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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 18

 画面の中で明華が十分に要の折檻を楽しみ終えたというところで画像が消えた。
「あっちもお休みみたいですね」 
 そう言って伸びをする誠。画面が消えたのを合図にして楓と渡辺はそれぞれの席に戻る。
「まあ……なんて言うか……」 
 頭を掻きながら嵯峨はそのまま立ち上がった。その隣には真っ暗の画面を凝視して余韻に浸る彼の娘と愛人と呼ばれている士官の姿がある。ただ嵯峨は苦笑いを浮かべていた。
「隊長……大丈夫ですか?」 
 いつの間にか自分のデスクに戻って仕事を続けていたアンが青い顔の嵯峨を見上げた。
「大丈夫だろ?数なら神前の方が食べてるんだ。あーあ、胃がもたれる」 
 嵯峨はそう言い残して部屋を出て行った。残されたのは三段目の半分以上を食べつくされた重箱とポットと急須。
「アン軍曹。悪いが急須の中を代えてくれないか?」 
「了解です!」 
 カウラの言葉に椅子から跳ね上がったアンは、そのまま誠に笑顔を浮かべて急須を持って部屋を出て行く。
「ふう、さすがに腹が膨れますね」 
 これで最後にしようと誠はおはぎを口に運ぶ。さすがに口の中も甘ったるくなって嵯峨の気持ちも理解できるような気分だった。
「今、女将さんはあっちの部屋に居るんだろ?」 
 カウラもさすがに甘さにやられたようで、明らかにペースを落として一個のおはぎをゆっくりと食べ続けている。
「まあアイシャさんは甘いものには目が無いですからね。それとなんといってもナンバルゲニア中尉がいますから」 
 その名前を聞くとカウラも楓も渡辺も頷く。彼女の大食漢は誰もが知るところだった。
「おう、元気しとったか?」 
 そう言いながら急須の茶葉を取り替えてきたアンに続いて明石清海中佐が部屋に入ってくる。先週までは実働部隊隊長兼保安隊副長と言う肩書きでこの部屋の主のような存在だった明石だが、同盟司法局の内勤職員に転属した彼は、まるで借りてきた猫のようにおとなしく開いていた丸椅子に腰掛けた。
「どうじゃ、クバルカ中佐は」 
 アンが気を利かせて明石がここに残していった大きな湯飲みに茶を注いでいる。
「厳しいですけど頼りがいがありますよ。さすが教導部隊の隊長をしていただけに指導は的確ですし……」 
 そう言う誠の言葉には嘘は無かった。柄の悪い小学生にしか見えないランだが、言うことはすべて理にかなっていて新米の自覚のある誠にはその全てが為になるように感じていた。
「まあワシはそう言うことは苦手じゃったからのう」 
 明石は大きな湯飲みを開いているロナルドの机に置く。
「それよりも明石中佐の方が大変ではないんですか?調整担当って同盟軍とか政治部局とかに顔を出さなければいけないわけですから」 
 久しぶりの上官の姿に笑顔を浮かべながらカウラがたずねる。
「まあな、居づらいちゅうかー……何をしたらええかわからんちゅうか……まあ今はとりあえず頭を下げるのが仕事みたいなもんじゃけ」 
 そう言って剃りあげた頭を叩きながら明石はいつもの豪快な笑い声を上げた。
「いつも思うんですが……私達、こんなことしていて良いんですか?」 
 その質問は誠の口ではなくカウラから発せられた。トレードマークのサングラスを直す明石はそのまま視線をカウラに向けた。
「なんでじゃ?」 
 不思議そうにサングラスの中の目はカウラを見つめる。その切り替わりに戸惑ったカウラは誠の目を見た。
「東和軍や警察からいろいろ言われてるんじゃないかって思うんですけど」 
 誠がそう言うと明石は快活な笑い声を上げた。
「ああ、言うとるぞあのアホ共。田舎で農業や野球やって給料もろうとるとかな。まあそう言うとる奴のどたまぶち割るのがワシの仕事じゃけ。まあ本気では殴らんで。半分は事実やからな」 
「明石中佐。くれぐれも暴力沙汰は……」 
 奥の席から顔を出した楓が声をかける。
「あ、姫様。心配及びませんわ。これはいわゆる言葉のあや言うやつですわ」 
 そう言い放って再び笑い出す明石。だが手を出さなくても見たとおりの巨漢。そして勇猛で知られた胡州第三艦隊のエースの明石ににらまれて黙り込むしかない東和軍や同盟の偉い人達の顔を想像すると誠は申し訳ない気持ちになった。
「お、おはぎ残っとるやないか。ワレ等もはよ食わんと、硬とうなってまうど。さあ、神前」 
 そう言って素早く自分の分のおはぎをくわえると次のおはぎを誠に差し出す明石。
「えーと……いただきます」 
 こわごわそう言うと誠はおはぎを受け取る。それを満足げに見ながら明石はすぐにもう一つをカウラに差し出した。
「ありがとう……ございます」 
 複雑な表情でおはぎを受け取るカウラ。それを見てそれまでおはぎに手を出さなかったアンが最後のおはぎを手に取った。
「やっぱり女将さんの料理はええのう。まあしばらくはこっちで年明けの査察の段取り考えなあかんからちょくちょく邪魔させてもらうわ」 
 そう言って明石は口の周りのあんこをぬぐうと立ち上がった。
「じゃあ邪魔したな」 
 明石が部屋を出たところで嫌な顔をして姿を消す。その先にいたのはアイシャ。
 愛想笑いを浮かべながら当然のように部屋に入ってくる。アイシャはそのままポットに手を伸ばして、手にしていた美少年キャラが裸で絡み合うと言う誤解を招きかねない絵の描かれた自分の湯飲みに白湯を注いでいる。
「甘い!甘いわよ!」 
 白湯を飲んですぐにそう言うとアイシャは先ほどまで明石が座っていた丸椅子に腰掛けた。
「どうしたんだ?お前は甘いものは好きだろ?」 
 カウラはそう言いながら急須にお湯を入れる。アイシャはそれを奪い取ると湯飲みに茶を注いだ。
「何でも限度ってものがあるわよ……ああ、こっちにも女将さんからのがあったのね。でもこのくらいなら楽勝でしょ」 
 そう言って空の重箱を見つめるアイシャ。
「そうでもないぞ。隊長がへろへろになったからな」 
 カウラの言葉、頷く楓と渡辺。
「ああ、あの人は問題外よ。でも……さすがにねえ私もこれだけあると私でもお手上げだわ」 
 そう言いながらアイシャは手にした湯飲みを啜った。
「技術部の連中にも分けてやれば良いのに」 
 モニター越しに顔を出す楓。そんな彼女にアイシャは首を振る。
「だめよ、明華のお姉さんが許すわけないじゃないの。ヨハン減量月間が発動してからは技術部とマリアの姐御の警備部は勤務時間中の間食禁止令が出ているじゃない」 
 先日の健康診断で技術部一の巨漢のヨハン・シュペルター技術中尉以下三人の血糖値異常のの結果が届いた。それをを見た明華は警備部部長マリア・シュバーキナ少佐と組んで技術部と警備部の勤務中の間食の禁止を指示していた。彼らは実働部隊や管理部の面々がスナック菓子を頬張るのを指をくわえてみているだけだった。
 特に空気を読まないシャムはハンガーでアイスキャンディーを食べながら歩くなど無自覚な挑発行為をして技術部整備班長の島田が吉田にシャムの監視を強化するように申し入れをしていたのは先週の昼時のことだった。
「ああ、許大佐は……一度決めたら結構そう言うところは締めるからな」 
 そう言いながら明らかに無理そうな顔をしながらおはぎを飲み下すカウラ。アイシャはと言えば先ほどまで嫌がっていたはずなのにおはぎの最後の一つを手にとって頬張っている。
「それにしてもいつここまで仕上げたんですか、台本」 
 誠は渡されていた台本とかなり違う台詞や演技を思い出してアイシャを見つめた。
「ああ、昨日の晩に吉田さんと煮詰めたから。まあシャムちゃんは注文つけるだけつけたらとっとと寝ちゃったけどね」 
 そう言いながら笑っているアイシャに疲労の色は見えない。
 元々戦闘用に遺伝子を操作して作られたアイシャ達の体力は普通の人間のそれとは明らかに違った。事実スポーツ選手で活躍している彼女達の同胞は男女の区別のないカテゴリーのスポーツで記録を次々と書き換えていた。
「お待たせしました!」 
 再び入ってくる西とレベッカ。二人はそのままビニール袋を楓と渡辺に差し出す。
「ご苦労さん」 
 そう言って楓はすぐにプラスティックの容器にうどんを入れたぶっ掛けうどんに手を伸ばした。
「よく食べるわね。うちのところじゃシャムちゃんと小夏ちゃんだけよ、弁当頼んだの」 
 そう言いながらアイシャはうどんのふたを開けて中から汁を取り出している楓を驚いたように見つめている。
「午後のランニングがあるからな。クラウゼ少佐も参加するか?」 
 楓は素早く割り箸を口でくわえて割り、そのまま汁と麺をなじませている。
「えーと、まあなんと言うか……遠慮しとくわ」 
 愛想笑いを浮かべてアイシャは茶を啜る。誠もカウラもそれに付き合うように湯飲みやカップに手を伸ばした。
「しかし、さっきはあのおはぎが全部なくなるとは思わなかったんですが……」 
 レベッカが感心したように三段の重箱のすべてに詰まっていたおはぎを食べつくした人々見つめている。
「シンプソン中尉、そこの弁当。ハンガーで待っている連中が居るんじゃないのか?」 
 そんなカウラの言葉に気がついたレベッカと西。
「それじゃあ……アイシャさん、用があったら呼んでくださいね」 
「ああ、そこらへんは吉田さんの裁量なんでー」 
 出て行く二人にやる気のない手を振る。
「それじゃあ、私も戻ろうかな」 
 そう言って手に痛いカップを持って立ち上がるアイシャ。
「まあ、なんだ。がんばってくれ」 
 複雑な表情を浮かべるカウラ。誠もまたさわやかに手を振るアイシャをぼんやりと眺めながらカップのそこに沈んだ茶葉の濃いお茶を飲みこんだ。



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ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 17

 打ち合わせに入ったようですぐに画面が闇に閉ざされた。おはぎに夢中な楓がちらりと誠の端末の画面を見たが、何も映っていないので飽きたと言うようにすぐに視線をおはぎに持っていく。そんな彼女におはぎを手渡す渡辺の表情がほころぶ。そして二人の女性士官はしっかりと見つめあい沈黙した。その有様を見てため息をつく要。彼女はおはぎに手を伸ばすこともなく、自分の机から追い出されつつある誠の肩を軽く叩いて暇を潰していた。
 端末からは何か争うような声が途切れ途切れに聞こえてくる。それがランと明華の悶着でそれを吉田とアイシャがなだめているものだとわかると誠も大きなため息をついた。
『それじゃあEの23番……スタート!』 
 ようやく落ち着いたようでアイシャの声がかかる。画面には青空が広がる町の公園の街頭の上に立ったランがゆっくりと顔を上げて微笑む光景が映される。
『これは……久々に暴れられそうだな』 
 そしてにんまりと笑うランに要が目を向ける。
「怖えなこりゃ。ちびも拡大するとすごいことになるじゃねえか」 
 要は三つ目のおはぎに手を伸ばした。そこで部屋に入ってきたのがカウラだった。
「おい、西園寺。出番だぞ……隊長?」 
「あ?俺が居るとまずいの?」 
「いいえそう言うわけでなく……餡が口についてますけど……大丈夫ですか?」 
「本当?ちょっと待っててくれよ」 
 カウラに言われて手を口に持っていく嵯峨。そしてすぐにカウラも皆が誠の画面を見ていることに気づいた。そしてカウラは画面を見ている誠達がおはぎを手にしていることを確認するとそのまま重箱に手を伸ばす。
「出番ねえ、分かったよ。それで……」 
「ごめんなさいね!」 
 要が立ち上がろうとするとお盆を持った春子が現れた。続いてきたアンの手にはポットが握られている。
「すみませんねえ。何から何まで……」 
 嵯峨の言葉ににこやかな笑顔を返すと春子は湯のみを並べていく。
「じゃあ行ってきまーす」 
 やる気の無い声を上げてそのまま部屋を出て行く要。
「ああ、要さんは出番?」 
「まあそんなもんです」 
 湯飲みにお湯を注ぎながらカウラにたずねる春子。その隣ではお茶が入るのを待とうと手におはぎを握りながら待っている楓と渡辺の姿があった。
「それにしても便利ですね、東和は。こんなものを簡単に作れるなんて」 
 感心しながら画面を指差す楓。休憩を取っているようでおはぎを食べているアイシャとシャムの姿が映されている。
「ああ、あの簡易型のヴァーチャル視覚システムのこと?普通は手が出るレンタル料じゃ無いが吉田のコネでね。あいつは映画関係とかに知り合いが居るらしいから」 
 春子が置いた自分の湯飲みを手に取ると静かに茶を啜りながら嵯峨が答える。
「そうなんですか……。それにしてもこのお茶、良い香りですね。どこのですか?」 
 自分の濃い緑色の湯飲みを手に取った楓が誠にたずねた。
「確かこれは……」 
「東海よ。惟基さんはあそこのお茶が好きだから」 
 誠をさえぎるようにして春子が答えた。楓は何回か頷くと茶を啜り始める。
「東海って遼南産ですか。隊長のコネかなんかでナンバルゲニア中尉がたくさん貰ってきた奴でしたっけ?隊員で分けても多すぎてあまさき屋にまでもっていったんですよね……」 
 そんな誠のあいまいな質問に呆れたような顔をする嵯峨。
「シャムちゃんのはすぐ使っちゃって……今いれてるのは私が持ってきたんだけど……」 
 春子の言葉が誠に追い討ちをかける。誠は少しへこみながら美少女キャラが書かれたマグカップに入ったお茶を啜りつつ、画面が切り替わった自分の端末に目を移した。
 ランの右の握りこぶしが掲げられた場面が転換して夜のような光景になった。懐中電灯を照らしながら山道を歩くシャムと小夏が見える。
『魔法を使っちゃ駄目なの?』 
 肩に乗った手のひらサイズの小熊のグリンにたずねるシャム。
『だーめ!勝負を決めるのは魔法の力だけじゃないんだ。瞬間的な判断力や機転、他にも動物的勘や忍耐力。まだまだ魔法以外に学ばなければならないことが一杯あるんだよ』 
『うーん。アタシは難しいことは分からないけど……』 
 そう言って苦笑いを浮かべるシャム。『難しいことは分からない』と言うシャムの言葉に画面の前に居る誠達が一斉に頷いた。
『つまり私達自身が強くならなきゃ駄目ってことね』 
『そう言うこと。それにこの森の波動は僕が居た魔法の森の波動と似ているんだ。きっと修行には最適の場所だよ!』 
 そう言いながら二人は山道を進む。そして画面が切り替わり、夜中だと言うのにサングラスをかけた大男が映し出される。
「あ、明石中佐ですね。来てるんですか?」 
 蛍光オレンジのベストに手に猟銃を持った明石清海中佐の姿がアップで映る。
「ああ、何でも管理部の提出資料の確認に来たらしいんだがアイシャに捕まってな」 
 カウラの言葉に納得しながら誠は画面の中の明石を見ていた。
『この気配……』 
 そう明石が言うとすぐに画面は広場に出たシャムと小夏のアップにさし代わる。
『じゃあいいかい。まず目を閉じてごらん』 
 グリンの言葉でシャムと小夏は目を閉じる。シャムの視界のイメージ。真っ暗な世界。
『君達には見えるはずだよ、この森の姿が。そして生き物達の波動が!』 
 その言葉が終わるとシャムの視界を表現していた真っ暗な画面が白く光り始める。光の渦は木の形、草の形、鳥の形、獣達の形。さまざまに変化を遂げながら中心で微笑む全裸のシャムの心のイメージを取り巻くように流れていく。
『そう!そうすれば分かるはずだよ。そしてそうすれば生き物達の力が君達に注がれるんだ』 
 グリンの言葉とともにシャムの姿はさまざまな森の生き物達に取り巻かれるようにして森の上空へと飛び立っていく。急に暗雲が空に立ち込める。
『見つけたぞ!熊っころとおまけ共!』 
 突然響いたのは要の声だった。現実に引き戻されたシャムと小夏はもみの木の巨木の上に立つ女性の影に目を向けた。それはランではなく胸の膨らみを強調するような衣装を纏った魔女の姿だった。
「ああっお姉さま!」 
 楓が叫んで画面に身を乗り出す。月の光に照らされながらもみの木の枝に立って唇を舐め上げるタレ目の女幹部の表情が拡大されていた。
「やっぱり鞭ですか、武器は」 
 渡辺も興奮気味に画面に吸いつけられる。カウラと誠は二人の上昇していくテンションについていけないというように顔を見合わせた。
「おい、あいつ嫌だとか言ってた割にはのりが良いな」 
 そう言って茶を啜る嵯峨。春子は空になった嵯峨の湯飲みに緑茶を注ぎながら様子を伺っていた。
「要さんはお祭り好きですからねえ」 
 そう言って微笑む春子。だが、誠は狂気をたたえたタレ目でシャム達を見下ろしている要。いつも射撃レンジで銃を取ったときの近づきがたい要の姿を髣髴とさせて背筋に寒いものが走る。
『貴様達などメイリーン様の手を煩わせるまでも無い!行くぞ』 
 そう言って鞭を掲げて飛び降りる要。シャムと小夏がその鞭に弾き飛ばされる。
『シャム!』 
 何とか鞭をかわしたグリンがバリアのようなものを展開する。その中で足に怪我を負いながら立ち上がろうとするシャム。
『結界……愚かだな!その程度の魔力でこのイッサー大尉の鞭を防ぎきれると思ったのか!』 
 そう言って鞭を振り下ろすイッサー大尉こと要。
「こいつ実は好きなんだな。こういうの」 
 おはぎを口に運ぶカウラ。誠は画面の前でうっとりと要に見とれている楓と渡辺に苦笑いを浮かべながら茶を啜る。
「本当に良くお似合いで……ああ……」 
 楓の脳内がどうなっているのか、それを想像して寒い気持ちになりながら誠は再び画面に目をやる。
『シャム、小夏!願って!』 
 絶え間なく振り下ろされるイッサー大尉の鞭を受けながらグリンは必死になって叫ぶ。
『何を願うのよ!シャム。逃げましょうよ!』 
 小夏がそう言ってよろよろと立って、鞭を振るうイッサー大尉をにらみつけているシャムの手をとる。
『逃げないよ、私は!』 
 そう言うと手を天にかざす。彼女の手が輝き魔法の杖が現れる。高らかなファンファーレと共にシャムの体が光りだす。
『森の精霊、生き物の息吹。私に……力を!』 
 その叫び声と共にシャムの全身が光り始める。そのまま来ていたTシャツが消え去り、素肌を晒したシャムが画面の中でくるくると回る。
「あのさあ、神前。なんでこういう時ってくるくる回るの?」 
 嵯峨が誠の耳元で囁く。驚いて飛びのいた誠は珍しく純粋に疑問を持っている顔をしている嵯峨を見つめる。
「そのー、まあお約束と言うか、視聴者サービスと言うか……」 
「なるほどねえ」 
 そう言って嵯峨は口の中の餡の甘みを消そうと茶を啜ってそのままぐちゅぐちゅと口をすすぐ。
「父上、そう言う下品なことは止めてください!」 
 画面に張り付いていた楓も父親の行動に気づいて振り返る。
「すいません。根が下品なもので」 
 謝る嵯峨。彼を見て微笑む春子。画面の中では要の鞭に次々とシールドのようなものを展開して攻撃を防ぎ続けるシャムの姿があった。
『シャム!守ってばかりじゃ勝てないわよ!』 
『お姉ちゃん!そんなこと言っても!』 
 いつの間にか変身した姿で手に鎌を持って宙に浮く小夏。質問したいことがいくらでもあると言うような顔で誠を見つめているカウラにどう説明したら良いかを考えながら画面に目を移した。
 そこには火炎の玉を目の前に展開するシャムの姿が写っていた。
『森、木々、命のすべて!私に力を貸して!』 
 そう叫ぶとシャムが杖を振り下ろす。何度か変則的に曲がって飛ぶ火の玉。そしてその周囲の空間がそれ自体が燃えているように画面を赤く染める。
『なんだと!これは……うわー!』 
 そう叫んでイッサー大尉こと要はその火炎を受け止めるべく鞭を握って結界を張るが、勢いに負けて吹き飛ばされて崖へ追い詰められる。
『こんな……こんな筈では……私ともあろうものが……』 
 あちこちコスチュームがちぎれて非常にきわどい姿を晒す。それにあわせて画面にさらに近づく楓と渡辺。誠は二人に呆れながらおはぎを口に運ぶ。
『私が……負ける……?』 
 アップにされた要の姿を良く見ると腕やふくらはぎから機械の様な色を放つ内部構造が見える。
『そこまでだ!機械帝国の手先め!』 
 突然要のわき腹のむき出しの機械の部分に猟銃を突きつける明石。あまりに唐突な登場に誠は目を覆った。
「これもアイシャの狙いか?」 
 再び口におはぎを持っていきながら嵯峨が誠に尋ねてくる。誠はさすがにこの展開はないだろうと思ってただ苦笑いを浮かべるだけだった。そんな状況を知らないだろう要ことイッサー大尉は静かに手にしていた鞭を投げ捨てた。
『おじさん!その人から離れて!』 
 そこにシャムが現れる。彼女が要に止めを刺そうとしていると思って手を握り締めて画面を見つめる楓と渡辺。
『駄目だ!こいつはこの世界を崩壊に導く機械だ!壊してしまわなければ』 
 そう言って猟銃の引き金に指をかける明石。だが、シャムから放たれた小さな火の玉に銃を取り落とす。
『イッサー大尉。本当にそれで良いの?世界を機械で埋め尽くして……それが願いなの?』 
 歩み寄るシャムに再び鞭を取ろうと立ち上がろうとするが、腕や足から機械音がするばかりで体を動かせずにいる要。
『シャム!近づいたら!』 
 小夏の制止を無視して歩いていくシャム。要の腕や足から煙が上がる。
『大丈夫、あなたを壊したりしないわ』 
 そう言うとシャムの両手に暖かいクリーム色の球体が浮かぶ。それはゆらゆらとゆれて要の壊れた体を修復していく。
「便利だねえ。俺も魔法を使えないかな?」 
 そう言いながら明らかに無理をしておはぎを口にねじりこむ嵯峨。しらけた顔で楓が父の顔を覗いているのがつぼに入って必死になって笑いをこらえる誠。
『情けを……貴様……敵に情けをかけたつもりか?』 
 悔しそうに唇を噛む要。なぜか出てきた猟師っぽい明石が再び銃を手にしてイッサー大尉に向ける。
『この借りはいつか返すぞ!』 
 そう言って消える要。そのまま森に残されたシャムと明石は顔を見合わせていた。
「すごい組み合わせだな」 
 おはぎを手に取るとカウラは呆れたようにそう言った。画面は銃を取り上げて再び要のいた場所に照準を合わせる明石の姿がある。
『あなたは……なぜ機械帝国のことを?あなたは……魔力も無いのになぜ?』 
 シャムの肩に飛び乗ったグリンを明石が見つめる。
「それよりこの奇妙な動物に突っ込むな、俺なら」 
 そう言いながら明らかに無理をしておはぎを口に運ぶ嵯峨。
「惟基さん、お嫌いでしたか、甘いものは」 
「いやあ、そんなこと無いですよー。僕は大好物ですから……おはぎ……」 
 明らかに春子に気を使っている様子にカウラと誠は苦笑いを浮かべると再び画面を覗く。答えることもせずシャムに近づく明石。明らかに変質者とコスプレ少女と言うシュールな絵柄に突っ込みたいのを我慢しながら誠は画面を見つめていた。
『知っている人は知っているものさ、どこにでも好奇心のある人間はいるものだからね』 
 明らかに関西弁のアクセントで無理やり標準語をしゃべる明石。誠はとりあえず突っ込まずにそのまま黙っていた。
「やはり明石中佐は訛りが強すぎるな」 
「そうですね、播州コロニー群の出身だそうですから。あそこの出身者の訛りはなかなか抜けませんよ」
 楓と渡辺は要が姿を消して関心を失ったと言うようにそのまま自分達の席へと戻っていく。
『でも、あなたは魔法を見ても驚かなかったじゃないですか。この世界の人がそんなに簡単に魔法を受け入れるとは思えないんですが』 
 グリンの言葉ににやりと笑って禿頭を叩く明石。
『確かにそうだ。俺はある人物から話を聞いてね』 
「そのある人物がお前か……でもどう見ても……プリンスには見えないな」 
『マジックプリンス』と言うなんのひねりも無い役名の誠の顔を見つめるカウラ。その吐息がかかるほどまで接近している彼女にまじまじと見つめられて、誠は鼓動が早くなるのを感じたが、カウラはまるで関心が無いというように再び画面に目を移す。
『いずれ君達と一緒に戦う日が来るだろう。それまではお互い深いことは知らない方がいい』 
 そう言うと猟銃を握り締めて立ち去る明石。
「あいつ、本当に訛ってるな」 
 そう言いながら嵯峨がお茶を啜っている。その時、再び詰め所のドアが開いた。そこに立っていたのはパーラだった。
「ああ、春子さんここでしたか。アイシャが呼んでますよ」 
「ごめんなさい。じゃあ行ってきますわね」 
 そう言って立ち上がる春子。その後姿を目で追っている嵯峨。
「隊長……」 
 突然誠に声をかけられて頭を掻きながら嵯峨は口の中のあんこを飲み込もうと再び出がらしになった茶の入った急須に手を伸ばす。
「父上、口をゆすぐのはやめてくださいよ」 
 自分の席の端末を開いて仕事を再開した楓の警告が飛ぶ。苦笑いを浮かべながら嵯峨はそのまま口に入れたお茶を飲み下した。
「あのー……」 
 春子達と入れ替わりにドアから顔を出したのは西とレベッカだった。誠達はその顔を見てそれぞれ時計に目をやった。
「ああ、もう昼か」 
 十二時を少し回った腕時計の針を確かめながらげっぷをする嵯峨。乾いた笑いを浮かべながら誠はおはぎに手を伸ばす。
「ああ、シンプソン中尉!見ての通りなんで昼の買出しはいいですよ」 
 カウラが苦笑いを浮かべながら答える。西とレベッカはロナルドのデスクに置かれた重箱を目にしてそのまま入ってきた。昼の買出しは誠が隊に配属になったころから各部の持ち回りで行われるようになっていた。以前は隣の菱川重工の食堂を利用できたそうなのだが、要が暴れ、シャムがわめき、嵯峨がぐだぐだと味に文句をつけたため出入り禁止を食らっていた。仕方なく昼食は菱川重工の生協で弁当を買うというのが普通のことになっていた。
「僕好きなんですよ、おはぎって」 
 そう言いながらすぐにおはぎに手を伸ばして食べ始める西。レベッカもすでに両手におはぎを持って食べ始めている。
「ああ、神前さん何を見ているんですか?」 
 西は不思議そうに誠の端末が黒く染まっているのに目をつける。
「あれだよ、例の映画」 
「ああ、クラウゼ中佐の奴でしたっけ?でもまあ吉田さんも大変ですよね」 
 そう言いながら今度は西とレベッカが春子が居た場所に陣取る。アイシャが二人を出さなかった理由がシャムが書き上げた今度のコミケ向けの少年を襲う女教師の出てくる18禁漫画が原因だとは知ってはいるが口に出せずに愛想笑いを浮かべる誠。
 再び画面に目を戻すと、そこには鎖に縛られた要の姿があった。誠とカウラは目を見合わせた。間違いなく楓達が動き出す。
『うわ!ふっ!』 
 鞭打たれる要の声。誠が目を向ければ予想通り楓と渡辺が立ち上がっている。恍惚とした目で鞭打たれる要を見つめる二人。そこに割って入ろうとするレベッカだがすぐに楓が鋭い視線でにらみつける。
「シンプソン中尉!君達は買出しの任務があるんだろ?」 
 そう言って西とレベッカを追い散らす楓。
「すみません。楓さん達はお昼はどうします?」 
 頭を下げながらおずおずと楓に尋ねるレベッカ。
「ああ、あっさりとぶっかけうどんがいいな」 
「私はミックスサンドで。中身は任せる」 
 力強くそう言うとそのまま画面で拷問を受ける要の姿を目に焼き付ける楓と渡辺。
「よく食べますね」 
 誠が思わずそう言うと楓と渡辺に殺気を込めた視線を投げられて言葉を失う。
『よくもまあ恥ずかしげも無く生きて帰ってこられたものだな!』 
 サディストと言われる明華がまさにそれを証明するかのように要から取り上げた鞭を振り下ろしている。要の悲鳴とにんまりと笑う明華の表情が交互に映し出される。
「これは……ちょっとやりすぎじゃあ……」 
 誠は苦笑いを浮かべるが楓達の反応はまるで違っていた。
「素敵……」
「私も……要お姉さま……」 
 ほんのりと頬を染めて楓が今にも身悶えそうな雰囲気で画面を見ている姿に誠とカウラは頭を抱えた。
「じゃあ、失礼します!」 
 引き時を悟った西とレベッカはそのまま部屋を出て行った。
「賢明な判断だな」 
 西とレベッカが消えたのを見てそう言うとカウラは再びおはぎに手を伸ばした。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 16

 モニターに大きく写される小熊。それを見て作業をしていたカウラの表情が苦々しげなものに変わる。
『すみません!本当に僕こんなことに巻き込んでしまって……』 
 少年の声で話す小熊が画面の中であまりにも似合いすぎる小学生姿のシャムに謝っていた。周りは電柱は倒れ、木々は裂け、家は倒壊した惨状。どう見ても常識的な魔法少女の戦いのそれとは桁違いの破壊が行われたことを示している。
「おい、なんでこうなったんだ?」 
 要がたずねてくるのだが、誠もただ首を振るだけだった。それでも言える事はアイシャはかなりの『上級者』、いわゆる『マニア』向けにこの作品を作ろうとしていることだけは分かった。
『気にしないで大丈夫だよ!』 
「少しは気にしろ!」 
 シャムの台詞に突っ込む要。誠が思わず生暖かい目を彼女に向けると要の後ろには仕事をサボって覗きに来た楓と渡辺、アンの姿がそこにあった。
『それより世界の平和がかかっているんでしょ?やるよ!私は』 
「世界の平和の前にこの状況どうにかしろ!」 
 そう言って手近な誠の頭を叩く要。誠は叩かれたところを抑えながら仕方なく画面を見つめる。
『ありがとうございます。ですが、僕の与える力は三人分あるんです。だから……』 
『じゃあ……そうだ!おねえちゃんに頼みに行こう!』 
 そう言って小熊を抱えるとシャムは走り出した。半分町が焦土と化しあちこちにクレーターのある状況を後ろに見ながら彼女は走り続ける。
「おい!この状況は無視か?いいのか?ほっといて!」 
 再び要の右手が誠の頭に振り下ろされようとするが、察した誠はそれをかわす。
 画面の中では走っていくシャムの後姿がある。同時にパトカーのサイレンが響き渡る。その画面を見ながら楓と渡辺が大きく頷いてみせた。誠は一体なんでこの二人が頷くのか首をひねりながら再び画面に目を移した。
 すぐにはかったように場面が切り替わった。そこはやはり誠の実家の一部屋だった。主に剣道の大会で役員の人などを泊めていた客間の一つ。そこにシャムと奇妙な小熊もどきを正座して見つめているのはシャムの姉役の家村小夏だった。
『そうなんだ……大変だったのね、グリン君……』 
「いや、大変とかそう言う問題は良いから。さっきの破壊された町だけでも十分大変なことだから」 
 そう突っ込む要が握りこぶしを振り上げるのを誠は察知してかわしにかかるが、今度はそのまま避けた方向にこぶしが曲がってきた。そのまま顔面にぶち当たり、誠は椅子ごと後ろに倒れる。
「おう、大丈夫か?」 
 何事も無かったかのように誠を見下ろす要。仕方なく誠は今後は避けないことを決めて立ち上がる。
『分かったわ!お姉ちゃんも助けてあげる!二人でその機械帝国を倒しましょう!』 
 そう言って手を差し出す小夏。その上にシャムが、そしてグリンと名乗った小熊が手を重ねる。
「そう言えばさっき三人そろわないといけないとか言っていたような……」 
 楓が首をかしげる。
「いえ!こういう展開がいいんです!これぞ上級者向け!どう考えても前後で矛盾している設定!いいなあ、萌えるなあ……」 
 そう言って画面にくっついて見入っている誠に要が生暖かい視線を送っていた。
『じゃあ行きます!』 
 小熊は立ち上がると回りに魔方陣を展開する。三角の光の頂点にそれぞれシャムと小夏が引き込まれ光に包まれていく。
『念じてください。救いたい世界のことを!思ってください。守りたい人々のことを』 
 そんな小熊の言葉に誘われるようにして画面が光の中で回転するシャムの姿を捉えた。はじけるようにあまりにも庶民的小学生姿だったシャムの服が消えていく。
「あのさあ、神前。なんで魔法少女はいつもこういう時に裸になるんだ?」 
 画面に集中していた誠と頭を軽く小突きながらたずねてくる要。しかし誠は画面に集中して上の空で頷くだけ。それを見た要はカウラを見るが、カウラは係わり合いになりたくないとでも言うようにキーボードを叩き続けていた。
『カラード、サラード、イラード……力よ!集え!』 
 シャムの叫び声に誠は視線を画面にさらに顔を突き出す。そしてさすがに無視するのも限界に来た誠は要の質問にはそのままの格好で答えた。
「それは視聴者サービスって言うか……なんとなくかわいらしいと言うか……」 
「このロリコンめ!」 
 要がそう言って誠をはたいた目の前で、今度は白いニーソックスとメタリックな靴がシャムのか細い足を包んだ。そしてそのまま腰に広がった白い布のようなものは光を振りまきながらシャムの下半身を覆い、赤い飾りの入ったロングスカートに変わる。
「あれ?神前の絵と比べるとかなり飾りが少なくないか?」 
 そんな要の突っ込みを無視して画面をじっと見つめている誠。そのまま上半身を光が包むと胸のあたりでリボンのようなものが浮かび、それを中心にぴっちりと体を包むアンダーウェアにシャムが覆われる。そして次の瞬間には目の前に浮かんだ杖を手にしたシャムがくるくるとバトンの要領でこれを回すと、清潔感のある白に赤い刺繍に飾られたワンピースをまとってポーズをとっていた。
「いい加減無視すんなよな……このポーズの意味はなんなんだ?」 
「お約束です!」 
 力強くこぶしを掲げてそう叫ぶ誠に思わず一歩引く要。続いて画面の中では今度は小夏の変身が行われていた。同じように服がはじけて代わりに青を基調としたドレスとカマのような先を持った杖を振って同じくポーズをとる小夏。
「なんだよ、小夏の餓鬼には変身呪文は無しか?」 
「おかしいですね、アイシャさんの台本では変身呪文は二人とも無かったはずですが……」 
「オメエの突っ込みどころはわかんねえよ!」 
 呆れたようにそう言うと要も画面を見つめた。魔方陣が消え、それぞれのコスチュームを身にまとった二人がその自分の姿を確認するように見つめている。
『これであなた達は立派な魔法少女で……』 
 そう言って力尽きる小熊。
「おい、ここで死んじゃうのか?どうすんだよこれから!投げっぱなしか?」 
「いちいちうるさいですよ。要お姉さま」 
 そんな声に驚いて要は楓を見てみた。楓と渡辺はまじめな顔をして画面に釘付けになっていた。
「おい、楓……」 
「静かに!」 
 楓に注意されて仕方なく画面に目を移す要。その目の前では光を放っている小熊の姿が映し出されていた。次第にその光は収まり手のひらサイズに小さくなった小熊がそこにいた。
『グリン君!』 
 そう言ってシャムは小熊を両手で持ち上げた。ゆっくりと目を開く小熊。誠は再び楓と渡辺に目をやった。そしてそのあまりにも熱中して画面を見つめている二人に恐怖のようなものを感じて黙り込む誠と要。
『そんな……死んじゃ嫌だよ……』
 そう言うシャムの手の中で力なく微笑むグリン。
「良い奴ですね!グリンは!まったく……」 
 思わず右手を握り締め目を潤ませる楓。
「まったくです……すばらしい……」 
 同じく涙をぬぐう渡辺。二人の反応の異常さに思わず誠は要を見た。
「まああれだな。胡州は子供向けのアニメとか少ないからな」 
「そんなこと無いんじゃないですか?『小坊主点丸』とかあるじゃないですか」 
「なんだそれ?」 
 東和のおいてその想像の斜め上を行く演出でコアなファンに大人気の胡州アニメの名前を出しても要は食いつかないと踏んだ誠はそのまま画面に目を向けた。
『グリン君!』 
 シャムの声にピクリと手のひらサイズの熊が動いた。そのまま手足を動かし、自分が生きていることに気づくグリン。
『ごめんねシャム。どうやら魔力が何者かに吸収されているみたいなんだ』 
 小熊はそう言うと立ち上がってシャムを見つめる。
『でもそれじゃあ……』 
 不安そうに姉役の小夏と一緒に小熊を見つめるシャム。
『大丈夫。僕の見立てに間違いは無かったよ。見てごらん、君の姿を!』 
 二人は小夏のものらしい簡素な姿見に自分の姿を映す。
『えー!これかっけー!最高!グッド!イエーイ!』 
 そう言って何度も決めポーズをとり暴れ回るシャム。さすがの小夏もこれには驚いてシャムの頭の上に手を載せる。動けなくなったシャムがじたばたと暴れる様。誠は頷きながらそれを眺めていた。
『カットー!喜びすぎ!ってかそこ喜ぶところじゃない!驚くの!驚いて!』 
 跳ね回るシャムを怒鳴りつけるアイシャ。そのまま疲れたというように座り込む小夏。そして画面にモニターが開いてアイシャの顔が写る。
『ったく……シャムちゃん!そこはまず驚いて、そこから戸惑いながら姉妹で見詰め合う場面だって言ったでしょ?はい!やり直し!』 
「馬鹿が!」 
 要はそう言うと立ち上がった。
「どうしたんですか?」 
「ヤニ吸ってくる」 
 そう言って手にしたタバコの箱を見せる要。誠はすぐに画面に視線を戻した。
「ったくああいうのにしか興味ねえのかな……」 
 ポツリとつぶやいて出て行く要。誠がカウラを見ると、呆れたとでも言うようにため息をついている。
『わあ、なんで?これがもしかして……』 
 画面が切り替わり撮影が再開したようだった。要がいなくなったことを良いことに楓と渡辺はさらに顔を突き出してくる。誠は少し椅子を下げるが、下げた分だけ二人はばっちりと誠の端末の画面の正面を占拠してしまった。
『そうだよ。君達は選ばれたんだ。愛と正義と平和を守る戦士に!』 
 グリンの声に顔をほころばせるシャムと小夏。
『じゃあおねえちゃんがキャラットサマーで私がキャラットシャムね』 
『なによそれ』 
 本心から呆れたような表情で妹役のシャムを見つめる小夏。
『名前よ!無いと格好がつかないじゃん!』 
 そう言って小夏の手を握り締めるシャム。それを見つめて無言で頷いている楓と渡辺に誠は明らかに違和感を感じたが、いつも楓の件で小突かれてばかりの誠は突っ込むのも怖いので手を出さないことを決めた。
『さあ……機械帝国を倒すんだ』 
 そう力の入らない口調で言葉をつむぐグリンを見つめるシャム。隣に立つ小夏はそんな妹役のシャムを不安そうに見つめる。シャムの表情にはどこかさびしげな影が見える。そして誠は引き込まれるようにしてシャムの言葉を聞くことにした。
『違うよ、それ』 
 ポツリとつぶやくシャム。突然音楽が流れ始める。悲しげでやるせなさを感じる音楽にあわせて遠くを見つめるように空を見つめるシャム。
「吉田さんの即興かな?」 
 彼女の涙に濡れる顔が画面に広がる。
『確かにグリン君が言う通りかもしれないけど。確かにあの魔女はグリン君の大事な魔法の森を奪ったのかもしれないけど……。でもそう言う風に自分の意見ばかり言っていても始まらないんだよ』 
『そんなことは……あいつは森の仲間を殺したんだ!そして次々と世界を侵略し……』 
 激高するグリンを手にしたシャムはそのまま顔を近づける。
『でもぶつかるだけじゃ駄目なんだよ。相手を憎むだけじゃ何も生まれないよ!』 
「やっぱり出た!お前はいったいいくつなんだ展開!」 
 誠が手を叩くが、さすがにこの誠には付いていけないというように楓と渡辺はそんな誠を生暖かい目で見つめている。
『理解しあわなきゃ!気持ちを伝え合えなきゃ!そうでないと……』 
『シャム!そんなのんきなことが言える相手じゃないんだろ?世界の危機なんだろ?』 
 そう言って魔法の鎌を構える小夏。
『アタシは戦うぞ!守るものがあるからな!姉貴とか親父とか……』 
 そう言って小柄なシャムの頭を叩く小夏。だが、釈然としない面持ちで手のひらサイズの小熊を地面に置くと杖を構えた。
『じゃあ、誓いを立ててください。必ず悪を退けると!』 
『ああ!』 
 小夏は元気に返事をして鎌をかざす。そしてそれにあわせるように杖を重ねるシャム。
『きっと倒してみせる!邪悪な敵を!』 
『いつか必ず分かり合える日が来るから!』 
 小夏、そしてシャムの言葉で部屋が輝き始める。その展開に目を輝かせる楓と渡辺。
「シャム先輩のアドリブか。アイシャさんが駄目出ししなかったけど……後で台本変更があるかもしれないな」 
 誠は画面の中で変身を解いて笑うシャムと小夏を眺めていた。そこに脇から突然声が聞こえた。
「なるほど……そうなんですか。さすが先輩は詳しいですね」 
「うわーぁ!」 
 誠はもう一人の部屋の中の存在、彼が忘れていたアンに声をかけられて飛びのく。
「そんなに驚かないでくださいよ……」 
 そう言って胸の前で手を合わせて上目遣いに誠を見上げてくるアン。脂汗を流しながらそんなアンを一瞥した後、画面が切り替わるのを感じて誠は目を自分の端末のモニターに戻した。
 場面が変わる。画面は漆黒に支配されていた。両手を握り締めて、まじめに画面を見つめる楓と渡辺に圧倒されながら誠はのんびりと画面を見つめた。誠の背中に張り付こうとしたアンだが、きついカウラの視線を確認して少し離れて画面を覗き見ている。
 画面に突然明かりがともされる。それは蝋燭の明かり。
「機械帝国なのに蝋燭って……」 
 さすがに飽きてきた誠だが、隣の楓達に押し付けられて椅子から立ち上がることができないでいた。
『メイリーン!機械魔女メイリーン!』 
「あれ?何で僕の声が?」 
 確かにその声は楓の声だった。渡辺も不安そうに楓を見つめる。
「ああ、吉田さんのことだからどっかでサンプリングでもしたんじゃないですか?」 
 あっさりとそう言うと誠は画面に目を映す。
 黒い人影の前でごてごてした甲冑と赤いマントを翻して頭を下げる凛々しい女性の姿が目に入る。
『は!太子。いかがなされました』 
 声の主は明らかに技術部部長許明華大佐のものだった。そして画面が切り替わり、青い筋がいくつも描かれた典型的な特撮モノの悪者メイクをしてほくそえむ明華の顔がアップで写る。
『余の覇道を妨げるものがまた生まれた。それも貴様が取り逃がした小熊のいる世界でだ……この始末、どうつける?』 
 誠はそんな楓の声を聞きながら隣で画面を注視している楓に目を移した。言葉遣いやしぐさはいつもの楓のような中性的な印象を感じてそこにもまた誠は萌えていた。
『確かにこの人なら女子高とかじゃ王子様扱いされるよな。さすがアイシャさんは目ざとい』 
 そんな妄想をしている誠に気づかずただひたすら画面にかじりつく楓。
『は!なんとしてもあの小熊を捕らえ、いずれは……』
 必死に頭を下げる明華。楓の声の影だけの王子頷いている。 
『へえ、そんなことが簡単にできるってのか?捕虜に逃げられた上にわざわざすっとんで帰ってきたオメーなんかによ』 
 突然の乱暴に響く少女の声。陰から現れたのは8才くらいの少女。赤いビキニだか鎧だか分からないコスチュームを着て、手にはライフルなのか槍なのかよく分からない得物を手にした少女に光が差す。そのどう見ても小学生低学年の背格好。そんな人物は隊には一人しか居なかった。
「クバルカ中佐……なんてかわいらしく……」 
「あのーこれがかわいいんですか?」 
 画面の中ではさっきまでこの部屋で文句をたれていたランが不敵な笑みを浮かべながら現れる。誠は耳には届かないとは思いながらすっかり自分の脇にへばりついて画面を覗き込んでいる楓にそう言ってみた。
『ほう、亡国の姫君の言葉はずいぶんと遠慮が無いものだな』 
 そう言ってそれまで悪の首領っぱい影に下げていた頭を上げると、皮肉をたっぷり浮かべた笑いでランを迎える明華。
「おっ!ここでも見れるのか?」 
 突然後ろから声をかけられてあわてて振り向く誠。そこには隊長の嵯峨がいつもの眠そうな表情で立っていた。
「ええ、まあ一応……西園寺さんが設定をしてくれましたから」 
 頭を掻く誠。嵯峨はそのままロナルドの開いている机に寄りかかると誠達の後ろに陣取ることを決めたように画面を見つめている。
「なんだかなあ」 
 誠はそのまま画面の中でお互いににらみ合う明華とランの姿を見ていた。
『亡国?忘れたな。アタシは血の魔導師。機械帝国の世継ぎである黒太子カヌーバ様に忠誠を誓う者。テメーのような小物とはスケールが違うんだよ!』 
 そう言って余裕の笑みを浮かべるラン。その手に握られた鞭をしならせて明華ににらみを利かせる。
『ふっ、ほざけ!』 
 明華はわざとランから視線を外してつぶやく。
『黒太子、カヌーバ様!アタシにグリンと言う小熊とその眷属の討伐の命令をくれ!』 
「あいつ本当にぶっきらぼうなしゃべり方しかできないんだな」 
 そう言いながら嵯峨はポケットからスルメの足を一本取り出し口にくわえる。
「あの、隊長。それはなんですか?」 
 思わず誠はくちゃくちゃとスルメの足を噛んでいる嵯峨に声をかけた。
「ああ、これか。茜がね、タバコは一日一箱って言ってきたもんだから……まあ交換条件だ」 
 そのままくちゃくちゃとスルメを噛み続ける嵯峨。誠はその視線の先、ドアのところの窓から中を覗いている和服を着た女性を見つけて嵯峨の肩を叩く。
「隊長、女将さんですよ」 
 誠の声にすぐに振り向く嵯峨。そこには保安隊のたまり場、『あまさき屋』の女将の家村春子が立っていた。嵯峨はそれを見ると緩んだネクタイを締めなおし、髪を手で整える。その姿があまりにこっけいに見えて笑いそうになる誠だが、隣に嵯峨の次女の楓が居ることに気がついて彼女に視線を移す。
 楓、渡辺、アンは画面の中で保安隊のビック2、技術部部長で大佐の階級の明華と保安隊副長の肩書きのランが罵り合う様に目を取られて嵯峨の行動には気づいていなかった。
「本当に私が来ても良かったのかしら……」 
 そう言いながら小夏の母である家村春子は手にした重箱をフェデロの席に置いた。
「ああ、春子さんならいつでも歓迎ですよ。それは?」 
 嵯峨の前に置かれた重箱を包んでいた風呂敷を開いていく春子。その藍染の留袖を動かす姿は誠には母親のそれを思い出させた。
「おはぎですわ。ちょっと整備の人とかの分には足りないかもしれないけど」 
「ああ、大歓迎ですよ。やっぱり春子さんもアイシャの奴に呼ばれたんですか?」 
 そう言うとそのまま嵯峨はおはぎに手を伸ばす。春子が蓋を開くと漉し餡と粒餡の二色に分けられたおはぎが顔をのぞかせた。嵯峨は迷うことなく粒餡のを掴むとスルメを噛んでいる口の中に放り込んだ。
「ええ、でもなんだか学生時代みたいでわくわくしますわね」 
 笑顔を浮かべながらおはぎを食べ始める嵯峨を見やる春子。部隊のたまり場である『あまさき屋』では見られない浮かれたような春子に誠は少し心が動いた。
「ああ、皆さんもどうぞ。アイシャさんのところにはもうもって行きましたから遠慮なさらずに」 
 そんな春子の言葉にそれまで画面に張り付いていた楓と渡辺が重箱に目を向けた。
「おはぎですか。実は僕は好物なんですよ。遠慮なくいただきます、かなめもどうだ?」
「わかりましたわ、楓様」 
 おはぎに手を伸ばす楓。渡辺もまた、主君の楓に付き合うようにしておはぎに手を伸ばす。
「神前君もそこの新人君もどう?」 
 笑いかける春子に誠は頭を掻きながら重箱の中を覗く。どれもたっぷりの餡をまとった見事なおはぎで自然と誠の手はおはぎに伸びる。
「そうだ、お茶があると良いな」 
 二つ目のおはぎに手を伸ばそうとして不意に手を止めた嵯峨。
「そうね、神前君。給湯室ってどこかしら?」 
 春子は軽く袖をまくるといつもの包み込むようなやわらかい視線で誠を見つめた。
「ああ、神前先輩。僕が案内してきますから」 
 そう言って伸びをするとアンは自分より背の高い春子に向き直った。
「じゃあこちらへ」 
「本当にごめんなさいね」 
 そう言ってアンに案内されて消えていく春子。
「隊長、無理しなくても良いですよ」 
 三つ目のおはぎに手を伸ばそうとする嵯峨に誠が声をかける。辛党で酒はいけても甘いものはからっきし駄目な嵯峨が安心したように手に付いたあんこをちかくのティッシュでぬぐう。
「おい、出てったのは……女将さんか?」 
 春子達と入れ違いに戻ってきた要が嵯峨の姿を見つけるとニヤニヤ笑いながら叔父である嵯峨に歩み寄っていく。
「おう、叔父貴も隅に置けねえな。どうせ調子に乗っておはぎ食いすぎたんだろ?」 
 要のタレ目の先、嵯峨の顔色は誠から見ても明らかに青ざめていた。
「本当に父上は……」 
 そう言いながら三つ目のおはぎを口に運ぶ楓。渡辺もいかにもおいしそうにおはぎを頬張る。
「で、どこまで進んだかな?」 
 そう言いながら要は誠の端末の画面に映し出されている明華とランの罵り合いに目を向けた。
「あ、まだ続いてるんですか……ってこんなに長くやる必要あるんですか?」 
 誠は未だに同じ場面が続いているのに呆れた。
『このちび!餓鬼!単細胞!』 
『オメーだってタコの愛人じゃねーか!』 
 その会話は完全にそれぞれの現実での立場に対する個人攻撃に変わりつつある。
「おい、こんなの部外者に見せる気か?」 
 画面を指差しながら誠にたずねる要。
「いや、たぶんアドリブでどちらか本音を言っちゃって、それでエキサイトしてこうなったんじゃないですか?」 
「それを止めねえとは……アイシャの奴」 
 要が時々見せる悪い笑みを浮かべていた。
『なんでそこで清海の話が出てくるのよ!』 
『そっちだろ?アタシがあのくたびれた雑巾に気があるなんて嘘を言いだしやがったのは!』 
「くたびれた雑巾……」 
 要はランの言葉を繰り返しながら口の周りのあんこをぬぐっている叔父、嵯峨惟基を見つめた。
「確かに父上を評するには良い言葉だな」 
 そう言って父を見上げる楓は頷く。
「なんだかこいつ等の悪口、このまま言ったら俺批判になるんじゃねえのか?」 
 嵯峨がそう言う中、画面の中の二人がさらに言葉をエスカレートしていく。
『カットー!隊長をいじめる企画じゃ無いですよ!二人とも!』 
 さすがに方向性がずれてきたことに気づいたアイシャが止めにかかる。
「なんだよ、アイシャ。もっと続けりゃいいのによ」 
 そう言いながら要は手にした二つ目のおはぎを口に放り込んだ。


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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 15

 実働部隊の『詰め所』と呼ばれる事務作業の机に誠が倒れ伏したのは別に日課の3キロマラソンに疲れたからではなかった。
 実働部隊と警備部の隊員には特に任務が無い限り毎日3キロのランニングが課せられている。元々大学時代に野球部のエースだった誠からすれば軽いランニング程度のものだったが、今日のそれは明らかにつらすぎた。昨日アイシャと要と話し合ってどうなったのか分からないが、カウラがニコニコしながら誠の隣を走る。サイボーグであるためランニングに参加しない要は走り終えた誠にスポーツ飲料の缶を差し出してきた。
「誠ちゃん!」 
 そして突っ伏せる誠に笑顔のアイシャがいつの間にか背中に立っていて、彼の頭を軽く叩く。
「なんですか?ベルガー少佐まで……」 
 めんどくさそうに頭を上げる誠だが、一瞬でアイシャの表情が変わったのを見てびっくりして立ち上がる。カウラはその光景を見ながらただ困ったような笑みを浮かべていた。
「何よその顔。まあ良いわ。ちょっと来てくれない?」 
 そう言って誠は連れ出された。廊下を進み、いつもは倉庫になっている部屋をノックするアイシャ。
「神前が来たのか?」 
 中からの声の主は意外にも嵯峨だった。そのままアイシャはドアを開けて中に入る。カプセルのようなものが並んでいる倉庫扱いだったこの部屋。その中の一つから顔を出している嵯峨。その頭にはヘルメットのようなものをかぶっていた。
「隊長も覚悟決めてくださいよ。一応この話は隊長が去年……」 
「分かったよ、やれば良いんだろ?」 
 そう言って嵯峨がカプセルに横たわる。それを見て安心したようにカウラはカプセルの縁に立つ。
 誠が目を凝らすと他にもシャムとカウラ、そしてなぜか小夏やリアナまでカプセルの中で顔に奇妙なマスクのようなものをつけて横になっている。
「なんです?これ」 
 呆れたように誠が自分向けと思われるカプセルを指差す。
「撮影よ!セットなんて作る予算も無いからバーチャルで全部やろうと言うわけ」 
 そう言って誠にそのカプセルに横たわることを強制しようとするアイシャ。昨日要に聞かされた撮影方法を思い出して納得するがいま一つぴんとこない。
「まあ、いいですよ。変な効果は無いんでしょうね」 
「おい、神前。俺の技術に文句をつける気か?」 
 そう言うのは奥にモニターをにらみつけながら座っている吉田。さすがに誠は陰湿な嫌がらせが得意な彼に逆らうことは無駄だと悟ってシャム達の様子を観察する。アイマスクのようなものをつける彼女達の口元が笑っているように見えたので誠は覚悟を決めるとアイシャが指し示すカプセルに寝転んだ。
「はいこれ」 
 そう言ってアイシャがヘルメットを差し出す。徹夜明けと言うことでいつもより明らかに疲れているようで、笑顔がどこと無くぎこちない。
「分かりましたよ」 
 誠はそのまま体をカプセルの中で安定させるとヘルメットをかぶった。それに付属した視界を確保するためのバイザーをおろすとそこはどこかで見たような部屋だった。
『これ僕の部屋じゃないか!』 
 確かにこれは実家の誠の部屋だった。夏にコミケの前線基地としてアイシャ達を呼んだ時にアイシャが撮った部屋の内装なのは間違いなかった。きっちり本棚には誠が作った美少女キャラのフィギュアが並んでいる。
「始動するわよ!」 
 アイシャの声が響くとカプセルのふたが閉まる。そして誠の意識はバイザー越しの見慣れた部屋に吸い込まれていった。
 誠の着ている服が寝巻きに変わる。
『このまま開始5分で着替えて食堂に下りる』 
 目の前にに指示が入る。昨日の渡された台本を思い出し、カウラの幼馴染で大学に通うために下宿していると言う後付設定が加筆されたのを思い出しながら頭を掻いて見せた。
「凝りすぎでしょ、アイシャさん」 
 誠はそう言いながら東都の実家と同じ間取りの部屋のベッドから起き上がり、かつてのように箪笥から服を取り出す。
『誠ちゃん。ちゃんと着替えるのよ』 
 天の声のように響くのはアイシャの声だった。誠は急かされるようにジーンズをはいてTシャツを着込む。そしてそのまま誠の実家と同じ間取りの階段を下りて出番に向けて食堂の入り口で待機した。
 視界に入る台本にはすでにシャムと小夏、そして嵯峨とリアナが食堂で食事をしていると言う設定が見えた。カウラは炊飯器からご飯を盛っているということで誠の視界の外にいる。誠はそのままカウントが0になったのを確認して食堂に入った。
「お兄ちゃん遅いよ!」 
 そう言って叫ぶシャム。
「ごめんな、ちょっと……うわっ!」 
 誠は台詞を読むのをやめて叫んだ。シャム、小夏、嵯峨、リアナさらにカウラ。そして自分の席にも明らかに不審などんぶりが置かれていた。
 嵯峨がその中身を摘み上げる。芋虫である。どんぶりの中にはうごめく芋虫がいっぱいに盛られていた。シャムは誠から関心をどんぶりに移すとそのまま一匹の芋虫を手にしてそのまま口に入れた。
「なんですか?これは!」 
 思わず絶叫する誠。だが、シャムも小夏も嵯峨もリアナも何も言わずにどんぶりの中の芋虫を手に取ると口に運んだ。
「なにって……リョウナンヘラクレスオオゾウムシの幼虫だろ?」 
 嵯峨は何事も無いように一匹の芋虫を取り出すと口に運んだ。
「これってグロテスクだけど癖になるんだよね」 
 同じよう口に二匹の芋虫を入れて頬張る小夏。リアナもシャムもおいしそうに食べ続ける。
「待った!タンマ!」 
 叫ぶ誠に目の前の彼の家族達が冷たい視線を投げてくる。
『どうしたの?誠ちゃん。何か不都合が……』 
 アイシャの明らかに笑いをこらえている声がさらに誠をいらだたせた。
「これ……マジっすか!勘弁してくださいよ!」 
 ほとんど半泣きで叫ぶ誠。
「仕方ないわね。でもこれをクリアーできないと出番が少なくなるわよ」 
「出番はどうでもいいから!これ何とかしてください!」 
 どんぶりを指差す誠にテーブルに付く人々が冷たい視線を送る。
「予定通り誠ちゃんは寝坊と言うことで……カウラちゃん。B案で行きましょう。じゃあ誠ちゃんはしばらく休みね」 
 アイシャの言葉とともに視界が黒く染められる。誠はバイザーをはずしてそのまま生暖かい視線をにやけるアイシャに向けた。
「ああ、そういえば誠ちゃんは遼南レンジャーの資格は持ってないわよね。まあレンジャー資格試験の時にはあれを食べるのは通過儀礼みたいなものだから……でも結構おいしいのよ」 
 そう言ってアイシャは自慢の紺色の長い髪を掻き分ける。そのまま誠は仕方がないというように立ち上がろうとした。そしてすぐに先ほどのうごめく芋虫を頬張る嵯峨達を思い出して口を押さえた。
「ああ、誠ちゃんも見たいんじゃないの?そのバイザーで吉田さんのカメラと同じ視線でストーリーが見えるはずよ」 
 気が進まないものの誠は嬉しそうでありながら押し付けがましいアイシャの言葉にしぶしぶバイザーを顔につける。
 そこには食事を取るカウラ達が映し出されていた。カウラも平然と食卓に並ぶ芋虫を食べている。
『マジ?あれ本当に旨いの?』 
 そのおいしそうに芋虫を頬張る姿に背筋が寒くなる誠。
「じゃあ行って来るね!」 
 普段の食事の時と変わらず一番多い量を真っ先に食べ終えたシャムが椅子にかけてあった赤いランドセルを背負って走り出す。
 そのまま誠はカメラを移動させてシャムを映す画面を見続けた。
『私の名は南條シャム。遼東学園初等部5年生。どこにでもいる普通の小学生だったんだ』 
 シャムの声で流れるモノローグ。いつもの実業団野球でも屈指の走塁で知られる陸上選手のようなスマートな走り方ではなく、あきらかにアニメヒロインのような乙女チックな走り方をするシャム。誠は笑いをこらえながら走っているシャムを映し出す画面を見つめていた。
「おはよう!」 
 バス停のようなところでシャムを待つ小学生達。見たことが無い顔なのでおそらくは吉田の作った設定なのだろう。そこで誠は周りの景色を確認した。どう見ても豊川市の郊外のような風景。住宅と田んぼが交じり合う風景は見慣れたものでその細かな背景へのこだわりに吉田のやる気を強く感じる。
『はい、カット!』 
 アイシャの声で画面が消える。バイザーを外す誠の前で起き上がるシャム達。
「誠ちゃん、なんで食べないの?あれおいしいんだよ!」 
 開口一番そう言って拗ねるシャム。だが、誠はただ愛想笑いを浮かべるだけだった。
「神前の兄貴は食わず嫌いなんすよ。まあ母さんもそうだけど見た目で食べ物を判断すると損ですよねー」 
 そう言って芋虫を食べるポーズをする小夏。その手つきに先ほどの芋虫の姿を重ねて誠は胃の中がぐるぐると混ぜられるような感覚がして口に手を回した。
「あのさあ、俺もう良いかな?」 
「ああ、お疲れ様です。しばらく出番はなさそうですから」 
 アイシャにそう言われて嵯峨はカプセルから立ち上がる。
「レンジャー資格は取っといた方が後々楽だぞ」 
 嵯峨はそのまま誠の肩を叩くと部屋を出て行った。
「しばらくはシャムちゃんだけのシーンなんだけど……」 
「僕はちょっと……気分を変えたいんで」 
 誠は自分の顔が青ざめていることを自覚しながらアイシャに声をかける。
「そんなに嫌な顔しないでよ。良いわ。これからランちゃんのシーンを取るから呼んできてよ」 
「おい、上官にちゃん付けは無いんじゃないの?」 
 吉田はずっとバイザーをつけたまま首の辺りに何本ものコードをつないだ状態で口だけがにやけたように笑っている。
「はい、それじゃあ呼んで来ます」 
 誠はそう言ってよろよろとカプセルだらけの部屋を出た。
 アイシャに言われるままに倉庫を飛び出すとそのまま駆け足で法術特捜の分室や冷蔵庫と呼ばれるコンピュータルームを通り過ぎて実働部隊の部屋に戻る。そのあわただしい様子にランや楓はものめずらしそうな顔をしていた。
「クバルカ中佐!出番ですよ」 
 誠は机に向かって事務仕事をしているランに声をかけた。
「面倒くせーな。ったく……」 
 そう言いながら椅子から降りるラン。彼女の幼児のような体型では当然足が届かず、ぴょいと飛び降りるように席を立つ。
「なんだ?神前。文句でもあるのかよ」 
 ランが不思議そうに誠をにらむ。実際何度見てもそんな態度のランのかわいさに抱きしめたくなるのは仕方の無いことで両手がふるふると震えた。そんな誠の様子を見て噴出しそうになる渡辺の口を楓が押さえている。その様がこっけいに見えたらしく噴出したアンをさらにランがにらみつける。
「そう言うわけでは無いんですけど……」 
 口を濁す誠を慣れているとでも言うように右手を振りながら扉に向かうラン。ドアを閉める直前でじっと大きめに見える目で部屋をくまなく眺めた後戸を閉めて姿を消した。
「神前先輩、どうでした撮影は」 
 自分の椅子に腰掛ける誠に手にコーヒーを持ったアンが擦り寄る。
「ああ、俺が出る幕も無かったよ」 
「おう、神前。アンに対するときは俺でアタシ等には僕か。微妙な言い回し……もしかして……」 
 それまで呆然と目の前のモニターを眺めているように見えた要がにやけながら二人を見つめる。そこにアイシャのような腐った妄想が広がっているのがわかってさすがの誠も動揺した。
「何を言うんですか!要さん」 
 タレ目を見開いている要に、誠は思わずそう叫んでいた。
「そうですよね。僕は……」 
 いじけるアンの後ろから鋭く光る楓と渡辺の視線が誠に突き刺さる。
 あえて要と楓、そして渡辺にかかわるのを避けるように誠は端末を起動させる。誠はとりあえず先日砲術特捜からの依頼を受けた仕事の続きをすることにした。法術との関係が疑われる事故や犯罪のプロファイリング。写っているのは不審火の現場。これ以外にも三件あった。
 法術特捜の主席捜査官の嵯峨茜の誠達へ出されたこうした宿題は分量的にはたいしたものでは無かったが、その意味するところは実戦を経験してきた誠にも深刻であることが理解できた。無許可の法術使用、特に炎熱系のスキルを使用したと思われる事件の資料。無残に焦げ付いた発火した人々の遺体ははじめは誠には目を向けることもできないほど無残なものだった。
 そんな事件のファイルを見ながら鑑識のデータを拾い報告書の作成を始める誠。だが、すでに提出を終えている要は暇そうに部屋を見回して誰かに絡もうとしていた。
「お姉さま、コーヒーでも飲まれますか?」 
 誠の隣の席で暇そうにしている要に楓が声をかける。
「別にいらねえよ……、神前。そこの資料は同盟司法局のデータよりも厚生局の資料を見てから書いたほうが正確になるぞ」 
 要の言葉に誠はそのまま厚生局の法術事故の資料のフォルダーを開いた。
「ありがとうございます……ああ、あそこは法術犯罪のケースのまとめ方がうまいですね。参考になります」 
 そう言いながら資料に目を通す誠。そんな彼の横から明らかに敵意をむき出しにした楓の視線が突き刺さる。
「ったく暇でしょうがねえな。こういう時に限って司法警察の連中の下請け仕事も無いと来てる」 
 退屈そうにくるくると椅子を回転させる要。
「第四小隊はM10の新動作プログラムの試験に出たっきり……うらやましいですよね」 
 楓がしみじみと語る。保安隊実働部隊。アサルト・モジュールでの実力制圧活動を行う部隊は四つの小隊で構成されていた。
 東和陸軍の教導部隊のエースであるクバルカ・ラン中佐の指揮する第一小隊。彼女は保安隊副長でもあるので実働部隊全体の指揮官とも言えた。そこには遼南救国の英雄とも言われるナンバルゲニア・シャムラード中尉、伝説の傭兵と語り継がれる『電脳の悪魔』の二つ名の吉田俊平少佐が所属し、事実上の保安隊のエース部隊といえるものだった。
 誠が所属するのは第二小隊。隊長はカウラ・ベルガー大尉。そして隣でぶらぶらしている西園寺要も隊員の一人である。
 そして胡州・遼南の混成部隊第三小隊。ここには胡州四大公の爵位を持ち、保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐の次女の嵯峨楓を隊長とした部隊である。まだここに配備される予定のアサルト・モジュール『烈風』が到着していないために実質的には今は事務処理要員扱いを受けていた。
 そして最後の第四小隊になるわけだが、その部隊はこれまでの部隊とは少しばかり性質の異なる部隊だった。第四小隊の小隊長ロナルド・J・スミス上級大尉の席に視線を移す誠。彼の席も部下のジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉の机もどれも住人はいないと言うのに端末の電源は入りっぱなしでさらに通信まで行われている。
 彼等は現役のアメリカ海軍の軍人である。彼等と技術部の整備班で最新鋭アメリカ海軍採用のアサルト・モジュールM10シリーズの整備を担当しているレベッカ・シンプソン中尉の配属には強い政治的配慮がなされた結果のものだった。
 保安隊隊長、嵯峨惟基特務大佐はどの軍隊でも敵に回したくない人物の上位に顔を出すやり手として知られていた。さらに遼州星系の最高の権威である遼南王朝の皇帝の肩書きを本人は返上したと言ってはいるが、遼南の議会は全会一致で彼の退位を無効とする決議をしていたので彼は遼南皇帝の位も持ち合わせている。
 この星遼州の外を回る第四惑星胡州では胡州貴族の頂点である四大公。家督を娘の楓に譲ったとは言え未だに数多くのコロニーを領邦として所有する有数の資産家として知られ、遼北、西モスレム、東和、大麗、ゲルパルトと言った遼州同盟の主要国に血縁や外務武官時代に作った独自のパイプを持つ人物として知られた。
 そのような人物であればその動静を抑えておきたい。同盟の成立に不快感を隠さない地球の超大国アメリカの意向を遼州同盟は受け入れる決断を下した。
 立場が強いうちにこそ妥協ができる。それが座右の銘ともいえる嵯峨がアメリカ海軍からの部隊員出向を受け入れる見返りに司法機関実力部隊として活動することで得られるさまざまなデータを引き渡す。第四小隊の結成を遼州同盟の政治機構が認めたのはそんな流れからのことだった。
「でも、あいつ等も色々あるんだろうねえ」 
 ポツリと要がつぶやく。05式での運用データの収集がひと段落着いたと判断した開発元の菱川重工業はその稼動データを元に改修してテストを進めていた。より癖の無いプログラムに仕上げるため、テストパイロットは05式の操縦経験の無い第四小隊が担当することになった。しかし、それは最新のアサルト・モジュール開発国である東和のトップシークレットをアメリカに流すと言うことを意味していた。
 そのような上層部の判断は誠にはどういう結果をもたらすものかは理解できなかった。明らかに技術流出につながるこの政治的取引が何で補填されるか。それはランなどの部長級の人々の関心事ではあっても一隊員の誠には分かるはずも無かった。誠は隣の空いた机を見て苦笑いを浮かべながら再び画面に集中する。
 楓は姉の茜から割り振られたデータの整理の仕事を渡辺、アンに振り分けているようで無駄話をやめてそれぞれの事務仕事をはじめていた。そして沈黙が部屋を支配することになった。ただキーボードを叩く音、画面が切り替わるときの動作音、そして端末の放熱ファンの音だけが響く。
「うわー!っ退屈だー!」 
 そう言って要が立ち上がるとそのまま誠の後ろに回りこみ首に腕を回しこんで極める。意外にも事務仕事の得意な要が手持ち無沙汰なのは分かるが、急にそんなことをされては誠はじたばたと暴れるしかなかった。
「なに!なにすんですか!離して……」 
「つまんねえ!つまんねえよ!」 
 叫ぶ要を背負いながら楓達に目をやるが、明らかに要を押し付けられるのを恐れて視線を合わせようとしてくれない。
「アイシャさん達のところに行けば良いじゃないですか。僕は仕事を……」 
 誠がそう言うと要は気が付いたように誠から手を離す。
「そうか、じゃあちょっと待てよ」 
 そう言うと要は首の根元からコードを取り出して誠の端末に差し込む。
「あっ!報告書消えちゃいましたよ!」 
「ああ、後でアタシがやってやるよ……ちょっと時間が……」 
 何度か要が瞬きする間にすさまじい勢いで画面が転換されていく。
「これで、行けるは……ず!」 
 そんな掛け声をかけた要の前にシャムの顔があった。その目の前には子犬ほどの大きさのどう見ても熊と思われる動物が映っていた。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 14

 豊川駅の繁華街から住宅街へと走る車。つかまった信号が変わるのを見ると金髪の運転手は右折して見慣れた寮の前の通りに入り込む。
「ちょっと入り口のところで止めてくれるか?」 
 要はそう言うと寮の門柱のところで車を止めさせる。そしてそのままドアを開くと降り立って座席を前に倒した。
「おい、神前。そいつ連れてけ」 
 表情を押し殺したような調子で要が誠に告げる。
「カウラさん、着きましたよ」 
 そう耳元で告げてみてもカウラはただ寝息を立てるだけだった。誠は彼女の脇に手を入れて車から引きずり出す。
「ったく幸せそうな寝顔しやがって」 
 呆れたような表情でそう言ってそのまま車に乗り込む要。隣の駐車場にゆっくりとカウラの赤いスポーツカーが進んでいく。誠はそれを見送るとカウラを背負って寮の入り口の階段を上る。
 考えてみれば時間が悪かった。カウラの自爆で『あまさき屋』をさっさと引き払った時間は9時前。煌々と玄関を照らす光の奥では談笑する男性隊員の声が響いてくる。足を忍ばせて玄関に入り、床にカウラを座らせて靴を脱ぐ。カウラを萌の対象としてあがめる『ヒンヌー教徒』に見つかればリンチに会うというリスクを犯しながら自分のスニーカーを脱ぎ、カウラのブーツに手をかけた時だった。
「おっと、神前さんがお帰りだ。やっぱり相手はベルガー大尉ですか、隅に置けないですね」 
 突然の口に歯ブラシを突っ込んだ技術部の伍長の声に振り向いた誠。いつの間にか食堂から野次馬が集まり始めている。その中に菰田の部下である管理部の主計下士官達も混じっていた。
 『ヒンヌー教』の開祖菰田邦弘主計曹長に見つかれば立場が無いのは分かっている誠はカウラのブーツに手をかけたまま凍りついた。
「オメエ等!そんなにこいつが珍しいか!」 
 そう怒鳴ったのは駐車場から戻ってきた要だった。入り口のドアに手をかけ仁王立ちして寮の男性隊員達をにらみつける。助かったと言うようにカウラのブーツを脱がしにかかる誠。
「なんだ、西園寺さんもいたんじゃないですか……」 
 眼鏡の管理部の伍長の言葉を聴くと土足でその伍長のところまで行き襟首をつかんで引き寄せる要。
「おい、なにか文句があるのか?え?」 
 すごむ要を見て野次馬達は散っていく。首を振る伍長を解放した要がそのままカウラのブーツの置くところを探している誠の手からそれを奪い取る。
「ああ、こいつの下駄箱はここだ」 
 そう言って脇にある大きめの下足入れにブーツを押し込んだ。
「神前、そいつを担げ」 
 そのまま自分のブーツを素早く脱いで片付けようとする要の言葉に従ってカウラを背負う。
「別に落としても良いけどな」 
 スリッパを履いて振り向いた要を見つめた後、そのまま階段に向かう誠。
 食堂で騒いでいる隊員達の声を聞きながら誠は要について階段を上った。そのまま二階のカウラの部屋を目指す誠の前に会いたくない菰田が立っていた。
「これは……」 
 何か言いたげに誠の背中で寝入っているカウラを指差す菰田。
「なんだ?下らねえ話なら後にしろ」 
 要の言葉に思わずそのまま自分の部屋のある西棟に消えていく菰田を見ながら要は自分の部屋の隣のカウラの部屋の前に立つ。
「これか、鍵は」 
 そう言うと車の鍵の束につけられた寮の鍵を使ってカウラの部屋の扉を開いた。
 閑散とした部屋だった。電気がつくとさらにその部屋の寂しさが分かってきて誠は入り口で立ち尽くした。机の上には数個の野球のボール。中のいくつかには指を当てる線が引いてあるのは変化球の握りを練習しているのだろう。それ以外のものは見当たらなかった。だが、それだけにきれいに掃除されていて清潔なイメージが誠に好感を与えた。ある意味カウラらしい部屋だった。
「布団出すからそのまま待ってろ」 
 そう言って要は慣れた調子で押入れから布団を運び出す。これも明らかに安物の布団に質素な枕。誠は改めてカウラが戦うために造られた人間であることを思い出していた。
「ここに寝せろ……」 
 要の言うことにしたがって誠はカウラを敷布団の上に置いた。
「なあ、オメエもこいつのこと好きなのか?」 
 掛け布団をカウラにかぶせながら何気なく聞いてくる要。その質問の突然さに誠は驚いたように要を見上げた。
「嫌いなわけないじゃないですか、仲間ですし、いろいろ教えてくれていますし……」 
 要が聞いているのはそんなことでは無いと分かりながらも、誠にはそう答えるしかなかった。
「まあ、いいや。実は飲み足りなくてな……付き合えよ」 
 そう言うと要は立ち上がる。誠も穏やかな寝顔のカウラを見て安心すると要の後に続いた。カウラの部屋の隣。さらに奥のアイシャの部屋はしんと静まり返っている。要も鍵を取り出すとそのまま自分の部屋に入った。
 こちらも質素な部屋だった。机といくつかの情報端末と野球のスコアーをつけているノート。あえて違いをあげるとすれば、転がる酒瓶はカウラの部屋には無かった。
「実はスコッチの良いのが手に入ったんだぜ」 
 そう言って笑う要。そのまま彼女は机の脇に手を伸ばし、高級そうな瓶を取り出す。そしてなぜか机の引き出しを開け、そこからこの寮の厨房からちょろまかしただろう湯飲みを二つ取り出した。
「まあ、夜はまだまだあるからな」 
 そう言ってタレ目で誠を見つめる要。彼女の肩に届かない長さで切りそろえられた黒髪をなびかせながらウィスキーをそれぞれ湯飲みに注ぎ、誠に差し出す。
「良い夜に乾杯!」 
 そう言って笑顔で酒をあおる要。誠は彼女のそう言う飲み方が好きだった。
「お前も配属になってもう4ヶ月か。どうだ?」 
 珍しく要が仕事の話を振ってくるのに違和感を感じながら誠は頭をひねる。
「そうですね、とりあえず仕事にも慣れてきましたし……と言うかうちってこんなに遊んでばかりで良いんですかね」 
 誠の皮肉ににやりと笑いながら二口目のウィスキーを口に運ぶ要。
「まあ、それは叔父貴の心配するところなんじゃねえの?でもまあこれまでよりは仕事はしてるんだぜ。近藤事件やバルキスタン紛争なんかはようやく隊が軌道に乗ったからできる仕事ではあるけどな」 
 そう言って笑う要が革ジャンを脱ぎ捨てる。その下にはいつものように黒いぴっちりと体に張り付くようなタンクトップを着ていた。張りのある背中のラインに下着の線は見えない。
「やっぱりウィスキーは飲むと体が火照るな」 
 そう言って要は静かに誠ににじり寄る。そして上目がちに誠を見ながら髪を掻き揚げて見せた。
 そしていつもは想像も出来ないような妖艶な笑みを浮かべる要。誠はおどおどと視線を落として、いつものように飲みつぶれるわけには行かないと思って静かに湯のみの中のウィスキーを舐める。
「あのさあ」 
 要が沈黙に負けて声をかける。それでも誠はじっと視線を湯飲みに固定して動かない。
「オメエさあ」 
 再び要が声をかける。誠はそのまま濡れた視線の要に目を向けた。
「まあ、いいや。忘れろ」 
 そう言うと要は自分の空の湯のみにウィスキーを注ぐ。
「オメエ、女が居たことねえだろ」 
 突然の要の言葉に誠は声の主を見つめた。にっこりと笑い、にじり寄ってくる要。
「そんな……そんなわけ無いじゃないですか!一応、高校大学と野球部のエースを……」 
「そうかねえ、アタシが見るところそう言う看板背負っても、結局言い寄ってくる女のサインを見逃して逃げられるようなタイプにしか見えねえけどな」 
 そう言って要は再び湯飲みを傾ける。静かな秋の夕べ。
 誠と要の目が出会う。ためらうように視線をはずそうとする誠を挑発的な視線で誘う要。
「なんならアタシが教えてやろうか?」 
 身を乗り出してきた要に身を乗り出されて誠が思わず体をそらした時、廊下でどたばたと足音が響いた。
「要!」 
 誠がそのまま要に仰向けに押し倒されるのとアイシャがドアを蹴破るのが同時だった。
「何してるの!要ちゃん!」 
「そう言うテメエはなんだってんだ!人の部屋のドアぶち破りやがって!」 
 怒鳴るアイシャと要。誠は120kgの機械の体の要に乗られて動きが取れないでいた。
「大丈夫?誠ちゃん。今この変態サイボーグから救ってあげるわ!」 
 そう言って手を伸ばすアイシャの手を払いのける要。誠は頭の上で繰り広げられる修羅場にただ呆然と横たわっていた。
「まったくあんな漫画描いてるのに……こういうことにはほとほと気の回らない奴だなオメエは」 
「何言ってるの!相手の意図も聞かずに勝手に欲情している要ちゃんが悪いんじゃないの!」 
 誠はもう笑うしかなかった。そして一つの疑問にたどり着いた。
 アイシャがなんでここにいるのか。彼女は吉田と今回の映画の打ち合わせをしているはずである。こだわるべきところには妥協を許さないところのあるアイシャ。彼女が偶然この部屋にやってくるなどと言うことは有り得ない。
 そう思って考えていた誠が戸口を見ると、アイシャと要の罵り合いを見下ろしているカウラの姿が見えた。
「カウラ!オメエはめやがったな!」 
 要も同様に戸口のカウラに気づいて叫んだ。
「勝手に悲劇のヒロイン気取ってる貴様に腹が立ったんでな。別にやきもちとかじゃ……」 
「そうなの?私に車の中からひそひそ声で連絡が来た時は相当怒ってるみたいだったけどなあ」 
 アイシャの言葉で再びカウラの頬が赤く染まる。そこで一つ良い考えが思いついたと言うように要が手を打つ。
「じゃあ、こう言うのはどうだ?全員で……」 
「西モスレムに籍を移して奥さん四人まで制を導入するって言うんでしょ?あんた酒をやめられるの?」 
 せっかく浮かんだアイデアをアイシャに潰されてへこむ要。あわてて戸口を見る誠の前には真剣にそのことを考えているカウラがいた。
「そうだな、隊長から遼南皇帝の位を譲ってもらう方が簡単かもしれないな。そうすれば正室を決めて……」 
「おい、カウラが冗談言ってるぜ」 
「ええ、珍しいわね」 
 真剣に考えた解決策をあっさりと要とアイシャに潰されてカウラは力が抜けたと言うようにうなだれた。
「盛り上がっているところ大変申し訳ないんですが……」 
 そう言って現れたのは島田正人准尉だった。技術部整備班長であり、この寮の寮長である彼の介入はある意味予想できたはずだが、誠はその威圧するような瞳にただたじろぐだけだった。
「おう、島田。こいつがドアぶち破ったから何とか言ってやれ!」
 そう言って要は勤務服姿のアイシャを指差した。 
「島田君、誠君を襲おうとした要ちゃんから守ってあげただけよ」 
 突っかかる二人を抑えながらそのまま誠に近づいてくる島田。
「もう少し配慮してくれよ。俺にも立場ってものがあるんだから」 
 誠の耳元でそう囁くと島田は倒れたままの誠を起こした。
「別に俺も隊長とおんなじで野暮なことは言いたくないんですがね」 
 そう言って場を収めようとする島田だが、要は不服そうに彼をにらみつけた。
「まあ、オメエとサラの関係からして当然だな」 
「要ちゃん!」 
 野次馬の後ろにサラの赤いショートカットの髪が揺れている。
「ああ、すいません。ベルガー大尉!そこに集まってる馬鹿共蹴散らしてくださいよ!」 
 島田のその声にカウラが手を出すまでも無く野次馬達は去っていく。そこに残されたのは心配そうに誠を見つめるサラの赤い瞳と汚いものを見るようなパーラの青い瞳だった。
「問題になってるのはこいつでしょ?ちょっと説教しますから借りていきますよ。まあこのドアの修繕費についてはお三方で話し合ってくださいね」 
 そう言うと誠の襟首をつかみ上げて引きずっていく島田。要とアイシャは呆然として去っていく誠を見送っている。
「ああ、ベルガー大尉も同罪ですから。きっちり修理代の何割か支払ってくださいよ」 
 ドアに寄りかかっていたカウラも唖然として誠を連れ出す島田、サラ、パーラを目で追っていく。そのまま誠は階段まで連行され、要の部屋から見えない階段の裏でようやく開放された。
「ちょっと俺の部屋に来い」 
 島田はそのまま誠についていくように促して階段を下りる。日のあたらない冬も近いのに湿気がたまっているような西向きの管理人室が島田の部屋だった。元が管理人室というだけあって質素なドアを開けると、中にはバイクや車の雑誌が積まれている机と安物のベッドが置いてあった。
 そのまま誠は付いてきたサラとパーラに押し込まれるようにして島田の部屋に入った。
「まあ、そこに座れ」 
 島田は和やかな面持ちで誠にそう告げる。サラとパーラの痛い視線を受けて誠は島田に促されるままに座布団に腰掛ける。
「まあ、なんだ。お前さんが悪いと言うことは確定しているから置いといてだ……」 
 そう言うと島田は急に下卑た表情に変わる。
「誰が一番なんだ?」 
 誠はしばらく島田が何を言いたいのか分からなかった。
「神前君、教えてよ。ね?」 
 興味津々と言った表情で赤い髪をなびかせて顔を近づけてくるサラ。
「あんた達本当に似たもの夫婦って……ああ、夫婦じゃないわね」 
 呆れたように状況を観察しているパーラ。誠はただ島田とサラに言い寄られて苦笑いを浮かべていた。
「あ、えーと。あの」 
「大丈夫!私達、口重いから」 
 そう言って島田を押しのけて迫ってくるサラの赤い目に思わず引き下がる誠。それを呆れた瞳で見るパーラ。
「やめといた方が良いわよ。どうせ話したりしたら三十分後にはあの三人が殴りこんでくるわよ」 
 パーラは呆れたようにそう言うとそのまま立ち上がる。
「何よ!パーラちゃんだって気になるんでしょ?失敗経験もあるし……」 
 そこまで言ってサラはパーラの顔色が曇るのを見て口をつぐんだ。
 保安隊の運用艦『高雄』の機関長、別名『新港の種馬』鎗田司郎大尉とのどろどろした愛憎劇というものがあると聞かされている誠もサラの失言に思わず彼女の顔を見た。
「ごめん、パーラ」 
 思わずうなだれるサラ。島田がそっと彼女の肩に手を乗せる。
「悪気があるわけじゃないんだから……」 
「良いのよ、気にしないで」 
 そう言ってパーラは顔を上げて誠を見つめる。明らかにその瞳には殺気が篭っている。パーラの話でうまいこと逃げられると踏んだ誠の思惑とは違う方向に話が転がりそうで思わず背筋に冷たいものが走る。
「無理よね。神前君は優しすぎるから言い出せないんでしょ?」 
 とつとつと語るパーラ。島田とサラの視線が容赦なく誠に突き刺さる。
「あの、別に好きとかそう言うことじゃなくて……」 
「なんだよ……いつも一緒にいるとき良い顔してるように見えるんだけどなあ」 
 友達路線を主張しようとした矢先に島田に釘を刺されてまた誠は黙り込む。
「そうだ!誰が一番神前君のことが好きかで選べば良いんじゃないの?」 
 サラがいかにも良いことを思いついたと言うように叫ぶ。だが、島田もパーラもまるでその意見に乗ってくる様子は無い。
「西園寺大尉が選ばれなければ血を見るだろうな」 
「意外とアイシャも切れるとすごいのよ。それに溜め込んでいるだけカウラもすごいことに……」 
 島田とパーラが今度は同情するような視線で誠を見つめる。
「そんな怖いこと言わないでください……」 
「パーラ!帰るわよ!」 
 またドアをいきなり開いて入ってきたのはアイシャだった。ニコニコ笑いながらずかずかと島田の部屋に入り込みパーラの肩を叩くアイシャ。
「話し合いついたんですか?」 
「当然よ。今回の件はすべて誠ちゃんの責任と言うことで、誠ちゃんに払ってもらうことになったから!」 
 そう晴れ晴れとした表情で言うアイシャに誠は泣きそうな目を向ける。
「アイシャさん……僕、何か悪いことしましたか?」 
 涙目で泣きつこうとする誠だが、アイシャはまるで誠を相手にしていないと言うようにパーラの肩を叩きながら出発を促した。
「まあがんばれ」
 島田はそう言うと立ち上がる。サラとパーラは同情する瞳を投げながら再び隊に戻るべく立ち去ろうとする。誠は一人島田に付き添われてそのまま廊下に出た。島田が部屋に鍵をかける。それを見ながら涙が止まらない自分に呆れる誠だった。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 13

「ったく!アイシャには期待していたのによう……奢りってここのことかよ」 
 数時間前まで深刻な顔をしていた要はそう言いながらもニヤニヤしながら次々とたこ焼きを口に運んだ。そんな彼女の後頭部にお盆の一撃が加えられる。
「うちでなんか文句あるの?今日はアイシャの姉さんからの監視の指示が出てるからおとなしくしているのよ!」 
 お好み焼きとたこ焼きの店『あまさき屋』の一階のテーブル席に座る誠と要とカウラ。要を殴ったこの店の看板娘にしてシャムの舎弟、家村小夏はそう言い残して厨房に消えた。
「まあ、あいつなりに私達に気を使っていると言うことだ。それに私はここのたこ焼きは大好きだがな」 
 カウラはそう言いながら大きな湯のみで緑茶を飲み始める。
 アイシャが言うには撮影はすべて吉田の作った簡易3Dシミュレータを使うと言うことで、その場面やデータの入力の為に吉田とアイシャ、それに運行部の数名が引き抜かれて徹夜で作業をするということだった。当然副長のランが飽きれた顔で部隊長の嵯峨へシミュレータの搬入と施設の使用許可を上申する光景を想像すると誠もデザインとして一枚噛んでいるだけに申し訳ない気持ちで一杯になり自然とビールに手が伸びる。
 そしてアイシャの暴走に不満たらたらの要を取り込むため、アイシャは小夏に連絡を取って『あまさき屋』のたこ焼き定食と大瓶のビール二本で手を打つように仕向けた。いろいろ言いながら、要はさらに自腹でアンコウ肝とレバニラ炒めを頼んだ上に、キープしてあるウォッカをあおりながら誠の隣に座っている。
「しかし今回はセットとかはどうするんだ?去年のようなドキュメンタリーじゃ無いんだろ?」 
 カウラはご飯に豚玉のお好み焼きを乗せた特製その名も『カウラ丼』を口に運ぶ。誠はそんな彼女をいつものように珍しい生き物を見るような視線で見つめていた。同じくどんぶりを口に運ぶカウラに驚いた表情を浮かべる要は思い直したように咳払いをすると説明をはじめた。
「前のあれがドキュメンタリーだったかどうかは別としてだ。まあ説明するとだな。まず場景を立体画像データとして設定するわけだ。たとえば家の台所とかのまあセットみたいなものをコンピュータに認識させるわけ。そしてその中にデータ化された役者を投入する」 
「そこが分からないんだ。どうやってするんだ?」 
 あまり部隊の任務以外に関心を示さないカウラが珍しく要の言葉に聞き入っているのを誠は微笑みながら見つめていた。
「まあ、ここ数年の精神感応系の技術の向上はすごいからな。まあヘッドギアを役者……っつうか素人だからそう呼ぶのも気が引けるけど、アタシ等がつけてコンピュータ内部に入り込んだような状態で中で台詞を読んだり動いたりするわけだ。わかるか?」 
 そこまで言うと要はレバニラ炒めを口に掻き込んでそのままビールで胃に流し込む。特性のカウラ丼を頬張りながらまだ納得できないと言うようにカウラが首をひねっている。
「でもそれじゃあ棒読みとかだとつまらないんじゃないのか?」 
 納得できないと言うようにそう言うとカウラはソースと豚肉、それにお好み焼きを混ぜ合わせたものをどんぶりの中でかき混ぜた。
「それは吉田の技術で解消するつもりだろ?あいつの合成や音声操作とかで棒読みだろうが声が裏声になろうがすべて修正してプロが演じているようにするくらい楽勝だって言ってたぞ」 
 たこ焼きを口に放り込もうとする要の姿を腕組みして感心しながら見入るカウラ。
「吉田さんらしいと言うか……さすがだな」 
「別に感心することじゃないだろ?楽器屋に行ったら廉価版のビデオクリップ作成ソフトとかで同じようなことができるはずだからな。まあ、画像の質とか修正の自由度なんかは吉田が使っているソフトがはるかに上なのは間違いないけど」 
 誠は珍しく穏やかに話し合う要とカウラの姿を見て安心しながらビールを飲み干した。
「ああ、神前。ビールだな」 
 カウラがビールの瓶を手にする。普段ならここで要の妨害が始まるはずだが、珍しく要はそれが当然だというように自分のグラスに酒を注いで杯を掲げた。
 そんなリラックスしていた三人は突然厨房から声が聞こえてそちらに視線を向けた。
「ジャーン!マジックプリンセス、キラットシャム!」 
「同じく!キラットサマー……」 
 小夏の名乗りに素に戻ったシャムが声をかける。
「小夏ちゃん!元気を出して!……それじゃあ!」 
「オメエ等、何しに来た?」 
 ポーズをとるシャムと小夏に冷めた視線を送る要。シャムと小夏は誠がデザインし、運行部で製作した衣装を着込んで立っている。
「いっそのことそのままその格好で暮らしてみたらどうだ?」 
 呆れたようにカウラがつぶやく。二人の冷めた反応にうつむくシャム。誠は仕方なく拍手をすることにした。
「馬鹿!こいつが図に乗るだろ?」 
 要の言葉通りすぐに復活したシャムが小走りで厨房に戻る。そして彼女は袋を持って誠の前に立った。
「はい、これ誠ちゃんの分!」 
 無垢な目を向けるシャムを誠は後悔の念に駆られながら見上げた。
「はい、神前。それ着て踊れ」 
 ざまあ見ろと言うような笑みを浮かべながら今度はウォッカの隣に置かれたラム酒をグラスに注ぐ要。カウラも自業自得だというような視線を誠に送ってくる。
「ナンバルゲニア中尉、ちょっと僕は……」 
「私もあのデザインは無いと思うのよねえ」 
 立ち上がった誠の背後からの声に翻ってみればそこには小夏の母、家村春子がいつものように紫の小紋の留袖を着て立っていた。今回の作品で恐怖薔薇女と言った怪物役に勝手に決められた春子がため息をつく。
「あれは……その。アイシャさんが……」 
「良いわよ、言ってみただけ。小夏もシャムちゃん暴れないで着替えてきなさい」 
 そう二人のワンパクに声をかけて厨房に消える春子。
「だから言ったんだよ。暴れるなって」 
 一人口の中の甘い酒を楽しむ要。そんな彼女にシャムが頬を膨らませた。
「そんなこと一言も言ってないよねー!」 
 誠に問いかけてくるシャムに頷いた誠の背中に要とカウラの視線を感じる。
「いいから着替えて来い」 
「了解!」 
 いつものように要には反発してもカウラの言葉には素直に従う二人。明らかに気分を害したというように要は灰皿を隣のテーブルから取ってくるとタバコに火をつけた。
「少しは周りを気にしたらどうだ?」 
 タバコの煙に眉をひそめるカウラの表情に機嫌を直す要。誠も要といれば受動喫煙になることを知っているが口が出せないでいた。
「でも、春子さんもよく引き受けたものだな、あのような役」 
 カウラの独り言を聞いた要がカウラの頭を引っ張る。抗議しようとしたカウラににんまりと笑った要は口を開いた。
「叔父貴の奥さん役ってのが良いんじゃねえの?」 
 カウラと誠は要の言葉に顔を見合わせた。
「それは無いんじゃないかな?確か二人の付き合いは『東都戦争』のころからって聞いてるけど、見ていてリアナお姉さんみたいな兆候もなにも……」 
「鈍いねえ小隊長殿は」 
 首をひねるカウラを笑いながら酒を飲む要。だが、そんな要の表情が不意に険しくなった。
「オメエ等、黙ってろ」 
 そう言うと要は忍び足で外に暖簾のはためくガラスの引き戸へ向かう。
「要、何やってるの?」 
 着替えてきたシャムに静かにするように人差し指を立てる要。いつもなら突込みを入れる猫耳セーラー服姿のシャムをちらっとだけ見て頭を抱えた後、そのまま扉に手をかける。
 急に開いた引き戸。暖簾の下で一瞬、男女の影が映った。そのまま飛び出して追っていく要。
「まったく何がしたいんだ、あいつは」 
 そう言いながら自分の空の烏龍茶のコップにラム酒を注ぐカウラ。明らかに間違えている彼女の行動を注意しようとする誠だが、入り口付近で騒ぐ声に気を引かれて黙り込んでしまった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」 
 気の小さい技術部の技師、レベッカ・シンプソン中尉が謝っている姿が誠達の目に飛び込んでくる。
「良いじゃないですか!僕達がどこで食事しようが!」 
 同じく技術部整備班の最年少である西高志兵長が口を尖らせて襟をつかんでいる要に抗議していた。
「色気付きやがってこの熟女マニア!何か?19で酒飲んでいいのか?ここは胡州じゃないぞ、東和だぞ。お酒は二十歳になってからだぞ!」 
 要の声にしゅんとなる西。眼鏡をいじりながら身なりを整えたレベッカは一瞬だけ勇気を出して要をにらみつけようとするが、威圧感では隊でも屈指の要の眼光に押されておずおずと視線を落とす。
「そんな……僕達はまじめにお付き合いを……」 
「西。オメエ19だろ?で、レベッカが28……そんなに胸がでかい女が好きなのか?」 
 意味ありげな瞳を向ける要の後頭部をシャムが蹴飛ばした。
「だめだよ!要ちゃん。愛に決まりなんて無いの!それに要ちゃんも28で誠ちゃんが23でしょ?大して変わらないじゃないの!」 
 頭をさすりながらシャムに目を向ける要。その目は明らかに泳いでいた。
「な、何馬鹿なこと言ってるんだ?アタシがあのオタクが好き?そ、そんなわけ無いだろうが!」 
 あまりにも空々しい否定。声がひっくり返っての弁明。その姿に一同はただ生暖かい視線を向けた。
「はい、はい、はい。ご馳走様ですねえ、外道。お母さん!お客さんだよ!」 
 シャムとそろいの猫耳セーラー服にエプロンをつけた姿の小夏が厨房に消えていく。レベッカと西も愛想笑いを浮かべながらシャムに引っ張られて誠達の隣のテーブルに向かい合って座った。
「酒は……やめておけよ」 
 カウラが一語一語確かめるようにして口にするのを見た誠と要は、空だったはずの烏龍茶のコップになみなみと琥珀色の液体が満たされているのに気づいた。
「おい!お前、勝手に人の酒飲むんじゃねえよ!」 
 そう叫ぶ要をとろんとした目で見つめるカウラ。その様子に気づいてレベッカと西もカウラに目を向ける。
「大丈夫なんですか?アイシャさんもそうですけど『ラストバタリオン』の人ってあんまり飲めないんじゃ……」 
 そう言う西をじっと見つめるカウラ。だが、すぐにその瞳はレベッカの豊満な胸へと集中していった。
「……なんで私は……」 
 うつむくカウラ。誠も要もどう彼女が動くのかを戦慄しながら見つめていた。
「あら、西君。また来たの……って要さん!」 
 春子が明らかにおかしいカウラを見るとすぐに圧迫するような感じで要に目を向けた。
「アタシじゃねえよ!こいつが勝手に飲んだんだよ!」 
 そこまで要が言ったところでカウラは急に立ち上がった。
 全員の視線を受けてよたよたと歩き出すカウラ。彼女はそのまま春子が持っていた盆を引っ張って取り上げるとそのまままっすぐにレベッカと西のテーブルにやってくる。
「おきゃくひゃん。つきだしですよ?」 
 そう言って震える手で二人の前に突き出しを置く。
「……どうも……」 
 そう言ったレベッカを今度は急に涙目で見つめるカウラがいた。
「どうも……ですか。すいましぇんねー。わたひは……」 
 そのまま数歩奥の座敷に向かう通路を歩いた後、そこに置かれていたスリッパに躓いて転んだ。思わず立ち上がった誠はカウラのところに駆け寄っていた。
「大丈夫ですか!」 
「誠……このまま……」 
 そこまでカウラが言ったところで要が立ち上がる。誠は殺気を感じてそのままカウラを二階へあがる階段のところに座らせる。
「おい!神前、帰るぞ」 
 そう言うと要は携帯端末をいじり始めた。
「でも運転は……」 
「だから今こうして代行を頼んでるんだろ?……はい、運転代行を頼みたいんですが……」 
 あっさりと帰ろうと言い出した要のおかげで惨事にならずに済んだということで胸をなでおろす春子。そして彼女にたこ焼きを注文する西。
 誠はただ呆然と彼等を眺めた後、カウラに目を向けた。彼女の目はじっと誠に向けられている。エメラルドグリーンの瞳。そして流れるライトグリーンのポニーテールの髪に包まれた端正な顔立ちが静かな笑みを浮かべていた。
「おい!もうすぐ到着するらしいから行くぞ!それとカウラはアタシが背負うからな」 
 有無を言わせぬ勢いで近づいてきた要はカウラを介抱している誠を引き剥がすと、無理やりカウラを背負った。
「なにするのら!はなすのら!」 
 暴れるカウラ。女性としては大柄なカウラだが、サイボーグである要の腕力に逆らえずに抱え上げられる。
「じゃあ、女将さん!勘定はアイシャの奴につけといてくれよ!」 
 そう言うと、突き出しをつつきながら談笑しているレベッカと西を一瞥してそのまま店を出て行く要。誠は一瞬何が起きたのか分からないと言うように立ち尽くしていたがすぐに要のあとを追った。
「別に急がなくても良いじゃないですか。それにカウラさんかなり飲んでるみたいですよ。すぐに動かして大丈夫なんですか?」 
 抗議するように話す誠を無視するように要はカウラのスポーツカーが止まっている駐車場を目指す。
「こいつなら大丈夫だろ?生身とはいえ戦闘用の人造人間だ。頑丈にできてるはずだな」 
「うるはいのら!はなすのら!」 
 ばたばたと暴れて要の腕から降りたカウラはそのままよたよたと駐車場の中を歩き回る。
「まったく酔っ払いが……」 
 要はそう言うと頭を掻きながらカウラを見ていた。
「こいつもな、もう少しアタシのことを気にせずにいてくれると良いんだけどな」 
 ポツリとつぶやく要。繁華街に突然現れたと言うような空き地を利用したコイン駐車場。真っ赤なカウラのスポーツカーが一際目に付く。
「要さん?」 
「なんでもねえよ!……すぐ来るって話だったけど遅いな!」 
 間が持たないというように腕の時計をにらみながら要がそう言ったところで運転代行の白いセダンが駐車場の入り口に止まった。
「誠、そいつから鍵を取り上げろ」 
 要の言葉に従って、歩道との境目に生えた枯れ草を引き抜いているカウラに誠は近づいていった。じっと雑草を抜いてはそれを観察しているカウラ。そんな彼女に鍵を渡してくれと頼もうと近づく誠が彼女の手が口に伸びるのを見つけた。
「カウラさん!そんなの食べないでください!」 
 そのまま駆け寄ってカウラの手にあるぺんぺん草を叩き落す。突然の行為にびっくりしたように誠を見つけたカウラはそのまま誠の胸に抱きついた。
「まことー!まことー」 
 叫びながら強く抱きしめるカウラ。彼女は力の加減を忘れたように思い切り誠を抱きしめる。まるでサバ折りを食らったように背骨を締め上げるカウラの抱擁に誠は息もからがら、代行業者の金髪の青年と並んでやってきた要に助けを求めるように見上げた。
「いいご身分だな、神前」 
 そう言って笑うと、要はカウラを止めもせずにカウラのジャケットのポケットに手を突っ込んで車の鍵を探り当てる。
「じゃあ、オメエ等そこでいちゃついてろ。アタシは帰るから」 
 そのまま立ち去ろうとする要。彼女なら本当にこのまま帰りかねないと知った誠はしがみつくカウラを引き剥がそうとした。
「いやなのら!はなれないのら!」 
 暴れるカウラ。彼女が今のように本当に酔っ払うと幼児退行することは知っていたが、今日のそれは一段とひどいと思いながらなだめにかかる誠。
「おい!乗るのか乗らないのかはっきりしろよ!」 
 カウラのスポーツカーの助手席から顔を出す要。
「そんなこと言って……」 
 その一言を最後に急にカウラの抱擁の力が抜けていく。見下ろす誠の腕の中でカウラは寝息を立てていた。
「ったく便利な奴だ。神前、とりあえず運んで来い」 
 苦笑いを浮かべる要に言われて誠はカウラを抱き上げた。細身の彼女を抱えてそのまま車の助手席に向かう。
「本当に寝てるな、こいつ」 
 渋い表情の要が助手席のシートを持ち上げて後部座席に眠るカウラを運び込んだ。
「お前が隣にいてやれよ」 
 そう言って要は誠も後部座席に押し込んだ。そしてそのまま有無を言わせず助手席に座る要。
「運ちゃん頼むわ」 
 そう言って金髪の青年に声をかける。その声が沈うつな調子なのが気になる誠だがどうすることもできなかった。カウラは寝息を立てている。引き締まった太ももが誠の足に押し付けられる。助手席で外を見つめている要の横顔が誠にも見えた。時々、彼女が見せる憂鬱そうな面差し。何も言えずに誠はそれを見つめていた。
「大丈夫なんですか、あの方は?」 
 さすがに気になったのか金髪の運転手が誠に尋ねてくる。
「ええ、いつもこうですから……」 
 そう答える誠にあわせるように頷く要。だが、いつもならここでマシンガントークでカウラをこき下ろす要がそのまま外を流れていく町並みに目を向けて黙り込んでしまう。気まずい雰囲気に金髪の運転手の顔に不安が見て取れて誠はひたすら申し訳ないような気持ちで早く寮に着くことだけを祈っていた。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 12

 誠の予想通り響く連続した銃声。誠はそのまま駆け出した。積み上げられた廃材の山を通り抜け、漫画雑誌が山と積まれた資源ごみの脇をすり抜ける。
 射撃レンジでは警備部の屈強な男達が見つめる中、弾を撃ちつくして拳銃のマガジンに弾を込めている要の姿があった。どう話を切り出せばいいのか迷う誠の目の前で、金髪の短い髪をなびかせながら要に見つからないように手を振っている警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐の姿が見えた。
 一心不乱で弾を込めている要に見つからないように忍び足でマリアのところに近づく。声が届く範囲のところにまで来たところで部下達が気を利かせたように警備部の自動小銃AKMSの散発的な射撃を開始した。
「どうしたんだ?あいつ、いきなりうちの新人の射撃訓練をやめさせて自分の銃を撃ち始めて……」 
 不審そうに誠を見つめるマリアの視線が誠に向けられる。そんな二人の周りを手の開いた警備部員達がニヤニヤ笑いながら見つめていた。
「ちょっとアイシャさんにいじられてああなってしまいまして……」 
 申し訳ないというように誠は頭を掻いた。マリアは腑に落ちないと言うように首をかしげる。
「隊長もそっちの話はからっきしですからね」 
 古参のひげ面の少尉が笑っている。しばらく彼の顔を見つめていたマリアだが、ようやく気づいたように鋭い視線で少尉の顔を見つめた。ひげの少尉は含み笑いを浮かべながらこっけいな敬礼をするとそのまま手にした自動小銃にマガジンを差すとすばやく薬室に弾丸を装弾してフルオート射撃を始めた。
「まあ、私に助言ができないことは間違いないけどな。それにしても……」 
 そう言うマリアの視線には愛用の銃、スプリングフィールドXD−40に弾丸を込め終えた要の姿があった。すばやくマガジンを銃に差し込んだ要は一服したように周りを見て、そこに誠がいることに驚いたような表情を浮かべると、そのまま銃のスライドのロックを解除して弾薬を装弾してから彼に向かって歩いてきた。
「なんだよ。文句あるのか?今月の射撃訓練の弾にはまだかなり余裕があるからな……」 
 口元を震わせながら強がって見せるような要。木枯らしが吹いてもおかしくないような秋の空の下、上着をレンジの端に置かれた弾薬庫に引っ掛けた彼女は、上着の下にいつも着ている黒のタンクトップに作業用ズボンと言ういでたちで誠の前に立っていた。
「一応、今日は僕達はアイシャさんの手伝いをするために来たと思うんですけど」 
「はぁ?あのアホの手伝いなんてするために来たんじゃねえよ、アタシは。あいつがアホなことしてうちの部隊に迷惑をかけないかどうか監視しに来たんだ」 
 そう言うと、アイシャは警備部の丸刈りの新兵をどかせてレンジを占領する。そしていつものように数秒で全弾をターゲットの胸元に叩き込むと空のマガジンを取り出す。
「そうか。じゃあここで無駄に弾を消費するのも目的とは反しているわけだな?」 
 不意を突かれたマリアの一言に要は戸惑ったように視線を泳がせる。周りのマリアの部下達も射撃をやめてニヤニヤと笑いながら要を見つめていた。そしてそのまま子供のように視線を地面に落とした要は拳銃をいじりながらさびしそうな表情を浮かべていた。
「姐御が言うんじゃしかたねえな。ちょっと待ってろ、片付けたら行くから」 
 まるで子供のように口を尖らせながら自分が使っていたレンジにとって返す要。そのまま保管庫にかけていた上着を着込み、素早くガンベルトを巻いてテーブルに弾薬が空の拳銃のマガジンを置く。
 その動作を一通り見ていた誠はそのまま彼女の隣に座った。要は相変わらず拗ねた子供のような表情で、誠に視線を合わせようともせずただ弾薬の入った箱から40S&W弾を一発づつ取り出してはマガジンにこめていく。
 その隣のレンジに置かれた丸椅子に腰掛けた誠は黙ってその様子を見つめていた。
「オメエもさ……」 
 突然いつもの棘のあるような言葉の響きとは違う力の抜けた調子で要が話を切り出した。いつもならタレ目で馬鹿にしたように誠をにらみつけるはずの要が悲しそうに自分の手元を見つめている。
「どうせ、カウラやアイシャがいいんだろ?アタシなんか……」 
 誠はただ黙って一発一発の弾丸を見極めながらマガジンに装弾する要を見つめていた。人口筋肉の強化が進んでいる今、か細い女性のように作られている要の体はいかにも脆く儚げに見える。
「いいんだぜ、私みたいな作り物の体の持ち主なんかに関わるのはごめんなんだろ?それにオメエも知ってるだろうが非正規部隊の女工作員の仕事なんて……体を売って何ぼだ」 
 最後の言葉を飲み込んだ要は装弾を終えたマガジンを握った拳銃に叩き込んだ。そして誠をにごった目で見つめた。誠は配属直後に起きた『近藤事件』の後、隊の人間の素性についてネットで調べて見たことがあった。
 シャムは13年前の遼南内戦での輝かしい功績が目に付き、アイシャは8年前のゲルパルト独立戦争で今の大統領の属した部隊で戦果をあげて受勲して将校に任官していた。そんな経歴を見渡してみても吉田と要の情報はほとんど見つけることができなかった。吉田はネットを住処にしているような情報戦のスペシャリストである。彼の活動が吉田の手で情報操作がされているのもうなづけるので納得ができた。だが、要もそうだろうとあきらめ掛けていたとき、アングラサイトで彼女の情報を拾った。
 それを見つけたのは偶然だった。先輩の島田から聞かされたパスワードでランダムで再生していたアダルトサイトの一件の動画。そこに五、六人の怪しげな男にかこまれている女の姿があった。一人の男が画面を拡大しようと手をカメラに伸ばした瞬間、胸をさらけ出している女に手を伸ばした男が男が悲鳴を上げ、血しぶきが画面を覆った。
 返り血を浴びて画面に映し出される女の顔。それはどう見ても要だった。誰が何のためにその動画をサイトに乗せたのかはわからない。だが、5年前には胡州陸軍の特殊作戦集団の一員として東都にいたと言うことは要の口からも知らされていた。
 当時、胡州陸軍は危機を感じていたとされる。遼南帝国からの薬物や違法採掘資源の密輸ラインが寸断されたことで新たな活路として南方の失敗国家がならぶ大陸ベルルカン。非合法物資ルートをめぐり裏社会や非正規活動の資金を稼ぐためにさまざまなシンジケートと胡州陸軍が抗争劇を繰り広げたことは誠もニュースで散々聞かされたものだった。
 そんな血に彩られた東都湾岸地区のシンジケート達の攻防、俗に言う『東都戦争』に要がかかわるとしたらあの動画のようなことを彼女がしていたとしても不思議ではない。彼女のことは何も知らない。誠はそう言うさびしい気持ちになっていた。
「おい!置いてくぞ」 
 ぼんやりと要の手の動きを目で追っていた誠。残った拳銃弾を保管庫に入れて鍵をかけると声をかけた要が呆れたように立ち上がる。そして誠の目を見ようとせずに、そのまま先に隊舎に向かう要に続いて歩き始める。見ているとどこか消えてしまいそうな細い背中。いつもなら張り飛ばされる恐怖で緊張しながら歩く誠に彼女を支えてあげたいと言うような衝動が目覚めていた。
「西園寺さん」 
 しかし、今目の前にいる要が誠にとっての要のすべてだ。そう思って誠は声をかけた。
「なんだよ、意見でもする気か?」 
 歩みを止めることもなく要は歩き続ける。誠も早足でその後ろに続く。
「要さんは要さんでしょ?」 
 その誠の言葉に要は足を止めた。振り向いた要は何か言いたげに誠をにらみつけてくる。
「なんだ、気になる口調だな。文句でもあるのか?」 
 今度は確実に誠の目を見つめてじりじりと誠に近づいてくる要。そのまま誠の息のかかるところまで近づいた彼女はそのまま豊かな胸の前に腕組みして挑戦的な視線を誠に投げてくる。
「良いじゃないですか、要さんは要さんで」 
「なんだ?ずいぶん達観した物言いじゃねえか。確かにアタシはオメエみてえな日向を歩いてきた兵隊さんとは違うからな」 
「別に僕は……」 
 重苦しい空気が漂う。再び要は視線を落として制服のポケットからタバコとライターを取り出す。
 一瞬だけタレ目の要が誠に向けた視線がいつもの要の不遜なそれに戻っているのを見て誠は安心して微笑んだ。
「ああ、わあったよ!あいつ等とお友達をやればいいんだろ?ハイハイ!」 
 そう言いながらタバコをくわえて肩のラインで切りそろえられた黒い髪を掻き揚げる要。ようやくいつもの調子に戻った彼女に安堵しながら落ちていた石をグラウンドに蹴り上げる要の後姿を見つめていた。


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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 11

 誠が意識を取り戻してまず見上げた天井は白く、ただ何も無く白く輝いて見えた。
「大丈夫か?」 
 覗き込んでいるのは勤務服姿のカウラだった。
「おっお目覚めか、うちのお姫様は」 
 医務官ドムの低い声が響く。誠は首に違和感を感じながら起き上がる。いつも要やカウラに運ばれてくる自分がどう思われているかを考えて苦笑いを浮かべる誠。
「首やっぱり痛むか?なんなら湿布くらいは出すぞ」 
 そう言うドムの表情は諦めにも近い顔をしていた。
「僕は……」 
 誠は飛んできた茶色い巨大な塊に押しつぶされて意識を失ったことを思い出した。
「まあグレゴリウス13世も悪気があった訳じゃないんだろうがな。それにしてもお前、本当にくだらない怪我とか多いな。たるんでるんじゃないのか?」 
 愚痴をこぼすドム。最近わかったことは予算の都合で専任の看護師がつかないことが彼の苛立ちの原因となっていること。事実カルテの管理や各種データの提出に彼の労力がかなり割かれていた。その膨大な作業量に誠でも同情したくなるほどだった。
「湿布は……ここか」 
 カウラは薬品庫を慣れた手つきで開ける。
「それにしても大騒ぎだな、まあいつものことか」 
 そう言うとドムは席に戻って書物を開いた。
「そう言えばドム大尉はお子さんもいるんですよね」 
 ワイシャツのボタンをはずしながらの誠の言葉に振り返るドム。
「まあな、どうだ?今回のは子供向けだろ?」 
 家族の話を振られて珍しくドムがうれしそうに振り向く。
「まあ子供向けというより大きなお友達向けだな」 
 カウラはそう言いながら首をさらけ出す誠のどこに湿布を張るかを決めようとしていた。
「だろうけど、去年の悪夢に比べたらな……」 
 そう言うドムの顔には泣き笑いのような表情が浮かんだ。それを見て誠は意を決してたずねることにした。
「そんなに去年のはひどかったんですか?」 
 ドムの顔が引きつる。乾いた笑いの後、そのまま目をそらして机の上の書物に向き合うドム。カウラも冷ややかな笑いを浮かべながら口ごもった後、ようやく話し始めた。
「確かに去年の作品はひどかった。我々の任務を映像化したわけだが……」 
「まあつまらなくはなるでしょうね。訓練とかはまだ見てられますけど、東和警察の助っ人とか……もしかして駐車禁止車両の取締りの下請けの仕事とかも撮ったんですか?」 
 誠がそこまで言ったところでドムがカウラを見つめた。カウラはしばらくためらった後、表情を押し殺した顔で誠に言った。
「確かにそれもあるが、内容の半分以上をキムの仕事だけに絞り込んだんだ」 
 キム・ジュンヒ少尉。保安隊技術部小火器管理の責任者であり、隊の二番狙撃手である。誠はしばらくそれが何を意味するかわからずにいた。
「それがどうして……」 
 そう言う誠を見てカウラとドムは顔を見合わせた。
「キムは小火器管理の責任者だろ?そしてうちの部隊の銃器の多くが隊長の家から持ってきた骨董品を使ってるわけだ」 
 そう言ってカウラは腰の拳銃を取り出す。SIGーP226。二十世紀末にドイツで開発された拳銃ということは嵯峨から聞かされていた。誠はベッドの横に置かれた勤務服とその隣に下げられた自分のベルトを見てみる。そこにあるのはP06パラベラムピストル。こちらにいたっては二十世紀初頭の銃である。
 そしてこの二つの銃の弾は同じ9mmパラベラムと言う規格のはずだが、キムには絶対にカウラの銃の弾は使うなと誠は言われていた。キムに言わせると誤作動の原因になるという話だった。
「銃は動作部品の集合体だ。ちょっとしたバランスで誤作動を起こすからな。弾薬も使用する銃にあわせて調整したものが必要なんだ。特にお前のP06はかなり神経質な銃だ。市販品の弾を使おうものならかなりの確立で薬莢が割れたり引っかかったりする誤作動を起こすだろうな」 
 カウラはそう言うと誠のP06を手に取りマガジンを抜く。手にした弾薬を誠の前に見せ付けた。
「傷がありますね」 
 誠の目の前の弾丸の薬莢には引っかいたような跡が見えた。
「ああ、これは一回使用した薬莢を回収して雷管を付け直して再生したものだ。P06を市販の同じ規格の弾薬で発射したらどうなるかはキムに聞いてくれ」 
 そう言ってカウラは再びマガジンに弾薬を押し込もうとするが、その強すぎるマガジンのスプリングでどうしようもなくなった。カウラはいったん手にした弾丸を誠に渡して力を込めて弾丸を押し、ようやく隙間を作って装弾する。
「もしかしてその弾と炸薬を薬莢に取り付ける作業を……」 
「延々一時間。薬莢に雷管を取り付け、火薬を計って中に敷き詰め、弾丸を押し込んで固定する。それだけの作業を映し続けたんだ」 
 ドムが苦々しげにつぶやいた。確かにそのような映画は見たくは無かった。しかも一応保安隊の仕事のひとつであることには違いないだけに誠も頭を掻きながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「で、今度はどれになったんだ?ファンタジーとか、うちの子供が好きでね」 
「魔法少女ですよ」 
 誠の言葉にドムは表情を失う。
「アイシャの奴か?」 
 次第にいつもの不機嫌な調子に戻るドム。カウラは黙ってマガジンをはずした誠のP06を点検している。
「はあ、シャムさんがヒロインでライバルがランさんだとか」 
 誠の言葉に腕を組みしばらく考えるドム。
「吉田に期待だな。あいつ傭兵時代にはフリーの映像作家も兼業でやってたとか言う話も聞くしな」 
 投げやりなドムの言葉に誠は意表を突かれた。
「映像作家ですか?あの人が?」 
「俺もまた聞きだけど傭兵だって戦争が無い状態でも飯は食うからな。それにあいつの高性能の義体のメンテにどれだけの金がかかるか……それなりに稼げる仕事じゃないと生きていけないってことだろ?」 
 カウラが誠の首に湿布を貼るのを見終わるとドムは再び机の上の書物に目を向けた。
「もう平気だろ?西園寺を放置しておいたら大変だからとっとと行ってこいよ」 
 ドムの言葉を背中に受けると誠はすばやく置いてあった勤務服の上着とベルトを手にした。
「あのーカウラさん……」
 誠の一言に納得したようにカウラは白い病室のカーテンを閉める。
「アイシャの馬鹿か……」 
「違うベクトルで見に行きたくなくなる作品になるでしょうな」 
 ドムとカウラが外で愚痴をつぶやいている間にジーパンを脱いで勤務服のスラックスに足を通す。急ぐ必要は無いのだがなぜか誠の手は忙しくチャックを引き上げボタンを留めベルトを通した。そして上着をつっかけて、ガンベルトを巻くと誠はそのままカーテンを押し開けてため息をついているカウラとドムの前に現れた。
「お大事に」
 そう言うとドムは机の上の端末の前の椅子に腰掛けて仕事を始めた。誠達はそのまま一礼して医務室を出ると一路実働部隊の詰め所へと向かう。
「すいませんさっきは……」 
 実働部隊の詰め所のドアを開けた誠はそこまで言って口を閉ざした。目の前に立って金色の飾りの付いた杖を振り回しているのは第一小隊二番機パイロット、ナンバルゲニア・シャムラード中尉である。彼女が着ている白とピンクの鮮やかな服をデザインしたのが誠だけに、それが目の前にあるとなると急に気恥ずかしさが襲ってきた。
「おい、神前。アタシはこれでいいのか?」 
 黒っぽいその小さな肩を覆うような上着とスカートの間から肌が見える服を着込んでいる少女に声をかけられてさらに誠は驚く。ランは気恥ずかしそうに視線を落とすとそのまま自分の実働部隊長席に戻っていく。
「作ったんですか?あの人達」 
 誠は運行部の人々の勤勉さにあきれ果てた。そして誠の机に置かれたラーメンを見つめた。
「あ、もう昼なんですね」 
 そう言う誠に白い目を向けるのは彼の正面に座っている要だった。
「もう過ぎてるよ。伸びてるんじゃないのか?」 
 要の言葉に誠はそのままラップをはずしてラーメンを食べ始める。汁を吸いすぎた麺がぐにぐにと口の中でつぶれるのがわかる。
「伸びてますね、おいしくないですよ」 
「それだけじゃないだろうな、あそこ。大分……味が落ちたな」 
 そう言いながらじっと要は誠を見つめている。隣の席のカウラも誠に付いていたために冷えたチャーハンを口に運んでいた。
「おい、神前。なんとかならねーのかよ!」 
「何がです?」 
 麺を啜りながら顔を向ける誠にもともと目つきの悪いランの顔が明らかに敵意を含んで誠をにらみつけている。
「えー!ランちゃんかわいいじゃん!」 
「そうだ!かわいいぞ!」 
 シャムと要がはやし立てる。それを一瞥した後、ランのさらに凄みを増した視線が誠を射抜いた。
「でも、このくらい派手じゃないと……ほら、子供に夢を与えるのが今回の映画の趣旨ですから」 
「まあ、演じている二人はどう見ても自分が子供だからな」 
 要のつぶやきにあわせてランが手にした杖を思い切り要の頭に振り下ろした。先端のどくろのような飾りが要の頭に砕かれる。
「ああ、この杖強度が足りねーな。交換するか」 
「おい!糞餓鬼!何しやがんだ!」 
 真っ赤になって迫る要を落ち着いた視線で見つめるラン。二人がじりじりと間合いを詰めようとしたとき、詰め所のドアが開いた。
「はーい!こんどは完全版の台本できました!」 
 アイシャの軽やかな声が響く。全員が彼女のほうを向いた。
「ちょっと待て、いくらなんでも早すぎるだろ?それにアタシ等の意見もだな……」 
「吉田さんが協力的だったから。やっぱりあの人こういうこと慣れてるわね。今回は誠ちゃんが嫌がったプロットを組み合わせたら結構面白く出来から。それじゃあ配りますよ!」 
 そう言ってサラとパーラが手にした冊子を次々と配っていく。
「題名未定ってなんだよ」 
 受け取った要がつぶやく。
「プロットを組み合わせただけだからしょうがないのよ。なに?それとも要ちゃんが考えてくれるの?」 
 アイシャが目を細めるのを見てあからさまに不機嫌になった要は仕方なく台本を開く。
「役名は……ここか」 
 カウラはすぐに台本を見て安堵したような表情を浮かべる。深刻な顔をしていたのはランだった。彼女はしばらく台本を自分の机の上に置き、首をひねり、そして仕方がないというようにページを開いた。
「ブラッディー・ラン。血まみれみてーな名前だな」 
「いいじゃねえか。……勇名高き中佐殿にはぴったりであります!」 
 いやみを言って敬礼する要をにらみつけるラン。そして誠も台本を開いた。
『マジックプリンス』 
 まず目を疑った。だが、そこには明らかにそう書いてあった。そしてその下に『神前寺誠一』と名前が入る。
「あの、アイシャさん?」 
「なあに?」 
 満面の笑みのアイシャを見つめながら誠は言葉に詰まる。
「僕もあれに変身するんですよねえ?」 
「そうよ!」 
 あっさりと答えるアイシャ。昨日調子に乗ってデザインしたあからさまにヒロインに助けられるかませ犬役。そして自分がその役をやるということを忘れて描いた全身タイツ風スーツの男の役。
「ざまあみろ!調子に乗っていろいろ描くからそう言う目にあうんだよ!」 
 要が誠の肩を叩きながら毒を吐く。その後ろで魔女姿のランが大きくうなづいている。
「じゃあアタシの憧れの人が誠ちゃんなんだね!もしかしてそのままラブラブに……」 
 そんなシャムの無邪気な言葉が響き渡ると三人の女性の顔色が青くなった。そんな空気を完全に無視して誠の腕にぶら下がるシャム。口元を引きつらせながらそれを眺めるアイシャ。
「あ!そうだった!じゃあ台本書き直そうかしら」 
 そう言ってアイシャが要の手から台本を奪おうとする。要は伸ばされたアイシャの手をつかみあげると今度はシャムの襟をつかんで引き寄せた。
「おい、餓鬼は関係ねえんだよ……ってカウラ!」 
 シャムの言葉にいったん青ざめた後に、頬を真っ赤に染めて誠を見つめていたカウラが要に呼びつけられてぼんやりとした表情で要を見つめていた。
「オメエが何でこいつの彼女なんだ?」 
 カウラを指差す要。誠は台本の役の説明に目を落とす。
『南條カウラ、ヒロイン南條シャムの姉。父、南條新三郎の先妻の娘。大学生であり自宅に下宿している苦学生神前寺誠一(神前誠)と付き合っている』 
 自然と誠の目がカウラに行く。カウラもおどおどしながら誠を見つめた。
「アイシャ。さっき自分が神前の彼女の役やるって言ってなかったか?」 
 大声で叫ぶ要に長い紺色の髪の枝毛をいじっているアイシャ。
「そうよ、そのつもりだったけどどこかの素直じゃないサイボーグが反対するし、どうせ強行したら暴れるのは目に見えてるし……」 
「おい、誰が素直じゃないサイボーグだよ!」 
 叫ぶ要を全員が指差した。ランに助けを求めようとするが背の低いランは要の視界から逃げるように動いた。
「神前!テメエ!」 
「なんで僕なんですか?」 
 誠はずるずると後ずさる。要はアイシャ達から手を離してそのまま指を鳴らしながら誠を部屋の隅に追い詰めていく。
「オメエがはっきりしないからこうなったんだろ?責任とってだな……」 
 そこまで言ったところで要の動きが止まる。次第にうつむき、そのまま指を鳴らしていた手を下ろして立ち尽くす要。
「あ、自爆したことに気づいたね。誠ちゃんがなにすれば許すのかなあ」 
 小声でシャムがランに話しかける。その間にも生暖かい二人の視線に目が泳いでいる要が映っていた。
「そうだな……なんだろな」 
「本当に素直よねえ、要ちゃんはだから面白いんだけど」 
 そうランに言ったアイシャの顔面に台本を投げつける要。
「ったく!やってられるかよ!」 
 そのまま要は走って部屋を飛び出していく。
「あーあ。怒らせちゃった。どうするの?アイシャちゃん。このお話、要ちゃんの役はやっぱり要ちゃんじゃないと似合わないわよ」 
 シャムの言葉にアイシャは台本をぶつけられて痛む頬をなでながら苦笑いを浮かべる。
「市からの委託事業の一つだからな。一応これも仕事だぞ。神前、迎えに行け」 
 小さな魔女の姿のランがそう誠に命令する。小悪魔チックな少女が軍の制服の誠を見上げて命令を出すと言う極めてシュールな絵に見えたが、誠には拒否権が無いことに気づいた。
「じゃあちょっと……」 
 そう言って頭を下げると誠は部屋を出て廊下に飛び出した。そして誠は立ち止まった。
『要さんの行きそうなところ……』 
 誠には見当も付かなかった。要はそのきつい性格からあまり他人と行動することが少ない。カウラやシャムと一緒にいるのはだいたいが成り行きで、誠も時々いなくなる彼女がどこにいるのかを考えたことは無かった。
「とりあえず射場かな」 
 そう思った誠はそのまま管理部のガラス張りの部屋を横目にハンガーの階段を下りる。整備員の姿もなく沈黙している05式を見ながらグラウンドに飛び出した。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 10

「なんだよオメー等。非番じゃねーのか?」 
 保安隊実働部隊の待機室。要の始末書に目を通すランの顔を見て誠は頭を掻いた。小学生低学年にしか見えないランが耳にボールペンを引っ掛けて書類に目を通している姿は誠にもある意味滑稽にも見えた。
「仕事の邪魔しに来たんじゃねえんだからいいだろ?」 
 そう言うと自分の席に座って机に足を投げ出す要。ダウンジャケットの襟を気にしながら隣でデータの整理をしていたシャムを眺める。シャムは特に変わった様子も無くデータの入力を続けていた。
 保安隊の副隊長の地位が明石からランに移ると同時に実働部隊詰め所の内容も大きく変わっていた。
 それまで上層部の意向ですべての書類が手書きのみと言う前時代的雰囲気は一掃され、隊員の机のすべてにデータ入力用の端末が装備されるようになった。おかげで部屋の壁を埋めていたファイルの書庫は消え、代わりに観葉植物が置かれるなどいかにもオフィスといった雰囲気になっている。すべてのコンセプトはランが手配したものだが、落ち着いたオフィスと言う雰囲気は彼女の子供のような姿からは想像できないほどシックなものだった。
「で、アイシャの奴が……送ってきたんだよなーこれを……」 
 ランはそう言うと私服で席についている誠とカウラにデータを転送する。
「いつの間に……」 
 ファイルを展開するとすぐにかわいらしい絵文字が浮かんでいる。その書き方を覗き見た誠はそれが台本であることがすぐに分かった。細かいキャラクターの設定、そして誠の描いた服飾デザインが並んでいる。
「ああ、これってこのまえアイシャさんが書いたけど没にした奴ですね。確かに魔法少女が出てきますよ。寝かせてから出すって言ってたんですが……なるほどこれの設定だったんですか……忘れてました、これですか……」 
 誠は昨日キャラのデザインをしていて忘れていた以前アイシャに見せられた全年齢対象の漫画のプロットを思い出した。その言葉にカウラと要が反応して誠に生暖かい視線を向けてくる。
「なんだ、オメエは知ってるのか?」 
 ゆっくりと立ち上がって尋問するように誠の机に手をかける要。カウラは再びモニターの中の原稿に目を移した。
「知ってるって言うか……一応感想を教えてねって言われたんで。僕はちょっとオリジナル要素が強すぎて売れるかどうかって言ったらアイシャさんが自分で没にしたんですよ。そうだ、やっぱり先月見た奴ですよ。確かにあれは魔法少女ですね。ちょっとバトル系ですけど」 
 そんな誠と要のやり取りにいつの間にかシャムが立ち上がって誠の隣に来てモニターを覗き始める。
「ホントだ。これってどっちかって言うと魔法少女と言うより戦隊モノっぽい雰囲気だったよね」 
 シャムも見せられていたらしく、すでに自分の案が通らないことを吉田に言い渡されていたわりには嬉々としてモニターを覗きこんでいる。
「まあアタシはどうでもいいけどさ」 
「でも配役まで書いてあるよ。要ちゃんは……誠ちゃんを助ける騎士だって」 
 そんなシャムの言葉に要が急に机から足を下ろして自分の机の端末のモニターを覗き見る。
「引っかかった!」 
 シャムはそう言うとすばやく自分の席に戻る。要はシャムを一睨みしたあと苦虫を噛み潰したような表情で端末の細かい文字を追い始めた。
「オメー等なあ……仕事の邪魔しに来たわけじゃねーんだろ?もう少し静かにしてくれよ」 
 たまりかねたようにランが口を挟む。そしてシャムもさすがにふざけすぎたと言うように舌をだすとそのまま備品の発注の書類を作り始めた
「それにしても遅いな。吉田がグダグダ言ってるんだろうけど」 
 アイシャのいる運用艦『高雄』の運行スタッフの詰め所に行ったまま帰らない吉田の席を見ながら要はそんな言葉を口にする。カウラはそんな要の言葉など聞こえないとでも言うようにじっとモニターを食い入るように見つめている。
「非番なんだからそのままおとなしくしてろよな」 
 自分の作業を続けながらそう言ったランだが、その言葉は晴れ晴れとした表情で実働部隊詰め所のドアを開いたアイシャによって踏みにじられることは目に見えていた。
「皆さん!お元気そうですね!」 
 晴れやかなアイシャの言葉にランの表情が曇る。さらに彼女に連れられて戻ってきた吉田の疲れているような表情に部屋の空気が重くなる。
「そう言えば……楓のお嬢ちゃんはどうした?」 
 とりあえず仕事に集中しようと自宅待機の日にもかかわらず誠達に連れられて出勤してきた楓の名前を口にするラン。その言葉に端末のモニターを食い入るように見ていた要が大きく肩を落とす。
「いや、あいつのことは忘れようぜ。どうせ第四小隊が射撃レンジで訓練中だからそれを見に行ったんだろ?」 
 そう言う要の声が震えている。カウラと誠は生暖かい視線で要を見つめた。
「ああ、楓ちゃんはサラ達と一緒にコスチュームを考えるんだって。誠君の原画だけじゃ分からないこともあるからって」 
 何気なく言ったアイシャの言葉に反応して台本を見ていた要が立ち上がる。
「どうしたんだ?運行の連中のところに顔を出すのか?」 
 冷や汗を流さんばかりの要をニヤニヤしながら見上げるカウラ。
「お前はいいよな、普通なキャラだし」 
 要はそう言うとアイシャに目をやった。彼女は珍しく要をからかうわけでもなく自分の席に着いた吉田と小声で何かをささやき会っている。
 そんな状況の中、誠は久しぶりに見る台本を読んで一息ついた。シャムがヒロインの魔法少女バトルもの。確かに誠の『萌え』に触れた作品であることは確かだった。機械帝国に滅ぼされようとする魔法の国の平和を取り戻すために戦う魔法少女役のシャムが活躍する話と言う設定はいかにもシャムが喜びそうなものだった。
 そしてシャムの憧れの大学生でなぜか彼女の家に下宿している神前寺誠一というのが誠の配役だった。彼の正体は滅ぼされた魔法の国のプリンセスと言うと格好はいいが、アイシャが台本に手を入れるならシャム達の身代わりにぼこぼこにされるかませ犬役でしかないのは間違いなかった。誠としてはアイシャの趣味からしてそうなることは予想していたので、別に不満も無かった。むしろアンとの男同士の愛に進展しないだけましだった。
 問題は要とカウラの配役だった。
 カウラの役は魔法少女姉妹のシャムの姉で誠の恋人の役だった。誠の設定ではアイシャがこの役をやると言うことでデザインした原画を描いたのだが、隊に来て車を降りたときに要がアイシャの首を絞めていたことから見て無理やり要がその役からアイシャを外させたのだろうと言うことは予想がついた。
 そして要。彼女は敵機械帝国の尖兵の魔女と言う設定だった。しかも彼女はなぜか失敗を責められて破棄されたところを誠一に助けられるという無茶な展開。その唐突さに要は若干戸惑っていた。しかも初登場の時の衣装のデザインはかなりごてごてした服を着込むことになるので要は明らかに嫌がっているのは今も画面を見て苦笑いを浮かべているのですぐにわかる。
「そうだ普通が一番だぞ、ベルガー。アタシは……なんだこの役」 
 ランがそう言うのも無理は無かった。彼女自身、誠の原画を見てライバルの魔法少女の役になることは覚悟していたようだった。しかし自分のどう見ても『少女』と言うより『幼女』にしか見えない体型を気にしているランにとっては、その心の傷にからしを塗りこむような配役は不愉快以外の何モノでもないのだろう。魔法の国以前に機械帝国に侵略されて属国にされた国のお姫様。誠としては興味深いがランにとっては自分が姫様らしくないのを承知しているのでむずがゆい表情で時折要や誠、そして吉田と密談を続けているアイシャを眺めている。
「じゃあ、よろしく頼むわね」
 その時ようやく話にけりがついたと言うように渋々首のジャックにコードを挿して作業を始めようとする吉田の肩を叩いて立ち去ろうとする。
「まあ……いいや。アタシはちょっと運行の連中に焼きいれてくるわ……アイシャ!オメーも来い」 
 そう言って部屋を出ようとする要のまとう殺気に、誠とカウラはただならぬものを感じて立ち上がり手を伸ばす。アイシャはにこやかな笑みでにらみつけてくる要の前で黙って立ち尽くしていた。
「穏やかにやれよ。あくまで穏便にだ」 
「分かってるよ……ってなんで神前までいるんだ?」 
「一応、デザインしたのは僕ですし」 
 そんな誠の言葉を聞いてヘッドロックをかける要。
「おう、じゃあ責任取るためについて来い。痛い格好だったらアタシは降りるからな」 
 そう言ってずるずると誠を引きずる要。
「西園寺!殺すんじゃねーぞ!」 
 気の抜けた調子でランが彼らを送り出す。そして三人が部屋を出て行くのを見てランは大きなため息をついた。
「ったく、なんでこんなことになったんだ?」 
「去年のあれだろ」 
 愚痴る要をカウラが諭す。だが要は振り返ると不思議なものを見るような目でカウラを見つめた。
「去年のあれってなんですか?」 
 誠をじっと見つめた後、要の表情がすぐに落胆の色に変わる。そのまま視線を床に落として要は急ぎ足で廊下を歩いていく。仕方が無いと言うようにカウラは話し始めた。
「去年も実は映画を作ったんだ。保安隊の活動、まあ災害救助や輸送任務とかの記録を編集して作ったまじめなものだったわけだが……」 
「なんだかつまらなそうですね」 
 誠のその一言にカウラは大きくうなづいた。
「そうなんだ。とてもつまらなかったんだ」 
 そう言い切るカウラ。だが、誠は納得できずに首をひねった。
「でもそういうものって普通はつまらないものじゃないんですか?」 
 誠の無垢な視線に大きくため息をついたカウラ。彼女は一度誠から視線を落として廊下の床を見つめる。急ぎ足の要は突き当たりの更衣室のところを曲がって正門に続く階段へと向かおうとしていた。
「それが、尋常ではなく徹底的につまらなかったんだ」 
 力強く言い切るカウラに誠は一瞬その意味がわからないと言うようにカウラの目を見つめた。
「そんなつまらないって言っても……」 
「まあ神前の言いたいこともわかる。だが、吉田少佐が隊長の指示で『二度と見たくなくなるほどつまらなくしろ』ってことで、百本近くのつまらないことで伝説になった映画を研究し尽くして徹底的につまらない映画にしようとして作ったものだからな」 
 誠はそう言われると逆に好奇心を刺激された。だが、そんな誠を哀れむような瞳でカウラが見つめる。
「なんでも吉田少佐の言葉では『金星人地球を征服す』や『死霊の盆踊り』よりつまらないらしいって話だが、私はあまり映画には詳しくないからな。どちらも名前も知らないし」 
 頭をかきながら歩くカウラ。誠も実写映画には関心は無いほうなのでどちらの映画も見たことも聞いたことも無かった。
「で、どうなったんですか?」 
 その言葉にカウラが立ち止まる。
「私にその結果を言えと言うのか?」 
 今にも泣き出しそうな顔をするカウラ。アイシャはただ二人の前を得意げに歩く。カウラもできれば忘れたいと言うようにそのままアイシャに従って正面玄関に続く階段を下りていく。
「あ、アイシャ。帰ってきたんだ」 
 両手に発泡スチロールの塊を抱えているエダ。それを見ると要は駆け足で運行部の詰め所の扉の中に飛び込んでいく。カウラと誠は何がおきたのかと不思議そうに運行部の女性隊員達の立ち働く様を眺めていた。エダが両手に抱え込んだ発泡スチロールの入った箱を持ち上げてドアの前に運んでいく。
「ベルガー大尉。ちょっとドア開けてください」 
 大きな白い塊を抱えて身動き取れないエダを助けるべく、誠は小走りに彼女の前の扉を開く。
「なんだよ!まじか?」 
 運行部の執務室の中から要の大声が響いてきた。誠とカウラは目を見合わせると、立ち往生しているエダをおいて部屋の中に入った。
 誠は目を疑った。
 運行部のオフィスの中はほとんど高校時代の文化祭や大学時代の学園祭を髣髴とさせるような雰囲気だった。女性隊員ばかりの部屋の中では運び込まれた布や発砲スチロールの固まり、そしてダンボール箱が所狭しと並べられている。
 誠はなんとなくこの状況の原因がわかった。
 運行部部長の鈴木リアナ中佐を筆頭に管制主任パーラ・ラビロフ中尉、通信主任サラ・ラビロフ少尉、が仮想用のように見える材料を手に作業を続けていた。
「シュールだな」 
 思わずカウラがつぶやく。彼女達は戦闘用の知識を植え付けられて作られた人造人間である。学生時代などは経験せずに脳に直接知識を刷り込まれたため学校などに通ったことの無い彼女達。何かに取り付かれたように笑顔で作業を続ける彼女達の暴走を止めるものなど誰もいなかった。
 そんなハイテンションな運行部の一角、端末のモニターを凝視している要の姿があった。
「おい!神前!ちょっと面貸せ!」 
 そう言って乱暴な調子で手招きする要。仕方なく誠は彼女の覗いているモニターを見つめた。
 その中にはいかにも特撮の悪の女幹部と言うメイクをした要の姿が立体で表示されている。
「ああ、吉田さんが作ったんですね。実によくできて……」 
「おお、よくできててよかったな。原案考えたのテメエだろ?でもこれ……なんとかならなかったのか?」 
 背中でそう言う要の情けない表情を見てカウラが笑っている声が聞こえる。誠は画面から目を離すと要のタレ目を見ながら頭を掻いた。
「でもこれってアイシャさんの指示で描いただけで……」 
 誠の言葉に失望したように大きなため息をつく要。
「ああ、わかってるよ。わかっちゃいるんだが……この有様をどう思うよ」 
 そう言って要は手分けして布にしるしをつけたり、ダンボールを切ったりしている運用艦『高雄』ブリッジクルー達に目を向けた。要を監視するようにちらちらと目を向けながら小声でささやきあったり笑ったりしている様もまるで女子高生のような感じでさすがの誠も思わず引いていた。
「ああ、一応現物を作っておいたほうが面白いとかアイシャが言ったから……はまっちゃって。それに今年の冬のコミケとかには使えるんじゃないの?」
 にこやかに笑いながらのリアナの言葉。大きくため息をつく誠とカウラ。だが黙っていないのは要だった。 
「おい!じゃあまたアタシが売り子で借り出されるのか?しかもこの格好で!」 
 要がモニターを指差して叫ぶ。そうして指差された絵を見てカウラはつぼに入ったと言うように腹を抱えて笑い始めた。
「でも僕もやるんじゃ……ほら、これ僕ですよ」 
 端末を操作すると今度は誠の変身した姿が映し出される。だが、フォローのつもりだったが、誠の姿は要の化け物のような要の姿に比べたら動きやすそうなタイツにマント。とりあえず常識の範疇で変装くらいのものと呼べるものだった。これは地雷を踏んだ。そう思いながら恐る恐る要を見上げる誠。
「おい、フォローにならねえじゃねえか!これぜんぜん普通だろ?あたしはこの格好なら豊川工場一周マラソンやってもいいが、あたしのあの格好は絶対誰にも見られたくないぞ」 
「それは困るわね!」 
 誠の襟に手を伸ばそうとした要だが、その言葉に戸口に視線を走らせる。
 それまで静かにしていたアイシャが満面の笑みをたたえながら歩いてくる。何も言わず、そのまま要と誠が覗き込んでいるモニターを一瞥した後、そのままキーボードを叩き始めた。そしてそこに映し出されたのは典型的な女性の姿の怪物だった。ひどく哀愁を漂わせる怪人の姿を要がまじまじと見つめる。
「おい、アイシャ。それ誰がやるんだ?絶対断られるぞ」 
 要は諭すようにアイシャに語りかける。
「ああ、これはもう本人のOKとってあるのよ!これに比べたらずっとましでしょ!」
 何を根拠にしているのかよくわからない自身に支えられてアイシャが笑う。誠は冷や汗をかきながらもう一度アイシャの指差す画面を覗き込んだ。 
「これって配役は確かあまさき屋の女将さんですか?」 
 誠は恐る恐るそう言ってみた。その言葉に要ももう一度モニターをじっくりと見始めた。両手からは鞭のような蔓を生やし、緑色の甲冑のようなものを体に巻いて、さらに頭の上に薔薇の花のようなものを生やしている。
「おい、冗談だろ?小夏のかあちゃんがこれを受けたって……本人がOKしても小夏が断るだろ」 
 要はそう言うと再びこの怪人薔薇女と言った姿のコスチュームの画像をしげしげと眺めていた。
「そんなこと無いわよ。小夏ちゃんには快諾してもらっているわ、本人の出演も含めて」 
 そのアイシャの言葉が要には衝撃だった。一瞬たじろいた後、再びじっと画面を見つめる。そして今度は襟元からジャックコードを取り出して、端末のデータ出力端子に差し込む。あまりサイボーグらしい行動が嫌いなはずの要が脳に直接リンクしてまでデータ収集を行う姿に誠もさすがに呆れざるを得なかった。
「本当に疑り深いわねえ。まったく……!」 
 両手を手を広げていたアイシャの襟首を思い切り要が引っ張り、脇に抱えて締め上げる。
「なんだ?北里アイシャ?シャムの学校の先生で……カウラと誠をとりあっているだ?結局一番普通でおいしい役は自分でやろうってのか?他人にはごてごてした被り物被らせて……」 
「ちょっと!待ってよ要!そんな……」 
 誠もカウラも要がそのままぎりぎりとアイシャの首を締め上げるのを黙ってみている。
「アイシャさん、調子乗りすぎですよ」 
「自業自得だな」 
「なんでよ誠ちゃん!カウラちゃん!うっぐっ!わかった!」 
 そう言うとアイシャは要の腕を大きく叩いた。それを見て要がアイシャから手を離す。そのまま咳き込むアイシャを見下ろしながら指を鳴らす要。
「どうわかったのか聞かせてくれよ」 
 要はそう言うと青くなり始めた顔のアイシャを開放した。誠とカウラは画面の中に映るめがねをかけた教師らしい姿のアイシャを覗き込んだ。
「でも……そんなに長い尺で作るわけじゃないんなら別にいらないんじゃないですか?このキャラ」 
「そうだな、別に学園モノじゃないんだから、必要ないだろ」 
 誠とカウラはそう言ってアイシャを見つめる。アイシャも二人の言うことが図星なだけに何も言えずにうつむいた。
「よう、端役一号君。めげるなよ」 
 がっかりしたと言う表情のアイシャ。その姿を見て悦に入った表情でその肩を叩く要。
「なんだ……もしかして……気に入っているのか?さっきの痛い格好」 
 今度はカウラが要をうれしそうな目で見つめる。
「別にそんなんじゃねえよ!それより楓は……あいつは出るんだろ?オメエの配役だと」 
「あ、お姉さま!僕ならここにいますよ!」 
 部屋の隅、そこでは運行部の隊員と一緒に型紙を作っている楓と渡辺の姿があった。
「なじんでるな」 
 あまりにもこの場の雰囲気になじんでいる楓と渡辺の姿に要はため息をついた。同性キラーの楓は配属一週間で運行部の全員の胸を揉むと言う暴挙を敢行した。男性隊員ならば明華やマリアと言った恐ろしい上官に制裁を加えられるところだが、同性そしてその行為があまりに自然だったのでいつの間にか運行部に楓と渡辺が常駐するのが自然のように思われるようにまでなっていた。
「お前等、本当に楽しそうだな」 
 呆れながら楓達を見つめる要。誠とカウラは顔を見合わせて大きなため息をついた。運行部の女性隊員達が楓の一挙手一投足に集中している様を見ると二人とも何も言い出せなくなる。
「アイシャいる?」 
 ドアを押し開けたのは小柄なナンバルゲニア・シャムラード中尉。いつものように満面の笑みの彼女の後ろにはシャムの飼い熊、グレゴリウス13世の巨体が見えた。
「なに?ちょっと忙しいんだけど、こいつのせいで」 
「こいつのせい?全部自分で撒いた種だろ?」 
 怒りに震える要を指差しながらアイシャが立ち上がる。
「俊平が用事だって」 
 吉田俊平少佐が画像処理を担当するだろうと言うことは誠もわかっていた。演習の模擬画像の処理などを見て『この人はなんでうちにいるんだろう?』と思わせるほどの見事な再現画像を見せられて何度もまことはそう思った。
「ああ、じゃあ仕方ないわね。要ちゃん!あとでお話しましょうね」 
 ニヤニヤと笑いながら出て行くアイシャ。だが要はそのまま彼女を見送ると端末にかじりつく。
「そうか、吉田を使えばいいんだな」 
 そう言うと要はすぐに首筋のジャックにコードを差し込んで端末に繋げた。彼女の目の前ですさまじい勢いで画面が切り替わり始め、それにあわせてにやけた要の顔が緩んでいく。
「何をする気だ?」 
 カウラの言葉にようやく要は自分が抜けた表情をしていたことに気づいて口元から流れたよだれをぬぐった。
「こいつ、おそらく今回も吉田の監修を受けることになると思ってさ。そうなればすべての情報は電子化されているはずだろ?そうなればこっちも……」 
「改竄で対抗するのか?西園寺にしては冴えたやり方だな」 
 カウラはそう言うとキャラクター設定の画像が映し出される画面を覗き込む。
「じゃあ、私はもう少し……」 
 自分の役のヒロインの姉の胸にカーソルを動かすカウラ。
「やっぱり胸が無いのが気になるのか?」 
 生ぬるい視線を要が向けるのを見て耳を真っ赤に染めるカウラ。
「違う!空手の名人と言う設定がとってつけたようだから、とりあえず習っている程度にしようと……人の話を聞け!」 
 ラフなTシャツ姿のカウラの画像の胸を増量する要。
「これくらいで良いか?ちなみにこれでもアタシより小さいわけだが」 
 そう言ってにんまり笑う要。誠はいたたまれない気分になってそのまま逃げ出そうとじりじり後ろに下がった。誠は左右を見回した。とりあえず彼に目を向けるものは誰もいない。誠はゆっくりと扉を開け、そろそろと抜け出そうとする。
「何してるの?誠ちゃん」 
 突然背中から声をかけられた。シャムがぼんやりと誠を見つめている。
「ああ、中尉。僕はちょっと居辛くて……」 
「そうなんだ、でもそこ危ないよ」 
 突然頭に巨大な物体の打撃による衝撃を感じた瞬間、誠の視界は闇に閉ざされた。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 9

 耳を劈く叫び声、誠は意識を取り戻したが、それと同時に腹部に蹴りを受けて痛みのあまり悶絶した。
「大丈夫?誠ちゃん」 
 目を開けると目の前に寝巻き姿のアイシャがいる。ハッとして誠は起き上がった。まず自分が全裸であること、そして二回目の蹴りを繰り出そうとしているパンツ一丁の要の姿を見て誠はそのまま部屋から飛び出した。
 廊下で鉢合わせたのは菰田だった。口をあけたまま全裸の誠を見つめる菰田。誠は押さえきれず生理現象で大きくなった股間を隠しながら部屋を確認した。確かに自分の部屋である。だが、そこには寝巻き姿のアイシャと胸をはだけた要がいる。
「あのなあ、神前。野郎ばかりの男子寮だけどな、今じゃ貴様の護衛ってことでクラウゼ少佐や西園寺大尉、そしてあのカウラ・ベルガーさんまで……」 
「呼んだか?」 
 そう言って誠の部屋から顔を出したのはいつも寝巻き代わりにジャージを着ているカウラだった。
「オメエが騒ぐからだろ?」 
「なによ!誠ちゃん思い切り蹴飛ばしてたのは要ちゃんでしょ!」 
「馬鹿野郎!こいつの手が……胸に……」 
 誠の部屋の中からは暴れているアイシャと要の声が響いている。
「おい、全裸王子。ちょっと面貸せ!」 
 そのまま誠を引っ張って行こうとする副寮長の菰田をカウラが押しとどめた。
「すまない、菰田!これは……その……私が……」 
 そう言って手を合わせるカウラ。カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖である菰田がカウラに手まで合わせられて言うことを聞かないわけが無い。
「そ、そうですね。神前!全裸で廊下を歩くのは感心しないぞ!では!」 
 さわやかな笑顔を残して去っていく菰田。ただその変身の早さに呆然とする誠も、すぐに自分が全裸であることを思い出して前を隠す。
「神前……貴様は酒が入るとすぐ脱ぐくせに……とりあえず入るぞ」 
 そう言って誠の手を引いて部屋に入るカウラ。中に入るとさらなる混乱が待ち構えていた。じりじりと間合いを縮めるピンク色のネグリジェ姿のアイシャと半裸でファイティングポーズをとる要。
「いい加減にしろ!人の部屋で暴れるんじゃない!それと西園寺、胸を隠せ!」 
 カウラの言葉にアイシャと要はようやく手を下ろした。
「ああーかったりい。まあいいや、アタシは部屋に戻るわ」 
 そう言うとそのまま半裸の自分の姿を気にしないで部屋を出て行く要。
「良いんですか?」 
 箪笥から取り出したパンツをすばやく履いて一息ついた誠がカウラにたずねる。
「ああ、あいつはいつも朝起きるとあの格好でシャワーに行くからな」 
 カウラの言葉に誠は言葉を失った。この寮には50人以上の男性隊員が暮らしている。そこに裸の美女が現れたら……しかし、考えてみればこの寮に軍用義体のサイボーグである要をどうこうできる度胸のある隊員はいるわけも無いわけで、できる限り彼女を避けて動いている諸先輩の苦労に誠は心の中で謝罪した。
「それよりなんで……って僕がなぜ全裸か……はいつものことだからいいんですけど、なんでお三方が僕の部屋に……」 
「そんなことは重要なことじゃないの!ついに我々は勝ったのよ!」 
 高らかに携帯端末を掲げるアイシャ。カウラと誠は何のことかわからず呆然と目の前で今にも踊りだしそうな様子のアイシャを眺めていた。
「勝ったって……何がです?」 
 誠の間抜けな質問に呆れるアイシャ。カウラもようやくジーンズと現在放映中の深夜枠の魔法少女のTシャツを着た誠の肩に手を乗せた。
「こいつのわがままが通ったってことだ」 
「わがままなんて言わないの!これは夢よ!ドリームよ!」 
 そう言って大きく天に両手を広げ自分の紺色の携帯端末をかざしてみせるアイシャ。まだ誠は訳がわからず二枚目のシャツのボタンをはめるながら得意満面のアイシャを眺めていた。
「夢って……?」 
「私達は昨日なんで大騒ぎしたんだ?」 
 カウラに言われて誠は思い出した。アイシャのオリジナル魔法少女映画化計画に巻き込まれてキャラクターの絵を描きなぐった昨日を。そして合体ロボ推進派のシャムと吉田の連合と支持層を求めてあちらこちらのサーバーに進入を繰り返した島田達の戦いを。
「アレって本当だった……でも吉田さんがそう簡単には引かないと思うんですけど」 
「お前はまだまだだな。あの人は極端に飽きっぽいんだ。それにシャムに神前の描いた絵を見せたらはじめは色々文句を垂れていたみたいだが……」 
 そう言いながらカウラはアイシャの端末を奪い取って誠に見えるようにして画面を開く。そこには吉田の『飽きたからよろしく!』という言葉が踊っていた。
「本当に飽きっぽいんですね。でもなんで僕は要さんに蹴られたんですか?」 
 そう言ったとたんアイシャの目が輝く。同時にカウラの顔に影がさす。
「さっき要ちゃんが言ってたじゃないの。寝ぼけて誠ちゃんが要の胸を……」 
「そんなことよりだ!貴様が今日の朝食当番だったろ!さっさと行け!」 
 カウラが顔を真っ赤にして突然そう言うとそのまま誠は部屋を追い出された。
「なんで……ここ僕の部屋なんですよ……」 
 そう言いながら未練タラタラで自分の部屋の扉から目を放すとそこには島田がいた。日差しの当たらない寮の廊下は暗く誠からは島田の表情がよく見えなかった。
「おはようございます?」 
 恐る恐る切り出す誠。誠達の東塔ではなく西塔の住人島田が目の前にいるのには訳があるに違いないと誠は思った。島田はこの寮の寮長である。お調子者だが締めるところは締めてかかる島田がこの状況をどう考えるか、誠はそれを考えると頭の中が真っ白になった。
「大変だな。お前も……」 
 島田の顔は同情に染まっていた。そのまま大きくため息をついてくるりと方向を変え、そのまま廊下を階段へと向かう。誠はとりあえず怒鳴られることも無かったということで彼の後ろについて行った。
「ああ、アイシャさんが勝ったそうですよ、今度の自主制作映画」 
 そう言った誠にまったく無関心というように島田が階段を下りていく。
「そうなんだ……どうせ吉田さんが飽きたんだろ?執念深さじゃクラウゼ少佐に軍配が上がるのは見えてたからな」 
 降りていく島田。そこに香ばしい匂いが漂ってくるのに誠は気づいた。
「あの、朝食の準備。僕が当番でしたよね?」 
 誠の言葉に頭を掻く島田。
「おはよう!神前君!」 
 廊下をエプロン姿で駆け出してきたのはサラだった。思わず得意げな島田を見てニヤリと笑う誠。
「島田先輩、隅には置けないですね!」 
 島田は誠に冷やかされて咳払いをしながら一階の食堂へと向かう。誠も日ごろさんざんからかわれている島田に逆襲しようと彼に抱きついているサラを見ながらその後に続いた。
「班長!お先いただいてます!」 
「班長!サラさんの目玉焼き最高です!」 
「班長!味噌汁の出汁が効いてて……、この味は神前の馬鹿には真似できないっす!」 
 入り口にたどり着いた島田に整備班員達が生暖かい視線と冷やかす言葉を繰り出してくる。彼は入り口の隣、シャムがとってきたと言う山鳥の剥製の隣に置かれていた竹刀を握り締めるとそのまま部下達の頭を叩いて回る。叩かれても整備班員はニヤニヤした顔で島田を見あげるばかり。他の部署の隊員も食事を続ける振りをしながら顔を真っ赤にして竹刀を振り回す島田を面白そうに眺めていた。
「島田先輩大変ですねえ」 
 とりあえず整備班の隊員を全員竹刀で叩いた後の島田の肩に手を伸ばした誠だが、振り向いた島田の殺気だった目に思わずのけぞった。
「正人……迷惑だった?」 
 瞳に涙を浮かべていれば完璧だろうという姿でエプロンを手に持って島田を見上げるサラ。
「そ……んなこと無い……よ?」 
 そこまで言いかけた島田だが、思わず噴出した整備班員に手に取ったアルミの灰皿を投げつける。
「なんだよ、サラ。来てたのか?飯にするぞ、神前」 
 秋も深いというのに黒のタンクトップにジーンズと言う姿の要が頭を掻きながら現れる。彼女を見つけるとサラはすばやく要の手をとって潤んだ目で見つめた。
 はじめは何が起きたのかわからない要だが、しくしくと泣きながらちらちらと島田を見つめるサラに少しばかり戸惑ったように島田に目をやった。
「おい、島田。なんかしたのか?」 
 一度は威厳を持ち直したかに見えた島田だが、そんな言葉と共に要のタレ目に見つめられてはすべては無駄だったと言うように手にしていた竹刀を入り口の元の位置に置いた。整備班員は小声で囁きあいながら上官である島田の萎れた様を生暖かい目で見つめている。
「まああの明華の姐御とタコ明石が婚約する世の中だ。別にテメエ等がくっつこうがアタシには関係無いしな。サラ、泣くなよ。あとで島田は締めとくから。まずは飯だ。出来ればこいつの分も」 
 そう言うと誠の手を引いて食堂のカウンターに向かう要。厨房にはサラとセットとでも言うように同じ運用艦『高雄』のブリッジクルーの火器管制主任のパーラと操舵士のエダが当然のように味噌汁と鯖の味噌煮を盛り付けていた。
「そう言えば、今日は第二小隊は非番でしたっけ?どうするんですかねえ」 
 今度は逆に要の足元をすくおうと島田が要に話を向ける。
「ああ、そうだな。今日はどうするか……なあ、神前」 
 エダから鯖の味噌煮を受け取ってトレーに乗せた要が誠を振り返る。誠は要の胸の揺れから彼女がブラジャーをしていないことに気づいて頬を赤らめた。
「僕は……一昨日冬コミの原稿も上げましたから予定は……」 
「神前。いいのか?アイシャさんは今日出勤だぞ」 
 島田は誠を見つめている。その同情がこもった瞳に誠は少し戸惑った。
「そうですね。それが……!」 
 すぐに誠は気がついた。今日は第一小隊と第四小隊が待機任務。第三小隊が準待機で第二小隊は非番だった。運行部副長のアイシャと第一小隊の吉田とシャム。この組み合わせで映画の筋を決めるとなれば、当然非番明けの誠達第二小隊にとても飲めないような内容の台本が回ってくるのは確実だった。
「吉田さんとアイシャさん……最悪の組み合わせですね」 
 誠のその言葉に顔色を変えたのは要だった。手にしたトレーを近くのテーブルに置くとそのまま食堂を出て行く。
「それでお前はどうするんだ?」 
 他人事のようにニヤつく島田の顔を見ながら苦笑するしかない誠。考えてみれば昨日デザインした時点でかなりおかしな配役になることは間違いないと誠は思っていた。
 魔法少女モノと言うことだったが、なぜか特撮モノのようなデザインの衣装を着ているキャラが多かったり、本当にこの人が出てきていいのかと思うようなキャラも数名思い出せた。首をひねりながら要のトレーが置かれたテーブルの向かいに座った誠だが、そこに勤務服のワイシャツを着る途中で要に捕まったアイシャが耳を引っ張られながら食堂に連れられてくるのが目に入った。
「なによ!みんな見てるじゃないの!それに痛いし!」 
「んなことどうでもいいんだ!それより……」 
「良くないわよ!」 
 要の手を叩いて耳を離させるとそのまま廊下に消えていくアイシャ。食堂の中の男性隊員はただなにが起きたかわからないと言うように口をあけたまま舌打ちする要を見つめている。
「西園寺さん、それはちょっと……」 
 誠は立ち上がって要が相変わらずアイシャの耳を引っ張って立っている入り口に向かう。どうにかしろと言うような視線を島田が誠に投げてくるのが誠もどうすることもできずにそのまま要を見つめていた。
「なんだ?あ?神前はあいつの……あのアホに台本を公衆の面前で読み上げても平気だとでも言うのかよ。しかも子供が見れるようなものには絶対ならねえんじゃねえか?」 
 そう言いながらそのまま何も言えずに立ち尽くしている誠と島田の目を見てアイシャの耳から手を離すと誠が置いた自分の朝食のトレーの前にどっかりと腰をかけた。そしてそのまま何も言わずに猛スピードで朝食を食べ始める。
「まあ、アイシャさんも多少は常識がありますから」 
 入り口でつかまれていた右耳を抑えて苦痛に顔をしかめているアイシャ。誠はとりあえずしゃべる元気もないというようなアイシャに代わって取り付く島があるかどうかわからない要に口ぞえをしてみる。
「オメエ等の『多少の常識』ってなんだ?登場人物はすべて18歳以上とか言うことか?」 
 明らかに苛立ちながら少しは骨もある鯖の味噌煮を骨ごとバリバリ噛み砕く要。
「まあ、うちは実際最年少のアンが18歳だから本当にそうなんですけどね」 
 そう言った島田に要が汚物を見るような視線を浴びせる。
「あ、すいません」 
 島田もその迫力に押されて黙ってパーラの差し出した朝食の乗ったトレーを受け取り誠の隣に座る。
「じゃあアイシャさんについて行けばいいですね。どうせ暇だし」 
 思わず誠はそう言っていた。要の顔が急に明るくなる。
「そうだな、神前。付き合えよ!それとカウラも連れて行けばなんとかなるだろ」 
 簡単な解決策に気づいた要は瞬時に機嫌を直して白米に取り掛かる。誠はようやく騒動の根が絶たれたと晴れやかに食堂を見回した。
 その時不意に隊員達の顔が怪訝そうなものになる。誠はその視線の先の食堂の入り口に目を向けた。
「おはようございます!お姉さま!」 
 楓の声で思わず要が味噌汁を噴出した。入り口にはサングラスにフライトジャケット、ビンテージモノのジーンズを着込んだ楓と、同じような格好の渡辺が立っていた。
「お姉さま!大丈夫ですか?僕、お姉さまに会いたくって……」 
 そう言って要に駆け寄るとポケットから出したハンカチで噴出した味噌汁で濡れた要のシャツを拭く楓。彼女はテーブルの上を拭こうとふきんを持ってきた誠に明らかに敵意に満ちた視線を送ってくる。
「なんで、テメエがいるんだ?教えてくれ、なんでだ?」 
「それはお姉さまと一緒にお出かけしたいと……」 
 そう言って頬を染める楓。食堂の隊員達すべての生暖かい視線に要は次第に視線を落していった。
「ああ、今日はだな……ちょっと隊に用事があって……」 
 不安そうな誠を見ながらつぶやく要。そのうろたえた調子に笑みを浮かべた楓が輝くような笑顔を浮かべて要に歩み寄ってくる。
「もしかして訓練とかなさるんですか?僕も入れてください!」 
「いや、そう言うわけじゃねえし……」 
 楓に迫られる要が助けを求めるように誠を見つめる。その気配を察して楓が睨みつけるような視線を誠に向ける。誠はただ冷や汗が額を伝うのを感じながら箸を握り締めた。
「嵯峨少佐、ちょっと僕達はアイシャさんの手伝いがあって……」 
 すぐに感じるあからさまな敵意。誠はひやひやしながら要のそばに立って誠をにらみつけてくる楓を見上げていた。
「ああ、神前曹長。クラウゼ少佐の手伝いですか……それじゃあ僕達も手伝います!」 
 あっさりと答えてさらに要の手をしっかりと握り締める楓。要は誠がまったく頼りにならなかったことに呆然としながらじりじりと顔を近づけてくる楓に耐えていた。
「おい!そんなくっつくな!息がかかるだろ」 
「僕は感じていたいんです!お姉さまの吐息や鼓動や……」 
 百合的展開に食堂の男性隊員の視線が泳ぎながらちらちらと要と楓を見ているのがわかる。それを見ながら誠は自分に刺さる視線の痛さに頭を掻く。
「要、貴様の負けだ」 
 いつの間にか要と楓のそばに立っていたカウラの一言に楓の顔が笑みに占められる。島田が冗談で言い出したことから誠が会長にされていた保安隊ポニーテール萌え協議会が押す二大ポニーテールのカウラと楓。そんな二人がそろって自分に視線を向けるのを感じて誠の鼓動が高まった。
 エメラルドグリーンの髪を質素な緑色のバンドで巻いたカウラのポニーテール。戦国時代の姫武将と言った感じに白い布で後ろ髪をまとめ、両のこめかみから垂れる髪を白い髪留めでまとめた和風の楓のポニーテール。ギャルゲーではポニーテールのヒロインを最初に攻略することに決めている誠にとっては天国ともいえる状況だが、周りの視線がその喜びを完全に打ち消す効果を発揮していた。
「なに?手伝いに来てくれるの?」 
 それまでずっと要に引っ張られた痛みで右耳を抑えてうずくまっていたアイシャまでもじっと見つめあう要と楓を眺めている。
「ああ、アタシは心が広いからな。神前も結構やる気みたいだし」 
「え?僕が」 
 要の言葉に唖然とする神前だが、目の前の女性陣の視線が恐ろしくて誠はただ頷くしか出来なかった。
「じゃあ、朝食ね。それとカウラちゃんの車は四人しか乗れないから……」 
「私の車がありますから」 
 黙って状況を見守っていた渡辺の言葉にアイシャが満足げに頷く。
「そうね、それじゃあ楓ちゃんはかなめちゃんの車で移動。私達はカウラの車で四人と。足の確保とスタッフの確保は完了。それじゃあ朝食にしましょう。楓ちゃん達は食べたんでしょ?ああ、お腹すいちゃった、さっき誰かさんが追い回したりするから」 
 そう言いながらカウンターに向かうアイシャ。両手を広げてお手上げと言うようなしぐさをしてその後ろに続くカウラ。すっかり主導権をアイシャに取られて、要はただ不味そうに味噌汁をすする。
「休日。つぶれてしまいましたね」 
「ったく……何が悲しくて非番の日に隊に行かないといけねえんだよ」 
 いつものようにアイシャに仕切られたことに不満を吐き出す場所を探すようにぶつぶつとつぶやきながら要がそのまま味噌汁を飲み干す。島田とサラはそんな要を同情の視線で見守っていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 8

『会議室』、『図書館』、『資料室』などと美化して呼ばれることが多いこの寮の壁を三つぶち抜いて作られた部屋にアイシャ達は集合していた。モニターが汚いシミだらけの寮の壁と不釣合いな清潔感をかもしだす。周りには通信端末やゲーム機、そして漫画や写真集が転がっている。この部屋はアイシャの寮への引越しによりさらにカオスの度合いが高まっていた。
 以前は男子寮らしいエロゲーの集積所だったこの部屋はアイシャによりもたらされたさらに多数のエロゲーと乙女ゲーが女性隊員までも呼び込み、拡張工事によりさらにゲームや同人誌が積み上げられると言う循環を経て保安隊の行きつけのお好み焼きの店『あまさき屋』と並ぶ一大拠点に成長していた。
「カウラ、最近騒がないのね」 
 部屋に入るとすぐに端末を占領してゲームを始めようとしたところをサラに止められて不機嫌そうにしていたアイシャがそう言いながら端末の電源を落す。カウラは最初のうちは野球部のミーティングをここでやろうとするアイシャや要を露骨に軽蔑するような目で見ていたが、今では慣れたというようにたまに山から崩れてきたエロゲーを表情も変えずに元に戻すくらいのことは平気でするようになっていた。
 だが、この部屋に慣れていない住人も居た。
 近くのマンションに暮らしているがこの部屋に入るのが今日がはじめてと言う嵯峨楓少佐と渡辺かなめ大尉だった。
「クラウゼ少佐。この部屋にはいくつこういうものがあるんだ?」 
 そう言って人妻もののエロゲーのパッケージをアイシャに見せる楓。照れながらちらちらとヌード写真が開かれたままになっている週刊誌に視線を向ける渡辺。
「楓ちゃん、なに硬くなってるのよ。仕事が終わったんだからアイシャでいいわよ」 
 そう言いながらパーラから渡された書類を並べるアイシャ。
「そうか、じゃあ僕のことも楓と呼び捨ててもらった方が気が楽なんだ。ちゃんづけは……」 
 そう言いながら要を見つめる楓に要は身をそらした。
「ああ、アタシのお袋か。まあ、あの生き物の前じゃ叔父貴も『新ちゃん』だからな」 
 そう言いながらすでに要の手にはラム酒の瓶が握られていた。誠は引きつる要の表情を見逃さなかった。噂に聞く西園寺康子。要の母にして嵯峨の戸籍上は姉、血縁では叔母に当たる人物。薙刀の名手として知られ、胡州に亡命した軟弱な廃帝と思われていた嵯峨を奸雄と呼ばれるまで鍛え上げた女傑だった。
「何持ってんのよ!」 
 アイシャの言葉に要はむきになったように瓶のふたを取るとラム酒をラッパ飲みした。
「どうせまともな会議なんてする気はねえんだろ?それにあちらは今はシャム達はあまさき屋でどんちゃん騒ぎしているみたいだぞ」 
 そう言うと要は珍しく自分から立ち上がって通信端末のところまで行くと襟元のジャックから通信ケーブルを端末に差し込んでモニターを起動させる。そこには時間を逆算するとまだ三十分も経っていないだろうというのに真っ赤な顔のレベッカにズボンを下ろされかけている西の姿があった。
「やばいな誠。脱ぎキャラがお前以外にも出てきたぞ」 
 ニヤニヤ笑いながら誠に飛びついてヘッドロックをかける要。130キロ近いサイボーグの体に体当たりを食らって誠は倒れこんだ。カウラはそれを見ながら苦虫を噛み潰すような表情でわざとらしくいつもは手も出さないエロゲーのパッケージを手にとって眺めている。
 誠が何とか要を引き離して座りなおすと楓がいつ火がつくかわからないと言うような殺気を込めた視線を送ってくる。
「なるほどねえ。あっちが動いていないならこちらから何かを仕掛けるわけには行かないわね」 
 あっさりとそう言ったアイシャだが、この部屋に居る誰もがこのままでアイシャが終わらないと言うことは分かっていた。
「なに余裕ぶっこいてんだよ。なんか策でもあるのか?」 
 明らかに泥酔へと向かうようなペースでラム酒の瓶を空けようとしている要。だが、アイシャはただ微笑みながらその濃紺の長い髪を軽くかきあげて入り口の扉を見つめていた。
「まあね。今この場所に入りたくてしょうがない人がもうすぐ来るでしょうから」 
「はあ?なんだそりゃ?」 
 要の言葉を聞くと誰もが同じ思いだった。アイシャが嵯峨や吉田に次ぐ食えない人物であることは保安隊の隊員なら誰もが知っている。この場の全員の意識がアイシャが見つめているドアに集中した。
 ドアが少しだけ開いている。そしてその真ん中くらいに何かが動いているのが見えた。
「なんですか?もしかして……」 
 そう言いながら渡辺が扉を開いた。
「よう!元気か?」 
 わざとらしく入ってきたのは小さい姐御ことランだった。
「なあに?中佐殿もお仲間に入りたいの?」 
 つっけんどんに答えるアイシャだが、ランはにんまりと笑うと後ろに続く菰田達に合図した。彼らの手には大量のピザが乗っている。さらにビールやワイン。そしていつの間にかやってきたヨハンが大量の茹でたソーセージを手に現れた。
「なんだ。アタシも配属祝いでそれなりにもてなされたからな。その礼だ」 
 要やカウラの目が輝く。パーラはすでに一枚のシーフードビザを自分用に確保していた。
「すみませんねえ、中佐殿。で?」 
 アイシャは相変わらず無愛想にランを見つめる。
「そのー、なんだ。アタシ達も仲間に入れてくれって言うか……」 
 その小学校低学年の体型で下を向いて恥らう姿に、『ヒンヌー教』三使徒の一人で手にたくさん割り箸を握っていたソンが仰向けに倒れこんだ。周りの整備兵達がそれを引きずって外に出て行く、廊下で『萌えー!』と叫び続けるソン。だが隣ではもう一人の三使徒の一人ヤコブがコブシを握り締めてじっと誠をにらみつけてくる。それが明らかにカウラの隣に自然に座っている自分に向けられているのに気づいた誠は冷や汗をかきながら下を向いて目を背けた。
「なあにいつでも歓迎ですよ!コップとかは?」 
「持って来てますよ!」 
 しなを作りながら落ち着かない誠の隣にコップを並べ始めるのはアンだったがそれを見てさらに一歩下がってしまう。
「神前先輩!一杯、僕の酒を飲んでください!」 
 大声で叫ぶアンだが、彼は数人を敵に回したことに気づいていなかった。
「どけ!」 
 そう言うとアンを張り飛ばしたのは要だった。そして誠の手のコップに珍しく自分のラム酒でなくビールを注いだ。
「これは飲めるだろ?」 
 満足げな表情を浮かべる要。そして誠がそのビールに目をやると、要は背後でビールを持って待機していたカウラを見つめる。明らかに失敗したと言う表情のカウラ。そして今度は要はアイシャを見つめた。
サラ、島田、ヨハンと言ったこの部屋に通いなれた面々が手際よく皿と箸とグラスを配っていく。
「みんな酒は行き渡ったかしら?」 
 あくまでも仕切ろうとするアイシャにつまらないと言った顔をする要は、必要も無いのにそれまでラッパ飲みしていたラム酒をグラスを手にしてなみなみと注いだ。
「えーと。まあどうでもいいや!とりあえず乾杯!」 
 アイシャのいい加減な音頭に乗って部屋中の隊員が乾杯を叫ぶ。
「まあぐっとやれよ。どうせ次がつかえてるんだろ?アンには悪いが順番と言うものがあってな」 
 ニヤニヤと笑いながらグラスを開けるべくビールを喉に流し込んでいる誠を見つめる要。そしてその隣にはいつの間にかビール瓶を持って次に誠に勺をしようと待ち構えるアイシャが居た。
「はい!誠ちゃん」 
 アイシャは誠の空になったグラスにビールを差し出す。
「オメー等……またこいつを潰す気か?」 
 本当に酒を飲んでいいのかと言いたくなるようなあどけない面立ちのランがうまそうにビールを飲みながらそう言った。見た目は幼く見えるが誠が知る限り女性士官では一番の年配者であるラン。先日要にビールを飲まされてからその魅力に取り付かれた彼女はすっかりビール党となり最近は変わったビールを取り寄せて振舞うのを趣味としていた。
「良いんですよ!こいつはおもちゃだから、アタシ等の!」 
 そう言い切って要はそばに置かれていた唐辛子の赤に染まったピザを切り分け始める。
「マジで勘弁してくださいよ……」 
 要とアイシャに注がれたビールで顔が赤くなるのを感じながらそう言った誠の視界の中で、ビールの瓶を持ったまま躊躇しているエメラルドグリーンの瞳が揺れた。二人の目が合う。カウラは少し上目遣いに誠を見つめる。そしてそのままおどおどと瓶を引き戻そうとした。
「カウラさん。飲みますよ!僕は!」 
 そう言って誠はカウラに空のコップを差し出した。誠が困ったような瞳のカウラを拒めるわけが無かった。ポニーテールの髪を揺らして笑顔で誠のコップにビールを注ぐカウラ。その後ろのアンは喜び勇んでビールの瓶を持ち上げるが、その顔面に要の蹴りが入りそのまま壁際に叩きつけられる。
「西園寺!」 
 すぐに振り返ったカウラが叫ぶ。要はまるで何事も無かったかのように自分のグラスの中のラム酒を飲み干していた。要も手加減をしていたようでアンは後頭部をさすりながら手にしたビール瓶が無事なのを確認している。
「西園寺。オメーはなあ……やりすぎなんだよ!」 
 ランはそう言うと要の頭を叩いた。倒れたアンにサラとパーラが駆け寄る。
「大丈夫?痛くない?」 
「ひどいな、西園寺大尉は」 
 サラとパーラに介抱されるアンに差し入れを運んできた男性隊員から嫉妬に満ちた視線が送られている。誠はこの状況で自分に火の粉がかかるいつものパターンを思い出し、手酌でビールを注ぎ始めた。
「お姉さま。僕も今回はやっぱり要お姉さまが悪いと思います!アン、大丈夫そうだな」 
「そうですね」 
 味方になると思っていた楓と渡辺。第三小隊の隊長としての立場をわきまえている楓まで敵に回り、要はいらだちながら再びラム酒をあおった。
「よく飲むなあ……少しは味わえよ」 
「うるせえ!餓鬼に意見されるほど落ちちゃいねえよ!」 
 ランから文句を言われている要だが、そっと彼女は切り分けたピザを誠に渡した。
「あ、ありがとうございます」 
「礼なんて言うなよ。そのうちオメエが暴れだして踏んだりしたらもったいないからあげただけだ」 
 そう言う要の肩にアイシャが手を寄せて頷いている。その瞳はすばらしい光景に出会った人のように感嘆に満ちたものだった。
「なんだよ!」 
「グッジョブ!」 
 思い切り良く親指を立てるアイシャに要はただそのタレ目で不思議そうな視線を送っていた。
「ったく何がグッジョブだよ」 
 誠は苦笑いを浮かべて注がれたビールを飲み干した。明らかに部隊で根を詰めて絵を描き続けてきた反動か、意識がいつもよりもすばやく立ち去ろうとしているのを感じる。そしてそのままふらふらとカウラを見つめる誠。その目は完全に据わっていた。カウラも少しばかり引き気味に誠を見つめる。ランは誠に哀れみの視線を送っていた。
「あーあ、なんだか顔が赤いわよ。誠ちゃんいつものストレスが出てきたのね」 
 アイシャはラム酒をラッパ飲みしている要を見つめてため息をつく。
「なんだよ、そのため息は。アタシになんか文句あるのか?」 
「ここにいる全員が西園寺の飲み方に文句があるんじゃねーのか?」 
 開き直る要に突き刺さるようなランの一言。要は周りに助けを求めるが、いつもは彼女の言うことにはすべてに賛成する楓もアンの介抱をしながら責める様な視線を送ってくる。
「ああ、いいもんね!私切れちゃったもんね!神前!こいつを飲め!」 
 そう言うと要は手にしたラム酒をビールだけで半分出来上がった誠の半開きの口にねじ込んだ。ばたばたと手を振って抵抗する誠だが、相手は軍用の義体のサイボーグである。次第に抵抗するのを止めて喉を鳴らして酒を飲み始めた。
「あっ、間接キッス!」 
 突然そう言ったのはカウラだった。意外な人物からの意外な一言にうろたえた要は瓶を誠の口から引き抜いた。そのまま目を回したように倒れこむ誠。その顔は真っ赤に染まり、瞳は焦点を定めることもできず、ふらふらとうごめいている。
「馬鹿野郎!神前を殺す気か?ちょっと起こせ!」 
 蛮行もここまで来るといじめだった。そう思ったランは手にしていたコップを置くと顔色を変えて誠に飛びついた。そしてそのまま口に手を突っ込んで酒を吐かせようとするが、誠は抵抗して口を開こうとしない。
「仕方ねーな。カウラ!水だ!飲ませて薄めろ!」 
 そう言われて飛び出していくカウラ。アイシャはすぐさま携帯端末で救急車の手配をしている。
「ったく西園寺!餓鬼かオメーは!」 
「心配しすぎだよ。こいつはいつだって……」 
「馬鹿!」 
 軽口を叩こうとした要の頬を叩いたのは真剣な顔のアイシャだった。
「本当にアンタと誠ちゃんじゃあ体のつくりが違うの分からないの?こんなに飲んだら普通は死んじゃうのよ!」 
 アイシャは要の手からほとんど酒の残っていないラム酒の瓶を取り上げた。
「このくらいで死ぬかよ……」 
 そう言った要だが、さすがに本気のアイシャの気迫に押されるようにしてそのまま座り込んだ。
「らいりょうぶれすよ!」 
 むっくりと誠が起き上がった。その瞳は完全に壊れた状態であることをしめしていた。
「ぜんぜん大丈夫には見えねーけど」 
 助け起こすラン。だが、誠の視界には彼女の姿は映っていなかった。誠はふらふらと体勢を立て直しながら立ち上がる。そして要とアイシャに向かってゆっくりと近づき始めた。
「かなめしゃん!」 
 突然目の前に立つふらふらの誠に魅入られて要はむきになって睨み返した。
「は?なんだよ」 
 そして突然誠の手は要の胸をわしづかみにした。その出来事に言葉を失う要。
「このおっぱい、僕を誘惑するらめにおっきくらったってアイシャらんが……」 
 誠の言葉に自分の胸を揉む誠よりも先に要は視線を隣のアイシャに向ける。明らかに心当たりがあると言うように目をそらすアイシャ。
「らから!今!あの……」 
「正気に戻れ!」 
 そう言って延髄斬りを繰り出す要だが、いつものパターンに誠はすでに対処の方法を覚えていた。加減した要の左足の蹴りを受け流すと、今度はアイシャの方に歩み寄る。
「おお、今度はアイシャか……」 
 要は先ほどまで自分の胸を触っていた誠の手の感触を確かめるように一度触れてみた後、アイシャに近づいていくねじのとんだ誠を見つめていた。
「何かしら?私はかまわないわよ、要みたいに心が狭くないから」 
 アイシャの発言に部屋中の男性隊員が期待を寄せたぎらぎらとしたまなざしを向ける。それに心震えたと言うようにアイシャは誠の前に座った。
「あいひゃらん!」 
 完全にアルコールに支配された誠を見つめるアイシャ。だが、誠は手を伸ばすこともせず、途中でもんどりうって仰向けに倒れこんだ。
「大丈夫?誠ちゃん」 
 拍子抜けしたアイシャが手を貸す。だが、その光景を見ている隊員達はわざとアイシャが誠の手を自分の胸のところに当てようとしているのを見て呆れていた。
「らいりょうぶれす!僕はへいきらのれす!」 
 そう言うとアイシャを振りほどいて立ち上がる誠。だが、アイシャは名残惜しそうに誠の手を握り締めている。全男性隊員の視線に殺意がこもっているのを見てランですらはらはらしながら状況を見守っていた。
「ぜんぜん大丈夫に見えないんだけど……部屋で休んだほうがいいんじゃないの?」 
「こいつ……部屋に連れ込むつもりだよ」 
 要に図星を指されてひるむアイシャ。だが、誠はふらふらと部屋を出て行こうとする。
「どこ行くのよ!誠ちゃん」 
「ああ、カウラひゃんにあいさつしないと……こうへいらないれひょ」
 要とアイシャは顔を見合わせる。こんなに泥酔していても三人の上官に気を使っている誠に、それまで敵意に染められていた周りから一斉に同情の視線が注がれることとなる。
「神前……苦労してんだな」 
 ランはそう言いながら他人事のように誠達を見つめていた。
「おい!上官だろ?介抱ぐらいしろよ」 
 要の言葉にランは首を振るとグラスの底に残ったビールを飲み干す。
「大丈夫なんじゃねーのか?いつもはオメー等にKOされて言えなかった神前の本音も聞きてーしな」 
 明らかに他人を装うランに要は頭を抱えて自分の行為を悔いた。
「それにちゃんとテメーの尻はテメーで拭けよ。知らねーぞ、あいつカウラにも同じことするつもりだぞ。そうなりゃこういうことに免疫のねーカウラだ……まあアタシはかまわねーけどな」 
 ランの言葉に要とアイシャは目を見合わせて立ち上がる。当然のように野次馬を気取るサラや島田が立ち上がってそのあとをつけていく。
「カウラひゃん!」 
 そんな誠の声に要とアイシャ、そして野次馬達は階段を駆け下りた。壁際に水を入れた瓶を持ったカウラを追い詰めて立つ誠。その姿を見て飛び掛ろうとする要をランが引っ張る。
「野暮なことすんな」 
 そう言うと先頭に立ち階段に伏せて二人を見つめるラン。アイシャもその意図を悟って静かに伏せていた。
「なんのつもりだ?神前」 
 冷たい調子で言うカウラ。だが、要もアイシャもその声が僅かに震えていることに気がついていた。完全に傍観者スタンスのサラがアイシャの顔を覗き込む。
「どうですか、クラウゼ少佐。このまま神前君はがんばれますかね」 
「いやー無理でしょう。彼はどこまで言っても根性無しですから。根性があれば……」 
 島田との付き合いが公然のものであるサラの言葉に思い出されたさまざまな自分の誘いのフラグをへし折ってきた誠の態度にこぶしを握り締めるアイシャ。
「僕は……僕は……」 
「僕がどうしたんだ?飲むか?水」 
 そう言うとカウラは誠の頭から氷の入った水をかけた。野次馬達の目の前には、誠でなく自分達を見つめているカウラの冷たい視線が見えた。
「つっ!つっ!つっ!冷たい!」 
 思わずカウラから手を離す誠。同情と自責の念。思わず照れながら立ち上がる野次馬達。
「アイシャとクバルカ中佐……それに西園寺。いい加減こういうつまらないことを仕組むの止めてくれないか?」 
「そうだ!止めろっての!」 
 立ち去ろうとする二人の手を掴んで拘束するサラと島田。ランとアイシャが振り返った先では彼女達を見て囁きあう隊員の顔が見える。要もその攻め立てるような視線に動くことが出来ずにラン達と立ち往生していた。
「なにするのよ!島田君!」 
「離せ!」 
 ばたばた足を持ち上げられて暴れるランとアイシャ。カウラは二人を簡単に許すつもりは無いというように仁王立ちする。
「わかったから!こんどから誠ちゃんで遊ぶの止めるから!」 
「覗きは止める!だから離せってーの!」 
 ランの懇願に島田は二人の足から手を離す。カウラはそれだけではなくそのままラン達のところまで歩いてきた後、野次馬組を睨みつけた。
「ったくオメー等がはっきりしないのがいけねーんだ……って、寝てやがるぞ、あいつ」 
 そんなランの言葉に要とカウラは誠に目をやった。酒に飲まれて倒れこんだまま寝息を立てる誠。
「風邪引くからな、そのままにしておいたら。アイシャ、カウラ、要。こいつの体を拭いて部屋に放りこんでこい。それとあくまでつまらねーことはするなよ」 
 頭を描きながらランはそのまま呆れたような顔をしてビールを求めて図書館へと帰っていった。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 7

 肩で息をしながら誠は実働部隊の待機室に飛び込んだ。ようやく落ち着きを取り戻した詰め所の端末に座る隊員達。明らかに呆れたような視線が誠に注がれる。
「どうしたんだ?すげえ汗だぞ」 
 椅子の背もたれに乗りかかりのけぞるようにして入り口の誠を見つめて要が聞いてくる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら彼女の隣の自分の机に到着した。
「慌ててるな。ちゃんとネクタイとベルトを締め直せ。たるんでるぞ」 
 カウラは目の前の目新しい端末を操作しながら声をかけてくる。
 誠は周りを見渡しながらネクタイを締め直した。楓と渡辺がなにやら相談しているのが見える。そして当然のことながらアンの席は空いていた。吉田とシャムが席を外しており、退屈そうにランが目の前に広げたモニターの中で展開されている模擬戦の様子を観察していた。
「すいません、遅れました」 
 おどおどと入ってくるアンが向ける視線から避けるように誠は机にへばりつく。第三小隊設立以降、毎朝このような光景が展開されていた。
「退屈だねえ」 
 そう言って肩をくるくるとまわす要にランの視線が注いがれている。
「なら先週の道路の陥没事故の報告書あげてくれよ」 
 ランの一言に振り向いた要が愛想笑いを浮かべている。
「おい、神前。豊川東警察署から届いた調査書はお前のフォルダーに入れてあったんだよな」 
 そう言いながら端末をいじる要。明らかにやる気が無いのはいつものことだった。誠は仕方なく自分の端末を操作してフォルダーのセキュリティーを解除した。
「サンキュー」 
 言葉とは裏腹に冴えない表情の要。カウラの要に向ける視線が厳しくなっているのを見て、誠はまたいつもの低レベルな口喧嘩が始まるのかと思ってうつむいた。
「諸君!おはよう!」 
 妙に上機嫌にシャムが扉を開く。その後ろに続く吉田は明らかにシャムに何かの作業を頼まれたと言うような感じで口笛を吹きながら自分の席につく。
「何かいいことでもあったのか?さっきは端末覗いたと思えば飛び出して行きやがって」 
 ランの言葉に一瞬頷こうとしてすぐに首を振るシャム。
「アイシャに続いてオメエ等まで馬鹿なこと始めたんじゃねえだろうな」 
 要が退屈を紛らすためにシャムに目を向ける。そんな要を見つめるカウラの視線がさらに厳しいものになるのを見て誠はどうやれば二人の喧嘩に巻き込まれずに済むかということを考え始めた。
 そんな中、乱暴に部屋の扉が開かれた。
 駆け込んできたのはアイシャだった。自慢の紺色の長い髪が乱れているが、そんなことは気にせずつかつかと吉田の机まで進んできて思い切りその机を叩いた。
「どういうことですか!」 
 アイシャのすさまじい剣幕に口げんかの準備をしていた要がアイシャに目を向けた。
「突然なんだよ。俺は何も……」 
「何で在遼州アメリカ軍からシャムちゃん支持の大量の投票があったかって聞いてるんですよ!」 
 アイシャの言葉に部屋は沈黙に包まれた。呆れる要。カウラは馬鹿馬鹿しいと言うように自分の仕事に集中する。ランは頭を抱え、シャムはにんまりと笑みを浮かべていた。
「別に……、あっそうだ。うちはいつでもアメリカさんの仮想敵だからな。きっと東和の新兵器開発については関心があるんじゃないか?」 
 表情も変えずにそう言う吉田に再びアイシャが机を叩いた。部屋の奥の楓と渡辺が何をしているのかと心配するように視線をアイシャに向ける。
「怒ることじゃねえだろうが。ったく……」 
 そこまで言った要だが珍しく真剣な表情のアイシャが顔を近づけてくると、あわてたように机に伏せた。
「よくって?この豊川に基地を置く以上は皆さんに愛される保安隊になる必要があるのよ!だからこうして真剣に市からの要請にこたえているんじゃないの!当然愛される……」 
「こいつを女装させると市役所から褒められるのか?」 
 頬杖をつきながらつぶやいたカウラ。何気ない一言だが、こういうことに口を出すことの少ないカウラの言葉だけにアイシャは一歩引いてカウラの顔を見つめながら乱れていた紺色の長い髪を整えた。
「そうだ!マニアックなのは駄目なんだよ!」 
「シャムちゃんに言われたくないわよ!」 
 いつの間にか猫耳をつけているシャム、それに言い返そうと詰め寄っていくアイシャ。
「オメー等!いい加減にしろ!」 
 要と同じくらい短気なランが机を叩く。その音を聞いてようやくアイシャとシャムは静かになった。
「あのなあ、仕事中はちゃんと仕事してくれ。特にアイシャ。オメーは一応佐官だろ?それに運行艦と言う名称だが、『高雄』は一応クラスは巡洋艦級。その副長なんだぞ。サラとか部下も抱えている身だ。それなりに自覚をしてくれよ」 
 そう言うとランは再び端末の画面に目を移した。
「まあ、いいわ。つまり票が多ければいいんでしょ?それと……このままだと際限なく票が膨らむから範囲を決めましょう。とりあえず範囲は東和国内に限定しましょうよ」 
「うん、いいよ。絶対負けないんだから!」 
 アイシャとシャムはお互いにらみ合ってから分かれた。シャムは自分の席に戻り、アイシャは部屋を出て行く。
「何やってんだか」 
 呆れたように一言つぶやくとランは再びその小さな手に合わせた特注のキーボードを叩き始めた。
『心配するなよ。オメーの女装はアタシも見たくねーからな』 
 誠の端末のモニターにランからの伝言が表示される。振り向いた誠にランが軽く手をあげていた。
「なんだか面白くなってきたな」 
 そう言って始末書の用紙を取り出した要がシャムに目を向ける。必死に何か文章を打っているシャム。その様子を面白そうに見つめる要。
「おい、賭けしねえか?」 
 誠の脇を手にしたボールペンでつついてきた要が小声で誠に話しかけてくる。
「そんなことして大丈夫ですか?」 
「大丈夫な訳ないだろうが!」 
 当然誠をいつでも監視しているカウラの一言。だが、それも扉を開いて入ってきた嵯峨の言葉に打ち消された。
「はい!シャムが勝つかアイシャが勝つか。どう読む!一口百円からでやってるよ」 
 メモ帳を右手に、左手にはビニール袋に入った小銭を持った嵯峨が大声で宣伝を始める。
「じゃあ、シャムに10口行くかな」 
 そう言って財布を取り出そうとする吉田。ランは当然厳しい視線でメモ帳に印をつけている嵯峨を見つめていた。
「ちょっと……隊長。話が……」 
 帳面を手に出て行こうとする嵯峨の肩に手を伸ばすラン。
「ああ、お前もやるんだ……」 
 そこまで言ったところで帳面を取り上げて出て行くラン。さすがの嵯峨もこれには頭を掻きながら付いていくしかなかった。
 再びの沈黙だが主のいないロナルドの席を当然のように占拠してアイシャが端末で何か作業をしているのが誠にも見えた。シャムもまるで決闘でも始めそうな笑顔でちらちらとアイシャに目をやる。その頭には猫耳が揺れている。
「ふっふっふ……。はっはっは!」 
 アイシャが挑発的な高笑いをした瞬間、吉田はシャムを呼び寄せた。そして二人でしばらく密談をしたあと、不意に吉田が立ち上がった。それを見ると端末の電源を落としてロナルドの席から立ち上がり、気がすんだように伸びをしてそのまま部屋を出て行くアイシャ。それを横目にささやきあっていた吉田とシャムが立ち上がる。
「カウラ。ちょっと許大佐から呼び出しが……」 
「いちいち許可は必要ないんじゃないですか?」 
 カウラは明華の名前が出てきている以上あまり強く言えなかった。
「じゃあ!」 
 吉田とシャムが部屋を出て行く。誰がどう見ても先ほどの賭けの件であることが分かるだけに、カウラの表情は複雑だった。とりあえず諦めて画面に向かった誠だが、一通のメールが運行部班長名義で到着していることに気づいてげんなりした。運行部班長はアイシャである。先ほどの吉田とシャムの動きを見ていればアイシャが動き出すのは当然と言えた。
『昼食の時にミーティングがしたいからカウラを連れてきてね。ああ、要は要らないわよ』 
「誰が要らないだ!馬鹿野郎!」 
 隣から身を乗り出して誠の端末の画面を覗き込んでいた要が突然叫んだ。その大声に呆然とする楓と渡辺。隣で新聞を見ていたアンも要の顔をのぞき見ていた。
「もういーや。お前等も好きにしろよ!」 
 嵯峨を引き連れて戻ってきたランは諦めたようにそう言った。そとでピースサインをした嵯峨が帳面を手に戻っていく。その様子を見ていらだったような表情を浮かべていた要の顔色が明るくなった。
「それってさぼっても……」 
「さぼってってはっきり言うんじゃねーよ。どうせ仕事にならねーんだからアイシャと悪巧みでも何でもしてろ!」 
 そう言って報告書の整理を続けるラン。要はすぐさま首にあるジャックにコードを挿して何かの情報を送信した後、立ち上がっていかにも悪そうな視線をカウラに送る。思わずカウラは助けを求めるようにランを見つめていた。
「クラウゼの呼び出しか?ベルガー、ついてってくれよ。こいつ等なにすっかわかんねーからな」 
 カウラは大きくため息をついてうなだれた。要とカウラは席を立った。要の恫喝するような視線に誠も付き合って立ち上がる。表を見た三人の目にドアの脇からサラが中を覗き込んでいるのが見えてくる。要が派手にドアを開いてみせるとサラが誠達に詫びを入れるように手を合わせた。
「ごめんね!誠ちゃん、カウラちゃん。アイシャがどうしてもって……」 
 通信主任、サラ・グリファン中尉。いつものように姉貴分のアイシャの暴走を止められなかったことをわびるように頭を下げる。
「それよりオメエが何でこっちの陣営なんだ?」 
 要はサラの後ろにいる島田に声をかけた。
「いやあ、あちらは居心地が悪くて……」 
 そう言い訳する島田だが、付き合っているサラに引き込まれたことは誠達には一目で分かった。
「どこで遊んでるんだ?アイシャは」 
 カウラの言葉にサラは隊長室の隣の会議室を指差した。三人はサラと島田について会議室に向かう。会議室の重い扉を開けるとそこは選挙対策委員会のような雰囲気だった。
 何台もの端末に運行部の女性オペレーターが張り付き、携帯端末での電話攻勢が行われている。その中には技術部の小火器管理責任者のキム・ジュンヒ少尉や管理部の男性事務官の顔もあった。
「なんだ、面白そうじゃねえか」 
 そう言って要はホワイトボードに東和の地図を書いたものを見ているアイシャに歩み寄った。
「やはり吉田さんは手が早いわね。東部軍管区はほぼ掌握されたわね。中央でがんばってみるけど……ああ、来てたの?」 
「来てたの?じゃねえよ。くだらねえことで呼び出しやがって!」 
 あっさりとしているアイシャに毒づく要。カウラも二人の前にあるボードを見ていた。
「かなり劣勢だな。何か策はあるのか?」 
 そう言うカウラを無視して誠の両肩に手をのせて見つめるアイシャ。そんなアイシャに頬を染める誠だった。そんな中アイシャはいかにも悔しそうな顔でつぶやいた。
「残念だけどやっぱり誠ちゃんはヒロインにはなれないわね」 
「あのー、そもそもなりたくないんですけど」 
 誠はそう言うと頭を掻いた。そしてすぐにアイシャはパーラが手にしているラフを誠に手渡す。そこにはどう見てもシャムらしい少女の絵が描かれている。だが、その魔法少女らしい杖やマントは誠にはあまりにシンプルに見えた。
「これはナンバルゲニア中尉ですか?ちょっと地味ですね」 
 そう言った誠に目を光らせるのはアイシャだった。
「でしょ?私が描いてみたんだけどちょっと上手くいかないのよ。そこで先生のお力をお借りしたいと……」
 誠の魂に火がついた瞬間だった。伊達にアニメヒロインで彩られた『痛特機』乗りでは無いところを見せよう。そう言う痛々しい誇りが誠の絵師魂に火をつける。
「アイシャさん。当然他のキャラクターの設定もできているんでしょうね!」 
 そう言いながら誠は腕をまくる。ブリッジクルーが宿直室から持ってきた誠専用の漫画執筆用のセットを準備する。
「そうね。あちらがインフラ面で圧倒しようとするならこちらはソフト面で相手を凌駕すれば良いだけのことだわ!」 
 高笑いを浮かべるアイシャ。こういうお祭りごとが大好きな要はすでに机の上にあった機密と書かれた書類を見つけて眺め始めた。
「魔法少女隊マジカルシャム?戦隊モノなのか魔法少女ものなのかはっきりしろよ」 
 そう言いながら読み進めた要。だがすぐに開いたページで手を止めて凍てつく視線でアイシャを見つめた。
「おい、アイシャ。なんだこれは」 
 片目の魔女のような姿の女性のラフ画像をアイシャに見せ付ける要。
「ああ、それは要ちゃんの役だから。当然最後は誠ちゃんと恋に落ちてかばって死ぬ予定なんだけど……」 
 何事もないように言うアイシャに要はさらに苛立ちはじめた。
「おい、なんでアタシがこいつと恋に落ちるんだ?それに死ぬって!アタシはかませ犬かなにかか?」 
「よく分かったわね。死に行く気高き騎士イッサー大尉の魂がヒロインキャラット・シャムの魂に乗り移り……」 
「お姉様が死ぬのか!そのようなもの認めるわけには行かない!」 
 背後で机を叩く音がしてアイシャと要も振り返った。
 そこには楓と渡辺が立っている。楓はそのままアイシャの前に立つと要の姿が描かれたラフを見てすぐに本を閉じた。
「あのー、楓ちゃん。これはお話だから……」 
 なだめようとするアイシャの襟首をつかんで引き寄せる楓。楓はそのまま頬を赤らめてアイシャの耳元でささやく。
「この衣装。作ってくれないか?僕も着たいんだ」 
 その突然の言葉に再び要が凍りついた。誠はただそんな後ろの騒動を一瞥するとシャムが演じることになるヒロインの杖のデザインがひらめいてそのままペンを走らせた。
「楓ちゃん!」 
 濡れた視線で楓を見つめていたアイシャがそう叫んでがっちりと楓の手を握り締めた。
「その思い受け止めたわ!でも今回はあまり出番作れそうにないわね」 
「おい!今回ってことは二回目もあるのか?」 
 要が呆れながらはき捨てるように口走る。そんな要を無視してアイシャはヒロイン、シャムのデザインを始めている誠の手元を覗き込んだ。その誠の意識はすでにひらめきの中にあった。次第にその輪郭を見せつつあるキャラット・シャムの姿にアイシャは満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり誠ちゃんね。仕事が早くて……」 
「クラウゼ少佐!」 
 叫んだのは島田だった。アイシャは呼ばれてそのまま奥のモニターを監視している島田の隣に行く。
「予想通り来ましたよ、シャムさんの陣営の合体ロボの変形シーンの動画……ここまでリアルに仕上げるとは……こりゃあ明華の姐御が仕切ってますね」 
 頭を掻く島田。アイシャは渋い表情で画像の中で激しく動き回るメカの動画を見つめていた。
「メカだけで勝てると思っていたら大間違いと言いたいところだけど……あちらには吉田さんがいるからねえ。それにああ見えてレベッカは結構かわいい衣装のデザインとか得意だから……」 
「あちらはレベッカさんとシャムさんですか」 
 下書きの仕上げに入りながら誠が口を開く。そこに描かれた魔法少女の絵にカウラは釘付けになっていた。アイシャのデザインに比べて垢抜けてそれでいてかわいらしいシャムの衣装に思わず要と誠の押さえ役という立場も忘れて惹きつけられているカウラ。
「でもまあ、合体ロボだとパイロットのユニフォームとかしか見るとこねえんじゃないのか?」 
 そう言った要の顔を見て呆れたように首を振るアイシャ。
「あなたは何も知らないのね。設定によっては悲劇のサイボーグレディーとか機械化された女性敵幹部とか情報戦に特化したメカオペレーターとかいろいろ登場人物のバリエーションが……」 
「おい、アイシャ。それ全部アタシに役が振られそうなキャラばかりじゃねえか!」 
 要はそう言ってアイシャの襟首をつかみあげる。
「え?大丈夫よアタシの頭では全部構想はできているんだから」 
 得意げに胸を張るアイシャに要は頭を抱える。
「オメエのことだからもうすでに設定とかキャスティングとか済ませてそうだな、教えろよ……さっきのは却下な。悲劇のヒロインなんかやらねえからな」 
 挑発的な表情でアイシャに顔を寄せる要。だが、アイシャは要の手を払いのけて襟の辺りを直すと再び誠の隣に立った。
「やっぱりいつ見ても仕事が早いわよねえ。この杖、やっぱり色は金色なの?」 
 アイシャは会議机の中央に箱ごと並んでいたドリンク剤のふたをひねると誠の隣に置いた。夏コミの時と同じく誠はその瓶を右手に取るとそのまま利き手の左手で作業を続けながらドリンク剤を飲み干した。
「ちょっと敵役の少女と絡めたデザインにしたいですから。当然こちらの小さい子の杖は銀色でまとめるつもりですよ」 
 ドリンク剤を飲み干すと、誠は手前に置かれたアイシャのラフの一番上にあった少女の絵を指差した。 
「これってもしかして……」 
「ああ、それはクバルカ中佐よ。あの目つきの悪さとか、しゃべり口調とか……凄く萌えるでしょ?」 
 アイシャに同意を求められたカウラは首をひねった。誠の作業している隣では楓と渡辺がアイシャが作ったキャラクターの設定を面白そうに眺めていた。
「あの餓鬼が受けると思うのか?」 
 散々アイシャの書いたキャラクターの設定資料を見ながら笑っていた要が急にまじめそうな顔を作ってアイシャを見つめる。
「ええ、大丈夫だと思うわよ。ああ見えてランちゃんは部下思いだから」 
 真顔で答えるアイシャを挑発するように再び腹を抱えて笑い始める要。タレ目の端から涙を流し、今にもテーブルを殴りつけそうな勢いに作業を続けていた誠も手を止める。
「あのちびさあ……見た目は確かに餓鬼だけどさ。クソ生意気で目つきが悪くて手が早くて……それでいて中身はオヤジ!あんな奴が画面に出ても画面が汚れるだけだって……」 
 腹を抱えて床を見ながら笑い続ける要が目の前に新しい人物の細い足を見つけて笑いを止めた。
 要は静かに視線を上げていく、明らかに華奢でそれほど長くない足。だが、それも細い腰周りを考えれば当然と言えた、さらに視線を上げていく要はすぐに鋭い殺意を帯びたつり目と幼く見える顔に行き当たった。
「で、ガキで生意気で目つきが悪くて手が早くて中身がオヤジなアタシが画面に出るとどうなるか教えてくれよ」 
 淡々とランは要を睨みつけながらそう言った。要はそのままゆっくりと立ち上がり、膝について埃を払い、そして静かに椅子に座る。
「ああ、誠とかが仕事をしやすいようにお茶でも入れてくる人間がいるな。じゃあアタシが……」 
 そう言って立ち上がろうとする要の襟首をつかんで締め上げるラン。
「でけー面してるな西園寺。悪いがアタシはさらに付け加えて気がみじけーんだ。このまま往復びんた三十発とボディーブロー三十発で勘弁してやるけどいいか?」 
 要を締め上げるランの顔の笑みが思わずこの騒ぎを見つけた誠を恐れさせる。
「やめて!アタシは女優よ!」 
「お約束のギャグを言うんじゃねーよ!」 
 そう言ってその場に要を引き倒したランだが、さすがにアイシャとカウラが彼女を引き剥がす。さすがにその行為はただの冗談だったようでニヤリと笑うと制服の襟を整えてランは立ち上がった。
「じゃあさっき言ってたな、茶を入れてくれるって。とっとと頼むわ」 
 そう倒れた要に言いつけるとランは誠の隣に座った。騒動が治まったのを知ってどたばたを観察していた隊員達もそれぞれの仕事に戻った。
「でもすげーよな」 
 気分を変えようとランは誠の絵に集中するさまを感動のまなざしで見つめている。誠は今度はシャムの使い魔の小さな熊のデザインを始めていた。
「こんなの誰が考えたんだ?」 
 そう言いながら後ろに立つアイシャに目を向けるラン。だが、ランは振り返ったことを若干後悔した。明らかに敵意を目に指を鳴らすアイシャ。強気な彼女がひるんだ様子で手にしたラフを落としてアイシャを見上げている。
「あのー……そのなんだ……」 
「中佐。ここでは私は『監督』とか『先生』と呼んでいただきたいですね。それと常に私に敬意を払うことがここでのルールですわ」 
「おっ……おう。そうなのか?」 
 言い知れぬ迫力に気おされたランが周りに助けを求めるように視線を走らせる。だが、この部屋にいる面子は先月配属になった楓と渡辺以外は夏のコミケのアイシャによる大動員に引っかかって地獄を見た面々である。彼等がランに手を貸すことなどありえないことだった。
 明らかにランはと惑っていた。それは誠にとっては珍しくないがランには初めて見る本気のアイシャの顔を見たからだった。明らかに気おされて落ち着かない様子で回りに助けを求めるように視線をさまよわせる。
「ちょっとクラウゼさん。見てくださいよ」 
 ようやくランを哀れに思ったのか、島田はそう言うと会議室の中央の立体画像モニタを起動させた。そこには5台の戦闘マシンの図が示されていた。それぞれオリジナルカラーで塗装され、すばやく変形して合体する。
「ほう、これは姐御がシャムに妥協したわね。合体ロボなんてナンセンスって話してたの聞いたことあるもの」 
「妥協ねえ……」 
 真剣にそのメカを見つめているアイシャに冷めた視線のカウラがつぶやいた。そもそも合理的な思考の持ち主であるカウラには合体の意味そのものがわからなかった。アイシャや誠の『合体・変形はロマンだ!』と言い出して保安隊の運用している05式の発売されたばかりのプラモデルの改造プランを立てる様子についていけない彼女にはまるで理解の出来ない映像だった。
「リアリズムとエンターテイメントの融合は難しいものなのよ。たとえば……」 
「おい!お茶!」 
 演説を始めようとするアイシャの後頭部にポットをぶつける要。振り向いたアイシャだが、要はまるで知らないと言うように手を振るとテーブルにポットと急須などのお茶セットを置いた。
「とりあえず先生に入れてあげて!」 
 アイシャの先には首をひねりながらシャムの役の魔法少女の服装を考えている誠がいた。
「そんなに根つめるなよ。アレだろアイシャ。とりあえずキャラの画像を作ってそれで広報活動をして、その意見を反映させて本格的な設定を作るんだろ?」 
 そう言った要の手をアイシャは握り締めた。
「要ちゃん!あなたはやればできる子だったのね!」 
 そのまま号泣しそうなアイシャにくっつかれて気味悪そうな表情を浮かべる要。カウラは黙ってお茶セットで茶を入れ始めた。
「でもすげーよな。本当によく考えてるよこれ。でもまあ……アタシはもうちょっとかわいいのがいいけどな」 
「違います!」 
 ランの言葉に要から離れたアイシャが叫んだ。突然のことに驚くラン。
「かわいいは正義。これは昔からよく言われる格言ですが、本当にそうでしょうか?かわいい萌え一辺倒の世の中。それでいいのかと私は非常に疑問です!かわいさ。これはキャラクターの個性として重要なファクターであることは間違いないです。私も認めます。ですが、すべてのキャラがかわいければよいか?その意見に私はあえてNo!!と言いたいんです!」 
 こぶしを振りかざし熱く語ろうとするアイシャに部屋中の隊員が『またか』と言う顔をしている。
「なんとなくお前の哲学はわかったけどよー、なんでアタシはへそ出しなんだ?シャムの格好はどう見てもドレスだって言うのに。それと……」 
 ランが自分が書かれているアイシャ直筆の設定画を手に取っている。だが、アイシャは首を振りながらランの肩に手を伸ばし、中腰になって同じ目線で彼女を認めながらこう言った。
「これはセクシーな小悪魔と言うキャラだからですよ。わかりますよね?」 
 思い切りためながらつぶやいたアイシャの言葉にランは頬を赤らめた。
「……セクシーなら仕方が無いな。うん」 
 ランのその反応に机を叩いて笑い出す要。さすがのランも今度はただ口を尖らせてすねて見せる程度のことしかできなかった。
「あの、アイシャさん。この女性怪人、名前がローズクイーンってベタじゃないですか?」 
 誠がそう言いながら差し出したのは両手が刺付きの蔓になっている女性怪人の設定画だった。
「そのキャラはあえてベタで行ったのよ。その落差が良い感じなの!」 
 ついていけないというように自分の分のお茶をすするカウラ。要とランはとりあえず席に座ってお茶を飲みながら誠とアイシャの会話を聞くことにした。一方せっかく用意したシャム陣営の合体ロボの合体変形シーンをスルーされた島田はサラに肩を叩かれながら再び端末でネット掲示板に宣伝の書き込みをする作業を再開していた。
「でも良いんですか?あまさき屋にはお世話になっているのは認めますけど……これって春子さんですよね、演じる人は」 
 誠は涼やかな表情と胸などを刺付きの薔薇の蔓で覆っただけの胸のあたりまで露出した姿の女性の描かれた紙をアイシャに差し出す。
「すげー!本当にオメーが描いてるんだなこれ」 
 声を上げたのはランだった。だが、アイシャはすぐにそれを手に取り真剣な目で絵を見つめていた。カウラの隣で黙っているのに飽きてアイシャの後ろに来た要がイラストを見てにやりと笑う。
「これはいいのか?胸とか露出が多すぎだろ?これじゃあ春子さん受けないんじゃねえの?」 
 そう言って要は誠の頭を叩く。その手を振り払って誠は次のキャラを描き始めた。
「確かにこれはやりすぎだな……」 
「これで行きましょう!」 
 カウラの言葉をさえぎってアイシャが叫ぶ。すぐさまその絵はパーラとサラに手渡された。
「要ちゃんの言うとおりとりあえず軍にはこれを流して宣伝材料にすれば結構票が稼げそうね。シャムちゃんは女性キャラが苦手だから男ばかりでむさくるしい各部隊の票はこちらが稼げるはずよ!あとは……」 
 要をまじまじと見つめるアイシャ。その雰囲気にいたたまれないように周りを見回す。だが、要の周りには彼女を見るものはほとんどいなかった。それどころか一部の彼女の視線に気がついたものは『がんばれ!』と言うような熱い視線を送ってくる。
「いつアタシがそんなこと……」 
 そう言う要をアイシャが睨みつける。要が一斉に『お前がやれ』と言う雰囲気の視線を全身に受けると頭を掻きながら身を引く。アイシャは誠が修正した設定画をめくってその中の一つを取り出した。
「それ、アタシだな」 
 そんなランの言葉に再び厳しい瞳をランに向けるアイシャ。だがすでにランは諦めきった様子を見せていた。それを満足げに見下ろすアイシャ。
「なんだよ、アタシがなんかしたか?え?」 
 最後の抵抗を試みるラン。だがアイシャの瞳の輝きにランは圧倒されて黙り込んでいた。
「中佐。お願いがあるんですけど」 
 その言葉の意味はカウラと要にはすぐ分かった。要は携帯端末を取り出して、そのカメラのレンズをランに向ける。カウラは自分が写らないように机に張り付いた。
「なんだ?」 
「ぶっきらぼうな顔してくれませんか?」 
 アイシャの意図を察した要の言葉にランは呆然とした。
「何言い出すんだ?」 
 ランは呆れながら要を見つめる。
「そうね、じゃあ要を怒ってください」 
「は?」 
 突然アイシャに怒れといわれてランは再び訳がわからないという顔をした。
「あれですよ、合成してイメージ画像に使うんですから。さあ怒ってください」 
 すでにアイシャの意図を察している上でアイシャの狙いに否定的なカウラまでそう言いながら笑っている。気の短いランは周りから訳のわからないことを言われてレンズを向けている要に元から悪い目つきで睨みつけた。
 合成されたシャッターの音がする。要はすぐさまそれをアイシャに渡した。
「これ結構いい感じね。採用」 
「なんだよ!いったい何なんだよ!」 
 ランはたまらずアイシャに詰め寄った。
「静かにしてね!」 
 そう言ってアイシャはランの唇を指でつつく。その態度が腹に据えかねたと言うようにふくれっつらをするランだが、今度はカウラがその表情をカメラに収めていた。
「オメー等!わけわかんねーよ!」 
 ランは思い切り机を叩くとそのままドアを乱暴に開いて出て行った。
「怒らせた?」 
「まあしょうがねえだろ。とっとと仕事にかかろうぜ」 
 そう言うと要は誠の描いたキャラクターを端末に取り込む作業を始めた。それまで協力する気持ちがまるで無かった要だが、明らかに今回のメインディッシュがランだと分かると嬉々としてアイシャの部下を押しのけて画像加工の作業を開始するために端末の前に座っていた。
 そんな騒動を横目に正直なところ誠はかなり乗っていた。
 夏のコミケの追い込みの時にはアイシャから渡されるネームを見るたびにうんざりしていたが、今回はキャラクターの原案と設定が描かれたものをデザインするだけの作業で、以前フィギュアを作っていた時のように楽しく作業を続けていた。
「神前は本当に好きなんだな」 
 ひたすらペンを走らせる誠を呆れたように見つめるカウラ。だが、彼女も生き生きしている誠の姿が気に入ったようでテーブルの端に頬杖をついたまま誠のペンの動きを追っている。
「なるほど、これがこうなって……」 
 パーラとサラの端末に取り込んだ誠の絵を加工する様子を楽しそうに見ているのは楓と渡辺だった。
「やってみますか?」 
 そんなサラの一言に首を振る楓。
「これ、もしかして僕かな」 
 画面を指差して笑う楓に思わず立ち上がったカウラはそのままサラの前の画像を覗き込んだ。そこには男装の麗人といった凛々しいがどこか恐ろしくも見える女性が映し出されていた。
「役名が……カヌーバ黒太子。アイシャ。悪役が多すぎないか?」 
 カウラの言葉にアイシャは一瞬天井を見て考えた後、人差し指をカウラの唇に押し付けた。
「カウラちゃんこれはあれよ……凛々しい悪役の女性キャラってそれだけで萌え要素なのよ」 
「そんなお前の偏った趣味なんて聞いてねえよ」 
「要ちゃんはちゃんと今回出番をたくさん用意するからがんばってね」 
 壁に寄りかかってぶつぶつとつぶやいている要にアイシャが笑いかける。
「ケッ!つまんねえな」 
 そう言い残して要は出て行った。カウラは追った方がいいのかと視線をアイシャに送るが、アイシャは首を横に振った。そして要が放置していった端末を覗いたサラは手でOKと言うサインを送っている。たまたま生き抜きに頭を上げていた誠は要がなんやかんや言いながら仕事をしていたことに思わず笑みを浮かべていた。
「島田君!そっちの宣伝活動はどうよ」 
「ええ、まあ順調ですね。あちらもうちと同じでシャムさんやレベッカさんの絵を使ってキャラクターの設定を始めたみたいですけど……」 
「ちょっと見せて」 
 アイシャはすっかりこの部屋の指揮官として動き回っている。誠は再び頭を上げた。さすがに集中力が尽きてアイシャが島田の端末の画像を見て悪い笑いを浮かべるのを見ながら首を回して気分転換をしてみる。
「これなら勝てるわね。シャムちゃんやレベッカの絵は女性向けっぽいところがあるから。遼北軍みたいに女性の多いところだと危なかったけど……東和軍は男性比率は80パーセント以上!逃げ切れるわよ」 
 勝利を確信するアイシャ。確かに彼女が『東和限定』と言う設定に持ち込んだ理由が良くわかってきた。遼北軍は70パーセント以上、外惑星のゲルパルトなどでも60パーセントは女性兵士、人工的に作られた兵士である『ラストバタリオン』で占められていた。
 アイシャと運行部での彼女の部下であるサラとパーラはその『ラストバタリオン』計画の産物だった。他にもカウラや楓の部下と言うより愛人と言われる渡辺かなめも同じように人工的にプラントで量産された人造女性兵士である。
 先の大戦で作られた人造兵士達は技術的な問題から女性兵士が多く、保安隊の配属の『ラストバタリオン』の遺産達もほぼすべて女性だった。それを知り尽くしているアイシャに不敵な笑みが浮かぶ。
「でもあちらにお姉さんがついたのは痛いわね」 
 アイシャが独り言のようにつぶやいた。カウラと楓の顔色が変わる。
「鈴木中佐があちらに?菱川重工を押さえるつもりか?」 
 そんな楓の言葉に再び作業に戻ろうとした誠が視線を向けた。
「お姉さんは泣き落としに弱いからしょうがないわよ。それにあちらが軍と警察だけに限定していた範囲を広げるならこちらも攻勢をかけましょう」 
 アイシャは笑顔で島田の耳元に何かを囁いた。
「マジですか?」 
「大マジよ!」 
 島田の顔色が変わったのを見て誠はそちらに目を向けた。そんな彼の視線を意識しているようにわざと懐からディスクを取り出したアイシャは島田にそれを手渡した。
「なんだそれは?」 
 場に流されるままのカウラが島田が端末に挿入するディスクを見つめる。そのディスクのデータがすぐにモニターに表示された。数知れぬ携帯端末のアドレスが表示される。カウラはそれを見てさらに頭を抱えた。
「それって……」 
「ちょっとした魔法で手に入れた同志達の端末のアドレスよ」 
 何事も無いように答えるアイシャに誠は開いた口がふさがらなかった。非合法活動のにおいがぷんぷんする個人データ。こういうことなら吉田の真骨頂が見れるのだが、さすがの吉田もこんなことではハッキング活動をするほど汚くは無い。
「どうやって集めた?場合によっては刑事事件モノだぞ!」 
「そんなに怖い顔しないでよ。アタシのホームページのメールマガジン登録者のデータよ。これもメールマガジンの一部のサービスってことで」 
 それでも一応は個人データの流用をしてはならないと言う法律がある。それを思い出して誠はため息をつくしかなかった。アイシャの趣味はエロゲ攻略である。女性向けだけでなく男性向けのデータも集めたその膨大な攻略法の記されたページはその筋の人間なら一度は目にしたことがある程の人気サイトになっていた。
 そしてアイシャは隠し球はそれだけではないと言うように携帯端末から電話をかける。
「今度は何をする気だ?」 
 カウラはそう言って誠を見つめる。
「あ、私よ。例のプロジェクトが発動したわ。情報の提供頼むわね」 
 そう言うとアイシャはすぐに通信を切る。
「誰にかけていた?」 
「あ、小夏ちゃんよ」 
 カウラの問いに即答するアイシャに誠は感心するより他になかった。小夏は以前はシャムの子分格だったが、中佐で明石のあとをついで二代目保安隊副長に就任することが確定したランの登場で今では彼女の手下となっていた。
 シャムは『人間皆友達』と言うおめでたいキャラである。だが、ランの名前をちらつかせてアイシャが小夏にアプローチをかけて寝返らせたと言う光景を想像しまった誠は、ただこの状況を見なかったことにしようと目の前の絵に没頭することにした。
「勝てるわね」 
「まあ勝つだろうな。勝ってもまったく自慢にはならないがな」 
 余裕の表情を浮かべるアイシャを表情を浮かべることを忘れたと言うように見つめているカウラ。ようやく彼女はアイシャがどんな物語を作ろうとしているかと言うことに関心が向いてアイシャのキャラクターの設定資料の束をサラの隣の机から取り上げた。
「南條シャム。南條家の三人姉妹の末っ子。小学5年生」 
「そうよやっぱり魔法少女は小学生じゃないと!」 
 カウラの言葉に胸を張るアイシャ。そんなアイシャを完全に無視してカウラはさらに読み進める。
「魔法の森の平和を守る為にやってきたグリンに選ばれて魔法少女になる……魔法の森って……」 
 そこでアイシャをかわいそうなものを見るような視線で眺めるカウラ。だが、そのような視線で見られることに慣れているアイシャはまったく動じる様子が無い。
「おてんばで正義感が強い元気な女の子……まあアレも女の子だな。背と胸が小さいことを気にしている」 
 ここまでカウラが読んだところで会議室の空気が緊張した。だが、カウラはさすがにこれに突っ込むことはしなかった。胸を気にしていると言うことを自ら認めるほどカウラは愚かではなかった。
「勉強は最悪。かなりのどじっ娘。変身魔法の呪文はグリン……グリン?ああこの絵か。魔法熊?熊ってなんだ?まあいいか、が『念じればかなうよ』と言ったのに変身呪文を創作して勝手に唱える。しかも記憶力が無いので毎回違う……まあシャムだからな」
「そうでしょ?シャムちゃんだもの」 
 二人のこの奇妙な会話に誠はただ笑いをこらえるのに必死だった。だがその我慢もすぐに必要が無くなった。
「よう!」 
 突然会議室の扉が開き、入ってきたのは嵯峨。雪駄の間抜けな足音が会議室にこだまする。
「隊長、なんですか」 
 島田の作業を注視していたアイシャが顔をあげる。嵯峨は頭を掻きながらそれを無視すると娘の楓などを眺めながら誠に歩み寄る。
「やっぱり、お前はたいしたもんだなあ……」 
 誠の書き上げたイラストをしみじみと見つめる嵯峨。その後ろからタバコを吸い終えて帰ってきた要が珍しそうに眺める。
「叔父貴がなんで居るんだ?」 
「仲間はずれかよ、傷つくよなあ……」 
 嵯峨はそう言いながらふらふらと端末を操作している島田の方に歩いていく。
「あちらはシャムが空回りしていたけどこっちはかなり組織的みたいだねえ」 
 そう言うとアイシャが立ちはだかって見えないようにしている端末のモニターを、背伸びをして覗き込もうとする。
「一応秘密ですから」 
 アイシャに睨みつけられて肩を落す嵯峨はそのまま会議室の出口へと歩いていく。
「ああ、そうだ。一応これは本職じゃないから、あと三十分で全員撤収な」 
 そう言い残して出て行く嵯峨。誠がその言葉に気がついたように見上げれば窓の外はすでに闇に包まれていた。
「え、五時半?」 
 アイシャの言葉に全員が時計に目をやった。
「省エネ大臣のシン大尉が来ないうちってことですかね」 
 手だけはすばやくタイピングを続けながら島田がつぶやいた。誠もこれが明らかに仕事の範囲を逸脱しているものだということは分かっていた。もうそろそろ配属四ヶ月を過ぎて、おそらくこの馬鹿騒ぎは嵯峨と言う中央から白い目で見られている危険人物が隊長をやっているから許されるのだろうとは理解していた。おかげで保安隊の評価が中央では著しく低いことの理由もみてとれた。
「じゃあ誠ちゃんとカウラ、パーラとサラ。ちょっと片付け終わったら付き合ってくれるかしら」 
「アタシはどうすんだ?」 
 要が不機嫌そうに叫ぶ。同じように島田が手を止めてアイシャを見上げ、楓と渡辺がつまらなそうな視線をアイシャに投げる。
「もう!いいわよ!来たい人は着替え終わったら駐車場に集合!続いての活動は下士官寮でと言うことでいいわね!」 
 そんなアイシャの言葉に全員が納得したと言うように片づけを始める。誠はデザイン途中のキャラクターの絵をどうしようか悩みながらペンを片付けていた。
「途中みたいだが良いのか?」 
 カウラはそう言うと描き途中の絵を手にしていた。何枚かの絵を眺めていたカウラの目がエメラルドグリーンの髪の女性の姿を前にして止まる。
「これは私だな」 
 そう言いながら複雑そうな笑みを浮かべるカウラ。『南條家長女』と誠の説明書きが入ったその絵の女性の胸は明らかにカウラのそれに似て平原だった。
「神前……まあ良いか」 
 以前のカウラには聞かれなかったような明るい調子の声がしたのを確認すると誠は肩をなでおろした。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 6

「なんですか?それは?」 
 翌日、少しばかり早く隊舎に到着した誠が目にしたのは、居眠りしている警備部の面々の横の郵便受けに大量に差し込まれた封筒を手にしたカウラだった。
「さあ……」 
 首をひねるカウラの手から一枚それを引き抜く要。そして彼女は思い切り大きなため息をつくとそれをカウラの手に戻した。
「誰宛?それ」 
 アイシャは興味深げにそれを眺めるが差出人の項目を見たとたん興味を失ったようにハンガーに向けて歩き出した。
「カウラ、それ焼いとけ」 
 そういい残して立ち去る要。
「誰から来たんですか?それ」 
 そう言いながら誠はカウラの手にある封筒を一枚手にした。それは保安隊運用艦『高雄』の機関室責任者槍田司郎大尉からのものだった。誠の表情に引きつった笑いが浮かぶ。他の封筒もすべて槍田大尉の部下である機関室の技術下士官の名前が書き連ねられている。
「見ないでも内容は分かるなこれは。本当に焼こうか?」 
 カウラの微妙な表情で誠を見つめている。
 槍田司郎貴下の機関室の面々は管理部の菰田とはベクトルを反対側に向けた方向で誠の苦手な分野の人々だった。ともかくひたすら軟派な集団だった。室長の槍田自身も火器管制官であるパーラと付き合っていながら、『高雄』の母港のある新港基地近くの女子高生との不適切な関係で危うく逮捕されかけると言う事件があった人物で部隊の女性隊員の評価はきわめて悪い人物だった。
「ちょっと見るだけでも……」 
 そう言って誠は一枚の封筒を開けた。
『団地妻モノ希望』 
 誠はその文字を見るとカウラに封筒を返した。そしてもう一度別の封筒を開く。
『女子校生モノ希望』 
 今度こそと別の封筒を開く。
『とりあえずエロければオールOK』 
 誠はそのまま封筒をカウラに返した。
「あの人達にはちゃんと候補は決まってるって吉田さんが送ってるはずですよね」 
 そう言う誠に無駄だと言うようにカウラは首を横に振った。
「なにしてるの?あんた達」 
 ハンガーから出てきた明華。昨日の説教に疲れたのかあまり元気が無い彼女がカウラの手にある封筒の山に目をつけた。
「なにそれ?」 
 近づいてくる明華。その後ろからは島田がコバンザメのようについてくる。
「機関室の面々から昨日のアンケートの回答が届いて……」 
「すぐに焼きなさい!」 
 カウラの言葉を聞くとすぐにそれだけ言って明華はハンガーに消えた。技術関係の隊員の頂点に立つ明華も時折表ざたにしたくないような女性関係の問題で引きずり出されていることもあって槍田達の話をすることは彼女の前ではタブーだった。
「知らねえぞ、槍田の旦那も……カウラさん。それうちで処分しますから」 
 諦めたような笑いを浮かべながら島田はそう言ってカウラの手の中の封筒の束を預かる。
「あいつ等は何とかならないのか?」 
 カウラは呆れたように島田に声をかけるが、白々しい笑みが島田の顔に浮かんだだけだった。実際、先月の運用艦『高雄』の出動の直後、槍田達の転属を願う署名が運行部の女性隊員から隊長の嵯峨に提出されたのは誠も知っていた。困ったような顔をしながらその署名を嵯峨が手元で抱えている理由が東和宇宙軍が技術スタッフの派遣に消極的で隊員の確保ができないからだ言う話はアイシャから聞いていた。
 ハンガーの前ではちょうど先に車を降りたアイシャがアンケート用紙を西高志兵長から受け取っているところだった。
「早いねえ、なんだ?まさか組織票とか……」 
 そう言う要の言葉に引きつった笑みを浮かべる西。
「ああ、うちはシャムの案で行くことにしたから」 
 きっぱりとアイシャにそう言うとそのままハンガーの奥へと消えていく明華。
「技術部の組織票か。これは合体ロボで決まりかな」 
 そう言いながら右手で額をつついているカウラ。だが、アイシャの顔には不敵な笑みが張り付いていた。
「おい、アイシャ。技術部の組織票が動いたんだ。諦めろ」 
 要はそのままアイシャの肩に手をやった。
「ふっふっふ……」 
 声に出して不気味な笑い声を出すアイシャに少し引いた表情を浮かべる要。
「とりあえずあなた達の部屋まで行くわよ」 
 アイシャはそのまま奥の階段へとまっすぐに向かっていく。
「馬鹿だねえ。人数的にはあと数を稼げるのは警備部ぐらいのもんだぜ。しかもマリアの姐御が組織票でアイシャに協力するなんてことはねえだろうが」 
 ぶつぶつとつぶやく要。誠から見ても要の言うことが正解だった。その割にはアイシャの表情は明るく見えた。
「はい!管理部は全員一致でファンタジー路線に決めましたので!」 
 階段を上りきったところでいきなりカウラにアンケートを渡す菰田。だが、大勢が決まったと思っているカウラは愛想笑いの出来損ないのような微妙な笑みを浮かべてそれを受け取っただけだった。
「菰田、明華の姐御が動いたんだ。諦めろ。もうシャムの要望の合体ロボで決まりみたいだから。それに……」 
 要の響く声に気づいたのか、突然実働部隊詰め所の扉が開いてシャムが飛び出してきた。
「アイシャ!ずるいよ!」 
 そう言ってアイシャの首にぶら下がろうとするシャム。
「ふっふっふはっはっはー!」 
 大爆笑を始めたアイシャに誠も要もカウラも何が起きたのかと戸惑いの視線をシャムに向けた。小さなシャムが両手を大きく広げて威嚇するようにアイシャを見つめている。その様はあまりに滑稽で誠は危うく噴出すところだった。
「だって同盟司法局とか東和国防軍とかから次々魔法少女支持の連絡が届いてるんだよ!確かに保安隊だけしか投票できないって決まってないけどさ」 
 シャムの言葉に誠は高笑いを続けるアイシャを覗き込んだ。
「この馬鹿ついに他の部隊まで巻き込みやがった」 
 呆れて立ち尽くす要。カウラはその言葉を聞かなかったことにしようとそのまま奥の更衣室へ早足で向かった。
「だってあのアンケートの範囲の指定は無かったじゃないの。そうよ、勝てばいいのよ要するに!」 
 アイシャはそう言うとそのまま誠の右手を引っ張ってカウラに続いて歩き続ける。
「何で僕の手を握ってるんですか?」 
 突然の状況の変化についていけない誠。だが、そんな誠にアイシャは向き直ると鋭く人差し指で彼の顔を指差した。
「それは!誠ちゃんが魔法少女デビューを果たすからよ!」 
 先に更衣室の前で振り返ったカウラが凍りついた。要が完全に呆れた生き物でも見るような視線を送ってくる。シャムは手を打って納得したような表情を浮かべる。
 誠はなにが起きたのかまったくわからないと言うようにぽかんと口を開けていた。
「僕が魔法少女!?」 
 呆然とアイシャの目を見つめる誠。アイシャの目は笑ってはいなかった。
「そうよ!女装魔法少女!すばらしいでしょ?」 
 誠の肩を黙ったまま叩く要。誠がそちらに目を向けると要は同情のまなざしを向けながら首を振った。
「え!そうなんだ!」 
 わざとらしく驚いてみせるシャム。誠はその時完全に自分がはめられたことを悟った。
「あのー、アイシャさん。祭りに来た家族が見れるような作品を作らないと……」 
 誠の言葉に拍手をする音が聞こえた。誠は気づいて左右を見回す。
「オメー等、わざとやってるだろ」 
 突然、誠の鳩尾の辺りから声がして視線を下ろした。拍手をしていたのは小さなランだった。そのままアイシャにつかつかと歩み寄る。その元々睨んでいるようなランの目つきがさらに威圧感をたたえて向かってくるので、さすがのアイシャもためらうような愛想笑いを浮かべた。
「あのなあ、こいつが魔法少女って……少女じゃねーだろ!こいつは!」 
 そう言うとランは思い切り誠の腹にボディーブローをかました。そのまましゃがみこむ誠。
「なんだ?神前。アタシみたいなちっこいののパンチでのされるなんてたるんでる証拠だぞ!とっとと着替えて来い!」 
 しゃがみこんだ誠の尻を蹴り上げるラン。誠は立ち上がると敬礼をして更衣室に駆け込んだ。明らかに口論を始めたらしい二人を背に、小走りで男子更衣室に飛び込んだ誠。
「よう、盛り上がってるな」 
 先客のキムがいやらしい笑いを浮かべながら入ってきた誠を眺めている。
「そんな他人事みたいに……」 
 そう言いながら誠は自分のロッカーを開く。
「だって事実として他人事だもんな。それにアイシャさんが『魔法少女』なんて言い出したらキャストにお前が少女役で出てくるぐらいのことは俺でも予想がついたぜ」 
 シャツを脱ぐ誠の背中を叩くキム。誠は急いで脱いだシャツをロッカーに放り込むとかけてあるカーキーのワイシャツを取り出した。
「まあ、今となってみればそうだとは思うんですが……でもこのままじゃ……」 
 うなだれる誠の肩に手をやる。
「まあ任せろ。こっちの選挙対策委員長はあの吉田少佐だぜ。絶対に勝ってみせる!」 
 そう力強く言うキム。誠は明らかに問題の根本が摩り替えられつつある現状に気づいて頭を抱えた。
「とっとと着替えないとクバルカ中佐が切れるぞ!」 
 そう言うとキムは更衣室から出て行った。誠は急いでワイシャツのボタンを留め、ズボンに手を伸ばす。
「あのー……」 
 突然誠の隣で声がした。驚いた誠が見下ろすと小柄な浅黒い肌の少年がおずおずと誠を見上げていた。
 そこにはアン・ナン・パク軍曹の姿があった。意外な人物の登場に誠は思わず飛びのいた。
「いつからいたんだ!」 
「はじめからいたんですけど……」 
 そう言って流し目を送ってくるアンに正直誠は引いていた。以前は西がアイシャ曰く『総受け』と呼ばれていた状況から第三小隊の発足とアンの配属により、『西キュンはアン君に対しては攻めだよね』と言う暗黙の了解が女性隊員の間でささやかれるようになっていた。
 誠はその言葉の意味がわかるだけに目を潤ませて誠に視線を送るアンをゆっくりと後ずさりながら眺めていた。確かに上半身裸でシャツを着ようとするアンはとても華奢でかわいらしく見えた。そしてそれなりに目鼻立ちのはっきりしたところなどは『あっさり系美少年』と言われる西、そして『男装の麗人』楓と運行部の女性士官達の人気をわけていることも納得できる。
「魔法少女。がんばってくださいね」 
 そう声をかけてにっこりと笑うアン。誠は半歩後ずさって彼の言葉を聞いていた。
「そんな……決まったわけじゃないから。それにナンバルゲニア中尉の合体ロボ……」 
「駄目です!」 
 大きな声で叫ぶアン。誠は結ぼうとしたネクタイを取り落とした。
「ああ、変ですね……変ですよね……僕……」 
 誠は『変だという自覚はあるんだな』と思いながらもじもじしたままいつまでも手にしたワイシャツを着ようとしないアンから逃れるべくネクタイを拾うとぞんざいにそれを首に巻こうとした。
「気がつきませんでした!僕が結んで差し上げます」 
 そう言って手を伸ばしてくるアンに誠は思い切り飛びずさるようにしてその手をかわした。アンは一瞬悲しそうな顔をするとようやくワイシャツに袖を通す。
「でも一度でいいから見たいですよね……先輩の……」 
 誠が考えていることは一つ。更衣室から一刻も早く抜け出すこと。誠はその思いでネクタイを結び終えるとすばやくハンガーにかけられた制服を手にして、ぞんざいにロッカーからベルトを取り出す。
「そんなに……僕のこと嫌いですか?」 
 更衣室の扉にすがり付いて飛び出した誠の背中に向けてつぶやくアン。
「いや……その……」
 誠の背筋が凍った。仕方なく振り返るとそこには明らかに甘えるような視線を誠に向けるアンがいる。誠は戻って震える手でロッカーを閉めようとするが、アンはすばやくその手をさえぎった。そして左の手に長いものを持ってそれを誠の方に向ける。
「ごめんなさい!わ!わ!わ!」 
 誠は思わずアンに頭を下げていた。だが、アンが手にしていたのは誠の常備している日本刀、鳥毛一文字だった。黒い鞘に収められた太刀が静かに誠の腰のベルトに釣り下がるのを待っていた。
「これ、忘れてますよ」 
 アンはそれだけ言うとにっこりと笑う。誠はあわててそれを握ると逃げるように更衣室を飛び出した。
「廊下は走るんじゃないよー」 
 いつものように下駄をからから鳴らしながらトイレに向かう嵯峨の横をすり抜けると、誠はそのまま実働部隊の控え室へと駆け込んだ。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 5

「珍しいじゃないの。あなたが一人なんて……他の連中は?」 
 アイシャに笑いかけられて照れるヨハン。そしてすぐに一階の奥の資材置き場を指差した。
「昨日、西の野郎が怪我しましてね。それを島田がレベッカをだましてごまかそうとしたもんだから許大佐が切れちゃって絞られてるんですよ」 
 そう言うと苦笑して軽く両手を広げるヨハン。
「西きゅんが怪我したって……大丈夫なの?」 
 アイシャが食いつくようにヨハンを睨みつけた。西高志兵長は保安隊でも数少ない十代の隊員である。アイシャ達ブリッジクルーが弄り回し、技術部整備班の班長島田正人准尉と副班長レベッカ・シンプソン中尉が目をかけている少年兵である。特にレベッカとは非常に親密と言うより、『シンプソン中尉のペット』と呼ばれるほどで、ほとんど彼女の手足として動いている西に嫉妬する隊員も多く存在した。
「なんてことは無いんですよ。手袋使わずにアクチュエーターの冷却材を注入しようとして低温火傷しただけですから。でもまあ、たまにはああいう風に姐御にシメてもらったほうが……ってそれに書くんですか?さっきのアンケート」 
 そう言うと誠の手からアンケート用紙を奪い取るヨハン。
「姐御がからんでるとなると半日は説教が続くだろうな。じゃあ、ヨハン。そいつを頼んだぞ」 
 要の言葉に空で頷きながら用紙を見つめるヨハン。その顔には苦笑いが浮かんでいた。その隣で頷くカウラ。アイシャはぐるりとカウラの周りを回ってヨハンのふくよかな胴体を見て大きくため息をついた。その視線がカウラの平坦な胸を見つめていたことに誠はすぐに気づいた。
「アイシャ。私の胸が無いのがそんなに珍しいのか?」 
 こぶしを握り締めながらカウラの鋭い視線がアイシャを射抜く。
「誰もそんなこと言ってないわよ。レベッカが仕事の邪魔になるほど胸があるのにカウラ・ベルガー大尉殿のアンダーとトップの差が……」 
 そこまで言ったアイシャの口を押さえつける要。
「下らねえこと言ってないでいくぞ!」 
 そう言うと要はヨハンに半分近くのアンケート用紙を渡してアイシャにヘッドロックをかける。
「わかった!わかったわよ。それじゃあ」 
 要に引きずられながら手を振るアイシャ。誠とカウラは呆れながら二人に続いて一階の資材置き場の隣の廊下を進んだ。中からは明華の罵声が切れ切れに聞こえてくる。
「島田の奴。今日はどんだけ絞られるのかな」 
 そう言いながら残ったアンケートを誠に返す要。咳き込みながらも笑顔で先頭を歩くアイシャが資材置き場の隣の警備部の部長室のドアをノックした。
「次はマリアの姐御か」 
 大きくため息をつく要。
「開いてるわよ」 
 中から良く響く女性の声が聞こえる。アイシャは静かに扉を開いた。嵯峨の隊長室よりも広く見えるのは整理された書類と整頓された備品のせいであることは四人とも知っていた。マリアは先ほどの映画制作で隊長に頭を下げられたさまを見ているだけに呆れた様子でニヤニヤ笑っているアイシャを見つめた。
「好きだなあ、お前等は」 
 そう言うとマリアは机の上の情報端末を操作する手を止めて立ち上がった。
「でもこの映画、節分にやるんですよね。姐御達は豊川八幡の節分はまた警備ですか?」 
 要が警備部のメンバーの数だけアンケート用紙を数えている。
「まあな。一応東都では五本の指に入る節分の祭りだからそれなりの事故防止が必要だろ?」 
 そう言うと要から一枚アンケート用紙を取り上げてじっと見つめているマリア。
「マリアさんなら鎧兜似合いそうなのに、残念ね」 
 アイシャのその言葉に誠は不思議そうな視線を送った。
「ああ、神前君は今年がはじめてよね。豊川神社の節分では時代行列と流鏑馬をやるのよ」 
「流鏑馬?」 
 東和は東アジア動乱の時期に大量の移民がこの地に押し寄せてきた歴史的な流れもあり、きわめて日本的な文化が残る国だった。誠もそれを知らないわけでもないが、流鏑馬と言うものを実際にこの豊川で行っていると言う話は初耳だった。
「流鏑馬自体は東和独立前後からやってたらしいんだけど、保安隊が来てからは専門家がいるから」 
 そんなカウラの言葉に誠は首をひねった。
「流鏑馬の専門家?」 
「隊長だ」 
 アンケート用紙をじっくりと眺めながらマリアが答える。
「胡州大公嵯峨家の家の芸なんだって流鏑馬は。去年は重さ40キロの鎧兜を着込んで6枚の板を初回で全部倒して大盛り上がりだったしね」 
 アイシャはそう言うとマリアの机の上の書類に目を移した。誠達はそれとなくその用紙を覗き込んだ。何本もの線が引かれた大き目の紙の脇にはカタカナで警備部の隊員の名前が記入されている。
「シフト表ですね。警備部は休むわけには行かないから大変そうですよね」 
「その大変なところに闖入してきていると言う自覚はあるならそれにふさわしい態度を取ってもらわないとな」 
 明らかに不機嫌そうなマリアの言葉に誠は情けない表情でアイシャを見つめた。タレ目の要はようやく警備部の人数分のアンケート用紙を取り上げるとマリアに手渡した。
「まったく隊長には困ったものだな。市だって『嫌だ』って言えばこんな話は持ってこないのになあ」 
 そう言いながら再びシフト表に視線を落すマリア。
「じゃあ、失礼します」 
 とっとと部屋を出て行こうとするアイシャと要を引き戻そうとするカウラ。誠はそんな女性上司のやり取りに冷や汗をかきながら扉を閉めた。
「鎧兜ですか?そんなものが神社にあるんですか?」 
 誠の言葉を白い目で見る要達。
「叔父貴の私物だよ。胡州の上流貴族の家の蔵にはそう言うものが山とあるからな」 
 そう言ってそのままブリッジクルーの待機室に向かおうという要。誠は感心するべきなのかどうか迷いながら彼女のあとをつける。
「そう言えば今度二人新人が配属になるって本当?」 
 カウラはそれとなくアイシャに声をかけてみる。だが、アイシャはどうでもいいというようにそのまま歩いていく。
「あれ?四人おそろいで何をしようって言うんですか?」 
 その声の主は保安隊の運用艦『高雄』のブリッジを模したシミュレーションマシンから出てきた技術部の火器整備班の班長キム・ジュンヒ少尉だった。保安隊二番狙撃手である彼が明らかに同情をこめた視線で誠達を見つめていた。先ほどのメールで誠の手にあるものの意味がわかっているのだろう。だがアイシャはそんなことを気にする様子もなくシミュレータの扉を開けて中を覗き込んでいる。
「エダと何やってたの?」 
 ニヤニヤと笑いながらキムを見つめるアイシャ。彼女の部下で正操舵手のエダ・ラクール少尉とキムが付き合っていることは誠も知っていた。左右を見れば要とカウラが興味津々と言うようにキムを見つめている。だが、いじられるのがあまり好きでないキムはすばやく敬礼してそのまま早足で自分の持ち場である技術部の格納庫にある小火器管理室へと去っていった。
「かわいそうになあ、明華の姐御の説教が待っているって言うのに」 
 そう言いながら要もアイシャに付き合うようにしてシミュレーションルームを覗き込んだ。
「なんだ、エダは居ねえじゃん」 
 要のその言葉に興味を失ったアイシャは隣の自分の机のある運行班の詰め所に向かおうとする。
「チョイ!」 
 そう言いながら遅れて歩き出そうとする誠の袖を引いた要。誠が振り向くとそこにはシミュレーションルームから顔を出すエダの姿があった。入り口からは陰になるコンソールにでも隠れていたらしく要を見つけると驚いたような表情を浮かべる。
「そのまま隠れてな」
 そう小声でエダに言うと要はそのままシミュレーションルームを後にした。何事も無かったように誠はアイシャ達についていった。彼女はすでにノックもせずに運行班の扉を押し開けていた。
「今のうちだ!」 
 そんな要の合図に頭を下げながら廊下を走り出したエダ。
「何しているのよ!」 
 部屋から顔を出すアイシャに愛想笑いを振りまく要。彼女は廊下で突っ立っているカウラの肩を叩きながら部屋の奥に鎮座しているリアナを見つつ部屋に入った。実働部隊の次に階級の高い将校が多いことと全員が女性と言うこともあり、かなり落ち着いた雰囲気の部屋だった。
 誠は良く考えればこの部屋には二、三回しか来た事が無かった。だが一つ、部屋の奥にある大き目の机の持ち主が誰かと言うことはわかった。机の上には同人誌やフィギュアが正確な距離を保って並んでいる。その主の几帳面さと趣味に傾ける情熱が見て取れた。
 アイシャは自分の席に特に仕事になるようなものが無いことを確認する。そんなアイシャのところにニコニコといつものように笑う部隊の女性士官唯一の既婚者。鈴木リアナ中佐がやってきた。
「ご苦労様ねえ。じゃあ私も手伝うわね配るの」 
 そう言って誠の手のプリントをリアナは取り上げようとする。
「いいですよお姉さん!私達の仕事ですから!」 
 そう言ってリアナを座らせようとするアイシャ。
「そう?別にたいしたことじゃないから手伝ってあげても……」 
 残念そうに机に座ると、サラがリアナに入れたばかりの日本茶を運んでくる。
「それじゃあお茶くらい飲んで行かない?誠君達にこういうことばかりさせてるのも悪いし」 
 その言葉にサラは奥の給湯室へと消えていく。
「別に気を使わなくても……」 
 カウラはそう言いながら誠の後頭部を叩く。それがお前も同意しろと言う意味なのもわかってきた誠も手を大きく振る。
「そんな気を使わせるなんて悪いですよ。それに管理部とか配るところが結構ありますから」 
「大変ねえ。がんばってね!」 
 そう言うリアナに要がアンケート用紙を渡す。そして愛想笑いを浮かべつつリアナに頭を下げるアイシャを残して誠と要、そしてカウラは廊下へと退散した。
「じゃあ、あとは上の茜さんのところと実働部隊と管理部だけね」 
 そう言いながら意気揚々と階段を上がるアイシャ。
「そう言えばよう。この階段上がるの久しぶりだな」 
 要がそんなことを口にした。日中とはいえ電気の消された北側の階段には人の気配も無く、初冬の風が冷たく流れている。
「私は時々上るぞ。まあ確かに出勤の時は直接ハンガーに顔を出すのが習慣になっているからな、私達は」 
 カウラも頷きながらひやりとするような空気が流れる寒色系に染められた階段を上る。彼女達の言うように、誠もこの階段を上ることはほとんど無かった。上がればすぐ更衣室であり、本来ならそれなりに使うはずの階段だった。この階段の前の正面玄関のそばにカウラのスポーツカーが毎朝止まるのだから、それで通う誠と要、そしてカウラとアイシャにとって駐車場から更衣室にはこちらを使う方がはるかに近道だった。
「まあ、それだけ整備の人達とのコミュニケーションが取れているから良いんじゃないの?そう言えば私も誠ちゃんの家にお世話になるようになってからだわね、整備のメンバーの顔と名前が一致するようになったの」 
「神前の家じゃねえだろ!ありゃ元は保安隊の男子寮だ」 
 アイシャは要の突っ込みを無視しながら階段を上りきり、踊り場の前に張られたポスターを見る。
『ストップ!喫煙!ニコチンがあなたの心臓を!』 
 そう書かれたポスターとその隣の扉。じっとアイシャが要を見たのは要のヘビースモーカー振りを非難してのことなのだろう。要はまるっきり無視すると言う構えで誠のうち腿に軽く蹴りを入れる振りをしている。
「そう言えばドクターのってあるの?」 
 アイシャはそう言いながら後に続いてきた要と誠の顔を見つめる。
 保安隊付きの医務官。ドム・ヘン・タン大尉。小柄で気さくな軍医だが、健康優良児ぞろいの保安隊では健康診断の時にしか活躍しないと思われていた。
「あるんじゃないですか?それに今朝会いましたよ、男子トイレで。もしはぶられたら怒るでしょうから……」 
 誠のその言葉に不思議そうな顔をする要。そのままノックもせずに扉を開いた誠はぼんやりと天井を見上げているドムを見つめることになった。
「おう、先生。元気か?」 
 要の声でようやく状況をつかめたと言うような表情を浮かべて手にしていた競馬雑誌をデスクに置くドム。
「お前等も大変だねえ……さっき吉田から連絡があった奴か……うちに電話して決めてもらうよ」 
 そう言いながら誠からアンケート用紙を受け取る。
「でも本当にこれでいいのか?」 
 ドムはシンやマリアほどではないが常識人である。一応所帯持ちなのでそれなりの体面もある。
「そう言えば先生の家って娘さんが……」 
「違う。息子が二人だ」 
 アイシャの言葉をさえぎるように言うドム。その視線はアンケート用紙と誠を行ったり来たりしていた。
「まあいいや、どうせ次があるんだろ?早く行けよ」 
 そう言って再び競馬情報誌を手に取るドム。追い出されるようにして誠達は男女の更衣室が並ぶ廊下へと放り出された。
「相変わらず愛想のねえオヤジだな」 
 要はそう言うと何度かドアを蹴る真似をする。
「たぶん次のレースの締め切りが近いんじゃないのか?」 
 そんなことを口にしたカウラをアイシャと要が驚愕の目で見つめる。無趣味で知られて仕事以外の知識は無い。そう言う風にカウラを見ていた道楽組みのアイシャと要だがドムの無類のギャンブル好きを知っていることに目を見開く。その驚いた顔が面白くて誠は微笑みながら言葉を継いだ。
「そう言えばこの前二人で日野競馬場に行ったんですよね」 
 誠がカウラに向けてはなったこの言葉が、要の手を操るようにして誠にチョークスリーパーをかけさせた。
「おい、先週の話か?先週だな?実家に戻るって話しは嘘だったんだな?しかもこいつと競馬場デートか?おき楽なもんだな……」
 ぎりぎりと締め上げる要。誠は息もできずにただばたばたと手を振り回すばかり。 
「止めなさいよ!」 
 頚動脈の締め付けられる感覚で気を失いかけていた誠をアイシャが要から引き離した。
「それで、二人で何をしていたわけ?」 
 膝をついて呼吸を整えようとする誠に顔を近づけて詰問するアイシャ。
「カウラさんが競馬を見たいと言うから行っただけの話ですよ」 
 息を切らしながら答える誠。カウラも大きく頷いている。
「シャムが乗馬が楽しいと言うからな。それに節分の時代行列でまた馬が乗れるお前達に大きな顔をされたくないからな」
 そう言うカウラだが、アイシャと要は信用するそぶりも無く頭を横に振る。
「日野って行ったらホテル街で有名だよなあ。その後テメエが『ラブホテルの中が見たい』とか言い出したりしてるんじゃねえのか?」 
 そう言って特徴のあるタレ目でカウラを見つめる要だが、カウラは要の言いたいことがわからないというように首をひねっていた。
「まあいいわよ。それよりあれはなあに?」 
 アイシャはそう言うとまっすぐハンガーへと続く長い廊下の途中にある巨大な茶色い塊を指差した。時々ひょこひょこと動きながらゆっくりと実働部隊の詰め所に向かっている巨大な猛獣。
「アイシャ。現実を認めろ。あれはグレゴリウス13世だ」 
 要がアイシャの肩に手を置いて慰める。グレゴリウス13世と言うすさまじい名前を持つコンロンオオヒグマの子供がこの保安隊に住み着くようになってからもう二ヶ月が経っていた。
 シャムの遼南内戦の時の相棒であるコンロンオオヒグマの熊太郎と言う雌熊は、遼南人民軍のマスコットとして人民英雄章を受けた名熊である。その息子のこの熊グレゴリウス13世は、シャムが自然に帰った熊太郎から未熟で野生では生きていけないという熊太郎の判断で預けられた小熊だった。小熊と言ってもコンロンオオヒグマは地球の熊の比ではなく大きいもので10メートルを超えるものもいると言う熊である。グレゴリウス13世もまた、生まれて2歳くらいと言う話だがすでに体長は3メートルを軽く超えていた。
「でも誰だよ。あれにグレゴリウス13世なんていかつい名前をつけたのは……」 
 そう言って笑う要の頭が軽く小突かれた。
「んだよ!」 
「何?俺のネーミングセンスに文句があるの?」 
 要が振り向いたところにいたのは嵯峨だった。グレゴリウス13世の母の熊太郎と言うネーミングも、オスかメスかを確かめないで嵯峨がつけたのは有名な話だった。だが強気な要は不機嫌そうな様子の嵯峨を見てもひるむどころか逆に皮肉めいた笑みを浮かべて睨み返した。
「いや、叔父貴を見てると茜や楓が普通の名前でよかったなあと思うけど……エリーゼさんがつけたのか?」 
「ああ、そうだ……俺のセンスについちゃあ自信がないからな。何とでも言えよ」 
 死んだ妻の名前を告げられて口をへの字に曲げた嵯峨はそう言うとそのまま隊長室に消えていく。そのドアの音を聞いてグレゴリウス13世とその継母であるシャムが誠達の存在に気がついたと言うように駆け足で近づいてきた。
「みんな!元気してた!」 
 さっき分かれたばかりだと言うのに元気にアイシャとハイタッチをするシャム。なぜか猫のような長い尻尾を制服のタイトスカートからはやしているわけだが、いつものことなので誰一人突っ込まない。
「元気って……さっき別れたばかりだろうが!」 
 そう言ってそのままシャムの頭を抱えようとした要にグレゴリウス13世が体当たりをかました。
 要の130kg以上ある軍用の義体も相手が巨大な羆(ひぐま)となればひとたまりも無く、顔面から保安隊に間借りしている遼州同盟機構司法局法術特捜隊の壁に激突する。
「なにをしていらっしゃるの!?」 
 そう言いながら顔を出したのは保安隊隊長嵯峨惟基の娘であり、法術特捜主席捜査官の嵯峨茜警視正だった。
「ああ、アンケートを配りに来たんだけど」 
 そう言って倒れている要から二枚のアンケート用紙を奪い取って渡すアイシャ。それを受け取った茜はそのまま倒れこんでいる要を無視して要がぶつかった壁を丹念に点検した。
「それにしてもこの二枚の紙を渡すために壁にひびを入れるとは……経済観念と言うものが無いのかしらね、要さんには」 
 そう言って口に手を添えて笑う茜。その独特のポーズに誠の目が集中する。だが、すぐにいぶかしむような茜の目が突き刺さり誠は頭を掻いた。
「何ですの?神前曹長。私の顔に何かついていて?」 
「いやあ、口にそう言う風に手を添えて笑うお嬢様をはじめて見たもので……」 
 その一言に凍りつく茜。
「ああ、そうね。私もはじめて見たわ……要!いい加減に起きなさいよ!」 
 そう言って転がっている要を蹴るアイシャ。
「……っテメエ等!」 
 要がすばやくアイシャの足を取ろうとするが、すばやくアイシャはその手をかわす。
「じゃあそこの壁の修理に関する書類は実働部隊で作ってシン大尉に出しておいてくださいませね」 
 そう言って扉を閉める茜。
「ああ、どうすんのよ。これ」 
 そう言って壁に入ったひびを撫でてみせるアイシャ。
「大丈夫ですか?」 
 誠はようやく立ち上がった要に手を寄せる。だが、元々格闘戦を前提に製造された体の持ち主である要にダメージがあるはずも無かった。要のにらみつけた先では、継母であるシャムを守って見せたと得意げに彼女に甘えた声ですり寄るだすグレゴリウス13世がいる。
「オメエ等……!」 
 そう言ってシャム達に襲い掛かろうとする要。今度は不意を打てないと踏んだグレゴリウス13世とシャムはそのまま廊下を駆け抜け、実働部隊の詰め所に飛び込んだ。彼女達を追って要が部屋に飛び込む。
 呆然とその有様を見つめていた誠とアイシャとカウラの耳にすぐさま二代目実働部隊隊長に就任予定のクバルカ・ラン中佐の怒鳴り声が響いてきた。
「神前!……来い!」 
 ランの怒鳴り声にカウラも責任を感じたように誠を呼びつける。誠も走り出す彼女にしたがって実働部隊の詰め所に飛び込んだ。そして目の前にある黒い塊を仁王立ちしている小さなランが睨みつけている様が二人の目に飛び込んできた。
「オメー等!馬鹿だろ!ここは幼稚園でも遊園地でもねーんだってのがわかんねーのか?追いかけっこが好きなら東都警察の警邏隊に行け!すぐ転属願いの書類を作れ!作り方教えてやるから!」 
 グレゴリウス13世の首輪をマウントポジションで締め上げている要、それを振りほどこうと要の背中にしがみついているシャムの二人がランを悲しげな瞳で見つめる。元々睨んでいるような目が特徴のランが明らかに怒気を放つ気配を撒き散らしながら怒鳴りつける様を見ると彼女の見た目が年端も行かない少女であっても圧倒されるような迫力があった。
「なんじゃ?ワレ等もおったんかい」 
 その様子を眺めているだけの、明石清海(あかしきよみ)中佐が大判焼きを頬張っている。彼はまもなく部外者になると言うこともあって気楽そうにニヤニヤと笑っている。
「クバルカ中佐。こいつ等に学習能力が無いのはわかってることじゃないですか?」 
 そう言いながらこれも保安隊のあるこの豊川八幡宮前のちょっと知られた大判焼きの店『松や』の袋を抱えながら言ったのは吉田だった。傍観を決め込む隊員達の姿を見て立ち上がる姿もあった。
「要お姉さま!やめた方が良いですよ」 
 そう言いながらこちらも大判焼きを飲み込んだのは嵯峨楓少佐だった。あまりのランの剣幕に口をつぐんで楓の袖を引いているのは楓の部下の渡辺かなめ大尉。
「あーあ。何やってんの」 
 のんびりと歩いてきたアイシャがこの惨状を見てつぶやいた。
「モノが壊れてないだけましじゃないですか?こいつ等の起こすことでいちいち目くじら立ててたら身が持ちませんよ」 
 他人事のようにそう言った吉田につかつかと歩み寄るラン。誠はどう見ても小柄というよりも幼く見えるランの怒った姿に萌えていた。
「おー、言うじゃねーか!だいたいだな、オメーがこいつを甘やかしているからこんなことになるんだろ?違うか?おい」 
 椅子に座っている吉田はそれほど身長は高くは無いが、それでも1メートル20センチ強と言う小柄なランである。どうしてもその姿は見上げるような格好になった。
「俺は甘やかしてるつもりは無いですがね。それに俺はシャムの保護者じゃないし。それを言うなら相手はタコでしょ?一応現在の上司と言うことで」 
 そう言うと吉田は明石の方を指差した。
「ワシ?」 
 そう言って磨き上げられた坊主頭を叩く明石。だが、さすがに前任の副長である明石を怒鳴りつけるわけには行かないと言うように大きく深呼吸をして気を静めるラン。
「あ!僕の大判焼きが!」 
 突然の叫び声に一同はギリギリとグレゴリウス13世の首を締め上げている要の向こうの小柄な少年兵に目をやった。保安隊の十代の隊員の二人目、アン・ナン・パク。そしてそこにはいつの間にか要とグレゴリウス13世とのレスリングから抜け出していたシャムがムシャムシャと大判焼きを食べている。涙目で要達を見つめるアン。さすがにそれを見て要はグレゴリウス13世の首輪から手を離して何もしていないと言うように両手を広げておどけて見せる。
「お……お……オメー……!」 
 下を向いて怒りを抑えているラン。その姿を見て後ずさる誠の袖を引くものがいた。
「今のうちに隣の管理部に配ってきちゃいましょうよ」 
 こう言う馬鹿騒ぎに慣れているアイシャの手には嵯峨の作ったアンケート用紙が握られていた。
「じゃあ後できますね」 
「おう、その方がええじゃろ」 
 二人に手を振る明石を置いて、誠とアイシャは廊下に出てすばやく隣の管理部の扉を開けた。
 カオスに犯された実働部隊の詰め所から、秩序の支配する管理部の部屋へと移って誠は大きくため息をついた。
「ああ、神前か。隣は相変わらず見たいだな」 
 そう言って笑うのは管理部部長アブドゥール・シャー・シン大尉だった。目の前の書類に次々とサインをしていく彼の前には、明らかに敵意を持って誠を見つめる菰田邦弘主計曹長が立っていた。
 誠はこの菰田と言う先輩が苦手だった。第二小隊隊長カウラ・ベルガー大尉には、菰田達信者曰くすばらしい萌え属性があった。
 胸が無い。ペッタン娘。洗濯板。
 要はほぼ一日にこの三つの言葉をカウラに浴びせかけるのを日常としていた。だが、そんなカウラに萌える貧乳属性の男性部隊員を纏め上げた宗教を拓いた開祖がいた。
 それが菰田邦弘曹長である。彼と彼の宗教『ヒンヌー教』の信者達はひそかに隠し撮りしたカウラの着替え写真や、夏服の明らかにふくらみの不足したワイシャツ姿などの写真を交流すると言うほとんど犯罪と言える行動さえ厭わない勇者の集う集団で、誠から見て明らかに危ない存在だった。
 しかも、現在カウラは誠の護衛と言う名目で誠の住む下士官寮に暮らしている。誠がその特殊な能力ゆえに誘拐されかかる事件が二回もあったことに彼女が責任を感じたことが原因だが、菰田はその男子寮の副寮長を勤める立場にあった。誠の日常は常にこの変態先輩の監視下に置かれていた。
「なんだ、神前か。またくだらない……」 
 誠を嘲笑するような調子で言葉を切り出そうとした菰田の頬にアイシャの平手打ちが飛んだ。
 誠の護衛は一人ではなく、アイシャと要も同じく下士官寮の住人となっていた。菰田達の求道という名の変態行為への制裁はいつものことなのでシンも誠も、管理部の女性隊員も別に気にすることも無くそれぞれの仕事に専念していた。そのような変態的なフェチズムをカミングアウトしている菰田達が女性隊員から忌み嫌われているのは当然と言えた。
 いくらアイシャは女性の保安隊の隊員ではもっとも萌えに造詣の深いオタクとはいえ、目の前にそんな変態がいることを看過するわけも無かった。しかも菰田は自分のペットと認識している誠に敵意を持っている。戦闘用の人造兵士の本能がそんな敵に容赦するべきでないと告げているようにアイシャの攻撃は情けを知らないものと化していく。
「あんた、いい加減誠ちゃんいじめるのやめなさいよ。それと……」 
 そう言うとアイシャは口を菰田の耳に近づけて何かを囁いた。菰田はその声に驚いたような表情をすると今度はアイシャに何か手で合図をする。それにアイシャが首を振ると今度は手を合わせて拝み始めた。二人の間にどんな密約が結ばれたのか定かではないがそれまで敵意をむき出しにしていた菰田がにやりと笑って恍惚の表情に変わるのを誠はただいぶかしげに見つめていた。
 そして誠と同じように二人のやり取りに呆れているこの部屋の主が口を開いた。
「おい、その紙を配りに来たんだろ?人数分俺が預かるから隣の騒ぎを止めてきてくれよ」 
 管理部部長の肩書きのシンが誠に手を伸ばす。誠は用紙をシンに渡すと部屋を見回した。
「そう言えばスミスさん達はもう出たんですか?」 
 保安隊の実働部隊。アサルト・モジュールと言う名のロボット兵器での戦闘を主任務とする部隊は第四小隊まで存在した。
 第一小隊はちっこい姐御ことクバルカ・ラン中佐と壊れた電卓と陰口を叩かれている吉田俊平少佐、そしてちっこくて馬鹿な農業コスプレ少女ことナンバルゲニア・シャムラード中尉で構成されている。
 誠が所属する第二小隊は小隊長がカウラ、そして要と誠が小隊員だった。
 第三小隊は要に虐げられることを願って止まない嵯峨楓少佐が隊長を勤め、その愛人と呼ばれる渡辺かなめ大尉と以前女性隊員がアイシャの扇動で行った部隊の美少年コンテスト一位に輝いたアン・ナン・パク軍曹がいた。
 そしてもう一つの小隊。隊内では『外様小隊』と呼ばれるロナルド・J・スミス特務大尉の部隊があった。彼らは現役のアメリカ海軍の軍人であり、『技術支援』の名目で隊に所属しているが、支援とは名ばかりであり、事実上小規模アサルト・モジュール部隊による強襲作戦を得意とする保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐の戦術の吸収がその主任務だった。
 そんな彼らは今は長期休暇中。隊員のスケジュール管理も引き受けているシンが彼らからの定時報告の窓口になっていた。
「ああ、このままクリスマス休暇明けまで戻ってこないって話だぞ。まあおかげでお前等は正月ゆっくり休めるわけだろうけどな。新暦の正月は彼らが待機任務を引き受ける予定だからな」 
 シンはそう言って笑う。敬虔なイスラム教徒で『保安隊の良心』と呼ばれる彼が今年度でこの保安隊を去ることを思い出して誠は複雑な思いで敬礼した。
「まあしばらく俺もまとめておきたい資料とかあるから4月半ばまでは東和にいるんだ。その間にいろいろ神前曹長には教えておきたいこともあるしな」 
 法術と言う新たな人類の可能性が公にされた今の世界で、その一つ炎熱系空間干渉のスペシャリストであるシンの言葉に誠は心強く思った。そして同時にまた何かがぶつかる音が隣の実働部隊詰め所から聞こえてきた。
「ああ、それじゃあ隣の騒動止めに行かないといけないんで!」 
 菰田との交渉が成立したアイシャは立ち上がると誠の手を引いて管理部の部屋を出た。
 廊下に出たアイシャと誠の前にぼんやりとたたずむのはグレゴリウス13世だった。そのしょんぼりとした瞳がアイシャと誠に注がれる。
「わう」 
 悲しげにつぶやくグレゴリウス13世の後頭部に延髄切りが叩き込まれた。驚いて振り返るグレゴリウス13世だが、明らかにランからしつけられていて好戦的な表情の要を見ても黙ってうなだれている。
「誰のせいだ?え?」 
 誠はグレゴリウス13世の後ろを覗き込むと、水のなみなみと入れられたバケツを両手に持っている要がいた。
「なに、要ちゃんすごく古典的な罰ゲームね」 
 そう言いながら要を携帯端末で撮影しようとしたアイシャの顔面に要の蹴りが炸裂する。
「おい、写真撮ったら殺すからな!」 
 いつものタレ目が殺意を帯びていることに気づき、誠は愛想笑いを浮かべながら詰め所の扉を開く。
「おう!ご苦労さん」 
 明石はそう言いながら二人を迎えた。ひしゃげた椅子が一つ、その隣には折れた竹刀が放置されている。
「ランちゃんまたやったの?」 
「おい、アイシャ。上官にちゃん付けか?」 
 ロナルドの不在を良い事に彼の席を占領して端末を叩いていたランが視線をアイシャに向ける。
「いえいえ、中佐殿の判断は実に的確であります」 
 完全に舐めきった口調でランをからかうアイシャだがランはそうやすやすと乗るわけも無く、すぐに視線を端末の画面に移した。
「楽しみだね!どれに決まるか!」 
 ニコニコ笑いながら吉田の向かいの席に座ってアンケート用紙の裏に漫画を書いているシャム。見た目はランより少し年上、中身は中学生と言うシャムだが書いている戦隊ヒーローの絵は躍動感のある見事なものだった。
「俺はどれでもいいよ。でもさあ、誰が脚本書く……アイシャか?」 
 足を机の上に投げ出してぼんやりと天井を眺めていた吉田の視線がアイシャに向かう。明らかにアイシャは自分が書くんだ!と言うように胸をはっていた。
「僕は出ないぞ」
 ぼそりとつぶやくのは楓だった。 
「えー!楓ちゃんが出てくれないと困っちゃうじゃない」 
 第三小隊の机の一群でポツリとつぶやいた楓にアイシャがすがり付いていく。自分が女であるにもかかわらず『フェミニスト』を公言している楓。アイシャに身体を擦り付けられると顔を赤らめて下を向いてしまう。
「困るもなにもこれは職務とは関係が無いじゃないか!」 
「それはちゃうやろ?」 
 そう言ったのは黙って静観を決め込んでいた明石だった。こういうことには口を出さないだろうと言う上官の一言に楓が顔を上げて明石を見る。
「何も暴れることだけがウチ等の仕事やないで。日ごろお世話になっとる町の方々に感謝してみせる。これも重要な任務や」 
「そうそう、それもお仕事なんだよー」 
 風船ガムを膨らませながら投げやりに言葉を継いだ吉田。
「ですが、僕は……」 
「大丈夫!どのシリーズでも私が楓ちゃんのかっこよく見える見せ場を作ってあげるから。そしたら要ちゃんも喜ぶわよ!」 
「喜ばねえよ!」 
 半開きの扉から顔を出す要。だが次の瞬間にはその額にランの投げたボールペンがぶつかった。
「立たされ坊主はそのまま立ってろ」 
 しぶしぶ要は顔を引っ込めて、足で器用に扉を閉めた。だが一人晴れやかな顔でまとわり付くアイシャの身体をがっちりと握り締めている楓だけが晴れやかな表情で何も無い中空を見つめていた。
「お姉さま!要お姉さま!僕はやりますよ!お姉さま!」 
 まず誠が、続いてラン、カウラ、明石、吉田。次々と恍惚の表情を浮かべる楓に気づく。
「大丈夫か?正親町三条?」 
「楓様……」 
 家督相続前の苗字を呼んでみる明石。心配そうに見上げるかなめ。
「やります!なんでも!はい!」 
 楓はそう言うとアイシャを抱擁した。
「あ!えー!ちょっと!離してってば!」 
 抱きしめられて顔を寄せてくる楓を避けながらアイシャが叫ぶが、彼女を助ける趣味人は部隊にいないことを誠は知っていたので黙ってそのまま押し倒されそうになるアイシャに心で手を合わせていた。


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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 4

「また……映画を作ることになったんだけど……ねえ……」 
 保安隊隊長室。通称『ゴミ箱』でこの部屋の主、嵯峨惟基特務大佐は口を開いた。
 呼び出された保安隊の人型機動兵器アサルト・モジュール部隊の第二小隊隊員である神前誠曹長も配属して四ヶ月も過ぎ、この部屋の異常な散らかりぶりに慣れてきたところだった。
 応接セットをどかして床に敷いた毛氈の上には『遼州同盟機構軍軍令部』と書かれた紙と硯(すずり)が転がっているのは一流の書家でもある嵯峨に看板の字の依頼が来たのだろう。かと思えば執務机にはいつものとおり万力がボルトアクションライフルの機関部をくわえている。そしてどちらの上空にも窓からの日差しで埃が舞っているのが目に見えた。
「なんでこの面子?」 
 明らかに不機嫌なのは、喫煙可と言うことで口にタバコをくわえて頭をかいているのは誠と同じ第二小隊の西園寺要大尉。隣で嵯峨の言葉に目を輝かせているのは保安隊の巡洋艦級運用艦『高雄』副長のアイシャ・クラウゼ少佐と第一小隊のエースとして軍関係者には知らないものがいないと言うナンバルゲニア・シャムラード中尉の二人だった。長身の誠の隣に彼より少し小さいアイシャ、170cmに若干届かない要と小柄を通り越して幼く見えるシャム。まるでマトリューシカ人形だと思って思わず誠の口もとに笑みが浮かぶ。
「市役所ですか?飽きもせずにそんな馬鹿なこと言ってきたの。俺は付き合いませんよ」 
 頭を掻きながら抜け出すタイミングを計っているのは、電子戦では右に出るものはいないと言う切れ者で知られる第一小隊の電子戦担当の吉田俊平少佐だった。面白いものには食いつく彼がいつでも抜け出せるようにドアのそばにいるのは東和軍の領空内管理システムのデバック作業中に呼び出されたせいなのは誠にもわかった。
「これも任務ですよ。市民との交流を深めるのも仕事のうちですから」 
 完全に諦めたと言う表情でそう言うのは、第二小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉だった。嵯峨の言葉を聞いてアイシャの反対側に立って、隣の誠を前に押し出すように彼女が半歩下がったのを誠は見逃さなかった。
「カウラの言うとおりよ。これもお仕事。だからあなた達でなんとかしなさい」 
 執務机に座って頭の後ろに手を組んでいる嵯峨の隣には、保安隊の最高実力者として知られた技術部部長許明華大佐が控えている。そしていろいろ愚痴を言いたい隊員達でも彼女の言葉に逆らう勇気のあるものはこの部屋にはいなかった。保安隊アサルト・モジュール部隊の前隊長で現在は保安隊の上部組織である遼州同盟司法局の幹部に引き抜かれた明石清海(あかしきよみ)中佐も諦めた調子で頷いていた。
「それで隊長。映画と言ってもいろいろありますが……」 
 アイシャのその言葉に嵯峨は頭を掻きながら紙の束を取り出した。
「まあ……内容は……去年と同じでこっちで決めてくれって。なんなら投票で決めるのがいいんでないの?」 
 そう言って全員に見えるようにその紙をかざす。
『節分映画祭!希望ジャンルリクエスト!』 
 明華はすぐにその紙の束を受け取ると全員にそれを渡した。
「希望ジャンル?私がシナリオ書きたいんですけど!」 
 そう言って鉄粉の積もっている隊長執務机を叩くアイシャ。その一撃で部屋中に鉄粉と埃が舞い上がり、椅子に座っていた嵯峨はそれをもろに吸い込んでむせている。
「オメエに任せたらどうせ18禁になるだろうが!」 
 そう言ってアイシャの頭をはたく要。カウラはこめかみに指を当てて、できるだけ他人を装うように立ち尽くしている。
「どうせ俺が撮影とかを仕切れと言うんでしょ?」 
 要とアイシャのにらみ合うのを一瞥すると吉田はそう言ってため息をついた。
「まあな。吉田は去年の実績もあるしな。それに一応アーティストのビデオクリップとか作ってた実績もあるし、その腕前を見せて頂戴よ。どうせ素人の演技だ。お前さんの特殊技術で鑑賞にたえるものにしてくれねえと俺の面子がねえからな」 
 そう言うと嵯峨は出て行けというように左手を振った。
 吉田を先頭にドアを出ようとする面々だが、彼らの目の前には一人のライトブルーのショートカットの女性将校が待ち受けていた。
「アイシャちゃん!映画よね映画!凄いの作りましょうね!」 
 完全に舞い上がっている通称『お姉さん』こと運用艦『高雄』艦長鈴木リアナ中佐。その浮かれぶりにさすがのアイシャも呆然と見つめるしかなかった。
「市役所からの依頼か、まあお前達に任せた」 
 そう言うのは警備部部長マリア・シュバーキナ少佐だった。二人とも図ったようにここにいるのは盗み聞きでもしていたのかと思わず誠は微笑んでしまう。
「じゃあ、お姉さんにはこれ!」 
 そう言うとアイシャは手にした投票用紙を渡そうとする。だが、それは吉田の手に阻まれた。
「何するのよ!」 
「あのなあ、アイシャ。一応、俺等でジャンルの特定しないと収拾つかなくなるぞ。島田とか菰田あたりが整備の連中や管理部の事務屋を動員してなんだかよくわからないジャンルを指定してきたらどうするつもりだよ」 
 そう言うとアンケート用紙を取り上げる吉田。誠はいい加減な吉田がこういうところではまじめに応対するのがおかしくなって笑いそうになって手で口を押さえた。
「あれこれ文句言ったくせにやる気があるじゃないの?」 
 そんなアイシャの言葉に耳を貸す気はないとでも言うように吉田は投票用紙を持って自分のホームグラウンドであるコンピュータルームを目指す。吉田が扉のセキュリティーを解除すると、一行は部屋に入った。
「ここが一番静かに会議ができるだろ?」 
 そう言うと吉田は椅子を入ってきた面々に渡す。誠、アイシャ、要、カウラ、シャム、吉田。それにマリアとリアナが加わっている。
「そこで皆さんに五つくらい例を挙げてもらってそれで投票で決めるってのが一番手っ取り早いような気がするんだけどな」 
 そう言うと吉田は早速何か言いたげなシャムの顔を見つめた。
「合体ロボが良いよ!かっこいいの!」 
「それは素敵ね!」 
 シャムの言葉に頷くリアナ。
「お姉さん、こいつが何を言ったか分かって相槌打ってるんですか?」 
 めんどくさそうな顔でリアナを見つめる要。だが、リアナは要を無視してアイシャを見つめた。
「私は最後でいいわよ」 
 そう言うとアイシャは隣のカウラを見つめる。アイシャに見つめられてしばらく考えた後、カウラはようやく口を開いた。
「最近ファンタジー物を読んでるからそれで……」 
 意見を言ってやり遂げたと言う表情を浮かべているカウラ。その瞳が正面に座っている要に向かう。そこに挑発的な意図を見つけたのか、突然立ち上がった要は手で拳銃を撃つようなカッコウをして見せた。
「やっぱこれだろ?」 
「強盗でもするの?」 
 突っ込むアイシャを睨みつける要。その間にマリアが割って入る。
「刑事もののアクションか。うちなら法術特捜の茜とかからネタを分けてもらえるかもしれないな。あっちはいろいろ捕物の経験もあるだろうし」
 にらみ合う二人の間で気を使うマリアに思わず同情したくなった誠だが、マリアはすぐに誠をその青く澄んだ鋭い視線で睨みつけてきた。
『こういう時は僕が間に入れってことかなあ』 
 愛想笑いでそれに答える誠。 
「はい、刑事物と」 
 そう言うと吉田の後ろのモニターに『西園寺 刑事物』と言う表示が浮かんでいた。
「えーと。ロボ、ファンタジー、刑事物と。おい、神前。お前は何がしたい」 
 そう言って振り向く吉田。誠は周りからの鋭い視線にさらされた。まずタレ目の要だが、彼女に同意すれば絶対に無理するなとどやされるのは間違いなかった。誠の嗜好は完全にばれている。いまさらごまかすわけには行かない。
 カウラの意見だが、ファンタジーは誠はあまり得意な分野では無かった。彼女が時々アニメや漫画とかを誠やアイシャの影響で見るようになってきたのは知っているが、その分野はきれいに誠の抑えている分野とは違うものだった。
 シャム。彼女については何も言う気は無かった。シャムのロボットモノ好きはかなり前から知っていたが、正直あの暑苦しい熱血展開が誠の趣味とは一致しなかった。
 そこでアイシャを見る。
 明らかに誠の出方を伺っていた。美少女系でちょっと色気があるものを好むところなど趣味はほとんど被っている。あえて違うところがあるとすれば神前は原作重視なのに対し、アイシャは18禁の二次創作モノに傾倒しているということだった。
「それじゃあ、僕は……」 
 部屋中の注目が誠に向いてくる。気の弱い誠は額に汗がにじむのを感じていた。
「おい!オメー等。何やってんだ?」 
 突然扉が開いて東和軍の制服を着た小さな女の子が部屋に舞い込んで来た様子を誠はじっと見つめてしまった。
 小さな女の子。確かに120cmと少しの身長の、あらゆる意味で正反対の明石の後任である保安隊副隊長クバルカ・ラン中佐はどう見てもそう表現するしかない外見をしていた。
「悪巧みか?アタシも混ぜろよな」 
 そう言って勝手に椅子を運んできて話の輪に加わろうとする。ランはしばらく机の上の紙切れをめくってみた後、吉田の操作しているモニターに目をやった。そして明らかに落胆したような様子でため息をつく。
「おい、あのおっさん馬鹿じゃねーのか?」 
 吉田に正直な感想をもらすラン。
「それはちょっと言いすぎよ。面白いじゃないのこういうの」 
 そう言いながらランの頭を撫でるリアナ。リアナは保安隊で唯一ランの頭を撫でることを許された存在だった。なんとなく照れながら生暖かいアイシャの視線を見つけて今にも噛み付きそうな表情に変わるランの好奇心にあふれた表情。だがすぐにいつものその見た目とは正反対な思慮深い目で吉田がいじっている端末の画面を覗き見る。
「で、シャムが巨大ロボット?そんなもん明華にでも頼めよ。カウラは剣と魔法のファンタジー?ありきたりだなあ、個性がねーよ。要が刑事モノ?ただ銃が撃ちてーだけだろ?」 
 あっさりとすべての案をけなしていくラン。
「じゃあ、教導官殿のご意見をお聞かせ願いたいものですねえ」 
 挑戦的な笑みを浮かべる吉田。ランは先月まで東和国防軍の教導部隊の隊長を務めていた人物である。吉田もそれを知っていてわざと彼女をあおって見せる。
 そこでランの表情が変わった。明らかに予想していない話題の振り方のようで、おたおたとリアナやマリアの顔を覗き込む。
「なんでアタシがこんなこと考えなきゃならねーんだよ!」 
「ほう、文句は言うけど案は無し。さっきの見事な評価の数々はただの気まぐれか何かなんですかねえ」 
 得意げな笑みを浮かべる吉田。明らかに面子を潰されて苦々しげに吉田を見つめるランがいた。
「アタシは専門外だっつうの!オメエが仕切ればいいだろ!」 
 ランの口を尖らせて文句を言う姿はその身なりと同様、小学校低学年のそれだった。
「じゃあ、仕切ると言うわけで。神前」 
 そう言って誠を見つめる吉田。明らかに逃げ道はふさがれた。薄ら笑いを浮かべるアイシャに冷や汗が流れるのを感じる誠。
「それじゃあ戦隊モノはどうですか?」 
 破れかぶれでそう言ってみた。
「いいね!それやろう!」 
 シャムは当然のように食いつく。
「おい、お前のロボットの案はどうしたんだ?」 
 呆れたようにマリアが口を開いた。彼女にはこの会議はまるで関心の持てないものだった。だが一応上官である嵯峨の面子を立てるくらいの気遣いは出来る。隣のリアナはニコニコと議事の進行を楽しそうに見守っているだけで頼りにならない。
「戦隊モノねえ。そうすると野郎枠が増えるけど……島田呼んでくるか?」 
 吉田のその言葉に急に表情を変えたのは意外なことに要だった。
「バーカ。うちの野郎は骨のあるのは本部に引き抜かれた明石のタコとシンの旦那くらいだぞ。シンの旦那は今は同盟機構軍教導部隊の発足準備で忙しいんだからそんな暇ねえよ」 
 その要の言葉に珍しく頷くアイシャ。
「そうね、男性が多い戦隊モノでは新しさが無いわね。誠ちゃんが黒一点で5人組なんてどうかしら?」 
 あくまでうれしそうなリアナにため息をついてあきれるマリア。
「キャストまで決めるのかよ。じゃあ……クラウゼ。貴様はどうしたいんだ?」 
 吉田が同じ階級の少佐だが選任と言うことと実力で上に立っているということを示すような投げやりな態度でそう言った。そんな吉田の態度に自信満々で口を開くアイシャだった。
「まず『萌え』と言うことでシャムちゃんは欠かせないわね。色は当然ピンク」 
「やったー!」 
 叫ぶシャムをめんどくさそうに一瞥した吉田はすぐにアイシャに視線を移す。
「そしてクールキャラはカウラちゃんでしょうね。ブルーのナンバー2っぽいところはちょうどいいじゃないの。それに影の薄い緑は誠ちゃん」 
「僕ってそんなに影薄いんですか?」 
 そう言いながら頭を掻く誠。さらにアイシャは言葉を続けた。
「そして黄色の怪力キャラは……当然リアル怪力の要!」 
「てめえ、外出ろ!いいから外出ろ」 
 そう言って指を鳴らす要を完全に無視してアイシャは言葉を続けた。
「なんと言ってもリーダーシップ、機転が利く策士で、カリスマの持ち主レッドは私しかいないわね!」
「おい!お前のどこがカリスマの持ち主なんだ?ちゃんとアタシに納得できるように説明しろよ!」 
 叫ぶ要を完全に無視してどうだという表情で吉田を見つめるアイシャ。
「なるほどねえ、よく考えたもんだ。もし神前の意見となったら頼むわ。それじゃあ……それでお前は何がしたいんだ」 
 吉田は彼女達のどたばたが収まったのを確認すると、半分呆れながらアイシャの意見を確認した。
「それは当然魔法少女よ!」 
「あのー、なんで僕を指差して言うんですか?」 
 アイシャはびしっと音が出そうな勢いで人差し指で誠を指しながらそう言い切った。
「おめー日本語わかってんのか?それともドイツ語では『少女』になんか別の意味でもあるのか?アタシが習った限りではそんな意味ねーけどな」 
 淡々と呆れた表情で突っ込みを入れるラン。
「ああ、それじゃあアイシャは『神前が主役の魔法少女』と」 
「あの、吉田少佐?根本的におかしくないですか?」 
 カウラはさすがにやる気がなさそうにつぶやく吉田を制した。
「何が?」 
「少女じゃねえよな、神前は」 
 同情するような、呆れているような視線を誠に送る要。
「じゃあ……かわいくお化粧しましょう!」 
 そう言って手を打つリアナ。隣のマリアは口を出すのもばかばかしいと言うような表情をしている。
「女装か。面白いな」 
「わかってるじゃないですか吉田君!それが私の目論見で……」 
「全力でお断りします」 
 さすがに自分を置いて盛り上がっている一同に、誠は危機感を感じてそう言った。
「えー!つまんない!」 
 シャムの言葉に誠は心が折れた。
「面白れーのになあ」 
 ランは明らかに悪意に満ちた視線を誠に向けてくる。
「……と言う意見があるわけだが」 
 吉田は完全に他人を装っている。
「見たいわけではないが……もしかしたらそれも面白そうだな」 
 カウラは好奇心をその視線に乗せている。
「かわいい誠ちゃんも見てみたいわね。ねえマリアちゃん」 
 リアナはうれしそうに、あきれ返るマリアに声をかけた。
 誠はただ呆然と議事を見ていた。
「やめろよな。こいつも嫌がってるだろ!」 
 そう言ってくれた要に誠はまるで救世主が出たとでも言うように感謝の視線を送る。
「魔法少女ならこいつ等がいいじゃねえの?」 
 要はそう言うとシャムとランを指差した。
「やっぱり要ちゃんもそう思うんだ」 
 そう言うアイシャは自分の発言に場が盛り上がったのを喜んでいるような表情で誠を見つめた。
「誠ちゃん本気にしないでよ!誠ちゃんがヒロインなんて……冗談に決まってるでしょ?」 
 ようやく諦めたような顔のアイシャを見て、誠は安心したように一息ついた。
「なるほどねえ……とりあえず意見はこんなものかね」 
 そう言うと吉田は一同を見渡した。
「良いんじゃねーの?」 
 ランはそう言うと目の前のプリントを手に取った。
「隊員の端末に転送するのか?」 
 そう言いながら手にしたプリントを吉田に見せ付ける。
「ああ、わかってますよ。とりあえずアンケートはネットで知らせますが、記入は隊長が用意したのを使った方が良いですね」 
「そうね、自分の作ったアンケート用紙を捨てられたら隊長泣いちゃうから」 
 吉田の言葉に頷くリアナ。
「隊長はそう言うところで変に気が回るからな」 
 頷くマリア。それを見てランがここにいる全員にプリントを配る。
「じゃあ、神前。お前がこいつを配れ」 
 そう言ってプリントの束を誠に渡すラン。
「そうだよね!誠ちゃんが一番階級下だし、年下だし……」 
「そうは見えないがな」 
 いたずらっぽい視線をシャムに送る要。そんな要の言葉にシャムは口を尖らせた。
「ひどいよ要!私のほうが誠ちゃんより……」
「じゃあ、配りましょう!」 
 口を尖らせるシャムを無視してアイシャは誠の手を取って立ち上がった。それに対抗するようにカウラと要も立ち上がる。
「おう、全員にデータは転送したぜ。配って来いよ」 
 吉田の声を聞くとはじかれるようにアイシャが誠の手を引っ張って部屋を出ようとする。
「慌てるなよ。それよりどこから配る?」 
「決まってるじゃないの!島田君のところから行くわよ」 
 そう言ってコンピュータルームを後にするアイシャ。誠はその手にひきづられて寒い廊下に引き出された。要とカウラもいつものように誠の後ろに続く。そのまま実働部隊の詰め所で雑談をしている第四小隊と明石を無視してそのままハンガーに向かった。
 身を切るような冷たい風が四人を包んだ。
「おーい、シュペルター中尉!」 
 アイシャは階段の上から一人で誠の機体を見ながらポテトチップスの袋を片手に和んでいる技術部法術関連技官であるヨハン・シュペルター中尉に声をかけた。
 その肥えすぎた巨体がアイシャの方を振り向く。
「ああ、これの件ですか?」 
 ヨハンはそう言うと左腕の携帯端末を指差した。
「そう、それ!」 
 そのままアイシャは誠を引っ張って階段を下りていく。ヨハン以外の整備員の影が見えないのを不審に思いながら誠は引っ張られるままアイシャに続いて階段を下りた。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 3

 それから同じように途中まで進んでは戻ると言う動作を三回繰り返した後、ようやく車はいつものコイン駐車場に到着した。
「カウラちゃんて……結構頑固よねえ……」 
 助手席から降りたアイシャが伝説の流し目でカウラを見つめた。カウラはとりあえず咳払いをしてそのまま立ち去ろうとする。
「おい!鍵ぐらい閉めろよ。それとも何か?お前も今のアイシャの流し目でくらくらきたのか?」 
 後部座席からようやく体を引っ張り出した要が叫ぶ。その言葉を口にしたのが要だったことがつぼだったようでアイシャは激しく腹を抱えて笑い出した。以前、楓がこの流し目を見て頬を染め、それからはすっかり要と並ぶ身も心も捧げたいお姉さまの一人となっていることが彼女の流し目を『伝説』と呼ばせることになった。カウラはあわてて車のキーを取り出して鍵をかける。
 そのまま造花とちょうちんに飾られたアーケードの下を進む四人。いつもの保安隊のたまり場、小夏の実家のあまさき屋とは逆方向の市民会館に向かって歩く。そしてフリーマーケットの賑わいを通り過ぎた先にどう見ても怪しい集団が取り巻いている市民会館にたどり着いた。
 年は30歳前後が一番多いだろう。彼等は二種類に分類できた。
 一方は迷彩柄のポーチや帽子をかぶり、無駄に筋肉質な集団。そしてもう一方はアニメキャラのプリントされたコートなどに身を包む長髪が半分を占める団体である。
「おい、アイシャ。お前どういう宣伝をやったんだ?」 
 違和感のある観客を見てものすごく不機嫌そうな顔をする要。アイシャはただニヤニヤと笑うだけで答えるつもりは無い様だった。そのまま彼らから見つからないように裏口の関係者で入り口に向かう。そこにはすでにシャムが到着していた。いつものように東和軍と共通のオリーブドラブの制服。そして帽子だが、シャムの帽子には猫耳がついている。
「お前も相変わらずだなあ……」 
 呆れながら声をかける要を見つけるとシャムはそのまま中の通路に走り出した。
「おい!アイシャ!これ!」 
 そう言ってゴスロリドレスを着込んでステッキを持った少女がめがねをアイシャに渡す。
 誠が目をこすりながら見るとその少女はランだった。その鋭い目つきは明らかにこの格好をさせられていることが気に入らないらしい。特徴的なランの眼光はぎらぎらと輝きながら誠達を威圧した。
 さすがに上官をこれ以上苛立たせまいとアイシャがめがねをかけて息を整える。それを見たランが怒りに任せるように一気に爆発した感情に任せてしゃべりだした。
「おい、アイシャ!あの連中はなんだ?アタシは子供達が楽しむための子供向け映画だから出るって言ったんだぞ!それになんでこの格好で舞台挨拶しろって……オメー!なんかたくらんでるんじゃねーのか?え?」 
 そう言って食って掛かろうとするランだが、アイシャは腰を落としてランの視線に自分の視線を合わせると頭を馬鹿にしたように撫ではじめた。
「馬鹿野郎!アタシの頭を撫でるんじゃねー!」 
「だってかわいいんだもの。ねえ!」 
 そう言って今度は誠に話題を振ってくる。
「まあ、ネットで人気投票やったらクバルカ中佐の格好が一番好評だったんで……まあ魔法少女モノですとライバルキャラが人気になるのはよくあることですから」 
 誠のフォローは何の足しにもならなかったようで、ランは誠の鳩尾に一撃した後そのまま奥へと消えていった。鳩尾を押さえてうずくまる誠を看病しようとするのはカウラだけだった。要は腹を抱えて笑い、アイシャはそのまま奥へと消えていく。
「しかし、傑作だぜあのガキ。ああいった格好すると本当にガキだな」 
 要の笑いはそう簡単には止まりそうに無い。そこにサラが現れた。
「ちょっと!誠君達。遊んでないで手伝ってよ!あなた達、入場整理の係でしょ?」 
 すぐさまきびすを返して音響用のコードを持って走り回る島田を追いかける。
「入場整理ってあれか?」 
 要は入り口にたむろした集団を思い出していた。
「あまり係わり合いにはなりたくないな」 
 歯に衣着せないカウラの一言。誠も中身は彼等と大差ないのでとりあえず愛想笑いを浮かべて立ち上がった。いまだに腹部に痛みが残り渋い笑みが自然とこぼれる。
「大丈夫か?」 
 気遣うカウラを制してそのまま誠は歩き始めた。
 今回の映画、『魔法戦隊マジカルシャム』の服飾およびメカ、怪獣のデザインをしたのは誠である。とりあえず観衆の期待がそれなりに高いと言うことも分かって、誠はやる気を見せるべくそのままロビーへとたどり着いた。
 先頭の客は誠も何度かコミケで顔を合わせたことのある大手同人サークルの関係者だった。その前に立つアイシャと世間話をしている。
「ずいぶん来てるな。結構入るんだろ?この劇場って」 
 要はタバコを手にしてそのまま喫煙コーナーへと向かう。
「ええ、五百人弱は入ると思いますよ」 
 その言葉に絶句してタバコを落としそうになる要。カウラはロビーに広がる独特な雰囲気にいつものように飲まれていた。要はそのまま足早に喫煙コーナーのついたての向こうに消えた。そんな光景を見ていた誠に近づいてきたのはキムとエダだった。
「それじゃあカウラさんと……要さん!は入り口でこの券を販売してください。それと神前はクレーム対策な」
 そう言って笑うキム。
「無料じゃないのか?」 
 そう言って迫るカウラにキムは親指で客と談笑をしているアイシャを指差した。
「ああ、あの人が漫画研究会の活動資金にするんだとか。それに確かに吉田少佐はきっちり画像処理の料金とか請求するとか言ってたし」 
「俺がどうかしたって?」 
 劇場の扉からは顔中埃だらけの吉田が現れる。キムとエダは敬礼した後すばやく立ち去ってしまう。
「それにしても客よく集めたな。入場料は五百円か。高いのか安いのか……」 
 そう独り言を言うと吉田は再び劇場の中に消えていく。
「何しにきたんだ?」 
 いつの間にかタバコを吸い終えて戻ってきた要は誠の隣で屈伸をしている。
「客の様子でも見に来たんだろ?じゃあ私達もいくぞ!」 
 こういう場所でも責任感を発揮するカウラはゆったりした歩き方でロビーへと歩き始めた。
「これか」 
 カウラはそう言うとエダが用意したチケットの入った箱を見た。隣には釣り用の小銭、そして隣にはパンフレット。そしてその隣には……。唖然とする誠とカウラを見るとアイシャは手早く雑談をしていた客に挨拶をして誠達に近づいてくる。
「これを売るのか?」 
 要はそう言うと薄いオフセット印刷の雑誌を手に取る。表紙の絵はシャム。金髪の男性とひげ面の男が半裸で絡み合っている絵に明らかに引いたように見える要。
「大丈夫よ。今日はあまり女性客にはアピールしていないから売れないと……」
「そういう問題じゃねえ!」 
 要はそう言うと上着を脱いで同人誌の山にかぶせる。それを見たアイシャはやり取りを興味深そうに眺めていた観客に向かって手を広げて見せた。
「皆さん!ここで当部隊西園寺大尉によるストリッ……フゲ!」
 そこまでアイシャが言ったところで要は彼女の前に積まれた同人誌を一冊丸めて思い切り叩く。ヘッドロックをアイシャにかけるとワイシャツの下のふくらみが際立つ。そしてそんな要の姿に盛り上がる観衆。
「ナイスよ……要ちゃん。その反応を待っていたの」 
 首を締め上げられながらにんまりと笑うアイシャに要の腕の力が抜ける。アイシャは器用にそこを抜け出し手をたたいて観客に向き直った。
「それでは皆さん!では受付を開始します!」 
 アイシャはそう言うと彼女の体を張った芸に感心する知り合い達に愛想笑いを浮かべながら手を広げる。いつの間にか受付と書かれたテーブルに座っていたカウラが準備を済ませて先頭に立っていたアイシャの知り合いらしい無精髭の男から札を受け取る。
「五百円に……それじゃあこれがお釣りで」 
 準備が念入りだった割りにこういう客を相手にするのは苦手らしくなんともぎこちない感じで受付をするカウラ。だが、一部の熱い視線が彼女に注がれているのが、そう言うことには疎い誠にもすぐに分かった。
「誠ちゃん、ちょっと列の整理お願いできるかしら?それと要は邪魔だからそのまま帰っていいわよ」 
「んだと!コラァ!」 
 食って掛かろうとする要を押さえつけて誠はそのまま受付のロビーから外に並んでいる列の整理に当たることにした。とりあえず今のところは混乱は無い。だが……。誠は隣に立っている要の様子を伺っていた。明らかに不機嫌である。右足でばたばたと地面を叩いていて、観客達を嘗め回すように見つめる。
 元々それほど要の顔つきは威圧的ではない。どちらかと言えば色気のある顔だと誠は思っていた。遼州や地球の東アジア系にしては目鼻立ちははっきりしていて、特徴的なタレ目には愛嬌すら感じる。
 だが、明らかに口をへの字にまげて、ばたばたと貧乏ゆすりを続けていて、しかも着ている制服は東和軍と同じ。一部のミリタリー系のマニアが写真を取ろうとするたびに威嚇するように目を剥く要。先ほどのアイシャとのやり取りで一回り大柄なアイシャの頭を楽に引っ張り込んだ力を見ていた客達はそんな要にはむかう度胸は無いようで静々と列は進む。
「なんか、僕はすることあるんですかね……」 
 噛み付きそうな要の表情を見ると不器用で何度も釣の感情を間違えているカウラの受付で苛立った客達もするすると会館のロビーへと流れて行く。
「そこ!タバコ!」 
 そう叫んで要が一人の迷彩服の男に近寄っていく。誠もこれはと思いそのまま要の後をつけた。
「禁煙ですか……消します」 
 要の迫力に負けて男はすぐに持っていた携帯灰皿に吸いかけのタバコをねじ込む。それを見ると不思議そうな顔をして要は誠の待つロビーの前の自動ドアのところに帰ってきた。
「くそったれ、もう少し粘ったらタバコを没収してやろうと思っていたのに」 
 そう言うと今度は自分でポケットからタバコを取り出しそうになってやめる要。その様子を誠に見られていかにもばつが悪いと言うように空を見上げる。次第にアイシャの交友関係から発展して集まった人々はいなくなり、町内の見知った顔が列に加わっているのが見える。
「おい、もう大丈夫だろ?戻ろうぜ」 
 そう言うとまるで誠の意思など確認するつもりは無いと言うように要は受付へとまっすぐに向かっていく。誠もそれにひきづられるようにして彼女の後を追った。
「あ!外道がサボってますよ」 
 劇場の中から甲高い声が響く。そこにはフリフリの魔法少女姿の小夏が要を指差して立っていた。
「おい、ちんちくりん!人を指差すなって習わなかったのか?」 
 そう言ってずんずんと近づいていく要。小夏の周りには慣れている誠ですらどうにも近寄りがたいオーラをまとった男達と小夏の友達の中学生達が遠巻きに立っていた。
「とう!」 
 突然の叫び声と同時に、誠の目の前では要の顔面に何かが思い切り飛び蹴りをしている姿が見えた。その右足は要の顔面を捉え、後ろへとよろめかせる。そして何者かが頭を振って体勢を立て直そうとする要に向かって叫んだ。
「やはり寝返ったな!イッサー大尉。このキラットシャムが成敗してあげるわ!」 
 それはピンク色を基調としたドレスを着込んだシャムだった手にステッキを持って頭を抱えている要に身構える。
「テメエ……テメエ等……」 
 膝をついてゆっくりと立ち上がる要。サイボーグの彼女だから耐えられたものの、生身ならばいくら小柄のシャムの飛び蹴りといっても、あの角度で入れば頚椎骨折は免れないと思いつつ、誠はシャム達の様子をうかがった。
「さすが師匠!反撃ですよ」 
「違うわ!サマー。私はキラットシャム!魔法で世界に正義と愛を広める使者!行くわよ……グヘッ!」 
 シャムの顔面をわしづかみにして締め上げる要の顔には明らかに殺気が見て取れた。
「卑怯だよ!要ちゃん。ちゃんとこういう時の主人公側のせりふが続いているときは……痛い!」 
「ほう、続いているときはどうなんだよ?良いんだぜ、アタシはこのままお前の顔面を握りつぶしても、なあ誠」 
 そう話を振ってくる要に観衆は一斉に眼を向ける。
 明らかに少女を痛めつけている軍服を着た女とその仲間。群集は要の譴責をを大の男である要求していた。
「あのー、二人ともこれくらいにしないと……」
 何も知らない群集ではなく誠は要の怖さは十分認識していたのでできるだけ穏便にと静かに声をかける。 
「おお、そうか。神前もここでこいつの人生を終わらせるのが一番と言うことか。安心しろ、シャム。痛がることも無くすぐに前頭葉ごと握りつぶして……」 
 そこまで要が言ったところで今度は竹刀での一撃が要の後頭部を襲った。
「いい加減にしろよな!馬鹿共!とっとと引っ込んで持ち場に戻ってろ!」 
 再び幼女ランの登場。しかし、彼女は黒をベースにしたゴスロリドレスと言った格好をしており、よく見ると恥ずかしいのか頬を赤らめている。要もさすがにシャムの顔面を握りつぶすつもりは無いと言うようにそのまま痛がるシャムから手を離すと、今度はランに目を向けた。
「これは中佐殿!ご立派な格好で……ぷふっ!」 
 途中まで言いかけて要は笑い始めた。こうなると止まらない。ひたすら先ほど指をさすなと言った本人がランを指差して大笑いしている。
「おい、聴いたか?あの子……中佐だってよ」 
「すげーかわいいよな。でも中佐?どこの軍だ?保安隊は遼州全域から兵員集めてるからな……遼南?」 
「でもちょっと目つき悪くね?」 
「馬鹿だなそれが萌えなんだよ。わからねえかなあ……」 
 周りのカメラを持った大きなお友達に写真を撮られているラン。そのこめかみに青筋が浮いているのが誠にも分かった。
「すいません!以上でアトラクションは終了ですので!」 
 そう言うと誠はランと要の手を引いてスタッフ控え室のある階下の通路へと二人を引きずっていった。シャムと小夏も誠の動きを察してその後ろをついていく。
 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開いた。そのまま舞台の袖が見えるがそちらには向かわず舞台の裏側に向かう通路を一同は進んだ。そしてそのまま雑用係をしているらしい警備部員が雑談している前を抜けて楽屋の扉を開いた。
 そんな誠の前に立っていたのはこれまた派手な金や銀の鎧を着込み、そのくせへそを出したり太ももを露出させているコスチュームを着た第三小隊隊長、嵯峨楓少佐だった。
「ああ、今着替えたところだが……これからどうすれば?」 
 何度か右目につけた眼帯を直しながら誠に聞いてくる楓。だが、その視線がシャムに手を引かれて入ってきた要に気がつくとすぐに頬を染めて壁の方に向かってしまう。
「お姉様が来てるって何で知らせないんだ!」 
 小声で誠につぶやく楓。
「そんなこと言われても……」 
「はいはーい。要ちゃん!これ」 
 雑用に走り回る警備部の面々にジュースを配っているリアナ。どう見ても軍の重巡洋艦クラスの保安隊の所有する運用艦『高雄』の艦長とは思えないような気の使い方である。
「リアナさんこっちもお願い!」 
 そう言って手を上げるのは、音響管理端末を吉田と一緒に動作確認をしているリアナの夫である菱川重工の技師鈴木健一だった。
「ったくめんどくせえなあ」 
 そう言いながらジュースのプルタブを開けた要。そんな彼女を見て大変なものとであったとでも言うような表情でサラとパーラ、そしてレベッカが箱を抱えて近づいてきた。
「西園寺さん。これ」 
 おずおずとレベッカが箱を差し出すが、中身を知っている要は思い切りいやな顔をした。
 これから上映されるバトル魔法少女ストーリー『魔法戦隊マジカルシャム』のメインキャストでの一人、キャプテンシルバーの変身後のコスチューム。ぎらぎらのマント、わざとらしくつけられたメカっぽいアンダーウェア、そしてある意味、要にはぴったりな鞭。
「やっぱやるのか?終わったら」 
 約二時間の上映が終わったら開催される予定の撮影会。昨日もこのイベントが嫌だと寮で暴れていた要である。
「ここまできたらあきらめなさいよ」 
 そう言ったのは保安隊技術部部長、そして影の保安隊の最高実力者とも言われる許明華(きょめいか)大佐だった。彼女もまた肩から飛び出すようなとげのがる鎧と機械を思わせるプリントのされたタイツを着ている。
「あのー、姐御?なんか怖いんですけど」 
 そう言ったのは要だった。
 確かに明華の顔には白を基調にしたおどろおどろしいメイクが施されている。役名『機械魔女メイリーン将軍』。本人は気乗りがしないと言うことがそのこめかみの震えからも見て取れた。
「皆さんおそろいで……」 
 奥の更衣室から出てきたのは両手に鞭のようなバラのツルをつけてほとんど妖怪のような格好をさせられた保安隊のたまり場『あまさき屋』の女将、家村春子だった。
「お母さん大丈夫?」 
 その姿に少し引いている娘の小夏が声をかける。
「なに言ってるの!これくらいなんてことはないわよ……ねえ!」 
 そう言って春子はジュースを配りに来たリアナに声をかける。
「そうよ!私もやりたかったくらいですもの」 
 リアナはすっかり彩り豊かな衣装に囲まれて興奮しているようで、顔が笑顔のままで固定されているようにも見えた。
「それと、これ神前君ね」 
 レベッカは誠に数少ない男性バトルキャラ『マジックプリンス』の衣装を手渡した。
「やっぱり僕も……」 
 その箱を見て落ち込む誠。
「テメエのデザインじゃねえか!アイシャとシャムと一緒に考えたんだろ?それにしてもアイシャが何でこういう格好しねえんだよ!伊達眼鏡の一般教師なんて……誰でもできるだろうが!」 
 思わず衣装を投げつけんばかりに激高する要。
「私がどうかしたの?」 
 そう言って控え室に入ってきた伊達眼鏡のアイシャがコスプレ中の面々を見て回る。明らかにいつも彼女が見せるいたずらに成功した子供のような視線がさらに要をいらだたせた。その後ろからは疲れ果てたと言う表情のカウラがしずしずと進んでくる。
「おい、大丈夫なのか?受付の方は」 
 心配そうにランがアイシャを見上げている。
「大丈夫よ。キムとエダ、それに菰田が仕切ってくれるそうだから……」 
 その視線はダンボールを手に更衣室に入ろうとする要に向けられた。
「早く着替えて見せてよ。久しぶりにキャプテンを見たい気が……」 
 アイシャがそこまで行ったところでブラシを投げつける要。
「テメエ等!後で覚えてろよ!」 
 捨て台詞と共に更衣室に消える要。額に当たったブラシを取り上げてとりあえずその紺色の長い髪をすくアイシャ。
「あのー、僕はどこで着替えればいいんでしょう……」 
「ここね」 
「ここだろ」 
「ここしかねーんじゃねーの?」 
 誠の言葉にアイシャ、楓、ランが即座に答える。
「でも一応僕は男ですし……」 
 そう言う誠の肩に手をやって親指を立ててみせるアイシャ。
「だからよ!ガンバ!」 
 何の励みにもならない言葉をかける彼女に一瞬天井を見て諦めた誠はブレザーを脱ぎ始める。
「あのー……」 
『何?』 
 誠をじっと見ている集団。明華、ラン、リアナ、楓、カウラ、アイシャ、シャム、小夏、春子。
「そんなに見ないでくださいよ!」 
「自意識過剰なんじゃねーの?」 
「そんなー……クバルカ中佐!」 
 一言で片付けようとする副部隊長に泣きつこうとする誠。だが、健一も鈴木もニヤニヤ笑うだけで助け舟を出す様子も無かった。
 ついに諦めた誠は仕方なくズボンのベルトに手をかけるのだった。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 2

 流麗な顎のラインから水を滴らせるアイシャ。山越えの乾いて冷たい冬の風が彼女を襲う。そしてその冷たい微笑は怒りの色に次第に変わっていった。
「シャムちゃん……これはなんのつもり?」 
 一語一語確かめるようにして話すアイシャ。基本的に怒ることの少ない彼女だが、闘争本能を強化された人工人間である彼女の怒りが爆発した時のことを知っている誠とカウラ。二人はいつでもこの場を離れる準備を整えた。
「水風船アタック!」 
 二月前、熟れた柿をアイシャに思い切り投げつけた時と同じような無邪気な表情で笑うシャム。さすがに青ざめていくアイシャの表情を察してシャムの袖をひく小夏。
「お仕置きなんだけど……要ちゃん風に縛って八幡宮のご神木に逆さに吊るすのと楓ちゃんが要にして欲しがっているみたいに鞭か何かでしばくのとどっちがいい?」 
 指を鳴らしながらシャムに歩み寄るアイシャ。ここまできてシャムもアイシャの怒りが本物だとわかってゆっくりと後ずさる。
「ああ、アイシャ。そいつの相手は頼むわ。行くぞ誠」 
 いつの間にか追いついてきていた要が誠の肩を叩く。カウラも納得したような表情でシャムとアイシャをおいて立ち去ろうとした。
「えい!」 
 シャムの叫び声と同時に要の背中で水風船が炸裂する。すぐに鬼の形相の要が振り返る。
「おい、こりゃあ!なんのつもりだ!」 
 突然の攻撃と背中にしみるような冷たい水。瞬間湯沸かし器の異名を持つ要。だが今回は隣に同志のアイシャがいることもあって彼女にしては珍しくじりじりとシャムとの距離をつめながら残忍な笑みを浮かべる。
「ちょっとこれは指導が必要ね」 
「おお、珍しく意見があうじゃねえか」 
 振り向いて逃げようとするシャムの首を押さえつけた要。アイシャはすばやくシャムが手にしている水風船を叩き落す。
「あっ!」 
「ったく糞餓鬼が!」 
 顔面をつかんで締め上げる要。アイシャはシャムの両脇を押さえ込んでくすぐる。
「死んじゃう!アタシ死んじゃう!」 
 笑いながら叫ぶシャム。その後ろの小夏達はじっとその様を見つめていた。
「おい、オメー等。いい加減遊んでないで吉田達の手伝いに行けよ」 
 小夏の友達に隠れていた小さい上司のランが声をかける。だが、要とアイシャはシャムへの制裁をとめるつもりは無い様だった。
「仕方ねーなあ。カウラ、神前。行くぞ」 
 そう言うとカウラと誠の前に立って参道を下っていくラン。
「おい!勝手に仕切るんじゃねえよ!」 
 シャムをしっかりとヘッドロックで締め上げながら要が叫ぶ。
「かまうからつけあがるんだ。無視しろ、無視」 
 そう言いながら立ち去ろうとするラン。要とアイシャは顔を見合わせるとシャムを放り出してラン達に向かって走り出した。
「遅いですよ!クバルカ中佐!」 
 叫んでいるのは保安隊運行部の火器管制官のパーラ・ラビロフ中尉だった。いつもの愛車のがっちりとした四輪駆動車の窓からセミロングのピンクの髪を北から吹き降ろす冷たい風にさらしている。その遺伝子操作で作られた髪の色が彼女もまた普通の人間でないことを示している。
「また冬に水浴びて楽しいんですか?」 
 後部座席から顔を出す島田とそれをとどめようと袖を引くサラ。サラの予想通り島田の言葉にむっとする要だが、アイシャが肩に手を置いたので握ったこぶしをそのまま下ろす。
「何人乗れるんだ?この車」 
 広い後部座席を背伸びをして覗き込もうとするランだが、その120センチそこそこの身長では限界があった。
「一応八人乗りですけど?」 
 パーラの言葉に指を折るラン。
「パーラとサラ、それにアタシと小夏、その友達が二人。楓と渡辺……」 
「俺は降りるんですか?」 
 後部座席から身を乗り出して島田が叫ぶ。
「お前のはあそこだろ?」 
 ランが指をさす先にはキムの軽自動車が止まっていて、すでにエダが助手席に座っていた。
「それなら私もそっち行くわね」 
 そう言って降りるサラ。だが島田は小さいキムの車の後部座席が気に入らないのか、しばらく恨めしそうにランを見つめた後、静かに車から降りる。
「残りはカウラの車だな。頼むわ。アタシ等は楓と渡辺が来るのを待ってるから」 
 そう言いながら明らかに高い車高の四輪駆動車のステップを無理のある大またで上がるラン。思わず笑いそうになった要をその普通にしていても睨んでいるように見える眼で睨みつけた後、ランはそのまま後部座席にその小学生のような小さな体をうずめた。
「じゃあ……ってタオル確か持ってきてたよな、アイシャ」 
 手に車のキーを持っているカウラが髪の毛を絞っているアイシャに声をかける。
「ああ、持ってきてたわね。じゃあ急ぎましょう」 
 そう言うと小走りにカウラのスポーツカーを目指すアイシャ。
「西園寺さんも……」 
 誠が振り向こうとすると要は誠の制服の腕をつかんだ。
「誠……」 
 しばらく熱い視線で見つめてくる要に鼓動が早くなるのを感じる誠。だが、要はそのまま誠の制服の腕の部分を髪の毛のところまで引っ張ってくると、濡れた後ろ髪を拭き始めた。
「あのー」 
「動くんじゃねえ。ちゃんと拭けねえだろ?」 
 誠は黙って上官の奇行を眺めていた。
「なにやってんのよ!こっちにちゃんとタオルあるから!」 
 要を見つけて叫ぶアイシャ。仕方なく要は誠から手を放すとカウラの車に向けてまっすぐ歩き始める。
「それにしても、アタシ等はセットで扱われてねえか?特にあの餓鬼!かなりムカつくんですけど!」 
 そこまで言ったところでランのことを思い出して、右手を思い切り握り締める要。
「まあ良いじゃないの。あのおちびちゃんも要ちゃんを注意することでなんとか威厳を保っているんだから。それより誠ちゃんさっきので制服の袖、油臭くなってない?」 
 そう言いながら誠の腕を持ち上げるアイシャ。
「油ってなんだよ?アタシはロボか?」 
 いつもなら食って掛かるところだが、要は黙ってカウラのスポーツカーの後部座席に乗り込んだ。
「殴らないのか?」 
 カウラはそう言いながら誠とアイシャが乗り込んだのを確認するとエンジンをかける。
「餓鬼とは違うからな」 
 そう言いながらシートベルトを締める要。確かにランが正式配属になった去年の晩秋から、要が誠を殴る回数は確実に減っていた。車は駐車場から出て、石畳の境内をしばらく走った後、駅に続く大通りに行き着いた。
「いつものコインパーキングでいいでしょ?」 
 そう言うアイシャに頷くカウラ。
「市民会館か。そう言えばあそこはアタシは行ったことねえけど……どんなだ?」 
 そう言って後部座席の隣に座っている誠を見つめる要。
「普通ですよね、アイシャさん」 
 誠の言葉に頷くアイシャ。それを見てカウラが怪訝そうな顔をする。
「カウラ誤解すんなよ。こいつ等のアイドル声優のコンサートチケットをアタシが確保しておいたことがあっただけだ。それに当然シャムと小夏も一緒だったからな」 
 ハンドルをカウラが握っていると言う事実が要を正直にした。節分の祭りを見に来た観光客でごった返す駅から続く道を進み、銀座通り商店街を目指す。
「そう言えば今日は歩行者天国じゃないの、市民会館前の道」 
 そう言うアイシャにカウラはにやりと笑みを浮かべる。いつもの道の手前で車を右折させ路地裏に車を進める。
「このルートなら大丈夫だ。普段は高校の通学路で自転車が多いから使わないんだがな」 
 車がすれ違うのが無理なのに一方通行の標識の無い路地裏を進む。アイシャと要はこれから起きることが予想できた。
 軽トラックが目の前に現れる。今乗っているのがキムの軽自動車なら楽にすれ違えただろう。あいにくカウラの車は車幅のかなりあるスポーツカーである。カウラはため息をつくとそのまま車をバックさせた。軽トラックのおじいさんはそのまま車を近づけてくる。
 結局、もとの大通りまで出たところで軽トラックをやり過ごした。
「大回りすればいいじゃないの……」 
 呆れたように言うアイシャだが、意地になったカウラは再び車を路地へと進めた。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 1 改訂版 1

 一頭の葦毛の馬が疾走していた。背には大鎧を着込んだ平安武将のような兵(つわもの)が一人。手には弓と二本の矢を握る。間合いを計って矢を番え、引き絞られた弓。それも一瞬、番えた矢は放たれる。一の矢が木の板をすぐさま二の矢が放たれすぐ隣の板を貫く。馬上の武者はすぐ背の打保(うつぼ)から矢を二本取る。集まった観衆の前に気を良くした武者はさらにしばらくおいた二つの板をみごとに矢で貫いてみせた。
 神社の奥の広場までたどり着いた馬上の武者は速度を緩め、境内に集まった観客がどっと沸くのに手を振って見せる。
「ああ、本当に隊長は何でもできるんですね」 
 鎌倉時代の徒歩侍を思わせる胴丸を着込み、頭には鳥烏帽子。手には薙刀を持たされている遼州保安隊実働部隊第二小隊三番機パイロットの神前誠(しんぜんまこと)曹長は観客に見送られて本殿の裏へと馬を進ませる保安隊隊長、嵯峨惟基(さがこれもと)特務大佐を見送った。
 誠も同僚達も遠い昔の鎧兜の姿で警備の警察官などが観衆を見回るのをぼんやりと眺めていた。それが24世紀の地球を遠く離れた殖民惑星での光景だなどとは思いもつかない。
「ああ、流鏑馬は嵯峨家の家芸だからな。ああ見えて茜や楓も同じことが出来るんだぜ」 
 そう言って笑うのは紺糸縅(こんいとおどし)の大鎧に大きな鍬形のついた兜の女武者。平安武将を思わせる姿の遼州保安隊実働部隊第二小隊の二番機担当、西園寺要大尉だった。
「しかし……」 
「なんだよ……てあれか?オメエが気にしているのは」 
 タレ目の要の目じりがさらに下がる。
 その視線の先には桜色の紐でつづられた盾が目立つ大鎧に鉢巻を巻いたエメラルドグリーンの髪をなびかせている第二小隊隊長、カウラ・ベルガー大尉が椅子に座って麦茶を飲んでいた。すぐに要は優越感に浸りきったような表情でカウラに向かって歩み寄っていく。
「そんな格好で馬にも乗らずに時代祭りの行列。もう少し空気読めよ」 
 誠の所属する遼州同盟の司法局特別機動部隊の保安隊は、豊川神社の節分の時代行列に狩りだされていた。士官は基本的には馬に乗り、嵯峨の家の蔵にあるという色とりどりの大鎧を着こんで源平合戦を絵巻を演出していた。伝統を重んじる外惑星のコロニー国家の胡州帝国出身組の嵯峨や要にとっては乗馬など余技に過ぎないものだが、カウラ達東和出身組みには乗馬は難関であった。
「でも、本当にカウラちゃんは馬と相性が悪いわね」 
 そう言って近づいてきたのは保安隊運用艦、『高雄』の副長、アイシャ・クラウゼ少佐だった。しかし、彼女の鎧姿には他の隊員のそれとは違って明らかに違和感があった。要はアイシャの頭の先からつま先までに視線を走らせた後大きなため息をついた。
 平安・鎌倉時代の武将を髣髴とさせる大鎧や胴巻き、鳥烏帽子を着込んだ隊員たちの中、一人で戦国末期の当世具足に十文字槍という姿は明らかに違和感があった。さらにその桃成兜(ももなりかぶと)の前面にはトンボを模した細工が際立って見えているのがさらに場の空気とは隔絶したものに誠からも見える。
 そんな格好をアイシャがしている理由はわかっていた。アイシャにそう言う知識が無いわけがない。誠は年末のコミケで彼女が原作を書いた源平絵巻物のBL漫画の絵を描かされていたのでよくわかっていた。自分の作品となれば小道具や歴史監修にすさまじいこだわりを見せるアイシャである。絵を描けと言われて教えられた平安武具のサイトの緻密なこだわりで頭がとろけそうになったことも今の格好がわざとであることを証明していた。
「おめえ、ちっとは空気読めよ。それにあちらの人達に誤解を与えるじゃねえか」 
 そう言って要が指を差すのは大鎧姿でお互い写真を取り合う第四小隊組み、ロナルド・J・スミス大尉、ジョージ岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉の三人を指差した。米軍からの出向の彼等はまるで子供のようにカメラを構える東和陸軍と共通の保安隊の勤務服を着たレベッカ・シンプソン中尉と胴丸姿の西高志伍長の前で刀を抜いてポーズを決めている。
「いいじゃないの、私の趣味よ」 
 そう言って鎧をガチャガチャとゆすらせながら誠に近づくアイシャ。
「ジャンジャジャーン!」 
 そう叫び声を上げて急に誠に抱きついてきたのは同じく大鎧に兜を被った第一小隊三番機担当のナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。一見小学生に見える小柄なシャムだが重いよろいを着た誠にはさすがに堪える。
「あのー!重いんですけど」 
 誠は鎧姿で抱きついてきたシャムを押しのけようとするが、20kgはあろうかと言う鎧の重さについよろめいた。
「ここにいたのか」 
 二人がじゃれ付いているのを眺めながら黒糸縅の渋い大鎧を着込んだ美しい面差しの女性士官が現れる。嵯峨惟基隊長の双子の娘の妹、実働部隊第三小隊隊長嵯峨楓少佐である。そして当然のように付き従うのは彼女の愛人と噂になっている渡辺かなめ大尉。こちらは桜色の大鎧に烏帽子姿で楓に従ってくる。
「やはり似合いますね、要お姉さま」 
 そう言って楓は自然な風を装い要に手を伸ばそうとするが、要は逃げるように思い切り後ろに身を引いた。その姿を確認する楓の頬が赤く染まる。幼少のみぎり、要に散々いじられているうちにそれを愛と勘違いして一途に要を思い続けている楓。二人の関係は明らかに泳いでいる目をしている要と濡れた瞳でしつこく要の姿を嘗め回すように眺める楓を見ればすぐに想像がつく。周りでささやきながら要と楓を見比べている観光客を見ながら誠は大きくため息をつく。
「向こう行けよ。アタシはもうすぐ着替えるんだから……」 
 誘惑するような楓の視線から逃げようとする要だが、楓はあきらめようとはしない。
「それなら僕がお手伝いしますよ」 
 そう言って楓は要の後ろについていこうとする。
「だあ!オメエは誠の着替えでも手伝ってやれ。それにシャムとかカウラとか鎧の脱ぎ方もわからねえだろうから教えてやれ」 
 そう言うと一気に人ごみに飛び込んでしまう要。ガチャガチャと響く鎧の擦れる音だけが残される。
「神前君」 
 要にかけられた素直な言葉の色と誠に向かう氷のように冷たい言葉の温度に、いつものことながら誠は冷や汗を流した。明らかに敵意に満ちた楓の冷たい視線に誠は諦めだけを感じていた。
「はい!なんでしょう!」 
 こういう人種にはなぜかすぐに目をつけられる。誠は自分の不運を呪った。
「君は道場の跡取りだと聞いたからベルガー大尉とクラウゼ少佐の着替えを手伝ってやってくれ。僕はあの観光客気分の連中を何とかする」 
 そう言ってじゃれあうロナルド達に向かっていく楓。ため息をついてカウラとアイシャの顔を見る。誠は楓がどうも苦手だった。一部の整備員に「僕っ娘萌え」として人気のある彼女だが、要に苛められることに喜びを見出すと言う楓。要のサディスティックな好意と自称しての酒の強要や鉄建制裁がひたすら注がれている誠は完全に目をつけられていた。時々彼女の視線に殺気が混じっていることもあるくらいだった。
 しかし、さすがに東都西部を代表する地球系住民の移住とともに立てられた格式を誇る豊川八幡宮の節分、観光客に囲まれれば他人の目もあることもあって楓は何もせずに抱きつこうとするフェデロを投げ飛ばし、そのままロナルド組を連れて運営本部に向かった。
「よかったわね、なにも起きなくて」 
 そう言うとアイシャはカウラの肩を叩く。カウラも気付いたように太刀を抜いたり差したりして遊んでいるシャムを取り押さえる。
「ちゃんと着替えましょうね」 
 微笑みながらアイシャはそう言うとシャムもようやく諦めたように舌を出してカウラについて時代行列を支える裏方達の群れる境内の裏手の広場に足を向けた。
 そこには仮装をしない裏方役の技術部の整備担当の面々や管理部門の女性下士官達が行列を終えて帰ってきた隊員の着ている鎧が壊れていないかチェックしたりすでに着替えを終えた隊員に甘酒振舞ったりと忙しい様子を見せていた。
「アイシャさん!」 
 そんな忙しく立ち働く面々の中からそう言って技術部整備班班長島田正人准尉と運用艦ブリッジクルーのサラ・グリファン少尉が駆け寄ってくる。二人ともすでに東和陸軍と同じ深い緑色の勤務服に着替えていた。
「早く着替えた方がいいですよ。何でもあと一時間で豆を撒きにきたタレントさんが到着して場所が取れなくなるみたいですから」 
 そう言うと島田はきょろきょろと人ごみを見回す。
「そう言えばクバルカ中佐、見ませんでした?」 
 島田の言葉にアイシャもカウラも、誠ですら首を横に振った。保安隊の主力人型兵器『アサルト・モジュール』を運用する実働部隊の最高任者で保安隊の副長でもあるクバルカ・ラン中佐。重鎮の行方不明に島田は焦ったように周りを見回していた。
「なんかあのジャリがいねえと困ることでもあるのか?」 
 にやけている要がランを『ジャリ』と呼ぶのにカウラは難しい顔をして要をにらみつける。そのとなりで立ち働く隊員に挨拶しているシャムも十分子供にしか見えないが、ランはどう見ても小学生にしか見えない。この雑踏に鎧兜姿の小さい子が歩き回っているシュールな光景を想像して誠は噴出しそうになる。
「いやあ、祭りの場には野暮なのはわかっているんですが……進藤が急ぎの決済の必要な書類をここまで持ってきてしまいましてね。それでなんとか見てもらえないかなあと……」 
 島田の言葉に要は大きなため息をつく。
「仕事が優先だ。神前曹長、探すぞ」 
 そう言うとサラに兜を持たせて歩き出すカウラ。仕方がないというようにアイシャも島田に兜を持たせる。
「私の勘だと……あの椿の生垣の後ろじゃないかしら?」 
 明らかにいい加減にアイシャが御神木の後ろの見事に赤い花を咲かせている椿の生垣を指差した。
 誠は仕方なく生垣に目をやる。その視界に入ったのは中学生位の少年だった。誠達はそのまま早足で生垣を迂回して木々の茂る森に足を踏み入れる。そこには見覚えのある中学校の学ランのを着た少年達が数名こそこそと内緒話をしているのが目に入った。
「ああ、西園寺さん達はそのまま着替えていてください。僕がなんとかしますから」 
 そうカウラ達に言うと誠は少年達の後をつけた。
 常緑樹の森の中を進む少年達。誠は彼のつけている校章から保安隊のたまり場であるお好み焼きの店『あまさき屋』の看板娘、家村小夏の同級生であるとあたりをつけた。
「遅いぞ!宮崎伍長!ちゃんと買ってきただろうな!」 
 そう言って少年を叱りつけたのは確かに小夏である。そして隣にメガネをかけた同級生らしい少女と太った男子生徒。そしてその中央にどっかと折りたたみ椅子に腰掛けているのは他でもない、緋色の大鎧に派手な鍬形の兜を被ったランだった。
「クバルカ中佐!何やってるんですか?」 
 声をかけられてしばらくランは呆然と誠を見ていた。しかし、その顔色は次第に赤みを増し、そして誠の手が届くところまで来た頃には思わず手で顔を覆うようになっていた。
「おい!」 
 そう言うと130センチに満たない身長に似合わない力で誠の首を締め上げた。
「いいか、ここでの事を誰かに話してみろ。この首ねじ切るからな!」 
 そう言うランに誠は頷くしかなかった。
「それと小夏!あの写真は誰にも見せるんじゃねーぞ!」 
「わかりました中佐殿!」 
 そう言って敬礼する小夏。彼女の配下らしい中学生達も釣られるようにして敬礼する。
「もうそろそろ時間だろうとは思ってたんだけどよー、どうも餓鬼共が離してくれねーから……」 
 ぶつぶつと文句を言いながら本部への近道を通るラン。獣道に延びてくる枯れ枝も彼女には全く障害にはならなかった。本殿の裏に設営された本部のテント。そこに立っている大柄な僧兵の姿に思わずランと誠は立ち止まった。
 その大男。どこからどう見ても武蔵坊弁慶である。
「なんじゃ?誠。アイシャ達が探しとったぞ」 
 武蔵坊弁慶がそう言った。保安隊実働部隊の前隊長で、現在は同盟司法局で調整担当のトップを勤めている明石清海中佐は手にした薙刀を天に翳して見せる。
「着替えないんですか?」 
 そう言う誠にしばらく沈黙した明石だがすぐに気が変わったとでも言うように本部に入っていった。
「それじゃあアタシ等もいくぞ」 
 ランの言葉につられるようにして本部のテントに入る誠。
「良い所に来たわね誠!とりあえず鎧を片付けて頂戴」 
 そう言ったのは誠の母、神前薫(しんぜんかおる)だった。剣道場の女当主でもある彼女はこう言うことにも通じていて、見慣れた紺色の稽古着姿で手際よく鎧の紐を解いていく。
「俺、この格好なんだけど……」 
「胴丸なら自分で脱げるでしょ?文句は言わないで手を動かして!」 
 そう言って要の小手を外していた。
「いつもお母様にはお世話になってばかりで……」 
 要の声に着替えを待っているカウラ達は白い目を向ける。いつものじゃじゃ馬姫の日常などをすっかり隠し通そうと言うつもりで要は同盟加盟の大国胡州帝国宰相の娘、四大公家の跡取りの上品な姫君を演じていた。隊で一番ガサツ、隊で一番暴力的、隊で一番品が悪い。そう言われている要だが、薫の前ではたおやかな声で良家の子女になりきっている。
 誠からの話で要の正体を知っているはずの彼女は笑顔で見上げながら手を動かす。そんな母が何を考えているのか誠には読めなかった。
「大変ねえ、なにか手伝う?」 
 呆然と上品なお姫様を演じている要を見つめていた誠にそう言ってきたのは小手を外してくれる順番待ちをしていたアイシャだった。
「ああ、お願いします。そこの打保を奥の箱に入れてください」 
「いいわよ」 
 そう言って弓を抜き終わったうつぼを取り上げたアイシャだが、まじまじとそれを覗き込んでいる。
「私はあまり詳しいこと知らないんだけど、高いんでしょ?これ」 
 そう言いながら手にしたうつぼを箱の仲の油紙にくるむアイシャ。
「まあな。それ一つでテメエの十年分の給料くらいするんじゃないか?」 
 脛当てを外してもらいながらにやにやと笑う要。地が出てはっとする要だが、まるでそれがわかっていたように薫は笑顔を浮かべていた。
「そんなにしないわよ。まあ確かにかなり本格的な複製だけど……じゃあここから先はご自分でね」 
 そう言って主な結び目を解いた要を送り出す薫。すぐさまアイシャが立ち上がって薫に小手を外してもらう。
「模造品だって高けえんだぜ。さすがは嵯峨家。胡州一の身代というところか?」 
 要はそう言うと誠の隣で兜の鍬形を外していた。
「そう言えば叔父貴はどうしたんだよ。それに茜は?」
 流鏑馬で観客を唸らせた保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐。彼は要の家の養子として育ったこともあり、要はいつも嵯峨を『叔父貴』と呼ぶ。しかしその口調にはまったく敬意は感じられない。 
「ああ、嵯峨君は外で整備班の胴丸を脱がせてたわよ。それに茜さんは自分で脱げるからって……」 
 ちょうどそんな噂の茜と双子の妹の楓が保安隊の制服で更衣室に入ってくる。
「なんだ、要お姉さまはもう脱いでしまったのか……」 
 ぼそりとつぶやいて瞳を潤ませて要を見つめる楓に思わず後ずさる要。
「神前君、あなたも着替えなさいよ。それと薫さんも私が代わりますから休んでください」 
 そう言ってアイシャの左腕の小手を外しにかかる茜。
「そうね、誠。外に出てなさい」 
「いいんですよお母様、私は見られ……ごぼ!」 
 満面の笑みを浮かべて話し出した胴を脱いだばかりのアイシャの腹に要のボディブローが炸裂する。
「邪魔だ!出てけ」 
 そう言ってまた部屋の隅に戻り、カウラが着ていた大鎧を油紙に包む要。さらに奥のテーブルで制服姿のカウラと談笑している大鎧を着たままのサラとパーラの冷たい視線が誠を襲う。
「それじゃあ着替えてきますね」 
 そう言って二月の寒空の中に飛び出した誠。
 先ほどまでの祭りの興奮で寒さを忘れていた誠だが、最高の見せ場の流鏑馬も終わって豆まきの準備に入った人々の中に取り残されると寒さは骨に染みてきた。テントを出るとさすがに明石も着替えに向かったようで、森の中で談笑しながら鎧を脱いでいる整備班の中に混じろうと誠は歩き始めた。
 観光客のあふれた石段の隣の閑散とした生垣の中に足を踏み入れると、誠の前にはどう見ても時代を間違えたとしか思えない光景が広がっていた。木に立てかけられた薙刀。転がる胴丸、烏帽子、小手、わらじ。
「おう!来たんか」 
 黒糸縅の大鎧を着込んでいた明石が技術部の隊員に手を借りながら鎧を脱いでいるところだった。
「まるで源平合戦でもするみたいじゃのう」 
 そう言って笑う明石。裏表の無い彼らしいドラ声が森に響く。
「沼沢!エンゲ!こっち来い!」 
 すでに着替え終えている島田が部下の名前を呼ぶ。ワイシャツを着込もうとしていた沼沢と、髪を整えていたエンゲが慌てて上官の下へと向かう。
「そう言えば吉田のアホは市民会館の方なのか?」 
 ようやく鎧を外して小手に手を移しながら明石が尋ねてくる。
「ああ、あの人は祭りが嫌いだとか言ってましたから」 
 吉田俊平少佐。映像音響関係の仕事もしていたことがある変り種の元傭兵は次のイベントの準備のために市民会館に詰めているはずだった。誠はうなづいている明石を見ながら脱いだ烏帽子と胴丸を地面に置いた。しばらく部下達の手で鎧をはずされた明石は自分で次々と鎧を脱いでいく誠に感心したような表情で視線を送る。
「あいつが祭りが嫌い?嘘じゃろ、そりゃ。どうせあのアホのことじゃ。あの作品の最終チェックで隊長が駄目出ししたシーンをいじったりしとるんちゃうか?」 
 そう言いながら小手を外した明石は、部下を制止して自分で脛当てを外しにかかった。
「でも、あれで本当に良かったんですか?」 
 誠は恐る恐る明石に尋ねた。明石は明らかに『ワシに聞くな』というような表情で目を逸らす。
「おう!自分ひとりでやってる割には早えじゃねえか!」 
 その声を聞いて振り返った誠の視界には要とアイシャ、カウラが制服に着替えて立っていた。
「変態!」 
「痴女よ!痴女!」 
「スケベ!」 
 半裸の整備班員が要達に向かって叫ぶ。明石と誠はあきらめたというような顔で隊員の顔を眺めていた。
「急いで着替えろよ!上映会まで後2時間無いんだからな」 
 そう言って気持ちの悪い罵声を浴びせる整備員達を無視して、近くの石に腰を下ろして着替えている誠を見つめる要。
「あのー」 
 誠は脛当てを外す手を止めて要に目を向けた。
「なんだ?」 
「少し恥ずかしいんですけど……」 
 そう言って視線を落とす誠。すぐさまその頭はアイシャの腕に締められた。
「何言ってるのよ、誠ちゃん。同じ屋根の下暮らしている仲じゃないの!」 
 ぎりぎりと誠にヘッドロックをかますアイシャ。隣でカウラは米神に手をあててその様子を眺めていた。
「ちょっと!着替えますから止めてくださいよ!」 
 そう叫んだが、誠はアイシャよりも周りの整備員の様子が気になっていた。そこからは明らかに殺気を含んだ視線が注がれている。ようやく鎧を脱ぎ終えた明石も、その視線をどうにかしろと言うように眼を飛ばしてくる。誠の眼を使っての哀願を聞き入れるようにしてアイシャが手を離す。誠は素早くワイシャツのボタンをかけ始めた。しかし、周りからの恫喝するような視線に手が震えていた。
「大丈夫か?神前」 
 小隊長らしく気を使うカウラだったが、その声が逆に周りの整備員達を刺激した。着替え終わって立ち去ろうとする隊員すらわざと殺気のこもった視線を送る為だけに突っ立っているのがわかる。
「おう!皆さんおそろいで」 
 そう言って現れたのはロナルド、岡部、フェデロのアメリカ海軍組。一緒にいるのはレベッカと薫だった。
「やっぱり神前はもてるなあ、うらやましいよ」 
 そう言いながら兜の紐に悪戦苦闘するフェデロ。岡部は慣れた手つきで大鎧を解体していく。
「それにしてもシンプソン中尉。君も鎧を着てみればよかったのに」 
 そう言いながら脱いだ兜を足元に置く岡部。
「レベッカはスタイルがのう……。クラウゼみたいに当世具足なら着れるんちゃうか?」 
 明石は今日は休暇と言うことで紫色のワイシャツに黒いネクタイと言ういかにも極道風な格好へと着替えていく。 
「そういえばアタシも胸がきつくてねえ。良いなあカウラは体の凹凸が少なくて……」 
 そう言った要だが、いつもなら皮肉を飛ばすカウラが黙っているところで気づくべきだった。
「おー、言うじゃねーか。それにはアタシも当てはまるんだな?」 
 恐る恐る要が視線を下げるとそこにはどう見ても8歳くらいに見える制服姿のランが立っている。その手にいつもどおり竹刀が握られていた。
「いえ、姐御。そう言う意味では……」 
「じゃあどういう意味なのか言ってみろよ!」 
 ランの竹刀が要の足元を叩く。誠はうまいことそのタイミングを利用してすばやく上着を着込み、帽子をかぶった。
「じゃあ、クバルカ中佐。私達は先行ってますからその生意気な部下をボコっておいてください」 
 敬礼をしたアイシャが誠とカウラを引っ張って境内に歩き始める。その要の色気のあるタレ目が誠に助けを求めているような様子もあったが、満面に笑みを浮かべたアイシャは彼の手を引いてそのまま豆まきの会場に向かう観光客の群れに飛び込んだ。
「それにしても混みますねえ。なんか東都浅草寺より人手が多そうですよ」 
 アイシャの手が緩んだところで自分を落ち着かせるためにネクタイを直そうとしてやめた。恐怖すら感じる数の人の波を逆流するためにはそんなことは後回しだった。そのまま三人は押し負けてそのまま道の端に追いやられて八幡宮の階段を下りていく。人ごみを抜けたと言う安堵感でアイシャとカウラは安堵したような笑みを誠に投げかける。
 そのまま群集から見放されたような階段が途切れ、コンクリート製の大きな鳥居が見える広場に出た。
「隊長の流鏑馬は去年も好評だったからな……去年よりかなり客は増えたようだな」 
 そう言ってようやく人ごみを抜け出して安心したというように笑うカウラ。
「しかし、今度の『あれ』。良かったんですか」 
 上着の襟が裏返しになっていたのに気づいた誠がそれを直しながらそう言った。誠の『あれ』と言う言葉に自然とカウラの笑いが引きつったものになり、そのままアイシャに視線が向いていた。
 カウラの視線で『あれ』が何かを悟ったアイシャの顔が明らかに不機嫌そうになったので、誠は自分の言葉が足りなかったことを悟った。
「いえ!自主制作映画と言う発想は良いんですよ……でも……あの主役がナンバルゲニア中尉なのが……」 
 アイシャの顔がさらに威圧的な表情へと変わる、それを見て言葉をどう引っ張り出そうかと誠の頭は高速で回転し始めた。
「あー!こんなところにいた!」 
 すでに制服に着替え終わっていたシャムと綿菓子を手にそれに従う小夏と同級生達。
「シャムちゃん。誠君が話があるそうよ」 
 そう言って軽くシャムの頭を叩いて立ち去ろうとするアイシャ。当然のように右手でカウラを引っ張って行く。
「お話……何?誠ちゃん?」 
 小柄なシャムが誠を見上げてくる。小夏達も不思議そうに誠を見上げている。
「別にそんな……なんでもないです!」 
 そう言うと誠はアイシャの後に続いた。
「待ってくださいよ!アイシャさん!カウラさん!」 
 走り出す誠。振り向けばシャム達も走ってついてくる。一本の社へ向かう道の両脇には店が並び、広場には屋台が出ている。不思議そうにそれを見回すカウラ。
「別に珍しくないでしょ。私達ももう慣れてきても良い頃よ」 
 そう言うアイシャに追いついた誠は少し心が動いた。アイシャ、カウラ。二人とも普通にこの世に生を受けた存在では無かった。
 全地球圏とかかわりを持つ国家が争った第二次遼州大戦。その中で国力に劣る遼州星系外惑星の国家ゲルパルト帝国が発動した人工兵士製造計画。それが彼女達を生み出した。戦うため、人を殺す兵器として開発された彼女達だが、結局大戦には間に合わず戦勝国の戦利品として捕獲されることになった。
 この誠が生まれ育った国、東和はその戦争では中立を守ったがそれゆえに大戦で疲弊しなかった国力を見込まれて彼等の引き受けを提案されてもそれを拒むことができなかった。そしてそれ以上に疲弊した国家の内乱状態を押さえつけることで発言権を拡大しようとする東和政府は即戦力の兵士を必要としていた。
 そんな経歴の二人のことを考えていた誠だが、すっかり東和色に染められたアイシャはいつの間にかニヤニヤ笑いながらお面屋の前に立っている。
「ねえ、誠君。これなんて似合うかしら」 
 そう言って戦隊モノの仮面をかぶるアイシャ。妙齢の女性がお面を手にしてはしゃいでいるのが珍しいのか、お面を売っているおじさんも少しばかり苦笑いを浮かべている。
「あのなあ、アイシャ。一応お前も佐官なんだから……」 
 説教を始めようとするカウラの唇に触れて指を振るアイシャ。
「違うわよ……市民とのふれあい、協力、そして奉仕。これが新しい遼州同盟保安隊の取るべき……」 
 そこまで言ったところで飛んできた水風船を顔面に浴びるアイシャ。その投げた先には両手に水風船を買い込んだシャムが大笑いしている姿があった。


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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 49

「嵯峨少佐、部屋に入ってもよろしいでしょうか?」 
 カウラの言葉にあからさまに誠に向けていた敵意をほぐす楓。そしてその手は当然のようにカウラの胸に向かった。
「あの……」 
「大丈夫、自信を持って……」 
 そう言うと静かに平らなカウラの胸をさする楓。それを見ている誠は次第に顔が赤くなるのを感じていた。
「うん、ベルガー大尉。飾らない胸も素敵だよ」 
 楓はそう言うと笑みを浮かべて部屋に入っていく。そう言われたカウラはほうけたような顔で誠を見つめた。いつもの緊張感で支えられているような鋭い視線はそのエメラルドグリーンの瞳にはもはやなかった。
「神前……」 
「大丈夫ですか?」 
 誠の声にすぐに自分を取り戻したカウラは東和軍教導隊から運ばれてきたばかりの執務机に向かった。誠も隣の自分の席に向かう。そして机の上に花が置いてあるのを見つけた。
「これは誰ですか?」 
 そう言った誠の視界の隅でそっと手を上げるのはアンだった。誠の背筋に寒いものが走る。
「神前曹長。人の好意は受けておくものだな」 
 楓の言葉に仕方なくぎこちない笑みを浮かべる誠。そんな彼が入り口で中の様子を伺っている要を見つけた。
「西園寺!とっとと席に着け!」 
 カウラの言葉に仕方なく部屋に入った要は、楓の方をびくびくしながらうかがった。楓はまじめに通信端末の設定をしており、安心したように要は自分の席に座る。
「ああ、お姉さまの机の設定は僕がしておきましたから!」 
 そんな楓の一言に要はあわててモニターを開いた。大写しされる楓の凛々しい新撰組のような段だら袴に剣を振るう姿。
「楓様素敵です!」 
 思わず叫ぶ渡辺。ただ黙って感心する吉田とカウラ。
「ちょっとこれは……」 
 誠がそうつぶやくと再び楓の鋭い視線が誠に向けられる。
「わかったよ!これを使えばいいんだろ!」 
 そう言ってそのまま自分用にモニターの仕様を変更する要。楓はその姿を確認すると笑みを浮かべながら自分の作業を続けた。
「誠ちゃん!今度のコミケのネームなんだけど!」 
 大声を張り上げて入ってくるアイシャ。誠にとってこのときほど彼女の存在がいとしいと思える瞬間はなかった。そのまま立ち上がったのは誠と要だった。要はそのまま誠とアイシャの肩を抱えて部屋を出ようとする。
「西園寺!仕事しろ!」 
 カウラの怒鳴り声を聞いて要はめんどくさそうに振り向いた。
「ああ、遠隔でやっとくよ!それより今度のあのコミックマーケットって奴だ」 
「ふうん貴方からそう言うこと切り出すなんて珍しいわね」 
 部屋の中に取り残される楓を見て状況を察したアイシャは彼女もつれてそのまま外に出る。
「一応、誠ちゃんの端末にネームは送っておいたけど確認できる?」 
 アイシャはそのまま部屋から離れようとする要の勢いに押されながらも誠の腕に巻かれた携帯端末を指差した。
「ああ、後で確認します。ところで、西園寺さん?」 
「もう少し歩こうじゃねえか、な?」 
 明らかに引きつった表情でそう言う要にアイシャは何かをたくらんでいるような視線を向ける。
「作業中、夜食とかあるといいわよね。できればピザとか」 
「わかった神前とオメエとシャムとサラとパーラの分だろ?ちゃんと用意するよ」 
 要は即答した。その様子にさらに押せると踏んだアイシャは言葉を続けた。
「甘いものは頭の回転を早くするのよね……まあ飴とか饅頭は持ち寄るから良いんだけど……」 
「なんだ?駅前のお姉さんご用達のケーキ屋のか?わかった人数分用意する」 
 そのまま要はコンピュータルームまで二人を押していくと、セキュリティーを解除して中へと誠達を連れ込む。
「じゃあ手を打ちましょう。ちょうど茜さんからお仕事貰ってきているしね」 
 そう言って端末の前に腰掛けるアイシャを要は救世主を見るような目で見つめている。画面には次々と傷害事件や器物破損事件の名前が並んだファイルが表示された。
「法術特捜の下請けか……わかった!」 
 そう言うと要は隣の端末に腰掛けて首のスロットにコードを刺すと直接脳をデータとリンクさせた。硬直したままの要。外部センサーの機能を低下させて事件のデータを次々と読み込んでいる様子がアイシャの前の画面でもわかった。
「要ちゃんは単純でいいわね」 
 そう言うとアイシャは立ち上がって彼女の後ろに立っていた誠に向き直る。
「誠君。もうだいぶ部隊に慣れたわよね」 
 紺色の流れるような長い髪をひらめかせるアイシャ。誠はそのいつもと違うアイシャの姿に惹きつけられていった。
「ええ、皆さんのおかげで」 
 細く切れ込むようなアイシャの視線が誠の目を捕らえて離そうとしない。誠はただ心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら固まったように立ち尽くしていた。
「えーと、困ったな私。何を言ったらいいんだろうね」 
 そう言って視線をそらすアイシャ。長い髪の先に手を伸ばし、上目遣いに誠を見つめる。
 誠も困っていた。アイシャ、要、カウラ。三人に嫌われてはいないとは思っていた。それぞれに普通とはかなり違う好意が示されているのもわかっていた。それでもどうしても踏み込めない。そんな誠。そしてアイシャは今その関係を踏み越えようとしているのかもしれない。
 そう考えると誠の心臓の鼓動はさらに早くなった。
「クラウゼ少佐……」 
「いいえ、アイシャって呼んで」 
 二人は見詰め合っていた。お互いの呼吸の音が聞こえる。静まり返ったコンピュータルーム。近づく二人の顔と顔。誠にはこの時間がどこまで続くかわからないとでも言うように思えた。
「おい……」 
 突然沈黙が破られた。データの閲覧を終えた要がいらだたしげに机に頬杖を付いて二人を見上げている。
「ああ、いいぜ続きをしてくれても」 
 誠の額に脂汗がにじむ。明らかに怒りを押し殺している要。
「要ちゃん、無粋ね」 
 いつものように挑戦的な視線を投げるアイシャ。要は口元に皮肉めいた笑みを浮かべている。
「人を無視していちゃいちゃするってのは無粋じゃねえのか?」 
 要の言葉が震えているのに気づいた誠は一歩彼女から引き下がった。
「神前、三又とは良い了見じゃねえか。まず……」 
「三又?カウラちゃんと私はわかるけどあと誰がいるのかしら?」 
 その切れ長の目の目じりを下げて要に迫るアイシャ。
「馬鹿!こいつは人気なんだよ!こんなんでも。ブリッジにもいるだろ?あんだけ女がいるんだから」 
「ふーん。そんな話は聞かないけど……私よりあの娘達に詳しいのね要ちゃんは」 
 その言葉に反撃できずにただアイシャを見上げる要。
「まあ、いい。データの抽出はできたからあとは各事件の共通項を抜き出す作業だ!誠!手伝えよ!」 
「素直じゃないんだから」 
「何か言ったか?」 
 要の怒鳴り声に辟易したように両手を上げるアイシャ。誠も次々と自分の前のモニターに映し出されていくデータに呆然としていた。そこで部屋の扉が開く。
「仕事だろ、手伝うぞ」 
 そう言っていかにも偶然を装うように端末に腰掛けるカウラ。
「邪魔なのがまた来やがった」 
 そう吐き捨てる要。
 誠はいつまでこのどたばたが続くのか、そんなことを考えながら自分の頬が緩んでいるのを感じていた。

                                       了

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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 48

「結局指名は無し……良いんじゃねえの?」 
 ぼんやりとカウラのスポーツカーの助手席から外を眺めているアイシャに後ろの席から要が声をかける。法術適正者が指名の対象から外れると思われていた東和職業野球ドラフトは、法術制御技術により指名の障害にならないとわかると逆に法術適正者を優先して指名する流れとなった。
 アイシャがバルキスタンから帰国した新港にも一応保安隊の駐屯地である豊川のミニコミ誌の取材が来ていたが、それが最後。今ではどこにも記者達の姿は見ることが無かった。
「もしかして指名されたら……とか考えていたのか?」 
 ハンドルを握りながらカウラはそう言って一言もしゃべろうとしないアイシャを眺める。
「そんなんじゃないわよ」 
 ぼそりとアイシャがつぶやいた。カウラは菱川重工豊川工場の通用門に車を向ける。
「でも本当に神前は大丈夫なのか?検査とか受けたほうがいいんじゃねえの?」 
 黙って下を向いている誠の隣から顔を近づけてくる要。誠も彼女に指摘されるまでも無く倦怠感のようなものを感じながら後部座席で丸まっていた。
「大丈夫ですって!シュペルター中尉も自然発生アストラル波に変化が無いって太鼓判を押してくれましたから。それに昨日まで寝てたのはただの三日酔いですから」 
 車は出勤のピークらしく工場の各現場に向かう車でごった返している。カウラは黙って車を走らせる。
「生協に寄るか?」 
 カウラの言葉にアイシャは首を振った。顔を突き出していやらしい笑みを浮かべる要。
「やっぱり急にマスコミの取材が無くなってさびしいんだろ?」 
 首を振るアイシャを見ていた誠。その眼前に保安隊の駐屯地を覆うコンクリートの壁が見えてくる。その前にはランニングしている菱川重工豊川野球部のユニフォームの選手達が見えた。
「あれ見りゃわかるだろ?上を狙ってる連中は努力を忘れねえもんだ。オメエはただ漫画読んでにやけているだけだろ?」 
 上機嫌にアイシャの紺色の髪に手を伸ばす要。
「痛いじゃないの!本当に要ちゃんは子供なのね」 
 突然髪を引っ張られて要をにらみつけるアイシャ。
「おう、子供で結構!なあ、神前」 
 その異様にハイテンションな要に苦笑いを返す誠。車は警備部が待機しているゲートに差し掛かる。
「ヒーローが来たぜ!」 
 後部座席の窓に張り付いてブイサインをする要。それを見つめる警備部の面々。あのバルキスタンでの勇姿が別人のことのように見えるだらしない姿の彼等に誠はなぜか安心感を感じていた。
「おう、写真はアタシの許可を取ってから撮れよ!それとサインは一人一枚ずつだ!」 
「西園寺さんはいつ神前のマネージャーになったんですか?」 
 車の中を覗き込んで笑顔を浮かべる彼等に要が手を振るとカウラが車を発進させた。
「ずいぶんと機嫌がいいわね」 
 沈んだ声でアイシャが振り向く。要は舌を出すとそのままハンガーを遠くに眺めていた。
「もう少しデータが取れれば良かったんだがな」
 カウラはわけもなく浮かれている要を一瞥する。 
「そんなの必要ねえだろ?05式は最高だぜ。特に不足するスペックが出なかったんだから良いじゃねえか」 
 カウラの言葉にも陽気に返事をする要。誠は逆にこの機嫌の良い要を不審に思いながら、落ち込んでいるとしか見えないアイシャを眺めていた。
 駐車場に滑り込むスポーツカーに駆け寄る少女の姿があった。ナンバルゲニア・シャムラード中尉はその車の後部座席に誠の姿を見ると駆け寄ってくる。
「おい、どうしたシャム」 
 無表情で車の助手席から降りたアイシャ。それに続いて降りてきた要を無視してシャムは狭苦しさから解放されて伸びをする誠の肩を叩く。
「誠ちゃん!隊長が呼んでるよ!急げって」 
 そう言い残すとシャムは公用車のガレージの前につながれている彼女の相方の巨大な熊、グレゴリウス13世のところへと走り去る。
「なんだ、また降格か?」 
 相変わらずの上機嫌で誠の肩を叩く誠。
「じゃあ先に着替えますから」 
 誠はそのまま珍しく正門から保安隊の隊舎に入った。
 まだ時間も早く、人の気配は無かった。誠はすぐさま目の前の階段を駆け上がり、二階の医務室を横目に見ながらそのまま男子更衣室に入った。
 そこには見慣れない浅黒い肌の少年が着替えをしていた。見たことの無い少年に怪訝そうな顔を向ける誠。少年は上半身裸の状態で誠を見つけると思わず肌を脱いだばかりのTシャツで隠した。
「新人君か?」 
 誠はそのまま自分のロッカーを開けてジャンバーを脱ぎだした。
「神前誠曹長ですよね?」 
 おどおどとした声はまるで声変わりをしていないと言うような高く響く声だった。
「ああ、そうだけど。君は?」 
「失礼しました!本日から保安隊実働部隊第三小隊に配属になりましたアン・ナン・パク軍曹です!」 
 少年はTシャツを投げ捨てて誠に敬礼する。あまりに緊張している彼に誠は苦笑いを浮かべながら敬礼を返した。
「そんなに緊張することじゃないだろ?それにしても君は若く見えるね、いくつ?」 
 相手が後輩らしい後輩とわかると自然と自分の態度が大きくなるのに気づきながらも誠は少年にそう尋ねた。
「先月19歳になりました!」 
 直立不動の姿勢で叫ぶアンに誠は照れて頭を掻く。
「そうか、まあそうだよな。パイロット研修とかしたらそうなるよね。それにしてもそんなに緊張しないほうがいいよ。僕も正式配属して半年も経っていないし……」 
 そう言う誠にアンは安心したと言うように姿勢を崩した。
「やっぱり思ったとおりの人ですね、神前曹長は」 
 急にしなを作ったような笑顔を浮かべながらワイシャツに袖を通すアン。誠はそのまま着替えを続けた。
「僕はそんなに有名なのかな?」 
「すごい戦果じゃないですか!初出撃で敵アサルト・モジュールを七機撃墜なんて常人の予想の範囲外ですよ。そして先日の法術兵器の運用による制圧行動。遼南でもすごい話題になってましたよ」 
 ワイシャツのボタンをとめるのも忘れて話し出すアンに正直なところ誠は辟易していた。
「ああ、そうなんだ。じゃあアン軍曹は遼南帝国軍からの転属?」 
「はい、遼南南部軍管区所属二十三混成機動師団からの出向です」 
 はきはきと誠の顔を見ながらうれしそうに話すアン。誠はそのこびるような口調を不審に思いながらも着替えを続けようとズボンのベルトに手をかけた。
 ズボンを脱いで勤務服のズボンを手に取ったとき、誠はおかしなことに気づいた。先ほどから着替えをしているはずのアンの動く気配が無い。そっと不自然にならないようなタイミングを計って振り向いた。誠の前ではワイシャツを着るのを忘れているかのように誠のパンツ姿を食い入るように見ているアンがいた。
「ああ、どうしたんだ?」 
 誠の言葉に一瞬我を忘れていたアンだが、その言葉に気がついたようにワイシャツのボタンをあわてて閉めようとする。その仕草に引っかかるものを感じた誠はすばやくズボンを履いてベルトを締める。
 だが、その間にもアンはちらちらと誠の様子を伺いながら、着替える速度を加減して誠と同じ時間に着替え終わるようにしているように見えた。
『もしかして……』 
 冷や汗が流れる。初対面の相手。できればそう言う想像をしたくは無かったが、アンの視線は明らかに大学時代に同性愛をカミングアウトした先輩が誠に向けていた熱い視線と似通っていた。早く、一刻も早く着替えてしまいたい。誠はアンから目をそらすと急いで着替え始めた。そうすると後ろに立っているアンもすばやく着替えようとする衣擦れの音が響いてくる。
 焦った誠はワイシャツにネクタイを引っ掛け、上着をつかむと黙って更衣室を飛び出した。誠は二人だけの状況から一秒でも早く抜け出したかった。そのまま振り向きもせずに早足で実働部隊の詰め所に向かう。
「おお、なんじゃその格好。たるんどるぞ」 
 思い切りよくドアを開いた誠。新聞を読んでいた明石がの格好に顔をしかめた。息を整えつつ自分の席に向かう誠。明石の隣の席の吉田は明らかに何かを知っていると言う表情で意味ありげな笑いを浮かべている。
「第三小隊って……いきなりですか?」 
「まあ、第四小隊が現に存在する以上、あってもおかしくねえんじゃないの?ああ、新人来てたよな」 
 意味ありげに笑う吉田。そこで扉が開く。
「失礼します!アン・ナン・パク軍曹着任のご挨拶に来ました!」 
 きっちりと保安隊の制服を着込んだアンが敬礼する。明石も吉田もすぐに立ち上がり敬礼を返した。そしてそれを見て誠も我に返ったように敬礼をしてそのままネクタイを締めなおした。
「ああ、僕は隊長に呼ばれているんで……」 
 そう言って逃げ出そうとする誠だが、微笑を浮かべながらアンが誠の手を握った。
「僕もついていっていいですか?隊長に着任の挨拶も済ませてないので」 
 誠は断りたかった。そして明石にすがるような視線を向けた。
「神前、連れてってやれ」 
 淡白にそう言うと明石は席に座って新聞の続きを読み始めた。見限られたと思いながらとりあえず握ってくるアンの手を離そうとした。しかしその華奢な体に似合わず握る手の力に誠は手を離すことをあきらめた。
「あのー……」 
 何かを言いたげに見つめてくるアン。確かにその整った面立ちは部隊最年少の西兵長と運行部の女性隊員の人気を奪い合うことになるだろうと想像できるものだが、明らかに自分に色目を使うアンに誠は背筋が凍るのを感じた。
「とりあえず手は離してくれるかな?」 
 自分の声が裏返っていることに気づくが、誠にはどうもできなかった。実働部隊の詰め所を覗くと、中で吉田が腹を抱えて笑っている。
「すいません!気がつかなくて……」 
 そう言うとようやくアンは手を離した。そしてそのまま何も言わずに廊下をついてくるアン。振り向いたらだめだと心で念じながら隊長室の前に立った。
「失礼します」 
 誠はノックの後、返事も待たずに隊長室に入った。
 中では難しい顔をして机に座っている嵯峨がいた。その手には棒状のものを持っている。いつものように銃器の調整でもしていると思って咳払いをする誠。
「おう、神前か。ご苦労だったね」 
 それだけ言うと嵯峨は視線を隣の小柄な少年に向けた。アンは自分が見つめられていることに気づくとすばやく敬礼をした。
「自分は、遼南……」 
「別にいいよ、形式の挨拶なんざ」 
 そう言うと嵯峨は今度は手元から細長い棒を取り出してじっと眺め始めた。
「隊長、用事があるんじゃないですか?」 
「ああ、神前。そう言えばそうなんだけどさ」 
 ようやく用事を思い出したと言うように手にした棒を机に置くと立ち上がり、二人の前に立つ。
「実は人を迎えに行って貰いたいんだが……。ああ、アンは明石のところに行っていいよ。説明は全部あいつがするから」 
「はい!」 
 緊張した敬礼をして部屋を出て行くアン。目の前の嵯峨の顔がにやけている。先ほど吉田が向けてきた視線と同じものを感じて誠は咳払いをした。
「誰を迎えに行くんですか?」 
「別にそんなにつんけんするなよ。豊川の駅の南口の噴水の前で胡州海軍の少佐と大尉の制服を着た新入りが待ってるからそいつを拾って来いや」 
「なんで名前とか言わないんですか?それに少佐と大尉って……第三小隊の」 
「そうだよ、嵯峨楓少佐と渡辺かなめ大尉。まさか要坊に拾って来いとは言えねえだろ?」 
 いかにもうれしそうに言う嵯峨に誠は思わずため息をついた。
 嵯峨の双子の娘の妹、嵯峨楓少佐。胡州海軍兵学校卒業後すぐに海軍大学に進んだエリートと言うことは一応聞いてはいた。だが、彼女の話が出ると十中八九要が暴れだし収拾がつかなくなる。従妹である彼女になぜ要が拒絶反応を示すのかはあまり詮索しないほうがいい、カウラのその助言に従って誠はそれ以上の質問は誰にもしなかった。
「わかりましたけど……でも本当に僕で良いんですか?」 
 頭を掻きながら誠が再び執務室に腰掛けた嵯峨にたずねる。
「別に誰だって良いんだけどさ。要坊以外なら」 
 そう言って再び机の上の坊を見つめる嵯峨。誠は埒があかないと気づいてそのまま部屋を出る。そこにはなぜか彼が出てくるのを待っていたアンがいた。
「なんだ?明石中佐が待ってるだろ?」 
 そう言う誠を潤んだ瞳で見上げるアン。
「あの、僕……」 
「あ、俺は急いでるんでこれで!」 
 そう言うと誠はそのまま早足で正面玄関に続く廊下を歩いた。明らかに危険を感じるセンサーが反応している。そのまま更衣室の角を曲がり、医務室の前の階段を下り、運行部の部屋の前の正面玄関を抜け出る。
 安心したように振り向いた誠。だが、突然大きな質量の物体に跳ね飛ばされて正面玄関前に植えられた桜の樹に顔面からぶちあたることになった。
「グレゴリウス!だめだよ……ああ、なんだ誠ちゃんか。ならいいや」 
 誠の体に乗っかって生ぬるい息を吐くのはシャムの愛熊グレゴリウス13世だった。明らかに相手が誠と知って安心しているシャムを恨めしそうに見ながら誠は頭をさする。
「痛い?」 
「痛いに決まってるじゃないですか!」 
 よろよろと立ち上がる誠。ぶつけた額を触ってみるが特に血が出ているようなことは無かった。
「シャムさん。グレゴリウスはつなげって隊長に言われませんでした?」 
 誠は目の前で小山のようにも見える熊グレゴリウス13世の頭をなでているシャムを恨みがましい目で見つめた。
「だってこの子はちゃんと攻撃するべき相手を選んでるから。ほらね、今回も誠ちゃんは怪我してないし」 
 あっけらかんと答えるシャムに誠は何も言葉が無かった。
「そこで静かにしていてくださいよ!」 
 そう念を押しながら誠は公用車管理の担当者が詰めている小屋に向かった。
「ああ、誰もいないよ。警備部はお休みを取ってるから」 
 誠はそんなシャムの言葉に肩を落とす。そして誰もいない小屋の中の鍵もかかっていない公用車のキーを集めたボックスからライトバンのキーを取り出す。
「大丈夫なんですか?盗まれたりしても知りませんよ」 
「大丈夫だよ。グレゴリウスがちゃんと見張ってるもんね!」 
 見詰め合うシャムとグレゴリウス13世を無視して誠はダークグリーンのライトバンのドアを開ける。
「それじゃあ行ってきますね」 
 じっと誠の車を眺めているシャム達を置いて車を出す誠。そのまま閑散としたゲートをくぐって菱川の工場に車を出す。次々と流れていく巨大なトレーラーの群れ。それを縫うようにして車を走らせる。
 まだ10時を過ぎたところと言う微妙な時間帯。営業車が一斉に出かけるのか工場の正門にはそれなりの車の列ができていた。誠はとりあえずそのまま産業道路と呼ばれる工業地帯に向かう営業車とは反対側にハンドルを切り、豊川の駅に車を走らせた。
 豊川市は同盟成立以降の好景気の影響による再開発が始まったばかりで工事中の看板が目立つ。誠はいつものカウラの運転を思い出し、裏路地を通って駅へと向かう。
 気分は悪くは無かった。とりあえず待機ばかりの部隊にいるよりは外で車を走らせているほうが仕事をしているような気分になるのが心地よかった。南口は大きな百貨店が軒を並べる北口とは違って駐車場や工事中の看板が目立つ再開発が進行中の地区。今日もクレーンを搬送するトレーラーに十分近く行く手をふさがれて、どうにか南口ロータリーに車を止めて周りを見回した。誠はすぐに二人の女性士官の姿を見つけることができた。相手も誠の保安隊の制服が目に付いたらしくゆっくりと誠に向かって歩いてくる。
「貴官が遼州同盟司法局保安隊実働部隊第二小隊所属、神前誠曹長だな」 
 胡州海軍の桜をかたどった星が輝く少佐の階級章が光る。誠の嵯峨楓の印象は日本の戦国時代のじゃじゃ馬姫と言う感じだった。姉の法術特捜主席捜査官の嵯峨茜と双子だと言うところから自分と同い年になるわけだが、姉の茜に似て落ち着いた雰囲気が感じられた。長く黒い髪を頭の後ろにまとめ、顔の両脇から長い髪をたらしている姿は姫君のような気品と若武者のような意思の強さを感じさせた。
「楓様、彼があの神前曹長なんですか?」 
 青いショートボブの髪型の気の強そうな大尉が誠を値踏みするように頭の先からつま先まで眺める。
「この男が西園寺の姫様の思い人とは思えないんですが……」 
「思い人?」 
 誠は自分の顔が赤くなるのを感じた。要のことを思い出す誠。たしかに嫌われてはいないようだとは思っていたが、そう言う関係じゃないと思っていた。しかも目の前にいるのは要の生家、西園寺家と親しい嵯峨家の当主とその家臣である。要がそれらしいことを彼女達にほのめかしていたとしてもおかしくは無い。
「あ、あのー嵯峨少佐……」 
 自分でもわかるほど見事にひっくり返った声が出る。
「どうした?父上のことだ、あまり階級とかで呼ぶなと言っているだろう。楓でいい。あれが迎えの車か?」 
 さすがに胡州四大公の当主である、誠を威圧するように一瞥すると誠が乗ってきたライトバンに向かって歩いていく。
「あのー……楓さん?」 
 誠の声に振り向く楓。自分で名前で呼ぶように言った割には明らかに不機嫌そうに眉をひそめている。その目で見られると誠はそのままライトバンに向けて全力疾走する。そして二人が荷物を詰めるように後部のハッチを開く。
「うん、なかなか気がつくな」 
 そう言うと楓はそのまま手にした荷物を荷台に押し込む。
「荷物少ないんですね」 
 誠は他に言うことも無くきびきびと働く二人に声をかけた。
「マンションに生活用品はすべて送ってくれる手はずになっている。とり急ぎ必要なものを持ってきただけだ」 
 ハッチを閉めながら楓が不審そうな瞳を誠に向ける。
「それじゃあ……」 
 誠が思わず後部座席のドアを開けようとするが、楓の手がそれを止めた。
「別にリムジンに乗ろうと言うんじゃないんだ。神前曹長は運転をしてくれればいい」 
 そう言って初めて楓の顔に笑みが浮かんだ。誠はそのまま運転席に駆け込む。その間、妙に体がぎこちなく動くのを感じて思わず苦笑いを浮かべた。
「それじゃあやってくれ」 
 運転席でシートベルトを締める誠に楓が声をかけた。誠の真後ろに座っている渡辺かなめ大尉はじっと誠をにらみつけている。
『なんだか怖いよ』 
 冷や汗が誠の額を伝う。
 駅のロータリーを抜け、そのまま商店街裏のわき道に入る。ちらちらと誠はバックミラーを見てみるが、そこでは黙って誠を見つめる楓の姿が映し出されていた。まるで会話が始まるような雰囲気ではない。しかも楓も渡辺も話をするようなそぶりも見せない。
 沈黙に押し切られるように誠はそのまま住宅街の抜け道に車を走らせた。
 商業高校の脇を抜けても、産業道路に割り込む道で5分も待たされても、菱川重工豊川の工場の入り口で警備員に止められても、楓と渡辺は一言もしゃべらずに誠を見つめていた。
「あの、僕は何か失礼なことをしましたか?」 
 大型トレーラーが戦闘機の翼を搬出する作業を始めて車が止められたとき、誠は恐る恐る振り向いてそうたずねた。
「なぜそう思う?」 
 逆にそう言う楓に、誠はただ照れ笑いを浮かべながら正面を向くしかなかった。とりあえず怒っているわけではない、それが確認できただけでも儲けものだと自分を慰めながら保安隊のゲートに差し掛かる。
「おう、ご苦労さん」 
 金髪の彫りの深い警備部の兵士に声をかけられて視線を上げる誠。彼の表情が明らかに疲れているのを見て警備兵は後部座席を覗き込むが、そこに少佐の階級章の士官が乗っているのを見てなんとなく納得したような顔をしてゲートを開いた。そしてロータリーを抜け、正面玄関に車を止める誠。
「すまないが案内をしてもらえないだろうか?」 
 車から降りると楓はそう言いながら荷物を下ろし始めた。
「僕はこの車を……」 
「わかっている。僕はここで待っているから」 
 そう言うと楓と渡辺は正面玄関に降り立った。誠はそのまま車を公用車の車庫に乗り付ける。そこではグレゴリウス13世と戯れているシャムが居た。
「まだやってるんですか?」 
 そう言いながら公用車のキーを箱に戻す誠。シャムはつかつかと誠のところまで来ると興味深そうに誠を見つめてくる。
「誠ちゃん女の人と一緒に居たでしょ」 
 問い詰めるように迫るシャム。
「ああ、第三小隊の隊長を迎えに行ってたんですよ」 
「え!楓ちゃんと会ってたの?いいなー」 
 そう言いながら誠の周りをくるくる回るシャム。
「なんならついて来ますか?正面玄関前で待っているってことみたいなんで」 
「いいの?やったね!実は会うの初めてなんだ」 
 そう言うとシャムはグレゴリウス13世に手を振ってそのまま誠の後ろにくっついてくる。そして正面玄関の前に立つ二人の麗人を見てシャムはうれしそうに微笑んだ。
「へーあの人が楓ちゃんなんだ。かわいいね」 
 手を振るシャムだが、楓と渡辺は黙って近づいてくるシャムと誠を見つめているだけでまったく反応を示さなかった。
「あの、この人がナンバ……!」 
 誠がシャムを紹介しようとした瞬間、楓の手がシャムの胸元に伸びた。そしてさも当然と言うように小さなシャムの胸を軽くなでるようにさすった。
「あ!」 
 突然のことに呆然とするシャム。誠もまた何もできずに楓の行動を見守っていた。
「うん、実に良い。それでは神前曹長、案内を頼む」 
 そう言うと何事も無かったかのように誠に目を移す楓。シャムはと言えばしばらく呆然と誠を見上げていたが、すぐに喜びにあふれた表情を浮かべた。
「これよ!これが楓ちゃんなのよ!やっぱり思ったとおり!おっぱいマニアだね!」 
 誠の理解を超えた範疇で喜ぶシャム。ただ渋い顔をして誠はそのまま正面玄関から隊舎に入った。幸運なことに運行部の女性隊員は廊下に居なかった。
「誠ちゃん、荷物くらい持ってあげようよ」 
 渡辺の手から手荷物を預かろうとするシャムの声に気がついたように誠は楓を見つめた。
「ああ、頼めるか?」 
 そう言って楓から渡されたかばんはその体積の割りに重たく感じられた。
「じゃあ、隊長室は二階ですから」 
 誠はそう言うとそのまま階段を上る。楓も渡辺も相変わらず黙って誠のあとに続いた。シャムはニヤニヤしながらその後ろを行く。
「ここが更衣室です……」 
 誠が指を差すのにあわせて視線を向ける楓。誠はとりあえず黙っていようと思いながら廊下を右に折れた。
「ここが姉上の執務室か」 
 楓が口を開いたのは彼女の双子の姉である嵯峨茜警視正が常駐している遼州同盟法術犯罪特捜本部の部屋だった。
「挨拶していきますか?」 
 こわごわ尋ねる誠に首を振り、そのまま歩き出す楓。誠はそのまま彼女の前に出て隣のセキュリティーシステムを常備したコンピュータルームを指差すが、楓はまったく関心も無いというようにそのまま嵯峨がいる隊長室の前に立った。
 そのまま誠を無視してノックする楓。
「おう、いいぞ」 
 嵯峨の声を聞くと楓と渡辺は当然のようにドアを開けて入る。
「げ!」 
 要の声に誠は部屋を覗き込んだ。そして楓の顔がそれまでの退屈したような無表情から感激に満ちたものへと変わっているのを見つけた。楓が要の胸に手を伸ばそうとするのを要は楓の頬に平手を食らわすことでかわした。
「テメエ!何しやがんだ」 
 そう叫ぶ要に楓は打たれた頬を押さえながら歓喜に満ちた表情を浮かべる。
「この痛み、やはり要お姉さまなんですね!」 
 その言葉に背筋に寒いものが走る誠。そして要の隣に立っていたカウラは呆然とし、アイシャはにんまりと笑みを浮かべている。
 そんな人々の視線を気にしてなどいないというように、楓はそのまま要の手を握り締めるとひきつけられるように要の胸に飛び込もうとする。
「おい!やめろ!気持ち悪りい!」 
「ああ、お姉さま!もっと罵ってください!いけない僕を!さあ!」 
 その楓の言葉に嵯峨は頭を抱えていた。カウラはそんな嵯峨を汚いものを見るような視線で見つめている。要は自分の行動がただ楓を喜ばせるだけと悟ったように、口元を引きつらせながら誠に助けを求めるように視線を送っていた。
 誠もさすがにアブノーマルな雰囲気をたぎらせる楓を見て、すぐに彼女の製造責任のある嵯峨へと視線を向けた。泣きそうな顔で黙っている嵯峨。それを察したようにアイシャが楓に向き直った。
「嵯峨楓少佐!自分は……」 
「アイシャ・クラウゼ少佐だな。父上から話は聞いている」 
 そう言いながらすぐさま先ほどシャムに対して見せたすばやい手の動きがアイシャの胸元に向かう。アイシャはさらりと胸の輪郭をなぞるように手を走らせる楓を見つめたままにやりと笑った。その様子を浮かない顔で見つめるカウラ。
「それでは私がご案内しましょう。それと……警視正!」 
 アイシャが笑顔でドアのところに立っていたの茜に視線を向ける。明らかに不愉快そうな表情でこめかみに青筋を浮かべながら妹を見つめている。
「姉上!お久しぶりです!」 
 笑みを浮かべながら敬礼する楓。一方茜はしぶしぶ敬礼をしてそのまま隊長室に入ってくる。
「楓さん、言っておきますがここは東和ですからね。それに今のあなたは嵯峨家当主でもあるのですから。その自覚をお持ちになって行動してくださいね」 
 棘のある茜の言葉に喜びをみなぎらせた表情でアイシャに案内されて渡辺を連れて出て行く楓。廊下に響く楓のうれしそうな声を上げる楓をアイシャがなだめている声が聞こえた。
「叔父貴!なんであの変態がうちに配属なんだ?理由言え!半殺しぐらいで勘弁してやるからとっとと言え!」 
 思い切り机を叩いてまくし立てる要。そんな彼女もただ涙目で見上げてくる嵯峨の表情に力なくこぶしを誠の腹に叩き込んだ。息が止まって前のめりになる誠。手を出して介抱するカウラもじっと嵯峨の表情を伺っている。二人に共通するのは死んだ魚のような視線だった。
「そんな目で見ないでくれよ。俺もできればこの事態は避けたかったんだけどな……」 
 そう言うと書類の束を脇机から取り出す嵯峨。表紙に顔写真と経歴が載っているのがようやく呼吸を整えた誠にも見て取れた。
「うちは失敗の許されない部隊だ。まあどこもそうだが長々とした戦略やリカバリーしてくれる補助部隊も無いんだからな」 
 そう言いながら冊子に手をやる嵯峨。突然まじめな顔になる彼に要やカウラも黙って彼の言葉に耳を傾けた。
「となればだ、どうしたって人選には限定がついてくる。それなりに実績のある人材で法術適正があってしかもうちに来てくれるとなるとメンバーの数は知れてるわけだ。しかも来年からは西モスレムの提唱した同盟軍の教導部隊の新設の予定まであるってことになると……ねえ……」 
 誠もある程度状況が理解できてきた。実績、能力のある人材を手放す指揮官はいない。さらに同盟軍教導隊には保安隊の数倍の予算が計上されているという話からして、こんな僻地に喜んでくる人材に問題が無いはずが無い。
 実際、この保安隊も教導部隊の設立という名目で管理部部長のアブドゥール・シャー・シン大尉が引き抜かれ、同盟司法局の武官系の調整任務が勤まる指揮官が見つからないという理由で保安隊副隊長の明石清海中佐は本局勤務に転属予定と言う有様である。猫の手も借りたいのが嵯峨の本音だろうと誠は目の前の浮かない顔の指揮官に目を向けていた。
 しばらく沈黙する要とカウラだが、二人の言いたいことは誠にも理解できた。
 嵯峨は現在でも遼南帝国皇帝の地位を降りられないでいる。胡州帝国第三位の大公家の前当主。テロで死亡したとはいえ妻の実家はゲルパルトの大統領の妹。さらに遼北軍の指導的ポジションに従妹がいて政治的なバックアップを受け続けている。普通ならば同盟加盟が遅く、アラブ連盟との関係を指摘されるところから発言権が強くない西モスレムの提唱した軍の教育専門部隊に比べて優先度が高い上にコネクションを使うと言う裏技もできるはずだ。
 そう思って嵯峨を見つめる誠。嵯峨が次第にしおれたように机に伏せる。
「ああ、そうだよ。俺は上に信用無いし、今回の件で醍醐のとっつあんや忠さんの顔に泥塗ったから胡州からの人材の供給は期待できないし、他の国は未だに法術関係の人材の取り合いでうちに人を出してくれるような余裕はないし……」 
 いじけてぶつぶつつぶやき始める嵯峨。そんな彼をにらみつけながらこぶしを握り締める要と呆れて誠の顔を見つめるカウラ。茜も子供のように机にのの字を書いている父親に大きくため息をつくばかりだった。
 そこにノックの音が響く。
「お父様!」 
 茜が声をかけるが嵯峨は黙って机の上に積もった埃でなにやら絵を描き始めていた。
「どうぞ!」 
 何時までもうじうじと端末のキーボードをいじっている叔父を見限ったように大声で怒鳴る要。そしてそこに入ってきたのは明石、吉田、明華、マリア、リアナそしてシンの姿だった。
 保安隊の指揮官待遇の面々が同じように冷たい目線で嵯峨を見つめながら部屋に並ぶ。一人入ってくるごとに嵯峨の表情が暗く陰鬱なものに変わっていった。 
 全員の視線が冷たく刺さるのを感じているらしい嵯峨が突然立ち上がった。
「まず言っておくことがある!」 
 突然そう言った嵯峨に一同は何事かと驚いたような顔をした。誠も指揮官達と嵯峨の顔を見比べながら何が起きるのかと目を凝らした。
「ごめん!俺の実力不足だ。楓の配属は防げなかった」 
「謝られても……私のところはレベッカに謝ってもらえばいいだけだから」 
 明華はそう言うと再び彼女らしい鋭い射るような視線で嵯峨を見つめる。誠は技官レベッカ・シンプソン中尉の豊かな胸を思い出し思わず頷いた。
「私のところより……」 
 マリアはそう言うとリアナに目をやった。女性相手にのみセクハラを働くだろう楓の被害が集中しそうなのは女性隊員だけで構成されたリアナの運行部だった。
「大丈夫とは思うけど……ちょっと注意しておいたほうがいいかしら」 
「それに越したことはないんじゃないですか?」 
「ワシもなあ……まあアホさ加減じゃもっと問題ある奴がおるけのう」 
 リアナは口に人差し指を当てて思いをめぐらせ、吉田は他人事のように構えていて、明石は黙って要の顔を覗く。要は向きになってそんな明石をにらみ返した。
「お父様。楓さんの人事は康子伯母様のご意向が働いたのではないですか?」 
 思いついたように口を開く茜に図星を指されたというように頭を掻く嵯峨。そしてその視線が要に向けられるとこの部屋にいる人々の視線は彼女に集中した。
「おい!お袋のせいにするなよ!大体ああいうふうに育ったのは叔父貴の教育のせいだろ?」 
「そんなことは無いぞ!俺は教育してないからな。ただどこかの誰かさんが姉さん気取りで西園寺家の庭の松に裸にした楓を逆さに吊るして棒でひっぱたいて遊んでいたからああいう性格になったという……まあそんなひどいことする餓鬼がいるわけ無いよな?」 
 嵯峨は感情を殺した表情で要を見つめる。誠はなんとなくその光景が思い浮かんだ。要は三歳で祖父を狙ったテロに巻き込まれて体の大半を失ったと言うことは誠も知っていた。今と変わらぬ姿で小さな楓を折檻する要の姿。思わず興奮しそうになる自分をなだめながら周りの人々の気配に顔を赤く染めていた。
「アタシは躾でやっただけだぞ!それにほとんどがアタシにキスしようとしたり、胸を揉んだりしたから……茜!何とか言え!」 
「認めましたね、要さん」 
 茜が要の肩を叩く。そして要も自分の言ったことに気づいて口を押さえたが後の祭りだった。
「まあ、鎗田を吊るす手つきがずいぶん慣れてたのはそのせいなのかしらね」 
 生ぬるい視線を要に向ける明華。隣でうなづくマリア。
「姐御!アタシは……」 
「サディストだな」 
「おい、神前。こう言うのをドSちゅうんか?」 
 腕組みをしてうなづく吉田。誠はあいまいな笑いを浮かべながら明石の質問に答えられずにいる。
「アイシャが聞いたら驚くだろうな」 
「ああ、アイシャちゃんはもう知ってるみたいよ。私にもいろいろ要ちゃんが楓ちゃんにしたこと話してくれたもの」 
 カウラとリアナのやり取りを聞いて、要は完全に負けを認めたようにうつむいた。
「って別に要をいじめるために集まってもらったわけじゃないんだけどな」 
「叔父貴、いつか締める。絶対いつか潰すからな」 
 要のぎゅっと握り締められたこぶしを見て思わず誠は一歩下がった。
「例の07式を潰した法術師ですか」 
 茜の言葉に浮ついていた一同の表情が変わった。嵯峨も手にした端末を操作して全員に見えるように机の上のモニターを調整した。
 そこには誠の機体からの映像が映し出されていた。法術範囲を引き裂いて進んでくる07式が急に立ち止まり、コックピット周辺を赤く染めた。そして内部からの爆発で焼け焦げる胴体。つんのめるようにして機体はそのまま倒れこんだ。その間十秒にも満たない映像が展開される。
「ランはこの芸当を見せた人物が先日、神前達の監視をしていた人物と同一人物と言ってるけど……隊長はどう思われますか?」 
 明華の言葉に嵯峨はただ首をひねるばかりだった。そして静かにタバコの箱に手を伸ばす。そして視線を娘の茜へと向けた。
「許大佐のおっしゃる可能性は高いとは思いますけれど確定条件ではないですわね。確かに私もいろいろとデータをいただきましたが、炎熱系の法術と空間制御系の法術の相性が悪いのは確かなのですが……」 
 茜はそう言いながらシンを見上げる。
「確かに両方をこれだけの短い時間で的確に展開すると言うのは私には無理です。ですが、訓練次第でなんとかならないかと言うとできそうだと言うのが私の結論です」 
 はっきりと断定するいつものシンの言葉に嵯峨の顔はさらに渋いものになった。
「まあそれなりの実力のある法術師と訓練施設を持つ第三者の介入か。あまり面白い話じゃねえな。しかも偶然ここにそんな人物がいたなんてのはどう考えてもありえる話じゃねえ、明らかにこの法術を使った人物は最低でも神前に関心があってベルルカンくんだりまでついて来る人間に絞られるわけだ。それでだ」 
 そう言うと嵯峨はモニターに表を展開させた。
「カント将軍の裏帳簿ですか。それなら……」 
「アメリカにはこいつで手を打ってもらったんだ。生きたままカント将軍を引き渡せばどんないちゃもんをつけられて同盟解体の布石を打たれるかわかったもんじゃねえ。そのためにご当人がお亡くなりになっていただいた。あちらも遼州星系内での活動を規制する条約に調印している以上、あまりごねれば自分の首を絞めることはわかっているだろうからね」 
 そう言うと嵯峨は取り出したタバコに火をつけて話を続ける。
「胡州が協力する見込みが無くなったからにはそう突っ込んでこの件を騒ぎ立てるのは一文にもならないくらいの分別はあるだろ。それにベルルカン大陸の他の失敗国家の独裁者達もしばらくは自重してくれるだろうからな。まったく俺も人が良いねえ、こんなに俺のことが大嫌いな人達の弱みを消し去ってあげたんだから」 
 名前は消されてはいるが、誠にもそのすさまじい金額の並んでいる帳簿に目を丸くしていた。
「まあ別のところで煮え湯を飲ませるつもりなんじゃないですか?」 
 明華の声に笑い声を上げる一同。だが、その中で伏せるまでもなく名前が空欄になっている部分がスクロールされてきた。
「名前が無いですね」 
 カウラの言葉に嵯峨はそれまで机の背もたれに投げ出していた体を起こした。
「名前が無いというよりも書く必要が無い、書きたくない人がこれだけの金額の利益を得ていたと言うことだな」 
 二桁違う金額が並ぶ名前の記載の無い帳簿。それを眺める嵯峨の言葉に一同はしばらく彼が何を言おうとしているかわからずにいた。
「名前を書きたくない……そんな人に金を流したんですか?なんで?」 
 呆然と帳簿を見つめる誠の背中に鋭い声が飛ぶ。
「それがわかれば苦労しないわよ。お父様。この金銭の流れの裏づけは取れているのかしら?」 
 茜が急に身を乗り出す。
「吉田、どうだ?」 
「他の面々は証拠がそれなりにあるんですが……こいつだけはどうしても足がついてないんですよ。まるで直接集金人が取り立てに来ていたみたいで……まあ別ルートで大量の金塊をカント将軍は購入しているという裏が取れましたからおそらくその金が使われた可能性は高いですね」 
 吉田の言葉に逆に茜は目の色を変えた。
「つまり、何時でもカント将軍に会える立場にいた人物と言うことになりますわね」 
 その言葉に要は複雑な表情を浮かべて茜の姿を眺めていた。
「まあそう言うことになるわけだが、まあ記録に残るような会い方はしてるわけがねえよな?」 
 嵯峨はそう言うとタバコをくわえながら要を見つめた。
「はいはい、アタシの顔でどうにか探れって言うんだろ?どこかのお上品なお嬢様とは違っていろいろコネがあるからな。汚れ仕事も便利なもんだ」 
「期待していますわよ、『胡州の山犬』さん」 
 東都での破壊行為で裏社会を恐れさせたと言う要の二つ名を微笑んで口にする茜。要は聞き飽きたと言うように軽く右手を上げて誠の口をふさいだ。
「ですがこの入金を受け取ってた人物はなんで今回のバルキスタンへの出動を妨害しなかったんでしょうか?これだけの資金源を得るルートなんてほかになかなか見つけられるとは思えないんですが」 
 カウラのそんな言葉に嵯峨は頭を掻いた。
「もう十分に稼いだってことだろ?それにこういうやばい仕事は引き際が大切だ。その点じゃあこの金塊をもらった人はそれなりに知恵のある人物ってことだろ?」 
「さっきから隊長の顔を見ているとまるで神前曹長を助けた法術師と金塊を譲り受けた人物が同一人物であるような感じに聞こえるんですが……」 
 マリアのその言葉にタバコをくわえながら下を向く嵯峨。
「そうだよ、少なくとも現時点では俺はそれが同一人物だと思っている。まあ8分くらいはそう言うつもりで話しているんだけどな。そうでなければ誠にこれほどかわるがわる法術師をあてがっている理由が説明できねえよ」 
 小さな国の国家予算規模の金塊を手にした法術訓練施設を保有するテロリストが目的もわからず行動している。誠は自分の背筋が凍るのを感じていた。
「それとこのことは内密にな。俺がもしその組織のトップにいれば金塊と法術組織のつながりを探るような行動をとる公的組織があれば全力で潰しにかかるぜ。これだけの支援をバルキスタンから引き出せる人物が間抜けな人間であるわけがねえだろ?」 
 この場にいる誰もが嵯峨の意図を汲み取ってうなづく。そして東和軍や同盟司法局に対してもこれが秘匿されるべき話だと言うことは誠にもわかってきた。
「まあつまらない話はこれくらいにしておくか?」
 そう言った嵯峨の表情が急に緩んだ。
「ちょっと急な話だったからできなかったけど、とりあえずうち流の歓迎を第三小隊の皆さんにもしてあげようじゃねえの」 
 タバコを吸い終えた嵯峨はそう言うと立ち上がった。
「でもあまさき屋くらいは今日行きましょうよ」 
 手を叩いて微笑むリアナ。酒が飲めると思って表情を緩める明石。
「それじゃあ鈴木、春子さんへの連絡頼むわ。じゃあ解散だな」 
 そう言って再びタバコに火をつける嵯峨。明華達は部屋を出て行く。
「要坊、楓の奴と仲良くな!」 
「できるか馬鹿!」 
 部屋を出ようとする誠とカウラの背中に要の捨て台詞が響く。
「お姉さま!」 
 突然保安隊詰め所から声が響く。要はそのまま廊下を走って消えていく。
「僕の何がいけないんだろう?」 
 そう言って耳にかかる後れ毛を弄りながら声の主の楓が誠をにらみつける。誠はその迫力に押されて立ち往生した。楓はすでに保安隊の東和軍と同じオリーブドラブの男性佐官用の制服に着替えて同じ姿の渡辺を従えて立っていた。
「どうぞ……よろしく……」 
 震えながら挨拶を搾り出す誠を見つめる冷たい楓の視線。カウラはただ同情するような視線を誠に投げかけていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 47

「ふー。疲れったなあ、今度は……」 
 保安隊隊長室。湾岸の宇宙港から愛車のスバル360でまっすぐここに戻ってきた嵯峨は部下達の報告書に目を通し終わり、ガラクタだらけのこの部屋で大きく伸びをしていた。すでに深夜4時。目をこすりながら通信端末の電源を落とすとそのまま首を左右に曲げて気分を変えようとしていた。
 そこにノックをする音が響いた。
「おう!開いてるぜ」 
 嵯峨の声に扉が開くとそこには彼の娘であり同盟司法局法術特捜本部部長である嵯峨茜がお盆にポットと急須、そして湯のみを載せたものを運んできた。
「なんだ、まだいたのか?」
 困ったような顔をする嵯峨。 
「ええ、やはり全五千件の法術犯罪のデータのプロファイリングということになると要さん達やラーナだけには任せて置けなくて……」 
 そういうと静々と銃の部品や骨董品が雑然と転がる隊長室の応接セットに腰を下ろした。そのまま湯飲みにポットからお湯を注ぎくるくると回す茜。 
「自分で手を下さねえと気が済まねえってところか?損なところだけ似たもんだな。俺も今回は寿命が縮んだよ」 
 立ち上がって後ろにおいてあった胡州への旅の荷物を解いた嵯峨は中から生八橋を取り出した。
「お父様、それは昨日食べました」 
 眉をひそめる茜だが、気にすることなくそのまま応接セットに座る茜の正面に腰掛けると包装紙を乱暴に破りながら開ける。
「ああ、俺はこいつが好物なんだ」 
「まるで子供ですわね」 
 そう言いながらにこりと笑う茜。嵯峨は箱を開けて中のビニールをテーブルに置かれていたニッパーでつかんで無理やり引きちぎる。冷めた視線の茜はそれを見ながら湯飲みに熱を奪われて適温になったお湯を急須に注いだ。
「その様子ですと作戦は成功ということですか?」 
 急須に入れたお茶とお湯を混ぜ合わせるように何度か回しながら茜が父親を見上げた。
「成功と言っていいのかね。軍事行動って奴は常に政治的な側面を持つってのナポレオン戦争の時代のプロシアの参謀の言葉だが、まだ今回の作戦の政治的結論は出ちゃいないからな。まあ、そこの部分は俺の仕事じゃないんだけど」 
 そう言うと引きちぎったビニールの上にばらばらと生八橋を広げてその一つを口に運ぶ。
「そんなに無責任なことをおっしゃるとまた上から叩かれますわよ」 
 仕方が無いと言うように八橋を手に取ると自分の湯飲みに手を伸ばす茜。時々外から機械音が響く。
「今回は物的損耗が少なかったのが救いだな。しばらくは技術系の連中には休みがやれるからな」 
 そういうと二つ目の八橋に手を伸ばす嵯峨。
「それより茜、プロファイリングとかなら吉田を貸そうか?あいつはそういうこと得意だし」 
 さらに三つ目の八橋に手を伸ばす父を冷ややかな目で見つめる茜。
「ええ、そうしていただければ助かりますわ。吉田さんの指導で要さん達が使えるようになれば心強いですし……お父様?」 
 まじめな顔の茜を見つめ返す嵯峨。彼の口には四つ目の八橋が入ろうとしていた。
「食べすぎです」 
 そう言われて嵯峨はまだ半分残っている八橋の箱に視線を落としながら口の中の餡を舌で転がして味わっていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 46

 バルキスタン中部の政府軍の秘密キャンプは雨季には珍しい晴天に恵まれていた。天空から降り注ぐ光ははこの土地が赤道に近いことを知らせるように赤土の目立つ大地を焼き、茂る下草と潅木の上に容赦なく降り注いでいた。
「気温は摂氏38度、湿度は75%」 
 カモフラージュされたテントから這い出て草むらに身を隠す女性士官は手元の計器の値を読み上げた。彼女が双眼鏡を構えて見つめている先にはキャンプの中でもひときわ大きな建物の裏口があった。警備兵も居らず、静まり返っている。
「隊長の情報網だからな、間違いは無いと思うが。それにしても……」 
 女性士官の足元には寝そべるようにして狙撃銃を構える士官がいた。地面に寝そべり土嚢の上に構えられたライフルはブレイザーR93。骨董品のこの銃のマガジンを手元に三つ並べている彼だが、ようやく踏ん切りがついたと言うようにその中央のマガジンを手に取ると銃に装着しレバーを引いて装弾した。
 手前の鉄条網の前を政府軍兵士が往復している。彼ら、エダ・ラクール少尉とキム・ジュンヒ少尉がこの場所で監視を始めてから次第に警備の兵士の巡回のペースが上がっているのが分かった。
 反政府軍の攻勢が二人の後輩である神前誠曹長の法術兵器の一撃で失敗に終わったあと、政府軍の首魁、エミール・カント将軍は首都の執務室からこのキャンプへと身を隠していた。同盟はカント将軍の意向を無視して人道目的の支援の名目で両軍のにらみ合う地域に部隊を派遣、事実上の占領を開始していた。全面衝突を防ぐことに成功したと言う美名と医療支援と治安確保という名目を並べられてはカント将軍もそれを黙認せざるを得なくなっていた。
 かつて胡州やゲルパルトの野党勢力の資金源として、麻薬やレアメタルの生産ルートの権益を一手に担ってきたカント将軍は近藤と言う販路を失い、その流通ルートの調査が進む現状で胡州やアメリカに今回の議会選挙の実施提案を呑まされていた。そして今回の反政府勢力と呼応しての大茶番が失敗した今では、混乱に乗じて特殊部隊の展開をほのめかす各国の司法当局の目が集まる首都の執務室さえ安全な場所とはいえなくなっていた。
 ジャングルの中の秘密キャンプ。この存在を知るのは限られたカント将軍の腹心とされる人物だけと思われていたがそこに保安隊運行部のエダ・ラクール少尉と技術部小火器管理責任者キム・ジュンヒ少尉は武装して監視の任務に当たっていた。
「まあこれは駄賃らしいからな。失敗しても元々ってことだろ?」 
 地面すれすれに置かれた狙撃銃のスコープを覗き込み、キャンプを監視するキム。その視界には数名の政府軍兵士がいるだけで特に厳しい警備は行われていないように見えた。
「でもおかしくないかしら。一国の権力者がこんなに警備が薄いキャンプにいるなんて。確かにこのキャンプが今はアメリカの監視下に無いとしてもいったん動けばすぐに発見されるはずよね」 
 双眼鏡を下ろしてアサルトライフルを握り締めるエダ。キムはただスコープを覗くだけ。
「そんなことは俺達の給料のうちじゃないよ。ただここに将軍殿がいればその頭に308ウィンチェスター弾を叩き込む。それが俺の任務だ」 
 そう言って静かに安全装置を解除して再びスコープを覗き込む。
 昼の日差しで汗は容赦なく目の中に入り込もうとする。キムはただなんどか手袋の布でそれをぬぐう。カモフラージュの為に顔に塗ったフェイスペイントも次第に汗に流されていく。
「車両が来るわね」 
 エダがそう告げる。一両の重機関銃を積んだ四輪駆動車がキャンプの警備兵に停車を命じられているのを見つけた。
「アサルト・モジュールで踏み潰せば簡単なんだろうがな」 
 皮肉めいた笑みを浮かべるキムだが、彼の視線は中央の建物から外れることは無い。空調の室外機のプロペラが止まることなく回転を続けていることだけが中に人がいることを知らしめていた。
 入り口で止められていた車両の前のゲートが開き、車両はそのまま二両の装甲車の隣に停められた。
『アロー!アロー!』 
 突然エダの装備していた無線機に声が入る。彼女は緊張した面持ちで無線機を握った。
「感度良好」 
 エダが無線機に話しかける。そして彼女はそのまま停止したばかりの車両から降りる二人の政府軍の将校を見つめていた。
『ほう、少しは警戒してくると思ったがそうでもないみたいですね』 
 無線の向こうの男の笑みが想像できてキムは思わず噴出しそうになりながら銃のストックを頬に当てて笑いをこらえる。
「このチャンネルを使うことが許されているのは遼州では保安隊だけですもの。少なくとも何か私達に感心のあるお話がある人しか使わないから答えたまでよ」 
 そう言いながらエダは手にした小銃のグリップを握り締める。
『そう言えばそうですね。さすが陛下の部下の方は頭の回転が速い』 
 相手の言葉に『陛下』と言う言葉が混じったことでエダが相手の素性を察した。嵯峨を『陛下』と呼ぶ諜報作戦部隊は一つしかなかった。保安隊体調嵯峨は遼南帝国の皇帝の位の退位を宣言しながら議会によりそれが無効とされている。遼南帝国の特殊作戦部隊『青銅騎士団』だけがこの状況で活動可能な部隊であることはエダも理解していた。
「で、遼南の軍関係のお方が何の用かしら?」 
 そう言いながら身を伏せるエダ。キムは静かに呼吸を整えている。二人の位置がこの無線の相手に特定されている可能性は大きかった。キムのライフルのスコープの中の二人の士官。その一人はそのまま建物の中に入った。もう一人はタバコを取り出すと入り口でそれに火をつけた。
『アメリカと胡州の特殊作戦部隊がすでにこの地域への浸透を開始している。エダ・ラクール少尉。君から見て10時の方向にある小屋をよく見てみたまえ』 
 エダのフルネームを言った無線の主の言葉に従い、ぬるく流れる風にたなびく振りをしながら小屋に目を向けた。
 素人ならば見逃すかもしれない。それどころかエダの遺伝子レベルでの改造により強化された視力が無ければ見逃す方が自然に思えるほどだった。小屋にかけられたすのこの破れた目から一本の鉄の筒が飛び出している。藪の中を移動している迷彩服。時折、藪の緑がゆれて見えている。
 そこを小隊規模の部隊が移動していることは明らかだった。しかも、その動きは俊敏かつ的確であり、そこに敵対勢力が隠れているという先入観がなければその動きは把握できないほどに訓練された部隊であることは理解できた。
「分かったわ、信用しましょう。でもあの部隊の目的はカント将軍の略取よね。おそらくこのままカント将軍が姿を現さなければ彼らの実力で突入作戦を敢行。悪の根源カント将軍はそのままアメリカの法廷に引き出されることになるわね」 
 エダの言葉に無線の相手はため息をついた。
「あの人が遼南の諜報員だな」 
 突然キムがつぶやく。再び無線をひらいたままエダはキャンプに目をやった。相変わらず軍服の男がカント将軍がいるらしい建物の入り口でタバコをくゆらせている。
『そのとおりですね。そしてその移送の間にカント将軍の記憶を改竄して同盟解体の引き金になるような発言をさせるよう彼らが仕組んだところでそれを証明する手立ては何も無い』 
 タバコの士官はがその言葉が終わると明らかにエダの場所が分かっているとでも言うように向き直る。
「そりゃ心配しすぎでしょ。どうせ俺等が出張ってきたのは同盟の分裂の引き金にもなりかねない遼州の恥部を知り尽くした哀れな亡国将軍に死に場所を用意するくらいのことなんじゃないですか?」 
 そう言いながら黙って銃を構えるキム。
『正直だね君は。実はまもなくカント将軍は移動することになっている。胡州の現政府に批判的な勢力からの情報でこの基地がアメリカと胡州の特殊部隊の標的になっていることがわかったということでね。あと数分でカント将軍は私の立っているところを通過する予定だ。この建物のドアから装甲車までの距離が80メートル。さて、君達はどう任務を遂行するのかな』 
「もったいつけなくても良いですよ。とりあえず半分まで来れば胡州・アメリカの特殊作戦部隊が動く。それまでに何とかしろということでしょ?」 
 キムはにやりと笑いそのまま頬を銃のストックに押し付け再び呼吸を整える。
『では、成功を祈っているよ』 
 男はそのままタバコを投げ捨ててキャンプの建物に向き直った。
 その時、建物の扉が開かれ、重武装の護衛達が次々と建物から吐き出された。その中央に時々見える白い髪の老人。キムはスコープの中にその男を捉えた。
 キムのスコープの中で大きく映し出される老人の姿。慌てる警備兵をなだめるようにその口は開かれる。その周りには防弾ベストを着込んだフル装備の警備兵が銃を構えながら取り囲んでいた。
 エダに通信を送っていた士官はそのまま警備の兵士に近づいていく。
 二人のところからカント将軍までの距離は700メートル。自分で使用済みの薬莢に火薬を詰めなおして調整した弾の軌道はすでにキムの頭の中には叩き込まれていた。警戒しつつ移動するカント将軍と警備兵。その白い頭を中心に捕らえながら静かに引き金を引き絞るキム。
 彼の銃が火を噴く。強力な308ウィンチェスターマグナム弾の反動で肩に走る痛み。すぐに次弾を装填してスコープの中を覗き込んだキムの前で首のない将軍だった肉の塊が倒れこむのが見えるのと、突入部隊が警備兵達の上空にガス弾を撃ち込むのがほぼ同時に見えた。
「このまま脱出するぞ」 
 エダはそう言うとライフルを先ほどの特殊部隊の方に向けながら伏せているキムを地面から引き剥がした。
『作戦成功おめでとう』 
 全速力で駆け出した二人に無線が届く。
「隊長も人が悪いな。どうせあの突入部隊に情報を流したのもあのおっさんなんじゃないのか?」 
 キムはそう言いながら背後から飛んでくる弾丸の雨の中を駆け抜けた。第三勢力の介入を予知したアメリカ軍の特殊作戦部隊のけん制射撃が散発的に続く中二人はただひたすらに走り続けた。
 潅木の茂みを抜けると原生林が始まる。その森に入ることは危険だと悟ったエダが森の際で停止するようにキムに手で信号を送る。キムは立ち止まるとその場にしゃがみこんで背後をうかがった。挟撃を恐れたアメリカ軍の突入部隊は追跡は続けているようだが発砲をやめて息を潜めていた。
 森の中には気配がなかったが、エダはそのまま姿勢を下げるようにハンドサインを送る。狙撃銃を背中に背負い、腰から拳銃を取り出すと警戒するキム。
『賢明だね。そこにはカント将軍の脱出を予期して一個分隊が伏せているよ。少し待ってくれたまえ』 
 二人はそのまま大地に伏せる。篭ったような消音ライフルと思われる射撃音と何かがぶつかるような音が森の中から聞こえる。
『待たせたね。とりあえず胡州の兵隊さんにはババを引いてもらったよ』 
 そんな二人の上司の言いそうな台詞を聞いてそのまま森に侵入した。強力なライトで二人の視界が奪われる。そして顔にフェイスペイントをした上に部隊章を取り外した遼南軍の戦闘服を着た兵士が駆け寄ってくる。
「お疲れ様でした、とりあえず脱出します!」 
 その兵士はそのまま走り始める。森から現れた兵士達はキムとエダの二人の後ろを警戒しながらジャングルを走り始めた。
「ここまで隊長は考えていたのか?」 
「そんなわけ無いじゃないですか。あの人は大筋のプランをよこしただけですよ。後は青銅騎士団の御子神大佐の対応プランによるものです」 
 そう言いながら反撃を無視して走り続ける。森のはずれに装甲車両が鎮座していた。
「ご苦労様でした!」 
 運転席のハッチから顔を出している兵士の敬礼を引きつった笑みで受け流しながらエダとキムはお互いの顔を見ながら笑いあっていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 45

 まず襲ってきたのは激しい頭痛だった。そして吐き気。嘔吐するがもはや胃袋の中に吐くものは無かった。そして目が見開かれる。
「おお、起きたぞ」 
 苦しみの中、誠が目を開けると見下ろしているのはタレ目の要だった。すぐにアイシャと明華の顔が目に飛び込んでくる。口の中には吐しゃ物の残滓が残り気分が悪い。
「水は……」 
「とりあえずこれを飲め」 
 そう要に言われてゆっくりと上体を起こす。支えているのはアイシャ。要は色のついた液体を誠の口の前に運ぶ。ぬるくてすっぱい黄色い液体を誠は静かに飲み始めた。ようやくここが『高雄』の医務室であると言うことが分かって誠は恥ずかしさで顔を赤く染めた。
「まったく無茶な飲み方しやがって。まあ、あっちよりはかなりましだろうからな」 
 笑いながら要は隣のカーテンで仕切られたベッドを眺めた。時々うなり声がするので誰かがそこにいるのは間違いなかった。
「神前にも困ったもんだな。どうせ酔いつぶれればあの歌に耐えられるとでも思ったんでしょ?まあ世の中なかなかうまく行かないのはしょうがないけどね」 
 そう言って苦笑いを浮かべる明華。よく見れば明石や吉田の姿も見える。
「大丈夫ですよ。なんとかなりましたから」 
「大丈夫だ?寝言は寝て言えよ」 
 軍医のドム・ヘン・タン大尉は呆れたというように誠の飲み干した液体のコップを受け取る。
「急性アルコール中毒。ひどかったんだぜかなり。瞳孔は開いてるし、時々痙攣まで起こすし……お前達どんな飲み方してたんだ?」 
 全員を見回すドムに明石が静かに頭を下げる。
「それと隣の。あいつはそれほど飲める体質じゃないって言ってなかったか?」 
「いやあ、ビールでああなるとは思ってなかったから……」 
 要がうつむいてつぶやくが、すぐにドムに睨まれて黙り込む。
「隣ってもしかしてカウラさんですか?」 
 飲んだ液体のおかげで次第に意識がはっきりとしていく中で誠がそう切り出した。頭を掻きながらアイシャが頷く。
「あの娘も意地っ張りだからね。誠が飲むのに合わせてビールを飲み続けたら……」 
「うるさい……静かにしろ……」 
 カーテンを開けて這い出してきたカウラ。自分が下着姿であることにまで気が回らないようで、しばらくぼんやりと青ざめた顔を外気にさらしている。
「おい、ベルガー。なんとかならんか」 
 明石の言葉に少し理性を取り戻したカウラがそのままカーテンの中に引っ込む。
「まあ飲むなとは言わないけどな。大人だろ?お前等も。少しは考えて飲むことを覚えてくれよ。それと今回のことで酒の持込を隊長に止めてもらうことが必要かもしれないな」 
「おい!まじか?」 
 今度は要の顔が青ざめる。
「あの人の持ち込みは多すぎるんだよ。今回だって差し入れってことでウォッカ3ケースって……何考えているんだか……」 
 ドムの言葉に室内の空気はどんよりとよどんだ。
「ああ、そう言えば島田先輩達は?」 
 間の抜けた誠の質問に要達は目を見合わせる。
「回収済みだ。島田はもう歩いてるよ」 
「ああ、仕事は無理だから部屋で休ませているけどな……ったくうちに馬鹿が多いのは誰のせいかしら?」 
 明石の顔を見つめる明華。その視線の中でつるつるの頭の巨漢は婚約者に見つめられながら頭をを撫でながら苦笑いを浮かべる。
「じゃあ帰還中ですか」 
 続いている頭痛に顔をしかめながら明石を見上げる。明石は声も無く頷いた。そして彼はスポーツ新聞を誠に渡した。場違いな新聞に不審に思いながら頭を上げて記事を見つめる誠。そこには蛍光ペンで縁取られた記事が踊っていた。
「法術適正者の封印技術の発表?」 
 誠はしばらくこれが何を意味するか分からずにいた。自然に視線が向いた先のアイシャが紺色の長い髪をかき上げている。
「なんで私の顔を見るの?」 
「いえ……あ!そう言えば今度の職業野球のドラフトって明後日じゃないですか?」 
 ようやく誠は話が飲み込めた。法術適正により東都職業野球のドラフトから排除されるはずだったアマチュアのスター達が復活し、アイシャの指名順が下がるかリストから消えるだろうと言うことを。
「なんて言うか……」 
「どちらにしろワレは問題になっとらんからのう」 
 明石の言葉に照れ笑いを浮かべる誠。自然と左肩に手が伸びるのはまだこだわりを捨てきれないのかも知れないと思いながら誠は静かに手を話した。
「アイシャ。やっぱりプロ行きたかったんじゃないのか?」 
 ニヤニヤしながら切り出す要。だが、笑顔を称えたままでアイシャは首を横に振る。
「今の仕事は気に入っているし、そんな勝負の世界のギリギリの精神状況なんてこっちから願い下げよ。それに誠ちゃんが……」 
 笑うアイシャ。緊張が走るのを悟って誠は再び記事に目を通した。
「へえ、アマチュア競技のすべてで登録選手の検査実施と法術適正者の封印処置について地球連合保険局と遼州同盟厚生局が責任を持つ……ですか。スポーツが平和貢献するとはなかなかいい話ですね」 
 そう言って誠は新聞を要に渡した。ドムが気を利かせてスポーツ飲料のペットボトルを誠に渡す。
「病人を刺激するのはそれくらいにしておいてくれ。あとはあれだ。脱水症状に注意しながら安静にしてれば何とかなる。まあベルガーはもう動いても大丈夫だぞ」 
 ドムの言葉にカーテンがひらかれる。上着をつっかけた姿のカウラがのろのろと起きだしてきた。明らかに顔色が悪いのは仕方が無いことだと誠は笑った。
「よう、飲みすぎ隊長殿。ご気分は?」 
 へらへらと笑いかける要を黙って睨みつけるカウラ。誠はドムからもらったペットボトルを飲み干すとそのままベッドに体を横たえた。
 その姿を見て明石や明華は納得したように要達に目配せする。要は珍しくじっと誠を見つめた後、布団を誠にかけてやっていた。
「これでミッションは最終局面に入ったわけだ」 
 彼らを見つめながら吉田がそうつぶやくのが誠の耳に届いたが、次第に睡魔に襲われていく彼にその言葉を意識する能力はすでに無かった。

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ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 44

「父上、本当にそんな格好で良いんですか?」 
 楓は紺の小倉絣の着流し姿にトランク一つと言う父嵯峨惟基に声をかけた。超空間飛行を行うシャトルが出入りする帝都四条畷宇宙港に一人、そんな姿の嵯峨は周りとは明らかに浮いていた。胡州にしては垢抜けた服装のビジネスマンや観光客が行きかうフロアー。
 このような格好が珍しくない胡州ならいざ知らず、嵯峨の行き先は圧倒的な経済力を遼州系に見せ付けている東和である。そこに胡州四大公家の家督を楓に譲り、先例で旧世代コロニーである泉州を領邦とする身分に落ち着いた胡州貴族の当主とは思えない身軽な格好。現嵯峨家当主である楓はため息をつく。
「別にお前さんの周りをうろちょろするわけじゃねえんだから気にするなよ」 
 そう言って笑う父の表情が明らかに自分を小馬鹿にしているように見えてまた一つ大きくため息をつく。そして周りを見渡す楓はすぐに顔を隠すように手で顔を覆う。しかし、海軍の佐官の制服。隣に立つ従卒のように付き従う渡辺かなめ大尉。そして先日の殿上会で胡州三位の家柄の嵯峨家の家督を継いだことを報道された楓の面立ちのくっきりした顔は注目を集めるには十分すぎる格好だった。
 周りの好奇の目が三人を襲う。
「お前さんも少しは四大公爵の威厳ってものを学ばないとな」 
「父上と言う反面教師がいるからその点は大丈夫ですよ」 
 そう言って苦々しげに笑う楓。青年将校のように凛々しくも見える面立ちを見ながら嵯峨は娘が成長したと感じていた。
 嵯峨の目に涙が光った。
 自分では柄ではないと思っている。人斬り、策士、卑怯者。様々なあだ名で呼ばれ敵にも味方にも恐れられた自分の弱さ。それが家族であることを嵯峨は理解していた。
 祖母はテロに斃れた。父は自分を呪って追い落とし、握った権力に溺れて国を失った。母は嵯峨の将来を案じて壊れた。妻は政治抗争の中で殺された。弟は自らの手で斬り捨てた。
 そんな嵯峨が目の前の独り立ちして自分の背負っていた嵯峨家と言う大きな地位を支える立場になったことについ涙が流れる。
「父上?そんなに僕のことが不安ですか?」 
 娘が尋ねてくる。嵯峨にも親の体面と言うものがあった。流れようとする涙をぬぐうと嵯峨は再びいつもの飄々とした態度に戻った。
「それよりどうだい。保安隊への転属の件」 
「何度も同じこと言うんですね。来週には実際に東和海軍視察と言うことで東都に出張が決まりましたよ。それでそのまま保安隊への転属と言う形になる予定ですよ」 
 呆れたように腰に手をやり笑顔を浮かべる楓。
「ああ、なんとかこれで遼州同盟司法局もスタッフがそろうことになるからな。いろいろと大変になるがまあがんばってくれよ」 
「了解しました!特務大佐殿!」 
 そう言うと楓と渡辺が敬礼する。嵯峨はそれに敬礼で返すとそのまま人ごみの中に消えて行った。
「楓様、本当によろしいのですか?」 
 不安げに渡辺が楓の右手を握り締める。
「父上も子供じゃない。それにこの港の警備システムは先日の狙撃犯の供述でかなり信用できるようになったはずだ」 
 そう言うと楓は振り向かずに空港のロビーを出口へと向かう。
「楽しみだな、東和。姉上はご健勝であらせられるだろうか……それと要お姉様……」 
 楓はそのままガラスで覆われた天井を眺める。そこには胡州らしい赤い雲が漂う空があった。


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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 43

 保安隊運用艦である重巡洋艦『高雄』はバルキスタン内陸の荒涼とした山岳地帯上空を南下していた。眼下には誠の攻撃で意識を失うか全身麻痺の症状を起こしている政府軍、反政府軍、そして難民達が時が止まったように動かないでいるのが見える。そしてその救援の為に派遣された同盟加盟国の軍や警察、医療機関スタッフの車両走り回る様を見ることが出来た。
 誠は一人格納庫の小さな窓から自分が発した非破壊兵器の威力には恐ろしさと戦闘を未然に防いだという誇りを共に感じながらたたずんでいた。警備部はすでにウォッカを回し飲みし、戦勝気分を味わっているが誠にはその輪に入る勇気が無かった。
「おい、ビール飲むだろ?」 
 要はパイロットスーツの上をはだけてアンダースーツを見せるようにして、手にしたビールの缶を誠に渡した。誠はそれを受け取りながらダークグリーンの作業服の襟を整える。
「これだけの地域の制圧を一人でやったんですね」 
 艦船の他国上空での運行にかかわる条約の遵守の為に低速で飛行している『高雄』だが、すでに07式を回収した地点からは30分も同じような光景が眼下に繰り広げられている。手を振るアサルト・モジュールは治安維持部隊所属の西モスレムのM7だった。
「それだけたいした力を見せ付けたってことよ」 
 アイシャの声が聞こえて誠は振り返った。そこにはパーラと二人でよたよたとクーラーボックスを運んでくる紺色の長い髪の女性の姿が見えた。
「おっ、気が利くじゃねえか。ビールか?それ」 
 要の手にはすでにウォッカの瓶が握られている。アイシャは要を見つめながらにやりと笑うと格納庫の床に置いたそのクーラーボックスを開く。中には氷と缶ビールが並んでいる。
「どうぞ、どんどん取ってよ。あちらもかなり気分良くなっているみたいだしね」 
 アイシャが振り向いたので、要と誠はそちらに視線を走らせる。そこではほとんど飲み比べという勢いで酒を消費している警備部の兵士の姿があった。その中央であまり笑顔を見たことのない警備部部長のマリアが部下の髪を引っ張ったりしながらふざけあっているという光景が展開していた。
「じゃあ私も飲もうかな。疲れたしな」 
 突然のカウラの声に伸び上がる誠。
「そんなに驚かなくても良いじゃないか」 
 そう言うと珍しく自分で缶ビールに手を伸ばすカウラ。
「オメエはできれば飲まない方向でいてくれると助かるんだけどな……あまさき屋の帰りとかに」 
 ウォッカをラッパ飲みしながら要がいつものように皮肉を飛ばす。いつものあまさき屋での騒ぎを思い出しているようで特徴的なタレ目がきらきら輝いている。
「運転代行を頼めばいいだけだろ?」 
 カウラはそう言うと缶を開ける。先ほどのアイシャとパーラが運んできた時の振動で震えていたのかビールの泡が吹き出し格納庫の床に広がる。
「おいおい、慣れねえことするから、誠!雑巾取って来い!」 
 酔った要の言葉に思わず泣きそうな視線を送る誠。
「いいわよ、神前君。私が持ってくるから。アイシャも一緒に飲んでて」 
 そう言うとパーラが居住ブロックに駆け出していく。
「いい奴だよな、あいつ」 
「そうね。本当にいい子よ」 
「となると許せないのは槍田だな」 
 要、アイシャ、カウラの瞳がぎらぎらと光る。誠は彼女をもてあそんだと言われている機関長槍田にどのような制裁が加えられるのかとひやひやしながら三人を見守っていた。
「そこの三人!来なさい」 
 叫び声に振り向いた要と誠に手を振るマリア。いつもは凛々しく引き締まった表情でブリッジの女性隊員の憧れともなっているマリアが、戦闘服のボタンを大胆に外した色気のある姿で誠達を呼んでいた。
「そうだな、ヒーロー!」 
 要は誠の肩に手を回そうとするが、その手をアイシャが払いのける。
「何をしようとしていたのかしら?もしかしたら誠ちゃんと肩を組んで……」 
「な、な、何言ってんだ!誰がこんなへたれと肩を組んでキスをしたりするもんか!」 
 そこまで言ったところで要に視線が集まる。警備部の屈強な男達や技術部の酒盛りを目の前に仕事を続けている隊員達の視線が要に集中する。
「……誰もキスするなんて言ってないわよ」 
 アイシャの言葉が止めを刺して要が頬を赤らめて黙り込む。
「ビールがうまいな」 
 突然場を読まずにカウラがそう言った。要は誠から離れてカウラの肩に手をやる。
「旨いだろ?仕事のあとの酒は。オメエは飲まないだけで飲もうと思えばパーラぐらいは飲めるはずなんだから。さあぐっとやれ!」 
「あからさまに話をそらそうとしているわけね……じゃあ」 
 そう言うとアイシャが誠の肩にしなだれかかる。その光景に口笛を吹いたり手を叩いたりして警備部の酔っ払い達は盛り上がった。振り向いた要が明らかに怒っている時の表情になるのを誠は見ていた。しかし、タレ目の彼女が怒った顔はどこか愛嬌があると誠はいつも思ってしまい、顔がにやけてしまう。
「そこ!何してんだよ!」 
「あら?要はカウラに酒の飲み方を教えるんでしょ?私は我等がヒーローと喜びを分かち合う集いに出るだけよ」 
「じゃあ、だったら何でそんなに誠にくっついているんだ?」 
 誠は自分の顔が茹でダコのようになっているのがわかった。明らかにアイシャは胸を誠の体に擦り付けてきている。長身で痩せ型のアイシャだが、決して背中に当たる彼女の胸のふくらみは小さいものではなかった。
「うらやましいねえ、神前曹長殿!」 
「色男!」 
「あやかりたいなあ!」 
 そんな誠への野次が飛ぶ。ロシア語で誠に分からないように話し合ってはにやけてみせる警備部の面々に誠はただ恥ずかしさのあまり視線を泳がせるだけだった。
『みなさん!楽しんでいるところ悪いんだけど、第四小隊のお迎えが出るので移動してもらえるかしら?』 
 格納庫に響く『高雄』艦長鈴木リアナ中佐の声。警備部の面々はそれぞれに酒瓶を持ちながら床に置いた銃を拾って立ち上がる。
「じゃあオメエ等それ持て」 
 要はそう言うとビールと氷の入ったクーラーボックスを足で誠達の前に押し出す。
「私達で?」 
 露骨に嫌そうな顔をするアイシャ。アルコールが回ってニコニコとし始めたカウラが勢いよく首を縦に振る。
「すみませんね、アイシャさん」 
 そう言うと誠はクーラーボックスのふたを閉めようとした。
「もう一本もらうぞ」 
 カウラはそれを見てすばやくクーラーボックスの中の缶ビールを一本取り出す。
「意地汚いねえ」 
 そんなカウラを鼻で笑いながら要はウォッカの酒瓶を傾けて、半分ほどの量を一気に飲み干した。
「さっさと武器の返還してと!飲むぞ!今日は」 
 部下達にそう言うとマリアは手にしていたSVDSドラグノフを武装保管担当の兵士に手渡した。
「ああ、そう言えばキムの野郎バカンスだとか言ってたな」 
 次々とベストからライフルのマガジンを取り出しては担当兵士に渡していく警備部の兵士達を見ながら要がつぶやいた。
「そう言えばそうですね」 
「いなくても気がつかない……影が薄いんじゃないの」 
 誠とアイシャの言葉に頷きかけたカウラだが、そこは隊長らしく深く考え込む。
「それは言いすぎだろ。キムは一応部隊の二番狙撃手だ。なにか別任務でも隊長から与えられているかも知れないだろ?」 
 そう言うカウラだが要とアイシャは一斉に天井を向いて一考した。
『それは無いな!』 
 二人がタイミングを合わせたようにそう言う。
「おう!ご苦労さん」 
 そう言ってエレベータから現れたのは明石だった。
「タコ、今回の作戦はこれでいいのか?」 
 言いたいことが山ほどあると言う表情で明石を睨みつける要。だが、そのつるつるの頭を叩いているサングラスの大男はただにやにやと笑うだけだった。
「中佐は今回は留守番ですか?」 
「ああ、まあそう言う形になってもうたからのう。ワシ等が出張らなならんようになったら困るんじゃ。そう言う意味では神前はようやってくれた」 
 そう言ってからからと笑う明石。
「ほうじゃ!ワレ等の健闘を祝してケーキを用意しといたから……食うか?」 
 自信満々でたずねる明石。だが、要は辛党であり甘いものは苦手だった。露骨に嫌な顔をする。
「ああ、それといろいろと酒も用意しといたけ、気が向いたら……」 
「なんだよ、タコ。それなら早く言えよ。神前!行くぞ」 
 そう言って誠を引っ張る要。
「無茶しないでよ!クーラーボックス落しちゃうでしょ!」 
 引っ張られてあわてるアイシャ。酒に釣られている要はそのまま軽がるとクーラーボックスを持ち上げてエレベータに向かう。
「おい!置いてくぞ!」 
 よく見れば缶ビールを飲みながら明石や要に先駆けてエレベータの中にいるカウラ。
「ちゃっかりしているのね」 
 缶ビールをちびちび飲むカウラを呆れた視線で眺めながらアイシャは冷えた両手をこすって暖めている誠の背中を押すようにしてエレベータに乗り込んだ。
 エレベータに無理やり誠が体を押し込むと扉が閉じた。巨漢の明石と大柄な誠、カウラもアイシャも女性としてはかなり大柄である。居住区を同型艦よりも広く取ってあるとはいえ、エレベータまで大きくしたわけでは無かった。さらにビールの入った大きなクーラーボックスがあるだけに全員は壁に張り付くようにして食堂のフロアーに着くのを待った。
 ドアが開いて誠がよたよたとクーラーボックスを運ぼうとするがアイシャを押しのけて飛び出していく要に思わず手を放しそうになって誠がうなり声を上げた。
「ちんたらしてるんじゃねえよ!」 
 要の言葉に苦笑しながら誠とアイシャはクーラーボックスを運び続ける。
「なんじゃ。ヒーローがすることじゃないのう。ワシがかわっちゃる」 
「えっ……そんな」 
「ええから、ええから。ワレの為の宴会じゃ。好きに飲んどけ。今日だけはワシが誰にも文句を言わせん!」 
 そう言いながら誠と入れ替わる明石。
「私は?」 
「ワシは知らん!」 
 替わってくれというようにつぶやくアイシャに冷たく言い放つ明石。誠はすがるような瞳で見つめるアイシャを置いてそのまま食堂に向かった。
「おい!先にやってるぜ」 
 そう言いながらすでに手元に新しいウォッカの瓶を三本確保している要。カウラは目の前の栓を抜かれたビールを飲むべきかどうか迷っているようだった。
「神前曹長!」 
 きりりと響くハスキーな女性の声。目を向けた誠の前にマリアの金髪が翻った。
「今回の作戦の最大の殊勲者は貴様だ。とりあえずこれを」 
 そう言うと誠に小さなグラスを渡すマリア。そこにはきついアルコール臭を放つウォッカがなみなみと注がれていた。
「良いんですか?」 
「当たり前だ」 
 マリアに即答され、警備部の面々に囲まれてビールを並べる作業に従事しているアイシャと明石に助けを求めるわけにも行かず誠は立ち尽くしていた。
「姐御の酒だ!飲まなきゃな」 
 再びウォッカをラッパ飲みしながら要が笑う。
 逃げ場が無い。こうなれば、と誠は一気にグラスを空ける。
「良い飲みっぷりだ。カウラ、お前からも酌をしてやれ」 
 そう言って一歩下がるマリアの後ろに、相変わらず瓶を持つか持たないかを悩んでいるようなカウラの姿があった。
「ベルガー大尉の酌か!うらやましいな」 
「見せ付けてくれるねえ」 
 すでにテーブルに並んでいるソーセージやキャビアの乗ったクラッカーを肴に酒を進めていた警備部員の野次が飛ぶ。
「誠……いいのか、私の酒で」 
 覚悟を決めたと言うように瓶を持ったままそろそろと近づいてくるカウラ。気を利かせた警備部員のせいで誠の前には三つもグラスが置かれていた。誠はそれを手に取るとカウラの前に差し出した。
 真剣な緑の瞳。ポニーテールのエメラルドグリーンの髪を震わせ不器用にビールを注ぐカウラ。
「あっ!もったいない」 
 警備部の士官が叫ぶ言葉は誠とカウラには届かない。注ぎすぎて出た泡に口を近づけた誠とカウラ。二人はそのまま見つめあった。
「あーあ!なんか腹にたまるもの食べたいなー!」 
 要が皿を叩く音で二人は我に返った。
「ああ、ちょっと待ってください。チーズか何か持ってきますから」 
 そう言ってなだめようとする誠。だが誠を遮るように立ち上がった警備部員が首を振りながら外に駆け出していく。
「良い雰囲気ねえ。私も見てるから続きをどうぞ」 
「アイシャ。何か誤解しているな。私と神前曹長は……」 
 ニヤニヤと細い目をさらに細めてカウラを見つめるアイシャにカウラは頬を赤らめる。
 当然警備部の兵士達は面白いわけは無いのだが、マリアと明石がハイペースで酒を飲み続けながら睨みを効かせているので手が出せないでいた。
「まあ、いいや。誠、つぶれてもいいんだぜ」 
 そう言いながらもうウォッカの一瓶を空ける勢いの要。アイシャは悠然とテーブルを一つ占拠してキャビアやイクラなどを狙って食べ始めている。
「なんじゃ、おもろないな。歌でも歌う奴は居らんのか?」 
 明石の声に静まる食堂。だが、そこで急に電源が落ちた。騒然とする人々。
「私の出番ね!」 
 入り口の電灯だけが点される。
 そこに立っていたのはこの運用艦『高雄』艦長の鈴木リアナ中佐だった。きりっとした桜色の留袖を着て手にはマイク。完全な演歌歌手のような姿で悠然と食堂に現れる。その姿はディナーショーの演歌歌手に見えないことも無かった。
 だが、全員のこめかみは引きつっていた。手に酒を持っている隊員はすばやくそれを飲み干す。明石の前のビールにも警備部の兵士達が殺到してあっという間にビールの缶は無くなった。
 通称『超音波攻撃』と言われるリアナの得意の電波演歌。彼女が歌えばどんな名曲も電波ソングに変換され、聞くものに壮絶なダメージを与える。兵達ばかりでなく厨房の面々もすばやく耳栓に手を伸ばす。
「皆さんのおかげでバルキスタンでの戦闘行為は中断されました。それを称えて私、鈴木リアナが一曲歌わせてもらいます!」 
「おい、誰か止めなかったのか?」 
 マリアは通信端末をブリッジとつなげる。ブリッジでサラの代役で通信を担当している女性将校は困った顔で首を横に振った。アイシャが副長に出世し不在。パーラは今回はアイシャのバックアップで不在。サラは第四小隊の支援に出ており不在。エダはキムと一緒に旅行に行って不在。とにかくリアナを押さえることが出来るブリッジクルーはいなかった。
「お姉さん。いいんですか?仕事は」 
 カウラは一人リアナに意見する勇気を持ち合わせていた。だが、彼女の後ろのテーブルには9本の缶ビールが確保されており、正気を吹き飛ばして状況をやり過ごすと言う選択肢を捨てていないことを人々に見せ付けていた。
「大丈夫よ。みんないい娘ばかりですもの第四小隊の回収くらいなら簡単にこなしてくれるわ。それよりも皆さんに楽しんでいただく方が大事ですもの!」 
 その言葉と共に早速イントロが流れ始める。誠は静かに要から手渡されたウォッカの瓶を受け取るとすばやくふたを開け、そのまま胃の中にアルコール度40度の液体を直接流し込んだ。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 42

 胡州、帝都。
 第一帝都ホテルと言えば、胡州の最高級のホテルとして名が通っていた。その赤い絨毯の敷き詰められた落ち着いた雰囲気のラウンジに一人の胡州陸軍少将の制服に身を包んだ長身の男が現れた。
 吊り下げていた朱塗りの軍刀をホテルマンに預けると、男はそのまま人を探しているかのようにラウンジに集う賓客達をちらちらと見つめながら歩いた。胡州の貴族の称号を持っている数名の賓客は、その男のことをすぐに思い出した。
「あれは、泉州公じゃないですか」 
「ええ、間違いありませんわ。でもなんでこんなところに……」 
 ざわめく人々、殿上会での四大公家三位の嵯峨家の家督相続の末隠居して泉州公の位を賜った先の嵯峨公爵家当主、嵯峨惟基。特務大佐という階級が存在しない胡州陸軍では彼は二階級上の少将の階級の制服を着る様に指導されているので、彼は娘の楓に無理やりその制服を着せられてこのホテルのラウンジを徘徊していた。
 嵯峨はふらふらとしばらくラウンジを散策していたが、次第に彼の視線が見事な英国風庭園が見える個室に集中していることはこの場にいる誰もが気づいていた。
 ホテルマンが嵯峨のあからさまな嫌がらせとも取れる徘徊を注意しようとした時、嵯峨はようやく決意がついたとでも言うようにその目当ての個室に向かった。
 ノックもせずにその扉を開く嵯峨。
 中には白髪の欧州系の顔立ちをした紳士が一人で優雅に庭を見ながらコーヒーを飲んでいた。
「君らしいと言うか……来るとは思っていたがね」 
 紳士、ルドルフ・カーンは笑みを浮かべて、仏頂面を下げて彼を見下ろす嵯峨を迎え入れた。先の大戦で外惑星系の大国ゲルパルトを戦争へと指導したアーリア民主党の幹部である彼が当時の同盟国とは言え人目につくホテルにいることに嵯峨はまるで疑問を持たないというよう見えた。そして彼はカーンに向かい合うようにテーブルのそばに進む。そして嵯峨は感情を押し殺したような表情で紳士の手前にある椅子に腰掛けた。
「どうだね、前公爵殿。二億の民を抱える領邦領主の座から降りた気分は」 
 カーンはそう言うと余裕のある物腰で大柄な嵯峨を見上げた。かつて何千万という人々を刑場に引く為の方策を苦心したということが嘘のような穏やかな瞳。だが、嵯峨もそれを嘲るような挑戦的な表情で老紳士を見つめる。
「別に私の中身が変わったわけじゃないですから。それに以前は遼州帝国皇帝なんていう面倒な肩書きを持ってた経験もありますからね」 
 嵯峨もカーンの言葉を聞くと少しばかり余裕を得たと言うように微笑んだ。
「そうですか、まあ遼州の山猿の大将より重たい位だと私は思うんだがね」 
 そのあからさまに挑発的なカーンの言葉に、嵯峨は逆に笑顔のようなものを浮かべた。ゲルパルト帝国内で行われた遼州系住民の大量虐殺の理論的根拠を作り上げた精緻な頭脳は嵯峨と言う遼州人の位を極めた男を興味深げに見つめている。
 老紳士の前にある嵯峨の表情は彼を知る人ならば見たくはない表情だった。それは敵意を示す前に嵯峨が見せる警告のような意味を持つ表情だと知られていたから。口元が引きつり、瞬きもせずに上目がちに相手を見上げる。それを知らない人でもこんな悪意に満ちた表情を向けられればひるむに違いない。
「地球至上主義のスポンジ頭には理解できないかも知れませんがね……いや、地球至上主義なんぞではなく白人至上主義者でしたかあんたは」 
 そう言った嵯峨の言葉に合わせるかのようにドアがノックされる。
「入りたまえ」 
 静かなカーンの言葉に白いジャケットのウェイターが現れる。嵯峨は首を振る。
「彼は客とは呼べない存在でね。悪いね、無駄足を踏ませてしまって」 
 ウェイターが言葉を発するまもなく彼を追い返すカーン。
「でもまあ、スポンジ頭のすかすかな情報網には今回は感謝しているんですよ」 
 そう言うと嵯峨は挑発するようにカーンの前で足を組んで反り返り口元を緩める。そのような嵯峨を見ながらカーンは表情も変えずにコーヒーを飲み干した。
「なに、常に大局を見据えながら行動するならば今回は手を引いた方が利口だと踏んだだけだよ。野蛮人の似非公爵殿」 
 お互いに相手を罵倒する言葉を吐きあう二人。嵯峨の視線もカーンの視線もお互いを憎みあうものの瞳の光を帯びていた。絶対に和解できない不倶戴天の敵。お互いにそう思っているとカーンは考えていたが、目の前の大柄な遼州の野蛮人の血を引く男がそうは思っていないと感じて顔をしかめた。
「しかし災難ですね、カント将軍は。すべての段取りを指示してくれたあなたが、その計画を潰そうとする俺とつるんでいるなんて想像もしてないんじゃないですか?」 
 そう言うと嵯峨はこの部屋の主の意向を聞かないで胸のポケットからタバコを取り出す。母国のゲルパルトには喫煙者は皆無に等しく、カーンは不快そうな顔でタバコに火をつける嵯峨を見つめていた。
「なに、彼はそこまでの人物だった……」 
「つれないねえ、あんたがどれだけそう言う言葉で部下を切り捨てて行ったかよくわかりますよ。私にとってはいい反面教師だ」 
 嵯峨のふかしたタバコの煙がカーンを襲う。その匂いにさらに不愉快そうな顔をするカーンだが、嵯峨はまるでそれを楽しんでいるように口元にだけ笑顔を作って見せる。
「より優れたものが生き延びる、それが……」 
「使い古しの優性論ですか?社会学的なその論理が実際に意味を持っていたのは20世紀はじめの話ですよ。それも当時のおめでたい為政者や民族主義者なんかが気に食わない奴をぶっ殺すのに便利なお題目として使っただけで本気で信じてたとは俺も思えないんですがね」 
 カーンは苛立っていた。目の前の男が法律学・政治学・経済学の博士号を持つ秀才であることはカーンも知ってはいた。だが、それ以上に屁理屈をこねる天才であることは今日初めて目の前に嵯峨と言う男を見てようやく理解できた。
「なるほど、君がただの野蛮人でないことはよくわかったよ。そして、そんな秀才がただ情報の提供の礼を言うためだけにここに来たわけじゃないということもね」 
「ほう、物分りがいいですね。もっとガチガチで俺の顔を見たら機嫌を損ねて部屋に帰るとばかり思っていましたが」 
 再び嵯峨はタバコの煙を吐き出す。それを受けてカーンは咳き込むが、嵯峨はそれを狙っていたとでも言うように笑顔でカーンを見つめる。
「今日はあなたに確かめたいことがあったんですよ」 
 嵯峨はそう言うとポケットから一人の長身の男の写真を取り出した。細い目と鋭くとがった鼻が目に付くどれも長髪の男の写真が三枚あった。
 一つは遼南軍の軍服姿で戦場視察でもしているかのように部下達に指示を出している写真。その軍服は百年ほど前の遼南の将官の着る制服に酷似していた。
 そしてもう一枚は何かの記念行事のようで背広を着て整列している人々の中央に座っているとでも言うような感じの写真。生気のないその顔はどこと無く不気味に見える。
 最後の一枚は雪の中の街頭らしいところで上から隠し撮りされたとでも言うようなアングルで撮られた写真だった。
「なるほど、この男を知っているかと?」 
 カーンはその三枚の写真を手にとった。すぐに胸元から老眼鏡を取り出しそれぞれの写真を見つめる。嵯峨は黙ってそんなカーンの様子を観察している。
「知っていたらどうするつもりだね」 
 写真を見つめながらカーンが尋ねた。
「どうもしません。知らなくても同じですよ。ただこの人物の顔をあなたも近々多く見ることになるだろうと思いましてね。いうなれば私のささやかな贈り物ですよ。当然その三枚の写真はお持ち帰りいただいてもかまいませんよ」 
 嵯峨の言葉にカーンはさらによくその写真の男を見つめた。
「見たことが無いわけでは無いが、遼州人やアジア人の顔の区別がつかないものでね」 
 そう言いながら写真を手元に置くカーンを見ながら嵯峨は取り出した携帯灰皿にくわえていたタバコをねじ込んだ。
「ほう、これでおしまいかね」 
 そう言って笑うカーンに嵯峨は微笑みで返す。
「死に損ないのおいぼれの時間を取り上げるのは私の矜持が許しませんから。それに老人を敬う精神は持ち合わせているつもりでしてね。まあいつかはその両手に鉄のわっかを掛けに来ますんで、それまで元気にしておいてくださいよ」 
 それだけ言うと嵯峨は扉を静かに開いてラウンジへと姿を消した。
 カーンは自分の体が思った以上に疲れていることを感じていた。嵯峨の毒舌は予想の範囲内だったが、その圧倒的存在感にかなり驚きを隠せない自分に戸惑っていた。
「私も年かな」
 そう独り言を言うと甘いものでも頼もうと呼び鈴に手をかけた。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 41

 嵯峨のカスタムしてくれたサブマシンガンを片手に誠はゆっくりと07式の残骸に近づいていった。強烈な異臭が彼の鼻を覆い思わず手を口に添える。
「そんなに警戒する必要は無いと思うぞ。この地域はほぼ制圧していたからな、反政府勢力も先ほどの光景を目にしていれば手を出してくることも無いだろうし」 
 そう言うのは警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐だった。彼女の部下達も明らかにおびえている誠の姿が面白いとでも言うように誠の後ろをついて回る。原野に転がる07式の姿は残骸と呼ぶにしては破壊された部分が少ないように見えた。近づくたびに、異臭の原因が肉が焼けたような匂いであることに気付く。
 突然、その内部からの爆発で押し破られたコックピットの影で動くものを見た誠はつい構えていたサブマシンガンのトリガーを引いてしまった。
「馬鹿野郎!味方を撃つんじゃねえ!」 
 そう言って両手を挙げて顔を出したの要だった。安心した誠はそのまま彼女に駆け寄る。
「すいません……ちょっと緊張してしまって……」 
「フレンドリーファイアーの理由が緊張か?ずいぶんひでえ奴だな……見ろよ」 
 要には今、誠に銃で撃たれそうになったことよりも、コックピットの中が気になっていた。彼女にあわせて07式のコックピットを覗き込んだ誠はすぐにその中の有様に目を奪われた。
 その中には黒く焦げた白骨死体が転がっていた。付いていたはずの肉は完全に炭になり、全周囲モニターにこびりついているパイロットスーツの切れ端がこの死体の持ち主がすさまじい水蒸気爆発を起こしたことを証明していた。
「典型的な人体発火現象ですね」 
 誠は思わず胃の中のものを吐き出しそうになる衝動を抑えながらつぶやいた。人体発火現象は遼州発見以降、珍しくも無い出来事になっていた。それが法術の炎熱系能力の暴走によるものであると世間で認識されるようになったのは、先日の誠も参加した『近藤事件』の解決後に遼州同盟とアメリカ、フランスなどの共同声明で法術関連の研究資料が公開されるようになってからの話である。
 人間の組成の多くを占める水分の中の水素の原子組成を法術で変性させて、水素と酸素を激しく反応させて爆発させる。この能力は多くは東モスレムなどのテロリストが自爆テロとして近年使用されるようになっていた。コストもかからず、検問にも引っかからない一番確実で一番原始的な法術系テロだった。
「ひでーな。こりゃ」 
 誠が見下ろすと小さな上司、ランがコックピットの中を覗き込んでいる。
「クバルカ中佐。法術防御能力のある07式のコックピットの中の人物を外から起爆させることなんてできるんですか?」 
 誠は小さな体でねじ切れた07式のハッチについたパイロットスーツの切れ端を手で触っているランにたずねてみる。
「理屈じゃあできないことじゃねーけどさ。広範囲の法術がすでに発動している領域にさらに介入して目標を特定、そして対象物を起爆させるってなれば相当な負荷が使い手側にもかかるわけだが……。でもこの有様じゃあそれをやってのけたわけだ……その怪物みたいな法術師は」 
 ランが感心しながらコックピットの上のモニターに乗って後ろ向きに中を覗き込む。
「あとは技術部の仕事になりそうだな。見ろ」 
 隣で狙撃銃を肩から提げて振り返るマリアの視線の先にはゆっくりと降下してきている『高雄』の姿があった。
『みんな無事?大丈夫なの?』 
 通信機から艦長であるリアナの心配そうな声が聞こえてくる。
「ああ、大丈夫だ。うちは足首を捻挫した馬鹿が一名出ただけだ。それと……」 
 マリアががけの下をのぞき見ると駆け足で駆け寄ってくるカウラの姿があった。
「第二小隊は全員無事です。それに東和陸軍の三人の協力者も」 
 カウラの言葉にコックピットの上に乗っかっているランも頷いた。
 『高雄』を見上げる誠達に向かって小型の揚陸艇が進んでくる。
『あんまり動かさないでくれよ。そいつは重要な資料なんだから』 
 珍しく仕事熱心なヨハンの巨大な顔が通信端末に拡大される。
「おい!エンゲルバーグ。一言言っていいか?」 
 ニヤニヤ笑いながら要が怒鳴る。
『そんなにでかい声で……なんですか?』 
「痩せろ!」 
 要がそう言うと同意するとでも言うように倒れている07式を取り巻いているフル装備の警備部の兵士達が笑う。
『西園寺大尉。人の体型とかをあげつらうのは良くないことだと思うんですけど……』 
 消え入りそうな声でそう言ったレベッカに巨体をゆすらせて頷くヨハン。
「それはオメエもそうだろ?」 
『私はそんなことは言いません!』 
 そう言って大きすぎる胸を揺らしながら怒ってみせるレベッカ。誠がそのやり取りを聞きながらカウラに目をやってしまう。カウラはレベッカの胸を見ながらぺたぺたと自分の胸を触る。
「やっぱり天然はだめだ。それよりロナルドの旦那とは連絡がついたのか?」 
 そう言って画面を切り替えた要。誠もなんとなく彼女に従ってチャンネルを変える。『高雄』の艦長の椅子が映し出されるが、そこにはリアナの姿が無かった。
『おいしいわね……このお饅頭。え?八橋もあるの?じゃあお茶に……あ?通信!大変、大変!で、要ちゃん?』 
 すっかり休憩モードで日本茶をすするリアナに要のタレ目がさらにタレてリアナを見つめる。
「お姉さん、露骨に休憩しないでくださいよ。一応ここは戦闘区域なんですよ」 
『ごめんね、隊長からの差し入れが届いたのよ。胡州名産生八橋よ。それに……』 
「帰ってきたんですか?叔父貴」 
 明らかに要が不機嫌なのを察知した誠だが、そのようなことを考えるリアナではなかった。
『まだよ。先にお土産を送るって新港に届いたのよ。だって生八橋は早く食べないと駄目になっちゃうじゃないの。大丈夫。一人あたり一箱くらいあるから』 
「あのアホ中年……一人一箱も生八橋食うかってえの!」 
 要は着陸しようとする揚陸艇から降りてくるヨハン達に手を振りながら苦笑いを浮かべる。その後ろに続いて下りてくる整備班員の手にはすでにこの場にいる兵士達に配るための生八橋の入ったダンボールが置いてあった。呆然とマリアは狙撃銃を背負いながら走ってきた下士官から八橋の箱を受け取った。
「要、まったくそのとおりだな。こんなに食べたら口の中大変なことになるな」 
 マリアは手にした箱を脇に抱える。それをランが不思議そうな顔をしながら見つめている。
「生八橋?」 
「ああ、クバルカ中佐は知らないかもしれませんね。日本の京都の名産だそうですが、胡州の生八橋も有名なんですよ。あの国は公家文化の国ですから」 
 マリアはそう言うとダンボールから大量の生八橋の箱を取り出す整備兵を苦々しげに見つめている。
「ああ、要もシュバーキナ少佐もこれは苦手でしたね」 
 そう言うとマリアに手渡そうとした生八橋の箱を取り上げるカウラ。
「そうね、私が食べてあげるわ」 
 同じくすでに着陸していた輸送機から歩いてきたアイシャが要の生八橋を取り上げる。
「おいしいですよ。もったいないなあ」 
「そうでしょ?誠ちゃん。ほら、私達はソウルメイトなのよ!」 
 誠の手を取り胸を張るアイシャ。誠は苦笑いを浮かべながら風に揺れるアイシャの濃紺の長い髪を見て笑顔がわいてくるのを感じていた。
「そう言えば明華の姐御はどうしたい!」 
 整備班の兵長からアルミのカップに入れた日本茶を受け取りながら要がそうたずねた。兵長はすぐに隣で07式の回収のためにワイヤーを巻きつける作業を指揮していたレベッカに視線を向けた。
「ああ、部長ですか?明石さんと輸送機で第四小隊が篭城していた基地に向かいましたよ」 
 そう言うとレベッカは再び作業に戻る。
「島田の馬鹿を殴りに行ったのかな」 
 要の言葉に、アイシャは彼女の肩に手をやって呆れたように首を振る。
「わかって無いわねえ。二人は婚約者よ。色々話したいこととか……」 
「あのなあ、一応仕事だぜ、アタシ等がここにいるの。別にそんな帰りゃあいくらでもいちゃつけるんだから……」 
 かわいそうな目でお互いを見つめあう要とアイシャ。その滑稽な姿にカウラと誠は噴出した。
「おい、何がおかしいんだ?」 
「おかしいところなんて無いわよねえ、要ちゃん」 
 抗議する要とアイシャを見てさらに誠とカウラは笑う。
「オメー等。くっちゃべっている暇があるなら撤収準備を手伝えや」 
 ランはそう言うとそのまま東和軍の部下達のところに走っていく。
「クバルカ中佐!八橋!」 
 三つの八橋の箱を持ったヨハンが巨体を揺らして走っていく。箱を受け取って笑顔を浮かべるランを横目に見ながら要が視線をヨハンに向ける。
「とりあえず何かできることあるか?」 
「あ、西園寺大尉。とりあえず05式でこの残骸を運ぼうと思うんですけど……あの通信施設に東和の機械を載せてる輸送機じゃこれの情報が東和空軍に筒抜けになるから上空の『高雄』の格納庫まで引っ張りあげないと……」 
 八橋を食べ始めたヨハンを制したレベッカはそう言うと落ちかけたメガネをかけなおす。その姿になぜか口を尖らせながらカウラがレベッカの前に出た。
「一応、私が第二小隊の隊長だ。そう言う指示は私を……」 
「細けえこと気にするなよ。どうせやることは同じなんだ。カウラ、起動すんぞ!それと神前のこの馬鹿長いライフルはどうするんだ?」 
 そう言うと要は目の前の誠の05式乙型の手にある非破壊法術兵器を指差す。
「仕方が無いだろ。神前はそのまま『高雄』に帰還だ。私と西園寺でこいつを引っ張りあげる」 
 カウラはそう言うと自分の05式に向かって歩き始める。要はレベッカの不釣合いに大きな胸をしみじみと眺めた後にため息をつくと去って行った。
「あのう、神前君。私何か悪いこと言ったかしら」 
 長崎出身らしく微妙な訛りのあるイントネーションで誠に話題を振るレベッカ。
「いやあ、なんでしょうねえ」 
 誠はただ二人が見ていたのはレベッカの胸だと言うわけにも行かず、ただ愛想笑いを浮かべながら隣に立つ自分の機体に乗り込む。
「ああ、あの人の天然にも困ったもんだな」 
 そう独り言を言うと、誠はコックピットに乗りこんだ。ハッチが降り、装甲版が下がってきた。朝焼けの中、誠は重力制御システムを起動させ、05式で上空に滞空する『高雄』に向かった。
「第二小隊!三番機。帰等します」 
『お疲れ様!誠君』 
 複雑な表情の誠に笑顔のリアナが口に八橋をくわえながら答えた。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 40

「ずいぶんと変わった兵器を開発したものですね」 
 そう言って片膝をついて桐野孫四郎は、地平線から黄色い泡のようなものが立ち上る地平線を見つめていた。空は白み始め、現在降下中の同盟軍の救命部隊と治安維持部隊がこの地域にも多数派遣されると思うと桐野の表情は冴えなかった。
「いいのですか?これではあの茶坊主の思う壺じゃないですか」 
 桐野の声は明らかに不満を込めたものだった。茶道の師範でもあるところから『茶坊主』と言われることもあるかつての上官嵯峨の高笑いを思い出し桐野の表情が曇る。
 だが、彼の前に立つ長髪の大男はそのようなことはどうでもいいとでも言うように黙ってあわ立つ地平線を眺めていた。桐野は目の前で微笑んでいるこの現在の雇い主の素性には興味は無かった。ただ人が斬れると彼の後ろでチューインガムをかんでいるアロハシャツの男、北川公平に誘われたからこの地にいるだけだった。
 だが見せられたのは桐野のかつての上官の指揮する保安隊の活躍と新兵器の威力だけだった。
「桐野君。君はやはり人斬り以上にはなれないようだね」 
 長髪の男は低い声でそう桐野を評した。そのあざけるような調子に桐野は腰の刀に手を伸ばす。だが、その時振り向いた男の目に桐野は背筋が凍った。哀れむような瞳だが、そこには何の感情も無く、ただ強者が弱者を見つめる時の圧倒的な自信の裏打ちだけがあった。
「この兵器は役に立たないと思っているだろうな嵯峨君は。見たまえ、法術兵器に対応した装備を備えている遼南の投降兵の07式のパイロットは干渉空間を展開してこの攻撃を無効化することができたじゃないか。私が助けてあげなければあの哀れな青年も今頃は07式のサーベルの熱線で蒸発していたんじゃないかな」 
 空が次第に薄明に染め上げられていく中、再び地平線に目をやる長髪の男。着陸した輸送機に破壊された07式を積み込んでいる保安隊の様子を見ながら彼は満足げに笑っていた。
「つまりだよ、この兵器の対処法などすぐに開発されることは確実なんだ。おそらく嵯峨君はそれを見込んでこの事件にあの兵器を投入したんだろうね。切るべきタイミングで思い切りよくカードを切れる。彼は優秀なギャンブラーになれるかもしれないな……彼は。」 
 噛んで含めるようにつぶやく男。そう言われてしまうと桐野は何も言い返すことができなかった。
「ですが、わざわざ嵯峨に手柄を与えて奴の提唱する遼州同盟の権威が向上すれば厄介なことになるんじゃないですか?同盟が我々の意図の気づけば必ず先頭に立ってくるのはあの連中ですよ。自信をつけてきた素人ほど厄介な敵はいませんから」 
 そう言ってみる桐野だが、彼の雇い主はそんな言葉を鼻で笑い振り向くこともせず話し始めた。
「同盟の権威向上?良いじゃないか。私もこの星で生まれた存在だ。その権威が向上していつかは地球と伍していけると考えるとそれはすばらしいことだと思うよ。まあ、嵯峨君と私の考えの違うところは彼が地球と同格の存在にこの星をしようとしているのに対して、私はそんなことでは不十分だと感じていると言うところだ」 
 そう言って男は笑っている。明らかに自分のような暴力馬鹿を軽蔑しているような調子で話す男に桐野は面白いはずが無かった。だが、彼は見てしまっていた。
 07式が保安隊三番機に捨て身の攻撃を仕掛けた時、この男は遥かに離れた距離にある高速で移動中の07式のコックピットの内部に干渉空間を展開させそれを炎上させた。おそらくパイロットは自分が燃え尽きようとしていることを気づく時間も無く消し炭になったに違いない。その正確無比な力の制御と空間干渉と炎熱の二つの力を極力押さえつけながら目的を達成する判断力。確かにこの男はあの桐野にとっては軽蔑すべき転向者である嵯峨以上の力を持っているのは間違いなかった。
「太子。まもなくこの付近には『高雄』の先発隊が到着する予定のようです」 
 二人のやり取りを薄ら笑いを浮かべてみていた北川の言葉に『太子』と呼ばれた長髪の男は振り返った。
「なら我々は消えるとしよう」 
 静かにそう言った『太子』と呼ばれた男の周囲が光で包まれた。そして上り始めた朝日が彼らの周りを照らそうとする瞬間。三人の人影が消えた。
 その上を巡航速度で飛行している『高雄』は彼らの存在を知ることも無く、作業中の第二小隊回収のための先発部隊を発進させていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 39

『むー……』 
『どうしたんだ?西園寺。くしゃみでも出るのか?』 
 誠の05式はすでにすべての射出準備を終え、モニターで先発を切るカウラと後詰の要の二人の顔がモニターに浮かんでいる状態だった。
『噂話でもしてるのかねえ。ったくどこの馬鹿だ』 
 サイボーグ用の特殊なその特徴的なタレ目を隠しているゴーグルのついたヘルメットの下で閉じた口と鼻を動かす要。笑みを浮かべながらそんな要をからかうカウラ。
『投下予定ポイントまで一分!』 
 菰田の叫び声と共に輸送機は大きく傾いた。
『このまま対空射撃でどかんは勘弁してくれよ』 
 ようやく落ち着いた要の口元にいつも戦線に立つ彼女特有の薄ら笑いが口元に浮かんでいるのが見える。誠は何度も操縦棹を握りなおした。手袋の中は汗で蒸れている。気が変わり右手で腰の拳銃に手をやる。
「落ち着けよ少しは」 
 そう言って笑う要に誠もただ苦笑する。
『レーダーに反応!9時の方向より飛行物体3!信号は東和陸軍です!』 
 パーラの鋭い声。誠のモニターに今度はパイロットのヘルメット姿のランが映った。
『待たせたな!どこの機体だろうがオメー等は落させねえよ!予定通り侵攻しろ!』 
 ランの言葉に合わせるようにして輸送機が再び大きく傾く。
『ハッチ開きます!』 
 それまで三体のアサルト・モジュールを眺めていた整備班員が次々に隣の加圧区画に消えていく。
『カウント!テン!ナイン!エイト!……』 
 パーラのカウントが始まるとカウラのヘルメットの中の顔が緊張して引き締まって見える。誠はその姿に目を奪われた。
『射出!』 
『一号機!カウラ・ベルガー、出る!』 
 誠の機体が一号機のロックが外れた反動で大きく揺れる。そして一号機をロックしていた機器が移動して誠の機体が射出ブロックに押し込まれる。誠は自分の05式乙型が装備している長い非破壊広域制圧砲を眺めた。
『大丈夫だって。そいつを入れての飛行制御システムは完璧なんだ。自信を持てよ』 
 そんな要の言葉を背に受けた誠は黙って操縦棹を握りなおした。
『カウント!テン!……』 
『私は信じているから』 
 パーラのカウントの声にかぶせるようにアイシャの一言が聞こえた。誠は呼吸が早くなるのを感じる。手のひらだけでなく背中にも汗が染みてきていた。
『ゼロ!』 
「神前誠!出ます!」 
 パーラのカウントに合わせて誠が叫ぶ。
 がくんと何かが外れるような音がした後、レールをすべるようにして05式乙型は輸送機から空中へと放り出された。シートに固定されていた体に浮遊感のような感覚が走った後、すぐさま重力がのしかかるがそれも一瞬。すぐに重力制御の利いたいつものコックピットの状態になりゆっくりと全身の血流が日常の値へと戻っていくのが体感できる。誠はそのまま機体の平行を保ちつつ、予定ルートへと反重力エンジンを吹かす。要の言ったとおり、長くて重い法術兵器を抱えていると言うのに誠の乙式はいつもと同じようなバランスで降下していくカウラ機のルートをなぞって誠の機体は高度を落して行くことができた。
 誠の機体の高度は予定通りの軌道を描いて降下を続けていた。そこに突然未確認のアサルト・モジュールから通信が入る。
『進行中の東和陸軍機及び降下中のアサルト・モジュールパイロットに告げる!貴君等の行動は央都条約及び東和航空安全協定に違反した空域を飛行している。速やかに本機の誘導に……何をする!』 
 イントネーションの不自然な日本語での通信が入る。誠は目の前を掠めて飛ぶ機体に驚いて崩したバランスを立て直す。ヨーロッパの輸出用アサルト・モジュール『ジェローニモ』。空戦を得意とする軽アサルト・モジュール。西モスレムの国籍章を付けた隊長機らしい機体が輸送機に取り付こうとしてランの赤い機体に振り払われた。
『邪魔はさせねーよ!菰田、そのまま作戦継続だ!』 
 ランの叫び声にモニターの中のパーラが指揮を取るアイシャを見上げていた。
『作戦継続!要、アンタのタイミングでロックを外すわよ』 
『任せとけって……3、2、1、行け!』 
 要の叫び声が響くが、誠にはそれどころではなかった。一機のジェロニーモが誠の進行方向に立ちはだかっていた。手にした法術兵器が作戦の鍵を握っている以上、誠は反撃ができない。それ以前に相手はバルキスタン紛争に関心と利権を深く持っている同盟加盟国の西モスレム正規軍機である。
『空は任せろよ!2番機、3番機は神前機の護衛に回れ!あれが墜ちれば終わりだ!』 
 誠はひたすらロックオンを狙うジェロニーモから逃げ惑う。手にしている馬鹿長い砲を投げ捨てて格闘戦を挑めば万が一にも負けることの無いほどのパワーの差があるのが分かっているだけに、誠はいらだちながら逃げ回る。
 そこに敵にロックオンされたと言う警告音が響く。誠が目を閉じる。
 ランの部下の89式が目の前のジェローニモに体当たりをしていた。バランスを崩して落下するジェローニモ。
「ありがとうございます!」 
『仕事だ、気にするな。アタシのレーダーでは他にあと四機邀撃機があがりやがった。しかも東和陸軍のコードをつかってやがる……こっちは落とせるな。これからは輸送機の護衛任務に専念するからあとはカウラ、何とかしろ』 
 その通信が切れると誠の機体のレーダーには取り付いていた三機のジェローニモがランの部隊の威嚇で誠達から距離を置いたと言う映像が浮かんでいた。
『対空砲火、来るぞ』 
 ジェローニモから逃れるために回避行動を取っていた誠の機体に追いついてきていた要の2番機が手にしたライフルで地上を狙う。すでに高度は千メートルを切っていた。誠の機体のレーダーには今回の標的である反政府軍のアサルト・モジュール2機と三十両を超える車両の存在が写っている。
 誠の機体をすり抜けるように要のライフルが火を噴いた。現在基地のレーダーは使用不能ということもあり機体のスタンドアローンのレーダーの扱いに慣れていないのか、まったく無抵抗に敵のアサルト・モジュールは撃破された。
『あまり派手に動くな!あくまで目標地点への到達が主任務なんだからな』 
 カウラはすでに禿山の続くバルキスタン中部にふさわしい渓谷の合間に機体を降下させていた。
『でもまあ駄賃くらいは……』 
 要はそう言うとライフルを腕のロックに引っ掛けると残りの一機のアサルト・モジュールにサーベルを抜いて突撃する。反政府軍の明らかに錬度の低いパイロットは何もできずに胴にサーベルが突き立つまでただ浮いていただけだった。
『駄目だこいつ等、話にならねえよ。それにしてもこんなのに遼南の正規軍が降伏したって本当か?』 
 要はすぐに無駄に小火器や戦闘機相手の対空兵器で攻撃を仕掛けてくる反政府軍の攻撃を無視してカウラの降下した地点へと向かう。
『遼南軍だからな。あそこは逃げるのと降伏するのは十八番だ』 
 そう言いながらカウラはアイシャから送られた最新の近隣の地図を誠機と要機に送信する。
『現在敵対勢力の集中している地点は想定された状況とほぼ一致している。これからは陸だ。行けるな?』 
 淡々と語りかけるカウラ。要と誠は大きく頷いた。そして深夜の山岳地帯、敵の車両の残骸が散見される開けた土地に着陸を果たした。深夜の闇の中、草木一つ無い荒れた山肌が続く。三機の保安隊第二小隊の05式が並んで進軍していた。着陸阻止に動いた反政府軍には追撃の様子は今のところ無い。機動兵器の数を考えれば彼等が戦力の温存を図っていることは明確だった。だが、誠には一つの疑問が頭に浮かんだ。
「カウラさん。こんなに通信つかっちゃって大丈夫なんですか?」 
 突然の質問にカウラは口を開いたまま固まった。要にいたっては笑い始めている。
『それは……』 
『私から説明するわ』 
 ためらうカウラに管制任務を遂行しているアイシャが口を挟んだ。
『誠ちゃんの法術能力に依存したアストラル通信システムを使用しているのよ。つまり誠ちゃんがターミナルになって各通信の制御を行っているわけ。まあそれほど強い力を必要とするわけじゃないから安心してね。当然思念系通話だから敵にそれなりの力のある法術師でもいない限り傍受は不可能よ』 
 モニターの中で笑うアイシャ。カウラは進撃の指示を出す。
「つまりこの作戦は僕がすべてを決めるんですね」 
 そう言いながら誠には同じような光景が頭を駆け巡る。
 先週の実業団野球のピッチング、大学野球での押し出し、高校時代のサヨナラエラー。
『硬くなるなよ。アタシ等がついているんだから』 
 要の言葉に誠は現実に引き戻された。目の前の川に沿って比較的整備された道が続いている。
『この道路を破壊する余裕はなかったようだな。とりあえず最有力候補のルートを通る』 
 カウラはそう言うと機体のパルスエンジンに火を入れる。震えるような一号機の動きに合わせて誠もエンジンの出力を上げていく。
「では僕も!」 
 そう言うと誠はすべるように道路を南に進攻して行く。
『まだレーダーに反応なしか。つまらねえな』 
 要の言葉に不機嫌になるアイシャ。
『こちらは何とかめどは立ったが……しかし撃墜せずにお帰り頂くってーのは面倒だな』 
 ランの言葉に安心する誠。正規軍との接触が最小限で済んだことは作戦終了時の始末書の数と直結することが頭に浮かんでいただけに大きなため息が自然と漏れた。
『まあちび姐御も役に立つんだな』 
『でけー口叩くじゃねえか!口に似合う仕事はしてくれよ。そうでなければあとでちゃんと落とし前つけてもらうからな』 
 笑いながら叫ぶラン。誠はレーダーをチェックする。このレーダーも法術系の技術が導入されていることは誠も聞かされていた。微弱な反応が続いているのは孤立しながら街道沿いの拠点を警備する政府軍部隊が展開していることを意味するが、彼らはアサルト・モジュールと戦える兵器を保有していないようでじっと動かずにいた。
『反政府軍への援軍が先か、アタシ等の到着が先か。こりゃあ見ものだ』 
 要がいつもの不謹慎な笑みを浮かべていた。
『もうそろそろシュバーキナ少佐からの誘導通信が入るはずだがな』 
 カウラの言葉に要が表情を緩める。
『なんだ、マリアの姐御はこんなところで油売ってたのか』 
『油を売っていたわけでは無いわよ。誠ちゃんの使用する法術兵器の範囲指定ビーコンを設置してもらっていたの』 
 アイシャの言葉に納得したと言うように頷く要。
「でも敵の主力が集まってる地点なんてどうやって割り出したんですか?確かにマリアさん達警備部が特別任務で隊を離れていて、その間にビーコンを設置したと言うのは分かるんですけど……、反政府軍のアサルト・モジュールの所有が判明したのは三日前……!」 
 誠は自分で言いながら気がついた。反政府軍がアサルト・モジュールを所有するに至った経緯もその侵攻作戦でどの侵攻ルートが使用されるかも、そして政府軍がどこで反政府勢力を迎え撃つかもすべて分かった上で嵯峨は胡州へ旅立ったと言うこと。
『なに難しい顔をしてるんだ?』 
 要が口元だけ見えるサイボーグ用ヘルメットの下で笑っている。
「西園寺さんはいつごろ気づいたんですか?隊長がこの混乱の発生を知っていたってこと」 
『まあ叔父貴が胡州の殿上会に出るなんて言い出したころからはある程度何かがあるとは思ってたな。まあうちは『近藤事件』については実績があるから。出口の近藤を叩けば当然入り口のカントを叩くってのは当然だろ?これで『近藤事件』は解決するわけだ、アタシ等にとってはな』 
 闇の中に吸い込まれそうになるのを感じながら要の言葉をかみ締めるようにして誠は前方を見つめていた。
『運がいいというべきかそれとも何かの意図があるのか、それは私も分からないが自分の手でけりをつけるのは悪くないな』 
 先頭を行くカウラの言葉に誠も頷いた。
『おい、神前!アタシだとなんだか腑に落ちない顔してカウラだと納得か?ひでえ奴だなオメエは』 
「そんなつもりは無いですよ!西園寺さんの言うことももっともだと思いますよ!」 
『西園寺さんの言うこと『も』?やっぱりアタシはついでかよ……!』 
 要が急に表情を変える。そして誠の全周囲モニターに飛翔する要の機体の姿が飛び込んできた。
『敵機か?』 
 闇は瞬時に火に覆われた。パルスエンジンの衝撃波を利用してミサイルを誘爆させる防衛機構であるリアクティブパルスシステムで未確認機から発射された誘導ミサイルが炸裂していた。
『各機!状況を報告』 
 落ち着いたカウラの言葉に火に包まれた誠は正気を取り戻した。
「三号機……異常なし!」 
『二号機オールグリーン!ってレーダーに機影が無いってことは車両か……それとも自爆覚悟の防御陣地か?』 
 ライフルを構えながら先頭に着地して周囲を見回す要。誠も全周囲モニターに映る小さな熱源が動き回っている有様。小型の車両の荷台に不釣合いに大きな荷物。それがおそらく小型地対地ミサイルであることはすぐに分かった。
『まずいぞこれは反政府軍の時間稼ぎだ!西園寺、先頭を頼む!』 
 カウラはそう言うと後詰に回った。
『はなからアタシに任せりゃ良かったんだ。とっとと片付けて酒でも飲もうや』 
 そう言うと要はパルスエンジンの出力を上げていく。誠も遅れまいと機体を軽く浮かせた状態で要機の後ろを疾走した。
 悪寒がした。誠はレーダーに目をやった。映ったのは小さな反応ではなかった一瞬では数を把握できない明らかにアサルト・モジュールと分かる機影が低高度で接近を続けている。
「敵影多数!こちらに!」 
『馬鹿野郎!多数なんざ見りゃわかる!数言え!』 
 わざとらしく誠を罵ると要は一気に加速をかける。
『誠ちゃん。マリアお姉さんの位置が分かったわ。転送するからすぐに向かって!』 
「そんな!要さんが突撃して……」 
『神前曹長!これは命令です!すぐに向かいなさい!』 
 厳しい表情のアイシャに誠は何も言えずに転送された地図を見て南西へと急いだ。
『大丈夫だ神前。私もいるんだ!』 
 カウラはそう言いながら誠機を守るように進軍する。視界から消えた要の機体と敵の部隊が接触したことがレーダーで分かる。
「大丈夫ですよね」 
 誠は気づいた。自分の言葉に懇願するような響きが混ざっていることに。だが、カウラは首を左右に振ると誠を先導するようにマリアの出す通信の地点へ機体を進める。
『まずいわね。回り込んだのがいるわよ。5機。動きが早いから西モスレムからの義勇兵でも乗ってるかもしれないわ』 
 画面の中で珍しく神妙な顔をしたアイシャが親指の爪を噛んでいるのが目に入った。
『仕方ないわ。クバルカ中佐!』 
『わあってるよ!まあ条約だとかは嵯峨のおっさんに任せることにしてこっちはアタシがひきつける!カウラと誠はそのまま進撃しろ!』 
 誠の機体のレーダーで輸送機の護衛に回っていたランがすさまじいスピードで降下していた。
「凄い……」 
『感心している場合じゃないぞ!』 
 カウラの声と目の前が爆炎に包まれるのはほぼ同時だった。そして誠の頭にズキンと突き刺さるような痛みを感じる。
「法術兵器?炎熱系です!」 
 カウラの機体も炎に包まれていた。誠はすぐさま干渉空間を展開しようとする。
『力は使うな!たかだかテロリスト風情に私が遅れをとるわけがないだろ!』 
「でも!」 
 誠はそれ以上話すことができなかった。モニターの中のカウラのエメラルドグリーンの瞳が揺れている。
『行け!神前!』 
 ランが敵の遊撃部隊と接触しながら叫んでいる。
「じゃあ!行きますから!」 
 誠はそう叫ぶとマリア達警備部の派遣部隊から出されている信号に向けて機体を加速させた。
「やっぱり付いてくる……二機」 
 誠は自分の機体の武装を確認する。両腕が法術兵器でふさがっている以上、本体の固有武装に頼るしかなかった。ミサイル系ならば旧式のM5ならどうにか対抗できるが、05式と一つ世代の違うだけのM7に出くわせば目くらまし程度の効果しか期待できない。
「逃げおおせればいいんだ」 
 自分に言い聞かせる誠だが、明らかに全身の筋肉が硬直していくのを感じている。
 そんな脳裏によぎるのは最悪の展開を見せた場面ばかり。練習試合のサヨナラ死球。サードの守備の隣を抜けていく白球、そして肩に違和感を感じた大学四年の春のマウンド。一度ネガティブになった心に鼓動が高鳴る。そして視線はレーダーの中で接近を続ける二機の敵アサルト・モジュールの信号に吸いつけられた。恐怖。心はその言葉で満たされて振り回される。
「やっぱり無理ですよ……僕には……」 
 アイシャに聞かれているにもかかわらず誠は自然にそうつぶやいていた。
『そうね、そんなに心が弱いようじゃこれから生きていくのも難しいかも知れないわよ』 
 頭の中で言葉がはじけた。それは通信システムを通して発せられたものではなかった。
「アイシャさん!」 
 誠は叫んでいた。
『言いすぎだぞ!アイシャ。誠!アタシは信じてるからな!お前の根性見せてみろよ!』 
 次に響いたのは要の声だった。誠は我に返り、モニターでも捉えられるようになった二機のM5の姿に視線を移す。
『やれるはずだ。お前は私達の希望だからな』 
 カウラの声に誠は口元をぎゅっと引き締めた。
「格下相手ならこれで十分!」 
 三人に火をつけられた誠の心。むやみにレールガンを乱射するM5の弾道はすべて誠が無意識に形成していた干渉空間にはじかれる。
「こっちも丸腰じゃないんだ!」 
 雄たけびと同時に誠は全ミサイルを先頭に立つM5に向けて発射した。
 ミサイルは一斉にM5を捉えてまっすぐ突き進んでいく。方向を変えようとしたM5の上半身に降り注いだミサイルの雨に形も残さないほどに砕け去る敵。僚機を失って残りのM5はひるんでいるのが誠の目にもわかった。レーダーに映る敵影は要、カウラ、ランの活躍により次第に数を減らしていく。
『神前!早くしろ。予定時刻より1分以上遅れているぞ!』 
 通信に割り込んできたのはマリアだった。漆黒の荒涼とした山並みの中に光のサインが見える。
「一気に行きますよ!」 
 そう言うと誠は法術非破壊砲のバレルを展開させながら一気に山を一つ飛び越え着陸地点を確保しているマリアの隊に合流を果たした。
 誠は山並みに機体を無事に着陸させる。いつもの危なっかしい着陸を見せられている警備部の面々は、そんな誠に賞賛の拍手を送った。タクティカルベストに小銃のマガジンを巻きつけた兵士達の笑顔も誠の痛い機体のコックピットの中のモニターに映っている。すぐさま誠はコックピット座席の後部からキーボードを引き出し、模擬戦で何度と無く叩いたコードを入力していく。
「効果範囲ビーコン接続作業開始!法術系システムを主砲に充填開始!必要時間……2分!」 
 同じくマリアの部下の誘導でカウラの機体が着陸する。
 法術兵器の出力ゲージが臨界点に近づいていく。だが、これで三度目と言う射撃の効果範囲は最大300kmと言う範囲である。演習場での範囲が30kmだったところから考えればそれは明らかに広すぎる範囲だった。
「ヨハンさんも認めてくれたんだ。行ける!いや、やるんだ!」 
 静かにつぶやく誠。足元ではマリアの部隊が向かい側の稜線に向けて射撃を開始していた。
『すまない神前。また渓谷沿いに待機していた敵アサルト・モジュールが起動したとの連絡だ……』 
「大丈夫ですよ、カウラさん。僕は一人でやれますから」 
 レーダーを見る余裕も誠にはなかった。それどころか次第に全身から力が吸い取られていく感じに誠は戸惑っていた。それは目の前で赤く輝き始めた法術兵器の銃身に命が吸い取られていくような感覚だった。
 カウラはマリア達が射撃を続けている山並みから現れたアサルト・モジュールに向かってエンジンをふかす。
『やばいわよ、あれは遼南帝国軍の機体!おそらく反政府軍に寝返った機体よ!まったく本当に役に立たないどころか邪魔以外の何者でもないわね、遼南は!』 
『そんなことははじめから分かってたことだろ?アイシャ!降伏した遼南軍のデータをよこせ!』 
 アイシャと要のやり取りも、今の誠には他人事のように感じられた。遼南軍の弱さは誠も知っている遼州ジョークのひとつだった。だがそんなことを考える余裕は誠には無かった。
 目の前に輝く赤い砲身。そこから発射される思念介入粒子にすべてをかける。誠に今できるのはそれだけのことだった。
「エーテル波正常。アストラルリンク、第四段階までクリアー!」 
 誠はただ何も見えない空間に伸びる銃身だけに神経を集中する。カウラの表情が誠のモニターの中で歪んでいるのがわかる。彼女を苦戦させる敵に誠は一瞬レーダーに目をやった。そこに光るのは遼南軍のアサルト・モジュールの識別信号を出している敵機だった。
『パルチザン化か!まったく遼南軍にはプライドが無いのか?』 
『いまさら何を言っても仕方が無い!あと少し……』 
 カウラの刺のある言葉、マリアの願うような叫び。誠の視線は臨界点に近づきつつある法力ゲージに視線を移した。
「カウント!テン!ナイン!エイト!セブン!……」 
 自動的にカウントを開始する口。誠は機体と自分が一体になっていることを感じた。砲身は血を思わせる暗い赤色から次第に灼熱の鋼のようなまぶしい赤に色を変えつつあった。もう止められない。誠はそう思いながら精神を集中する。
『範囲指定は完璧だ!行け!』 
 マリアの言葉に誠は目の前の地図に浮かぶビーコンの位置に精神をさらに高揚させる。次第に目の前の空間が桃色に光り始め、そこからあわ立つように金色に光る粒が地面からあふれ出てくる。
 そこに突然光りだす地表から生えてきたとでも言うように黒いアサルト・モジュールが姿を現したのに誠は叫びを上げるところだった。先ほど起動したと言う遼南から反政府軍に寝返った機体。法術対応型の証の様に干渉空間を展開しながら一気に誠の機体に距離を詰めていく。保安隊の05式と同じようなフォルム。そして動きの切れはM7などとは違い明らかに最新世代のアサルト・モジュールの動きだった。
 さらに近づくたびに肉眼でも見える干渉空間を展開している敵は、M7などを改造した取ってつけた法術対応型のなどではなく遼南正規軍配備の最新の機体であることを示していた。
『なんだと!新型?07式?聞いてないぞ』 
 通信機から要の声が響く。だが、誠はすでに法術非破壊兵器の発射体勢に入っていた。
『誠!』 
 要が叫ぶ!
『誠ちゃん!』 
 アイシャの悲鳴。
『誠』 
 カウラは言葉を飲み込んだ。
『間に合え!』 
 ランは一気に機体を降下させた。
 誠の目の前で07式がサーベルを振り上げて向かってくるのが分かった。
 だが、誠は操縦棹の先の法術兵器の起動ボタンを押すこと以外何もできなかった。
「行けー!」 
 誠の叫びと共に目の前の赤く光る空間を炎が飲み込むように周囲を真っ赤に染める。進んでくる敵機も、足元のマリア達警備部の兵士達もすべてが赤く染まる。それだけではなかった。逆流するように誠の機体の後ろにも赤い炎は広がり、旧式のM5やM7の動きが引きつったように大きく跳ね上がった直後に力なく地面に倒れこんでいく。
 だが、目の前の07式は一瞬ひるんだだけで赤い炎の中を誠に向けて突き進んできている。サーベルが振り上げられ、誠はただ砲身を抱えたままでそれを受けるしかないように思った。
 だが、不意にその07式がコントロールを失ったように足をもつれさせた。次の瞬間、コックピットの中から破裂するように装甲版がめくれあがり、そのまま誠の機体を避けるように倒れこんで動きを止めた。
 誠はそのようなことを無視してひたすら指定範囲に効力が発生するように機体のバランスを保った。そして地図上の効果範囲は次第に赤く染まり、それがすべてを多い尽くした時、次第に法術兵器の砲身はその赤いきれいな光を弱めて行った。
 闇夜が赤く染まる。全周囲コックピットの大半を赤いやわらかい光が多い尽くした。
『これが……』
 カウラはそれだけ言うと口を一文字にかみ締める。モニターの中の要もアイシャも驚いたように口を開けていた。
「ふう……」 
 ようやく終わった。そう言うように誠はシートに体を預けてため息をついた。そして同時に着陸して07式の隣でライフルを構えているランのホーン・オブ・ルージュに目をやった。
「クバルカ中佐……」 
『言いてーことは分かるよ。だがそれはアタシ等の仕事じゃねーんだ』 
 ランも気づいていた。誠が目の前に07式を見つめた時、明らかにその機体を捕捉している法術師の気配を感じていた。その力の感覚は先日アイシャと喫茶店でお茶を飲んだ時に感じた法術師の雰囲気と似すぎていた。
『そんな悠長なこと言ってられるのかよ!普通じゃねえぞ!こんなところでわざわざ法術を使うなんて全うな市民のすることじゃねえ!テロリストかなんだろ。すぐに追っ手をかけてだなあ』 
『西園寺大尉!速やかに当該地域の敵勢力の排除しなさい』 
 アイシャの声が高らかに響いた。画面の中でサイボーグ用のゴーグルを無理やりはがして頬を膨らましている要。誠も要の気持ちが痛いほど良くわかった。
『指揮官殿の命令だ。西園寺、07式を回収しろ』 
 淡々とした調子でカウラが要に命じる。
『カウラちゃんは甘いわね。まあいいわ。すでに『高雄』はこの空域に進行中よ。積荷は食料と医薬品など、これから法術兵器の効果で倒れたあらゆる人命の救助を担当することになるわ。法術兵器の効果についてはすべての観測地点で十分なアストラルダメージ値を観測しているから私達の仕事はこれで終わり。そのデータの調査はシュペルター中尉のお仕事だもの』 
 アイシャはそう言うとそれまでの緊張した面持ちから変わって、柔らかい視線を誠に向ける。
『本当にこれで終わり?なんだかあっけないな。それに実際の効果が出てるかどうかは見てみないと分からねえんじゃねえのか?』 
 すでにタバコをくわえている要を見ながら誠も頷いていた。
『ああ、それなら大丈夫よ。サラが一目でわかるデータを送ってくれたわ。見る?』 
 アイシャはそう言うと画像を一枚転送してきた。
 そこに写っていたのは地面に大の字になり失神する技術部整備班長島田正人准尉の姿だった。周りの部下達は倒れて泡を吹く上官の顔に落書きをしている。
『あの馬鹿、実験してみるとか言って干渉空間遮断シェルターから出てモロに誠ちゃんの攻撃を受けてみたみたいなのよ』 
 呆れたように笑うアイシャ。要は二枚目の画像で真正面から捕らえた島田の表情がつぼに入ったのかタバコを吐き出して笑い始めた。誠もあとで確実に告げ口されるだろうとは思いながら、いつもはクールな兄貴を気取っている先輩の島田の間抜けな失神した顔に声を上げて笑い始めていた。
『任務完了!第二小隊撤収!』 
 安堵したような笑顔を浮かべているカウラの一言に誠は敬礼をした。

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遼州戦記 保安隊日乗 3 改訂版 38

「ブゴっ!!……」 
 痛みが右のあばらに走り、勢いをつけた体は土蔵に叩きつけられた。肺に肋骨が刺さったような感覚が支配し、口元からはだらだらと血が流れ落ちる。後頭部は土蔵に打ち付けた傷みでしびれていた。
「父上!」 
 そう叫び声をあげて縁側から飛び降りて駆け寄ってきたのは彼の娘、嵯峨楓だった。
「ふー……」 
 嵯峨惟基は視線を目の前で木で作った薙刀を構える妙齢の女性を前に木刀を杖代わりにしてよろよろと立ち上がった。
「無理ですよ!そんな!」 
 悲鳴にも近い娘の言葉に口元だけで笑いを返そうとするが、喉の奥から吐き出される大量の血にむせるとそのまま膝から崩れ落ちた。
「ここまでね」 
 紫の小紋の留袖にたすきがけしている女性、西園寺康子は静かに薙刀を下ろした。
 かつての遼南帝国の栄光時代を築いた将軍カグラーヌバ・カバラの三女であり、嵯峨にとっては血縁では叔母に当たる人物である。西園寺家に嫁いだ当時は秘匿されていた遼州系の中でも稀有なほどの法術の適正を見せ、『西園寺の鬼姫』と呼ばれることもある法術の使い手だった。力の使い方、剣の使い方をすべて彼女に学んだ嵯峨にとっては天敵と言えるような存在だった。
 血まみれの父親を抱きかかえていた楓が自分の体が黒い霧のようなものに覆われていくのを感じて思わず抱えている父親を突き飛ばしていた。
「なに驚いてるんだ?ひでえじゃねえか……」 
 言葉を話すことすらつらいと言うように体勢を立て直そうとする父からその不気味な霧は発生していた。折れ込んだあばらが次第に元の姿に直り、額や右肩から流れている血も次第に止まっていく。
「父上?」 
 その不思議な有様に楓は父に手を伸ばす。
「やっぱ久しく本気で剣を振っていなかったのがいけないんですかね、姉上」 
 縁側に腰掛けて先ほど楓が運んできた玉露をすする康子は黙って頷く。嵯峨は咳き込んで肺にたまっていた血をすべて吐き出すと何事も無かったかのように立ち上がった。
「父上?」 
 楓はただ呆然と父である嵯峨を見つめていた。法術師の中のごく一部に見られる強力な自己再生能力の発現。その能力を父が持っていることは物心ついたころに何度か冗談で手に穴を開けてはその直る様を見せると言う少し考えてみれば異常ともいえる父親の芸を見て笑っていた時代から分かっていた。
「私も新ちゃんと稽古するのは久しぶりだから張り切っちゃった」 
 伯母である康子の無邪気な言葉に楓は肩をなでおろした。楓が二人の勝負を見ていたときは思わず運んできた玉露を落しかねないものだった。
 父の剣術の腕、そして干渉空間の時間軸をずらすことで発動する人間の限界を超えた動きですら康子の前には子供の遊びとでも言うべきものでしかなかった。一方的に薙刀の攻撃が嵯峨の急所を狙い放たれる。なんとかそれをかわそうと木刀を繰り出す嵯峨だが、着実にその一太刀一太刀ですぐには回復不能なダメージを受ける。
 そして立ち上がって楓の運んできた湯飲みに手を伸ばす嵯峨だが、その稽古着は朝下ろしたばかりだというのにすでにぼろ雑巾のようになっている。
「それにしても新ちゃんの回復力は早いわよねえ」 
 嵯峨のことをいつも伯母が『新ちゃん』と呼ぶのは嵯峨が遼南を追われ、西園寺家に引き取られた時に名乗った『西園寺新三郎』と言う旧名によるものだとは知っていたが、楓はこの抜け目の無い策士でもある父を『新ちゃん』と呼ぶ伯母の態度にいま一つなじめなかった。
「まあ力が封じられていた時もこれだけは何とか使えましたからね。まあ意識に依存するもんで不安定なのが玉に瑕ですが」 
 そう言いながら照れ笑いを浮かべると嵯峨は湯飲みの玉露を飲み干した。
「そう言えば楓。転属の件は片付いたのか?」 
 嵯峨は肩をまわして先ほど康子に砕かれた右肩が直ってきているのを確認していた。
「ええ、すべて書類上の手続きは終わりましたから」 
「そうか」 
 それだけ言うと嵯峨は湯飲みを置いて立ち上がる。そのまま手にしていた木刀を正眼に構えすり足で獅子脅しのある鑓水の方へと歩み寄っていく。
「ああ、そうね。要ちゃん元気かしら」 
 あっけらかんと康子が娘の名を呼んだ瞬間、嵯峨親子は微妙に違う反応を見せた。
 明らかに困ったことを言われたなというように木刀を納めて、照れ笑いを浮かべながら姉を見つめる嵯峨。頬を赤らめて遠くを見つめるような浮ついた視線をさまよわせる楓。
「私もね楓ちゃんと要ちゃんが結婚するのが一番いいように思えてきたのよ。確かに女同士だけど前例はあるって新ちゃんも言うし……」 
「それはそうなんですがねえ……」 
 口答えをしようとした嵯峨だが、康子に見つめられるとただ口を閉じて押し黙るしかなかった。
「楓ちゃんなら安心よね。お父さんとは違ってきっちりしてるし」 
 楓の後ろに白い幅のある髪留めでまとめられた黒く長い髪を撫でながら再び彼女の父親に視線を送る康子。ごまかすようにして廊下を小走りに走る人影に嵯峨は目を向けた。そこには西園寺家の被官である別所晋一がいつもの寡黙な表情のまま楓の座っているところまで来ると片膝をついて控えた。
「大公殿」 
「大公殿は二人居るよ。どっちだい」 
 嵯峨の投げやりな言葉に別所は視線を嵯峨の方に向けた。
「では泉州公。明石から連絡で作戦開始時間になったそうです」 
「そうか」 
 嵯峨はそれだけ言うと再び木刀を手にして立ち上がり素振りを始めた。
「父上、心配ではないのですか?」 
 別所の言葉を聞いて静かに問いかける楓。だが、嵯峨はまるで表情を変えずに素振りを続けるだけだった。
「大丈夫よ楓ちゃん。要ちゃんもついているんだから。それに新ちゃんの話では今度の作戦の鍵になる誠君ていう人は結構頼りになるみたいだし。ねえ、晋一君」 
 その勇名で知られる康子に見つめられ、ただ別所は頭を垂れるだけだった。
「ああ、別所。オメエが長男で無けりゃあこいつと……」 
「僕は認めません!」 
 嵯峨の与太話を思い切りよく否定する楓。そしてただ頭を下げる別所に嵯峨は諦めたような笑いを浮かべるしかなかった。
「どうもねえ、こんなふうに現場に立てねえってのは……つらいもんだねえ」 
 そう言って木刀を納めて縁側に戻る嵯峨を康子はいつにない鋭い視線で見つめていた。
「大丈夫よ。要ちゃんがうまく動いてくれるわよ。なんといっても私の娘なんですから」 
 嵯峨は姉のその迷いの無い言葉に複雑な笑みを浮かべることしかできなかった。

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