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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 35

「こ・ん・に・ち・わ!こんにちわだぞ!」 
 そんな吉田の声があっても、誠はなんとかその場から逃げ出したい衝動を抑えるのがやっとだった。
 豊川の保安隊本部。ハンガーの目の前。誠、要、カウラ、アイシャの四人は立ち尽くして動けない状況にあった。
「バウ」 
 吼えたのはコンロンオオヒグマの子供。グレゴリウス13世と言う大げさな名前をつけられた茶色い巨大な熊である。魚屋の二階に下宿している飼い主のシャムだが、当然三メートル以上ある巨大な猛獣をそんなところで飼える訳も無く、保安隊のペット兼番熊として隊舎の隣の檻の中でいつもは居眠りをしている。それを吉田は散歩させようとしたらしいが、大好きなシャムの香りをたどってこうして射撃場に向かう誠達の前に現れたわけだった。
「吉田さん。本当に大丈夫なんですか?全然言うこと聞いてないように見えるんですけど」 
 誠の言葉通り、グレゴリウス13世はシャムがいるらしい射撃訓練レンジに行こうと鎖を握っている吉田を引っ張っている。彼が特別製の軍用義体の持ち主でなければすぐにシャムのところまで引きずられていくことになるだろう。
「でも……こいつ吉田の言うことだけはまったく聞かねえな」 
 そう言うと要は手を叩く。すぐに気づいたグレゴリウス13世は要に近づいていってその前に座り込む。
「ほら。おとなしくなるじゃねえか」 
「確かにおとなしいな、こいつは」 
「野郎は嫌いなんじゃないの?」 
 いつの間にかグレゴリウス13世から逃げるように遠ざかる誠を要達が見つめている。カウラはいつものように座っているグレゴリウス13世の首をなでてやる。気持ちよさそうに目をつぶる熊。
「で、あいつが射撃場でやることと言えば……早撃ちか?」 
 口元に手をやってグレゴリウス13世が伸ばす様を楽しんでいた要が声をかける。
「まあ、そうだ。結構練習してたからな、昨日」 
 すっかりなついた調子のグレゴリウス13世を見ながら渋い表情で吉田はそう言った。アイシャの後ろに隠れていた誠も少し安心したように前に出た。
「バウ!」 
 突然、怒った様に誠を威嚇するグレゴリウス13世を見て飛びのいた誠。それが滑稽に見えたらしく、要が噴出して腹を抱える。
「とりあえず来いよ……来いよ!この馬鹿熊!」 
 鎖を引っ張った吉田だが、グレゴリウス13世はそれが気に障ったようでそのまま思い切り吉田にのしかかる。さすがの吉田も400kgを超えるグレゴリウス13世の巨体にのしかかられてはどうすることも出来ずにそのままその下敷きになった。
「大丈夫ですか?」 
 恐る恐る尋ねる誠。
「大丈夫なんじゃないの?行こうぜ」 
 助ける気は微塵もないというように要はハンガーの裏手の枯れ草の中に出来た道を早足で歩き始めた。そしてすぐに射撃場で轟音が響いているところからシャムの見世物が始まったことを誠達は知ることになった。
 すでに射撃場には人だかりが出来ていた。訓練をサボって首からアサルトライフルをぶら下げた警備部員が背伸びをしている。手持ち無沙汰の整備班員はつなぎの尻を掻きながら背伸びをしてレンジの中央を覗こうと飛び跳ねる。
「やってるな」 
 にんまりと笑って足を速める要。それを見かけたブリッジクルーの女性隊員が人だかりの中央に向かって声をかけたようだった。
 すぐに人垣が二つに割れて中央に立つ少女が誠達からも見えるようになった。
「あいつ……馬鹿だ」 
 立ち止まった要のつぶやき。こればかりは誠も同感だった。
 テンガロンハット、皮のジャンバー、色あせたジーンズ。そして腰には二挺拳銃を下げる為の派手な皮製のガンベルトが光っている。西部劇のヒロインと言うよりもアメリカの田舎町の祭りに引っ張り出された少年である。
「ふ!」 
 わざと帽子のつばを下げたかと思うとすばやく跳ね上げてシャムは誠達を見つめる。隣ではそんなシャムをうれしそうに写真に取っているリアナの姿も見える。
「お姉さん……」 
 さすがにあまりにも満面の笑みの上官の態度にはアイシャも複雑な表情にならざるを得なかった。
「風が冷たいねえ……そういえばダコタで強盗とやりあったときもこんな風が吹いていたっけ……」 
 そう言うとシャムは射撃場の椅子にひらりと舞うようにして腰掛ける。手にしているのはマリアの愛用の葉巻。タバコが吸えないシャムらしく、当然火はついていないし煙も出ない。
「何がしたいんだ?お前は?」 
「お嬢さん?何かお困りで?」 
 そう言うと胸に着けた保安官を示すバッジを誇らしげに見せ付けるシャム。お嬢さん呼ばわりされた要。タンクトップにジーンズと言う明らかに常人なら寒そうな姿だが、それ以上にシャムの雰囲気はおかしな具合だった。
「ああ、目の前におかしな格好の餓鬼がいるんで当惑しているな」 
「ふっ……おかしな格好?」 
「ああ、マカロニウェスタンに出てきそうなインチキ保安官スタイルの餓鬼」 
 そう言われてもシャムは葉巻を咥えたままにんまりと笑って立ち上がるだけだった。
「そう言えばネバダで……」 
 たわごとをまた繰り返そうとするシャムに飛び掛った要がそのままシャムの帽子を取り上げた。
「要ちゃん!返してよ!」 
 小柄なシャムがぴょんぴょん跳ねる。ようやく笑っていいという雰囲気になり、野次馬達も笑い始める。
「駄目よ!要ちゃん!返してあげなさい」 
 ピシリとそう言うリアナ。ようやくその場の雰囲気が日常のものに帰っていくのに安心して誠達は射撃レンジに足を踏み入れた。
 射撃場の机。シャムが飛び跳ねている後ろには、小火器担当のキム・ジュンヒ少尉が苦い表情で手にした弾の入った箱を積み上げている。
「たくさん集めましたねえ」 
 誠も感心する。そこには時代物を装うようなパッケージの弾の他、何種類もの弾の箱が並んでいた。それを一つ一つ取り出しては眺めているキム。
「まあな。結構この手の銃は人気があるから種類は出てるから。特に今、シャムの銃に入っている弾は特別だぜ。おい!シャム。いい加減はじめろよ」 
 キムの言葉に渋々要は帽子をシャムに返した。笑顔に戻ったシャムはリラックスしたように静かに人型のターゲットの前に立つ。距離は30メートル。シャムは一度両手を肩の辺りに上げて静止する。
「抜き撃ちだな」 
 カウラは真剣な顔でシャムを見つめていた。
 次の瞬間、すばやくシャムの右手がガンベルトの銃に伸びた、引き抜かれた銃に左手が飛ぶ。そしてはじくようにハンマーが叩き落とされると同時に轟音が響き渡った。
「音がでけえなあ……それになんだ?この煙」 
 要がそう言うのももっともだった。誰もが弾の命中を確認する前にシャムの銃から立ち上るまるで秋刀魚でも焼いているような煙にばかり目が行った。風下に居た警備部員は驚いた表情で咳き込んでいる。
「キム少尉。これは?」 
 驚いているのはカウラも同じだった。ただ一人苦笑いのキムにそう尋ねる。
「ブラックパウダーと言って、黒色火薬の炸薬入りの弾ですよ。時代的にはこれが正しいカウボーイシューティングのスタイルですから。このコルト・シングルアクション・アーミーの時代はまだ無煙火薬は発明されてないですからね。まあ俺も使ってみるのは初めてだったんですが……」 
 そう言う説明を受けて納得した誠だが、撃ったのはいいが煙を顔面にもろに浴びてむせているシャムに同情の視線を送った。
「でもこれじゃあ……」 
「ああ、ちゃんと無煙火薬の弾もあるから。ブラックパウダーはそちらの一箱だけ。あとはちゃんと普通に撃てる奴ばかりだよ」 
 誠はようやく安心する。だが、弾丸はどれもむき出しの鉛が目立つ巨大な姿。警察組織扱いになっている保安隊だから使えると言うような弾に苦笑いを浮かべた。
「シャムちゃん!例のやって!」 
 リアナがカメラを構えながら叫ぶ。それに応えるように親指で帽子の縁をはじいたシャムが手にした銃を軽く胸の前にかざした。
「行くよ!」 
 手にした銃を構えつつ振り向くシャム。思わず誠はのけぞった。
「じゃあ……行くよ!」 
 周りの視線を感じてそう叫ぶとシャムは銃を振り上げる。鉄紺色の銃身の短いリボルバーは人差し指を軸に、くるくると彼女の手の中で回転していた。思わず拍手をする整備員達の様子を知るとさらにその回転は加速していく。
「ほう……」 
 感心しているのか呆れているのか。まったくどちらとも付かない表情のカウラ。シャムはそれを見るとすばやく右腰にあるホルスターに銃を叩き込んだ。警備部員や運行部の女性士官もそれには一斉に感心したと言うような拍手を送った。
「なんだ?ウェスタン公園にでも就職するのかよ」 
 こちらは明らかに呆れている要。それを見るとアイシャはつかつかとシャムの横まで歩いていく。
「ちょっと見せて」 
 アイシャの言葉に頷いたシャムが銃を手渡す。先日見た青みを帯びた黒い銃が冬の日差しに輝いて見える。しばらく手にとって眺めた後、アイシャはキムに振り返った。
「ジュン君。これ全部ブラックパウダー弾?」 
「違いますよ。さっきのでおしまいですから」 
 そう言うとしばらくシリンダーを見つめていたアイシャが大きくため息をついた。彼女の手は普通のリボルバーのようにシリンダーを引き抜こうとするがまったく動く様子が無い。
「これって……どうやって装填するの?と言うか撃った薬莢を取り出そうって言ったって……」 
 全弾撃ちつくしているらしくしばらくじっと短い銃を眺めていたアイシャ。それを見たシャムが満面の笑みを浮かべている。
「ああ、ちょっと貸してね……ジュン君、これ借りてもいい?」 
 シャムはそう言うとテーブルの上にあったドライバーを手にして銃の劇鉄を少し押し下げる。そのままシリンダーの後ろのブロックが開く。そしてそこに開いている穴にドライバーを突き刺して薬莢を取り出した。
「面倒だな」 
「使い物にならねえじゃねえか」 
 カウラと要の意見ももっともだった。シャムはようやく二発の薬莢を取り出すことに成功して次の薬莢を取り出すべくドライバーを持ち直す。
「そりゃあ西部劇みたいに六発以上撃ちまくるわけには行かないですからね、現実問題」 
 キムの一言にムッとしたように顔を上げるシャム。不器用にドライバーで自分の銃と格闘しているシャムを見ながらキムは必死になって笑いをこらえていた。
「だから二挺拳銃なんですよ」 
「キム。そりゃわかってるんだけどさあ。相手が多弾数のオートで襲ってきたらどうするんだ?」 
 要の問いに意味がわからないと言うように首をひねるキム。だが、すぐに要は彼の考えを理解してキムの肩に手を乗せる。
「そうだな。あいつの拳銃はただの錘だからな」 
「ひどいんだ!そんなこと言うと撃たせてあげないぞ!」 
「おもちゃじゃねえんだ!誰が触るか!」 
 要はそう言ってへそを曲げるが、シャムの隣に立っているアイシャはキムの前に置かれた弾薬の箱に手を伸ばしていた。
「これってここに弾を入れればいいの?」 
 うれしそうにシャムから渡されたリボルバーピストル、ピースメーカーを手に弾をこめようとするアイシャ。
「うん、そこから一発一発シリンダーを回しながら入れるんだよ」 
 シャムの言葉を聞くと45口径の弾丸を一発づつシリンダーに差し込んでいくアイシャ。その表情は楽しいともめんどくさいとも取れる複雑なものだった。
「結構炸薬の量が多いんだな。大丈夫なのか?」 
 心配そうにシャム達を見つめるカウラ。その手には箱から取り出した一発の弾丸が握られている。
「ああ、大丈夫ですよ。元々こいつはアメリカとかの時代祭りの為に有るような銃ですから。威力はかなり抑えた弾しか手に入りません。まあ炸薬を増やせば威力は上がりますけどどうせシャムが使うんでしょ?意味ないですよ」 
 そうキムが説明している間にアイシャは弾をこめ終わるとそのままターゲットを狙う。
「ハンマー起こせよ!シングルアクションだからな!」 
「わかってるわよ!」 
 要にやじられて言い返すアイシャ。そしてそのまま右手の親指でゆっくりハンマーを起こすとすばやく引き金を引いた。一瞬置いて轟音が響く。アイシャの手の中で滑ったように銃がはねて銃口が天井を向いているのが見える。
 それを見て大笑いする要。しばらく何が起きたかわからないと言うように立ち尽くすアイシャ。
「ああ、ああなるのは仕方ないんですよ。グリップがなで肩ですしこういうグリップのシェリブズは丸くて握りづらいですから。どうしてもオートに慣れた人が初めて撃つと反動が上に逃げて銃口が天井向くんですよ」 
 キムの言葉に思うところがあったのか、カウラが立ち上がるとアイシャの後ろに立つ。
「私にも撃たせろ」 
 その言葉にしばらくアイシャは目が点になっている。隣で笑っていたシャムの表情も驚いたように変わる。
「ええ、別にいいけど……」 
 そう言ってアイシャはカウラに銃を手渡した。そしてそのままカウラは受け取った銃で30メートル先の標的に狙いをつけた。
「馬鹿やるなよ!」 
 いつの間にかタバコを吸い始めた要。野次馬達も展開がどうなるのか楽しみで仕方がないと言うようにカウラを見つめている。静かにハンマーを起こすカウラ。その様子に場はあっという間に静まり返っていた。冬の北風だけが枯れ草を揺らして音を立てている。
 カウラが引き金を引く。そしてハンマーが落ちる。そして火薬の点火による轟音。最新式の炸薬とは言え、短い銃身では燃焼し切れなかった炸薬が銃口の先に炎の球を作って見せる。
「派手だねえ……こりゃ」 
 タバコを咥えている要の一言。誠が銃口の先を見ればマンターゲットの頭に大穴が開いている。
「結構当たるもんだな」 
 そう言うとカウラは満足したように銃をシャムに返した。
「まあレプリカですからバレルの精度なんかは今のレベルですよ。それにしてもさすがですね、反動をほとんど殺していたじゃないですか」 
 キムに褒められて少し満足げなカウラ。次は私だと言うように要が跳ね上がるように立ち上がった。
「おい!遊んでんじゃねーぞ!」 
 そこに突然少女の声が響いた。振り返るギャラリー。そこには副部隊長のランが手に幼児のような彼女の体と比べると格段に大きい段ボール箱を抱えて歩いてきていた。後ろにはランにじゃれ付こうとするグレゴリウス13世を必死に鎖で押さえつけようとするが完全に力負けしている吉田の姿があった。
「姐御も撃ちますか?」 
 要が茶々を入れるがまるで無視して、そのまま射撃場のテーブルにダンボールを置くラン。
「キム、どうだい」 
 小柄と言うより幼く見えるランにこの射撃場は似合わないと誠は思っていた。時々課せられている射撃訓練のときマカロフを射撃する姿は良く見かけるが、明らかに違和感のある姿だった。
「まあ見世物としては最適ですね。まあ実用性も以前のM500のときよりましなんじゃないですか?」 
 複雑な表情のキム。それを見て頷いた後、ランは段ボール箱を開く。
「今年はクワイがいまいちなんだよ。でもレンコンは猟友会の人で田んぼ持ってる人がいるからちゃんともらってきたよ。今年は凄くおいしいんだって!」
 シャムがカウラから受け取った銃をホルスターに入れて元気良く答える。
「ごぼうは……」 
「ああ、ちょっと待ってね。あれは長いから箱には入らないんだ。だから部屋に置いてあるよ」 
 自信たっぷりに答えるシャム。空き地と見れば耕してしまう彼女らしいダンボールの中のみずみずしい野菜達。他にもにんじん、大根、白菜と売り物にも出来るような野菜達が箱の中に並んでいた。
「なるほどねえ、まったくもってこれじゃあ子供ガンマンだな」 
 ランは呆れたようにシャムをつま先から頭まで満遍なく見つめる。
「ひどい!ランちゃんの方が身長低いんだよ!だから……」 
「身長の問題じゃないだろ?アタシはそう言う格好をするときは場所を考えるんだ。職場ではぜってーそんな格好はしねーよ」 
 苦笑いを浮かべつつ、ランもまたシャムの腰の拳銃が気になっているようだった。
「なんなら中佐も撃ちます?」 
 そう言いながら弾薬の箱をもてあそんでいるキム。それを見て呆れたようにため息をつくのはランだった。
「そんなの興味ねーよ。シングルアクションリボルバーで撃ち合いなんざ真っ平ごめんだ」 
 ランはそう言うと勤務服のベルトから愛用のマカロフを取り出す。中型拳銃だが、手の小さいランにはグリップを握れるぎりぎりの大きさだった。そのまま銃を構えるとランはターゲットに銃口を向ける。
 連射。機能に特化したロシア製の拳銃らしくきびきびとスライドが下がり薬莢が舞う。撃ち終わったターゲットを誠が見ると見事に胸の辺りにいくつもの小さな穴が見えた。
「こんぐらいのことが出来なきゃ問題外だろ?」 
 得意げなラン。それを見てシャムはダンボールの中を整理していた手を止める。そのままランの隣に立って標的を見つめる。
 すぐさまシャムの右手が銃を手にする。腰で構えるとすぐ左手がハンマーを叩き発砲、それを六回繰り返す。そしてすぐ右手の銃を仕舞うと今度は左手、同じように六発の銃声。
「やるもんだねえ」 
 ランはそう言うと満足げに頷いた。硝煙の煙が北風に流されターゲットが野次馬達の目に留まる。確かにランの射撃よりは弾は散らばっているがすべてがターゲットを捉えていた。
「なんだよ、神前より当たってるじゃねえの」 
 要の歯に衣着せない言葉に頭を掻く誠。そしてシャムとランの名人芸に感心したように野次馬達が拍手を始める。
「まあシャムは至近距離の戦いのためにショットガンを装備しているからな。拳銃の優先度は部隊でも一番低いんだ。あれだけ当たれば……」 
「ランちゃん、OK?OKなの?」 
 小さいシャムよりさらに小さいランの手を取るシャム。
「まあどうせ言っても聞かねーんだろ?好きにしろよ」 
 そう言うとランは射撃場から降りる。シャムを見つめているグレゴリウス13世の頭を一撫でしたあとそのまま来た道を引き返すラン。
「ああ、そうだ!亀吉が暴れてたぞ。朝飯食わせてやったのか?」 
 途中で一度振り返ってランが叫ぶ。その声にシャムがあわてたように腰の二挺の拳銃を取り出してキムの机に置いて飛び出す。
「やっぱりクリーニングは俺か?」 
 押し付けられた仕事に苦笑いを浮かべるキムを残してシャムが全速力で隊舎に向かって駆け出した。
 それを見送るとブリッジクルーは隊舎に、整備班員はハンガーに、警備部員は100メートルの射撃訓練レンジへと向かう。ただシャムの銃を手にして何度も確認しているキムと誠達だけが取り残された。
「しっかしよく集めたわねえ……ちゃんとメモどおりの野菜が揃ってるじゃないの」 
 一人ダンボールの中の野菜を調べていたアイシャが感心したようにため息をつく。誠はシャムがやっていたようにドライバーで銃から空の薬莢を取り出しているキムを見ていた。
「大変ですね。でもこんな昔の銃の弾が安いんですか?」 
 誠の質問に一度顔を上げて不思議そうな顔をした後、今度は銃の分解を始めたキム。
「まあな。需要は結構あるんだよこいつは。英雄を気取りたいのは誰にでもある願望だから、アメリカさんの影響力の強い国で銃の規制がゆるい国なら銃砲店に行けばかならず置いてあるからな」 
 そう言うとキムは慣れた調子でシリンダーを取り外し、そこに開いた大きな六つの穴を覗いている。そしてその頃には警備部の面々も射撃訓練を開始して、絶え間ない銃声が射撃場に響き始めた。
「まあ見世物としては面白かったけど、これで終わりとか言わねえよな」 
 要の言葉に一端銃から目を離して彼女を見上げるキム。
「俺に聞かないでくださいよ。たぶん島田が何か知ってるんじゃないですか?ナンバルゲニア中尉と時々なんか話していたみたいですから」 
 そう言うとキムはシリンダーを抜いた銃の銃身に掃除用の器具を突っ込んだ。シャムのお祝いについて何も知らないようなキムを見つめた後、要はそのままアイシャが中身を確認し終えたダンボールの箱を持ち上げる。
「気が利くじゃないか、西園寺。これじゃあ明日は雪だな」 
「どういう意味だ?」 
 笑顔のカウラに突っ込みを入れる要。いつもよりその表情は柔らかい。アイシャはグレゴリウス13世に引きずられてそのまま隊舎の裏手で熊に対抗しようと踏ん張っている吉田を眺めていた。
「あれって散歩って言うのかしら?」 
「違うだろ、あれはバツゲームって言うんだよ」 
 カウラはそう言うとそのままハンガーに向かって歩き出したカウラに続く。誠もまたそれに続いて歩き始めた。
 ただ誠達は明らかに雰囲気が先ほど同じ道を来た時とは違っているのを感じていた。事実もうほとんど引きずりまわされるだけになっている吉田だが、明らかにちらちらと誠達、特にカウラの様子を確認しているのはアイシャや要もわかっていた。普段は開いていない管理部の裏の窓が開いていてそこから双眼鏡が覘いていたりするのだから、誠にも変化はわかった。
「何考えてるんだか……」 
 ポツリとつぶやくカウラ。その視線の先に赤い髪が動いたのは明らかにサラの後ろ髪だった。それを見て要が立ち止まる。
「なあ、少し待ってやろうよ」 
 要のうれしそうな顔に同調するようにアイシャも立ち止まる。二人が突然態度を変えたことでカウラの表情が曇る。
「くだらないな。とりあえずごぼうを受け取って隊長に挨拶したら帰るぞ」 
 振り返り、一言言うと歩き出すカウラ。
「奥さん、聞きました?帰るですって。すっかり奥方気取りね」 
「ええ、そうですわね。そのまま旦那と昼から……」 
「まあ!」  
「アイシャさん、西園寺さん……」 
 下品そうな笑いを浮かべてささやきあうアイシャと要に思わず誠は声をかけていた。
「ほら!こっちに来い!」 
 誠達を置いて先に歩いていたカウラがハンガーへ向かう角で手を振っている。仕方がないとあきらめて三人は駆け足でカウラに追いついた。
「ドレスまで着ちゃったんだからさ、いい加減あきらめなさいよ」 
「そうそう、お嬢様らしくしていただかないと困りますわ!」 
 アイシャと要。二人して無駄話をしてカウラを引きとめようとしている。誠もようやくそのことに気づいてカウラの前に立ち止まった。たぶんハンガーで島田達が何かカウラに見せようとしている。サラがこちらを観察していたのはそのせいだろう。
「なんだ?」 
 カウラは覚悟を決めたような表情で自分の行く手に立ちふさがる誠を見上げる。
「カウラさん……」 
「だから、なんなんだ?」 
 相変わらず不思議そうに誠を見上げるカウラ。しばらく見詰め合っていた二人だが、突然要が立ち尽くしている誠の首を右手で抱え込んで引き倒した。何が起きたかわからないまま誠は逆えび固めのような格好になってそのまま地面に腰を叩きつけることになった。
「何するんですか!」 
 誠が叫ぶ。さすがにこれを見てはカウラも誠を助けざるを得ない。
「馬鹿をやるんじゃない!大丈夫か?神前」 
 しゃがみこんできたカウラ。誠はいきなりひねった腰をさすりながらカウラの緑の髪を見つめる。
「大丈夫ですよ……」 
 そう言いながらハンガーの方を覗き見る誠。そこには大きくマルの形を作っているサラの姿があった。
「じゃあ行こうか、クラウゼ少佐」 
「そうですね、西園寺大尉」 
 二人は仲良しを装い歩き始める。そのあまりにもわざとらしい光景に噴出した誠。その気配を察知して殺気のこもった視線を投げてくる二人。
「貴様等……何か企んでいるな?」 
 カウラでもそのくらいはわかる。ようやく笑みを浮かべると頭を引っ込めたサラを見つめて大きく頷いた。サラは要達のあまりにわざとらしいやり方を見て呆れた表情を浮かべる。
「まあいい、付き合ってやるとするか」 
 そう言うと立ち上がり要とアイシャに続くカウラ。誠達がハンガーの前に立つ。だが人の気配はするものの誰一人としてその姿が無い。さすがにあまりにわざとらしいと誠はカウラの無表情を見ながら脂汗を流す。
「なんだ?これは?」 
 不思議そうに一人歩き出したカウラ。だがすぐに足元のピアノ線を踏んではっとした顔に変わる。
『パーン』 
 はじけるようなクラッカーの音。降り注ぐ紙ふぶき。待ってましたとばかり、中央に立っていたカウラの愛機の肩からは垂れ幕が下がる。
『お誕生日おめでとうございます』 
 その墨で書かれた字が、能筆で書道に明るい嵯峨の字であることはカウラの後ろに立っていた誠にもわかった。
「おめでとう!」 
 今度はペンギンの着ぐるみを着て現れたシャム。ひょこひょこ歩く彼女に心底呆れたように額を押さえるランの姿がある。
「めでたい!めでたいぞ!」 
 そう言いながら勤務中ということでコーラの瓶を手にしている島田。後ろのサラ、パーラもにこやかに笑っていた。
「おい……」 
 突然カウラがうつむく。そして肩を震わせる。
「どうしたの?カウラちゃん……」 
 アイシャがその肩を支えるが、カウラの震えは止まらなかった。それを察したように騒ぎながら紙ふぶきを巻き続けていた整備班員も沈黙する。
「私は……」 
 カウラは顔を上げた。その瞳には涙が浮かんでいた。
「カウラちゃん」 
 心配したように手と言うか羽をカウラに差し伸べるシャム。要とアイシャも心配そうにカウラを見つめる。部下達の馬鹿騒ぎを半分呆れたように眺めていた機材置き場の前に立っている明華も複雑な表情で立ち尽くしているカウラに目を向けていた
 一瞬馬鹿騒ぎの音が途切れて沈黙がハンガーを支配した。
「どうするつもりだよ……」 
 カウラは下を向いたままそうつぶやいた。
「カウラちゃん……」 
 シャムが静かに彼女を見上げて手を伸ばす。後ろに立っている要とアイシャもしばらくどうしていいのかわからないと言うように当惑していた。
「どうするつもりだよ……」 
 再びカウラがつぶやく。誠は震える彼女の肩を支えるように手を伸ばした。沈黙していた整備班員が一斉にカウラの方を見つめてくる。
「何にも得はないぞ。私を喜ばしたって……」 
 そう言うとカウラは顔を上げる。その瞳に輝いていた涙がこぼれ、それを恥じているようなカウラはすばやく拭って見せる。
 次の瞬間、場は再び馬鹿騒ぎの舞台と化した。走り回って紙ふぶきを舞わせる整備班員とブリッジクルー。奥の二階の事務所の入り口では拍手している管理部員が見える。万歳をしているのはやはり『ヒンヌー教』教祖、菰田邦弘主計曹長だった。
「人気者だねえ……うらやましいや」 
「そうね、実に素敵な光景ね。でもこれは私のアイディアから生まれたのよ」 
 ニヤニヤしている要。少し誇らしげなアイシャ。カウラは振り返ると複雑な表情で二人を見つめる。
「なんと言えば良いんだ?こう言うことは慣れていないから」 
 戸惑いながらのカウラの言葉。アイシャは同じ境遇のものとしてカウラの肩に手を伸ばす。
「ありがとう、それだけで良いんじゃないの?」 
 誠も珍しく素直に答えたアイシャを見つめた。
「そうなのか……ありがとう!」 
 カウラは叫ぶ。隊員達のテンションは上がる、さすがにこれ以上は不味いと思ったのか、ハンガーの中央に向かって歩き出す明華。
「凄いな、人望か?」 
 カウラに続いて歩いていた誠に明華が声をかけてくる。
「そうでしょうね」 
 感謝の言葉が出ずにただ涙を流し始めたカウラを見ながら誠はそう答えた。
「はい!お祝いモード終了!片付け!」 
 明華の凛と響く一言に整備班員はすばやく散る。すでに掃除用具を持って待機していた西の率いる一隊がすばやく箒や塵取りを隊員に配っている。
「面白いものだろ?人生と言う奴も」 
 カウラに向けての明華の一言。頷くカウラ。
 そんなこんなで誠の保安隊でのクリスマスが終わった。


                                            了

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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 34

 結局、ケバブを食べ損ねた誠はその代わりと言ってアイシャに渡されたみかんを手に、居間のコタツに入ってゆったりとテレビを眺めていた。番組はなぜかラグビー。工業系の大学で体育会は軒並み弱小だった誠はラグビーなどまるで縁がない話だが、なぜかアイシャはなぜかその番組を選んでちらちらと試合の流れを見ているようだった。
「もうすぐ来るはずなんだけど……」 
 アイシャは時計を気にしながら自分でも確保したみかんの皮を剥いている。薫はシンのレシピを片手に鶏肉の仕込みをしている。カウラはその後姿を眺めているようで、台所を居間から覗き込めばそのエメラルドグリーンのポニーテールが動いているのが確認できる。
「みかんおいしいわね」 
 そう言うと一つ目のみかんの最後の袋を口に放り込むアイシャ。
「そうでしょ?この前、うちの道場に来ている双子の小学生の男の子の親御さんが持ってきてくれたんだけど、本当においしくて……最高でしょ?」 
 得意げな薫の声が台所から聞こえた。
「宴会をするんだろ?場所とかはどうするんだ?」 
 台所にいてもすることが無いことに気づいたのか、カウラはようやく腕組みをしながら居間にやってきた。アイシャはコタツの真ん中に置かれたみかんの山から一つを手に取ると、そのままカウラの座る席の前に置いた。
「まだ少し待っててね。そちらにこっちのテーブルと椅子を運んでもらうから。こちらが一段落着いたらお願いするわね」 
 薫の声。今度は野菜を切るような音が響いてくる。
「こんな話は無粋なのはわかっているんだが……」 
 おずおずと口を開くカウラ。不思議そうにそれをアイシャが見つめていた。
「突然、何?」 
 みかんを剥きながら話を始めようとしたカウラに、眉をひそめてめんどくさそうな表情を向けるアイシャ。カウラの生真面目なところがこう言うときにも出てくることに、誠は笑顔で彼女を見つめた。
「例の遠操系の法術師の件はお前にも連絡が無いのか?」 
 みかんを剥き終えて今度は白い筋を取り始めたカウラ。アイシャは呆れ果てたと言う表情を一瞬浮かべた後、真面目な表情でカウラを見つめた。
「もし、私達に連絡が必要なような事実が出てきているのなら、私がここにいるわけ無いじゃないの。一応佐官なのよ。責任者として呼び出しがかかってもいいような心の準備はいつもしてるわよ」 
 そう言って剥いていた二つ目のみかんを袋ごとに分け始める。
「そうだよな……」 
「なあに?そんなに仕事がしたいわけ?それじゃああんたは一生人造人間のままよ。培養液の中にいるのと今と、変わってないじゃないの」 
 そう言ったアイシャの表情。誠はその初めて見る悲しげで冷たいアイシャの表情にみかんを剥く手を思わず止めていた。
「今は楽しむこと。これは上官の命令。絶対の至上の命令よ。聞けないならランちゃんに告げ口するからね」 
「何を告げ口するんだ?」 
 そう言ったカウラの口元には笑みが浮かんでいた。
「そりゃあ今度カウラちゃんは誠ちゃんの第二夫人になるんで寿除隊しますから!って」 
 その言葉に思わず誠は口の中のみかんを吹いた。
「第二婦人って……いつからここは西モスレムになったんだ?」 
 カウラの顔は笑っている。それを見ながら誠はようやく息を整えることが出来た。だが得意顔のアイシャと次第に不機嫌そうな顔つきになるカウラの間で実に微妙な立場になったものだと、自然と苦笑いが浮かぶのを止めることは出来なかった。
「そりゃあ、第一婦人が私だからね。カウラちゃんは第二夫人。そう言うことでいいかしら?」 
 アイシャの目が誠に向かう。あまりに唐突な話題に誠は目を白黒させるだけだった。
「まあ、誠は奥さんが二人なの?まるで遼南の皇帝みたいね。凄いじゃない」 
 いつの間にかご馳走の支度にめどが付いたと言うように薫が顔を出した。母親にまでそんなことを言われて顔が赤くなるのを自分でも感じる誠。
「それじゃあ西園寺はどうするんだ?」 
 カウラの一言に誠もうつむいていた顔を上げる。アイシャは天井を向いてしばらく考えていたが、ひらめいたと言うように手を打った。
「そりゃあ小間使いよ」 
「誰が小間使いだ?」 
 そう言ったのは要。彼女は要人略取などを専門とする非正規部隊のサイボーグらしく重そうな銀色のアタッシュケースを抱えながら、音も立てずにアイシャの背後に立っていた。
「お帰り、要ちゃん」 
 まったく驚く様子も見せないアイシャ。むしろ要が後ろに立っていたからからかってみたのだと開き直るような顔をしている。
「お帰りじゃねえ!なんでテメエがこいつの第一夫人なんだ?って言うかなんでテメエ等がこいつと結婚することになってんだよ!」 
 そこまで言ったところで要が不意に口ごもる。カウラも薫も黙って仁王立ちしている要を見つめている。次第に要の顔が赤く染まる。そして手にしていたアタッシュケースを脇に置き、身動き一つすることなく同じポーズで固まっている。
「つまり、要ちゃんが誠ちゃんのお嫁さんになる。と言うか、要ちゃんは……」 
「うるせえ!死にたいか?そんなに死にたいか?」 
 真っ赤な顔をしてアイシャの襟首をつかんで持ち上げる要。首が絞まっているわけではないのでアイシャはニヤニヤしながら要の顔を見つめている。
「それより何?それ」 
 驚きも恐れもしない肝の据わったアイシャに言われて、ようやく要は我に返る。そしてすぐ持ち上げていたアイシャから手を離した。
「なんだと思う?」 
 要はそのままアタッシュケースを抱き込んで笑顔を浮かべる。
「なんだって……わからないから聞いてるんじゃない」 
 アイシャはつれなくそう言うとそのまま服の襟元を直してコタツに戻ろうとする。
「少しは気にしろよ!」 
「やだ。気にしたくない」 
 要の叫びがむなしく響くだけ。アイシャは見向きもせずにみかんにを伸ばす。
「アイシャ。聞いてやるくらいはいいだろ?」 
「そうよ、かわいそうよ」 
 カウラと薫の言葉がさらに重く要にのしかかっているようで、そのまま要は静かにアタッシュケースを持って歩いていく。
「アイシャさん。聞いてほしいみたいですから……」 
「あのねえ」 
 顔を上げて誠達を見つめるアイシャがみかんを横にどけた。正座をして一度長い紺色の髪を両脇に流した後、真剣な瞳で誠を見つめてくる。
「そうやってかまってやるから付け上がるのよ。要ちゃんは!」 
「確かにそうですけど……」 
「なんだ?アタシはシャムか?いつからそんなポジションに……」 
「黙ってらっしゃい!」 
 アイシャの気合の一言に文句を言おうとした要が引き下がる。
「たまには冷たくあしらうくらいのほうがいいのよ。つまらないことは無視!真面目な話だけ……」 
「いや、それはお前の方に当てはまる話だろ?」 
 ここまでアイシャの話を聞いて呆れながら応えるカウラ。それをみてアイシャはショックを受けたように大げさにのけぞる。
「え?みんなそう思ってたの?」 
「今気づいたのか?」 
 カウラの言葉に大きく頷くアイシャ。誠はそれが要を挑発するためのポーズだとわかって、なんとも困ったような笑顔が浮かんできた。そんな様子に舌打ちをした要。
「ああ、そうだ。カウラ。顔貸せ」 
 一瞬の沈黙をついてようやくいつもの調子に戻った要が、アタッシュケースを手にカウラを呼び寄せる。
「何のつもりだ?」 
 近づいてきて肩に手を伸ばした要にカウラは迷惑そうな顔を向けた。新品とわかるつやのある表面の銀色のアタッシュケース。誠は要ならば入っているものは小型のサブマシンガンなどだと思って苦い顔をした。
 しかし要はそんな迷惑そうな誠の視線など無視して立ち上がりかけたカウラの手を引く。
「ああ、薫さん。しばらくこいつを借りますから。それとアイシャ。鏡を見て来い」 
 そう言うと要はそのまま三人が泊まっている客間へとカウラを連れて行った。きっとガンショーか何かで見つけた最新式の銃器の発注をどうするかと言ったところを、小火器担当の整備士官であるキム・ジュンヒ少尉あたりと連絡を取って話し合う。そんなことを誠は想像していた。
「西園寺さん……また銃関係の話でもするんですかね」 
 誠は落ち着いて再びコタツに座りなおすと、食べかけのみかんに取り掛かった。再びだらけたモードに落ち着いたアイシャもみかんに取り掛かっている。
「あれでしょ?お互いの肉体で愛を確かめ合うんじゃないの?」 
「なに言ってるんですか……」 
 アイシャらしい解答に呆れ果てながら、誠はみかんを口に放り込んだ。薫もテレビのラグビーの試合に飽きたようでそのまま台所へと帰っていった。
「本当に鈍いのね」 
 ひそかにつぶやくアイシャ。誠にはしばらくその意味がわからず首をひねりながらアイシャを見つめていた。
「わからないの?」 
「何がですか?」 
 誠の解答が相当不満だったようで、アイシャは大きくため息をつくとみかんの袋を口に運んだ。
「アイシャさん、誠。机を運ぶの手伝ってほしいんだけど」 
「行くわよ、誠ちゃん」 
 薫の言葉に気分を切り替えたと言うように立ち上がるアイシャ。誠も先ほどのアイシャの発言に納得がいかないまま後ろ髪を惹かれるようにコタツの中から足を引き抜いた。
 コタツを廊下に運び、台所のテーブルと椅子を居間に運ぶとアイシャの手配していたピザが届いた。冬の夕方の日差しは黄色く、部屋の中に充満した。
 そして誠がピザを刺身用の大きな皿に移していたとき、今度は頼んでいたカウラ向けのバースデーケーキが届く。
「プレートはカウラちゃんに食べてもらいましょう」 
 わざわざアイシャがそう言ったのは実は辛党で通っている要が、チョコレートだけは別腹だということを、薫に伝えたかったのだろうと思うと誠は苦笑いを浮かべた。台所からはシンの贈り物であるケバブの焼ける香りが漂う。だが、そんな下準備が済んだというのに客間の要とカウラは出てくる様子が無かった。
「アイシャさん……」 
 テーブルにケーキを設置する。さらに昨日いつの間にか要が運び込んだ数本の地球産のワインのボトルを並べた誠。それを眺めているアイシャに誠が声をかけた。
「ああ、あの二人ね。それはそれは深い愛に目覚めちゃって……」 
「冗談は良いんですよ。もうすぐ始められるじゃないですか。呼んできたほうが良いんじゃないですか?」 
 誠の言葉に一瞬目が点になるアイシャ。そしてまじまじと誠を見つめてくる。
「誠ちゃん。本気で言ってるの?」 
「あの二人がアイシャさんの望む展開になっているとは思えないんですけど」 
 こちらも負けてたまるかと、誠もじっとアイシャを見つめる。
「何、二人で馬鹿なことやってんだよ」 
 客間に向かう廊下から顔を出した要。いつものように黒いタンクトップにジーンズ。先ほど出て行ったときと変わった様子は無い。
「カウラちゃんは?」 
 アイシャは明らかに要達が何をしていたのか知っていたように要に尋ねる。
「あいつの説得には骨が折れたぜ。こいつに二回も恥ずかしい格好を見せたくないとか抜かしやがって……」 
「二回?恥ずかしい?」 
 愚痴をこぼしてそのまま椅子に座って足を組む要。その言葉がいまいち理解できず、誠は呆然と要を見つめていた。
「お肉焼けたわよ!手伝って!」 
 薫の声で立ち上がる三人。そわそわしながら台所に行くと、そこにはそれぞれの皿に大盛りのケバブが並んでいた。
「凄いですね」 
 満面の笑みでアイシャが皿を両手に持った。誠は先ほどの要の言葉が気になったが追及するわけにも行かずに母から預けられた皿をテーブルに運ぶ。
 そして肉まで運ばれてくると居間の雰囲気はすっかり素朴な感じのパーティーのそれに変わっていた。
「もういいかな?」 
 そう言うと要が再び客間に消える。
「スパーリングワイン係!」 
 アイシャは手にしていたスパークリングワインを誠に渡す。あまりにも満足げな彼女の笑みにほだされてつい、誠はワインの栓の周りの銀紙を外す作業をはじめた。
「どう?誠ちゃん」 
「そんなすぐは無理ですよ」 
 恐る恐るスパークリングワインのコルクを緩めはじめた誠をアイシャが急かせる。
「おい、アイシャ。いいか?」 
 廊下で後ろに何かを抑えているような要の顔が飛び出していた。だがアイシャは要の言うことなど聞かずおっかなびっくり栓をひねっている誠を見つめている。
「いいわよ……って要領悪いわね」 
 そう言うと明らかにびびりながら栓を抜こうとしている誠からワインを奪い取るアイシャ。彼女はそのまま勢い良く栓をひっぱる。
 ぽんと栓が突然はじけた。栓はそのまま天井に当たって力なく床に転がった。
「ったく何やってんだよ……来いよ」 
 アイシャがワインを撒き散らす寸前でどうにか落ち着いたのを見計らうと、要が後ろの誰かに声をかけた。
「すまない……なんだか……似合わなくて」 
 戸惑いながら響くカウラの声。誠がそちらに目をやると緑の髪の淑女がそこに立っていた。アイシャ、薫、そして誠の視線がもじもじしながら立っているカウラに向けられていた。
「綺麗……」 
 アイシャがそう言うまでも無く誠も心のそこからカウラの美しさに惹かれていた。額と胸、そして腕には先日要が選んだルビーとプラチナの装飾が飾られている。着ているドレスは先日店で見たものとは違う薄い緑色の楚々とした雰囲気のドレスだった。
「凄いわね」 
 薫もうっとりとカウラの姿を見つめている。いつもは活動的なポニーテールになっている後ろ髪が流れるようにドレスの開いた背中に広がっている。
「まあ、こんくらいじゃないとアタシの上司って言うことで紹介するわけにはいかねえからな」 
 得意げな要のラフな黒いタンクトップとジーパン姿が極めて浮いて見える。
「要ちゃん。どきなさい」 
「んだ?アイシャ。今日の主役はこいつ。アタシの格好がどうだろうが関係ねえだろ?」 
「だから言ってんの。視界に入らないで。目が穢れるから」 
「なんだって?」 
 要がこぶしを作るのを見るとカウラはドレスが見せる効果か、ゆったりとした動きで握り締めた要の右手を抑えて見せた。
「止めろ、西園寺。貴様はそうやって……」 
 いつもの調子で言葉をつむぐカウラを泣き出しそうな表情で見つめる要。
「そのような無骨な言葉を使うことは感心しませんわよ。もう少し穏やかな言葉を使ってくださいな」 
 そう言って上品に笑ってアイシャの隣のを引いて静かに座る要。
「要ちゃん。ちょっといい?」 
「どうぞ、おっしゃって頂戴」 
「キモイ」 
 確かにあまりにも普段の暴力娘的な格好で上品な口調をする要には違和感があるのを誠も感じていた。
「てめえ、一回死ね!」 
 要はいつもの調子でそうつぶやくと再び穏やかな表情に戻った。
 誠がぼんやりとその様子を見つめていると、にこやかに笑う要の視線が誠を捉える。
「そこの下男の方。お姫様を席に案内してくださいな」 
「下男?」 
 要の言葉にしばらく戸惑った後、誠は椅子から立ち上がると隣の椅子を後ろに引いた。静かに慎重に歩くカウラ。そして彼女が椅子の前まで来たところで椅子を前に出す。静々と腰を下ろすカウラ。薫はいかにもうれしそうにその様を眺めている。
「下女のオタク娘さん。ワインがまだでして……」 
 そこまで言ったところでアイシャのチョップが要の額に突き立つ。
「ふ・ざ・け・る・の・はそのくらいにしなさいよ!」 
 結局6回チョップした後、言われるまでもないというようにワインを注いでいるアイシャ。食事が揃い、酒が揃い、ケーキも揃った。
「なんなら歌でも歌う?ハッピーバースデー~とか言って」 
「それは止めてくれ」 
 アイシャの提案に真剣な表情で許しを請うカウラ。アイシャと要はがっかりだと言う表情で目の前のワイングラスを見つめているカウラを凝視していた。
「それじゃあ!」 
 満面の笑みの薫が手にグラスを持つ。それにあわせるように皆がグラスを掲げた。
「カウラさん、誕生日おめでとう!」 
『おめでとう!』 
 薫の音頭で宴が始まる。一口ワインを口にした要は、さすがにお嬢様ごっこは飽き飽きしたと言うようにいつもの調子でケバブにかぶりつく。
「また下品な本性をさらけ出したわね」 
 アイシャはそう言いながら要が乗ってこないとわかると、仕方がないというようにピザに手を伸ばした。
「そう言えばローソクとかは立てないんですか?」 
 誠のその言葉にものすごく複雑な表情を浮かべるカウラ。彼女は培養ポッドから出て八年しか経っていないと言う事実が誠達の頭にのしかかる。
「なに?八本ろうそくを立てるの?それならクバルカ中佐を呼んで来ないと駄目じゃない」 
 ピザを咥えながらのアイシャの言葉。しばらく誠はその意味を考える。
「見た目はそのくらいだからな。中佐は」 
 二口目のワインを飲みながらそう言ったカウラ。次の瞬間には要がむせ始め、手にした鶏の腿肉をさらに置くと低い声で笑い始める。
「笑いすぎよ、要ちゃん」 
 呆れた調子でアイシャは体を二つ折りにして声を殺して笑う要に声をかけた。
「馬鹿……思い出したじゃないか……あのちび……」 
 カウラも呆れるほど要は徹底して笑い続ける。しかし、突然アイシャが腕から外してテレビの上に置いていた携帯端末が着信を告げた。それを見ると誠もカウラも要もアイシャも顔を見合わせて大笑いを始めた。
「あの餓鬼!タイミングよすぎ!」 
 叫びながら笑う要。アイシャも必死に笑いをこらえながら立ち上がるとそのまま携帯端末の画面を起動した。起動した画面に映っていたのが幼い面影の副部隊長のランだったところから、それを見たとたんに思い切りアイシャは噴出した。
『は?何やってんだ?』 
 こちらの話題などはまるで知らないランが、ぽかんとした表情で画面に映っている。
「いえ……別にこちらのことですから」 
『ふーん』 
 ランはそう言うと不満そうな顔で画面をじっと見つめている。ちらちらと視線を動かすのは画面の端に映っているこちらの宴会の食事が気になっているのだろうと誠はなんとなく萌えていた。
「何にも無いよ、別に何にも……」 
『西園寺がそう言うところを見ると、アタシのことでなんか噂話でもしていやがったな?』 
 そう言うと苦笑いを浮かべるラン。その穏やかな表情を見ればこの通信が緊急を要するものでないことはすぐにわかった。誠はとりあえず飲もうとして口に持っていったグラスをテーブルに置く。
『まあ、あれだ。隊長から止められてお祝いにいけなかった連中からなんだけど、おめでとうってカウラに伝えとけってことだから代表してアタシが連絡したわけだ』 
 誠は欠勤扱いを受けたとしても意地でも乱入しようとする二人、シャムや菰田とそれを取り押さえる吉田達の姿を想像して渋い笑みを浮かべる。
「ご苦労様ですねえ、副長殿」 
『は?クラウゼ。テメーが休みを取りたいとか色々駄々こねたからこうなったんだろうが?ったく誰のせいだと思ってんだよ』 
 愚痴るラン。とりあえず音声だけを聞けば彼女はどう見ても小学校二年生にしか見えない事実は忘れることが出来た。だが目を開いた誠の前には明らかに子供に見えるランの姿がある。
『でだ。明日、シャムがお祝いをしたいとか言うからさあ……』 
「え?私達は非番じゃないですか!」 
 アイシャの声の調子が高く跳ね上がる。そしていつでもランの意見を論破してやろうと言う表情でアイシャが身構えるのが誠にはこっけいに見えて再び噴出す。
『別に仕事しろとは言わねーよ。なんでも面白い見世物があるんだと。それとおせちに使える野菜を収穫したからそれも渡したいとか抜かしてたぞ』 
 ランの苦笑いは消えることが無く続く。アイシャは頭を掻きながらドレス姿のカウラを見つめた。
『あれ?そこにいるのは……』 
「私です!」 
 半分やけになったように振り向いたカウラ。ランはそれを見てぽかんと口を開いた。
「凄いでしょ?これ全部要ちゃんのプレゼントなんだって!」 
 アイシャの声を聞いて胸を張る要。そしてしばらく放心していたランだが、次第に底意地の悪い笑みを浮かべ始めた。
『なんだ?まったくもって『馬子にも衣装』の典型例じゃねーか』 
「失礼なことを言うのね、ランちゃん。レディーにそんなことを言うもんじゃないわよ!」 
 アイシャの言葉につい頭を下げるラン。そして誠は今のタイミングだと思って椅子から立ち上がると二階に上がる階段を駆け上がった。
 誠は飛び込んだ自分の部屋の電気をつける。そしてすぐに机の上のイラストを入れた小箱を手に取ると再び階段を駆け下りた。
「おう!来たぞ、神前だ」 
 画面を通して上官が見ているというのに、スパーリングワインを空にしてさらに赤ワインに手を伸ばしていた要が顔を上げる。
『なんだ?さっき言ってたイラストか?』 
 ランも興味深そうに誠の手の中の箱に目をやった。その好奇心に満ちた表情はどう見ても見た目どおりの少女にしか見えなかった。
「それは……」 
 ドレス姿のカウラは動きにくそうに誠に振り返る。誠はそのまま箱を手に持つとカウラに突き出した。
「これ……プレゼントです!」 
 一瞬何が起きたのかというような表情の後、カウラは笑顔を浮かべてそしてすぐに周りの視線を感じながら恥ずかしそうにうつむく。
「あ、ええと。ありがとう」 
 小さな声、いつものカウラとは別人のような小さな声でカウラが答える。そしてカウラは静かに箱を受け取るとそのままテーブルの片隅に箱を置いた。まかれたリボンを丁寧に解く。
「どんなの?ねえ、どんなの?」 
 ニヤニヤ笑いながらアイシャが身を乗り出してくる。端末の画面では興味津々と言うようにランが目を輝かせていた。
 リボンが解け、箱が開かれた。
「あ……あのときの私か」 
 箱の中の色紙には宝飾店で見にまとった白いドレスのカウラの姿が描かれていた。すぐに恥ずかしそうにうつむいてしまうカウラ。
『おい、どんなのだ?見せろよ』 
 ランが画面の中で伸びをしているがそれはまるで無意味なことだったのでつい、誠も笑ってしまっていた。
「これは……?」 
 しばらく絵を見つめていたカウラの表情が硬くなった。それを見ていたアイシャがにんまりと笑う。
「アイシャが作っていたゲームのキャラに似てるな。目元が」 
 カウラの一言に誠は冷や汗が流れ出すのを感じていた。恐れていた指摘。にんまりと要とアイシャが笑っている。
「ああ、これって以前に頼んで描いてもらったエロゲのヒロインでしょ?」 
 アイシャの言葉にカウラが固まる。それを見て我が意を得たりとにんまりと笑う要。
「クラウゼ。そいつはどういうキャラクターなんだ?」 
 カウラの声が震えている。さすがのアイシャも自分の言葉にかなり神経質に反応しようとしているカウラを見て自分の軽い口を呪っているような表情を浮かべる。
「ええと、そのー……」 
「いい。私は好奇心で聞いているだけだ。別にそれほど深く考える必要は無い」 
 作った笑顔でアイシャを見つめるカウラ。とても好奇心で聞いているとは言えない顔がそこにはあった。
 誠ははらはらしながら返答に窮しているアイシャを見つめた。
「あれってアタシに『こんなエロゲはこれまでに無いわよ!』とか言ってきた奴じゃなかったか?高校生のうだつのあがらない主人公が、女魔族に自分が魔王の魂を持っていることを告げられて……」 
 要はたぶんデバックか何かを頼まれたんだろう。したり顔で話を続けようとする。
「ちょっとたんま!お願い!勘弁して!薫さんもいるんだから!」
「え?私は別にいいわよ。誠も結構そう言うゲームやってたわよねえ」 
 慌てふためくアイシャ。状況をうれしそうに見ている母、薫。ばれているだろうと思いながらうつむく誠。さらに何を言おうかと考えをめぐらす要。
「それは興味深いな。その女魔族が私……で?」 
 アイシャに聞くだけ無駄だと思ったようにカウラが今度は要に顔を向ける。得意げな表情でアイシャと誠を覗き見ている要。だが、彼女はより面白い方向に場を向けるために饒舌に話し始めるのは間違いないことだと二人はあきらめ始めた。
「まあ最初はSの香りが微塵も無い普通の高校生の主人公が、このどう見ても顔はカウラと言うヒロインのドMな魔族に手ほどきを受けて立派は……」 
「あー!あー!聞こえない!」 
 アイシャが叫ぶ。誠はただ苦笑いを浮かべてたたずむ。
「つまり……そのマゾヒストの魔族のイメージがこいつの頭の中にはあるわけだ……しかもカウラの顔で。ああ、そう言えばあの魔族は胸がでかかったなあ」 
 カウラの軽蔑するような視線が自分に突き刺さるのを感じる誠。誰が見ていようが関係なくはじめるアイシャによりそう言う系統のエロゲがどう展開するのか知り尽くしているカウラ。しかもアイシャの趣味に男性向け、女性向けと言うくくりは関係が無いものだった。
「ああ、しかもヒロインの登場場面は全裸じゃなかったっけ?あれも全部誠が描いたんだよなあ」 
「へえ、そうなんだ」 
 カウラの表情が次第に凍り付いていく。画面では他人事という安心感を前面に押し出しているようないい顔のランが映っている。
「さ!プレゼントは片付けましょ!食事を楽しまないと。ねえ、要ちゃんも雰囲気を変えて……そうだ!ケーキをきりましょうか?あ?ナイフが無い。それなら私が……」 
 慌てふためいてしゃべり続けるアイシャ。だが、カウラの鋭い視線が立ち上がろうとするアイシャに向かう。
「逃げる気か?」 
 低音。カウラの声としては珍しいほど低い声が響いてアイシャはそのまま椅子から動けなくなった。
「でも……アイシャさんが理想の女性を描けばいいのよって言ってましたから……」 
 ポツリとつぶやいた誠の一言。
 それが場の空気を一気に変える事になった。カウラの頬が一気に朱に染まり、それまでびんびん感じられていた殺気が空気が抜けた風船のようにしぼんでいく。一方で舌打ちでもしそうな苦い表情を浮かべていたのは要だった。
「そうよ……ねえ、あくまで理想だから。フィクションだから」 
「誠の理想はベルガー大尉なの?ちょっと望みが高すぎない」 
 ごまかそうとするアイシャとうれしそうな母。誠はただ苦笑いを浮かべるだけだった。
『落ちが付いたところで……良いか?』 
 ようやく切り出せると言う感じでランが口を開く。アイシャはとりあえず気を静めようとグラスのスパーリングワインを飲み干す。
「シャムちゃんの歓迎でしょ?まあこういう時は……」 
 アイシャの一言でしばらく呆けていたカウラが我に返るのが誠から見てもおかしかった。
「シャムの野菜が手に入るならいいんじゃないのか?薫さん、欲しい野菜は?」 
「ええと、クワイはまだ買ってないでしょ。次にレンコンも無い。ごぼうはちょっと足りないわね」 
 ドレス姿のカウラに声をかけられて驚いたように足りない野菜を数え始める薫。
『ああ、それなら後で一覧をメールしてくれねーかな。シャムの猟友会のつてや隊長の持ち込む食材なんかに当てはまるのがあるようなら用意しとくから』 
「良いんですの?」 
 薫はしばらく小さい子供にしか見えないランを見つめる。じっと薫に見つめられて困ったような表情でランはおずおずと頷いた。
「じゃあこれくらいで良いでしょ?切りますよ」 
『おい……それ』 
 続いて何かを言おうとしたランを無視して通信を切るアイシャ。まるで何かを隠そうとしているような彼女の表情に疑いの視線をぶつけるカウラ。
「じゃあ……ケーキはどう?」 
 そう言って立ち上がるアイシャ。カウラは相変わらずアイシャを監視するような視線で見つめている。
「おいおい、一応パーティーなんだぜ。そんなに真面目な面でじろじろアイシャを見るなよ」 
 要はいつも飲んでいる蒸留酒に比べてアルコールの少ないワインに飽きているようだった。カウラを見つめながら自分の趣味に満足したように頷いている。
「皆さん遠慮しないで食べてね。でも本当に不思議よね、このお肉。やわらかくて香りがあって……」 
 食事を勧めつつ、シンのレシピに基づいて作ったケバブを口に運ぶ薫。誠も一段落着いたというように、ケバブにかぶりついた。
「ちょっと誠ちゃん!ケーキとって!」 
 台所の流しでアイシャが叫ぶ。
「こっちで切りゃいいだろ!」 
「カウラちゃんのドレスにケーキのクリームが飛んだら大変でしょ?安全策よ」 
 そう言うと誠を見つめるアイシャ。仕方なく誠はそのままテーブルの中央に置かれたケーキを持ってアイシャが包丁を構えている流しに向かった。
「おい……全然飲んでねえじゃないか」 
 要はそう言うとワインのボトルを手に立ち上がる。いつもよりペースが遅い要なら大丈夫だと誠はそのままケーキをアイシャに手渡した。
「ありがと。カウラ!どれくらい……って!要ちゃん!」 
 アイシャの叫び声。誠が振り返る。
 そこには手にしたワインの瓶の口をカウラにの顔面に押し付けようとする要の姿があった。
「止めろ!」 
 ニヤニヤ笑いながらワインの瓶を押し付けてくる要にカウラがそう叫んだ瞬間、要の姿が瞬時に彼女の前から消えた。それはどう見ても『消えた』としか思えないものだった。
「え?」 
 彼女を助けようと振り向いた誠だが、次の瞬間、居間の壁際に要が大げさに倒れこんでいるのが見えると言う状況だった。
「本当に酔っ払いは……誠もそうだけど駄目駄目ね」 
 そう言って薫はワインを飲み干す。まるで何が起きたかすべてを知っているような母の態度。だが、そこに踏み込むことは誠にはできなかった。
「なに?何があったの?」 
 まるで状況が飲み込めないアイシャ。カウラもただ呆然と固まっている。
「うー……」 
 要はしばらく首をひねった後、ゆっくりと立ち上がって手にワインがなくなっているのを見つめた。
「あれ?ワインが無い……アタシは……あれ?」
 周りを確認してその急激な変化にただ戸惑う要。 
「駄目よ、飲みすぎちゃ」 
 そう言った薫の左手にはワインのボトルが握られている。まったく状況がつかめない誠達。ただ一人悠然とワインを楽しむ薫。
「じゃあ続きよ」 
 説明が出来ない状況を追及するようなアイシャではない。そう言って流し台のケーキに包丁を入れる。誠もそれを見ながら切られていく白いクリームを見つめていた。
「アタシ……何があったか覚えてる奴いる?」 
 居間で相変わらず不思議そうに要がつぶやく。カウラも誠もアイシャも状況がわからず黙り込んでいた。
「飲みすぎたんじゃないのか?」 
 カウラの言葉にもただ当惑している要が椅子に座った音が聞こえる。
「誠ちゃん。何があったかわかる?」 
 ケーキを皿に盛るアイシャは小声で誠に尋ねた。だが誠は首を振ることしか出来なかった。
「きっと母さんならわかるだろうけど……」 
 だが誠にそれを確認することはできなかった。法術の反応は明らかにあった。それは母から感じられていた。しかし母のそう言う能力の話は聞いていない。先日の法術適正でも、母からは能力反応が見られなかったと聞いていた。
「ほら!ケーキよ!」 
 やけになったように皿に盛ったケーキを運んでいくアイシャ。誠もそれに続く。アイシャはまずプレートの乗った大きなかけらをカウラの前に置いた。
「ありがとう」 
 そう言ってチョコのプレートの乗ったケーキをうれしそうに見つめるカウラ。
「それでこっちが要ちゃん」 
 イチゴが多く乗ったケーキの一切れが要の前に置かれる。
「ああ、うん」 
 まだ釈然としないと言うようにケーキを見つめる要。そして彼女は思い出したように母にケーキを手渡す誠をにらみつけてきた。その犯人を決め付けるような視線にあわてる誠。
「そんな……僕も知りませんよ」 
 誠はそれしか答えることが出来なかった。それでも納得できないと言うようにグラスにワインを注ぎ始める要。二人の微妙な距離感にカウラがあわてているのがわかり、二人ともとりあえず落ち着こうとワインを手にした。
「要ちゃんはケーキを肴にワインを飲むの?」 
 自分のケーキをテーブルに置いて腰を下ろしたアイシャの一言。要は相変わらずどこか引っかかることがあると言うような表情でケーキをつついた。
「大丈夫よ。何も仕掛けはないから」 
 そう言ったのは薫だった。誠は何か隠している母を見つめてみたが、まるで暖簾に腕押し。まともな返答が返ってくるとは想像できなかった。誠は仕方なくケーキを口に運ぶ。
「あ!」 
 カウラがケーキのプレートを口に運びながら、突然気が付いたように声を上げた。のんびりと自分のケーキにフォークを突き刺していたアイシャが急に顔を上げてカウラを見つめる。その様子がこっけいに見えたのか、要が噴出した。
「なに?なんだ?何かわかったのか?」 
 笑いと驚きを交えたようにようやくそう言った要。今度はそんな要がおかしく見えたらしく、カウラの方が笑いをこらえるような表情になった。
「そんな大したことじゃない。思い出したことがあるんだ」 
「だからなんなんだよ!」 
 怒鳴る要を見て困ったような表情を浮かべるカウラ。その様子を覗き見ながら苦笑いを浮かべるアイシャ。
「だからな。ケーキを食べるならコーヒーを入れたほうが……」 
「おい……くだらないこと言うなよ」 
 怒りを抑えるようにこぶしを握り締める要。アイシャも誠もつい噴出してしまう。
「いいわねえ……女の子は花があって。男の子はだめ。つまらないもの」 
 そんな要達を眺めながらぼやいてみせる母に仕方がないというように誠は顔を上げた。
「すいませんねえ」 
 愚痴る母親を見上げながら誠は甘さが控えめで香りの高いケーキの味を楽しんでいた。
「でも……いいな。こう言うことは」 
 カウラがそう言った。祝うと言うことの意味すらわからなかっただろう彼女の言葉。
「そうだな。悪くない」 
「悪くないなんて……要ちゃんひどくない?素敵だって言わなきゃ」 
「まあ、あれだ。オメエがいなけりゃ最高のクリスマスだな」 
「なんですって!」 
 再びじゃれあう要とアイシャ。誠もカウラの表情が明るくなるのを見て安心しながらケーキを口に運んだ。


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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 33

 地下鉄から降りて階段を上る。再び浅間界隈の地上の風に吹かれた誠達。とりあえず上りきったところで誠は疑問を口にした
「でもシン大尉。イスラム教徒だったんじゃないですか?」 
 プレゼントの話を思い出してそう言った誠に、呆れ果てたという顔をしたのは要だった。アブドゥル・シャー・シン大尉。前の保安隊管理部部長。現在は母国の西モスレムで新設される同盟軍事機構教導部隊の編成作業にあたっているところだった。
「キリストさんも一応イスラム教の聖人なのも知らねえのかよ。それにこいつの誕生日を祝いたいっていう話になれば、気風のいいあの旦那のことだ。レシピと材料を送って本格的なケバブを食わせてやろうって考えるのもわかるだろ?」 
 要は本当にシンのケバブが大好きだった。誠もあのやわらかくも香ばしい不思議な食感にはいつも感心させられていたのを思い出した。アイシャもカウラもかつての堅物の癖に妙な食へのこだわりを見せた主計将校のひげ面を思い出していた。
「それはいいけど、なんでカウラちゃんはさっきからにやけてるの?」 
 アイシャの言葉で誠も一人遅れて歩いているカウラに目を向けた。全員の視線が集中すると、恥ずかしそうにうつむくカウラ。
「あんまり苛めるなよな。なんと言っても今日の主役はこいつなんだから」 
 機嫌よく要はそう言うとカウラの背中を叩く。それに我を取り戻して苦笑いを浮かべるカウラ。東都浅間界隈の入り組んだ路地を進み、再び誠の実家の剣道場の門構えが目に入る。誠達は張り切っていると言う薫の顔を見るために急いで玄関の扉を開いた。
「お帰りなさい!」 
 引き戸の音が聞こえたのか、薫のはきはきとした声が家中に響いた。
「ただいま」 
 ばつが悪そうに誠が言うのを、薄ら笑いを浮かべながら見つめている要。先日の蟹を入れてあった箱がまだ玄関に置き去りにされている。それを見て苦笑いを浮かべながら誠は台所を目指して歩いた。
 なにやら香ばしい匂いが漂ってくる。いつもの醤油や味噌の香りではなく独特のエスニックな香辛料の香りに誠はひきつけられた。
「まあ、皆さん一緒で。誠、昼はどうしたの?」 
 エプロン姿の笑顔を浮かべている薫。誠は頭を掻きながら渋々口を開いた。
「子供じゃないんだから。食べたよ、蕎麦」 
 誠の照れた表情に笑顔で返す薫はそのままオーブンの中からこんがりと焼けた鶏肉を取り出した。
「おーう」 
 そううなったのは予想通り要だった。
「ちょっと実験してみたのよ。ヨーグルトベースの汁につける時間が短かったからそんなにやわらかくなってないと思うけど……」 
「薫さん!食べていいですか?」 
 そう言うと薫が頷くのも待たずに一切れを手に持った要。香りを味わい、そしてゆっくりと口に運ぼうとする。
「西園寺。手は洗ったほうがいいぞ」 
 そのまま立ち去るカウラ。しばらくそちらを見つめた後、後ろ髪引かれながら肉を置いてそのまま台所の流し台で手を洗う。
「要ちゃん。そのままうがいを……」 
「うるせえ!」 
 アイシャの言葉に怒鳴りつけた要は再び鶏肉を手に持ってそれにかぶりついた。
「旨い!」 
 そう一言叫んだ後、ひたすら肉に集中して食べ続ける要。
「あのー、どう?」 
 薫はあまりに見事な要の食べっぷりに呆れながらそう尋ねた。
「お母様無駄ですわよ。西園寺様はもうお肉のとりこに成られて……」 
 ふざけて気取ったときに要が口にするような丁寧な言葉を発したアイシャを、要は口に肉をくわえたまま蹴飛ばす。
「ふざけているんじゃない!神前。手を洗ったほうがいいぞ」 
 そう言うカウラの視線も三切れの肉の塊に向いていることに誠は気づいていた。彼女もやはり食べてみたいのかそう思うと自然に誠の表情も驚きから喜びに変わる。
「私は要らないからさっさと手を洗ってくれば?」 
 アイシャにまで気を使われたら誠も断るわけには行かなかった。そのまま廊下をひとたび玄関のほうに向かうと手前のドアを開いて洗面所に入る。
『うめー!』 
『それはよかったわ!今他の肉は仕込みの最中だから。手伝ってもらうときは声をかけるわね』 
 要の叫び声と、母のたしなめるような言葉が響いてくる中誠は手を洗っていた。
「まーこーとちゃん!」 
 そう言って後頭部にチョップしてきたアイシャに振り向く誠。
「何してるんですか?」 
「失礼ね!私も手を洗いに来たのよ」 
「食べないんじゃなかったんですか?」 
 誠は態度を変えて見せたアイシャに声をかける。
「うるさいわね!いいでしょ?別に」 
 そう言うと手ぬぐいを手に取っている誠を押しのけるようにして手を洗うアイシャ。そんないつものように気まぐれな彼女に気づかないうちに笑顔が浮かんで来ているのがわかる。
「でも……カウラちゃんは幸せものよね」 
 急にしんみりした調子でつぶやいたアイシャ。誠は突然の変化に対応できずに立ち尽くしてしまう。誕生日の話。彼女達にとっては培養ポッドから出て初めて呼吸をした瞬間。
「そう言えば、アイシャさんは比較的起動時期が早かったと聞いたんですけど……」 
 気を使って話題を振ったつもりが、手を拭おうと誠の手にある手ぬぐいを手にしているアイシャの顔はどこと無くさびしげに見えた。
「そんなこと聞いてどうするつもり」 
 いつもの明るいアイシャではなかった。何かひどく暗い表情。誠はしまったと思いながらうなだれる。
「まあそんなことどうでもいいじゃないの。それよりお肉なくなっちゃうわよ」 
 そう言うとアイシャは手早く手を拭ってそのまま台所に向かった。
「ちょっと!それ!」 
 洗面所を出たとたんにアイシャの叫び声が響く。頭を掻きながら台所に顔を出した誠の前に、誠の方をタレ目でちらちら見ながら猛然と肉にかぶりつく要の姿があった。
「早い者勝ち……まあどうしてもと言うなら食いかけのこれを」 
 すぐに要の後頭部をはたいたのはカウラだった。自分の役割を取られて驚くアイシャ。カウラもなぜそんなことをしたのかと言うようにきょとんと立ち尽くしている。
「まあ、やっぱり凄いのね本場の味は。皆さんには好評みたいだから。誠。あとでね」 
 そう言うと流し台の隣の大きな袋に詰められた鶏肉に向かう薫。母のそんな姿と肉にがっついている要とアイシャを苦笑いを浮かべながら見つめる誠だった。
「おい、そういえば例のプレゼントは?」 
 早くも二本目の鳥の腿を食べ終わった要の言葉。静かに笑みを浮かべる誠。自分でもそれが自信に満ちているのを感じていた。
「当然もう出来てますよ。ちゃんとプレゼント用に包装もしましたし」 
「え?事前に見せてくれないの?」 
 アイシャの好奇心むき出しの言葉に照れ笑いを浮かべる誠。そんな彼を楽しそうに見つめながら肉を齧るカウラ。
「事前に見せたらまた色々突っ込みを入れるでしょ?」 
「突っ込みじゃないわよ!アドバイス。純粋に観賞する者としての要望を述べているだけよ」 
 ワイルドに間接の軟骨を食いちぎりながらアイシャはそう言って笑う。
「まあいいか」 
 そう少しさびしそうに言うと、食べ終わった要が肉をタレとなじませる為に肉の入った袋を揉んでいる薫の隣の流し台で手を洗う。
「そんなところで作業の邪魔をして……」 
「いいだろ?きれいになったんだから。それと神前、アタシはこれからちょっと用があるから」 
 そう言って要はそのまま台所を出て行った。
「まったく勝手ばかり言って……」 
 そう言いつつ、要の完全に骨以外残さずに食べた鳥の腿肉を参考に、軟骨を食いちぎり続けるアイシャ。カウラはそんなアイシャとただ立って笑顔を浮かべているだけの誠を見ながら、満足そうに手に握っている腿に付いた肉を食べていた。
「そう言えばアイシャさん。ケーキとかピザとかはどうしたんですか?」 
 骨を咥えているアイシャに誠は声をかけた。静かに口から骨を出して、そのままにんまりと笑みを浮かべるアイシャ。
「私に抜かりがあるわけないでしょ?当然、手配済み。もうすぐ配達の人が来る手はずになっているわ」 
「じゃあ何で西園寺は……」 
 カウラは引き戸を開けて出て行った要の後姿を見るように廊下に身を乗り出す。
「さあ?私は知らないわよ。それにしてもこんなにお肉があるなんて……ピザちょっと頼みすぎたかしら?」 
 そう言うとアイシャは手にした骨を、要がきれいに食べつくした鶏肉の骨の上に並べた。


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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 32

「なるほど……やっぱり叔父貴か」 
 そう言って要は静かに手にした汁の中に静かに蕎麦湯を注いだ。しおれてうつむく菰田。隣のテーブルでは島田のシャレに突っ込むサラのけたたましい笑い声が響く。
「うるせえ!」 
「止めなさいよ。それに要ちゃんの声のほうがうるさいわよ」 
 怒鳴る要とたしなめるアイシャ。それを見ながらお代わりした蕎麦をすすっているカウラ。
「でもまあこれで……」 
「ご苦労さん。さようなら……出来ればカウラちゃんが食べ終わるまでに会計済ませといてね」 
 明らかにつれない、それどころか昼飯をたかるつもり満々な二人の上司に菰田は大きなため息をついた。
「そんな……」 
「あきらめろよ。見つかった俺等が間抜けだったんだ。でも良かったじゃないか。ベルガー大尉と一緒に食事が出来たんだぞ。願ったりかなったりだな」 
 島田の言葉にさらにしおれていく菰田。サラと誠が同情の視線を向けたのは無理も無い話しだった。
「ふう」 
 そう言うとカウラは最後の一口を汁の入った小鉢からすすりこむ。そして満足げな顔で蕎麦湯で薄めるわけもないというようにそのまま汁を飲み干してしまった。
「おい、そこは蕎麦湯を入れるもんだぞ」 
「別に貴様にどうこう言われる話ではないな」 
 満腹で多少機嫌が直っているカウラだが、つけられていた頃にはかなり怒っている様だった。要とアイシャが暴走するのはいつものことだが、嵯峨の差し金とはいえ、一番苦手としている菰田にまで参加していたことにいらだっていた彼女は菰田のおごりで昼を食べることで何とか機嫌を直していた。
「ああ、それじゃあ俺等は出るわ」 
 はじめから別会計と宣言していた自分達のてんざるセットの分の伝票を持つとさぅと立ち上がる島田。サラも満足したように一緒に立ち上がって赤い色のコートを見にまとう。
「どこでも行け!二度と帰ってくるな!」 
 いらだっているような要の声に首をすくめるようなしぐさをした後、入り口に消えていく島田とサラ。
「良いわねえ……二人っきりのクリスマス」 
 二人の後姿にあこがれるような表情を浮かべるアイシャ。だがこちらも不機嫌そうな要はじっと掛蕎麦をすすっている菰田をにらみつけていた。
「本当にすいません」 
 反省の弁。だがカウラはそのような言葉に耳を貸すわけではなかった。
「それじゃあ帰るか」 
 立ち上がるカウラ。追いすがるような菰田の視線が誠の笑いを誘うが、すぐに目の前で殺意をこめた視線を送ってくる菰田がいるのでただ黙り込む。
「じゃあお勘定お願いね」 
「ちゃんと払えよ」 
 アイシャも要も感謝の言葉を口にする気持ちは無いと言うように無情に立ち上がる。誠も仕方なく立ち上がった。黒で統一されたような和風の雰囲気の蕎麦屋。もうすでに自分達の分だけの会計を済ませた島田達の姿は無い。
「あいつが払いますから!」 
 近づいてきた店員に、要がうつむいている菰田を指差す。ニヤニヤ笑いながらアイシャが店を出るのに付き従うカウラと誠。
「寒いわねえ」 
 店を出たとたん、弱弱しい太陽と北風の出迎えを受けてアイシャが首をすくめた。紺色のコートと彼女の同じ色の長い髪が風になびいているのが見える。
「それじゃあ帰るか」 
 最後に出てきた要がそう言うとアイシャは大きく頷いて歩き出す。
「帰るんですか?」 
 誠のその一言にゆらりと振り返っておどろおどろしい雰囲気で誠をにらむ要。
「なんだ?お前これからカウラと何をする気だったんだ?」 
「そりゃあ決まってるじゃないの……ねえ」 
 そう誠に言ってくるアイシャの表情には笑いは無かった。誠は仕方なくカウラを見る。彼女はおいしい蕎麦に満足したと言う表情で誠を見つめてくる。
「わかりましたよ!」 
 そう言うと誠はそのまま最寄の地下鉄の駅を目指して歩き出す。
「でも……なんだか似合ってて少し悔しかったわね」 
 ポツリとつぶやいたアイシャの後頭部を小突く要。二人を振り返り苦笑いを浮かべながら下町情緒のある東都の街を歩く誠。考えてみれば彼女達と出会ってまだ半年を迎えるかどうかと言うところ。ここまでなじめるとは誠も考えていなかった。
「それにしても腹立つな……叔父貴め!」 
 そう言って何かを殴るふりをする要。そんな彼女に大きく頷いたのはアイシャ。
「尾行を考え出した人間がよく言うな」 
 二人ともさすがに今の状態でカウラに見つめられると苦笑いを浮かべるしかなかった。
「でもなんだかオメエの母ちゃんは張り切ってるみたいだったな。シンの旦那から鶏肉がたくさん送られてきたのを見てすっかりやる気になってさあ。邪魔しようとするこいつを台所から追い出して……」 
 ニヤニヤ笑っている要。その言葉にアイシャは不本意だと言うように頬を膨らませる。
「それに……カウラ。耳を貸せ」 
 要はそう言うとカウラを抱き込んで耳元に何かささやいていた。
「二人ともなに?悪巧みか何か?」 
 いつの間にか到着していた地下鉄へ降りていく階段の前で仁王立ちしてみせるアイシャ。
「まあ気にするなって。お楽しみだよ」 
 そう言うと要はさっさと階段を降り始めた。


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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 31

「あーあ。潰されちゃった」 
 東都都心部。その中央にある同盟本部合同庁舎司法局局長室。嵯峨惟基大佐は目の前の画面が砂嵐に覆われると静かに伸びをした。入り口からついたてを隔てて設けられた応接ソファーに座った嵯峨、隣には彼の娘で同盟司法局の法術関連の調査を専門とする法術特捜の主席捜査官、嵯峨茜軽視正が苦笑いを浮かべていた。
「相変わらずね。部下で遊ぶのも大概にしておいたほうが良いわよ。そのうち痛い目を見ることになるんだから」 
 ソファーには座らず嵯峨の隣に立っている東都警察に似た紺色の勤務服姿の妖艶な女性、同盟司法局機動隊、隊長安城秀美少佐は呆れたように嵯峨を見下ろしながら薄笑いを浮かべていた。彼女の立っている隣のソファーには現在は各部局との調整を担当している明石清海中佐がその言葉に大きく頷いていた。
「正直、今年の上からの指示での配置換えですが、うまくいっているみたいですね。安心しましたよ」 
 その言葉に嵯峨達は局長の執務机に座って頬杖を付いている同盟司法局局長、魚住雅吉大佐を仰ぎ見た。
「まあお前さんの同盟機構軍移籍までは、出来るだけ大事は起こしたくねえのが本音だからな」 
「それはそれはお気遣いありがとうございます」 
 親しげな嵯峨の言葉に大げさに反応する魚住。そして彼はそのまま立ち上がるとソファーを囲む嵯峨達の中に加わった。
「実際あれほど特殊な隊員で構成された実力行使部隊。期待はされるのは当然としてとりあえず私の任期の間にはことも無く終わってくれると良いんですが……」 
「正直なのはええけど、正直心配やな。その調子でしゃべっとったらいつか足元すくわれるで」 
 渋い表情がサングラス越しに見える明石。かつては『官派の乱』で『播州四天王』と呼ばれた盟友の軽口に思わず忠告してしまう。
「良いじゃないの。タコ。正直なのは美徳だよ。何しろ信用ができるからな」 
 そう言うとポケットから禁煙パイプを取り出した嵯峨。そのまま口にくわえて周りを見回す。
「そうね、だから嵯峨さんは信用が無い」 
「ひどいなあ、秀美さん。それじゃあまるで俺が嘘ばかりついているみたいじゃないですか」 
「お父様。事実を曲げるのは良くないことですわよ」 
 安城と娘に言い寄られて苦笑いを浮かべる嵯峨。そしてその時ドアが開かれた。
「失礼しますわ」 
 甲高い声が響く。そして嵯峨親子の表情が曇る。腰までも長い黒髪を伸ばし、優雅な足取りで司法局の幹部が集まった応接セットに近づいてくる女性士官。
「まもなく昼食会の時間になりますので、皆さんはお帰りいただけませんかしら?」 
 自信にあふれた鋭い眼光。そして何より何もしていないのに高圧的な感じを見るものに与える表情と物腰。
 筆頭の西園寺家をはじめ、大河内家、嵯峨家、烏丸家。胡州四大公家の当主と次期当主がすべて女性になると言うのは前代未聞のことだった。そしてその次席の大公家の大河内家の当主がこの司法局局長秘書室長である大河内麗子少佐だった。
 軍の階級から考えれば彼女などが司法局局長秘書官の地位にいるのはおかしな話だが、胡州建国以来、常に軍の中枢を占めてきた武の名家『大河内』の看板を背負った彼女を司法局に引き取ったのは嵯峨だった。胡州陸軍大学に高等予科学校から直接入学した嵯峨依頼の才女というところは嵯峨も同じ流れで軍に入っただけに態度が大きすぎてトラブルメーカーになっているという苦情の絶えない彼女を受け入れる先は嵯峨の顔の効くところしかなかった。
「皆さん!局長殿はお忙しいのです!つまらない雑談で公務に差し支えたら……」 
「わかった!だから黙ってくれよ」 
 仕方がないというように返事をしてそのまま部屋の隅の洋服掛に下がっていたコートに向かう魚住。
「それでは局長殿。車止めでお待ちしておりますわ」 
 そう言うと嵯峨達を見下ろすように一瞥して出て行く麗子。
「あれ……まあなんというかなあ……今回の移籍での一番の幸せは大河内から解放されることですよ」 
 苦笑いを浮かべる魚住を嵯峨親子、安城、明石は同情のまなざしで見つめることしか出来なかった。

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