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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 1

 地球から遠く離れた植民惑星『遼州』そのお荷物とされてきた遼南共和国のどこにでもある安宿。クリストファー・ホプキンスはけたたましい自動車のクラクションが気になって記事を書いている携帯端末から目を離して窓の外に目をやった。空はどこまでも青く澄んで広がっている。
 昨晩、遼南共和国央都宮殿にクーデターを起こして突入した親衛旅団と防衛する教条派の武装警察の銃撃戦の中には彼の姿もあった。親衛旅団を支持する市民をかき分けて銃撃戦を見つめていた自分が空を見ているとまるで夢か幻のように思えてきていた。そのまま立ち上がり窓辺に向かう。街の戒厳令が明けたばかりだと言うのに安宿の三階の窓から見える町には熱気のようなものが漂っていた。
 遼南人民党教条派の支配の下、秘密警察の恐怖に怯えながら生きてきたこの貧しく若い国の人々は、大通りを闊歩しながら自由を満喫していた。銃声はほとんど聞こえないが、街を行く車の祝福のつもりらしいクラクションが響いている。それで何度眠りを妨げられたかを思い出すと苦笑いさえ浮かんできた。
 クリスはそのまま窓から身を乗り出した。眼下の大通りを車道などを無視して闊歩する人々の顔は明るい。そんな明るい表情の人々を見つめていたクリスの耳にノックの音が響いた。その音にひきつけられるように窓から離れるとクリスはドアに向かった。
 ドアを開くとそこにはクリスのたぶん最後になるだろう取材旅行に同行してくれた旧友の戦場カメラマン、ハワード・バスが立っていた。アフリカ、中央アジア、南米、そして遼州。数知れない戦場を二人で駆け巡ってきた。どれも懐かしくもあり激しくもあり、多くは語るのは止めたい様なさまざまな生と死を二人で見つめてきた。
 アフリカ系らしいの澄んだ瞳。がっちりとしたその手の中のカメラがおもちゃのようにも見えてしまう大きな手。そして寡黙でいながら深い教養を持つ。安心して背中を任せられる相棒として彼を得たことは自分ににとって最大の幸福だとクリスは信じていた。
「やはり首謀者はあの吉田少佐だ。行政院のクーデター組の今回の決起の理由を説明する記者会見はあと三時間後に開くそうだぞ」 
 淡々と手に入れた情報を伝えるとその大男は冷蔵庫の隣の棚のコーヒーメーカーに手を伸ばした。昨日の取材でも親衛旅団の副官である吉田俊平少佐の指示でクーデターが始められたと言うことは親しい人民軍の中尉から聞いていた。彼もまた決起軍の目印である赤い腕章をつけて匂いの悪い両切りタバコをくゆらせていたことを思い出す。
 昨日、宮殿の攻防が親衛旅団側の勝利に終わるのを確認した二人は通信社に送る材料を選ぶ為に語り合った。その事実を記録するかのようにテーブルの上にはその時のままのコーヒーカップがおかれていた。結局眠ったのは夜明けの直前。起きるとすぐに記事を書き始めてようやく時計を見る余裕が出来てそれに目をやればもう昼を過ぎようとしていた。まだ眠そうなクリスの顔を見て呆れたと言う表情のハワードは白いコップを手に取ると洗いもせずにそのままコーヒーを注いだ。部屋に香るコーヒーの匂い。地球なら銘柄とかで文句をつけ絶対に口にしないインスタントコーヒーだが特に気にすることもなく、ハワードは口にカップを当てる。
「特等席は取れるんだろうな?お前のコネが頼りなんだからな」 
 一口コーヒーを飲んだハワードがようやく一息ついたというように表情を緩めながらクリスに向き直った。ハワードはデジタル技術を信用しないアナログな人間だった。手にしたカメラもスチールフィルムを使用する。今時フィルムを手に入れようと思うとそれなりの苦労をするはずだがハワードはそれでもなんとか手に入れては荷物に入れてある暗幕で器用に暗室を作り写真を焼く。そんな骨董じみた趣味のカメラマンだったからこそクリスは彼と組むことを選んだのかも知れないと思った。
「安心してくれ。ちゃんと次期皇帝の許可は得ているよ。最前列に陣取れるはずだ」 
 クリスはそう言うと自分もコーヒーを飲もうと窓から離れる。
「そいつはすごいな。いつもの事ながらあのお人の記憶力には頭が下がるね。それとかわいいお客さんだ」 
 ハワードはカップをテーブルに置いて笑みを浮かべた。そう言ってハワードが振り返ったときにドアが突然開いて少女がそこに現れた。
 クリスには彼女がやってくることは予想が付いていた。紅いスカーフは、典型的なこの国の高校生らしく首に巻かれて、その上に乗った幼く見える顔の笑顔とをもに印象に残る。
「クリスちゃん!来たよ!」 
 その脳天気な言葉で再会を喜ぶ姿は、とても高校生とは思えないものだった。確かにこの国の東アジア系と区別のつかない原住民族の出身とはいえ、クリスから見ても幼すぎるように見える。
「もう3年ぶりか。どうだね学校の方は?」 
 彼女、人民軍の英雄でもあるナンバルゲニア・シャムラードはたじろがずにどんどん部屋に入ってきた。
「野球やってるんだよ!しかもアタシ、レギュラーなんだ!」 
 うれしそうに話す彼女の姿と外の解放を喜び、赤地に紺色の星の描かれた遼南帝国の国旗を降りかざす民衆の姿をクリスは重ねてみていた。
「それは良かった。だが勉強もした方が良い。私も6年かかってハーバードを卒業した口だからね。ちゃんと勉強もしておくことだ」 
「良いことを言うじゃないか。俺は大学中退だよ。コーヒーでも入れるとするか、シャムは甘いのが良いんだよな?」 
 ハワードはそう言うと再び母国から持ち込んだコーヒーメーカーの方に向かった。ハワードも仕事に没頭しているここ数日は仕方ないと言うことでインスタントを飲むが、彼のプライドが客にインスタントを出すことを許さなかった。
「北兼王ムジャンタ・ラスコー、嵯峨惟基大佐か。あの人物が次期皇帝とは……。君はどう思う?」 
 ソファーに腰掛けようとしたシャムにクリスはそうたずねた。コーヒーメーカーに向かう大男からクリスに目を向けたシャムが目を輝かせながら微笑を浮かべる。
「隊長は優しいから大丈夫だよ」 
 思わずコーヒーの粉を手にしたまま噴出したハワード。クリスも自分が戸惑った笑みを浮かべていることは予想が出来た。
「優しいだって?あのマフィア崩れに優しさがあるのなら俺はとっくにくたばってたよ!」 
 幸いこぼさずに済んだコーヒーの粉を注意深くコーヒーメーカーに注ぎながらハワードはそう叫んだ。一般的な用語で『優しい』という言葉の意味を探したなら、クリスも彼に同感せざるを得なかった。
 嵯峨の優しさは戦場という特殊な空間でこそ有効な『優しさ』だった。嵯峨の信念、敵味方問わず最小限の被害で最大限の戦果を得るという状況を作り出す。それを『優しさ』とシャムは呼んでいることはクリスにも分かっていたことだった。
「ああ、君が来ることが分かっていれば珍しいものも用意しただろうが、こんなものしかなくてね」 
 クリスは昨日、久しぶりに教条派が立てこもった国防省を攻撃する親衛旅団との市街戦を取材に行ったときに親衛旅団の下士官に分けてもらった親衛旅団特製だというアンパンを彼女に手渡した。ただでさえ再会に満面の笑みのシャムがさらにうれしそうに大きく目を見開く。
「これ!大好きなんだ!」 
 彼女はそう言うと、さっそくアンパンにかぶりついた。大きく開いた口が半分ほどのパンを食いちぎった。クリスに向けられる無邪気な視線が彼の心に残った昨日の疲れを拭い去った。
「おいおい!レディーはこんな時はコーヒーが入るのを待つものだぜ!」 
 ハワードは満面に笑みを浮かべながらシャムにそう言った。シャムは再びアンパンに噛み付きながらハワードが差し出したコーヒーのカップを受け取った。
 受け取ったコーヒーをテーブルに置き、そのまま口にくわえたアンパンを手にとって純真そうな笑みを浮かべるシャム。それを見て安心したのか、ハワードは自分のコーヒーを一口飲むと話を切り出した。
「ほぼ市内は親衛旅団と呼応した人民軍部隊が制圧したらしい。ここ央都州や教条派の影響力が強いはずの北天州でも教条派に呼応する動きは無いらしい。遼北の亡命組や東海の花山院軍閥や南都軍閥の動きが無いのが不気味だが……」 
 そんなハワードの言葉に答える代わりにクリスは記事を書いていた端末を切り替えた。
 その画面はここ央都を中心にして展開されている人民軍の状況を図で示していた。多くの部隊に赤い旗のマークがつけられ、残りの部隊には×が記されている。そして下半分には嵯峨のシンパと以前から言われていた軍幹部や政府、人民党の高官の東海・南都両軍閥首脳との会合の予定表が見て取れた。
「吉田少佐からの情報か」 
 ハワードは納得したようにコーヒーをすすりながら身を乗り出す。その間にも赤いしるしの部隊が次々と白旗と×のしるしに変わりつつあった。
「まあ教条派の幹部が央都宮殿で捕らえられて親衛旅団の管理下にある以上、抵抗するだけ無意味だとわかっているんだろうな。それに恐らく根回しもしてあっただろうし……。それに実際勝ち目が無いのは誰にでもわかる。多くの教条派の部隊では兵士が脱走して動くに動けない状況だと言う話だ」 
 そう言うクリスに思わずハワードが頷く。その隣では二つ目のアンパンを口に運んでいるシャムがいた。
「脱走は遼南軍の十八番ってわけか。このまま南都と東海が吉田少佐支持に傾くとなれば、教条派についても得なんか一つもないからな」 
 そう言うとハワードはコーヒーカップを握り締める。同じようにクリスもまたコーヒーを啜った。クリスはいつもブラックのコーヒーを好んだ。豆は遼南南部の州、南都産だった。ヨーロッパ風の炒り具合はかなりきつめで、その苦味が口の中にゆっくり広がる飲み口がクリスの好みだった。
「ああ、遼北が半年前の首脳会見で改革路線を鮮明にして以降は東和や胡州との関係改善を進んでいるからな。教条派の強権政治を支持する馬鹿はどこにもいないよ。事実、さっき東和、大麗、西モスレムの実務者会議で吉田少佐のクーデターの容認で対応を急ぐことが決まったそうだ。地球もほぼ同じ対応を取るだろう。問題の胡州だが……」 
 遼州の外側を回る外惑星とアステロイドベルトなどのコロニー群で構成された貴族制国家『胡州帝国』。政情不安が続いているその国が動きを見せることはない。そうクリスは見ていた。国内での貴族を中心とした官派と庶民の利益拡大を目指す民派の対立はいつ内戦に発展してもおかしくない状況であり、他国に関心を向ける余裕などなかった。一方で遼州星系最大にして地球とも伍する力を持つこの遼南のある崑崙大陸の東に浮かぶ島国東和共和国。この国が今回の吉田俊平少佐率いる親衛旅団のクーデターを事前につかんでいて遼州の衛星の国家大麗や遼南に隣接する西モスレムに水面下での会合を設けていたことはクリスも予想していた。
 7年前、遼州星系と地球の間で戦われた第二次遼州戦争。それがこの遼南にもたらしたのはアメリカ軍の基地と軍事力を背景とした強権的な指導者だった。
 大戦末期に皇帝ムジャンタ・ムスガを追放して全権を手にしたガルシア・ゴンザレス大統領。老獪な政治手腕で地球諸国の支援を取り付けて独裁を敷いた怪物。
 今、目の前に座って、アンパンにかぶりついている少女、シャムがゴンザレス将軍率いる共和軍と戦った『騎士』であることなど、知り合いであるクリス達でもなければ信じない事だろう。
「そう言えば俊平からこれを渡してくれって」 
「俊平?」 
 クリスは不思議に思いながら手紙を手にした。そしてそれが吉田少佐からのものであることがわかってつい噴出した。
「電子戦のプロが手書きの手紙とはずいぶんアナクロじゃないか」 
 そう言ってハワードは笑う。クリスは封筒から一通の手紙を取り出した。それは記者会見場での位置取りの書類だった。A-8。絶好の位置である。それを見たハワードは黙って天井を見上げてにやりと白い歯を見せる。
「ほら、少佐殿からのお祝いだ。仕事はきっちり仕上げてくれよ!」 
 そう言うとクリスはハワードの腹を叩いた。再びにやりと笑ってハワードが大きく目を見開いてシャムを見直した。
「しかし、本当に君は変わらないんだな」 
 ハワードはまじまじと頭の先からつま先までシャムを丁寧に観察する。だがシャムは外の光景が珍しいと言うようにアンパンを急いで口に放り込むとそのまま窓に張り付いた。遼南共和国の西北に位置する高原地帯の北兼州。遼南でも特に開発の遅れた地域に住む彼女にしてみれば300年以上前に地球からの独立を果たしてから常に首都と呼ばれて来た央都の光景が珍しく見えても当然の話だった。 
「でも都会って凄いねえ。ここには電気もあるし、テレビもあるし、いろんなものが売ってるし凄いんだよ!」 
 興奮気味なシャムの言葉にクリスは苦笑いを浮かべる。景観維持のために建物の高さに制限がある関係もあるが、東和で見るような1000メートル級のビルなどどこにも無い田舎町にしか見えない央都ですら彼女にとっては大都会なのだろう。そう思うとクリスは少しばかり複雑な気分になった。
「そうか。確かに君とであった北兼山地の村には自家発電装置しかなかったもんな。それも北兼軍が駐留するまでは放置されていたし」 
 クリスがコーヒーの最後の一口を飲み込んだ。その瞬間にも町の歓声は途切れることがなかった。彼はじっと窓から身を乗り出すシャムの後姿を眺めていた。その目の前で、急にシャムは肩を震わせていた。
「それに、……もう一人じゃないからね」 
 そう言うと急にシャムは顔を伏せた。彼女とであった北兼の山の中のあの廃村、そして一面に広がる墓。クリスもその異様な光景を思い出していた。シャムが一人取り残された朽ちかけた村。シャムも同じ光景を思い出したのだろう、クリスを見つめる目には涙が浮かんでいた。
「泣かなくたって良いじゃないか」 
 子供に泣かれるのは気分が悪い。従軍記者として累々と積み重なる死体の山を何度となく見てきたクリスだが、そこに響く数知れない子供の泣き声に慣れる事はできなかった。そんなことを思ったクリスは、同じような顔をしていた男の顔を思い出していた。これからこの国を治めるだろうある男の顔。その男との出会いがなければクリスはここにいることは無かったろう。
 その男は北兼軍閥の首魁と呼ばれた男だった。嵯峨惟基中佐。そしてムジャンタ・ラスコーと言う名前で次期遼南帝国の皇帝に即位することが有力視されている食えない男だった。

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テーマ : SF小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 31

 ハンガーの前ではどこに隠していたのか聞きたくなるほどのバーベキューコンロが並んでいた。それに木炭をくべ発火剤を撒いている整備員。そんなコンロをめぐって火をつけて回っているのは島田だった。
「おう、ついたか」 
 目の下にクマを作ってふらふらと火をつけて回る島田。顔には血の気が無い。
「大丈夫なのか?そのまま放火とかしないでくれよ」 
 要は冗談のつもりなのだろうが誠にはそうなりかねないほどやつれた島田が心配だった。
「西園寺さん大丈夫ですよ。火をつけ終わったら仮眠を取らせてもらうつもりですから」 
 そんな島田の笑いも、どこか引きつって見える。カウラもアイシャも明らかにいつもはタフな島田のふらふらの様子が気になっているようでコンロの方に目が向いているのが誠にも見えた。
「じゃあがんばれや」 
 それだけ言って立ち去る要に誠達はついていく。その先のハンガーには新しいアサルト・モジュールM10が並んでいた。
 その肩の特徴的なムーバブルパルス放射型シールドから『源平絵巻物の武者姿』と評される05式に比べるとどこか角ばった昆虫のようにも見える灰色の三機の待機状態のアサルトモジュール。
「へえ、結構良い感じの機体じゃねえか」 
 要はM10の足元まで行くと迫力のある胸部に張り出した反応パルス式ミサイル防御システムを見上げた。
「俺にとっても都合の良い機体だな。運用コストがべらぼうに安い上に故障が少なくてメンテ効率が高い。ローコストでの運用には最適だ」 
 突然の男の声に驚いて飛びのく要。そこでは管理部長、アブドゥール・シャー・シンが牛刀を研いでいた。
「やっぱり牛を潰すのはシンの旦那か」 
「まあな、俺はこの部隊では自分で潰した肉しか食えないからな」 
 敬虔なイスラム教徒である彼は、イスラムの法に則って処理した肉しか口にしない。彼がこう言うパーティーに参加するときは必ず彼がシャムの飼っているヤギや牛の処理を担当することになっていた。
「設計思想がよくわかる機体だ。総力戦が発生しても部品に必要とされる精度もかなり妥協が可能な機体。その部品にしても平均05式の三分の一の値段だ。予算の請求もこう言う機体ばかりだと楽なんだけどな」 
 シンはそれだけ言うと、また牛刀を研ぐ作業に戻った。
「またバーベキューですか?」 
「そりゃそうよ。誠ちゃんだけ特別扱いってわけには行かないでしょ」 
 そう言うとアイシャはそのまま事務所につながる階段を上り始める。
「おう、おはようさん」 
 大荷物を抱えた明石清海中佐が立っている。確かに夏は終わりを迎えようとしているが、薄手とはいえ紫のスーツは暑苦しく見える。
「その様子、出張ですね」 
「まあな。法術対策部隊の総会ってわけだ。西園寺、ジュネーブって行ったことあるか?」
 いきなり地球の話題を要に振るのは彼女なら何度か行ったことがあるだろうと明石も思っているんだと誠は再確認した。 
「スイスは機会がねえけど、まあ会議を開くには向いてるところだって聞いてるぜ」 
「そうか。ワシはあんま知らんからどないすれば良いか……」 
 明石はそう言うと剃りあげた頭を掻く。
「まあ、地球の連中に舐められないようにしてくれば良いんじゃねえの?」 
 それだけ言うと要は実働部隊事務所のドアを開けた。
「少し遅いのでなくて?」 
 実働部隊控え室では、湯のみを手にしてくつろいでいる茜がいた。当然、彼女は紺が基調の東都警察の制服を着ている。 
「さっさと着替えて来いってわけか?」 
「そうね。そのまま第一会議室に集合していただければ助かりますわ」 
 そう言うと茜はぼんやりと立ち尽くしている誠達の横をすり抜け、ハンガーの方に向かって消えていった。
「私も?」 
 アイシャの言葉に誠達は頷く。そのまま四人は奥へと進んでいく。
「おはよう!誠君、人気者ね」 
 そう言ってロッカールームから歩いてきたのはリアナだった。
「急いで着替えた方が良いわよ。茜さんは怒ると怖いんでしょ?」 
「まあな。表には出ないがかなり黒くなるからな」 
「ダーク茜」 
 要とアイシャが顔を見合わせて笑う。カウラは二人の肩を叩いた。その視線の先にはハンガーに向かったはずの茜が、眉を引きつらせながら誠達を見つめていた。
「じゃあ、第一会議室で!」 
 要はそう言うと奥の女子ロッカー室へ駆け込む。カウラとアイシャもその後を追う。
「誠君も急いでね」 
 そう言うとウィンクをして去っていくリアナ。
 誠は急いで男子ロッカー室に入る。冷房の効かないこの部屋の熱気と、汗がしみこんだすえた匂い。誠は自分のロッカーの前で東和陸軍と同形の保安隊夏季勤務服に着替える。かなり慣れた動作に勝手に手足が動く。忙しいのか暇なのか、それがよくわからないのが保安隊と言うところ。誠もそれが理解できて来た。
 とりあえずネクタイは後で締めることにして手荷物とそのまま第一会議室に向かった。小柄な女性が会議室の扉の前を行ったり来たりしている。着ている制服は東都警察の紺色のブレザー。
「こんにちわ」 
 声をかけた誠を見つめなおす女性警察官。丸く見える顔に乗った大きな眼が珍しそうに誠を見つめる。
「神前曹長っすね。僕はカルビナ・ラーナ巡査です。一応、嵯峨筆頭捜査官の助手のようなことをしています!」 
 元気に敬礼するラーナに、誠も敬礼で返す。
「すぐに名前がわかるなんて……警察組織でも僕ってそんなに有名人なんですか?」 
「そりゃあもう。近藤事件以来、遼南司法警察でも法術適正検査が大規模に行われましたから。軍や警察に奉職している人間なら知らない方が不思議っすよ!」 
 早口でまくし立てるラーナに呆れながら、誠はそのまま彼女と共に第一会議室に入った。
「ラーナさん、まだ要さん達はお見えにならないの?」 
 上座に座っている茜が鋭い視線を投げるので、思わず誠は腰が引けた。
「ええ、呼んできたほうがいいっすか?」 
「結構よ。それより話し方、何とかならないの?」 
 茜は静かに目の前に携帯端末を広げている。
「すまねえ、コイツがぶつくさうるせえからな」 
「何よ要ちゃん。ここは職場よ。上官をコイツ呼ばわりはいただけないわね」 
 要、アイシャ、そしてカウラが部屋に到着する。その反省の無い要の態度に呆れ果てたと言う表情の茜。
「じゃあ、席についていただける?」 
 刺す様な目つきに誠は恐怖しながら椅子に座る。すぐに彼女は視線を端末に戻しすさまじいスピードでキーボードを叩く。
「おい、それは良いんだけどよ。法術特捜の部長の人事はどうなったんだ?一応看板は、『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関法術犯罪特別捜査部』なんて豪勢な名前がついてるんだ。それなりの人事を示してもらわねえと先々責任問題になった時に、アタシ等にお鉢が回ってくるのだけは勘弁だからな」 
 誠の隣の席に着くなり切り出す要。アイシャもその隣で頷いている。
「その件ですが、しばらくはお父様が部長を兼任することになっていますわ。まあ本当はそれに適した人物が居るのだけれど、まだ本人の了承が取れていないの。それまでは現状の体制に数人の捜査官が加わる形での活動になると思いますわ」 
 そう言いながら、茜はなぜか視線を誠に向かって投げた。要もその意味は理解しているらしく、それ以上追及するつもりは無いというように腕組みをする。
「僕の顔に何かついてますか?」 
 真っ直ぐに見つめてくる茜の視線を感じて思わず誠はそう口にしていた。
「いいえ、それより今日は現状での法術特捜の人事案を説明させていただきます」 
「そうなんですの。とっととはじめるのがいいですの」 
 要は茜の真似をして下卑た笑みを浮かべて見せる。茜はそれを無視するとカウラの顔を見た。
「保安隊の協力者の指揮者ですが、階級的にはクラウゼ少佐が適任と言えますわね」 
 そんな茜の言葉ににんまりと笑うアイシャ。
「でも少佐の運用艦『高雄』の副長と言う立場から言えば、常に前線での活動と言うわけには参りませんわ。ですのでベルガー大尉、捜査補助隊の隊長をお願いしたいのですがよろしくて?」 
 茜の言葉に頷くカウラ。がっくりとうなだれるアイシャ。要は怒鳴りつけようとするが、茜の何もかも見通したような視線に押されてそのままじっとしていた。
「つまり私は後方支援というわけね。それよりその子、大丈夫なの?」 
 アイシャはテーブルの向かいに座っているラーナを見ながらそう言った。ラーナは何か言いたげな表情をしているが、それを制するように茜が口を開いた。
「彼女は信用置けますわ。遼南山岳レンジャー部隊への出向の時にナンバルゲニア中尉の下でのレンジャー訓練を受けたことがある逸材。それに法術適正指数に於いては神前曹長に匹敵する実力の持ち主ですわ」 
 シャムの教え子。その言葉だけで誠達は十分にラーナの実力を認める形となった。さらに法術師としては誠をはるかに凌ぐ実力者の茜の言葉にはラーナの実力を大げさに言っていることは判っていても重みがある。
「そんな大層なもんじゃないっすよ。山育ちなんで、サバイバルとかには結構自信があるだけっす」 
 シャムもそうだが、ラーナも遼南生まれの遼州人は自分と比べて妙に明るい印象がある。そう誠は思いながら要達を見回した。要は特に気にする様子は無かった。カウラは珍しそうにラーナの様子を伺っていた。アイシャが聞きたいことは彼女の趣味と合うかどうかの話だろうと推測が出来た。
 四人に黙って見つめられても、照れるどころか自分から話始めそうなラーナを制して、茜は話し始めた。
「近年、特に前の大戦の終結後ですけど、法術犯罪の発生件数は上昇傾向にあります、そのため……」 
 茜らしい。法術犯罪とその対策の歴史を語りだした茜だが、すぐにそれに飽きてしまう人物がいた。
「おい、茜。そんな御託は良いんだ。それより狙いはどこだ?青銅騎士団か?それともネオナチ連中か?アメちゃんが動いてるって話も聞くわな」 
 要は相変わらずガムを噛んでいた。茜はそれに気を悪くしたのか、答えることも無くじっと端末を操作していた。
「じゃあ『ギルド』と言う組織のことはご存知?」 
 ようやく茜が口を開く。要は自分の意見が通ったことで少しばかり笑みを浮かべた。
「噂は聞いてるよ。成立時期不明、組織構成員不明、ただ存在だけが噂されている法術武装組織のことだろ?どこの特務隊でも名前だけは教えられると言う非正規組織。命名はジョンブルだったか?」 
 要の言葉にカウラとアイシャは黙って聞き入っていた。
「法術犯罪自体が無かったことになっていた時代、先日の近藤事件以降に発生した法術重大事件の陰に彼等がいるだろうと言われてることもご存知なわけね」 
「あの、話が見えないんですけど」 
 アイシャの質問の途中で会議室のドアが開く。
「ごめんなさい!遅くなっちゃいました?」 
 現れたのはレベッカだった。予想外の闖入者に眉をひそめる要。
「レベッカちゃん。こっちの席、空いてるわよ」 
 そう言ってアイシャが隣の席を指差す。技官で中尉の彼女。おそらく誠達にとってのヨハンのように法術兵器に関するフォロー要員として彼女が選ばれたのだろうと誠はレベッカの大きな胸を見ながら思っていた。
 だが誠のそんな様子はすぐに要に見透かされる。
「やっぱりそこの金髪めがね巨乳は法術に関する研究もやってたか。叔父貴の狙いはアメリカとパイプをつなげときたいって所か?」 
 明らかに敵意むき出しの要におどおどとレベッカはうつむく。
「法術研究の最高峰のアメリカ陸軍がお父様とは犬猿の仲である以上、彼女達海軍の方から情報を得ると言うのは常道じゃなくて?」 
 茜はそう言うと話を続けようとした。
「なるほどねえ」 
 そう言って再びレベッカをにらみつける要。今にも泣き出しそうな表情のレベッカはその視線に怯えるような視線を茜に投げる。
「あんまりいじめないでいただけませんか。彼女も法術特捜には不可欠な人材ですのよ」 
 茜の語気の強さに少しばかりひるむ要。
「それじゃあ……」 
「まだ終わんないの?」 
 扉が開き顔を出したのは嵯峨だった。
「お父様、今は会議中ですよ!」 
「そうカリカリしなさんな。それにこいつ等だって馬鹿じゃないんだ。俺達が『ギルド』についてはつかんでいる情報がほとんど無いことぐらい察しはついてるよ。そんな会議したって時間の無駄じゃん」 
 実も蓋も無いことを言われて口ごもる茜。
「まあ、会議なんて言うものは寝るものだからな。情報がわかり次第、それぞれに交換すれば事が足りるだろ?」 
「まあ、その通りなんですけど……」 
 それだけ言って黙り込む茜。
「じゃあ解散か?」 
「そうは言っていません!」
 席を立とうとする要をぴしゃりと制する茜。 
「でも、もうシン達はコンロがいい具合になってきたって言ってるぜ。まあ、堅苦しいことは後にしようや」 
「そう言う風に問題を先延ばしにするのはお父様の悪い癖ですよ」 
 刺すような視線を嵯峨に送った後、あきらめたように端末を閉じる茜。要は伸びをして、退屈な時間が終わったことを告げる。
「バーベキューっすか。いいっすよね」 
 ラーナはそう言うとそのまま会議室から出て行く。要、アイシャ、カウラもまたその後に続く。
「誠!早く来いよ!」 
 廊下で叫ぶ要。誠は座ったまま片付けをしている茜を見ていた。
「よろしくてよ、別に私を待たなくても」 
 不承不承言葉をひねり出した茜のやるせない表情を見ながら、誠は要達を追った。
「良いんですか?こんなので」 
 誠は要に駆け寄ってみたものの、どうにも我慢しきれずにそう尋ねた。
「良いの良いの!叔父貴が責任取るって言うんだから」 
「俺のせいかよ」 
 そう言うと情けない顔をしてタバコを口にくわえる嵯峨。
「まあこれが我々の流儀だ。そのくらい慣れてもらわなくては困る」 
 いつものように表情も変えずにカウラはハンガーへ続く階段を降り始めた。ハンガーでは整備班員がバーベキューの下ごしらえに余念が無い。
「ちょっと!ちゃんと肉は平等に分けるのよ!そこ、もたもたしてないで野菜を運びなさい!」 
 明華は相変わらず彼等を大声で叱り飛ばす。
「じゃあアンプはそこに置いて。そしてお立ち台は……菰田君!ここよ!」 
 いつの間にか和服に着替えていたリアナは電波演歌リサイタルの準備にいそしんでいる。
「よう、歓迎される気分はどうだい」 
 嵯峨が走り回るブリッジクルーや整備員、そして警備部隊の面々をぼんやりと眺めているロナルドに声をかける。
「歓迎されるのが気分が悪いわけは無いでしょう」 
 口元は笑っているが目が呆れていた。隣に立つ岡部もただ何も出来ずに立ち尽くしている。調子の良いフェデロは勇敢にもリアナのリサイタルが予定されている場所でアンプの設定を手伝っていた。
「遅くなりました」 
 そう言いながら茜は野菜を切り分けている管理部の面々に合流する。
「私、何か出来ませんか?」 
 ついさっきまで会議を遂行するように叫びかねない茜だったが手のひらを返したように歓迎会の準備に入ろうとしている。
「良いんだよ。茜。お前も歓迎される側なんだから黙って見てれば。さてと」 
 嵯峨はタバコに火をつけて座り込んだ。
「神前!手を貸せ」 
 いつの間にか復活していた島田が、クーラーボックスに入れる氷を砕いている。
「わかりました!」 
「アタシも行くぞ」 
「私も!」 
 要とアイシャが誠と一緒に駆け出す。遅れてカウラも後に続いた。
「いいねえ、若いってのは」 
 そう言いながら嵯峨はタバコの煙を吐いた。秋の風も吹き始めた八月の終わりの風は彼等をやさしく包んでいた。誠は空を見上げながらこれから始まる乱痴気騒ぎを想像して背筋に寒いものが走った。

 
                            (了)

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テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 30

 翌朝、誠は焼けるような腹痛で飛び起きた。そのままトイレに駆け込み用を済ませて部屋に帰ろうとした彼の前にいつの間か要が立っていた。
「おい、顔色悪りいぜ。何かあったのか?」 
 昨日、ウォッカの箱を開けるやいなや、すぐさま彼の口にアルコール度40の液体を流し込んだ要。それが原因だとは思っていないような要に呆れながらそのまま部屋に向かう誠。
「挨拶ぐらいしていけよな」 
 小さな声でつぶやくと、要はそのまま喫煙所に向かった。部屋に戻り、Tシャツとジーパンに着替えて部屋を出る。今度はカウラが立っている。
「おはよう」 
 それだけ言うと、カウラは階段を下りていく。誠も食堂に行こうと歩き始めた。腹の違和感と頭痛は続いている。
「昨日は災難だったわねえ」 
 階段の途中で待っていたのはアイシャだった。さすがに彼女は要にやたらと酒を飲まされた誠に同情しているように見えた。
「酒が嫌いになれそうですね。このままだと」 
 誠は話題を振られた方向が予想と違っていたことに照れながら頭を掻く。
「それはまあ、要ちゃんのことは隊長に言ってもらうわよ。それにしてもシャワー室、汚すぎない?」 
「これまでは男所帯だったわけですからね。島田先輩に言ってくださいよ」
 そんな誠の言葉にアイシャは大きくため息をついた。 
「その島田君がしばらく本部に泊り込みになりそうだって話よ」 
 食堂の前はいつものだらけた隊員達が雑談をしていたが、カウラとアイシャの姿を見ると急に背筋を伸ばして直立不動の体勢を取った。
「ああ、気にしなくて良いわよ」 
 アイシャは軽く敬礼をするとそのまま食堂に入った。厨房で忙しく隊員に指示を出しているヨハンが見える。とりあえず誠は空いているテーブルに腰を下ろす。当然と言った風にカウラが正面に、そしてアイシャは誠の右隣に座った。
「とりあえず麦茶でも飲みなさいよ」 
 やかんに入った麦茶を注いで誠に渡すアイシャ。誠は受け取ったコップをすぐさま空にした。ともかく喉が渇いた。誠は空のコップをアイシャの前に置いた。
「食事、取ってきて」 
 誠の態度を無視して顔をまじまじと見つめたアイシャがそう言った。
「あの、一応セルフサービスなんですけど」 
「上官命令。取ってきて」 
 何を言っても無駄だというように誠は立ち上がった。アイシャの気まぐれにはもう慣れていた。そのままカウラと一緒に厨房が覗けるカウンターの前に出来た行列に並ぶ。
「席はアイシャが取っておくと言うことだ」 
 そう言うと誠に二つのトレーを渡すカウラ。下士官寮に突然移り住んできた佐官の席を奪う度胸がある隊員はいないだろうと思いながら誠は苦笑いを浮かべた。
「佐官だからっていきがりやがってなあ。オメエも迷惑だろ?」 
 喫煙所から戻ってきた要がさもそれが当然と言うように誠の後ろに並ぶ。
「両手に花かよ、うらやましい限りだな」 
 朝食当番のヨハンがそう言いながら茹でたソーセージをトレーに載せていく。それにあわせて笑う食事当番の隊員達の顔はどこと無く引きつって見えた。とりあえず緊張をほぐそうと誠は口を開いた。
「技術部は大変ですね」 
「まあな、ただ俺としてはM10は楽な機体だぜ。大規模運用を前提として設計されているだけあって整備や調整の手間がかからないように出来てるからな」
 そう言いながらヨハンは誠のトレーに乗った自家製のソーセージの隣にたっぷりと洋辛子を塗りつける。 
「だが、それ故に自由度は低いわけだな」 
 カウラの言葉をはぐらかすように笑うヨハン。
「大丈夫ですよベルガー大尉。05式の代替機にするつもりは無いですから。それに起動システム等の先進技術の入ったブラックボックスの整備はシンプソン中尉と彼女が指名した数名しかタッチするなと許大佐に言われてますから」 
「まあシン大尉ががんばってくれたおかげで何とか予算も確保できましたから」 
 ヨハンの言葉に付け加える菰田。突然自分の前に現れた苦手な部下の登場にカウラが呆れた顔をしていた。
「それは……良い知らせだな」 
 とりあえずだがカウラはそう言った。彼女に話しかけられ恍惚としている菰田の前で要が咳払いをした。
「早くしなさいよ!」 
 ようやく盛り付けが終わったばかりだと言うのに、アイシャの声が食堂に響く。
「うるせえ!馬鹿。何もしてない……」 
「酷いわねえ要ちゃん。ちゃんと番茶を入れといてあげたわよ」 
 トレーに朝食を盛った三人にアイシャはそう言うとコップを渡した。
「普通盛りなのね」 
 要のトレーを見ながらアイシャは箸でソーセージをつかむ。
「神前、きついかも知れないが朝食はちゃんと食べた方が良い」 
 カウラはそう言いながらシチューを口に運んでいる。
 誠はまさに針のむしろの上にいるように感じていた。言葉をかけようと要の顔を見れば、隣のアイシャからの視線を感じる。カウラの前のしょうゆに手を伸ばせば、黙って要がそれを誠に渡す。周りの隊員達も、その奇妙な牽制合戦に関わるまいと、遠巻きにそれを眺めている。
「ああ!もう。要ちゃん!なんか不満でもあるわけ?」
 いつもなら軽口でも言う要が黙っているのに耐えられずにアイシャが叫んだ。 
「そりゃあこっちの台詞だ!アタシがソースをコイツにとってやったのがそんなに不満なのか?」 
「あまりおひたしにソースをかける人はいないと思うんですが」 
 二人を宥めようと誠が言った言葉がまずかった。すぐに機嫌が最悪と言う顔の要が誠をにらみつける。
「アタシはかけるんだよ!」 
「良いわよ。ちゃんとたっぷり中濃ソースをおひたしにかけて召し上がれ」 
 アイシャに言われて相当腹が立ったのか要はほうれん草にたっぷりと中濃ソースをかける。
「どう?おいしい?」 
 あざけるような表情と言うものの典型例を誠はアイシャの顔に見つけた。
「ああ、うめえなあ!」 
「貴様等!いい加減にしろ!」 
 カウラがテーブルを叩く。突然こういう時は不介入を貫くはずのカウラの声に要とアイシャは驚いたように緑色の長い髪の持ち主を見つめた。
「食事は静かにしろ」 
 そう言うと冷凍みかんを剥き始めるカウラ。要は上げた拳のおろし先に困って、立ち上がるととりあえず食堂の壁を叩いた。
「これが毎日続くんですか?」 
「なに、不満?」 
 涼しげな目元にいたずら心を宿したアイシャの目が誠を捕らえる。赤くなってそのまま残ったソーセージを口に突っ込むと、手にみかんと空いたトレーを持ってカウンターに運んだ。
「それじゃあ僕は準備があるので」 
「準備だ?オメエいつもそんな格好で出勤してくるじゃねえか……。とりあえず玄関に立ってろ」 
「でも財布とか身分証とか……」 
「じゃあ早く取って来い!」 
 要に怒鳴られて、誠は一目散に部屋へと駆け出した。
「大変そうですねえ」 
 階段ですれ違った西がニヤニヤ笑っている。
「まあな、こんな目にあうのは初めてだから」 
「そりゃそうでしょ。島田班長が結構気にしてましたよ」 
 そう言うと部屋の前までついてくる西。部屋で財布と身分証などの入ったカード入れを持つ。さらに携帯を片手に持つとそのまま部屋を出た。
「なんだよ、まだついてくるのか。別に面白くも無いぞ」 
「そうでもないですよ。神前さんは自分で思ってるよりかなり面白い人ですから」 
 他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。そんなことを考えながら廊下を駆け下りる。
「そう言えば昨日……」 
 ついてきているはずの西を振り返る誠だが、西は携帯電話に出ていた。
「ええ、今日はこれから出勤します。島田班長が気を使ってくれてるんで、定時には帰れると思いますよ」 
 気軽な調子で話し続ける西。誠は声をかけようかとも思ったがつまらないことに首は突っ込みたくないと思い直してそのまま玄関に向かう。
「神前さん、お先!」 
 そう言って本部へ急ぐ隊員達。誠は携帯の画面を開いて時間を確認する。この寮からなら普通に間に合う時間である。いつもの彼のカブで裏道を抜ければ、かなり余裕で間に合う時間だ。
「なんだ、早かったな」 
 声に気づいて振り向けばカウラが立っている。普通の隊員は隊で着替えるはずなのだが、彼女は東和軍の夏季勤務服の半袖のワイシャツ、そして作業用ズボンという奇妙な格好をしていた。
「何か気になることでもあるのか?」 
 不思議そうに尋ねてくるカウラ。
「相変わらずどうでも良いって格好じゃないの」 
 誠も見ている深夜アニメのファンシーなキャラクターのTシャツを着たアイシャが歩いてくる。
「貴様の方がよっぽど恥ずかしいと思うが」 
「大丈夫、見る人が見ないとわからないから」 
 確かにそのキャラクターが実はヤンデレで最終回に大虐殺を行う内容だったために打ち切りにされたアニメのキャラだと言うことは一般人は知らないだろう。誠はそう思いながら得意げなアイシャに生ぬるい視線を送る。
「お前等、本当に頭ん中大丈夫か?」 
 タンクトップにジーンズ。ヒップホルスターに愛用の銃を挿した要が笑う。要もアイシャも、そして誠も唖然としながら彼女が寮を出るのを見送った。
「ちょっと待ちなさい!要ちゃん!」 
 アイシャが要の肩をつかむ。そしてすばやく拳銃を抜き取った。
「要ちゃんもしかしてこのまま歩こうとしてない?」 
「だってアタシ等コイツの護衛だぜ?銃の一挺くらい持っているのが……」 
「だからって抜き身で持ち歩くな」 
 カウラの声で渋々要はアイシャに銃を任せた。アイシャは手にしたバックに銃を入れる。
「これからはこう言うものを持ち歩きなさい」 
 アイシャはブリーフバックを指し示した。その重そうな持ち方から見て、彼女の愛用の拳銃H&K・USPピストルが入っていることは間違いないと誠は思った。
「それじゃあ行くぞ」 
 ようやく自分のペースを取り戻した要が歩き始める。夏の日差しはもうかなり上まで上がってきていた。アイシャは通り過ぎる猫を眺めながら取り出した扇子を日よけ代わりにしている。寮の駐車場は半分ほどが埋まっていた。今の時間に止まっているのは夜勤か遅番の隊員の車が大半である。ここまできて自分のバイクで出勤しますとはいえない状況に誠は運転するだろうカウラを見つめていた。
「早く開けろ。暑いんだから」 
 カウラのスポーツカーの前で要が呟く。またため息をついたカウラはオートロックを開いた。カウラは助手席のドアを開き、シートを倒すとそのまま後部座席に滑り込む。
「こっち来い!」 
 そう言うとサイボーグならではの強い力で誠を後部座席に引きずり込んだ。
「そんなに強く引っ張らなくても……」 
「がたがた言うな!カウラエンジンかけろ、それから窓も開けるんだぞ!」 
 要の言葉に少し不愉快そうな顔をしながらカウラはエンジンをかけ、そのまま窓を開けた。
「今の時間だと駅前に向かう道は全部ふさがってるわね。裏道で行きましょ」 
 アイシャはそう言いながらナビを設定している。
「そうだな。引越しした直後に遅刻と言うのもつまらないからな」 
 そう言うとカウラのスポーツカーはすばやくバックし、そのまま切り替えして駐車場を出た。
「狭いなあ。カウラ、車買い替えないのか?」 
 要の言葉を無視してアクセルを吹かすカウラ。後ろを覗き込んで要と誠が密着しているのを見てこめかみを振るわせるアイシャ。
「良いんじゃないの、このままのほうが。誠ちゃんとラブラブごっこが出来るじゃない」 
 一瞬、アイシャの言葉が理解できなかった要だが、その視線でアイシャが何を言おうとしているのか理解すると誠の足を踏みつけた。
「もう秋かねえ」 
 足を押さえてうずくまる誠を見ながら要は外からの風に短めの髪をなびかせていた。カウラは誠に同情するようにバックミラーの中で笑みを浮かべている。
「じゃあクーラーは要らないな」 
「おい、風情ってモノの話をしただけだ。ちゃんとつけろよ、クーラー」 
 要に言われなくてもカウラはもうすでにクーラーを動かしていた。
「こんな道あったんですね」 
 住宅街の中。大通りなら渋滞につかまって動けなくなる時間だと言うのに確かに回り道とは言えすいすいと走る赤いスポーツカー。
「このルートの方が早いのよ。まあ、誠ちゃんは原付だから渋滞とか関係ないものね。中央大通りを走れれば確かに一番早いんだけど渋滞があるから……」 
 アイシャは涼しげな目を細める、細い路地、他に車の姿は無かった。そして住宅街を抜けると一面の田んぼが広がっている。
「ここから先はどう行っても大丈夫よ。まあ、菱川重工の正門で出勤組みの渋滞につかまるでしょうけど」 
 アイシャが伸びをする。カウラはそのまま細い農道を飛ばしている。
「そう言えば今日は誰もついてこないな」 
「ああ、駐車場を出て住宅街の中でまいたぞ」 
 あっさりとそう言ったカウラ。
「カウラ、お前なあ。せっかくの胡州の税金使って護衛してくれるって言う連中まいてどうすんだよ」 
 至極もっともな要の突っ込みにカウラが笑みを浮かべた。車は菱川重工豊川の正門へと続く通称『産業道路』に出た。トレーラーが次々と走っていく中、カウラはタイミングを合わせてその流れに乗った。
「何とか間に合いそうね。カウラちゃんこれ食べる?」 
 アイシャはガムを取り出し、カウラを見つめた。カウラはそのまま左手を差し伸べる。
「アタシも食うからな。誠はどうする?」 
「ああ、僕もいただきます」 
 ガムを配るアイシャ。六車線の道路が次第に詰まり始めた。
「車だとこれがね。どうにかならないのかしら」 
「ここじゃあアサルト・モジュールや戦闘機なんかも作ってるんだ。セキュリティーはそれなりに凝ってくれなきゃ困るしな」 
 工場前での未登録車両の検査などのために渋滞している道。ガムを噛みながら腕を組む要。しかし、意外に車の流れは速く、正門の自動認識ゲートをあっさりと通過することになった。
 車は工場の中を進む。積荷を満載した電動モーター駆動の大型トレーラーが行きかう中を進む。
「誠ちゃん、よく原付でこの通りを走れるわね。トレーラーとかすれ違うの怖くない?」 
「ああ、慣れてますから」 
 アイシャの問いに答えながら、すれ違うトレーラーを眺めていた。三台が列を成し、荷台に戦闘機の翼のようにも見える部品を満載してすれ違う大型トレーラー。顔を撫でるのはクーラーから出る冷気。カウラは工場の建物の尽きたはずれ、コンクリートで覆われた保安隊本部へと進んだ。
「身分証、持ってるわよね」 
 アイシャがそう言いながらバッグから自分の身分証を出す。
「それとこれ、返しとくわ」 
 アイシャに彼女の愛銃、スプリングフィールドXD40を渡した。いつも通り通用口の警備室ではマリアの警備担当宿直隊員への説教が続いていた。
「意外に早く着いたんじゃないの?」 
 カウラの車を見つけて振り返ったマリアが説教を止めて開けた窓ガラスに顔を近付ける。要は誠の身分証を受け取ると自分のものと一緒にカウラに渡した。
「ごめんね、おとといの一件で手間をとらせちゃって。一応上の指示だから我慢してね」 
 マリアは受け取った四人の身分証を詰め所の部下に渡す。マリアが言うことが海で出たアロハシャツの襲撃者のことだと思い出して誠は苦笑いを浮かべた。
「しかし、大変よね、マリアさんも。全員チェックするようになったの?」 
「まあね。政治屋さん達に一応姿勢だけは見せとかないといけないでしょ」 
 アイシャの問いに答えるマリアに部下が身分証を手渡した。ゲートが開き、そのまま車が滑り込む。シャムのとうもろこし畑は収穫を終え、次の作付けの機会を待っていた。カウラはそのまま隊員の車が並ぶ駐車場の奥に進み停車した。
「もう来てるんだ、茜ちゃん」 
 助手席から降りたアイシャが隣に止まっている白い高級セダンを見ながらそう言った。
「アイシャ!遅いわよ!」 
 誠と要が狭いスポーツカーの後部座席から体を出すと、その目の前にはサラが来ていた。
「おはよう!別に遅刻じゃないでしょ?」 
「おはようじゃないわよ!四人とも早く着替えて会議室に行きなさいよ!嵯峨筆頭捜査官がもう準備して待ってるんだから」 
「どこ行くの?サラ」 
「決まってるじゃないの!歓迎会の準備よ!」 
 サラはそう言うとそのまま走り去った。とりあえず急ぐべきだと言うことがわかった誠達はそのまま早足でハンガーに向かった。

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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 29

「じゃあこれを図書館に運びましょう!」 
 昼食を終えたアイシャが一同に声をかけてつれてきたのは駐車場の中型トラックの荷台だった。
「図書館?」 
 誠は嫌な予感がしてそのまま振り返った。
「逃げちゃ駄目じゃないの、誠ちゃん!あの部屋、この寮の欲望の詰まった神聖な隠し部屋よ!」 
「あそこですか……」 
 あきらめた誠が頭を掻く。西はそわそわしながらレベッカを見つめた。
「クラウゼ少佐。図書館や欲望って言われてもぴんとこないんだけどな」 
 ロナルドが手を上げてそう言った。隣で岡部とフェデロが頷く。
「それはね!これよ!」 
 そう言ってダンボールの中から一冊のサッシを取り出してロナルドに渡すアイシャ。ロナルドはそれを気も無く取り上げた次の瞬間、呆れたような表情でアイシャを見つめた。
「わかったんですが……こんなの堂々と見せるのは女性としては品格を欠くような気がするような……」 
「そういう事言う?まるでアタシが変態みたいじゃないの」 
「いや、みたいなんじゃなくて変態そのものなんだがな」 
 後ろから茶々を入れる要。アイシャは腕を組んでその態度の大きなサイボーグをにらみつける。
「酷いこと言うわね、要ちゃん。あなたに私が分けてあげた雑誌の一覧、誠ちゃんに見せてあげても良いんだけどなあ」 
「いえ!少佐殿はすばらしいです!さあ!みんな仕事にかかろうじゃないか!」 
 要のわざとらしい豹変に白い目を向けるサラとパーラ。とりあえずと言うことで、岡部、誠、フェデロ、西。彼等がダンボールを抱えて寮に向かった。
「そう言えば棚とかまだ置いてないですよ」 
 一際重いダンボールを持たされた誠。中身が雑誌の類だろうということはその重さから想像がついた。
「ああ、それね。今度もまたキムとエダに頼んどいたのよ」 
「あいつ等も良い様に使われてるなあ」 
 誠の横を歩く要はがしゃがしゃと音がする箱を抱えている。そしてその反対側には対抗するようにカウラがこれも軽そうなダンボールをもって誠に寄り添って歩いている。
「これは私から寮に暮らす人々の生活を豊かにしようと言う提言を含めた寄付だから。要ちゃんもカウラちゃんも見てもかまわないわよ」 
「私は遠慮する」 
 即答したのはカウラだった。それをみてざまあみろと言うように舌を出す要。
「オメエの趣味だからなあ。どうせ変態御用達の展開なんだろ?」 
「暑いわねえ、後ちょっとで秋になると言うのに」 
「ごまかすんじゃねえ!」 
 要が話を濁そうとしたアイシャに突っ込みを入れる。そんな二人を見て噴出した西に要が蹴りを入れた。
「階段よ!気をつけてね」 
 すっかり仕切りだしたアイシャに愚痴りながら誠達は寮に入った。
「はい!そこでいったん荷物を置いて……」 
「子供じゃないんですから」 
 手早く靴を脱ぐ岡部。赤い顔をしたレベッカが、西の置いたダンボールを見つめている。
「二階まで持って行ったあとどうするんですか?まだ棚が届かないでしょ?」 
「仕方ないわね。まあそのまま読書会に突入と言うのも……」 
「こう言うものは一人で読むものじゃねえのか?」 
 そう言った要にアイシャが生暖かい視線を送る。その瞬間アイシャの顔に歓喜の表情が浮かぶ。自分の言葉に気づいてうろたえる要。
「その、あれだ。恥ずかしいだろ?」 
「何が?別に何も私は言ってないんだけど」 
 アイシャは明らかに勝ったと宣言したいようないい笑顔を浮かべる。
「いい、お前に聞いたアタシが間抜けだった」 
 そう言うと誠の持っていたダンボールを持ち上げて、小走りで階段へと急ぐ要。
「レベッカちゃん。もし好きなのが見つかったら借りて行ってもいいのよ」 
 アイシャのその言葉に首を振るレベッカ。
「しかし、気前が良いな。何のつもりだ?」 
 カウラが不思議そうにアイシャを見つめる。 
「これが布教活動と言うものよ!」 
 胸を張るアイシャに頭を抱えるサラとパーラ。嫌な予感がして誠はとりあえず要を追って二階に上がる。二階の空き部屋の前には要が座っていた。
「西園寺さん」 
 声をかけると後ろに何かを隠す要がいた。
「脅かすんじゃねえよ」 
 引きつった笑みを浮かべる要。誠はとりあえず察してそのまま廊下を走り階段を降りた。
「西園寺は何をしている?」 
「さあ何でしょうねえ」 
 先頭を切って上がってくるカウラにわざとらしい大声で答える誠。再び二階の空き部屋の前には要が暇そうに立っていた。
「要ちゃん早いわね」 
 アイシャの視線はまだ生暖かい。それが気になるようで、要は壁を蹴飛ばした。
「そんなことしたら壊れちゃうわよ」 
 サラがすばやく要の蹴った壁を確かめる。不機嫌な要を見てご満悦なアイシャ。
「じゃあとりあえずこの部屋に置きましょう」 
 そう言うと図書館の手前の空き部屋の鍵を開けるアイシャ。
「いつの間に島田から借り出したんだ?」 
「いえね、以前サラが正人君にスペアーもらったのをコピーしたのよ」 
 そう言うと扉を開く。誠は不機嫌そうな要からダンボールを取り上げると、そのまま部屋に運び込んだ。次々とダンボールが積み上げられ、あっという間に部屋の半分が埋め尽くされていく。
「ずいぶんな量だな」 
「スミス大尉。これでもかなり減らした方なんですよ」 
 ロナルドにパーラが耳打ちする。
「今日はこれでおしまいなわけね」 
 アイシャはそう言うと寮の住人のコレクションに手を伸ばす。
「好きだねえ、オメエは」 
 手にした漫画の表紙の過激な格好を見て呆れたように要が呟いた。 
「何?いけないの?」
「オメエの趣味だ、あれこれ言うつもりはねえよ」 
 開き直るアイシャにそう言うと要はタバコを取り出して部屋を出て行く。一つだけ、先ほどまで要が抱えていたダンボールから縄で縛られた少女の絵が覗いている。
「やっぱりこう言う趣味なのね」 
 そう言うとアイシャはその漫画を取り上げた。
「なんですか?それは」 
 岡部の声が裏返る。
「百合&調教もの。まさに要にぴったりじゃないの」 
 ぱらぱらとページをめくるアイシャ。
「だが、それを買ったのは貴様だろ?」 
 カウラはそう言うと、そのページを覗き込んでいる誠とフェデロを一瞥した後、部屋から出て行った。
「すまんが西、これでコーヒーでも買ってきてくれ」 
 食堂についたカウラが西に一万円札を渡す。
「ああ、俺も出しますよ」 
 そう言ってロナルドがポケットに手を伸ばすのをカウラは視線で制した。
「アイシャが出すのが良いんだけど、あの娘、漫画とか読み始めると止まらなくなっちゃうから」 
 パーラがロナルド達に微笑みかける。
「しかし、本当に変わった人が多いですよねえ」 
 ロナルドの言葉に顔を見合わせるサラとパーラ。西は敬礼してそのまま近くのコンビニへと走る。
「でも良い人が多くて良かったです」
「そいつはどうかねえ」
 レベッカはそう言うと恥ずかしそうに視線を落とした。要はそんな彼女を見て笑顔を浮かべながら意味ありげに笑う。ぞろぞろとアイシャのトークショーから逃げ出した要達は食堂に向かう。薄ら笑いを浮かべる要が食堂に入りどっかりと中央のテーブルの真ん中の椅子に座る。誠もいつも通り意識せずにその隣の席を取る。反対側に座ったカウラがいつものように冷たい視線を送るが、まるで気にする様子は無い。
「しかし、神前君は良い上司に恵まれてるな」 
 ロナルドは気を利かせたレベッカからぬるい番茶の入った湯飲みを受け取るとそれを口に含んだ。
「そうかねえ、俺にはそうは思えないけどな」 
 フェデロの一言で、要とカウラの視線が彼に向かう。助けを求めるようにレベッカを見るフェデロだが、レベッカはもじもじしながら下を向いてしまった。
「余計なことは言わない方が良いな。お前も岡部もアサルト・モジュールでの本格的な実戦を経験したことは無いんだ。それに対し神前君は撃墜スコアー7機。立派なエースだ」 
「なんだよ、海軍の精鋭と聞いていたわりにはただのひよっこじゃねえか」 
 挑発的な視線を送る要だが、岡部もフェデロもそれに食いつく様子は見せない。さすがに要のわかりやすい性格が読めてきたのだろうと思って誠は苦笑いを浮かべた。ロナルドは言葉を続ける。
「我々と西園寺大尉では保安隊に所属する意味はまるっきり違う。そう遠くない時期にベルルカン大陸に保安隊の旗を持って派遣される可能性もあるだろうからな」 
 ロナルドのその言葉に場の空気は固まった。
「そうか、あそこは遼州のアキレス腱だからな。小隊一つ送るにしても、微妙なパワーバランスや政治的配慮やらでお偉いさんも及び腰になっているのが実情だ。まああそこに利権を持つロシアやフランス辺りの面子を潰さずにアメちゃんの兵隊を送り込む方法としては、そう言う発想はありなんじゃないかな」 
 一人その空気を読めていた要の言葉、ロナルドは静かに頷いた。
「例えば先月誕生したスラベニア文民政権の正当性をめぐって遼州同盟は苛立っている。占拠と言うがベルルカン大陸らしい妨害や選挙データの改ざんが噂されている。さらに後ろにあからさまに地球の大国の影がちらついているからな。再来月の出直し選挙がどういう形で行われるかであの大陸の運命が決まるかも知れない」 
 ロナルドはそう言いながら一同を見回した。
「まあ、第一小隊は同盟加盟国の法術武装組織の教導任務で手が離せない。アタシ等は目立ちすぎて動けない。そうなるとどこかからそれなりの腕前の奴を引っ張ってくるしかない。そこに遼州での存在をアピールしたかったアメリカ海軍が目をつけたって事だな」 
 要のその言葉を否定も肯定もせず、ロナルドはただ笑みを浮かべるだけだった。
「まあ、そう言うことにしておきましょう」 
 不敵な笑みを浮かべるロナルド。まあ良いとでも言うように要は自分の頭を軽く叩いた。
「買ってきましたよ!」 
 勢い良くコンビニ袋を抱えた西が駆け込んできた。 
「カウラはメロンソーダだろ?」 
 そう言うと要はすばやく西から袋を奪って、その中の緑の缶を手にするとカウラに手渡した。
「なんかイメージ通りですね」 
 岡部がコーヒーを探し当てながらカウラを見つめている。
「ああ、コイツの髪の色はメロンソーダの合成色素から来ているからな」 
「西園寺、あからさまな嘘はつくな」 
 プルタブを開けながら緑の髪をかきあげるカウラ。
「神前曹長。君はコーラで良いか」 
 手にしたコーラを誠に押し付ける岡部。苦笑いを浮かべる誠を見ながら自分の飲みたいものを探すフェデロ。
「ああ、ごめんね。マルケス中尉。アイシャはこういう時はココアなのよ」 
 ココアに手を伸ばしたフェデロを制止するサラ。
「あの、私が持っていきましょうか?」 
 そう言ったのはジンジャエールを手にしたレベッカだった。
「おう、頼めるか?」 
 要の言葉に西と目を合わせているレベッカ。
「じゃあ僕も行きます」 
 そう言うと西とレベッカが食堂を出て行った。二人は昨日と同じく楽しげな笑みを浮かべながら食堂を出て行った。
「あれだな、西の奴。そのうち誰かにシメられるぜ」 
「まあ、菰田君達は手を出さないでしょうけど」 
 パーラはサイダーを飲みながらカウラを見つめる。心外だというようにメロンソーダを飲んでいるカウラの視線が厳しさを増す。
「菰田はツルペッタンマニアだが、嫉妬深さも一流だぜ」 
 面白いネタを見つけた要は満足そうに紅茶を飲んでいた。
 誠がコーラを飲みながら食堂の窓をなんとなく見つめた。晩夏の日差しが次第に色を朱に変えつつあった。
「それじゃあ俺達は失礼するかな」 
 ロナルドが立ち上がるのにあわせて、岡部とフェデロが缶を置く。
「そば、ありがとね」 
 パーラの声に軽く手を上げて答えるフェデロ。
「ああ、上の眼鏡っ娘も連れて帰れよ」 
「ああ、そう言えばいたんだな。岡部、とりあえず呼んできてくれ」 
 ロナルドの言葉に、岡部は小走りに食堂を出て行く。
「まあいろいろ思うところはあるかもしれないが、よろしく頼む」 
「そう言うこと」 
 ロナルドはそのまま去り、フェデロが手を振る。サラは愛想笑いを浮かべながら答えた。
「ああ、疲れたねえ。でも飯まで時間が有るよな」 
「あのー今日は僕が食事当番なんですけど」 
「それがどうした?」 
 要が誠の顔をまじまじと見つめる。
「島田先輩から西園寺さん達に手伝ってもらえって言われたんですけど」 
 要が露骨に嫌そうな顔を向けてくる。
「なら仕方ないな。西園寺、アイシャを連れて来い」 
「食事当番ねえ」 
 そう言いながら要が食堂を出て行った。
「私達も手伝おうか?」 
 パーラの申し出に首を振るカウラ。
「とりあえず夜はカレーだそうです。それに整備班は今日は徹夜だそうですから、人数は20人前くらいで良いらしいですよ」 
「20人前か。大丈夫なのか?」 
 不安そうに誠の顔を覗き込むカウラ。
「やっぱり私達手伝うわね。誠君、材料は買ってあるの?」 
 要とカウラは料理を期待するのは無理。そしてアイシャについては自分がよく知っている。そのせいだろうか諦めて立ち上がるパーラ。
「一番奥の冷蔵庫にそろっているはずですよ」 
 誠はそう言うとそのままカウラとパーラ、それにサラをつれて厨房に入った。誠が食堂の方を振り返るとあからさまに嫌な顔をしているアイシャがいた。
「何よ、食事当番ならもっと適当な奴がいるじゃないの」 
 その場の全員が、自称食通ことヨハンを思い出していた。
「アイシャ……その適当な人間が今夜は徹夜なんだ。早くこっちに来てジャガイモの皮を剥け」 
 カウラの言葉にあきらめた調子でそのまま厨房に入ってくるアイシャ。
「要、鍋をかき混ぜるぐらいならできるだろ?」 
「わかったよ、その段取りになったら呼んでくれ」 
 そのままタバコを取り出し喫煙所に向かう要。パーラが取り出した食材をまな板の横で眺めているカウラ。
「ジャガイモ、牛肉、にんじん、たまねぎ」 
「ちゃんと揃えてあるのね」
 感心したようにパーラは誠を見た。 
「本来は買出しなんかも担当するんですが、今日は島田先輩が用意してくれましたから」 
 そう言うと誠はにんじんに手を伸ばした。
「カレーのルーはブロックの奴なのね」 
「ああ、この前まではシン大尉が持ってきてくれた特製ルーが有ったんですが切れちゃいましてね。まあ代用はこれが一番だろうってお勧めのルーを使っているんですよ」 
「ああ、あの人カレーにはこだわるもんね」 
 渋々厨房に入ってきたアイシャはそう言うと皮むき気でジャガイモを剥き始める。パーラは鍋を火にかけ油を敷いた。
「にんにく有る?」 
「にんにく入れるのか?」 
 要は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「ああ、そちらの奥の棚にありますよ」 
「サラ、とりあえず二かけくらい剥いてよ」 
 サラは棚からにんにくを取り出すと剥き始める。
「臭くなっちゃうじゃない」 
 ぽつりと呟くサラの隣のカウラが冷静にサラのにんにくを剥く手に目をやった。
「当たり前のことを言うな」 
 再び誠から受け取った慣れない包丁でにんじんを輪切りにするカウラ。その視線が食堂に注がれる。
「要ちゃん!手伝ってよ」 
 喫煙所から帰ってきた要が手持ち無沙汰にしているのを見つけたアイシャ。その言葉を聴いて躊躇する要だったが、誠と目が合うとあきらめたように厨房に入ってきた。
「何すればいいんだ?」 
「ジャガイモ剥いていくから適当な大きさに切ってよ」 
 アイシャに渡されたジャガイモをしばらく眺める要。
「所詮コイツはお姫様だ。下々のすることなど関係が無いんだろ?」 
 挑発的な言葉を発したカウラに一瞥かました後、むきになったように要はジャガイモとの格闘を始めた。
「あまり無茶はしないでね」 
 そう言うとパーラは油を引いた大鍋ににんにくのかけらを放り込んだ。
「誠君、肉とって」 
 手際よく作業を進めるパーラの声にあわせて細切れ肉を手渡す誠。
「良いねえ、アタシはこの時の音と匂いが好きなんだよ」 
 ジャガイモを手で転がしている要。
「要ちゃん、手が止まってるわよ」 
「うるせえ!」 
 アイシャに注意されたのが気に入らないのかそう言うと要はぞんざいにジャガイモを切り始めた。
「西園寺、貴様と言う奴は……」 
「カウラ。それ言ったらおしまいよ」 
 不恰好なジャガイモのかけら。カウラはつい注意する。そしてアイシャが余計なことを言って要ににらみつけられた。
「誠っち!ご飯は?」 
 サラがそう言って巨大な炊飯器の釜に入れた白米を持ってくる。
「ああ、それ僕が研ぎますから」 
 そう言うと誠はサラから釜を受け取って流しにそれを置く。 
「ずいぶんと慣れてるわね」 
「まあ週に一回は回ってきますから。どうって事は無いですよ」 
 そう言いながら器用にコメを研ぐ誠を感心したように見ている要、カウラ、アイシャ。
「じゃあここで水を」 
 パーラはサラに汲ませた水を鍋に注ぎ、コンソメの塊を放り込んだ。
「ジャガイモ、準備終わったぞ」 
「じゃあ今度はにんじんとたまねぎを頼む」 
「おい、カウラ。そのくらいテメエでやれ!」 
「切るのはお前の十八番だろ?」 
「わかったわよ!要ちゃん私がやるから包丁頂戴」 
 仕事の押し付け合いをするカウラと要に呆れたように、要から包丁を奪ったアイシャがまな板の上でにんじんとたまねぎを刻む。
「意外とうまいんですね」 
 確かにアイシャの包丁さばきはカウラや要よりもはるかに手馴れていた。
「そう?時々追い込みの時に夜食とか作るからね」 
「同人誌作りも役に立つ技量が得られるんだな」 
「そうよ、要ちゃん。冬コミの手伝い来てくれる?」 
「誰が!どうせ売り子はアタシ等に押し付けて買いだしツアーに行くくせに」 
 そう言いながら要はアイシャが切り終えた食材をざるに移した。
「いい匂いだな」 
 食堂に来たのは菰田だった。厨房の中を覗き込んで、そこにカウラがいるのを見つけるとすぐさま厨房に入ってくる。
「菰田。テメエ邪魔」 
 近づく彼に鋭く要が言い放った。
「そんな、西園寺さん。別に邪魔はしませんから」 
「ああ、あなたは存在自体が邪魔」 
 そう言うとアイシャは手で菰田を追い払うように動かす。思わず笑いを漏らした誠を、鬼の形相でにらみつける菰田。しかし、相手は要とアイシャである。仕方なく彼はそのまま出て行った。
「あの馬鹿と毎日面を合わせるわけか。こりゃあ誤算だったぜ!」 
 要がカウラを見やる。まな板を洗っていたカウラはいまいちピンと来てない様な顔をした。
「なるほど、もうそんな時間なわけね。誠君、ご飯は」 
「もうセットしましたよ」 
「後は煮えるのを待つだけだね」 
 サラがそう言うと食堂に入ってきた西の姿を捉えた。
「西園寺大尉!」 
 西は慌てていた。呼ばれた要は手を洗い終わると、そのまま厨房をでる。
「慌てんなよ。なんだ?」 
「代引きで荷物が届いてますけど」 
「そうか、ありがとな」 
 そう言って食堂から消える要。
「要ちゃんが代引き?私はよく使うけど」 
「どうせ酒じゃないのか?」 
 カウラはそう言って手にした固形のカレールーを割っている。
「さすがの要さんでもそんな……」 
 言葉を継ぐことを忘れた誠の前に、ウォッカのケースを抱えて入ってくる要の姿があった。
「おい!これがアタシの引っ越し祝いだ」 
 あまりに予想にたがわない要の行動に、カウラと誠は頭を抱えた。

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テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 28

 外国ナンバーのアメリカ製高級乗用車。薄汚れた住宅街の中でその車は一際目立っている。アメリカ大使館陸軍三等武官はあくびをしながら目の前のすすけた遼州同盟保安隊下士官寮を眺めていた。
「おじさん!」 
 不意に窓を叩く野球帽を被った少年を見つけて、彼のあくびも止まった。
「クリタ中尉じゃないですか、脅かさないでくださいよ」 
 運転席の窓を開けて、少年を見た。十歳にも満たないクリタと呼ばれた少年は手にしていたコンビニの袋からアイスクリームを取り出した。
「どうだい、様子は」 
 いたずらっ子の視線と言うものはこう言うものだ。武官はバニラアイスのふたを開けながら少年を見つめていた。
「いつもと変わりはありませんよ。さっき海軍の連中がねぎなどを抱えて入っていきましたから食事中なんじゃないですか?」 
 投げやりにそう答えた。少年は玄関を見つめる。虎縞の猫が門柱の影で退屈そうに周りを見回している。
「クリタ中尉。あなたが来るほどのことは無いと思いますが」 
「そうでもないさ。一度はマコト・シンゼンに挨拶するのが礼儀と言うものだろ?」 
 手にしていたアイスキャンデーが落ちそうになるのを舐め取る少年。
「それなら明日の出勤時刻にでもここにいれば必ず見れますよ」 
 助手席に座っている情報担当事務官が、手にしたチョコレートバーを舐め続けている。
「まあ、急ぐ必要は無いさ。それに今のところ彼等は合衆国の目の届く範囲内にいる。もし動きがあるとすれば『ギルド』が動き出してからだろうね」 
 『ギルド』と言う言葉を聴いて、三等武官は眉をひそめた。
「言いたいことはわかるよ。彼等はおととい襲撃をかけたと言う話じゃないか。しかし、あれは挨拶位のものなんじゃないかな。これまでの『ギルド』の動きは君が予想しているよりもかなり広範囲にわたっている」 
 少年はそう言うと棒についたアイスをかじり始める。
「しかし、本当に存在するのですか?『ギルド』は」 
「そうでなければ嵯峨と言う男は法術と言うジョーカーを切る必要は無かっただろうね」 
 子供だ。武官は思った。状況を楽しんでいる。まるでゲームじゃないか。そんな言葉が難解も頭をよぎる。
「何でそうまで言いきれるのですか?」 
 三等武官の言葉に野球帽の唾をあげて少年は答えた。
「それは僕が嵯峨惟基と同じ存在だからさ」 
 そう言うと、少年はそのまま三等武官の乗る車から離れた。
「とりあえず変化があったら連絡してくれ」 
 悠然と立ち去る少年に畏怖の念を抱きながら、三等武官はその視線を下士官寮へと移した。

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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 27

 脳みそがゆすられるような振動を感じて誠は目を覚ました。
「ようやく起きやがった。この馬鹿」 
 目の前には要の顔がある。誠は飛び上がって周りを見回した。プラモと漫画、それにアニメのポスター。自分の部屋だった。頭は割れるように痛い。そこで自分の部屋に要がいるという事実を再確認して飛び上がる誠。
「西園寺さん、なんで僕の部屋に……」
 突然の誠の反応ににやりと笑った要。 
「もう十時過ぎだぞ。荷物着いたから早く着替えろ」 
 そう言うと要は出て行った。確かに時計を見れば十時を過ぎていたのろのろと誠は起き上がる。
 要、アイシャ、カウラの引越し。要の荷物がほとんど無いのは良いとして、アイシャの荷物は予想がつくだけに恐ろしい。誠はあまさき屋で意識を飛ばしてから、どうやって自分の部屋でジャージに着替えて眠ったのかまったく覚えていなかったが、良くあることなので考えるのをやめた。
 B級特撮映画の仮面戦隊トウリアンのロゴがプリントされたTシャツを着て、ジーパンに足を通す。二日酔いの頭が未だに完全に動いてくれてはいないようで、片足を上げたまま転がる。
「おい!」 
 今度入ってきたのはキムだった。
「何遊んでんだ?早く手伝え!」 
 それだけ言うとまた部屋の扉を閉める。とりあえず誠はベルトを締めて、そのまま部屋を出た。ムッとする熱気。昨日よりも明らかに暑い。誠はそのまま廊下から玄関に向かって歩く。
「西!とりあえず下持て!」 
「キム少尉、無茶ですよ……って神前曹長!手伝ってください!」 
 大きな本棚をもてあましている西が声をかけてくる。誠は仕方なくそちらの方に手を貸した。
「西、もう少し端を持て。キム先輩、大丈夫ですか?」 
「無駄に重いなあ。誰かこっちも一人くらい……」 
 表からやってきたサラが力を貸す。
「じゃあ行きますよ!」 
 そう言うとキムの誘導で本棚は廊下の角に沿って曲がりながら進む。
「キム先輩。島田先輩はどうしたんですか?」 
「島田は今日は昨日のお客さん達のM10の受領に関する打ち合わせだ。それに菰田と愉快な仲間達はシンの旦那から説教されるって話だ。……とりあえずここで良いや」
 アイシャの部屋の前でとりあえず四人は一休みした。
「はいはい!ありがとうね。それじゃあ本棚は私達がやるから中身の方お願いね」 
 部屋から現れたアイシャとパーラが横に置かれた本棚に手をやる。
「じゃあ行くぞ」 
 キムの一声で誠と西はその後に続いた。サラはパーラに引っ張られてアイシャの部屋に消えた。玄関まで下りた彼等の前にカウラが大きなダンボールを抱えている姿が目に入る。
「カウラさん持ちますよ」 
 そう言って誠はカウラに走り寄る。
「良いのか?任せて」 
「大丈夫です!これくらい、良いトレーニングですよ」 
 そう言って笑う誠。
「そうか、カウラのは持つんだな」 
 誠は恐る恐るカウラの後ろを見た。同じようにダンボール箱を抱えた要がいた。
「いいぜ、どうせアタシは機械人間だからな。テメエ等生身の奴とは、勝手が違うだろうしな」 
 そう言いながら立ち尽くす誠とカウラの脇を抜けて寮の廊下に消えていく要。
「あの……」 
 そう言って後を追おうとした誠の肩をカウラがつかんだ。
「誠……」 
 カウラの手にいつもと違う力がこもっているのを感じて誠は振り返った。
「カウラさん」 
「実は……このところ貴様と要を見てて変な感じがしたんだ」 
 段ボール箱を持ってアイシャの部屋とは反対にある食堂に向かって歩き出すカウラ。誠は黙ってその後に続いた。
「貴様と要が一緒にいるところを見たくないんだ」 
 誰もいない食堂のテーブル。その上にダンボール箱を静かに置いた。
「あの人は僕とは住む世界が違いますよ」 
 誠はそう言って、自分の中で何が起こるか試してみた。華麗な上流階級に対する羨望は無かった。かと言って嫉妬と策謀に生きなければならなかった政治家の娘と言う立場への同情も誠には無縁だった。どちらも誠にとってはどうでも良いことだった。ましてや非人道的任務についていた、そこで血塗られた日々を過ごしたと言う過去など、この部隊の面々の中ではちょっとした個性くらいのものだった。
「住む世界か。便利な言葉だな」 
 カウラはそう言うと口元に軽い笑みを浮かべた。彼女は何も言わずに誠の前に立っている。誠も何も言えなかった。
「不思議だな」 
 沈黙に耐えかねたカウラがそう切り出した。
「何がですか?」 
「……いや、なんでもない。アイシャがうるさいから作業に入るぞ」 
 そう言ってダンボールを運ぼうとするカウラの口元に笑みがこぼれていた。誠はそのダンボール箱の反対側を抱えた。二人でそのまま食堂を出て、アイシャの私室に向かう。
「何やってたんですか?ベルガー大尉」 
 机をエダと一緒に廊下で抱えているキムがそう尋ねてくる。
「別に、なんでもない」 
 そう言うとカウラはそのまま荷物をアイシャの部屋へと運ぶ。キムはどうでもいい事だと割り切ったようにそのまま机を運び込む。
「ダンボールはそこ置いといて!それと机は横にすれば入るでしょ!」 
 自分の部屋の前で荷物を仕切っているアイシャ。
「それにしてもどれだけ漫画持ち込むんだよ」 
 要が自分の運んできたダンボール箱を開けながらそう尋ねる。
「たいしたことないじゃないの。これは選びに選んだ手元に無いと困る漫画だけよ。あとは全部トランクルームに保存するんだから」 
 あっさりとそう言ってのけるアイシャに、頭を抱える要。カウラは笑顔を浮かべながら二人を眺めている。
「すいません!クラウゼ少佐。机どこに置けば良いんですか?」 
 部屋に入った机を抱えてキムが叫んでいた。
「その本棚の隣!ちょっと待ってね!」 
 そう言うとアイシャは自室に入る。
「アイシャ残りのおもちゃの類はお前が運ぶのか?」 
「ええ、アレは壊れると泣くからいいわよ。特に要は見るのも禁止!」 
 要は手をかざしてそのまま喫煙所に向かって歩いた。最後のダンボール箱を抱えて歩いてきた西が、ダンボール箱の山をさらに高くと積み上げる。
「西園寺さん!」 
 誠は振り向きもせず喫煙所に着いた要に声をかけた。
「どうした?」 
 そのままソファーに腰を下ろしてタバコを取り出す要。いつもと特に変わりのない彼女になぜか誠は安心していた。
「お前は良いのか?」 
 不意の言葉に誠は振り返る。エメラルドグリーンの流れるような髪をかきあげるカウラの姿があった。要の顔が一瞬曇ったように誠には見えた。
「なんでオメエがいるんだよ。カウラ」 
 そう吐き捨てるように言うと要はタバコに火を点す。そのまま大きく息を飲み込み、天井に向けて煙を吐いた。
「私がいるとまずいことでもあるのか?」 
 そんな要の態度に苛立ちながらカウラが要の前に立った。
「ああ、目障りだね」 
 そう言いながらまたタバコを口にくわえる。
「あの、良いですか?」 
 にらみ合う二人に声をかけたのはレベッカだった。後ろにはロナルド、岡部、フェデロが立っていた。
「何だよ。タバコを止めろとか言うのは止めとけよ」 
「違います。これをもってくるように言われたので」 
 そう言ってレベッカがスーパーのレジ袋を差し出した。とりあえず誠がそれを受け取って中身を見る。
 手打ちそばが入っていた。よく見ればロナルドがねぎを、岡部がめんつゆを持っている。
「隊長にこれをみんなで食えって渡されたんだが。あの人は一体、何しに本部まで来てるんだ?」 
 ロナルドがカウラの方に目をやる。
「昨日言ってた引越しそばだな。誠、パーラを呼んでくれないか」 
 カウラの言葉に誠はそのままアイシャの部屋の前に向かった。キムをはじめ、手伝っていた面々はダンボールから漫画を取り出して読んでいた。
「パーラさんいますか?」 
「何?」 
 部屋の中からパーラが顔を出す。当然、彼女の手にも少女マンガが握られていた。
「なんか隊長がそば打ったってことで、レベッカさん達が来てるんですけど」
 すぐに大きなため息をつくパーラ。 
「隊長はこういうことだけはきっちりしてるからね。アイシャ!後は自分でやってよ」 
 そう言うと漫画をダンボールに戻してパーラは立ち上がった。
「エダ、サラ、それに西君。ちょっとそば茹でるの手伝ってよ」 
 パーラの言葉に漫画を読みふけっていたサラ達は重い腰を上げた。パーラは一路、食堂へと向かった。
「シンプソン中尉!それにスミス大尉。こっちです」 
 喫煙所前でたむろしていたロナルド達に声をかけると、パーラはそのまま食堂へ向かった。
「そばか、いいねえ」 
 タバコを吸い終えた要がいる。
「手伝うことも有るかも知れないな」 
 そう言うとカウラは食堂へ向かう。
「何言ってんだか。どうせ邪魔にされるのが落ちだぜ」 
 要はあざ笑うようにそう言うとそのまま自分の部屋へと帰っていった。誠は取り残されるのも嫌なので、そのまま厨房に入った。
「パーラさん。こっちの大鍋の方が良いんじゃないですか?」 
 奥の戸棚を漁っている西の高い音程の叫び声が響く。
「しかし良い所じゃないか。本部から近いしこうして食事まで出る」 
「建物はぼろいですけどね」 
 ロナルドに声をかけられて、誠は本音を漏らした。カウラがきつい視線を送ってくるのを感じて、誠はそのまま厨房に入った。
「誠君。ざるってある?」 
「無いですね。それに海苔の買い置きって味付けしか無いですよ」 
 誠は食器棚を漁っているパーラに答えた。
「わさびはあるわ。それにミョウガも昨日とって来たのがあるわよ」 
「グリファン少尉。あんまりそばの薬味にはミョウガを使わないと思うんですけど」 
「冗談よ!」 
 西に突っ込まれて、サラは微妙な表情をしながら冷蔵庫から冷えた水を取り出した。
「まだ早いわよ。じゃあ金ざるで代用するから。あと誠君は手伝うつもりが無かったら外で待っててくれない?」 
 大なべに火をつけるパーラ。その剣幕に追われて誠は食堂に追い出された。
「追い出されたのか?」 
 喫煙所でタバコを吸うわけでもなくロナルドが笑っていた。岡部もフェデロも微笑みながら誠を見ている。
「そう言えばお三方は明石中佐から何か言われませんでしたか?」 
「それならコイツが絡まれてたな」 
 フェデロが親指で岡部を指す。
「一応、俺は西相模工大付属で神奈川県大会決勝まで行ったからな。そのときの資料とか見せられたよ。あの人も相当な野球馬鹿だね」 
 岡部の言葉に感心するカウラ。そして聞き飽きたと言うように窓に視線を飛ばすロナルド。
「ちなみにポジションは?」 
「ピッチャーですよ。まあ海軍士官学校ではアメフトやらされていたのでかなり勘は鈍ってると思いますけど。明石さんは外野と控えのキャッチャーを頼みたいって言われました」 
 そう言うとレベッカから冷えた水を受け取った。
「そう言えばヨハンが控えのキャッチャーだが、あいつはよくパスボールをするからな」 
「さらに肩もあんまり強くないですしね」 
 誠はカウラの言葉を補うように言うと、岡部は興味深げに笑った。
「しかし、実業団リーグに加入してるのは西東都では何チームぐらい有るんですか?」 
 岡部はそのまま視線をカウラに向けた。
「50チーム前後くらいだな。中でも菱川重工豊川が群を抜いて強い。他にも熊笹運輸、西東都建設、豊川市役所、ミリオン精工あたりが有力チームと言った所か」 
「豊川市役所は東都理科大でバッテリーを組んでた佐々岡がいますからね」 
 誠は思い出していた。
『バッテリーだけは一部リーグでも通用する』 
 それが東都理科大野球部の売り台詞だった。誠の得意球である縦の高速スライダーを見極める佐々岡がいたから、そして彼の長打力が弱小チームを常勝集団と変えることになったあの頃。誠と佐々岡のバッテリーは、東都下部リーグの試合だと言うのに数多くのスカウトが目を光らせる試合となった。だが三年の冬に、誠は練習中に肩を壊した。それ以来スカウトはぱたりと来なくなった。
 手術の後、リハビリをしようとしない誠に愛想を尽かしたように公務員試験に専念すると言って、佐々岡も野球部を去った。その佐々岡は今では豊川市役所野球部の正捕手の座についていた。春の地区大会では準決勝でドラフト即戦力が居並ぶ菱川重工豊川投手陣から三安打を放ち、プロのスカウトの隠し球の一人として注目されていたが、誠が聞いた限りではプロに行くつもりは無いと言うことだった。
 黙って話を聞いていたロナルドが口を開く。
「俺も聞いたことがあるぜ。レイズの四番の久慈がいたのが菱川重工豊川だろ?他には日本、台湾、朝鮮のプロリーグにも選手出してるんじゃないのか?」 
「千葉の横田投手、台北の北川遊撃手、プサンの福島捕手ですか。意外にスミスさんも詳しいじゃないですか」 
「まあ岡部の買った雑誌をちょこっと読んでね。こいつこう見えて結構まめでね。ちゃんと注目選手には蛍光ペンでライン引いてるんだもんな」 
 ロナルドにそう言われて照れ隠しに岡部はコップの水を飲み干した。
「盛り上がってるねえ」 
 そう言って再び喫煙所に顔をだす要。露骨に不機嫌そうな顔になるカウラを無視してそのまま誠の隣のパイプ椅子に座った。
「一応、アタシが監督だ。確かに外野と控えのキャッチャーがいないんでな。チーム力はそれなりだな。岡部、肩は自慢できるんだろ?」 
 挑発的に流し目を送る要に、岡部は低い笑い声を立てた。
「まあ見ててくださいよ。正捕手の座を取りに行きますから」 
「いいねえ、強気で。誠。こんくらいの勢いがねえとこの商売やっていけねえぞ」 
 食堂から水を運んできたレベッカからコップを受け取ってゆっくりと飲み干す要。
「確かにメンタルの弱さは克服すべき課題だな。あらゆる意味においてな」 
 要に対抗するように、机に置かれていた水を飲み干すカウラ。そんな二人を心配そうに見守るレベッカがいた。
「漫画研究会もあるって聞いたんですけど……」 
「いよいよ私の出番かしら!」 
 紺色のシャツの袖をまくって現れるアイシャ。
「来たよ、ややこしい奴が」 
 要の吐き捨てた言葉を無視して悠々と喫煙所のソファーに腰掛ける。
「レベッカさん、歓迎しますよ。誠君は絵師でもあるんだから、後で私が原作の漫画を読ませてあげるわね」 
 満面の笑みのアイシャに少し公開したような愛想笑いを浮かべるレベッカ。
「止めといた方が良いぞ。コイツは脳みそ腐ってるから」 
「そう言う要ちゃんだって、昨日、レベッカちゃんの胸揉んでたじゃないの」 
「レベルの低い言い争いは止めろ。頭が痛くなる」 
 誠がどう声をかけようか迷っているところに中華なべをおたまで叩く音が食堂に響き渡った。
「はい!茹で上がりましたよ!」 
 パーラの一声でとりあえず悶着は起きずに済んでほっとする誠。一同は食堂に向かった。西とエダ、そしてこちらの喧騒にかかわらないように厨房に侵入していたキムが、手にそばの入った金属製のざるにそばを入れたものを運んできた。
「はい!めんつゆですよ!ねぎはたくさんありますから、好きなだけ入れてくださいね!」 
 サラはそう言いながらつゆを配っていく。
「サラ!アタシは濃いのにしてくれよ」 
「そんなことばかり言ってるから気が短いんじゃないのか?」 
 再びにらみ合う要とカウラ。誠は呆れながら渡された箸を配って回った。
「じゃあ食うぞ!」 
 そう叫んだ要は大量のチューブ入りのわさびをつゆに落とす。
「大丈夫なんですか?」 
「なんだよ、絡むじゃねえか。このくらいわさびを入れて、ねぎは当然多め。それをゆっくりとかき混ぜて……」 
「薀蓄は良い。それにそんなに薬味を入れたらそばの香が消える」 
 そう言うとカウラは静かに一掴みのそばを取った。そのまま軽く薬味を入れていないつゆにつけてすすりこむ。
「そう言えばカウラそば通だもんね。休みの日はほとんど手打ちそばめぐりに使ってるって話だけど」 
 ざるの中のそばに手を伸ばすアイシャ。その言葉に誠はカウラの顔に視線を移した。
「好きなものは仕方が無いだろ。それに娯楽としては非常に効率が良い」 
 再びそばに手を伸ばす。そして今度も少しつゆをつけただけですばやく飲み込む。
「なるほど、良い食べっぷりですねえ」 
 岡部も同じような食べ方をしていた。
「そういやネイビーの旦那達。隣の公団住宅の駐車場に止まっている外ナンバーはアンタ等の連れか?」 
 いつもの挑戦的な視線をタレ目に漂わせながら要がロナルドを見据える。
「俺も見たがあれは陸軍の連中だな」 
 それだけ言うとロナルドは器用に少ない量のそばを取るとひたひたとつゆにくぐらせる。
「功名合戦か。迷惑な話だな」 
「まあ、そんな所じゃないですか。あの連中は隊長には深い遺恨があるから」 
 ロナルドがそう言うとつゆのしみこんだそばを口に放り込んだ。法術、その研究においてアメリカ陸軍が多くの情報を開示した事は世界に大きな衝撃を呼び起こした。存在を否定し、情報を操作してまで隠し続けていたその研究は、適正者の数で圧倒している遼州星系各国のそれと比べてはるかに進んでいた。そして明言こそしなかったものの、アメリカ陸軍はその種の戦争状況に対応するマニュアルを持ち、そのマニュアルの元に行動する特殊部隊を保持していることがささやかれた。
 そんなことを思い出している隊員達に見つめられながら静かにそばをすすっているロナルド。
「どうせ神前曹長の監視だろう。ご苦労なことだ」 
 同じざるからそばを取っているフェデロが、一度に大量のそばを持っていく。ロナルドは思わずそれを見て眼を飛ばしてけん制しながら箸を進める。
「どうも今日はそれだけではないらしいがな」 
 そうつぶやきながら要はそばをすすった。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 26

「なんだ、来てたのか」 
 暖簾をくぐる嵯峨がそう言った。誠が店の中を覗くと、すでにさしつさされつ日本酒を飲み交わしている明華と明石の姿があった。
「すみません。ワシ等先やらしてもらってますわ」 
 もつ煮をつつく明石。少しばかり酔いに頬を染めて、照れ笑いを浮かべる明石を見つめる明華。
「あのなあ。お前等が先に来てたら吉田の気遣いが無駄になるじゃねえか」 
 そう言うと吉田の手にしている花束を奪って要に握らせた。
「許大佐。婚約、おめでとうございます」 
 後ろから見ても確かに黒いタンクトップにジーンズの要とはいえ令嬢の雰囲気を漂わせる彼女が花を握れば絵になった。誠も思わず顔をほころばせる。その様子を一瞥しながら少し照れるように花束を手にする明華。
「ありがとう。アンタが選んだでしょ?相変わらずみごとなものね」 
 明華が受け取った花束の香をかいでいる。
「お前等が一番に着いたのか?」 
「ちゃいます、アイシャ達が一番に来て小夏を連れて、なにやら仕掛けとるみたいですわ」 
「それで準備が出来るまで飲んでろって言われたわけか」 
 嵯峨はテーブルの上の三つ置かれた二合徳利を眺めた。
「じゃあ俺等はどうしましょうか?」 
 吉田が嵯峨に目配せをする。
「まあ、こいつ等と第四小隊以外は上がっても大丈夫なんじゃないの?」 
 そう言うと嵯峨はそのまま奥の階段を上り始める。
「ちょっと嵯峨さん」 
 厨房から出てきた春子が呼びかける。タバコに取り出しかけた手を置いた嵯峨が振り返る。
「こっちにあるビールのケース。運ぶの頼んでも良いかしら?」 
 そう言われると嵯峨は吉田に目配せをした。吉田はシャム、要、そして誠の頭を軽く叩く。
「ああ、吉田さんと誠君が来てくれれば大丈夫よ」 
 春子の指名で目を見合わせた吉田と誠は、カウンターをすり抜けて厨房に入る。
「そこに二ケースあるでしょ?それを上に運んでもらえるかしら?」 
 言われるままに吉田はビールのケースを持ち上げる。誠はそれに付き合うようにその下のケースを持った。
「今日はメインは何ですか?」 
「牛のもつ焼きよ。何でもスミス大尉が大の好物なんですって」 
 春子はそう言うと宴会の仕込みに取り掛かった。
「アメリカ産の癖に妙なもん食うんだな」
 そう言う吉田を先頭に、あまさき屋の狭い階段を上り始めた。
「おう、ご苦労さん!そこに置けや。それと一本ビールを持ってきてくれ」 
 部屋の奥に腰をすえた嵯峨がタバコをくゆらせ始める。誠が見回すと部屋には紙でできた飾りや、万国旗が飾られている。
「誠ちゃん!そこの紐持って向こうの梁に取り付けてくれない?」 
 アイシャがそう言うと、部屋の中央にある万国旗の紐を指差した。
「おい、アイシャ!せっかくビール持ってきてくれたんだ。少しは休ませてやれよ」
 手が痺れた誠がぐるぐる手を振っているのを見て要が叫ぶ。 
「言うわね要ちゃん。もしかしてあなたの部屋で何かあったわけ?」 
 目を細めるアイシャ。その言葉にシャムとサラが興味深げに要の顔を見る。
「馬鹿言ってんじゃねえ!そんなことあるわけねえだろ!先輩としての気遣いから言ってやってるだけだ!島田!オメエがやれ!」 
「また俺ですか?人使いが荒いなあ」 
 愚痴りながら島田が万国旗の紐を持ち上げる。誠はビール瓶を持って嵯峨と吉田の隣に座った。
「まあ、一杯やろうや」 
 そう言うと後ろから栓抜きとコップを三つ取り出す嵯峨。
「お前もこれから大変だろうからな」 
 誠から瓶を受け取って、嵯峨の手の中のコップにビールを注ぐ吉田。
「なっちゃん!これ大丈夫なの?」 
 シャムがアイシャのバッグの中から取り出したクラッカーを取り出した。
「大丈夫ですよ。どこぞの馬鹿が拳銃ぶっ放すのとはわけが違いますから」 
「小夏。それはアタシか?アタシのことか?」 
 そう言うと紙の飾りを取り付けようとしていた要がそれを投げ捨てて小夏に歩み寄る。
「要!急に離したら!」 
 パーラのその声の後、誠が吉田に注いでいたビールの中に紙の飾りが落ちた。
「おい、西園寺……」 
「はあ?オメエ等、ビール運んできただけじゃねえか。それに糊の味が加わっておいしくなるかも知れねえぞ?」 
 さっきとは真逆なことをしゃあしゃあと言う要。
「はい、喧嘩はそこまで。とりあえずお疲れ」 
 そう言うと嵯峨は一息でビールを飲み干した。気を利かせてビールを飲み干した誠が立ち上がった。
「大丈夫よ誠ちゃん。もう終わるから」 
 アイシャは要が放り出した紙の飾りを画鋲で壁に貼り付けるとあたりを見渡した。
「こんなもので良いかしら?」 
「良いんじゃねえの?」 
 そう言いながら残っていたビールを自分のグラスに注ぐ。嵯峨は泡の少ないコップを何度か眺めた後、ビールを飲み干した。そしてそのコップがテーブルに置かれた時に宴会場にカウラ達が姿を現した。
 入ってきたのは複雑な表情を浮かべるカウラと菰田率いるヒンヌー教団。サラと島田が誠達が運んできたビールを各テーブルに配っている。
「そういえばキム達はまだなのか?」 
 二本目のビールを受け取った嵯峨が下座に陣取ったアイシャに声をかけた。
「もうそろそろ着くと思いますよ。それとマリアさんがお客さんを積んで本部を出たそうです」 
 アイシャの言葉に黙って頷く嵯峨。それを見てすぐさま誠の隣に陣取る要。そして向かいにはカウラが座った。
「なんか、ここ狭すぎるだろ。向こう行けよ、お前等が主役じゃないんだから」 
 嵯峨はそう言うとアイシャとパーラの座っている下座のテーブルを指差した。
「アタシ等の引越しは祝ってくれねえのか?」 
「そんなの知らねえよ、明日勝手に引越しそばでも食ってろ」 
 そんな言葉を浴びると、渋々要が立ち上がる。誠とカウラも顔を見合わせてそのまま階段沿いの席に腰を落ち着けた。誠が階段を覗き込むと、明石が顔を覗かせている。
「タコ。まだ見るんじゃねえ!」
 叫ぶ要。 
「なんじゃ、ワシ等はまだ蚊帳の外か」 
 そう言うと明石の大きなスキンヘッドがゆっくりと階段を下りていった。すれ違いで上がってきたのはキムとエダだった。そのままアイシャの前に立ったキムは、手にした書類ケースを彼女に渡した。
「一応こんだけ集めましたけど」 
 ちらちらと誠からも見えるのでそれが不動産屋の広告であることがわかる。
「ああ、ありがと。後でお返ししてあげるわね」 
「プラモやフィギュアは止めてくださいね」 
 キムはそう言うとサラと島田が占領しているテーブルについた。
「ちょっと隊長!いつまで待たせる気ですか!」 
 階段からの大声。そこには明石に肩を押さえられながら不満そうに叫ぶ明華がいた。
「早く来すぎたのはお前等だろ?それに急な話だったから新入りの歓迎も出来なかったし」 
 すまなそうな顔をしながら手を合わせる嵯峨。
「それなら連中が来たらもう一回乾杯すればいいじゃないの」 
「その手があったね」 
 そう言うと嵯峨は吉田とシャムに目配せをした。
「じゃあそこに場所とってあるからさ。さっさと始めちまうか」 
 嵯峨が上座のもう一つのテーブルを指差す。明華はいつも通り、明石はどこか遠慮がちに席に着いた。
「えー、それでは皆さん」 
 ビールを注ぎなおしたグラスを掲げる嵯峨。一同もビールやウーロン茶を掲げる。
「このたび、ようやく明石の奴が覚悟を決めて人生の墓場に転落することになりました」 
 そこまで言って嵯峨は隣のテーブルを見た。明華がきつい視線を嵯峨に送っている。
「まあいいや、とにかくめでたいので乾杯!」 
 一同がグラスを合わせる。シャムはクラッカーを鳴らし、どこから持ってきたのか島田が太鼓を叩いている。
「ごめんね!遅くなっちゃったわね」 
 そう言いながら入ってきたのはリアナだった。
「本当におめでとう!明華!」 
 サラが慌てて注いだビールのグラスを明華に向かって掲げるリアナ。
「リアナ。あなた健一さんの実家にいたんじゃなかったの?」 
「馬鹿ねえ!そんなこと気にしなくていいわよ。二人の仲じゃないの!」
 不思議そうな視線を投げる明華に笑顔で答えるリアナ。
「さあ、めでたい席ですからね。たくさんお食べになってください」 
 そう言いながらもつとキャベツが乗った皿を運ぶ春子と小夏。その様子を見ると要はすばやくテーブル中央の鉄板に火を入れる。
「明華、飲んでね」 
 グラスにまだ半分以上ビールが残っていると言うのに、リアナは瓶を持ったまま待機している。
「鈴木さん。ワシ等もうかなりできあがっとるんで……」 
「大丈夫よ!大きいんだから。明石さんが飲めばいいじゃない」 
 そう言うとリアナは空になっていた明石のグラスにビールを注ぎ始めた。
「そう言えば姐御にはお世話になってるからな」
 するすると明華に近づいてビール瓶を差し出す要。 
「おい、西園寺。なにかたくらんでいるな」 
 明華はそう言いながらもグラスを要に差し出す。
「止めとけばいいのに。誠ちゃんもう空けたの?じゃあ私が注いであげる」 
 要を見ながらそう言うとアイシャが誠にビールを注いでやった。
「加減しておけよ。また誠が暴走したら私は知らないからな」 
 そう言いながらカウラは手をかざして鉄板の具合を見ている。
「なんだ、まだ始めて無いのか?仕方ねえなあ」 
 戻ってきた要は、すぐさまもつとキャベツを鉄板の上に広げる。他のテーブルの鉄板でも同じようにタレをつけられたもつが焼かれ、肉の焼ける香ばしい香が部屋に満ちてくる。
「おい、小夏!アタシのボトル持って来いや!」 
 叫ぶ先の小夏はあからさまに嫌そうな顔をしながら階段を下っていく。 
「貴様また小細工して誠を潰す気か?」 
「なに怖い顔してるんだよ。姐御の門出にそんなことしたらどうなるかアタシでも判るよ」 
 要が残っていたビールを飲み干す。その隣ではアイシャがニヤニヤしながら要を見つめていた。
「気持ち悪いな。アイシャ、先に言っとくがコイツはアタシの部屋じゃなんにもしてねえからな」 
「何か言ったかしら?私」 
 アイシャはグラスを持って一口飲む。そして、すぐさま誠のコップが空だとわかると手近なビール瓶を持って誠に差し出した。
「調子に乗るなよ、アイシャ」 
 カウラは叱るような調子でアイシャをにらむ。だが、誠にはアイシャの酒を拒む勇気はなかった。黙ってその有様を見つめながらパーラは一人で鉄板の上を切り盛りしていた。
「おい、外道!持って来たぞ」 
 小夏がぞんざいに要の前にウィスキーとラム、それにテキーラのボトルを並べた。
「いいねえ、こう言うささやかな幸せっていう奴を大事にしたいもんだ」 
 そう言いながらビールが少し残っていると言うのにテキーラを注ぐ要。
「出来ましたよー!」 
 パーラが声を上げると同時にアイシャがキャベツをモツのタレに絡ませて手元の皿に集めた。
「キャベツ取り過ぎだろ!アイシャ!」 
「え?そう?いつもは野菜はいいから肉食わせろって騒ぐ癖に」 
「じゃあ私はこれをもらうか」 
 大き目のもつの塊を箸でつかむカウラ。手元のもつを見つけると、誠も箸を伸ばす。
「誠。お前も飲め!」 
 コップに半分以上注いでいたテキーラを飲み干し、ウィスキーに手を伸ばした要が、そのまま誠のコップを奪い取るとそのまま注ぎ始めた。
「だからそれを止めろと言うんだ!」 
「だって注いじまったからな!ささ、ぐっとやれ!」 
 勢いだった。誠は言われるままに喉にしみるウィスキーを一息で飲み干した。
 喉を焼くウィスキーのアルコールに顔をしかめる誠。カウラは心配そうに見つめている。
「飲みましたよ!」 
「おお、いいじゃねえの!さあ次だ」 
 そう言うと誠の手からコップを奪い取り、今度はラムを注ぎ始めた。
「貴様等、いい加減にしろ……」 
「こうなったらもう駄目でしょ。ああ、やっぱり鉄板で焼いたキャベツはおいしいわ」 
 手を出そうとするカウラと無視を決め込むアイシャ。
「次、行くわよ」 
 パーラは残ったもつを自分の皿に移すと、またモツとキャベツを鉄板に拡げる。誠は景色が回り始めるのを感じていた。
「本当に大丈夫なのか?」 
 声をかけるカウラの声に少しばかりためらいが感じられるのは、誠の顔の色が変わってきているからだろう。要に渡されたコップを一度テーブルに置くと、誠はパーラが盛り付けてくれたモツに取り掛かった。
「遅くなりました」 
 マリアの声が響く。続くのはロナルド、岡部、フェデロ。そして遠慮がちに入ってくるのはレベッカだった。
「おい!眼鏡っ子!」 
 周りを気にしながら一人部屋に入るのを躊躇しているレベッカに要が声をかけた。
「私ですか?」 
「他に誰がいるんだよ。ここ座れ!」 
 要はそう言うと自分の隣の座布団を叩く。
「でも……」 
「でもじゃねえ!一応アタシが上官だ!上官命令って奴だ」 
 元々たれ目の要がさらに目じりを下げながら叫ぶ。
「じゃあ、すみません」 
 そう言いながらレベッカはパーラの後ろをすり抜けて要の隣の座布団に腰をかけた。
「畳の暮らしにゃ慣れてねえか?」 
「いえ、大丈夫です」 
 恐る恐る要を見つめるレベッカ。上機嫌にテキーラを煽る要。
「まずどれで行く?」 
 そう言うと要は三本の酒瓶をレベッカの前に並べて見せた。
「どれがいい?」 
 さらにそう言いながらにじり寄る要に眉をひそめるレベッカ。
「私は……ビールでいいです」 
「遠慮するなよ」 
 要の手がレベッカの肩をつかんだ。怯えるように低く声を上げるレベッカ。
「ビールで良いんだな?パーラ、一本取ってくれ。それにコップも!」 
 そう頼みながら今度は顔を近づける要。レベッカは怯えたようにあたりを見回す。
「西園寺さん。止めた方が良いですよ」 
「誠!一体何を止めるんだ?こう言う事か?」 
 要の右手がレベッカの胸に伸びる。
「あ!」 
 思わずアイシャが吹いた。カウラの烏龍茶の入ったコップを握る手に力が入る。
「だからそれを止めろと……」 
「だってぷにぷにして気持ち良いぜ!」 
 要の大声が部屋に響く。他のテーブルの隊員の表情は明らかに一つの言葉で説明がついた。
『またか』 
 そう思った彼等はそのまま誠の座るテーブルから視線をそらした。
「いいだろ?カウラ。おい、アタシの胸も触って良いぞ」 
 そう言ってレベッカの手を握ると自分の胸に当てる。
「要!」 
 いつの間にか要の隣まで歩いてきた明華がレベッカから要を引き剥がす。
「これ没収!」 
 そう言って要の前のボトルを次々と取り上げる。
「姐御!勘弁!マジで!」 
 少しろれつが回っていない要を見下ろしている明華。さすがに悪乗りが過ぎたと言うように要はレベッカから手を放した。
「ごめんねレベッカ。コイツ変態だから」 
「姐御酷いですよ!」 
 そう言いながらコップに残ったラムを飲み干す要。それを聞いていた誠の視界が急激に狭まってくる。
「そう言えばもう一人の問題児が……、大丈夫?」 
 明華の声が耳の奥で響く。轟音が誠の頭を襲っていた。
「いつもこんな感じなんですか?」 
 恐る恐るずれた眼鏡を直しながら、レベッカが尋ねた。
「まあそうね。こんなもんじゃないの?ねえ、アイシャ」 
「まあそうですね。いつもこんなものじゃないですか?」 
「確かにこういうものだ」 
 ゆっくりと烏龍茶を飲みながら、モツをつつくカウラ。
 レベッカは笑いを浮かべようとしていたが、引きつった頬は不器用な笑顔しか作れなかった。キャベツをつつく誠。彼がテキーラが入ったコップに手を伸ばすと、そのコップを明華が奪った。
「あんたも懲りないわね。もうぐだぐだじゃないの!」 
「大丈夫ですよ。平気ですから」 
 そう言いながら首がくらくらと回っているのは誠自身もよくわかっていた。
「どこが大丈夫なの?じゃあ、ビールにしましょう」 
 そう言うと明華はレベッカの前に置かれた瓶を手に取った。
「ビールなら、大丈夫です」 
 誠はすばやく明華から瓶を奪うと、そのままラッパ飲みをはじめた。
「何するのよ!神前!」 
 慌てる明華だが、遅かった。
「おっと!ここで誠の新歓一気か!」 
 はしゃぎだすのは要。その言葉を聴いて島田とサラが立ち上がって騒ぎ出す。顔をしかめる明華をよそにビールを飲み終えた誠はふらふらと瓶を小脇に抱えた。そして彼は自分の意識が閉じて行くのを味わっていた。

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テーマ : 同人小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 25

 住宅街に伸びる細い道が途切れ、アーケードが続く商店街に車はたどり着いた。白いワイシャツがまぶしい部活帰りのような高校生の自転車の車列が見える。宅配便のワゴン車が通り過ぎるのを確認すると、吉田はそのままメイン通りを右折した。かなり寂れた商店街である。郊外型大型店の人気は豊川でも例外ではなかった。
『平河花店』と書かれた看板の前でワンボックスは止まった。
「ちょっと俺は車置いてくるわ」 
 シャム、要、誠が下りるのを確認すると、吉田はそのまま車を走らせた。
「またここか」 
 要はそう言うと店の中に入った。名前の工夫の無さに比べて、店内は比較的明るく改修されたばかりという雰囲気だった。
「いらっしゃい……ってシャムちゃん!また来てくれたのね」 
「へへへ。来たよ」 
 店の奥から出てきた若い女主人はシャムの頭を撫でていた。しかし、彼女の視界に要が入ると、少し緊張したような表情を浮かべた。
 要は冷蔵庫の中の花を一つ一つ確認するように見つめている。
「今日はどう言った花をお探しで……」 
 おどおどとした調子で要に話しかける女主人。
「花の保管方法は教えてやったようにしたんだな」 
 要はそう言うと女主人の方に目をやった。
「ええ、保存温度も西園寺さんのおっしゃるとおりにしましたから」 
 その声を聞くと笑顔を浮かべた要が冷蔵庫の薔薇の花に手を伸ばした。
「これが商品になるのは今日までだな。まずはこれを頼む」 
 要が手に取った黄色い薔薇を女主人に手渡す。
「これなんてどうでしょうか?」 
 女主人はその隣にある豊川市の花でもある赤い百合を手渡した。少しばかり要の頬に皮肉めいた笑みが浮かんだ。女主人もそれを感じているのか、手が震えている。
「色の取り合わせとしては悪くねえが、二つも目玉を持たせるのはどうもねえ。こっちの白いのなら脇で締まって見えるようになるんじゃねえか?」 
 そう言うと要は冷蔵庫の隅にまとまって置かれていた白い小ぶりな百合を手に取った。誠は要と女主人のやり取りから目を離してシャムのほうを見た。
 じっとひまわりの花とにらめっこをしているシャム。誠は再び視線を要達の方に向けた。
 要と女主人は相変わらず話し込んでいる。ここ数日で要の保安隊では見れない一面を見ることが多かった。胡州帝国の名家のお嬢様と言う生まれ、そのことを皮肉るような殺伐とした部屋、そして花を選ぶ時の真剣な目つき。
「気に入ったのか?シャム」 
 ようやく花束が一つ出来上がったところで要がシャムのほうを見た。
「これ良いよね」 
 そう言いながら笑みをこぼすシャム。
「オメエも選んでみるか?」 
 その要の言葉にはじかれたように、シャムが店の中の花達を物色し始めた。
「よう、先生。お気に召すモノでも有ったのか?」 
 自動ドアが開いて現れた吉田の顔がほころんでいる。
「まあな。明華の姉御は手を抜くと見抜くからな。それなりのものが出来たと思うぜ」 
 そう言うとそのままシャムのほうに歩み寄る要。
「ひまわりを目立つようにしたいんだろ?だったら桔梗はこっちの落ち着いた色の方が映えるぞ」 
「そうなんだ。じゃあこれをつけてと!」 
 シャムはうれしそうに花を選んでいる。女主人は包み終わった花束を吉田に渡す。吉田はカードで支払いを始めた。
「オメエの頭の中みたいだな」 
 要はシャムの手に握られたひまわりのインパクトが強い花束をひまわりが映えるように並べ替えて女主人に渡す。
「そっちの会計は自腹な」 
 会計を済ませた吉田の一言で、シャムの表情が泣きそうなものになった。
「そうだろ?それシャムが持って帰るんだから」 
「ったく度量がないねえ。高給取りなんだから払ってやれよ」 
 目じりを下げて要が吉田を見つめる。仕方ないと言うようにまたカードを取り出す吉田。花屋の女主人は再び花束を作り始める。
「いつものことながら見事なもんだねえ」 
 手にしている要の選んだ花束を見つめる吉田。要はさもそれが当然と言うように自動ドアから街に出た。慌ててその後に続く誠。
「凄いですね、西園寺さん」 
 要が言葉の主の誠を見てみれば、感動したとでも言うような顔がそこにあった。
「ちょっとした教養って奴だ。こういうことも役に立つこともある」 
 それだけ言うと要はあまさき屋のある方向に向かってアーケードの下を歩き出した。
 花屋の隣は締め切られたシャッターが二つ続いた。
「結構寂れてるんですね」 
 誠は辺りを見回す。およそ二軒に一軒は夕方のかき入れ時だというのにシャッターが閉められている。通るのは近くに住んでいるらしい老夫婦や、裏手の工業高校の男子生徒の自転車くらいだ。
「駅前の百貨店とかにかなり客を取られてるからな。ここらだと車を持っているのが普通だから、郊外の量販店なんかに行くんだろ」 
 吉田が淡々とそう答える。
「でも僕の実家の辺りなんか商店街結構繁盛してますよ」 
「それはテメエの家の辺りは下町じゃねえか。それにお太子さんもあるくらいだから観光客もいるぞ」 
 あちこち見ながら歩いている誠をせかすように要がそうつぶやいた。
「でも隊長がなんか商店街の会長さんとなんかやるつもりだって言ってたよ」
 シャムの声に思い出したように彼女を見つめる要。明らかに忘れられていたような態度を取られてシャムは頬を膨らます。 
「そう言えばオメエはこの先の魚屋の二階に住んでるんだったな。叔父貴の奴、またくだらないことでも考えてるのか?」 
 頭をかく要。アーケードが途切れ、雲ひとつ無い夏の終わりの空が赤く染まろうとしていた。
「よう、また俺の話でもしてたの?」 
 突然の声に四人が左を向いた。作務衣を着て扇子を持った嵯峨がそこに立っている。その後ろには白いワンピースに白い帽子を被った茜が立っていた。
「別に……なあ!」 
 要が誠の顔を見つめる。
「そうですよ。それより良いんですか?その様子だと早引きしたみたいですけど」 
「吉田の。お偉いさんの俺等の評価は知ってるだろ?どうせ仕事なんて回ってこねえよ」 
 軽くいなすようにそう言うと嵯峨は歩き始めた。
「どうした、先行くぞ」 
 立ち尽くす四人を振り返る嵯峨。四人はともかく歩き始めることにした。
「あれだな、東和軍の幕僚とやりあったのか?」 
「当たり。何でも司法局の依頼で五人ほど法術特捜にまわしてくれって頼んだのを断られたんだと」
 吉田の言葉に振り向く茜。目が合った誠は愛想笑いを浮かべた。
「オメエ等の出向もそれで決まったわけだな」 
 要の言葉に大きく頷く吉田。
「以前から話は来てたんだがね。要するに俺らで遼南軍の筋の良さそうなのに唾つけようって魂胆だ。隊長も抜け目が無いって言うかなんと言うか」 
 そう言いながら吉田はちらちら振り返ってくる嵯峨に照れたように頭を掻く。銭湯の煙突に隠されていた夏の終わりの太陽が六人の顔を照らし出した。あまさき屋の暖簾がはためいているのが目に入る。

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テーマ : 小説
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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 24

「ここは右折でよろしいですの?」 
 造成中の畑だったらしい土地を前にして道が途切れたT字路で茜が声をかける。
「ああ、そうすればすぐ見える」 
 要は相変わらずタバコをくわえたまま、砂埃を上げる作業用特機を眺めていた。茜がハンドルを切り、世界は回る。そんな視界の先に孤立した山城のようにも見えるマンションが見えた。周りの造成地が整備中か、雑草が茂る空き地か、そんなもので構成されている中にあって、そのマンションはきわめて異質なものに見える。
 まるで戦場に立つ要塞のようだ。誠はマンションを見上げながらそう思った。茜は静かにその玄関に車を止める。
「ああ、ありがとな」 
 そう言いながらくわえていたタバコに火をつけて地面に降り立つ要。
「ありがとうございました」 
「いいえ、これからお世話になるんですもの。当然のことをしたまでですわ」 
 茜の左の袖が振られる。その様を見ながら少し照れる誠。
「それじゃあ、明後日お会いしましょうね。ごきげんよう」 
 そういい残して茜は車を走らせた。
「おい、何見てんだよ!」 
 タバコをくわえたまま要は誠の肩に手をやる。
「別になにも……」 
「じゃあ行くぞ」 
 そう言うと要はタバコを携帯灰皿でもみ消し、マンションの入り口の回転扉の前に立った。扉の横のセキュリティーシステムに暗証番号を入力する。それまで銀色の壁のように見えていた正面の扉の周りが透明になって汚れの一つ無いフロアーがガラス越しに覗けるようになった。
 建物の中には大理石を模した壁。いや、本物の大理石かもしれない。何しろ胡州一の名門の一人娘の住まうところなのだから。
「ここって高いですよね?」 
「そうか?まあ、親父が就職祝いがまだだったってんで、買ってくれたんだけどな」 
 根本的に要とは金銭感覚が違うことをひしひしと感じながら、開いた自動ドアを超えていく要についていく誠。
「茜ねえ……あの親子はどうにも苦手でね。何を聞いても暖簾に腕押しさ、ぬらりくらりとかわされる」 
 要はエレベータのボタンを押した。その間も誠は静かな人気の無い一階フロアーを見回していた。すぐにその目は自分を見ていないことに気づいた要の責めるような視線に捕らわれる。仕方がないというように誠は先ほどの要の言葉を頭の中で反芻した。
「まあ、考え方は似てますよね」 
「気をつけな。下手すると茜の奴は叔父貴よりたちが悪いぞ」 
 エレベータが開き要仕切るようにして乗り込む。階は9階。誠は人気の無さを少しばかり不審に思ったが、あえて口には出さなかった。たぶん要のことである。このマンション全室が彼女のものであったとしても不思議なことは無い。そして、もしそんなことを口にしたら彼女の機嫌を損ねることはわかっていた。
「どうした?アタシの顔になんかついてるのか?」 
「いえ、なんでもないです」 
 誠がそんな言葉を返す頃にはエレベータは9階に到着していた。
 黙ってエレベータから降りる要。それに続く誠。フロアーには相変わらず生活臭と言うものがしない。誠は少し不安を抱えたまま、慣れた調子で歩く要の後に続いた。東南角部屋。このマンションでも一番の物件であろうところで要は足を止める。
「ちょっと待ってろ」 
 そう言うと要はドアの横にあるセキュリティーディスプレイに10桁を超える数字を入力する。自動的に開かれるドア。茜はそのまま部屋に入った。
「別に遠慮しなくても良いぜ」 
 ブーツを脱ぎにかかる要。誠は仕方なく一人暮らしには大きすぎる玄関に入った。ドアが閉まると同時に、染み付いたタバコの匂いが誠の鼻をついた。靴を脱ぎながら誠は周りを見渡した。玄関の手前のには楽に八畳はあるかという廊下のようなスペース。開けっ放しの居間への扉の向こうには、安物のテーブルと、椅子が三つ置かれている。テーブルの上にはファイルが一つと、酒瓶が五本。その隣にはつまみの裂きイカの袋が空けっ放しになっている。
「あんま人に見せられたもんじゃねえな」 
 そう言いながら要はすでにタバコに火をつけて、誠が部屋に上がるのを待っていた。
「ビールでも飲むか?」 
 そう言うと返事も聞かずにそのまま廊下を歩き、奥の部屋に入る要。ついて行った誠だが、そこには冷蔵庫以外は何も見るモノは無かった。
「西園寺さん。食事とかどうしてるんですか?」 
「ああ、いつも外食で済ませてる。楽だからな」 
 そう言って要は冷蔵庫一杯に詰められた缶ビールを一つ手にすると誠に差し出す。
「空いてる部屋あったろ?あそこに椅子あるからそっちに行くか」 
 そう言うと要はスモークチーズを取り出して台所のようなところを出る。
「別に面白いものはねえよ」 
 居間に入った彼女は椅子に腰掛けると、テーブルに置きっぱなしのグラスに手元にあったウォッカを注いだ。
「まあ、冷蔵庫は置いていくつもりだからな。問題は隣の部屋のモノだ」 
 口に一口分、ウォッカを含む要。グラスを置いた手で、スライス済みのスモークチーズを一切れ誠に差し出す。誠はビールのプルタブを切り、そのままのどに流し込んだ。
「隣は何の部屋なんですか?」 
 予想はついているが念のため尋ねる誠。
「ああ、寝室だ。ベッドは置いていくから。とりあえず布団一式とちょっと必要なファイルがあってな」 
 今度はタバコを一回ふかして、そのまま安物のステンレスの灰皿に吸殻を押し付ける。
「まあ、野球部の監督としては結構大事なもんだ」 
 要は今度はグラスの半分ほどあるウォッカを一息で飲み下してにやりと笑う。
「それにしても、茜さんにした『カネミツ』の話。本当ですか?」 
 要のタレ目がにやりと笑う。
「ああ、あれならカマかけてみたんだ」 
 グラスにウォッカを注ぐ要。誠は半分呆れながらその手つきを観察する。
「叔父貴は自分から状況を作るようなことはしねえよ。あくまでも相手に手を打たせてから様子を見てカウンターでけりをつけるのが叔父貴流だ。まあ、手札としての『カネミツ』の有効利用のために吉田辺りを使って噂を広めるくらいのことはするかもしれねえがな。まああの二人はどうにもねえ。騙し騙されて数十年。なかなか不思議な縁と言う奴だな」 
 グラスを顔の前にかざして、いつもの悪党の笑顔を浮かべる要。
「しかし、あの機体はほとんど戦略兵器じゃないですか!国際問題に発展する可能性だって……」 
「その性能とやらもすべて叔父貴の息のかかった技術屋の口からでた数字だろ?当てになるもんじゃねえよ。まあ、叔父貴のことだから過小評価している可能性もあるんだがな」 
 そう言うとまた要はウォッカの入ったグラスを傾けた。
「まあ叔父貴と吉田のお遊びの相手に主要国の情報機関が寝ずにがんばってくれているのには頭が下がるがね。叔父貴のことだ、そんな様子を腹抱えて大笑いしてるんじゃねえか?」 
 口にスモークチーズを放り込んで、外の景色を眺める要。窓には吹き付ける風に混じって張り付いたのであろう砂埃が、波紋のような形を描いている。部屋の中も足元を見れば埃の塊がいくつも転がっていた。
「西園寺さん。掃除したことあります?」 
 そんな誠の言葉に、口にしたウォッカを吐きかける要。
「……一応、三回くらいは……」 
「ここにはいつから住んでるんですか?」 
 要の顔がうつむき加減になるのを見ながら誠からの言葉に黙り込む要。たぶん部隊創設以来彼女はこの部屋に住み着いているのだろう。寮での掃除の仕方、それ以前に実働部隊の詰め所の彼女の机の上を見ればその三回目の掃除から半年以上は経っていることは楽に想像できた。
「掃除機ありますか?」 
「馬鹿にするなよ!一応、ベランダに……」 
「ベランダですか?雨ざらしにしたら壊れますよ!」 
「そう言えば昨日の夜、電源入れたけど動かなかったな」 
 絶句する誠。しかし、考えてみれば胡州の選帝公の筆頭である西園寺家の一人娘。そんな彼女に家事などが出来るはずも無い。そう言うところだけはきっちりとご令嬢らしい姿を示して見せる要。
「じゃあ、来週の30日。掃除機借りてきますんで掃除しましょう」 
「やってくれるか!」 
「いえ!僕が監督しますから西園寺さんの手でやってください!」 
 誠の宣言にしょげ返った要。彼女は気分を変えようと今度はタバコに手を伸ばした。
「それとこの匂い。入った時から凄かったですよ。寮では室内のタバコは厳禁です」 
「それ嘘だろ!オメエの部屋でミーティングしてた時アタシ吸ってたぞ!」 
「あれは来客の場合には、島田先輩の許可があれば吸わせても良いことになっているんです!寮の住人は必ず喫煙所でタバコを吸うことに決まっています!」 
「マジかよ!ったく!失敗したー!」 
 そう言うと要は天井を仰いでみせた。
「じゃあ始めんぞ。ついて来い」 
 要は気分を切り替えると急に立ち上がる。誠は半分くらい残っていたビールを飲み下して要の後に続く。誠が見ていると言うのに、ぞんざいに寝室のドアを開ける要。
 ベッドの上になぜか寝袋が置かれているという奇妙な光景を見て誠の意識が固まる。
「あれ、何なんですか?」 
「なんだ。文句あるのか?」 
 そのまま部屋に入る要。ベッドとテレビモニターと緑色の石で出来た大きな灰皿が目を引く。机の上にはスポーツ新聞が乱雑に積まれ、その脇にはキーボードと通信端末用モニターとコードが並んでいる。
「なんですか?これは」 
 誠はこれが女性の部屋とは思えなかった。『高雄』のカウラの無愛想な私室の方が数段人間の暮らしている部屋らしいくらいだ。
「持っていくのは寝袋とそこの端末くらいかな」 
「あの、西園寺さん。僕は何を手伝えば良いんですか?」 
 机の脇には通信端末を入れていた箱が出荷時の状態で残っている。その前にはまた酒瓶が三本置いてあった。
「そう言えばそうだな」 
 要は今気がついたとでも言うように誠の顔を見つめる。
「ちょっと待ってろ。テメエに見せたいモノがあるから」 
 そう言うと壁の一隅に要が手を触れる。スライドしてくる書庫のようなものの中から、要は小型の通信端末を取り出した。明らかに買ったばかりとわかるような黒い筐体を手渡す要。さらに未開封のゲームソフトらしいモノをあわせて取り出す。
「誠はこう言うのが好きだろ?やるよ」 
 誠は要の顔を見つめた。要はすぐに視線を落とす。
「もしかしてこれを渡すために……」 
「勘違いすんなよ!アタシはもう少しなんか運ぶものがあったような気がしたから呼んだだけだ!これだってたまたまゲーム屋に行ったら置いてあったから……」 
 そのまま口ごもる要。誠はゲームソフトを見てみる。どう考えても要が買うコーナーには無いギャルゲーである。
「心物語ですか。主人公キャラが男女二人になって、どちらからでも攻略できるんですよね。確かアイシャさんが18禁バージョンの限定版を三つ確保したとか自慢してましたけど」 
「アイシャの奴買ってたのか?」 
「まあこういうゲームの収集はアイシャさんの守備範囲ですから」 
「そうか……」 
 がっくりとうなだれる要。誠はどう慰めようか言葉を選ぼうとした時に、窓の外に一本のロープがぶら下がっていることに気づいた。
「西園寺さん……」 
 誠の言葉よりも要の行動の方が素早かった。机の引き出しから愛銃XD40を取り出した要は、そのままベランダに出るための窓を静かに開けた。
 ロープは静かに揺れている。誠はそのまま要の後ろをつけて行った。要はハンドサインで静かにするように伝えるとそのままロープの真下に座り込んだ。何者かが明らかにこのマンションを上ろうとしている。要は突如立ち上がると、ベランダの向こうにいる侵入者に銃を向けた。
「撃たないでー!」 
 間抜けなシャムの声が響く。誠はそのままベランダの下を見下ろした。シャムと吉田がマンションの壁面を登ってきていた。あまりに間抜けな光景に、誠は唖然とした。
「どうもー……」 
 消え入るような声で、ベランダに降り立つシャム。
「こいつ、結構使えるな。キムに教えてやるか」 
 ベランダに降り立った吉田が左腕を前に突き出す。手首の辺りで腕が上下に裂け、中にグレネードランチャーの発射装置のようなものが見えた。
「なんだ、またギミック搭載したのかよ」 
「まあな。でも結構便利だぞ。お前も今度義体換えるときやってみれば?」 
 そう言うと左腕を元の形に戻して要の寝室にさも当然と言うように入り込む。
「靴ぐらい脱げ!馬鹿野郎!」 
 要の叫び声に慌てて靴を脱ぐシャムと吉田。二人は靴を誠に手渡す。仕方なく誠は玄関に靴を運んで行った。
「今日は第一小隊は待機じゃないんですか?」 
 誠の言葉ににんまりと笑う吉田。
「どうせすることも無いからな。隊長が『要が神前を拉致ったらしいから様子を見てこいや』って言うもんで見に来たんだけど……なんもしてないんだな」 
「オメエ等帰れ!黙っといてやるから今すぐ帰れ」 
 怒りに震える要。それを無視するようにシャムがとりあえずベッドの上に置いた誠がもらったゲームソフトに目を付ける。
「心物語だ!これって結構人気なんだよね。誰の?要ちゃんの?」 
「うぜえんだよ餓鬼!そいつはアタシが誠に……」 
 勢いで吐きかけた言葉の意味を理解して要が口ごもる。吉田、シャムの二人はにんまりと笑いながら誠と要を見回した。
「へー、プレゼントしたんだ。良かったね!誠ちゃん!」 
 シャムが屈託の無い笑顔で誠を見つめる。誠は頭を掻きながらそんなシャムを見ていた。
「それにしても汚ねえ部屋だねえこりゃ」 
 呆れ果てたと言う表情で埃の積もった床の上に足先で線を描く吉田。
「余計なお世話だ!」 
 そんな吉田の頭を小突く要。明らかにいつもの不機嫌な要の姿に戻っていた。
「これじゃあカウラの部屋の方がまだましなんじゃねえか?」 
 靴下に付いた埃を見て顔をしかめた吉田がそう言った。カウラと言う言葉を聴いて、要の目に殺気がこもる。
「そんな目で見るなよ。それより後三時間後にあまさき屋に集合なんだけど、この様子じゃあすることないな」 
「だったら帰れよ、な?」 
 敵意むき出しで吉田を見つめる要。
「あまさき屋で何するんですか?」 
 誠は要と吉田の間にさえぎるように体をねじ込んで尋ねる。
「聞いてないのか?アイシャには伝えたはずなんだけどな」 
「忘れてるな。まああいつは引越しとなるとねえ……どれだけのものを持ち込むかわからねえからな」 
 気を落ち着かせようとタバコを取り出す要。
「明後日から俊平とアタシ、遼南に出張でーす!」 
 ライターに伸ばされた要の手が止まる。
「法術がらみだな」 
 ふざけていた要の表情に生気が戻る。それを見て黙って吉田は頷いた。
「まあそう言うこと。遼南軍や警察でもかなり法術適正者が発見されたってことで、御子神さんの戦闘技術指導のお手伝いに行くってわけだ。まあ、隊長が監修した面白くもねえビデオ上映して、さらにこいつの原稿棒読みの講義とか……、とにかくつまんねえことをしにいくわけだ」 
 シャムはふくれっつらをするが、特に言葉を出すわけではなかった。
「なるほどねえ、それであのアメリカさんの歓迎会を今日やるわけだ」
 要はそう言うと寝室にもしっかり置いてある開封されたタバコの箱を手に取った。 
「それと俺等の壮行会な。しかし、まああのシンプソン中尉って結構かわいいよな」 
 突然、吉田から話題を振られて誠は周りを見回した。シャムは吉田にけなされたまんまの視線で誠を見つめる。タバコに火をつけた要だが、こういう場面でわざと視線を泳がせている時に下手なことを言えば何をされるかわからない。
「そうですね。特に胸が……」 
 地雷を踏んだ。そう誠が思ったとき、要は誠の右手に思い切り火の付いたタバコの先を押し付けた。
「それは禁句だろ?な?」 
 要らしいサディスティックな笑顔。誠は手の甲を見るがさすがにすぐに要が火を遠ざけてくれたおかげで火傷の跡は残っていない。だが明らかに自分の振った話題で予想通りの動きをした二人を満足そうに吉田は見つめている。
「お前もそう思うか?そうだよなあ」 
 そしてついに笑い始める吉田。しかし、誠は自分で言いだした話なのに横目で見つけた要の右手のタバコが震えるのを見て顔を引きつらせた。
「あれだな。形はたぶんアイシャかマリアさんの争いだが、大きさではどこかの人工巨乳を抜いてトップにたったな」 
「おい、吉田。オメエいっぺん死んだ方が良いぞ……」 
 机に置いた銃に手を伸ばそうとする要だが、次の瞬間には銃はシャムの手の中にあった。
「だめだよ要ちゃん!こんなの持ち出したら。それよりのど渇いた!」 
「じゃあビールでも飲むか!あるんだろ?」 
 マイペースな二人に肩をすくめた要がそのまま部屋を出て行った。
「いやあ、あいつからかうと面白れえな!」 
「吉田少佐。むやみに挑発するの止めてくださいよ」
 泣き言を言う誠を相変わらず面白そうに見つめている吉田。 
「ったく気の小さい奴だな」 
「誠ちゃんは臆病だからね!」 
 あっけらかんと笑う二人についていけない誠。ドアが開いて手にした缶ビールをシャムと吉田に投げる要。
「ビール投げるなよ!泡吹くじゃねえか!」 
 そう言いながらプルタブを引き、吹き出す泡をうまく口の中に収める吉田。シャムはしばらく落ち着かせようと銃と一緒にテーブルの上に缶を置いた。
「邪魔するなよ」 
 そう言うと要は酒瓶を横に避けて床に置かれた端末の箱を開けた。いくつものコードが複雑に絡み合っている。さすがに技術屋でもある誠にはそのアバウトな要の配線を見つめるとため息が漏れた。
「とりあえずそれと寝袋だけか?運ぶのは」 
「まあな。そう言うオメエ等は出張の準備は出来たのか?」 
 端末のコードを一本一本絡んでいるのを戻しながらジャックを引き抜いてはまとめる要。
「俺はトランク一つあれば十分だ。シャム、お前はどうした?」 
「あのね。あっちで買うから大丈夫。それにアイシャちゃんにアタシのチェックしている番組の録画も頼んだし」 
「どうせ特撮とアニメだけだろ?」 
 一際長い電源コードをまとめる要。図星と言うように頭を掻くシャム。
「それにしてもずいぶん古い端末使ってんな。島田辺りに最新の奴選んでもらったらどうだ?」 
 吉田の一言、また要の表情が不機嫌なものになる。
「余計なお世話だ。それにこいつには胡州陸軍関係のデータも入ってる。そう簡単には交換できるもんじゃねえよ」 
「ふーん」 
 特に関心も無いというように吉田はビールを飲みながら作業を続ける要を眺めていた。シャムはもう良いだろうと缶を開けたが、不意に吹き出した泡に慌てて口をつけた。
「リモコン見っけ!」 
 泡を吹こうとハンカチを出してしゃがんだシャムが要の持ち上げた端末の下から薄い何かを見つけた。
「備え付けのAVシステムかよ。こりゃ良いわ」 
 そう言うと要の許可も得ずにスイッチを押す吉田。 
「邪魔になるようなことはするなよ」 
 あきらめたような顔で要はつぶやいた。天井から巨大な画面が降りてくる。シャムの目が、急に輝きだしたのが誠からも良く見えた。
「ちょっと何が入ってるのかな」 
 そう言って内部データを検索する吉田。
「ドアーズ、ツェッペリン、ピストルズかよ。ずいぶん偏っていると言うかつまみ食い趣味と言うか……」 
「なんだ、ボブ・マーリーが無いのがそんなに不満か?」 
 要が端末を緩衝材ではさんでいる。
「なんだ、クラッシックもあるじゃねえの。ホルストの惑星。展覧会の絵。ピーターと狼。ずいぶんこれもなんだかよくわからねえ趣味だな」 
「最近の曲は無いの?」 
「ちょっと待ってろよ」 
 まるで自分達の部屋のように振舞う吉田とシャムに切れた要が吉田の手からリモコンを取り上げた。
「好き勝手なこと言うんじゃねえ!これでも見てろ」 
 そう言うと要はリモコンを奪い返して浪曲専門チャンネルに合わせた。
「あのなあ。俺は隊長と違ってこう言う趣味はねえんだけどな」 
「叔父貴との付き合いはオメエ等が一番長いんだ。上司を理解するのも大事な仕事だろ?」 
 そう言うと要はリモコンをポケットに入れて緩衝材ではさんだ端末をダンボールに押し込み始めた。一方部屋の半分の大きさもあろうと言う画面で、実物大の禿げた頭の浪曲師が森の石松の一説をうなっている。
「西園寺、あっさりこれが出てきたって事は見てるのか?」
 吉田は画面を不思議そうに見ているシャムから目を離すと箱にどう見ても入りそうに無いコードの束を押し込んでいる要に声をかけた。 
「爺さんが好きだったからな。ガキの頃よく家にもそちらの方面の人間が出入りしてたし」 
「世に言う『西園寺サロン』って奴か。その割にはまるっきりそう言う趣味ないよなお前」 
 吉田はそう言うとビールの缶を空にした。その隣で床に腰を下ろしたシャムは石松の最期のくだりを聞きながらなぜか大うけしていた。
「終わった」 
 一言そう言って酒瓶に手を伸ばす要。確かに箱には入ったがコードがその隙間から飛び出していてとても箱に入れたといえる状況では無い。
「早過ぎないか?まあ西園寺らしいがな」 
 そう言うと吉田は要からリモコンを奪い取りモニターを消した。静かに上がって収納されていく画面を不思議そうに眺めるシャム。
「それじゃあ、どうする?」 
「商店街でも顔出すか」 
 そう言って立ち上がる要。そのままベランダのドアを開け、吉田の肩を叩いた。
「帰るのも当然こっちだろ?」 
 ニヤニヤとベランダの向こうに垂れ下がっているロープを指差す要。
「俺の車に乗るんだろ?ちゃんとロープは回収するから頼むわ」 
 そう言うと吉田はベランダに出てロープを一回弛ませる。すぐさま上から鉤爪が落ちて来るのを受け取るとロープをまとめ始める。
「そう言えば吉田。最近、叔父貴に仕事を頼まれたことあるか?」 
 部屋を出ようとする吉田に要が声をかける。
「仕事ねえ、年中頼まれてるがどんな仕事だ?」 
「『カネミツ』がらみ、またはこいつの『クロームナイト』の関係でも良いや」 
 そう聞いて少し怪訝な顔をする吉田。
「遼南叩きのサイトなんかで流れてたな、そんな噂。年中立つ噂だが、今回はちょっとソースが特殊なんでね」 
 頭を掻きながら靴に足を突っ込む吉田。
「やっぱりデマか。でもどこだって言うんだ?ソースは」 
「東モスレム解放戦線の公然組織、東和回教布教団だ。東モスレムの連中にしたら確かにあの化け物が央都鎮座しているってことが安心して眠れない理由なんだろうが、持ち主の遼南軍とは関係の無い連中だから推測で叫んでいるだけなんじゃないかな。もし本当ならもっと早い段階で水漏れして俺のところにもいくつかの情報屋から知らせがくるもんだけどな」 
 そう言うと吉田はゆっくりと靴を履く。
「つまり今回アタシが手に入れた情報は無意味だったと」 
「まあそう言うこと。とりあえず騒ぐことが無いからでっち上げたんだろ。だが、東モスレムの情報が嘘だからといって豊川工場に『カネミツ』が存在しないかどうかは俺もわかんねえよ」 
 吉田はゆっくりと立ち上がる。要はそれ以上聞くつもりは無かった。ネット上の情報をほぼその神経デバイスにリアルタイムで流している吉田すら嵯峨の特殊な情報網は把握できてはいない。そして吉田もそのことを追求することは無い。
 いつものことだ。そう割り切った誠はさっさとサンダルを履く要の後に続いて靴を履いた。
 誰もいない踊り場。要を先頭にエレベータに向かう。
「しかし、西園寺が出たらどうなるんだ?この建物」 
 吉田が人気の無いフロアーを見回している。シャムもそれをまねるように首をめぐらす。
「ああ、今度、京渓電鉄が向こうの造成地に駅作るって話だから売れるんじゃねえか?」 
 まるで他人事のように要はそう言い残してエレベータに乗り込む。
「でも、凄いですね」 
 ここ数日、要と自分の暮らしていた世界が余りに遠いことを思い知らされた誠はそう言うしかなかった。
「胡州帝国宰相の娘とは思えない部屋だったしな」 
「吉田。どういう意味だ?」 
 予想通り噛み付いてきたと振り返って眼を飛ばす要に笑顔を返す吉田。
「言ったとおり。それ以外の意味なんかねえよ」 
 下っていくエレベータ。シャムが不安そうに眉間にしわを寄せている要の顔を見る。
「ああ、そう言えばシャム。花屋よってかんとまずいだろ」 
「そうだよ!そのためにも要ちゃんのところに来たんだから!」 
 吉田とシャムが要のタレ目を覗き込む。
「何が言いたいんだ?」 
 エレベータの扉が開く。すばやくその間を抜けて歩き始めた要が吉田達に振り向いた。
「聞いてないのか?」 
「だから何をだよ!」 
 そう要が言い放つと、困惑したように吉田とシャムが顔を見合わせる。
「タコの奴、ようやく腹を決めたんだわ」 
 それだけではわからない。そう言う表情を浮かべる要と誠。
「来年の六月にね、明石中佐と明華ちゃん結婚するんだって!」 
 一瞬の沈黙。マンションの自動ドアを通り過ぎた地点で、要はようやく意味が聞き取れたと言うように立ち止まった。
「マジか?」 
 吉田を見つめる要。誠は呆然と吉田達を眺めた。
「嘘ついてどうするんだよ。シャム、カウラには連絡したろ?」 
 シャムが吉田を不思議そうな顔で見つめている。頭を抱える吉田。
「そう言うことは早く言えよ!それで渡す花束のコーディネートをアタシに頼もうってんだろ?」 
 ようやく納得がいったとでも言うように要は目の前に止めてあったワンボックスのドアを開けた。
「吉田。重要なことはシャムに任せるんじゃねえよ。それにしても、暑いなあ。ったくクーラーくらい付けろっての!」 
 そう言うと要は石油エネルギー全盛期の地球製と思われる吉田の古いワンボックスカーの後部座席に座り込む。
「夏は暑いから夏なんだよ!我慢しなきゃ!」 
 助手席のシャムは平気な顔をしている。一方でガムを口に放り込んでエンジンをかける吉田も平然としている。誠は噴出す汗を感じてすぐに窓を全開に開けた。吉田の趣味らしく電子音が揺れているようなポップな音楽が大音量で流れる。
「花屋に任せりゃあ良いじゃねえか。それとも何か?アタシに指導料でもくれるのか?」 
 音楽に負けない程度の声で要が叫ぶ。
「同僚だろ?それに西園寺流華道家元の娘らしいことしてくれても罰は当たらないんじゃないか?」 
 そう言うと吉田は車を出した。
「それにこいつ。ほっとくと花とか食うからな」 
「酷いよ俊平!アタシそんなもの食べないよ!」 
 ふくれっつらのシャム。誠は苦笑いを浮かべて様子をうかがっている。市の中心部へと向かう大通りに入り込んだ車は、吉田の的確なハンドルさばきで次々と先行する車両を抜き去る。
「そう言えばパーラが華道やりたいとか言ってたぞ。教えてやれよ」 
 吉田がそれとなく振り向く。要は無視してそのまま車窓を眺めている。工事中の立体交差の大通りを前に左折し、裏道に入る。少しすすけたような旧市街の町並みが続く。
「しかし、タコの奴心境の変化でもあったのかね。独身主義者とか言ってただろ?配属当時は」 
 開け放たれた窓からの風に前髪を揺らしながらつぶやく要。
「まあ俺はあいつのプロポーズがいつになるか楽しみだったんだけど、アレは無いよなあ……」 
 吉田の口から漏れたその言葉に、要とシャムが食いつくように目を向けた。
「先に言っとくぞ。あいつは一応俺の上司だ。あいつの不利になるようなことは言わねえからな」 
「勿体付けんなよ。吉田のことだからカメラ仕掛けるとか盗聴器しかけるとかしてよく知ってるんだろ?教えろよ」 
 要が運転している吉田の頬をぺたぺたと叩く。目を輝かせているシャムが黙って吉田を見つめる。
「だから、たいしたことは無いんだって!」 
 そう言うと車がすれ違うには難しいような細い路地へとワンボックスを向かわせる吉田。
「まあいいか、どうせ叔父貴が言いふらすだろうからそっちから聞くわ」 
 そう言うとあきらめたように要は後部座席で思い切り伸びをした。

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テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 23

「正人!カウラ!ご飯だよ!」 
 サラの声がフロアーに響く。掃除をしていた面々が一斉に立ち上がった。
「じゃあ行くぞ!」 
 そう言うと機嫌よく要は先頭に立って歩き出す。頭を押さえているパーラが食って掛かろうとするのをアイシャが両手でなだめている。そんな様を楽しそうにに茜が眺めていた。
 食堂には菰田達がすでに座って番茶をすすっていた。
「オメエ等、何してたんだ?」 
 要の剣幕に首をすくめながら、いかにも下品そうな笑いを浮かべる三人。
「どうせ二階でエロゲでも隠してたんじゃないの?」 
 アイシャは近くの湯飲みを取ると、ソンからやかんを取り上げて番茶を注いだ。
「なんだ、菰田達。いたのか」 
 そっけなく言ったカウラの言葉にヒンヌー教徒は身悶えんばかりの顔をした。
「あなた達ちょっとキモイわよ」 
 そう言うと隣のテーブルに座ったアイシャ。その隣に要が座り、その視線は誠に注がれている。選択の余地が無いというように誠は要の正面に座った。その隣に座ろうとするカウラをにらみつける要だが、カウラは気にせず誠のとなりに当然のように座った。
「お待たせしました!やっぱり今日みたいな日はそうめんでしょ!」 
 そう言うと春子と小夏の親子がそうめんを入れた土鍋を持ってくる。
「女将さん、それじゃあ鍋でもやるみたいじゃないですか?」 
「ちょうどいい大きさの器が無くって、ボールじゃあ味気ないし、すぐあったまっちゃうでしょ?」 
 要の言葉に春子は聞き分けの無い子供にでも言うような口調で語る。
「黙って食え!外道!」 
 小夏が叩きつけるようにめんつゆを要の前に置く。そしてそれに答えるように要も小夏をにらみつける。
「すいません!遅れました……ってそうめんですか!いいっすねえ」 
 機械油がしみこんだ手で額を拭いながら島田が現れる。続いてサラとパーラが大きなボトル入りのジュースを何本か抱えて入ってくる。
「じゃあこれは私達でいただきますね」 
 茜はそう言うと一番大きな鍋を持って島田とサラ、そしてパーラが着いたテーブルにそれを置いた。
「薬味はミョウガか。買ったのか?」
 カウラは感心したようにつゆにみょうがのかけらを入れる。 
「ああ、それなら裏にいくらでも生えてますから」 
 島田がつゆの入ったコップに多量のねりがらしを入れている。
「島田さんそれじゃあ入れすぎ……」 
 心配そうに見守る茜。
「大丈夫よ、正人は辛いの好き……」 
 そう言いかけてサラの島田を見ていた目の色が変わる。島田が突然身悶えながらのけぞった。
「馬鹿が、入れすぎだったんだろ?おい!麺つゆの瓶よこせよ」 
 その様子を見ながら要は静かにそうめんをすすった。要はそう言うと菰田につゆを取らせた。
「塩辛くならないか?」 
 そうめんの鍋に手を伸ばすカウラ。
「そんなだからいつも血圧高いのよ」 
 そう言ってそうめんをすするアイシャ。要は二人の言葉を無視して濃いめのつゆを作り終わると鍋の中のそうめんに手をつけた。
「いいねえ、夏ってかんじでさ」 
 鍋の中のそうめんを箸で器用につまむ要。誠は遠慮がちに箸を伸ばす。
「飲み物あるわよ」 
 パーラがそう言うとコーラのボトルを開けた。
「ラビロフ中尉!オレンジジュースお願いします!」 
「じゃあ俺はコーラで良いや」 
「ジンジャーエール!」 
 菰田、ヤコブ、ソンの三人が手を上げている。
「アタシは番茶でいいぜ。誠はどうするよ」 
「僕も番茶で」 
 要が一口でそうめんを飲み下すとまた鍋に手を伸ばす。誠はたっぷりとつゆをつけた後で静かにそうめんをすすった。
「私も番茶で良い。甘いものはそうめんには合わない」 
「そう?私コーラが欲しいんだけど」 
 ゆっくりとそうめんをかみ締めるカウラ。アイシャは手にしたコップをパーラに渡す。
「じゃあ俺はオレンジジュースをもらおうかな」 
 島田は菰田に対するあてつけとでも言うようにパーラが菰田のために注いだばかりのオレンジジュースを取り上げた。むっとした菰田を無視してそれに口をつける島田。サラが気を利かせてすぐさまオレンジジュースをコップに注ぐと菰田達の下にジュースを運んだ。
「ここ数日は本当に夏らしいわねえ」 
 少なくなった鍋の中のそうめんをかき集めながらアイシャがしみじみとそう言った。その言葉でなんとなく黙り込んだ人々。夏らしい気分と先日の海の思い出。それぞれに反芻しているようにも見えた。
「そう言えば荷物とかは良いんですか?」 
 誠は食べ終わったというように番茶を飲んでいる要に尋ねた。
「まあ、アタシはベッドと布団くらいかな、持ってくるのは。それより、こいつはどうするんだ?」 
 要が指差した先、そうめんをすすっているアイシャがいた。
「まあ、一度には無理っぽいし、トランクルームとか借りるつもりだから。まあテレビがらみの一式と漫画くらいかなあ、とりあえず持ってこなきゃならないのは」 
「おい、あの量の漫画を運ぶ気か?床抜けるぞ」
 冷やかす要だがアイシャは表情を変えずに言葉を続ける。 
「私は漫画が無いと寝れないのよ。それに全部持ってくるつもりも無いし」 
 そう言うとアイシャはめんつゆを飲み干した。
「ご馳走様。ちょっとパーラ、コーラまだ?」 
 黙ってパーラがアイシャにコーラを渡す。アイシャは何も言わずに受け取ると、一息でコーラを飲み干し、空いたグラスをパーラに向ける。
「あのね、アイシャ。私まだ食べてないんだけど」 
 恨みがましい目でパーラはアイシャを見つめた。
「大丈夫よ、そうめんならまだあるから」 
 箸を置く春子の優雅な姿を見とれていた誠だったが、わき腹を要に小突かれて我に返った。
「俺はもう良いや。パーラさんもっと食べてくださいよ」 
 オレンジジュースを飲みながら島田も箸を置いた。
「そうね、あのアイシャの部屋を片付けに行くんだものね。それなりの覚悟と体力が必要だわ」 
 サラはそう言うとニコニコしながら急いで麺をすすっているパーラを眺める。
「なによその言い方。まるでアタシの部屋が汚いみたいじゃないの!」 
「汚いのは部屋じゃなくてオメエの頭の中だもんな」 
 濃い目のつゆを飲みながら要が言ったその言葉に、思わずアイシャが向き直った。
「あなたの部屋なんて、どうせ銃とか手榴弾が転がってるんでしょ?そっちの方がよっぽど問題なんじゃない?」 
 アイシャの言葉に要はまったく反応しない。そのまま口直しの番茶の入った湯のみを口元に運ぶ。
「それは無い。私が行った時には手書きのタイガースのスコアーブックが一面に散らかっていただけだ」 
 同じように番茶をすすっていたカウラの言葉にお茶を噴出す要。
「らしいわね。まるで女の子の部屋じゃ無いみたい」 
「そう言うアイシャの部屋の漫画もほとんど誠ちゃんの部屋のとかわらない……」 
 サラが言葉を呑んだのはアイシャの頬が震えているのを見つけたからだ。
「はい、皆さん食べ終わったみたいだから、片付け手伝って頂戴」 
 春子が気を利かせて立ち上がる。黙って聞き耳を立てていた菰田達もその言葉に素直に従って空いた鍋につゆを入れていたコップを放り込む。
「島田。何もしなかったんだからテーブルくらい拭けよ」 
 そう言うと菰田は鍋を持って厨房に消えた。
「どうせあいつも何もしてねえんじゃないのか?まあいいや、サラ。そこにある布巾とってくれるか?」
 サラから布巾を受け取った島田はサラと一緒にテーブルを拭き始める。
「おい、誠」
 要の言葉に振り向いた誠。そこには珍しくまじめな顔をした要がいた。
「ちょっと荷物まとめるの手伝ってくれよ」 
 そう言うとそのまま頬を染めてうつむく要の姿に、誠は違和感を感じていた。
「そう言うことなのね」 
 黙って様子を見ていた茜が口にした言葉に、要は顔を上げてみるものの、何も言わずにまたうつむいた。そしてすぐに思い出したようにテーブルを拭いている島田に声をかけた。
「そう言やキムとエダの二人はどうしたんだ?」 
「ごまかそうっていうの?あの二人なら私がトランクルーム借りる交渉に行ってくれてるのよ。もういくつか目星はつけてるんだけど、私のコレクションを収納するのにふさわしいところじゃなくっちゃね」 
「苦労するねえ、キムの野郎も」 
 そう言うと要は立ち上がった。
「茜。車で来てるだろ?ちょっと乗せてくれよ、こいつと一緒に」 
 そう言って要は親指で誠を指差した。当惑したように留袖に汚れがついていないか確認した後、茜が顔を上げた。
「いいですけど、午後からお父様に呼び出されているので帰りは送っていけませんけど」 
「良いって。誠、餓鬼じゃねえんだから一人で帰れるよな?」 
 特に深い意味の無いその言葉を口にする要。テーブルを拭いている島田とサラから哀れむような視線が誠に注がれた。
「まあ良いですよ。女将さん!手伝わなくて大丈夫ですか?」 
「ありがとう、神前君。こっちはどうにかなりそうだから、……引越し組みは出かけていいわよ」 
 鍋を洗う春子の後ろで小夏がアカンベーをしているのが見える。
「じゃあ先に行くぜ、茜。車をまわしといてくれ」 
 そう言うと要は食堂を出る。茜と誠はその後に続いた。
「でもまあ、狭い部屋だねえ。まあ仕方ないか、なんたって八千円だもんな」 
 そう言いながら歩いていると菓子パンを抱えた西が歩いてきた。
「お前いたのか?」 
「ちょっと島田准尉に頼まれてエアコンのガス買いに行ってたんで」 
 要と茜に見つめられて頬を染める西。
「ああ、食堂に近づかねえ方がいいぞ。アイシャ達が待ち構えているからな」 
 西は顔色を変えるとそのまま階段を駆け上がっていく。
「元気があるねえ、美しい十代って奴か?」 
 上機嫌に歩き出す要。そのままスリッパを脱ぐと下駄箱を漁り始める。
「その靴って、もしかしてバイクでいらしたの、要さん」 
 膝下まである皮製のバイク用ブーツを手にした要は玄関に座ってブーツに足を入れた。
「おお、それがどうした?オメエなんか下駄で車の運転か?危ねえぞ」 
「ちゃんと車では運動靴に履き替えます。それよりバイクはどうなさるおつもり?」 
 誠もようやくそのことに気がついた。要のバイクは東和製の高級スポーツタイプ。雨ざらしにするにはもったいないような値段の代物だった。
「どうせ明後日はこっから出勤するんだ。別に置きっぱでも問題ねえだろ」 
「そうじゃなくて明日はどうなさるのってことですわ。私は明日は出勤ですわよ」 
 確かにこのことは誠も知りたいところだった。平然と『迎えに来い』などと言いかねない要のことである、心配そうに誠は要の顔色を伺った。
「ああ、明日?あれだ、カウラとアタシはトラック借りてそれに荷物積んで来るから問題ねえよ。だから置いていく。それでいいか?」 
 そんな要の言葉に胸をなでおろす誠。要はブーツを履き終えるといつも通り誠達を待たずに寮を出て行く。そんな要を見ながら下駄を履いた茜がスニーカーの紐を結んでいる誠の耳元でささやく。
「そんなにあからさまに安心したような顔をしていらっしゃると付け入られますわよ。要さんに」 
 そのまま道に出ると要がバイクを押して隣の寮に付属している駐車場に向かっているところだった。いつ来ても、保安隊男子下士官寮の駐車場は酷い有様だと誠も認めざるを得ない。雑草は島田の指揮の下、草を見つけるたびに動員をかけるので問題は無い。入り口近くの車が、明らかな改造車なのは所管警察の暴走族撲滅活動に助っ人を頼まれることもある保安隊に籍を置いている以上、豊川市近辺ではありふれた光景である。朱に交われば赤くなると言うところだろう。誠はそう思っていた。
 しかし、一番奥の二区画の屋根がある二輪車駐車場に置かれたおびただしいバイクの部品の山が入った誰もの目を引き付けることになる。島田准尉のバイク狂いは隊でも知らないものはいない。ガソリンエンジンの大型バイクとなると、エネルギーのガソリン依存率が高い遼州星系とは言え、そうはお目にかからない。
 そのバイクのエンジンが二つも雨ざらしにされて置いてある。盗む人間が現れないのは、その周りに島田が仕掛けた銀行並みのセキュリティーシステムのおかげ以外の何者でもない。エタノールエンジンの大型バイクを愛用している要が、呆れたように肩をすくめる。
「鍵、開けましたわよ」 
 自分のバイクを島田のバイクの隣に置いたまま部品の山を見ていた要が茜の言葉に振り返ると、そのまま助手席のドアを開けて乗り込んだ。誠は茜の乗るセダンの高級車に少しばかり遠慮がち乗り込み、慣れない雰囲気に流されるようにして後部座席に座った。茜は運転席で何か足を動かしているように見えた。
「まじめだねえ、やっぱり履き替えるんだ」 
「司法に身を置く人間としては当然のことではなくて?」 
 そう言うと茜はキーを入れる。高級車らしい落ち着いたエンジンの振動が始まる。緩やかに車はバックして、そのまま空きの多い下士官寮の駐車場から滑り出した。
「要さん。お話があるでしょ?」 
 目の前を見つめながらハンドルを操る茜の手を軽く見やった後、要は頭の後ろに両手を持ってきて天井を見上げた。
「まあな……」 
 強力に吹き上げるエアコン。室温は次第に快適な温度へと近づいていく。
「オメエが腰を上げたってことはだ、それなりにやばい連中が動き出したと考えていいんだな」 
「ずいぶんと要さんにしては遠まわしな聞き方ね。それに昨日から同じような質問ばかり。少しはご自分で動いてみたらいかが?その義体の通信機能を使いこなせれば私よりも新鮮な情報が手に入りますわよ」 
 茜は大通りに出るべくウィンカーを右に点灯させた。宅配便のトラックが通りすぎたのを確認して、左右に人影が無いのを確認するとそのまま車を右折させた。
「何度だって確認したくなるさ、昨日みたいな法術適正者、それもかなりの手ダレがアタシ等の周りをうろちょろしてる状況なのはわかりきっているんだから」
「法術犯罪専門の同盟機構直属の捜査機関の設立理由としてはそれだけで十分ではなくって?」 
 口元に浮かぶ笑み。それを見て誠は彼女もまた胡州の上流貴族の長女であると言う事実を思い出した。
「そうとばかりは言えないぜ。確率論的に法術適正のある人間なんてそうはいない。それなりの組織としてもあれほどの法術使いをそう大量に抱えているとは思えない。そうなるとそうちょくちょく襲撃するのはリスクが大きすぎることくらい連中も知ってるはずだ。それにこちらもアタシ等が護衛につく。昨日のギャンブルじみた襲撃があったとしてもこちらは本部に連絡するくらいの対応は出来るんだ」 
「そうなると?」 
 前の車の減速にあわせてブレーキを踏む茜は決して後ろを振り向こうとしない。それにいらだっているように語気を荒げながら要は言葉を続ける。
「叔父貴が動き出せば奴等にとってはやぶ蛇のはずだ。あの化け物の相手が勤まる奴はそうは居ねえ」  
 そう言うと要は今度は手をダッシュボードの上に移す。
「そうおっしゃるけど、法術の存在が公になってしまった今ではどのような事態が起きたとしても……」 
「それにしちゃあ、ずいぶん控えめな対策じゃねえか。確かに東和警察でも法術犯罪捜査部隊が一都三県で発足した。胡州の公安憲兵隊も法術対策室を立ち上げて人員の選定をすすめている」 
「そうね、東和の反応は迅速だわ。どうせお父様が事前に幹部連に情報をリークしていたんでしょうけど」 
 茜はまったく動じない。ただ前を見てハンドルを切る。
「大麗、遼南、遼北、西モスレム、ゲルパルト。どこもそれなりに国家警察レベルではそれなりの対応をしている」 
 ここで要は言葉を飲み込んだ。茜のポーカーフェイスがいつまで続くか試している。誠はそんな印象を受けた。
「でもよう、その親玉であるはずの同盟司法局の専任捜査員の数が二桁行かないってのはどういうことだ?中途半端に過ぎるだろ。各国の国益優先の人材配置が行われているのは百も承知だ。現状を作り出したのが叔父貴の独断専行なのもわかってる。だけどそんな中途半端な専従捜査員、そしてテメエみたいな弁護士上がりが指揮を執る。そんな部隊を作ったところでなんになるよ」 
 要は抱えていた疑問を吐きつくしたとでも言うようにポケットからガムを取り出して噛み始めた。
「確かに人材の配置転換が始まって法術適正者の選抜が行われているけどどの同盟加盟国でも軍、警察、その他各省庁の実働部隊までしか適性検査を行えない段階よ。それだけの数の分母で適正者がそうたくさん出てくると考えるのがおかしいんではなくって?それにあくまで彼らはそれぞれの国や地方自治体の内部での犯罪捜査や事件対応が優先事項ですわよ。その枠を超えての捜査となれば必ず調整役が必要になる」 
「まあ……国際的テロリストを相手にするときに法術師やその知識を十分に持っている調整機構が指揮監督するのは賢いやり方だとはわかってるよ。それにより多くの訓練や人材発掘のノウハウを獲得するには各国で行われている適性検査や訓練の情報を統括する組織があったほうがいいのは百も承知だ」
「なら問題は無いんじゃないですの?」 
 父親とよく似た舐めたような表情の茜。その態度に要の言葉はさらに強い調子になる。
「本家の遼南。あそこにオメエのコネはあるのか?親父以外に。あそこの青銅騎士団や山岳レンジャー辺りなら教官が務まる人材もいるんだろ?そいつの予定を抑える仕事をした方がこんな片田舎でつまらねえ事件を追うより生産的だろ?」 
 バイパス建設の看板が並び、中央分離帯には巨大な工作機械が並んでいる。車は止まる。渋滞につかまったようで、茜は留袖を整えると再びハンドルを握った。
「遼南首相ブルゴーニュ侯はお父様とは犬猿の仲なのはご存知でしょ?シャムさんの出向にしてもかなりお父様は無理をなさっておられるわ。遼南が人材の出し惜しみをしているのは事実なのよ。正直なところ内戦中の敵対関係を未だに清算できないでいるブルゴーニュ侯の意趣返しですわね」 
 前の砂利を積んだトラックが動き出す。茜は静かにアクセルを踏む。
「つまらねえことを政局に使いやがって!叔父貴も叔父貴だ、司法局が舐められてるのは発足以来のことだって納得しているのかね。まあそれはいいや」 
 要はタバコに手を伸ばそうとしたが、鋭い茜の視線にその右手は宙を舞った。
「それにしちゃカネミツが豊川に運ばれたって言う噂は解せねえな。あれは遼南のフラッグ・アサルト・モジュールだ。カネミツが動くと言うことは遼南が動くってことだろ?国防はあの国では政府の専権事項だろ?ブルゴーニュ候がなんでそっちの許可を出したんだ?」 
『カネミツ』という言葉で誠は思わずシートにもたれていた背筋を伸ばした。アサルト・モジュールの起源とも言える古代遼州文明の兵器。その失われた技術を使っての最終決戦兵器として胡州が開発を進めた機体。
 その再生のために胡州帝国陸軍は専門の実験機関を設立して挑んだ。そして特選三号試作戦機計画により製作された唯一の稼動機体である24号機は適合パイロットである嵯峨惟基の愛刀の名から『カネミツ』と呼称された。05式の50倍と言う強大な出力の対消滅エンジンを搭載し、それに対応可能なアクチュエーターを装備している。そして思考追従式オペレーションシステムを搭載し驚異的な機動性能を実現した最強のアサルト・モジュールとさえ言われている。
 先月の法術兵器にかけられていた情報統制が解禁されてから流れた情報では、保安隊の運用艦『高雄』の重力波砲と比べても最低に見積もって500倍の出力を誇る広域空間変性砲を装備していることが公表された。
「その噂。裏は取れているのかしら?」 
 茜は表情も変えずに渋滞を抜けようと左折して裏道に入り込んだ。
「なに、ただの与太話だ。だが、アタシの情報網でも弾幕の雨の中でも正気を保てる程度の連中が目の色変えて裏を取ろうと必死になってるって話だ叔父貴の腹心の吉田でさえ一生懸命遼南からの大型輸送艦の荷物のデータを集めているくらいだ」 
 郊外の住宅街と言う豊川市の典型的な眺めが外に広がっている。要はそんな風景と変わらない茜の表情を見比べていた。
 茜は無言だった。要は何度か茜の表情の変化を読み取ろうとしているように見えたが、しばらくしてそれもあきらめた。要は頭を掻きながら根負けしたように口を開いた。
「つまり、間違いなく言えることはしばらくは法術特捜に手を貸せってことだけか」
 諦めた要。現状として司法局の方針が法術特捜には人員を割くつもりが無い以上、彼女もその指示に従わざるを得なかった。 
「そうしていただけると助かりますわ。噂は噂。今は目の前にある現実を受け止めて頂かないと」 
 陸稲の畑の中を走る旧道が見えたところで、茜は車を右折させた。
「ったく人使いが荒いねえ。叔父貴は」 
「それは今に始まったことではないでしょ」 
 そう言って茜は笑う。要は耐え切れずにタバコを取り出した。
「禁煙ですわよ」 
「バーカ。くわえてるだけだよ!」 
 そう言うと要は静かに目をつぶった。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 22

「ほんじゃあ行くぞー」 
 投げやりに歩き出す要。アイシャ、カウラもその後に続く。誠も仕方なく通路に出た。当番の隊員はすでに寮を出た後で、人気の無い通路を西館に向けて歩き続ける。
「しかし、ずいぶん使いかけの洗剤があるのね」 
 エダが持っている洗剤の瓶を入れたバケツを見ているアイシャ。
「ああ、これはいつも島田が掃除と言うと洗剤を買ってこさせるから……毎回掃除のたびにあまりが溜まっていってしまうんですよ」 
 誠は仕方がないというように理由を説明した。
「ああ、あいつ。そう言うところはいい加減だもんな」 
 窓から外を眺める要。マンションが立ち並んでいることもあり、ビルの壁くらいしか見ることが出来ない。とりあえず彼らは西館一階の目的地へとたどり着いた。奥の部屋にカウラが、その隣の部屋にアイシャが、そして一番手前の部屋に要が入った。
「なんやかんや言いながら気があってるんじゃないか」 
 ポツリとつぶやくキム。
「エダ、ベルガー大尉を手伝ってくれ、俺はクラウゼ少佐の手伝いをする」 
「私は誠ちゃんの方が良いなあ」 
 入り口から顔を出すアイシャをキムと要がにらみつける。
「お前と誠を一緒にすると仕事しねえからな。アニメの話とか一日中してたら明日の引越しの手伝いしてやらねえぞ」 
「わかりました、がんばりまーす」 
 すごすごと引っ込んでいくアイシャ。誠は左腕を引っ張られて要の部屋に入り込む。
「とりあえず雑巾絞れ」 
 そう言って雑巾の入ったバケツを突きつけてくる要。誠はすぐに彼女が何もしないつもりなのがわかった。
「わかりましたよ」 
 誠はとりあえず二枚の雑巾をバケツに放り込んで絞り始めた。要はその様子を見つめている。
「西園寺さんも手伝ってくださいよ。ここ西園寺さんの部屋になるんですよ」 
 無理とはわかりつつも二枚目の雑巾を絞る誠。正直心の中の半分以上は要の行動には期待していなかった。しかし、思いもしないほど素直に要は搾った雑巾を受け取った。
「まあ一回ぐらいは手伝ってやるよ。一回ぐらいはな」 
 要は雑巾を手に持つと、そのまま部屋の畳を拭い始めた。
「誠、聞いて良いか?」 
 一つ畳を拭き終わった要が起き上がり、手の上で雑巾をひっくりかえす。
「はい」 
 誠は壁についたシミを洗剤でこすって落とそうとしていた。
「オメエ自分の力をどう思ってる?二度も襲われてるんだ、それについてどう見るよ?」 
 要の言葉に誠の手が止まる。誠はとりあえず洗剤を置き、雑巾でシミのついた壁をこすり始めた。
「そうですね。何も知らない時の方が気楽だったかも知れませんね」 
「意外だな、お前のことだから怖いですって即答すると思ったんだけどな。わけわからねえで浚われた方が怖くないのか?」 
 誠の顔が要の方に向き直る。要は照れたように次の畳を拭き始める。
「自分に力があるなんていうことを知らなければ、ただの偶然でまとめられるじゃないですか。嵯峨隊長はあっちこっちで恨みを買ってますから、そのとばっちりってことで納得できる。自分に原因は無いんだってね。でも今回のは違いましたね。僕はもう自分が法術適正者だと知ってしまった。相手は他の誰でもなく僕を狙ってくるのがわかる。どこへ行っても、どこに隠れても、僕であるというだけで狙われ続けるんですから」 
 いくらこすっても取れないシミ。誠は今度は雑巾にクレンザーを振りかける。
「そうだな。アタシも気になってさあ、ここのところ法術に関する研究所のデータや軍の資料を当たってみたんだ。公開されてる情報なんてたかが知れているが、それでも先月の近藤事件以降かなりの極秘扱いのデータが公表されるようになったしな」 
 要は雑巾を畳の目に沿って動かす。
「遼州人のすべてが力を持っているわけじゃねえ。純血の遼州人の家系であることが間違いない遼南王朝の王族ですら、力が確認されている人物は記録に残っているのはたった三人だ。初代皇帝女帝ムジャンタ・カオラ。六代目ムジャンタ・ヘルバの皇太子で廃帝ハド。そして新王朝初代皇帝ムジャンタ・ラスコー、今の戸籍上の名前は嵯峨惟基」 
 誠はクレンザーの研磨剤で消えていくシミを見ながら要の言葉を聴いていた。
「数千人、数万人に一人の確立というわけですか。でも僕は選ばれたと言って喜ぶ気にはなれませんよ」 
 誠の手が止まる。要はそれを見ると立ち上がった。
「不安なのか?」 
 そう言うと要は誠の頭に手を置いた。
「言っただろ?アタシが守るって」 
 中腰の姿勢から立ち上がる誠。要の手は頭の上から誠の頬に流れた。見下ろす誠。要はじっと見ていたが、すぐに目を逸らすと再び畳を拭き始めた。
「勘違いするなよな!アタシはお前の能力を買っているから助けるだけだ。テロリスト連中に捕まってシャムが大好きな特撮モノの怪獣ばりに暴れられたら困るからな……」 
 誠はこっけいに見える要の姿に笑いをこらえていた。
 その笑い声が収まると二人は黙ってそれぞれの仕事を続ける。沈黙と次第に熱せられていく夏の午前中の空気が、気の短い要には耐えられなかったように口を開いた。
「いいか?」 
 三つ目の畳を拭きながら要が口を開いた。
「別に聞いてなくても良いぜ。ただの独り言だ」 
 誠はそんな要を背中に感じながら、バケツで洗ったばかりの雑巾だ窓のサッシを拭いながら聞いていた。
「アタシの家は知ってるだろ?前の大戦中はアタシの爺さんは反戦一本槍の政治屋だっただろ?中央政界から追い出されて、政府からは非国民扱いされてはいたけど、腐っても四大公家の筆頭の家だ。アタシは三つの時に爺さんを狙ったテロでこの体になったわけだ。爺さんもかなり落ち込んでたらしいな」 
 雑巾をかけている自分の手を見つめる要。誠はそれとなく振り返る。要のむき出しの肩と腕の人工皮膚の隙間が誠にはなぜか物悲しく見えた。要は落ち着いた様子で要は畳を拭いていた。
「この体になる前の記憶はまるで無い。まあ三つの時だからな、覚えているほうがどうかしてるよな。でもこの体になってからのことはしっかり覚えてるぜ。脳の神経デバイスは忘却なんていう便利な機能は無いからな。嫌だと言っても昔のつまらない記憶まで引っ張り出してきやがる」 
 そう言うと要は畳を拭く手を止めた。
「まるで腫れ物に触るみたいに遠まわしに気を使う親父、家から出るのにも護衛をつけようとるすお袋。家の使用人や食客達は、出来るだけアタシから距離を取って、まるで化け物でも見てるような面で逃げ回りやがる。まあ、今思えばしょうがないんだけどさ」 
 誠のサッシを拭く手が止まった。
「当然だよな。三つの餓鬼が一月のリハビリ終えて帰ったらこの大人の格好だ、まともに接しようとするのが無理ってもんだ。でも中身は三つの餓鬼だ。わかってくれない、わかられたくもない。暴れたね。楓や茜には結構酷いこともしたもんだ。幼稚園、小学校、中学校、高校。どこに行っても友達なんて出来るわけもねえや。気に入らなかったらぶん殴ってそれで終わり」 
 要はそう言うと掃除に飽きたとでも言うように畳の上に胡坐をかいてタバコを取り出した。
「叔父貴のことをさ、楓から何度も聞かされて。陸軍なら親父や赤松の旦那の手も回って無いだろうっていきがって入ってみたが、士官学校じゃあ西園寺の苗字を名乗ってるだけで教官から目をつけられてすぐに喧嘩だ。どうにか卒業してみれば与えられたのは汚れ仕事の山ってわけだ。つまらないだろ?アタシの身の上話なんて」 
「要さん」 
 誠はサッシから手を離して真っ直ぐに要を見つめた。
「アタシが言いたいのは、自分が特別だなんて態度は止めてくれって事だ。アタシも東都戦争の頃はそうだった。こんな体だから悪いんだ、こんな家柄だがら嫌われるんだってな。でもな、そう思ってる間は一人分のことしか出来ねえんだ。一人で生き抜けるほどこの世は甘くねえよ」 
 そう言ってタバコをふかす要。
「要さん」 
 誠は横を向いて照れている要を見つめた。
「私の話なんてつまんねえだろ?良いんだぜ。とっとと忘れても」
「そんな……忘れるだなんて……すばらしいことをおっしゃいますわね、要お姉さま」 
 要がその声に血色を変えて振り返った先には朱色の留袖にたすきがけと言う姿の茜が立っていた。
「脅かすんじゃねえよ、あれが来たかと思ったじゃねえか!」 
「楓さんのことそんなにお嫌いなのですか?」 
 明らかに要をからかうことが楽しいと言うような表情の茜。要はその表情が憎らしいと言うように口をへの字にした後、落ち着きを取り戻そうと深呼吸をしている。
「あのなあ、アタシにゃあそう言う趣味はねえんだよ!いきなり胸広げて待ち針を差し出されて『苛めてください』なんて言われてみろ!かなり引くぞ」 
 タバコを携帯灰皿に押し込みながら要が上目遣いに茜を見る。
「そうですわね。……それに要さんは神前くんのこと気に入ってらっしゃるようですし」 
「ちょっと待て、ちょっと待て!茜!」 
 小悪魔のような笑顔を浮かべると茜は要の汚れた雑巾を取り上げてバケツに持ち込んで洗い始めた。
「なんでオメエがいるんだ?」 
「要さん。昨日、引越しをするとおっしゃってませんでしたか?」 
 畳の目にそってよく絞った雑巾を動かす茜。
「オメエの引越しは……」 
 冷や汗を流しながら要が口を開く。
「お父様には以前から部屋を探していただいていたので、すでに終わってますわ」 
 すばやく雑巾をひっくり返し、茜は作業を続ける。
「でもいきなり休みってのは……」 
 そう言う要に茜は一度雑巾を置いて正座をして見つめ返す。
「要さん……いや、西園寺大尉」 
 茜は視線を畳から座り込んでいる要に向ける。
「なんだよ」 
 突然の茜の正座に不思議そうに要が応える。
「第二小隊の皆さんには私達、法術特捜の予備人員として動いていただくことになりましたの。このくらいのお手伝いをするのは当然のことでなくて?」 
 沈黙する部屋。要はあきれ返っていた。誠はまだアカネの言葉の意味がわかりかねた。
「そんなに驚かれること無いんじゃありませんの?法術に関する公式な初の発動経験者が現場に出るということの形式的意味というものを考えれば当然ですわ。テロ組織にとって初の法術戦経験者の捜査官が目の前に立ちはだかると言う恐怖。この認識が続いているこの機に法術犯罪の根本的な予防の対策を図る。このタイミングを逃すのは愚かな人のなさることですわ」 
「そりゃあわかるんだよ。あんだけテレビで流れたこいつの戦闘シーンが頭に残ってる時に叩くってのは戦術としちゃあありだからな。でも……」 
 要は不思議そうな顔で覗き込んでくる茜の視線から逃れるようにうなだれた。
「第二小隊ってことはカウラさんも入るんですか?」 
 今度は窓を拭きながら誠が尋ねる。
「当然ですわ。あの方には第二小隊をまとめていただかなくてはなりませんし」 
 そう言うと茜は再び良く絞った雑巾で丁寧に畳を撫でるように拭く。
「結局、あいつの面を年中拝むわけか」 
「他には本人の要請でアイシャさんも状況分析担当で編入予定ですわ」 
 しばらく茜の言葉にただ一人たたずんでいた要。しばらくしてその目は楽しそうに自分を見つめている茜へと向けられる。
「なんだってー!」 
 要の叫び声が響き、ドアからうわさの人アイシャが顔を覗かせる。
「なにやって……」 
 言葉を続けることは出来なかった。アイシャの顔に自分の顔をこれでもかというくらい突きつけている要。ただアイシャはなんだかわからず立ち尽くしている。
「要ちゃんには楓さんがいるじゃないの」 
 そう言いながらも目を閉じてキスを待つような格好をするアイシャ。
「そう言う話をしてるんじゃねえ!本当か?こいつの言ったことは、本当か?」 
「話が見えないわよ!茜さんが何言ったのよ!」 
 助けを求めるように誠に視線を投げるアイシャ。
「法術特捜の保安隊からの協力者のメンバーにアイシャさんが入っているかということですよ」 
 誠の言葉にアイシャは余裕の笑みを浮かべていた。
「そうなんだけど、何か問題があるの?」 
 その挑戦的な口調に、要は思わず引き下がった。
「こんちわー!何でも屋です……って、どういうこと」 
 部屋に工具を持って現れた島田。ぴりぴりした雰囲気。にらみ合うアイシャと要。助けを求めるように島田は誠に目を向けた。
「ごめんなさいね茜ちゃん、ガサツ娘のお手伝い頼むわ。島田君!こっちのクーラーは後回しにして次はカウラの部屋のにしましょう」 
 アイシャはいつものようにころりと態度を変える。
「じゃあ西園寺さん、終わったら呼んでください」 
 右手に持ったドライバーを器用に手の上でくるくると回すと、そのまま消えていく島田。
「お前も一緒に消えろ!」 
 二本目のタバコに火をつけて、茜が畳を拭くのを眺めている要。
「要ちゃんも少しは手伝ってあげれば良いのに。あなたの部屋なのよ」 
 アイシャはそう言うと、手にした雑巾をバケツの中で洗う。要はそんな様子を不承不承見守っている。茜もアイシャも要のそんな態度には慣れきっていると言うように、黙って畳を拭き始める。
「後は窓ガラスだけですね。ちょっと待っててください」 
 そう言うと誠は黒い汚れた水のバケツを持って廊下に出た。昼も近くなり、額の汗が部屋の埃を吸い込んで肌に張り付いているのがわかる。
「神前君。大丈夫?」 
 水道の前でクーラーのフィルターを洗っているサラに声をかけられた誠は、汗を拭いながら洗い場に汚れた水を流す。
「まあ、大丈夫ですよ。もう少しで終わりそうな感じです。後は窓だけですから」 
「それじゃあこれがいるわね」 
 そう言うと新品の雑巾を二枚渡すパーラ。
「ありがとうございます。それにしてもすみませんねえ。二人とも休みを潰しちゃって」 
 誠はそう言うと空になったバケツに新しい水を注いだ。
「私達の方が言う言葉よ、それ。アイシャのことだから、絶対、誠君に迷惑かけるでしょうからね」 
 パーラのその言葉に、乾いた笑いを浮かべる誠。
「それじゃあ行ってきます」 
 あまり待たせれば間違いなく雷が落ちると予感した誠はそのまま二人を置いて要の部屋に戻った。
 誠は窓を拭き始めた。ただビルの影の窓なのでそれほど汚れは無い。
「手伝いますわよ」
 声をかけてくる茜に首を横に振ると誠は仕上げのからぶきを始めた。
「ようやく終わったわね。誠ちゃんももうすぐみたいじゃないの」 
 部屋の中央で立ち尽くすアイシャ。静かに部屋を出て行く茜。要は相変わらずタバコをくゆらせている。アイシャは澄んだ色のバケツに新品の雑巾を落として絞る。
「ああ、暑いなあ。誠!島田の修理屋がどうなってるか見てきてくれよ」 
 要はそう言うと畳の上に大の字で体を横たえた。
 誠はアイシャの部屋を通り過ぎてカウラの部屋に入った。踏み台に乗った島田がクーラーの前の部分を外してドライバーで中の冷却剤の流れている管を叩いている。
「おっかしいなあ、漏れてるわけじゃないんだけど」 
 拡げられた新聞紙の上の部品を一つ一つ手にとって眺めているカウラ。
「どうしたんですか?島田先輩」 
「神前か。実は冷却剤が漏れてるみたいなんだけど。さて、どうしたもんかね」 
 頭を掻く島田。
「冷却剤の缶ってこれですか?」 
 足元の缶を眺める誠。それがすぐになんであるかわかった。
「島田。これが原因なら間違いなく入らないだろうな」 
 カウラもそれを見て人工的な笑いを浮かべる。
「これエアソフトガン用のガスですよ」 
「おいホントかよ!吉野か上島の馬鹿、あれほどエアコンのガスかっぱらうなって言ったのに」 
 島田はそのまま踏み台から降りた。
「これじゃあ買出し行かないと無理っすね。ベルガー大尉、すいませんが明日の朝には都合つけますから」 
 そう言ってクーラーの組み立てにかかる島田。
「神前。西園寺大尉には午後になるって言っといてくれよ」 
 全面のカバーを組み込んで、手にしたボルトを刺していく島田。
「手伝わなくても大丈夫ですか?」 
「技術屋を舐めるなよ」
 そう言うと島田はてきぱきと修理のために外していた基盤をクーラーに差し込んでいく。 
「誠。まだ西園寺の部屋は終わらないのか?」 
 島田にねじを渡しながらカウラが誠に向き直る。
「今、アイシャさんと茜さんが手伝ってますからすぐ終わると思うんですけど……」 
「あいつまたサボってタバコでも吸っているのか」 
 カウラはあきれたような顔をして、小さな基盤を島田に手渡す。
「じゃあ戻ります」 
 作業の邪魔にはなるまいと、誠はそのままカウラの部屋を出た。
「お昼だよ、神前君」 
 突然目の前に現れたサラ。そしてパーラが要にヘッドロックを食らっている。
「昼って、どこか食べに行くんですか?」 
「ちげーよ!あまさき屋の女将が来てるんだ。海に連れてってくれたお礼だってよ。なんでも夏らしい昼飯を作ると言うことらしいぞ」 
 そう言うとギブアップしたパーラから手を離す要。
「結局要ちゃんは手伝わなかったわね」 
「そこが要さんらしい、ところですわ」 
 雑巾とバケツを持ったアイシャと茜が恨めしそうな目で要を見ている。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 21

 昨日の要の怒鳴り声が耳からはなれない。そんな状態でゆっくりと目を開ける誠。ドアを叩きつける音にようやく気がついて起き上がると、そのままベッドから降りて戸口に向かう。太陽はまだ窓から差し込める高さではない。頭をかきながらドアを開けた。
「おせえんだよ!さっさと着替えろ!」 
 島田と菰田。珍しい組み合わせに誠は目を疑った。
「それとこいつ。返しとくぞ」 
 寝ぼけた目で菰田から渡された三冊の雑誌に目をやる。この前のコミケで買った18禁同人誌だと確認すると自然と意識が冴え渡った。
「どうしてこれを……」 
「あのなあ、お前がよこしたんだろ?部屋にあると野球部の女性陣に見つかるとか言って図書館に持ってきたじゃないか」 
 誠はようやく事態が飲み込めた。
 西館の二階の三つの空き間。そこは保安隊下士官男子寮に於いては『図書館』と呼ばれるエロの殿堂である。その手の雑誌、ゲームや動画のディスクなどが山ほど保存されている。
「あそこに来るんですか?西園寺さん達は?」 
「だから急いでるんだ。お前は少ないから良いがこいつは……」 
 含み笑いをしながら菰田を見つめる島田。
「うるせえ、とっとと着替えて来い!」 
 そう言うと菰田が力任せにドアを閉めた。確かに何度か入ったことがある秘密の部屋。その部屋の存在は入寮者以外には隠されていた。
 どこの部屋だろうが平気で歩き回るシャムやエロ本を見つけると階級を盾に横領するアイシャ。ましてや誠が入部したことを口実に明石と一緒にやってくる明華なんぞに見つかればどういう制裁が待っているかわからない。
 誠はとりあえずTシャツにジーンズと言うラフなスタイルで『図書館』に向かった。
「消臭剤はどうした!」 
「西が買いに行ってます!」 
「急げよ!島田!サラはどう動いてる」 
「さっき電話した時は起きたばかりだったみたいだから3時間くらいはどうにかなるぞ!」 
 まるで戦場である。島田と菰田が仕切り、茹でたてのウィンナーを食べながらその様子を見守るヨハンが駆け回る隊員達に握り飯を配ってまわる。『図書館』の中に入る。畳の下からダンボールを次々と運び出す管理部の面々。据えつけられた端末のコードを巻き取っているのは技術部員だ。
 しかし、それ以上に饐えた匂いが鼻についた。見たものの不信感を増幅させるような積み上げられたティッシュペーパーの箱。
「島田先輩。本当にここでいいんですか?」 
 誠はそう言いながら部屋を見渡す。正直この部屋にあの三人を入れるとなればどんな制裁が自分に加えられるかと想像しながら島田の表情を探る誠。
「大丈夫だって。この部屋の存在は寮の男子隊員共通の弱みだ。誰もこの部屋のことは知られたくないはずだからな」 
「そうよねえ。知られたくないわよねえ」 
 島田と誠が振り向いた先には満面の笑みのアイシャと、消臭剤を買ってきたばかりの西からスプレー缶を取り上げている要。そしてこめかみに指を当てあきれているカウラの姿があった。
「貴様等、ここに住めというわけか?」 
 見開いた目を島田と菰田に向けるカウラ。
「菰田ちゃん。そこのゲーム一山で手を打つってのはどうかしら。シンの旦那がこの部屋を見たら……さぞ面白いショーが見れそうね」 
 周りで呆然としている隊員を尻目にエロゲーを物色するアイシャ。
「アホだなオメエ等」 
 西から取り上げた消臭スプレーを撒き散らかしている要。
「それはですねえ……」 
 追い詰められた島田。じりじりと額に浮かぶ汗は暑さのせいではないだろう。
「間違えました!この下の階です!」 
 苦し紛れに叫ぶ島田。
「それにしちゃあずいぶん必死じゃねえか」 
 周りで冷や汗を流している隊員。彼らにとっては要は天敵である。とりあえずどうすれば彼女から逃げれるか必死に考えている姿は今の誠にも滑稽に見えた。
「ここじゃあ無いのならそこに案内してくれ」 
 額に手を当てたカウラの目線が誠に注がれ、彼もまた苦笑いを浮かべた。
「良いんですか?あそこって日が当たらないからカビとか……」 
「文句は言うな!他に部屋が無いんだからしょうがないだろ!」 
 誠に耳打ちする島田。菰田は複雑な表情で三人を案内する。一階の西館。日のあたらないこの部分は明らかに放置されていた区画だった。階段を下りるだけでもその陰気な雰囲気は見て取れた。
「島田、あご砕いて良いか?」 
 要はそう言いながら指を鳴らしている。カウラも半分はあきれていた。アイシャは『図書館』に未練があるように上の階を眺めている。
「大丈夫ですよ!ここは元々豊川紡績の女子寮だったんですから、西館には女子トイレもありますし……」 
「苦しい言い訳ね」 
 アイシャの声が陰気な廊下に響く。『図書館』の改装が無駄に終わることが決まった寮の住人がその後に続いて階段を下りていく。まずは一番階段に近い部屋。島田は鍵を取り出すと扉を開けた。
 意外にもカビの臭気は漏れてこなかった。島田を先頭に菰田、カウラ、要、アイシャ、誠。部屋に入るが奇妙な冷気意外は特に問題はなさそうに見えた。
「意外と良い部屋じゃねえか。西日が当たるのかね、畳が焼けてるみたいだけど……」 
「畳は近日中に入れ替えます!」 
 要の投げた視線に、悲鳴にも近い調子の島田の声が響いた。
「でも何でここじゃ駄目だったんだ?」 
 カウラは特に痛みもない壁を見回している。
「そうよねえ。あそこの匂いがそう簡単に取れるとは思ってなかっだでしょうに。ああ、要ちゃんはタバコを吸うから関係ないか」 
「一言多いんだよ!馬鹿が」 
 要はそう言うといつものようにアイシャの腿を蹴り上げる。
「蹴ることないでしょ!」 
 太ももを押さえながら要をにらみつけるアイシャ。
「島田先輩。もしかして……」 
「幽霊が出るって言う落ちはつまらねえから止めとけよ」 
 天井からぶら下がる蛍光灯に手を伸ばす要。
「やっぱりその落ち、駄目ですか?」 
 開き直った島田がドアを蹴飛ばしている。 
「やっぱりそうなのね」 
「もう少し面白いネタ用意してくれよ。つり天井になっているとか」 
「それのどこが面白いんだ?」 
 三人に日常生活を破壊されている誠から見れば、アイシャ、要、カウラの発言は予想通りのものだった。
「島田准尉、言ったとおりじゃないですか。この三人がそんなこと気にするわけないって」 
 そう言いながら西は買ってきた消臭スプレーを撒いて回る。 
「飯の用意できたぞ!来いよ」 
 食事当番のヨハンが声をかけに来た。
「アタシ等のはあるか?」 
「ああ、島田と菰田の分を回したから大丈夫ですよ」 
「中尉……そんな……」 
 島田ががっくりとうなだれる。
「自業自得だ。コンビニ弁当でも買って食え」 
 そう言うと食堂に向かうヨハン。
「そんな金ねえっての!」 
「サラに買ってきてもらえば?」 
 アイシャの言葉を聴くと、島田は携帯を持ってそのまま消えていく。
「すまんなあ菰田。アタシ等は飯食ってくるから掃除の段取りとか考えといてくれや」 
 うなだれる菰田の肩を叩きながら要率いる一行は食堂を目指した。
「飯付きか……やっぱ良いよな。ヨハン、当然ウィンナー出るんだろ?」 
「朝食はリゾットです。軽く食べれるのが良いんですよ」 
 巨漢を震わせながらヨハンが笑う。要は絶望したと言うように肩を落とす。
「シュペルター中尉のリゾットは結構旨いのよ。アンタも食べてみれば目からうろこが落ちるわよ」 
 そう言うとヨハンの肩を叩くアイシャ。だが要は思い出したようにきつい視線でアイシャをにらみつける。
「おいアイシャ、いつの間にこいつの料理を食ったんだ?」 
「コミケの準備の時、時々誠ちゃんのところにお邪魔してね。その時、夜食で作ってもらったのよ」 
「なんだと!」 
 誠が振り向くと、カウラが叫んでいるところだった。すばやく襟首をつかもうとするカウラ。要が気を利かせてその手を止める。
「そいつはアタシの役目なんだ。アイシャ。もしかしたら誠の部屋に泊まったとか言わねえよな」 
「そうだけど何か?」 
 今度は要が殴りかかろうとしたのをカウラが止める。
「ああ、サラとパーラも一緒よ。まったく二人して何やってんだか」 
 そう言うと食堂に入るアイシャ。殺気立っている要とカウラを刺激しないようにしながら誠も入ってくる。ヤコブ、ソンと言ったヒンヌー教徒からの痛い視線を避けて通路を歩くカウラ。
「いい身分じゃねえか、うらやましいねえ」 
 トレイを手にしながらタレ目を際立たせる要。彼女が食堂中を見回るが、多くの隊員は三人を珍しそうに眺めている。
「それにしても……むさくるしいところねえ」 
 そういいながらまんざらでもない表情のアイシャが厨房の前のトレーを手にする。そして椀に粥を取るとピクルスを瓶からトレーに移す。
「ったく朝から精進料理かよ、タコ中でも呼ぶつもりか?」 
 一汁一菜と言った風情の食事を見つめる要。
「必要なカロリーは計算されているはずだ、不満だったらそれこそコンビニで買ってくれば良い」 
 すべてをとり終えたカウラがそのまま近くの席に座る。自然に誠がカウラの隣に座ったとたん、一斉に視線が誠に突き刺さってくる。さらにアイシャが正面に、反対側には要が座った。
 三人とも別に気にすることも無く黙々と食事を始めた。誠は周りからの視線に首をすくめながら、トレーに入れた粥をすくった。
「いい身分だな」 
 コンビニの弁当を下げた菰田が食堂に入ってくる。誠は苦手な先任曹長から目を逸らす。管理部は保安隊でも異質な存在である。隊舎の電球の交換から隊員の給与計算。はたまた所轄の下請けでやっている駐車禁止の切符切りの時に要が乱闘で壊した車の請求書の整理まで、その活動範囲が広い割にあまり他の隊員との接触が無い。
 野球部員という以外に接点の無い菰田とはあまり口も利くことが無い。
 さらにいつもカウラと一緒に行動していると言うことで、島田やキムからかかわらないように言われていることもあってヒンヌー教の教祖と言う以外のイメージがわいてこない。
「リゾットねえ、確かにシュペルター中尉のそれは絶品なんだよな」 
 菰田はそのままコンビニの袋から握り飯を取り出して包装を破る。
「そうだな。これはなかなか捨てたものじゃない」 
「そうでしょベルガー大尉!」 
 我がことのようにカウラに視線を移す菰田。だがすぐにカウラの顔が誠を見ていることに気づいて視線を落とす。
「シーチキンかよ。男ならそこで梅干じゃねえのか?」
 要は菰田の買ってきたコンビニの握り飯を指差す。 
「西園寺さんが食べるわけじゃないでしょ?好きだから仕方が無いんですよ」 
 そう言って握り飯にかぶりつく菰田。
「残りは明太子と高菜ねえ、いまいちぱっとしないわね」 
「クラウゼ少佐。余計なお世話です」 
 アイシャの茶々をかわすとテーブルに置かれたやかんから番茶をコップに注いでいる菰田。
「そう言えば部屋なんですけど、三つのうちどこにしますか?」 
 明らかにアイシャと要を無視してカウラに話しかける。
「私は別にこだわりは無いが」 
「それじゃあお前が一番奥の部屋な」
 そう言って粥を口に運ぶ要。その表情は明らかに量が足りないと言う不機嫌なものだった。 
「じゃあ私が手前の……」 
「テメエだといつ誠を襲うかわからねえだろ?アタシがそこに……」 
「それはやめるべきだな。アイシャより西園寺の方が危ない」 
「どういう意味だ!カウラ!」 
 完全に菰田のことを忘れてにらみ合うカウラと要。
「やめましょうよ。食事中ですし」 
 誠のその言葉でおとなしく座る二人。そんな二人の態度。誠の言うことは聞くカウラと要。痛い視線を感じて振り返った誠の目の前に、嫉妬に狂うとはどういうことかと言う見本のような菰田の顔があった。
「おいおい、新人いじめるなんて。先任曹長だろ?一応は。見苦しいねえ」 
 そこに入ってきたのはキムだった。続いてエダが食堂に入る。キムは小火器管理責任者で隊の二番狙撃手。そして一応は少尉と言うことで量ではなく近くのアパートで暮らしている。島田とは馬が合うので寮で人手が必要になるとこうして現れることが多かった。
「余計なお世話だ」 
 そう言いながら菰田は高菜の握り飯に手をつけた。
「神前君、いじめられなかった?」 
 エダが正面に座り、その隣にキムが座る。島田派と言われるキムの登場でヒンヌー教徒の刺すような視線が止んで誠は一息ついた。
「いいっすねえ、お三方とも。部屋代かなり浮きますよ。俺もここに住みたいんですが口実が無くってねえ」 
 そう言いながらキムはコンビニの袋からサンドイッチを取り出す。それにあわせてエダがコーラのボトルを取り出した。
「そうよねえ。この部屋の賃料なら近くにロッカールーム借りても今の半分の値段だもの」 
 アイシャはゆっくりとリゾットをすする。
「しかし、島田の奴。将校に昇進したくせに何でここを出ないんですかね」 
「それは俺へのあてつけか?」 
 隣のテーブルにはいつの間にかヨハンが座っていた。
「シュペルター中尉は良いんですよ」 
 キムはそのまま誠達に向き直る。
「おい、キム。何しに来たんだ?」 
 高菜の握り飯を手にする菰田は明らかに不機嫌そうに見えた。
「決まってるじゃないですか。島田の馬鹿が手を貸せっていうもんで来たんですよ」 
「島田ねえ……」 
 そう言いながら高菜の握り飯を飲み込む菰田。
「そういえばグリファン少尉が来てないですね」 
「サラか?あいつは低血圧だからな」 
 リゾットを満足げに食べる要。携帯をいじっているアイシャはサラとパーラに連絡をつけるつもりだろう。周りを見れば当番の隊員達が食器を戻している。
「キム、また有給か?残りあるのかよ」 
「西園寺さんに心配されるほどじゃないですよ」 
 そう言うとキムはほおばっていたサンドイッチをコーラで胃に流し込んだ。
「サラとパーラなら駐車場まで来てるって。島田の馬鹿がメンチカツ弁当じゃなきゃ嫌だとか言ったもんで5件もコンビニ回って見つけてきたって怒ってたわよ」 
 携帯をしまうアイシャ。要はその隣で含み笑いを浮かべていた。
「すいませんねえ、待っていただいちゃって」 
 島田、サラ、パーラが出勤しようとする当番隊員を押しのけて入ってくる。
「別に待ってなんかいねえよ」 
 そう言いながらトレーの隅に残ったリゾットをかき集める要。カウラは散々文句を言いながら旨そうにリゾットを食べる要をいつものような冷めた目で見ている。
「ちゃんとおやつも買ってきたよ」 
 サラが机の上にポテトチップスの袋を置いた。さらに島田、パーラも手一杯の菓子やジュースをテーブルに広げる。
「ちょっと弁当食いますから。ジュン!後のことは頼むわ」 
 コンビニ弁当を広げる島田。愛称のジュンと呼ばれたキムはやかんから注いだ番茶を飲み干すと立ち上がった。
「じゃあ自分等は掃除の準備にかかります」 
 キムはエダ、そして食堂の入り口で待っている西をつれて消えた。
「誠、食い終わったか?」 
 番茶をすする要の視線が誠を捕らえる。
「まあどうにか。それじゃあ島田先輩、僕達も行きますよ」 
「頼むわ。すぐ追いつくと思うけど」 
 誠は島田の弁当を見て驚いた。もう半分以上食べている。
「島田先輩、よくそんな速度で食えますね」 
「まあな。俺等の仕事は時間との戦いだからな。神前もやる気になれば出来ると思うぞ」 
 一口でメンチカツを飲み込む島田。
「そんなことはどうでも良いんだ。サラとパーラ。ヨハン達を手伝ってやれよ。それじゃあ行くぜ」 
 立ち上がった要は、トレーをカウンターに持っていく。
「私達の分も持ってってくれたら良かったのに」 
 そう言いながらカウラと誠のトレーを自分の上に乗せ、カウンターまで運ぶアイシャ。
「別にそれくらいで文句言われることじゃねえよ」 
 要は頭を掻いた。
「それじゃあ行くか」 
 立ち上がったカウラと誠。ようやく決心がついたとでも言うように、菰田とヒンヌー教徒もその後に続く。
「菰田達!バケツと雑巾もう少し物置にあるはずだから持ってきてくれ」 
 食堂の入り口から覗き込んでいるキム。仕方が無いという表情で菰田、ヤコブ、ソンが物置へ歩き始めた。

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テーマ : SF小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 20

「しかし、叔父貴の奴。珍しく焦ってるな」 
 保安隊基地の隣に隣接している巨大な菱川重工豊川工場の敷地。夜も休むことなく走っているコンテナーを載せたトラックに続いて動き出したカウラのスポーツカーの後部座席。不機嫌そうにひざの上の荷物を叩きながら要がつぶやく。
「そうは見えませんでしたけど」 
 助手席の誠がそう言うと、要が大きなため息をついた。
「わかってねえなあ」 
「まあしょうがないわよ。私だってあの不良中年の考えてることが少しわかったような気がしたの最近だもの」 
 そう言って自分で買ってきた缶コーヒーを口にするアイシャ。
「どうしてわかるんですか?」 
「部隊長は確定情報じゃないことを真剣な顔をして口にすることは無い。それが隊長の特徴だ」 
 ギアを一段あげてカウラがそう言った。こういう時は嘘がつけないカウラの言葉はあてになる。確かに誠が見てもあのように本音と明らかにわかる言葉を吐く嵯峨を見たことが無かった。
「法術武装隊に知り合いがいねえだ?ふざけるなっての。東都戦争で叔父貴の手先で動いてた嵯峨直参隊の連中の身元洗って突きつけてやろうか?」 
 要はそう言うとこぶしを握り締めた。
「たぶん隊長の手元に着く前に吉田少佐にデータ改ざんされるわよ」 
 そのアイシャの言葉に右手のこぶしを左手に叩きつける要。
「暴れるのは止めてくれ」 
 いつもどおり淡々とハンドルを操るカウラ。
「西園寺さんでもすぐわかる嘘をついたわけですか。じゃあどうしてそんなことを……」 
「決まってるじゃない、あの人なりに誠君のこと気にしているのよ。さすがに茜お嬢さんを部隊に引き込むなんて私はかなり驚いたけど」 
 飲み終わったコーヒーの缶を両手で握り締めているアイシャの姿がバックミラーを通して誠の視線に入ってくる。
「どう読むよ、第二小隊隊長さん」 
 要の声。普段こういうときには皮肉が語尾に残るものだが、そこには場を凍らせる真剣さが乗っていた。
「法術適正所有者のデータを知ることが出来てその訓練に必要な場所と人材を所有する組織。しかも、それなりの資金力があるところとなると私は一つしか知らない」
 その言葉に頷きながら要が言葉を引き継ぐ。 
「遼南青銅騎士団」 
 カウラの言葉をついで出てきたその言葉に誠は驚愕した。
「そんな!嵯峨隊長のお膝元じゃないですか!それに形だけとはいえあそこの団長ってシャムさんで、副長が吉田少佐ですよ!」 
 誠が声を張り上げるのを見て、要が宥めるようにその肩を押さえた。
 車内は重苦しい雰囲気に包まれる。
「誠。確かに青銅騎士団は遼南帝国皇帝直属の精鋭部隊だ。だけどなどんな組織だって、なりがでかくなれば目は届かなくなる。ましてや五年前の政権を南城軍閥の頭目、アンリ・ブルゴーニュに譲渡してからどうなったか、そんなところまで叔父貴は責任もたんだろ?」 
 そう言うと要はタバコを取り出してくわえる。
「要。この車は禁煙だ」 
「わあってるよ!くわえてるだけだっつうの」 
 カウラの言葉に口元をゆがめる要。
「私のところにも結構流れてくるわよ。青銅騎士団ってシャムちゃんが団長していた時とはかなりメンバーが入れ替わっているわね。団長代理の御子神隆志中佐位じゃないの?生え抜きは」 
 工場の出口の守衛室を眺めているアイシャ。信号が変わり再び車列が動き出す。
「叔父貴と言う重石が取れた今。その一部が暴走することは十分考えられるわな。ようやく平和が訪れたとはいえ、30年近く戦争状態が続いた遼南だ。地方間の格差や宗教問題で、いつ火が入ってもおかしいことはねえな」 
 バックミラー越しに見える要の口元は笑っていた。
「西園寺は相変わらず趣味が悪いな。まるで火がついて欲しいみたいな顔をしているぞ」 
 そう言うと中央分離帯のある国道に車を乗り入れるカウラ。
「ちょうど退屈していたところだ。多少スリルがあった方が人生楽しめるもんだぜ?」 
「スリルで済めばね」 
 そう言うとアイシャは狭い後部座席で足を伸ばそうとした。
「テメエ!半分超えて足出すな!」 
「ごめんなさい。私、足が長いから」 
「そう言う足は切っとくか?」 
「冗談よ!冗談!」 
 後部座席でどたばたとじゃれあう二人を見て、誠は宵闇に沈む豊川の街を見ていた。東都のベッドタウンである豊川。ここでの暮らしも一月を越えていた。職場のぶっ飛んだ面々だけでなく、寮の近くに広がる商店街にも知り合いが出来てそれなりに楽しく過ごしている。遼州人、地球人。元をたどればどちらかにつながるであろう街の人々の顔を思い出して、今日、彼を襲った傲慢な法術使いの言葉に許しがたい怒りの感情が生まれてきた。
 誠は遼州人であるが、地球人との違いを感じたことなど無かった。先月の自分の法術の発現が大々的にすべてのメディアを席巻した事件から、目には見えないが二つの人類に溝が出来ていたのかもしれない。
 そんなことを考えながら流れていく豊川の町の景色を眺めていた。
「おい、カウラ」 
 ふざけていた要の目が急に光を失ってにごったような表情を浮かべた。
「わかっている。後ろのセダン」 
 信号につかまって、止まった車。誠が振り向けばその運転席と助手席にサングラスをした男の姿が映っていた。
「どこかしらね」 
 アイシャは小突かれた頭をさすっている。
「捲くか?」 
「いや、どうせ行き先はご存知だろうからな。アイシャはこれを使え」 
 そう言うと要は自分のバッグからコンパクトなサブマシンガンを取り出した。
「あきれた。こんなの持ち歩いてたわけ?」 
 アイシャは受け取ったサブマシンガンにマガジンを差込んで眺めている。
「ケダールサブマシンガン。とりあえず持ち歩くには結構便利なんだぜ」 
「私はこう言うのは持ち歩かないの」 
 そう言いながらもアイシャはボルトを引いて初弾を装填する。
「誠、ダッシュボードを開けてくれ」 
 運転中のカウラの指示に従って、ダッシュボードに入っているカウラの愛用のSIGザウエル226ピストルを取り出す。
「西園寺、どこで仕掛けるつもりだ」 
「次のコンビニのある交差点を左だ。ウィンカーは直前で出せよ。捲こうとする振りだけしとけ」 
 要はそう言いながら、昼間弾を撃ちきった愛銃XD40のマガジンに一発、また一発とS&W40弾を装填している。
 カウラは急にウィンカーを出し、すばやくハンドルを切る。後ろのセダンは振り切られまいと、タイヤで悲鳴を上げながらそれに続く。
 細い建売住宅の並ぶ小道。カウラはこの道には似合わない速度で車を走らせる。後ろのセダンは振り切られまいと速度を上げるが、カウラはすばやくさらに細い小道に入り込む。
 一瞬タイミングをずらされて行き過ぎたセダン。その間にもスポーツカーはくねり始めた時にねぎ畑の見える道を爆走する。
「この道だと行き止まりますよ!」 
 誠が叫んだ。しかし、三人はそれぞれ手にした銃を眺めながら、まるでこれから起きることがわかっているかのように正面を見つめている。
 東都都立豊川商業高校が見える路地でカウラは車を止めた。そして誠はカウラのハンドサインで動き出した。
 サングラスの二人の男は車を降りた。目の前のスポーツカーには人の気配が無い。
「とりあえず確認だ」 
 助手席から降りた男は、そう言うとそのままスポーツカーのシートを確認するべく駆け寄った。エンジンは切られてすぐらしく、熱気を帯びた風が頬を撫でる。二人は辺りを見渡す。明かりの消えた高校の裏門、ムッとするコンクリートの焼ける匂いが二人を包んでいた。
 とりあえず確認を終えた二人が車に戻ろうとした時だった。
「動くな」 
 女の声に振り向こうとする助手席の男の背中に硬いものが当たる。相棒はもう一人の女に手を取られてもがいている。
「そのまま手を車につけろ」 
 指示されるままに男はスポーツカーに手をつく。
「おい、どこのお使いだ?」 
 右腕をねじり上げられた運転手が悲鳴を上げる。
「要ちゃんさあ。二、三発腿にでも撃ち込んであげれば、べらべらしゃべりだすんじゃないの?」 
 サブマシンガンを肩に乗せた闇の色の髪の女性が、体格に似合わず気の弱そうな表情を浮かべる若者を連れてきた。
「それより誠。せっかく叔父貴からダンビラ受け取ったんだ。試し斬りってのもおつじゃないのか?」 
「わかった、話す!」 
 スポーツカーに両手をついていた男が、背中に銃を突きつける緑のポニーテールの女性に言った。
「我々は胡州帝国海軍情報部のものだ!」 
「海軍ねえ、それにしちゃあずいぶんまずい尾行だな。もう少しましな嘘をつけよ」 
 さらに男の右腕を強くねじり上げる要。男は左手でもれそうになる悲鳴を押さえ込んでいる。
「本当だ!何なら大使館に確認してもらってもかまわない。それに尾行ではない!護衛だ」 
 両手をついている男が、相棒に視線を移す。
「それならなおのこともっとうまくやんな。護衛する相手に気づかれるようじゃ転職を考えた方がいいぜ」 
 そう言うと要は右腕をねじり上げていた男を突き放す。カウラは銃を収め、不服そうに眺めているアイシャを見た。
「上は親父か?」 
「いえ、大河内海軍大臣の指示です。西園寺要様、神前誠曹長の安全を確保せよとの指示をうけて……」 
 安心したようにタバコに火をともす要。
「紛らわしいことすんじゃねえよ。そう言うことするならアタシに一声かけろっつうの!」 
「要ちゃんなら怒鳴りつけて断るんじゃないの?」 
 アイシャはサブマシンガンのマガジンを抜いて、薬室の中の残弾を取り出す。
「そんなことねえよ」 
 小声でつぶやいた要の言葉にカウラとアイシャは思わず目を合わせた。
「まあこの程度の腕の護衛なら私だって断るわねえ」 
 取り出したサブマシンガンの弾をマガジンに入れるアイシャ。
「それじゃあもうちょっと揉んでやろうか?」 
 こぶしを握り締める要を見て、後ろに引く二人。
「それくらいにしておけ。しかし、この程度では確かに護衛にはならんな」 
「そうよねえ。第三艦隊第一教導連隊の連隊長くらい強くなくちゃあ……」 
 軽口を叩くアイシャを要がにらみつけた。
「つまり、楓を連れて来いってことか?」 
 要はタバコに手を伸ばす。
「わかってるじゃない!いとしの嵯峨楓少佐殿にお姫様だっこしてもらってー……」
 またアイシャの妄想が始まる。呆れ果てたように目が死んでいる要。 
「アイシャ、灰皿がいるんだ。ちょっと手を貸せ!」 
 要はタバコに火をつけるとそのままアイシャの右手を引っ張って押し付けようとする。
「冗談だって!冗談!」 
 要の剣幕に笑いながら逃げようとするアイシャ。
「冗談になってないなそれは」 
「カウラ良いこと言うじゃねえか!そうだ、何だってあの……」 
 あきれている二人の男達に見守られながらカウラの顔を見る要だったが、そのまじめそうな表情に思わず肩を押さえていたアイシャに逃げられる。
「それに楓さんのうちへの配属は時間の問題みたいだからね」 
 アイシャは笑っている。
「……マジかよ」 
「今頃気づいたのか?今日来た米軍からの出向人員は『第四小隊』の要員として保安隊に来たわけだ。現在保安隊の実働部隊は第二小隊までしか存在しない。つまり、すでに書類上は第三小隊が存在していることになる」 
 カウラの言葉にくわえていたタバコを落とす要。
「ちょっと待て!だからと言って……あの揉み魔がうちに来るっていう証拠にはならねえだろ?」 
 今度はアイシャを見つめる要。要は絶望していた。その先には貴腐人と呼ばれるアイシャにふさわしい笑みがあった。
「うれしそうだな、オメエ」 
「別に……、それじゃあねえ君達は帰ってもいいわよ!あとは私とベルガー大尉が引き継ぐから」 
 要達の会話にあきれていた海軍士官達は、アイシャの声を聞いてようやく解放されたとでも言うようにすごすごと車に乗り込むと路地から出て行った。
「それじゃあ行きましょう!」 
「ちゃんと話せ!ごまかすんじゃねえ!」 
 要の叫び声を無視して車に乗り込むカウラとアイシャ。仕方なくその後ろに誠は続いた。

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テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 19

「遅いっすよー西園寺さん!」 
 バスの横の荷物入れの前に立っている島田が叫ぶ。そしてその目が誠に向くと明らかに何か含むような笑顔に変わった。
「済まねえ!あと一人は乗れるだろ?こいつ乗せてってくれ」 
 そう言うと要は後ろに続く茜を指差した。
「お嬢さんですか?まあ乗れますけど……さっきから思ってたんですけど……なんでここに?」 
 不思議そうな視線を送る島田をはじめとする一行。
「ちょっとしたご挨拶ですわ。要さん、誠さんが遅れてますけど、よろしいのですか?」 
「いいんだよ。あいつなら」 
 そう言ってバスに駆け込む要。カウラとアイシャがその後に続く。ようやく肩で息をしながら荷物を抱えて走る誠が現れる。
「何だってこんなに重いんだよ」 
 ようやくバスのところまでやってきてそのまま路上に腰を下ろした。誠の足元にあるバッグを広い、一瞬驚いた後誠を見つめる島田。
「これ西園寺さんの荷物か。この格好はサブマシンガンでも入ってるんじゃないのか?」 
 そう言いながら荷物を客席下の空間に詰めていく島田。誠はへたり込んだままじっとそんな島田を見上げていた。
 荷物を積み終えて扉を閉める島田の前で息を整えようと座りなおしている誠がいた。
「神前。なんか顔色悪いけど大丈夫か?」 
 心配そうに手を出した島田の助けを借りて立ち上がる誠。相変わらず流れる脂汗。要達の修羅場で流れるいつものそれとは明らかに違う。どっと襲う倦怠感。立ちくらみのようなものまでが視界をゆがめる。
「とりあえず、バスに乗るぞ」 
 その様子に少し真剣な顔をしながら、島田は誠を抱えるようにしてバスに乗り込んだ。
「なんだ?どこかおかしいのか?」 
 島田の肩を借りてようやく立っている様な有様の誠に運転席のキムが尋ねてくる。
「平気です、何とか……」 
 島田の手から離れて元気なところを見せようとする誠だが、その足元は誰が見てもおぼつかないものだった。
「要ちゃんに殴られたの?」 
「うるせえ、シャム!何でいつもアタシがぶったことになるんだ?」
 もうすでにバスに置いたままだったウォッカの小瓶を口にしている要が叫ぶ。 
「日ごろの行いだよ、この外道!」 
「小夏!テメエ表に出ろ!いいから……」 
 シャムと小夏のコンビが席から身を乗り出して後部座席にふんぞり返る要をにらみつけていた。
「静かに!」 
 リアナの一言で二人は落ち着いて椅子に腰を落ち着ける。騒ぐ要素が無くなった車内が静まり帰った。そうなると明らかに様子がおかしい誠に周りの目が集まる。
「神前君は具合が悪そうだから奥で寝かせてあげましょう」 
 リアナはそう言うと立ち上がって後ろを見た。一番後ろの席で菰田達ヒンヌー教徒から酒を押し付けられていた西と目が合った。
「さあ、神前曹長が大変ですよ!」 
 にこやかにそう言うと肩を貸していた島田は眼力で西を前の座席に移動させて誠を一番後ろの座席に連れて行く。
「大丈夫?誠ちゃん」 
 アイシャはそう言って誠の手を取る。横たわった誠が薄目を開けると夕日の赤に染められて紫色に輝くアイシャの長い髪が見える。
「平気だろ?前だって力を使ったときそのまま気絶したこともあったじゃねえか。たぶん同じ理屈なんじゃないか?まあヨハンに後で報告する必要は有るかも知れねえがな」 
 淡々とそう言うと要は菰田達をにらみつける。さすがに命が惜しいので菰田も席を立ち空いている前の席に移る。島田から誠を支えるのを引き継いだ要がゆっくりと青ざめた表情の誠を寝かせて彼の前の席に陣取る。
「法術発動の効率が悪いかも知れませんわね。わかりました。しばらくは私が訓練の相手をさせていただくわ」 
 いつの間にか要の隣にちょこんと座っていた茜に驚いた要とカウラ。
「嵯峨茜。貴様が訓練をするというのか?」 
 カウラの言葉に棘がある。誠は倒れたままそんなカウラと茜を見上げていた。
「しょうがないことではありませんの?現在法術特捜の構成員は三人ですわ。とてもこれから多発するであろう事件に対応するには手が足りない状況ですもの。誠さんのお力も借りなければなりませんから。当然お父様もそのおつもりですわよ」
 明らかに誠の占有を宣言した茜の態度に不愉快そうに再び酒瓶を握る要。 
「オメエ、基地に常駐でもするつもりか?」
 あざ笑うつもりで言った言葉に無言で頷く茜。そして彼女が冗談を言うような人間ではないことを知っている要はただ呆れたように口に咥えていた酒瓶を座席横に置いた。 
「仕方ないですわね。上層部は現在法術特捜に必要な人材を集めている最中。しばらくは比較的暇なお父様の部隊の応援で仕事をすることになりそうですわね。それにしても……ガサツな誰かさんと年中顔を合わせることを想像するとうんざりしますわね」 
 再び皮肉を炸裂させて切れ長の目で要を見つめる要。その余裕のある態度がさらに要をヒートアップさせた。
「何だと!コラ!」 
 思わず立ち上がり隣のカウラと誠に付き添っているアイシャに取り押さえられる要。
「静かにしないとだめよ!病人がいるんですから!」 
 再び前の席からリアナの叫び声が聞こえる。その言葉に間違いが無いので仕方ないと言うようにうなだれる要。一方一人余裕で手にした剣を握りなおしている茜。
「それにあなた達では神前君の本来の能力を開発することは出来ませんわ。その資格があるのはお父様か私だけ」 
 要はその言葉を聞くとうつむいてしまった。誠は二人のやり取りを黙って横になったまま見上げていた。そしてどちらかと言うと冷徹にも見える茜の言葉に一言言いたいと思いながらも自由に任せない自分の体を呪っていた。
「出ますよ!座ってくださいね!」 
 島田の声が響く。バスはゆっくりと動き出した。
「茜さん」 
 誠はようやく言葉を搾り出せる程度に回復していた。
「何かしら?」 
「これからもこんなことが続くんですか?」 
 誠のその言葉に一同は静まり返った。誠の法術の力を狙っての襲撃事件。二月で二回というのは明らかに多い頻度なのは全員が知っている。
「そうなるわね。私がお父様からいただいたシミュレータと実機の起動時に発生させた法力の展開に関するデータを見させていただいた限りでは、誠さんの潜在能力の高さは驚異的と言っても過言ではないレベルですわ。それこそ数千万人に一人いるかどうか」 
「僕が、ですか」 
 うなだれる誠。一月前にはただの射撃が下手な幹部候補生に過ぎなかった自分がそんな重要な存在になっていた事実に打ちのめされた。
「そして、その精神的弱さも矯正する必要がありますわね」 
 大きすぎる自分の力。それに振り回されているようで何も出来ない自分。無力感にさいなまれて目をつぶった。
「とりあえず寝ます。着いたら起こしてください」 
 そう言うと誠は目をつぶった。
 目をつぶる誠。彼を囲む要、茜、カウラ、アイシャが小声で話し合っているのが聞こえてくる。要が声を荒げようとするたびに、アイシャがそれを制し、カウラが強い調子で茜を詰問している。振動が適度な子守唄となり、リアナに電波演歌を歌わせないために交代でカラオケを歌い続けているサラとパーラの歌声が次第に誠の意識を奪っていった。

 激痛が額に走り、誠は目を覚ました。車外はすでに闇に包まれていた。
「よう、起きたか」 
 要の顔と握りこぶしが誠の顔の前にあった。だるさが消えていた誠はすぐに叫ぶ。
「いきなり殴らないでくださいよ」 
 額を押さえながら誠は起き上がる。心配そうに見つめているカウラと目が合ってうつむいてしまう。
「起きて大丈夫?」 
 アイシャはそう言うとポットに入れたコーヒーを紙コップに注ぐと誠に差し出した。
「どうにか……かなり楽になりました」 
「一人で歩けるか?」 
 心配そうなカウラ。誠はとりあえず立ち上がってみた。以前のような立ちくらみは無い。力が戻ったと言うように左手を握っては開く。
「顔色もよろしいんでなくって?」 
 そう言って四人を見守っている茜。彼女の声で改めて周りを見回す。すっかり日は暮れて深夜の様相。茜の前の席にはカラオケを続けて歌いつかれたサラとパーラが寝息を立てていた。
「すいません!荷物降ろすんで、降りてくれませんか!」 
 運転席の脇に立っていたキムが叫ぶ。前の席の整備班員やブリッジクルーが背中に疲れを見せながら立ち上がっているのが見える。
「とりあえず行きましょ」 
 そう言うとアイシャが通路を歩き出す。カウラと要が続き、アイシャはとりあえず誠が普通に歩くことが出来るのを確認すると彼の後に続いた。
 昨日出発した隊の駐車場に誠達は降り立った。ハンガーに明かりがともっているのはいつものこと。そしてこちらもいつものように電気がついていたのは嵯峨のいる部隊長室だった。
「西園寺さん。何が入っているんですか?このバッグ」 
 重そうに荷物を取り出す島田。頭を掻きながら要はそれを受け取った。
「ああ、それにはちょっと物騒な物が入っているからな」 
 やはり予想通り銃器でも入っていると言うようににんまりと笑う要を困ったように見上げる島田。
「止してくださいよ、警察の検問とかがあったら止められて説教されますよ」 
 島田を無視して自分のバッグとその後ろの誠のバッグを取り出した。
「そう言えば、あのおっぱいおばけはどうした?」 
 荷物を誠に押し付けると要はそう言った。
「その言い方酷いんじゃないですか?レベッカさんならさっさと降りて西の案内でハンガーに向かいましたよ」 
 その言葉を聴くと要は情けなさそうな顔をして誠を見つめた。
「何か言いたいんですか?」 
 誠の顔を見る要。その目はいつもと同じタレ目。
「別に。それじゃあ叔父貴の面でも拝みに行くか」 
 そう言うと要は荷物を持たせた誠をつれて歩き始めた。茜、カウラ、アイシャもその後に続いてハンガーを目指す。
 ハンガーに入って一番手前。誠の専用機の前に立っているレベッカと西を見つけて要は四人に静かにするように合図した。
「本当に萌え萌えなんですね」 
「そうですね、あのオタ曹長自らのデザインですから。それにしてもまあ有名になっちゃって大変ですよ。演習場に行く度にカメラ小僧を追っ払うのが一苦労で」 
「でもかわいいから仕方ないですね」 
 西はレベッカのその言葉に驚いたように視線を移した。彼等の死角を選んで進みそのままアサルト・モジュール移送用トレーラの影までリードする要。まったく自分達の存在を気づいてない二人を見て得意げな表情にカウラが大きくため息をついた。よく見ようとして頭を上げようとした誠を押さえつけて要は静かに西達を見つめている。
「そうですか?これは、一応兵器な訳で不謹慎ですよまったく。なんですか?これ一応税金で塗装とかしてるんですよ」
「でも保安隊の予算の七割は嵯峨隊長の資産でまかなわれているって……」 
「あの人は御領主様ですから。その資金の出所は私有しているコロニーの住人に対する代理納税の手数料ですよ。つまりそれも税金なわけです」
 西が胡州の平民の出ということを思い出して大きく頷いている要。
「結局全部隊長の趣味。まああの人が何を考えているかなんてわかりませんがね」 
「そりゃあアタシも同意見だ」 
 要の一言に驚いて振り向く西とレベッカ。西は要の隣に誠やカウラ、アイシャと茜まで居ることに気づいておびえたような笑みを浮かべている。
「聞いてました?」 
 まるでいたずらを見つかった子供のように腰を引いていつでも逃げ出せるように構える西。
「まあな。それにしてもこうして改めて見ると……」 
 見上げ眺め、時に中腰になり。要が誠の機体を見つめ続けている。誠達はそのまま要の方に近づいていく。
「おい」 
 振り向いた要がいかにも情けなさそうな視線を誠に送ってくる。
「そんな目で見ないでくださいよ」 
 誠は思わずそう言っていた。いつものこととは言えこう言う顔で要に見つめられると誠も情けなくなってきた。
「これが成人向けゲームのキャラクターなのですわよね?」 
 何か汚物でも見るような視線で茜が誠を見つめる。そしてじっと誠を見つめた後目を逸らしたのは茜の方だった。
「茜ちゃん。エロゲは文化よ!」 
 堂々と胸を張って答えるアイシャ。その前にいつの間にかレベッカが立っていた。彼女はアイシャの手を取り、まるで人生の師にでもあったように濡れた瞳でアイシャを見つめた。
「そうなんですよね!かわいいは正義です!」 
 その反応に一同は金縛りにかかった。
「おい、こいつも腐ってるのか?」 
「みたいだな」 
「いやらしいですわ」 
 要、カウラ、茜は黙って二人の邂逅を見つめていた。
「おい!帰ってきたのか、君達」 
 奥の事務所に続く階段を下りてくるロナルド、岡部、フェデロ。三人はアイシャとレベッカがじっと見詰め合っている様を見つけて思わず凍り付いていた。
「なんだありゃ?」 
 フェデロが思わずそうこぼした。
「同志が見つかったんじゃないですか?あのクラウゼ少佐の趣味は有名ですよ」 
 岡部はそう言うとハンガーを見回した。誠も真似をしてみて昨日まで予備部品の仮組みなどをしていた場所に機体の固定器具が設置されていることに気づいた。
「ちゃんと俺達の機体の収納場所は確保できそうですね」 
 岡部の言葉に大きく頷くロナルド。フェデロの目は相変わらず誠の派手な機体を見上げてニヤニヤと笑っていた。
「叔父貴に会ってたのか?」 
 要はロナルド達をにらみつけてそう言った。頷くロナルド。隣の岡部とフェデロは口を開きたくないと言うように周囲を眺めることに決めているように見えた。
「いやあ、僕もいろいろな上官と付き合ってきたが、あれは……」 
 金の縁のサングラスを外しながらロナルドはそう言った。誠でもその回答は予想できた。そしてそれでいてどうも腑に落ちないと言うロナルドの雰囲気もよく理解できるものだった。
「だろうな。ありゃあ軍人向きの性格じゃねえ」 
 要はそう言うとポケットからタバコを取り出す。ロナルドは明らかにその煙が気に入らないと言うように一歩要から離れた。
「嵯峨惟基。世の中では優れた軍政家。そう評するのが常識になってはいますが、あくまで得意とするのは小規模での奇襲作戦と言う変わった人物」
 そう呟いたロナルドに静かに頷いて同意するように見える要。
「確かに主に奇襲作戦を本分とする司法機関特殊機動部隊の隊長として同盟上層部がここにあの人物を置いたのは正解かもしれませんがね」 
 要はタバコの煙を吐き出す。それを見て再びロナルドは煙を避けるように下がる。
「なるほど、的確な分析をしてるんだな、米軍は。一撃、ただそこに複雑な利害関係を絡めて敵を交渉のテーブルに着ける。それがあのおっさんの戦争だ」 
 要はタバコの煙の行く手をのんびりと眺めていた。
「そうすると我々がどういう任務に付くかも見えてきますね」 
 それまで奥の黒い四式、嵯峨の専用機を見つめていた岡部が口を開いた。
「岡部中尉さんですね。どう読まれます?」 
 軽く笑みを浮かべている茜がそうたずねた。物腰の柔らかく、それでいて凛としたところもある茜にそうたずねられて、頭をかきながら岡部は言葉を続けた。
「遼州同盟は成立したものの、ベルルカン大陸はその多くの諸国は参加の結論を出していないでいますね。地球の大国、ロシア、ドイツ、フランス、インド。各国は軍事顧問や援助の名目で部隊を派遣し、利権の対立により紛争が絶えず続いています。そして他の植民星への建前もあり、アメリカ軍は既存の基地の防衛任務の為と言う以上の規模の部隊を派遣することが出来ない……」 
 誠の機体を眺めていたアイシャとレベッカもこの言葉に耳を傾けていた。
「しかし、我々が同盟司法機構として治安管理や選挙管理などの名目で出動することになれば話は変わってきますね。我々はあくまで同盟の看板を掲げている以上、隣国の安定化ということで現地入りする口実があります。そしてその任務に我々が国籍章を掲げて歩き回ればそれを攻撃することは合衆国を敵に回すことを宣言することに等しいわけです」 
 誠も伊達に幹部候補生養成課程を出たわけではない。民間のカメラマンや医師団を拉致した武装勢力に対する彼等の出身地の地球の大国が強硬手段に出たことは少なくないことくらいは知っていた。そして数年前にもベルルカンで起きたイギリス人医療スタッフの拉致事件では遼州同盟の協力すら仰いでの大規模な捜索作戦が展開されたことも思い出していた。
「これは俺達は相当忙しい身になりそうだな」 
 ロナルドは要の吐く煙から逃げながらそう結論を出した。
「じゃあ俺等はろくに休みも取れなくなるって話ですか?」 
 そう言って頭を抱えるフェデロ。その滑稽で大げさな身振り。それを見て誠は会うのは二度目だと言うのに彼の底抜けに明るい性格をなんとなく予想出来た。
「おそらく第三小隊の結成まではきつい勤務体制になるでしょうね」 
 岡部の言葉にフェデロは天を仰いで両手で顔を覆う。思わずアイシャがそれを見て噴出す。
「そいつはご愁傷様だな。せいぜいお仕事がんばってくれや」 
 そう言うと要はハンガーの奥へと歩き出した。
「西園寺さん。どこに行かれるんですか?」 
「決まってるだろ。今日の茜を使った茶番をどうやって用意したのか叔父貴に聞きにいく」 
 誠、茜、アイシャ、カウラ。そしてレベッカもその後に続いて事務所に入る階段を上り始めた。
 誰もいないと思っていた管理部の部屋に明かりが灯っていた。中を覗けば頭を下げ続けている菰田と、私服姿で書類を手にしながらそれを叱責している管理部部長、アブドゥール・シャー・シンの姿があった。
「すっかり事務屋が板についてきたな、シンの旦那」 
 横目で絞られている菰田を見てにやけた顔をしながら要がこぼす。実働部隊控え室には明かりは無い、そのまま真っ直ぐ歩く要。隊長室の扉は半開きで、そこからきついタバコの香りが漂う。
「……例の件ですか?そりゃあ俺んとこ持ってこられても困りますよ。うちは探偵事務所じゃないんですから、公安の方に……って断られたんでしょうね、その調子じゃあ」 
「おい!叔父貴!」 
 ノックもせずに要が怒鳴り込んだ。電話中の嵯峨は口に手を当てて静かにするように促す。カウラ、茜、アイシャ、誠。それぞれ遠慮もせずに部屋に入る。レベッカは少し躊躇していたが、誠達のほとんど自分の部屋に入るようにためらいの無い様を見て続けて部屋に入りソファーに腰をかけようとするが、見ただけでわかる金属の粉末を見てそれを止める。
「……そんな予算があればうちだって苦労しませんよ。わかります?それじゃあ」 
 嵯峨は受話器を置いた。めんどくさい。嵯峨の顔はそういう内容だったと言うことを露骨に語っているように見えた。
「東和の内務省の誰かってとこだろ?」 
 部屋の隅の折りたたみ机の上に並んでいる拳銃のスライドを手に取りながら要が口を出した。
「まあそんなとこか。さっさと帰れよ。疲れてんだろ?」
 そう言って座っていた部隊長の椅子の背もたれに体を投げる嵯峨。そのやる気の無い態度に要が机を叩いた。眉を寄せる嵯峨。鉄粉でむせる誠を親指で指差して要が叔父である嵯峨をにらみつけた。 
「じゃあ、こいつが疲れてる理由はどうするんだ?」 
 始まった。そう言う表情でアイシャはため息をついている。
「俺のせい?」 
 そう言って頭をかく嵯峨。アイシャ、カウラ、そして茜も黙ったまま嵯峨を見つめている。
「どう言えば納得するわけ?」 
「今日襲ってきた馬鹿の身元でもわかればとっとと帰るつもりだよ」 
 机に乗っていた拳銃のスライドを手に取る。そして何度も傾けては手で撫でている要。嵯峨は頭を掻きながら話し始めた。
「たしかにオメエさんの言うことはわかるよ。誰が糸を引いているのかわからない敵に襲われて疑問を感じないほうがどうかしてる。しかも明らかにこれまで神前を狙ってきた馬鹿とは違うやり口だ」 
「そうだよ。今度のは誠の馬鹿や叔父貴と同じ法術使いだ。しかもご大層に『遼州の屈辱を晴らす』とかお題目並べての登場だ。ただの愉快犯やおつむの具合の悪い通り魔なんぞじゃねえ」 
 要はそう言いながら拳銃のバレルを取り上げリコイルスプリングをはめ込み、スライドに装着する。
「予想してなかった訳じゃねえよ。遼州の平均所得は例外の東和を除けば地球の半分前後だ、不穏分子が出てこないほうが不思議な話と言えるくらいだからな」
 そう言うと伸びをして大きなあくびをするのがいかにも嵯峨らしく見えた。 
「そう言うこと聞いてんじゃねえよ。明らかに法術に関する訓練を受けたと思われる組織がこちらの情報を把握した上で敵対行動を取った。そこが問題なんだ」 
 いくつか机の上に置かれた拳銃のフレームから、手にしたスライドにあうものを見つけると要はそれを組み上げた。
「つまりだ。アタシ等も知らない法術に関する知識を豊富に持ち、さらに適正所有者を育成・訓練するだけの組織力を持った団体が敵対的意図を持って行動を開始しているって事実が、何でアタシ等の耳に入らなかったかと言うことが聞きたくてここに来たんだよ!」 
 要は拳銃を組み上げてそのままテーブルに置いた。要の手が嵯峨の机を再び叩いて大量の鉄粉を巻き上げることにならなかったことに安堵する誠。
 嵯峨は困ったような顔をしていた。誠はこんな表情の嵯峨を見たことが無かった。常に逃げ道を用意してから言葉を発するところのある保安隊隊長。のらりくらりと言い訳めいた言動を繰り返して相手を煙に撒くのが彼の十八番だ。だが、要の質問を前に明らかに答えに窮している。
「どうなんだ?心当たりあるんじゃねえのか?」 
 要がさらに念を押す。隊長室にいる誰もが嵯峨の出方を伺っていた。誠を襲った刺客。前回は嵯峨が吉田に命じて行った誠の情報のリークがきっかけだった。そんな前回の事情があるだけに全員が嵯峨をにらみつけていた。
「それがねえ……」 
 頭をかきながら隊長用の机の引き出しを漁る嵯峨。一つのファイルをそこから取り出した。
「遼南帝国、特務機関一覧」 
 カウラが古びたファイルの見出しを読み上げる。
「この字は隊長の字ですね。それにしてもずいぶん古いじゃないですか」 
 うっすらと金属粉末が積もっているファイルに目を向けながらアイシャがそう言った。
「まあな。俺が胡州帝国東和大使館第二武官だった時に作ったファイルだ」
 誠も目の前にいるのが陸軍大学校を主席で卒業したエリート士官の顔もある男であることを思い出した。配属先が東和大使館だったと言うことは嵯峨が当時は軍上層部から目の敵にされていた西園寺家の身内だった為、中央から遠ざけられたと言う噂も耳にしていた。 
「そんな昔の話聞くためにここに来たんじゃねえよ」 
 要はそう言うとくみ上げた拳銃をまた分解し始めた。
「まあそう焦るなって。俺が吉田の仕組んだクーデターで遼南の全権を掌握した時、当然そこにある特務機関の再編成をやろうとしたんだが……カウラ125ページを開いてみろや」 
 そう言われてファイルを取り上げたカウラが言われるままにファイルの125ページを開く。要以外の面々がそのページを覗き込んだ。
「法術武装隊」 
 その項目の題名をカウラが読み上げた。
「俺や茜、誠の力をとりあえず『法術』と呼称している元ネタは遼南帝国の特殊部隊の名称から引っ張ってきてるんだ」
 いかにもどうでもいいことというように嵯峨が吐き捨てるように呟く。 
「そんな力の名前がどうこうした話を聞きに来たわけじゃねえ」 
 要はさすがに勿体つけた嵯峨の態度に怒りを表して手にしていた拳銃を机に叩き付けた。
「じゃあ率直に言おうか?他の特殊部隊、秘密警察の類は関係者と接触を取ることができた。必要な部隊は再編成し、必要ない部隊は廃止した。だが、法術武装隊の構成員は一人として発見できながった」 
「調べ方が甘かったんじゃねえの?」 
 嵯峨の言葉にすぐさまそう応えて挑戦的な笑みを浮かべる要。隊長の椅子に深く座った嵯峨は大きく伸びをした。
「それだったらよかったんだけどねえ」 
 そう言うと今度は机の上に乱雑に置かれた書類の山から一冊のノートを取り出して要に投げた。
「日記?」 
 そう言うとアイシャがページをめくる。
「違うな。帳簿だろ?手書きってことはどこかの裏帳簿だな」 
 アイシャから古びたノートを奪った要はぺらぺらとそのページをめくる。
「分かるわけないか。入金元、振込先。全部符号を使って書いてある。叔父貴、こいつはどこで手に入れた?」 
 嵯峨はノートの数字を眺めている要達を見ながらタバコに火をつけた。
「近藤資金を手繰っていった先、東モスレム解放戦線の公然組織とだけ言っておくか」 
 東モスレム。その言葉を聴いて要の目が鋭く光るさまを誠は見ていた。遼南西部の西モスレムと昆西山脈を隔てた広大な乾燥地帯は東モスレムと呼ばれていた。イスラム教徒の多く住むその地域は西モスレムへの編入を求めるイスラム教徒と遼南の自治区になることを求める仏教徒と遼州古代精霊を信仰する人々との間での衝突が耐えない地域だった。
 同盟設立後は西モスレム、遼南の両軍が軍を派遣し、表向きの平静は保たれていたが、過激な武力闘争路線を堅持している東モスレム解放戦線によるテロが週に一度は全遼州のテレビを占拠する仕組みになっていた。
「だったら早いじゃねえか。安城の姐さんにでも頼んで片っ端からメンバーしょっ引いて吐かせりゃ終わりだろ?」 
 そう言って笑う要を嵯峨は感情のない目で見つめていた。
「それが出来ればやってるよ。なんでこいつが俺の手元にあるかわかるか?」 
 物分りの悪い子供をなだめすかすように嵯峨は姪を見つめる。見つめられた要はこちらも明らかにいつでも目の前の叔父を殴りつけることができるのだと言うように拳を握り締めていた。
「もったいぶるなよ」 
 そう言うかな目の前で煙を吐く嵯峨。タバコの煙が次第に部屋に充満し、アイシャが眉をひそめる。
「まあお前等が知らないのは当然だな。報道管制が十分に機能している証拠だ。4時間前、その組織は壊滅した」 
「どういう事だ?じゃあ何でその帳簿が叔父貴の手元にあるんだ?」 
 机を叩きつける要の右手。嵯峨の机の上の金属粉が一斉に舞い上がり、カウラと茜がそれを吸い込まないように口を手で押さえる。
「安城さん達の助っ人でね。そこのビルに行ったわけだが、酷いもんだったよ。生存者なし。ああ言うのをブラッドバスって言うのかね」 
 要からノートを取り上げた茜がそれに目を通す。
「この帳簿の符牒の解読を吉田少佐に依頼するためにここに運ばれて来た訳ですね」
 アイシャは自分が知りたかった情報はすべて理解したと言うように頷いている。要やカウラはただ眉をひそめて嵯峨を見つめる。誠は黙り込んで次の嵯峨の言葉を待った。 
「まあ、こいつと誠に首っ丈の遼州民族主義者達のつながりがあるかどうかは俺もわからん。だが、その手の組織が存在すると言うのは同盟首脳会議でも何度か話題には出てる。資金的裏づけが近藤資金と言うことならとりあえず金の流れ、そして今、連中が動き出したと言う理由もわかる」 
 そう言うと嵯峨は口元まで火が入ったタバコを慌てて灰皿に押し付けた。
「近藤資金が途切れ、活動に支障をきたし始めた彼等が新たな資金源獲得と組織の拡充を行うために動き出した」 
 カウラがそう言うと誠の顔を見た。
「そう考えれば帳尻が合う。気持ち悪いぐらいにな」 
 そう言うと嵯峨は椅子から立ち上がり、ロッカーを開けた。紫色の布で覆われた一メートル前後の長い物を取り出すと誠に差し出した。
「まあ後は吉田や安城さん達に任せてだ」 
 嵯峨は取り出した紫色の袋の紐を解いた。抜き出されたのは朱塗りの鞘の日本刀だった。
「刀ですか」 
「そう、刀」 
 そう言うと嵯峨はその剣を鞘からゆっくりと抜いた。厚みのある刀身が光に照らされて光る。明らかに美術刀や江戸時代の華奢な作りの刀ではなく明らかに人を斬るために作られたとわかる光を浮かべた刀だった。
「お父様。それ忠正じゃないですか?」 
 茜がその刃を見ながら言った。
「備前忠正。幕末の人斬り、岡田以蔵の使った業物」 
 そう言うと嵯峨は電灯の光にそれをかざして見せた。
「一応、神前一刀流の跡取りだ。こいつがあれば心強いだろ?」 
 そう言うと嵯峨は剣を鞘に収めた。そのまま袋に収め、紐を縛ると誠に差し出す。
「しかし、東和軍の規則では儀礼用以外での帯剣は認められていないはずですよ」
 自分が射撃で信用されていないことは知っていたがこんなものを渡されるとは思っていなかった誠はとりあえず言い訳をしてみた。 
「ああ、悪りいがお前の軍籍、胡州海軍に移しといたわ」 
 あっさりと言う嵯峨。確かに胡州海軍は士官の帯剣は認められている。誠の階級は曹長だが、幹部候補教育を受けていると言うことで強引に押し切ることくらい嵯峨という人物ならやりかねない。
「そんなもんで大丈夫なんか?」 
「無いよりましと言うところか?それにあちらさんの要望は誠の勧誘だ。それほど酷いことはしないんじゃねえの?」 
 嵯峨はそう言って再び机の端に積み上げてあったタバコの箱に手をやった。
「でもこれ持って歩き回れって言うんですか?」 
 誠は受け取った刀をかざして見せる。
「まあ普段着でそれ持って歩き回っていたら間違いなく所轄の警官が署まで来いって言うだろうな」 
「隊長、それでは意味が無いじゃないですか!」 
 突っ込んだのはカウラだった。誠もうなづきながらそれに従う。
「そうなんだよなあ。任務中ならどうにかなるが、任務外では護衛でもつけるしかねえかな……」 
 そう言いながら嵯峨の視線が茜の方に向く。
「叔父貴!下士官寮に空き部屋あったろ!」 
 急に頭を突き出してくる要。それに思わず嵯峨はのけぞった。
「いきなりでかい声出すなよ!ああ、あるにはあるがどうしたんだ?」 
 タバコに火をつけようとしたところに大声を出された嵯峨がおっかなびっくり声の主である要の顔を伺っている。
「アタシが護衛に付く」 
 全員の目が点になった。
「護衛?」 
 カウラとアイシャが顔を見合わせる。
「護衛……護衛?」 
 誠はまだ状況を把握できないでいた。
「隊長、それなら私も護衛につきます!」 
 言い出したのはアイシャだった。宣言した後、要をにらみつけるアイシャ。
「私も護衛に付く」 
 カウラの言葉に要とアイシャの動きが止まった。
「その手があったか」 
 嵯峨はそう言うと手を叩いた。しかしその表情はむしろしてやったりといった感じに誠には見えた。
「隊長!」 
 誠の声に泣き声が混じる。寮長の島田は大歓迎するだろう。その他の島田派の面々は有給とってでも引越しの手伝いに走り回るのはわかっている。
 問題になるのはヒンヌー教徒である。保安隊の人員でもっとも多くのものが所属しているのが技術部。その神として敬われている女帝、許明華大佐の一言で保安隊の方針が決まることすら珍しくない。ほとんど一人でピザやソーセージを食べながら法術関連の作業を続けているヨハン・シュペルター中尉は部内での人望は0に等しく、整備全般を担当する島田正人准尉が事実上の技術部の最高実力者と呼ばれている。
 一方、保安隊第二の勢力と言える管理部だが、こちらは規律第一の「虎」の二つ名を持つ猛将、アブドゥール・シャー・シン大尉が部長をしている。管理部部長と言う職務の関係上、同盟本部での予算関連の会議のため留守にすることが多いことから主計曹長菰田邦弘がまとめ役についている。
 ノリで生きている島田と思い込みで動く菰田。数で勝る島田派だが、菰田派はカウラを女神としてあがめ奉る宗教団体『ヒンヌー教』を興し、その厳格な教義の元、結束の強い信者と島田に個人的な恨みに燃える一部技術部員を巻き込み、勢力は拮抗していた。
 寮に三人が入るとなれば、必然的に寮長である島田の株が上がることになる。さらに風呂場の使用時間などの全権を握っている島田が暴走を始めればヒンヌー教徒の妨害工作が行われることは間違いない。
「どうしたの?もっとうれしい顔したらどう?」 
 アイシャがそう言って誠に絡み付こうとして要に肩を押さえつけられる。寮での島田派、菰田派の確執はここにいる士官達の知ることではない。
「じゃあとりあえずそう言うことで」 
 そう言うと嵯峨は出て行けとでも言うように電話の受話器を上げた。
「そうですわね。私も引越しの準備がありますのでこれで」 
 そう言うとさっさと茜は部屋を出た。
「置いてくぞ!誠」 
 要、カウラ、アイシャ、そしてなぜかいるレベッカ。
「たぶん島田がまだいるだろうから挨拶して行くか?」 
「そうだな。一応、奴が寮長だからな」 
「確かに、レベッカさん、M10の搬入はいつになるの?」 
「とりあえず検査が今度の月曜にあるのでそれ以降の予定です」 
 心配する誠を置いて歩き出す女性陣。頭を抱えながら誠はその後に続いた。
 管理部ではまだシンの菰田への説教が続いていた。飛び火を恐れて皆で静かに階段を降りてハンガー。話題の人、島田准尉は当番の整備員達を並ばせて説教をしているところだった。
「おう、島田。サラはどうしたんだ」 
 要の声に振り向いた島田。
「止めてくださいよ、西園寺さん。俺にも面子ってもんがあるんですから」 
 そう言って頭を掻く。整列されていた島田の部下達の顔にうっすらと笑みが浮かんでいるのが見える。島田は苦々しげに彼らに向き直った。もうすでに島田には威厳のかけらも無い。
「とりあえず報告は常に手短にな!それじゃあ解散!」 
 整備員達は敬礼しながら、一階奥にある宿直室に走っていく。
「サラ達なら帰りましたよ。もしかするとお姉さん達とあまさき屋で飲んでるかも知れませんが……」 
 そう言って足元の荷物を取ろうとした島田にアイシャが走り寄って手を握り締めた。
「島田君ね。良いニュースがあるのよ」 
 アイシャの良いニュースが島田にとって良いニュースであったことは、誠が知る限りほとんど無い。いつものように面倒を押し付けられると思った島田が苦い顔をしながらアイシャを見つめている。
「ああ、アタシ等オメエのところに世話になることになったから」 
「よろしく頼む」 
 島田はまず要の顔を見た。何度と無くだまされたことがあるのだろう。島田は表情を変えない。次に島田はカウラの顔を見た。カウラは必要なことしか言わないことは島田も知っている。そこで表情が変わり、目を輝かせて島田を見ているアイシャを見た。
「それって寮に来るってことですか?」 
「そうに決まってるじゃない!」 
 島田はもう一度要を見る。その視線がきつくなっているのを感じてすぐにカウラに目を移す。
「よろしく……頼む」 
 照れながら頭を下げるカウラ。
「ちょっと、どういうことですか……神前。説明しろ」 
「それは……」
 とても考えが及ばない事態に喜べばいいのか悲しめばいいのかわからず慌てている島田に誠はどういう言葉をかけるべきか迷う。 
「あのね島田君。私達は今度、誠君と結婚することにしたの!それで……」 
 アイシャの軽口にぽかんと口を開ける島田。
「ふざけんな!馬鹿!」 
 要のチョップがアイシャを撃つ。頭を抱えてしゃがみこむアイシャ。
「冗談に決まってるじゃないの……」 
 頭をさする。本気に近かったのだろう、アイシャの目からは涙が流れていた。
「お前ではだめだ。誠!説明しろ」 
 そう言うカウラの顔を見てアイシャは仕方なく引き下がる。 
「三人は僕の護衛のために寮に引っ越してきてくれるんですよ」 
 島田は全員の顔を見た。そして首をひねる。もう一度全員の顔を見回した後、ようやく口を開いた。
「隊長の許可は?」 
「叔父貴はOKだと」 
 また島田が全員の顔を眺める。
「まだわからねえのか?」 
「つまり、三人が寮に入るってことですよね?」 
「さっきからそう言っているだろ!」 
 さすがに同じことを繰り返している島田にカウラが切れた。そこでようやく島田も状況を理解したようだった。
「でも、まとまって空いてるのは三階の西側だけだったと思いますよ。良いんすか?」 
 携帯電話を取り出しながら島田が確認する。
「こいつの安全のためだ、仕方ねえだろ?」 
 要がそう言ってうつむく。
「何よ、照れてるの?」 
「アイシャ、グーでぶたれたいか?」 
 向き直ってアイシャにこぶしを見せる要。その有様を見つめながらメールを打ち始める島田。
「明日は掃除で、次の日に荷物搬入ってな日程で良いですよね?」 
「私は良いがアイシャが……」 
 カウラはそう言うと要にヘッドロックされているアイシャを見る。
「無理よ!荷物だって結構あるんだから」 
「あのなあ、お前のコレクション全部運べってわけじゃねえんだよ」 
 そう言って脇に挟んだアイシャの頭をねじり続ける要。
「送信っと」 
 島田は二人の様子を確認しながら携帯電話の画面を見つめている。
「あのー」 
 全員が忘れていた声の主に気づいて振り向いた。レベッカが携帯を持って立っている。
「なんだよ、オメエ」 
 アイシャがギブアップを示すために自分のわき腹を叩いているのを無視しながら要が怒鳴る。怯えながら、ようやく決心が付いたと言うようにレベッカが口を開いた。
「神前さんの機体の写真、撮って良いですか?」 
「好きなだけ撮れよ!」 
 そう言うと要はようやくアイシャを解放した。不安そうな顔から笑顔に変わったレベッカは、早速誠の機体の周りを歩きながら構図を考えているように見えた。
「じゃあ、アタシ等帰るわ」 
 要はそう言うと誠の手をつかんだ。
「カウラ、車を回せ!」 
「わかった」 
「じゃあ私はジュース買ってくるわ」 
「カウラはメロンソーダだぞ!」 
「知ってるわよ!」 
 誠はこうなったら何を言っても無駄だとあきらめることをこの一月で学んでいた。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 18

「それにしても要様の水着姿って初めて見ましたわ。たぶんクラウゼ少佐は写真を撮られているでしょうから楓さんに送ってあげましょうかしら?」
 ポツリとつぶやく茜。銃をホルスターにしまっていた要がにらみつける。
「おい、茜!そんなことしたらどうなるかわかってるだろ?」 
 こめかみをひく付かせて要が答える。日は大きく傾き始めていた。夕日がこの海岸を彩る時間もそう先ではないだろう。
「でも、茜さんの剣裁き、見事でしたよ」 
 ようやく平静を取り戻して立ち上がった誠。もう最後に彼女と手合わせしてから十年くらい経つが、明らかに当時とは違う鋭い踏み込みを褒めて見せた。茜はそのまま歩き始める。
「待てよ!」 
 追いかける要。誠もその後に続いて早足で歩く茜に追いついた。
「次期師範にそう言ってもらえるとは、ここに来ただけのことはありますわね」 
 浜辺に向かう道を歩きながらいつもの余裕に満ちた表情を浮かべる茜。松並木が切れた辺り、もう着替えを済ましたカウラとアイシャが走ってくる。
「何してたのよ!」 
「発砲音があったろ。心配したぞ」 
 肩で息をしながら二人は誠達の前に立ちはだかった。そして二人は先頭を歩く東都警察の制服を着た茜に驚いた表情を浮かべていた。
「なあに。奇特なテロリストとお話してたんだよ」 
 要が吐いたその言葉に目をむく二人。
「そして私が追い払っただけですわ」 
 得意げに話す茜。初対面では無いものの、東都警察の制服を着た彼女に違和感を感じているような二人の面差しが誠にも見えた。
「何でお嬢様がここにいるの?」 
 アイシャは怪訝そうな顔をして誠の方を見る。
「そうね、お二人の危機を知って宇宙の果てからやってきたと言うことにでもしましょうか?」 
 さすがに嵯峨の娘である。とぼけてみせる話題の振り方がそのまんまだと誠は感心した。
「まじめに答えてくださいよ。しかもその制服は?」 
 人のペースを崩すことには慣れていても、自分が崩されることには慣れていない。そんな感じでアイシャが茜の顔を見た。
「法術特捜の主席捜査官と言うお仕事が見つかったんですもの。同盟機構の後ろ盾つきの安定したお仕事ですわ。弁護士のお仕事は収入にムラがあるのがどうしても気になるものですから」 
 そう言うと茜は四人を置いて浜辺に向かう道を進む。どこまでもそれが嵯峨の娘らしいと感じられて思わずにやけそうになる誠を誤解した要が叩く。
「早く行かないと海の家閉まってしまいますわよ。すぐに着替えないといけないんじゃなくて?」 
 茜にそう言われて、気づいた要と誠は走り出さずにはいられなかった。
「そんなに急がなくても大丈夫よ!海の家の人には話しといたから!」 
 背中で叫んでいるアイシャ。
「あいつの世話にはなりたくねえからな」 
 走る要が誠にそう漏らした。
「要さんならもっと早く走れるんじゃないですか?」 
 誠はビーチサンダルと言うこともあって普段の四割くらいの速度で走った。
「良いじゃねえか。さっきもそうだけど今回も一緒に走りたかっただけなんだ」 
 余裕の表情で答える要。砂浜が始まると、重い義体をもてあますように速度を落とす要にあわせて誠も走る。
「オメエこそ早く行ったらどうだ」 
 そう言う要に誠はいつも見せられているいたずらっぽい笑顔を浮かべて答えた。
「僕も一緒に走りたかったんです」 
 二人は店の前に置かれた自分のバッグをひったくると、海の家の更衣室に飛び込んだ。
 誰もいない更衣室。シャワーを浴び、海水パンツを脱いでタオルで体を拭う。
「いつ見ても全裸だな」 
「なに?なんですか!島田先輩!」 
 全裸の誠を呆れたように見ている島田。
「お前さんが全裸で暴れたりすると大変だから見て来いってお姉さんに言われて来てみれば……」 
 島田が来ることは予想が出来てもその指示が穏やかなリアナのものだと知って落ち込みながらパンツを履く誠。
「クラウゼ少佐の指示じゃないんですか?」 
「違うよ。まあすっかりそう言うキャラに認識されたみたいだなあ……ご愁傷様」
 にんまりと笑いながら入り口に寄りかかっている島田。誠はすばやくズボンを履いてシャツの袖に手を入れる。
「はい!急いで!行くぞ!」 
 島田が出て行くのを見て慌てて海水パンツとタオルをバッグに押し込み飛び出す誠。
「誠ちゃん」 
 更衣室を出て浜辺の真ん中で海を見つめている。そんな誠の肩を叩いたのがシャムだった。
「シャムさん、何ですか?」 
 さすがにいろいろあった一日で、心地よい疲労感のようなものが誠を包んでいた。
「これ拾ったんだけど、要ちゃんにあげてね」 
 シャムが差し出したのはピンク色の殻を光らせる巻貝だった。子供のこぶし程度の大きさの貝は次第に朱の色が増し始めている日の光を反射しながら、誠の手の上に乗った。
「良いんですか?」 
 いかにもシャムが好きそうなきれいな貝を手にして誠はシャムを見下ろした。
「お姉さんのことは気にしないで。まあ仲良くやりたまえ」 
 年齢不詳なシャム。誠がつかんでいる確かな情報としては、今年三十路に入った技術部長、許明華大佐の二つ下という話がまことしやかに囁かれている。ホテルの駐車場に向かうシャムと小夏、そして春子を見守りながら誠はシャムに渡された巻貝を耳に当てた。
 潮の音がする。確かにこれは潮の音だ。
「何やってんだ?」 
 背中から不思議そうな要の声。誠は我に返って荷物を抱えた。
「なんか落ちたぞ」 
 そう言って要が誠の手から滑り落ちた巻貝を拾い上げた。
「こりゃだめだな。割れちまってるよ」 
 少しばかりすまないというような声の調子の要。誠は思わず落胆した表情を浮かべる羽目になった。
「アタシに渡そうとしたのか?」 
 そう言うと、珍しく要がうつむいた。
「ありがとうな」 
 そう言うと要は自分のバッグにひびの入った巻貝を放り込む。何も言わずにそのまま防波堤に向かって歩いていく要。
「良いんですか?あれって……」 
「お前の始めてのプレゼントだ。大事にするよ」 
 要はそう言うと誠を置いて歩き始める。誠は思い出したように彼女を追って走り出す。追いついて二人で防波堤の階段を登る。
 ほんの数時間前にビールの箱を抱えて歩いた道の歩道には人影はほとんど無かった。車道は次々と帰路に着く車が通り抜ける。倦怠感に実を包まれるようにして二人は歩いていた。
「今日はいろいろありましたね」
 そう誠が言えたのはバスの止めてあるホテルに入る小道に足を踏み入れたときだった。 
「まあな、最後にとんでもねえ目にあったけどな」
「そしてワタクシの手に助けられたわけですわね」 
 駐車場の生垣として植えられた太いイチョウの木の陰から現れたのは茜だった。よく見れば東都警察の勤務服にぶら下げられた日本刀が違和感を感じさせる。
「オメエ帰れよ」
 そう言ってそのままバスに向かう要。 
「命の恩人にそれは無いんじゃなくて?それに要さんはいくつか私に聞きたいこともあるって顔してますわよ」 
 そう言って口先だけの笑みを浮かべるところが、父である保安隊隊長の嵯峨惟基を彷彿とさせた。
「まったく親子そろって食えねえ奴だよ」 
 要はそう言うと額に乗せていたサングラスをかけなおす。そんな要に笑みで答えてみせる茜。
「ふふっ、そうかもしれませんわね。まずワタクシが法術特捜に……」 
「ああ、叔父貴から聞いた。稼動はまだ先になるんじゃなかったのか?」 
 つれない感じで答える要。茜は特に気にする様子でもなく話を続ける。
「実際、同盟司法部はすでにテロ組織は活動を準備していると言う見方をしていますわ。ワタクシに資料よこしたわけなんですけど、状況はそれほど悠長なことを言ってられないことは先ほどのアロハシャツのお客様をごらんになればわかるのではなくて?」 
 それまでの茶目っ気のある笑顔が茜の表情から消えていた。
「どこだ?動いてるのは」 
 気の無い調子でたずねる要。誠もまたその問いの答えを期待していた。
「わかりませんわ。でも資料ではっきりわかったことは、ここ最近、すべてのテロ組織が行った破壊活動に法術適正の所有者による法術爆破テロが急激に減少しているということだけ……まるで申し合わせでもしたみたいに」 
「良い話じゃねえか。自爆は見ててやりきれないからな。それでもテロの件数自体は減っていないことぐらいアタシも知ってるよ」 
 さすがに茜の父親を思い出させる舐めた話しかたに業を煮やしたと言うように要が後ろで呟く茜に向き直った。
「そうなんですの。つまりテロ組織の直下で法術適正を持った組織員が自爆テロ以外の行動をとろうとしている、または他の第三勢力の元に彼らは集められて、来るべき活動のために訓練を受けている。今のところ推察できることはこれくらいですわね」 
 要は静かに天を仰ぎ、にんまりと笑った。そして再び茜を無視しているように歩き始める。
「既存のテロ組織には法術適正の人物に対し、訓練を行う設備など持ってるはずもねえ。いや、正確に言えば制御された法術によるテロを行うための訓練をすれば、逆に無能な上層部は力に目覚めた飼い犬に手を噛まれる羽目になるってわけだ。そんな危ない連中を手なずける程の力量のカリスマ。お目にかかりたいもんだねえ」
 皮肉のつもりでそう言った要だが、茜はまるで気にしていないと言うように余裕のある笑顔を浮かべている。 
「ワタクシもですわ。既存のテロ組織は、宗教、言語、民族、人種、イデオロギーを同じくするものの共同体みたいなものですもの。上層部は作戦立案と資金の確保を担当し、下部組織はその命令の下、テロの実行に移る。そこには必ず組織的ヒエラルヒーが存在し……」 
 不意に立ち止まり、茜の顔をまじまじと見つめる要。
「話が長えよ。要するにどこの誰ともわからねえ連中が、テロ組織の法術適正所有者を片っ端からヘッドハンティングした。そう言いたいわけだな」 
 要はタバコを取り出そうとしたが、目の前の茜のとがめるような視線を受けて止めた。
「そうですわね。一番それがしっくりいく回答といえますわ。でも、それだけのことを行うとなれば相当な資金と組織力が必要となりますわ。しかも、今日現れた刺客の言ったとおり、力を持つものが支配する世界の実現と言うことになれば、それに賛同するような酔狂な国は宇宙に一つとして存在しないでしょう」 
 誠も気になっていたその一点を指摘した茜。そのうれしそうにも見える顔つきは確かに彼女が嵯峨家の一員であると言うことを示しているようにも見える。
「逆に、だから支援をする国もあるんじゃないのか?」 
 皮肉めいたいつもの笑みを浮かべ、要がそう言った。
「同盟の不安定化は地球圏国家の思惑と一致するのは言うまでもないことですわね。でも制御できない力を自分を受け入れることが絶対に無い組織に与えることがいかに無謀かは想像がつかないほど無能な為政者はいらっしゃらないでしょう。それにベルルカン大陸の動乱をごらんになればわかるとおり、下手につつきまわせばそれこそ泥沼の戦争に陥って抜け出せなくなることも経験でわかっているはずですわ」 
 茜の腕が豊かな胸のふくらみの上に組まれているところを誠はじっくりと見ていた。
「この馬鹿!胸見んの禁止!」 
 すかさず要がこぶしで誠の頭を殴りつける。頭を押さえる誠を見ながら、茜は心の奥から楽しそうな笑みを浮かべた。
「ふふふ、誠さんと要さん。仲がよろしいんですね」 
 微笑む茜に誠は思わず要を見た。一気に要の頬が赤らむ。
「お……おうよ。こいつはアタシの部下でマブだからな」 
 そう言うと要は誠の首根っこをつかむとヘッドロックをした。
「苦しいですよ、西園寺さん!」 
「いいじゃねえか、ほらアタシの胸が頬に当たってるぞ。あ?」 
 誠は幸せなのか不幸せなのかわからないと言うような笑みを浮かべる。
「本当にお似合いですわよ」 
 笑顔を振りまく茜。しかし、その視線が要達の後ろに立つ二つの人影をも見つめているものだと言うことは要も誠も知らなかった。
「ふうん、そう。要と誠君がマブでラブラブねえ」 
「まあ仕方ないんではないか?誠は胸が大きい女が好きなようだからな」 
 誠は要の腕からすり抜け、振り向いた。そこにはアイシャとカウラが腕組みをして立っている。
「おお、いたのか。聞かれちまったら仕方がねえな。そう言うわけだ」 
「西園寺さん!」 
 サングラスを外してアイシャとカウラをにらみつける要。誠は半泣きの状態でおろおろとしていた。漂う殺気に誠は少しずつ後ずさりする。一ヶ月間、彼女達の部下をやってきたのは伊達ではない。
「どうされましたの?誠さん」 
 不思議そうな視線が茜から誠に注がれている。
「おい、誠!何とか言えよ!」 
「力で脅すなんて下品ね」 
「西園寺の行動が短絡的なのはいつものことだ」 
 要を責めているはずの言葉だが、その視線は冷や汗を拭っている誠に向けられている。落ち着いた表情で誠の肩に手を当てる茜。
「お父様がおっしゃっていた通りですわね。あの誠さんがモテモテだって……」 
「誰がこの馬鹿に惚れてるって!」 
 そう言うと要は誠に荷物を投げつける。
「茜さん。席は用意してあるから、誠君は補助席ね」 
「もっときびきび動け!行くぞ誠」 
 そう言うと女性陣は誠を置いてバスに向かって早足で歩き出した。足元に転がる要とアイシャのバッグ。
「ったく、いつもこうだ」 
 そう愚痴りながら誠は二人の分の荷物も一緒に担いで駐車場の一番奥に止めてあるバスへ急いだ。

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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 17

「あの!アイシャさ……?」 
 声をかけようとして誠は要に足元の青い物体を見つけた。誠はよくよくそれを観察してみる。髪の毛のようなもの、それは首から下を埋められたアイシャだった。さらにその口には要のハンカチがねじ込まれて言葉も出ない状態でもがいている。
「あーあ!つまんねえな」 
 そう言いながらパラソルの下に寝そべる要。自分のバッグからまたタバコと灰皿を取り出す。
「そんなこと言わないでくださいよ」 
「なんだよ、オメエも埋めるぞ」 
 要の言葉を聞いて誠が下を見る。黙って見上げてくるアイシャ。掘り出そうかと思ったがまた何をするのかわからないのでとりあえず掘り出さないで置く。要は静かにタバコに火をつけた。
「あのー……」
 誠はそう言いながらそのまま要の手を取っている自分を見た。驚いた表情を浮かべる要。そして誠自身もそのことに驚いていた。
「少し散歩でもしましょうよ」 
 自分でも十分恥ずかしい台詞だと思いながら誠は立ち上がろうとする要に声をかけていた。
「散歩?散歩ねえ……まあ、オメエが言うなら仕方ねえな。付き合ってやるよ」 
 そう言うとしばらく誠を見つめる要。彼女はタバコをもみ消して携帯灰皿を荷物の隣に置いた。そしてその時ようやく誠の言い出したことに意味がわかったとでも言うようにうなだれてしまう。
「カウラさん!レベッカさん!すいません。ちょっと歩いてきます」 
 そう言うと誠は要の手を握った。
「え?」
 要はそう言うと引っ張る誠について歩き出す。少し不思議そうな、それでいて不愉快ではないと言うことをあらわすように微妙な笑みを浮かべる要。
「良い風ですね」 
 誠は相変わらず驚いた顔をしている要に話しかけた。
「まあな」 
 上の空と言った感じで要は視線を泳がせている。砂浜が途切れて下から並みに削られたようにのっぺりとした岩が現れる。はだしの誠にはその適度に熱せられた岩の表面の温度が心地よく感じられていた。
「あそこの岩場ですか?ナンバルゲニア中尉達がいるのは」 
「そうなんじゃねえの」 
 状況がわかってくると次第に機嫌の悪いいつもの要に戻る。とりあえず誠についていてやることがサービスのすべてだとでも言うように、誠の視線に決してその視線は交わらない。誠も変に刺激しないようにと、ただ海岸線を二人して歩く。
 海を臨めば、波は穏やかでその色は土用過ぎとは思えない青さである。要は誠が海を見れば山を、山を見れば海を見つめている。次第に磯が近くなり、海の中に飛び出す岩礁の上に白い波頭が見えた。
「オメエ。つまんねえだろ。カウラ達のところか、シャムのところへでも行ってこいよ」 
 そう吐き捨てるように言うと、要は砂浜から大きく飛び出した岩に腰を下ろした。
「別につまらなくは無いですよ。僕はここにいたいからここにいます」 
 そう言い切った誠に諦めきったような大きなため息をつく要。
「ったく、勝手にしろ」 
 そう言うと要はいつもの癖で普段の制服ならそこにあるはずのタバコを探すように右胸の辺りに手を泳がせた。
「何だよ」 
 要が誠をにらんでくる。
「別に何でもないですよ」 
「嘘つけ」 
 要は一度誠の視線から逃れるように下を向くと顔を上げた。作り笑いがそこにあった。時々要が見せるいきがって見せるようなはかない笑い。
「どうせオメエも怖いからここまで付いてきただけだろ?アタシに近づく奴は大概そうだ。とりあえず敵にしたくないから一緒にいるだけ。まあそれも良いけどな。親父のことを考えて近づいてくる馬鹿野郎に比べればかなりマシさ」 
 そう言って皮肉めいた笑みを口元に浮かべた。いつもこう言う場面になると要は自分でそんな言葉を吐いて壁を作ってしまう。そこにあるのはどこと無くさびしげで人を寄せ付けない乾いた笑顔。
「そんなつもりはないですけど」 
 真剣な顔を作って誠は要を正面から見つめた。そうすると要はすぐに目を逸らしてしまう。
「自覚がないだけじゃねえの?アタシはカウラみたいに真っ直ぐじゃない。アイシャみたいに器用には生きられない。誰からも煙たがられて一人で生きるのが向いてるんだ」 
 そう言うと立ち上がって、吹っ切れたように岩場に打ち付ける穏やかな波に視線を移す要。誠は思わず彼女の両肩に手を置いた。驚いたように要が誠の顔を見つめる。
「確かに僕は西園寺さんのことわかりませんでした」 
 ほら見ろとでも言うようにほくそ笑んだ後再び目を逸らす要。
「そんな一月くらいでわかられてたまるかよ」 
 そのまま山の方でも見ようかというように安易に向けた視線だったが、誠のまじめな顔を見て要の浮ついた笑顔が消えた。
「そうですよね。わかりませんよね。でもいつかはわかろうと思っています」 
「そいつはご苦労なこった。何の得にもならねえけどな」 
 さすがに誠の真剣な態度に負けて誠を見つめている要。その表情は相変わらずふてくされたように見える。
「そうかもしれません、でもわかりたいんです」 
 そう言う誠の真剣な誠の視線。要にとってそんな目で彼女を見る人物というものは初めてだった。何か心の奥に塊が出来たような感覚が走り、自然と視線を落としていた。
「そうか……勝手にしろ」 
 搾り出すように要が言葉を吐き出す。自分の肩に置かれた誠の手を振り払うとそのまま海を眺めるように身を翻す。
「ええ、勝手にします」 
 誠はそう言うと要の座っていた岩に腰掛けた。
「ろくなことにはならねえぞ」 
「でも、僕はそうしたいんです」 
 風は穏やかに流れる。二人の目はいつの間にか同じように真っ直ぐに水平線を眺めていた。
「ラブラブ!!」 
 背後で聞きなれた甲高い声がして、二人は飛び上がって後ろを見た。手に袋を持ってシャムと小夏が突っ立っている。
「外道が神前の兄貴に色仕掛けを仕掛けていますよ!どうします、師匠」 
「アイシャちゃんとカウラちゃんに教えてあげなきゃ!」 
 二人が走り出そうとしたが、二人の頭を押さえつけた春子の手がそれを邪魔した。
「余計なことするんじゃないよ!」 
 いつもの女将さんといった風情からかつての極道の世界を生きてきた女の顔に変わっているように見える。シャムと小夏はその一にらみで静かに座り込んでいた。だがそれも一瞬のことで次の瞬間には女将の姿に戻っていた。
「私達は戻るけど、要さん達は……」 
 いつもの優しい春子の声。要はいつもの要に戻って右肩をぐるぐると回して気分を変える。
「戻るぞ、誠」 
 そう言ってずんずん一人で先に浜辺に向かう要。シャムと小夏は要にまとわりついては拳骨を食らいながら笑っている。
「邪魔しちゃったかしら」
 そう言いながら誠を見上げる春子。一時の母とは思えないプロポーションに誠は思わず頬を朱に染めている自分に気づいた。
「いえ……そんなに簡単にわかることが出来る人じゃないですから」 
 そう言うと誠も春子を置いて砂浜に向かう。
「みんな……本当に不器用で」 
 そう言いながらシャムが置いていったバケツを拾うと春子も誠の後に続いた。
 
「帰ってきたんだ。ちょうどよかったわ」 
 リアナが微笑んでいた。
「ほら、誠の分だ」 
 スイカのかけらを渡すカウラ。不恰好なスイカのかけらを受け取って誠は苦笑いを浮かべた。
「アタシのは!」 
「中尉のはこっちにありますよ」 
 島田が割れたスイカを解体している。シャムはすぐに大きな塊に手を伸ばす。その手を叩き落として自分のスイカを確保する菰田。
「アタシはアイシャの割れた脳みそが……」
 先ほどまで埋められていたと言うのにやたらと元気にスイカを食べているアイシャ。それを見上げての要の一言。 
「要。私を食べようって言うの?やっぱり百合の気が……」
 そう言って顔を近づけてくるアイシャの額を指ではじく要。 
「うるせえ」 
 そう言うと要はアイシャからスイカのかけらを奪い取って口に放り込む。それでも懲りないと言うようにアイシャは顔を要に近づける。
「うぜえ!離れろ!馬鹿野郎!」 
 アイシャの額を叩く要だが、本気ではないのでアイシャは懲りずに続ける。
「ちゃんとビニールシートの砂は落とせよ!西!ちゃんと引っ張れ!」 
 後片付けの指示を飛ばすキム。
「なんかホッとしませんか?」 
 スイカの種をとりながら誠が声をかける。食べ終えたスイカの皮をアイシャの顔面に押し付けて黙らせて、ようやく一心地ついた要に誠が声をかける。
「そうか?……そうかもしれないな」 
 再びアイシャがキープしていた不恰好に割れたスイカにかぶりつきながら、要はそうつぶやいた。誠は要を見る。見返す要の頬に笑みが浮かんでいた。
「何かあったのか?」 
 不思議そうに見つめるカウラ。
「何でもねえ!何でもねえよ!」 
 そう言うと要は再び大きくスイカの塊に食いついた。
「さてと、連絡、着てるかな」 
 要にスイカの皮を押し付けられてべとべとになった顔をタオルで拭ったアイシャはわざとらしくそう言うと、自分のバッグから端末を取り出す。
「何するの?アイシャちゃん」 
 そう言ってシャムがアイシャの横に座る。自然とサラ、パーラ、島田、キム、エダ、リアナ達が群がっていた。
「ある筋の情報によると、今日は明華お姐さんとタコ中は同時に有給を取っているらしいのよ」 
 もったいぶったように端末の操作キーを一つ一つ押しているアイシャ。
「ある筋も何も吉田だろ?それで情報をハッキングして行き先を調べたのか。趣味が悪りいな」 
 そう言いながらも要はきっちりアイシャの隣の一番端末の画面が見やすい場所に座っていた。
「いいんですかねえ」
 そう言いながらもつい聞き入ってしまう誠だった。
「さてと訪問先は……げ、崎浜だって!タコ中、やるわね」 
 アイシャがその場にいないことを良いことに保安隊副隊長、明石清海(あかし きよみ)中佐のことをそう呼んでいた。それがおしゃれな街として知られる崎浜市にいる。あのどんなに暑い日でもど派手な背広を着こんで肩で風を切って歩くサングラスにはげ頭の大男を思い出してあんぐりと口を開けた誠。
「あの面でか?それこそヤクザと間違えられて職務質問でもされるんじゃねえのか?」 
 これも実に失礼なことを言っている要だが、誠もその二メートルを超える頑丈な巨体の持ち主を思い出した。実家が胡州きっての名刹と言うこともあり頭をツルツルに剃り上げている。紫と赤と言ったような派手なワイシャツとネクタイをして出勤している彼が明らかに緊張した表情で明華を連れて歩いている姿を想像すると自然と笑いがこみ上げてきた。
「きっと今頃は洒落たランチも終わって港が見える喫茶店とかにいるんじゃないの?」 
 すっかり観衆と化したリアナが画面を見ながらそう言った。
「お姉さんちょっと待ってくださいよ」 
 そう言うとアイシャは端末を操作して二人の現在の位置を確認する。
「出ましたよ、やっぱりだ。東海亭だって!」 
「似合わねえー!絶対それは無しだろ!」 
 要が叫ぶまでも無く、オタク知識は満載でも世事に疎い誠ですら知っている喫茶店の名前が出てきてそれを想像してしまった。
「ガンバだよ!タコ中!」 
 聞こえるはずも無いのに端末に向かって応援するシャム。
「明石の旦那。それ定番過ぎますよ」 
 少しあきれ気味に画面を見つめる小夏。
「おい、ちょっと」 
 そんな一同の盛り上がりについていけないとでも言うように、要が席を抜けて誠の肩を叩いた。立ち上がった誠を見ると、要はバッグからビーチサンダルを取り出し、シャツを着た。
「趣味の悪い連中とはおさらばしようぜ」 
 要の言葉に頷くと誠は何もわからないまま言われるままに立ち上がって彼女の手からビーチサンダルを受け取った。今度は先ほど向かった岩場とは反対側に歩く。観光客は東都に帰る時間なのだろう、一部がすでに片付けの準備をしていた。
「あいつ等、野暮なことするなって叔父貴に言われてるってのに」 
 要の口元に笑みが浮かぶ。誠もそのサングラスの下にある目を想像して微笑んだ。要はそのまま浜辺から離れた道へ向かう。
「もう風が変わってきましたね」 
 松の並木が現れ、その間を海に飽きたというようなカップルと何度もすれ違った。
「そうだな」 
 会話をするのが少しもったいないように感じた。なぜか先ほどの時と違って黙って並んで歩いているだけで心地よい。そんな感じを味わうように誠は要と海辺の公園と言った風情の道を歩いた。
 しかし遊歩道に入ったところで要は不意に立ち止まると小声でささやいた。
「誠、気づいてるか?」 
 不安に襲われる誠。要の目が鋭く光っていた。タレ目で迫力はあまり無いが、彼女の性格を知っている誠を驚かすには十分だった。
「気づくって……つけられているんですか?」 
 先月の近藤事件の発端も、自分が誘拐されたところから始まっただけあって、誠は辺りの気配を探った。見る限りにはそれらしい人影は無い。しかし、以前、菱川重工の生協で感じた時と同じような緊張感が流れていた。
「素人じゃねえ、かなりのスキルだ。こっちが気づいたら不意に気配が消えやがった。どうする?」 
 要がサングラス越しに誠を見つめる。その口元が笑っているのは、いつものことだと諦めた。
「でも丸腰じゃないですか?」 
「そうでもないぜ」 
 要が先ほど羽織ったシャツの背中を見せる。要の愛銃、スプリングフィールドXD40のシルエットが見えた。
「しかし、こんなところでやるわけには行かないんじゃ……」
 周りには少ないながらも観光客の姿が見える。要も同感のようで静かに頷いた。 
「偶然かもしれないからな。もう少し引っ張ろう。あそこに見える岬まで行けば邪魔は入らないだろうからな」 
 そう言うと要は誠の手を取って早足で歩き始めた。午後を過ぎて風が出始めた海べりの道を進む。さすがにこれほど人通りが少ないとなると、赤いアロハシャツを着た男が後を付いてくるのが嫌でもわかった。
 こちらにばれることはすでに想定済みといった風についてくる男。要はすでに銃を抜いている。とりあえず人のいない所で決着をつけることは後ろの男も同意見のようで、一定の距離を保ったまま付いてくる。
 岬に着いたところで、要は男に向き直った。
「見ねえ面だな。おや?ただのチンピラにしちゃあ動きが良いし、兵隊にしちゃあ間が抜けてるな」 
 銃口を男に向ける要。今の要ならすぐにでも発砲するかもしれないと思っていた誠だが、要の引き金にかけられた指に力が入ることは無かった。
「これは辛らつな意見ですね。確かに軍事教練など受けたことが無いもので」 
 角刈り、やつれているように見える細面。アロハシャツから出ている両腕は、どう見ても軍人のものには見えなかった。鍛えた後も無くただぶら下がっている赤く日焼けした両腕。
「金目当てだったらアタシが銃を持っていることをわかった時点で逃げてるはずだ。非公然組織なら仲間を呼ぶとかしているしな。何者だ?テメエは」 
 まるで幽霊みたいだ。誠は男の顔に浮かんだ版で押したように無個性な笑みを見つけて背筋が寒くなるのを感じた。
「元胡州帝国陸軍、非正規戦闘集団所属、西園寺要大尉。そして東和宇宙軍から保安隊に出向中である神前誠曹長」 
 男はそう言いながらゆらりと体を起こした。その動きに反応して要は銃口を向ける。
「知らないんですか?西園寺大尉とあろうお方が。高レベル法術適格者にはそんなものは役に立ちませんよ」 
 男はゆらゆらと風に揺れながら右足を踏み出した。
「試してみるのも悪くないんじゃねえか?とりあえずテメエの腹辺りで」 
 そう言い終ると、要は二発、男の腹めがけて発砲した。銀色の壁が男の前に広がり、弾丸はその中に吸収された。
「さすが胡州の山犬ですね、正確な射撃だ。でも現状では理性的に私の正体でも聞き出そうとするのが優先事項じゃないですか?まあ私も話すつもりはありませんが」 
 また一歩男は左足を踏み出す。銃が効かないとわかりいつでも動けるように両足に力をこめる要。だがそれをあざ笑うかのように男は言葉を続ける。
「神前君。君の力を我々は高く買っているんだよ。地球人にこの星が蹂躙されて二百年。我々は待った、そして時が来た。君のような逸材が地球人の側にいると言うことは……」 
「うるせえ!化け物!」 
 要は今度は頭と右足、そして左肩に向けてそれぞれ弾丸を撃ち込んだ。再び銀色の壁に吸い込まれる弾丸。
「力のあるものが、力の無いものを支配する。それは宇宙の摂理だ。そうは思わないかね、神前曹長」 
 再び男の右足が踏み出される。誠は金縛りにでもあったように、脂汗を流しながら男を見つめていた。
 誠は精神を集中した。
「どうする気だ!誠!」 
 要の叫ぶ先に銀色の空間が現れる。
「そのくらいのことは出来て当然と言うことですか。確かに私の力ではそれを突破することは難しいでしょう。ただ……」 
 男はそう言うと自らが生成した銀色の空間に飛び込んだ。銀色の空間もまた消える。
「どこ行った!」 
 銃を手に全方位を警戒する要。
「ここですよ」 
「何!」 
 要の足元の岩が銀色に光りだす。思わず飛びのいて銃を向ける要。誠は一度、銀色の干渉空間を解いた。相手はどこからでも空間を拡げる事が出来る。ヨハンに聞いた限りでは、その空間に他者が侵入すれば要が撃った弾丸同様蒸発することになると言う。
 完全に手詰まりだった。
「逃げましょう!西園寺さん」 
 銃を手に周りを軽快する要。戦場と似た緊張した空気がそうさせるのか要の顔には引きつったような笑顔があった。
「馬鹿言うな!逃げれる相手なら最初から逃げてる!銃声で誰かが来れば……」 
 要は自分の後ろに銀色の空間が生成されようとしたことに気づいて発砲する、スライドがロックされ弾切れを示す。
「弾が無いのですか」 
 また再び地上に銀色の空間が現れ、その中から赤いアロハシャツの男が現れる。
「これでわかったでしょう」 
 男の顔に勝利を確信した笑みが浮かんだ。
「この糞野郎!きっちり勝負しろ!」 
「胡州四大公爵家のお姫様がそんな口をきいてはいけませんねえ」 
 男は今度は確実に一歩一歩、二人に近づいてきた。
「あなたは何者ですか」 
 ようやく誠が搾り出せた言葉は、自分でも遅きに失している言葉だった。
「なるほど、こういう時は自分から名乗るのが筋ですね。もっとも私個人の名前などあなた達の関心ではないでしょうが。私は遼州人の権利と自由を守るために活動している団体の構成員の一人です。屈辱の二百年の歴史にピリオドを打つべく立ち上がりました」 
「アタシ等も遼州人なんだけどねえ」 
 もはや言葉で時間を稼ぐしかない、そう判断した要が皮肉めいた笑みを浮かべながらアロハシャツの男に声をかけた。
「確かにあなたの母上、西園寺康子様は本来、遼南南朝王弟家の出。要様、あなたにも我々と志を同じくする資格があると言うことですが……いかがいたしましょうか?」 
 男はまた一歩踏み込んできた。
「くだらねえなあ!アタシは貴族とかつまんねえ肩書きが嫌で陸軍に入ったんだ」 
「ほう、それもまたよし。私達は王党派とも組しません。ただ遼州人全体の幸福を……」 
「それで何が起きるんですか?」 
 誠は男の言葉をさえぎった。ゆっくりとうろたえることも無く、誠は男に近づいていった。
「今の遼州には多くの人が生きています。地球人、遼州人、そして先の大戦で作られた人工人間。でもあなたは遼州人のための世界を作ると言いましたね」 
 思いもかけずに誠が自分に近づいてくる。驚いたような表情を浮かべていた男もそれが誠の本心だとわかってゆっくりとわかりやすいようにと心がけるように話を続けた。
「仕方ないでしょう。我々は力を持っている。そして他の人々は持っていない。力のあるものが生き延びるのは宇宙の摂理で……」 
 再び遼州人の力を誇示するような言葉を口にした男に顔を上げて強くにらみつけた。男は誠の表情の変化に少しばかり動揺したように見えたがすぐさまポーカーフェイスに戻る。
「つまり交渉決裂と言うわけですか」 
『そうみたいですわね』 
 三人の頭の中に言葉が響く。男は周りを見回している。
「この声……茜(あかね)?」 
 要がつぶやくその視線の前に金色の干渉空間が拡がる。
 そこから現れたのは黒い髪。それは肩にかからない程度に切りそろえられなびいている。まとっているのは軍服か警察の制服か、凛々しい顔立ちの女性が金色の干渉空間から現れようとしていた。
 アロハの男は突然表情を変えて走り始めた。逃げている、誠達が男の状況を把握したとき、要に茜と呼ばれた女性はそのまま腰に下げていた軍刀を抜いた。そのまま彼女は大地をすべるように滑空して男に迫る。
 男が銀色の干渉空間を形成し、茜の剣を凌いだ。
「違法法術使用の現行犯で逮捕させていただきますわ!」 
 そう叫んだ茜が再び剣を振り上げたとき、男の後ろに干渉空間が展開され、その中に引き込まれるようにして男は消えた。
「逃げましたわね」
 その場に立ち止まった茜は剣を収める。誠は突然の出来事と極度の緊張でその場にへたり込んだ。
「茜さん?もしかして、師範代の娘さんの……」 
 近づいてくる東都警察の制服を着た女性を見上げる誠。
「お久しぶりですわね、誠君。それと要お姉さま」 
「気持ちわりいから要と呼べ!」 
 頭をかきながら要がそう言った。
「それよりその制服は?」 
 誠の言葉に茜は自分の着ている制服を見回す。
「ああ、これですね。要さん、私一応、司法局法術特捜の筆頭捜査官を拝命させていただきましたの」 
 誠と要はその言葉に思わず顔を見合わせた。
「マジで?」 
 明らかにあきれているように要がつぶやく。
「嘘をついても得になりませんわ。まあお父様が推薦したとか聞きましたけど」 
 淡々と答える茜に、要は天を見上げた。
「最悪だぜ……」
 要の叫びがむなしく傾いた日差しが照らす岬の公園に響いた。

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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 16

「そう言えば西園寺さん。こんなことしてていいんですかね」 
 照れるのをごまかすために引き出した誠の話題がそれだった。
「なんだよ。蒸し返すんじゃねえよ」 
 めんどくさそうに要が起き上がる。額に乗せていたサングラスをかけ、眉間にしわを寄せて誠を見つめる。
「さっきの東方開発公社の件か?あれは公安と所轄の連中の仕事だ。それで飯を食ってる奴がいるんだから、アタシ等が手を出すのはお門違いだよ」 
 そう言うと再びタバコに火をつけた。
「でもまあ東方か、ずいぶんと世話になったんだがな」 
 タバコの煙を吐き出すと、サングラス越しに沖を行く貨物船を見ながら要がつぶやいた。
「やはり胡州陸軍と繋がってるんでしょうか?」 
 要は胡州帝国陸軍非正規作戦部隊の出身であることは保安隊では知られた話だ。
 五年ほど前、東都港を窓口とする非合法物資のもたらす利権をめぐり、マフィアから大国の特殊部隊までもが絡んで、約二年にわたって繰り広げられた抗争劇。その渦中に要の姿があったことは公然の事実だった。そんなことを思い出している誠を知ってか知らずか、遠くを行く貨物船を見ながら悠然とタバコをくゆらす要。
「アタシ等の作戦に関する、物資や拠点の提供、ターゲットの情報、現在の司直の捜査状況の把握。いろいろとまあ世話になったよ。昔からあそこはそう言うことも業務の一つでやってたみたいだからな」
 まるで当たり前のように口にする要の言葉の危険性に誠は冷や汗をかくが、そのまま話を続けた。 
「そんな危ない会社ならなんですぐに捜索をしなかったんですか?この一ヶ月、僕等がもたもたしていたせいで一番利益を得た人間達が東方開発公社を使って資金洗浄をして免罪符を手に入れたのかもしれないんですよ」 
 誠は正直悔しくなっていた。一応、自分も保安隊隊員である。司法実力行使部隊として、自分が出動し、一つの捜査の方向性をつけたと言える近藤事件が骨抜きにされた状態で解決されようとするのが悔しかった。
「お前、なんか勘違いしてるだろ」 
 サングラスを外した要が真剣な目で誠を見つめてくる。
「アタシ等の仕事は真実を見つけるってことじゃねえんだ。そんなことは裁判官にでも任して置け。アタシ等がしなければならないことは、利権に目が血走ったり、自分の正義で頭がいかれちまったり、名誉に目がくらんだりした戦争ジャンキーの剣を元の鞘に戻してやることだ。そいつが抜かれれば何万、いや何億の血が流れるかもしれない。それを防ぐ。かっこいい仕事じゃねえの」 
 冗談のようにそう言うと一人で笑う要。
「でも、今回の件でもうまいこと甘い汁だけ吸って逃げ延びた連中だって……」 
「いいこと教えてやるよ。遼南王朝がラスバ大后の時代、あれほど急激に勢力を拡大できた背景にはある組織の存在があった。血のネットワークを広げるその組織は、あらゆる場所に潜伏し、ひたすら時を待ち、遼南の利権に絡んだときのみ、その利益のために動き出す闇の組織だった」 
 突然要が話す言葉の意味がわからず呆然とした誠。要は無理もないというように誠の顔を見て笑顔を浮かべる。
「そんな組織があるんですか?」 
「アタシも詳しいことは知らねえ。だが、あのおっさんが持ってる尋常じゃないネットワークは、まるでそんな都市伝説が本当のことに感じるくらいなものだ。どれほどのものかは知らないが、少なくとも今回の東方開発公社の一件で免罪符を手にしたつもりの連中の寝首をかくぐらいのことは楽にしでかすのが叔父貴だ」 
 そう言うと要は再び沖を行く船を見た。船の後ろには釣竿が並べられている。それを見て誠は去年この海で人間トローリングされたと言う吉田の話を思い出した。
「やっぱりアタシのクルーザー回せばよかったかなあ」 
「西園寺さん、船も持ってるんですか?」 
 そんな誠の言葉に、珍しく裏も無くうれしそうな顔で要が向き直る。
「まあな、それほどたいしたことはねえけどさ」 
 沖を行く釣り船を見ながら自信たっぷりに要が言った。
「要ちゃん!神前君!」 
 リアナののんびりした声に振り返る誠。突然の彼女の高い声に少しばかり驚いていた。
「どうしたんですお姉さん。それに……」
 隣にはアイシャの姿がある。 
「なに?アタシがいるとおかしいの?」 
「そうだな、テメエがいるとろくなことにならねえ」
 要がそう言うと急にアイシャがしなを作る。 
「怖いわ!誠ちゃん。このゴリラ女が!」 
 そのまま誠に抱きついてくるアイシャ。
「アイシャ、やっぱお前死ねよ」 
 逃げる誠に抱きつこうとするアイシャを要が片腕で払いのける。 
「貴様等、本当に楽しそうだな」 
 付いてきたカウラ。その表情は要の態度に呆れたような感じに見える。
「そうねえ。仲良しさんなのね」
 満足げに笑うのはリアナだが、アイシャは思い切り首を横に振った。 
「カウラいたのか、それとお姉さん変に勘ぐらないでくださいよ」 
 要はいつの間にかやってきていたカウラとリアナになき付く。要は砂球を作るとアイシャに投げつけた。
「誠君、見て。要ったらアタシの顔を砂に投げつけたりするのよ」 
「なんだ?今度はシャムとは反対に頭だけ砂に埋もれてみるか?」 
「仲良くしましょうよ、ね?お願いしますから」 
 割って入った誠。さすがにこれ以上暴れられたらたまらない。そして周りを見ると他に誰も知った顔はいなかった。
「健一さんや島田先輩達はどうしたんですか?」
 三人しかいない状況を不思議に思って誠はリアナに尋ねる。 
「健ちゃんと島田君達はお片づけしてくれるって。それとシャムちゃんと春子さん、それに小夏ちゃんは岩場のほうで遊んでくるって言ってたわ」 
「小夏め、やっぱりあいつは餓鬼だなあ」 
 鼻で笑う要。
「要ちゃん。中学生と張り合ってるってあなたも餓鬼なんじゃないの?」 
 砂で団子を作ろうとしながらアイシャが呟いた。
「んだと!」 
 要はアイシャを見上げて伸び上がる。いつでもこぶしを打ち込めるように力をこめた肩の動きが誠の目に入る。
「落ち着いてくださいよ、二人とも!」 
 誠の言葉でようやく落ち着く要とアイシャ。
「要ちゃんは泳げないのは知ってるけど、神前君はどうなの?泳ぎは」 
 リアナが肩にかけていたタオルをパラソルの下の荷物の上に置きながら言った。誠の額に油の汗が浮かぶ。
「まあ……どうなんでしょうねえ……」 
 誠の顔が引きつる。アイシャ、カウラがその煮え切らない語尾に惹かれるようにして誠を見つめる。
「泳げないのね」 
「情けない」 
 アイシャとカウラの言葉。二人がつぶやく言葉に、頭をたれる誠。
「気が合うじゃないか、誠。ピーマンが嫌いで泳げない。やっぱり時代はかなづちだな」 
「自慢になることか?任務では海上からの侵攻という作戦が展開……」
 説教を始めようとするカウラをなんとか押しとどめるリアナ。 
「カウラちゃんそのくらいにして、じゃあみんなで教えてあげましょうよ」 
 リアナはいいことを思いついたとでも言うように手を叩いた。 
「お姉さん。アタシはそもそも水に浮かないんだけど……」 
「じゃあアイシャちゃんが要ちゃんに教えてあげて、カウラちゃんと私で神前君を……」 
「人の話聞いてくださいよ!」 
 涙目で要がリアナに話しかけるが、自分の世界に入り込んだリアナの聞くところでは無かった。
「あのー私はどうすれば?」 
 急に声がしたので驚いて振り向く要と誠。その視線の先には申し訳なさそうに立っているレベッカがいた。
「そうだ!レベッカさん、アメリカ海軍出身ってことは泳げるわよね?じゃあカウラちゃんとレベッカさんで誠ちゃんに教えてあげて、私とアイシャちゃんで要ちゃんに教えましょう」 
「あのー、お姉さん。アタシは教えるとかそう言う問題じゃ無くって……」
 まったく人の話を聞かないリアナに業を煮やして叫ぶ要だが、声の大きさとリアナが人の話を聞くかは別の問題だった。 
「要ちゃん、いい物があるのよ」 
 そう言うとアイシャはシャムが残していった浮き輪を要にかぶせる。要の額から湯気でも出そうな雰囲気。誠はすぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。
「おい、アイシャ。やっぱ埋める!」 
 逃げ出すアイシャに立ち上がろうとした要だが、砂に足を取られてそのまま顔面から砂浜に突っ込む。
「あら?砂にも潜っちゃうのかしら?」 
「このアマ!」 
 アイシャを追って走り出す要。
「あいつは放っておこう。行くぞ誠」 
 そういつもの通り淡々と言うと、カウラはレベッカと誠を連れて海に向かった。
「神前曹長は泳げないんですか?」 
 まるで不思議な生き物でも見るようなレベッカの瞳に見られて、誠は思わず目を逸らしてしまった。
「泳げないと言うわけじゃなくて……息つぎが出来ないだけ……」 
「それを泳げないと言うんだ」 
 波打ち際で中腰になって波を体に浴びせながらカウラが言う。
「とりあえず浅瀬でバタ足から行くぞ」 
 レベッカに手を取られて誠はそのままカウラの導くまま海の中に入る。
「大丈夫ですか?急に深くなったりしてないですよね」 
 誠は水の中で次第に恐怖が広がっていくのを感じていた。
「安心しろ、これだけ人がいればおぼれていても誰かが見つけてくれる」 
 誠の前を浮き輪をつけた小学生の女の子が父親に引かれて泳いでいる。とりあえず腰より少し深いくらいのところまで来ると、カウラは向き直った。その視線がレベッカに引っ張られている誠の左手に向いたとき、少しきつくなったのを感じて思わず手を離す誠。
「それでは一度泳いでみろ」 
「手を引いてくれるとか……」 
「甘えるな!」 
 レベッカの胸と誠の顔を往復するカウラの視線。それを感じて仕方なく誠は水の中に頭から入った。
 とりあえず海水に頭から入り、足をばたばたさせる誠。次第にその体は浮力に打ち勝って体が沈み始める。息が苦しくなった誠はとりあえず立ち上がった。起き上がった誠の前にあきれているカウラの顔があった。それは完全に呆れると言うところを通り過ぎて表情が死んでいた。
「そんな顔されても仕方が無いじゃないですか。人には向き不向きがあるわけで……」 
「神前……君。もう少し体の力を抜いてとにかく浮くことからはじめましょう」 
 突然、心を決めたとでも言うように強い口調で話し始めたレベッカを見て驚く二人。
「そうだな、誠。とりあえず浮くだけでいい。やってみろ」 
 カウラはレベッカのあとをついで誠に指示する。
「浮くだけですか、バタ足とかは……」 
「しなくて良い、浮くだけだ」 
 カウラのその言葉でとりあえず誠はまた海に入った。
 動くなと言われても水に入ること自体を不自然に感じている誠の体に力が入る。力を抜けば浮くとは何度も言われてきたことだが、そう簡単に出来るものでもなく、次第に体が沈み始めたところで息が切れてまた立ち上がった。
「少し良くなりましたよ。それじゃあ私が手を引きますから今度は進んでみましょう」 
 レベッカが手を差し伸べてくる。これまでのシャイなレベッカを見慣れていたカウラはただ呆然と見つめていた。
「じゃあお願いします」 
 誠はただ流されるままにレベッカの手を握りまた水に入る。手で支えてもらっていると言うこともあり、力はそれほど入っていなかったようで、先ほどのように沈むことも無くそのまま息が続かなくなるまで水上を移動し続ける誠。
「良いじゃないですか、神前君。その息が切れたところで頭を水の上に出すんですよ」 
「そうですか、本当に力が入るかどうかで浮くかどうかも決まるんですね」 
 これまで怯えたような、恥ずかしがるような顔しか見せなかったレベッカが笑っている。誠はつられて微笑んでいた。
「よう!楽しそうじゃねえか!」 
 背中の方でする声に思わず顔が凍りつく誠。
「西園寺さん……」 
 振り返ると浮き輪を持った要がこめかみを引きつらせて立っている。
「西園寺さん、神前君少しは浮くようになったんですよ」 
 レベッカのその言葉にさらに要の表情は曇る。
「ああ、オメエ等好きにしてな。アタシはどうせ泳げはしないんだから」 
 そう言うと要は浮き輪を誠に投げつけて浜辺へと向かった。

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テーマ : 連載小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 15

「平和だねえ」 
 先ほどまでの同じ司法局の公安部隊の動きを察知して会議のようなものをしていたリアナ達はもうすでに食事の準備の仕上げのために立ち去っていた。要は半身を起こしタバコをくわえながら、海水浴客の群がる海辺を眺めていた。その向こう側では島田達がようやく疲れたのか波打ち際に座って談笑している。
「こう言うのんびりした時間もたまにはいいですね」 
 誠もその様子を見ながら砂浜に腰掛けて呆然と海を眺めていた。
「アタシはさあ。どうもこういう状況にはいい思い出は無いんだ」 
 ささやくように海風に髪をなびかせながら要はそう言った。
「嫌いなんですか?」
 覗き込むようにサングラスをかけた要を見つめる誠。だがそこには穏やかな笑顔が浮かんでいるだけだった。 
「嫌いなわけ無いだろ?だけど、アタシの家ってのは……昨日の夕食でも見てわかるだろ?他人と会うときは格式ばって仮面をかぶらなきゃ気がすまねえ。今日だってホテルの支配人の奴、アタシのためだけにプライベートビーチを全部貸しきるとかぬかしやがる」 
 口元をゆがめて携帯灰皿に吸殻を押し付ける要。
「そんな暮らしにあこがれる人がいるのも事実ですし」 
「まあな。だけど、それが当たり前じゃないことはアタシの体が良く分かってるんだ」 
 そう言うと要は左腕を眺めた。人工皮膚の継ぎ目がはっきりと誠にも見える。テロで体の九割以上を生態部品に交換することを迫られた三歳の少女。その複雑な胸中を思うと誠の胸は締め付けられる。
 彼女の過去の写真を思い出した。小学校三年生に相当する胡州帝都女子修学院三年の修学旅行の集合写真という話だった。歳相応の子供達の後ろに今の要と寸分たがわぬ女性が立っている写真だった。彼女には子供時代が存在しない。時々誠にそう愚痴るのが理解できる写真だった。それを思い出して誠は覚悟を決めたように要を見つめた。
「それは、要さんのせいじゃないんでしょ」 
 そう声をかける誠。要は誠の方を一瞥したあと、天を仰いだ。
「オメエ、アホだけどいい奴だな」 
 まるで感情がこもっていない。こういう時の要の典型的な抑揚の無い言葉。誠はいつものようにわざとむきになったように語気を荒げる。
「アホはいりません」 
 誠のその言葉を聴くと、要は微笑みながら誠の方を見てサングラスを下ろした。
「よく見ると、うぶな割には男前だな、オメエ」 
「は?」 
 その反応はいつもとはまるで違った。誠は正直状況がつかめずにいた。前回の出動のときの言葉は要するに釣り橋効果だ、そんなことは分かっていた。要の励ましが力になったのは事実だし、それが励ましに過ぎないことも分かっていた。
 しかし、今こうして要に見つめられるのは、どこと無く恥ずかしい。女性にこんな目で見られるのは高校三年の卒業式で、二年生のマネージャーに学ランの第二ボタンを渡したとき以来だ。ちなみにその少女からその後、連絡が来たことは無かったが。
「まあいいか、こうして平和な空を見上げてるとなんかどうでもよくなって来るねえ」 
 その言葉に、誠はそんな昔のマネージャーを思い出して苦笑した。
「おい!神前!」 
 さすがに同じメンバーでの遊びにも飽きたのか波打ち際から引き上げてきた島田が、置いてあったバッグからスポーツ飲料のボトルを取り出した。
「ああ、すいませんね気が利かなくて」 
 起き上がろうとした誠ににやけた笑みを浮かべながらそのまま座っていろと手で合図する島田。
「こちらこそ、二人の大切な時間を邪魔するようで悪いねえ」 
 誠と要を見比べる島田。要は相手にするのもわずらわしいと言うようにサングラスをかけなおして空を見上げている。 
「ずるいんだ!アイシャちゃん達が働いてるときに二人でべったりなんて!」 
 そう言ってサラが誠をにらみつける。 
「じゃあお前等、荷物番変わってもらおうか?」 
 そう言うと要は立ち上がった。
「じゃあ神前。お姉さん達の邪魔でもしにいくか」 
 要はそのまま当然と言うように誠を立たせるとバーベキュー場の方に歩き出す。
「ああ、サラ。そこのアホと一緒にちゃんと荷物を見張ってろよ。問題があったら後でぼこぼこにするからな」
 ちゃんと捨て台詞を忘れない要。誠も要に付いて歩く。
『正人が余計なこと言うから!』 
『島田君のせいじゃないわよ。余分なこと言ったのはサラじゃないの!』 
 サラとパーラの声が背中で響く。
「良いんですか?西園寺さん」 
「良いんじゃねえの?島田の奴は楽しそうだし」 
 そう言うと要はサングラスを額に載せて歩き出した。
「要ちゃん達!到着!」 
 スクール水着姿のシャムが叫ぶ。誠は何度見ても彼女が小学生低学年ではないことが不思議に思えて仕方なかった。
「肉あるか?肉!」 
 いつも通りの姿に戻った要は、すばやくテーブルから箸をつかんで、すぐにアイシャが焼いている牛肉に向かって突進する。 
「みっともないわよ、要。誠ちゃん!お姉さんのところの焼きそば出来てるから……食べたら?」 
 アイシャにそう言われてテーブルの上の紙皿を取ると奥の鉄板の上で焦げないように脇にそばを移しているリアナの隣に立った。
「じゃんじゃん食べてね。まだ材料は一杯あるから」 
 いつものほんわかした笑みを浮かべながら誠の皿に焼きそばを盛り分ける。
「お姉さん、ピーマンは避けてやってください」 
 串焼きの肉にタレを塗りながら遠火であぶっているカウラがそう言った。
「神前君もピーマン苦手なの?」 
「ピーマン好きな奴にろくな奴はいねえからな!」 
 要の冗談がカウラを刺激する。
「西園寺。それは私へのあてつけか?」 
 カウラのその言葉に、要がいつもの挑発的な視線を飛ばす。
「誠ちゃん!お肉持ってきたわよ。食べる?」 
「はあ、どうも」 
 山盛りの肉を持ってきたアイシャ。誠はさっと目配りをする。その様子を要が当然のようににらみつけている。カウラは寒々とした視線を投げてくる。 
「そう言えば島田君達はどうしたの?」 
 そんな状況を変えてくれたリアナの一言に心の奥で感謝する誠。
「ああ、あいつ等なら荷物番してるぜ」 
 アイシャから皿を奪い取った要が肉を食べながらそう言った。
「もう食べごろなのに。誰か代わってあげられないの?もう用意できてるんだから」 
 春子がそう言うと、きれいにトレーの上に食材を並べた物を人数分作っていた。
「じゃあシャムが代わりに番してるよ!」 
「師匠!私も!」 
 シャムと小夏が元気に駆けていく。
「気楽だねえ、あいつは」 
 要はビールの缶を開けた。
「それがシャムちゃんの凄いところよ、ああこれおいしいわ」 
 つまみ食いをしながらリアナがそう言った。
「カウラ、その肉の塊よこせ!」 
 突然の要の言葉にめんどくさそうに振り向くカウラ。
「つまらないことを考えたんだろ?」 
 要の口元の下品な笑みを見てタレをつけながら焼いている肉の塊を遠ざけるカウラ。
「呼ばれました!」 
「アイシャ!ごめんねー。ちょっといろいろあって」 
 島田とサラが一番に飛び込んでくる。
「島田さん達、こっちにとってあるわよ」
 春子が鉄板の端にある肉と野菜の山を島田達に勧める。 
「女将さんすいません。ジュン君とエダ、これだって」 
 パーラがキムとエダにトレーを渡す。
「また焼きそば、入るわよ」 
「とうもろこし、焼けたよ」 
 対抗するようにリアナが焼きそばの具を炒め始め、健一はタレのたっぷり付いたとうもろこしを差し出す。
「アタシがもらう」 
 要は悠然と皿を抱えたままもう一方の手でとうもろこしを一本確保する。
「カウラ、代わろうか?」 
 とりあえずこの中では一番空気の読める隊員、パーラが肉の塊にかかりっきりのカウラに声をかけた。
「すまない。頼む」 
 そう言うとカウラはいつの間にか隣に立っていた菰田からビールを受け取った。
「菰田君、ちょっと健一君と代わってあげてよ」 
 カウラを見守るだけで何もしない菰田にリアナが声をかける。
「すいません!気がつかなくて」 
 菰田がとうもろこし担当になると、男性隊員がその周りを囲み、次々と焼けたとうもろこしをさらっていった。
「おい!キム!またタバスコか?」 
 肉に色が変わるほどタバスコをかけているキムを見て島田が突っ込む。
「良いだろ?俺が食うんだから」 
 そう言うと肉を口に放り込むキム。
「いい風ですね」 
 そんな隊員たちを見ながら誠はゆっくりと要の隣で焼きそばを食べていた。
「まあ年に一度のお祭りだな」 
「海に来るのは年に一度だが、お祭りは年中やってる気がするが」 
 リアナから渡された焼きそばの皿を手に、カウラが誠の隣に座った。
「まあな。どうせあれだろ?帰ったらあいつ等の歓迎会とかやるんだろうし」 
 網やまな板を洗っているレベッカを指差して要はそう言う。
「だろうな、シンプソン中尉!片付けは菰田達にやらせるから食べてくれ!」 
 明らかに作業に邪魔な胸を揺らしているレベッカを見ることに飽きたカウラはそう叫んだ。
「西園寺、せっかく仲間になるんだ。もう少し大人の対応は出来ないのか?」 
 レベッカの前をうろちょろしている要はカウラのその言葉を聴きながして、とうもろこしをかじっていた。
「そうだよねえ。要ったらずっとレベッカちゃんにつんつんして、あんなに怯えてるじゃない」 
 近くに立っていた誠の陰に隠れて様子を伺っているレベッカ。今にも泣き出しそうな表情でちらちらと要を覗き見ている。
「なんだよ、ありゃ。この商売舐められたら終わりだぜ。よくあんなのが勤まるもんだな」 
 レベッカの怯えた様子に逆に満足げにとうもろこしを食べ続ける要。
「要ちゃん!」 
 急にリアナの大きな声がしたので一同が焼きそばの鉄板に視線を移した。
「みんな人それぞれ、いいところもあれば悪いところもあるのよ!そんな胸くらいのことで新しく来てくれた人を差別しちゃだめでしょ!」 
 その言葉に、とうもろこしから口を離す要。リアナの『胸』と言うところでカウラが一瞬自分のことかと言うようにリアナを見つめる光景を見つけたアイシャは噴出しそうになるのを必死にこらえていた。
「お姉さんが言うことだ。済まなかったな」 
 素直に頭をたれる要に少し戸惑いながら誠の後ろからおずおずと顔を出すレベッカ。
「すいません、アタシなんかのために」 
 金髪の長い髪をなびかせながらあわせて頭を下げるレベッカ。
「でもさあ、なんかアメリカ人ぽく無いわよね、レベッカちゃん」 
 アイシャが焼きそばをすすりながらそう言った。
「私、戸籍はテキサスなんですが、生まれも育ちも長崎なのでよくそう言われます」 
 ぽつりぽつりと過去を語るレベッカ。誠はその時彼女の瞳に光るものを見つけた。
「良いじゃないですか。リアナ中佐。焼きそば取ってあげましょうよ」 
「そうね、レベッカちゃんは一番働いてたから、お肉大盛りにしてあげる」 
 リアナはそう言うと皿一杯に焼きそばを盛り付けてレベッカに渡した。
「ありがとうございます。麺類は大好きなんです」 
 そう言うとレベッカは慣れた調子で箸を使って焼きそばを食べ始めた。
「まあいいや。お姉さん、アタシにも頂戴」 
「ちょっと待っててね、要ちゃんにはたっぷり食べてもらうから」 
 そう言うと先に作っておいた野菜炒めに麺を乗せてかき混ぜるリアナ。
「そう言えば神前曹長の機体のカラーリング。有名ですよ、合衆国でも」 
 そのレベッカの言葉に一同が凍りつく。明らかに予想していたと言うように要のタレ目がじっと誠に向けて固定された。
「本当ですか?それは良かった」
 とりあえずの返事。そう割り切って誠は照れながらそう答えた。 
「良い訳ねえだろ!馬鹿野郎!テメエの痛い機体が笑われてるだけだろうが!」 
 そんな誠の後頭部を軽く小突く要。誠は頭をさすりながらレベッカの輝く青い瞳に戸惑っていた。
「誠君大人気じゃないの。レベッカさん、ああ言うの好き?」 
「かわいい絵ですよね。漫画とか結構読んでたので好きですよ」 
 その言葉を聴いた瞬間に目の色が変わるアイシャ。
「じゃあアニ研新入部員に決定ね」 
 アイシャはそう言うと端末に手を伸ばした。
「レベッカ、悪いことは言わねえ、その腐った女から離れた方がいいぞ」 
「失礼ねえ、同好の士を迎えて歓迎しているだけよ。どこかのアル中みたいに力任せにぶん殴るしかとりえが無いわけじゃないのよ」 
「簀巻きにして魚の餌になりてえみたいだな」 
 要はにらみつけ、アイシャは口元に笑みを浮かべる。鉄板を叩きつける音が響いた。全員が振り返るとこてを焼きそばを載せた鉄板に叩きつけたリアナの姿があった。要達はさすがにこれ以上リアナの機嫌を損ねないようにと、少し離れてビールを飲み始めた。誠は缶ビールを飲みながら焼きそばを食べ終え、健一からとうもろこしをもらって食べ始める。
「菰田、串焼きはどうなってる?」 
「もう大丈夫でしょう。西園寺さん、食べます?」 
 さすがに暑いのか、菰田が汗を拭いながらひたすら串を回転させている。
「いや、これはシャムが好きそうだなって。誠、シャム達と代わってやろうぜ」 
 誠の肩をつかむと、要はそのまま歩き始めた。
「おい、西園寺!」 
「カウラちゃん良いじゃないの。それに今回の旅行では要ちゃんには結構無理言った事もあるし」 
 アイシャは悠然とビールを飲んでいた。
「あの串焼き。ナンバルゲニア中尉用ですか?」 
 手を引いて先頭を歩く要に尋ねる誠。
「分かってきたじゃねえか。あのチビ、ちっこい癖に食い意地は人一倍だからな」 
 要はそう言うと手を振るスクール水着の少女と少女らしきものに手を振った。
「要ちゃん!遅いよ!」 
 相変わらずシャムは黄色いスイムキャップを被りなおして。何度見ても誠には小学生に見えた。
「交代だ。とっとと食って来い!」 
「了解!」 
 シャムと小夏はすばやく立ち上がって敬礼すると、そのままリアナ達の下へと急いだ。
「さて、腹は膨らんだし、海でも見ながらのんびりするか」 
 そう言うと要はまたパラソルの下で横になった。誠はその横に座った。海からの風は心地よく頬を通り過ぎていく。要の横顔。サングラス越しだが、満足げに海を見つめていた。
「じろじろ見るなよ、恥ずかしい」 
 らしくも無い言葉をつぶやいてうつむく要。誠は仕方なく目をそらすと目の前の浜辺ではしゃぐ別のグループの姿を見ていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 14

「酷いよー!要ちゃん」 
 着替えて来た誠。彼がパラソルの下で海を見ている要達のところで目にしたのは、首から下を砂に埋められてわめいているシャムと小夏の姿だった。
「西園寺さんあれはちょっと……」 
 誠は頭を掻きながら首を振って助けを求めている二人を指差す。
「なにか?誠。お前が代わるか?」 
 そう言うとにやりと笑ってサングラスを下ろす要。誠は照れ笑いを浮かべながら視線を波打ち際に転じる。自分でも地味とわかるトランクスの水着を要が一瞥して舌打ちをするのが非常にシュールだった。島田、サラ、パーラ、キム、エダ。波打ち際で海水を掛け合うといういかにもほほえましい光景が展開している。
「そういえば他の面子は……」 
「カウラが先頭になって……ほら、沖のここからも見えるブイがあるだろ?」
 要が沖合いを指差す。誠は目を凝らした。 
「もしかしてあそこまで泳いでるんですか?」 
 確かに視線の先に赤いブイが浮いている。三百メートルは離れていることだろう。
「でもよくアイシャさんが付き合いましたね」
 そんな誠の言葉に首を横に振る要。 
「ああ、アイシャなら女将とお姉さん夫妻、それにあのレベッカとかいう奴と一緒に昼飯の準備してるよ」 
「なるほど」 
 いかにもアイシャらしいと相打ちを打つ誠はぼんやり波打ち際で戯れる島田達を見ていた。
「誠ちゃん助けてー」 
 またシャムが叫ぶ。隣の小夏は顔色が変わり始めているが、意地でも要には助けを求めまいと頬を膨らませて黙り込んでいる。
「西園寺さん、いくらなんでも……」
 確かに要を怒らせるとどうなるかと言う見本には違いなかったが、小夏の変わっていく顔を見ていると誠も二人を解放するようにと頼みたい気持ちになってきた。 
「そうだな。ここでいつまでも見られてちゃたまらねえや。誠、そこにスコップあるから掘り出してやれ」 
 そこにはどう考えてもこのことをする予定で持ってきたとしか思えない大きなスコップが立てかけてある。誠はとりあえず小夏から掘り出しにかかる。
「兄貴、すまねえ」 
 小夏はそう言いながらもぞもぞと動いて砂から出ようとする。
「苦しくない?」 
 かなり徹底して踏み固められている砂の様子を見て誠が話しかけた。
「余裕っすよ」 
 砂で押しつぶされていた血管が生気を取り戻していく。そして膝まで掘り進んだところでふらふらと砂の中から立ち上がる小夏。
「ジャリ。強がっても何にもならねえぞ」 
 サングラスをかけて日向で横になっている要がつぶやく。
「早くこっちもお願い!」 
 隣のシャムが叫んでいる。仕方なく小夏が寄りかかっていたスコップを手に取る誠。
「じゃあ行きますよ」 
 誠はそう言うとシャムを掘り出し始めた。明らかに小夏よりは元気だが圧迫されて血流が悪いようで顔色が悪い。それでも頬を膨らませてシャムは要をにらみつけている。
「どうだ?気分は」 
 にやけた笑いを浮かべてその様子を眺める要。
「苦しい……苦しいよう」 
 シャムはわざとらしくそう言う。明らかに顔色が変わりかけてまた砂の上に座り込んでしまった小夏に比べればシャムはかなり元気に見えた。
「師匠!もう少しですよ」 
 そう言いながら座ったまま応援する小夏。ぎらぎらと夏の日差しが日差しが照りつけている。海に来て最初にしたことが穴掘りとは……そう思いながらも掘り続ける誠。
「大丈夫!あとは……」 
 膝の辺りまで掘り進んだところでシャムが砂から飛び出す。そして手にした砂の玉を要に投げつけた。
「何しやがる!」 
 そう言って飛び起きる要。それを見るとシャムと小夏は浮き輪をつかんで海のほうに駆け出した。
「あの馬鹿、いつかシメる」 
 そう言うと再び砂浜に横になる要。
「いい日和ですねえ」 
 誠は空を見上げた。どこまでも空は澄み切っている。
「日ごろの行いがいい証拠だろ?」 
「お前が言える台詞ではないな」 
 誠が振り向くと緑の髪から海水を滴らせて立っているカウラがいた。
「お疲れ様です、カウラさん」 
 沖に浮かぶブイを眺めてもう一度カウラを見上げる。息を切らすわけでもなく平然と誠を見つめているカウラ。
「ああ、どいつも日ごろの鍛錬が甘いというところか」 
 そう言うと再び沖を振り返る。潮は引き潮。海水浴客の向こうに点々と人間の頭が浮かんでいる。その見覚えのある顔は整備班や警備部の面々のものだった。
「凄いですね、カウラさん」 
 正直な気持ちを誠は口にした。
「ただあいつ等がたるんでいるだけだ。それじゃあちょっとお姉さん達を手伝ってくる」 
 そう言うとカウラはそのままパラソルを出て行く。
「嘘付け!どうせつまみ食いにでも行くんだろ?」 
 要は口元をゆがめてカウラを追い出すように叫んだ。
「要さんは……」 
『泳げるんですか?』と言いかけて止まる誠。
 要は子供の頃の祖父を狙った爆弾テロで、脊髄と脳以外はほとんどが有機機械や有機デバイスで出来たサイボーグである。当然のことながら水に浮かぶはずも無い。
「なんだ?アタシは荷物を見てるから泳いできたらどうだ」 
 海を眺めながら要は寝そべったままだった。
 誠はなんとなくその場を離れることが出来なくて、要の隣に座った。
「せっかく来たんだ。それにカウラの奴の提案だろ?アタシのことは気にするなよ」 
 その言葉に要の方を見つめた誠。満足げに海を眺めている要。
「なんか変なこと言ってるか?」 
 すこし頬を赤らめながら要はサングラスをかけ直す。誠はそのまま視線を要が見つめている海に移した。島田達はビーチボールでバレーボールの真似事をしている。シャムと小夏は浮き輪につかまって波の間をさまよっている。
 ようやく菰田が砂浜にたどり着いた。精も根も尽き果てたと言うように波打ち際に倒れこむ。そしてそれに続いた連中も浜辺にたどり着くと同時に倒れこんでいた。
「平和だねえ」 
 要はそう言うとタバコを取り出した。
「ちょっとそれは……」 
 周りの目を気にする誠だが、要にそんなことが通じるわけも無い。
「ちゃんと携帯灰皿持ってるよ、叔父貴じゃあるまいし投げ捨てたりしねえ」 
 そう言ってタバコを吸い始める要。空をカモメが舞っている。 
「なんだかいいですねえ」 
 そう言って要の顔を見た誠だが、サングラス越しにも少し目つきが鋭くなったような気がした。戦闘中の要の独特な気配がにじみ出ている。
「おい、誠。お姉さんとカウラとアイシャ呼んで来い、仕事の話だ」 
 真剣なその言葉に、誠は起き上がった。
「どうしたんです?」 
 要の表情で彼女の脳に直結した通信システムが起動していることがすぐにわかる。
「公安が動いた。そう言えば分かる」 
 要のその言葉に砂浜の切れかけたところにあるバーベキュー施設に向かい走る誠。保安隊で『公安』と言えば安城秀美(あんじょうひでみ)局長貴下の遼州同盟司法機関特務実働部隊のことだ。要はやり口の残忍さで公安配属になるところを保安隊勤務となったと言う話だが、ネットワークリンクしている有機コンピュータの脳のおかげで、公安や所轄からの情報を常にリアルタイムで知ることが出来る状況にある。
 誠は人を避けながら走って水場で野菜の下ごしらえをしているリアナの姿が目に入った。
「すいません!」 
「あら、神前君。どうしたの?」 
 半分ほど切り終わったたまねぎを前に、リアナが振り返る。
「あわててるわね。水でも飲む?」 
 アイシャはそう言うとコップに水を汲んで誠の差し出した。一息にそれを飲むと誠は汗を拭った。カウラは健一とコンロの火をおこしている。
「西園寺さんが呼んでます。公安が動いたそうです」 
 その言葉に緊張が走る。
「端末は荷物置き場にあったわね。アイシャちゃん、カウラちゃん。行くわよ」 
 リアナの声で木炭をダンボールで煽っていたカウラが向かってくる。アイシャも真剣な顔をして作業を見守っていたレベッカに仕事を押し付けて歩いてきた。
「因果な商売ね。こんな日でも仕事のことが頭を離れないなんて」 
 リアナはそう言うと早足で要の寝ている場所に向かった。
 要の所に戻ると、すでに携帯端末を起動させて画面を眺めている要がいた。
「要ちゃん、説明を」 
 普段のぽわぽわした声でなく、緊張感のある声でリアナが促す。
「特別捜査ですよ。令状は同盟機構法務局長から出てます。相手は東方開発公社、現在、所轄と合同で捜査員を派遣。家宅捜索を行っています」 
 画面には官庁の合同庁舎のワンフロアー一杯にダンボールを抱えた捜査員が行き来している様が映されている。
「あそこは東和の国策アステロイドベルト開発会社だったわね。たしかに近藤資金との関係はない方が逆に不自然よ」 
 なぜかするめを口にくわえているアイシャが口を挟む。
「でも、いまさら何か見つかるんでしょうか?もう一ヶ月ですよあの事件から。公社の幹部だって無能じゃないでしょ。証拠を消すくらい……」 
 自分でも素人考えだと思いながら口を挟むが誰一人相手にしてはくれない。
「証拠をつかんでどうするんだ?」 
 誠の言葉に冷たく言い放つ要。
「それは、正式な手続きを経て裁判を……」 
 そこで要の目の色が鋭いリアリストの目へと変わる。
「それが事実上不可能な人物がリストに名を連ねてたらどうする?」 
 厳しく見えるがその目は笑っていた。要は明らかに状況を楽しんでいる。要の言うことは正しいだろう。近藤資金が非合法の利潤だけで維持されていると考えるには、胡州で今も続いている政治家、軍人の逮捕のニュースを聞いていても無理があった。その資金の多くが稼ぎ出された東和でも同じことが起きても不思議ではない。
 帝政と非民主的といわれるほどの治安機関による情報統制と軍による統治機能を持っている胡州だからこそ出来る大粛清の嵐に比べ、東和には主要な有力者すべてを逮捕して政治的混乱を引き起こすことを許す土壌は無かった。
「まあ安城さんは捜索の付き添いみたいな感じだからうちが介入する問題ではなさそうと言うことかしら」 
 リアナは画面を見ながらそう言った。しかし要は画面から目を離そうとしない。 
「要ちゃん。仕事熱心すぎるのも考え物よ」 
 軽くリアナが要の肩を叩く。そしてゆっくりと立ち上がり伸びをしながら白い髪をなびかせている。
「菰田君達も集まったことだし、お昼の準備みんなでしましょうね!」 
 砂浜でひっくり返ってる菰田達が、リアナのその言葉でゆっくりと起き上がる。
「じゃあ荷物番は神前君と要ちゃんで」 
 そう言うとリアナは後ろ髪を惹かれるようにまなざしを投げてくるアイシャをつれて、バーベキュー場に向かう。
「それにしても、今更」 
「誠、お姉さんも言ってたろ?こりゃあうちの出番じゃねえよ。それにこれで終わりとは思えないしな。その時までお偉いさんには自分が逮捕されても混乱が生じないように後進の指導にでも集中してもらおうや」 
 そう言うと要は再びタバコに火をつけた。

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テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 13

「んだ。暑いなあ。やっぱ島田辺りに押しつけりゃ良かったかな」 
 焼けたアスファルトを歩きながら要は独り言を繰り返す。海からの風もさすがに慣れてしまえばコンビニの空調の効いた世界とは別のものだった。代謝機能が人間のそれとあまり無い型の義体を使用している要も暑さに参っているように見えた。
「やっぱり僕が持ちましょうか?」 
 気を利かせた誠だが要は首を横に振る。
「言い出したのはアタシだ、もうすぐだから持ってくよ」 
 重さよりも汗を拭えないことが誠にとっては苦痛だった。容赦なく額を流れる汗は目に入り込み、視界をぼやけさせる。
「ちょっと休憩」 
 要がそう言って抱えていたビールの箱を置いた。付き従うようにその横に箱を置いた誠はズボンからハンカチを取り出して汗を拭うが、あっという間にハンカチは絞れるほどに汗を吸い取った。
「遅いよ!二人とも!」 
 呆然と二人して休んでいたところに現れたのはピンク色のワンピースの水着姿のサラ、紫の際どいビキニのパーラ、そしてなぜか胸を誇張するような白地に赤いラインの入った大胆な水着を着たレベッカまでがそこにいた。要はレベッカの存在に気づくとサングラス越しに舐めるようにその全身を眺める。
「おい、サラ。なんでこいつがいるんだ?」 
 不機嫌に指を刺す要。その敵意がむき出しの言葉に思わずレベッカが後ずさる。
「そんな言い方無いじゃないの!ねえ!」 
 サラは口を尖らせて抗議する。レベッカはにらみつけたままの要に恐れをなしてパーラの後ろに隠れた。
「おいサラ。それ持っていけ。アタシも着替えるわ」 
 そう言うとそのまま四人を置いて歩き出す要。ビールの缶が入ったダンボールが三箱。それを見つめた後去っていく要に目を向けるサラ。
「そんなの聞いてないよ!」 
 彼女は絶望したように叫ぶが軽く手を振って振り向くことも無く歩いていく要。
「僕が二つ持ちますから、あと一箱は……」 
「いいのよ神前君。あなたも着替えてらっしゃいよ。レベッカさん。荷物置き場まで誠君を案内してもらえるかしら」 
 パーラのその言葉にようやく誠の前に出てきたレベッカ。肩からタオルでごまかしているものの、どうしても誠の視線はその胸に行った。
「じゃあ神前君。こっちです」 
 案内すると言うにはか細すぎる声で誠の前を行くレベッカ。
「シンプソン中尉……」 
 誠が声をかけるとビクンと震えてから振り返る。おどおどしていた彼女もとりあえず要ほどは怖さを感じないのかようやく普通の表情に戻って誠を見上げてきた。
「あの……レベッカの方が呼ばれなれてるから……」 
 相変わらず消え入りそうな声で答えるレベッカ。
「じゃあレベッカさん。技術章を付けてらしたと言うことは、配属は技術部ですか?」 
 誠の言葉にようやくレベッカは安心したような表情を浮かべた。
「ええ、M10の運用経験者は保安隊にはいらっしゃらないそうですから私が担当することになります」 
 それでも声は相変わらず小声でささやくように話すのは彼女の癖のようだった。
「じゃあ島田先輩とかの上司になるんですか?」 
「島田さんは先任士官ですから、階級は私の方が上ですが私は副班長を拝命することになります」 
 相変わらずレベッカの声は波の音に消え去りそうになるほど小さい。二人して彼女は堤防の階段を登るとそこでは菰田と島田が怒鳴りあっている光景が目に飛び込んできた。
「うるせえ!魔法使い!そんなだから彼女も出来ねえんだよ!」 
 島田が菰田に吐き捨てたタンカ。
「馬鹿野郎!俺はまだ30超えてねえんだ!」 
「あと四年だろ?」 
 島田が優勢に口げんかを続ける。二人が犬猿の仲だと分かっている部隊員達は静かに動静を見守っている。
「誠君。はい、このバッグでしょ?」 
 笑いながら小夏の母、家村春子が誠にバッグを手渡した。
「大丈夫ですか?あの二人」 
 誠はやんやと煽り立てる隊員達を見守っているただ一人冷静そうな春子に尋ねた。背中にこの喧嘩に怯えて誠にしがみついているレベッカの胸が当たる。
「大丈夫よ。二人とも手を出したらカウラさんとリアナさんにしめられるの分かってるから。どうせ口だけよ」 
 春子は落ち着いていた。東都の暴力団の幹部の愛人だったと言う過去のある彼女から見れば、島田と菰田の言い争いなど子供の喧嘩にしか見えないんだろう。誠はそう思いながらバッグを抱えて近くにあった海の家へと歩き始めた。
 そこでもまだレベッカは島田達の怒鳴りあいにおびえているように左腕にしがみついていた。
「あのー」 
 立ち止まって振り向く誠。
「はい?」 
 レベッカが不思議そうに答える。
「これから着替えるんで、一人にしてもらえますか?」 
 自分の手と誠の顔を何度か見やったあと、顔を赤くして手を離すレベッカ。
「すいません!それでは!」 
 慌てふためくように戻っていく。
「神前君!」 
 名前を呼ばれて振り向けば、そこにはカキ氷を食べているリアナの姿があった。隣では健一がリアナと同じ苺金時を、カウラはメロン、アイシャはブルーハワイを食べていた。
「見てました?」 
「人気者だな」 
「これなんてエロゲ?」 
 カウラ、アイシャは冷たく誠を一瞥すると、カキ氷を食べ続ける。
「違うんです!」 
 叫ぶ誠。
『何が?』 
 夫婦でシンクロして誠を見つめてくる鈴木夫妻。
「言い訳はいい」 
 冷静に答えるカウラ。こめかみの辺りに青い筋が浮かんでいてもおかしくないような形相だった。 
「誠ちゃんはこれからフラグクラッシャーと呼びましょうよ」 
 明るく話す分だけ恐ろしさが増すアイシャ。 
「だから!」 
「だからなんだよ」 
 背中からの声に誠が振り向くとその先には誠が選んだことになっているきわどい水着を着た要が立っていた。
「西園寺さん、いつからいました?」 
 自分で言葉を確かめながら誠が言葉を発する。額を走る汗は暑さがもたらすものでは無かった。
「オメエがあのおっぱいお化けと腕組んで歩いてる所くらいからか」 
 視線をカウラ達に投げる誠。四人とも誠がそこにいることを無視してカキ氷を食べている。
「怒ってますか?」 
 誠は恐る恐るたずねる。
「いや、別に怒る必要のあることなのか?所詮お前はアタシの部下の一人に過ぎないし」 
 明らかに感情のこもっていない言葉。そんな要を見つめる誠は手のひらに汗がにじんでくるのを感じていた。
「言っちゃったー。ご愁傷様ねえ誠ちゃん」 
 わざと誠達に聞こえるように話すアイシャ。要がそのまま無視して誠から離れようとしたところで、突然誠の視界から要が消えた。
「スーパーキックだ!見たか!悪者め!」 
 代わってそこにはシャムがいた。誠が視線を落とすと、顔面から砂に突っ込んだ要の姿が見える。
「外道!参ったか!」 
 小夏の叫び声。しかし、誠にとってはシャムと小夏の着ている水着が衝撃的であった。
「シャム先輩。その水着は……」 
 思考停止。予想はしていたが二人を見て誠の頭は完全に止まっていた。
「そう!海と言えば、スクール水着!当然胸には白い名前コーナーをつけて、当然黄色いキャップは忘れずに!」 
 そう言って倒れている要の上で胸を張るポーズのシャム。
「神前の兄貴!アタシもおそろいですよ!」 
 元気に言葉を引き継ぐ小夏。
『3-2 なんばるげにあ』、『2-3 家村』。胸に踊る手書きのネーム。
「やっぱりシャム先輩が年上の設定なんですね」 
 あきれ果てていた誠だが、とりあえずそう言ってみる。
「違うよ!誠ちゃん。アタシは小学生の……」 
 シャムの姿がまた消えた。そこに立っていたのは砂にまみれた要だった。
「いつまで乗ってんだ!このアホ餓鬼が!」 
 跳ね飛ばされたシャムだが、受身を取ってすばやく体勢を整える。要は顔から胸にかけて付いた砂を払いながら、シャムをにらみつけた。
「人に砂浜とキスさせたんだ!ただで帰れると思うなよ」 
 そう言って指を鳴らしてじりじりとシャム達に歩み寄る要。
「師匠!どうしましょう。外道はまだ健在ですよ」 
「そう言う時はね!小夏」 
 シャムは浮き輪を手にじっと要と相対する。
「逃げるのよ!」 
 ちょこまかと人ごみの中に逃げ込んでいく二人。
「待てよ!こら!」 
 条件反射のようにそれを追い始める要。誠は胸をなでおろすと、海の家の更衣室に向かった。

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テーマ : SF小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 12

 誠は一人、和室の布団から起き上がった。つぶれはしなかったものの、地下のバーで何があったのか、はっきりとは覚えていない。要にはスコッチなどの蒸留酒を多く勧められたせいか、頭痛は無い、二日酔いの胃もたれも無いがなぜかすっぽりと記憶だけが抜け落ちていた。
「起きやがったな」 
 髭剃りを頬に当てている島田が目をつける。隣のキムも少し困惑したような顔をしていた。
「何か?」 
 誠はその島田の複雑そうな表情に嫌な予感しかしなかった。
「何かじゃねえよ!人が寝ているところドカドカ扉ぶっ叩きやがって!お前、酒禁止な」 
 島田は指をさして怒鳴りつける。キムも頷きながら誠をにらんでいる。
「島田先輩ー!」 
 取り付く島の無い島田を見送ると、誠はバッグを開けて着替えを出し始めた。
「あのなあ、あの怖え姉ちゃんと何してたかは詮索せんが、もう少し酒の飲み方考えたほうがいいんじゃないか?」 
 準備が終わったキムが苦笑いを浮かべている。
「そうは思うんですけど……」 
「無駄無駄!そんなに簡単に出来ないって」 
 島田は髭剃りを置いてベッドに腰掛ける。誠はシャツを着ながら昨日のことを思い出そうとするがまるで無駄な話だった。
「じゃあ次は僕が」 
 誠も髭剃りを持って鏡に向かう。島田は立ち上がった誠の肩を叩いて呟く。
「まあ、あれだ。あの席にいて西園寺さんを切れさせなかったのは褒めとくよ」 
 言うだけ言ってさっぱりしたのか、島田はそう言うと新聞を読み始めた。
「そうだな。傍から見ててもあれは針のむしろって感じだったからなあ」 
 うなづきながらキムが髪を撫で付けている。褒められているのかけなされているのか良くわからないまま誠は髭を剃り続けた。
「それにしてもいい天気だねえ」 
 新聞を手にしながら振り返った島田の後ろの大きな窓。水平線と雲ひとつ無い空が広がっていた。
「まあなんだ。今日はとりあえず馬鹿の菰田を徹底的に叩きのめすと言うことで行きますか?」 
 島田がそう言うと読みかけの新聞を投げ捨てた。キムもにんまりと笑っている。髭を剃り終わった誠は頭をセットにかかる。
「神前、腹減ったから俺達先に行くぞ」 
 そう言って立ち上がる島田とキム。誠は振り返って二人の後姿に目を向ける。
「すいません、先に行っててください」 
 そう言いながら二人を見送り、誠はジーンズを履いた。扉が閉まってオートロックがかかる。
「ちょっとは待っていてくれてもいいんじゃ……」 
 とりあえずズボンをはきポロシャツに袖を通す。確かに絶好の海水浴日和である。誠はしばらく呆然と外の景色を眺めていた。
 島田達を追いかけようと誠がドアに向かうその時、ドアをノックする音が聞こえた。ベルボーイか何かだろう。そう思いながら誠はそのまま扉を開いた。
「よう!」 
 要が立っている。いかにも当たり前とでも言うように。昨日のバーで見たようなどこかやさぐれたいつも通りの要。
「西園寺さん?」 
 視線がつい派手なアロハシャツの大きく開いた胸のほうに向かう。
「何だ?アタシじゃまずいのか?」 
 いつもの難癖をつけるような感じで誠をにらみつけてくる。気まぐれな彼女らしい態度に誠の顔にはつい笑顔が出ていた。
「別にそう言うわけじゃあ無いんですけど……」 
 誠は廊下へ出て周りを見渡した。同部屋のアイシャやカウラの姿は見えない。
「西園寺さんだけですか?」 
 明らかにその言葉に不機嫌になる要。
「テメエ、アタシはカウラやアイシャのおまけじゃねえよ。連中は先に上で朝飯食ってるはずだ。アタシ等も行くぞ」 
 そう言うと要は振り向きもせずにエレベータルームに歩き出す。仕方なく誠も彼女に続く。廊下から見えるホテルの中庭。はるか先には山々が見える。保安隊の本部が置かれている豊川の街はあの山の向こうだ。そんなことを考えながら黙って歩き続ける要の後ろををついていく。
「昨日はすいません」 
 きっと何かとんでもないことでもしている可能性がある。そう思ってとりあえず誠は謝ることにした。
「は?」 
 振り返って立ち止まった要の顔は誠の言いたいことが理解できないと言うような表情だった。
「きっと飲みすぎて何か……」
 そこまで誠が言うと要は静かに笑いを浮かべていた。そして首を横に振りながら誠の左肩に手を乗せる。 
「意外としっかりアタシの部屋まで送ってくれてただろ?もしかして、記憶飛んでるか?」 
 エレベータが到着する。要は誠の顔を見つめている。こう言う時に笑顔でも浮かべてくれれば気が楽になるのだが、要にはそんな芸当を期待できない。
「ええ、島田先輩達が言うにはかなりぶっ飛んでたみたいで……」 
「ふうん……そうか……」 
 要が珍しく落ち込んだような顔をした。とりあえず彼女の前ではそれほど粗相をしていなかったことが分かりほっとする誠。だが明らかに要は誠の記憶が飛んでいたことが残念だと言うように静かにうなだれる。
「まあ、いいか」 
 自分に言い聞かせるように一人つぶやく要。扉が開き、落ち着いた趣のある廊下が広がっている。要は知り尽くしているようにそのまま廊下を早足で歩いた。
 観葉植物越しにレストランらしい部屋が目に入ってきた。要はボーイに軽く手を上げてそのまま誠を引き連れて、日本庭園が広がる窓際のテーブルに向かった。
「あー!要ちゃん、誠君と一緒に来てるー!」 
 甲高い叫び声。その先にはデザートのメロンの皿を手に持ったシャムがいた。
「騒ぐな!バーカ!」 
 要がやり返す。隣のテーブルで味噌汁をすすっていたカウラとアイシャは、二人が一緒に入ってきたのが信じられないと言った調子で口を中途半端に広げながら見つめてきた。
「そこの二人!アタシがこいつを連れてるとなんか不都合でもあるのか?」 
 要がそう叫ぶと、二人はゆっくりと首を横に振った。誠は窓際の席を占領した要の正面に座らざるを得なくなった。
「なるほどねえ、アサリの味噌汁とアジの干物。まるっきり親父の趣味じゃねえか」 
 メニュー表を手にとって西園寺がつぶやく。
「旨いわよここのアジ。さすが西園寺大公家のご用達のホテルよね」 
 そう言って味噌汁の中のアサリの身を探すアイシャ。カウラは黙って味付け海苔でご飯を包んで口に運んでいる。二人をチラッと眺めた後、誠は外の景色を見た。
 日本庭園の向こう側に広がるのは東和海。その数千キロ先には地球圏や遼州各国の利権が入り乱れ内戦が続いているべルルカン大陸がある。
「なに見てるんだ?」 
 ウェイターが運んできた朝食を受け取りながら、要はそう切り出した。
「いえ、ちょっと気になることがあって」 
「なんだ?」 
 要は早速、アジの干物にしょうゆをたらしながら尋ねる。
「第四小隊のことですけど」 
 その言葉に要は目も向けずに頷いて見せた。
「ああ、知ってるよ。アメちゃんが仕切るんだろ?それがどうかしたか?」 
 どうでもいいことのように要はあっさりとそう言った後、味噌汁の椀を取ってすすり込んだ。
「でもなんでですか?隊長はアメリカじゃあ凶悪テロリスト扱いされているって……」 
 そんな誠の言葉に正面切って呆れ果てたと言う表情を浮かべる要。その視線に誠は言うんじゃなかったというような後悔の念にとらわれた。
「単純だねえ。確かに遼南内戦で叔父貴がアメちゃんとガチでやりあったのは有名な話だ。当時は目が飛び出すような賞金賭けて叔父貴のこと追いまわしてたけどな」 
 要はそう言うと今度は茶碗を手に取り、タクワンをおかずに白米を口に運ぶ。
「状況はいつでも変わる。叔父貴が6月クーデターで遼南の実権を掌握してから最初に手をつけたのはアメリカとの関係改善だ。在位中に3度、つまり一年に一回はアメリカを訪問している。向こうだって下手に出ている相手を無碍にすることは出来ねえ。昨日の敵は今日の友。アタシ等兵隊さんの業界じゃよくあることさ」 
 そう言うと要はようやく本命のアジをつつき始めた。
「それよりそんな話切り出すなんて……会ったのか?アメリカの兵隊さんにでも」 
 里芋の煮物を器用につかんで口に放り込みながら要が不思議そうな目で誠を見る。
「昨日、風呂場で会いました」 
 誠のその言葉に、隣のテーブルのアイシャが突然噴出した。
「なんでオメエが噴出すんだよ!」 
 変わらない目つきで今度はアイシャを見つめる要。アイシャは慌てて立てかけてあったペーパータオルを何枚も取り出してテーブルの掃除を始める。
「腐った脳みそが動き出したんだろ」 
 淡々とメロンを食べ続けるカウラ。その表情はいつものメロン好きな彼女らしい至福のひと時のように見えた。
「カウラ、知ってんだな、第四小隊の面子」 
 ようやく理解したと言うように要がカウラに話題を振る。
「おとといの部隊長会議で書類には目を通した。小隊長として当然の職務だ」 
 それだけ言うと、なぜか慎重にメロンをスプーンですくう。
「なんだよ、アタシだけのけ者か?」 
 すねたように外の庭園に視界を移す要。
「あの誠ちゃん……」 
 テーブルの掃除を済ませたアイシャの目つき。何を期待しているのかは良くわかった。
「すいませんアイシャさん。お望みの展開にはなっていないので」 
 アイシャが目を輝かせて見つめてきたので、つい誠はそんなことを口走っていた。彼女の思惑通りにロナルドとくんずほぐれつになって見せてやるほど誠はお人よしではない。
「まあ、誠ちゃんはシャイだから。そのうち目くるめく男同士の……」 
「遠慮します!」 
 さすがにこれが限界だったので、語気を荒げてそう言うと誠は味噌汁を口の中に流し込んだ。
「でも男同士で裸だったら……」 
「しつけえんだよ、腐れアマ!本人が違うって言ってるんだからそれで良いじゃねえか!」 
 さすがに癇に障ったように、要がアイシャをにらみつけた。口の中でもぞもぞ言葉を飲み込みながら、アイシャはメロンの皿をカウラに渡した。
「いいのか?」 
 嬉しそうでありながら信用できないと言うように複雑な表情を浮かべているカウラ。
「カウラちゃん、メロン好きそうだからあげるわ。怖い『山犬』が怒ってるから噛まれないうちに準備してくるわね」 
 そう言うとアイシャは食事を終えて入り口で手を振っていたシャムやサラ、そして島田達に向かって歩いて行った。
「ここの露天風呂を使ってたということは、ここに泊まっているはずだが、それらしいのは居ねえな」 
 周りを見渡し、納得したように今度は煮物のにんじんを箸で口に運ぶ要。
「別館なら完全洋式でルームサービスが出るだろ。そちらに泊まっているんじゃないのか」 
 カウラはそう言うとアイシャの残していったメロンをまたゆっくりと楽しむように味わっている。
「そう考えたほうが自然ですね」 
 誠がそう言うと、目の前に恨みがましい目で誠を見つめている要の姿があった。
「誠!テメエ、カウラの話だとすぐ同意するんだな」 
 まるで子供の反応だ。そう思いながらも要の機嫌を取り繕わなくてはと誠は首を振った。
「そんなこと無いですよ……」 
 助けを求めるようにカウラを見たが、メロンを食べることに集中しているカウラにその思いは届かなかった。誠は空気が自分に不利と考えて鯵の干物を口に突っ込んで味噌汁で流し込んだ。
 要は相変わらず不機嫌そうで言葉も無い。そんな沈黙の中、黙々と食事を続ける誠。
「ああ、私も先に行くぞ」 
 ゆっくりと味わうようにメロンを食べ終えたカウラが立ち上がる。要は顔を向けることも無く茶碗からご飯をかきこむ。誠はと言えばとりあえずメロンにかぶりつきながら同情するような視線のカウラに頭を下げた。
「やっぱりカウラの言うことは聞くんだな」 
 完全にへそを曲げた要。こうなったら彼女は何を言っても無駄だとわかっている。誠はたっぷりと皮に果肉を残したまま味わうことも出来ずにメロンを食べきって立ち上がる。
「薄情物」 
 去り行く誠に一言要がそう言った。誠も気にしてはいたが要の機嫌をとるのは無理だと思ってそのままエレベータコーナーまで黙って歩いていった。
 そして部屋に戻った誠は荷物を片付ける仕事があった。すでにキムは荷物の片づけを終えて、景色を見るべくベランダにいた。島田は入り口のそばで屈伸をしている。
「早くしろよー!」 
 サングラスをかけた島田が上目遣いに誠をにらむ。誠はそそくさと隣の和室に入ると、かけてあった儀礼服をバックに突っ込んだ。
「それだけか?荷物」 
「ええ、とりあえず一泊ですから」 
 そう言うとジッパーを閉めてバッグを小脇に抱えた。大型のリュックを背負って島田が立ち上がる。
「おい!キム!行くぞ」 
 ガラスをたたいて島田がキムを呼んだ。赤とオレンジが基調の派手なアロハを着たキムがガラスを開けて自分の旅行かばんを指差した。
「暑いなあ、さすがに。ビールでも飲みたい気分だな」 
「止してくれよ。お前、帰りの運転手じゃねえか」 
 島田はそう言うとキムにバッグを渡す。
「それにしてもいい天気だな」 
 誠は島田の言葉に釣られて大きな窓に目を向けた。水平線ははっきりと靄もなく見える。そらの青はその上に広がり、太陽がそのすべてに等しく日差しを振りまいている。
「よしっと」 
 窓の前で再び屈伸をした島田。彼が履いているのはビーチサンダル。
「もしかしてプライベートビーチとかですか?」 
 ホテルの裏の、時期にしては閑散としているように見える浜辺を見た誠がつぶやく。
「いや、アイシャのおばさんが『プライベートビーチなど邪道だ!』とか言って隣の一般海水浴場に行くんだと」 
「誰がおばさんよ!誰が!」 
 いきなりドアが開いて胸だけを隠しているように見える大胆な格好をしたアイシャが怒鳴り込んできた。彼女はそのまま島田の耳をつまみ上げる。
「痛い!痛いですよ!鍵がかかってるでしょ?どうやって入ったんですか?」 
 島田がそう言う後ろから、一枚のカードを持った要が入ってくる。 
「一応、このホテルの名義はアタシだからな。当然マスターキーも持ってるわけだ」 
「聞いてないっすよ!」 
 島田の驚く顔を見て満足げに頷く要。涙目になりかけた島田を離したアイシャが誠の手をつかんで引っ張った。誠はとりあえず要の機嫌がよくなっていることに気づいてほっと胸を撫で下ろす。
「さあ先生!行きましょうね!」 
 紺色の長い髪をなびかせながら誠を引っ張って廊下に出るアイシャ。廊下には遠慮がちにアイシャの荷物を持たされている淡い緑色のキャミソールを着たカウラがやれやれと言ったように二人を眺めていた。
「んじゃー行くぞ!」 
 要が手を振ると皆はエレベータルームに向かった。
「西園寺さん。この絵、本物ですか?」 
 明らかにこの集団が通るにはふさわしくない瀟洒な廊下。そこにかけてある一枚の絵画。印象派、ということしか誠には分からない絵を指して要に尋ねた。要はまったく絵を見ることはしない。
「ああ、モネの睡蓮な。模写に決まってるだろ」 
「そうですよね」 
「本物は実家だ」 
 それだけ言って立ち去る要。あまりにも自然で当然のように振舞う要にただ呆然とする誠だった。
「本物持ってるの?要ちゃん」 
 思わずアイシャが突っ込む。要はめんどくさそうに額に乗っけていたサングラスを鼻にかける。
「親父が9歳誕生日にプレゼントだってくれたのがあるぜ。アタシは印象派は趣味じゃねえけどな」
 開いたエレベータの扉に入る。感心したように要を見つめるアイシャと島田。カウラは意味がわからないと言うように首をひねりながら誠を見つめている。
「さすがにお嬢様ねえ。昨日の格好も伊達じゃないってことね」 
 アイシャが独り言のようにつぶやくと、要は彼女をにらみつけた。
「怖い顔しないでよ。別に他意はないんだから」 
 笑ってごまかすアイシャ。島田は両手で計算をしている。誠にはつぶやいている内容からして、実物のモネの睡蓮の値段でも推理しているように見えた。扉が開き、エレベータルームを抜けたところで、先頭を歩いていた要の足が止まった。
「これは奇遇ですね」 
 立っていたのはアメリカ海軍の夏服を着たロナルド、岡部、そして初めて見るみる浅黒い肌の将校と、長いブロンドの髪をなびかせている眼鏡の女性の将校だった。
「こいつか?昨日、誠が見たって言う……」 
 失礼なのをわかっていて要がロナルド達を指差す。
「そう言うことなら話は早い。西園寺中尉、お初にお目にかかります。私は……」 
 ロナルドの言葉に要のタレ目がすぐに殺気を帯びる。その迫力に思わずロナルドは口を噤んでしまった。
「おい!誰が中尉だ!アタシは大尉だ!」 
 戸惑っているロナルドだが、要は急に襟首に伸ばそうとした右手を止めて静かにロナルドを見つめた。いつもならすぐに殴るか蹴るか関節を極めに行く彼女が不意に手を止めたことが誠には少しばかり不自然に見えた。ロナルドは苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。
「失礼、では西園寺大尉とお呼びするべきなんですね。そして第二小隊隊長、カウラ・ベルガー大尉。運用艦『高雄』副長アイシャ・クラウゼ少佐。私が……」 
「オメエ、パイロット上がりじゃねえな」 
 ロナルドの言葉をさえぎって、不敵な笑いを浮かべながら要がそう言った。
「なぜそう思うんです?」 
 まるでその言葉を予想していたように、ロナルドも頬の辺りに笑みを湛えている。誠には要の言葉の意味がわからなかった。岡部と隣の軽そうな雰囲気の将校。二人とロナルドの雰囲気の違いなど誠には区別が付かなかった。だが得意げに要は話を続ける。
「なに、匂いだよ。カウラやうちのタコ隊長みたいに正規任務だけをこなしてきた人間にゃあつかない匂いだ。海軍ってことはシールチームか?」 
 一呼吸置こう、そう考えているとでも言う様に、ロナルドは呼吸を置いて話し始めた。アメリカ海軍の特殊部隊。誠も話は聞いていた。敵深くに軽装備で潜入して調査、探索、誘導などを主任務とする部隊の隊員。それぐらいの知識は誠にもあった。だがロナルドは相変わらず社交辞令のような笑みを絶やそうとはしない。
「それについては否定も肯定もしませんよ。規則上私の口からは言えないのでね。なんなら吉田少佐にでも調べてもらったらどうですか?彼のテクニックならペンタゴンのホストマシンに介入するくらいの芸当は出来るでしょうから」 
 特殊部隊上がりに良く見られる態度だ。誠は以前保安隊に配属された初日に警備部部長のマリア・シュバーキナに感じた違和感を思い出してようやくロナルドに感じて納得がいった。
「まあ、その口ぶりではっきり分かったわ。どことは言わんが非正規戦部隊出身の特務大尉殿か」 
「旦那!俺等のわかるように話してくださいよ!」 
 ラテン系と思われる髭を生やした中背の中尉がロナルドの脇をつつく。そして岡部の脇からチョコチョコと眼鏡をかけたブロンドの女性将校が誠を見ている。誠が微笑みかけると、逃げるように岡部の後ろに隠れた。そこで岡部が一歩足を踏み出して誠達を見回す。
「自分が……」 
「俺がフェデロ・マルケス海軍中尉。合衆国海軍強襲戦術集団出身で……」 
 岡部を押しのけて自己紹介を開始したフェデロだが、しらけた雰囲気に言葉を飲み込んだ。
「フェデロ。もう少し余裕を持て。それと彼がジョージ・岡部中尉だ。このフェデロとは強襲戦術集団のパイロット時代からの同期だそうだ」 
 ロナルドがそう言うと静かに歩み出た岡部が要に向かって握手を求める。
「ジョージでいいです。まあ、このうるさいのとは強襲戦術集団の頃からの腐れ縁で……」 
「腐れ縁ってなんだよ!いつもお前の無茶に付き合わされてた俺の身にもなってみろ」 
 小柄なフェデロはそう言うと岡部の手を引っ張る。
「それならお前が馬鹿やった席の尻拭いをさせられた回数を教えてもらいたいものだね」 
 にらみ合う二人。
「あのー」 
 そう言って話しかけてきた眼鏡の女性将校を見て、要の動きが止まった。
「でけえな」 
 要は一言そう言った。確かにそれは海軍の制服を着ていても分かるくらいの大きさの胸だった。要とマリアは大きい方だが、メガネの将校の胸は何かと邪魔になるだろうと心配してしまうような大きさだった。要はそれを確認すると、緑のキャミソールを着ているカウラの胸に視線を持っていった。
「平たいな」 
「おい、要。何が言いたいんだ?」 
 カウラはさすがにすぐに気がついてこぶしを固めて要をにらみ付ける。
「カウラさん落ち着いて!」 
 二人の間に入る誠。眼鏡の女性将校はおびえてしまい、また岡部の後ろに下がろうとする。
「シンプソン中尉。そんなに怯えなくてもいいですよ」 
 ロナルドのその言葉で落ち着いたシンプソンと呼ばれた女性将校がおずおずと前に出た。
「私がレベッカ・シンプソン技術中尉です。よろしくお願いします」 
 消え入るような声で頭を下げるレベッカ。要、カウラ、アイシャの視線が彼女の胸に集中する。
「そんな……見られると……私……」 
「外人だ!」 
 とつぜんのシャムの甲高い叫び声で、一同は入り口のほうを振り向いた。麦藁帽子、戦隊ヒーローの絵柄がプリントされた子供用のタンクトップ。デニムのスカート。さらに当然のように浮き輪を抱えたシャムが立っている。
「凄いよ!外人さんだよ!ほら金髪の人!」 
「おい、シャム。この眼鏡が外人ならオメエは宇宙人じゃねえか!」 
 冷たくはき捨てる要。誠も要の言う通りなので苦笑いを浮かべるしかない。
「金髪ならマリアお姉さんとかエンゲルバーグとか居るでしょz?」 
「でも私、この人たち会ったことないよ?」 
 アイシャのその言葉も、シャムには届いていない。
「もしかして……あなたがあの遼南青銅騎士団団長のナンバルゲニア中尉ですか!」 
 そう叫んだのはレベッカだった。彼女はそのままシャムのところまで近づくと。頭をなで始めた。
「この人、日本語うまいね」 
「生まれが長崎なんですよ私」 
 全員がこの奇妙な組み合わせを眺めていた。
「生まれは長崎っと。それでスリーサイズは?」 
 シャムを押しのけていつの間にか隣に立っていた島田とキムを見て飛びのくレベッカ。
「島田ちゃん。レディーにつまらない質問するとサラに言いつけるわよ」 
「それは勘弁してください。つい出来心で……」 
 アイシャの冷たい視線を浴びて引き下がる二人。だがいかにも残念そうな島田。それに対して再びレベッカの前に立ったシャムは興味深そうに金髪のレベッカを観察していた。
「でも本当におっぱい大きいね!」 
 そう言うと手を伸ばそうとするシャムだが、要がその手を叩き落とす。
「シャム、餓鬼かテメエは。三馬鹿を喜ばすようなこと言うんじゃねえ!それよりオメエさんら、ただ顔見世に来たってわけか?ご苦労なこった」 
 せせら笑うような要のいつもの表情にもロナルドはうろたえることもなかった。
「まあ嵯峨大佐にとりあえず会ってくれと言われましてね。嫌ならそのまま遼南の海軍基地に帰ってもかまわないと言うことでしたが」 
 嵯峨らしい配慮。誠はあの間抜けな顔をした部隊長がめんどくさそうに画像通信をしている場面を思い浮かべた。
「それでどうするつもりだ?帰るなら早いほうがいいぞ」 
 要がサングラスをずらして上目遣いに誠より一回り大きく見えるロナルドを見上げた。
「いえいえ、帰るなんて。なかなかいい環境のようじゃないですか。それに海軍で事前に聞いていたほど、お馬鹿な集まりじゃないと分かりましたし」 
 そんなロナルドの言葉に複雑な顔で黙り込む要。
「そうよねえ、馬鹿なのはこの三人と要だけだもんね」 
 アイシャはそう言って島田、キム、誠を眺めている。
「アイシャ……本当にいっぺん死んで見るか?」 
 要がこぶしを握り締めてアイシャをにらみつける。アイシャはいつものようにすばやく要から遠ざかると誠の陰に隠れて要を覗き見るふりをした。
「ロナルド・J・スミス特務大尉……」 
「ロナルドでいいですよ。カウラさん」 
 穏やかにロナルドからファーストネームで呼ばれたカウラが顔を赤くして下を向いた。ロナルドの余裕のある態度。それを見てカウラも気丈に長身の彼を見上げてみせる。
「ああそうだロナルド、そろそろ出かけないと出頭予定時刻に遅れるぞ!」 
 頑丈そうな腕でロナルドの肩をたたく岡部。ロナルドは髪を両手で撫で付けた後静かに手を振る。
「そうだな。では本部でお会いしましょう」 
 ロナルドはそう言うと、部下達を連れてロビーへと急ぐ。
 突然の来客に唖然としていた誠達。そこに入れ替わるようにしてサラとエダ、そして小夏がやってきた。
「姐さん達、遅いですよ!ヒンヌー教徒が場所取ったからつれて来いって騒いでますよ」 
 シャムの隣に立って、両手を腰に当てて小夏が言った。誰がどう見ても小夏が姉の中学生。シャムが妹の小学校低学年と言った風にしか見えない。
「菰田の馬鹿だろ?あんな連中ほっときゃいいんだよ。それより神前。冷えたビールケースで買って来い金は……」 
「そんな、島田先輩。もしかして一人で運ぶんですか?」 
 いつものような非情な指令に泣き言を言う誠。だが島田はそんな誠を苛めるのが楽しくてしょうがないと言う顔をしている。そしてその様子を見てシャムが元気よく右手を上げた。
「シャムちゃんも手伝うの!」 
「師匠が行くならあたしも!」 
 誠はシャムと小夏が立候補する姿を見てほっとした。だが相変わらず財布のことを考えて上目遣いに島田の譲歩を待つ。
「アタシも行くよ。コンビニの場所とか知らねえだろうし、金はどうせ立替で後で清算だろ?」 
 その言葉、誰もが予想しなかった要の登場に周囲の空気が止まった。
「お前、何か企んでいるのか?」 
 要の気まぐれに恐る恐るカウラがたずねた。サングラスをはずしてまなざしを投げる要。
「何が?」 
 じっと要のタレ目を確認した後、そのまま押し黙るカウラ。
「別にいいじゃないの。要、先行ってるわよ」 
 そう言うとアイシャはいまひとつ納得できないと言うような顔をしている島田達を連れて出て行った。
「じゃあアタシ等も行くぞ」 
 要はそう言うと先頭を切って歩く。だがシャムも小夏もただ不思議な出来事にでもであったと言うように立ち止まっていた。
「神前の兄貴。あの外道、何かあったんですか?」 
 小声で誠につぶやく小夏。首をひねってみた誠だが思いつくことも無いので黙って要について行く事にした。
「うわっ、暑いなあこりゃ」 
 自動ドアを出たとたん要が叫んだ。9時を回ったばかりだと言うのに、破壊的な日差しが一同に容赦なく降り注ぐ。海風も周りのアスファルトに熱せられて、気味が悪くなるほどの熱風となって誠一行を迎える。
「コンビニって近いんですか?」 
 誠は車止めの坂を下りながら要に尋ねてみた。
「なに、ちょっと海水浴場を通り過ぎた所にあるんだ」 
 要はそう言うとずんずん先を歩いていく。サイボーグの彼女ならこのような場所でも平気かも知れないが生身の誠には拷問に近いものだった。先ほどまでのホテルの冷気に慣れた誠の体力を熱風が確実に奪っていく。
「アイス!アイス!」 
 しかしシャムは元気だった。麦藁帽子の縁を手で持ちながらうれしそうにそう繰り返す。ホテルの入り口の石でできたオブジェを過ぎるところまで出ると要は振り返って叫ぶシャムに目をやった。
「シャム。それはテメエの金で買え」 
 シャムは少し残念だったと言うように口を尖らせる。そのまま道を下ってみやげ物屋が軒を連ねる海辺の街道に出ると、それまでの熱風が少しはさわやかな海風と呼べるような代物になったていた。誠は防波堤の向こうに広がる砂浜のにぎわう様を見ていた。
「やっぱり結構人が出てますね」 
 砂浜はパラソルの花があちらこちらに咲き乱れ、波打ち際には海水浴客の頭が浮いたり沈んだりを繰り返している。
「まあ盆過ぎだからイモ洗いにはならねえけどな。小夏のジャリ」 
「ジャリじゃねえ、この外道が!」 
 今度は小夏が頬を膨らませる。彼女も先ほどまでは誠と同様暑さにへこたれそうになっていたのだが海からのさわやかな風に息を吹き返していつもの調子で要をにらみつけた。
「アタシ等、一箱づつ持って帰るわけだが、お前持てるのか?一箱」 
 そう言って得意げに振り返る要。誠は伊達に鍛えてはいない、要は軍用のサイボーグである。シャムはその小柄な体に見合わず力持ちであることは誠は知っていた。
「アタシだって……」 
 缶ビール一ケースの重さは、飲み屋の娘である小夏には良く分かっていた。狭いあまさき屋の中を運ぶのとはわけが違う。
「僕が二箱持ちますよ」 
 当然そうなるだろうと覚悟しながら誠はそう言った。
「アタシが二つ持つから、ジャリはつまみでも持ちな」 
 サーフボードの青年を避けて振り返った要の言葉に誠と小夏の目が点になった。明らかにいつもの要が口にする言葉では無かった。
「おい、要!何か後ろめたいことでもあるのか?」 
 小夏が生意気にそう言った。いつもの要ならそのまま小夏の頭をつかんでヘッドロックをかますところだ。しかし、振り向いた要は口元に不敵な笑いを浮かべるだけだった。
「なんか変だよ、要ちゃんどうしたの?」 
 不安そうにシャムがつぶやく。
「一応この体だって握力250kgあるんだぜ、アタシは。缶ビール二ケースくらい余裕だよ」 
 上機嫌に話す要。そしてそのまま彼女は浜辺に目を向ける。
「それにしてもヒンヌー教徒はどこ取ったんだ?」 
 海岸線沿いの道路。一同は歩きながら浜辺のパラソルの群れを眺めていた。赤と白の縞模様のパラソルを五つ保安隊は備品として倉庫から引っ張り出してきていた。
「どれも同じ様なのばっかりじゃん。分からないっすよ」 
 小夏が一番にあきらめて歩き始める。誠もどうせ分からないだろうとそれに続く。
「菰田っちなら結構広いところ取ってくれるよね?」 
 シャムはそう言いながら砂浜を見渡している。
「あれじゃねえか?……バッカじゃねえの?」 
 要が指差した先には、『必勝遼州保安隊』というのぼりが踊っていた。野球部の部室の奥にあった横断幕である。
「アホだ……」 
 思わず誠はつぶやいていた。
「誰も止めなかったのかよ、あれ」 
 そう言うと要は足を速めた。さすがにいつもより心の広い要でも恥ずかしくなったようだった。
「きっと正人っちが片付けてくれるよ」 
 さすがにシャムですら菰田達ヒンヌー教徒の暴走にはあきれているようだった。とりあえず目的地がわかったことだけを考えるようにして海に沿って続く道を進む。
「やっぱ車でも借りりゃあよかったかな?」 
 暑さに閉口した要が思わずそう口にしていた。
「やっぱりアイス買おうよ」 
 そんなシャムの言葉に要の視線が厳しくなる。
「それはお前が買え。アタシは缶ビール買ってその場で飲む」 
 二人の飽きない会話を聞きながら誠はようやく見えてきたコンビニの看板を見てほっとしていた。買出しの観光客で一杯の駐車場。四人は汗をぬぐいながら入り口に向かって進む。
「やっぱ考えることは一緒か」 
 缶ビールとアイスを持った親子連れを見ながら要がつぶやく。
「アイス!要ちゃん!自分のお金ならいいんだよね?」 
 満面の笑みで人だかりに呆れた要を見上げるシャム。
「そうだな、店中のアイスを買い占めても文句は言わねえよ」 
 要の言葉に店内に飛び込むシャムとそれに続く小夏。誠もその姉妹のようなコンビネーションに苦笑いを浮かべていた。
「ジャリは元気だねえ」 
 サングラスをずらした要が誠の顔を見上げる。
「何か?」 
 誠が口を開くが、要は何も言わず店内に入った。弁当とおにぎりの棚の前に客が集まっている。要はそれを無視してレジを打っている店長らしき青年に声をかけた。
「缶ビール四ケースあるか?」 
 並んでいた客の迷惑そうな顔を無視する要。
「すいません、ちょっと待ってください」 
 そう言うと青年はスナック菓子の陳列をしているアルバイトの女の子に声をかける。
「ビール24本入りのやつ四つほしいんだけど」 
「お客様、冷えて無くても……」 
 舌打ちをする要。そして一呼吸入れると頭を掻きながら女子高生風のアルバイト店員に向き直る。
「ああ、クーラーボックスはあるから出してくれたらそのまま持ってくよ」 
 その言葉に少し遠慮がちに、バックヤードから出てきた高校生と言った感じのバイトと顔を見合わせると、そのまま二人は奥に消えていった。
「小夏!つまみとか選んでろ。シャムはアイスは決まったか?」 
「うん!チョコ最中!誠君も食べる?」 
 にこやかに小夏の分と二つを持ったシャムが振り向く。
「いいです。僕もビールをやりますから」
 断った誠の顔を満足げに見上げる要。 
「神前、そりゃあいいや。アタシの分も頼むわ」 
 女子高生らしい店員が重そうに台車に乗せたダンボール四つのビールを運んでくる。
「シャム。アイスの勘定はお前がしろよ」 
 そう言いながらカードを取り出す要。
「ケチ!」 
 シャムがすねながらレジの列に並んだ。小夏がポップコーンやポテトチップや珍味と言った菓子やつまみを持って要の元にやってくる。
「裂きイカはあるか?」 
「当たり前だろ!アタシも大好きだからな」 
 そう言うと小夏は菓子類をダンボールの上に置いた。閉めていたレジを開けて、勘定を始める女の子。隣の列に並んでいたシャムはもう払いを済ませて小夏をつれてアイスを食べるために出て行った。
「ああ誠、冷えてるビール二缶持って来い」 
 要はレジを操作している店員を見ながらそう言った。
「銘柄は……」 
 奥に向かおうとした誠だが、振り返って思い出したように尋ねた。
「何でもいいぜ。ただ発泡酒はやめろ、ちゃんとしたビールな」 
 そう言われて冷蔵庫に向かう誠。とりあえずあまさき屋で出しているのと同じ銘柄の缶ビールを二つ持って要のところまで行く。 
「ありがとな。店員!こいつも頼むわ」 
 追加の商品にあからさまに嫌な顔をする店員。いつもならサングラスをはずして眼を飛ばすくらいのことをする要だが、特に気にすることも無く会計を済ませる。
「誠。アイス食ってるアホの分も頼むわ」 
 要はそう言うと軽々と二箱のビールを肩に担ぐと、あきれながら見つめている店員や周りの客の視線を無視して表に出る。あわてて誠もその後に続いた。
 店先でアイスを食べているシャムと小夏の前にどっかと二箱のビールを置くと、誠が持っていたビールを受け取って一気にのどに注ぎ込む要。
「やっぱ夏はこれだぜ」 
 そう言って簡単に飲み干したビールの缶を握りつぶす要。
「もう飲んだんですか?」 
 まだプルタブを開けたばかりの誠が問いかける。
「ビールはのど越しで味わうもんだ。シャム、その目は飲みたいって顔だな?」 
「うー……」 
 シャムの目はビールを飲み始めた誠を見つめている。
「どうせ身分証はバッグの中だから買えないんだろ?ざまあみろ」 
 シャムが膨れている。どう見ても小学生な彼女。恨みがましく要を見ている。
「おい、誠。先に行くからゆっくり飲んでてくれよ。とりあえず一箱シャムの分だ」 
 要はそう言うと積み上げられた四つのビールの箱との一つを地面に置いた。
「誠ちゃんこれ持ってくね!」 
 そう言うとビールを飲み始めた誠から、シャムが一箱のビールを持ち上げて軽く肩に乗っけた。
「じゃあ先行くから!」 
 シャムはそう言うと誠からつまみ類を受け取った小夏と一緒に恥ずかしいのぼりを目指した。
「しかし、元気ですねえ。ナンバルゲニア中尉」 
「まあ他にとりえが無いからな。それより気をつけろよ」 
 少しうつむき加減に要がサングラスをはずす。真剣なときの彼女らしい鉛のような瞳がそこにあった。
「今日のロナルドとか言う特務大尉殿だ。前にも言ったろ、アメリカの一部軍内部の勢力は貴様の身柄の確保を目的にして動いている。叔父貴が認めたくらいだから海軍はその勢力とは今のところ接点は無いようだがな。だが、あくまでそれは今のところだ」 
 誠は残ったビールを一気に流し込むようにして飲むと、缶をゴミ箱に捨てた。
「局面によっては敵に回ると言うことですか?」 
「分かりやすく言えばそうだな。あのロナルドって男は特殊任務の荒事専門部隊の出なのは間違いない。それこそ、そう言う指示が上から降りれば間違いなくやる」 
 それだけ言うと、要は再びサングラスをかけた。
「まあそれぐらいにして……今日は仕事の話は止めようや。とっとと付いて来いよ!」 
 そう言うと軽々と二箱のビールを抱えて、早足で要は歩き始めた。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 11

 ホテルの地下はまるで雰囲気が違った。上の階の華やかな落ち着きと違うどちらかと言えば危険な香りがする落ち着いたたたずまい。案内板を見ればシャムなどがドンちゃん騒ぎをしていた場所とは隔離されているようで、実に静かな雰囲気のバーに要が向かう。
 店には客はいなかった。それでも一人年配に見える女性ピアニストがジャズを弾き続けていた。要は笑顔を振りまくピアニストに微笑みかけた後、ドレスのスカートを翻すようにしてカウンターに腰掛けた。黙って見つめる要の隣の席に当然のように座る誠。誠はあまりにも自然で自分でも不思議な感覚にとらわれていた。
「いつもの頼む」 
 慣れた調子でバーテンにそう言うと、要は手袋を脱ぎ始めた。バーテンはビンテージモノのスコッチを一瓶と氷が満たされたグラスを二つ、二人の前に置いた。
「柄にもねえことするからだな。罰が当たったんだな。そう思ってんだろ?」 
 要はそう言いながら氷の満たされたグラスを手にした。乱打するような激しい曲が終わり、今度は静かなささやきかけるような演奏が始まった。
「そんなこと無いですよ!僕が、その……ええと……」
 言い訳をしようとする誠にいつものどこか陰のある笑みで応える要。誠は申し訳無さそうに顔を上げる。そんな彼を首を横に振りながら要は見つめる。 
「気にすんなよ。アイシャの口車に乗ったアタシが馬鹿だったんだ」 
 スコッチが注がれた小麦色のグラス。要はそれを手に取ると目の前に翳して見せた。そして静かに今度は誠を見つめる。誠も付き合うようにして杯を合わせた。ピアノの響きは次第にゆったりとしたリズムに変わっていく。誠とさして歳が違わないように見えるバーテンは静かにグラスを磨きながらピアノ曲に浸っているように見えた。
「言い出したのはやっぱりアイシャさんですか」 
「まあな……あのアマ」 
 多くは語りたくない。そんな雰囲気で言葉を飲み込みながらスコッチを舐める要。なじんだ場所とでも言うように店に並ぶ酒を見つめる要。その目は安心したと言う言葉のために有るようにも見える。誠はそう思いながら苦いスコッチを舐める。舌に広がるアルコールの刺激。それを感じてすぐにグラスをカウンターに置いた。静かな曲は日が暮れるように自然に沈黙に引きずられて終わりを迎える。
「済まないな、暇で。今日はアタシの貸切みたいなもんだから」 
 要がバーテンに声をかけた。バーテンは落ち着いた笑みを浮かべ首を横に振る。そして要は再びグラスをかざして中の氷が動く様をいとおしげに見つめていた。
「やっぱこっちのほうが合うぜ、アタシは。ああいう世界が嫌いで軍に入った癖に、三つ子の魂百までってのは本当だな」 
 要にはワインよりもスコッチの水割りのほうが似合う。誠も同じ意見だった。今の要の姿はまるで舞踏会を抜け出したじゃじゃ馬姫のようだ。その方が彼女にはふさわしい。口には出さないが誠は要を見ながらそんなことを考えた。
「でもリアナ中佐は喜んでたじゃないですか。人によるんですよ」 
 そんな誠のフォローに心底呆れたような表情で彼を見つめる要。
「お姉さんが喜んでもな……」 
 ふと見た要の顔に悲しげな影がさしているように誠には見えた。
「やっぱりあれですか、西園寺さんはああいった食事をいつも食べてたんですか?」 
 誠は話題が思いつかずに地雷になるかも知れないと感じながらそう言った。
「うちは和風……と言ってもお袋は料理なんか出来ないから、全部家政婦や食客任せだけどな。まあ一応政治家の家庭って奴だからああ言うパーティーには餓鬼の頃から出てたのは確かだけど」 
 そう言ってまた一口、ウィスキーを口に含む要。高音域をメインとしたやさしいピアノ曲が流れる。
「うちの母は料理が趣味でしたから。まあ和風と言えば和風の料理ですけど、時々お試し料理と言ってなんだかよく分からない料理を食べさせられることも結構ありましたけどね」 
 誠も付き合うようにグラスを傾ける。その姿に要は時折本当に安心したときにだけ見せる笑顔を誠の前で見せる。
「確かにお前のお袋の料理は旨いよ。この前アイシャにコミケつき合わされたときに出た里芋の煮っ転がしなんて料亭に出せるくらいだったもんな」 
 二週間ほど前、東都の下町にある誠の実家の剣道道場を借り切ったお祭り騒ぎのことを思い出した。そのときに見れたいつもの笑顔が要の中に見えた。誠はそれがうれしくて要の空になったグラスに酒を注いだ。
「来年はシャム達の方に顔出すか」 
 ようやく吹っ切れたように要は伸びをした後、誠が注いだグラスを口元に運んだ。一端止んだピアノの音が復活を宣言するかのように激しい曲を奏で始めた。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 10

「風呂行ってきたのか?」 
 部屋に戻った誠を待っていたのは黒い礼服のネクタイを締めている島田と、鏡を見ながら髪を整えているキムだった。
「何ですか?何かあるんですか?」 
 誠は状況が読めずに、思わずそんな言葉を口に出していた。そんな誠の言葉に思わず顔を見合わせる二人。
「そりゃあ西園寺大公家御令嬢主催のささやかなパーティーに出るためだよ。聞いてなかったのか?礼服持参とちゃんと言われてたろ?」 
「島田先輩。礼服って東和軍の儀仗服のことじゃないんですか?」 
 そんな誠の言葉に島田とキムは顔を見合わせて大きくため息をつく。
「お前なあ。俺達は遊びに来てるんだぞ?仕事を想像させるようなもの着るかよ。それともあれか?礼服の一着も持ってないわけじゃないだろうな」 
 島田がそう言うと誠はうつむいた。大きなため息が島田の口から漏れる。
「島田、いいじゃないか。どうせ身内しかいないんだ。とりあえず着替えろ。俺達は先に行ってる」 
 そう言うとキムと島田は部屋を後にした。誠はバッグの中から濃い緑色の東和陸軍の儀礼服を取り出した。
「なんだかなあ」 
 そう言いながら服を着替える。窓の外はかなり濃い紺色に染まり始めている。ワイシャツに腕を通し、ネクタイを締めた。
『アメリカ海軍か』 
 先ほどの二人のことを思い出していた。近年、東和軍と地球各国との人的交流は比較的盛んである。アサルト・モジュールの運用に関しては東和軍はその導入時期が極めて早かったことから、各国の上下を問わず、かなりの数の軍属が研修目的で所属することは珍しい話ではない。また、保安隊と言う部隊の持つ司法機関直属実力行使部隊と言う性格は、遼州星系で活動する上で非常に便利な身分でもあることは誠でも分かった。
 司法執行機関の隊員としての出向と言う形ならば政治的に角が立つことも無い。そしてその部隊の隊長は遼州一危険な男とも呼ばれる嵯峨惟基である。監視と言うことで国内の反遼州派の勢力に対する言い訳にもなった。
『まあいいか』 
 結局は嵯峨の思惑次第だと諦めて、誠はベルトをきつく締めながら部屋から出かけることにした。
 廊下を出てエレベータルームに向かう誠。
「桔梗の間か」 
 そう独り言を言って上昇のボタンを押す。静かに開くエレベータの扉。誠は乗り込んで五階のボタンを押した。上昇をはじめるエレベータ。四階を過ぎたところで周りの壁が途切れ展望が開ける。海岸べりに開ける視界の下にはホテルや土産物屋の明かりが列を成して広がる。まだかすかに残る西日は山々の陰をオレンジ色に染め上げていた。
 誠はエレベータのドアが開くのを確認すると、目の前に大きな扉が目に入ってきた。『桔梗の間』と言う札が見える。誠はしばらく着ている儀礼服を確認した後、再び札を見つめた。
「ここで本当にいいのかな」 
 そう言って扉を開く。一気に視界が開けた。天井も壁もすべて濃い紺色。よく見ればそれはガラス越しに見える夜空だった。だが誠が驚いたのはそのことではなかった。
 その部隊のハンガーよりも広いホールに二つしかテーブルが無い。その一つの青いドレスの女性が手を上げている。よく見るとそれは要だった。誠は近づくたびに何度と無く、それが要であると言う事実を受け入れる準備を始めた。
 白銀のティアラに光るダイヤモンドの輝き。胸の首飾りは大きなエメラルドが五つ、静かに胸元を飾っていた。両手の白い手袋は絹の感触を伝えている。青いドレスはひときわ輝くよう、銀の糸で刺繍が施されている。
「神前曹長。ご苦労です」 
 いつもの暴力上司とは思えない繊細な声で語りかける要。驚きに身動きが取れなくなる。だが明らかにそのタレ目の持ち主が要である事実は覆せるものではなかった。
「レディーを待たせるなんて、マナー違反よ」 
 その隣で髪の色に合わせた紺色の落ち着いたドレスのアイシャ。彼女はそう言うと自分の隣に座るカウラに目をやる。カウラも誠と同じく、東和陸軍の儀仗服に身を包んでいた。
 もうひとつのテーブルには島田、サラ、キム、エダ、そして鈴木夫妻が腰をかけて誠の方を見つめていた。
「あのー、他の方々は?」 
 誠がそう言うと要がいつもと明らかに違う、まるでこれまでの要と別人のように穏やかに話し始めた。
「ああ、ナンバルゲニアさん達ですわね。彼女達はこういう硬い席は苦手だと言うことで地下の宴会場で楽しんでいらっしゃいますわ」 
 アイシャ、カウラ。二人は明らかに笑いをこらえるように肩を震わせている。確かにいつもと同じ顔がまるで正反対の言葉遣いをしている様は滑稽に過ぎた。思わず誠も頬が緩みかける。
「TPOって奴だ。笑うんじゃねえ」 
 声のトーンを落とした要がいつもの下卑た笑いを口元に浮かべて二人をにらみつけると、その震えも止まった。
 黒い燕尾服の初老のホテルマンが静かに椅子を引いて誠が腰掛けるのを待っていた。こういう席にはトンと弱い誠が、愛想笑いを浮かべながら席に着く。
「神前曹長。もっとリラックスなさっても結構ですのよ」 
 そんな要の言葉を聴くと一同がまた下を向いて笑いをこらえている。誠は笑いを押し殺すと、正面の要を見つめた。いつもの『がらっぱち』と言った調子が抜けると、その胡州四大公家の跡取り娘と言う彼女の生まれにふさわしい淑女の姿がそこに現れていた。
 ドアが開き、ワインを乗せたカートを押すソムリエが二人とパン等を運ぶ人々が入ってくる。誠は生でソムリエと言うものを初めて見たので、少しばかり緊張しながらその様子を見ていた。要の隣に立った彼は静かに要に向かってワインの銘柄と今日の料理との相性について語りかける。
『何語を話しているんだ?』 
 誠は専門用語が入り乱れる二人の会話を聞きながら戸惑っていた。それはカウラやアイシャも同じようで、少しばかり退屈したように、給仕によって目の前のテーブルが食事をする場らしい雰囲気になっていく様を見つめていた。ソムリエは静かにカートの上に並んだワインの中から白ワインを取り出すと栓を抜いた。
 いくつも並んでいるグラスの中で、一番大きなグラスに静かにワインを注いで行く。誠、カウラ、アイシャは借りてきた猫の様に呆然のその有様を見続ける。
「皆さんよろしくて?」 
 要が白い手袋のせいで華奢に見える手でグラスを持つとそれを掲げた。
「それでは乾杯!」 
 アイシャがそう言ってぐいとグラスをあおる。
「アイシャさん!ワインは香りと味を楽しむものですのよ、そんなに急いで飲まれてはこのひとつの……」 
 説教。しかもいつもの要なら逆の立場になるような言葉にアイシャが大きなため息をついて要に向き直った。
「要ちゃんさあ。いい加減そのお嬢様言葉やめてよ。危うく噴出すところだったじゃないの!それにこういう時は一気に飲めって言ってるのはだれ?え?」 
 隣のテーブルの島田達は完全に好き勝手やっているのがわかるだけに、アイシャのその言葉は誠には助け舟になった。
「そうかよ!ああそうですねえ!アタシにゃあ向きませんよ!」 
 これまでの姫君らしい言動から、いつもの要に戻る。ただし、話す言葉はいつもの要でも、その落ち着いた物腰は相変わらず大公令嬢のそれであった。
「誠!とりあえずパンでも食ってな。初めてなんだろ?こういう食事は。まあ何事も経験と言う奴さ。場数を踏めば自然と慣れる」 
 言葉はすっかりいつもの要に戻っていた。静かに前菜に手をつけるところなどとのギャップが気になるが、確かに目の前にいるのは要だと思えて少し安心している自分に気づいた誠だった。
「そう言うものですか……」 
 そう言うと誠は進められるままにミカンほどの大きさのあまり見たことの無いようなパンをかじり始めた。
「場数を踏むねえ。それって『これからも私と付き合ってくれ』ってこと?……どう?誠ちゃん。お嬢様から告白された感想は」 
 アイシャの言葉を聞いて自分の言った言葉の意味を再確認して要が目を伏せた。
「ありえない話はしない方が良い」 
 珍しくカウラが毒のある調子で言葉を口にした。
「べっべっ、別にそんな意味はねえよ!ただ叔父貴の知り合いとかが来た時にだなあ、マナーとか雰囲気に慣れるように指導してやっているわけで……」 
 明らかに焦って見える要だが、スープを掬うしぐさはテレビで見る胡州貴族のご令嬢のそれだった。
「それじゃあ私達も必要よね、そんな経験。お願いするわ、お嬢様」 
 皮肉をこめた笑みを口元に浮かべるとアイシャはワインを飲み干した。
 そんな彼らの意思とはかかわり無く、料理が並べられ、饗宴は続いた。しかし、誠にはどうもしっくりしなかった。要はさすがに手馴れた調子で黙々と食事をし、それなりに楽しんでいるように見えた。カウラも誠と同じくこのような席には似つかわしくない自分に気がついたようで、言葉も出ずに食事を続けている。アイシャは要に対抗心を持っているのか、要の作法をワンテンポ遅れて真似しながらフォークとナイフを動かしている。
「誰か話せよ。つまんねえじゃねえか?」 
 要は言葉ではいつもの調子に戻っているが、その優雅で手馴れた所作はいつもの彼女とは明らかに別人のそれのように見えて、誠は呆けながら見とれていた。
「なんだ、神前。アタシの顔になんかついてるか?」 
 珍しそうな誠の視線に気づいた要から目を反らす。それを見ると静かにナイフとフォークを動かして食事を続ける要。
「気味が悪いんじゃないの?アンタがそうやってお上品に食事をしている様が!」 
 アイシャがわざと嫌味をこめて要に食って掛かる。
「そんなこと無いですよ!楽しんでますよ、なんと言ってもこの鯛のマリネとか……」 
 そう言って誠はかすかにレモンの香る鯛のマリネを口に放り込んだ。味は悪くない。それ以上に誠は要の機嫌が気になっていた。
「それならいいがな」 
 要はそう言うと隣の席の面々のほうを見た。島田はサラやエダ、リアナに向かって法螺話を続けていた。キムは時々毒のある相槌を打ち、そのたびに鈴木夫妻は楽しげに笑っている。
「食事はああいう風にするもんだぜ。誠、アニメの話でもいいからなんか気の聞いたこと言えよ」 
 要のそんな言葉に少しばかり寂しげなところが見えて、誠は胸が詰まった。
「そんな急に言われても……」 
「そう言えば今週の『魔法少女エリー スマッシュ!』録画予約してきたの?」 
 気を利かせてアイシャが話題を振ってくれた。ようやく苦行のようなナイフとフォークを使っての食事に飽きていた誠はすぐにそれに食いついた。
「当たり前じゃないですか。それに明日発売のアニメ雑誌は全部予約してきましたから」 
 そう言ってちらりと要の表情を見る誠。自分の付いていけない話に明らかに不機嫌な様子が見て取れた。アイシャもそれを読み取ってか、少しばかり白々しい笑いを残すと、皿に残っていた千切りにされた野菜を口に運んだ。
「良かったじゃねえか。帰ったらアタシに見せろよ」 
 要は静かにそう言うとグラスに残った白ワインを飲み干した。そしてそのまま機先を制してアイシャをにらみつける。突っ込みを入れようとしてタイミングを逸したアイシャはそのまま添え物の野菜を口に運んでごまかした。
 デザートの皿がテーブルに並んだ時にはすでに誠とカウラは疲れきっていた。静々とスプーンを使う要の機嫌を損ねないよう、ゆっくり、丁寧に指先に全神経を集中してライムの香りがたなびくアイスクリームを食べる二人。
「あーあ。やっぱりシャムちゃん達のとこ行けばよかったかしら」 
 そうつぶやいたアイシャを要がにらんでいる。
「奴等は下の宴会場でドンちゃん騒ぎか?明日の昼も食べるんだからだから飽きるんじゃないか?」 
 彼女なりの気の使い方とでも言うような調子でアイシャを宥めるカウラ。
「神前。お前はどうなんだ」 
 うつむき加減に低い声で要はそう言った。どこかさびしげに見える要の面差しに誠の胸が締め付けられる。
「僕はこういうの初めてですから、いろいろ参考になりましたよ」 
「そう言うこと聞いてんじゃねえよ。楽しいかどうかって……」 
 大きくため息をつく要の前から皿が下げられていく。そしてしばらく沈黙が支配することになる。
「そんなの聞くまでも無いんじゃないの?」 
 差し出された食後のコーヒー。静かにそれを口に運びながらアイシャが呟く。その挑発的な言葉に、要の肩が震えている。
『これは切れるぞ』 
 誠はそう思った。どう切れるか、どこにはけ口が向かうか、それは考えるまでも無く自分だろう。覚悟を決めて顔を上げた誠だったが、その視線の正面にはいつの間にかリアナが立っていた。
「ありがとう!要ちゃん!本当においしかったわ!」 
 そう言って要の手をとりにこやかに笑うリアナ。要は何が起こったかわからないとでも言うように、ぼんやりとリアナのきらきら輝いている青い瞳を見つめていた。
「そうですか……甲斐がありましたよ」 
 とりあえず調子を合わせようと口にした言葉に満足げに頷くリアナ。
「でもワインってこんなにおいしかったのねえ。それにお料理の魚も新鮮で最高!」 
「それは良かったですねえ」 
 ただあまりに正直に反応しているリアナに戸惑う要。あの青い澄んだ瞳で見られるとどうにも調子が狂うのは隊員すべてに言えることである。
 なんとか落雷は防げた。誠がため息をついたとき、要が不意に立ち上がった。
「島田、キム。こいつ借りるぜ」 
 そう言うと要は飲みかけのコーヒーを見つめている誠の横に立ち、肩に手を当てた。
「侘びだ、付き合え」 
 そう言うと有無を言わさず誠を立たせて、そのまま静かに席を立った。カウラとアイシャは突然のことに呆然として宴席に取り残された。

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テーマ : SF小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 9

 日本庭園を抜けて正面に見える風情のある数奇屋作りの建物が露天風呂だった。女湯の中でははしゃぐ声がしているところから見て、まだブリッジ女性クルー達が入っているのだろう。誠は寂しさに耐えながら、静かな男湯の脱衣所に入った。
 ここもまた一流らしく落ち着いた木と竹で出来た壁面のかもし出す優雅なたたずまいを感じる脱衣所で服を脱ぎ、タオルを片手に風呂に向かう。
 中には二人の先客が湯船に浸っていた。一人は金髪の白人。もう一人はアジア系らしい。彼らは誠を見ると軽く会釈をした。会釈を返した誠の視線の中で、二人は誠にはわからないぐらいの早口の英語で談笑し始める。
 誠はとりあえず体を洗おうと洗い場に腰を落ち着かせる。なにやら背を向けた湯船の方で話し続ける二人の言葉が気になる。体を洗い終わり、頭から湯を浴びてシャンプーに手を伸ばす誠。
 しかし、時折聞こえる『シンゼン』という言葉から考えると、二人は誠のことを話し合っているようだった。知り合いに金髪の持ち主が出来たのは保安隊に配属になってからである。警備部員のマリア貴下の隊員達だが、彼等は話すとしたらロシア語かドイツ語である。
 以前、誘拐されかけた時のことを思い出したが、少なくとも誠から聞こえるような大声で話し合っているところから見て誠の拉致を狙っている組織の関係者という線は限りなく薄い。
 ともかくお湯でも楽しもうとシャワーを浴び終わって振り向いた時だった。
「神前誠曹長だね」 
 湯船から半身を乗り出して金髪の男が話しかけてきた。しかも流暢な日本語である。
「そうですけど……?」 
 誠はそそくさと湯船に足を入れる。二人の男はどこか親しげな姿を装うことを決めたかのような笑顔で近づいてくる。
「失礼した。私はアメリカ海軍特務大尉、ロナルド・J・スミスだ。まあその肩書きも数日で遼州保安隊付き特務大尉に変わる予定だがね」 
 握手を求めるロナルドの言葉に面食らった誠。静かに手に力を入れると、ロナルドは満足そうに微笑んだ。誠はただ唖然として手を握るだけだった。
「彼はジョージ・岡部中尉。同じく数日後には保安隊第四小隊の隊員としてお世話になることになる」 
 ロナルドの言葉を受けてゆっくりと右手を差し出すジョージ。どちらも筋肉質な体つきは歴戦の猛者といった風情があり、誠は圧倒されつつあった。
「第四小隊の噂は本当だったんですね?」 
 静かにそう言う誠に向かい、穏やかに笑うロナルド。
「君からすれば意外だろう。しかし、合衆国は遼州同盟の安定には強い関心を持っている。保安隊という存在も私という個人から言わせれば非常にユニークな存在だった」 
 ゆっくりと湯船を移動するロナルドとジョージ。誠はその後をついて湯船の奥の岩の一つにもたれかかった。
「そして近藤事件、その後の各方面への根回し。嵯峨惟基大佐と言う人物は実に奇妙な個性だ。そして君の活躍。正直、脱帽したよ。そして興味を持った」 
 静かにそう言うとロナルドはタオルを四つ折にして頭に載せる。誠がまず考えたのはこの会話がアイシャに聞かれた場合に始まる騒動のことだった。アイシャは二人を端末で撮影、そのままほぼすべての知人に『愛人と後輩。男同士の愛の行方』などの副題をつけて晒して回ることだろう。彼女を部屋に取り残した自分の決断の正しさを自覚して胸を撫で下ろす誠。
 そんな誠の考えなど知らないロナルドは言葉を続けた。
「今や君は有名人だ。遼州星系、地球やその他の植民惑星で軍属をしているものなら、君の名を知らないものはいないだろう。実際こうして出会えた私自身感動しているくらいなんだ」 
「そんなことは無いですよ」 
 褒めちぎるロナルドの言葉に誠は照れ笑いを浮かべた。
 もはや夕日は落ちていた。わずかに西の空に赤い色が残っているほかは、もう紺色の夜が辺りを支配しつつあった。
「しかし、日本語。お上手ですね」 
 じろじろと二人の男に見つめられるのに食傷してそう誠は話しかけた。
「ああ、日本に駐在していた期間が長いものでね。ちなみに岡部中尉は日本の……」 
「横浜生まれですよ」 
 『横浜』に力を入れるジョージ。誠は愛想笑いを浮かべてそれを受け流す。東和と同じ日本語文化圏の日本。当然だが一般庶民の誠にははるかに遠い世界だった。劣化コピーと呼ばれることが多い東和には無いプライドがあるのだろう。誠はそう思いながら心の中で『横浜』と言う言葉を繰り返し聞いていた。
「それにしても東和の気候は実に日本のそれに似ているものだな。しかも誰もが日本語を話し、顔も日本人と区別がつかない」 
 ロナルドはそう言って湯船の中で足を伸ばす。リラックスしているように見える彼だが、誠は後の上官と言うこともありゆっくり出来ずに彼の言葉に応えた。
「まあ遼州人は元々極東系アジア人と見た目では区別がつかないですから。僕も地球人の血はほとんど入っていないって、軍に入ったときの遺伝子検査で言われました」 
 その言葉に大きく頷く岡部。少しばかりその態度が気になる誠だが、黙ってお湯で顔を洗う。
「しかし、それ故に問題が起きる可能性が大きい」 
 誠から目をそらし正面を見据えたロナルドが自分自身に言い聞かせるようにそう言った。言いたいことはわかっていたが、自分では言うつもりは無い。そう言う表情のロナルドにつり出されるように口を開く誠。
「法術のことですね。おっしゃりたいことは」 
 誠を見つめてくるロナルドの視線は厳しい。一月前。胡州帝国海軍でも屈指のやり手であり、貴族主義者として知られた近藤忠久中佐の起こしたクーデター未遂事件。それがただのクーデターであれば誠は目の前の二人のアメリカ軍人と顔を合わせることは無かったろう。
 それはある一人の人物により政治的なデモンストレーションの舞台となった。
 嵯峨惟基。
 遼南新王朝の前皇帝であり、退位後は本人の『楽隠居する』と言う発言が多くの首脳部の疑心暗鬼を生み、ほとんど無理やり遼州同盟機構の司法実力部隊、通称『保安隊』の隊長を押し付けられた男。
 彼は公然の秘密とされ、誰もが表に出すことを憚っていた遼州人の特殊能力『法術』の存在を全銀河にアピールする舞台としてこの事件を選んだ。この東和にも1億の遼州系の血を多く受け継ぐ人々がいる。その中に誠と同じく法術を使うことが出来る人間がいる。これまで触れることすら避けられていたその事実を嵯峨は表ざたにし、その力の軍事利用を放棄する声明を大国に発表させることに成功した。
『あれだけの大芝居を隊長が打ったんだ。アメリカが動かない方がおかしいか』 
 誠は頭の中でそう思った。
「当然の話ですね」
 突然の岡部の言葉に誠はびくりと飛び上がる。
「岡部中尉。プライバシーというものがあるんだ。むやみに人の思考を読むのは止めたほうがいいな」 
 余裕のある態度でロナルドがジョージを制した。思念傍受。嵯峨も使えるどちらかと言えば微力な法術能力で発動可能な力。だがそれゆえに相手が自分の心を読んでいるかの確認が出来ず相手にすると厄介な法術だった。
「わが小隊の法術師、法術戦適応アサルト・モジュール、M10A5のパイロットは彼だ。岡部、君は仕事熱心なのは認めるが今の我々はオフなんだ。楽しく温泉を満喫した。それでいいじゃないか」 
 そう言うとロナルドは立ち上がった。ジョージも釣られて立ち上がる。
「それでは神前曹長。また会うことになるだろうがよろしく頼むよ」 
 そう言うと軽く手を振りロナルドは脱衣所へ消えていった。

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テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 8

 続く松の並木。瓦屋根の張り出す土産屋が続く海べりの道を抜けてバスは進む。誠は逆流する胃液を腹の中に押し戻した。
「だらしねえなあ!もうすぐ着くんだから大丈夫だよ」 
 要は青ざめた誠を見ながらジンの瓶をあおる。
 出発してすぐにリアナのリサイタルが始まり、その電波演歌で頭をやられないように酒の瓶が車内に回された。冊子を作ってまで綱紀粛正につとめたアイシャもさすがに参ってビールを飲み始めると、バスの中はもはや無法地帯状態になっていた。
 昼飯時には、しらふなのは運転していた島田、黙ってウーロン茶を飲みながらヘッドホンでラジオを聴いていたカウラ、そして家村親子だけだった。ドライブインで午後はカウラが運転を続けている。島田は隣で電波演歌を聞かされ続けて後ろの席で倒れていた。
「もうすぐ着くから大丈夫よ」 
 脂汗を流している誠に声をかけるアイシャ。繁華街を抜けたところで街道を外れ、バスは山道に入り込んだ。
 ブロック作りの道のもたらす振動で、誠はまた胃袋がひっくり返るような感覚に包まれる。
「吐く時はこれにお願いね」 
 パーラがビニール袋を誠に手渡す。
「大丈夫ですよ。これくらい」 
 とりあえず強がっている誠だが、口の中は胃液の酸が充満し、舌が苦味で一杯になる。
「見えたぞ!」 
 よたよたと起き上がった島田が外を指差す。瀟洒な建物が誠の目に入った。
「結構、凄いホテルですね」 
「まあな。親父がここのオーナーの知り合いで、結構無理が聞くからな」 
 起き上がって勇壮な姿のホテルを見上げる誠に要はポツリと呟いた。
「いつも要のおかげで宿の心配しなくて済むから感謝してるのよ」 
 言葉に重みが感じられない口調でアイシャが立ち上がる。バスが静かに正面玄関に乗り入れた。
「ハイ!到着」 
 そのアイシャの言葉で半分死にかけていた乗員は息を吹き返した。シャムと小夏が素早くバスの窓から飛び降りる。誠もようやく振動が収まった事もあって、ゆっくり立ち上がると通路を歩き始めた。
「肩貸そうか?」 
 要がそう言うが無理やり余裕の笑みを作った誠は首を横に振ってそのまま歩き続ける。
「お疲れ様です、カウラさん」 
「お前よりはましだ」 
 同情するような目で誠を眺めてカウラはそう言った。誠は彼女に見えているだろう青い顔を想像して一人で笑顔を浮かべていた。
「いらっしゃいませ」 
 誠がようやく地面の感覚を掴んだ目の前で、支配人と思しき恰幅のいい老人が頭を下げていた。思わず驚いてのけぞりそうになる。
「行くぞ、神前」 
 誠の手を引いてぞんざいにその前を通過しようとする要。こういうことには慣れているのだろう、別に何も思っていないというように建物の中に入る。そこにはロビーの豪華な装飾を見上げて黙って立ち尽くすシャムと小夏の姿があった。
「おい、外道!お前……」 
 しばらく言葉をかみ締めてうつむく小夏。要はめんどくさそうに小夏の前で立ち止まる。
「実は結構凄い奴なんだな」 
 小夏は感心したようにそう呟いた。それに誠が不思議そうな視線を送っていると、要はそのままカウンターに向かおうとする。
「ちょっと待ってなアタシの部屋の鍵……」 
「待ったー!」 
 突然観葉植物の陰からアイシャ乱入である。手にしたキーを誠に渡す。
「ドサクサまぎれに同衾しようなんて不埒な考えは持たない事ね!」 
 しばらくぽかんとアイシャを見つめている要。そして彼女は自分の手が誠の左手を握っていることに気づく。ゆっくり手を離す。そしてアイシャが言った言葉をもぐもぐと小さく反芻しているのが誠にも見えた。
 瞬時に顔が赤くなっていく。
「だっだっだ!……誰が同衾だ!誰が!」 
 タレ目を吊り上げて抗議する要。
「同衾?何?」 
 シャムと小夏はじっと要の顔を覗き込む。二人とも『同衾』と言う言葉の意味を理解していないことに気づいて苦笑いを浮かべるカウラ。
「そう言いつつどさくさにまぎれて自分専用の部屋に先生を連れ込もうとしたのは誰かしらね?」
 得意げに腕を組むアイシャ。彼女の手には誠のに渡された大きな文鎮のようなものが付いた鍵とは違う小さな鍵が握られている。 
「その言い方ねえだろ?アタシの部屋がこのホテルじゃ一番眺めがいいんだ。もうそろそろ夕陽も沈むころだしな……」 
 そう言ってようやく自分のしようとしていたことがわかったと言うようにうつむく要。
「そう思って部屋割りは私とカウラが要ちゃんの部屋に泊まる事にしたの」 
 得意げなアイシャ。さすがにこれには要も言葉を荒げた。
「勝手に決めるな!馬鹿野郎!あれはアタシの部屋だ!」 
「上官命令よ!部下のものは私のもの、私のものは私のものよ!」 
「やるか!テメエ!」 
 にらみ合う要とアイシャ。シャムと小夏は既にアイシャから鍵を受け取って、春子と共にエレベータールームに消えていった。他のメンバーも隣で仕切っているサラとパーラから鍵を受け取って順次、奥へ歩いていく。
「二人とも大人気ないですよ……」 
 こわごわ話しかける誠。すぐに要とアイシャの怒りは見事にそちらに飛び火した。
「オメエがしっかりしねえのが悪いんだよ!」 
「誠ちゃん!言ってやりなさいよ!暴力女は嫌いだって!」 
 立ち尽くす誠。誠と同部屋に割り振られて鍵がないと部屋に入れない島田とキムがその有様を遠巻きに見ている。助けを求めるように誠が二人を見ても、二人はロビーに飾られた彫刻の下でぼそぼそとガラにもない芸術談義を始めるだけだった。
「わかりましたよ。幹事さんには逆らえませんよ」 
 明らかに不服そうにアイシャから鍵を受け取った要が去っていく。
「このままで済むかねえ」 
「済まんだろうな」 
 島田とキムがこそこそと話し合っているのを眺めながら、誠は島田が持ってきた荷物を受け取ると、大理石の彫刻が並べられたエレベータルームに入る。
「胡州の四大公って凄いんですね」 
 正直これほど立派なホテルは誠には縁がなかった。都立の高校教師の息子である、それほど贅沢が出来る身分でない事は身にしみてわかっている。
「何でも一泊でお前さんの月給くらい取られるらしいぞ、普通に来たら」 
 島田がニヤつきながら誠を眺める。
「でしょうねえ」 
 そう言うと開いたドアに入っていく三人。
「晩飯も期待しとけよ、去年も凄かったからな」 
「創作料理系のフレンチだけど、まあ凄いのが並ぶんだなこれが」 
 誠は正直呆然としていた。体調はいつの間にかかなり回復している。自分でも現金なものだと感心していると三階のフロアー、エレベータの扉が開いた。
 落ち着いた色調の廊下。掛けられた絵も印象派の作品だろう。
「これ、本物ですかね」 
「さすがにそれはないだろうな。まあ行こうか」 
 誠の言葉をあしらうと、鍵を受け取って進む島田。
「308号室か。ここだな」 
 島田は電子キーで鍵を開けて先頭を切って部屋に入る。
「広い部屋ですねえ」 
 誠は中に入ってあっけに取られた。彼の下士官寮の三倍では効かないような部屋がある。置かれたベッドは二つ、奥には和室まである。
「俺らがこっち使うからお前は和室で寝ろ」 
 そう言うと島田とキムはベッドの上に荷物を置いた。
「それにしても凄い景色ですねえ」 
 誠はそのままベランダに出る。やや赤みを帯び始めた夕陽。高台から望む海の波は穏やかに線を作って広がっている。
「まあ西園寺様々だねえ」 
 島田のその言葉を聞きながら誠は水平線を眺めていた。
 海は好きな方だと誠は思っているが、それにしても部屋の窓から見る景色はすばらしい景色だった。松の並木が潮風にそよぐ。頬に当たる風は夏の熱気を少しばかりやわらげてくれていた。
「なんか珍しいものでもあるのか?」 
 荷物の整理をしながら島田がからかうような調子で呼びかける。たぶん去年に彼が体験した絶景と言う言葉のためにあるような景色を誠が見つけたことに気がついているのだろう。
「別にそんなわけじゃないですが、いい景色だなあって」 
「何なら写真でも撮るか?」 
 振り返るとキムがカメラを差し出していた。
 その時、突然キムの携帯端末が着信を知らせる。キムはすぐさま振り向いてドアのほうに向かって歩き出した。そしてこちらから聞こえないような小さな声で何事かをささやきあっていた。そんなキムを見て頭を掻きながら立ち上がる島田。
「抜け駆けかよ。まあいいや、神前。とりあえず俺、ちょっと出かけてくるから」 
 ベッドからバッグを下ろした島田はそれだけ言うとそそくさと部屋を出て行く。キムはしばらくドアのところで電話の相手と楽しげに歓談をしている。
 その時急にドアが開き、キムがそのドアにしたたか頭を打ち付けた。
「何してんの?」 
 頭を抱えて座り込むキムを見下ろしている紺色の髪の女性。入ってきたのはアイシャだった。しばらくして恨みがましい目で彼女を見上げるキム。
「あっ、ジュン君ごめんね。痛かったでしょう」 
 アイシャが謝るが、軽く手を上げたキムはそのまま廊下に消えていった。
「一人で退屈でしょ。うちの部屋来ない?」 
「はあ……」 
 誠はなぜ自分が独りになると言うことを知っているのか不思議に思いながら生返事をする。満足げにそれを見つめるアイシャ。
「誰の部屋だと思ってんだ?ちゃんと持ち主の許可をとれってんだよ!」 
 怒鳴り込んできたのは要だった。そしてそのまま窓辺に立っている誠の目の前まで来るとしばらく黙り込む。
「あの……西園寺さん?」 
 誠の言葉を聞いてようやく要は何かの決意をしたように誠を見上げてきた。
「その……なんだ。ボルドーの2302年ものがあるんだ。一人で飲むのはつまらねえからな。良いんだぜ、別に酒はもう勘弁って思ってるんだったらアタシが全部飲むから」 
 要をちらちら見ながら近づいてくるアイシャ。要の言葉に思わず噴出しそうになるのを無理して口を抑えて我慢している。
「いいワインは独り占めするわけ?ひどいじゃないの!」 
 アイシャが要に噛み付く。開かれたドアの外ではカウラが困ったような表情で二人を見つめている。
「わかりました、今行きますよ」 
 そう言って誠は窓に背を向ける。そして満足そうに頷いているアイシャに手を握られた。
「何やってんだ?オメエは」 
 タレ目なので威圧してもあまり迫力が無いが、機嫌を損ねると大変だと慌てて手を離す誠。カウラにも見つめられて廊下に出た誠は沈黙が怖くなり思わず口を開く。
「ワインですか。なんか……」 
「アタシの柄じゃねえのはわかってるよ」 
 頭を掻きながら要が見つめてくるので、笑みを作った誠はそのまま彼女について広い廊下の中央を進んだ。
 やわらかい乳白色の大理石で覆われた廊下を歩く。時折開いた大きな窓からは海に突き出した別館が見える。要は先頭に立って歩いている。
「本当にすごいですね」 
 窓の外に広がる眺望に誠は息を呑んだ。広がる海。波の白い線、突き出した岬の上の松の枝ぶり。
「アタシは嫌いだね、こんな風景。成金趣味が鼻につくぜ」 
 先頭を歩く要の言葉。こう言う取って置きの風景を見慣れすぎたこの人にはつまらなく見えるのだろうと誠は思った。
 胡州四大公筆頭西園寺家の時期当主。擦り寄ってくる人間の数は万を超えたものになるだろう。擦り寄ってくる相手にどう自分を演じて状況から逃れるのか。それはとても扱いに困るじゃじゃ馬を演じること。要はそう結論付けたのかもしれないと誠は考えていた。
 そんなことを考えている誠を気にするわけでもなく廊下を突き当たったところにある凝った彫刻で飾られた大きな扉に要が手をかざした。
 ゆっくりと開かれる扉。そしてその外側に広がる水平線に誠は目を奪われた。
「これ、部屋なんですか?」 
 誠は唖然とした。
 全面ガラス張りの部屋が広がっている。中央に置かれた巨大なベッド。まさに西に沈もうとする太陽に照らされた部屋は、誠達にあてがわれたそれのさらに五倍以上の広さが会った。
「まあ座れよ。ワイン取ってくる」 
 要はぶっきらぼうにそう言うと部屋の隅の大理石の張られた一面に触れる。壁が開かれ、何十本という数ではないワインが誠の座っている豪奢なソファーからも見える。
「じゃあ、グラスは四つで」 
「アイシャ。オメエに飲ませるとは一言も言ってねえぞ」 
 要はそう言うと年代ものと一目でわかるような赤ワインのビンを持ってくる。その表情にいつもにない自信のようなものを感じて誠は息を呑んだ。
「要ちゃんと私の仲じゃないの。少しくらい味見させてよ」 
 アイシャが手を合わせてワインを眺める要を見つめている。誠は二人から目を離し、辺りを見回した。どの調度品も一流の品なのだろう。穏やかな光を放ちながら次第に夕日の赤に染まり始めていた。
「ああ、この窓はすべてミラーグラスだからな。覗かれる心配はねえよ」 
 専用のナイフで器用に栓を開けた要がゆったりとワインをグラスに注いでいる。
「意外と様になるのね。さすが大公家のご令嬢」 
「つまらねえこと言うと量減らすぞ」 
 そう言いながらも悪い気はしないと言うように要はアイシャの方を見つめていた。カウラはじっと要の手つきを見つめている。
「カウラも付き合え」 
 最後のグラスに要がワインを注ぐ。たぶんワイン自体を飲んだことが無さそうなカウラが珍しそうに赤い液体がグラスに注がれるのを見つめていた。
「まあ夕日に乾杯という所か」 
 少し笑顔を作りながら要はそう言うとグラスを取った。
 誠は当然、このようなワインを口にしたことは無い。それ以前にワインを口にするのは神前家ではクリスマスくらいのものだ。父の晩酌に付き合うときは日本酒。飲み会ではビールか焼酎が普通で、バリエーションが増えたのは要に混ぜ物入りの酒を飲まされることが多くなったからだった。
「お前らに飲ませても判らねえだろうな……でも悪くないな。これなら叔父貴も文句言わないレベルだろ」 
 グラスを手に要が余裕のある表情を浮かべた。嵯峨の話が出て食通を自任する上司の抜けた笑顔を思い出して静かにグラスを置いて笑う誠とアイシャ。
「否定はしないぞ。確かに隊長のような舌は無いからな。だが香りはいい」 
 カウラはそう言いながらグラスを置いた。いつもなら酒を口にするときはかなり少しづつ飲む癖のある彼女がもう半分空けているのを見て、誠は自分が口にしているきりりと苦味が走る赤色の液体の魔力に気づいた。
「アンタがお姫様だってことはよくわかったわよ。でも……まあこれって本当に美味しいわね」 
 一方のアイシャといえばもうグラスを空けて要の前に差し出した。黙って笑みを浮かべながら、要はアイシャのグラスに惜しげもなくワインを注ぐ。
「神前、お前、進まないな。まだ残ってるのか?」 
 アイシャに続き自分のグラスにもワインを注ぎながら要が静かな口調で話しかける。
「実は僕はワインはほとんど飲んだことがないので……」 
 そう言うと要は満足そうに微笑んで見せる。
「そうか。アタシはワインは好きだが、時と場所を考える性質だからな」
 その言葉にアイシャとカウラが顔を見合わせる。 
「よくまあそんなことが言えるわね。場所も考えずにバカスカ鉄砲ぶっ放すくせに」 
 すでに二杯目を空けようとするアイシャをにらみつける要。
「人のおごりで飲んどいてその言い草。覚えてろよ」 
「判ったわよ……誠ちゃん!飲み終わったらお風呂行かない?ここの露天風呂も結構いいのよ」
 輝いている。誠はアイシャのその瞳を見て、いつものくだらない馬鹿騒ぎを彼女が企画する雰囲気を悟って目をそらした。
「神前君。付き合うわよね?」 
 誠はカウラと要を見つめる。カウラは黙って固まっている。要はワインに目を移して誠の目を見ようとしない。
「それってもしかしてこの部屋専用の露天風呂か何かがあって、そこに一緒に入らないかということじゃないですよね?」
 誠は直感だけでそう言ってみた。目の前のアイシャの顔がすっかり笑顔で染められている。 
「凄い推理ね。100点あげるわ」 
 アイシャがほろ酔い加減の笑みを浮かべながら誠を見つめる。予想通りのことに誠は複雑な表情で頭を掻いた。
「私は別にかまわないぞ」 
 ようやくグラスを空けたカウラが静かにそう言った。そして二人がワインの最後の一口を飲み干した要のほうを見つめた。
「テメエ等、アタシに何を言ってほしいんだ?」 
 この部屋の主である要の同意を取り付けて、誠を露天風呂に拉致するということでアイシャとカウラの意見は一致している。要の許可さえ得れば二人とも誠を羽交い絞めにするのは明らかである。誠には二人の視線を浴びながら照れ笑いを浮かべる他の態度は取れなかった。
「神前。お前どうする?」 
 要の口から出た誠の真意を確かめようとする言葉は、いつもの傍若無人な要の言動を知っているだけに、誠にとっては本当に意外だった。それはアイシャとカウラの表情を見ても判った。
「僕は島田先輩やキム先輩と同部屋なんで。そんなことしたら殺されますよ」 
 誠は照れながらそう答えた。
「だよな」
 感情を殺したような要の言葉。アイシャとカウラは残念そうに誠を見つめる。
「このの裏手にでっかい露天風呂があって、そっちは男女別だからそっち使えよ」 
 淡々とそう言う要を拍子抜けしたような表情でアイシャとカウラは見つめていた。
「ありがとうございます……」 
 そう言うと誠はそそくさと豪勢な要の部屋から出た。いつもは粗暴で下品な要だが、この豪奢なホテルでの物腰は、故州四大公家の一人娘という生まれを思い出させる。
 廊下から沈みつつある夕暮れが見える。もしかしたら自分はかなり損をしたのではないだろうかと誠は考えたが、口の軽いアイシャが四人で露天風呂に入ったと島田達に言いふらすのは確実だ。
『菰田さん。怖いんだよなあ』 
 常に痛い視線を投げてくる経理課長の三白眼を思い出しながら自室に入った。島田もキムも帰ってきてはいなかった。誠は着替えとタオルを持つとそのまま廊下を出た。
 どうにも寂しい。
『やはり断らない方が……』
 そう考えながらエレベータでロビーに降りる。
「神前曹長!」 
 ロビーで手を振るのは明華の秘蔵っ子で技術部整備班のやり手の西兵長だった。後ろで小突いているのは菰田主計曹長。いつものことながら威圧するような視線を誠に浴びせてくる。
「もう行ってきたんですか?」 
 イワノフ少尉がニヤニヤ笑いながらうなづく。
「結構日本風の風呂というものもいいものだな」 
 そういいながら扇子で顔を仰いでいるのはヤコブ伍長だった。
「島田さんは?」 
「野暮なこと言っちゃだめですよ!きっとラビロフ少尉と……」 
 西はそう言うとにんまりと笑う。
「餓鬼の癖に詰まらんことを言うな!」 
 西を取り押さえたのはソン軍曹だ。菰田、ソン、ヤコブ。どれも誠が苦手とする先輩である。
『ヒンヌー教団』
 三人を保安隊の隊員達はこう呼んだ。
 アイシャ曰く『筋金入りの変態』と呼ばれる彼等は自らは『カウラ・ベルガー親衛隊』と名乗り、犯罪すれすれのストーキングを繰り返す過激なカウラファンである。出来れば係わり合いになりたくないと思っている誠だが、経理の責任者の菰田に提出する書類が色々とある関係で逃げて回ることも出来なかった。今回の旅行でも、本来は菰田は管理部経理課長として、休みが取れないところを吉田に仕事を押し付けてやってきたほどのいかれた人物である。
『これでカウラさんと風呂に入っていたら……』 
 菰田達の視線が痛く感じる誠。
「どうしたんだ?」 
 いぶかしげに黙って突っ立っている誠の顔を覗き込んでくる菰田。悟られたらすべてが終わる。その思いだけで慌てて誠は口を開く。
「なんでもないですよ!なんでも!じゃあ僕も風呂行こうかなあ……」 
「そっちは駐車場だぞ」 
 ガチガチに緊張している誠を見る目がさらに疑いの色を帯びる。ソンなどは誠の周りを歩き回り異変を探り当てようとしているような感じすらする。
「そうですか?仕方ないなあ……」 
 誠は逃げるようにして菰田達がやってきた露天風呂のほうに向かった。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 7

「若者達はいいねえ」 
 隊長席でのんびりとタバコをふかしながら、嵯峨は窓を開けて身を乗り出すようにして通用門に向かうバスを眺めていた。
「吉田の。お前も行けばよかったのに。あの明石や明華も有給取ってるんだ、そのうち騒がしくなったら遊びにも行けなくなるぜ」
 振り向いた嵯峨の一言に吉田はめんどくさそうに口を開く。
「確かにそうなんですが……」 
 吉田はソファーに腰掛け、隣に立っている司法警察と同規格の制服を着た女性を見やった。黒いセミロングの髪の女性は、胸の前で手を組みながら嵯峨の様子を覗っている。
「安城(あんじょう)さん、とりあえず腰掛けたら……」 
 嵯峨は窓のサッシに寄りかかりながら笑顔でそう言って見せるが、同じようにやわらかい笑顔を浮かべながら安城秀美少佐はそれを断った。
「服が汚れるから止めておくわ」 
 静かだが明らかに軽蔑したような彼女の視線に嵯峨が身をすくめる。司法局特務実働部隊隊長の彼女ははまた実を翻して子供のように窓から身を乗り出している嵯峨の様子を見守っていた。
「それより近藤資金のデータがなぜうちに来ないのか、説明して貰えるかしら?」 
 詰問するような調子で秀美は嵯峨を見据えている。
「吉田の。あれだけだろ?ウチで把握してる資料って……」 
 ようやく執務用の椅子に戻って目の前の決済済みの書類の山をぺらぺらとめくる嵯峨。彼は決して秀美を見上げようとはしなかった。
「諦めてくださいよ、隊長」 
 吉田のそんな一言を聞くと、嵯峨は仕方がないと言うように手元にあった紙切れに四文字のカタカナを書き付けて机の端に置いた。
「それで正面からウチのシステムに入れますよ」 
 それを見ると安城は歩み寄ってその紙切れを拾い上げた。まるで欲しかった人形を手に入れた少女のような表情。嵯峨の視線か秀美に釘付けになる。
「秀美さん。今日はこんな紙切れのために来たんじゃないんでしょ?」 
 吉田が見ていることに気がつくと、嵯峨は咳払いをして椅子に深く座りなおす。
「そうね。法術特捜部隊の設立に関して同盟司法機関直属の実働部隊としての総意を取り付けようと思って」 
 ようやく穏やかな表情に戻った秀美が嵯峨を見つめる。
「それなら次の司法局の幹部会にでも……」 
「あら、いつもそこで居眠りばかりしている人は誰なのかしら?おかげで司法局には無駄飯食いが多いと軍から突き上げを食らうのはいつだって私なのよ」 
 そこまで言うと参ったと言うように嵯峨は両手を頭の後ろに持ってきて苦笑いを浮かべる。
「きついなあ、秀美さんは」 
 嵯峨のそんな態度に秀美は明らかにいらだっているように大きく見せ付けるように息を吐いた。
「正直、私のところでは対応しきれないのよね。確かに戦術的な意図を持って法術兵器を使用してのテロが行える組織。そんなものがまだ存在しない可能性の高い現状なのは事実かもしれないけど。発火能力のように以前からのテロ行為だけならうちでも対応可能かもしれないけど……」 
 ここまで言うとさすがに嵯峨も関心がある話なのでそのまま秀美を見上げるようにして机の上に頬杖を付いて真剣に聞き入る。
「確かにこれからは小火器などで武装したチームと連携してテロ活動を行う可能性は高いわね。となればウチの領分だけど、ウチはには神前君や嵯峨さんみたいな法術適性上位クラスの隊員はいないのよ」 
「確かに同盟機構の上層部がうちと秀美さんの部隊の設立には積極的だったのは法術の公表の前の話だからね。自爆テロと爆弾テロを組み合わせてるとか、同盟加盟に難色を示す一部の軍部隊の暴走やベルルカンで動いている同盟軍の側面支援とか。そんなことしか頭に無かった偉い人には法術犯罪の専門部門を司法局に新設する必要性なんて感じてないかもしれないねえ」 
 諦めたように静かに呟く嵯峨。吉田も黙ってその様子を見つめている。
「法術絡みになればうちはお手上げ。新設される法術特捜のフォローは嵯峨さんの所でしてもらわないと困るのよね」 
 そう言い切られて困り顔の嵯峨。
「そんな顔しても無駄よ。まあこちらの領分での事件ならいつでも引き受けるけど」 
 穏やかな口振りだが、語気は強い。ソファーに腰掛けた吉田が伸びをすると、困ったような目で秀美を見つめる嵯峨の姿があった。いつまでも困った顔を続ける嵯峨に秀美は大きくため息をつく。
「先週の同盟司法会議でも柔軟に対応すると言うことでお手伝いが出来るような体制を作るように上申しておいたの見てなかったの?まあ嵯峨さんはまた寝ていたみたいだけど」
 寝ていた事実を指摘されるとさすがの嵯峨も頭を掻きながら手にしたタバコの箱を転がすことしか出来なかった。 
「だってさあ……頭の固いお偉いさんに具体的な事例も挙げずに戦力強化のお話なんて……結果が見えてるのに話し聞くだけ体力の無駄だと思ってたからねえ」 
 嵯峨はそう言うと一枚のディスクを取り出した。
「何、これ」 
 秀美は静かにディスクを受け取る。何の変哲も無いデータディスク。親指の爪ほどの黒い板をじっと見つめる秀美。吉田はそれが何かを知っているとでも言うようにソファーで静かに頷いていた。
「プレゼント。という事でどう?」 
 嵯峨はニヤリと笑う。秀美は嵯峨の言葉遣いに彼を見つめて一瞬ハッとした後、照れるようにディスクに目を移す。
「見ないんですか?隊長は」 
 不満そうに呟く吉田。彼の不満そうな表情から秀美はそのディスクの内容があまり公に出来ないが重要な情報が詰まっていることを察した。 
「見たよ。よくやってくれたねえ。でもまあ予想の範囲内ってとこか」 
 そう言うと嵯峨は鋭い目つきで自分をにらんでいる秀美の目を気にしながらタバコに火をつけた。
「近藤資金の流れ?」 
 秀美は軽く掻き揚げると足元のかばんを開き、バインダーを取り出して並んだ同じようなディスクと一緒にそのディスクをしまった。
「上手い事、公然組織に分散してたからね。末端までたどるのに苦労したよ」 
「末端組織まで……俺のデータにいくつか加筆したわけですか?」 
 見上げた吉田の先に、いつもの通り眠そうな嵯峨の瞳が漂っている。
「東ムスリム革命戦線、皇国の旅団、聖職者会議。まあぞろぞろとおっかない組織の名前が出て来る出て来る。こんなところとお友達になりたがるお偉いさん達……金持つと人間変わるってのがよくわかったよ」 
 嵯峨がたとえに上げた頻繁に遼州各地でテロを行っている組織名に秀美の顔が真剣なものへと変わる。
「そのあたりの名前と金の流れだけならこれをもらう必要なんて無いわね。それ以上のもの……何か掴んだの?」
 秀美の目がまた鋭く嵯峨を睨みつける。
「南都の米軍基地を標的にした自爆テロ。確か現役の海軍兵士が20名程お亡くなりになった事件。ありましたよね。あれからもう三ヶ月だ。遼南の警察当局もがんばっているねえ、俺の耳につまらない話が聞こえなくなってきたよ」
 いつものように相手を煙に撒く嵯峨の口調。秀美はだまされまいとその言葉に耳を澄ます。 
「遠まわしな言い方は無駄よ。とりあえず何が言いたいのかしら?」 
 苛立つ秀美に笑顔で答える嵯峨。
「それ以降、何処の紛争地帯でもこの手のテロは発生していない。先週の日本の成田の乱射事件も射殺された日本解放戦線のメンバーには遼州系の参加者がいたにもかかわらずだ」 
 秀美は嵯峨を見つめた。物悲しげな殺気を感じないその表情。だが彼女はその表情を見るとどうしても目の前の男に近づきがたい雰囲気を感じる自分がいることを知っていた。
「近藤事件以降、テロ組織が方針を転換したとでも?」 
 ようやく気がついたかのように秀美はそう言った。
「そのあたりを頭に入れてそのデータを見ると納得が行く。非公然組織への資金供与や政界工作の為に流れていた資金だけど、俺が見ただけでも数倍の金額が消えてなくなっている。近藤の石頭に私的流用なんて器用なことできるわけが無い」 
「つまり、正体不明の資金がどこかに流れ込んでいるって言う訳?確かに胡州の公安憲兵隊が近藤中佐の公然組織名義でプールされていた資金があまりに少ないのには私も唖然としたけど」 
 嵯峨はタバコを灰皿に押し付けてもみ消すと、次はボールペンで頭を掻き始める。
「その……ねえ。ディスクを見てもらえればわかるけど、あくまで現時点の話ですから。金は天下の回り物。つかめる範囲での新しい情報が入ったら連絡させてもらいますよ」 
 そう言うと嵯峨は立ち上がった。
「それでさあ……秀美さん。上手い蕎麦屋があってね、これから暇なら昼飯くらい……」 
 揉み手でもしかねない態度の変化。秀美はいつもそんな豹変する嵯峨に振り回されてきた。
「残念だけど、これから会議なのよ。『彼女』の件で」 
 そう言うと秀美は悪戯っぽい笑みを浮かべる。嵯峨の笑みが『彼女』と言う言葉を聞くと一瞬だけ残念そうな表情に変わるのを吉田は見逃さなかった。
「良いじゃないの、あいつのことは。それよりここまで足を伸ばしてもらうなんてことはそうないんだからさあ」 
 食い下がる嵯峨だが、秀美は手にしたバッグを一度開いて中身を確認すると背筋を伸ばして嵯峨を見つめる。
「また今度にしましょう。彼女ったら結構まめなのよね。どこかの誰かさんとは大違い」 
 秀美はそう言うと親しげな笑みを浮かべて部屋を出て行く。 
「笑うなよ吉田……」 
 振られた嵯峨を見て笑う吉田に情けない顔を晒す嵯峨だった。

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遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 6

「良い天気!」 
 ハンガーの前で両手を横に広げて走り回るシャム。お気に入りの戦隊モノのプリントがされたTタンクトップにデニムの半ズボン。さすがに旅行と言うこともあって毎度おなじみの猫耳はつけていなかった。しかしそれだからこそ彼女は小学校低学年の児童にしか見えなくなる。
「あの、西園寺さん。あの人、本当に三十過ぎなんですか?」
 誠はシャムを指差して要に尋ねる。シャムが活躍した遼南内戦から逆算すればそうなるとは理解していても誠にはその現実は受け入れられなかった。 
「まあオメエのお袋よりは年下なんじゃねえの?どっちも実年齢は信じられねえけどな」 
 そのはしゃぎぶりを眺めて呆れる要。要はいつも通り黒いタンクトップにジーパンと言うラフな姿だった。誠も無地の水色のTシャツ。痛い格好はするなと寮長の島田から釘を刺されていたからこそのチョイスだった。
「シャムちゃん!そこにバス停めるからどいてね!」 
 白い髪に白いワンピース姿のリアナと、その後ろで荷物を抱えながらついてくる健一。
「そのまま!ハンドル切らずにまっすぐで!」 
 そう叫んでいるのは青いTシャツを着た西。いつもこう言うときに気を利かせる彼の機転に誠は感心しながらその後姿を眺めていた。
「もっとでかい声出せよ!真っ直ぐで良いんだな!」 
 サングラスをかけてバスの運転席から顔を出しているのは島田だった。電気式の大型車らしく静かに西の誘導でバックを続けている。
「随分本格的ですねえ……レンタルですか?」 
 エメラルドグリーンの髪に合わせたような緑色のキャミソール姿のカウラに誠は声をかけた。
「備品には出来る値段じゃないだろ?去年は二台バスを借り切ったが、今年は一台で済んだな」
 あっさりとそう言うカウラの横顔を見つめて目を見開いて驚いてみせる誠。 
「それってほとんど隊が空っぽになるんじゃないですか?まだ準備段階で今より人数も少なかったって話ですし……」
 誠は驚いて見せるが要もカウラも当然と言うような顔をしている。
「去年は機体も無い、機材も無い。することも無いって有様だったからな。それに整備班の参加者が少ないのは第四小隊の噂が本当みたいだからな。その準備とか色々あんだろ?」 
 要がポツリと呟いた。
「第四小隊?第三が先じゃないんですか?」 
「第三小隊は選抜は終わったが、同盟会議の決済がまだ下りないそうだ。そこで同時進行で進んでいた第四小隊の増設が来月の頭にあるらしい」 
 穏やかに答えるカウラ。目の前ではバスの止める位置をめぐり西がもう少し寄せろと言い出して島田と揉め始めていた。
「そうなんですか?……でも変じゃないのか?なんで第三小隊の増設が出来ないで……」
 そんな誠の疑問だが、要もカウラも逆に不思議そうに誠を見つめてきた。 
「あんまり叔父貴に力が集まるのが面白くねえんだろうな、上の連中は。第三小隊の隊長は楓の奴だろ?それに法術捜査局が来月立ち上げだ。その主席捜査官が……」 
 そこまで言うと要はにんまりと笑って西と一緒に島田をとっちめはじめたサラを見ながら笑顔を浮かべる。
「嵯峨茜弁護士。ですか」 
 誠はそう言うと気分を整理しようとハンガーを覗き込んだ。パラソルを抱えたキムがおそろいの南国風の絵柄のTシャツ姿のエダと共に現れる。早速、小走りで島田達に近づいて仲裁を始めるキム。だが島田は頑として折れようとしないようだった。
「まあ近藤事件は叔父貴が独断で仕掛けたところがあったからな。どこの軍や司法機関も法術と言う存在を意識した組織改革を行っているところだ。人材が欲しけりゃ自分で探せってことなんだろうよ。予算のかかるうちみたいなところに金や人材を出すならもう一山二山実績を上げてからにしろってことなんだろうよ」 
 要はそう言うとタバコを口に持っていく。ようやく止める位置をめぐる島田と西の争いが決着が付いたようで島田はそのまま窓を閉めてハンドルを離してバスから降りようとしていた。
「で、第四小隊の情報は掴んでるわけ?」 
 こつりと後頭部を小突かれて思わず要がつんのめる。
「って!何しやがる!」 
 要の後頭部を突いたのは『萌え』とプリントされたピンクのTシャツを着ているアイシャだった。隣にはお腹の辺りが開いた大胆な服を着ているパーラがスイカを抱えている。
「そう言うオメエはどうなんだ?」 
 後頭部をさすりながらアイシャを見上げる要だが、アイシャは余裕たっぷりに口を開く。
「そうねえ、遼南の米軍基地から輸送艦が一隻、新港に入ったらしいわよ。積荷はM10グラント」 
 頷いているカウラを見るとアイシャは話を続けた。
「M10は05式と互角にやれるとアメリカ軍が大見得を切った機体よね。それをわざわざウチの運用艦『高雄』の母港に運ぶってことは……」 
 相変わらずもったいぶって言葉を選ぶアイシャ。その態度が要を苛立たせている。
「第四小隊の面子の身元はアメちゃん……か。目的はうちの持っている神前や叔父貴の法術シュミレーションのデータとその運用ノウハウの確立とでも言うところか?」 
 苦々しいと言うようにタバコをふかしながら要はそう言うと大きく伸びをした。
「アメリカ軍?そんな。なんで地球圏から遼州同盟機構に……」
 誠はきょとんとして要達を見つめる。当然のように呆れはてた視線を投げてくる女性陣。 
「馬鹿だな神前の。現状で法術適性の持ち主が圧倒的多数居住するのは遼州星系だ。アメちゃんがそこに目をつけないはずが無いだろ?それにアメリカ本国でも遼州系の移民による法術犯罪が相当数発生しているのは事実だからな。これまでは情報管制と上層部からの圧力で抑えられたが、それも限界が来たってことだ」 
 要はバスを見上げながらそう言って手にしたポーチからサングラスを取り出してかける。
「それだけじゃ無いだろうな。法術の軍事技術利用の研究が一番進んでいるのもアメリカだ。当然、東和の法術技術開発には関心がある。合法的にそれを監視できると言うところで同盟内部の譲り合いで空いた第四小隊の椅子を手に入れられるならそれもいいと思ったんだろ」 
 カウラはそう言うと足元の大き目のバッグを持ち上げた。
「はいこれ!」 
 突然パーラとサラの後ろから現われたアイシャがガリ版刷りの小冊子を誠、要、カウラの三人に手渡す。手にした冊子に明らかに不審そうな表情を浮かべる要。
「今時わら半紙で、ガリ版刷りって……これ!僕の描いた『魔法少女エリーS』のミルキーじゃないですか!」 
「なんだそりゃ?」 
 要は誠の描いたイラストが表紙にある冊子を眺めている。そしてすぐにサングラスの上の眉をぴくぴくと振るわせ始めた。一生懸命爆笑を堪えている。そんな様子に苦笑いを浮かべる誠。
「そうよ。あえて空気キャラを表紙に使う事で内容への関心を呼び起こすと言う……」 
「暇だな貴様は」 
 呆れるカウラ。誠もその絵の上に踊る『うみのしおり』と言う文字を放心したように見つめていた。
「そう言や、アメちゃんの何軍だ?陸軍は叔父貴に遺恨が残っとるし、海兵隊はM10グラント配備してねえだろ?空軍?海軍?宇宙軍?」 
 出来るだけ冊子のことには触れたくないと言うように要が話題を変えてアイシャに顔を向ける。自分の自信作が無視されているのに気が触ったようで頬を引きつらせているアイシャ。
「ああ、海軍だって話みたいよ。遼南の南都州の基地と言えばアメリカ海軍の遼州最大の拠点だから当然じゃないの?それより要!」
 三人の中で一番『美人』と言う言葉が似合うと誠自身は思っているアイシャの瞳が鋭く要を見つめる。  
「なんだよ、おっかねえ顔して」 
 さすがの要もびっくりして携帯灰皿に吸殻を押し込んでいた手を止める。
「あなたはちゃんとこの冊子を読んで、理解してからバスに乗るのよ。これは上官からの命令よ!わかった?」 
「なんだよ!この前の件で佐官に昇格したからって……」 
 愚痴る要をアイシャが一睨みした。だがじりじりとアイシャは要に顔を近づけてくる。
「わあったよ!読めばいいんだろ!読めば!」 
 根負けした要は一人で先にバスの入り口に向かった。手荷物がやけに少なく、他の隊員が荷物の積み込みの順番を待っているのを横目に見ながら歩いていく。
「よろしい。じゃあちょっと他のみんなにも配ってくるわ」 
 アイシャが背を向ける。要はそれを見てすばやく誠達のところに戻ってきた。そして子供みたいに石を投げる振りをする。
「餓鬼か?お前は?」 
 呆れるカウラ。
「ったく!あの馬鹿!腹が立つぜ。これ、絵を描いたの神前か?」 
 表紙を眺めながら要が呟く。
「ええ、そうですけど……何か?」 
 サングラスを少しずらしてタレ目で誠を見上げてくる要の視線に誠は少したじろいだ。
「っ、別にな。じゃあ読むか」 
 要はそうポツリとつぶやくと手の中の冊子を開く。それを横目で見ながらカウラは要の手にあわせるように冊子を開いた。冊子を開くと、そこにはあまり上手くないアイシャの挿絵が踊っている。しばらく荷物の積み込み口でサラと雑談していたアイシャが戻ってきたのが誠にも見えた。手に冊子を握っていた要だがそれを察してアイシャを一瞥する。
「なに?」
「いや別に……」
 再び冊子のページをめくった要の表情が曇る。
「何々?バスでの飲酒は禁止?これパス。運転中のバスでは立ち歩かない?これもパス。休憩中のパーキングでは必ず早めにトイレに行くこと?まあこれはいいんじゃねえの?」 
 苦笑いを浮かべながら冊子のページをめくる要。
「アンケートじゃないのよ!それは絶対遵守事項!」 
 腰に両手をあてて怒鳴りつけるアイシャ。思わずサングラスを落としそうになりながら要が冊子を地面に叩きつけた。
「やってられるか!ったくつまんねえことばかりはりきりやがって!」
 そんな要を見ながらカウラが冊子を拾った。にらみつけてくるアイシャと関わるのが面倒だと言うよな表情の要はそれを受け取ると抱えていたポーチにねじこむ。
「それにしても今回は少ないよな、参加者。技術部は島田のアホとキム、ソン、西、吉川、金子、遠藤。警備部はヤコブ、イワノフ、ボルクマン。管理部は菰田、服部、立川。それとお姉さんの旦那か」 
 要はアイシャの冊子を誠に押し付けると男性陣を指折り数えた。
「暇そうな連中だな」 
 それを聞いたカウラもそう続ける。そこで要はサングラスを下げて、下から見上げるようにカウラに近づく。何事かと構えるカウラの正面に満面の笑みの要がいた。
「菰田、ソン、ヤコブが来るのはお前目当てなんだろ?ちゃんと絞めて行けよ」
『ヒンヌー教徒』三人の名前を聞いてカウラの表情が曇る。 
「つまらない事は言わない方がいいぞ。口は災いの元だからな」 
 カウラはその話をしたくは無いと言うようにあっさり答えた。
「神前!荷物積むの手伝え!」 
 とても実働部隊の備品とは思えない量のパーティーグッズを荷物置き場に押し込んでいる島田が叫んだ。
「じゃあな、アタシ等乗ってるから」 
 そう言うと島田に見入られて身動き取れない誠を置いてバスに乗り込む要とカウラ。
「スイカはここに入れると割れるんじゃないですか?」 
 誠はパーラから島田が受け取ろうとしているスイカを見てそう言った。
「じゃあシャムちゃんに見つからないように隠しておくわね」 
 パーラはそう言うとそのままボストンバッグを誠に渡してバスに乗り込む。
「パラソルは折れるかな?」 
「大丈夫なんじゃないですか?奥のほうに突っ込んでおけば」 
 誠と島田はバスに乗り込んでいく面々から荷物を受け取りつつ、それを床面の下の荷物置き場に突っ込む。
「正人!アイス買ってきたけど食べる?」 
 荷物置き場が一杯になった時、備品の自転車に乗って買出しに行っていたサラが二本のアイスキャンディーを島田達に手渡す。彼は受け取った二本のキャンディーを誠に見せた。
「悪いね。神前、どっち食う?」 
「じゃあ小豆の方で」 
 いつの間にかかいた汗を拭いながら三人で一息つく。
「なるほどねえ。この前、姐御からM10の仕様書渡されて、どっからこんな最新機の情報手に入れたか聞こうと思ったんだが、ウチで動かすのか。整備のシフト考え直さないとまずいよなあ」 
 ソーダ味のアイスキャンディーを口にしながら島田が呟く。
「しかし、M10なら採用国は同盟加盟国でも何カ国かあるから大丈夫なんじゃないですか?運用の問題点とかのノウハウなら吉田さんに頼めば調べてくれるでしょうし」 
 表面に氷が張り付いて味のしないアイスバー。失敗したかなと思いながら、小豆色のバーを口にねじ込む誠。
「別に吉田さんに頼まんでも俺も聞いてるよM10の運用の注意点くらい。海兵隊が採用しなかったのは初めて導入したアメリカ海軍での評判があまり芳しくなかったからだって話だぞ。関節部の駆動部品のメンテが面倒でね。交換に一癖あって正直、俺もどうかなあって思ってたんだよ。まあA4にバージョンアップしてその部分はかなり改善されたって言う話だけど、05に比べるとかなり手のかかる代物みたいだな、まあ実物を拝まないことには判断はつかないけどな」 
 そう言うと島田は解けて手にかかろうとするアイスに手を焼いてそのままがぶりと先から食いついた。
「そうなんですか……」 
 誠は島田の話を聞きながら伸びをする。その視線にバスの中で手招きしている要の姿を見つけた。
「島田の旦那ー!」 
 窓を開けようとする島田を待っていた誠に向けて叫ぶ声が聞こえて振り向いた。オリーブ色のTシャツにジーンズの小夏、桜色の日傘を手にする紫の和服の春子がハンガーから出てバスに向かってきていた。
「俺も旦那に昇格か」 
 窓を開けると照れるように笑う島田。整備班員の統率を買われていた島田は技術部部長の明華の推薦で准尉に昇進していた。笑顔でバスに駆け寄って来た小夏を迎える。
「師匠はもう中ですか?」 
 バスの先頭を指差す小夏。誠は周りを見回すが、自分と島田以外は全員バスに乗っていることに気づいて苦笑いを浮かべた。
「そうみたいだな。それにしてもお前も少しは女らしくしろよ」
 いつ見ても男の子のように見える小夏を島田はからかってみせる。 
「それはグリファン少尉みたいにしろってことですか?」 
 にやける小夏。サラとのことを弄られてムッとする島田。
「下らないこと言ってないでとっとと乗れ!」 
 柄にもなく照れている島田と笑顔の春子が誠の目に入る。誠はそれを暖かく見守るとそのまま。春子のかばんと小夏のリュックを荷物置き場に押し込んでロックをかける。
「じゃあ全員そろったわけだ。行くか?」 
 誠は島田の言葉で春子を連れてバスの前を回ってバスに乗り込む。
「神前!こことって有るからな!」 
 バスの窓から要が身を乗り出している。誠はしかたなくそのままバスに乗り込むと奥の方へと歩き出した。
「ここだ。座れ」 
 イカの燻製を咥えながら、もう既にウィスキーの小瓶を手にして飲み始めている要の隣に席を占める。通路を隔てて隣は不機嫌そうに要をにらみつけるアイシャ。そして窓際に二人の動向を静かに見守るカウラが座っている。
「オメエも喰うか?」 
 燻製を差し出す要にしかたなく受け取る誠。
「行くのは永峰海岸ですか。随分ありますよね、ここからだと」 
 運用艦『高雄』の停泊先が東に150kmの新港。それに対して永峰は南の戸蔵半島の付け根のリゾート地である。渋滞とかのことを計算に入れれば今から出ても着くのは夕方になる。
「いいじゃない。着いたら温泉が待ってるのよ」 
 アイシャがそこでニヤリと笑う。大体彼女が笑うときは何かあるので冷や汗が流れるのを感じる誠。
「まさか混浴じゃないですよね?」 
 誠は何となくそう言ってみた。それに答えるつもりはまるで無いというようにじっと笑顔を保ち続けるアイシャ。
「まあなんだ。アタシの顔が利くところだからな」 
 この要の一言で混浴の浴場があることは誠にも想像ができた。
「何かたくらんでますね、西園寺さん」 
 誠は恐る恐る要を見る。いかにもたくらんでいますというように要は満面の笑みを浮かべていた。

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テーマ : 小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 5

「師匠!」 
 あまさき屋に一同が入ると調理場から小夏が駆け足でシャムに向かってくる。
「ナッチー!この人数、大丈夫?」 
 シャムが走って行き何時ものようにがっちりと抱き合う。そしてそれを見て要がいつも通りの生ぬるい視線で二人を見ているのを見つけた誠。なんとなくそんな不愉快そうな感じを滲み出しているのが要らしくて安心できる。そんな自分に笑いがこみ上げそうになる誠だった。
「ヤッホー!みんなー!」 
 奥のテーブルで手を振る白い長い髪の女性。それがリアナだと誰にでもわかる。正面に座っているワイシャツのがっちりした体格の男性は何度か機体整備の時に誠も見たことのあるリアナの夫鈴木健一だった。そしてその隣には技術部小火器管理主任のキム・ジュンヒ少尉と運行部でアイシャの副長昇格で正操舵手となったエダ・ラクール少尉がたこ焼きをつついていた。
「言っとくが、奢るのはお前らだけだぞ」 
 言葉はきついが要の表情はどこかしら余裕があった。アイシャは少しばかり狙いが違ったという顔をしながら店に入る。
「アイシャちゃん!こっちよ!」 
 リアナがまた手を振った。そして照れ笑いを浮かべている鈴木。
「誠ちゃんにはちゃんとした紹介はまだだったわね。これが健一君よ」 
 いつもほんわかした調子のリアナがさらにほんわかした調子で紹介する。頭を掻きながら握手を求めてくる鈴木に答えるように誠は右手を差し出した。
「君が神前君か。何度か法術系の開発装置の試験では顔は見たことはあるんだけどね」 
 誠の手をしっかりと握り締める鈴木。大学の先輩でもあることは知っていたので、どこか恥ずかしい気持ちになるのを感じる誠だった。
「実はね。僕は君が二年の時だと思うけど、『理科大最強の左腕投手が活躍してる』ってネットで見てリアナさんと応援に行ったことがあるんだよ」 
 にこやかに笑う鈴木。野球の話になると思って少しうんざりした顔になるサラと島田。だが真剣な顔つきの要を見ると二階の座敷に上がるわけにもテーブルに腰掛けるわけにも行かず、ただ二人の会話が終わるのを待とうという雰囲気に流され始めていた。
「今度もうちのエースなのよ。明石君が彼のこと買ってて、秋の都市対抗予選は誠君がエースナンバー背負う事になるみたいだし」 
 そう言うとリアナはうれしそうに突き出しのくらげを箸で掴む。
「そうすると敵同士か。うちの野球部はセミプロレベルだからな。いい試合期待してるよ」
 そう言って席に戻りビールを口に運ぶ鈴木。仕方がないというように島田とサラがカウンターの椅子に腰掛けた。
「ワイワイやろうや。このテーブル良いんだろ?」 
 そう言うと要が四人がけのテーブルを確保する。そしてそのまま隣に誠を座らせたので、意地になったアイシャが誠の正面に、成り行きでカウラはその隣に座っていた。
「菱川重工はOBが多いですからね」 
 誠の席から正面に見えるリアナにそう言うと満足げに彼女は頷いた。そんな中、要は何か小声で小夏と話をしていた。
「まあね。特機開発三課、今はうちの担当は09型の法術戦想定のタイプの開発中さ」 
 そう言うとこの店の女将の家村春子が運んできた二皿のたこ焼きを手に取る。リアナの前に一皿を置くと、春子に開いたジョッキを手渡してお代わりを頼む。
「しかし、君のデータは実に興味深いよ。正直、あのサーベルは法術効率が悪すぎて、僕は実戦投入には反対したんだがね。それを見事に使いこなす力は大したものだ。あれくらい活用してくれると開発者冥利に尽きるというものだよ」 
 誠はふと気付いて要の方を見た。明らかに今日の機嫌の良さが消えていた。その顔には明らかに『仕事の話はするな』と脅迫してくるようないつもの凄みがある。
「要ちゃん。野球部監督がだんまりなんて面白くないじゃない。誠君のことは一番わかってる要ちゃんなんだから、健一君にもっと教えてあげてよ」 
 リアナは要が少し寂しそうにしているのに気がついて要に声をかけた。
「はあ、まあアタシよりもカウラの方が良いんじゃないですか?」 
 少し斜に構えたような言葉尻に少しばかりアイシャが困ったような顔をしているのが誠から見えた。
「でも要ちゃんは監督さんでしょ?要ちゃんが選手の起用を決めるんだから」 
 フォローのつもりでか、リアナの言葉に再びやる気が起きたように顔を上げる要。
「そうだよな!まあアタシの采配の妙で勝敗が決まるといっても過言ではないわけだ」 
 小夏が付き出しを持って来た。彼女もまた何時もの噛み付くような視線で睨まれる事も無い事に驚いているように誠には見えた。
「ご注文は?」 
「おい、アイシャ。オメエが選びな」 
 小鉢を配っていた小夏がその言葉に目を丸くする。カウンターの向こうの女将の春子と料理長の老人、源さんも目を丸くしている。
「いいのね?」 
 アイシャは比較的早く冷静さを取り戻していた。それ以前にこれが彼女の狙っていた状況だった。誠から見てもアイシャの脳がすばやく計算を始めているのが良くわかった。
「二言はねえよ!好きなの頼みな。とりあえずアタシはいつもの奴だ」 
 隣のテーブルで様子を覗っていたキムとエダが不思議そうに誠達のテーブルを覗き込んでいる。すぐさまカウンターにホワイトラムのボトルが並び、小夏がそそくさとグラスとボトルを運ぶ。
「なんだよ。頼めよアイシャ」 
 一人、手酌でグラスにラム酒を注ぐ要。さすがにここに来て異変に気付いたのか、目を丸くして要を見守る鈴木夫妻。
「あのー。そう言えばなんで西園寺さんが監督なんですか?確かにノックとかバッティングピッチャーとか頼んでおいてなんですけど……明石さんがやってると思ったんですけど」 
 沈黙は避けたい。それだけの思いから誠はそう口走っていた。普段なら一喝されて終わりと言うところだが、明らかに要の機嫌は良くなっていた。
「いい質問だな。義体使用者がスポーツの大会とか出れないのは知ってるだろ?」 
「まあ、当たり前ですがね」 
 相槌を打ちながら誠は要を観察した。タレ目の目じりがさらに下がっている。島田が『西園寺大尉ってエロイよな』と下士官寮で話していたのを思い出して今の要を見てみる。何となく島田の言葉に納得する誠。そんな誠を気にすることなく要は話を続ける。
「まあだからスポーツとか興味は無かったんだがな。中坊の時、修学旅行先が地球の日本の京都へ行ったんだ」
 全員がぽかんと口を開いた。辺境の植民惑星系である遼州から地球は遥かに遠い。修学旅行に行く場所にしては遠すぎると誰もが思っていた。 
「へえ、さすが胡州修学院中等部ね。修学旅行が地球なんて」 
 さすがのリアナも感心するのは当然だ。誠の区立中の修学旅行は東和国内である。まあ胡州の名門貴族の為のお嬢様学校と比較するのが間違っている。誠はそう思い直してラム酒を口に含んではその中で転がすようにして飲み続ける要を見ていた。
「その時、同じ班の連中が嫌いだったから、抜け出して大阪に言ったんだ。そしたらそこで縦じまの応援団に囲まれてね」 
 そう言うと要は静かにタバコを口に持って行った。タバコ嫌いのリアナも、周りの雰囲気がわかったのか、灰皿を要に差し出した。
「まあ聞いてはいたんだけどさ。なんかこう……見ているのが楽しいのなんのって。ああ、あれは確か巨人戦だったかな。まあ試合も最終回でサヨナラホームランが出て大盛り上がりでさ」 
 そう言うと要は携帯端末を取り出す。目の高さに拡げられた情報ツールを動かす。そこには昨日試合のタイガースのスコアーブックがあった。
「こんなの付けてるんですか?」 
 試合開始の一球目から、最後まで。事細かなコメントが入れられている。
「ファンなら当然だろ?お前はどこのって、地球の事まで関心ないか」 
 要はそう言うとグラスに残ったラム酒を飲み下した。
「要さんって結構まめなのねえ」 
 女将の春子がジョッキのビールを運びながら要の前の画面を見入っている。誠はその中のコメントを見ながら、感情的な要にしては冷静なコメントがなされているのに驚いた。
「凄いですねえ」 
 誠は正直に言った。そして意外だと思った。大体が戸籍上は叔父であり、血縁としては従姉に当たる嵯峨に似て妙なところにこだわりがある要を知った。
『意外にマメなんだ。見直したな』 
 そう思って要の顔を見る。要はまた機嫌良く酒を飲み続けている。
「はい!焼きそば」 
 いつの間にか誠の後ろに立っていた小夏が注文の品を運んでくる。誠は要の前のスコアを見ている。小夏も誠と同じ様な感想を持っているのだろう、時々要の顔と見比べながら凝視している。
「シャムちゃんが大好きな大たこ焼きよ」 
 春子は巨大なたこ焼きの並んだ皿をシャムに渡す。飽きた猫耳を外して、ちょろちょろ落ち着かない表情だったシャムの顔が満面の笑みに変わる。
「たこ焼き!たこ焼き!」 
 そのまま嬉しそうにたこ焼きに飛びつくシャム。そんなシャムを見つめながらどこか腑に落ちない顔のアイシャが見える。
「要。聞きたいことがあるんだけど……」 
 好奇心を抑えきれないようで、アイシャはそう切り出した。誠もカウラも要がまた不機嫌になるかと思いながらじっと二人を見つめている。
「なんだ?」 
 たこ焼きを自分の取り皿に移しながら要が答える。
「今日あんた、なんか変じゃない?」 
 ストレートすぎる。誠は冷や汗を掻きながら要を見つめた。しかし、要は別に気にしていないようで、グラスの酒をまた口に含んだ。
「どこが変なんだ?」 
 まじまじと要はアイシャを見つめる。タレ目、少しばかり頬が染まっているのは体内プラントのアルコール分解速度を落としているからだろう。だが要はまったく自覚していない様に見えた。誠はそう確信した。理由は特に無いがとりあえず気分的にはハイなんだろう。しかし、そんな理由で満足するアイシャでないのも確かだった。
「お前と違って金の使い方は計算してるからな。お前らどうせアニメグッズ買いすぎて金がねえだろうから気を利かせたわけだ」 
 そう言うと要は勢いよく焼きそばに取り掛かった。なんとなく納得できるようなできないようなあいまいな答え。アイシャもその後にどう言葉を続けようか迷っているようだった。
「要ちゃんの奢りなんだ。いいなあ」 
 リアナがうらやましそうに要の方を見つめる。正面でジョッキを傾ける健一はリアナにそういわれて流れで頷く。
「奢りませんよ!」 
 とりあえずこの話題から逃げたいというように要は苦笑いを浮かべながらそう言った。しかし、その目は深い意味などないというように彼女の箸はすぐ焼きそばに向かった。
「お姉さん。どこが変なの?」 
 焼きそばを口に突っ込みながら要がそう尋ねる。その目はどこかふざけたようないつもの要のタレ目だった。カウラ、アイシャ。他の面々もそれを気にしていた。そして誠もそうだった。リアナの部長格という肩書きがここで役に立った。
 彼女から見ても、いつもの要の傍若無人振りとは違う言動は、少し変なものに見えていたらしい。それが判るだけでこれまで要のいつもと違う言動を見てきた面々には十分だった。
「なんと言うか……いつもより素直よね」 
 ここで誠をはじめ面々は肩透かしを食らった。要は意外と素直だと誠は思っている。直情的なのはいつものことだ。情報戦ですら平気でこなすはずの非正規戦用最新鋭義体の持ち主なのにいつもそう言った任務を嵯峨が吉田に一任している。駆け引きなどと縁遠い彼女らしいと誠はいつも思っていた。
「アタシはいつだって素直ですよ」 
 そう言いながら手酌で飲み続ける要はまったく普通に答える。そしてアイシャ達が何で自分のことを不思議そうに見ているのかわからないというようなとぼけた表情を浮かべていた。
「うーん。でもなんか、今日の要ちゃんは前向きよね」 
 保安隊の核融合炉。そう呼ばれている要を前にして、さすがのリアナも言葉を選んだ。
「前向き……。良いじゃねえの?後ろ向きよりよっぽど生産的だ。アイシャ。人の機嫌を気にするならこんくらいの事は言えないとなあ」 
 また口にラム酒を含みながら、タレ目の視線をアイシャに向ける。
「そうなら別にいいんだけど……」
 相変わらず良くわからない要の機嫌に場は完全に静まり返る。そんな中、突然店の中の照明が薄暗く変わる。 
「小夏!」 
「アンドシャム!」 
『踊りまーす!』 
 突然だった。シャムと小夏の二人が猫耳と尻尾をつけて通路に飛び出してくる。前触れの無い出来事に全員が唖然としてその姿を見守っていた。
 急に店の奥から電波ソングが流れる。シャムと小夏。小柄なシャムの方がまるで妹に見える奇妙な光景だった。
「行けー!」 
 アイシャが叫ぶとシャムと小夏が腰を振ってこれまた電波な踊りを始める。はたから見れば奇妙な光景だが、健一は何度か見慣れているらしく拍手をしながら笑顔で見守っている。
「どうだ?萌え評論家の神前誠君」 
 ニヤ付きながら話しかけてくる要。いつもならこういうドサクサは見逃さない彼女が誠のグラスに細工をするわけでもなく、ただ笑いながら誠の顔を覗き込んでいる。
「これは実に萌えですね。猫耳万歳です」
『みなさーん!ありがとう!』 
 シャムと小夏がぺこりと頭を下げる。そしてあまり長くない電波ソングライブは終わった。 
「猫耳か……」 
 ポツリとカウラが呟いた。
「なに?カウラちゃんも猫耳つける?」 
 笑顔のアイシャがカウラに言った言葉に、すぐ視線を走らせている要を見つけた誠。不思議そうにアイシャを見つめるカウラ。自分が猫耳をつけたときを想像しているように誠には見えた。
「私はそういうことには向かない」 
 しばらく真剣に考えた後、そう言うといつもどおりウーロン茶を飲み始める。 
「確かにテメエにゃ無理だ。キャラじゃねえ」 
「それじゃあ要ちゃんがやったら?」 
 アイシャがそう振ったとき、いつもなら怒鳴り声が飛んでくるところが別に何も起きなかった。
「やっぱり変よねえ」 
 首を傾げるリアナ。しばらく考えた後、一つの結論に達したように手を叩いた。
「もしかして要ちゃんて好きな人と海に行くって初めてなのかしら?」 
 空気が止まった。
 全員がその可能性は否定していなかったが、その後に訪れるだろう報復を恐れて選べないでいた結論。それが判っていても全員の視線が要の方を向く。
 要は何が起きたかわからないとでも言うようにきょとんとして、全員の顔が自分のほうを向いていることを確認した。
「どうなの?要ちゃん」 
 確かにこの場でこんな事を要に確認できるのはリアナしかいなかった。島田なら救急車が必要になる。カウラやアイシャなら店が半壊の憂き目にあうだろう。誠とサラ、パーラ、キム、エダにはそんな度胸も無い。
 全員の視線が要に集中した。
「何見てんだ?お前等?」 
 要は聞いていなかった。それもまた意外だった。誠も彼女の地獄耳のおかげで酷い目にあったことが何度かある。カウラもアイシャも同様なのだろう、意外な要の言葉に戸惑っている。
「やっぱり要ちゃん変!神前君のことで悩んでるんでしょ?」 
 リアナのその言葉。誠、カウラ、アイシャ、島田、サラ。皆はリアナの口をふさいでおかなかったのを後悔した。
「何で?」 
 そんな言葉が要の口から出てきたことに誠達は胸をなでおろした。その様子を不思議そうに見つめる要。
「でもこれも上司としてのお仕事ね。要ちゃん。神前君のことどう思ってるか言って御覧なさい」 
 また地雷原に踏み込むようなリアナの発言にシャムでさえ背筋が凍ったように伸び上がる。既に小夏は退避済みである。
「こいつのこと?アタシが?……それって何?」 
 要はまったくわかっていないと言うようにグラスを傾ける。誠は隣の席の健一の脇を突いた。
「リアナさん。無理に聞かなくても……」
 それまで機嫌が良さそうだったリアナの表情が厳しくなって夫に向けられる。 
「健一君。出会いはね、重要なのよ。そして思いも。要ちゃん照れなくてもいいから答えてみて」 
 リアナが真顔で隣に座っている要に顔を近づける。白い頬が朱に染まっているのを見て誠は逃げ出したくなるのを何とか我慢していた。要がその青い瞳、白い髪を眺めながら時が経つ。
 カウンターでは女将の春子と小夏がじっとその様を見つめていた。
 急に要の頬が赤らんだ。瞬きをし、そして手にしていた酒を一気にあおる。
「ばっ、ばっ、馬鹿じゃねえの?お姉さん冗談止めてくださいよ。誰がこんな軟弱野郎のこと好きだとか……」 
『好き?』
 その言葉を自分で口にして要はさらに顔を赤らめる。
「要ちゃんかわいい!」 
 シャムがそう言って飛び出そうとしたところで要が立ち上がり、上目がちにシャムを睨みつけた。その迫力に圧されて愛想笑いを浮かべながら自分の席に戻るシャム。
「気が変わった。お前等割り勘な。それとアタシ帰るから」 
 誠たちが予想はしていた反応の中で一番穏やかな態度で要が立ち上がる。 
「要ちゃん!」 
 呼び止めようとリアナが声を出したが、要はそのまま手を振って店を出て行く。顔を出した春子が呆れたようにリアナを見つめている。
「ああ、行っちゃった」 
 息を潜めていたパーラが伸びをして要が消えた引き戸を見つめていた。
「お姉さん!要の性格知ってるでしょ?」 
 アイシャが恨みがましい目でリアナを見つめる。同様に要の財布をあてにしていた誠や島田もリアナを見つめる輪に参加していた。
「ちょっとまずかったかしら。いいわ。みんなのお勘定健一君が払うから」 
「え?」
 突然の提案にうろたえる健一。そして給料前の出費を恐れていた一同がホッと胸をなでおろした瞬間だった。
「神前、追え」 
 カウラは確かにそう言った。静かだが明らかに命令としてカウラはその言葉を口にしていた。
「いいから追え!」 
 動こうとしない誠を見つめて再びカウラの口から出た言葉。ハッとして誠は店から飛び出していた。
「西園寺さん!」 
 あまさき屋から出てすぐ誠は要を見つけた。そばの小道でタバコをくゆらしながら、店じまいしたラーメン屋の土塀にもたれかかって空を見ている。誠の言葉を聞くと要はわざと早足で歩き出した。
「待ってくださいよ、西園寺さん」 
 誠はそのまま走って要に追いつくと彼女の前に立った。咥えているタバコからの煙が誠を包んだ。
「邪魔だ。どけ」 
 静かな声で要が言いつける。しかし誠には動くつもりは無かった。
「どうせアイシャあたりからお前が払えって言われて来たんだろ?気が変わったんだ。ほっとけ」 
 下を向いたままの要。誠は何も言えずにいた。
「お前だって迷惑だろ?あんなこと言われたらさ。だからアタシは帰る」
 まるで聞き分けの無い少女だった。子供時代がわからない。三歳で今の機械化された体を受け入れることでしか生きることが出来なくなった要。その寂しげな表情に誠は惹きつけられた。 
「そんな事無いですよ!西園寺さんは……素敵な人ですから」 
 誠のその言葉でようやく西園寺が誠の顔を見上げた。呆れたようなまるで同情するような感情がその目に映っている。
「素敵な人……ねえ。アタシみたいな暴力馬鹿が素敵だってのは驚きだ」 
 自虐的な笑いを浮かべる要。それでも誠は言葉を続けた。
「そうですよ。僕が誘拐された時だってちゃんと助けに来てくれたじゃないですか!西園寺さんは優しい人です!」 
 誠は真剣な顔でそう説いた。お互い見つめあう目と目。そして要が笑い出した。まるで自分自身を笑っているとでも言うように腹を抱えて大笑いする要。誠は何が起きたのかわからないままじっと笑い続ける要を見つめていた。
「ったく。アタシの負けだ」
 そう言うと要は誠の左肩に手を乗せる。
「……ずるいぜそんなの」 
 要が自分自身にそう呟いた。誠の横をすり抜けて再び大通りに向かう要。
「西園寺さん……」
 説得できたと言う事実より要の言葉の意味がわからず呆然としている誠。 
「こりゃあテメエのさっきの死にそうな顔を忘れる為には飲み直さないといけねえな。まあアタシのおごりだ。潰れるまで飲ませるから覚悟しろよ」 
 要はそう言うと笑顔に戻ってあまさき屋に向かった。誠は要の言葉の最後に身を凍らせながら派手に引き戸を開いた要の後に続いた。

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テーマ : SF小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 4

 アニメショップの向かい、有名チェーンの喫茶店の扉を押し開けたアイシャ。彼女は大量の漫画を、シャムは食玩の箱を三ケース抱えてその後に続いた。
「ずいぶん買い込むねえ。それよりあんな地味な水着で良かったのか?」 
 要はアイスコーヒーを啜りながら腰掛ける二人を見ていた。誠は荷物を置いて椅子に腰掛けようとするアイシャを黙って見つめる。いつもならここで要を茶化しにかかるはずだった。
 しかしそのような動きは無い。要がアイシャとカウラへのあてつけの為に明らかに際どい水着ばかり誠に見せてきたのは事実だったがそれで終わりだった。そう言うことに免疫の無い誠は要があまり気乗りじゃないように持ってきたそれほど露出の多くない赤いビキニを選んだ。
 それより明らかに際どいアイシャが選んだ黒いビキニを見ながら、要がなぜかニコニコと笑っているのを見て、少し誠は不思議に思っていた。
「私もアイスコーヒー飲もうかしら。シャムちゃんはどうするの?」 
「アタシはチョコパフェ!」 
 そう言うとシャムの携帯端末からシュールな着信メロディーが店内に響いた。店に居た客達が一斉に誠達を見つめた。その中に軍の制服と同じものを着ているカウラがいるのがわかると奥に居た女子高生のグループが顔を寄せてなにやらひそひそ話を始めるのが見える。
「ちょっと待ってね!」 
 慌てて立ち上がり通信を受けたシャムが店外に消える。ウェイターは真面目そうに水とお絞りを置いていく。
「私はアイスコーヒー、それにチョコパフェと……」 
 アイシャが促すように誠の顔を覗いた。誠はアニメショップには行かずに要の相手をしていたが、つい喉が渇いてアイスティーを飲み干していた。
「僕もアイスコーヒーで」 
 誠のその言葉に安心したようにウェイターが店の奥に消えた。
「ごめんね、ちょっと小夏ちゃんから電話で」 
 シャムはそう言いながら戻ってくる。
「小夏か。そう言えばあまさき屋、最近行ってないよな?」 
 要が呟いたその言葉。ニヤリと笑いその動静を見守るアイシャの顔が誠の目に入った。
「給料日前だもんね。私もちょっと今月は……」 
 いかにも弱ったように答えるアイシャ。でもそれが演技であることは誠にも見破ることが出来た。
「趣味に金を使いすぎだ。少しは節約と言う事をしろ」 
 隣のテーブルからカウラが突っ込みを入れる。サラとパーラが大きく頷く。それでもアイシャは何かを待っているようにじっと要を見つめていた。
「なんなら奢ろうか?」 
 ぼそっと呟かれた要の意外な一言が、一同を凍りつかせる。ただアイシャはガッツポーズをしかねないほどのいい笑顔を浮かべていた。
「俺のもですか?」 
 島田がそう言ったのを聞いて、要は我に返った。誠を見る、シャムを見る。明らかに自分の言葉が思い出されてきて、急に要は顔を赤らめた。もう後戻りは出来ないとその表情は覚悟を決めたものへと変わった。
「判ったよ!奢ればいいんだろ!奢れば!アイシャ!なんだその顔は!今月は免停でガス代浮いたからそれをだなあ……」
 空回りする要に爆笑をこらえるように手を押さえるアイシャ。 
「私は何も言ってないわよ」 
 そう言うと落ち着いてウェイターが持ってきたコーヒーを受け取る。明らかに勝ち誇った表情がアイシャの顔には浮かんでいた。
「……まあいいか」 
 一人自分に言い聞かす要が居た。そして誠達はなぜ先ほどまで彼女があれほど元気そうだったのかと言う理由を聞き出すきっかけを失ったことに気づいて少しがっかりした。

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テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 保安隊海へ行く 改訂版 3

「楽しそうじゃねえの。何でお前行かなかったんだ?」 
 保安隊駐屯地、隊長室。百貨店の防犯カメラの映像をハッキングした画像が乱雑に書類が置かれた隊長の机の上に展開していた。それを設定した吉田が苦々しげに頭を掻く。
「どうせ俺には別の仕事があるんじゃないんですか?」 
 側に立っていた吉田はそう言うと意味ありげに保安隊隊長、嵯峨惟基特務大佐を見下ろした。いつものことながら嵯峨はそんな吉田の態度に大きくため息をついた。机の上に積もっていた拳銃の部品を削って出来た鉄粉が濛々と立ち込める。
「お前さんの報告書。ありゃあ面白かったよ。先月の近藤事件、そしてその金の動き。確かにあそこで逮捕してたら同盟がぶっ壊れても不思議じゃないようなやばい話が満載。かなりの政治家や官僚、軍幹部も切腹もんだよなこれは」 
 そう言うと嵯峨は画像を切り替えて銀行口座と思われる映像を見つめた。並んでいる名前は胡州の政治、官僚機構、軍部、経済人の重鎮ばかり。さらに別ページに切り替えれば東和や西モスレムの野党指導者やゲルパルトの手配中の政治犯の名前が並ぶ。そんな中、嵯峨は胡州外の勢力への出金帳簿にしるしをつけていく。
「しかし、そんな事よりこいつだ。月に三百五十四回、振込先は別々だが金額は同じ」
 嵯峨はそう言いながらしるしをつけ続ける。他の金額と比べると特に大きいとは言えない単位の金に赤いラインが引かれていく。 
「そしてその振込先はどれも登記のみで実体の無い幽霊会社ってわけですが……」 
 画面をスクロールする嵯峨。振り込まれた先の幽霊会社のデータを見る。金はほぼ考えられないペースで引き落とされていた。嵯峨も吉田もその金額が身分証などを必要としない最高限度の金額であることには気づいていた。
「マネーロンダリングってのは判るんだけどさ。ここまでやるっつうのは、どうにもねえ」 
 嵯峨は頭を抱えながら今度は山のように積まれた書類の束を見つめる。吉田が目をやればその多くは同じ同盟司法局の機動部隊である特務公安隊隊長、安城秀美少佐のところからの借り物であることを示す印が押してある書類が埃にまみれていた。
「まあ近藤さんの遺産は後々処理するとしてだ。忠さんがねえ……」 
 嵯峨はそう言うと別の冊子を取り出す。吉田は長い付き合いで嵯峨の愚痴が多いところは知り抜いていたので涼しい顔で彼に付き合う。
「あいつ、同盟会議の『法術者、及びその定義に関する軍事法上の認定基準』なんてのが必要だなんてぶら下がり取材に答えやがって……おかげで白書を発表するから目を通せだってさ。こんなのやってられるか!馬鹿野郎!アイツが胡州帝国高等予科学校を三年で卒業できたの俺のおかげじゃねえか!ったく!恩を仇で返しやがって」 
 嵯峨が『忠さん』と呼ぶ男。保安隊設立を提案し、その部隊長に東和の三流大学の国際法専門の講師だった嵯峨を推薦したのは彼だった。
 胡州第三艦隊、通称『播州党』司令赤松忠満中将。先の大戦で敵には『虎の子は虎』と恐れられ、彼が艦長を勤める駆逐艦に護衛される輸送艦隊からは『守護天使』と呼ばれた猛将として知られる彼がこの書類を持ち込んできたときに土下座をする様を思い出して吉田は頬を緩めた。
「まあしゃあないんと違いますか?赤松のオヤジも『新三のせいで予科の成績はワシが最下位やった』言うとったですから」 
 入ってきたスキンヘッドの大男、明石である。『播州四天王』と呼ばれ、西園寺派、烏丸派に分かれて戦われた『官派の乱』で勇名をとどろかせた彼らしい豪放なバリトンが隊長室に響いた。
「タコ。また菰田とキムを苛めたのか?許大佐が『レールガンにあんな精度は必要ない!』って切れてたぜ」 
「そないなこと言わんといてください。ワシかて神前のぼんぼんが来てから訓練メニューはほとんど火力支援しかさせてもらえんし。当たる銃にしてもらわな身がもたんわ」
 吉田の突っ込みに苦笑いを浮かべながら明石は机の上の会議用原稿を手に取った。
「安城の姐さんは相当怒ってまっせ……『法術の存在を表に出すつもりで動いたならなんで相談してくれないの!』って。本局行く度に説教されて……ほんまやってられませんわ。あのオバハンに言わせりゃワイ等が先鞭を切った以上、隊長が落とし前つけなしゃあなゆるさへんて……こりゃ不味いんとちゃいますか?」 
 書類に目を通しながら呟く明石。嵯峨はいかにもめんどくさいと言う顔をして吉田に目をやる。
「まあ金の動きは俺がとりあえず追えるところまで追ってみます。何が出てくるかは判りませんがね」 
 吉田の言葉に渋々頷く嵯峨。明石も表情は厳しかった。
「また嫌われちゃうねえ。でもまあ秀美さんには迷惑はかけられないし、かといってやぶ蛇だけは避けたいしな。やぶ蛇って言えば外惑星でまた衝突だってよ」
 嵯峨はそう言うと画面を今度は同盟司法会議の議事録に切り替えた。ニュース画像が外郭に大きな穴を開けられた外惑星用コロニーを映している。アナウンサーがドイツ語でまくし立てているところから見て、映像がゲルパルトのコロニーを映したものと分かった。外惑星軌道特有の閉鎖型の円筒形コロニー。そのポートに激しい爆発が起こり、次々と壁面や艦艇の破片が宇宙空間にばら撒かれているのが見える。
「自爆テロでは無いらしいですね。さっき特務公安隊……じゃなくって『秀美さん』から連絡がありました」 
 吉田はガムを口から取り出して手で伸ばしながらニヤニヤして嵯峨を見つめる。明石は顔をしかめながら映像に見入っていた。
「爆発物反応はでとるんじゃ。ワシ等のくちばしを突っ込む話じゃないのう」 
 保安隊が大規模騒乱を視野に入れた実力行使部隊とすれば、非正規戦を専門とする機動部隊が特務公安隊である。同盟司法機関としては同盟設立直後から活動を開始しているいわば姉に当たる組織だった。そしてゲルパルトでの同盟首脳会議の護衛の仕事を安城に譲ったのは嵯峨本人だった。
「秀美さんには色々お世話になっているからねえ、面倒じゃない仕事って事で紹介したんだが……」 
 特務公安隊隊長、安城秀美少佐。非正規戦のスペシャリストとして知られる彼女の鋭い目つきを思い出して首をすくめる嵯峨。護衛の名目でゲルパルトに入った後、前政権支持派のテロ組織の壊滅作戦の立案に助言したのは嵯峨だった。それが最悪の事態に変わって全銀河に放映される一大テロの現場になっていた。
「面倒どころか大火事じゃないですか。こりゃあ嫌われますよ」 
 吉田の言葉に嵯峨の顔が明らかに困り果てたと言うような色に変わる。
「だな」 
 そう言うと頭を掻きながら吉田と明石に見つめられつつ身をすくませる嵯峨がいた。
「そう言えば隊長は盆休み取りましたよね。今年も」 
 吉田が静かにそう尋ねる。頷きながら嵯峨はタバコを取り出した。そして書類の山の下から使い捨てライターを取り出し、すばやく火をつける。
「まあな。かみさんの墓参りさ。結局、今年は線香上げてとんぼ返りになったがな」 
 嵯峨の妻、エリーゼ。当時の外惑星の軍事大国、ゲルパルトの名門ベルン公の姫君であり、遼州星系の社交界の花。吉田も明石も目の前の若く見えるとは言え、年中無精ひげを部下から不快な目で見られてもニヤついて返す中年男がマスコミを騒がせたラブロマンスの主人公だったことなど信じてはいなかった。
「そう言えばタコ。お前の兄貴、結構反省してたぜ?帰ってやれよ。それに甥っ子も来年小学生だってよ」 
 自分の話題を振られることを恐れてか、すぐさま嵯峨はそう言った。明石は光る頭をなでながら苦しそうな笑みを浮かべる。胡州帝都大学文学部インド哲学科を学徒出陣で繰上げ修了。その後、実家の寺をめぐり兄夫婦と喧嘩同然に家を出てから、明石は一度も実家に帰っていなかった。今度はそのことで攻められると思い、明石はすぐに話題を変えようと知恵を絞った。
「ワシより西園寺の方に言うたほうがええような気がするんですけど」 
 苦笑いの中で明石は話題を要の話に変える。だがそれは西園寺一門の一人である嵯峨の身内の話として彼の表情を複雑な笑いへと変えてしまった。
「要にゃあちょっとねえ。俺もできれば西園寺の家には近づかないようにしてるから」 
 嵯峨はそう言うと灰皿にまだ長いタバコを押し付けてもみ消した。そして少しいらだっているかのように、次のタバコを取り出すと先ほどと同じように火をつける。
「明石。そう言えば来週お前さん休暇取ってたろ?何すんだ?」 
 嵯峨の口元に笑いが浮かぶ。明石は吉田の方を見つめた。剃りあげられた禿頭とサングラスで無骨を装う明石の顔が赤らむのを吉田はすべてわかっているかのような笑いで応える。
「一応、プライバシーって奴と言うことになりませんか?」 
 じっと二人に見られて冷や汗を流しながら明石が答える。
「そうか……じゃあそう言う事でいいや」 
 明らかに何かを理解したような嵯峨。
「そうですね。そうしといた方が面白いしな」 
 ニヤリと笑った吉田に殺気すら感じる形相で目を向けた明石。
「なんじゃ!吉田。そのなんか見通した顔は!ワシは大佐殿と……」 
 ハッとした表情を浮かべる明石。大佐、すなわち明華と何かをするという事実を明石の口から引き出したことだけで嵯峨と吉田に満足そうな笑みが浮かぶのは当然だった。
「俺がなんかした?なんでオメエとお出かけしなきゃならないんだ?」 
 嵯峨のわかりきっている質問。さらにうろたえる明石。
「隊長以外の大佐と言えば?」 
「明華だよな。で、明華と……何処行くんだ?」 
 嵯峨は明らかに楽しんでいると言った表情で明石を見つめる。
 逃げ道は無い。そう思ったときにはさすがにそれ以上突っ込むのは悪いと思ったのか、隊長の机の上に映るアニメショップの映像を眺めている嵯峨が居た。
「勘弁してえな……」 
 半分泣きながら明石はそう呟いた。

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