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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 19

 バルガス・エスコバルは北兼南部基地司令室から出て大きくため息をついた。直後に一発の銃声が響き、ドアの前に立っていた警備兵が部屋に駆け込んでいくのを落ち着いた様子で見守っていた。
「ずいぶんとわかりやすい責任のとらせかたですねえ」 
 エスコバルの顔が声を発した共和軍の制服を来た青年士官の方に向く。
「怖い顔することは無いんじゃないですか?新しいクライアントさんですから。それなりの働きを見せないとああなることくらいはわかっていますよ」 
 彼、吉田俊平少佐の視線の先に、口に拳銃の銃口をつきたてた状態で即死している基地司令が運び出されるのが見える。
「なるほど、では給料分の仕事は出来ると期待していいんだな?」 
 エスコバルは恐る恐る口を開いた。東和の治安機関特殊部隊とほぼ同じ規格のサイボーグを前にして彼は緊張していた。実際、吉田についての悪い噂は散々部下達から聞かされていた。血を見ることを恐れないということに自信を持っているエスコバルも、遼州星系だけでなく地球にまで呼ばれて行って敵をおもちゃのように壊して回る吉田の噂は信じたいものでは無かった。もし味方でなければつばを吐きつけているほどに、その冷酷な目つきは同じ特殊部隊指揮官出身のエスコバルにも不気味に見えた。
「それにしてもエスコバル大佐。ずいぶんとアメリカさんに嫌われているじゃないですか。今回の件だってあのかわいそうな基地司令とアメリカの技術顧問団にホットラインが一本あれば避けられた話だ」 
「そんなことは言われなくてもわかっている!」 
 エスコバルの怒鳴り声に、恐れるどころかさらに舐めてかかるように吉田は話を続けた。
「北兼軍としてはこの北兼台地の制圧は、北天の人民軍総司令部から出された手形みたいなもんですな。もしそれが来月の乾季までに完了しなければ両軍の関係は非常に険悪なものになる。つまりこの一月で俺とアンタの首をそろえて北天のコミュニストどもに納品しないといけないわけだ」 
 吉田はそう言うと噛んでいた風船ガムを膨らます。そんな彼を無視するようにしてエスコバルはそのままオペレータが並ぶ指揮管理室に入った。
「そんなに邪険にすること無いじゃないですか。一応前金の分だけの仕事はしようと思っているんですから」 
 そう言うと吉田は拳銃を抜いた。恐怖にゆがむエスコバルの視線には、微笑みを浮かべた吉田の顔を映っていた。彼はそのまま一人の情報将校の方へ近づいていった。情報将校は吉田の方を向き直ったが、次の瞬間にはそのあごから上が無くなっていた。手には吉田の愛銃のグロックが握られている。撃たれた男の脊髄から伸びるコード。情報将校がサイボーグであることはそれほど珍しくは無い。端末に集中していた女性士官が銃声を聞き振り返り、そして倒れこむ死体の血を浴びて悲鳴を上げた。
「何のつもりだ!」 
 エスコバルはやっとのことで声を出すことが出来た。
「成田中尉。と言うことになってますね、この男は。本当のコイツの名前、知りたくないですか?」 
 振り返った吉田の満面の笑みを見て、エスコバルは背筋が凍るのを感じた。
 吉田はポケットからコードを取り出すと耳の後ろのスロットにそれを差し込み、反対側を倒れた情報将校のコードを引き抜いて端末に接続した。
「なるほどねえ」 
 エスコバルは一人感心している吉田をいらだたしげに見つめていた。彼の直属の護衛の兵士達はそんな吉田を腰の拳銃に手を当てながら取り巻いている。
「さすが胡州の侍だ。自分がやられることを計算に入れて情報の大半は消去済みか。こりゃあデータのサルベージには早くて二時間はかかるな」 
 端末のモニターがとてもエスコバルに追えない速度でスクロールしている。
「何が言いたいんだ!第一、胡州浪人なら我が軍にもたくさん所属しているぞ!」 
「ああ、この成田と言う男の正体を知らないからそんなことを言うんですね」 
 吉田が下卑た笑いを浮かべながらエスコバルを見つめた。
「本名は大須賀忠胤。前の戦争じゃあ胡州帝国下河内連隊の情報担当少尉だった男ですよ」 
「下河内連隊?」 
 その言葉にエスコバルは息を呑んだ。かつて、この北兼を通って敗走した胡州陸軍の中に、異彩を放つ部隊があった。彼等は常に追いすがる遼北軍を撃破しながら、戦友たちを南部のアメリカ軍と亡命政府軍の連合軍が占領する地域へと敗走を続けた。
 遼北軍は彼らを『黒死病』と呼んで恐れた。 
 黒い四式を駆って戦場を駆ける嵯峨惟基率いる下河内連隊。地獄の遼南の熱波を生き延びた不死身の軍団。熾烈な戦いで培った信頼が、部下達を鬼神と呼ばれる軍団に育てることはエスコバルも手持ちのバレンシア組織の指揮官として知り尽くしていることだった。
「つまりこちらの手はすべて嵯峨には筒抜けだったというのか?」 
 エスコバルの言葉に頷くこともせず、吉田はガムをかみながら作業を続けていた。
「しかもこの将校さん相当なやり手ですなあ。枝をつけて情報ルートをたどろうとしたけど、心停止と同時にすべてのネットワーク接続記録がパージされるように仕組んであるねえ。情報をサルベージしてもたいしたことはつかめそうにはないですわ」 
 相変わらず隣に死体が転がっているというのに平然とモニターを眺めている吉田にエスコバルは恐怖を感じていた。ようやく兵士達が担架を運んできた。その上に乗せられた死体を吉田が一瞥した。
「丁重に葬ってあげてくださいよ。彼の仕事は敵ながら尊敬に値しますよ」 
「それが裏切り者でもか?」 
 エスコバルのその言葉に振り向いた吉田は冷たい視線をエスコバルに投げた。
「腐った味方よりは敵の方がよっぽど信頼できると言うのが私の信念でしてね。俺の傭兵としての経験ですよ。こう言う人物は貴重だ。少なくともアンタにはこう言う部下はいないでしょうがね」 
 そう言うと吉田は再びモニターに目を向けた。エスコバルは彼に殴りかかりたい衝動を抑えながら護衛の兵達に移動の合図を出した。

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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 18

「それでは私も基地まで同行させてもらいますよ」 
「ええ、どうぞどうぞ」 
 シンの言葉に嵯峨はそう返す。そんな姿を見ながら翻すようにシャレードに乗り込む。 
「実直な好青年ですねえ。うちの餓鬼の婿にでも欲しいくらいだ」 
 そう言うと嵯峨はタバコをくわえながら黒い愛機に乗り込む。クリスもせかされるように後部座席に座った。
「なにか言いたいことがありそうですね、ホプキンスさん」 
 嵯峨はコックピットのハッチを下ろしながらタバコに火をつける。クリスはその有様を黙ってみていた。クリスはただ黙って目の前の怪物のような心の男に目を向けていた。
「言いたいことは言っちまったほうがいいですよ。まあ大体何を良いたいかは見当がつきますが」 
「あそこでの実験はなんなんですか?」 
 とりあえずクリスが言葉に出したのはそのことだった。嵯峨は頭をかきながらエンジンに火を入れた。
「典型的な人体実験って奴ですよ。ここらの山岳民族を拉致して法術能力の開発テストを行っている。それがこの基地に親切なアメちゃんがやってきた理由ですわ」 
 嵯峨はシンのシャレードの後ろに続いて坑道を進んだ。
「それはわかります。確かにこの基地にいたのは合衆国の軍人だった」 
「そうですねえ。まあ法術関連の技術についてはアメリカは前の戦争で貴重な実験材料を手に出来たので非常に進んでいますねえ。東和の次ぐらいの研究成果は提出できるレベルなんじゃないですか?」 
 タバコの煙がクリスを襲う。手でそれを払いながらクリスは言葉を続けようとしたがそれは嵯峨にさえぎられた。
「だが、どちらも法術と言うものの存在を発表していない。今のところそれは存在しないことになっている」 
 嵯峨はそう言い切って後続のシン達の期待を確認するためだけに振り向く。いつものふざけたような表情はそこにはなかった。
「確かにこの事実が公にされればこの非人道的な実験を認めなければならなくなる」 
「まあ、それもあるんですがね。それは実は些細な理由でしかありませんよ。本当の理由。それは法術と言うものが今公になれば遼州人に対する地球人の差別感情に火が付くことになるでしょうね。ただでさえ遼州の不安定な政治状況の結果、地球に流れ込んでいる難民の問題で世論は二つに割れてる。税金泥棒扱いされている遼州難民が実は超能力を持ったインベーダーと言う話になれば感情的になった地球人の天誅組がハリネズミのように武装して難民キャンプを襲撃する事件が山ほど起きるでしょうね」 
 淡々と答える嵯峨。彼の表情が珍しく真剣だった。
「だから、今はこのことは見なかったことにしていただけませんか?」 
 嵯峨はそれだけ言うと基地に向かって機体を一気に加速させた。クリスは言葉が無かった。ネタとしては最高の話題。だがそれを公にすれば銀河に騒乱の火種を撒き散らすことになるのは間違いない。黙ってうつむくクリス。ちらりとそれを見ながら椅子の下から軍帽を取り出して被る嵯峨。
『嵯峨惟基中佐。先導お願いします』 
「わかりましたよー」 
 シンの言葉に返す嵯峨はいつもののんびりとした調子に戻っていた。滑るように森の木々すれすれにカネミツが飛行を開始する。
「なるほどねえ、シンの旦那が虎と呼ばれる理由もよくわかるわ。動きに無駄ってものがねえな」 
 嵯峨はそう言うとまたタバコを取り出して火をつけた。渓谷の峰にちらほらと山岳民族のゲリラ達が嵯峨の機体に手を振っている。
「山岳少数民族の難民救援劇。そう書いてもらいたいと言うことですね」 
 クリスの言葉は嵯峨の笑顔に黙殺された。沈黙が続く。クリスは話すつもりの無い嵯峨から意見を聞こうという意欲を無くしていた。そうして沈黙のまま嵯峨のカネミツとシンのシャレードは基地の格納庫前に着陸した。
 クリスは周りを見渡した。その風景は出撃前とは一変していた。
 紺色に染め抜かれた笹に竜胆の嵯峨家の旗印が人民政府の黄色い星の旗と同じくらいにたなびいている。数知れぬ数の遊牧民のテントが作られ、銃を持った山岳民族のゲリラ達が徘徊している。
 目の前のモニターの電源が落ちてコックピットが開く。嵯峨は満足げにその様を見つめていた。クリスが降り立つとすばやく青いつなぎの集団がそれを取り巻いた。
「嵯峨中佐。機体の感触は……」 
「遊びが多すぎるよ。あれじゃあ機体の制御に誤差が出る。もう少し調整してくれないと次乗る気無くすよ」 
「ですが、あれでもかなり……」 
 技術主任を問い詰めている嵯峨。その周りの菱川の技術者は機体を固定して装甲板の排除にかかった。
「あれでは話は聞けませんね」 
 降り立ったクリスの前にシンが立っていた。彼は静かにタバコをくゆらせながら周りの光景を眺めていた。
「さすがに北兼王殿下の御威光という奴ですね。正直これほどにゲリラの支援を受けられるとは……」 
 本部のビルの前にはまちまちの民族衣装を着た山岳ゲリラ達が並んでいる軍服の支給を受ける列が出来ていた。
「私が出るときはこんな風になるとは……」 
「おそらく嵯峨中佐はすべてを計算に入れて情報を流していたのでしょう。山岳民族にとって右派民兵組織とそれを指導するアメリカ陸軍特殊部隊は恐怖の対象でしたから。それに悲劇の北兼王、ムジャンタ・ラスコーは彼らにとっては今でも彼らを導く若き指導者と言うことなのでしょうね」 
 そう言いながらシンはそのまま軍服の支給を行っている伊藤のところに近づいていった。だがゲリラ達があちらこちらで立ったまま雑談をしているのでまっすぐ歩くことは出来なかった。
「それであなたはどうするつもりですか」 
 クリスの目の前を歩く髭を蓄えた青年将校シンに尋ねていた。
「おそらくこの状況は、ゴンザレス政権になびいた背教者達の弾丸が発射された瞬間から仕組まれていた。そして我々には共和軍と背教者が闊歩する状況を受け入れることはできない」 
「それは西部戦線を突破しての帰還を果たすということですか?」 
 クリスの言葉に、シンはタバコをもみ消すという言葉で応じた。
「それは上層部の指示があればそう動くつもりですが、私個人としては嵯峨と言う人物に興味があります。この状況を作り出した男が何を狙っているのか、それを知らなければ次の手をこちらも打つことができないですよ」 
 シンの言葉にクリスはハンガーの方を振り向いた。カネミツの前部装甲板は剥がされ、駆動系部品が取り外されて冷却コンテナに収容されている。その様を見つめる嵯峨には技術者が張り付いて各部位の調整に関する説明でもしているのだろう。
「ようこそ、人民軍西部軍管区へ!」 
 シンに向けて言葉をかけたのは伊藤だった。シンは人民軍の政治将校の制服を着た伊藤を棘のある視線で迎えた。
「やはりその目は見たくも無いものを見たという目ですか?」 
「私は無神論者とは関わりたくないんだ」 
 シンはそう言うと再びタバコを口にくわえる。そしてくわえた紙タバコの先に火が灯った。クリスは目を疑った。ライターを使ったわけでは無かった。それ以前にタバコにシンは触れてもいない。典型的な発火能力『パイロキネシス』
「そんなに簡単に法術を見せてもいいんですかねえ」 
「なあに、この程度の芸当なら地球の手品師だってやることですよ」 
 伊藤の言葉に笑みで答えるシン。クリスは二人がぐるになって自分をからかっているような妄想に取り付かれていた。
「こんな力、遼州ではそれほど珍しい能力ではありませんから。ひところの自爆テロではよく使われた能力ですよ。まあこのくらいに制御できるってのは私の自慢ではありますがね」 
 シンは大きくタバコの煙を吸い込んだ。
「それもまた遼州人の法術の特性、『空間干渉能力』の成せる技なんだよねえ」 
 クリスが振り向いた先にはいつの間にか嵯峨が立っていた。
「機体のほうは?」 
「ああ、やっぱり技術屋さんが乗って調整した方が早いらしいんで。それでホプキンスさん。次の出撃の時はシャムの後ろに乗ってもらいますよ」 
 嵯峨はそう言うとタバコを口にくわえる。彼のタバコもシンが目を合わせたときには自然に火が付いて煙を上げ始めていた。
「秘術の安売りは命を縮めますよ」 
 シンにそう言いながら嵯峨は満足そうにタバコを吸った。
「伊藤、志願兵の方はどうなってる?」 
 嵯峨の言葉に伊藤が我に返った。
「現在五千人になりましたが、この有様ですよ。まあ一万は軽く越えるでしょうね」 
 伊藤の言葉はもっともな話だった。森から現れるゲリラの流れは本部前まで延々と続いていた。
「偽善者の真似事の効果にしちゃあかなりの成果だなあ」 
 嵯峨はそう言うとそのまま本部ビルに向かって歩き始めた。クリス、シン、そしてシンがその後に続いた。そして本部ビルの前に一人の男が立っているのが見えた。
「胡州海軍?」 
 その男の紺色の詰襟の制服にクリスは息を呑んだ。その腕の部隊章は胡州海軍第三艦隊教導部隊の左三つ巴に二引き両のエンブレムが描かれていた。そして胸には医官を示す特技章が金色に輝いている。
「別所!忠さんは元気か?」 
 嵯峨は気軽にその胡州海軍少佐に声をかけた。クリスはその言葉で胡州第三艦隊司令の赤松忠満少将の名前がひらめいた。そして現在政治抗争の中にいるその主君西園寺基義大公が嵯峨の義理の兄でもあることを思い出していた。
「まあいつも通りというところですよ」 
 淡々と答える別所と呼ばれた少佐。彼は三人を出迎えるように本部ビルの扉を開いた。
「ああ、ホプキンスさん。紹介しときますよ。彼が胡州第三艦隊司令赤松忠満の懐刀、別所晋平少佐ですよ」 
 静かに脇を締めた胡州海軍風の敬礼をする男を眺めた。別所の名前はクリスも知っていた。前の大戦時、学徒出陣が免除される医学生でありながら胡州のアサルト・モジュール部隊に志願。赤松の駆逐艦涼風の艦載機の九七式を駆ってエースと呼ばれた。戦後も赤松大佐のそばにあり、今は西園寺派の海軍の切れ者として知られる男。
「私の顔に何かついていますか?」 
 そのままエレベータに向かう別所が声をかけてきた。
「いえ、それにしても何故?」 
「いいじゃないですか。とりあえず部屋で話を聞きましょう。シンの旦那も付き合ってもらいますよ。ホプキンスさんも来ますか?」 
 嵯峨の投げやりな言葉に、クリスは大きく頷いた。
「じゃあ行きますか」 
 開いたエレベータに嵯峨は大またで乗り込んだ。
 沈黙が続いたエレベータを降りた嵯峨、クリス、別所。彼等は管理部門のあわただしく動き回る隊員達をすり抜けて嵯峨の執務室に入った。相変わらず雑然としている部屋を眺めた後、嵯峨はソファーに腰を降ろした。別所も慣れた調子でその正面に座る。クリスも後に続いた。
「西園寺卿からもよろしくということでした」 
「ああ、糞兄貴ね。まあ、あのおっさんはほっといても大丈夫だろ?それより何で来たの」 
 嵯峨はくわえていたタバコをもみ消すと上目がちに別所をにらみつけた。人を警戒する嵯峨の目。
「うちはただでさえ北天のお偉いさんに目をつけられてるからなあ。助太刀なら断るぜ」 
「それほど赤松大佐は親切ではないですよ。まあこの内戦に関する胡州民派の意向を伝えておけとと言うことです」 
 そう言うと別所はやわらかい笑みを浮かべた。貴族特権の廃止と官僚機構の平民への開放を掲げる西園寺基義公爵は自分達を『民派』と呼び勢力結集を図っていた。軍では赤松海軍中将や醍醐文隆陸軍中将を中心に着実に勢力を拡大させていた。
「いい加減、兄貴と烏丸卿の対立止めてくれないかねえ。ただでさえ今、遼州は爆弾抱えて大変なんだ。遼南、遼北、ゲルパルト、そしてベルルカン大陸。地球人達があちらこちらの戦場を我が物顔で歩き回っていやがる」 
 そして胡州四大公の末席、烏丸頼盛を担ぐ勢力。『民派』に対し『官派』と呼ばれることもある勢力は先の大戦の敗北で疲弊した貴族制度の再構築を掲げ『国権派』を自称した。先の大戦で敗戦国となった胡州は今、その二つに割れていた。貴族制政治の腐敗が敗戦を呼んだと主張する民派と経済の不調を統制制度の引き締めで解決しようとする官派の対立は遼州の各国を巻き込み拡大していた。
「おっしゃることはわかります。だが、こちらとしても引くわけにはいきませんよ。平民院選挙での官派による妨害工作のことも……」 
「だからそんなことじゃないんだろ?俺のところに来たのは。そっちの政治の話は東和のテレビ局にでも出演するときに頼むよ」 
 嵯峨は明らかに別所に敵意を向けていた。緊張感が無いのはいつものことだが、言葉尻が投げやりなのはその証拠だとクリスもわかっていた。
「人民軍の北兼軍閥に対する……」 
「嫌だね!」 
 別所の言葉を聞くまでも無く嵯峨は吐き捨てていた。
「どうせあれだろ?人民軍に圧力かけて講和のテーブルを用意しろってことだろ?兄貴らしいや。言いだしっぺは南都のブルゴーニュ辺りか?あいつもゴンザレスの後釜狙うんだったらもう少し自分で手を汚せってんだ!」 
 クリスはそこまで聞いて別所の意図、そして西園寺基義の考えがわかってきていた。アンリ・ブルゴーニュ。フランス貴族の血を引く遼南の名門に生まれた彼がゴンザレス政権へのアメリカ軍の支援を取り付けた本人だった。彼の地盤の南都にはアメリカ海軍の基地があり、ゴンザレス政権支援の為、遼南に上陸したアメリカ軍十五万の兵力は南都から運ばれる物資で支えられていた。だが次第に旗色の悪くなる共和軍との関係の見直しを図り始めたブルゴーニュ候は米軍とともに手の引きどころを考えていると言う噂もまことしやかにささやかれていたのは事実だった。
「しかし、人民政府の……」 
「だからさあ。ダワイラ・マケイとアンリ・ブルゴーニュ。二人のどちらかを信じろといわれたら俺の回答は決まってんだよ」 
 それが嵯峨の答え。クリスには興味深い嵯峨の本音だった。遼北の社会主義政権の支援を受ける人民軍に嵯峨が参加することに不自然さを感じていたクリスだが、思いも寄らない嵯峨の本音がその領袖への信頼感であることを知ってなぜか好感を覚えた。
『この男も人間なんだな』
 目の前で困ったように黙り込む別所をにらみつけるのもそう言う嵯峨の人間的な付き合いを優先する人柄と言うことを考えてみれば理解できるところだった。取り付く島の無い嵯峨の態度に、別所はとりあえず姿勢をただし嵯峨の目を見据えることにした。
「まあ仕事の話はこれくらいにしてと……」 
 嵯峨は立ち上がると部屋に備え付けの冷蔵庫を漁った。手にしたのは日本酒の四合瓶。ラベルは無かった。
「ホプキンスさんは日本酒大丈夫ですか?」 
「ええ、好きですよ」 
 そんな言葉を確認すると湯飲みを三つ嵯峨は取り出して並べる。
「まあ、遠いところ無駄足となるとわかって来てもらったんだ」 
 嵯峨はそう言いながら湯飲みに酒を注ぐ。
「話は変わるが、東和経由かい?」 
 そのまま安物の湯飲みになみなみと日本酒が注がれた湯飲みを別所に差し出す。
「ええ、茜様にも……」 
「おいおい、様はねえだろ。あんな餓鬼」 
 そう言いながら酒を舐める嵯峨。
「それより、楓はどうだ?お前が鍛えてんだろ?」
 そう言って別所の目の前にも湯飲みを置いて酒を注ぐ。その姿は珍しく双子の娘を持つ親の顔をしているように見えた。 
「楓様は非常に筋が良いですね。この前も特戦の模擬戦で苦杯を舐めましたよ」 
「へえ、あいつがねえ。道理で俺も年を取るわけだ」 
 嵯峨はそう言いながら再び立ち上がる。そして戸棚から醤油につけられた山菜の瓶を取り出した。
「とりあえずここいらの名産のつまみだ。酒も兼州のそれなりに知られた酒蔵なんだぜ、胡州や東和の酒蔵にも負けてないだろ?」 
 嵯峨はニヤニヤと笑いながら別所が酒を飲む様を見つめていた。
「それと康子様から……」 
 嵯峨はその言葉を聞くと電流が走ったように硬直した。クリスは驚いた。恐怖する嵯峨を想像していなかった自分に。
「どうしたんだ?姉上が……?」 
 西園寺基義の妻、康子。戸籍上は義理の姉だが、血縁としては康子は嵯峨の母エニカの妹に当たる。胡州王族の有力氏族カグラーヌバ家の娘でもあった
「康子様はおっしゃられました……」 
「信じたようにやれ。か?」 
「はい」 
 嵯峨はとりあえず肩をなでおろして静かに湯飲みの酒を舐めた。
「それが一番難しいんだがねえ」 
 そう言うと瓶から木の芽を取り出して口にほうりこんだ。
 突然、嵯峨の執務机の上の端末が鳴った。
「はいはーい。でますよー」 
 嵯峨はめんどくさそうに立ち上がると受話器を上げる。別所は瓶の中のキノコを取り上げて口に入れた。
「意外といけますよ」 
 さすが民派の有力者の懐刀と呼ばれるだけの喰えない男だとクリスは思った。自分の仕事がすべて終わったような顔をしている別所。次々と別所がつまむビンの中の野草にクリスは恐る恐る手を伸ばして口に運んだ。そのえぐい味に思わず顔をしかめた。
「ああ、別所君。ちょっと」 
 嵯峨は受話器を置くと別所の肩に手を置いた。
「君、軍医でしょ?」 
「まあそうですけど……」 
 待ってましたと言うような嵯峨の笑みに、別所は少したじろいだ。
「あのね、難民の移送の先発隊で重症の患者を運んでいたVTOLが到着したそうなんでねえ……」 
 嵯峨はそう言って別所を立ち上がらせる。
「仕事はきっちり頼むわけですか」 
「なあに、医者の技量を持つ人間の宿命って奴ですよ。まあ俺は弁護士の資格は持ってはいるがあんまり役に立たなくてねえ」 
 そう言いながら別所を立たせて執務室を後にした。クリスも酒に未練があるものの、二人を追ってまた管理部門の続く廊下に出る。大型の東和の国籍章のついた輸送機がハンガーの前に着陸しようとしているのが見える。その両脇には東モスレム三派のアサルト・モジュールが護衛をするように立っている。
「また食いつかれるだろうねえ」 
 嵯峨は苦笑いを浮かべながらエレベータに乗り込んだ。
「当然、あの二人は今回の民兵掃討戦のことを……」 
「シンの旦那は間抜けじゃないっすよ。おそらくライラは額から湯気でも出してるかも……」 
 嵯峨はそう言いながら開いたエレベータから降りようとしたが、パイロットスーツを着たライラは拳銃を突きつけながら嵯峨を押し倒した。
「おい!この卑怯者!恥って言葉の意味!お前は知らないんじゃないのか!」 
 怒鳴り込んできたライラを周りにいたゲリラ達が押しとどめる。
「ライラ!止めろ!」 
 ジェナンに羽交い絞めにされてようやくライラは静かになった。ゲリラ達は銃の安全装置を外している。静かにライラと嵯峨はにらみ合っていた。
「おい、ライラ。お前さんは勘違いしてるんじゃないのか?」 
 嵯峨はライラの体当たりで落ちた帽子を拾いながら切り出した。
「なにがだ!卑怯者!」 
「卑怯?いいじゃねえの、それでも」 
 嵯峨を取り巻いていたゲリラ達がそんな言葉に力の抜けたような表情をした。
「戦争はスポーツじゃねえ。人が殺しあうんだ」 
 一言一言、嵯峨はいつもの冗談とはまるで違った真剣な表情でライラに語りかける。
「確かに戦争にもルールがある。各種の戦争法規については俺は一応博士号の論文書くときに勉強したからな。だがその法規には今回の俺の行動は全く抵触していない」 
「そう言う問題か!」 
「そう言う問題なのさ」 
 嵯峨はそう言うとタバコを口にくわえる。
「俺は共和軍の基地司令には、難民の安全のために双方が全力を尽くすということを約束したわけだ。当然その障害になるものを俺が叩き潰すつもりだったわけだが……まああちらさんがどう言うつもりだったかなんてことは俺の知ったことじゃないよ」 
「詭弁だ!」 
 叫ぶライラを上目使いに見据えて、嵯峨は一言つぶやいた。
「そうだよ。詭弁だよ」 
 その言葉にライラを抑えていたジェナンの腕が緩んだ。ライラはそのまま嵯峨の襟首をつかみあげる。
「だが、詭弁で何が悪い。戦争は殺し合いだ。詭弁の一つで命が救われるというなら俺はいくらだって詭弁を労するぜ」 
 ライラの腕が緩んだ。だが、嵯峨はそれを振りほどこうとしない。
「お前の親父を殺したのも同じ論理だ。あいつは自分が利用されていることに気付かなかった。王族に生まれちまった人間は、いつだってそう言う状況に置かれることを考えなけりゃあならねえ。だがあいつにはそれが出来なかった」 
「父上を愚弄するのか?」 
 ライラの瞳に涙が浮かぶ。
「死人に鞭打つ趣味はねえよ。だが、お前も遼南王家に生まれたのならこれだけは覚えておけ。利用されるだけの王族ならいっそいないほうがいいんだってことをな」 
 その言葉にライラはそのまま床に崩れ落ちた。嵯峨は振り向くことも無く、別所を連れて担架で次々と旧村役場の建物である病院に運ばれていく難民達へと足を向けた。
「なあ、落ち着いてくれ」 
「どう落ち着けって言うのよ!」 
 そうライラは宥めようとするジェナンの腕を振りほどき地面に泣き伏せた。周りで見ていたゲリラ達は彼らの英雄である嵯峨がいなくなると同時にこの少女への関心を失って散っていった。
「ライラさん。あなたは……」 
「つまらない慰めなら要らないわよ。あなたも父上の敵である地球人なんだから」 
 そう言うとゆっくりと立ち上がるライラ。彼女は流れた涙を拭うとそのまま本部の外へと向かった。『地球人』と言う言葉が憎しみとともにこの遼州星系では使われることが多いのはクリスも痛感していた。かつて鉄器を発明したばかりの動乱の遼州大陸に入植を開始してから、地球の大国の思惑に翻弄されてきた遼州の人々にとって最大限の敵意をあらわす言葉として使われてきた。
 肩を落としてジェナンに支えられて歩く少女もこの地に戦いを持ち込んだ憎むべき地球人として自分を見ている。その現実にクリスは打ちのめされていた。
「良い所にいたな、ジェナン!ライラ!」 
 本部の玄関の豪華すぎるエレベータが開いて現れたのはシンだった。隣の伊藤は頭をかきながら一礼するとそのまま本部の外へと駆け出して言った。
「しばらくここで世話になることになった。それなりに挨拶は済ませておけよ」 
 そう言ってシンは二人を置いてハンガーへ向かおうとしていた。
「ちょっと待ってください!どう言うことですか!」 
 驚きの表情でライラは駆け出そうとするシンをつかみとめた。
「聞いてなかったのか?俺達はしばらく嵯峨惟基中佐貴下での作戦行動を行う」 
「しかし、それでは……」 
 ジェナンの言葉に、シンはにっこりと笑って答えようとする。
「西部から西モスレム経由なら帰還は出来るだろうが、この難民や近代戦も知らないゲリラ達を見捨てるわけにはいかないだろ?」 
 微笑みながらも、シンの目は少しも笑ってはいなかった。
「わかったよ。私はそれで良いわ。ジェナンはどうなの?」 
 ライラの一言はクリスとジェナンを驚かせた。
「本当にいいのか?父親の仇なんだろ?」 
「今するべきことがある。そうじゃないの?」 
 ライラはまぶたを涙で腫らしてはいるが、きっぱりとそう言い切った。
「嵯峨中佐を闇討ちするつもりじゃないだろうな?」 
 意外な決断をしたライラをシンは心配そうに見つめた。
「そんなことはしませんよ。でも、あの男が何をするのか見たいんです」
 ライラは沿う言い切ると、嵯峨の消えた野戦病院を見た。
「もし、それが父上の死を無駄にするようなことになったら……寝首ぐらい掻くかもしないけど」 
 そうしてライラは無理をして微笑むとゲリラ達が北兼軍に志願する為に並んでいる列を押しのけて格納庫へ走り出した。
「女は強いですねえ」 
 そう言うとシンは腰の雑嚢からタバコを取り出す。そしてジェナンの方を一瞥した後、いつものように何も無いタバコの先に火が灯った。
「僕が見てきます!」 
 そう言い残してジェナンは格納庫の前の人垣に消えた。
「しかし、嵯峨と言う人物。一体何を考えているのやら……」 
 独り言のようにシンはつぶやいた。クリスはその表情の少ない顔を覗き見た。
「確かに。私もこの数日取材をしてわかったことは、彼は私のような凡人には想像も出来ない人物だということですよ」 
「そうは言っていませんよ。確かに今の状況を作り出した采配には敬意を表しますよ、揚げ足取りなんていうことは戦場では当たり前の出来事ですから」 
 そう言い切る若いイスラム教徒の将校を見つめるクリス。その男が思った以上に思慮深い性格だとわかって好意を持って彼の話に聞きいる。
「だが、彼は何のためらいも無く悪名を浴びてでも自分の、いや所属する陣営の優位な状況を作り出す。正義を語り、大義を説いて人を惹きつけるのは容易いことですよ。人間には美名のために死ぬことを喜ぶ連中はいくらでもいますから。しかし、彼は美辞麗句を用いずにこれだけの兵力を集めた。王家の威光などもう何の役にも立たないことを知っているはずの彼に何故……」 
「君子豹変す、そんなところではないですか?」 
 そう後ろから声をかけてきたのは伊藤だった。
「伊藤さん、驚いたじゃないですか」 
「すいません、ホプキンスさん。まあ、俺も初めてダワイラ博士を案内してあの人に引き合わせたときは同じように思いましたよ。あの人は迷いを見せない。迷っていると見えるときは、大体そう見せた方が得な時くらいのものでね」 
 格納庫前の広場に白いアサルト・モジュール『クロームナイト』が着陸した。ゲリラ達は歓声を上げ、そこから降りる少女と熊をまるで救世主に出会ったように歓迎している。
「たぶんここまではすべてが隊長の筋書きの上で進んでいるんでしょう。だが、もう一人の脚本家が出てきたときにどうなるか……」 
 伊藤の面差しに影が差した。
「吉田俊平少佐ですか?」 
 クリスの言葉にシンがはっとなり伊藤を見つめた。
「この状況だ。共和軍のエスコバル大佐は間違いなくバレンシア機関を動員して北兼台地への侵攻を阻止にかかるでしょうね。そして、その為に自分の手を切ることになるかもしれない刀を手にする可能性は無いとは言えない」 
 『バレンシア機関』と言う名前にクリスははっとした。遼南共和国政府に対する12度の人権問題抗議議案がフランスの提唱で地球の国連に定義され、そのたびにアメリカの拒否権で抗議は実現してはいないものの、そのうち5つの大量虐殺容疑で知られる非正規特殊部隊。ある意味共和軍の切り札と言える部隊の投入は北兼南部6県確保にどれだけの関心を共和政府が示していると言う証拠にもなり、クリスは興味を持った。
 そして吉田俊平。その写真すら一枚も無い伝説の傭兵指揮官の悪名もまたクリスの記憶には嫌と言うほど記憶されていた。そんな考え事をしているクリスを置いて二人は話を続けた。
「シンさん。いい目をしていますね。吉田俊平は傭兵だ。金さえ積めばなんでもする男と言う話ですよ。まあ実在を疑っている人も多いですが、うちの隊長の情報網では名前があがってましてね」 
 そう言いながら傾きかけた日差しを眺める伊藤。
「現代の義体の製造技術を考えれば吉田俊平の実在は確実でしょう。それに東和の菱川財閥。金になるならあの新型機の提供を北兼軍閥に、虎の子の吉田俊平の部隊を共和軍にと分配してもおかしくは無いでしょうしね」 
 シンはそれだけ言うとタバコをもみ消して吸殻をポケットにしまう。
「次の一手は共和軍が打つことになるでしょうが、どういう形になりますかねえ。手ごまは限られているはずですから」 
 そう言うと伊藤はそのまま降りてきたエレベータに乗り込んで姿を消す。
「嵯峨中佐みたいな話し方をする人物のようですね」 
 シンがそう言うのにクリスは答えた。
「きっとあれは病気なんでしょう」 
 そのままクリスは白いアサルト・モジュールの前でゲリラの歓迎を受けているシャムに向かって歩き出した。


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テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 17

「そんじゃあ、出ますよ」 
 嵯峨はそう言うと包囲している共和軍兵士達に手を振りながらコックピットハッチと装甲板を下ろした。全周囲モニターがあたりの光景を照らし出す。そんな中、クリスの視線は検問所の難民の群れを捉えた。水の配給が開始されたことで、混乱はとりあえず収束に向かっているように見えた。
「じゃあ、行きましょうか」 
 そう言うと嵯峨は四式のパルスエンジンに火を入れる。ゆっくりと機体は上昇を始める。クリスは空を見上げた。上空を旋回する偵察機は東和空軍のものだろう。攻撃機はさらに上空で待機しているのか姿が見えない。
「とりあえず飛ばしますから!」 
 嵯峨の声と同時に周りの風景が動き出す。重力制御型コックピットにもかかわらず、軽いGがクリスを襲った。
「そんなに急ぐことも無いんじゃないですか?」 
 クリスの言葉に、振り返った嵯峨。すでに彼はタバコをくわえていた。
「確かにそうなんですがね。もうブツが届いているだろうと思うとわくわくしてね。そういうことってありませんか?」 
 にんまりと笑う嵯峨の表情。
「ブツ?なにが届くんですか?」 
 クリスはとりあえず尋ねてみた。嵯峨の口は彼の最大の武器だ。その推測が確信に変わった今では、とりあえず無駄でも質問だけはしてみようという気になっていた。
「特戦3号計画試作戦機24号。まあそう言ってもピンとはこないでしょうがね」 
 嵯峨は再び正面を見据えた。北兼台地に続く渓谷をひたすら北上し続ける。相変わらずロックオンゲージが点滅を続けている。その赤い光が、この渓谷に根城を置く右派民兵組織の存在を知らせている。
「特戦計画。胡州の大戦時のアサルト・モジュール開発計画ですか?」 
 クリスのその言葉を聞いても、嵯峨は特に気にかけているようなところは無かった。
「新世代アサルト・モジュールの開発計画。そう考えている軍事評論家が多いのは事実ですがね。ただ、それに一枚噛んだ人間からするとその表現は正確とは言えないんですよ」 
 そう言い切ると灰皿にタバコを押し付ける嵯峨。
「汎用、高機動、高火力のアサルト・モジュールの開発計画は胡州陸軍工廠の一号計画や海軍のプロジェクトチーム主体での計画がいくつもあった中で、特戦計画の企画は陸軍特戦開発局と言う独立組織を創設してのプロジェクトでしたからね。独立組織を作るに値する兵器開発計画。興味ありませんか?」 
 嵯峨はいつものように機体を渓谷に生える針葉樹の森すれすれに機体を制御しながら進んでいった。相変わらずロックオンされてはかわす繰り返し。嵯峨は機嫌よく機体を滑らせていく。
「精神感応式制御システムの全面的採用による運用方法を根底から覆す決戦兵器の開発。なんだか負ける軍隊が作りそうな珍兵器の匂いがぷんぷんするでしょ?」 
 嵯峨はそう言うとタバコを吹かした。思わずクリスが咳き込むと、嵯峨は振り返って申し訳無さそうな顔をする。
「まあ、俺は文系なんで細かい数字やらグラフなんか持ち出されて説明はされたんですが、いまいち良くわからなくてね。ただエンジンの制御まで俺の精神力で何とかしろっていう機体らしいですよ」 
「そんなことが可能なんですか?……相当パイロットに負担がかかることになると思うんですが」 
 今度は一気に急上昇する機体。上空で吐かれたクリスの言葉に嵯峨はまた振り返った。
「結果から言えば可能みたいですよ」 
 そう言うと再び嵯峨は正面を向く。
「それがどう言う利点があるんですか?」 
「それは俺にもよくわからないんでね。説明を受けた限りではエネルギー炉の反物質の対消滅の際に起きる爆縮空間の確保に空間干渉能力を持ったパイロットによる連続的干渉空間の展開が必要とされて、そのために……あれ?なんだったっけなあ」 
 嵯峨は頭を掻いた。
「やっぱ明華の話ちゃんと聞いときゃよかったかなあ。まあ、あいつも俺しか乗れないような化け物アサルト・モジュールが来るってことで納得しちゃったから今さら聞けないんだよなあ」 
 そう言うと嵯峨はさらに高度を上げた。東和の偵察機は上層部の指示があるのかこちらに警告するわけでもなく飛び回っている。
「対消滅エンジンですか?あれは理論の上では可能でもアサルト・モジュールのような小型の機動兵器には搭載できないと言うのが……それと空間干渉って……」 
「空間干渉と言うのは理論物理学の領域の話でね、まあ私も聞きかじりですが、インフレーション理論によるとこの宇宙のあらゆるものに外の存在への出口みたいなものがあるって話なんですよね」 
「ワームホールとかいうやつのことですか?」 
 クリスの言葉に再び嵯峨が振り向いて大きく頷いた。
「そう言えばそんなこと言ってました。それでなんでも俺にはそのワームホールとやらに直接介入可能なスキル。これを空間干渉能力とか言ってましたけどそれによる安定したワームホール形勢のアストラルパターン形成能力があるらしいんですわ。そこでその何とか能力で干渉空間を対消滅炉内部に展開して出力の調整を行うということらしいですよ。まあなんとなくコンパクトに出来そうな言葉の響きではありますがね」 
 嵯峨はそう言うとまたタバコに火をつけた。
「しかし、そんな出力を確保したとしてどうパルスエンジンや各部駆動系に動力を伝えるんですか?それにパワーが強すぎれば機体の強度がそれに耐えられないような気がするんですけど」 
 そんなクリスの言葉に嵯峨は頷いた。
「そこが開発の最大のネックになったんですよ。エンジンの出力に機体が耐え切れない。既存の材質での開発を検討していた胡州の開発チームは終戦までにその答えを出すことができなかったそうです。まあ技術者の亡命などを受け入れて研究は東和の菱川重工業に引き継がれたそうですがね」 
 嵯峨はのんびりとタバコの煙を吐き出した。煙が流れてきて再び咳をするクリス。
「ああ、すいませんねえ。どうもタバコ飲みは独善的でいかんですよ」 
「それはいいです、それより東和はそれを完成させたのですか?」 
 その言葉に嵯峨は首をひねる。そして静かに切り出した。
「不瑕疵金属のハニカム構造材のフレームとアクチュエーター駆動部のこちらも干渉空間パワーブローシステムの導入ってのがその回答らしいんですが、俺も実際乗ってみないとわからないっすね」 
「わからないって……」 
「なあに、すぐにご対面できますから。ほら基地が見えてきましたよ」 
 嵯峨の言うとおり、本部ビルだけが立派な基地の姿が目に飛び込んできた。
 着陸時のパルスエンジンを絞り込んだ振動がクリスの体を包んだ。格納庫の前、すでに連隊所属の二式の起動は完了していた。本部前には楠木がホバーに乗り込もうとする歩兵部隊に訓示をしている。
「出撃ですか?難民保護の為?」 
「なあに、右派民兵組織を殲滅させる為ですよ」 
 そう言って振り向いた嵯峨の目が残忍な光を放つ。
「戦闘を仕掛けるつもりなんですか?でもそれでは共和軍を刺激して難民達が巻き込まれることになるんじゃあ……」 
 クリスが叫ぶ声はコックピットを開く音に飲み込まれていった。ホバーに乗り込む楠木の後ろにハワードがカメラを片手についていくのが見えた。
「現在、右派民兵組織は共和軍とは別の指揮命令系統で動いていることは確認済みでしてね。そして先ほどの会談で難民の移動が完了するまで共和軍は右派民兵組織への支援は行わないと言う確約を受けた訳で……」 
 コックピットを開いて振り返る嵯峨。その不気味な笑みに背筋が凍るのを感じるクリスだった。
「それじゃあまるでだまし討ちじゃないですか!」 
「『まるで』じゃないですなあ。完全なだまし討ちですよ」 
 コックピットから降り立った嵯峨が四式の掌で濁った瞳をクリスに向けてきた。
「隊長!出撃命令を!」 
 二式のコックピットから身を乗り出す明華の姿が見える。
「待てよ。それより俺の馬車馬どうなってる!」 
 クリスは後部座席から体を引き抜いた。そしてそのまま嵯峨と同じように四式の掌に降り立つ。
「ああ、それなら菱川の技術者の人が最終調整をしているはずよ」 
 明華はそのままヘルメットを被る。
「隊長。ご無事で」 
 四式から飛び降りた嵯峨とクリスに向かって歩いてきたつなぎの整備兵はキーラだった。そしてその後ろに冷却装置の靄に浮かんだ黒いアサルト・モジュールの姿が見えた。
「これが……?」 
 クリスは見上げた。その周りを青いつなぎの菱川重工業の技術者達が駆け回っている。キーラはそれを見ながら複雑な表情を浮かべていた。
「これが特戦3号計画試作戦機24号。コードネーム『カネミツ』です」 
「まじでそれにすんのか?」 
 クリスに話しかけていたキーラの一言に背広を着た菱川の研究員と言葉を交わしていた嵯峨が振り向いて叫ぶ。 
「我々もそのコードネームで呼んでいましたから」
 嵯峨と話していた責任者らしい菱川の研究者もそう言っている。 
「マジかよ。そんな気取った名前なんてつけなくても良いのに」 
 嵯峨は嫌そうに自分の機体を眺めた。ダークグレーの機体。その右肩のエンブレムは嵯峨家の家紋『笹に竜胆』。そして左肩には顔のようなものが描かれている。 
「嵯峨中佐。あの左肩の顔……いや面のような……」 
「あれですか。あれは日本の能に使われる麺でしてね『武悪』と言うんですよ」 
 嵯峨は振り向くとそう言いきった。
「武悪?」 
 思わずそうたずねたクリスを振り返ってまじまじと見つめる嵯峨。
「俺は悪党ですから」 
 そう言うと嵯峨はゆっくりとその黒い機体に向けて歩き始めた。
「ホプキンスさん。どうします」 
 ただ立ち尽くしているクリスに振り向いた嵯峨は子供のような無邪気な笑みを浮かべて尋ねてきた。
「別に良いんですよ。俺がシャムを今回の作戦から外した訳もわかったでしょ?今回はかなり卑劣な手段を取らせてもらうつもりですから。なにせ人民派ゲリラの中にはうちとは組みたくないと言ってる連中も居ますからね。それに対する牽制も兼ねて今回はかなり卑劣な作戦になる予定なんで」 
「その機体は複座ですか?」 
 クリスが搾り出した言葉にすでにパイロットスーツを着ていた菱川の技術者が戸惑っている。
「菱川の人。今回はデータ収集は後にしてくれますか?」 
 その嵯峨の言葉に青いつなぎの菱川の社員は一歩引いた。クリスは嵯峨の隣に立った。エレベータが上がり、冷却装置で冷やされたカネミツから白い蒸気が上がる中、コックピットの前に到着する。端末を片手に駆け上がってきてコックピットを覗き込んでいたキーラが顔を向ける。彼女は出来るだけ感情を表に出すまいとしている。クリスは彼女を見てそう思った。
「火器管制ですが……」 
「まあ良いよ、実戦で調整するから。それより四式のオーバーホール頼むぜ。もうちょっとピーキーにした方が俺には合ってるみたいだ。遊びがありすぎてどうも」 
「わかりました」 
 クリスから顔を背けるようにしてキーラは降りていく。
「あいつが責任感じることじゃねえんだがな」 
 嵯峨は頭をかきながらクリスに後部座席に乗るように促す。コックピットに入るとひんやりとした冷気がクリスの体を包んだ。嵯峨はそれでも平気な顔をして七分袖のまま乗り込んでくる。
「寒くないですか?」 
 そんなクリスの言葉に、嵯峨は笑みで返した。
「おい、出るぞ」 
 そう言うと嵯峨はコックピットハッチと装甲板を下ろす。鮮明な全周囲モニターの光。クリスの後部座席にはデータ収集用の機材が置かれている。
「あの、嵯峨中佐。本当に私が乗って良かったんですか?」 
「ああ、その装置は自動で動くでしょ?こっちはこの機体の開発にそれなりの投資はしてきたんだ。わがままの一つや二つ、覚悟しておいてもらわないと」 
 そう言うと嵯峨はカネミツに接続されたコードを次々とパージしていく。
「さて、戦争に出かけますか」
 嵯峨は笑っている。クリスの背筋に寒いものが走った。全周囲モニターにはすぐに先行した部下達のウィンドーが開かれる。
「セニア!明華と御子神のことよろしく頼むぜ。それとルーラ!」 
「はい!」 
 長身のルーラだが画面の中では頭が小さく見える。
「レムは初陣だ。まあとりあえず戦場の感覚だけ覚えさせろ。飯岡もできるだけ自重するように。今回は俺の馬車馬の試験が主要目的だ。あちらさんの虎の子のM5が出てきたら俺に回せ!」 
 セニアもルーラも落ち着いたものだった。レムもいつもの能天気な表情を保っている。
「まあ今回はあいつ等も出したくは無かったんですがね」 
 嵯峨はそう言うとエンジン出力を上げていく。
「なるほどねえ。前の試験の時よりかなり精神的負担は少なくなってるな。これなら使えるかも」 
「中佐!兵装ですが……」 
「法術兵器は俺とは相性が悪いからな。レールガンでかまわねえよ」 
 キーラはすばやく指示を出し、四式と同形のレールガンをクレーンで回してくる。『法術兵器』と言う聞き慣れない言葉に戸惑うクリスだが嵯峨に聞くだけ無駄なのは分かっていた。
「今回は機体そのもののスペックの検証がメインだからねえ」 
 レールガンを受け取ると嵯峨は一歩カネミツを進めた。エンジン出力を示すゲージがさらに上昇している。
「大丈夫なんですか?」 
 クリスは思わずそう尋ねていた。嵯峨は振り返ると残忍な笑みを浮かべる。
「そんなに心配なら降りますか?」 
「いいえ、これも仕事ですから」 
 クリスのその言葉を確認すると嵯峨はパルスエンジンに動力を供給する。
「いやあ、凄いねえこの出力係数。最新型の重力制御式コックピットじゃなきゃ三割のパワーで急発進、急制動かけたらミンチになるぜ」 
 のんびりとそう言うと嵯峨は機体をゆっくりと浮上させる。
「楠木。歩兵部隊の出動は?」 
 嵯峨は画像の無い機械化歩兵部隊の指揮をしている楠木に声をかける。
「はい、すべて予定通りに進行しています。呼応する山岳部族も敵の訓練キャンプの位置への移動を開始しています」 
「それは重畳」 
 嵯峨は余裕のある言葉で答える。
「じゃあ行きますか」 
 機体が急激に持ち上げられる。パルスエンジンが四式の時とは変わって悲鳴を上げるような音を立てた。
「ほんじゃまあ、ねえ」 
 そう言うと嵯峨はそのまま一直線に渓谷にカネミツを滑らせた。
 正直なところクリスは乗ったことを後悔していた。
『やはりこの人は信用は出来ない』 
 そんな言葉が意識を引き回す。カネミツの速度は四式をはるかに凌ぐ。音速は軽く超えているらしく、振り返れば低空を進むカネミツの起こす衝撃波に木々がなぎ倒されているのが見えた。
「こんなに機動性上げる必要性あるのかねえ」 
 嵯峨はそう言いながらも速度を落とすつもりは無いようだった。
「見えた!」 
 嵯峨はそう言うと急制動をかけた。コックピットの重力制御能力は四式のそれとは比べ物にならないようで、嵯峨のくわえたタバコからの煙も真っ直ぐに真上の空調に吸い込まれている。
「さあて、まずは運動性能と装甲のテストかな」 
 そう言う嵯峨に地面からの対空ミサイルランチャーのものと思われるロックオンゲージが点滅する。
「今度は止まってやるから当て放題だ。やれるならやってみろよ!」 
 嵯峨の言葉に合わせたように針葉樹の森からミサイルが発射される。五発はあるだろうか、クリスの見ている前で嵯峨が操縦棹を細かく動かす。どのミサイルも紙一重でかわした嵯峨は、そのままミサイルが発射された森に機体を突っ込んだ。
「お礼だよ。受け取りな!」 
 対人兵器が炸裂する。そして森にはいくつものクレーターが出来ていた。
「おいおい、まだ状況がつかめて無いのかねえ。教導士官はアメリカさん?それともジョンブルか?」 
 そう言うと嵯峨はそのままカネミツを歩かせた。木々をなぎ倒し、進むカネミツに逃げ惑う民兵がアサルトライフルで反撃する。
「おいおい、逃げても良いんだぜ、って言うか逃げろよ馬鹿」 
 嵯峨はそのままカネミツを停止させた。しかし、なぜか嵯峨はそこで機体を中腰の姿勢に変えた。その頭上を低進する砲火が走る。 
「なるほど、対アサルトライフル砲の配置は教本通りだな。なら少し教育してやろう」 
 そのまま発射された地点へと走るカネミツ。森が開けた小山に築かれたトーチカ。そこに嵯峨はレールガンの銃口を突っ込んだ。
「ご苦労さん!」 
 一撃でトーチカは吹き飛んだ。そして嵯峨はそのまま山の後ろに合った廃鉱山の入り口を見据える。
「ここの教導士官は馬鹿か?まだアサルト・モジュールを出さないなんて。しばらく眺めてみますか」 
 嵯峨はそう言うとカネミツを見て逃げ惑う民兵達を後目にタバコをゆったりとふかす。坑道の一つからようやくM5が姿を現す。
「はい、そっちから撃てよ。そうしないとデータも取れねえ」 
 嵯峨の言葉を聞いてでもいるかのように5機のM5は左右に展開を始めた。
 カネミツはM5の展開を見て跳ね上がる。
「脚部アクチュエーターのパワーは十分か。それじゃあパルスエンジンの微調整を兼ねまして!」 
 上空に跳ね上がったカネミツの動きについていけない民兵組織のM5。ようやく彼らがモニターでカネミツを捕らえられるようになった時にはカネミツの左手にはサーベルが抜き放たれていた。
「まずは一機か?」 
 嵯峨のとぼけた声がコックピットに響く。クリスの目の前で、民兵のM5が頭から一刀両断にされる。
「次!」 
 そのまま剣は左に跳ねた。隣でレールガンを構えようとしているM5の腕が切り落とされる。
「あのねえ、同士討ちってこと考えないのかな?」 
 再び跳ね上がったカネミツを狙ったレールガンの砲火が腕を失った友軍機のコックピットを炎に包んだ。
「落ち着いて行けば、そんなことにはならなかったんだがな!」 
 叫び声を上げる嵯峨、滞空しながら残り三機の民兵側のアサルト・モジュールにレールガンの弾丸を配って回る。
「データにもならねえな。こりゃあしばらく試験を続ける必要有りかねえ」 
 そう言うと嵯峨はカネミツを着地させ、目の前に横穴を空けている古い鉱山跡の中に機体を進めた。クリスはただ呆然とその一部始終を見ていた。今、画面に映っているのは逃げ惑う民兵と技術顧問らしいアメリカ陸軍の戦闘服を着た兵士達だった。
「さてと、どこまで入れそうかね」 
 カネミツはゆっくりと坑道を奥へと進む。嵯峨は自動操縦に切り替えて、足元のコンテナからアサルト・ライフルを取り出す。
「カラシニコフライフルですか」 
 嵯峨は折りたたみストックのライフルをクリスに手渡した。
「AKMS。まあ護身用ってことでね」 
 嵯峨は立てかけてあった愛刀兼光を握り締めている。
「銃なんてのは弾が出ればいいんすよ。さて、自殺志願者もいないみたいですから、奥に行きましょうか?」 
 とぼけた調子で嵯峨は坑道の奥でカネミツを停止させて装甲板とコックピットハッチを跳ね上げた。
「さーて、逃げ遅れた人はいませんか?」 
 そう叫びながら嵯峨がアサルト・モジュールの整備に使っていたらしいクレーンを伝って地面に降りた。クリスはライフルのストックを展開して小脇に抱えるようにしてその後に続く。
「居ないみたいっすねえ。それじゃあお邪魔しまーす」 
 肩に抜刀した長船兼光を担いで、完全に場所を把握しているようにドアを開く。
「ドアエントリーとかは……」 
「ああ、そうでしたね」 
 クリスに言われて嵯峨が剣を構えながら進む。確かに嵯峨はこの訓練キャンプの内部の情報をすべて知った上でここにいる。クリスには中腰で曲がり角を覗き込んでいる嵯峨を見てそう確信した。ハンドサインで敵が居ないことをクリスにわざとらしく知らせると、そのまま嵯峨は奥へと進む。クリスも軍務の経験はあった。そして室内戦闘が現在の歩兵部隊の必須科目であることも熟知していた。そして何よりも嵯峨は憲兵実働部隊の出身である。室内戦などは彼の十八番だろう。クリスはそう思いながら大げさに手を振る嵯峨の背中に続いた。
 さすがに剣を構えるのが疲れたのか、鞘に収めて左手に拳銃、右手にライトを持って薄暗い坑道を進んでいく嵯峨。 クリスは二人が進んでいる区画が明らかに何かの研究施設のようなものであることに気づいた。
 一番手前の鉄格子の入った部屋をクリアリングする嵯峨。中には粗末なベッドのようなものが置かれている。
「見ると聞くとじゃ大違いだな」 
 嵯峨はそのままライトでベッドの上の毛布を照らす。毛布には真新しい弾痕が残り、その下から血が流れてきているのが見えた。
「死人に口無しってことですか?」 
 クリスがそのまま毛布に手を伸ばそうとするのを嵯峨は押しとどめた。
「なあに、もうすぐちゃんと喋れる証人のところに案内しますから」 
 嵯峨はそう言うと拳銃を構えなおす。そしてライトを消して、クリスに物音を立てないようにハンドサインを送った。数秒後、明らかに誰かが近づいてくる気配をクリスも感じていた。嵯峨は腰の雑嚢から手榴弾を取り出して安全装置を外す。外に転がされた手榴弾。飛び出す嵯峨の拳銃発射音が三発。そのまま部屋に戻ると爆風がクリスを襲った。
「大丈夫ですか?」 
 嵯峨はそう言うとそのまま廊下に出た。かつて人だったものが三つ転がっている。
「あんまり見つめると仏さんが照れますよ。行きましょうか」 
 そう言うと嵯峨は死体を残したままで彼の目的の場所に向けて走り出した。
 しばらく通路を走ったところで、嵯峨は止まるように合図した。そのまま腰をかがめ、ライフルを構えながら三メートル程距離をとって音を立てないように立ち止まるクリス。嵯峨は懐から手鏡のようなものを出し、大き目のドアの隙間に翳す。しばらくの沈黙の後、嵯峨の手が動いた。出されたハンドサインは、三人の敵が部屋の奥で背中を向けているという状況とその一人を嵯峨が撃ったら突入しろと言うものだった。
 クリスの左手が持っているライフルのハンドガードが汗で滑る。
 嵯峨はすばやく突入した。拳銃の発射音が一つ。クリスが中で見たのは、倒れようとするアメリカ陸軍の制服を着た将校と、白衣の二人の技術者が手を上げる様だった。
「はい、そこまで」 
 嵯峨はそう言うと二人の技官に銃口を向けていた。
『君は?』 
 二人のうちアフリカ系の眼鏡をかけた長身の技術者が口を開く。英語である。
『あんたねえ。自分の研究知ってるんでしょ?そうしたらその一番有名な実験材料の……』 
 嵯峨が英語で返した。発音はかなりイギリス風なのがクリスには気にかかった。
『コレモト・サガ!』 
 もう一人のアジア系と思われる小柄な女性技官が叫んだ。アフリカ系の技官もその意味に気づき、驚きの表情を浮かべる。
『俺以外にこんなところに文屋さんを引き連れてやってくるような酔狂な指揮官がいるのかねえ』 
 嵯峨はそう言うと拳銃を降ろしてすぐさま胸のポケットにタバコを探す。イギリス訛りのきつい言葉に思わず渋い顔のクリス。
『目的は?』 
 女性技官の恐れを秘めた表情に、嵯峨は残忍な笑みで返した。
『言わなきゃ判りませんか?』 
 そう言うと嵯峨は電源が入っている奥の端末に歩み寄る。 二人の技術者の監視の下、次々と画面をクリアーしていく嵯峨。だが、女性技官にはかなり余裕があった。
『無駄よ。そう簡単にパスワードがわかる訳無いじゃないの!』 
『ああ、これでしょ?必要になるキーは』 
 嵯峨はすぐさまタバコと一緒に取り出していたディスクを端末のスロットに差し込んだ。 タバコに火が付く、煙が上がる。端末にパスワードを入力する画面が開く。驚いた表情の女性技官の前で、躊躇せずパスワードを入力する嵯峨。
『はい、ホプキンスさん。特ダネですよ』 
 嵯峨はそう言うとクリスの方を向き直った。その時、アフリカ系の男がくるぶしに隠し持っていた拳銃を抜こうとした。 
 しかし、銃口は嵯峨に向くことは無かった。男の腕は彼の目の前で不自然に下を向いた。男の悲鳴が部屋にこだまする。そして、下に捻じ曲げられた手首からはだらだらと鮮血が流れ落ちた。
「だから、俺は嵯峨惟基なんだよ」 
 日本語で吐き捨てるように言った嵯峨。同僚に駆け寄る女性技官の表情に恐怖がにじんでいる。
『俺はね、嵯峨惟基なんだよ。あんた等がそうした。パンドラの箱を開けたのはあんた等、アメリカ陸軍だ』 
 嵯峨は一語一語確かめるような調子で二人に向かい言い放った。
『14年前のことだ』 
 嵯峨はデータを手元のディスクに移しながらつぶやく。
『ある胡州陸軍の将校がユタ州の秘密基地に連行された。その将校は戦時中の市民への虐殺容疑で銃殺刑を覚悟していた。だが、そんな簡単なことで殺めた命の償いはできなかった』 
 嵯峨はそう言うとデータ転送に時間がかかると言うように女性技術者に向き直る。タバコをくわえて笑みまで浮かべる嵯峨に、明らかにおびえている女性技師。
『贖罪が実験動物扱いなんて当然じゃないの!嵯峨惟基。その名の前で何人の無実の人々が死んでいったことか……』 
 そう言う彼女は目の前の嵯峨に向けてと言うより自分自身を納得させるために話をしているように見えた。
『そう、贖罪だけならその将校は自分の運命を受け入れることができた。だが、そこには彼以外にも住人がいた。貧しさで売られてきた少女。盗みや引ったくりで米兵とトラブルを起こした少年。彼等もその戦争犯罪人の将校と同じ運命を歩むに足る罪を犯したと言うのかね』 
 嵯峨の言葉に女性技師は絶句する。そしてすぐにクリスの顔を見る。
『あれは国益を!そうよ、合衆国への忠誠を誓う技師としての……』 
 そうクリスに叫ぶ技師。だが、クリスの表情が敵意しか見せていないことを知ると、仕方がないと言うようにだらりと両手を下ろした。
『まあ、いいやそろそろ俺の部下達が到着したところだ。お嬢さん。相棒の腕、そのままほっとくと壊死しますよ』 
 嵯峨はそう言いながら自分用のディスクへのデータの転送を終えて、今度は前面の大型スクリーンにデータを送る準備をしている。白衣の研究員達は嵯峨の言葉にそのまま部屋を出て行くことを決めた。
「はあ、久しぶりの英語で緊張しちゃったねえ」 
 嵯峨はそう言いながらキーボードを叩き続ける。クリスは黙ってその姿を見ていた。目の前のスクリーンに椅子に縛り付けられた男の姿が映った。
「拷問?」 
 クリスの言葉は次の瞬間に驚きに飲み込まれた。画面の中の男の目の前の机が突然火を噴いた。その業火が部屋を覆いつくす。そして次の瞬間、男がまるでガソリンでもかけられたかのように炎に包まれていく。悲鳴を上げながら火に飲み込まれる男の映像。クリスは目を反らさずに見ることに苦痛を感じた。
「これが彼らの研究ですか?」 
 しばらく呼吸を整えてからクリスが吐き出した言葉に、表情を押し殺した嵯峨の顔が映っていた。
「いわゆる『パイロキネシスト』の研究資料ですよ。一番ありふれた遼州人が持つ法力の一つ」 
 嵯峨は画像を停止させるとタバコをふかしている。
「都市伝説ではなかったんですね。遼州人の超能力と言う奴は」 
 クリスの言葉に嵯峨は静かに笑みを浮かべていた。
「もしそれが与太話で済む次元の話だったらアメリカさんはこんなに兵力を遼南に割く必要も無かったんじゃないですか?ただの失敗国家の独裁者がくたばるかどうかなんてことは彼らにとって本当にどうでも良いことですから。自国の若者の血を流すに値しない存在ですよ」 
 嵯峨の言葉が終わるまもなく、楠木を先頭とした北兼軍閥の兵士達が飛び込んでくる。
「遅いねえ。もうお話は済んだよ。処置はしておいてくれ」 
 そう言うと嵯峨はクリスの肩を叩いた。
「処置?データを消すつもりですか?」 
 クリスの驚きの声に楠木の部下の胡州浪人崩れの兵士達が冷笑を浴びせてきた。
「ホプキンスさん。今は遼州人には地球人との違いは無いことにしておいた方が良いんじゃないですか?先の大戦の遺恨はまだ生きている。まあ、知るということが双方にとって幸せかどうか、そこを考えるとこのデータは無いことにしておくべきだと思いましてね」 
 嵯峨はそう言うと研究室を出た。クリスもその後に続く。通路に出ると散発的な銃撃戦の音が響いている。クリスは嵯峨と言う男に再び疑問符をつけたまま嵯峨の後に続き、カネミツの待つハンガーへと急いだ。
「御大将!」 
 突然の声に振り向いた嵯峨とクリスの向かいには楠木が立っていた。
「どうだい、民兵さんの方は」 
 嵯峨の言葉に楠木は笑みを浮かべた。
「現在、山岳民族部隊と交戦中ですが敵さんももう抵抗が無意味なのはわかってるみたいですから。もうそろそろ決着はつくんじゃないですか」 
 楠木の言葉に嵯峨は安心したようにハンガーへの道を進む。北兼軍の兵士達がゲリラや傭兵の死体や負傷者を運び出している。
「ずいぶん手回しが良い事ですね」 
 クリスの言葉に嵯峨はにんまりと笑った。
「まあ相手を知らずに戦争を仕掛けるほど俺は耄碌しては居ませんから」 
 そんな言葉を返す嵯峨をクリスはただ見守っていた。ハンガーに出ると、カネミツの後ろに東モスレム三派のアサルト・モジュールがあった。その足元には、アブドゥール・シャー・シン少尉が北兼軍の将校と押し問答を続けていた。
「嵯峨中佐!」 
 シンの叫び声が届いて、嵯峨はめんどくさそうに階段を折り始めた。その髭面の下には怒りのようなものが満ちているのがクリスにもわかった。
「これはどう言うことなんですか!」 
 シンの言葉に頭を掻く嵯峨。取り巻いている兵士達はどこと無くシンの雰囲気に緊張を強いられていた。
「どう言うことって、ただの民兵組織の掃討作戦ですよ」 
 淡々と嵯峨は言葉を並べる。
「しかし今の時期。共和軍との協定の……」 
「そんな協定結んではいませんよ。俺は共和軍への攻撃はしないと言っただけ。あちらがどう解釈しようが俺の知ったことじゃない」 
「しかし……」 
 食い下がるシンの肩に嵯峨は手を添えた。
「彼らに難民への攻撃の意思があれば出動する。それが俺らの協定でしょ?未然にそれを防いだのは当然のことなんじゃないですか。それに今回は油断をしていたこいつ等が悪い」 
 そう言うと嵯峨は振り返りもせずにそのままカネミツに乗り込もうとしていた。

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テーマ : 自作連載ファンタジー小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 16

 格納庫の隣の休憩室のようなところにクリスは通された。物々しい警備兵達の鋭い視線が突き刺さる。
「会談終了までここで待っていただきます。そこ!お茶でも入れたらどうだ!」 
 伍長はぼんやりとクリスを眺めている白いつなぎを着た整備兵を怒鳴りつける。明らかに士気が低い。クリスが最初に感じたのはそんなことだった。
 共和軍は北天包囲戦での敗北から、北兼軍閥との西兼の戦いでも魔女機甲隊に足止めを食らい、撤退を余儀なくされていた。中部戦線では人民軍の総攻撃が乾季にはあるとの噂が流れている。そして北兼軍閥と共に人民軍側につくことを表明した東海の花山院軍閥が動き出したという話は兵達まで噂になっているのは確実だった。そして共和軍の切り札ともいえるブルゴーニュ候の南都軍閥は現在東モスレム三派との小競り合いで次第に体力をそぎ落としていることも彼らの耳には届いているのだろう。
「安心しなさいよ!私等は話し合いに来ただけなんだから!シン少尉がアスジャーン師の親書を……」 
「うるさい!そこで静かに座っていろ!」 
 浅黒い肌の警備兵達が二人の東モスレム三派軍のパイロットを連れてこの狭い休憩所に入ってくる。叫んでいるのは若い女性パイロットだった。確かどこかで見たことがある。クリスはそう思いながら釣り目の少女の顔をちらちらと眺めていた。
「あら、簒奪者のところの記者さんかしら?」 
 そんなクリスの視線に気付いてあからさまな敵意をに向けてくる少女。言葉に敵意や殺意が乗ることがあるのは戦場を潜り抜けてきたクリスも良く知っている。この十五、六と言った少女は明らかにクリスに敵意を抱いていた。細い目に敵意を持ってにらみつけられるとクリスも自然と睨み返している。さすがに狭い部屋でにらみ合う相方の少女が気になったようで一緒に連れてこられた青年は彼女の肩に手を乗せてたしなめた。
「やめなよライラ。君の伯父さんもあの人々を救う為に話し合いに来たんだ!だから……」 
「何よ!ジェナンまで!あの男が話し合い?どうせこの基地を落とす機会を狙っているんでしょ?それに何もしないと思っても、この基地の戦力を偵察して攻勢に出た時の資料にでも……」 
 ジェナンと呼ばれた青年はライラという少女の頬に手を伸ばした。少女の言葉が止まった。
「ライラさん、で良いんだよね?失礼だが君のフルネームは?」 
「さすが記者さんは抜け目が無いわね。でも名前を名乗る時は自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」 
 ライラの涼しい視線がクリスを打った。
「ああ、私はクリストファー・ホプキンス。一応フリーのライターで……」 
「アメリカ合衆国上院議員、ジョージ・ホプキンス氏の長男ですか」 
 ジェナンと呼ばれていた長髪の浅黒い肌の青年が言葉を継いだ。落ち着いているがライラに向ける気遣いとは異質な敵意を帯びた言葉が耳に響く。
「良くご存知ですね。じゃああなたから自己紹介を願えますか?」 
 クリスは青年に向き直った。
「僕はアルバナ・ジェナン。見ての通り東モスレム三派のアサルト・モジュール乗りです。そして彼女が……」 
「私はムジャンタ・ライラ。残念だけどあなたを乗せてきた人でなしの姪に当たるの」 
 クリスはようやくこの少女のことを思い出すことに成功した。
 ムジャンタ・ライラ。
 東海に拠点を持つ花山院軍閥は、ゴンザレス政権の登場と共に東和の支援を得て遼南共和国からの独立を宣言した。その皇帝に据えられたのはムジャンタ・バスバ。ライラの父、嵯峨の同じ母親を持つ弟である。
 二年前。北兼軍閥は人民政府に協力を求められ、花山院軍閥を攻めた。花山院軍閥は猛将として知られる花山院康永少将を中心に善戦するが、突然奇襲をかけた北兼軍閥の遊撃隊を相手に手痛い敗北を喫した。その部隊の攻撃指揮を取って花山院離宮を包囲していた嵯峨は、弟、バスバの引渡しを条件に兵を引くとの条件を出した。自身の保身の為、軍閥の首魁である花山院直永はムジャンタ・バスバの妻子を嵯峨に引き渡した。嵯峨は躊躇無く弟の首を落として東海街道に晒した。兄の翻心に激怒した康永はバスバの妻子を連れ東モスレムを頼って落ち延びて行った。それが嵯峨の悪名を高めた東海事変の顛末だった。
 そんな嵯峨の非情な裁可を知っていれば敵意むき出して、クリスの方を見つめてくるライラの気持ちもわからないではなかった。
「お湯持って来ました」 
 二十歳にも満たない共和軍の少年兵がポットと湯のみ、そして急須などをテーブルに置いてまわる。
「なぜ、あなたはあの人でなしの取材をしているんですか?」 
「やめるんだ、ライラ」 
「いいでしょ!私はそこの記者さんに用があるの」 
 強い調子でジェナンに言い放つと、ライラはクリスに迫ってきた。
「君はあだ討ちでもするつもりなのか?」 
 クリスの問いに少女はテーブルを叩く。
「当たり前よ!あの卑怯者は腰抜けの花山院直永を騙してお父様を殺したのよ!軍閥の頭目に収まってのうのうと暮らしている権利なんて無いんだわ!」 
 まわりの共和軍の兵士達は黙ってライラを見つめていた。彼等もライラとは同じ意見なのだろう。実際共和軍勢力下ではこの一連の血塗られた事件の顛末をまとめたCMが人民軍をこき下ろす為のネガティブキャンペーンとして流されていた。
「感情に流されているが言っていることはもっともな話だ。私も嵯峨と言う人物が持つ残酷さを取材する為にこの遼南にやってきたんだから」 
 クリスは少年兵に継がれた日本茶を口に含んだ。遼南の南部地方の茶畑は地球でも珍重される南陽茶の産地である。この甘みを含んだ茶を飲めることは遼南の取材を始めた時からの楽しみだった。だがライラの剥き出しの敵意を受けながら飲むお茶には味を感じることは出来ない。
「じゃあなぜそんな残忍な男の乗る特機なんかで取材にまわってるのよ!」 
 クリスの一息ついたような顔にライラの苛立ちはさらに募った。
『俺もだいぶあの昼行灯に毒されてきたな』
 そんなことを思いながらクリスは湯飲みをテーブルに置いた 
「そうだな。私もよくわからない」 
 クリスの言葉に、ライラの表情が侮蔑のそれに変わった。だが、クリスは言葉をつないだ。
「しかし、彼は王族の伝を使うことなく徒手空拳からこの北兼台地の北に広がる地域の軍閥の首魁となった。そして彼を慕う多くの兵士達が今も戦っている。その理由を私は知りたいんだ」 
 クリスはそう言うとライラの顔を見た。戸惑いのようなものがそこにあった。クリスは彼女に多くを語るつもりは無かった。戦場で、憎しみと悲しみを経験した人々を取材しながら得た作法。彼ら自身が今の自分を落ち着いてみることが出来なければ語りかけるだけ無駄なことだ。そんな教訓が頭の中をよぎっていた。
 じっとクリスをにらみつけるライラ。だが、今の彼女には何を言っても無駄だとあきらめ、クリスは再び自分で急須にお湯を入れた。
「難民の状況はどうなんですか?」 
 ジェナンと言う東モスレム三派の士官は、落ち着いた調子で自分達を取り巻いている兵士達に声をかける。兵士達は困惑していた。彼らも今の状況を把握できてはいないのだろう。
「増えてはいるが減る見込みは無さそうと言うのが現状だな」 
 ジェナンの言葉を扉の向こうで聞いていたらしい通信部隊の士官と思われる、いかつい体格の男が現れた。兵士は彼に敬礼をする。
「クリストファー・ホプキンスさん。お目にかかれて光栄ですね」 
 口ひげを蓄えた男は右手を差し出した。
「どちらで私のことを?」 
「西部に向かったアメリカさんの部隊が軍の機関紙を残していきましてね、暇に任せて読んでみたんですが……」 
 男は静かに笑みを浮かべた。半袖の勤務服から伸びる腕に人工皮膚の継ぎ目が見えるところから、サイボーグであることがわかる。
「お名前聞いてもよろしいでしょうか?」 
「一地方基地の将校の名前なんか聞くのはつまらないでしょう?」 
 どこかなれなれしい調子で話しかけてくる男にクリスは興味を覚えた。
「一応、読者の意見と言うものも聞かないといけないと思っているので」 
 そんなクリスの言葉に、どこか棘のある笑みを男は浮かべた。
「成田信三って言います。ここの通信施設の管理を担当していましてね」 
 男は目をライラの方に向けた。ライラの目は憎しみに燃えた目と言うものの典型とでも言うべきものだった。
「通信関連の責任者ならご存知でしょう。難民の方は……」 
「ジェナン君。聞いているよ君の噂は、なんでも北朝の血を引いている東モスレムの若き英雄。いいねえ、若いってことは」 
 そう言いながら成田は部屋の隅に置かれた紙コップを手に取ると、自分の分の茶を注いだ。
「難民の北兼軍閥支配地域への移動を支援すると言うことでまとまってきてるよ、話し合いは。上を飛んでる東和の偵察機の映像がアンダーグラウンドのネットに流出して大騒ぎになってるからな。もし、ここの検問で銃撃戦にでもなったら基地司令の更迭どころじゃ話がすまなくなりそうな状況だ」 
 成田は悠然とそう言うとクリスの正面に腰を下ろした。
「しかし、ライラ君だったかね。そんなに嵯峨と言う男が憎いかね」 
 成田は茶を口に含みながらつぶやいた。
「父の仇ですよ!……憎いに決まってるじゃないですか!」 
 ライラはクリスに当り散らした後で、少しばかり冷静にそう答えた。
「殺されたから殺す。悲劇の連鎖か。あの御仁にも娘さんが二人いたと思ったが、今度は君が彼女達に狙われることになるわけだな」 
 一瞬、ライラの表情が曇った。そのようなことは考えたことも無い、そう言う顔だ。クリスは何故成田がそれほど嵯峨の肩を持つのか不思議に思いながら二人のやり取りを眺めることにした。
「それは……覚悟してます」 
「本当にそうかね?今の今まで気がついていなかったような感じに見えるけど」 
 ライラは戸惑っていた。伯父の双子の娘、茜と楓。クリスは嵯峨の執務机の上、いつも荷物の下に隠してある写真のことをクリスは知っていた。そこには大戦中に取られた嵯峨と妻のエリーゼと双子の乳飲み子の写真と、くたびれた背広を着込んだ嵯峨を挟んで立つセーラー服の少女と胡州海軍高等予科学校の制服を着た少女の写真が並んでいた。
 嵯峨の妻、エリーゼ・シュトルベルグ・嵯峨は前の大戦の最中、戦争継続に反対する嵯峨の義父、西園寺重基を狙ったテロにあい死亡していた。セーラー服の少女は嵯峨茜。現在は東和の女学院高等学校付属中学に通っているという。予科の制服の妹、楓は胡州海軍第三艦隊で研修中だとクリスは話好きな楠木から聞いていた。
 ライラも二人の従妹のことは知っているようだった。明らかにそれまでの憎しみばかりに染まっていた視線はうろたえて、成田とクリスの間を泳いでいる。
「迷うなら見てみることだな。嵯峨と言う人物を。それから考えても遅くは無いだろ?」 
「あなたは何でそんなに嵯峨惟基の肩を持つんですか?」 
 肩を震わせながら、ついにうつむいたライラはそう言った。
「なあに、人間長く生きていればいろいろ学ぶこともあるということさ。この三十年。遼州ではいろんなことが有り過ぎた。嫌でもなんでも覚えちまうんだよ、心がね」 
 そう言うと成田は茶を飲み干してそのまま立ち上がった。
「さあて、仕事でもするかなあ。もう会合も終わったみたいだしね」 
 軽く歩哨達に敬礼すると成田はそのまま待合室から出て行った。
 クリスはライラの方に目をやった。彼女は明らかに迷っていた。それも良いだろう。若いのだから。クリスはそう思いながら急須にお湯を注いだ。
 成田と入れ違いに入ってきた将校は、静かにクリス達を眺めていた。その極めて事務的な感情を押し殺した顔に嫌悪感を感じながらもクリスは茶をテーブルに置いて立ち上がった。
「会談は……」 
 目だけでクリスを見つめる将校。
「今、終了したところだ。難民の誘導は君達に一任することになる」 
 忌々しげに吐き捨てるその浅黒い肌の小男に、クリスは言いようの無い怒りを感じながらも、そのまま黙って歩き回る彼を見つめていた。
「すべての元凶は東モスレムのイスラム教徒達にあるわけだが……」 
「いえ、言葉は正確に言うべきです。あなた方と同じ命令系統で動いた親共和軍派のイスラム系民兵組織の行動と言うべきですね」
 ジェナンの声が鋭く響いた。クリスはそれが先ほどまでライラをたしなめていた温和な青年の言葉とは思えず、ジェナンの顔をまじまじと見つめた。
 小男は鋭く視線をジェナンに向けた。
「すると、君はすべての責任は共和軍にあると言うのかね?」 
「違いますか?」 
 ジェナンの笑み。それは明らかに小男を挑発していた。
「大体、東モスレムの独立など無理なんだ!資源はどうする?経済は?すべて我々遼南に依存することになるんじゃないか!」 
「遼南だけが東モスレムの頼みではありませんよ。最近では内乱の続く遼南ルートよりも西モスレムからのルートで貿易が行われていますから」 
 静かに、冷静に、若いジェナンの言葉は待合室に広まった。小男の顔が赤く染まり始める。言うことすべてを切り返されている彼。クリスもこういう短絡的な士官には泣かされてきたということもあり、ニヤニヤ笑いながら小男の次の言葉を期待していた。
「こらこら、いじめちゃあ駄目じゃないですか」 
 突然間抜けな声が響いた。嵯峨だった。クリスはライラの方を見つめた。先ほどの戸惑いは消え、憎しみに満ちた視線を嵯峨に向けて送っている。その後ろから髭を蓄えた若いアラブ系の青年が現れた。
 アブドゥール・シャー・シン少尉。東モスレム三派のプロパガンダ映像では何度と無くその勲功と共に掲げられた写真を見てきたクリスだった。
「難民の誘導はジェナンとライラ、それにここには居ないがナンバルゲニア・シャ……」 
「居るよ!」 
 突然彼らの背後で元気な少女の声が響いた。そこにはシャムがいつもの民族衣装を身に着けて、なぜかメロンパンをかじりながら立っていた。
「おい!後ろのはなんだ!」 
 ライラが叫ぶのも無理は無い。シャムの後ろには熊太郎が巨体を揺らし、ライラをにらみながら鎮座していた。
「ああ、この子は熊太郎。太郎って名前だけど女の子なんだよ」 
 シャムは無邪気にそう答えた。じっとシャムはライラを見つめる。ライラも負けじとシャムをにらみつけた。
「ああ、良いかね」 
 話を切り出したのはシンだった。髭を撫でながら静かな調子で話し始める。
「ライラ、我々の目的を忘れないでいてくれよ。目的は敵討ちでも議論でもないんだ」 
 シンの目がライラを捉える。彼女は上官の面子を潰すわけにも行かず、黙ってうつむく。
「現在、この基地の兵員が給水車を手配して難民に支給を始めている。ここでの暴発はとりあえずすぐには起きないだろう。それは専門家もそう分析している」 
 今度はシンの視線は嵯峨の方を向いた。水の支給と言う懐柔政策。おそらく嵯峨が提案したのだろうとクリスは思った。
「だが、ここから北兼軍の支配地域までの50キロの道のりは共和軍支持の右派民兵組織の支配下にある。残念だが、ここの基地司令には彼らに攻撃停止命令を出す権限がないということだった」 
 その言葉に共和軍の兵士達は動揺していた。シンは淡々と言葉を続ける。
「しかし、難民に対する攻撃にはこの基地の所属部隊には毅然とした態度を取ってもらうということで話はまとまっている。そこでだ。ジェナン!ライラ!」 
「はい!」 
 二人は立ち上がって直立不動の姿勢をとった。
「君達は先行して脱出ルートの安全の確保を頼む。攻撃があった場合には全力でこれを排除するように」 
「了解しました!」 
 ジェナンは良く通る声でそう答えた。ライラは腑に落ちないような表情を浮かべていた。
「そしてナンバルゲニアくん」 
「シャムで良いよ!」 
 メロンパンを食べ終えて一息ついていたシャムに視線が集まった。
「君は最後尾について脱出の確認をしてくれたまえ」 
「了解しました!」 
 シャムは最近覚えた軍隊式の敬礼をした。
「私は上空で待機する。今回の行動は人道的な処置として東和政府にも話がつけてある。彼らも偵察機と攻撃機を派遣して右派民兵組織の襲撃に備えてくれるそうだ。そして嵯峨中佐」 
「はい?」 
 相変わらず間抜けな返事をする嵯峨。
「先行して受け入れ準備をお願いします」 
「ああ、まあ俺が直接顔を出さなきゃならないこともあるでしょうからね」 
 そう言うと嵯峨はタバコに手を伸ばした。
「ライラ」 
 嵯峨はタバコに火をつけながら彼をにらみつけている少女の名前を呼んだ。少女は気おされまいと必死の形相で嵯峨をにらみつけている。恐怖、憎悪、敵意。そんな感情を鍋で煮詰めた表情。クリスはそれがどの戦場で同じ目を見たかを思い出そうとした。
「すまねえな。俺はしばらくは死ねねえんだ」 
 嵯峨はそう言ってタバコの煙を天井に吐き出す。その姿にライラは肩を震わせながら精一杯強がるような表情を浮かべた。
「しばらく?どこかの誰かに八つ裂きにされるまでの間違いじゃないの?」 
 声を震わせて皮肉をこめてそう言うライラに、いつもの緊張感のかけらも無い嵯峨の視線が向く。
「安心しろよ。俺はそう簡単に討たれるほど馬鹿じゃねえからな。この戦争が終わったら俺のところに来い。この首やるよ」 
 そう言いながら嵯峨は自分の首をさすった。それだけ言うと嵯峨はポケットから携帯灰皿を取り出してタバコをもみ消した。
「さあホプキンスさん。出かけましょうか」 
 振り向いて歩き始める嵯峨。唖然とする一同を振り向くことも無く自分の愛機に向かって歩き出す。
「本当にそのつもりなんですか?」 
「何がですか?」 
 クリスの言葉にとぼけてみせる嵯峨。とぼけた表情で悲しく笑う嵯峨。広い舗装された基地を嵯峨は刀を腰の金具から外して肩に乗せて歩く。
「ホプキンスさん。あのね……」 
 検問所の前に給水車が並んでいる。難民は共和軍の兵士達から水の配給を受けていた。
「まあ口に出しても嘘っぽいから止めとこうかと思ったんですがね、一応俺も人間なんで言わせて貰いますよ」 
 そう言うと嵯峨は路面に痰を吐いた。品のない態度にいつものようにクリスは嵯峨をにらむ。
「この国には、こんないかれた騒ぎであふれかえっていやがる。親子が憎みあい、兄弟が殺し合い、愛するものが裏切りあう。遼南の現状とはそんなもんです。俺もその運命には逆らえなかった」 
 四式の前で立ち止まる嵯峨。彼はただ呆然と自分の機体を見上げていた。
「俺の首一つでその悲劇が終わりになるなら安いもんでしょ。ホプキンスさん。こう考えることは間違ってますかね?」 
 嵯峨の視線がクリスを射抜く。その視線はこれまでのふざけたような影はまるで無かった。父には玉座をめぐり命を狙われた。妻は故国の正義を信じると言うテロリストに殺された。弟は政治的駆け引きに利用されることを恐れて殺さざるを得なかった男の視線。それはクリスが見たどんな人物の瞳とも違うものだった。
 言葉が出なかった。クリスはただ黙っていた。そのまま四式の手を伝ってコックピットにたどり着いた嵯峨が、後部座席に乗るはずのクリスを待っていた。
「私には答えられませんよ。あなたに比べたら私は幸せすぎたかもしれませんから」 
 そう言って立ち尽くすクリスを呆れたと言うように肩を落として見つめる嵯峨。
「あのねえ、俺は自分を不幸だとは思っていませんよ。楽があれば苦がある。それが人生。それで良いじゃないですか」 
 後部座席に乗り込むクリスにそう言いながら、嵯峨はいつもの帽垂付きの戦闘帽を被りなおした。

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テーマ : 自作連載小説
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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 15

 静かに着地する嵯峨の四式とシャムのクローム・ナイト。
「シャム。そのまま待機していろ」 
「了解!」 
 わざとらしく敬礼する少女にクリスの頬は緩んだ。
「すいません、ホプキンスさん。右側のラックにヘルメットが入っているでしょ?」 
 嵯峨は帽垂つきの戦闘帽を脱いで操縦棹に引っ掛けると振り向いてきた。クリスはそこに奇妙なヘルメットがあるのを見つけた。頭と顔の上半分を隠すようなヘルメット。そして手を伸ばして持ち上げると、その重さは明らかに鉛ででも出来ているような感じだった。
「なんですか?これは」 
 クリスからそれを受け取るとにやりと笑ってそれを被る。
「まあ、これからの茶番に必要な小道具ですわ」 
 そう言うと嵯峨は愛刀兼光を手にコックピットを開いた。こちらに駆けて来る兵士達を見つめる嵯峨。
「嵯峨惟基!投降の目的を……」 
 いかつい下士官の言葉にヘルメットをかぶった嵯峨が腰の刀のつばを手で撫でながら応える。
「誰が投降したって?あっちの連中と目的は同じだ。話し合いに来たんだよ。あそこの難民の引き取りだ!」 
 嵯峨はそう言うとそのまま四式の右手を伝って地面に降り立つ。包囲の兵士達が次々と司令部らしき建物から吐き出され、それぞれ手にした銃にマガジンを叩き込んでは薬室に装弾する動作をして銃口を嵯峨達に突きつける。
「おいおい、熱烈歓迎と言ったところか?あんた等の同盟国の文屋さんも乗ってるんだ。下手なこと書かれたくなければ銃は降ろした方が得策だな」 
 クリスはハワードに選んでもらったハンディーカメラを兵士達に向ける。
「写真は撮るんじゃない!貴様は……」 
「ああ、報道管制?あの騒ぎの写真は上から撮ってたんだ。共和軍の非人道的な……」 
 嵯峨の言葉に兵士達に動揺が走る。
「わかった。ではその刀を置いてもらおう。それに身体検査をさせてもらうからそのふざけた仮面を外してもらう」 
 嵯峨が笑い始めた。彼の真似をして四式の右手に飛び移っていたクリスはその突然の行動を見つめていた。
「なにが可笑しい!」 
「いやあ共和軍の皆さんは勇敢だなあと思ってね。こいつを外して身の安全が図れると思ってるんだ。まあ、知らないってことは人を勇ましくする物だってのは歴史の教えるところでもあるがね」 
 嵯峨はそう言いながら歩み寄ってきた兵士に兼光を手渡した。
「そいつは慎重に扱ってくれよ。一応、胡州の国宝だ。傷一つで駆逐艦一隻ぐらいの価値が落ちるからな」 
 そんな嵯峨の言葉に兵士は顔を青ざめて恐る恐る刀を受け取る。
「ほんじゃあ基地の隊長にご挨拶でも……」 
「動くんじゃない!」 
 防衛隊の隊長と思われる佐官が部下の兵を盾に怒鳴りつける。
「なんすか?そんなに怖い顔しないでくださいよ。気が弱いんだから」 
 嵯峨がポケットに手をやると、兵士が銃剣を突きつけてくる。
「タバコも吸えないんですか?」 
「タバコか、誰か」 
 佐官は兵を見回す。一人予備役上がりと思われる小柄な兵士がタバコを取り出した。
「遼南のタバコはまずいんだよなあ」 
「贅沢を言うな!」 
「へいへい」 
 嵯峨はタバコをくわえる。兵士の差し出したライターで火を点すと再び口元に笑みを浮かべながら話し始めた。
「あそこのお客さんは何しに来たんですか?」 
 兵士達が振り返る。同じように三機のシャレードは取り囲まれたままじっと周りの守備隊の動向を窺っていた。佐官は一瞬躊躇したが、嵯峨ののんびりとした態度に安心してかようやく盾代わりの部下をどかせて堂々と嵯峨の前に立つと口を開いた。
「難民の兼陽への避難の為の安全を確保しろと言うことを申し出て来ているんだ。なんなら……」 
 嵯峨はそれを聞くと大きく息を吸ってタバコの煙で輪を作って見せた。
「じゃあ、あんた等にレールガンの雨を降らしに来た訳じゃないんだからさ。とりあえず降ろしてやったらどうです?」 
 そう言って煙を佐官に吹きかける嵯峨。その態度に明らかに機嫌を損ねたように佐官が嵯峨に顔を寄せる。
「貴様に指図されるいわれは無い!」 
 そう言うと佐官は拳銃を抜いた。
「怖いねえ。シャム。ちょっと脅してやるから管制塔にでもレールガンを向けろ!」 
 佐官の顔を見ながらにやにや笑う嵯峨。
『了解!』 
 拡声器で響くシャムの声。クロームナイトが手にしたレールガンを管制塔に向ける。
「わかった!司令官に上申するからそこで待つように!」 
 それを見て佐官は待機していた四輪駆動車に乗り込んで本部らしき建物に向かった。
「さてと、偉いさんもいなくなったわけだ。ちょっとは肩の力抜いた方が良いんじゃないですか」 
 嵯峨の言葉に戸惑う兵士達。彼らの顔を見ながら嵯峨は満足げにタバコをくゆらせた。
「あのー」 
 一人の若い下士官が微笑みながら顔を覗き込んでくる嵯峨の独特な雰囲気に耐え切れずに声をかけてきた。
「はい、何でしょう」 
 嵯峨はそう言うとくわえていたタバコを、ズボンのポケットに入れていた携帯灰皿に放り込む。
「あなたは本当に嵯峨中佐なんですか?」 
 彼の指摘ももっともなことだとクリスは思った。北兼軍閥の指導者として多くのメディアに流布されている重要人物がほとんど手ぶらで敵陣にやってくるなど考えられないことだ。
「ああ、仮面はしてますが本人ですよ」 
 そう言うとまたタバコを取り出し火をつける。
「ああ、なんで俺が自分で出てきたかって聞きたいんでしょ?まあ、アサルト・モジュールでの敵中突破、それにその後の交渉ごととか、任せられる人物がいなくってねえ。どこも人手不足ってことですよ」 
 そう言いながら笑う嵯峨。兵士達はお互い顔を見合わせた。
「しかし、我々がここであなたの身柄の拘束をするとか……」 
「ああ、それは無理」 
 中年の兵士の言葉をすぐさま嵯峨はさえぎった。
「なんでこのヘルメットしてると思います?」 
 後ろのヘルメットの隙間から見える嵯峨の口元が笑っている。こういうときの子供のような目つきを思い出してクリスは危うく噴出すところだった。
「趣味ですか?」 
 下卑た笑いを浮かべる無精髭の古参兵。その表情に嵯峨は笑みで返した。
「あのねえ、コイツは思念波遮断の効果のあるヘルメットでしてね。たとえば人間の心臓の動脈はどれくらいの太さがあると思いますか?」 
 謎をかけるように嵯峨は兵士達を見回した。
「まあ、答えはどうでも良いんですがね。噂には聞いてるんじゃないですか?遼州王家の血を引くものに地球人には考えられない力を持つものがあるってこと……その力で頚動脈をキュッてやると当然血管は機能しなくなって瞬く間に脳は酸欠。そのまま昇天と相成るわけですな。他にも心臓、肺、大腿部の血管、それに……」 
 嵯峨はそれだけ言うとまたタバコをふかす。彼の狙いはみごとに決まっていた。人間の心臓の動脈、王家の力。
 一つの都市伝説として知られる『王家の力』。それは透視、空間干渉、思念介入と言った超能力者の部類に入るような力を持った存在がいるらしいというものだった。遼南王家は一切その件には沈黙を守っていただけに真実味がある。兵士達の顔が不安に包まれる。
「安心していいっすよ。俺は今のところそんな力を使う気は無いですから」 
「じゃああなたは力が使えるんですか!」 
 幼く見える少年兵士が叫んだ。
「どうでしょうねえ。否定も肯定もできませんね、使えるかもしれない……あるかもしれない。そんなところでしょうか?不気味でしょ?それが俺の切り札でね」 
 そう言うと嵯峨はヘルメットの下から見える頬を緩めた。
「しかし、何ですかねえ。あちらさんもにらみ合いは疲れたでしょうに」 
 嵯峨はようやくコックピットから降りようとしている三派連合の隊長機を見つめていた。
「人の心配をしている場合じゃ……!!」 
 剣を預かっていた若い兵卒が急に剣を落としそうになった。傷がつけば駆逐艦一隻分の金額を請求されると思っていた彼が無理に手を伸ばしたのが悪かった。剣は地面に転げ落ちると誰もが思っていた。
 しかし、剣は滑るように地面を飛んで嵯峨の手に握られた。
「危なかったなあ。ちゃんと持っといてくれないと」 
 嵯峨の言葉を最後まで聞くだけの度胸のある兵士はいなかった。彼らはそのまま蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「なんだよ。人のものが傷つくかもしれなかったって言うのにな」 
「嵯峨中佐!」 
 クリスのその言葉に嵯峨は振り向いた。仮面の下ではいつもの困ったような顔をあるに違いない。
「見ました?」 
 嵯峨はそう言うとポケットを漁る。 
「釣り糸、忘れたなあ」 
「そうじゃないでしょ!今のはなんなんですか!」 
 確かに今の動きは嵯峨が剣を操っているとしか思えなかった。当然すべてを見ていたクリスにはこの芸当が手品などで無いことは分かっている。
「ちょっとしたお座敷芸。と言うことでどうです?」 
 嵯峨はそう言うと今度は自分の軍服のポケットからタバコを取り出して火をつける。
「それがちょっとしたお座敷芸?それなら……」 
「ああ、なんならアメリカ陸軍に問い合わせてくださいよ。俺が知っている以上にあちらさんは俺のことを良く知っていますから」 
 嵯峨はそう言うと剣を腰の金具に取り付けた。本部のビルと思われるところで逃げ出した兵士が上官に何かを訴えているのが良く見える。
「まあ、初めて見る人には刺激が強すぎたかねえ」 
 タバコの煙が目にしみたクリスの表情を察して、嵯峨はタバコを携帯灰皿に放り込むと、四輪駆動車でこちらに向かってくる士官を待っているように直立不動の姿勢をとった。
「こいつはどうも」 
 降りてきた基地の幹部に嵯峨は敬礼をする。初老の共和軍の中佐は怪訝そうな視線を嵯峨に送る。
「嵯峨惟基中佐。難民の件で話をしたいとのことだが……」 
「やっぱり基地司令は出てきませんか。それじゃあこっちから出向きましょう」 
 そう言って歩き出そうとする嵯峨の前に運転してきた士官が立ちはだかる。
「貴官の要求は基地司令に聞かせる!このまま帰りたまえ!」 
「このまま帰れだ?なんなら帰るついでにここを血の池地獄に変えても良いんだぜ」 
 これまでと明らかに違うどすの利いた恐喝染みた口調の嵯峨。一同は明らかに怯んでいる。嵯峨はさらに追い討ちをかける。
「あんた等は状況がわかってるのかよ。あちらの三派の機体。そして俺とあの白い機体。現状じゃあこの基地を攻撃できる機動部隊は二つはあるってこと。それにあの難民の群れだ。ここの基地の鉄条網が破られたら乱入してきた難民になぶり殺しにされることくらい考えが回るんじゃないの?」 
 仮面の下だが、クリスはその口調から嵯峨が下卑た笑いを浮かべていることが想像できた。
「ならなぜこれまで攻撃してこなかった!」 
 白いものの混じる髭を直しながら、どうにか体勢を持ち直した少佐がそう叫んだのは無理も無いことだった。
「あのねえ、ここを攻撃するのは簡単ですよ、それは。だけどねえ、北兼台地の入り口であるここを維持するのは俺も難しいと思いますよ。うちが何機のアサルト・モジュールを持っているかは言うまでも無くそちらさんでつかんでいるでしょうが、もしここをすぐに北兼台地制圧の拠点にしようと思えば、この馬鹿みたいに目立つ台地の上、さらに街道の周りには障害物は何も無い。南部に見える山岳地帯の稜線沿いに砲台を並べりゃこの基地は良い的だ。本気でここを守るにはざっと見てあと三倍のアサルト・モジュールが必要になる」 
 そう言うと嵯峨は再びタバコに火をつける。
「一方、俺がここを攻めたとして近隣地域制圧のために必要な歩兵部隊、治安維持に必要な憲兵部隊、それに右派民兵の奇襲に備えての機動部隊。必要になるものばかりですわ。とてもじゃないが、今はこの基地は落とせないっすよ。今はね」 
 『今は』と言うことを強調する嵯峨。共和軍の少佐は言いたいことが山ほどあると言う表情で嵯峨をにらみつける。
「怖い顔しないでくださいよ。俺はシャイなんでね。だからこんな仮面をつけないと……」 
「ふざけるな!」 
「そうですか」 
 聞き分けの無い子供をあやすような声を漏らした後、嵯峨はヘルメットに手を当てた。将校が、しまったと言う顔で嵯峨に手を伸ばす。だが、嵯峨は何事も無かったようにヘルメットを脱いだ。悪戯を咎められた子供のような視線が共和軍の士官達を射抜いた。
「まあ、何度も言ってますが、喧嘩しに来たわけじゃないですからね」 
 足元に手にしていたヘルメットを放り投げる嵯峨。
 共和軍の士官の顔が青ざめた。目の前にいるのはニュース映像でもよく出てくる北兼軍閥の首魁、嵯峨惟基のそれだった。
 なぜ彼が奇妙なヘルメットを被っていたのかは、先ほど逃げ出した兵士から聞かされていたようでその足はがたがたと震えている。
「なんすか?取って食うわけじゃ無いんですから。いい加減、司令官殿にお目通りをお願いできませんかねえ」 
 クリスは一向に嵯峨がヘルメットを拾いそうにないと見てそれをまた持ち上げた。今度は嵯峨は彼に見向きもしない。その視線は共和軍の初老の佐官に送られている。
「それでは少し待ちたまえ」 
 そう言うと佐官は車の中の兵士に目配せした。
「あと、あそこの勇者も仲間に入れてやったほうが良いんじゃないですか?」 
 嵯峨はタバコの煙の行く先で押し問答を続けている東モスレム三派の英雄、アブドゥール・シャー・シン中尉の機体に目を向ける。
「わかった。これから調整する」 
 佐官はそのまま無線機に小声でささやいている。嵯峨はそれを満足げに眺めながらタバコをくゆらせる。
「まだっすか?」 
 嵯峨特有の自虐的な笑みがこぼれる。画像通信でもないのに頭を下げる佐官を見てクリスも噴出すのを我慢するのが精一杯だった。
「嵯峨中佐。来たまえ。それと記者の方は……」 
「茶ぐらい出してやんなよ。わざわざ地球のアメリカからいらっしゃってるんだからさ」 
 『アメリカ』と言う言葉を強調して見せる嵯峨。そして隣に寄せられた四輪駆動車の後部座席に乗り込んですぐに腕組みをしながらクリスに目をやる。その緩んだ表情にクリスは呆然としていた。
「それじゃあ、君。記者の方を案内してくれ」 
 苛立っている佐官と目が合った小柄な下士官がクリスの案内役に指定された。嵯峨を乗せた車が本部のビルへと向かう。義務感からか恐怖からか黙っている共和軍の伍長のあとに続いて歩くクリス。視線をシンのほうに向ければ、パイロットスーツ姿のシンが同じように基地警備兵に囲まれながら本部に向かって歩き出していた。
「地球……アメリカからとはずいぶん遠くからいらっしゃいましたね」 
 皮肉の効いた言葉を言ったつもりだろうか、クリスは頬を引きつらせる伍長を見ながらそう思った。彼らの同盟軍であるアメリカの記者が敵である北兼軍閥の首魁と行動を共にしている。この伍長でなくても面白くは無いだろう。カービン銃を背負っている彼は時々不安そうな視線を基地の隣の検問所に向けている。今のところ難民も警備兵も動くようには見えない。だが、クリスは何度と無く同じような光景を目にしてきた経験から、その沈黙が日没まで持つものではないことはわかっていた。
 共和軍支持の右翼民兵組織と人民軍が組織した解放同盟。そして、北兼軍閥の息の入った王党派ゲリラ。彼らがこの混乱を利用しないほうがおかしい。嵯峨の余裕のある態度も、基地守備隊の将校たちの暗い表情も、彼らが次の状況をどう読んでいるかという証明になった。


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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 14

 嵯峨の言葉の意味をしばらく考え、そのある意味的を得ているところと受け入れられないことを考えてみるクリス。だが彼はどこまで行っても傍観者に過ぎない自分の立場を再認識するだけだった。嵯峨は崩れるような笑みを浮かべるとそのまま加えていたタバコを手に取った。
「じゃあ行きますか」 
 そう言うと吸いかけのタバコを灰皿でもみ消す嵯峨。そのまま立ち上がると彼は書類に埋まっていた電話を掘り出した。
「ああ、俺だ。ジャコビンはいるか?」 
 クリスもすぐに立ち上がる。それを制すると嵯峨は受話器を持ち直す。
「ああ、そうだ。じゃあすぐに向かうから起動準備よろしく。それとシャムにも昨日言っといた作戦始めるからって伝えてくれ」 
 そう言うと嵯峨は受話器を置く。嵯峨はそのまま壁に掛けられた軍刀を手にする。彼が胡州軍人の誇りなどにこだわっていないことはわかりきっていた。だがそのつややかな朱の漆に染め上げられた刀を手にしている姿は実に自然に見える。
「どうもコイツがないと落ち着かなくてね」 
 そう言いながら腰に刀を帯びる。『人斬り新三』と呼ばれて憲兵隊長時代に何人と無く人を殺めてきた嵯峨の狂気を示すダンビラ。
「縁起を担いでいるんですか?」 
「まあそんなところですよ」 
 そう言って嵯峨は隊長室を出た。
 胡州浪人は別として、あまり彼は部下には畏怖の念は持たれていない。むしろいつも七厘でシャムからもらった干し肉をあぶっていたり、昼間から酒を飲んでいたりする嵯峨の態度は部下に親しまれると言うより舐められているようなところがあった。そんな作戦部の隊員は笑顔で嵯峨を送り出す。そして嵯峨は軽く敬礼をしながらエレベータにまでたどり着いた。
「作戦部の隊員に伝えたんですか?」 
「ああ、これは俺の独断専行だから。そんなわけでこれは俺と家臣のシャムが勝手にやったことにしといた方が後々意味が出てくるんでね」 
 そう言うと嵯峨は開いたエレベータの扉に入り込んでにんまりといつもの人の悪そうな笑みを浮かべた。
「ですが、アサルト・モジュール二機でやれるんですか?おそらく北兼台地の入り口には共和軍の防衛ラインがあるはずですよ。そこで足止めを食らっている難民に活路を作るなんて……」 
 逡巡するクリスを心底面白いと言うような目で見つめている嵯峨。
「酔狂だとは俺も思いますよ。だがね、ホプキンスさん。俺にも意気地と言うものがある。俺の名前を聞いて頼ってくる連中を見殺しにするほど俺の根性は腐っちゃあいないんでね」 
 もう一度悪党の笑顔を浮かべると一階に到着したエレベータから降りた。そこにはいつもの民族衣装を着たシャムが敬礼をしながら待ち受けていた。
「陛下!」 
「陛下は止めてくれ、マジで」 
 シャムの言葉にそう言うと嵯峨はそのまま歩き出す。その後ろをちょこまかと民族衣装のシャムが付いて回る。懲罰兵達が新しい軍服に袖を通している脇を通り抜けようとするが奇妙な光景に懲罰兵達の視線が二人とその後ろに続くクリスに集まる。 
「隊長!何をするんですか?」 
 伊藤から声をかけられた嵯峨は一度天を仰いだ後にこう言った。
「ああ、偽善者ごっこ」 
 煮え切らない顔の伊藤を置いたまま嵯峨は歩き続ける。広場に生えた草を食べていた熊太郎も、シャムが歩き出したことを知って彼女に寄り添うように歩く。
「バスさんに伝えなくて良いんですか?」 
「ああ、別に困ることは無いでしょう」 
 クリスは振り向いた嵯峨にそう返した。ハワードのほうを見れば、懲罰部隊の兵士達と談笑をしているのがわかる。
 クリス達がたどり着いた格納庫はまだ完成していなかったが、くみ上げられたクレーンの台座の下、嵯峨の黒い四式と白いシャムのアサルト・モジュールが鎮座していた。
「おい!ジャコビン!」 
 嵯峨は四式のコックピットに頭を突っ込んでいるキーラに声をかけた。白い好けるような後ろ髪が嵯峨を見返してくる。
「隊長!ばっちりですよ。シャムちゃんの機体も隊長の指示通りのセッティングにしておきましたから」 
 キーラの額に汗がにじんでいるのがわかる。周りの隊員たちは、交換した部品の再利用が可能かどうかのチェックをしている。戦場での応急処置を機体に施す整備班員独特の緊張感が漂っていた。
「シャム、一応言っておくがエンジンは10パーセント以下の出力で回せよ。そうしないと各関節部のアクチュエーターが持たないからな」 
「でもパルス推進機関は出力上げても良いんでしょ?」 
 珍しくシャムがパイロットらしい口を利いているのにクリスは少し驚いた。
「まあ、リミッターかけてるからな。それでもあんまり出力をかけるなよ。お前さんのクローム・ナイトはエンジン出力が大きすぎるんだ。経年劣化でぶっ壊れてたお前の馬車馬の反重力系推進器を取り外したから今積んでいるのは二式のお古のパルス推進機関だ。出来るだけ抑え気味で頼むぜ」 
 そう言うと嵯峨はコックピットに伸びるはしごを上り始めた。クリスもまたその後に続く。
「歩兵の支援も無しにどうやって難民の逃走路を確保するんですか?」 
 そう尋ねたクリスににやりと笑う嵯峨の顔が飛び込んできた。
「それはね……企業秘密って奴ですよ」 
 そう言うと嵯峨はコックピットの上に立った。クリスはせかされるようにして多少ましになった四式の後部座席に身を埋めた。
「そんじゃあ各部チェックでも始めますか」 
 コックピットに座った嵯峨が計器をいじり始める。油まみれのつなぎの整備員の合図でコックピットカバーと装甲板が下ろされた。
「前部装甲に増加装甲をつけたんですか?」 
 微妙な前面のイメージの変化を思い出しクリスが尋ねた。
「まあね。今回の出撃は予想できた範囲内の出来事でしてね。ジャコビン!ちゃんと不瑕疵金属装甲つけたんだろうな?」 
「ばっちりですよ。これならM5のレールガンの直撃の二、三発くらいならびくともしませんよ!」 
 開いたウィンドウの中のキーラが叫ぶ。
「二、三発ねえ、まあその程度は食らうのも作戦のうちか」 
 そう独り言を言うと、嵯峨はエンジンの出力を上げてみた。独特の細かい振動がコックピットを襲う。
「シャム。何度も言うが抑えて行けよ。一応、OS関係はリミッター装備で出力は上がらないことになっちゃあいるが、感応式操縦システムにはOSに依存しないシステムが組まれてるからな。あくまで抑えていけ」 
「うん!わかった!」 
 クローム・ナイトのウィンドウにシャムの姿が映っている。当然と言うようにその後ろには熊太郎の顔も入り込んでいた。
「熊と一緒ねえ。まあ良いか。そんじゃあ出しますよ」 
 嵯峨はそう言うと四式を立ち上がらせた。各部に設置されていた機器がパージされる。そのまま横に置かれた220ミリレールガンを握って格納庫前で照準機器の接続を行う。クリスが全周囲モニターでシャムのクローム・ナイトを見た。白銀のその機体は初めての使用にもかかわらず同形の220ミリレールガンを使い慣れているように手持ち、嵯峨の四式に続いた。
「シャム。とりあえず低空を飛行して敵駐屯地まで進出する。あくまで今回は人道的処置が目的だ。出来るだけ敵さんには構うな」 
 嵯峨はそう言うとそのまま格納庫前に立つ誘導員の指示の下、パルス推進機関の出力を静かに上げて行った。
「大丈夫なんですか?彼女は」 
 クリスが尋ねるが、嵯峨はただ笑みを浮かべるだけだった。クローム・ナイトは隣で同じようにエンジンの出力をパルス推進機関に送っている。
「何度も言うけどエンジン出力には気をつけろよ」 
 そう言うと嵯峨はそのまま機体を浮上させた。続いて浮上するクローム・ナイト。
「それじゃあ偽善者ごっこ開始!」 
 そう言うと嵯峨は北兼台地に向けて進路を取った。振り向けばあっという間に本部のあったビルは点のようにしか見えなくなっている。機体の周りを白く染める空気。音速は軽く超えているようだった。そして基地を出て5分と経たなかった時だった。ノイズの混じった通信がコックピットに響く。
『……繰り返す!北兼軍閥の機体に告ぐ!この空域は飛行禁止空域に辺り……』 
 上空から現れた東和空軍の攻撃機が押さえ込むように降下してくる。
「ちょっと、はしゃぎすぎたかね」 
 先日の戦闘で飛行禁止条約を踏みにじられた東和空軍は神経質になっているようだった。嵯峨は高度を森の木ぎりぎりまで落とす。クリスが振り返れば、シャムも同じ高度で進行を続けている。
「ちゃんと降りましたよ」 
 そう言うと嵯峨は通信ウィンドウを開いていた東和軍のパイロットににんまりと笑いかけた。不愉快だと言うように通信が途切れる。
「大丈夫ですか?今の通信が共和軍に……」 
「それが狙いですよ。難民から注意を逸らすのも今回の作戦の目的ですから」 
 淡々とそう言うと、北兼台地へ続く渓谷を進む嵯峨。時折ロックオンゲージが点灯する。
「歩兵の対空ミサイルか。ずいぶんと時代錯誤なものを使ってるんだねえ」 
 嵯峨はそう言いながらさらに機体を加速させる。重力制御式コックピットは、そんな急加速にもかかわらず対Gスーツを着ていない嵯峨とクリスにも快適な飛行を保障していた。
「あと、五分で見えてきますよ」 
 嵯峨はそう言うとタバコに火をつけた。地上近くということもあり、亜音速で飛ぶ四式のコックピット。いくらクリスがタバコが嫌いだからと言って換気をするわけにもいかない。思わず振り向くが、シャムの白銀の機体はぴったりと嵯峨の四式を追尾している。そこで警告が鳴り、レーダーのモニターが何かを捉えたことを知らせる。
「邀撃機、三機か。シャムこちらからは撃つんじゃねえぞ」 
「わかってるよ!」 
 通信画面の中でいつもにない真剣な表情のシャムの姿が映っている。
「M5?おいおい、機種転換訓練もろくにしていないで。もったいねえことするねえ」 
 嵯峨はそう言うと目の前に現れた共和軍のM5に突進した。
「それじゃあ戦闘になるじゃないですか!」 
 クリスの叫びの通り、怯えたM5のパイロットはミサイルを乱射した。嵯峨はそのまま機体を上昇させる。誘導ミサイルは二発が樹に当たり爆発するが、残りの四発が嵯峨の四式を追尾してくる。
「めんどくさいねえ」 
 嵯峨はそう言うとチャフをばら撒き、指向性ECMをかけた。ミサイルは急に目的を失ったようにばらばらに飛び始め、地面に激突して爆発する。
「間合いがありすぎるんだよ」 
 嵯峨は再び機体を急降下させる。
「隊長!」 
「シャム。弱いもの虐めは止めとけよ。どうせ突破できるんだから」 
 嵯峨はそう言うとレールガンを乱射するM5の脇をすり抜けた。
「火器の照準調整もしていないのに出撃とは、まったくご愁傷様だな」 
 そのまま嵯峨は三機の共和軍のM5を突破して共和軍の基地の上空に達した。
 共和軍の基地上空。嵯峨は機体を旋回させた。クリスが身を乗り出すと共和軍の基地はすでに三機のフランス製のアサルトモジュールが着陸しているのが見て取れた。基地の防衛隊の兵士が十重二十重の包囲網をそれらの部外者の機体相手に敷いているのが上空からでも見える。
「先客がいたか。ありゃあ東モスレム解放同盟の機体だな」 
 嵯峨は下を見やりながら頭を掻いた。フランスを中心とした軍事企業体の輸出向けアサルト・モジュール『シャレード』。アラブ連盟加盟国をはじめとした国に輸出され成功を収めた機体とされている。その褐色の機体が三機、共和軍のM5に取り囲まれていた。
「ほう、あの隊長機は『ベンガル・タイガー』だな」 
 嵯峨がゆっくりと旋回しつつ高度を落としながら隊長機の画面を拡大して、その肩に描かれた虎のマーキングを見てつぶやいた。
「アブドゥール・シャー・シン。解放同盟のエースじゃないですか」 
 クリスは目を見張った。
 アブドゥール・シャー・シン。西モスレム国防軍を除隊して東モスレム解放運動に身を投じた志士。ゴンザレス政権との対立を続ける東モスレム三派の兵には『ベンガル・タイガー』の二つ名で敬愛される猛将である。
「こりゃあ繋がっても話にならんかなあ」 
 そう言いながらさらに高度を下げ、基地の上空で旋回を続ける嵯峨。クリスは基地よりもその隣を流れる河に沿った街道に設けられた検問所を見ていた。黒くその北兼台地側に見えるのはすべて人間の頭だった。高度が下がるに従って、難民達が検問所の兵士達と問答を続けている様が見て取れる。
「早く出ろってんだよ馬鹿野郎」 
 嵯峨が独り言を言う。振り向けばシャムも同じように旋回を続けていた。追跡してきた邀撃機は、基地上空での戦闘を嫌って近くの森に着陸してレールガンを構えている。
「北兼軍閥所属機に告ぐ!現在、我々は……」 
「うるせえバーカ!とっとと降ろさせろ!そこのアラブ人と目的は同じだ!喧嘩するつもりはねえよ!バーカ!」 
 嵯峨がいきなり怒鳴りつけたので、オペレーターの女性士官は驚いたような顔をした。そして、その話している相手が北兼軍閥の首領、嵯峨惟基中佐であることに気づき、立ち上がって画面から消えた。
「臨機応変。戦場じゃあ何が起きるかわからねえんだ。少しは頭を使えっての」 
 そう言うと嵯峨はまたタバコに手を伸ばすが、クリスの表情が視界に入ったのか、その手を止めた。
「嵯峨惟基中佐。それでは第三滑走路に着陸していただけますでしょうか?」 
 管制部長と思われる恰幅の良い佐官の指示を聞くと、嵯峨はM5四機が待機している滑走路に着陸した。シャムのクローム・ナイトはそれに続いて静かに着陸を済ませた。


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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 12

 獣道を進む軍用の小型四輪駆動車。跳ね上がる前輪が室内に激しい衝撃を伝えてくる。
「シャムちゃん。ずっと一人だったの?」 
 しばらくの沈黙のあと、ハンドルを握るキーラが耐え切れずに口を開いた。セニアに比べると人間らしい感情が見える彼女の言葉を聞くとクリスは少しだけ安心することが出来た。
「そうだよ。ずっと一人」 
 こんな少女がただ一人で森の中でひっそり生きてきたのか、そう思うとクリスはやりきれない気分になった。地球人がこの星を征服して以来、遼南の地が安定したことはほとんど無かった。常にこういう子供達が生まれては死んでいく。そんな歴史だけがあった。
「大変じゃなかったのかい?食事だって……」 
「一人で暮らすのは慣れてるから大丈夫だよ。それに最近は熊太郎が一緒にいてくれるから。ねえ!」 
 後ろの荷台に乗った熊太郎がシャムの言葉に答えて甘えた声を出す。
「キーラさん。新しい基地の方は」 
 クリスの言葉に、キーラは彼の方を見据えた。複雑な、どこか悲しげな瞳にクリスは違和感を感じた。そしてキーラはただ黙って暗くなってきたあたりにあわせるようにヘッドライトをつけて車を走らせる。
「廃村と聞いているのですが……」 
「ええ、人っ子一人いないわよ。まあ、あれを見ればどうして居ないのかよくわかると思うけど」 
 キーラの棘のある言葉にクリスはそれ以上質問するのをやめた。この20年ほどの戦乱で北兼の村が廃村になることは珍しいことではない。ある村は軍に追われ、ある村はゲリラに攻められ、ある村は共和政府の憲兵隊に追い散らされた。周辺国に、あるいは国境の手前に難民キャンプを作っている人々の数は三千万を軽く越えていることだろう。遼南ではありふれた風景、クリスもその住人の絶望した表情を嫌と言うくらい見てきた。そして彼はクライアントの気に入るように、彼らの敵をクライアント達の敵であると決め付ける文章を書くことを生業としてきた。
「見えてきたわね」 
 キーラが高台の開けた道に車を走らせる。彼女の視線の先には、北兼ではそれほど珍しくも無いような山岳民族の集落が広がっている。その向こうに異質な存在を誇示している、嵯峨が保養所と呼んだ大きな宿泊施設がみえる。その周りでは、機材を運び込んでいる部隊員の姿がちらほらと動いている。
「普通の村ですね」 
 クリスの言葉にキーラの鋭い視線が飛んだ。不思議そうな顔をするクリスに彼女はあきらめたようにヘッドライトの照らす道に視線を戻した。
「そうね、ここから見る限りは普通の廃村よ。私もそうだと思い込んでいたから」 
 車は次第に山を下り、崩れかけた藁葺きの屋根が続く村の大通りに入った。
「あれ、こちらでは本部には……」 
「いいのよ。ホプキンスさんには見てもらいたいものがあるから」 
 キーラの声は冷たく固まっていた。クリスは後ろのシャムにも目を移してみた。そこには真剣な顔で熊太郎の頭を撫でているシャムの姿があった。
 速度を落とした四輪駆動車は、村の中心の井戸の手前で止まった。
「着きましたよ」 
 キーラの言葉をどこと無く重く感じながらクリスはドアを開いた。すぐに目に留まったのは目の前にある塔婆のような石の小山だった。それは一つではなかった。遼州の月、麗州の光にさらされるそれは、広場一面に点在していた。
 そしてその一つ一つに花が手向けられていた。 
「墓……ですか」 
 クリスはそう言うのが精一杯だった。キーラはクリスの隣に立つと静かに頷いた。
「これは全部あなたが守ってきたのよね」 
 淡々と言葉を発したキーラに静かにシャムが頷いた。
「みんな死んじゃったの。南から一杯、兵隊が来て、みんな殺していったの」 
 シャムはそのままうつむいた。そこに涙が光っているだろうということは、クリスにも理解できた。
「北兼崩れ。ホプキンスさんもご存知でしょう?うちの隊長の父親が遼南の軍閥達に担ぎ上げられて、遼北と南都と激突した事件のこと」 
 聞くまでも無いことだった。遼南で戦場を取材しようと言う人間なら誰でも知っているこの地の動乱の最初の萌芽。無能な父帝に廃された幼帝、ムジャンタ・ラスコーの物語。
「しかし、待ってくださいよ。それは二十年も前の話じゃないですか。彼女は生まれてないはずですよ……!!」 
 クリスはすぐさま涙を拭いてクリスを見つめているシャムをまじまじと見つめた。
「彼女、ラストバタリオンですか?」 
 キーラ達人造人間には老化と言う変化が存在しない。機能が麻痺して次第に衰えるだけ。それならばシャムと名乗る少女の姿も納得できた。
「まさか。私達の製造がなされたのは先の大戦の末期。確かに私達は老いの遺伝子を持ち合わせてはいないけど」 
 キーラはそう言うと悲しげに笑った。遼州の外惑星に浮かぶコロニー群で構成されたゲルパルト帝国。彼らが地球と戦端を開いたのは十年前。もしこの塔婆の群れが作られたのが北兼崩れの時期と言うことならば、『ラストバタリオン』と呼ばれた人造人間の研究の完成の前にシャムはすでに生まれていたことになる。
「そこらへんは専門家にでも調べてもらいましょう。それよりシャムちゃん」 
 キーラは肩を震わして涙しているシャムに顔を近づけた。
「シャワー浴びましょうよ。そんなに汚い格好してたらこのお墓の下に居る人達も悲しがるわよ」 
「うん。じゃあ着替え、持ってくる!」 
 そう言うとシャムは熊太郎を連れて藁葺きの屋根の並んでいる闇の中に吸い込まれていった。
「ホプキンスさんも疲れたんじゃないですか?伊藤中尉が部屋を用意しているはずですから、シャムちゃんが帰ってきたら本部に戻りましょう」 
 キーラはようやく笑顔に戻った。
 クリスとキーラがぼんやりとシャムの消えていった廃屋を眺めていると、闇の中から現れたシャムが行李を一つ、熊太郎の背中に乗せて現れた。
「じゃあ、シャムちゃん後ろに乗って」 
 キーラの言葉にばたばたとシャムは四輪駆動車の後ろに乗り込んだ。クリスも再び笑顔を取り戻したシャムを見て安心しながら助手席に乗り込む。
「回収部隊が出るみたいね」 
 キーラは車を切り返しながら、本部のある建物の前でアサルト・モジュール搭載用の二両のトレーラが出発する有様を見ていた。クリスは黙り込んでいた。
 虐殺の痕跡。その疑いがあるところには何度か足を踏み入れたことはあった。アフリカ、中南米、ゲルパルト、ベルルカン、大麗、そして遼南。その多くがすでに軍により処理が済んでいる所ばかりだった。下手に勘ぐれば命の保障は無い。案内の下士官や報道担当の将校はそんな表情をしながら笑って何も残っていない現場を案内していた。
 しかし、クリスはこの場所に来てしまった。戦場を渡り歩いてきた勘で二十年前、この村を襲った狂気を想像することはたやすかった。そんなクリスの思いを消し去ってくれるエンジン音の派手な四輪駆動車は急な坂道をエンジンブレーキをかけながら下りていく。
「隊長が戻ってきてるみたいね」 
 キーラの言葉通り、闇の中にそびえる黒い四式がライトに照らされていた。その隣では資材を満載したトラックから鉄骨が下ろされ、突貫工事での格納庫の建設が行われていた。
 車はそのまま本部を予定している保養施設の建物の横の車両の列の中に止められた。
「着きましたよ」 
 キーラの声にクリスは我に返り、手にした携帯端末のふたを閉じた。連隊規模の部隊の移動である。本部の前は工兵部隊の指揮官らしい男が部下に指示を与えていた。腰に軍刀を下げているところから見て胡州浪人上がりだろう。キーラが後ろのハッチを開けて中からシャムと同時に熊太郎が出てくるのを見てクリスは少し怯えたような表情を浮かべた。
「大丈夫ですよ。この子、結構賢いみたいですから」 
 キーラはそう言いながら熊太郎の頭を撫でた。熊太郎も警戒することなく、甘えたような声でキーラの手を舐め始めた。
「ジャコビン曹長!ホプキンスさんは?」 
 本部の建物から早足で歩いてきた伊藤がキーラに声をかける。キーラは何も言わずにクリスを指差した。
「コイツが熊太郎か。ずいぶんおとなしい熊だな」 
 伊藤はそう言うと熊太郎から距離をとりながらクリスの方に歩いてくる。微妙に引きつったその顔がつぼに入ったのか、キーラが噴出した。
「何だね、曹長!」 
「いいえ。ではジャコビン曹長は地元ゲリラへの尋問を開始します!」 
「尋問?」 
 シャムが不思議な顔をしてキーラを見上げた。
「たいしたことは無いわ。ちょっとシャワーを浴びながらお話を聞かせてもらうだけだから」
 そう言うとキーラはシャムと熊太郎を連れて本部の建物に入ろうとした。
「ジャコビン曹長。その熊も連れて行くのか?」 
 相変わらずおっかなびっくり熊太郎のほうに視線を走らせている政治将校の伊藤がこっけいに見えて、クリスも噴出してしまった。
「何か不都合でも?」 
「いや、いい。さっさとシャワーを浴びてきたまえ!」 
「でわ!」 
 キーラは敬礼をするとそのままシャムと熊太郎を連れて本部の建物の中に消えた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!人間苦手なものくらいありますよ!」 
 伊藤が言い訳をする。クリスもようやく笑いが引いて、一つの疑問を口にしようと思った。
「伊藤中尉、あなたは知っていましたね。彼女の存在を」 
 そのクリスの言葉に、緩んでいた隼の表情は急に引き締まった。予想はしていた、しかしこれほど早くその質問が来るとは思わなかった。そんな表情でクリスを見つめる伊藤。だが彼は何も言葉を発することも無くそのままクリスを本部の建物へといざなった。
「意外と痛みはないでしょ?とても二十年間放置されてきたとは思えないくらいですよ」 
 確かにその通りだ。そうクリスにも思えた。コンクリートの建物の天井や壁を眺めて、亀裂一つ入っていない様を確認していた。
「おう、伊藤か。ご苦労だねえ」 
 灰皿がいくつも置かれたロビーの隅。嵯峨がタバコをくわえて座っていた。
「先ほどの質問なら隊長がお答えしますよ」 
 そうクリスの耳元でささやくと政治将校である伊藤隼中尉は敬礼して立ち去った。
「あいつも忙しいからねえ」 
 嵯峨は淡々とそう言いながらタバコをふかす。煙の匂いに眉をひそめながら、クリスは質問をする決意をした。
「あの、嵯峨中佐は……」 
「先に答えちゃおうか?知ってた」 
 まるで質問を読みきったように、嵯峨はそう言いきった。クリスは言葉を継ごうとするが、嵯峨の反応はそれよりはるかに早かった。
「俺のばあさんの家臣だったナンバルゲニア・アサドって男がばあさんが死んでからここに引っ込んだのは知ってたからな。それに彼にはあの森で見つけたシャムラードと言う養女がいたのもまあ聞いちゃあいたんだ」 
 そう言うと嵯峨はすっきりしたとでも言うように天井にタバコの煙を吐いた。
「それじゃあ……」 
「白いアサルト・モジュールのことか?ホプキンスさんも知ってるだろ?遼南が初めて実戦に使ったアサルト・モジュール『ナイト・シリーズ』のこと。遼南、新華遺跡で発掘された人型兵器のコピーとして東和との共同開発で製作されたアサルト・モジュール。まあ、生産性とか運用効率とか度外視して、しかもワンオフの機体だから当時戦艦三隻分の予算がかかったという話だねえ」 
 すべては承知の上での行動だった。クリスは嵯峨が悪名をとどろかせている意味がようやくわかった気がしてその隣のソファーに腰を下ろした。
「そんな目で見ないでくださいよ。正直こんなにすんなり行くとは思ってなかったんですから」 
 嵯峨はそう言いながら灰皿に吸殻を押し付ける。
「じゃあなんで……」 
「ちょっとはケレンが欲しいところだったんじゃないですか?サービス精神とでも受け取ってくれればいいですよ」 
 まるで他人事のようにそう言いながらまたポケットからタバコの箱を取り出す。最後の一本。嵯峨はそれを慎重に取り出すとゆったりとソファーの上で伸びをした。 
「それにしても、彼女は何者なんですか?この村が攻撃にさらされたのは二十年近く前になるわけですけど、彼女はどう見ても10歳くらいにしか……」 
 嵯峨はクリスの言葉を聴きながらタバコに火をつける。そしてそのまま一服すると、クリスの顔を覗き込んだ。
「遼州の伝説の騎士。初代皇帝太宗カオラの剣」 
「そんな御伽噺を聞こうと……」 
 そう言うクリスに嵯峨は皮肉めいた笑みを浮かべた。
 かつて地球人に発見されたばかりの遼州は乱れていた。小規模な国家が乱立、それが中世を思わせる剣と盾を振りながらの戦い。そこに宇宙を行き来する地球の軍隊が到着すればたとえ彼等が紳士的な考えの持ち主だったとしてもすぐにそれらの国々が併呑されたのは当然と言えた。その後の棄民政策でだまされるようにして移民してきた人々、彼等の非人間的な扱いを憂いて決起した軍人。そして資源を求めて移住した技術者達。彼等は手をとり東和・胡州・ゲルパルトなどの国家を築いて地球勢力からの独立を目指した。
 そしてその中心には遼州の巫女カオラの姿があり、後に彼女の夫となる騎士の姿があった。そして巫女カオラを守護する七人の騎士。独立を果たし役目を終えた騎士達は民草にまぎれて消えていった。そして同じく国家の形がなるにいたったところで初代皇帝となった巫女カオラの姿も忽然と消えていたと言う。
 だが、それが当時の混乱した遼州の伝説に過ぎないとクリスは思っていた。事実当時の書類の類を地球の主要国のデータベースで確認しようとしてみたがどれも永久非公開書類扱いとなっていた。『二つの人類の和を乱す『パンドラの箱』だ』。この決定を下した国連事務総長の言葉が今でも残っている。
「じゃあどう言えば納得してもらえますかね?あいつは今ここにいる、そしてあの墓は確かに二十年前の虐殺の跡。これははっきりしていることですよね?まあ米軍にでも頼んであいつをみじん切りにして研究すればわかるでしょうが……連絡しますか?」 
 そのどこか見るものを恐怖させるような視線を見たクリスは、黙って嵯峨の口から吐き出された煙に目を移した。
「あいつも一人の人間だ。たとえどういう生まれ方をしようが関係ないでしょ?太宗カオラはこう言ったそうですよ。『その身に流れている血が遼州の流れの血であろうと地球の流れの血であろうと遼州に生き、この地を愛する心を持つものであればすべて遼州人である』って」
 嵯峨の顔が一瞬真剣になる。クリスは黙って目の前の男を見つめていた。
「あなたは太宗の理想を実現するつもりなのですか?」 
 そのまじめな瞳にクリスはそう言うしかなかった。
「俺を買いかぶらないでくださいよ。俺はそれほど清廉潔白な生き方はしちゃあいません。ただ、俺にも意気地というものがある。こんなふざけた戦争をとっとと終わらして、あの餓鬼にも普通の生活を遅らせてやりたいと言うくらいの良識はもってるつもりですがね」 
 そう言う嵯峨が視線をクリスから廊下に移した。そこにはさっぱりした表情のシャムとキーラ、そして熊太郎がいた。
 シャムが身に着けているのは黒い毛織物をあわせたような布に赤と緑の刺繍を施した服とスカート。それにこちらも黒い布と金の刺繍で飾られた帽子の縁からは緑の糸が五月雨のように垂れ下がっている典型的なこの地方の民族衣装だった。こうして見ればシャムはありふれた遼南山岳部族の少女に見えた。
「凄いんだよ!隊長。上からお湯が一杯降ってきて、あっという間にきれいになるの。それにあぶくがでるときれいになる石があって、それで……」 
「あのなあ、言いたいことなら頭でまとめてから言えよ。それとジャコビン。酒保に行ってアンパン二つ持って来いや」 
 それを聞いて敬礼を残し走り去るキーラ。嵯峨は吸いかけのタバコをもみ消して立ち上がる。
「クリスさんも疲れたでしょう。相方も戻ってきたみたいですよ」 
 嵯峨のその言葉に表を見れば、到着したばかりのホバーから兵員が降車しているのが見える。その中に一人フラッシュを焚きまくる巨漢が居ればそれが誰かは見当が付いた。
「シャムはそこで待ってろ。キーラがアンパン持ってくるからな」 
「アンパン?」 
 その言葉にシャムと熊太郎は首をひねった。
「ああ、お前さんはパンも知らないんだろうな。小麦粉は知ってるか?」 
「うん。水で溶かして焼くと美味しいんだよ」 
「何が美味しいんですか?って……キュート!」 
 そう言いながら本部に入ってきたのはハワードだった。彼は目の前のシャムを見つけるといかにも興奮した様子で民族衣装を着た姿にシャッターを切った。シャムは不思議そうにカメラを構えるハワードを見ている。彼の黒い肌、そしてクリスの金色の髪の毛と青い瞳を見て、シャムは納得したように頷いた。
「もしかして外人さん?」 
 シャムの言葉に思わずハワードが噴出した。クリスは嵯峨を見つめる。こちらも腹を抱えて笑いを必死にこらえていた。
「そうだな、外人だな。……ホプキンスさん、外人らしく英語でしゃべってみたらどうですか?」
 そんなことまで言い出す嵯峨に頭を抱えるクリス。
「どうしたのみんな笑って?」 
 キーラはアンパンを持って現れる。そして今度はシャムがキーラを指差した。
「あ!キーラも外人だった!」 
 叫ぶシャムの言葉の意味がわからずに呆然と立ち尽くすキーラ。
「おい、シャム。それ以前にお前は宇宙人なんだぞ、地球の人から見たら」 
 ようやく笑いをこらえることに成功した嵯峨がそう言った。その意味がわからず呆然としているシャムに、キーラはアンパンの袋を二つ手渡した。
「酷いよう。そんな私はタコじゃないよ!」 
 シャムが膨れる。嵯峨は頭を撫でながら言葉を続けた。
「じゃあ外人なんて軽く言わないことだな。それより早くアンパン食べてみ」 
 言われるままに袋を開けてアンパンを手に取る。しばらくじっと見て、匂いを嗅ぐ。首をひねり、何度か電灯に翳す。そしてようやく少しだけ齧る。
「それじゃあアンまで食えねえだろ。もっとがぶっといけよ」 
 嵯峨の言葉にシャムはそのまま大きく口を開けてアンパンにかぶりついた。噛みはじめてすぐに、シャムの表情に驚きが浮かんだ。そして自分の分を食べながらキーラから受け取った熊太郎の分を熊太郎の口にくわえさせた。
「慌てるな、ゆっくり食えよ。逃げはしないんだから」 
 何かを話そうとしているシャムをさえぎった嵯峨。シャムは安心して最後の一口を口に放り込む。
「ずいぶん必死に食ってるなあ。お前さんはどうだ?」 
 嵯峨が熊太郎に尋ねる。器用に両手でアンパンを持ちながら食べ続けていた熊太郎だが、嵯峨の言葉に満足げに甘い鳴き声をあげた。
「これ!これ甘いよ。すごく甘い」 
 食べ終えたシャムが叫ぶ。キーラは不思議な生き物を見るように驚いた表情でシャムを見つめていた。
「そうだろ。俺の騎士になるとこんなものが毎日食えるんだぜ。よかったな」 
「うん!」 
 シャムは元気にそう答えた。熊太郎もアンパンを食べ終え満足そうにシャムに寄り添っている。
「はあ、今日は疲れたよ。ホプキンスさん達も寝た方が良いですよ。作戦初期の高揚感は疲労を忘れさせてくれるのは良いんだが、あとで肝心な時に動けなくなったりしたら洒落になりませんからねえ」 
 そう言うと嵯峨は二階に向かう階段を上り始めた。
「ああ、ホプキンスさん。あなたの部屋は三階になります。そう言えば伊藤中尉が……」 
 キーラが辺りを見回す。外の隊員に指示を出している伊藤を見つけるとキーラはそのまま走っていった。
「どうだった今日は?」 
 ハワードの言葉にクリスは何を言うべきか迷った。あまりに多くの出来事が起きすぎる一日。それを充実していたというべきなのか、クリスは少しばかり悩みながら、走ってきた伊藤に導かれて自分のベッドへと急いだ。


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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 11

「青銅騎士団ねえ。ムジャンタ王朝末期のムジャンタ・ラスバ女皇の親衛隊だな。じゃあナンバルゲニア団長。君の仕える主は誰だ?騎士なら主君がいるだろう?」 
 タバコをくわえたままニヤニヤしながら嵯峨は少女に近づいていく。
「アタシの主はただ一人。ムジャンタ・ラスコー陛下だ!」 
 少女がそう言いきると嵯峨は腹を抱えて笑い始めた。クリスは一瞬なにが起きたのかわからないでいたが、少女の主の名前を何度か頭の中で再生すると、その言葉の意味と嵯峨の笑いがつながってきた。
「おう、そうか。で、そのムジャンタ・ラスコー陛下はどこに居られますか?騎士殿」 
 笑いを飲み込んだ嵯峨はそう言うとさらに少女に近づいていく。
 重機関銃を載せた四輪駆動車が到着した、そこから下りた明華とキーラは歩兵部隊を下がらせて一人、笑顔で歩いている嵯峨を見つけた。彼は白い見たことも無いアサルト・モジュールのコックピットに立つ少女に向けてニヤニヤと笑いながら近づいていく。二人ともいつもの嵯峨の悪い癖を見たとでも言うように半分呆れながら状況を観察していた。
「それは……わからない!」 
「威張れることじゃねえが俺は知ってるよ。その青っ白い陛下の成れの果てが何してるか」 
 嵯峨はそう言うと再び笑いそうになるのに耐えていた。少女は不思議に思いながら歩いてくる嵯峨の前に降り立った。彼女も恐る恐る嵯峨に近づく。
「意外にそいつはお前さんの近くに居たりするんだなあ」 
 嵯峨はここまで言うと耐え切れずに爆笑を始めた。取り巻く彼の部下達は半分は呆れ、半分は笑いをこらえていた。ハワードは先ほどからシャッターを切っている。彼なりにこの光景が一つの歴史の転換点になると思っているのだろう。クリスはただ嵯峨の言葉がどこに着地するのかを見守っていた。
「ムジャンタ・ラスコー。前の遼南帝国の最後の皇帝。父、ムジャンタ・ムスガを抑えて皇帝の座に着くも不満を抱えた部下に押されて挙兵した父と遼南の影響力を危惧した遼北の周喬夷将軍に追われて追放の憂き目に会う。そしてそのまま北兼王として兼州に拠るって譜代の家臣に担がれるが、戦い敗れて東和を経て胡州帝国西園寺家の養子に迎えられた」 
 そこまで言うと嵯峨は吸っていたタバコを放り投げもみ消した。
「西園寺家では、三男、西園寺新三郎と名乗り、胡州陸軍に入り外務武官として東和に赴任。その後エリーゼ・フォン・シュトルベルグと結婚。二人の子を設けるがエリーゼは胡州帰国の際にテロによって死去。西園寺家の看板が死を招いたとして四大公で絶家になっていた嵯峨家を継ぐことになる」 
 少女は嵯峨の言葉を一語も漏らすまいと聞き耳を立てている。
「嬢ちゃん。その嵯峨とか言う軍人が今どこで何しているか、知りたいだろ?」 
「うん……」 
 少女は静かに頷いた。
「今な、そいつはお前さんの目の前で身の上話をしているんだ」 
 嵯峨のその言葉に少女はただ呆然として腰の短刀の柄から力なく手を離した。
 にらみ合う二人。少女はしばらく嵯峨の言葉の意味が分からないと言う顔をしていた。しばらくして嵯峨が言った事が自分がその主君であると言う意味だと理解すると口を尖らせて嵯峨に歩み寄った。
「嘘つき!こんなひねくれものじゃないよ、ラスコー陛下は」 
「いやあ、本当なんだよな……なあ!」 
 嵯峨が声をかけると包囲している兵士達は一様に頷く。
「本当だって……本当なら!血の誓いが出来るでしょ!」 
 からかわれているとでも思ったのか、少女はむきになってそう叫んだ。嵯峨はその言葉を聞くとそのまま少女に歩み寄る。
「血の誓いか。ムジャンタ王室に伝わる眠れる騎士を部下に迎える時の儀式。まあ俺の祖母さんの時は儀礼として行われていたそうだが……やりましょ」 
 そう言うと嵯峨は腰の兼光を抜いた。そのまま彼は右手の親指に傷をつけ、少女の前に差し出した。一礼をすると少女は嵯峨の血を舐める。その時クリスは奇妙な光を見た。日は落ちかけていた。紺色に染め上げられようとしている空の下、少女の体が薄い緑色の光に包まれていった。クリスは驚きつつも冷静を保つべく周りを観察する。
 誰もがその光景を見て呆然としていた。
「何?何が起こっているの?」 
 明華がそうつぶやいた。
「騎士、シャムラードはここに誓う。我は汝の剣にして盾、矛にして槍。我ここに汝の臣として久遠の時を生き汝を守らん」 
 少女の声は凛としてクリスの耳の奥に届いた。薄緑色の光は次第に弱まり、そのまま少女は倒れこんだ。
「おい、誓うだけ誓ってお寝んねはねえだろ」 
 そう言うと嵯峨は少女を抱き起こした。
「陛下……」 
「ああ、そうらしいな。それよりお前の名前何とかならんか?ナンバルゲニア・シャムラード。一々面倒くさくていけねえ」 
 嵯峨はそう言うと少女が自分で立てるのを確認するとタバコを取り出した。
「シャム。シャムでいいよ」 
 少女が明るくそう答えた。それまでのどこか怯えたような目の色は消え、好奇心が透けて見える元気そうな瞳がその埃で汚れた顔の中に浮かんでいる。
「じゃあ、シャムって呼ぶ……ってお前等何してんの?」 
 白いアサルト・モジュールのコックピットに取り付いていた兵士達が転がり落ちる。嵯峨は火をつけたタバコをくゆらせながら声をかけた。
「熊です!熊がコックピットの中に!」 
 コックピットから現れたのは二メートルはあろうかと言う巨大な熊だった。
「なんだ。コンロンオオヒグマの子供じゃねえか。銃なんてしまえ。おい、シャム。あれはお前の連れか?」 
 嵯峨はそのまま熊に向かって歩き出しながらシャムに尋ねた。
「そうだよ。アタシの一番のお友達!」 
 元気に答えるシャムを見ながら嵯峨はコックピットから降りようとしている熊のそばまで歩いていった。
「元気で賢そうな熊だな。おい、シャム。コイツの名前はなんだ?」 
 嵯峨のその言葉にシャムは元気よく答えた。
「クマだよ!」 
 その言葉に嵯峨は呆れたように天を見上げた。
「熊なのは見ればわかるんだ。そうじゃなくて名前のこと聞いてるんだがね」 
 シャムは首をひねる。しばらく考えるが、答えが出てこないと言う様に嵯峨の顔を見つめている。
「もしかして無いのか?」 
「無いと困るの?」 
 再びシャムは不思議そうに嵯峨の顔を覗き込んだ。
「そりゃあそうだろう。他の熊と混じった時とか区別つけなきゃいけないわけだから」 
『他の熊と区別をつけるっ……』 
 クリスは嵯峨の言葉に思わず噴出していた。
「じゃあ無い」 
 あっさりとそう言い切るシャム。さすがの嵯峨も呆れたように頭に手を当てた。しばらくの沈黙。嵯峨は擦り寄ってくる熊の頭を撫でながらひらめいたように話し出した。
「じゃあ熊太郎。熊太郎でいいだろ?強そうで」
 明らかにとってつけたような名前。しらけた雰囲気が場を包む。 
「うん!それがいいね!熊太郎、こっちにおいで」 
 熊太郎と名づけられた熊はそのままシャムのところにやってくる。
「隊長。そんないい加減に決めちゃって良いんですか?」 
 シャムの隣に立って熊太郎の頭を撫でている明華がそう言うのは当然のことだとクリスは思っていた。
「いいじゃん。なんか本人も気に入っているみたいだし。ああ、この場合は本熊か?」 
「馬鹿なこと言わないでくださいよ。もしかしたら熊太郎ちゃんは女の子かも知れないのに。シャム、この子は男の子?女の子?」 
「女の子だよ!」 
 全員の視線が嵯峨の方に向く。嵯峨はごまかすようにタバコをくゆらせながら白いアサルト・モジュールのコックピットを眺めている。
「ああ、これはちょっと掃除した方がいいなあ……」 
「掃除なら隊長の機体のほうをお願いしたいですね。キーラ!この子達を本部に連れてってシャワーを浴びさせてあげて」 
「了解しました。シャムちゃん。車に乗ったことある?」 
 シャムはキーラが指差す車を不思議そうに眺めている。
「ジャコビン曹長、私も同乗させてもらっていいかな?」 
 クリスはそう言うとキーラに軽く頭を下げた。キーラは笑顔で頷くとシャムを後ろのハッチから乗り込ませた。
「隊長!俺のことは何とか言わないんですか!」 
 柴崎が御子神に支えられながら歩いてくる。その足首が反対方向に曲がっていることから見て骨折していることは誰の目にも明らかだった。
「ああ、早速負傷者一か、面倒だねえ。ああ、そうだ。ホプキンスさん。俺、五機は敵機落としましたよねえ!」 
 嵯峨の叫び声に四輪駆動車の助手席に乗り込むところだったクリスは頷いた。
「スコアーお前にやるわ。これでお前もエースだから入院しても個室に入れるぞ」 
「ああ、そうですか。ありがとうございます」 
 柴崎はいまいち納得できないような顔をして到着したばかりの四輪駆動車から下りてきた衛生兵の抱える担架に乗せられていた。
「それじゃあ行きますよ、ホプキンスさん」 
 キーラはそう言うと急いでドアを閉めたクリスを乗せて本部への道を走りはじめた。

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テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 10

「ずいぶんと森が深くなりましたね」 
 クリスは退屈していた。食事を済ませ、こうして森の中を進み続けてもう六時間経っている。時折、嵯峨は小休止をとりそのたびに端末を広げて敵の位置を確認していた。共和軍の主力は北兼台地の鉱山都市の基地に入り、動きをやめたことがデータからわかった。そこから索敵を兼ねたと思われるアサルト・モジュール部隊がいくつか展開しているが未だ嵯峨の部下達との接触は無い。
「なるほど、あちらも持久戦を覚悟しましたか」 
 そう言って笑った嵯峨だが、正直あまり納得しているような顔ではなかった。
「あと三十分で合流できそうですね」 
 嵯峨はそう言うと吸い終わったタバコを灰皿でもみ消した。
「この森には、人の手がまるで入っていないみたいですけど。なにかいわれでもあるのですか?」 
 クリスは変わらない景色を眺めながら、自分用の端末で今日の出来事を記事にまとめ終わると嵯峨にそう尋ねた。嵯峨もその言葉に頷きながら意識したとでも言うように両脇に広がる巨木を見上げている。
「遼南王家にはこんな言い伝えがありましてね。初代女帝ムジャンタ・カオラが地球人移民達と独立のために立ち上がった時、この森に眠っていた騎士の助けを借りて戦ったと。その騎士はまるで幼い少女のような姿でありながら、一千万の地球軍に立ち向かい勝利した。独立がなりカオラが即位すると、騎士は再びこの森に帰り長い眠りについた。まあ良くある与太話ですよ」 
 そう言って皮肉めいた笑いを浮かべる嵯峨。こう言う昔語りには一番向かない顔をしている。クリスが思ったのはそんなことだった。
「なるほど、そんな話があっても不思議ではない森のたたずまいですね」 
 ただ森は際限なく続き手のつけられた形跡の無い木々がモニターの外を通り抜けていく。
「それに今じゃあ『悪魔の森』と呼ばれて遊牧民も近づかない秘境ですよ。共和軍の兵隊も本音はここに入り込みたくな……!」 
 嵯峨は不意に機体に制動をかけた。
「なんですか?」 
「敵さん動きましたね。相手も頭を使ったってことですか?」 
 そう言うとすばやく四式のサーベルを抜いてモニターに地図を表示させる。
「この動き、新手だな。しかも配置は悪くない。それなりの手だれが隠れてたってわけですか」 
 嵯峨はしばらく敵の動きを待っていた。地図上のレーダーで捕らえた敵アサルト・モジュールの他に北兼軍の機体を示す笹に竜胆のマークが三つ動いている。
「セニア、御子神、柴崎か。対して相手は七機。行くしかないかねえ」 
 そう言うと嵯峨は一番手前の敵を示すランプの方へと機体を向けた。
「ブリフィスの。大丈夫か?」 
 嵯峨はいきなりセニアへの通信画面を開いた、驚いたような顔をするセニア。
「いきなり通信入れないでください!」 
 声は驚いているようだったが表情にその面影は無かった。クリスはやはり彼女が作られた存在であることを確認する。戦う為に作られた彼女の意識はそのように作られているんだろう。クリスはそう重いながら表情に乏しいセニアが画面に映っているのを眺めていた。
「突然で悪かったねえ。本隊はどうした?」 
 嵯峨は戦闘中だというのにまたタバコを取り出して口にくわえた。
「本隊は現在拠点予定の村の下にある保養所跡に本部を建設中です」 
「そうか、ならいい。敵さんも狙いは良いんだが!」 
 そう言うと嵯峨はパルスエンジンを全開にして機体を飛び上がらせる。隠密侵攻中であった敵の胡州からの輸入アサルト・モジュール一式は完全に裏をかかれる形になり、レールガンの掃射の煙の中に飲み込まれて火を噴いた。 
「隊長!俺達の分も取っといてくださいよ!」 
 画面が開き町のチンピラと言う感じの若いパイロットの顔が映る。
「柴崎。お前なあ、一機でも敵を倒してからその台詞吐けよ!」 
 地図の上の御子神の機体が敵編隊の左翼に接触したのを示している。嵯峨に気づいた御子神の表情が変わった。それを合図に柴崎とセニアも緊張したような表情を浮かべていた。
「ホプキンスさん。これからちょっと無茶しますんで!」 
 そう言って着地した嵯峨の四式。一気に一番近い二機の一式への攻撃を開始する。見かけない装備を取り付けた共和軍の一式は強襲型の装備を積んでいるらしく、ミサイルの雨が降り注いだ。
「それは織り込み済みだ!」 
 嵯峨は制動をかけると、いったん森の中に引いた。
「火力で押す?それにしてはさっきのミサイルの使用は命取りだったな」 
 爆炎で見失った嵯峨を確認しようと飛び上がった一式の強襲仕様。しかし、嵯峨のレールガンはそのコックピットに照準をつけていた。
「さよならだ!」 
 次第に赤みを帯びていく空に閃光が走る。一式のコックピットが貫かれて、そのまま大地に墜落していった。後ろに回り込もうとホバリングして森を走る標準装備の一式。嵯峨はそのままレールガンの銃口を向け、そのわき腹にレールガンを叩き込んだ。一式はエンジンを破壊されて炎に包まれる。
「隊長!支援お願いします!御子神が!」
 突然のうろたえた声にクリスは動揺した。声の主は先ほどの無表情な人造人間のセニア。だが、明らかに彼女は驚き慌てているように声を震わせている。
『馬鹿な……。彼女は兵器なんだぞ』 
 そう思い込みながらクリスはこの機体の主の後頭部を眺めていた。 
「セニア、そんなに焦りなさんな。まだ後方に一機動いていないのがいる、それをやれ」 
 そう指示を出すと、三機の敵機に苦戦している御子神と柴崎の援護に回った。
「あいつ等も戦闘経験は積んでるんだがねえ」 
 嵯峨は一人つぶやくと火線の行きかう戦場へと低空を突っ切りながら進む。
「みんなあなたのように戦えるわけじゃないでしょう」 
 そんなクリスの言葉に、皮肉のこもった笑みで振り返る嵯峨。
「また、無理させてもらいますよ!」 
 火の付いていないタバコをくわえながら、嵯峨は敵の背後に着地した。共和軍のマーキングを取ってつけたような塗装の一式は背後に一機、警戒のために残してあった。
「コイツはアメリカ組だな!」 
 そう言うと嵯峨はタバコを手にとって胸のポケットに戻した。格段に動きの違う三機の一式。嵯峨の言う『アメリカ組』の意味は米軍との軍事交流でアメリカでの訓練を経験したエースと言うことなのだろうとクリスは推察した。
 動きだけではなく、嵯峨の激しい機動を持ってしても死角を取ることが出来ない。嵯峨の四式はフレーム以外の部品がすべて換装されているとはいえ、先の大戦末期に開発された古い機体である。胡州が輸出用に5年前に開発した一式に比べれば性能面の差は歴然としていた。
「おい!御子神!もっと一機に火線を集中しろ!」 
「しかし!このままでは柴崎が!」
 御子神の言葉の通りだった。マップでは明らかに柴崎の動きが鈍い機体を共和軍の実戦慣れしたパイロットは潰しにかかっていた。 
「浩二!テメエは下手なんだ!逃げて囮になれ!」 
 嵯峨はそう言いながら後方に陣取った指揮官機らしい一式の射撃に耐えていた。
「セニア!まだそっちは片付かないか!」 
「動きは止めました!どうにか……うわ!」 
 今度は明らかに驚いた表情のセニア。クリスも突然の出来事に目を見開く。
「ブリフィス大尉!」 
 御子神の叫び声が響く。
「動きを止めても油断するな!下手に情けをかければ死ぬぞ!」 
 嵯峨はそう言うと、背後に気配を感じたように振り向いた敵一式に強襲を掛けた。虚を突かれた一式はレールガンを向けようと振り返ったが、それは遅すぎた。嵯峨の四式のサーベルがコックピットに突き立てられる。
「上には上がいるんだ。あの世で勉強しな!」 
 一式はそのまま仰向けに倒れる。嵯峨は地図を見た。明らかに残り二機の敵の動きが単調になった。
「御子神。そいつ等お前にやろうか?」 
「大丈夫です!柴崎!俺に続け!」 
 御子神と柴崎の二式が遅れていた共和軍の一式を捉えた。
「じゃあ、残りは俺が食うかねえ」 
 そう言うと嵯峨は敗走する一式の到達予測地点へと愛機を進めた。
「中佐!弾が切れました!」 
 柴崎の声が響く、思わず頭に手をやる嵯峨。
「お前、バカスカ撃ち過ぎなんだよ!もっと狙って撃て。御子神、援護しろ!敵さんも疲れてきているはずだ」 
 嵯峨はようやく捉えた敵の一式を追う。森の色と同じ色の二式が、灰色の一式に火線をあわせた。
「馬鹿!正面から食らわしても無駄だ!動いて側面を取れ!」 
 嵯峨の言葉に不器用に反応する御子神の二式。
「セニア・ブリフィス!敵機狙撃ポイントを確保しました!」 
「よし!喰っちまえ!」 
 嵯峨の言葉と共に、嵯峨から逃げることで精一杯の一式の背中をロングレンジでのレールガンの火線が貫いた。火に包まれる僚機を見て背を見せて逃げ出す一式。 
「追いますか?」 
「御子神の。お前の目は飾りか何かか?レーダーを見ろ」 
 クリスも地図に目を移す。そこには北兼軍以外の所属を示すランプが点滅していた。
「残存戦力?」 
 クリスの言葉に嵯峨が振り返り笑みを浮かべた。
「共和軍も無駄に戦力を捨てるほど馬鹿じゃないでしょ?それにこんな森の支配権を争っても無意味だってことぐらい分かるでしょうしねえ」 
 殺気の消えた嵯峨の顔がにやりと笑みを浮かべてクリスの前にあった。
「柴崎!お前が一番近い。所属を確認しろ。それとセニアと御子神はバックアップにまわれ。俺はそのまま距離をとって追走する」 
 嵯峨の言葉に不承不承従う柴崎。
「どこかの工作部隊ですか?」 
「アサルト・モジュールで潜入作戦ですか?アステロイドベルトならいざ知らず、ここは地上ですよ。それに偵察のためだけの俺達の目に触れないでの高高度降下なんて突飛過ぎますよ。上を警戒飛行している東和軍の偵察機や攻撃機もそれほど無能ぞろいじゃないでしょう……」 
「うわ!」 
 嵯峨の言葉が終わらないうちに、柴崎の悲鳴が四式のコックピットに響いた。映っていた柴崎の画像が乱れ、次の瞬間には衝撃に見舞われたというようにシートにヘルメットを叩きつけている姿が映った。
「柴崎!」 
「御子神焦るな!柴崎、状況を報告しろ!」 
 地図の上で所属不明機と柴崎の二式が重なっている。嵯峨はすぐさま加速をかけた。
「食いつかれました!この馬鹿力!コックピットを潰す気か!」 
 森のはずれ、二式が見たことも無い白いアサルト・モジュールに組み付かれている様がクリスの目に飛び込んできた。
「中佐!助けてくだ……うわ!」 
 柴崎の二式の右腕がねじ切られる。不明機の左手は二色のコックピットの装甲版を打ち破ろうとしていた。
「御子神!組み付け!」 
 嵯峨はそう言うとさらに白いアサルト・モジュールへと接近した。
 着陸した御子神機がレールガンを構えながらじりじりと柴崎機に組み付いている白いアサルト・モジュールに近づく。
「馬鹿か!発砲したら柴崎に当たる。とっとと組み付け!セニアもついてやれ!」 
 嵯峨の言葉にレールガンを捨てた御子神の二式が白いアサルト・モジュールに組み付いた。しかし、白い機体は止まろうとしない。御子神機を振りほどき、さらに柴崎機のコックピットに右腕を叩きつける。
「セニア、手を貸してやれ!いざとなったら俺も組み付く」 
 振りほどかれた御子神機、それにセニアの機体が絡みつくとさすがに動きが鈍くなる。
「助けてください!嵯峨中佐!」 
 相変わらず涙目で懇願する柴崎。サーベルの届くところまで来た嵯峨はそのまま白い機体見つめていた。その圧倒的なパワーはクリスの想像を絶していた。これほどの出力を出せるアサルト・モジュールなど聞いたことが無かった。
「ちょっと待ってろ!」 
 嵯峨はそう言うと白いアサルト・モジュールの右足の付け根にサーベルを突き立てた。白い機体はバランスを崩し倒れる。絡み付いていた御子神、セニアの機体がもんどりうって倒れこんだ。
「おい!柴崎。生きてるか?」 
「ええ、まあ……イテエ!」 
 柴崎の悲鳴が響く。ばたばたとバランスを崩して逃げようとする白いアサルト・モジュール。セニアと御子神は関節を潰しにかかる。だが、抵抗は衰えるようには見えなかった。そこに増援として森の中から重火器を積んだ装甲ホバー二機が現れた。
「海上(うなかみ)、少し待て。とりあえず御子神とセニアがそいつを拘束するまで……」 
 タバコに火をつけた嵯峨の言葉が切れる前に白いアサルト・モジュールがねじが切れたように動きを止めた。セニア機は間接から煙を上げながら傾き、御子神機も限界だと言うように白いアサルト・モジュールから手を離す。そんな白い機体のコックピットが開いた。小さな影が中に動いているのが分かる。
「子供?」 
 クリスは驚きの声を上げた。開いたコックピットから身を乗り出して辺りを見回すのは、ぼさぼさの髪の十歳くらいの子供だった。
「海上!撃つんじゃねえぞ」 
 ホバーから飛び出していく機動歩兵部隊を制止した嵯峨は四式のコックピットを開いた。彼は朱塗りの鞘の愛刀長船兼光を手に、そのまま地面に降り立つ。クリスもまたその後に続いた。ホバーから歩兵部隊隊長で先の大戦からの嵯峨の部下である海上智明大尉に率いられた部隊が銃を構えて白いアサルト・モジュールを取り巻いた。その後ろにはハワードがカメラを構えてコックピットの子供を撮るタイミングを計っていた。
「とりあえず下りろ!」 
 兵士の一人が子供に銃を向けた。
「おいおい、待てよ。餓鬼相手にそんな本気にならなくても」 
 嵯峨はそう言うと歩兵部隊に銃を下げるように命じた。
「おい、ちびっ子。言葉はわかるか?」 
「ちびっ子じゃない!アタシはナンバルゲニア・シャムラード!青銅騎士団団長だ!」 
 ぼろぼろの山岳民族の衣装を着た少女はそう叫んだ。

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テーマ : 自作連載小説
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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 9

「はいはい!お湯が沸きましたよー。カップを出してくださいな」 
 歌うようにそう言うと嵯峨は慣れた手つきで携帯型のホワイトガソリンバーナーの上の鍋を持ち上げた。小型のコンロを扱うのに慣れているその手つきにエリートとして育ってきたはずの嵯峨の器用なところにクリスは関心させられていた。
「ずいぶん慣れた手つきですね」 
 クリスはレーションの袋に入っていた折り畳みのコップを差し出す。中にはインスタントコーヒーが入っており、お湯が注がれるにつれてコーヒーの香りが辺りをただよう。
「まあ、やもめ暮らしも今年で7年目になりますからね。ホプキンスさんは名門の出でしょ?誰かいい人いませんかね」 
 そう言うと嵯峨はアルミ製のマイカップに味噌汁の素を入れた。
「そんなこと必要ないんじゃないですか?嵯峨公爵家の奥方となればそれこそ……」 
「王侯貴族なんかに生まれるもんじゃないですよ。ただ面倒なだけですわ。それに家柄で見られるってのはどうにも性に合わなくてね」 
 嵯峨は十分に湯を注いだカップを箸でかき混ぜ、弁当として持ってきた握り飯四つとタクワンを食べ始めた。
「しかし、ここは安全なんですか?」 
 クリスは辺りを見回した。針葉樹の深い森の中。四式は森に潜んでいる形だが、下草のほとんど無い森の下は百メートル以上は視界が利く。もしここに歩兵部隊などが投入されれば勝負にはならないだろう。
「心配なのはわかりますがね。混乱している共和軍に、それほど気の効く前線指揮官がいるとは思えないですがねえ」 
 そう言うと嵯峨は握り飯にかぶりついた。
「さっきから不思議に思っていたんですよ。あなたのその余裕のある態度はどこから来るものなのですか?最初の一撃。あれだっていくら共和軍の指揮官が無能でも、もう少しましな対応の仕方があったのにまるで混乱しているかのような反撃じゃないですか。さっきだって……」 
「混乱しているかのように?違いますね。混乱させているんですよ」 
 そう言うと嵯峨は不敵な笑みを浮かべたあと、カップから味噌汁を飲んだ。
「俺の下河内連隊時代からの部下で大須賀と言う技官がいましてね。現在は成田と言う名前の胡州浪人と言うことで共和軍の通信将校を務めているわけですが、まあそこまで言えばわかるでしょ?」 
 嵯峨は二つ目の握り飯を手に取る。
「通信妨害?」 
「そんな甘い人間に見えますかねえ俺が。通信器機にウィルスを仕込んだ上で、さらに作戦部にシンパを作って上層部の指揮命令系統をかく乱。そして、前線部隊の補給物資の要求リストを改ざんして拳銃の弾の口径さえまちまちで使い物にならない、今の共和軍の最前線はそんなありさまにしておいたんですよ。戦争と言うものは始める前にはそれなりの準備をしておくものですよ」 
 得意げに話し続ける嵯峨。クリスはレーションのピーナツバターをクラッカーに塗りながら聞きつづける。
「最初から勝つ戦いをしていたわけですか」 
「あのねえ、戦争ってのは勝てるからやるんですよ。まあ、前の大戦のときに関しては俺も人のことは言えませんが」 
 そう言うと嵯峨はタクワンをぼりぼりと齧りだした。
「なるほど、しかし、先ほどの戦闘での撃墜数は5機を越えていましたね。見事なものですよ」 
 そう言ったクリスの目を鋭い嵯峨の視線が射抜いた。
「あのねえ、ホプキンスさん」 
 感情を押し殺すように一語一語確かめながら、真剣な表情の嵯峨が話し始めた。
「撃墜数を数える?自分の殺した人間の数を数えて何になるんですか?あいにく俺にはそんな趣味はないですよ」 
「はあ……」 
 初めて直接的な嵯峨の殺気を感じた。いつもの皮肉屋で自虐的な笑みを浮かべている中年男の姿はそこには無かった。クリスの拍子抜けした顔を見ると肩をすぼめてタクワンの入っていた小さな鉄の容器から汁を口に注ぎ込む嵯峨。
「さてと、腹も膨れたしちょっと仕事をしようかねえ」 
 そう言うと嵯峨は脇に置いてあった通信端末を開いた。正面に展開される画像。まずそこには地図が映し出された。クリスも自然とそれを覗き込んでいた。
「合衆国陸軍が移動していますが……この方向は?」 
「三日前に共和軍から香麗さんが奪い取った湖南川沿岸地域ですね。まあ順当な作戦ですね。この地域を押さえれば東モスレムへの街道が開ける。当然アメちゃんとしても面白くは無いことでしょうからこの地域の確保は最優先事項というわけですか」 
 嵯峨はそう言うと後方の補給部隊の動きをあらあわすグラフを展開させた。
「この情報も大須賀さんの絡みですか?」 
「まあ、大須賀は元々楠木の部下ですからね。大須賀経由の話もありますが、それ以外に楠木が築いたネットワークだとかいろんな情報をまとめてあるんですわ。まあ俺にも一応は遼南帝国の末裔としてのコネもあるもんで」 
 そう言うと嵯峨は携帯端末をいじりながらタバコを取り出し火をつけた。
「なるほどねえ。東和の支援物資の共和国軍への移送が停止されたか。足元がお留守になってるんじゃないですかエスコバル大佐は」 
「バルガス・エスコバルですか?確か共和国軍西部方面軍参謀長か方面軍司令か……」 
 クリスは携帯端末上の画面に映された画像を見つめていた。遼南共和国ゴンザレス大統領の腹心中の腹心であり、その残忍な作戦行動から王党派や人民軍を恐れさせた非情の指揮官。
「そして非正規戦闘部隊の通称バレンシア機関のトップでもある男ですな」 
 嵯峨の言葉は衝撃的だった。バレンシア機関。実在さえ疑われているゴンザレス大統領の私兵。不穏分子の抹殺や外国人ジャーナリストの拉致などを行っているとされる特殊部隊である。その過激な活動に、資源輸出条約の締結のために訪問したヨーロッパ代表使節団が各方面からの圧力に負けてその存在の確認を求めた時、彼等の面前でゴンザレス大統領は『そのような機関はわが国には存在しない』と明言した暗殺組織。
「あちらも本気。こちらも本気。まああれですな、根競べですよ」 
 そう言うと嵯峨は味噌汁を飲み干した。
「やはりこちらの行動はある程度予測してますか」 
 嵯峨は画面の共和軍の陣形を見てそう言うと皮肉めいた笑みを浮かべる。現在を表す地図には、彼の部隊の侵攻している廃村を示す星に向かい、エスコバル貴下の部隊が進撃を開始していた。
「やばいなあ」 
 そう言ってタバコをもみ消す嵯峨。クリスはその規模が中隊規模であることを確認しながら不思議に思った。クリスが言葉を挟む前にすでに嵯峨はクリスの言葉を読んだように口を開いた。
「勝てないことは無いですよ。まあ、間違いなくうちの馬鹿共が勝つでしょう。でもそこから先が問題なんだよね」 
 またタバコに手を伸ばし火をつける。
「がら空きの拠点を取るのに消耗は避けたいという訳ですか」 
「まあね。それに部下が死ぬのは散々経験しましたが、どうにも慣れなくてね」 
 嵯峨はそう言うと携帯端末を閉じた。クリスも立ち上がる。風が止み、高地独特の突く様な強い日差しが気になる。
「まあ、こっちはこれくらいにして援護に回りますか」 
 そのままタバコをくわえて伸びをする嵯峨。彼は四式の陰に向かって歩き始めた。
「さすがに日差しは堪えるねえ、帽垂でもつけるかな」 
 そんな言葉を言いながら準備が出来たクリスと共に四式のコックピットに乗り込んだ嵯峨。
「しかし、ここからだとかなり距離がありますよ。低空飛行で行くんですか?」 
「さすがにあれだけ派手にやったんだ、東和の戦闘機が警戒飛行しているでしょう。まあ少し時間は食いますが、ホバリングでもなんとか間に合うはずですから」 
 そう言うとアイドリング状態だった四式のエンジンを本格始動させる。パルス推進機関の立てる甲高い振動音がクリスの耳を襲った。嵯峨はてきぱきとサバイバルキットを片付ける、コンロも風除けのアルミのついたても彼の手にかかれば瞬時に解体されてバックパックの中にきちんと入る大きさにまとまった。その几帳面に見える一連の作業にあの混沌と言う言葉を絵に書いたような嵯峨の執務室の有様は想像がつかない。
「こう言うのは軽いのが一番ですよ」
 サバイバルキットを手に嵯峨はかがみこむようなスタイルの四式の手のひらに登る。クリスもそれに続いてそのままコックピットに転がり込んだ。
「それじゃあ行きますか」 
 クリスがシートベルトをしたのを確認すると嵯峨は加速をかけた。森が続く。針葉樹の巨木の森が。嵯峨は器用にその間を抜いて四式を進める。
「まるでこういう土地で戦うことを前提にして造られたみたいですね」 
「そうなんじゃないですか?少なくとも四式はこういう使い方が向いていますよ」 
 嵯峨は軽口を言いながらさらに機体を加速させた。


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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 8

「支援は出来ない?!じゃあ何のためにあなた達は遼南に来たんですか!」 
 そうスペイン語訛りの強い英語で叫んだのは、遼南共和国西部方面軍区参謀バルガス・エスコバル大佐だった。スクリーンに映し出されたアメリカ陸軍遼南方面軍司令、エドワード・エイゼンシュタイン准将はため息をつくと、少しばかり困ったように白いものの混じる栗毛の髪を掻き分けた。
「我々は遼南の赤化を阻止するという名目でこの地に派遣されている。そのことはご存知ですね?」 
「だから人民軍の手先である北兼軍閥を叩くことが必要なんじゃないですか!」 
 エイゼンシュタインの曖昧な出動拒否の言い訳を聞いていると、さすがに沈黙を美徳と考えているエスコバルも声を荒げて机を叩きたくもなった。だが軍でもタカ派で知られるエイゼンシュタイン准将は聞き分けの無い子供に噛んで含めるように説明を始める。
「単刀直入に言いましょう。我々は嵯峨惟基と戦火を交えることを禁止されている。それは絶対の意思、国民の総意を背負った人物からの絶対命令です。いいですか?これはホワイトハウスの主の決定なのです。つまり、我々に黒いアサルト・モジュールとの交戦は決してあってはならない事態と言うことになります」 
 子供をあやすようなその口調は、さらにエスコバルの怒りに火をつけた。
「つまり、魔女共を潰すことならいくらでもやるということですか?」 
 大きく息をしたあと、エスコバルはこの言葉を口にするのが精一杯だった。
「そちらは任せていただきたい。現在アサルト・モジュール二個中隊を魔女共粉砕のために投入する手はずはついている。さらに東モスレムの我々に協力的なイスラム系武装勢力にも十分な支援を行う準備もしています!」 
 エスコバルの怒りに飲まれないようにと注意しながら画像の中のエイゼンシュタインは額の汗をハンカチで拭った。
「そちらの方は期待していますよ」 
「嵯峨惟基には賞金がかかっています。撃墜した際にはぜひ……」 
 エイゼンシュタインの言葉が終わる前にエスコバルは通信を切った。
「なにが撃墜した際だ!嵯峨惟基との戦闘は禁止されているだ?グリンコはいつからそんな腰抜けになったんだ!」 
 エスコバルはグリンゴと言うアメリカ兵の蔑称まで叫ぶと、怒りのあまり高鳴る胸を押さえながら執務室の机に腰掛けた。
「あらー。これはだいぶ話が違うんじゃないですか?」 
 ソファーから声が聞こえた。エスコバルは再び胸を押さえながら立ち上がった。そこには遼南共和軍とは違う東和陸軍風の夏季戦闘服に身を包んだ若い男が風船ガムを膨らませながら横になっていた。北兼台地防衛会議を終えたエスコバルにつれられてこの会議でアメリカ軍からの支援を受けるところを見せ付けてやろうと意気揚々とエスコバルがつれてきた男。
「吉田君。グリンコの連中が怯えて……」 
「そう言う問題じゃないでしょ?共和国とアメリカ軍は一体となって北兼台地の菱川鉱山の施設を防衛してくれるという話だから我々は共和国軍に協力してきたわけだ。それが……はあ」 
 ため息と挑戦的な目つきに再びエスコバルは怒りを爆発させる。
「戦争屋が指図をする気か!」 
 エスコバルは息を荒げながら再び机を叩いた。ガムを噛む将校。吉田俊平はそんなエスコバルを同情と侮蔑の混じった目で見つめていた。
「戦争屋だからですよ。我社の目的はあくまでも北兼台地の鉱山群と、それに付随するインフラの警備。これまでの協力体制はアメリカ軍と共和軍の協調体制が保たれていることを前提に契約された内容を履行しているに過ぎないわけですが。現在そのアメリカ軍との共同作戦に問題が発生している以上……」 
 そう得意げに言葉を続ける吉田はエスコバルの歪んだ口元を見て言葉を呑んだ。エスコバルは吉田の表情を観察している。
『なんだ、コイツの顔は?まるで餓鬼がゲームを楽しんでいるみたいじゃないか!』 
 エスコバルはそんなそれを口にするつもりは無かった。菱川警備保障。遼州だけでなく地球のアフリカや中東の紛争地帯にまで部隊を派遣する大手民間軍事会社。その一番の切れ者として知られる吉田俊平少佐。相手が悪すぎることぐらいエスコバルにもわかった。
「我社は現状では本来の業務である鉱山とインフラの警備に全力を割かせて頂きます。なお防衛会議の我々の協力事項はすべて白紙に戻させてもらいますのでご承知おきを」 
 そう言うと吉田は立ち上がった。呆然と彼を見送るエスコバル。吉田は部屋を出るとドアの前で待っていた副官の中尉を呼びつけた。
「やはりアメリカは嵯峨との直接対決を避けましたか」 
 吉田は頷きながら満足げに笑みを浮かべた。
「良いじゃないか。これで懸賞金を独占できるんだ。せいぜい共和軍には我々が嵯峨の首を取るためのお膳立てに奔走してもらおうじゃないの」 
 そう言って歩き始める吉田に端末を示して見せた副官。その表情はまるでいたずらがばれなかったときの子供のようにも見えた。
「また懸賞金が上がったという連絡が入りましたよ」 
 その言葉に吉田はにんまりと笑顔を作った。
「それはいい!それと各部隊員には通達しておけ。黒いアサルト・モジュールには手を出すなとな。あれは俺の獲物だ」 
「了解しました。少佐の思惑通り動きますよ、我々は」 
 それなりに実戦をくぐってきたのだろう、頬に傷のある副官はそう言うとにやりと笑って見せた。
「黒死病だか人斬りだか知らねえが、所詮は青っ白い王子様の成れの果てだ。それほど心配する必要はないだろ?」 
 そう言うと目の前で談笑していた共和軍の将校を避けさせて二人は進む。思わず吉田はいま後にした司令部が置かれたビルを振り返る。北兼台地の中心都市アルナガの共和軍本部。そのビルの中は黒いアサルト・モジュールが現れたということで、吉田が会議に出席するために三時間前に到着した時からの喧騒が続いていた。
「しかし、共和軍はあてになるのですか?」 
「まあ、ならないだろうな。そのことは最初から織り込んで俺がここにいるんだろう?嵯峨惟基。いや、ムジャンタ・ラスコー!今度こそ奴の首は俺が取る」 
 そう言うと吉田は晴々とした顔で共和軍本部の建物をあとにした。

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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 7

「ほんじゃあ明華によろしく!」 
 嵯峨はスピーカーを通して叫んだ。キーラ達がハンガーで手を振るのに見送られて黒い四式はゆっくりと格納庫を出る。
「それじゃあ行きますか!」 
 格納庫の前の広場に出ると嵯峨はパルスエンジンを始動した。小刻みに機体が震えるパルスエンジン特有の振動。クリスはその振動に胃の中のものが刺激されて上がってこようとするのを感じていた。そして独特の軽い起動音。四式はパルスエンジンの反重力作用で空中に浮かんだ。
「いいんですか?東和の飛行禁止空域じゃないですか、ここは」 
「大丈夫でしょ。まあそれほど高く飛ぶつもりは無いですから」 
 そう嵯峨が言うと村の上空に浮き上がった機体は加速を開始した。針葉樹の森の上ぎりぎりに飛ぶ黒い機体。朝日を浴びている森の上の空を進む。
「レイザードフラッグもきっちり作動してるねえ。さすが明華の仕事には隙が無いや」 
 クリスが上を見ると、日本の戦国時代の武将よろしく、笹に竜胆の嵯峨家の紋章を記した旗指物がたなびいているような光景が写った。
「これは目立つんではないですか?」 
 心配そうに口を出したクリスを振り向いて余裕の笑みを浮かべる嵯峨。
「良い読みですね、それは。もっとも、目立つんじゃなくて目立たせているんですけどね」 
 そう言うと嵯峨はそのまま峠ではなく目の前の南兼山脈に進路を取った。
「そちらは共和軍の勢力下じゃないですか!」 
 驚いて前に顔を出そうとするクリスだがシートベルトに阻まれて止まる。そんな彼を楽しんでいるかのように嵯峨が振り返る。
「そうですよ……言ってませんでしたけっけ?」
「聞いてませんよ」 
 淡々と嵯峨は機体を加速させる。彼が無線のチャンネルをいじると、共和軍の通信が入ってきた。
『未確認機!当基地に向け進行中!数は一!』 
『無人偵察機!上げろ!前線には対空戦闘用意を通達!』 
 共和軍の通信が立て続けに響く。まるでそれを楽しむように笑顔でクリスを見つめた後、嵯峨は肩を揉みながら操縦棹を握りなおす。 
「さあて、共和軍の皆さんには心躍るような挨拶ができそうだねえ。そこでアメリカさんはどう動くか」 
 前の座席の嵯峨の表情は後部座席のクリスには読み取れない。だがこんなことを言い出す嵯峨が満面の笑みを浮かべていることは容易に想像できた。
「遊撃任務ですか。それにしてもわざわざ司令官自身がやる仕事ではないんじゃないですか?」 
 そんなクリスの言葉にまた振り返ろうとする嵯峨だがさすがに冷や汗をかいているクリスを見ると気を使おうと思い直したように正面を向き直る。
「陽動ってのは引き際が難しいんですよ。うちの連中は勝ち目の無い戦いをしたことがないですからねえ。下手をすれば相手に裏をかかれて壊滅なんていうのも……困るんでね。そこは勝ち目の無い、と言うより勝つ必要の無い戦いの経験者がお手本を見せるが当然でしょ?」 
 そう言うと嵯峨はさらに機体を加速させた。Gがかかり、さらにクリスの胃袋は限界に近づいていた。
「熱源接近中……なんだ、無人機じゃねえか」 
 そう言うと嵯峨は四式の左腕に固定されたレールガンを放つ。視界に点のように見えた無人偵察機が瞬時に火を噴くのが見える。クリスを驚かせた嵯峨の素早いすべてマニュアルでの照準と狙撃。
「この距離で狙撃用プログラムも無しでよく当てられますね」 
「まあ、俺もこの業界長いですからねえ。慣れって奴ですよ。まあ次は有人機をあげてくるかな?ここの近辺だと配備中は97式改ってところですかね」 
 嵯峨はそう言うとそのまま機体を空中で停止させた。きっと不敵な笑みでも浮かべているのだろう。後部座席で嵯峨の表情を推察するクリス。そして自分に恐怖の感情が起きていることに気付いた。
「大丈夫なんですか?相手も有人機なら対応を……」 
「97式はミドルレンジでの運用を重視する先の大戦時の胡州の機体ですよ。多少の改造やシステムのバージョンアップがあったとしても設計思想を越えた戦いをするほど共和軍も馬鹿じゃないでしょ?真下にはいないのは確認済みですからそれなりに距離を詰めてから攻撃してきますよ」 
 そう言うと嵯峨は操縦棹から手を離し、胸のポケットからタバコを取り出す。
「すいませんねえ。ちょっと気分転換を」 
 クリスの返そうとする言葉よりも早く、嵯峨はタバコに火をつけていた。
「さてと、97式改では接近する前に叩かれる。となると北兼台地の基地から虎の子の米軍の供与品のM5を持ち出すか、それともアメちゃんに土下座して最新鋭のM7の出動をお願いするか……どうしますかねえ」 
 嵯峨はタバコをふかしながら正面にあるだろう敵基地の方角に目を向けていた。
「北兼台地に向かった本隊の負担を軽くするための陽動ですか。しかし、そんなに簡単に引っかかりますか?」 
 クリスは煙を避けながら皮肉をこめてそう言った。だが、振り返った嵯峨の口元には余裕のある笑みが浮かんでいる。
「共和国第五軍指揮官のバルガス・エスコバルという男。中々喰えない人物だと言う話ですがねえ。共和軍にしては使える人物らしいですがどうにもプライドが高いのが玉に瑕って話を聞きかじりまして。簡単にアメちゃんに頭を下げるなんて言う真似はしないでしょうね」 
「なぜそう言いきれるんですか?」 
 タバコを備え付けの灰皿で押し消した嵯峨クリスは自分の声が震えているのを押し隠そうとしながらそう尋ねた。
「だから言ったじゃないですか。プライドが高いのが玉に瑕だって。それに今の状況はアメリカ軍にも筒抜けでしょうからどう動いてくるか……さてエスコバル君。このまま俺がのんびりタバコ吸ってるのを見逃したらアメリカさんも動き出しちゃうよー!」 
 ふざけたような嵯峨の言葉。だが確かに制圧下にある地域で堂々と破壊活動を展開する嵯峨の行動を見逃すほどどちらも心が広くは無いことはわかる。だが一度に襲い掛かられれば旧式の四式では対抗できるはずも無い。
「同時に出てきたら袋叩きじゃないですか!」 
 状況を楽しんでいる嵯峨にクリスが悲鳴で答える。しかし、振り向いた嵯峨の顔には相変わらず状況を楽しんでいるかのような笑みが浮かんでいる。
「そうはならないでしょ。少なくとも俺が知っている範囲での俺についての情報。まあ色々とまああることあること書いてくれちゃって……。俺も数えていない撃墜数とか出撃回数とかご丁寧に……どこで調べたのかって聞きたいくらいですよ。エスコバルの旦那も俺の相手が務まるパイロットを見繕ってくれるとなると慎重になるでしょうね。アメちゃんも今年は中間選挙の年だ。無理をするつもりは無いでしょう」 
 そう言うと嵯峨はそのまま機体を針葉樹の森に沈めた。
「あなたは何者なんですか?一人のエースが戦況をひっくり返せる時代じゃないでしょ!」 
 嵯峨の自信過剰ともいえる言葉に悲鳴を上げるクリス。振り返った嵯峨の笑みに狂気のようなものを感じて口をつぐむ自分を見つけて背筋が凍った。しかし、その狂気は気のせいかと思うほどに瞬時に消えた。そこにいるのは気の抜けたビールのような表情をした人民軍の青年士官だった。
「まあねえ……それが正論なんですが……それにしても出てこないねえ。こりゃあ上で揉めてるなあ。仕方ない、こっちから遊びに行ってやるか」 
 各種センサーに反応が無いのを確認すると軽くパルスエンジンを始動させて森の中をすべるように機体をホバリングさせて進む。嵯峨惟基は百戦錬磨のパイロットでもある。それくらいの知識は持っていたクリスだが、巨木の並ぶ高地を滑るように機体を操る嵯峨の腕前には感心するばかりだった。進路は常にジグザグであり、予想もしないところでターンをして見せた。
「そこ!砲兵陣地ですよ!」 
 クリスが朝日を受けて光る土嚢の後ろに砲身を見つけて叫ぶ。しかし、嵯峨は無視して進む。自走砲、と観測用のアンテナが見える設営されたばかりのテント。嵯峨の四式はあざ笑うかのようにその間をすり抜けて進む。
「なかなか面白いでしょ」 
 嵯峨は完全に相手を舐めきったかのように敵陣を疾走する。
「後ろ!アサルト・モジュール!」 
 クリスの言葉は意味が無かった。嵯峨の操る四式の左腕のレールガンの照準がすでに定まっていた。レールガンの連射に二機の97式改は何も出来ずに爆風に巻き込まれた。
「さあて、エスコバル大佐。ちょっとはまともな抵抗してみてくださいよ」 
 嵯峨の言葉はまるで遊んでいる子供だった。共和軍は焦ったように戦闘ヘリを上げてきた。嵯峨はまるで相手にするそぶりを見せずに基地のバリケードを蹴り飛ばした。
「任務ご苦労さん」 
 そう言うと右腕に装着されたグレネードを発射する。敵前線基地の施設が火に包まれていった。
「やりすぎではないんですか?」 
 前進に火が付いて転げまわる敵兵が視線に入る。クリスはこの狂気の持ち主である嵯峨に恐れを抱きつつそう聞いた。
「なに、条約違反は一つもしてませんよ。戦争ってのはこんなもんでしょ?従軍記者が長いホプキンスさんはそのことを良くご存知のはずだ」 
 そう言うと嵯峨はきびすを返して森の中に向かう。重火器を破壊された共和軍は小銃でも拳銃でもマシンガンでも、手持ちの火器すべてを嵯峨の四式に浴びせかけた。嵯峨はただそんな攻撃などを無視して元来た道を帰り始めた。
「まずはこんなものかなあ」 
 対アサルト・モジュール装備を一通り潰し終えた嵯峨は吸っていたタバコをコンソール横の取ってつけたような灰皿に押し付けると森から機体を浮き上がらせた。クリスはそこで先ほどまで押さえてきた吐き気が限界に近づいてきたのを感じていた。
「ちょっといいですか?」 
「吐かないでくださいよ!今からちょっと寄り道しますから」 
 相変わらずあざ笑うような顔の嵯峨。彼の言葉に従うように機体を北へ転進させる。クリスに気を使っているのか、緩やかな加速で胃の中のものの逆流は少し止まりクリスはほっと息をついた。
「前衛部隊は峠に差し掛かった頃じゃないですか?」 
 吐き気をごまかすためにクリスはそう言った。
「まあ、そんなものでしょうね。ですが、あそこの峠は峻険で知られたところでしてね。確実な前進を指示してありますから全部隊が越えるには一日はかかるでしょう」 
 嵯峨はそう言うと再び振り向く。うっそうと茂る森を黒い四式が滑っていく。向かっている先には北兼の都市、兼天があるはずだとクリスにもわかった。北兼軍閥の支配地域。目を向けた先にはそれほど高い建物は無いものの、典型的な田舎町が広がっていた。
 視線を下ろせば畑の中に瓦葺の屋根が並び、その間を舗装された道路が走っている。
「北兼軍総司令部に戻るんですか?」 
「いやいや、そんなことで紅茶オバサンとご対面したら『何やってるんだ!』ってどやされるのがおちですから弾薬補給したらまた動きますよ」 
 そう言うと嵯峨は機体を急降下させた。
「嵯峨機!進路の指定を……!嵯峨機!」
 管制官の叫び声を無視して強行着陸を行う嵯峨。着いたのは兼天基地。『魔女機甲隊』と呼ばれる周香麗准将率いる北兼軍閥最強の部隊が後衛基地として運用している土地だった。
「やはりこっちは物資も豊富だねえ」 
 嵯峨は説得をあきらめた管制官から誘導を引き継いだ基地の誘導員にコントロールを任せながらつぶやいた。
「あれはM5じゃないですか?」 
 片腕が切り落とされ、コックピット周りに被弾したM5がトレーラーに乗せられて運ばれていくのが見える。
「アサルト・モジュールは貴重だからね。回収したんでしょう。それにしても贅沢な戦争してるよなあ、周のお嬢様の部下達は」
 たしかに整備された管制塔付きの基地。どちらが軍閥の長かわからない有様だ。そんな基地を誘導されるまま倉庫に向かう嵯峨の四式。修理を終え、前線に送られる胡州の輸出用アサルト・モジュールの一式が並んでいる。几帳面に並べられたミサイルやレールガンの数は嵯峨の貴下の部隊の比ではない。
「嵯峨中佐。補給ですか?」 
 モニターに映し出されたのはプラチナブロンドの女性オペレーター。たぶん彼女もセニア達と同じ人造人間なのだろう。そのピンク色の髪に自分の表情が不自然になっているだろうと思うと自然とクリスには苦笑いが浮かんでいた。
「ああ、早くやってくれ。お客さんを待たすのは趣味じゃないからな」 
 そう言うと嵯峨は装甲版とコックピットハッチを跳ね上げた。北の遼北国境から吹きすさぶ冷たい風が心地よく流れ、クリスはそれまで耐え続けていた吐き気から解放されることになった。
「トイレ行っといたほうがいいですよ。ちょっと次に仕掛ける時は敵さんも腹をすえて来るでしょうから」 
 どこまでも舗装された基地の中央に着地して平然とそういいながら誘導員の指示でコックピットから降りた嵯峨。そのタラップのそばに秘書官らしい青い髪の女性を引き連れた女性士官が歩み寄ってきた。黒い髪が流れるように強風の中たなびいている。肩の階級章を見れば金のモールがついている。将軍クラスの階級であることはすぐにわかった。
「惟基!何のつもりでこんなところに来たの!」 
 表情は怒ってはいない、むしろ感情をかみ殺したような無表情を浮かべている。周香麗准将。現在は北兼軍閥の総司令官に君臨する彼女は、元はこの崑崙大陸北部を領有する遼北人民共和国人民軍第二親衛軍団司令官であった。遼北の政府における権力闘争で父、周喬夷軍務長官が事実上の幽閉状態に陥ると部下を伴ってこの北兼軍閥への亡命を求めた。
 周喬夷は本名がムジャンタ・シャザーン。遼南帝国女帝ムジャンタ・ラスバの次男であり、嵯峨惟基にとっては叔父に当たる人物である。ある意味、目の前で雑談している二人が妙になじんだ様子なのも従兄妹同士ということもあるのだろうとクリスは思った。
「タバコが吸いたくてね。ホプキンスさんはタバコをやらないから機内じゃあ吸えないじゃないの。それに香麗にも紹介しておいた方が……」 
「まあいいわ。どうせあなたに何を言っても聞かないでしょうから」 
「いやあ、そんなつもりは無いんだけどね」 
 そう言うと嵯峨は胸のポケットからタバコを取り出そうとする。 
「基地内は禁煙よ。ちゃんと喫煙所で吸いなさい」 
「硬いこと言うなよ」 
「それが組織と言うものです!」 
 ようやく怒りが香麗の表情に浮かんできた。嵯峨はタバコをあきらめるとそのまま補給が始められた愛機の方に歩き出した。
「あの……トイレは?」 
 クリスの質問に指で答える香麗。クリスはそのまま彼女の指差した方に駆け出した。明らかに嵯峨の連れてきた怪しいジャーナリストには係わり合いになりたくない。お高くとまったようなきつい表情は噂どおりだった。
 周香麗はアサルト・モジュールパイロットとしては天才と評される人物だった。先の大戦時、胡州の勢力化である濃州アステロイドベルトの戦いで宇宙艦隊の半数を失って遼州、崑崙大陸北部に押し込められた遼北は英雄を必要としていた。
 それが彼女率いる『魔女機甲隊』だった。第二次世界大戦におけるロシア空軍の『魔女飛行隊』から取ったその異名は、エースの香麗の活躍で遼州にその名を轟かせた。戦後、接収した人造人間製造プラントで造られた人造人間達がこの部隊に参加し、一個師団規模に拡大され、遼北を代表する部隊となった。
 しかし、遼北で唐俊烈国家主席と父である周喬夷との軋轢が生まれると、その勇名は仇となった。解散、そして幹部の粛清が行われるとの噂に、香麗は部下たちの安全を図るために従兄の嵯峨がいる遼南に亡命を決意した。そうして北兼軍閥は人民軍、共和軍、花山院軍閥、南都軍閥、そして東モスレムと言った割拠する軍閥に伍する地位を得ることとなった。
 女性指揮官の厳しい視線から逃れて走り去ったクリスの前に立派過ぎるアサルト・モジュール専用のハンガーには大きな入り口の女子トイレと、申し訳程度の男子トイレがあった。クリスは用を済ませるとそのまま辺りを見回してみた。パイロットスーツを着ているのは例外なく女性パイロット達であった。たまに整備隊員や連絡将校などに男性がいるものの彼らは非常に居づらそうにしている。クリスもまたそそくさと嵯峨の四式の前まで来た。 
「惟基ならタバコを吸いに行ったわよ」 
 香麗はベンチに腰をかけていた。その前にはテーブルが置かれ、従卒の長身の女性将校に紅茶を入れさせていた。
「まあ、おかけになったらどう?今の情勢をアメリカ人記者がどう見ているか意見も聞きたいですし」 
 静かに紅茶の匂いを嗅ぎながら切れ長の目から鋭い視線がクリスに伸びる。
「そんな、私の意見が合衆国の意見だとは……」 
「そういうことでは無いのよ。あなたのこれまで遼州を取材した感想を聞きたいわけ。ああ、紅茶はお飲みになる?」 
「いえ、結構です」 
 残念そうな顔をしながら紅茶を入れていた赤い髪の将校を下がらせた。
「それは好奇心、ですか?」 
「そうとも言えるし、そうでないとも……。見たでしょ?惟基の部隊の様子は」 
 無表情に見えた香麗がようやく笑みをこぼした。きついイメージの美女と言う感じが少し抜けてきた。
「まあ、かなり変わった人ですね、嵯峨中佐は。あの人は外務武官や憲兵隊などの後方任務上がりなのにまったく規律と言うものを気にしていないのは興味深かったですね」 
「確かにそうかも知れないわね。一応あれでも私の従兄だから、子供の頃一回だけ会ったことがあるのよ。あの頃は惟基は遼南帝国の次期皇帝。おどおどしたひ弱な感じの子供ではじめてみた時はまるで女の子みたいと思ったわよ」 
「あの人がですか?」 
 クリスは意外に思った。どちらかといえば嵯峨は下品な行動が目立つ人物であることは一日彼の近くにいればわかる。
「青白い顔をして、大人の顔色ばかり窺っている変な子供。でも話してみて彼がそうなった理由もわかったわ。生まれて初めて会った同じくらいの年の子供が私だったんですって。確か私は十歳くらい……彼は二歳上よね。弟のバスパにも会うことを許されず、一人で御所で勉強ばかりしてたって言ってたわ」 
「青い顔でシャイな嵯峨中佐ですか。想像もつきませんね」 
「でしょ?それで……」 
「あのー。香麗さん。何話してるんですか?」 
 いつの間にか香麗の後ろに立っていた嵯峨が声をかけた。
「別にいいじゃないの。昔話よ」 
 香麗は微笑を浮かべながらそう言うと再び紅茶のカップを手に取った。
「それにしても立派なもんだねえ」 
 嵯峨は一糸乱れぬ更新を続ける前線に向かう歩兵部隊の行進を眺めていた。
「それ、皮肉?」 
 鋭い視線を投げる香麗。嵯峨は頭を掻きながらごまかそうとしていた。
「もうそろそろ終わらないかねえ、補給」 
 そう言いながら自然にタバコに手が伸びる嵯峨だが、香麗の鋭い視線に気付くと渋々手を引っ込ませる。
「なんならついでにそちらの連隊までの護衛もつけてあげましょうか?中佐殿」 
 紅茶を飲み終え立ち上がる香麗。嵯峨は走ってきた女性の整備員から伝票を受け取っていた。
「じゃあ、いずれこの借りは……」 
「気にしなくていいわよ。いずれ倍にして返してもらうから」 
 そう言うと嵯峨は四式に向かって歩き始めた。
「紅茶勧められませんでした?」 
 嵯峨はコックピットに上るはしごに手をかけるとクリスにそう言った。
「ええ、それが何か?」 
「いやあ、香麗のすることは誰でも同じだねえ。もう少しひねりが欲しいな」 
 そう言うと嵯峨はコックピットに座り込んだ。クリスもその後ろに座る。
「ちょっと荒い操縦になりますが勘弁してくださいよ」 
 そう言うと嵯峨はパルスエンジンに火を入れる。甲高いエンジン音が響く。そのままコックピットハッチと前部装甲版が降り、全周囲モニターが光りだす。
「さてと、お休みしてた間に敵さんはどう動いたかな?」 
 そう言うと嵯峨は機体を浮上させた。高度二百メートルぐらいの所で南方へ進路を取り機体を加速させる。明らかにはじめの出撃の時とは違い、重力制御コックピット特有のずれたような加速感が体を襲う。
「ちょっとここからは乱暴にしますから注意してくださいよ!」 
 そう言うと森林地帯に入った機体を森の木すれすれに疾走させる。迎撃するために出撃したらしい97式改が拡大されてモニターに映る。
「あらあら。結構てぐすね引いて待ってるじゃないの。まあ、星条旗の連中はお見えじゃないみたいだけどな」 
 そう言うと嵯峨は朝とは違い狙撃することなく、機体を森の中に降下させ、そのままホバリングで敵部隊へと突入していった。距離を取るだろうと思っていた黒い敵機の突然の加速に驚いたように97式改は棒立ちになる。
「なっちゃいねえ。まったくなっちゃいねえな!」 
 突然の黒い機体の襲撃に耐えられないというように寄り合う敵97式改に、嵯峨は容赦なく弾丸を浴びせる。次々と火を噴く敵。眼下には恐怖し逃げ惑う敵兵が見える。
「なんだよ……逃げるの?もうちょっと踊ってくれないとつまらねえな」 
 嵯峨はわざと敵のミサイル基地の上空に滞空する。当然のように発射されるミサイル。それを紙一重でかわすと、ミサイル基地に四式の固定武装であるヒートサーベルをお見舞いする。ミサイルを乗せた車両が一刀両断される。担当の敵兵は泣き叫びながら爆発から逃れようと走り始める。
「これじゃあまるで弱いもの虐めだ。感心しないねえ」 
 そう言うとミサイル基地の司令部があると思われるテントに榴弾を打ち込む。火に包まれる敵陣地。そこで急に嵯峨は機体を上空に跳ね上げる。徹甲弾の低い弾道が、かつて嵯峨の機体があった地点を低進してバリケードを打ち抜く。
「いつまでも同じ場所にいる?そんなアマチュアじゃないんだよ!」 
 嵯峨はすぐさま森の中にレールガンを撃ち込んだ。三箇所でアサルト・モジュールのエンジンの爆発と思われる炎が上がる。
「まあ、こんなものかね」 
 クリスはこの戦闘の間、ただ黙ってその有様を見つめていた。共和軍の錬度は高いものでは無いことは知られている。特にこうして最前線の穴埋めに回されてきているのは親共和軍の軍閥の予備部隊か、金で雇われた傭兵達である。一方、嵯峨は先の大戦で相対した遼北機動部隊から『黒死病』と異名をとったエースの中のエースである。はじめから勝負は見えていた。
「確かにこれは弱いものいじめ、もっと悪意を込めて言えば虐殺ですね」 
 皮肉をこめてクリスがそう言う。嵯峨は振り返った。その狂気と獣性をはらんでいるような鈍く光る瞳を見て、クリスは背中に寒いものが走るのがわかった。
「そう言えば腹、減ったんじゃないですか?」 
 不意に嵯峨がそんなことを口にする。敵前衛部隊は嵯峨一機の働きで壊滅していた。反撃する気力すらこの前線部隊の指揮官達には残っていないことだろう。
「まあ、すこしは……」 
「敵支援部隊が到着するまで時間がありそうですから、そこの小山の下でレーションでも食べますか」 
 そう言うと嵯峨はそのまま先ほど徹底的に叩きのめしたミサイル基地の隣の台地に機体を着陸させた。

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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 6

 出撃の朝の緊張感は、どこの軍隊でも変わりはしない。昨日まで野球に興じたり山岳部族の子供達と戯れていた兵士達の様子は一変し、緊張した面持ちで整列して装備の確認をしているのが窓から見える。クリスは表で爆音を立てているホバーのエンジンのリズムに合わせて剃刀で髭を剃っていた。
「別にデートに行くわけじゃないんだ。そんな丹念に剃ること無いじゃないか」 
 ベッドに腰掛けたハワードはカメラの準備に余念が無い。
「一応、北兼軍閥の最高指導者の機体に乗せていただけるんだ。それなりの気遣いと言うものも必要だろ?」 
 口元に残った髭をそり落とすと、そのまま洗面器に剃刀を泳がせる。大きな音がして建物が揺れるのは大型ホバーが格納庫の扉にでもぶつかったのだろう。罵声と警笛が響き渡り戦場の後方に自分はいるんだという意識がクリスにも伝わってくる。そんなクリスにハワードが整備が終わったカメラのレンズを向けた。
「確かにそうかもしれないがな。それより大丈夫なのか?四式は駆動部分や推進機関のパルス波動エンジンは最新のものに換装してあるって話だぞ。あんな時代遅れの機体に最新の運動システムが付いていけると思うのか?それに重力制御式コックピットの世代は二世代も前のを使っているって話だ。Gだって半端じゃないはずだろ」
 鏡をのぞきながら剃り跡を見ていたクリスだが、そうハワードから言われると仕方ないというように頭を掻きながら相棒の方を振り向く。 
「なに、私もM3くらいなら操縦したことがあるからな。それに今回は後部座席で見物するだけだ。大して問題にはならないよ」 
 そう言うとクリスは足元に置いておいた戦場でいつも身につけているケプラー防弾板の入ったベストを着込んだ。そして、出かけようという時、ノックする音に気づいた。
「どうぞ!」 
 迷彩のカバーにピースマークをペンで書き込んだヘルメットを被るクリス。ドアが開く。そこにはクリスの見たことの無い戦闘帽を被った嵯峨が立っていた。
「すいませんねえ、早く起こしちまって。朝食でも食べながら話しましょうや」 
 何かをたくらんでいそうな笑みを浮かべた嵯峨に、クリスはハワードと顔を見合わせた。
「ええ、まあよろしくお願いします」 
 断るわけにも行かない。そう思いながらクリスはそのまま歩き出した嵯峨に続いた。嵯峨が着ている昨日と同じ半袖の軍服は人民軍の夏季戦闘服である。そして足首にはゲートルが巻かれ、黒い足袋に雪駄を履いていた。その奇妙な格好にハワードは手にしていた小型カメラのフラッシュを焚く。嵯峨はそれを咎めもせず、そのまま立て付けの悪い引き戸を開いて食堂に入った。
「食事があるってのはいいものっすねえ」 
 そう言うと嵯峨は周りの隊員達を見回す。食堂にたむろしているのはまだ出番の来ない補給担当の隊員達だった。その体臭として染み付いたガンオイルのよどんだ匂いが部屋に充満している。兵士達は攻撃部隊が出撃中だというのに大笑いをしながら入ってきたクリス達を見ようともせず食事を続けている。
「俺と同じのあと二つ」 
 カウンターに顔を突っ込むと嵯峨は太った炊事担当者に声をかけた。嵯峨の顔を見ても特に気にする様子も無く淡々と鍋にうどんを放り込む料理担当兵。
「そう言えば嵯峨中佐は前の大戦では遼南戦線にいたそうですね」 
 クリスの言葉に嵯峨の表情に曇りが入った。だが、カレーうどんが大盛りになったトレーを受け取った頃にはその曇りは消えて、人を食ったような笑顔が再び戻ってきていた。
「そうですよ。ありゃあ酷い戦場だったねえ」 
 そう言いながらテーブルの上のやかんに手を伸ばすと、近くに置いてあった湯飲みにほうじ茶を注いだ。聞かれることを判っている、何度と無く聞かれて飽きたとでも言いたいような表情。嵯峨の大げさな言葉とは裏腹に目は死んだように見える。それを見てクリスは少しばかり自分が失敗したことに気付いていた。
「ここから三百キロくらい西に新詠という町がありましてね。そこで編成した私の連隊の構成員は千二百八十六名。うち終戦まで生きていたのが二十六名ってありさまですからね」 
 圧倒的な遼北の物量を前に、敗走していく胡州の兵士の写真はクリスも何度も見ていた。胡州から仕掛けた戦いだった遼南戦線は見通しの甘さと胡州の疲弊振りを銀河に知らしめるだけの戦いだった。
 初期の時点でアサルト・モジュールなどの機動兵器の不足がまず胡州の作戦本部の意図を裏切ることになった。作戦立案時の三分の一の数のアサルト・モジュールはほとんどが旧式化していた九七式だった。その紙の様な装甲で動きは鈍いが重武装で知られるロシア製のアサルト・モジュールをそろえていた遼北軍を相手にするのははじめから無理な話だった。すぐに遼北の要請で駆けつけた西モスレムの機動部隊は胡州・遼南同盟軍の横腹に襲い掛かり、宇宙へ上がる基地はアサルト・モジュールを使った大規模な電撃戦で瞬時に陥落した。
 彼らが無事に胡州の勢力圏へと帰ろうと思えば、遼南帝国ムジャンタ・ムスガ帝を退位に追い込んだ米軍とゴンザレス政権同盟軍への投降以外に手はなかった。遼北による捕虜の非道な扱いの噂は戦場に鳴り響いており、反枢軸レジスタンス勢力による敗残兵狩りは凄惨を極めていた。さらにそんな彼らの前に延々数千キロにわたって続く熱帯雨林が立ちはだかった。指揮命令系統はずたずたにされ、補給など当てに出来ない泥沼の中、彼らは南に向かって敗走を続けた。
 嵯峨の指揮していた下河内混成特機連隊も例外ではなかった。彼らは殿として脱落兵を拾いながら南を目指した。当時の胡州陸軍部隊の敗走する姿は胡州軍に投降を呼びかけるビラを作成する為、民間人を装い彼らに近づいた地球側の特殊潜行部隊に撮影されていた。
 兵士の多くが痩せこけた頬とぎらぎらした眼光で弾が尽きて槍の代わりにしかならないだろう自動小銃を構えて膝まで泥につかり歩いている。その後ろには瀕死の戦友を担架に乗せて疲れたように進む衛生兵。宇宙に人類が進出したと言うのにそこにあるのは昔ながらの敗残兵の姿だった。
 文献を見ても蚊を媒介とする熱病が流行し、生水を飲んだものは激しい下痢で体力を失い倒れていったと言う記述ばかりが目立つ戦いだったと言う。住民は遼北、アメリカの工作員が指導したゲリラとして彼らに襲い掛かるため昼間はジャングルの奥で動くことも出来ずに、重症の患者を連れて行くかどうかを迷う指揮官が多かったと伝えられている。置いていくとなると負傷者には一発の拳銃弾と拳銃が手渡されたと言う。
 その地獄から帰還した歴戦の指揮官。しかし、そんな面影など今目の前でカレーうどんを食べ続けている嵯峨には見て取ることができなかった。貴族上がりとも思いがたいずるずると音を立てて勢い良くうどんをすすりこむ。
「食べないんですか?」 
 嵯峨はそう言ってクリスとハワードを眺めるが、すぐに切り替えたようにうどんにカレーの汁をなじませながら二人の前のうどんを見ている。
「いえ、やはりあなたでも昔のことを思い出すんですね」 
 クリスの言葉に一度にやりと笑ってからどんぶりに箸を向ける嵯峨。その表情がゆがんだ笑みに満たされているのが奇妙でそして悲しくもあるようにクリスには見えた。
「まあ、私も人間ですから。思い出すことだってありますよ。ここの土地には因縁がある。特に私には特別でね」 
 そう言うと今度は隣のサラダを口に掻きこみ始める。クリスもそれにあわせて慣れない箸でうどんを口に運んだ。
「ああ、そう言えば攻略地点を知らせてなかったですね」 
 呆れるようなスピードで隊長特権らしいサラダを口に掻き込んだ嵯峨はそう切り出した。ぼんやりしていたクリスを見てため息をついた嵯峨は胡州の最上流の貴族の出だと言うのにまるで餌のようにサラダを食い尽くした。
「攻略と言うか、上手くいけば戦闘をせずに行けるところなんですがね。この夷泉の南にある兼行峠の向こう側に村が一つあるんですよ」 
 嵯峨は落ち着いたというようにほうじ茶に手を伸ばす。細かい地名を図も無く教えられてぼんやりと話を聞くことしか出来ないクリスとハワード。そんな彼等を気にする様子も無く嵯峨は言葉を続ける。
「まあ、かなり前に廃村になっているんですが、そこならこれから先の北兼台地の鉱山施設制圧作戦の拠点になると思いましてね」 
 そのままほうじ茶を一息で飲み干す嵯峨。クリスもハワードもまだカレーうどんを半分以上残していた。
「そこを橋頭堡にするわけですね」 
 クリスの言葉を聞くと嵯峨は胸のポケットに入れたタバコの箱を取り出し、手の中でくるくると回して見せた。
「まあそう言うことです」 
 嵯峨の頭が食堂の入り口に向いた。クリスが振り向くとそこには先日会議室で見た胡州浪人に見える眼鏡をかけた士官がヘルメットを抱えて立っていた。
「遠藤!ちょっと待ってろ。ハワードさん、ドライバーが来ましたよ」 
 遠藤と呼ばれた少尉はハワードの隣までやってくると敬礼した。いかにもギクシャクとした態度、胡州で訓練を受けた士官らしく視線は厳しい。
「ハワード・バスさんですね。第一機械化中隊の遠藤明少尉と言います」 
 ハワードを見上げる青年に握手を求めて手を伸ばす。遠藤はぎこちなく大きなハワードの手を握り返すとようやく笑みを浮かべた。
「ずいぶんとお若い方ですね。出身は胡州ですか?」 
 流暢なハワードの日本語に戸惑ったような表情を浮かべた後、遠藤と言う士官は首を横に振った。
「いえ、遼南ですよ。北兼軍閥の生え抜きですから」 
 頷きながらハワードは椅子に腰掛ける。そしてそのままクリスよりも上手く箸を使ってうどんを食べていく。遠藤はそのままハワードの脇に立ってその様子をじっと眺めていた。
「おいおいおい。そんなに見つめたら食事が出来なくなるじゃないか。とりあえずこれでも飲め」 
 そう言うと嵯峨は遠藤にほうじ茶を注いでやった。遠藤はそのままハワードの隣に座るとほうじ茶を口に含んだ。
「遠藤少尉。いい写真は撮れそうかね」 
 ハワードはサラダのトマトを口に入れながらそう尋ねる。
「それはどうでしょうか……それは私の仕事ではありませんから」 
 きっぱりとそう答える遠藤にハワードは手を広げて見せた。それを見て渋い顔をする嵯峨。
「うちの宣伝になるかもしれないんだぜ。もうちょっと色をつけた話でもしろよ」 
 嵯峨はそう言うとクリス達が食事を終えたのを確認した。嵯峨に向けられた目で合図されたと言うように少尉が立ち上がる。
「それじゃあ先に行ってるぜ」 
 ハワードはそう言うとジュラルミンのカメラケースを肩にかけて遠藤のあとを追って食堂を後にした。
「そう言えば嵯峨中佐は戦闘は無いようなことをおっしゃってましたね」 
 ほうじ茶を口に運びながらクリスはこの言葉に嵯峨がどう反応するのかを確かめようとした。
「そんなこと言ったっけかなあ。まあ、現状としてさっき言った目的地とその経路には敵影が無いのは事実ですがね」 
 嵯峨は笑いながら立ち上がる。そしてそのままタバコを口にくわえて手にしたトレーをカウンターに運んだ。
「戦場では希望的観測は命取りですから。まあ今のうちに楽観できるところはしておいた方がいいと言うのが私の持論ですので」 
 そう言うと嵯峨はおもちゃにしていた口のタバコにようやく火をつけた。
「それじゃあ行きましょうか?」 
 トレーを棚に置くとクリスを振り返った嵯峨がそういった。くわえるタバコの先がかすかに揺れていた。さすがにポーカーフェイスの嵯峨も緊張しているようにクリスには見えた。肩を何度か揉みながらクリスを引き連れて食堂を出た嵯峨。
 走り回る内勤隊員から邪険にされているのを気にするような嵯峨に連れられてクリスはそのまま駐屯地の広場に出た。出撃は続いており、偵察部隊と思われるバイクの集団が銃の点検を受けているところだった。
「俺の馬車馬ですが……結構狭いですけど大丈夫ですか?」 
 格納庫の前の扉で嵯峨が振り返る。それを合図にバイクに乗った隊員達が一斉にゲートのある南側に向けてアクセルを吹かして進む。
「まあ無理は覚悟の話ですから」 
 そう言うと嵯峨についていくクリス。さらにバイクの部隊のあとは掃討部隊と思われる四輪駆動車に重機関銃を載せた車列が出撃しようとしていた。
「かなり大規模な作戦になるようですね……ほぼ全部隊ですか?」 
 答えなど期待せずに嵯峨の表情を読もうとするクリス。
「そうですかねえ」 
 嵯峨ははぐらかすようにそう言うとハンガーの中に入った。すでに二式は全機出動が終わっていて奥の嵯峨の四式の周りに整備班員がたむろしているだけだった。
「間に合いましたね?」 
 その中に白い髪をなびかせるキーラがコックピットの中で作業をしている部下に指示を出している姿がクリスにも見えた。キーラはわざとクリスと目が合わないようにして嵯峨に声をかけてきた。
「誰に言ってるんだよ?キーラ。補助席の様子はどう?」 
「ばっちりですよ!元々コックピット内部の重力制御ユニットを搭載する予定の機体ですからスペースは結構ありましたから」 
 四式のコックピットから顔を出す少年技官から書類を受け取るとキーラが叫んだ。
「ほんじゃあよろしく」 
 そう言うと嵯峨は雪駄を履いたまま自分の愛機まで歩いていく。クリスは注意するべきなのか迷いながら彼に続いて階段を上った。
「予備部品どうしたんだ?」 
「こんなポンコツにそんなもの無いですよ。二式の部品を加工して充ててるんですから、注意して乗ってくださいね」 
 キーラはそう言うとコックピットの前の場所を嵯峨とクリスに譲った。中を覗きこむと全面のモニターがハンガーの中の光景を映し出しているのが見える。
「全周囲型モニターですか。こんなものは四式には……」 
「ああ、これは二式の予備パーツを改造して作ったんですよ。まあ明華は良い仕事してくれてますから」 
 嵯峨はそう言うとコックピットの前にある計器類を押し下げた。
「どうぞ、奥に」 
 嵯峨の好意に甘えて完全にとってつけたと判る席に体を押し込むクリス。嵯峨も遼州人としては大柄なので体を折り曲げるようにしてパイロットシートに身を沈める。
「御武運を!」 
 キーラの言葉を受けた嵯峨は手で軽く挨拶をした後、ハッチを下げ、装甲板を下ろした。モニターの輝きがはっきりとして周囲の景色が鮮やかに映し出される。そんな状況を楽しむかのように鼻歌を交えながら嵯峨はそのままシートベルトをつけた。
 クリスも頼りないシートベルトでほとんどスプリングもきいていない硬いシートに体を固定した。

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テーマ : 同人小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 5

 夕暮れを告げる風が大きなもみの木を揺らす。少女が一人、そんなもみの木のこずえに座っていた。
「なんか変……」
 そう言う少女の手には横笛が握られ、器用にバランスを取りながら笛を口に乗せる。悲しげな旋律が木の上を旋回するように始まった。元の色が分からなくなるほど着古されたポンチョ、破れかけたズボンは澄んだ木々の陰に広がる闇の中でも彼女が一人でこの森に暮らしていることを知らせるものだった。峠から吹き降ろす風は冷気を帯びているもののやわらかく、彼女の埃まみれの髪の毛を撫でていった。頬はあかぎれと炭で煤けている。
 まもなく日は沈もうとしていた。日が沈めば風の向きは反転し、彼女のいる高地から峠へと押し戻すような湿り気を帯びた風に変わることを彼女は知っていた。
 旋律を一通り吹き終わると彼女は笛を腰の帯に押し込み、もみの木を転がり落ちるようにして大地に降りた。降りた先のもみの巨木の根元には、子供のコンロンオオヒグマが座っている。去年の秋に生まれた小熊はすでに地球のヒグマの大人よりも一回りも大きい巨体に成長していた。降りてきた少女を見ると元気良く彼女の前に座って巨体を揺らして少女に甘える。
「大丈夫。怖くないからね」 
 少女は小熊の頭を撫でた。小熊は嬉しそうに彼女の頭に静かに前足を乗せる。
「そうだ、これ食べる?」 
 アカギレだらけの手で背中のズタ袋を探ると、鹿の肉を干したものを小熊に与えた。小熊はそれに噛み付くと、一心不乱に鹿の肉を噛み砕き始めた。
「大丈夫だよ、そんなに急がなくても」 
 そう言いながら微笑む少女。山並みに夕日が隠れると一気に森は暗闇の中に沈む。
「熊ちゃんもお友達が出来ると良いのにね」 
 口の中で肉を噛み続ける小熊を見ながら少女はどこか寂しげな表情を浮かべた。その瞬間、それまで峠から吹き降ろされていた冷たい風が止んだ。小熊は不安に思ったのか、口の中の鹿の肉の破片を飲み込むと、潤んだ眼で少女を見つめた。
「大丈夫だよ。ずっと一緒なんだから」 
 そう言って小熊の頭を撫でた。小熊はそのままおとなしく彼女の前に座った。
「絶対大丈夫、大丈夫」 
 その言葉は小熊に対してではなく、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる言葉だった。そして静まり返った彼女の為だけにあるようにも見える森に彼女の視線は走った。
「これまでだって大丈夫だったんだから」 
 そう言うと少女の視線に殺気の様な物が走る。何か敵視するものがそこにあるとでも言うように彼女は峠の方を見つめた。
「悪い人はね、あの峠を越えられないんだよ。もし越えてきても私がやっつけるんだから」 
 そう言うと彼女は小熊の後ろに置かれた巨人像のようにも見えるアサルト・モジュールを見上げた。
 その剣を持った白いアサルト・モジュールはアイドリング状態の鼓動のような音を立てながら戦の神を模した神像のように立っている。その姿を見上げる少女の目に涙が浮かんでいるのを見つけた小熊は甘えるような声を上げて少女に寄りかかる。
「大丈夫、大丈夫」
 そう言いながら少女は小熊の頭を撫でながら巨大人型兵器を自信に満ちた目で見上げていた。


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テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 4

「ホプキンスさん!」 
 会議室からそのままハワードの居るハンガーへ向かうクリスが本部の軋む階段を降りようとしたところに駆けつけたのはつなぎを着た整備員キーラだった。
 振り向いたクリスの顔を見て立ち止まった彼女の顔がさびしそうな色をにじませた。
 クリスにはどこと無く彼女達人造人間を恐れているような気持ちがあるのを自覚していた。そんな心の奥底の意識が顔を引きつらせるのだろう。またキーラもどこと無く慣れていないようにどう話しかければいいのか戸惑っているように見えた。
「君か」
 そう言ってクリスに向き合うように立つキーラを見つめる。そして見詰め合うとなぜかクリスは彼女に興味を引かれている自分に気付いた。それは神に挑戦するにも等しい『人間の創造』を行ったゲルパルトの技術者に対する興味とは違う何かだ。そう自分に言い聞かせるクリス。
「珍しいですよね、『ラストバタリオン』の整備員なんて」 
 そう言うとキーラはさわやかに笑った。自分の考えが半分ばかり見透かされたことにクリスは驚くとともに当然だと思えた。少なくとも彼女はこうして生きている。それだけは誰も否定が出来ない。白い耳にかかるかどうかという辺りで切りそろえられた髪がさわやかな北兼山地の風になびく。同じように赤いくりくりとした目がどこかしら愛嬌があるように見えた。
 好意的に見ることができるのにも関わらずクリスはどうしても彼女を正視することが出来ずにその瞳は廊下のあちこちをさまよう。
「二式についてはいろいろ聞きたいことがあってね」 
 自分の戸惑いを見透かされまいとそう言うと立ち尽くすキーラを置いて再び格納庫に向かうべく階段を下り始めた。
「開発背景とかあまり政治向きの話は答えられないですよ。嵯峨中佐が開発目的のすり合わせとかで政治的に動いてたって噂くらいしか知りませんから。それに整備班に転向してから日が浅いんで、細かいところは後で許中尉に確認してください」 
 キーラの澄んだ声が背中で響く。そのおおらかな言葉の響きにクリスは好感を持とうとした。木製の階段を一段一段下りるたびに響く足音。キーラはクリスのあとを黙ってつけながらハンガーの入り口まで付いてきていた。
 入り口でフィルムの交換をしていたハワードが二人の存在に気付いて顔を上げる。クリスを見たハワードだったが、彼にはいつも通りのぶっきらぼうな表情を見せるが後ろにキーラを見つけると歳とは不相応な崩れたようでいてどこと無く人懐っこい笑顔がそのアフリカ系の男の顔に浮かんでいた。
「あ、ジャコビン曹長。いいところに来ましたね。ちょっと村を撮りたいんだけど……」 
 ハワードにそんな風に言わせたのはキーラのまとう雰囲気なのだろうとクリスは思いながら柔らかな表情を浮かべるキーラを振り返る。
「ああ、良いですよ。なんなら整備の手のすいたのを見繕ってドライバーにつけましょうか?」 
「お願いできるんですか?それはいいや!」 
 ハワードがカメラを持って立ち上がると大きな口横に引いて滑稽な表情を作って見せた。それが面白いのか、キーラのささやかな笑い声がクリスの耳にも届く。それでも彼は二人の間に入れずに窓から見える高地の風景を見ていた。まだ日は高い。案内が同行するとなれば写真を撮り始めると満足するまで動かなくなる歯ワードでも日暮れまでには帰るのだろう。キーラは通信端末に何かを入力しながらハンガーの入り口で小声でハワードと談笑していた。
 先程の作戦会議の北兼軍閥側の切り札的機動兵器『二式』が静かに出番を待っている。遅かれ早かれ北兼台地の攻防戦が始まろうとしているだけのことはあり、格納庫のアサルト・モジュール群には火が入れられているようで、静かに震えるようなエンジンの稼動音が響いている。
「四式も準備中か。戦力はこれだけじゃないんだろ?」 
 ハワードになにやらメモを渡して送り出したキーラ。彼女を入り口の扉の向こうに見つけた三号機の肩の辺りで談笑していた整備員から敬礼されているキーラに尋ねた。
「まあ、あとはホバーが二十三機、それに装甲トレーラーが六台、200ミリ榴弾自走砲が十二門。兵員輸送車が33両ありますよ」 
「結構な戦力ですね」 
 そう言うとクリスは二式を眺めた。親米的姿勢を見せる南都軍閥の依頼で出動しているアメリカ軍は共和政府と距離をとる南都軍閥を率いるブルゴーニュ家に配慮して、最新式のアサルト・モジュールの投入を行うつもりはないことは知っていた。アメリカ国内でも今回の出兵に異論が出ている。しかし、負ければ次の選挙は野党に傾くのは確実とされており、最新鋭機の試験的投入による戦局の一気逆転を狙っていると言う噂は彼の耳にも届いていた。
「そう言えば、ジャコビン曹長。君は『魔女機甲隊』の出身かな?」 
 ひきつけられるようにハンガーの中に鎮座するアサルト・モジュール達の足元まで来たクリスは何気なく尋ねた。振り向いたキーラはしばらく黙ったままクリスを見つめた。
 先の大戦で遼北のプロパガンダの一翼を担った周香麗大佐率いる『魔女機甲隊』。戦後は、ゲルパルトによる人造兵士計画『ラストバタリオン計画』とそのプラントを接収した遼北軍は二千万人と言う女性人造兵士を軍に編入した。そしてその中でも優秀な成績を残した兵士を周大佐の貴下に編入し、その後も内戦の続く各地を転戦した。
 現在の北兼の総兵力9万のうち、一割程度は周大佐に呼応して亡命した『ラストバタリオン』であることは公にされている事実だった。そんなことを考えていたクリスの顔をキーラは聞き飽きたと言う表情で悲しげな笑みを浮かべながら頷いた。
 質問に言葉で答えないキーラを見てクリスはつまらないことを言ったと思い返した。しかし同様の質問にうんざりとした表情は一瞬のことで、彼女の顔にはすぐ笑みが浮かんだ。
「別に不思議なことは無いですよ、セニアさんやレムなんかもそうですから。特にレムなんてちょっと変わってるでしょ?まるで普通の人間みたいじゃないですか」 
 そう言ったキーラの口元に浮かぶ笑み。自分の偏見が抜けきらないことに恥じながらクリスは言葉を続けた。
「私から見たら君も立派なレディーだよ」 
「何言ってるんですか!」 
 そう言って叩いたキーラの一撃で、クリスは少しよろめいた。さすがに筋組織のつくりが違う人造人間に殴られれば大柄なクリスもよろめく。
「すいません!大丈夫ですか?」 
 キーラが傾いたクリスを起こした。苦笑いのクリスはハンガーを走り回るキーラの部下達を見ながら言葉を続けた。
「それにしても本当に一個旅団規模で北兼台地を制圧するつもりなのかねあの人は」
 技官に過ぎない彼女にそんなことを聞くのは無駄だと思いながらもそう呟いていた。北兼台地を遮断されれば西モスレムとの国境線付近で北兼軍自慢の魔女軍団と対決しているアメリカ軍は退路を絶たれることになる。そうなれば一時的な占領は可能でも全戦力を挙げて奪還に動くアメリカ軍と呼応して北上するであろう南都軍閥に挟まれたこれっぽっちの兵力では対抗できるものではないことくらい誰にでも分かった。 
「十分その素地は出来たって言ってましたよ、隊長が」 
 上官の考えに同調するのはそう作られたからなのかとクリスは思った。戦力差はあまりに大きい。ゲリラの支援を受けたとしてもとても対抗できる実力があるようには思えない。
「直接君が聞いたのかい?」 
 また余計なことを言った。クリスはそう思いながらキーラを見つめる。
「ええ、隊長はよくそこの喫煙所の隣で七輪でスルメとか焼いて飲んだくれていることがありますから……まあ時々どう見てもそこで言うのはおかしいと思うようなことまで手の空いた隊員に話していますよ」 
 クリスは意外に思った。
 非情冷徹な典型的胡州軍人と言う嵯峨のイメージがここで本人に出会うまではあった。だが初めて見た時の子供と遊ぶ指揮官の姿、そしてキーラの口からそんな言葉を聞くと改めて嵯峨と言う人物の全体像がわからなくなり始めた。そんな彼の隣にいたキーラを二式の足元で装甲版をはがした脚部の調整をしていた技官が手招きしている。
「すいません、ちょっと仕事なんで」
 そう言って立ち去るキーラ。ハンガーで作業するキーラ達整備員達を眺めながらクリスは二式の機体に張り付いて作業を続けている整備兵に身振りを交えて説明するキーラを見つめていた。ふと横を見ればハンガーの入り口には嵯峨がよくつまみを焼くと言う七輪がある。暇に任せてそれに近づいてみれば七輪はかなり使い込んでいるようで、あちこちにひび割れが出来ていた。
「壊さないでくださいよ。あの人泣きますから」 
 そう言いながら今度はコックピットの調整に手間取っている部下のところに這い上がろうとするキーラが叫んだ。その表情は相変わらず笑っていた。なぜ人の過ちが生んだ忌むべき存在が笑うのか……。そんな宗教的な心持がクリスに生まれる。だが明らかにキーラはそこに居て白い髪を揺らしながら笑っていた。
「しかし、君は良く笑うね」 
 クリスの言葉にキーラが頬を赤らめる。周りで作業をしていた整備兵がそれを見て一斉に笑い声を上げる。
「そうですか?戦争の道具として生み出された私がここでは自分で自分の人生が決めれるんですから。いろいろ大変だってセニアは言いますけど、私はそれなりに幸せですよ」 
 またキーラに笑みが浮かぶ。クリスは嵯峨の七輪から離れて格納庫を一望した。殺伐とした北天の人民軍の格納庫とはかなり違っていた。又聞きになるが、北天周辺のアサルト・モジュール基地ではあちこちに政治将校と彼等の部下が監視していて、時には雑談を聞かれて連行されていく兵士もいるとクリスは聞いていた。だがここにはそのような雰囲気は無かった。
 一仕事終え談笑する整備員達。オペレーターの女性隊員もその中に混じっている。よく見れば伊藤の部下である政治局員の袖章をつけた兵士も大きな手振りで彼らの笑いに花を添えている。
「ずいぶん違うものですね、人民軍の本隊とは」 
 そう言いながらクリスはようやく部下に指示を出し終えて戻ってきたキーラに向き直った。
「まあ隊長の個性というところじゃないですか?」 
 そう言うとキーラはまた笑みを浮かべた。それを見てクリスは何事も急ぐべきではないと言うことを察した。二式の情報は北兼軍閥の最高機密である。今キーラを問い詰めても彼女は誰でもなく自分の意思で何も話さないだろう。クリスは直接の質問をあきらめて自分の身の回りを片付けようと思った。
「そう言えば私達の荷物は?」 
「ああ、裏の宿舎の326号室に置いておきました」 
 そう言うとキーラはクリスと一緒に立っているハンガーの入り口まで駆け足でやってきた少年兵から渡された仕様書に目を向ける。
「ありがとう。ならしばらく休ませてもらうよ」 
 クリスはそれだけ言うと、話し足りなそうなキーラを置いて自分の仮住まいへと向かった。
 彼はこの部隊でこれほどの笑顔が見れるとはクリスは思っていなかった。
 正直この仕事を請けるまでの人民軍に対する印象は悪かった。自由の敵。母国アメリカではこの遼南の紛争をその敵に対する聖戦だという世論まであった。クリスもこれまでは遼北による勢力拡大のための戦争と言うイメージでこの内戦を見ていた。そしてある意味それは正解だった。北天では脱走兵が広場などに集められ機銃で処刑される光景も見た。政治将校が徴兵されたばかりの新兵を殴りつけている様などは日常のものだった。
 だが、この北兼軍ではそのような雰囲気はまるで無かった。綱紀粛正を主任務とする憲兵隊出身の嵯峨が全権を握っていると言うのに、どの兵士達の目にも自分で選んでここにいるとでも言うような雰囲気が見て取れた。
 そう思った時、自然と自分にもキーラの笑みがうつっていることに気づいてクリスは苦笑いを浮かべた。

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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 墓守の少女 改訂版 3

「あのスケベ親父、帰ってきてるの?」 
 レムが露骨に嫌そうな顔をしながら柴崎を見つめる。彼女の脅迫するかのような顔に恐る恐る頷く柴崎。その状況が滑稽に見えて思わずクリスは思わず後ろに立つキーラの顔を見つめた。彼女もレムの言葉に同意するように首を縦に振っている。じりじりと近づいてくるレムに柴崎は諦めたように叫ぶ。 
「俺に言っても仕方ないじゃないですか!まあ、あの人の情報は確かだって、隊長も言ってますし」 
「確かに情報網は認めるけど……この戦争が終わったら訴えましょうよ、セクハラで」 
 そう言うと明華はハンガーを後にする。クリスは彼女達の態度で招かれざる情報将校の人となりを知った。
「クリス!俺はしばらく写真を撮らせてもらうよ!」 
 ハワードは相変わらず、整備兵に案内を受けながら二式の撮影を続けていた。
「楠木少佐。もしかして名前は伸介じゃないですか?」 
 当たりをつけてクリスは明華に聞いてみた。先頭を歩いていた明華がその言葉で立ち止まる。めんどくさそうに明華が彼を見上げる。
「そうですよ。先の大戦時に当時の胡州陸軍特別憲兵隊遼州派遣隊の副官をしていた人物」 
 明華はそこまで言うと言葉を止め、クリスを振り返る。
「そして上級戦争犯罪被告人」 
 先の大戦。強権政治で戦争に踏み出した遼南皇帝ムジャンタ・ムスガ。革命勢力を糾合する遼北系ゲリラと民主化を要求する親米派ゲリラ達により悪化した治安を引き締めるために、胡州から呼び寄せた『悪魔』の異名を持つ特殊部隊があった。情報収集と拠点急襲に特化した恐怖の憲兵部隊は『人斬り新三』の異名を取る嵯峨惟基に率いられ、多くのゲリラやレジスタンスの殲滅活動を実行した部隊だった。
 その活動の主力を担っていた男の存在に、クリスは興味を引かれた。楠木伸介少佐……生死不明。それが米軍の情報網の結論だった。圧倒的な物量で胡州・遼南連合軍を駆逐した遼北の紅軍の波に飲み込まれ、彼らは死に絶えたと言うのが普通の見方だった。そしてその戦死者のリストの中に楠木という情報将校の名も並んでいた。
「楠木氏ですか。ずいぶんと微妙なところから来た人材ですね。大丈夫なんですか?」
 先の大戦の激しさを知るクリスは一人の将校の生死など終戦協定の取りまとめの中で外務官僚にとって取るに足らない事実として扱われていたことは知っていた。そんな彼の問いにめんどくさそうな表情の明華が答える。 
「そう?適材適所って奴よ。敵地潜入、情報操作、かく乱作戦。人格はともかく最高の人材じゃないんですか」 
 明華はそう言うと再び隊員達を引き連れて本部の建物に入る。
「よう、姉ちゃん」 
 中背中肉。四角い顔に、小さな目鼻が並んでいる男が明華に声を掛けた。露骨に不機嫌そうな顔で男を見つめる明華。ルーラとレム、そしてキーラもあまり良い顔はしていない。
「そう邪険にしてくれるなよ。いい話が出来そうだって言うのに」 
 男はそう言うとがっちりとした口元から、タバコのヤニに染まった黄色い歯をむき出して笑みを浮かべる。確かにこれでは好感を持てというほうが難しいだろう。楠木はそのまま手を振ると、階段の方へと消えていった。明華は不愉快な気分をどうにかしようと、大きく深呼吸をしてから二階への階段を上りだした。クリスもキーラ達の後に続いて急ぎ足で階段を上る明華を追いかけた。
 先ほど楠木少佐を見つけてからというもの女性士官に微妙な気配が漂い、会議室まで奇妙な沈黙が続いた。それでも戦場と言うものを職業上知るしかなかったクリスはこのような沈黙には慣れていた。フリーライターと言うのは戦場では歓迎される存在ではない。幹部ならどこで足をすくわれるか警戒し、兵卒は自分の行動が監視されていると言う妄想に襲われて黙り込むことになる。嵯峨の妙に馴れ馴れしい態度の方がクリスには余計気になるものだった。そしてその手足として情報を管理する将校が根っからのスケベ親父であっても聞いてみればなんとなくしっくりする話だった。
 不愉快が作り出す沈黙が会議室のドアを開き、席に腰を掛けても一同にはまとわり付いていた。さすがにそこまで嫌われると言うことの意味を知りたいという好奇心から楠木少佐をもう一度クリスは観察してみた。好意を抱かれると言うこととは無縁に生きてきたらしいその鷲鼻の胡州軍人は、下卑た視線を時々女性隊員に向けている。これでは嫌われるはずだと苦笑するクリス。
 だが、敵との接触が予想される最前線でこういうふてぶてしい表情を浮かべられると言うのはそれなりの自信があってこそとクリスは思っていた。別にどこの軍隊でも見かけるクレバーな指揮官は決して勇敢そうな顔をしていないことは経験上分かっていた。そんな指揮官が長生きできるほど戦場はあまいところではない。だが、楠木のにやけた目の奥に何が映っているかはクリスにもわからなかった。明華達が明らかに楠木を毛嫌いしているにもかかわらず、黙って彼の舐めるような視線に耐えているのは彼の情報の精度が彼女達の戦場で生き延びると言う目的に必要だからなのだろう。
 そんな状況を放任している嵯峨と言う人物の部隊長としての能力については現段階でクリスはかなり疑問を持っていた。そして憲兵隊長としての特殊な作戦の立案者としてではなく、生気部隊の戦闘指揮官としての成果をあまり上げていないこともクリスの嵯峨の評価を下げる原因の一つだった。
 先の大戦では、枢軸陣営の最後の大博打として胡州軍が行った遼南軍との共同作戦による遼北への越境攻撃、『北伐作戦』。その作戦に借り出された嵯峨はアサルト・モジュールと機械化歩兵部隊で構成された混成連隊を指揮しているが、圧倒的な遼北の物量と開戦直後にゴンザレス将軍のクーデターによる遼南の地球側との停戦協定成立により、彼は戦果らしい物を一つも上げてはいない。
 東海軍閥が嵯峨の実弟ムジャンタ・バスバ擁立を諦めて人民軍に協力するまでの何度かの戦闘を彼が指揮したという情報もあるが、これと言った実績の無い嵯峨が手持ちの情報をどう料理して物量に勝る共和軍に対峙するのかクリスにはまるで予想がつかなかった。
 そんな事を考えているうちにクリスはそのまま会議室を一望できる席まで案内されていた。
「どうぞ、ここに」 
 キーラの銀色の髪がひらめくのを目にしてクリスは現実世界に引き戻された。彼女はクリスの椅子を用意するとそのまま部屋を出て行った。
 誰一人としてクリスと言う外部の人間、しかも報道の人間がこの部屋での会議に列席するというのにそれが当然と言う顔をしている。まるでこれからの会議の内容が外部に漏れることを歓迎しているようにも感じられる。
「文屋さん。どうですか、北兼軍と言う奴は。まあ、一日二日じゃあ分からないかもしれませんがね」 
 そう言うと楠木は静かにタバコを取り出す。周りの将校達は別にそれをとがめる風でもなく、隣の席に腰を下ろした胡州浪人と思しき青年将校が彼のために灰皿を用意している。そして上座、嵯峨が座るだろう席にも汚らしいアルミの灰皿が置かれていた。
「あの、すいませんが。ちょっと窓を開けてもらえますか?」 
 クリスはいつものようにそう言って周りの反応を試してみた。ちょっとした日常会話から戦線に関する見方などが見て取れることもある。従軍記者を十年ほど続けてきたクリスはそう言うところを推し量る力には自信を持っていた。
「ああ、そうですねアメリカの方はあまりタバコはやらんでしょう。柴崎!窓開けろ」 
 言葉に性格が表れるというが、その媚びたような口調はクリスには気分の良い物ではなかった。その時クリスの背後で物音がした。思わず振り返ってみてそこにこの会議を仕切る男が頭を掻きながら手を合わせて入ってくる様子が目に入る。
「遅くなったね。紅茶おばさんがうるさくてさ」 
 そう言いながら嵯峨が部屋に到着する。誰一人席を立って敬礼する者はいない。紅茶おばさんと言う嵯峨の言葉も誰のことか特定できるようで何人かの士官は笑いを堪えながら議長席に向かう嵯峨を見つめていた。
「それじゃあはじめようか」 
 そう言いつつ、嵯峨はクリスの方を向いた。
「あの、一応これは戦争なんで、秘匿したい情報が出そうになったら退席してもらいますが……いいですか?」 
 突然の質問にクリスは絶句した。当たり前の話だがそんなことを前もって言った指揮官にクリスは初めて出会った。
「かまいませんよ。私達の為に戦争をしているんじゃないでしょうから」 
 クリスはそう言うととりあえず笑っておいたほうが良いと、経験上わかっていた。それを見ると嵯峨はクリスが存在しないかのような真剣な目つきで楠木に目をやった。そして楠木は立ち上がると、手にした情報端末をテーブルの中央にあるプロジェクターにつないだ。
 立体的な、北兼台地の情報が表示される。ここから南に遼州最大の大河、兼江を下れば両岸に広がるのは緑に満ちた森の広がる北兼台地だった。
『北兼台地?希土類の鉱山以外は戦略的価値は無いはずでは……』 
 速記代わりのレコーダーのスイッチを入れながら心の中でこれまでクリスが手にしていた情報からは意外としか思えない攻略目標を知って、次に楠木が何を話すのかに注目した。
「驚きましたか?」 
 静かにクリスを見つめてつぶやく楠木。クリスは呆然としながら周りを見回した。嵯峨をはじめ部隊の主要人物はすべてそろっている。その視線は特にクリスなどいないと言うようにモニターに目を向けていた。そして隊員は一人としてこの状況を意外とは思っていないことはクリスも理解できた。さすがに情報屋だ。クリスが置かれた状況が他の軍ではありえないことを知り抜いている楠木の口元に下卑た笑みが浮かぶ。
「それじゃあ入手した情報を反映させますか」 
 一転して嵯峨に目をやると楠木は端末を操作する。いくつかの赤い点、そして縦横に伸びる青いラインと、それにいくつか群がる紫、緑、黒の点の群れ。
「現状、この赤い点にあるのが菱川鉱山の所有鉱山と菱川の民間軍事会社である東和安全保障の拠点になりますねえ。そして青いラインが物流の要となる交通網で現在×印の地点は地雷や自動防御装置が配備されて検問が行われている場所。そして紫が共和軍、緑がこちら側に協力的なゲリラの拠点。そして、黒は米軍を中心とした地球連邦平和維持軍のキャンプになるわけだ」 
 明らかにこの地図の読み方の説明をしたのはクリスに読み方を教えるためのサービスのようだった。隊員達の顔は早く本題に進めと言うように厳しくなっている。だが楠木はそれだけ話すとそのまま席に着いてしまった。それにより新たに楠木が得た情報が部隊の配置ではないことを理解してテーブルについている士官達は腕組みをして考え込んでいた。
「東和安全保障の方はどうなっているんですか?先週と拠点の位置の移動は無いようですが……噂になっている伝説的傭兵が部隊長として雇われたと言う話もありますが」 
 ルーラのその言葉に、楠木は眉をひそめた。
「吉田俊平のことか?まあな。ここしばらくおとなしくしていたんだが、金が尽きたんあじゃないのかね、相当な額の報酬で提携を結んでいるのは本当だよ」 
 忌々しげに楠木が吐き捨てるように言葉を荒げるのはもっともなことだ。クリスは従軍記者として10年近く戦場を歩いてきたが、『吉田俊平』の名は何度と無く耳にしてきた。残忍、冷酷、そして金に汚いことで知られる名の知られた傭兵。勝つ戦い、それも勝者に多額の報酬を支払う能力があるときにのみ動くというクレバーな戦争屋。特に電子戦、諜報戦に優れた能力を発揮するところから、体の多くの部分をサイボーグ化しているとも言われ、その写真はどれも違う顔違う体つきをしていた。そもそもそれが一人の人間であるということ自体、かなり疑わしいのではないかとクリスはにらんでいた。
「確かに共和軍もアメリカも積極的に部隊を展開するつもりは無いようですね。東和軍の権益がある北兼台地に人民軍と距離のある我々が簡単に手を出すはずが無いと思っているんでしょうね」 
 明華はその部隊配備状況を一言で片付けた。東和共和国は現在展開されている遼南内戦に重大な関心を寄せていた。その強力な航空戦力は遼南全体を飛行禁止空域と設定し、偵察機を飛ばして内戦を続ける人民軍と共和軍を監視していた。間抜けな共和軍や人民軍のアサルト・モジュールがこれに発見され上空に待機している対地攻撃機のレールガンで蜂の巣にされた事例はいくらでもある。直接介入を嫌う東和軍。その関心を引く行動が禁じ手だと理解しているのは人民軍も共和軍も同じだった。
 だがそんな中一人忌々しげに画面を見上げて頭を掻いている男がいた。
「もしこれが上層部から届いた命令書も無くて、共和軍殲滅の為に央都への道を作る方法を考えろって言うのならかなり楽だったかもしれねえけどなあ」 
 嵯峨は懐から一枚の情報カードを取り出す。そのカードは楠木の端末に挿入された。目の前の立体画像が、一枚の命令書に変わる。強い調子での北兼軍への命令書だった。鉱山の無傷での接収作戦とアメリカ軍の排除指示書。明らかにそれが不可能であると言うことを分かりきった上で出されたような文面は、自分へ出されたものでないと言うのにクリスにも憤りを覚えさせるものだった。
「鉱山の接収?何を考えているんですか?北天の連中は?」 
 叫んでいたのは伊藤だった。クリスにも彼の言葉の意味は理解できた。政治将校である彼にはすでに胡州軍の制服を着ている胡州浪人らしい男達の非難するような視線が向けられている。
「伊藤さんの言うとおりですよ。鉱山の接収なんかしようものなら東和の全面介入の口実を与えることになるじゃないですか?無謀すぎます……でもまあ北天の偉い人には我々は信用なら無いならず者扱いですからね」 
 そう言うと御子神は店を見上げで自虐的に笑う。嵯峨はだまって腕を組んでいる。
 だが、クリスは気づいていた。嵯峨がにんまりと口元に笑みを浮かべていると言う事実を。そして彼が何かをつかんでいると言うクリスの記者としての確信が嵯峨の言葉を待つと言う体勢に持って行った。
「伊藤ちゃんに御子神の。それは最初からわかってたことだろ?うちは人民軍の連中から見れば外様だ。この作戦の結果、東和からクレームが来たら俺等の独断先行として俺の首で話をつけようと言う魂胆だろ?俺が人民軍の参謀総局にいたら今頃そのときの言い訳でも考えてるよ」 
 嵯峨は笑っている。まるで他人事のように言ってのける嵯峨。クリスはそんな彼の態度で周りの部下達の雰囲気がどう変わるかを読み取ろうとした。
「もし外交問題に発展すれば北兼軍を切り捨てるつもりってことですね」 
 そう言う御子神の頬が震えていた。セニアは彼を心配そうに眺めている。まるで敗戦が確定した部隊のようだった。そのくせ指揮官の嵯峨は悠然とタバコに火をつけてもうすでに笑みと読んでいい表情を浮かべていた。
「よろしいですか?」 
 沈黙が続く中でクリスは恐る恐る手を上げた。会議を仕切るような風に見えた明華が視線を投げてくる。
「どうぞ。客観的な視点も参考になるでしょうから」 
 どこか棘のある明華の言葉にクリスは立ち上がった。
「北兼台地の鉱山群への攻撃は、できるだけ避けるべきだと思います。私はジャーナリストですから、それが共和軍の遼州星系国家郡に対して『我等こそが遼南の利益を代表している。そこに妨害を加える勢力は誰であれ排除する』という格好のプロパガンダの材料になるのは間違いないですよ。どんな政権であれ自国の利益を守ってくれるならそれに越したことは無いでしょうから。それに相手は『殺戮機械』の異名をとる吉田俊平。戦力を消耗するだけ無駄ですね」 
 それだけ言うとクリスはへたり込むように椅子に座り込んだ。会議の席にいる誰もがそんなことくらいはわかっていると言うような顔で招かれざる客である二人の記者を見つめていた。
「誰が見てもそうですよねえ。でもまあ一応、人民軍本部の指示は無視するわけにはいかないんですよ。それに逆にここで俺の狙い通りの筋書きに持っていければ、人民党の偉いさんの鼻をあかせるかもしれないもんでね」 
 嵯峨のその言葉に、この場のメンバーは彼のにやけた面を凝視した。そんな突然の部下達の食いつきに、驚いたようにタバコを灰皿に押し付けた嵯峨。
「先に言っておくぜ。別に相手を潰すいい作戦があるとか言うことじゃないんだ。ただいくつかの情報があってね、それが面白い結果を出しそうだというだけの話なんだ。共和軍の隙間って奴に手が出そうな話でね」 
 自分が何かを知っている、情報を握っているとにおわせる嵯峨の余裕の表情に会議に列席している士官達は目の色を変えて自分達の上官である嵯峨を見た。
「俺の情報には無い話でしょうね。御前」 
 一人その流れに乗り遅れたと言うように楠木が頭を掻く。嵯峨は特に気にすることもなく再び取り出したタバコに火をつけた。
「じゃあこれから先は身内だけでやりたいんで」 
 そう言うと嵯峨は扉近くの将校に目配せした。クリスも音声レコーダーを止めて立ち上がった。部下達は、嵯峨の言葉を待っているような表情を浮かべながら去っていくクリスを眺めていた。
「ハンガーの方にはホプキンスさんが行くことは伝えてありますから!」 
 明華の緊張感のある声が会議室に響いた。クリスが振り向くとそこにはもう明華は後ろを向いていた。
「東和の介入を抑える……菱川重工でも脅すのかね。『社長の首が飛ぶぞ』とでも言って」 
 クリスは会議室の扉を振り返ると一言そう言った。そして考えもなしに言った言葉にはたと立ち止まって再び会議が始まった扉を凝視することになった。
 嵯峨家は地球の交渉がある星系を代表する資産家である。胡州の外惑星コロニー群の領邦には2億の民を抱え、そこでの領邦経営での利益や各国への投資した資産により地球の中堅国家以上の流動資産を握っている嵯峨惟基。彼が経済学の博士号の持ち主であることもクリスはこれから嵯峨を値踏みするには必要な知識だと思い返した。
「金持ちは喧嘩をしないものだと言うが、例外もあるんだな」 
 そう言うとクリスはそのまま廊下を歩き続けた。


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テーマ : 文学・小説
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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 2

 遼南共和国の北西の北兼州への人民軍の補給路である街道を走り続ける車があった。その外には視界の果てまで続く茶色い岩山だけが見えた。この山々は北へ向かうほど険しさを増し、氷河に覆われた山頂を抜ければこの星、遼州最大の大陸である崑崙大陸の北部を占める遼北人民共和国へと続く。中堅の戦場記者としてようやく自分の位置がつかめてきたジャーナリストクリストファー・ホプキンスは照りつける高地の紫外線を多く含んだ日差しに閉口しながら、疾走する車の助手席で雑誌を読み続けていた。
「まったく、遼州では紙媒体のメディアが主流を占めていると言うのはどういうことなんだろうな。この禿山だ。このままでは地球の二の舞を舞うことになるぞ」 
 クリスはそう言いながら後部座席の大男に叫んで見せた。
「そんなことは無いだろう。この星の人口は地球の五分の一だ。それに技術レベルは地球のそれとはあまり変わらない。紙をはじめとする製品のリサイクル技術は見るべきものがあるよ。むしろこういう紙媒体とかにこだわると言うポリシーは俺は好きだぜ」 
 窓を開け外の空気を吸いながら、相棒である大男ハワード・バスは黒い筋肉質の右腕で体を支えながら、時折見える遊牧民達を写真に収めていた。
「あまり刺激しないでくださいよ。山岳民族との共存は人民政府の成立宣言の中にも明記されている重大事項ですから」 
 クリスの右隣の運転席。そこには岩山の色によく似た遼南人民軍の大尉の制服を着た伊藤隼(いとうはやと)が運転を続けていた。その腕の鎌にハンマーのワッペンが縫い付けられている。それは彼が人民党の政治将校であることを示していた。
 道は千尋の谷に沿って延々と続いている。
「しかし、誰もが必ず銃を持っているな。危険では無いのですか?」 
 クリスの質問に伊藤は笑って答える。
「彼らの銃は我々を撃つためのものではありませんよ。残念ながら我々には彼らを守るだけの戦力が無いですからね。その為に自衛用の武器として北兼軍団が支給しているものです。まあ、野犬達から家畜を守るために発砲するのに使った弾丸の数まで申告してもらっていますから問題はありません」 
 そう言いながら決して路面から目を離そうとしない伊藤。遼南人民共和国の首都とされる北天州最大の都市北都を出て二日目になる。途中、北兼山脈に入ったばかりの地点で、三ヶ月前の北天包囲戦に敗れ孤立した共和政府軍の残党との戦闘がやむまで足止めを食らったものの、クリス達の旅は非常に順調なものと言えた。
「このトンネルを抜ければかなり景色が変わりますよ」 
 伊藤はそう言うと巨大なトンネルの中に車を進める。点々とナトリウム灯の切れているところはあるものの、比較的手入れが行き届いているトンネルに入る。オレンジ色に染まった自分の手を見ながら、クリスはトンネルの内部を観察した。
「このトンネルは北兼軍閥の生命線ですから、常に点検作業と補修は行き届いています。まあ、三ヶ月前の北天攻防戦以降は補修スタッフも軍への協力が求められているんでこれからの管理については頭が痛いですが」 
 相変わらず真正面から視線を外そうとしない伊藤の言葉に、助手席のクリスは苦笑いを浮かべた。
「しかし、なぜ我々を指名で呼んだのですか?私の経歴は調べたと言っていましたが、当然その中には私の記事も含まれていると思うんだけど」 
 その言葉にようやく伊藤は一瞬だけクリスの顔を見た。そして再び視線を正面に据えなおした。
「まず言葉の問題ですね。あなたの日本語は非常にお上手だ。遼南では日本語が話せれば一部の例外的地域を除いて事は済みます。我々には通訳付きの環境が必要な記者を必要としていない。それに記事についてなら隊長が言うには『信念の無い記者は百害あって一理も無い』ということを言われましてね。それが理由です」 
 そう言うと、伊藤は車を左の車線に移した。コンテナを満載したトレーラーがその脇をすれ違っていく。クリスはそれでも納得できなかった。
 自分では信念が無い記事を書いてきたと思っていた。どれも取材を依頼した軍の広報がすべての記事をチェックしてそれから配信が認められるのは戦場では良くある話だった。それに逆らうつもりはクリスには無かった。捕虜が無慈悲に射殺され、難民が迫撃砲の的になっていることもただ担当士官の言うようにその記事を消し去って通信社にそれっぽい記事を送ってきたのが現状だった。
 クリス達を指名した嵯峨惟基が胡州の大貴族の出身であることを知っているだけに、伊藤の言葉は嫌味にしか聞こえなかった。そして今相手にしているのは遼南人民党党員の政治将校。そんなクリスの視線は悪意に変わった。
「つまり日本語のしゃべれるアメリカ人の戦場ジャーナリストなら誰でも良かったということですね」 
 クリスは皮肉をこめて言ったつもりだった。だが再びクリスに向き直った伊藤はあっさりと頷いた。
「たとえお前さんがタカ派で知られる合衆国上院議員の息子で、前の仕事がベルルカン大陸での海兵隊展開のプロパガンダ記事を書いた記者だろうがどうでも良いということだ」 
 薄暗い車内でカメラのレンズを磨いているハワード。彼の口に思わず笑みが漏れる。
「しかし、伊藤大尉。あなたは人民政府代表ダワイラ・マケイ教授直属で、高校時代からシンパとして活動しているそうじゃないですか。そのあなたがなぜ嵯峨惟基中佐の飼い犬のようなことをやっているのですかね」 
 皮肉には皮肉で返す。挑発的に伊藤を見るクリスの目が鋭くなる。記事で書くことと、取材で得た感想は多くの場合切り離して考えなければやっていけない。それはクリスにとってもはや常識としか思えなくなっていた。家を出て、アルバイトをしながらハーバード大学を卒業した彼がジャーナリストを目指したのは、彼に取材を頼む軍の幹部や政治家達を喜ばせるためでない。はじめのうちはそう思っていた。
 しかし、この世界に身を置いているうちに彼の正義感や真実を求めようとする情熱が、どれほど生きていくという現実の前で無意味かということは彼骨身に染みていた。彼が出かける先に広がっているのは、すでに結論が出尽くした戦場だった。状況を語る人々は怯えるように版で押したような言葉を口にするだけだった。ただそれを脚色し、クライアントの機嫌を損ねず、そして可能な限り大衆を退屈させないような面白い文章に仕上げること。それがクリスの仕事のすべてだった。
 これから向かう北兼州。そしてそこを支配する北兼軍閥の首魁、嵯峨惟基。父ムスガにこの国を追われ胡州に逃れ、先の大戦では敗戦国胡州の非道な憲兵隊長としてアメリカ本国に送られ、帰還してきたと思えば母の無い娘達を置き去りにして北兼軍閥の首魁に納まりこの内戦状況で対立した弟を眉一つ動かさずに斬殺した男。
 クリスには少なくとも彼に好感を抱く理由は無かった。それはハワードも同じだった。それ以前にハワードはこの仕事をうけること自体に反対だった。
 破格の報酬。検閲は行わないと言う誓約書。そして、地球人のジャーナリストとして始めての北兼軍閥の従軍記者となる栄誉。それらのことを一つ一つ説明しても、ハワードはこの話を下りるべきだと言い続けた。時に逆上した彼はコンビを解消しようとまで言いきった。
 しかし、宥めすかして北天まで連れてきて、遼北からの列車を降り立った時、ハワードは急に態度を変えた。
『子供の顔が違うんだ』 
 ハワードはそう言った。カメラマンとして、彼は彼なりに自分の仕事に限界を感じていたのだろう。監視役としてつけられた伊藤はハワードがシャッターを切るのを止めることは一切無かった。
 それどころか督戦隊から逃げてきたという脱落兵を取材している時に、駆け寄ってきた憲兵隊を政治将校の階級の力でねじ伏せて取材を続けるよう指示した伊藤にはたとえその思想がクリスには受け入れられないものだとしても伊藤が信念を持って任務を遂行していることだけは理解していた。
 そんな伊藤ももうトンネルに入ってずいぶんたつというのに相変わらず正面を見つめているだけだった。この政治将校が何故クリス達を優遇するのか、クリスは早くそのわけを知りたかった。
「ずいぶん長いトンネルですね」 
 沈黙にたまりかねたクリスの声に伊藤は頷く。その表情を見たあと、クリスはそのままナトリュウム灯の光の中、じっと周りの気配を探っていた。そしてクリスはあることに気づいた。
 すれ違う車が少ない。あまりにも少ないと言うことだった。嵯峨惟基中佐に率いられた北兼軍団は現在、北兼州南部に広がる北兼台地と西部と西モスレムとの境界線に展開しているはずだった。西モスレムとの複雑に入り組んだ国境は山岳地帯であり、その地の確保を狙う共和軍とアメリカ軍の合同軍と遼北から受け入れた亡命遼北軍が対峙しているはずだった。
 先の大戦で皇帝ムジャンタ・ムスガを追放したガルシア・ゴンザレス大統領貴下の共和軍は遼南北部で遼北人民共和国の支援を受けた北都の人民軍の拠点北天攻略に失敗し、北兼山脈を越えて敗走していた。これに危機感を抱いたアメリカ軍は出兵を決断、在遼州アメリカ軍を出動させ孤立した共和軍部隊の救助に向かうと同時に人民軍や北兼軍閥、さらに北兼軍閥とともに人民軍側での参戦を決めた東海州の花山院軍閥に対する攻撃を開始していた。そのような状態で物資はいくらあっても足りないはず、クリスはそう思ってすれ違う車を待った。
 遼南の分裂状況とアメリカなどの地球軍の介入に危機感を抱いていたこの崑崙大陸の東に浮かぶ大国東和共和国は、遼南上空における人道目的を除くすべての航空機の使用に関して実力行使を行うとの宣言を出していた。この声明が出された直後、東和の決断など口先だけだと飛ばした輸送機を撃墜されて以降、東和の介入を恐れた共和軍は物資の多くを北兼山脈の北側、人民軍の勢力圏に放棄しなければならなかった。
 その事実を嵯峨は知っているはずである。遼北での大粛清を逃れてきた嵯峨の従妹、周香麗大佐率いる『魔女機甲隊』と言う切り札的機動部隊を有しているとは言え、現在は物量の優位を生かすために物資を北天の人民軍本隊に依存するのが自然だとクリスは踏んでいた。
 だが物資を積んだトレーラーとすれ違うことは無かった。クリスを乗せた車はひたすら一台だけで猛スピードでトンネルの中を進んでいる。
「もうすぐ出口ですよ」 
 そう伊藤に言わせたくらい、この沈黙は重苦しいものだった。この前線に向かう旅の間、クリスには質問したいことが次々と出来ていた。伊藤は多くを答えてくれるが、逆にその回答の正確さにこれまで情報統制の戦場ばかりを経験してきたクリスには違和感ばかりが先にたった。
「そう言えば、ほとんど車が通っていないようだが……」 
 我慢しきれなくなったクリスがそう語りかける。伊藤は再びクリスの顔を一瞥する。かすかに小さく光り輝く点が視界に入った時、ようやく伊藤は口を開いた。
「現在、北兼軍は西部ルートを通して物資の補給を行っています。それと遼北軍部の理解ある人々や遼州星系の企業、組織には我々を支援する勢力も存在します。北天の教条主義者に頼る必要は無いんですよ。まあ戦争では何か起きるか分かりませんからこうしてルートの確保だけはしていますがね」 
 丁寧な言葉だが、最後の一言に伊藤は力を込めた。最近、遼北への訪問を繰り返す人民政府高官の動きはクリスもつかんでいた。遼南人民政府代表となったカリスマ、ダワイラ代表が病床にあると言う噂もクリスは耳にしていた。そしてこれまでの伊藤の言葉の端からそれが事実であるという確信を得ていた。
 共和軍の北天包囲作戦発動まで東海をめぐる一部の戦闘で人民軍に協力して見せたこと以外には中立を守っていた北兼軍閥の突然の参戦。独自の補給路を確保し、人民政府に揺さぶりをかけようとするその姿勢は嵯峨と言う男が優れた軍政家であることと何かしらの野心を持っていることを示しているように見えた。
 視界の中の光が次第に強さを増し、次の瞬間には緑色の跳ね返る森の中に車は入り込んでいた。
「まるで別世界だな。さっきまでが地獄ならこちらは天国だ」 
 再びカメラを外の風景に向けるハワード。確かにトンネルまでのあちこちに放棄された戦闘車両や輸送用ホバーの群れを見てきた彼らにとって森の緑と涼しい風は天国を思わせるものだった。
 遼南中部から広がる湿地帯を北上してきた湿った空気が北兼の山々にぶつかりこの緑の森を潤す。自然の恵みがどこまでも続く針葉樹の森とはるか山々に見える万年雪を作り上げた。その事実にクリスは言葉を失っていた。
 心地よい風に酔うこともできないタイミングで車内のスピーカーから無線連絡を信号音が流れる。伊藤はすぐさま受信に切り替えた。
『12号車、12号車応答せよ』無線機の声にインカムに手を伸ばす伊藤。 
「こちら12号車」 
 伊藤は静かに答えた。クリスは後部座席でシャッターを切り続けているハワードを無視して伊藤の言葉に集中した。
『第125混成連隊は現在、夷泉にて待機中!繰り返す夷泉にて待機中』 
「了解」 
 無線が切れたのを確認すると伊藤は車のスピードを落とす。インカムなのだから当然その音声が二人に聞こえないようにすることも出来た。だが伊藤はわざと人民軍の勢力圏から抜けた時点でそれが車内に流れるように設定していた。
「嵯峨中佐は現在夷泉に駐留しています。ここからですともうすぐのところですよ」 
 そう言ってクリスを見つめる伊藤の表情が穏やかになる。クリスはそれまでの緊張しきった彼の顔の印象が強いだけに、このような表情も浮かべられる伊藤に少しばかり彼の中での評価を上げた。
「まるで我々を待っていたみたいじゃないですか」 
 ハワードがそう言いながら、森の中に点々と見える焼畑の跡を写真に収める。そんな彼を無視してハンドルを切る伊藤。そのまま車は側道へと入り込み、激しい揺れが三人を襲う。
「ハワードさんの言うことは間違いないかもしれませんね。まああの人はそう言う人ですよ。いい意味でも悪い意味でも」 
 そう言うと伊藤はまた少しスピードを落とした。針葉樹の森が続いている。その根元には先の大戦時の胡州の軍服に赤い腕章をつけた北兼軍の兵士がちらほらと見えていた。
「軍服の支給はまだのようですね」 
「ご存知でしょう?北兼軍には胡州浪人達が多く参加していますから。どうせ支給しても着替えたりはしませんよ」 
 再び伊藤は運転に集中した。森が急に終わりを告げて目の前に現れた検問所のバリケード。牛を載せたトラックと水の入ったボトルを背中に三つもくくりつけた女性が兵士に身分証を提示していた。
 ハワードはその光景にカメラを向ける。しかし、兵士は気にする様子も無く、女性から身分証を受け取って確認を済ませると笑顔でその後ろに続くクリスの車に歩み寄ってくる。
 兵士はその運転手が伊藤であることを確認すると一度敬礼した。
「良いから続きを頼む」 
 フリーパスでもいいというような表情の兵士に伊藤が身分証を手渡した。
「伊藤大尉。別にこれを見せられなくても……」 
 そう言ったクリスに向ける伊藤の目は鋭かった。
「それが軍規と言うものですよ。お二人とも取材許可証を出してください」 
 伊藤の言葉に従って、クリスとハワードはそれぞれの首にかけられた取材許可証を手渡した。兵士達はそれを手持ちの端末にかざして確認した後、にこやかに笑いながら手を振った。
「取材の成功。お祈りしています」
 兵士の言葉に愛想笑いを浮かべたクリス。車はそのまま細い砂利道を走り続けクリスがたどり着いた夷泉は村とでも言うべき集落だった。藁葺きの粗末な農家が続き、畑には年代モノの耕運機がうなりを上げ、小道には羊を追う少年が犬と戯れていた。ハワードは彼を気遣って車を徐行させる伊藤の心を読み取って、三回シャッターを押すとフィルムの交換を始めた。
「まるで四百年前の光景ですね」 
 クリスはそう漏らした。彼が見てきた戦闘はこのような村々で行われていた。貧困が心をすさませ人々に武器を取らせる。そしてさらに貧困が国中に広がる。貧困の再生産。貧しいがゆえに人は傷つけあう。はじめに従軍記者として提出した記事にそんな感想を書いて検閲を受けたことを思い出していた。
「見えてきました」 
 それは遼南では珍しいものではない仏教寺院だった。大きな門を通り過ぎ、隣の空き地に車を乗り入れる。フィルムの交換を終えたハワードは彼の乗った車を追いかける少年達をカメラに収めることに集中していた。寺の隣の鉄条網の張られた駐留部隊基地の門の前、クリスはそこで子供達が一人の青年士官の周りに集まっている光景を目にした。
 佐官の階級章をつけた胡州軍の戦闘帽が目立つ男は微笑みながら手にした竹の板を削っている。一番年長に見える少女は将校から受け取ったヘリコプターの羽だけを再現したようなおもちゃを空に飛ばし、子供達はそれを追いかけていた。にこやかに子供達を見て笑っている青年士官はクリス達の車に目を向けてきた。制服は伊藤と同じ人民軍の士官の型のもので、その腰に朱塗りの鞘の日本刀を下げているところから見て胡州浪人の一人だと思いながらクリスはその士官に微笑を返した。
「ホプキンスさん。あの方が嵯峨中佐です」 
 サバイバルナイフを鞘に収め、そのままゆっくりとクリスのところに歩みよってくる男。その突然の紹介にクリスは驚きを隠せなかった。
 正直、クリスが資料用の写真で見た印象とはその軍閥の首魁の姿はかなり違っていた。資料では32歳のはずだが、その子供と遊ぶ姿はどこと無く幼く見えた。常に無精髭を生やし、眉間にしわを寄せて、見るものを威圧するような視線を投げている写真ばかりを見てきたが、目の前にいるのは髭をきれいに剃り、満面の笑みを浮かべている明るい印象のある青年将校の姿だった。
 クリスはとりあえず止まった車から降りた。子供達は嵯峨の周りに固まってクリス達を不思議なものでも見つけたような目で見つめている。中央の嵯峨は、とりあえず彼らの輪から脱出すると、クリスに握手を求めてきた。
「ご苦労さんですねえ。まあしばらくは一緒の飯を食うんですからよろしく頼みますよ」 
 そんな心の中を見透かしたように笑みを浮かべる嵯峨。資料の写真とかつて遼南派遣の胡州軍憲兵隊長として狂気さえ感じる残忍なゲリラ狩りを行い『遼州の悪霊』とまで言われた男。
 今、目の前にいる青年将校嵯峨惟基中佐とその印象をどうつなげて良いのかクリスには分からなかった。ただ呆然と立ち尽くしているクリスは、ハワードのカメラのレンズがこちらを向いていると言う事実に気づいてようやく握手をすることが出来た。
「伊藤、すまねえな。あれだろ?どうせ党本部じゃあ司令部のお偉いさんの小言の嵐くらったんだろうな。お偉いさんは現場のことは知らないし知るつもりもねえからまあ気にするなよ。早めに仮眠でも取っとけ。仕事なら山ほどあるんだから」 
 そう言うと嵯峨は荷物を降ろすのを手伝おうと言うように車の後ろに回り込んだ。
「良いですよ、嵯峨中佐!取材機器は我々が運びますから!」 
 そう言って嵯峨の前に立ちはだかろうとするクリスを泣きそうな目で見つめる嵯峨。
「信用がないんだねえ。大丈夫ですよ。あんた等の持ち物に細工するほど暇じゃねえから」 
 そう言うと車の後ろのドアを開いて、嵯峨は丁寧にハワードのカメラケースを取り出した。
 ハワードが神経質そうにそれを受け取るとケースを地面に下ろし、嵯峨はクリス達の身の回りのものを入れた荷物を降ろす。空になった後部座席を見ると嵯峨は軽く屈伸運動をする。子供達はその様子を遠巻きに見ていた。
「これから仕事だから」 
 頭を掻きながら嵯峨がそう言うと子供達は手を振って別れを告げる。次々と走って帰路に着く子供達。ようやくそこで嵯峨はクリスに向き直った。
「やっぱり結構ありますね荷物。部下に後で運ばせますよ。あのグラウンドの向こうに見えるのが宿舎です。まあそれほど長くは使わないでしょうがね」 
 そう言い残して嵯峨は歩き始めた。クリスが見回すと、巨大な格納庫の前で部隊員が野球に興じていた。だが荷物を指差す嵯峨の姿を見つけると、やんやと野次を飛ばしていた野次馬達が群れを成してクリスとハワードの荷物に駆け寄ってきた。
「カメラケースは慎重にお願いしますよ!」 
 ハワードの叫び声に頭を下げる兵士達。嵯峨はただ先ほど指差したプレハブの建物に歩いていく。
「ずいぶん余裕があるようですね」 
 クリスは自分の私物と通信機器が入ったバッグを背負いながらその後に続いた。
「ああ、うちの軍閥には正規部隊出身の精強部隊がありますから。現在ここから700キロ離れた地点で合衆国の軍隊と対峙してますよ」 
 さらりと言う嵯峨の口元に笑みがこぼれる。クリスは嵯峨の他人事のように話す口ぶりが気になっていた。
「しかし、北兼軍閥の指揮権はあなたにあるんじゃないですか?」 
 その言葉に嵯峨は歩みを止めた。
「それは違いますね。確かにこの軍閥が私を中心に成長したことは認めますよ。だが、適材適所という言葉があるでしょ?私は正直これだけの大部隊を指揮した経験がないんでね。そこに周香麗と言う実績のある指揮官が来た。勝つ戦争をしようと思ったら、それにふさわしい指揮官が必要になるわけですよ」 
 『遼北の魔女』と呼ばれた前の大戦でのエースであり地球軍との何度かの軍事衝突の際には軍の幹部として的確な指示を出して優位に戦いを進めた実績のある周香麗の実績は確かに彼の言葉が本心からだとしても不思議なものではないとクリスは納得した。だが嵯峨はそう言いながら胸のポケットからタバコを取り出すのに思わずクリスの顔は歪んだ。クリスはあまりタバコは好きではなかった。そんなクリスを見て嵯峨が微笑みを浮かべる。
「なるほど、タバコはお気に召さないいようですな」 
 そう言うと火も付けずにタバコをくわえたまま歩く嵯峨。衛兵の敬礼に手を振りつつ彼はプレハブの建物に入った。
 一階のオペレーター室は通信、監視、物資管理の人員が忙しく行きかっている。嵯峨はそれに一々頭を下げながら階段を上り始める。
「私が知る限り一番便利な兵器は情報ですよ。まあ、そんな説教をされる覚えはホプキンスさんには無いでしょうがね」 
「クリスで結構です」 
 苦笑いの嵯峨の後ろについていくクリスとハワード。階段は木製で野戦用ブーツの三人の足音が大げさに響く。上りきった二階の踊り場、嵯峨を見つけて駆け上がってきた女性下士官が一枚の書類を嵯峨に渡した。嵯峨はそれを持ったまま二階の踊り場で頭を掻いた。そしてクリスを振り返り彼が身の回りの品を入れた手荷物を持っていることに気づいた。 
「ああ、荷物持ってきちゃったんですか。この隣なんですよ宿舎は。まあ面倒ですからそこに置いてついて来て下さい」 
 そう言うと嵯峨は手に書類を持ったまま廊下を静かに歩き始めた。クリスとハワードは顔を見合わせると、荷物を廊下の端に置いて、嵯峨の入った司令室に入り込んだ。
 司令室に入ったとたんに猛烈なタバコの匂いが入るものに容赦なく襲い掛かる。クリスは思わず鼻を押さえた。
「すいませんねえ、今、窓開けますから」 
 そう言って窓を開く嵯峨。その妙に人懐っこいところが鼻に付く。クリスはそう思いながら部屋を見渡した。そしてすぐにこの部屋の異様さに気づいた。室内にしみこんだタバコの匂いだけがクリスを驚かせたわけではなかった。部屋中に広がる書類や銃器の部品。そして暑く積もっている鉄粉のような埃。
「別に面白いものは無いでしょ。どうにも片付けると言うことが苦手でしてね、私は」 
 そう言って嵯峨は連隊クラスの部隊司令にふさわしいゆったりとした皮の椅子に腰掛けた。その目の前では上に置かれたガラクタが積み上げられて完全に機能を失っている大きな机がある。
「私は整理整頓と言うのが出来ない質でしてね。娘にはいつも叱られてばかりですよ」 
「娘さん……茜さんでしたね。おいくつになられますか?」 
 クリスの頬を外からの風が撫でる。ようやく新鮮な空気が入ってきたことで少しばかり表情を和らげることができた。
「12歳になりますよ。今は東和の中学に言ってるはずですがね。本来はこっちの学校に行かせたかったんですが、本人が東和で弁護士をやりたいと言うものでして」 
 そう言うと嵯峨はくわえっ放しだったタバコに火をつけた。この奇妙な人物に子供がいる。しかも娘が二人いることをクリスは思い出していた。
「そう言えばもう一人、双子のお子さん……楓さんでしたか。そちらは?」 
 嵯峨はタバコの煙を胸いっぱいに吸い込むと、ようやく落ち着いたと言うように腰の刀をベルトから外そうとした。
「ああ、あいつは胡州の海軍予科前期校に受かったって言ってたな。知ってます?胡州の軍学校もようやく男女共学になったらしいんですよ。俺のときは野郎ばかりでむさ苦しくってねえ」 
「はあ」 
 そう言いながらテーブルの埃を指でかき回している嵯峨。クリスはまだこの男のことが測れずにいた。 
「失礼します」 
 扉が開き、女性の士官が一人と女性技官が二人、書類を持って現れた。背の高いライトグリーンのツインテールの髪の女性士官。その隣には幼く見える技官の徽章をつけたショートカットの黒い髪の士官の切れ長な目が不審そうにクリス達を見つめる。その攻撃的な視線を避けた先、銀色の髪の女性技官の姿にクリスの目は釘付けにされた。ボーイッシュなショートカットのその技官の頬を機械油のはねた後が飾っている。そんなクリスの視線に気がついたのか、技官は軽く微笑むと、上司らしい小柄な東アジア系のように見える先ほどの厳しい目つきの士官の横で直立不動の姿勢をとった。
 先頭を歩いてきた士官はクリスをまるで無視すると書類を嵯峨に手渡した。それを見たキツイ目つきの少女が一歩足を踏み出してふたまわりも大きな嵯峨を見上げる。
「こちらが二式の運動性能テストの結果です。すべて隊長が出された必要運動性能はすべてクリアーしています」 
 嵯峨はそれしか言わない少女に目を向けた後すぐに手にした書類をめくり始める。
「やるねえ、菱川の技術陣も。前の試作機はかなりぼろくそにけなしてやったからな」 
 そう言うと嵯峨はクリスの方を見た。部屋を出るべきタイミングらしいと思い、埃だらけのソファーから立ちあがろうとしたクリスとハワードを手で制する嵯峨。
「待ってくださいよ、文屋さん。ああ、この人達が例のお客さんだ。クリストファー・ホプキンスさんにハワード・バスさんだ」
 その紹介に不意を疲れたように驚いて見せた女性士官の表情が緩む。 
「失礼しました。私がセニア・ブリフィス大尉です。そしてこちらが……」 
 地球人にはなりライトグリーンの髪。おそらくこの遼州系ではよく見るクローン人間だろうとクリスは思った。だが彼の先入観にある神の禁秘に触れた忌むべき存在と呼ぶには彼女はあまりに生き生きとした表情を浮かべている。むしろ手前の小柄なアジア系の少女士官の方がどこかぎすぎすした空気をまとっていた。そんな心の中を読みきったと言うように敵意をむき出しにして見上げてくる少女の口が開く。
「許明華技術中尉です。そして彼女がキーラ・ジャコビン曹長」 
 たぶん自分が地球のそれも敵対するアメリカ軍にも顔の効く記者だと知っているのだろう。少女は不機嫌だと言うことを強調するようにそう言った。そんな幼さからでる露骨な感情に困った表情を浮かべる銀色の髪のキーラという名の技官。
「キーラ・ジャコビンです!」 
 赤みを帯びた瞳でクリスを見つめるキーラに、思わずクリスは自分の顔に動揺が出ているのではないかと焦りを覚えた。人造人間の開発は遼州外惑星の国家ゲルパルトが大々的に行っていたことは有名な話だった。技術上の問題点から女性の生産が先行して行われたもののほとんどが戦争に間に合わず彼女達の多くが培養ポッドの中で終戦を迎えた。
 生まれるべきでない彼女達の存在。アメリカ等の地球諸国は培養ポッドの即時破壊を主張し、一方で彼女達の保護を主張する東和や遼北との間の政治問題となったことを思い出した。そしてそのを主張する保守派をまとめていたのがクリスの父親だったことを思い出して自分の頬が引きつるのをクリスは感じていた。
「そう言えば、ホプキンスさん。先月号のアメリカ軍の機関紙の記事は興味深かったですねえ」 
 そして悪意は別のところから飛んできた。皮肉のこめられた明華の視線。確かに軍の機関紙で北兼軍閥の危険性を説いた記事をクリスが書いたのは事実だった。にらみ合う二人。それに負ければ技術系の説明はすべて軍事機密で通されるかもしれないと、気おされずににらみ返すクリス。だが、その幼げに見える面差しの明華は嘲笑のようなものを浮かべてクリスとハワードを眺めるだけでただ沈黙を続けるだけだった。
「それはどうも。それと失礼ですが許中尉。失礼ですがずいぶんお若く見えますが……」 
 明らかにクリスのその言葉にさらに不機嫌な顔になる明華。
「私に会うと皆さん同じ事を言うんですね。十六ですよ。これでもちゃんと遼北人民軍事大学校工業技術専攻科を出てるんですけど」 
「天才少女って奴だねえ……」 
 嵯峨の添えた言葉にキッと目を見開いてにらみつける明華。嵯峨は机に置かれた扇子を取り出して仰ぎながら目を反らした。
「そうですか」 
 そう言いながら二人の女性士官とはかなげな印象が残る女性下士官を観察するクリス。
 遼北に多い中華系遼州人の女性将校。遼北で進む軍内粛清運動から逃れて来たと考えれば、彼女の存在はそれほど珍しいものではない。実際技術者の亡命騒ぎは去年の年末に何度と無くマスコミを賑わせたのは誰でも知っている話だった。
「隊長、私の紹介はしていただけないのですか?」 
 柔らかい声で彼女は嵯峨に声を掛けた。いかにも待っていたと言うように笑う嵯峨。
「そうだな、じゃあこいつがセニア・ブリフィス大尉、当部隊最強のペッタン娘だ」 
「隊長!セニアをからかうのはいい加減止めなさいよ!」 
 嵯峨の声が終わるや否やきつい口調で食って掛かる明華。嵯峨の言葉にクリスとハワードの目がセニアの隠そうとする胸に向かう。確かにそこにはささやかに過ぎるふくらみが隠されていた。
「おっかないねえ……うちの技官殿は。ただな、俺は日常に潤いを……、生活に笑いを求めてだな……」 
 わけの分からない言い訳をしながら扇子で顔を扇ぐ嵯峨。ハワードが笑いを漏らそうとして、明華ににらみつけられてクリスに目をやってくる。
「私は?」 
 銀色の髪のつなぎを来た下士官が挑戦的な瞳で嵯峨を見つめている。嵯峨はどこか含むところがあるように大きく咳払いをしてから口を開いた。
「こいつがキーラ・ジャコビン曹長。二式の整備責任者と言うことで」 
「二式。アサルト・モジュールの型番ですね」 
 クリスは場に流されまいと、そう切り出した。あからさまに面倒そうな顔をする嵯峨。
「隊長、よろしいのですか?」 
 クリスの言葉に、明華は静かに嵯峨を見つめた。嵯峨はそれを聞くと背もたれに寄りかかって大きく伸びをする。
「どうせ明日からの作戦には出すつもりだからな。知っといてもらってもいいんじゃないの?明華、キーラ。案内してあげてよ。俺はこれからセニアとパイロットの指導について話があるんでね」 
 嵯峨は投げやりにそう言うと再びタバコに火をつけた。
「それではお二人ともよろしいですか?」 
 すでにドアを開いてきつい視線でクリスを見つめる明華と静かな物腰でクリス達を待つキーラ。
「写真は撮らせてもらえるんだね」 
 ハワードはカメラを掲げる。明華は嵯峨の方を一瞥する。セニアに机の上のモニターに映ったデータの説明を始めようとしていた嵯峨が大きく頷く。
「隠し事するほどのこともねえだろ?アメリカさんの最新鋭機に比べたらあんなの子供だましだよ」 
 嵯峨のその言葉で、明華は大きく頷いた。
「名称からすると遼北開発のアサルト・モジュールですね。ですがその名前はライセンス生産とかではないような」
 そんなクリスの言葉にあからさまに嫌な顔をしながら明華は口を開く。二式という名称は胡州と遼北の人型兵器『アサルト・モジュール』の呼称としては一般的なものだった。その後に『特戦』と付けば胡州、『特機』と付けば遼北の名称になる。ちなみに似た呼称を付ける東和だが、こちらの場合は現在最新式の呼称は『01式特戦』であり『まるいち』と言う呼び方に決められていた。そんなことを悟ってかちらりと明華が後ろを付いてくるクリスの方を振り向く。 
「正式名称は二式特機試作局戦型です。開発は遼北陸軍工廠ですが、まあ見ればどこに委託して開発していたか分かると思いますけど」 
 そう言うと明華は司令室を出る。嵯峨が視線を投げ、キーラも二人の後ろに続いて部屋を出た。
「ああ、荷物なら部屋に運んでおきましたよ」 
 階段で待っていた伊藤の突然の声がそう告げる。彼はクリスの前を歩く明華を見て少しばかり意外そうな顔をしていた。
「二式のお披露目をするんですか?」 
「ええ、隊長命令よ」 
 そう言うと明華は伊藤を無視して階段を下っていく。
「いきなりスクープじゃないか。さっき『委託』って言ってたって事は、どこかの国か企業が開発に協力したって事だろ」 
「相談事は小声でしていただけますか?菱川重工ですよ」 
 さらりと明華が話した言葉にクリスは目を見開いた。
「菱川?つまり東和共和国首相、菱川重三郎の会社じゃないですか!」 
 クリスは一言だけ言って隊舎から出て行こうとする明華に叫んだ。
「東和は遼南でのアメリカの利権獲得に危機感を抱いているのはご存知よね?悪名高い『遼南航空戦力禁止宣言』にあるとおり、遼南共和政府のアメリカ軍との共同作戦開始と言う事実に対抗する布石として二式の開発を遼北から請け負っていたわけ。まあ、遼北国内の教条主義勢力の反対で試作段階で計画は頓挫しちゃったけど」 
 明華は振り向かず、そのまま隊舎の隣の巨大な格納庫群に向かって歩き続けている。野球に興じていた隊員、そのピッチャーをしていた色白の男がクリス達に向かって歩いてきた。
「明華!何してるんだ?」 
 男は作業服の袖で流れる汗を拭きながら明華の前に立った。
「邪魔よ!」 
 男を避けるとそのまま隣の格納庫へ向かおうとする明華。男はそれでも諦めずに彼女について歩く。
「あのなあ、一応、この人たちはプレス関係者だろ?ここの中のもの見せちゃって大丈夫なのか?」 
 男はそう言うと、キーラの方に目をやる。キーラは黙って明華を見つめた。そんなキーラに視線を奪われるクリス。キーラの銀色の髪が風になびいている。
「御子神中尉。これは隊長の許可を取っているのよ。どうせ明日からは敵にもその姿をさらすことになるんだから」 
 御子神中尉と呼ばれた男は頭をかきながらクリスの方を警戒しながら見つめている。いつの間にかこの騒動を聞きつけて、野球をしていた隊員や、観戦していた女性兵士までもが集まり始めた。
「それじゃあ入るわよ」 
 そう言うとまるで生徒を引率する教師のように、明華は先頭に立って格納庫の隙間から中へと入る。クリスとハワード、キーラが続く。その後ろにはぞろぞろと御子神達野次馬連が続く。
 薄暗い光の中、そびえ立つ12.05メートルの巨人。
「これが通称『二式』。北兼軍の誇る最新戦力よ」 
 誇らしげに明華の声が響く。退屈そうに偽装作業を進めていた隊員がクリス達を眺めている。
「じゃあ、写真撮らせてもらうんで!」 
 そう言うとハワードは点検中のレールガンを避けるようにしてそのまま六機の二式に向かって歩いていく。
「これが東和製?」 
「そうですよ。整備性重視の中国や遼北の機体には見えないでしょ?あくまでパワーと運動性の上昇のために各部品の精度はかなりシビアにとってあるわ」 
 誇らしげに言う明華。確かに見慣れたアメリカの旧式輸出用アサルト・モジュールM5と比べると無骨に見えるその全景。だが、間接部などどちらかと言えばクリアランスを取ることが多い遼北の機体とは一線を画すタイトな作りが見て取れた。
「確かにどこかしら東和やアラブ連盟のアサルト・モジュールっぽいと言えなくも無いような」 
 頼りなげにつぶやくクリスをかわいそうなものを見るような目で見つめる明華。にらみつけるような明華の視線に困って逸らした目の先にクリスはオリーブ色の二式の機体の向こうに黒い大型のアサルト・モジュールがあるのを見つけた。
「あれは何ですか?」 
 二式を撮りつづけているハワードを置いて、クリスは歩き出した。
「ああ、あれね。隊長の四式よ」 
「四式?」 
「まったく遼北と胡州は型番の呼び方が同じだから混乱するわよね。四式試作特戦。先の大戦で胡州が97式特戦の後継機として開発を進めていた機体よ。結局、その当時としてはコンパクトな機体に、おさまるエンジンの出力不足が原因で開発は中止。そのまま胡州軍北兼駐留軍に放置してあったのを前の大戦で使ってからあれがしっくり行くって言う隊長の為に何とか予備部品を見つけてレストアした機体ですよ」 
 黒い、二式より一回り大きな機体。頭部のデュアルカメラが胡州のアサルト・モジュールらしさをかもし出している。
「そう言えば、前の戦争では嵯峨中佐は試作のアサルト・モジュールを愛用したと言うことですが、それがこれですか?」 
「違うわよ。隊長の愛機だったのは三号機。でもこれは人民軍に鹵獲された一号機よ」 
 明華はクリスに寄り添うように付いてくる。クリスは彼女の顔を見た。何かに気づいてもらいたいとでも言うように、わざとらしくクリスの視線を漆黒の巨人に導こうとしている。
「すいません!許中尉!ジャコビン曹長!それに御子神中尉」 
 そんなやり取りをしていたクリス達に格納庫の入り口で角刈りの少年兵が叫んでいる。
「おい、柴崎!なんで俺だけとって付けたように言うんだ?」 
 御子神は入ってきた少年をにらみつける。だが、気が強そうな伍長の階級章をつけた少年は逆に皮肉めいた笑みを浮かべて突っ立っている。
「ああ、紹介しておくわ。第二小隊の二番機の専属パイロット柴崎浩二伍長。うちでは隊長が太鼓判を押した期待の新人よ」 
「へっへっへ。どうも」 
 どこか粗野な雰囲気のある少年士官が右手を差し出す。クリスは彼の握手の申し出に応じた。
「外人さんですか。わざわざうちに来るとは変わってますね」 
 言葉のどこかに棘があるような語調に少しばかりクリスは嫌悪感を感じた。
「それと紹介しておいたほうが良いかしら?」 
 そう言うと明華の言葉を察したと言うように二人の女性士官と小柄な一人の男性下士官が前に出た。
 色黒で、がっしりとした体格の青年下士官。赤い髪を肩の所で切りそろえたような長身の女性士官。そして紺色の髪を後ろで編み上げた女性士官が敬礼をしている。
「まず彼が飯岡小十郎軍曹。胡州出身で海軍のアサルト・モジュール部隊に在籍していたベテランよ。それに柔道家なんですよね」 
「自分はそれほどでもありません!」 
 頑丈そうな腕をさらして敬礼する飯岡。そして隣で赤い髪の女性士官が釣られて敬礼する。そんな様子を見ながら紺色の女性士官は笑いをこらえていた。
「そして、彼女がルーラ・パイラン少尉。遼北の周大佐が先の大戦で率いた『魔女機甲隊』は有名でしょ?パイロット不足ということでそこから私のコネで見つけてきたのよ。二式の試験ではパイロットでは一番良い成績だったわね」 
 静かに敬礼するルーラ。そして自分の番だと言うように敬礼する紺色の髪。
「じゃあ柴崎君。何で私達を……」 
「紹介してくださいよ!」 
 取り残された准尉の階級章の女性士官が叫ぶ。仕方が無いというように明華は咳払いをした。
「彼女が……」 
「レム・リスボン准尉です!第一小隊三番機担当です!みんな拍手!」 
 周りを取り巻く隊員達がいかにも仕方が無いというように拍手を送る。目を細めてその歓声に答えるレム。 
「遊んでると怒られんじゃないですか?明日の作戦の説明があるとかで楠木少佐が待ってますよ!」 
 その言葉を聴くと、女性陣はなぜか大きくため息をついた。

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