るキム。誠は特にすることもなく銃とマガジンを持て余していた。
「まあ俺としては使われないことを祈るよ。デブリで敵と銃撃戦なんてぞっとするからな。パイロットスーツに着替えるんだろ?何ならうちの兵隊に運ばせるぜ?」 
「じゃあお願いします」 
 そう言うとキムは銃を受け取った。
「飯塚兵長!こいつを第二小隊三号機に持って行け!じゃあがんばれよ!新人君」 
 キムの声を背中に受けて誠は更衣室に入った。
 誰もいない男子用更衣室。机の上には吸殻の山が出来ている大きな灰皿が鎮座している。誠はまずガンベルトをはずし、机の上においた。
『神前』と書かれたロッカー。作業服を脱ぎながらその扉を開くとパイロットスーツにヘルメットが出てくる。
 動悸は止まらない。更に激しく動き出す心臓。喉の奥、胃から物が逆流するような感覚に囚われ、思わず口を押さえる。
「僕らしいか」 
 独り言を言う。
 大学時代、東都学生リーグ三部入れ替え戦。九回まで3安打で抑えてきた。
 しかしエラーとパスボールでランナーは三塁。本塁に行かれたら負けが決まる。
 肩の違和感は消えない。相手はノーヒットだがバットが触れている六番打者。
 カウントはワンストライク、スリーボール。
『あの時は結局カーブでストライクを取りに行ってサヨナラだったっけ』 
 足元まで覆うパイロットスーツを着ながらそんなことを考えていた。動かなくなった左肩をアイシングしながら行った病院で選手生命が絶たれたことを告げられても、それほどショックは受けなかったのも思い出していた。
 いつも気持ちで負けていた。思い出すのはそんなことばかりだった。
 鏡を見た。
 血の気の無い顔がそこに浮かんでいる。
 カウラ、要、アイシャ。彼女等が自分を見て同情するのもこれを見たらうなづける。
『つり橋効果ってこう言うものなのかな』と柄にも無く考える誠。
 ハンガーの作業がもたらす振動で、時々壁がうなりをあげた。手袋と、それにつながる密封スイッチを押す。全身に緊張が走る。そして防弾ベスト、ホルスターの装着。自然と手だけが意識を離れたところで動いているような感覚に引き込まれる。夢なんじゃないだろうか、そんな気分が漂い始める。誠はヘルメットを抱え、廊下に出た。
 作業員の怒号と、兵装準備のために動き回るクレーンの立てる轟音が、夢で無いと言うことを誠に嫌と言うほど思い知らせる。
「おう!新人の癖に最後に到着か?ずいぶん余裕かましてくれるじゃねえか」 
 パイロットスーツに防弾ベスト、右手に青いヘルメットを抱えている要がいた。
「問題ない。定時まであと三分ある」 
 長い緑の髪を後ろにまとめたカウラは、緑のヘルメットを左手に持っている。
「整列!」 
 カウラの一言で、はじかれるようにして要の隣に並ぶ誠。
「これより搭乗準備にかかる!島田曹長!機体状況は!」 
「問題ありません!」 
 05向けと思われる250mmチェーンガンの装填作業を見守っていた島田が振り返って怒鳴る。
「各員搭乗!」 
 三人はカウラの声で自分の機体の足元にある昇降機に乗り込んだ。誠の05式乙型の昇降機には西二等技術兵がついていた。
「神前少尉。がんばってください!」 
 よく見ると作業用ヘルメットの下に『必勝』と書かれた鉢巻をしているところから見て、彼が胡州出身だと言うことがわかった。二十歳前の彼は誠を輝くような瞳で見つめながらコックピットまで昇降機で誠を運んだ。
「わかった。全力は尽くすよ」 
 目だけで応援を続ける西にそれだけ言うと誠は自分の愛機となるであろう灰色の機体に乗り込んだ。西が合図を出すのを確認してハッチを閉める。
 装甲板が下げられた密閉空間。
 誠の手はシミュレータで慣らした通りにシステムの起動動作を始める。当然、法術システムの起動も忘れない。
 計器はすべて正常。
 それを確認すると誠はヘルメットをかぶった。
「神前少尉。状況を報告せよ」 
「全システムオールグリーン。エンジンの起動を確認。30秒でウォームアップ完了の予定」
 それだけ言うとモニターの端に移るカウラと要の画像を見ていた。
「どうだ?このままカタパルトに乗れば戦場だ。気持ち悪いとか言い出したら背中に風穴開けるからな!」 
 要はそう言いながら防弾ベストのポケットからフラスコを取り出し口に液体を含んだ。
「西園寺!搭乗中の飲酒は禁止だぞ!」 
「飲酒じゃねえよ!気合入れてるだけだ!」 
 あてつけの様にもう一度フラスコを傾ける要。苦い顔をしながらそれを見つめるカウラ。
「忙しいとこ悪いが、いいか?」 
 チェーンガンの装弾を終えたのか、島田が管制室から通信を入れる。
「神前。貴様に伝言だ」 
「誰からですか?」 
 心当たりの無い伝言に少し戸惑いながらたずねる誠。
「まず神前薫(しんぜんかおる)ってお前のお袋か?」 
「そうですけど?」 
 誠は不思議に思った。東和軍幹部候補生試験の時、最後まで反対した母親。去年の盆も年末も誠は母親がいないことを確認してから実家に荷物や画材、フィギュア作成用の資材などを取りに帰っただけで、会ってはいなかった。
「ただ一言だ。『がんばれ』だそうだ」 
「なんだよへたれ。ママのおっぱいでも恋しいのか?」 
 悪態をつく要。照れる誠。
「それとだ、経理課の菰田からも来てるぞ。まったく人気者だな」 
「なんて書いてあるんですか?」 
 誠は思わぬ人物からの手紙に少し照れながら答える。
「馬鹿だアイツ。これも短いぞ『もどって来い。俺が止めを刺す』だと。嫌だねえ男の嫉妬は」 
「カウラ!いい加減アイツ絞めとかないとやばいぞ」 
 笑いながら要が突っ込みを入れる。何のことかわからず途方にくれるカウラ。誠は要につられて笑いをこぼした。
「ベルガー大尉!吉田少佐が作戦要綱を送ったそうですが見れますか?」 
 島田は先ほどのダレタ雰囲気を切り替えて、仕事用の口調でそう言った。
「大丈夫だ。ちゃんと届いている。西園寺中尉、神前少尉。今そちらに作戦要綱を送ったので地図とタイムスケジュールを開いてくれ」 
 カウラの声がヘルメットの中に響く。誠は画面を切り替えた。ハンガーを映していたモニターに近隣宙間の海図が映し出された。
 胡州外惑星系演習場の近辺の海図がモニターに表示される。笹に竜胆の家紋の艦は保安隊運用艦、重巡洋艦『高雄』。
 その進路の先にXマークが見える。
「わかると思うが現在、我々は笹に竜胆のマークのところにある。Xマーク地点に到着次第作戦開始だ。そしてそこから距離五万八千のところが目的地の演習用コロニーだ」
 カウラはそう言うとコロニーの印にマークを入れた。
「現在、確認されている戦力は加古級重巡洋艦『那珂』を旗艦とする第六艦隊分岐部隊。『那珂』の他、駆逐艦三、揚陸艦八だ。状況としては近藤シンパが五時間前にすべての艦およびコロニー管理部隊を完全制圧。同調しなかった将兵は旗艦『那珂』に幽閉されている」 
「人間の盾かよ。しゃらくせえまねしやがんなあ」 
 フラスコを傾けながら口を挟む要を無視してカウラは続けた。
「敵機動兵器の主力は火龍54機、疾風13機。それに密輸用と思われるM1が69機だが、パイロットには近藤シンパが少なく、稼動数は30機前後と予想される」 
「まあな。海軍は元々大河内公爵の地盤だ。それにパイロットには赤松の旦那の信奉者が多いからな。明らかな命令違反行為に付き合うお人よしは少ねえだろう」 
「じゃあ胡州軍部通の西園寺中尉。近藤中佐はどう言う布陣をしくと思う?」 
 横からほろ酔い加減で茶々を入れる要に愛想をつかして、カウラがそう問いかけた。
 しかし、要はフラスコをベストのポケットにしまうとニヤリと笑って海図にラインを引いた。
「この半径が『那珂』の主砲の有効照準ラインだ。このラインに入らなければ主砲はそう簡単には撃てない。当然アタシ等はこの笹に竜胆から出発するわけだから、『高雄』はその外側で待機することになる」 
「つまり敵艦の主砲は我々に向くと?」 
 つい合いの手を入れた誠だが、要の眉間には皺。そして首を振った。
「お前馬鹿だろ?戦艦の主砲でアサルト・モジュール落とせるか!東和軍には教本も無いのか?」
 あきれた。そういう顔をして要は話を続けた。 
「敵は機動兵器、もしくは無人観測機を使用して『高雄』座標確認、照準誘導による主砲での撃沈を目指すはずだ。こちらがその阻止に向かうことも念頭に入てれるとなると、第一部隊は左舷10時方向下のデブリ、第二部隊はこちらの主砲の使用許可が下りていないと読んで正面を突く」 
「さすがに嵯峨大佐の姪だな。吉田少佐の作戦とまったく同じだ。我々は左舷10時方向、距離二万一千のデブリに取り付き、これを死守する。それが作戦目的だ」 
 カウラはそう言うとゆっくりとヘルメットを被った。
 誠はゆっくりと息をする。
 切り替えられたモニターには海図に代わってハンガーの中の雑然とした光景が回りに広がる。ふと足元で紫色のパイロットスーツの女性仕官がわめき散らしているので、思わず音声センサーの感度を上げた。 
「馬鹿言ってないでトイレの芳香剤でも何でもいいから持ってきなさいよ!」 
 明華だった。整備員が敬礼し全力疾走でハンガーを出て行く。
「あれだな。たぶん叔父貴の機体、明華の姐御が使うんだぜ」 
 特殊なサイボーグ用の目の辺りを完全に隠すヘルメットを被った要が、見える口元をほころばせながらつぶやいた。
「隊長って出撃時にもタバコ吸うんですか?」 
「出撃時だけじゃねえよ。なんか考える時、あのオッサン、コックピットに座るとひらめくんだと。あ、掃除機持った奴が出てきたよ。灰皿がひっくり返ってでもいたのかな」 
 誠の正面、四式改のコックピットでは整備員達のあわただしいコックピット清掃作業が続いていた。
「すると、第一小隊は待機で、出るのは明華の姐御とリアナお姉さんとアイシャとパーラか。姐御が四式。お姉さんは吉田の丙型、アイシャはシャムのクロームナイトでパーラがタコの千手観音か」 
「クロームナイト?千手観音?」 
 誠は思わず繰り返した。
「シャムのは銀色の機体だ。見りゃわかるだろ?クロームメッキっぽいのと遼南帝国騎士団長だからクロームナイト。タコのは肩の装甲に背中の彫り物と同じデザインの千手観音が書いてあるから千手観音。わかったか?」 
 珍しく要が親切にそう答えた。

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