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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 35

「なにぼんやり外なんて見て。センチメンタルになる年でもないだろ?」 
 一枚、クリスの顔写真を撮るとハワードはそう言ってクリスを茶化した。
「俺もそうは思うんだがね。こうして時代が変わって……」 
 突然呼び鈴が鳴った。
「アタシが出ようか?」 
 そう言ったシャムをハワードが押しとどめた。ニヤニヤと笑うハワードの顔に一撃見舞いたい気分になりながらクリスは立ち上がった。そしてそのままドアに手をかけて振り向く。ハワードに釣られてシャムもなにやらニヤニヤと笑っている。
 もうドアの外で待つ人が誰なのかクリスにも想像がついた。
「あっ、あの」 
 少佐の階級章をつけたキーラがそこに立っていた。白い髪は以前より長く、肩まで届いてぬるい廊下の風になびいていた。
「久しぶりだね」 
 そう言ったクリスだが、振り向けばハワードがなにやらシャムにささやいている。遼南内戦の取材を終えたあの日から、クリスは毎日キーラにメールを送るのが日課になっていた。彼女のメールの言葉には不条理な暴力が支配する戦場の掟が書かれていた。死んだ仲間、投降する敵兵、そして不足する物資。そしてクリスは遼州の政治家や活動家を訪ねる取材を続けながら彼女からのメールを待っていた。
 今、そのキーラが目の前にいる。
「まあ、入ってくれ。あまり良い部屋とは言えないがね」 
 そう言ったクリス。うつむき加減のキーラがそのまま部屋に入る。それだけで楽しいとでも言うようにシャムは笑顔を浮かべながらハワードに何かをささやいている。
「そう言えばシャムちゃんも久しぶりね」 
 会いたいと言う思いが実現したと言うのにクリスもキーラも言葉を切り出せないでいた。
「ああ、そうだ。俺達は吉田少佐に呼ばれてるんだよな。シャム、お前も来いよ」 
「なんで?」 
 ハワードに腕を引っ張られながらシャムが抵抗する。だが、小さなシャムはそのままハワードにひきづられて行く。
 ドアが閉まると同時に、クリスはキーラを抱きしめていた。
「返しに来たの……これ」 
 そう言うとキーラは胸元にクリスから預かったロザリオを見せた。
「ありがとう。実はお願いがあるんだ」 
 クリスはゆっくりとキーラを離すと静かにそう口にした。髪を掻きあげながらクリスを見つめるキーラが軽く頷く。
「それをもらって欲しいんだ」 
 その言葉に一瞬キーラが戸惑った表情を浮かべる。
「君も仕事があるのは分かっているよ。しばらくまだ遼南は荒れる。いろいろとすることもあるだろうし、君の手がこの国に必要なのはよくわかる。だから約束の……結婚の約束のつもりにそれを預かっていてもらいたいんだ」 
 そう言い切ったクリスの瞳をキーラの赤い瞳は見つめていた。
「本当にいいの?私で」 
 キーラの言葉に頷くクリス。そして二人の顔は自然と近くなった。強く、抱きしめたキーラの体の温度を感じながらクリスはキーラの唇を味わった。一瞬、だがそれは永遠にも思える時間。クリスとキーラの心は一つだった。
 そう、それは一瞬だった。
「おいっす!……あっ失礼しましたねえ……」 
「嵯峨……陛下!」 
 ドアから堂々と入ってきて、二人を見つめて帰ろうとするのは着流し姿の嵯峨の姿だった。
「なんで……ここに?」 
 クリスは一瞬キーラと見つめあった後、静かに彼女を手放した。
「おい、吉田!聞いてねえぞ!俺が野暮天になっちまったじゃねえか!」 
 隣の窓に向かって怒鳴る嵯峨。そしてそこからはなぜか壁を登ってきた吉田が顔を覗かせる。
「いやねえ、こう言うの見るとつい邪魔したくなるのが人情でしょ?」 
 吉田は悪びれることも泣く、部屋の窓の鍵を外から綺麗に開けて中に入ってきた。
「おい、そりゃどこの人情って。お前等もなあ、先にこう言う雰囲気なら一言なあ……」 
 嵯峨の後ろからは出かけたはずのハワードとシャム。それに遼北に帰ったはずの明華、今は東和でフリーライターをしている楠木、そしてニヤニヤと下品な笑顔を浮かべるレムがいた。
「君達もしかして……」 
 そう言うクリスを後目に吉田はそのままベッドの横の植木鉢に手を突っ込むと小さなマイクを発見する。
「誰だ?こんなの仕込んだの……」 
 吉田の問いに手を上げるレム。
「なんだかなあ……」 
 天を見上げるクリス、隣には笑うキーラの幸せそうな顔があった。

 翌日、嵯峨惟基はクーデターに関する詳細を発表。同時に、東和・遼北・西モスレム・ゲルパルト・大麗の大使を臨時首脳府に招聘、政権の正当性を伝えた。
 各大使はそろってこれに支持の意向を示した。
 これによりムジャンタ王朝は後遼王朝として成立することとなった。


                                     了

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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 34

 散発的な銃声が響く北兼台地南部基地にクリスとシャムは降り立った。ムッとした南からの暖かく湿った風が二人の頬を撫でる。
「まだ続いているんだね、戦いは」 
 コックピットを開いて流れ込んでくる熱風に黒い民族衣装を翻すシャム。クリスは基地の中央で両手を頭の後ろに当ててひれ伏し、東モスレム三派の兵士に銃を向けられている共和軍の兵士達を眺めていた。
「手でも貸しましょうか?」 
 クロームナイトの足元で、タバコをくわえた嵯峨と、書類に目を通している隼の姿を見つけたクリスは首を振ってそのままシャムの後ろをついて機体を降りようとした。
「危ない!」 
 白い機体の腕から落ちそうになったシャムを書類を投げ捨てて支える伊藤。
「慌てても何にもならないぜ」 
 そう言って笑う嵯峨。
「まもなく我々の陸上部隊も到着します。今のところ組織的な抵抗は受けていませんよ」 
 伊藤はそう言うと散らかした書類を拾い始める。その姿を見て、三派の兵士達も飛んできた書類に集まってきた。
「エスコバルの旦那が死んだんだ。奴等も抵抗が無意味なことぐらいわかっているだろうにな」 
 タバコを投げ捨ててもみ消した嵯峨。その視線の先には炎上する町並みが見えた。ただ漫然と見つめる嵯峨。それをいぶかしむように伊藤は悲しげな表情でそれを見つめていた。
「そう簡単に戦争は終わるものじゃありませんよ。戦争は簡単に始まるが、終えるのにはそれなりの努力が必要になる」 
 クリスの言葉に振り返る嵯峨。一瞬、威圧的な色がその瞳に浮かんだが、すぐにそれはいつもの濁った瞳に変わった。
「確かにそうですねえ。あいつ等は三派に降伏したらイスラム教徒以外は殺されると吹き込まれているみたいですしね。そして俺達は単なる無頼の輩で人殺しを楽しみにしていると思ってるんだから……」 
 そう言いながら伊藤の方に目を向ける嵯峨。伊藤は自分の腕の政治将校を示すエンブレムを見て首をすくめた。
「隊長!」 
 ようやくたどり着いた二式を降りたセニアと御子神が駆けつけてきた。後ろからうなだれてくるレムとその肩を叩きながら声をかけるルーラ。
「飯岡は?」 
 その嵯峨の言葉に視線を落とすセニア。
「戦死しました。コックピットに直撃弾を受けましたから即死でしょう」 
 御子神の言葉に、嵯峨はそのままタバコを手に取った。
「何度聞いても慣れないな、戦死報告って奴は」 
 クリスはそのままうつむいて本部の建物に向かう指揮官に声をかけることができなかった。
 そのまま伊藤に案内されて嵯峨は基地の司令室に向かった。そんな三人を襲う死臭。クリスにもその原因はわかっていた。基地の一角を掘り起こしている三派の兵士は疫病予防のためにガスマスクを装着していた。
「ゲリラ狩りの被害者ですか」 
 思わずハンカチで口を押さえながらクリスが先を急ぐ嵯峨に尋ねた。
「まあそんなところでしょう。私も昔やりましたから」 
 そう言う嵯峨の目は笑ってはいなかった。クリスも笑えなかった。胡州軍の組織的ゲリラ討伐戦のプロ『人斬り新三』。嵯峨がその異名を持つことになったこともクリスは知っていた。階下から匂う死臭にハンカチで手を押さえながらそのまま司令部のドアを開いた。
 涼しい空調の効いた部屋にたどり着いて、ようやく三人は忌まわしい匂いから解放された。モニターはほとんどが銃で破壊され、処分が間に合わなかった書類の束が床に散乱している。それを抜けて嵯峨は先頭を切って階段をのぼる。時々、ターバンを巻いた三派の将校が嵯峨の襟の階級章を見て敬礼する。
 そのまま二階の廊下を突き当たり、歩哨の立っている司令室にたどり着く。
「嵯峨中佐ですね」 
 そう言うと浅黒い肌の歩哨が軽く扉をノックした。
「どうぞ!」 
 中で大声が響いた。嵯峨はためらうことなく扉を開いた。室内には窓から庭を見下ろしているグレーの髪の将官が立っていた。
「嵯峨惟基中佐、到着しました!」 
 直立不動の姿勢をとった嵯峨が敬礼をする。三派の指揮官と思しき男が振り返るのをクリスは眺めていた。東アジア系の顔立ちだが、クリスには髭が無いところから仏教徒か在地神信仰の遼州人か分からなかった。その眉間によせられた皺がその男の強靭な意志を示していた。
「東宮がそう簡単に臣下に敬礼などするものではありませんよ」 
 穏やかにそう言った男の顔眺めて、クリスはその人物のことを思い出した。
 花山院康永(かざんいんやすなが)中将。遼州東部の軍閥の首魁、花山院直永の腹違いの弟。そして嵯峨の実の弟に当たるムジャンタ・バスバ親王の忠臣として知られる猛将が穏やかに嵯峨を眺めていた。そしてその親王ムジャンタ・バスバを手にかけたのが嵯峨であることも誰もが知るところだった。
「なあに、今の俺はただの遼南人民軍の指揮官ですよ。さらに加えて言えば党のおぼえはきわめて悪い」
 そう言いながら隣の隼を見つめる嵯峨。伊藤は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「その主席が亡くなられたそうじゃないですか」 
 そう言う花山院の言葉にクリスは目をむいて青年指揮官を見た。嵯峨の表情には変化は無かった。隣の伊藤も動じる気配が無かった。
「その顔は知っていたとでも言うようですね。もしかして暗殺……」 
 花山院はそこまで言って言葉を飲み込んだ。嵯峨は腰の軍刀に手を伸ばしている。
「下手な推測はしないほうがいい。そう思いませんか?」 
 そう言うとにんまりと嵯峨は笑った。
「そう言うなら私は何も言わないことにしましょう。我々はこの基地を引き渡した後、再び東モスレム領内に後退する予定ですが、後退のルートはこちらの設定した順路でよろしいですか?」 
「こちらで指定できることではないんじゃないですか?現状としてアメリカを中心とした親共和軍勢力の多国籍軍の背後を取っている以上、いつ彼らの総攻撃を受けるかもわからないですから。最良の策をとるのが指揮官の仕事じゃないですか」 
 そう言うと嵯峨はポケットに手を伸ばした。花山院は机の上の灰皿を差し出した。それを受け取った嵯峨はタバコに火をつけてくつろぐ。
「それと残念なことですが、捕虜は引き渡していただきますよ」 
 タバコをくゆらす嵯峨の隣に立つ伊藤の言葉に花山院は顔をしかめた。
「そう言う顔をなさる気持ちもわかります。捕虜の共和軍兵士はおそらく懲罰大隊に編入されて督戦隊の射撃標的になるんでしょうから」 
 そう言う伊藤の言葉を飲み込んだと言うように頷きながら聞いた花山院は今度は嵯峨の顔を見た。
「うちはただでさえ上の評判が芳しくないですからね。残念だが」 
 花山院は今度はクリスを見つめてきた。ただ力の無い笑みを浮かべるクリスを見たところで花山院は机を激しく叩いた。
「彼らが何をしたと言うんですか!同じ遼南の民が何で!」 
 誰もが同じ思いだった。そしてそれがどうしようもないことであると言うことも皆がわかっていることだった。
「まあ気持ちも分かりますが……情報ついでに、現在共和軍の三個軍団が降伏を打診してきていましてね」 
 タバコの煙を吐き出す嵯峨。
「三個軍団!十万以上の兵力じゃないですか!あなた方は……」 
「まあうちは千人いないんでね。遼南軍ですから、飯がまずいとかうどんがかつお出汁だとか噂を流せば脱走してくれるんじゃないですか?」 
 そう言って笑う嵯峨。クリスも半分呆れながらその顔を見ていた。
「それでは後は任せましたよ」 
 そう言って逃げるように部屋を出て行く花山院。
「さてと」 
 そう言いながら司令室の椅子に身を沈める嵯峨。
「捕虜の武装解除は進んでるかねえ……」 
 端末を操作する嵯峨を呆れながら見つめるクリス。
「なんでそんなに余裕があるんですか?十万の捕虜を確保するなんて……」 
「ああ、無理ですね。まあ俺も予想はしてたので小麦粉の買占めと製麺工場の確保はしているんですけどね」 
 クリスの言葉にすぐに答えた嵯峨。
「俺が胡州軍の将校だったら穴を掘らせて機関銃でなぎ倒して片付けますがそうはいかないんでね。とりあえずうどんとそれを茹でる水の確保には気をつけますが」 
 そう言ってにやりと笑う嵯峨。確かにこの男が胡州軍の憲兵隊長ならばそれぐらいのことは平然とやるだろうとクリスにも想像できた。そして遼南軍の伝説を思い出した。彼等はいつもうどんを食べる。それがアフリカの砂漠や大麗のコロニー外の真空であろうが彼等は水をふんだんに使ってうどんを茹でる。もしその水がなければすぐに脱走を始めるのが遼南軍である。そんなことを考えているクリスをぼんやりと見つめる嵯峨。
「だが、俺は一応北兼軍閥の首魁と言うことで名が通ってる。それに近くに米軍等の地球勢力の大部隊が展開中なんでね、降伏部隊の掃討なんかをすれば米帝は撤兵を視野に遼北と交渉しているテーブルを蹴るのは間違いない」 
 嵯峨の不気味な笑みにクリスの目はひきつけられる。
「まあこれで北兼台地の制圧には時間がかかることになりそうだな」 
 頭を掻きながら嵯峨は端末に映っている白旗を掲げた共和軍基地の映像を眺めていた。
「まあじっくりとやりましょう。楠木さん達も動いているんじゃないですか?」 
 伊藤の言葉に嵯峨は眉をひそめる。
「あいつも胡州軍気質が抜けない奴だからな。指揮官を二三発ぶん殴るくらいはやるかも知れねえな」 
 慣れた手つきで葉巻の吸いがらが散らばる大き目のガラスの灰皿を取り上げてタバコの火を消す嵯峨。
「まあ手綱は締めとくさ」 
 はっきりとそう言うと嵯峨は再び取り出したタバコに火をつけた。
「それでは降伏部隊の……」 
 そう言って部屋を出ようとした伊藤だが、その正面には先ほど部屋を出たばかりの花山院が戻ってきていた。
「どう言うことだ!」 
 そう言って花山院は机を叩く。ただ呆然と嵯峨はその顔を見つめていた。
「そんな怒鳴られてもなにがなんだか……」 
「降伏した共和軍の河北師団が我々が迂回した米軍の通信基地を北兼軍の指示と言って攻撃したんだよ!」 
 唾を飛ばしながら怒鳴り散らす花山院。
「それで?」 
 まるで表情を変えることなく嵯峨はつぶやいた。
「守備兵力は50人前後だ。攻撃したのは一個師団1万五千だそうだ。それがわずかな兵の制圧射撃を浴びて攻撃部隊は驚いて壊走、我々の後方予備部隊を巻き込んで戦線が混乱している。それに乗じてアメリカ軍の部隊が逆侵攻を開始したそうだ!」 
 空気が一気に緊張した。クリスも伊藤の顔色が青ざめていくのがわかる。だが、嵯峨は達観したようにタバコをつまんでいた左手を灰皿に押し付けた。
「ようは降伏部隊に焼きを入れろってことですか?」 
 不敵な笑いを浮かべて立ち上がる嵯峨。
「ホプキンスさん。ちょっと用事ができましたんで……。そう言えば明日には西モスレムに発たれるんでしたよね」 
 そう言いながら嵯峨は人民軍の軍服の襟を直して見せる。
「はあ」 
 そう返事をするクリスに嵯峨はにやりと笑って見せた。
「まあ何とかしますよ。三派の人達には無事に東モスレムに帰ってもらいます。伊藤!そう言うわけでしばらくは留守にするから。楠木にはこう言う事態を予想して話はつけてある」 
 そう言うと嵯峨は立ち上がった。
「出撃ですか?」 
 そう言うクリスに情けないような笑みを浮かべる嵯峨。
「俺の馬車馬を見たらアメちゃんも少しはおとなしくなるでしょうからね」 
 そう言うと嵯峨は真っ赤に顔を染めている花山院の肩を叩いて司令室を出て行った。
「まったく……だから遼南の軍隊はうどんを茹でるしか能が無いって言われるんだよね」 
 そう独り言を言う伊藤。
「ああ、すいませんねえ。それじゃあまもなく後続の部隊も到着するでしょうから」 
 そう言うと伊藤は司令室からクリスを連れ出した。
「しかし、こんなに降伏部隊を受け入れる余裕はあるんですか?」 
 思わず質問したクリスに隼は首を振った。
「無理ですね。しばらくは進軍どころか補給の確保で精一杯でしょう。どうにか物資の空輸を東和に許してもらうのができるかどうかというところですが」 
 クリスは廊下から外を見た。捕虜になった共和軍の兵士に東モスレム三派の兵士達がパンを配っているのが見えた。
「パンで満足しますかねえ」 
 そう言って引きつった笑いを浮かべる伊藤。中庭の捕虜達を眺めている二人の隣に黒い棍棒のような腕があった。
「やあ、無事みたいだな」 
 ハワードはそう言うと一緒になって庭の捕虜達に目を降ろした。
「ここから南は大変らしいじゃないか。まあゲリラの方が強いから逃亡する共和軍の兵士も無茶はしないだろうがな」 
 そう言って窓を開けたハワードが庭の捕虜達をカメラに納める。捕虜達ははじめは何が起きたのかわからないと言う顔をしていたが、それがカメラと知ると笑顔で手を振り始めた。
「あーあ。同じ遼南人としては恥ずかしいですねえ」 
「ああ、まあ遼南でも北都と央都じゃあ気質が違いますから」 
 そう言って肩を叩くクリスに隼は死んだような目をしてつぶやいた。
「私は先祖代々央都の育ちですよ。大学に行く時に北都物理大に入っただけですから」 
 そう言う言葉にクリスは笑うしかなかった。
「まあ仕方ないですね。それとハワードさん。三派の兵士が居る間は自重して下さいよ。彼らとの関係は実にデリケートなものですから」 
 そう言うと捕虜から目を離して、伊藤は廊下を歩き始めた。先ほどまで目立っていた黄土色の三派の軍服を着た兵士の姿が消え、緑色の人民軍の兵士が荷物を抱えて三人の横を通り過ぎていく。
「これからが大変そうですねえ」 
 伊藤はそう言うとクリス達を階下へ降りる階段へと導いた。
「伊藤中尉!」 
 一階の踊り場でたむろしている女性兵士に声をかけられた伊藤。そこにはセニア達が自動販売機でコーヒーを買ってくつろいでいた。彼等の中から御子神が缶コーヒーを三つ持って近づいてくる。
「大変だそうじゃないですか、南部は」 
 そう言う御子神の表情はセニアやレム達と違って悲壮感に満ちていた。
「そう言えば御子神さんも央都の出身だったね」 
 コーヒーを受け取った隼はすぐさまプルタブを開けてコーヒーを飲み始めた。
「特に信念を持たない兵士の圧力に屈したんでしょうね。彼らにとっては支配者が誰であろうが変わりないですし。力の恐怖に怯える政府と密告の危険に震える政府。どっちであろうと生きていることがその恐怖に耐え忍ぶ前提条件ですから」 
 そう言う御子神にクリスは驚いた。
「御子神さん。あなたも学生運動家出身と聞いていたんですけど……」 
 クリスの言葉に一瞬戸惑ったような顔をしていた御子神だが、一口コーヒーを口に含むと話し始めた。
「確かにそうですよ。いつか時代を変えられる、そう思っていましたから。でも現実はそれほど甘くないのを知るのには三年と言う時間は十分すぎますね。なんなら隣の北都山脈を越えている人民軍の部隊を取材に行ったらどうですか?」 
 そう言うと引きつった笑いを浮かべる御子神。
「手段を目的と勘違いしている連中だ。何を言おうが無駄なんだよ」 
 宥めるようにセニアが言った。一瞬で空気が重く滞留することになる。
「それじゃあやはり降伏した部隊は北兼の本隊に引き渡されるんですか?」 
 そう尋ねたがパイロットの表情は変わらなかった。クリスは悟った。降伏した共和軍の兵士達に与えられる試練。武装解除された彼等は人民軍中央軍団に送られる。そこで脱走兵や他の降伏した部隊と一緒に遼南中央縦貫鉄道の貨車に詰め込まれる。送られる先は最前線。手榴弾を二、三個渡された彼等は督戦隊の掃射を受けながら共和軍との交戦している人民軍正規部隊の最前線に回される。地雷や共和軍の掃射を避けて立ち止まれば督戦隊の砲火に倒れ、突撃すれば共和軍の弾幕に挽肉にされる。
 クリスもパイロット達も彼らの運命を変えることができない自分を恥じていた。
「なーに、しけた面してるんだよ!」 
 その声の主に全員が視線を向けた。熊がいた。熊太郎、そしてシャム。
「伊藤。お前さんがしっかりしてねえと本当に降伏した連中は督戦隊の餌食になるぜ」 
 熊の後ろから出てきたのは楠木だった。そのまま彼は若いパイロット達の前を通り、悠然と自動販売機でオレンジジュースを買う。
「楠木さん。そうまで言うならなにか策でもあるんですか?」 
 そう言う伊藤を、プルタブを空けながらぼんやりと眺める楠木。周りの視線が彼に集まってもまるで気にする様子もなく、そのままジュースを口に含んだ。
「知らないのか?ついに遼北でクーデターだ。うちの魔女軍団の親父さんが政権を取ったぞ。情報関連の連中は大忙しだ。東和でも今はそのニュースで持ちきりだぜ」 
 そう言うと残ったジュースを一気に飲み干す楠木。北兼人民共和国、周喬夷首相。北兼軍の主力軍といえる女性パイロット兵士ばかりで構成された嵯峨惟基中佐の従妹周香麗大佐の『魔女軍団』の亡命劇の立役者でもある遼北革命の闘士。教条派と呼ばれる人民党の急進勢力に押さえつけられてきた彼の決起が近いと言うことは多くの隊員も感じていた。嵯峨が北都の遼南人民軍に参加した理由も、その時期が近いと言う証明だった。
「あの人が動く。そうなれば無駄に兵士を損失する作戦はクライアントのイメージに関わることになると言う話ですか」 
 伊藤は納得がいったというように頷いた。
「ねえ、魔女軍団って魔女がいるんだから魔法を使えるの?」 
 まったく何もわからないと言うように首を左右に向けるシャム。そんなシャムをレムが抱きしめた。
「違うわよ。そうね、あなたももう立派な人民軍の英雄なんだから周香麗大佐も会ってくれるわよ。ねえ、クリスさん!」 
 急に話題を振られたクリスは動揺した。意外にまめなところのある嵯峨である。クリスが周大佐と会話をしたことくらい伊藤を通じてここにいる全員が知っているのは明らかだった。
「まあ見た感じ気さくな人でしたね」 
「そう、それで紅茶おばさん」 
 そう言ったルーラをセニアがにらみつけた。失言に思わず手を当てるルーラ。パイロット達はそれまでの重い空気を追い払う為というように笑っていた。
「そんなに楽観できるんですか?」 
 ハワードの言葉に顔を上げたセニア。笑顔を消し去ると彼女はハワードを見つめた。
「遼南の弱兵は銀河の常識よ。もし自分たちのところに魔女軍団の銃の筒先が向けばどう言うことになるかと言うことをわからないほど北都の連中も馬鹿じゃないわ。しかも今度は支援元の遼北さえ地球との関係を不味くする人権問題を起こしかねないと踏めば人民軍の人事刷新を名目に中央山脈越えで攻めてくるかもしれないとなれば勝手に兵士を使い捨てるわけには行かないわね」 
 ハワードは頭を掻きながらセニアの言葉に聞き入っていた。
 そのままパイロット達の雑談が続く。さすがにクリスとハワードにはいづらい雰囲気になった。
「ホプキンスさんとバスさん。こっちに」 
 そう言って気を利かせる楠木。クリスとハワードはそのまま司令部の外へと招きだされた。ついてくるのは会話についていけないシャムと熊太郎。そのまま楠木は司令部の前に止められていた装甲車両のドアを開いた。そこにくくりつけられた空き缶の灰皿を確認すると、タバコを取り出した。
「楠木大尉も吸うんですか?」 
 そう言ったクリスに苦笑いを浮かべる楠木。
「まあね、隊長みたいなチェーンスモーカーじゃないけど、作戦が終わった時とかはコイツで気分転換をするのが習慣でね」 
 楠木はゆっくりと使い捨てライターを取り出してタバコをつける。
「どうですか?踏ん切りはつきましたか?」 
 クリスはその質問に戸惑った。
「間違っていたなら訂正してください。あなたはここに取材をしに来たわけじゃない。あることに、しかも個人的なことに決着をつけるために来た。そうじゃないですか?」 
 楠木の言葉にクリスは金縛りにあったように感じた。
「どう言う意味ですか?」 
 興味深そうにクリスの顔を覗き込んでくるハワードの顔を見ながらクリスは額ににじみ出る汗を拭った。
「言ったとおりの意味ですよ。あなたの記事はこれまでなんども読ませていただきましたよ。だがその流れ、その意図するところ、言おうとしている思想みたいなものが今回のうちの取材とはどうしても繋がらなかった。それが気になって、俺なりにあなたを見ていたんですよ」 
 タバコの煙がゆっくりと楠木の口から空へ上がる。クリスは逃げ道が無いことを悟った。
「確かにそう思われても仕方ないかも知れませんね。どちらかと言えば特だねを物にすることがメインの仕事にはもう飽きていましたから。東海の花山院軍の虐殺の取材を始めた頃は、地球人以外は悪である。そう言う記事を書いて喜んでいた、だけど何かが違うと思い始めた……」 
 そこまで言ったところでハワードの視線がきつくなっているのを見つけた。クリスはそれでも言葉を続けた。
「悪というものが存在して、それを公衆の面前に暴き立てるのがジャーナリストの務めだと思っていました。どこに行ってもいかに敵が残忍な作戦を展開していて自分達がそれを正す正義の使者だと本気で信じている馬鹿に出会う。それが十人も出会えばあきらめのようなものが生まれてくる」 
 そんなクリスの言葉をタバコを口にくわえながら楠木は表情も変えずに聞いていた。その隣のシャムと熊太郎もじっと言葉をつむぐクリスを眺めていた。
「それは違うよ!」 
 突然のシャムの言葉にクリスは戸惑った。
「正義とか悪とか、アタシにはよくわからないけど守りたいものがあるから戦う。アタシが知っている戦いはそれだけ。もし、それが無いのに戦うなら、それが悪なんだよ」 
 熊太郎を撫でながら言ったシャムの言葉。楠木はそれを目をつぶって聞くと口からタバコの煙を吐いた。
「結構いいこと言うじゃないか、シャム。ただ大人になるといろいろ事情があるんだよ。まあ、ホプキンスさんは結論を出したということで。俺達はこの戦いに結論をつけねえとな」 
 そう言うと楠木は手を上げた。彼の視線の先で三派の基地へと帰還しようとするシンの指揮下のアサルト・モジュールが目に入った。
「あいつ等も自分のいるべき場所に戻るわけか」 
 再びタバコをふかす楠木。クリスはシャムを眺めていた。
「ホプキンスさん!」 
 そう言って司令部の入り口から飛び出してきたのはキーラだった。かつて彼女とであったときに感じた違和感はそこには無かった。神に逆らう所業と言う既成概念が消えていたことにクリスは少しばかり驚いていた。
「どうしました?」 
 クリスのぼんやりとした顔に、キーラは眉間にしわを刻んだ。
「どうしたのじゃないですよ!聞きましたよ、明日出られるそうですね」 
 白いつなぎに白い肌、そして短い白い髪がたなびいている。
「ああ、ハワードさんちょっと話があるんで……」 
「そうですね。シャムちゃん!ちょっと熊太郎と一緒に写真を撮らせてもらってもいいかな?」 
 楠木とハワードは気を利かせて嬉しそうに二人を見つめるシャムと熊太郎をハンガーの方へと誘導する。
「クリスさん……」 
 言葉にならない言葉を、どうにか口にしようとするキーラ。クリスも彼女のそんな様子を見て声を出せないでいた。
「たぶん、これから二式の整備で手が離せなくなるんで……」 
 そう言いながらくるりと後ろを向くキーラ。クリスは彼女の肩に手を伸ばそうとするが、その手がキーラの肩にたどり着くことはない。
「そうですよね。帰還したばかりだけど西部での戦闘は続いている以上、常に稼動状態でないとこの基地を押さえた意味がないですよね」 
 クリスの言葉に、キーラは何か覚悟を決めたように振り向く。
「ジャコビンさん!」 
 名前を呼ぶクリスの胸にキーラは飛び込んでいた。
「何も言わないでいいですよ。何も言わないで」 
 キーラはクリスの胸の中でそう言うと、ただじっとクリスの体温を感じていた。
「帰ってくるん……いえ、また来てくれますよね」 
 ゆっくりと体を離していくキーラを離したくない。クリスはそう感じていた。初めてであったときからお互いに気になる存在だった。それなりに女性との出会いもあったクリスだが、キーラとのそれは明らかに突然で強いものだったのを思い出す。
「いえ、又帰ってきますよ」 
 そう言って笑う自分の口元が不器用に感じたクリスだが、キーラはしっかりとその思いを受け止めてくれていた。次々と通り過ぎる北兼の兵士達も彼らに気をきかせてかなり遠巻きに歩いてくれている。
「それじゃあ、これを……」 
 クリスはそう言うと自分の胸にかけられていたロザリオをキーラに手渡した。
「これはお袋の形見でね」 
 クリスの手の中できらめく銀色のロザリオ。キーラはそれを見つめている。思わず天を仰いでいた自分に驚くクリス。そんな純情など残っていないと思っていたのに、キーラの前では二十年前の自分に戻っていることに気付いた。
「そんな大切なものを私がもらって……」 
「大切だから持っていてもらいたいんだよ。そして必ず返してくれよ」 
 クリスの言葉に、キーラはしっかりとロザリオを握って頷いた。
「わかりました……でもクリスさんに返しても良いんですか?本当に受け取ってくれますか?」 
 いたずらっぽい笑みを浮かべるキーラに頭を掻くクリス。
「大丈夫さ、きっちり取り返しにくるさ」 
 そう言ってキーラがロザリオを握り締めている両手をその上から握り締めるクリス。
「キーラ!早く来てよ!とりあえず機体状況のチェックをするわよ!」 
 小さな上司、許明華が手を振っている。お互い明華を見つめた後、静かに笑いあったクリスとキーラ。
「ったく!チビが野暮なことするなよ!」 
「楠木大尉!そんなこと言ってもあんな二人見てたら邪魔したくなるじゃないですか」 
 無粋な明華をしかりつける楠木。ハワードは気がついたようにクリスとキーラにシャッターを切った。
「ハワード!あんまりつまらないことするなよ!」 
「何言ってるんだ。俺とお前の仲じゃないか!」 
 そう言ってシャッターを切る続けるハワード。さらに司令部から出てきたセニア達パイロットや伊藤までもが生暖かい視線を二人に送ってくる。
「じゃあ、ホプキンスさん!」 
 交錯する視線に耐えられなくなったキーラがそのまま明華の方に走り出した。
「必ず返してくれよ!」 
 そう叫ぶクリスに向けて、キーラは右手に持ったロザリオを振って見せた。

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テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 33

『誘いをかけるのはわかる。だがなぜ支援を呼ばない。一機で十分とでも言うつもりか?』 
 吉田は水中で機体を沈めたまま状況を監視していた。自軍の自走ホバーをハッキングしての攻撃をクロームナイトは楽に凌いでいた。しかも明らかに誘っているような後退を続けている。
『馬鹿だという情報だが、そうでもないみたいだな』 
 東和の偵察機の映像でクロームナイトに対する攻撃の精度はもう5,6回は致命傷を与えることができる精度で行われていた。だが攻撃を仕掛けてもすべて回避される。
『そう言えば七騎士の展開するフィールドの中では時間軸さえゆがめることができると言うが、まさかそんなことは……』 
 その時クロームナイトは動いた。すぐさま吉田は『キュマイラ』を上昇させる。水面が爆風に飲まれる。 
『そんなことができるなら、俺はとっくに落とされている。それとも!』 
 そのまま相手の目を水面に釘付けにするために、友軍のホバーをハッキングして掃射を仕掛ける。




「どこにいるの!」 
 シャムは飛び出してきた重装甲ホバーを撃ち抜いて叫んだ。
「酷い奴だな。味方を盾にしている」 
 クリスはそう言いながらクロームナイトが着陸した地点で炎上しているホバーを覗き見た。脱出しようとした指揮官の背中が炎に包まれて痙攣している。
「シャム。相手は血も涙も無い傭兵だ。情けをかける必要なんて無いんだ」 
 そんなクリスの言葉にシャムは首を振った。
「違うよ!悲しい人なんだよ。戦うことしかできない悲しい人。アタシは森の中で暮らしていて戦い以外のことがあるのを知ってたけど、この人は戦いしか知らないんだ。そんなの悲しすぎるよ!」 
 レールガンの掃射を軽々とよけるシャム。
「同情はやめた方がいい。君が死ぬことになる」 
 そう言うクリスのことばにシャムは振り向いた。シャムは泣いていた。口元が悲しみのあまり震えている。
「同情じゃないよ!この戦いを終わらせるのに必要なことだよ!」 
 そう言うと再び正面を向いて機体を加速させる。角の特徴的なホーンシリーズの灰色の機体がジャンプして逃げ去る様が目に入った。
「見つけた!」 
 そう言うとシャムはレールガンを投げ捨て、サーベルへのエネルギー供給を増やした。



「まずい!格闘戦に持ち込まれたら!」 
 吉田は背後に岩盤が露出した崖に押し付けられていく機体を持ち直そうとした。その時、銀色の鏡のようなものが展開してそこからの一撃が敵機を貫く。その一撃は『キュマイラ』のパルスエンジンに強烈なダメージを感じた。
「伏兵だと!」 
 そしてそのまま『キュマイラ』は岩盤に押し付けられた。




「これで!」 
 崖にめり込んだキュマイラをにらみつけるシャム。そう言うとサーベルを腹部の動力ケーブルが集中している部分に突き立てた。キュマイラは右手を振り下ろそうとするが、腹部を破壊されたことによる動力ユニットの不調で軽く払ったクロームナイトの腕の一撃に敵のキュマイラはサーベルを落とした。シャムは左腕で頭部を握り締め、センサーを完全に破壊する。
 そこまでしてシャムは突然クリスを振り返った。その表情は穏やかで、非常に落ち着いていた。
「危ないけど付き合ってね」 
 そう言うとシャムは装甲版を上げて、コックピットを開いた。




「ほう、面白れえ餓鬼だな」 
 センサー系はほぼ一部の通信機能以外は停止していた。エンジンは無事だが動力の制御機能が停止、完全に負けは決まっていた。
「まあ、挨拶ぐらいはしておくかな」 
 そう言うと吉田はコックピットを開いた。目の前に少女がいる。その後ろの座席に乗っているのはアメリカ人のジャーナリスト。
『確か、クリストファー・ホプキンスとか言ったな。コイツを人質に……』 
「負けが決まったんだ。いまさらつまらねえこと考えないほうがいいんじゃないの?」 
 不意に拡声器で叫ばれて吉田は驚いて振り返った。漆黒のアサルト・モジュールがそこにそびえていた。肩の笹に竜胆の家紋。そして武悪面。
「嵯峨惟基?何でコイツが……」 
 吉田は驚愕しながらサーベルを構える黒いカネミツに目を奪われていた。
「驚いてもらって光栄だね。吉田さんよ。ネットを流れる情報だけがすべてじゃないんだ。たとえば今のようにね」 
 そのまま嵯峨はキュマイラの上半身を叩き落とした。
「隊長!」 
 クリスの目の前でシャムが涙を浮かべて叫ぶ。
「一応、コイツも一流の傭兵だ。加減をするだけ失礼だろ?」 
 そう言うと躊躇することもなく、嵯峨はキュマイラのコックピット周りの装甲を引き剥がした。クリスは開いたコックピットから吉田の姿を見た。固定された下半身がもげて、そこからどす黒い血が流れている。そのまま被っていたサイボーグ向けのヘルメットを外し、吉田のにやけた面が朝日に照らされた。
「駄目だよ!」 
 シャムはそう言うとそのままシートベルトを外してクロームナイトを降りる。そのまま無様に転がっているキュマイラの上半身に駆け寄るシャム。クリスもその後に続いた。手を差し伸べるシャムに、弱弱しい笑みを浮かべる吉田。
「止めでも刺そうってか?」 
 そう言う吉田の余裕の表情をクリスは不審に思って、いつでもシャムを抱えて逃げれる心構えで吉田に近づいた。
「違うよ。違うんだよ」 
 シャムの目に涙が浮かぶ。吉田はそれが理解できないとでも言うように眺めている。
「吉田の。これで二回目か?俺に関わるとお前さんもろくな目にあわないな」 
 いつの間にかカネミツを降りていた嵯峨が吉田に声をかけた。
「もう二十年ですか。あの時……青白い幼年皇帝だったあんたの命を取り損なったのが今の無様な負け方の原因と言うところですか?」 
 自由にならない体を嵯峨に向けた吉田。『北兼崩れ』と呼ばれる動乱。この皇帝として独立を願い立ち上がった少年皇帝の前に傭兵として頭角を現そうとしていた目の前のサイボーグが立ちはだかっていたとしても不思議ではないとクリスは思った。
「そうですねえ。あの青っ白い餓鬼一人の命すら取れなかったあんただ。相性って奴があるんじゃないですか?」 
 そう言うと嵯峨はタバコに火をつけた。
「お前さんについてはいろいろ調べたよ。しかし東和の軍事会社の名簿。東和の戸籍。遼南の入国記録。すべてが明らかに改ざんされたデータだったよ」 
「ほう、あの成田と言う情報将校以外にもルートがあるんですか。これじゃあ勝てないはずだよ」 
 そう言って口元から流れるどす黒い血を拭う吉田。
「情報の有益性は外務武官でも憲兵隊でも実戦部隊でも立場によって変わったりはしねえよ。使い方次第で目的に近づく効果的な手段となるもんだ」 
 そう言うと嵯峨は口からタバコの煙を吐いた。
「お前さんに情報って奴の重要性なんて説教するには、俺じゃあ役不足なのはわかっているがね。だが、ネットの海で拾った情報の信憑性を論議するより、手っ取り早く足を使う。それが真実に近づく一番の方策だって言うのが俺の主義なんでね」 
 嵯峨はそう言いながら吉田にタバコを差し出す。
「ああ、僕はタバコはやりませんよ。健康の為にね」 
 下半身を失いながらも、吉田はにやりと笑いながらそう言った。
「今頃、東モスレム三派の部隊が北兼台地南部基地になだれ込んでいる頃合だなあ」 
 とぼけたようにつぶやいた嵯峨の言葉に、一瞬吉田の表情が驚愕のそれに変わった。そして次の瞬間にはまるで火の付いたような爆笑に変わる。
「つまり俺はアンタの掌で踊っていたわけですか」 
 そう言い終わる吉田の瞳に光るものがあるのをクリスは見逃さなかった。そんな吉田を心配そうに見つめるシャム。
「面白れえよ、あんた。久しぶりに楽しめる仕事だったよここの仕事は。だが、しばらくは休みが取りたいもんだね」 
「でも……」 
 シャムがつぶやくと、吉田はシャムとクリスを見上げた。
「そこのチビも結構面白れえ顔してんな」 
「酷いよ!!面白い顔なんかじゃないもん!」 
 シャムはそう言うと頬を膨らませる。
「褒めてるんだぜ、俺は。世の中面白いかつまらないか。その二つ以外は信用ができない。信用するつもりも無い。アンタ等についていけば面白いことになりそう……」 
 突然、吉田の体が痙攣を始めた。
「……時間切れか。また会うときはよろしくな」 
 嵯峨はそう言うと痙攣している吉田の胸元に日本刀を突き立てた。吉田はにんまりと笑った後、そのまま目をつぶって動きを止めた。
「死んだんですか?」 
 クリスのその言葉に首を振る嵯峨。
「これはただの端末ですよ。本体は……まあそれはいいや」 
 それだけ言うと嵯峨は刀を吉田から抜いて振るった。鮮血が大地を濡らす。
『隊長!敵勢力はほぼ壊滅!指示を願います!』 
 スピーカーから響くセニアの声。
「さてと、三派のお偉いさんに挨拶でもしに行きますか」 
 そう言うと嵯峨はカネミツに乗りこむ。シャムも頷くとそのままクロームナイトを始動させた。


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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 32

「おかしい。変だよ」 
 最前線の部隊を壊滅させたと言うのにシャムは緊張した表情を崩していなかった。わずかな間隙を利用してレールガンの弾丸の入ったマガジンを交換する。
「吉田少佐のことか?基地で待ち受けるつもりじゃないのか?」 
 そう言うクリスにシャムは首を振った。
「いるよ、近くに。でも味方がやられても助けに来ないなんて……」 
 そう言ってシャムは機体を森の中に沈めた。
「確か吉田少佐の機体はナイトシリーズのリバイバル版のホーンシリーズのカスタム機だ。詳しい性能は俺も知らないけど……」 
 その時一発の高収束レーザー砲がクロームナイトの右肩をえぐった。
「来た!」 
 シャムはそのまま機体をいったん街道に飛び出させる。今度はレールガンの高初速のカリフォルニウム弾が掠める。
「見えないよ!どこかにいるはずなのに!」 
 右肩の損傷は軽微だった。そのまま川に降り、対岸の崖を上り高台に出る。そこでも高収束レーザー砲の連射が襲い掛かる。シャムはある程度そのことを予定していたようで、そのままきびすを返して支流の滝に下りる。
「相手も移動しながらの攻撃みたい。場所がつかめないよ!」 
 泣き言を言うシャム。だが、彼女は再び森の中に入ると、これまでより深くの森に機体をねじ込んだ。レールガンの掃射で木が次々と倒されていく。シャムは発見される前に森の奥へと後退する。
「どうした!シャム!」 
 セニアの声が響く。彼女達もこちらに進軍できていないと言う現状を考えれば、遊撃部隊による先頭部隊の挟撃と言う戦術を吉田が取ったことがクリスにも分かった。
「仲間を呼ぶんだ!相手は一機。それに……」 
「駄目だよ!この人は凄く強いから」 
 クリスの言葉を拒否してシャムは敵を誘うような後退を続ける。正確な射撃を何とかかわしながら機体を引かせる。
『これが遼南の七騎士か……』 
 その巧みな戦闘テクニックにクリスは脂汗を流した。

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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 31

 東和の偵察機の映像を傍受していた吉田はその意味を理解していた。それは電子信号に過ぎないが彼には映像化してそれを認識する必要は無かった。二進法のコードが脳髄に達すればそれだけで状況を把握するには十分だった。
「突っ込んできたクロームナイトのパイロット。ナンバルゲニア・シャムラードって言ったか?馬鹿じゃねえみたいだな。それとも遼南の七騎士の記憶が蘇ったか?」 
 自然と吉田の頬が緩む。東和の偵察機にはダミーの情報を流して、まだ吉田達の三機のアサルト・モジュールは基地にへばりついていると偽装している。
「さあ、それなりに楽しめるお客さんだ!金の分だけは仕事をしろよ!」 
 吉田は僚機に声をかけた。しかし、吉田は彼等を当てにしてはいない。
『遼南の七騎士か……噂どおりならあんた等には勝ち目はねえよ』 
 傭兵達は闇に消えていく。それを笑みを浮かべて吉田は見送った。




「ここでしばらく様子を見るんだ。あの基地には波状攻撃をかけるほどの戦力は無い。今までのは基地の初期戦力だ。吉田少佐が指揮を取っているからには、彼直属のアサルト・モジュールを投入してくる。それを待ち伏せる。わかったね?」 
 クリスの言葉にシャムは頷いた。確かに彼の命がシャムの双肩にかかっていると言うことでかけた言葉ではあるが、それ以上にこの少女の死を恐れている自分がいることに気付いてクリスは思わず笑みを漏らした。それを嬉しそうに覗き見て、再びシャムは尾根伝いに南下を続けた。
 突然、シャムは機体を伏せさせた。その真上を火線が走る。
「見つかった!」 
 そう言うクリスにあわせるようにシャムはモニタを望遠に切り替えていた。重装甲ホバー車の長いレールガンの銃身が尾根の反対側に消えていく。
「待ち伏せ?」 
 シャムはそう言うと機体を立て直す。
「当然だろう。ここは共和軍の勢力圏だ。それなりの戦力を用意しているはずだから注意……!」 
 今度は川の方からの火線がクロームナイトの肩を掠める。しかし、クリスにはそれが敵の砲手が引き金を引く前にシャムの機動によって避けられたものであることがわかっていた。
『この娘は読んでいるのか?それとも瞬時に反応している?』 
 クリスは目を凝らす。さらに三発の火線が四方からクロームナイトを狙うが、すべて紙一重で外れる。
「避けているのかい?」 
 恐る恐る尋ねるクリスにシャムは軽く頷いた。おそらくはシャムもなぜそう機体を動かしていたのかの説明は出来ないことだろう。
「大丈夫いけるよ!」 
 クリスの問いに答えずにそう言ってシャムは機体をジャンプさせた。クリスは止めようと手を伸ばしたが、シャムの頭に手が届くこともなかった。シャムのクロームナイトのレールガンは、正確に重装甲ホバーの上面装甲を撃ち抜いていく。
「まだいるよ。今度はおっきいの!」 
 着地してすぐにシャムは機体を崖の下に進めた。すぐさま彼女が着地した地点に火砲が集中しているのが見える。
「見つけた!」 
 シャムはかすかに光る森の中の一群に地対地ミサイルを撃ち込んだ。そしてすぐに移動を開始する。崖に沿って続く舗装の壊れかけた道を進んでいたかと思うと、次の瞬間には河原に機体を着地させる。今度は移動する敵からの掃射を浴びるが、そのことは想定しているように対岸の森に機体を進めている。
「アサルト・モジュールだ!」 
 クリスの声を受けて振り向くシャムは大きく頷いた。
「こっちだってやられてばかりじゃないんだ!」 
 そう言うとM5の改良型と思われる機体にレールガンを撃ち込む。しかし、敵の動きは早くむなしく火線は森の中に消えていく。
「動きが早い、吉田の手持ち部隊か?」 
 クリスの言葉を待つまでもなく、シャムは相手の機体の速度に合わせて森の中を抜け、河原を越えて対岸の道路にたどり着く。敵のパイロットもそれを読んでいたようにレールガンを放つが、シャムが微妙に速度を先ほどよりも上げていたのでそれは渓谷の街道の路肩をえぐるだけだった。
「もう一機の気配がするんだけど……」 
 シャムは周りを見渡す。夜間対応のコックピットのモニターが緑色に染まった周囲の森を浮かび上がらせる。彼女をつけまわしていた機体は河原に降りてシャムを誘っているように見える。シャムはそれに乗せられず、そのままそれを無視して再び対岸を目指した。
「そこ!」 
 誘いをかけている機体の火線軸上に隠れていたM5の上半身が、シャムの抜き切りのサーベルの一撃で両断された。そのまま炎に包まれる敵から、誘いをかけていた敵機に目を向けるシャム。その姿に怯えたように後退する敵機にシャムはパルスエンジンをふかして急接近した。
「これで終わり!」 
 そう叫んだシャムの言葉の通り、クロームナイトのサーベルがM5のコックピットに突きたてられた。


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