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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 31

 ハンガーの前ではどこに隠していたのか聞きたくなるほどのバーベキューコンロが並んでいた。それに木炭をくべ発火剤を撒いている整備員。そんなコンロをめぐって火をつけて回っているのは島田だった。
「おう、ついたか」 
 目の下にクマを作ってふらふらと火をつけて回る島田。顔には血の気が無い。
「大丈夫なのか?そのまま放火とかしないでくれよ」 
 要は冗談のつもりなのだろうが誠にはそうなりかねないほどやつれた島田が心配だった。
「西園寺さん大丈夫ですよ。火をつけ終わったら仮眠を取らせてもらうつもりですから」 
 そんな島田の笑いも、どこか引きつって見える。カウラもアイシャも明らかにいつもはタフな島田のふらふらの様子が気になっているようでコンロの方に目が向いているのが誠にも見えた。
「じゃあがんばれや」 
 それだけ言って立ち去る要に誠達はついていく。その先のハンガーには新しいアサルト・モジュールM10が並んでいた。
 その肩の特徴的なムーバブルパルス放射型シールドから『源平絵巻物の武者姿』と評される05式に比べるとどこか角ばった昆虫のようにも見える灰色の三機の待機状態のアサルトモジュール。
「へえ、結構良い感じの機体じゃねえか」 
 要はM10の足元まで行くと迫力のある胸部に張り出した反応パルス式ミサイル防御システムを見上げた。
「俺にとっても都合の良い機体だな。運用コストがべらぼうに安い上に故障が少なくてメンテ効率が高い。ローコストでの運用には最適だ」 
 突然の男の声に驚いて飛びのく要。そこでは管理部長、アブドゥール・シャー・シンが牛刀を研いでいた。
「やっぱり牛を潰すのはシンの旦那か」 
「まあな、俺はこの部隊では自分で潰した肉しか食えないからな」 
 敬虔なイスラム教徒である彼は、イスラムの法に則って処理した肉しか口にしない。彼がこう言うパーティーに参加するときは必ず彼がシャムの飼っているヤギや牛の処理を担当することになっていた。
「設計思想がよくわかる機体だ。総力戦が発生しても部品に必要とされる精度もかなり妥協が可能な機体。その部品にしても平均05式の三分の一の値段だ。予算の請求もこう言う機体ばかりだと楽なんだけどな」 
 シンはそれだけ言うと、また牛刀を研ぐ作業に戻った。
「またバーベキューですか?」 
「そりゃそうよ。誠ちゃんだけ特別扱いってわけには行かないでしょ」 
 そう言うとアイシャはそのまま事務所につながる階段を上り始める。
「おう、おはようさん」 
 大荷物を抱えた明石清海中佐が立っている。確かに夏は終わりを迎えようとしているが、薄手とはいえ紫のスーツは暑苦しく見える。
「その様子、出張ですね」 
「まあな。法術対策部隊の総会ってわけだ。西園寺、ジュネーブって行ったことあるか?」
 いきなり地球の話題を要に振るのは彼女なら何度か行ったことがあるだろうと明石も思っているんだと誠は再確認した。 
「スイスは機会がねえけど、まあ会議を開くには向いてるところだって聞いてるぜ」 
「そうか。ワシはあんま知らんからどないすれば良いか……」 
 明石はそう言うと剃りあげた頭を掻く。
「まあ、地球の連中に舐められないようにしてくれば良いんじゃねえの?」 
 それだけ言うと要は実働部隊事務所のドアを開けた。
「少し遅いのでなくて?」 
 実働部隊控え室では、湯のみを手にしてくつろいでいる茜がいた。当然、彼女は紺が基調の東都警察の制服を着ている。 
「さっさと着替えて来いってわけか?」 
「そうね。そのまま第一会議室に集合していただければ助かりますわ」 
 そう言うと茜はぼんやりと立ち尽くしている誠達の横をすり抜け、ハンガーの方に向かって消えていった。
「私も?」 
 アイシャの言葉に誠達は頷く。そのまま四人は奥へと進んでいく。
「おはよう!誠君、人気者ね」 
 そう言ってロッカールームから歩いてきたのはリアナだった。
「急いで着替えた方が良いわよ。茜さんは怒ると怖いんでしょ?」 
「まあな。表には出ないがかなり黒くなるからな」 
「ダーク茜」 
 要とアイシャが顔を見合わせて笑う。カウラは二人の肩を叩いた。その視線の先にはハンガーに向かったはずの茜が、眉を引きつらせながら誠達を見つめていた。
「じゃあ、第一会議室で!」 
 要はそう言うと奥の女子ロッカー室へ駆け込む。カウラとアイシャもその後を追う。
「誠君も急いでね」 
 そう言うとウィンクをして去っていくリアナ。
 誠は急いで男子ロッカー室に入る。冷房の効かないこの部屋の熱気と、汗がしみこんだすえた匂い。誠は自分のロッカーの前で東和陸軍と同形の保安隊夏季勤務服に着替える。かなり慣れた動作に勝手に手足が動く。忙しいのか暇なのか、それがよくわからないのが保安隊と言うところ。誠もそれが理解できて来た。
 とりあえずネクタイは後で締めることにして手荷物とそのまま第一会議室に向かった。小柄な女性が会議室の扉の前を行ったり来たりしている。着ている制服は東都警察の紺色のブレザー。
「こんにちわ」 
 声をかけた誠を見つめなおす女性警察官。丸く見える顔に乗った大きな眼が珍しそうに誠を見つめる。
「神前曹長っすね。僕はカルビナ・ラーナ巡査です。一応、嵯峨筆頭捜査官の助手のようなことをしています!」 
 元気に敬礼するラーナに、誠も敬礼で返す。
「すぐに名前がわかるなんて……警察組織でも僕ってそんなに有名人なんですか?」 
「そりゃあもう。近藤事件以来、遼南司法警察でも法術適正検査が大規模に行われましたから。軍や警察に奉職している人間なら知らない方が不思議っすよ!」 
 早口でまくし立てるラーナに呆れながら、誠はそのまま彼女と共に第一会議室に入った。
「ラーナさん、まだ要さん達はお見えにならないの?」 
 上座に座っている茜が鋭い視線を投げるので、思わず誠は腰が引けた。
「ええ、呼んできたほうがいいっすか?」 
「結構よ。それより話し方、何とかならないの?」 
 茜は静かに目の前に携帯端末を広げている。
「すまねえ、コイツがぶつくさうるせえからな」 
「何よ要ちゃん。ここは職場よ。上官をコイツ呼ばわりはいただけないわね」 
 要、アイシャ、そしてカウラが部屋に到着する。その反省の無い要の態度に呆れ果てたと言う表情の茜。
「じゃあ、席についていただける?」 
 刺す様な目つきに誠は恐怖しながら椅子に座る。すぐに彼女は視線を端末に戻しすさまじいスピードでキーボードを叩く。
「おい、それは良いんだけどよ。法術特捜の部長の人事はどうなったんだ?一応看板は、『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関法術犯罪特別捜査部』なんて豪勢な名前がついてるんだ。それなりの人事を示してもらわねえと先々責任問題になった時に、アタシ等にお鉢が回ってくるのだけは勘弁だからな」 
 誠の隣の席に着くなり切り出す要。アイシャもその隣で頷いている。
「その件ですが、しばらくはお父様が部長を兼任することになっていますわ。まあ本当はそれに適した人物が居るのだけれど、まだ本人の了承が取れていないの。それまでは現状の体制に数人の捜査官が加わる形での活動になると思いますわ」 
 そう言いながら、茜はなぜか視線を誠に向かって投げた。要もその意味は理解しているらしく、それ以上追及するつもりは無いというように腕組みをする。
「僕の顔に何かついてますか?」 
 真っ直ぐに見つめてくる茜の視線を感じて思わず誠はそう口にしていた。
「いいえ、それより今日は現状での法術特捜の人事案を説明させていただきます」 
「そうなんですの。とっととはじめるのがいいですの」 
 要は茜の真似をして下卑た笑みを浮かべて見せる。茜はそれを無視するとカウラの顔を見た。
「保安隊の協力者の指揮者ですが、階級的にはクラウゼ少佐が適任と言えますわね」 
 そんな茜の言葉ににんまりと笑うアイシャ。
「でも少佐の運用艦『高雄』の副長と言う立場から言えば、常に前線での活動と言うわけには参りませんわ。ですのでベルガー大尉、捜査補助隊の隊長をお願いしたいのですがよろしくて?」 
 茜の言葉に頷くカウラ。がっくりとうなだれるアイシャ。要は怒鳴りつけようとするが、茜の何もかも見通したような視線に押されてそのままじっとしていた。
「つまり私は後方支援というわけね。それよりその子、大丈夫なの?」 
 アイシャはテーブルの向かいに座っているラーナを見ながらそう言った。ラーナは何か言いたげな表情をしているが、それを制するように茜が口を開いた。
「彼女は信用置けますわ。遼南山岳レンジャー部隊への出向の時にナンバルゲニア中尉の下でのレンジャー訓練を受けたことがある逸材。それに法術適正指数に於いては神前曹長に匹敵する実力の持ち主ですわ」 
 シャムの教え子。その言葉だけで誠達は十分にラーナの実力を認める形となった。さらに法術師としては誠をはるかに凌ぐ実力者の茜の言葉にはラーナの実力を大げさに言っていることは判っていても重みがある。
「そんな大層なもんじゃないっすよ。山育ちなんで、サバイバルとかには結構自信があるだけっす」 
 シャムもそうだが、ラーナも遼南生まれの遼州人は自分と比べて妙に明るい印象がある。そう誠は思いながら要達を見回した。要は特に気にする様子は無かった。カウラは珍しそうにラーナの様子を伺っていた。アイシャが聞きたいことは彼女の趣味と合うかどうかの話だろうと推測が出来た。
 四人に黙って見つめられても、照れるどころか自分から話始めそうなラーナを制して、茜は話し始めた。
「近年、特に前の大戦の終結後ですけど、法術犯罪の発生件数は上昇傾向にあります、そのため……」 
 茜らしい。法術犯罪とその対策の歴史を語りだした茜だが、すぐにそれに飽きてしまう人物がいた。
「おい、茜。そんな御託は良いんだ。それより狙いはどこだ?青銅騎士団か?それともネオナチ連中か?アメちゃんが動いてるって話も聞くわな」 
 要は相変わらずガムを噛んでいた。茜はそれに気を悪くしたのか、答えることも無くじっと端末を操作していた。
「じゃあ『ギルド』と言う組織のことはご存知?」 
 ようやく茜が口を開く。要は自分の意見が通ったことで少しばかり笑みを浮かべた。
「噂は聞いてるよ。成立時期不明、組織構成員不明、ただ存在だけが噂されている法術武装組織のことだろ?どこの特務隊でも名前だけは教えられると言う非正規組織。命名はジョンブルだったか?」 
 要の言葉にカウラとアイシャは黙って聞き入っていた。
「法術犯罪自体が無かったことになっていた時代、先日の近藤事件以降に発生した法術重大事件の陰に彼等がいるだろうと言われてることもご存知なわけね」 
「あの、話が見えないんですけど」 
 アイシャの質問の途中で会議室のドアが開く。
「ごめんなさい!遅くなっちゃいました?」 
 現れたのはレベッカだった。予想外の闖入者に眉をひそめる要。
「レベッカちゃん。こっちの席、空いてるわよ」 
 そう言ってアイシャが隣の席を指差す。技官で中尉の彼女。おそらく誠達にとってのヨハンのように法術兵器に関するフォロー要員として彼女が選ばれたのだろうと誠はレベッカの大きな胸を見ながら思っていた。
 だが誠のそんな様子はすぐに要に見透かされる。
「やっぱりそこの金髪めがね巨乳は法術に関する研究もやってたか。叔父貴の狙いはアメリカとパイプをつなげときたいって所か?」 
 明らかに敵意むき出しの要におどおどとレベッカはうつむく。
「法術研究の最高峰のアメリカ陸軍がお父様とは犬猿の仲である以上、彼女達海軍の方から情報を得ると言うのは常道じゃなくて?」 
 茜はそう言うと話を続けようとした。
「なるほどねえ」 
 そう言って再びレベッカをにらみつける要。今にも泣き出しそうな表情のレベッカはその視線に怯えるような視線を茜に投げる。
「あんまりいじめないでいただけませんか。彼女も法術特捜には不可欠な人材ですのよ」 
 茜の語気の強さに少しばかりひるむ要。
「それじゃあ……」 
「まだ終わんないの?」 
 扉が開き顔を出したのは嵯峨だった。
「お父様、今は会議中ですよ!」 
「そうカリカリしなさんな。それにこいつ等だって馬鹿じゃないんだ。俺達が『ギルド』についてはつかんでいる情報がほとんど無いことぐらい察しはついてるよ。そんな会議したって時間の無駄じゃん」 
 実も蓋も無いことを言われて口ごもる茜。
「まあ、会議なんて言うものは寝るものだからな。情報がわかり次第、それぞれに交換すれば事が足りるだろ?」 
「まあ、その通りなんですけど……」 
 それだけ言って黙り込む茜。
「じゃあ解散か?」 
「そうは言っていません!」
 席を立とうとする要をぴしゃりと制する茜。 
「でも、もうシン達はコンロがいい具合になってきたって言ってるぜ。まあ、堅苦しいことは後にしようや」 
「そう言う風に問題を先延ばしにするのはお父様の悪い癖ですよ」 
 刺すような視線を嵯峨に送った後、あきらめたように端末を閉じる茜。要は伸びをして、退屈な時間が終わったことを告げる。
「バーベキューっすか。いいっすよね」 
 ラーナはそう言うとそのまま会議室から出て行く。要、アイシャ、カウラもまたその後に続く。
「誠!早く来いよ!」 
 廊下で叫ぶ要。誠は座ったまま片付けをしている茜を見ていた。
「よろしくてよ、別に私を待たなくても」 
 不承不承言葉をひねり出した茜のやるせない表情を見ながら、誠は要達を追った。
「良いんですか?こんなので」 
 誠は要に駆け寄ってみたものの、どうにも我慢しきれずにそう尋ねた。
「良いの良いの!叔父貴が責任取るって言うんだから」 
「俺のせいかよ」 
 そう言うと情けない顔をしてタバコを口にくわえる嵯峨。
「まあこれが我々の流儀だ。そのくらい慣れてもらわなくては困る」 
 いつものように表情も変えずにカウラはハンガーへ続く階段を降り始めた。ハンガーでは整備班員がバーベキューの下ごしらえに余念が無い。
「ちょっと!ちゃんと肉は平等に分けるのよ!そこ、もたもたしてないで野菜を運びなさい!」 
 明華は相変わらず彼等を大声で叱り飛ばす。
「じゃあアンプはそこに置いて。そしてお立ち台は……菰田君!ここよ!」 
 いつの間にか和服に着替えていたリアナは電波演歌リサイタルの準備にいそしんでいる。
「よう、歓迎される気分はどうだい」 
 嵯峨が走り回るブリッジクルーや整備員、そして警備部隊の面々をぼんやりと眺めているロナルドに声をかける。
「歓迎されるのが気分が悪いわけは無いでしょう」 
 口元は笑っているが目が呆れていた。隣に立つ岡部もただ何も出来ずに立ち尽くしている。調子の良いフェデロは勇敢にもリアナのリサイタルが予定されている場所でアンプの設定を手伝っていた。
「遅くなりました」 
 そう言いながら茜は野菜を切り分けている管理部の面々に合流する。
「私、何か出来ませんか?」 
 ついさっきまで会議を遂行するように叫びかねない茜だったが手のひらを返したように歓迎会の準備に入ろうとしている。
「良いんだよ。茜。お前も歓迎される側なんだから黙って見てれば。さてと」 
 嵯峨はタバコに火をつけて座り込んだ。
「神前!手を貸せ」 
 いつの間にか復活していた島田が、クーラーボックスに入れる氷を砕いている。
「わかりました!」 
「アタシも行くぞ」 
「私も!」 
 要とアイシャが誠と一緒に駆け出す。遅れてカウラも後に続いた。
「いいねえ、若いってのは」 
 そう言いながら嵯峨はタバコの煙を吐いた。秋の風も吹き始めた八月の終わりの風は彼等をやさしく包んでいた。誠は空を見上げながらこれから始まる乱痴気騒ぎを想像して背筋に寒いものが走った。

 
                            (了)

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テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 30

 翌朝、誠は焼けるような腹痛で飛び起きた。そのままトイレに駆け込み用を済ませて部屋に帰ろうとした彼の前にいつの間か要が立っていた。
「おい、顔色悪りいぜ。何かあったのか?」 
 昨日、ウォッカの箱を開けるやいなや、すぐさま彼の口にアルコール度40の液体を流し込んだ要。それが原因だとは思っていないような要に呆れながらそのまま部屋に向かう誠。
「挨拶ぐらいしていけよな」 
 小さな声でつぶやくと、要はそのまま喫煙所に向かった。部屋に戻り、Tシャツとジーパンに着替えて部屋を出る。今度はカウラが立っている。
「おはよう」 
 それだけ言うと、カウラは階段を下りていく。誠も食堂に行こうと歩き始めた。腹の違和感と頭痛は続いている。
「昨日は災難だったわねえ」 
 階段の途中で待っていたのはアイシャだった。さすがに彼女は要にやたらと酒を飲まされた誠に同情しているように見えた。
「酒が嫌いになれそうですね。このままだと」 
 誠は話題を振られた方向が予想と違っていたことに照れながら頭を掻く。
「それはまあ、要ちゃんのことは隊長に言ってもらうわよ。それにしてもシャワー室、汚すぎない?」 
「これまでは男所帯だったわけですからね。島田先輩に言ってくださいよ」
 そんな誠の言葉にアイシャは大きくため息をついた。 
「その島田君がしばらく本部に泊り込みになりそうだって話よ」 
 食堂の前はいつものだらけた隊員達が雑談をしていたが、カウラとアイシャの姿を見ると急に背筋を伸ばして直立不動の体勢を取った。
「ああ、気にしなくて良いわよ」 
 アイシャは軽く敬礼をするとそのまま食堂に入った。厨房で忙しく隊員に指示を出しているヨハンが見える。とりあえず誠は空いているテーブルに腰を下ろす。当然と言った風にカウラが正面に、そしてアイシャは誠の右隣に座った。
「とりあえず麦茶でも飲みなさいよ」 
 やかんに入った麦茶を注いで誠に渡すアイシャ。誠は受け取ったコップをすぐさま空にした。ともかく喉が渇いた。誠は空のコップをアイシャの前に置いた。
「食事、取ってきて」 
 誠の態度を無視して顔をまじまじと見つめたアイシャがそう言った。
「あの、一応セルフサービスなんですけど」 
「上官命令。取ってきて」 
 何を言っても無駄だというように誠は立ち上がった。アイシャの気まぐれにはもう慣れていた。そのままカウラと一緒に厨房が覗けるカウンターの前に出来た行列に並ぶ。
「席はアイシャが取っておくと言うことだ」 
 そう言うと誠に二つのトレーを渡すカウラ。下士官寮に突然移り住んできた佐官の席を奪う度胸がある隊員はいないだろうと思いながら誠は苦笑いを浮かべた。
「佐官だからっていきがりやがってなあ。オメエも迷惑だろ?」 
 喫煙所から戻ってきた要がさもそれが当然と言うように誠の後ろに並ぶ。
「両手に花かよ、うらやましい限りだな」 
 朝食当番のヨハンがそう言いながら茹でたソーセージをトレーに載せていく。それにあわせて笑う食事当番の隊員達の顔はどこと無く引きつって見えた。とりあえず緊張をほぐそうと誠は口を開いた。
「技術部は大変ですね」 
「まあな、ただ俺としてはM10は楽な機体だぜ。大規模運用を前提として設計されているだけあって整備や調整の手間がかからないように出来てるからな」
 そう言いながらヨハンは誠のトレーに乗った自家製のソーセージの隣にたっぷりと洋辛子を塗りつける。 
「だが、それ故に自由度は低いわけだな」 
 カウラの言葉をはぐらかすように笑うヨハン。
「大丈夫ですよベルガー大尉。05式の代替機にするつもりは無いですから。それに起動システム等の先進技術の入ったブラックボックスの整備はシンプソン中尉と彼女が指名した数名しかタッチするなと許大佐に言われてますから」 
「まあシン大尉ががんばってくれたおかげで何とか予算も確保できましたから」 
 ヨハンの言葉に付け加える菰田。突然自分の前に現れた苦手な部下の登場にカウラが呆れた顔をしていた。
「それは……良い知らせだな」 
 とりあえずだがカウラはそう言った。彼女に話しかけられ恍惚としている菰田の前で要が咳払いをした。
「早くしなさいよ!」 
 ようやく盛り付けが終わったばかりだと言うのに、アイシャの声が食堂に響く。
「うるせえ!馬鹿。何もしてない……」 
「酷いわねえ要ちゃん。ちゃんと番茶を入れといてあげたわよ」 
 トレーに朝食を盛った三人にアイシャはそう言うとコップを渡した。
「普通盛りなのね」 
 要のトレーを見ながらアイシャは箸でソーセージをつかむ。
「神前、きついかも知れないが朝食はちゃんと食べた方が良い」 
 カウラはそう言いながらシチューを口に運んでいる。
 誠はまさに針のむしろの上にいるように感じていた。言葉をかけようと要の顔を見れば、隣のアイシャからの視線を感じる。カウラの前のしょうゆに手を伸ばせば、黙って要がそれを誠に渡す。周りの隊員達も、その奇妙な牽制合戦に関わるまいと、遠巻きにそれを眺めている。
「ああ!もう。要ちゃん!なんか不満でもあるわけ?」
 いつもなら軽口でも言う要が黙っているのに耐えられずにアイシャが叫んだ。 
「そりゃあこっちの台詞だ!アタシがソースをコイツにとってやったのがそんなに不満なのか?」 
「あまりおひたしにソースをかける人はいないと思うんですが」 
 二人を宥めようと誠が言った言葉がまずかった。すぐに機嫌が最悪と言う顔の要が誠をにらみつける。
「アタシはかけるんだよ!」 
「良いわよ。ちゃんとたっぷり中濃ソースをおひたしにかけて召し上がれ」 
 アイシャに言われて相当腹が立ったのか要はほうれん草にたっぷりと中濃ソースをかける。
「どう?おいしい?」 
 あざけるような表情と言うものの典型例を誠はアイシャの顔に見つけた。
「ああ、うめえなあ!」 
「貴様等!いい加減にしろ!」 
 カウラがテーブルを叩く。突然こういう時は不介入を貫くはずのカウラの声に要とアイシャは驚いたように緑色の長い髪の持ち主を見つめた。
「食事は静かにしろ」 
 そう言うと冷凍みかんを剥き始めるカウラ。要は上げた拳のおろし先に困って、立ち上がるととりあえず食堂の壁を叩いた。
「これが毎日続くんですか?」 
「なに、不満?」 
 涼しげな目元にいたずら心を宿したアイシャの目が誠を捕らえる。赤くなってそのまま残ったソーセージを口に突っ込むと、手にみかんと空いたトレーを持ってカウンターに運んだ。
「それじゃあ僕は準備があるので」 
「準備だ?オメエいつもそんな格好で出勤してくるじゃねえか……。とりあえず玄関に立ってろ」 
「でも財布とか身分証とか……」 
「じゃあ早く取って来い!」 
 要に怒鳴られて、誠は一目散に部屋へと駆け出した。
「大変そうですねえ」 
 階段ですれ違った西がニヤニヤ笑っている。
「まあな、こんな目にあうのは初めてだから」 
「そりゃそうでしょ。島田班長が結構気にしてましたよ」 
 そう言うと部屋の前までついてくる西。部屋で財布と身分証などの入ったカード入れを持つ。さらに携帯を片手に持つとそのまま部屋を出た。
「なんだよ、まだついてくるのか。別に面白くも無いぞ」 
「そうでもないですよ。神前さんは自分で思ってるよりかなり面白い人ですから」 
 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。そんなことを考えながら廊下を駆け下りる。
「そう言えば昨日……」 
 ついてきているはずの西を振り返る誠だが、西は携帯電話に出ていた。
「ええ、今日はこれから出勤します。島田班長が気を使ってくれてるんで、定時には帰れると思いますよ」 
 気軽な調子で話し続ける西。誠は声をかけようかとも思ったがつまらないことに首は突っ込みたくないと思い直してそのまま玄関に向かう。
「神前さん、お先!」 
 そう言って本部へ急ぐ隊員達。誠は携帯の画面を開いて時間を確認する。この寮からなら普通に間に合う時間である。いつもの彼のカブで裏道を抜ければ、かなり余裕で間に合う時間だ。
「なんだ、早かったな」 
 声に気づいて振り向けばカウラが立っている。普通の隊員は隊で着替えるはずなのだが、彼女は東和軍の夏季勤務服の半袖のワイシャツ、そして作業用ズボンという奇妙な格好をしていた。
「何か気になることでもあるのか?」 
 不思議そうに尋ねてくるカウラ。
「相変わらずどうでも良いって格好じゃないの」 
 誠も見ている深夜アニメのファンシーなキャラクターのTシャツを着たアイシャが歩いてくる。
「貴様の方がよっぽど恥ずかしいと思うが」 
「大丈夫、見る人が見ないとわからないから」 
 確かにそのキャラクターが実はヤンデレで最終回に大虐殺を行う内容だったために打ち切りにされたアニメのキャラだと言うことは一般人は知らないだろう。誠はそう思いながら得意げなアイシャに生ぬるい視線を送る。
「お前等、本当に頭ん中大丈夫か?」 
 タンクトップにジーンズ。ヒップホルスターに愛用の銃を挿した要が笑う。要もアイシャも、そして誠も唖然としながら彼女が寮を出るのを見送った。
「ちょっと待ちなさい!要ちゃん!」 
 アイシャが要の肩をつかむ。そしてすばやく拳銃を抜き取った。
「要ちゃんもしかしてこのまま歩こうとしてない?」 
「だってアタシ等コイツの護衛だぜ?銃の一挺くらい持っているのが……」 
「だからって抜き身で持ち歩くな」 
 カウラの声で渋々要はアイシャに銃を任せた。アイシャは手にしたバックに銃を入れる。
「これからはこう言うものを持ち歩きなさい」 
 アイシャはブリーフバックを指し示した。その重そうな持ち方から見て、彼女の愛用の拳銃H&K・USPピストルが入っていることは間違いないと誠は思った。
「それじゃあ行くぞ」 
 ようやく自分のペースを取り戻した要が歩き始める。夏の日差しはもうかなり上まで上がってきていた。アイシャは通り過ぎる猫を眺めながら取り出した扇子を日よけ代わりにしている。寮の駐車場は半分ほどが埋まっていた。今の時間に止まっているのは夜勤か遅番の隊員の車が大半である。ここまできて自分のバイクで出勤しますとはいえない状況に誠は運転するだろうカウラを見つめていた。
「早く開けろ。暑いんだから」 
 カウラのスポーツカーの前で要が呟く。またため息をついたカウラはオートロックを開いた。カウラは助手席のドアを開き、シートを倒すとそのまま後部座席に滑り込む。
「こっち来い!」 
 そう言うとサイボーグならではの強い力で誠を後部座席に引きずり込んだ。
「そんなに強く引っ張らなくても……」 
「がたがた言うな!カウラエンジンかけろ、それから窓も開けるんだぞ!」 
 要の言葉に少し不愉快そうな顔をしながらカウラはエンジンをかけ、そのまま窓を開けた。
「今の時間だと駅前に向かう道は全部ふさがってるわね。裏道で行きましょ」 
 アイシャはそう言いながらナビを設定している。
「そうだな。引越しした直後に遅刻と言うのもつまらないからな」 
 そう言うとカウラのスポーツカーはすばやくバックし、そのまま切り替えして駐車場を出た。
「狭いなあ。カウラ、車買い替えないのか?」 
 要の言葉を無視してアクセルを吹かすカウラ。後ろを覗き込んで要と誠が密着しているのを見てこめかみを振るわせるアイシャ。
「良いんじゃないの、このままのほうが。誠ちゃんとラブラブごっこが出来るじゃない」 
 一瞬、アイシャの言葉が理解できなかった要だが、その視線でアイシャが何を言おうとしているのか理解すると誠の足を踏みつけた。
「もう秋かねえ」 
 足を押さえてうずくまる誠を見ながら要は外からの風に短めの髪をなびかせていた。カウラは誠に同情するようにバックミラーの中で笑みを浮かべている。
「じゃあクーラーは要らないな」 
「おい、風情ってモノの話をしただけだ。ちゃんとつけろよ、クーラー」 
 要に言われなくてもカウラはもうすでにクーラーを動かしていた。
「こんな道あったんですね」 
 住宅街の中。大通りなら渋滞につかまって動けなくなる時間だと言うのに確かに回り道とは言えすいすいと走る赤いスポーツカー。
「このルートの方が早いのよ。まあ、誠ちゃんは原付だから渋滞とか関係ないものね。中央大通りを走れれば確かに一番早いんだけど渋滞があるから……」 
 アイシャは涼しげな目を細める、細い路地、他に車の姿は無かった。そして住宅街を抜けると一面の田んぼが広がっている。
「ここから先はどう行っても大丈夫よ。まあ、菱川重工の正門で出勤組みの渋滞につかまるでしょうけど」 
 アイシャが伸びをする。カウラはそのまま細い農道を飛ばしている。
「そう言えば今日は誰もついてこないな」 
「ああ、駐車場を出て住宅街の中でまいたぞ」 
 あっさりとそう言ったカウラ。
「カウラ、お前なあ。せっかくの胡州の税金使って護衛してくれるって言う連中まいてどうすんだよ」 
 至極もっともな要の突っ込みにカウラが笑みを浮かべた。車は菱川重工豊川の正門へと続く通称『産業道路』に出た。トレーラーが次々と走っていく中、カウラはタイミングを合わせてその流れに乗った。
「何とか間に合いそうね。カウラちゃんこれ食べる?」 
 アイシャはガムを取り出し、カウラを見つめた。カウラはそのまま左手を差し伸べる。
「アタシも食うからな。誠はどうする?」 
「ああ、僕もいただきます」 
 ガムを配るアイシャ。六車線の道路が次第に詰まり始めた。
「車だとこれがね。どうにかならないのかしら」 
「ここじゃあアサルト・モジュールや戦闘機なんかも作ってるんだ。セキュリティーはそれなりに凝ってくれなきゃ困るしな」 
 工場前での未登録車両の検査などのために渋滞している道。ガムを噛みながら腕を組む要。しかし、意外に車の流れは速く、正門の自動認識ゲートをあっさりと通過することになった。
 車は工場の中を進む。積荷を満載した電動モーター駆動の大型トレーラーが行きかう中を進む。
「誠ちゃん、よく原付でこの通りを走れるわね。トレーラーとかすれ違うの怖くない?」 
「ああ、慣れてますから」 
 アイシャの問いに答えながら、すれ違うトレーラーを眺めていた。三台が列を成し、荷台に戦闘機の翼のようにも見える部品を満載してすれ違う大型トレーラー。顔を撫でるのはクーラーから出る冷気。カウラは工場の建物の尽きたはずれ、コンクリートで覆われた保安隊本部へと進んだ。
「身分証、持ってるわよね」 
 アイシャがそう言いながらバッグから自分の身分証を出す。
「それとこれ、返しとくわ」 
 アイシャに彼女の愛銃、スプリングフィールドXD40を渡した。いつも通り通用口の警備室ではマリアの警備担当宿直隊員への説教が続いていた。
「意外に早く着いたんじゃないの?」 
 カウラの車を見つけて振り返ったマリアが説教を止めて開けた窓ガラスに顔を近付ける。要は誠の身分証を受け取ると自分のものと一緒にカウラに渡した。
「ごめんね、おとといの一件で手間をとらせちゃって。一応上の指示だから我慢してね」 
 マリアは受け取った四人の身分証を詰め所の部下に渡す。マリアが言うことが海で出たアロハシャツの襲撃者のことだと思い出して誠は苦笑いを浮かべた。
「しかし、大変よね、マリアさんも。全員チェックするようになったの?」 
「まあね。政治屋さん達に一応姿勢だけは見せとかないといけないでしょ」 
 アイシャの問いに答えるマリアに部下が身分証を手渡した。ゲートが開き、そのまま車が滑り込む。シャムのとうもろこし畑は収穫を終え、次の作付けの機会を待っていた。カウラはそのまま隊員の車が並ぶ駐車場の奥に進み停車した。
「もう来てるんだ、茜ちゃん」 
 助手席から降りたアイシャが隣に止まっている白い高級セダンを見ながらそう言った。
「アイシャ!遅いわよ!」 
 誠と要が狭いスポーツカーの後部座席から体を出すと、その目の前にはサラが来ていた。
「おはよう!別に遅刻じゃないでしょ?」 
「おはようじゃないわよ!四人とも早く着替えて会議室に行きなさいよ!嵯峨筆頭捜査官がもう準備して待ってるんだから」 
「どこ行くの?サラ」 
「決まってるじゃないの!歓迎会の準備よ!」 
 サラはそう言うとそのまま走り去った。とりあえず急ぐべきだと言うことがわかった誠達はそのまま早足でハンガーに向かった。

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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 29

「じゃあこれを図書館に運びましょう!」 
 昼食を終えたアイシャが一同に声をかけてつれてきたのは駐車場の中型トラックの荷台だった。
「図書館?」 
 誠は嫌な予感がしてそのまま振り返った。
「逃げちゃ駄目じゃないの、誠ちゃん!あの部屋、この寮の欲望の詰まった神聖な隠し部屋よ!」 
「あそこですか……」 
 あきらめた誠が頭を掻く。西はそわそわしながらレベッカを見つめた。
「クラウゼ少佐。図書館や欲望って言われてもぴんとこないんだけどな」 
 ロナルドが手を上げてそう言った。隣で岡部とフェデロが頷く。
「それはね!これよ!」 
 そう言ってダンボールの中から一冊のサッシを取り出してロナルドに渡すアイシャ。ロナルドはそれを気も無く取り上げた次の瞬間、呆れたような表情でアイシャを見つめた。
「わかったんですが……こんなの堂々と見せるのは女性としては品格を欠くような気がするような……」 
「そういう事言う?まるでアタシが変態みたいじゃないの」 
「いや、みたいなんじゃなくて変態そのものなんだがな」 
 後ろから茶々を入れる要。アイシャは腕を組んでその態度の大きなサイボーグをにらみつける。
「酷いこと言うわね、要ちゃん。あなたに私が分けてあげた雑誌の一覧、誠ちゃんに見せてあげても良いんだけどなあ」 
「いえ!少佐殿はすばらしいです!さあ!みんな仕事にかかろうじゃないか!」 
 要のわざとらしい豹変に白い目を向けるサラとパーラ。とりあえずと言うことで、岡部、誠、フェデロ、西。彼等がダンボールを抱えて寮に向かった。
「そう言えば棚とかまだ置いてないですよ」 
 一際重いダンボールを持たされた誠。中身が雑誌の類だろうということはその重さから想像がついた。
「ああ、それね。今度もまたキムとエダに頼んどいたのよ」 
「あいつ等も良い様に使われてるなあ」 
 誠の横を歩く要はがしゃがしゃと音がする箱を抱えている。そしてその反対側には対抗するようにカウラがこれも軽そうなダンボールをもって誠に寄り添って歩いている。
「これは私から寮に暮らす人々の生活を豊かにしようと言う提言を含めた寄付だから。要ちゃんもカウラちゃんも見てもかまわないわよ」 
「私は遠慮する」 
 即答したのはカウラだった。それをみてざまあみろと言うように舌を出す要。
「オメエの趣味だからなあ。どうせ変態御用達の展開なんだろ?」 
「暑いわねえ、後ちょっとで秋になると言うのに」 
「ごまかすんじゃねえ!」 
 要が話を濁そうとしたアイシャに突っ込みを入れる。そんな二人を見て噴出した西に要が蹴りを入れた。
「階段よ!気をつけてね」 
 すっかり仕切りだしたアイシャに愚痴りながら誠達は寮に入った。
「はい!そこでいったん荷物を置いて……」 
「子供じゃないんですから」 
 手早く靴を脱ぐ岡部。赤い顔をしたレベッカが、西の置いたダンボールを見つめている。
「二階まで持って行ったあとどうするんですか?まだ棚が届かないでしょ?」 
「仕方ないわね。まあそのまま読書会に突入と言うのも……」 
「こう言うものは一人で読むものじゃねえのか?」 
 そう言った要にアイシャが生暖かい視線を送る。その瞬間アイシャの顔に歓喜の表情が浮かぶ。自分の言葉に気づいてうろたえる要。
「その、あれだ。恥ずかしいだろ?」 
「何が?別に何も私は言ってないんだけど」 
 アイシャは明らかに勝ったと宣言したいようないい笑顔を浮かべる。
「いい、お前に聞いたアタシが間抜けだった」 
 そう言うと誠の持っていたダンボールを持ち上げて、小走りで階段へと急ぐ要。
「レベッカちゃん。もし好きなのが見つかったら借りて行ってもいいのよ」 
 アイシャのその言葉に首を振るレベッカ。
「しかし、気前が良いな。何のつもりだ?」 
 カウラが不思議そうにアイシャを見つめる。 
「これが布教活動と言うものよ!」 
 胸を張るアイシャに頭を抱えるサラとパーラ。嫌な予感がして誠はとりあえず要を追って二階に上がる。二階の空き部屋の前には要が座っていた。
「西園寺さん」 
 声をかけると後ろに何かを隠す要がいた。
「脅かすんじゃねえよ」 
 引きつった笑みを浮かべる要。誠はとりあえず察してそのまま廊下を走り階段を降りた。
「西園寺は何をしている?」 
「さあ何でしょうねえ」 
 先頭を切って上がってくるカウラにわざとらしい大声で答える誠。再び二階の空き部屋の前には要が暇そうに立っていた。
「要ちゃん早いわね」 
 アイシャの視線はまだ生暖かい。それが気になるようで、要は壁を蹴飛ばした。
「そんなことしたら壊れちゃうわよ」 
 サラがすばやく要の蹴った壁を確かめる。不機嫌な要を見てご満悦なアイシャ。
「じゃあとりあえずこの部屋に置きましょう」 
 そう言うと図書館の手前の空き部屋の鍵を開けるアイシャ。
「いつの間に島田から借り出したんだ?」 
「いえね、以前サラが正人君にスペアーもらったのをコピーしたのよ」 
 そう言うと扉を開く。誠は不機嫌そうな要からダンボールを取り上げると、そのまま部屋に運び込んだ。次々とダンボールが積み上げられ、あっという間に部屋の半分が埋め尽くされていく。
「ずいぶんな量だな」 
「スミス大尉。これでもかなり減らした方なんですよ」 
 ロナルドにパーラが耳打ちする。
「今日はこれでおしまいなわけね」 
 アイシャはそう言うと寮の住人のコレクションに手を伸ばす。
「好きだねえ、オメエは」 
 手にした漫画の表紙の過激な格好を見て呆れたように要が呟いた。 
「何?いけないの?」
「オメエの趣味だ、あれこれ言うつもりはねえよ」 
 開き直るアイシャにそう言うと要はタバコを取り出して部屋を出て行く。一つだけ、先ほどまで要が抱えていたダンボールから縄で縛られた少女の絵が覗いている。
「やっぱりこう言う趣味なのね」 
 そう言うとアイシャはその漫画を取り上げた。
「なんですか?それは」 
 岡部の声が裏返る。
「百合&調教もの。まさに要にぴったりじゃないの」 
 ぱらぱらとページをめくるアイシャ。
「だが、それを買ったのは貴様だろ?」 
 カウラはそう言うと、そのページを覗き込んでいる誠とフェデロを一瞥した後、部屋から出て行った。
「すまんが西、これでコーヒーでも買ってきてくれ」 
 食堂についたカウラが西に一万円札を渡す。
「ああ、俺も出しますよ」 
 そう言ってロナルドがポケットに手を伸ばすのをカウラは視線で制した。
「アイシャが出すのが良いんだけど、あの娘、漫画とか読み始めると止まらなくなっちゃうから」 
 パーラがロナルド達に微笑みかける。
「しかし、本当に変わった人が多いですよねえ」 
 ロナルドの言葉に顔を見合わせるサラとパーラ。西は敬礼してそのまま近くのコンビニへと走る。
「でも良い人が多くて良かったです」
「そいつはどうかねえ」
 レベッカはそう言うと恥ずかしそうに視線を落とした。要はそんな彼女を見て笑顔を浮かべながら意味ありげに笑う。ぞろぞろとアイシャのトークショーから逃げ出した要達は食堂に向かう。薄ら笑いを浮かべる要が食堂に入りどっかりと中央のテーブルの真ん中の椅子に座る。誠もいつも通り意識せずにその隣の席を取る。反対側に座ったカウラがいつものように冷たい視線を送るが、まるで気にする様子は無い。
「しかし、神前君は良い上司に恵まれてるな」 
 ロナルドは気を利かせたレベッカからぬるい番茶の入った湯飲みを受け取るとそれを口に含んだ。
「そうかねえ、俺にはそうは思えないけどな」 
 フェデロの一言で、要とカウラの視線が彼に向かう。助けを求めるようにレベッカを見るフェデロだが、レベッカはもじもじしながら下を向いてしまった。
「余計なことは言わない方が良いな。お前も岡部もアサルト・モジュールでの本格的な実戦を経験したことは無いんだ。それに対し神前君は撃墜スコアー7機。立派なエースだ」 
「なんだよ、海軍の精鋭と聞いていたわりにはただのひよっこじゃねえか」 
 挑発的な視線を送る要だが、岡部もフェデロもそれに食いつく様子は見せない。さすがに要のわかりやすい性格が読めてきたのだろうと思って誠は苦笑いを浮かべた。ロナルドは言葉を続ける。
「我々と西園寺大尉では保安隊に所属する意味はまるっきり違う。そう遠くない時期にベルルカン大陸に保安隊の旗を持って派遣される可能性もあるだろうからな」 
 ロナルドのその言葉に場の空気は固まった。
「そうか、あそこは遼州のアキレス腱だからな。小隊一つ送るにしても、微妙なパワーバランスや政治的配慮やらでお偉いさんも及び腰になっているのが実情だ。まああそこに利権を持つロシアやフランス辺りの面子を潰さずにアメちゃんの兵隊を送り込む方法としては、そう言う発想はありなんじゃないかな」 
 一人その空気を読めていた要の言葉、ロナルドは静かに頷いた。
「例えば先月誕生したスラベニア文民政権の正当性をめぐって遼州同盟は苛立っている。占拠と言うがベルルカン大陸らしい妨害や選挙データの改ざんが噂されている。さらに後ろにあからさまに地球の大国の影がちらついているからな。再来月の出直し選挙がどういう形で行われるかであの大陸の運命が決まるかも知れない」 
 ロナルドはそう言いながら一同を見回した。
「まあ、第一小隊は同盟加盟国の法術武装組織の教導任務で手が離せない。アタシ等は目立ちすぎて動けない。そうなるとどこかからそれなりの腕前の奴を引っ張ってくるしかない。そこに遼州での存在をアピールしたかったアメリカ海軍が目をつけたって事だな」 
 要のその言葉を否定も肯定もせず、ロナルドはただ笑みを浮かべるだけだった。
「まあ、そう言うことにしておきましょう」 
 不敵な笑みを浮かべるロナルド。まあ良いとでも言うように要は自分の頭を軽く叩いた。
「買ってきましたよ!」 
 勢い良くコンビニ袋を抱えた西が駆け込んできた。 
「カウラはメロンソーダだろ?」 
 そう言うと要はすばやく西から袋を奪って、その中の緑の缶を手にするとカウラに手渡した。
「なんかイメージ通りですね」 
 岡部がコーヒーを探し当てながらカウラを見つめている。
「ああ、コイツの髪の色はメロンソーダの合成色素から来ているからな」 
「西園寺、あからさまな嘘はつくな」 
 プルタブを開けながら緑の髪をかきあげるカウラ。
「神前曹長。君はコーラで良いか」 
 手にしたコーラを誠に押し付ける岡部。苦笑いを浮かべる誠を見ながら自分の飲みたいものを探すフェデロ。
「ああ、ごめんね。マルケス中尉。アイシャはこういう時はココアなのよ」 
 ココアに手を伸ばしたフェデロを制止するサラ。
「あの、私が持っていきましょうか?」 
 そう言ったのはジンジャエールを手にしたレベッカだった。
「おう、頼めるか?」 
 要の言葉に西と目を合わせているレベッカ。
「じゃあ僕も行きます」 
 そう言うと西とレベッカが食堂を出て行った。二人は昨日と同じく楽しげな笑みを浮かべながら食堂を出て行った。
「あれだな、西の奴。そのうち誰かにシメられるぜ」 
「まあ、菰田君達は手を出さないでしょうけど」 
 パーラはサイダーを飲みながらカウラを見つめる。心外だというようにメロンソーダを飲んでいるカウラの視線が厳しさを増す。
「菰田はツルペッタンマニアだが、嫉妬深さも一流だぜ」 
 面白いネタを見つけた要は満足そうに紅茶を飲んでいた。
 誠がコーラを飲みながら食堂の窓をなんとなく見つめた。晩夏の日差しが次第に色を朱に変えつつあった。
「それじゃあ俺達は失礼するかな」 
 ロナルドが立ち上がるのにあわせて、岡部とフェデロが缶を置く。
「そば、ありがとね」 
 パーラの声に軽く手を上げて答えるフェデロ。
「ああ、上の眼鏡っ娘も連れて帰れよ」 
「ああ、そう言えばいたんだな。岡部、とりあえず呼んできてくれ」 
 ロナルドの言葉に、岡部は小走りに食堂を出て行く。
「まあいろいろ思うところはあるかもしれないが、よろしく頼む」 
「そう言うこと」 
 ロナルドはそのまま去り、フェデロが手を振る。サラは愛想笑いを浮かべながら答えた。
「ああ、疲れたねえ。でも飯まで時間が有るよな」 
「あのー今日は僕が食事当番なんですけど」 
「それがどうした?」 
 要が誠の顔をまじまじと見つめる。
「島田先輩から西園寺さん達に手伝ってもらえって言われたんですけど」 
 要が露骨に嫌そうな顔を向けてくる。
「なら仕方ないな。西園寺、アイシャを連れて来い」 
「食事当番ねえ」 
 そう言いながら要が食堂を出て行った。
「私達も手伝おうか?」 
 パーラの申し出に首を振るカウラ。
「とりあえず夜はカレーだそうです。それに整備班は今日は徹夜だそうですから、人数は20人前くらいで良いらしいですよ」 
「20人前か。大丈夫なのか?」 
 不安そうに誠の顔を覗き込むカウラ。
「やっぱり私達手伝うわね。誠君、材料は買ってあるの?」 
 要とカウラは料理を期待するのは無理。そしてアイシャについては自分がよく知っている。そのせいだろうか諦めて立ち上がるパーラ。
「一番奥の冷蔵庫にそろっているはずですよ」 
 誠はそう言うとそのままカウラとパーラ、それにサラをつれて厨房に入った。誠が食堂の方を振り返るとあからさまに嫌な顔をしているアイシャがいた。
「何よ、食事当番ならもっと適当な奴がいるじゃないの」 
 その場の全員が、自称食通ことヨハンを思い出していた。
「アイシャ……その適当な人間が今夜は徹夜なんだ。早くこっちに来てジャガイモの皮を剥け」 
 カウラの言葉にあきらめた調子でそのまま厨房に入ってくるアイシャ。
「要、鍋をかき混ぜるぐらいならできるだろ?」 
「わかったよ、その段取りになったら呼んでくれ」 
 そのままタバコを取り出し喫煙所に向かう要。パーラが取り出した食材をまな板の横で眺めているカウラ。
「ジャガイモ、牛肉、にんじん、たまねぎ」 
「ちゃんと揃えてあるのね」
 感心したようにパーラは誠を見た。 
「本来は買出しなんかも担当するんですが、今日は島田先輩が用意してくれましたから」 
 そう言うと誠はにんじんに手を伸ばした。
「カレーのルーはブロックの奴なのね」 
「ああ、この前まではシン大尉が持ってきてくれた特製ルーが有ったんですが切れちゃいましてね。まあ代用はこれが一番だろうってお勧めのルーを使っているんですよ」 
「ああ、あの人カレーにはこだわるもんね」 
 渋々厨房に入ってきたアイシャはそう言うと皮むき気でジャガイモを剥き始める。パーラは鍋を火にかけ油を敷いた。
「にんにく有る?」 
「にんにく入れるのか?」 
 要は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「ああ、そちらの奥の棚にありますよ」 
「サラ、とりあえず二かけくらい剥いてよ」 
 サラは棚からにんにくを取り出すと剥き始める。
「臭くなっちゃうじゃない」 
 ぽつりと呟くサラの隣のカウラが冷静にサラのにんにくを剥く手に目をやった。
「当たり前のことを言うな」 
 再び誠から受け取った慣れない包丁でにんじんを輪切りにするカウラ。その視線が食堂に注がれる。
「要ちゃん!手伝ってよ」 
 喫煙所から帰ってきた要が手持ち無沙汰にしているのを見つけたアイシャ。その言葉を聴いて躊躇する要だったが、誠と目が合うとあきらめたように厨房に入ってきた。
「何すればいいんだ?」 
「ジャガイモ剥いていくから適当な大きさに切ってよ」 
 アイシャに渡されたジャガイモをしばらく眺める要。
「所詮コイツはお姫様だ。下々のすることなど関係が無いんだろ?」 
 挑発的な言葉を発したカウラに一瞥かました後、むきになったように要はジャガイモとの格闘を始めた。
「あまり無茶はしないでね」 
 そう言うとパーラは油を引いた大鍋ににんにくのかけらを放り込んだ。
「誠君、肉とって」 
 手際よく作業を進めるパーラの声にあわせて細切れ肉を手渡す誠。
「良いねえ、アタシはこの時の音と匂いが好きなんだよ」 
 ジャガイモを手で転がしている要。
「要ちゃん、手が止まってるわよ」 
「うるせえ!」 
 アイシャに注意されたのが気に入らないのかそう言うと要はぞんざいにジャガイモを切り始めた。
「西園寺、貴様と言う奴は……」 
「カウラ。それ言ったらおしまいよ」 
 不恰好なジャガイモのかけら。カウラはつい注意する。そしてアイシャが余計なことを言って要ににらみつけられた。
「誠っち!ご飯は?」 
 サラがそう言って巨大な炊飯器の釜に入れた白米を持ってくる。
「ああ、それ僕が研ぎますから」 
 そう言うと誠はサラから釜を受け取って流しにそれを置く。 
「ずいぶんと慣れてるわね」 
「まあ週に一回は回ってきますから。どうって事は無いですよ」 
 そう言いながら器用にコメを研ぐ誠を感心したように見ている要、カウラ、アイシャ。
「じゃあここで水を」 
 パーラはサラに汲ませた水を鍋に注ぎ、コンソメの塊を放り込んだ。
「ジャガイモ、準備終わったぞ」 
「じゃあ今度はにんじんとたまねぎを頼む」 
「おい、カウラ。そのくらいテメエでやれ!」 
「切るのはお前の十八番だろ?」 
「わかったわよ!要ちゃん私がやるから包丁頂戴」 
 仕事の押し付け合いをするカウラと要に呆れたように、要から包丁を奪ったアイシャがまな板の上でにんじんとたまねぎを刻む。
「意外とうまいんですね」 
 確かにアイシャの包丁さばきはカウラや要よりもはるかに手馴れていた。
「そう?時々追い込みの時に夜食とか作るからね」 
「同人誌作りも役に立つ技量が得られるんだな」 
「そうよ、要ちゃん。冬コミの手伝い来てくれる?」 
「誰が!どうせ売り子はアタシ等に押し付けて買いだしツアーに行くくせに」 
 そう言いながら要はアイシャが切り終えた食材をざるに移した。
「いい匂いだな」 
 食堂に来たのは菰田だった。厨房の中を覗き込んで、そこにカウラがいるのを見つけるとすぐさま厨房に入ってくる。
「菰田。テメエ邪魔」 
 近づく彼に鋭く要が言い放った。
「そんな、西園寺さん。別に邪魔はしませんから」 
「ああ、あなたは存在自体が邪魔」 
 そう言うとアイシャは手で菰田を追い払うように動かす。思わず笑いを漏らした誠を、鬼の形相でにらみつける菰田。しかし、相手は要とアイシャである。仕方なく彼はそのまま出て行った。
「あの馬鹿と毎日面を合わせるわけか。こりゃあ誤算だったぜ!」 
 要がカウラを見やる。まな板を洗っていたカウラはいまいちピンと来てない様な顔をした。
「なるほど、もうそんな時間なわけね。誠君、ご飯は」 
「もうセットしましたよ」 
「後は煮えるのを待つだけだね」 
 サラがそう言うと食堂に入ってきた西の姿を捉えた。
「西園寺大尉!」 
 西は慌てていた。呼ばれた要は手を洗い終わると、そのまま厨房をでる。
「慌てんなよ。なんだ?」 
「代引きで荷物が届いてますけど」 
「そうか、ありがとな」 
 そう言って食堂から消える要。
「要ちゃんが代引き?私はよく使うけど」 
「どうせ酒じゃないのか?」 
 カウラはそう言って手にした固形のカレールーを割っている。
「さすがの要さんでもそんな……」 
 言葉を継ぐことを忘れた誠の前に、ウォッカのケースを抱えて入ってくる要の姿があった。
「おい!これがアタシの引っ越し祝いだ」 
 あまりに予想にたがわない要の行動に、カウラと誠は頭を抱えた。

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テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 28

 外国ナンバーのアメリカ製高級乗用車。薄汚れた住宅街の中でその車は一際目立っている。アメリカ大使館陸軍三等武官はあくびをしながら目の前のすすけた遼州同盟保安隊下士官寮を眺めていた。
「おじさん!」 
 不意に窓を叩く野球帽を被った少年を見つけて、彼のあくびも止まった。
「クリタ中尉じゃないですか、脅かさないでくださいよ」 
 運転席の窓を開けて、少年を見た。十歳にも満たないクリタと呼ばれた少年は手にしていたコンビニの袋からアイスクリームを取り出した。
「どうだい、様子は」 
 いたずらっ子の視線と言うものはこう言うものだ。武官はバニラアイスのふたを開けながら少年を見つめていた。
「いつもと変わりはありませんよ。さっき海軍の連中がねぎなどを抱えて入っていきましたから食事中なんじゃないですか?」 
 投げやりにそう答えた。少年は玄関を見つめる。虎縞の猫が門柱の影で退屈そうに周りを見回している。
「クリタ中尉。あなたが来るほどのことは無いと思いますが」 
「そうでもないさ。一度はマコト・シンゼンに挨拶するのが礼儀と言うものだろ?」 
 手にしていたアイスキャンデーが落ちそうになるのを舐め取る少年。
「それなら明日の出勤時刻にでもここにいれば必ず見れますよ」 
 助手席に座っている情報担当事務官が、手にしたチョコレートバーを舐め続けている。
「まあ、急ぐ必要は無いさ。それに今のところ彼等は合衆国の目の届く範囲内にいる。もし動きがあるとすれば『ギルド』が動き出してからだろうね」 
 『ギルド』と言う言葉を聴いて、三等武官は眉をひそめた。
「言いたいことはわかるよ。彼等はおととい襲撃をかけたと言う話じゃないか。しかし、あれは挨拶位のものなんじゃないかな。これまでの『ギルド』の動きは君が予想しているよりもかなり広範囲にわたっている」 
 少年はそう言うと棒についたアイスをかじり始める。
「しかし、本当に存在するのですか?『ギルド』は」 
「そうでなければ嵯峨と言う男は法術と言うジョーカーを切る必要は無かっただろうね」 
 子供だ。武官は思った。状況を楽しんでいる。まるでゲームじゃないか。そんな言葉が難解も頭をよぎる。
「何でそうまで言いきれるのですか?」 
 三等武官の言葉に野球帽の唾をあげて少年は答えた。
「それは僕が嵯峨惟基と同じ存在だからさ」 
 そう言うと、少年はそのまま三等武官の乗る車から離れた。
「とりあえず変化があったら連絡してくれ」 
 悠然と立ち去る少年に畏怖の念を抱きながら、三等武官はその視線を下士官寮へと移した。

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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 27

 脳みそがゆすられるような振動を感じて誠は目を覚ました。
「ようやく起きやがった。この馬鹿」 
 目の前には要の顔がある。誠は飛び上がって周りを見回した。プラモと漫画、それにアニメのポスター。自分の部屋だった。頭は割れるように痛い。そこで自分の部屋に要がいるという事実を再確認して飛び上がる誠。
「西園寺さん、なんで僕の部屋に……」
 突然の誠の反応ににやりと笑った要。 
「もう十時過ぎだぞ。荷物着いたから早く着替えろ」 
 そう言うと要は出て行った。確かに時計を見れば十時を過ぎていたのろのろと誠は起き上がる。
 要、アイシャ、カウラの引越し。要の荷物がほとんど無いのは良いとして、アイシャの荷物は予想がつくだけに恐ろしい。誠はあまさき屋で意識を飛ばしてから、どうやって自分の部屋でジャージに着替えて眠ったのかまったく覚えていなかったが、良くあることなので考えるのをやめた。
 B級特撮映画の仮面戦隊トウリアンのロゴがプリントされたTシャツを着て、ジーパンに足を通す。二日酔いの頭が未だに完全に動いてくれてはいないようで、片足を上げたまま転がる。
「おい!」 
 今度入ってきたのはキムだった。
「何遊んでんだ?早く手伝え!」 
 それだけ言うとまた部屋の扉を閉める。とりあえず誠はベルトを締めて、そのまま部屋を出た。ムッとする熱気。昨日よりも明らかに暑い。誠はそのまま廊下から玄関に向かって歩く。
「西!とりあえず下持て!」 
「キム少尉、無茶ですよ……って神前曹長!手伝ってください!」 
 大きな本棚をもてあましている西が声をかけてくる。誠は仕方なくそちらの方に手を貸した。
「西、もう少し端を持て。キム先輩、大丈夫ですか?」 
「無駄に重いなあ。誰かこっちも一人くらい……」 
 表からやってきたサラが力を貸す。
「じゃあ行きますよ!」 
 そう言うとキムの誘導で本棚は廊下の角に沿って曲がりながら進む。
「キム先輩。島田先輩はどうしたんですか?」 
「島田は今日は昨日のお客さん達のM10の受領に関する打ち合わせだ。それに菰田と愉快な仲間達はシンの旦那から説教されるって話だ。……とりあえずここで良いや」
 アイシャの部屋の前でとりあえず四人は一休みした。
「はいはい!ありがとうね。それじゃあ本棚は私達がやるから中身の方お願いね」 
 部屋から現れたアイシャとパーラが横に置かれた本棚に手をやる。
「じゃあ行くぞ」 
 キムの一声で誠と西はその後に続いた。サラはパーラに引っ張られてアイシャの部屋に消えた。玄関まで下りた彼等の前にカウラが大きなダンボールを抱えている姿が目に入る。
「カウラさん持ちますよ」 
 そう言って誠はカウラに走り寄る。
「良いのか?任せて」 
「大丈夫です!これくらい、良いトレーニングですよ」 
 そう言って笑う誠。
「そうか、カウラのは持つんだな」 
 誠は恐る恐るカウラの後ろを見た。同じようにダンボール箱を抱えた要がいた。
「いいぜ、どうせアタシは機械人間だからな。テメエ等生身の奴とは、勝手が違うだろうしな」 
 そう言いながら立ち尽くす誠とカウラの脇を抜けて寮の廊下に消えていく要。
「あの……」 
 そう言って後を追おうとした誠の肩をカウラがつかんだ。
「誠……」 
 カウラの手にいつもと違う力がこもっているのを感じて誠は振り返った。
「カウラさん」 
「実は……このところ貴様と要を見てて変な感じがしたんだ」 
 段ボール箱を持ってアイシャの部屋とは反対にある食堂に向かって歩き出すカウラ。誠は黙ってその後に続いた。
「貴様と要が一緒にいるところを見たくないんだ」 
 誰もいない食堂のテーブル。その上にダンボール箱を静かに置いた。
「あの人は僕とは住む世界が違いますよ」 
 誠はそう言って、自分の中で何が起こるか試してみた。華麗な上流階級に対する羨望は無かった。かと言って嫉妬と策謀に生きなければならなかった政治家の娘と言う立場への同情も誠には無縁だった。どちらも誠にとってはどうでも良いことだった。ましてや非人道的任務についていた、そこで血塗られた日々を過ごしたと言う過去など、この部隊の面々の中ではちょっとした個性くらいのものだった。
「住む世界か。便利な言葉だな」 
 カウラはそう言うと口元に軽い笑みを浮かべた。彼女は何も言わずに誠の前に立っている。誠も何も言えなかった。
「不思議だな」 
 沈黙に耐えかねたカウラがそう切り出した。
「何がですか?」 
「……いや、なんでもない。アイシャがうるさいから作業に入るぞ」 
 そう言ってダンボールを運ぼうとするカウラの口元に笑みがこぼれていた。誠はそのダンボール箱の反対側を抱えた。二人でそのまま食堂を出て、アイシャの私室に向かう。
「何やってたんですか?ベルガー大尉」 
 机をエダと一緒に廊下で抱えているキムがそう尋ねてくる。
「別に、なんでもない」 
 そう言うとカウラはそのまま荷物をアイシャの部屋へと運ぶ。キムはどうでもいい事だと割り切ったようにそのまま机を運び込む。
「ダンボールはそこ置いといて!それと机は横にすれば入るでしょ!」 
 自分の部屋の前で荷物を仕切っているアイシャ。
「それにしてもどれだけ漫画持ち込むんだよ」 
 要が自分の運んできたダンボール箱を開けながらそう尋ねる。
「たいしたことないじゃないの。これは選びに選んだ手元に無いと困る漫画だけよ。あとは全部トランクルームに保存するんだから」 
 あっさりとそう言ってのけるアイシャに、頭を抱える要。カウラは笑顔を浮かべながら二人を眺めている。
「すいません!クラウゼ少佐。机どこに置けば良いんですか?」 
 部屋に入った机を抱えてキムが叫んでいた。
「その本棚の隣!ちょっと待ってね!」 
 そう言うとアイシャは自室に入る。
「アイシャ残りのおもちゃの類はお前が運ぶのか?」 
「ええ、アレは壊れると泣くからいいわよ。特に要は見るのも禁止!」 
 要は手をかざしてそのまま喫煙所に向かって歩いた。最後のダンボール箱を抱えて歩いてきた西が、ダンボール箱の山をさらに高くと積み上げる。
「西園寺さん!」 
 誠は振り向きもせず喫煙所に着いた要に声をかけた。
「どうした?」 
 そのままソファーに腰を下ろしてタバコを取り出す要。いつもと特に変わりのない彼女になぜか誠は安心していた。
「お前は良いのか?」 
 不意の言葉に誠は振り返る。エメラルドグリーンの流れるような髪をかきあげるカウラの姿があった。要の顔が一瞬曇ったように誠には見えた。
「なんでオメエがいるんだよ。カウラ」 
 そう吐き捨てるように言うと要はタバコに火を点す。そのまま大きく息を飲み込み、天井に向けて煙を吐いた。
「私がいるとまずいことでもあるのか?」 
 そんな要の態度に苛立ちながらカウラが要の前に立った。
「ああ、目障りだね」 
 そう言いながらまたタバコを口にくわえる。
「あの、良いですか?」 
 にらみ合う二人に声をかけたのはレベッカだった。後ろにはロナルド、岡部、フェデロが立っていた。
「何だよ。タバコを止めろとか言うのは止めとけよ」 
「違います。これをもってくるように言われたので」 
 そう言ってレベッカがスーパーのレジ袋を差し出した。とりあえず誠がそれを受け取って中身を見る。
 手打ちそばが入っていた。よく見ればロナルドがねぎを、岡部がめんつゆを持っている。
「隊長にこれをみんなで食えって渡されたんだが。あの人は一体、何しに本部まで来てるんだ?」 
 ロナルドがカウラの方に目をやる。
「昨日言ってた引越しそばだな。誠、パーラを呼んでくれないか」 
 カウラの言葉に誠はそのままアイシャの部屋の前に向かった。キムをはじめ、手伝っていた面々はダンボールから漫画を取り出して読んでいた。
「パーラさんいますか?」 
「何?」 
 部屋の中からパーラが顔を出す。当然、彼女の手にも少女マンガが握られていた。
「なんか隊長がそば打ったってことで、レベッカさん達が来てるんですけど」
 すぐに大きなため息をつくパーラ。 
「隊長はこういうことだけはきっちりしてるからね。アイシャ!後は自分でやってよ」 
 そう言うと漫画をダンボールに戻してパーラは立ち上がった。
「エダ、サラ、それに西君。ちょっとそば茹でるの手伝ってよ」 
 パーラの言葉に漫画を読みふけっていたサラ達は重い腰を上げた。パーラは一路、食堂へと向かった。
「シンプソン中尉!それにスミス大尉。こっちです」 
 喫煙所前でたむろしていたロナルド達に声をかけると、パーラはそのまま食堂へ向かった。
「そばか、いいねえ」 
 タバコを吸い終えた要がいる。
「手伝うことも有るかも知れないな」 
 そう言うとカウラは食堂へ向かう。
「何言ってんだか。どうせ邪魔にされるのが落ちだぜ」 
 要はあざ笑うようにそう言うとそのまま自分の部屋へと帰っていった。誠は取り残されるのも嫌なので、そのまま厨房に入った。
「パーラさん。こっちの大鍋の方が良いんじゃないですか?」 
 奥の戸棚を漁っている西の高い音程の叫び声が響く。
「しかし良い所じゃないか。本部から近いしこうして食事まで出る」 
「建物はぼろいですけどね」 
 ロナルドに声をかけられて、誠は本音を漏らした。カウラがきつい視線を送ってくるのを感じて、誠はそのまま厨房に入った。
「誠君。ざるってある?」 
「無いですね。それに海苔の買い置きって味付けしか無いですよ」 
 誠は食器棚を漁っているパーラに答えた。
「わさびはあるわ。それにミョウガも昨日とって来たのがあるわよ」 
「グリファン少尉。あんまりそばの薬味にはミョウガを使わないと思うんですけど」 
「冗談よ!」 
 西に突っ込まれて、サラは微妙な表情をしながら冷蔵庫から冷えた水を取り出した。
「まだ早いわよ。じゃあ金ざるで代用するから。あと誠君は手伝うつもりが無かったら外で待っててくれない?」 
 大なべに火をつけるパーラ。その剣幕に追われて誠は食堂に追い出された。
「追い出されたのか?」 
 喫煙所でタバコを吸うわけでもなくロナルドが笑っていた。岡部もフェデロも微笑みながら誠を見ている。
「そう言えばお三方は明石中佐から何か言われませんでしたか?」 
「それならコイツが絡まれてたな」 
 フェデロが親指で岡部を指す。
「一応、俺は西相模工大付属で神奈川県大会決勝まで行ったからな。そのときの資料とか見せられたよ。あの人も相当な野球馬鹿だね」 
 岡部の言葉に感心するカウラ。そして聞き飽きたと言うように窓に視線を飛ばすロナルド。
「ちなみにポジションは?」 
「ピッチャーですよ。まあ海軍士官学校ではアメフトやらされていたのでかなり勘は鈍ってると思いますけど。明石さんは外野と控えのキャッチャーを頼みたいって言われました」 
 そう言うとレベッカから冷えた水を受け取った。
「そう言えばヨハンが控えのキャッチャーだが、あいつはよくパスボールをするからな」 
「さらに肩もあんまり強くないですしね」 
 誠はカウラの言葉を補うように言うと、岡部は興味深げに笑った。
「しかし、実業団リーグに加入してるのは西東都では何チームぐらい有るんですか?」 
 岡部はそのまま視線をカウラに向けた。
「50チーム前後くらいだな。中でも菱川重工豊川が群を抜いて強い。他にも熊笹運輸、西東都建設、豊川市役所、ミリオン精工あたりが有力チームと言った所か」 
「豊川市役所は東都理科大でバッテリーを組んでた佐々岡がいますからね」 
 誠は思い出していた。
『バッテリーだけは一部リーグでも通用する』 
 それが東都理科大野球部の売り台詞だった。誠の得意球である縦の高速スライダーを見極める佐々岡がいたから、そして彼の長打力が弱小チームを常勝集団と変えることになったあの頃。誠と佐々岡のバッテリーは、東都下部リーグの試合だと言うのに数多くのスカウトが目を光らせる試合となった。だが三年の冬に、誠は練習中に肩を壊した。それ以来スカウトはぱたりと来なくなった。
 手術の後、リハビリをしようとしない誠に愛想を尽かしたように公務員試験に専念すると言って、佐々岡も野球部を去った。その佐々岡は今では豊川市役所野球部の正捕手の座についていた。春の地区大会では準決勝でドラフト即戦力が居並ぶ菱川重工豊川投手陣から三安打を放ち、プロのスカウトの隠し球の一人として注目されていたが、誠が聞いた限りではプロに行くつもりは無いと言うことだった。
 黙って話を聞いていたロナルドが口を開く。
「俺も聞いたことがあるぜ。レイズの四番の久慈がいたのが菱川重工豊川だろ?他には日本、台湾、朝鮮のプロリーグにも選手出してるんじゃないのか?」 
「千葉の横田投手、台北の北川遊撃手、プサンの福島捕手ですか。意外にスミスさんも詳しいじゃないですか」 
「まあ岡部の買った雑誌をちょこっと読んでね。こいつこう見えて結構まめでね。ちゃんと注目選手には蛍光ペンでライン引いてるんだもんな」 
 ロナルドにそう言われて照れ隠しに岡部はコップの水を飲み干した。
「盛り上がってるねえ」 
 そう言って再び喫煙所に顔をだす要。露骨に不機嫌そうな顔になるカウラを無視してそのまま誠の隣のパイプ椅子に座った。
「一応、アタシが監督だ。確かに外野と控えのキャッチャーがいないんでな。チーム力はそれなりだな。岡部、肩は自慢できるんだろ?」 
 挑発的に流し目を送る要に、岡部は低い笑い声を立てた。
「まあ見ててくださいよ。正捕手の座を取りに行きますから」 
「いいねえ、強気で。誠。こんくらいの勢いがねえとこの商売やっていけねえぞ」 
 食堂から水を運んできたレベッカからコップを受け取ってゆっくりと飲み干す要。
「確かにメンタルの弱さは克服すべき課題だな。あらゆる意味においてな」 
 要に対抗するように、机に置かれていた水を飲み干すカウラ。そんな二人を心配そうに見守るレベッカがいた。
「漫画研究会もあるって聞いたんですけど……」 
「いよいよ私の出番かしら!」 
 紺色のシャツの袖をまくって現れるアイシャ。
「来たよ、ややこしい奴が」 
 要の吐き捨てた言葉を無視して悠々と喫煙所のソファーに腰掛ける。
「レベッカさん、歓迎しますよ。誠君は絵師でもあるんだから、後で私が原作の漫画を読ませてあげるわね」 
 満面の笑みのアイシャに少し公開したような愛想笑いを浮かべるレベッカ。
「止めといた方が良いぞ。コイツは脳みそ腐ってるから」 
「そう言う要ちゃんだって、昨日、レベッカちゃんの胸揉んでたじゃないの」 
「レベルの低い言い争いは止めろ。頭が痛くなる」 
 誠がどう声をかけようか迷っているところに中華なべをおたまで叩く音が食堂に響き渡った。
「はい!茹で上がりましたよ!」 
 パーラの一声でとりあえず悶着は起きずに済んでほっとする誠。一同は食堂に向かった。西とエダ、そしてこちらの喧騒にかかわらないように厨房に侵入していたキムが、手にそばの入った金属製のざるにそばを入れたものを運んできた。
「はい!めんつゆですよ!ねぎはたくさんありますから、好きなだけ入れてくださいね!」 
 サラはそう言いながらつゆを配っていく。
「サラ!アタシは濃いのにしてくれよ」 
「そんなことばかり言ってるから気が短いんじゃないのか?」 
 再びにらみ合う要とカウラ。誠は呆れながら渡された箸を配って回った。
「じゃあ食うぞ!」 
 そう叫んだ要は大量のチューブ入りのわさびをつゆに落とす。
「大丈夫なんですか?」 
「なんだよ、絡むじゃねえか。このくらいわさびを入れて、ねぎは当然多め。それをゆっくりとかき混ぜて……」 
「薀蓄は良い。それにそんなに薬味を入れたらそばの香が消える」 
 そう言うとカウラは静かに一掴みのそばを取った。そのまま軽く薬味を入れていないつゆにつけてすすりこむ。
「そう言えばカウラそば通だもんね。休みの日はほとんど手打ちそばめぐりに使ってるって話だけど」 
 ざるの中のそばに手を伸ばすアイシャ。その言葉に誠はカウラの顔に視線を移した。
「好きなものは仕方が無いだろ。それに娯楽としては非常に効率が良い」 
 再びそばに手を伸ばす。そして今度も少しつゆをつけただけですばやく飲み込む。
「なるほど、良い食べっぷりですねえ」 
 岡部も同じような食べ方をしていた。
「そういやネイビーの旦那達。隣の公団住宅の駐車場に止まっている外ナンバーはアンタ等の連れか?」 
 いつもの挑戦的な視線をタレ目に漂わせながら要がロナルドを見据える。
「俺も見たがあれは陸軍の連中だな」 
 それだけ言うとロナルドは器用に少ない量のそばを取るとひたひたとつゆにくぐらせる。
「功名合戦か。迷惑な話だな」 
「まあ、そんな所じゃないですか。あの連中は隊長には深い遺恨があるから」 
 ロナルドがそう言うとつゆのしみこんだそばを口に放り込んだ。法術、その研究においてアメリカ陸軍が多くの情報を開示した事は世界に大きな衝撃を呼び起こした。存在を否定し、情報を操作してまで隠し続けていたその研究は、適正者の数で圧倒している遼州星系各国のそれと比べてはるかに進んでいた。そして明言こそしなかったものの、アメリカ陸軍はその種の戦争状況に対応するマニュアルを持ち、そのマニュアルの元に行動する特殊部隊を保持していることがささやかれた。
 そんなことを思い出している隊員達に見つめられながら静かにそばをすすっているロナルド。
「どうせ神前曹長の監視だろう。ご苦労なことだ」 
 同じざるからそばを取っているフェデロが、一度に大量のそばを持っていく。ロナルドは思わずそれを見て眼を飛ばしてけん制しながら箸を進める。
「どうも今日はそれだけではないらしいがな」 
 そうつぶやきながら要はそばをすすった。

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