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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 60

「餌の鮮度が落ちたのかねえ。さっぱり食いつかないよ」 
 革ジャンを着たサングラスの男。北川公平はただ同盟軍事機構本部ビルの一室から乾いた北風の吹きすさぶ東都の町を眺めていた。
「どういうことでしょうか?」 
 そう丁寧にたずねたのは同盟軍事機構の東和の代表である菱川真二大佐だった。北川は諦めたようなため息をつくと軍の高官である菱川を尻目に応接ソファーに体を投げた。
「なあに、知識の開拓に熱心な研究者の連中には警告はしましたから仕事を急いでもらえると思ったんですがね」 
 北川の言葉にさらに菱川は首をひねる。そこに北川の携帯の着信音が響いた。
「では情報が入り次第お知らせしますから」 
 そう言うとそそくさと立ち上がり、そのまま部屋を出て扉が閉まるのを確認してようやく端末の回線を開いた。
「はい?」 
『俺だ』 
 向こう側の低い声の持ち主を特定すると北川の表情がゆがんだ。
「桐野さん。俺の予定表も知っているでしょ?今かけてくるのはやばいですよ」 
 苦々しげにつぶやく北川だが、電話の向こう側にいる桐野孫四郎。通称『人斬り孫四郎』はまったく気にしていないというようにからからと笑った。
『なあにそのときは一人の悪趣味な男が世界から消えるだけだ。別に困ることも無い』 
 あっさりとそう答える桐野に唖然とする北川。
「その悪趣味な男から言わせて貰いますがね、これは太子の知っている作戦行動なんですか?」 
 桐野が示した法術師の能力研究を目的とする地下研究所の支援の案。それを独断で北川に突きつけたときからそのことが気になっていた。法術師の支配する銀河の秩序を建設する。それが彼等の主である長髪の男『太子』の意思だった。だが、法術能力の強制発動研究などはその理想とは外れていると北川は思っていた。
 不思議な話だが北川は主である『太子』の名前すら知らなかった。恐らく桐野も同様だろう。ただ圧倒的な法術師としての力とさまざまな場所へのネットワーク。そして強靭な意志は北川が従うべき人間の器と言うものをはるかに超えた人物であると言うことだけは知っていた。身元も遼南王家の庶流の出と北川は推察しているがそれ以上を尋ねる勇気は北川には無かった。
『太子はご存知では無い。我々に協力したいと言う人物の紹介で俺は動いている』 
 そうあっさり言い切る桐野に北川は呆れた。はじめから桐野には期待はしていなかった。ただの人斬り、死に行く敵の断末魔の声を聞きたいだけの殺人鬼に過ぎない桐野に何を言うつもりも無い。今回も彼が待ち焦がれている『同類』だと言う保安隊隊長嵯峨惟基をおびき出したい一心での作戦なのだろう。
「それじゃあ俺はいつでも証拠を消せるようにしておきますから」 
 そう言って北川は一方的に電話を切った。
「まったくただの人殺しらしく隠れていてくれると良いんだがな」 
 そう言うと北川は行きかう軍事機構の兵隊達の群れに身をまぎれさせた。

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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 59

「同盟の軍事機構か。そりゃあ虎を引きずり出したようなもんだな。それにこの面子。全員軍籍は東和陸軍か……」 
 要のタレ目は笑っていなかった。吉田はその組織図にいくつかのしるしをつけていく。その数に誠は圧倒された。
「近藤事件で押収した資料に名前の載っている人間がこんだけ。隊長も目をつけている人物達だ。当然これまで近藤事件の裏帳簿を隊長が握りつぶしたことで弾劾を切り抜けてはいるが近藤中佐の帳簿が表ざたになればどういう処分が出るか……」 
 そこまで言うと吉田は笑みを浮かべる。隣ではまるで話を理解していないようなシャムがニコニコして猫耳をいじっている。
「あの帳簿の公表は最後の手段だからな。表に出れば同盟での各国の待遇をめぐる不満が噴出すのは目に見えてる」 
 要はそう言ってそのまま自分の端末に目を向ける。
「道理で情報が集まらないわけだ」 
 そう言ったのはサラと一緒に画面を覗き込んでいた島田だった。頭を掻きながら天を仰ぐ。
「東和陸軍を相手にするのは厚生局の面々も避けたいでしょうからね。でもそうなると同盟軍の情報機関がこの事件の調査を始めるんじゃないですか?」 
 島田の意見に誠も頷いた。そんな二人とサラを見て吉田は呆れたような顔をする。
「同盟軍の連中が調査を始めて今回の事件の肝である法術師の能力強制開発の技術を手に入れたらどうなると思う?あの連中は本音では地球ともう一回ガチで喧嘩したい連中だ。一騎当千の法術師を大量生産して一気に地球に派遣して大混乱を起こす。そして軍の侵攻」 
「勝敗は別としてもかなり見るに耐えない光景が展開されるのは確実だな」 
 要の言葉を聞くまでも無く誠は状況を理解した。
「でもそうすると研究施設を発見しても軍にばれたらエンドじゃないですか!」 
「そうでもないぜ」 
 慌てた誠の言葉を要がさえぎる。そして端末を操作して誠の画面を切り替えた。そこに映るのは近藤事件に関与が疑われている同盟軍事機構の上層部の将官達の名前だった。
「こちらも手札はあるんだ。研究所をアタシ等が先に発見すればこの上層部の連中が遅れて研究所の存在に気づいても無茶は出来ない。誰もが自分がかわいいからな」 
 こう言うときの要は晴れやかな顔になる。胡州軍上層部から嫌がらせに近い扱いを受けてきただけに彼女のそのサディスティックな笑顔にも誠は慣れてきていた。
「それでも調査は一刻を争う状況だな。西園寺。コイツと行ってこい」 
 そう言って吉田は誠の肩を叩く。
「始末書、作ってくれよな」 
 要の言葉にしぶしぶ頷く吉田。シャムは迷いが消えたような要の顔を見て笑顔を浮かべる。
「俺達は?」 
 取残された島田。吉田は見つめられるとそのまま自分の席へと立ち去る。すがるような視線を受けているシャムも目をそらしてそのまま自分の席へと向かう。
「ちゃんと私服に着替えろよ」 
 要はそう言うと立ち上がって端末を停止させている誠を見下ろした。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 58

「でも……僕達を監視しているって宣言してみせる意味が分からないんですけど」 
 そんな誠の言葉に落胆した表情を浮かべるのは要だった。
「あのなあ、アタシ等の監視をしていると言うことはだ。いずれこの監視をしている連中の利害の範囲にアタシ等が関わればただじゃすまないぞ、と言う脅しの意味があるんだと思うぞ。実際、物理干渉型の空間展開なんかを見せ付けているわけだからな。どんな強力な法術師を擁しているか分かったもんじゃねえよ」 
 頷く誠。そしてようやく吉田の手から脱出したシャムが誠の端末の画面を覗き込んできた。
「なんでこんなことしたのかな」 
「アホか?今の話聞いてただろ?」 
 そう言うと始末書の作成に取り掛かる要。だが、シャムは相変わらず首をひねっている。
「だって、ただ邪魔をしたいとか監視していることを知ってほしいなら、直接要ちゃん達に仕掛ければ良いじゃないの」 
 シャムの何気ない一言にランが顔を上げた。
「そうか!カウラ、車は出せるか?」 
「ええ、良いですけど……始末書は?」 
「そんなものはどーでもいーんだよ!」 
 ランはすぐに立ち上がって背もたれにかけてあったコートを羽織る。カウラも呆然と様子を見ている要を無視して立ち上がった。
「どうしたんですか?」 
 心配そうな誠の声にランは満面の笑みを返す。
「そうなんだよ!アタシ等に直接攻撃を出来ない理由がある連中を当たれば良いんだ」 
 そう言ってドアにしがみついている楓の肩を叩いて出て行くラン。それをカウラは慌てて追った。
「なんかアタシ言ったの?」 
 呆然と立ち尽くすシャム。誠も要もランのひらめきの中身が何かと思いながら仕事に戻ろうとした。
「知りたいか?」 
「うわ!」 
 誠は耳元に突然囁きかけてきた吉田に驚いて飛び上がる。それを見て笑みを浮かべる吉田。
「何か知ってるのか?」 
 要のいぶかしげな顔に吉田は首筋からコードを取り出して端末のスロットに差し込む。いじけていた楓と渡辺も寄り添うようにして吉田の捜査している誠の端末の画面を覗きこんだ。
「つまりだ、お前等に直接邪魔をすると困る。言い換えれば司法局に介入されると困る人が悪趣味な人体実験の片棒を担いでいると言うことはだ」 
 そう言う吉田が画面に表示させたのは同盟の軍事機構の最高意思決定機関の組織図だった。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 57

 さすがにやりすぎたかと思いながら端末に集中しようとした誠の視界に、島田が久しぶりに見る整備班員のつなぎ姿で廊下を見ながら部屋に入ってきたのが見えた。隣にはサラがニヤニヤ笑いながら廊下の騒動を眺めているのが見える。
「ベルガー大尉。あれ、何とかした方が良いですよ」 
 そう言って隊長室の辺りを指差す島田。カウラとランが飛び出していく。誠もつられてついていって見ると要にしがみつきながら泣いている楓とドサクサ紛れに胸を揉む彼女の手をつねり上げている要の姿が見えた。
「あれは一つのレクリエーションだからな」 
 カウラはすぐに引き返して仕事を続ける。
「どうなんだ、そっちは?」 
 ひとたび呆れたようにそのまま席に戻ったランが島田に声をかける。頭を掻きながら要達の騒動を見つめているサラを振り返ると諦めたような笑みを浮かべる。
「どうもねえ。口が堅い人が多いのか、それとも本当に何も知らないのか微妙なところでしてね。とりあえず今日は独自のルートで捜査するからって茜お嬢さん達は出かけたわけですが……」 
 明らかに煮詰まっているのがわかって誠も島田に同情した。
「アタシ等も第三者に監視されている状態だしな。どこかの馬鹿が要みたいに状況にいらだって動いてくれると楽なんだけどなー」 
「不謹慎な発言は慎んでください」 
 ランの言葉に突っ込むカウラ。それを見て舌を出すランを見て誠は萌えを感じていた。
「でもこの監視している画像を撮った人は何者なんですかね」 
 誠の言葉にランは首をひねる。実働部隊の詰め所のドアにはようやく楓を引き剥がした要が息を荒げて部屋に入ってくる。
「それか?出所は在東和遼南人協会のサーバーからのアクセスだそうだ」 
 そう言って自分の席に座る要。楓は廊下で指をくわえて要に熱い視線を送っている。
「初めて聞く名前ですね。それってどう言う組織ですか?」 
 誠の何気ない発言にカウラが失望したようにため息をつく。
「遼南内戦で敗北した共和軍の亡命者が作った団体だ。主に構成員は前政権の官僚や軍の関係者が多かったが、最近では東海の花山院軍閥の関係者が多いな。一時期の人民党の圧政や経済の混乱で発生した難民の相互利益の確保を目的としていると言うのが建前だが実際のところは嵯峨朝とその後の政権の悪口を喧伝して回っている暇人の集団だ」 
 カウラの言葉に要が苦々しげにさらに話を続けた。
「表向きはそうだが実際には裏ルートでの物資の流通を管理していると言う話もある……まあ胡散臭い団体だな。近藤事件でも資金のロンダリングを近藤忠久中佐に頼んでいた資料はお前も見てるはずだから覚えておけよ」 
 その言葉でようやく誠も親胡州系のシンジケートの中にその名前があったのを思い出した。
「でもなんでそこの関係者がこんな画像を撮れたんですか?」 
「サーバーを使ったからってこのビデオの撮影をした人間が在東和遼南人協会の関係者とは限らねーだろうが」 
 キーボードを叩きながらランが突っ込む。
「無関係では無いとは思うが少なくとも吉田にそのサーバーを介して情報を流す意図を持った人物が、アタシ等の監視をしていることを印象付けたかったと言うことは間違いないだろうな」 
 要はそう言って自分の端末の画面を開いた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 56

「おっこられた!」 
 実働部隊の詰め所に響くシャムの叫びを無視して、ランは自分の机にたどり着くと端末を起動する。猫耳をつけたシャムが絡み付こうとするが、その襟首を吉田が掴んでいる。
「離せー!」 
 暴れるシャムだが120kgの重さの義体の吉田を動かすことは出来なかった。
「でもいきなり街中で発砲なんて……」 
 つい誠の口をついてそんな言葉が出ていた。
「東都戦争のときの方が凄かったらしいぞ。シンジケートの抗争が24時間絶え間なく行われていたんだからな」 
 そう言うとカウラも自分の端末を起動する。仕方ないと言うように誠も席についた。いつものように第四小隊は任務中で空。奥で第三小隊の三番機担当のアン・ナン・パク軍曹が一人でかりんとうを食べていた。
「二人とも今のうちに日常業務を済ませておけよ。忙しくなるかも知れねーからな」 
 始末書を書き始めたランの一言。カウラも端末の画面に目が釘付けになっている。起動した画面を誠は見つめて呆然とした。
 そこには銃撃戦を行うランと要の姿とその射線から逃げる胡州陸軍の戦闘の様子が映っていた。
「どこでこんな映像!」 
 誠は目を疑った。回り込もうとした胡州軍の一個分隊を法術の干渉空間がさえぎっている。壁にぶつかるように倒れる兵士達。ビルの屋上らしくこの画像を撮影した人物の足が見える。
「これって……」 
「今頃見たのか?吉田のところに匿名で奇特な方から直接送られてきたそうだ。世の中意地の悪い奴もいるもんだな」 
 ランはキーボードを叩きながらつぶやく。干渉空間を展開しているのはランでは無かった。まるで銃撃戦が激しくなるのを期待しているようなその法術師の意図に恐怖すら感じた。
「でも法術が展開されている気配は無かったんですよね?」 
 誠の言葉にランは手を休める。
「物理干渉系の能力は発動してもあまり精神波は出ねーからな。それにこっちだって銃撃戦で相手の防弾チョッキに弾を的確に当てるのに手一杯だったし。弱装弾を用意しておいて正解だったわ」 
 そう言って再びランはキーボードを叩き始める。
「誰かが我々を監視していると言うことだな」 
 カウラの冷静な言葉に誠は再び画面に目を向ける。発砲する胡州軍兵士の前に遼北軍の暴動鎮圧用の装甲車が飛び込んで銃撃戦は終わった。そして回り込もうとした分隊を大麗軍の戦闘服の一団が包囲する。
「結構凄い状況だったんですね」 
 耳元でアンの言葉が響いて思わず誠は身をのけぞらせた。その態度に明らかに落ち込んだ表情を浮かべるアン。
「そんなに嫌いですか?僕のこと……」 
 しなを作るアンにただ冷や汗を流す誠。カウラに視線を投げた誠だが彼女はすでに資料の整理を始めている。
「そう言うことじゃなくて……ああ、俺は仕事があるから!備品の発注は……」 
 ひたすらごまかそうとする誠をさびしそうな瞳でアンは見つめていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 55

 保安隊隊長室。保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐は渋い顔で目の前の部下達を眺めていた。隊長の机の前に立たされている誠。膝が震えているのが自分でもすぐにわかった。銃口に囲まれ、同盟軍の指揮官に罵倒されも包囲されている要達を説得して、そのまま護送車両で司法局に送られて豊川の本部までたどり着いた。
 ともかくさまざまな出来事に振り回された誠の頭の中は何も考えられない状況だった。
「で?」 
「ですから今回の件に関しては私の見通しの甘さが原因であると……」 
 幼く見えるランが銃撃事件の責任を一人でかぶろうとする。その姿はあまりにもいとおしくて誠は抱きしめたい衝動に駆られた。隣で立っているカウラも同じように思っているようでじっとランを見つめている。
「まあ起きちゃったんだからしょうがないよね。けが人が無かったのは何よりだ。おかげで何とかマスコミにはばれないで済んだけど」 
 そう言って手元の端末の画面を覗きこむ嵯峨。
「今後は気をつけます!」 
 ランの言葉に頷いた後、嵯峨は要を見つめた。
「……出来るだけ自重します」 
「そう」 
 嵯峨は端末のキーボードを素早く叩く。
「一応決まりだからさ。始末書と反省文。今日中に提出な」 
 ランと要に目を向けた後、そのまま端末の画面を切り替えて自分の仕事をはじめる嵯峨。ラン、要、カウラ、誠は敬礼をするとそのまま隊長室を後にした。
「大変ねえ」 
 部屋の外で待っていたのはアイシャだった。要はつかつかとその目の前まで行くとにらみつける。
「タレ目ににらまれても怖くないわよ」 
 挑発するように顔を近づけるアイシャだが、その光景を涙目で見ている楓の気配に気おされるように身を引いた。
「お姉さま!」 
 心配そうな顔の楓はそう叫ぶと要に抱きついた。
「嫌です!僕は嫌です!せっかくお姉さまと同じ部隊になれたのに!お姉さまが解雇なら僕も!」 
「誰が解雇だよ?おい、アイシャ」 
 楓に抱きつかれて身動きできない要が逃げ出そうとしているアイシャを見つける。
「デマは止めておけ」 
 そう言うとカウラは呆れたように実働部隊の執務室に向かう。誠が見回すとランの姿ももう無かった。
「神前!見捨てるのか?テメエ!」 
 しかしこの二人に関わるとろくなことがないだろうと思えてきたので、誠はそのまま要を見捨てて実働部隊執務室へと入った。
「仲が良いのか、悪いのか」 
 そう言って笑うカウラ。部屋の中では外の三人の漫才をはらはらしながら見つめている渡辺の姿があった。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 54

 その時、突然カウラの携帯端末が着信を告げた。取り出したカウラの前には発砲する要とそれを見ながら端末を覗きこむランの姿があった。
「中佐!大丈夫ですか!」 
 思わずカウラが叫ぶのを聞くとランは苦笑いを浮かべた。
「要の馬鹿がやりやがった!相手は胡州軍の駐留部隊だ」 
 そう言うと画面から離れてサブマシンガンで掃射を行うラン。そして全弾撃ちつくすとマガジンを代えて再び端末に向かう。
「隊長には連絡したから向こうの発砲も収まるだろうが……どうせ拘束されるから身柄の引き受けに来てくれ」 
 ランは通信を切った。
「何やったんだ?あの無鉄砲が」 
 そう言うとカウラはメロンソーダを飲み干してホルダーに缶を差し込む。そのままエンジンをかけて車は急加速で租界の入り口へ向かう幹線道路へと走り出す。
「胡州軍か。これは隊長の大目玉は確実だな」 
 カウラはそうつぶやくとさらに車を加速させる。瓦礫を運ぶトレーラーの群れを避けながら進むカウラのスポーツカー。再び端末に着信を知らせる音楽が流れる。
「頼む、見てくれ」 
 そう言われるまま手に取った端末には死んだ魚の目の嵯峨が映っていた。
「おう、駐留軍の基地に向かってるか?」 
「ええ、今急行しています」 
「うむ」 
 誠の返事を聞くと頭を掻く嵯峨。隣に目をやるのはそこに吉田がいるからだろうと推測がついた。
「同盟軍とはやりあいたくは無いんだけどな、いつかは世話になるかもしれないし。だが起きたものは仕方が無いよね。ベルガー、頼んだぞ。あくまで穏便にな」 
「了解しました!」 
 そのまま通信は途切れた。
「理由は?なんで撃ちあいなんかに?」 
「ああ、そうか。説明してなかったな」 
 急ハンドルを切って幹線道路に飛び出すカウラ。ようやくパトランプを点灯させそのまま租界へと向かう。
「例の志村とか言うチンピラを追って胡州軍の資材管理の部署までたどり着いたんだそうだ。今日はそこの調査に出るって話だったんだが。定時連絡ではそこで明らかにおかしい明細を提出している士官がいるって事で二人はその人物の身柄の確保に動いたんだ。だが、この状況からいてその部署どころか駐留軍の部隊長クラスが糸を引いてたらしいな」 
 そう言うカウラの前には租界のバリケードが見える。急ブレーキで臨検の兵士の直前で車を停止させるカウラ。バリケードの影から兵士達がわらわらと沸いて車を囲い込む。
 誠は銃口を向けられながら取り囲まれる雰囲気に圧倒されて両手を挙げて周りを見渡した。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 53

 誠達が捜査と言う名の散歩をはじめてから一週間の時間が流れた。いつの間にか世間は師走の時期に入り、地球と同じ周期で遼州太陽の周りを回っている遼州北半球の東和も寒さが厳しい季節に入った。ランが指定した建物の調査と言う名目で訪問した建物は100を超えたが、誠もカウラも法術研究などをしているような施設にめぐり合うことは無かった。そもそも調査した建物の半分が廃墟と言ったほうが正確な建物だった。5年前の東都中央大地震の影響で危険度が高まり放置された廃墟の内部構造の様子と生活臭がありそうなごみの山を端末で画像に収めながら歩き回るのが仕事だった。
 その日もいつものように液状化で傾いたため放棄された病院の跡地の調査を終えて、車に戻った誠にカウラが缶コーヒーを投げた。熱いコーヒーを手袋をした手で握りその温度を手に感じる。
「ありがとうございます」 
 そう言うと誠は缶コーヒーのプルタブを開けた。
「やはりここも外れだな」 
 寒さにも関わらず冷たいメロンソーダを飲んでいるカウラのエメラルドグリーンのポニーテールを眺めていた誠に自然と笑みが浮かんだ。
「何か良いことでもあったのか?」 
 ぶっきらぼうに答えるカウラの視線につい恥ずかしくなって誠は視線を缶に向けた。
「それにしても島田先輩達は何をしているんでしょうね」 
 ランと要が租界の中で研究用の法術適正者を探して活動しているだろう志村三郎を追っていることは知っていたが、茜が仕切る別働部隊が何をしているのかは誠は知らなかった。
「ああ、嵯峨警視正達は出資者を追っているはずだぞ」 
 カウラの言葉に誠も納得が行った。政府のように無尽蔵に金を捻出して研究成果を求めることの出来ない以上、必ずこの研究には出資している人物がいると言うのもわかる話だった。そしてそう言うことになれば保安隊には最適な人物がいる。
 ハッキングが趣味と公言してはばからない第一小隊の吉田俊平少佐。だが彼でも閉鎖されたシステムの調査まではできるわけが無い。その為に閉鎖システムに枝をつけて本部の吉田が瞬時にチェック、そのあとすぐにシステムの閉鎖の処理を行う。危険とはわかっていても令状の発行が期待できない以上それ以外の方法は無い。
「誰が最初に当たりを引くかですね」 
 何気なく言った誠の一言にカウラが頷いた。海からの強い風が車の冷えたボディーに寄りかかっていた二人をあおる。
「中で飲もう」 
 そう言うとカウラはドアを開ける。誠も助手席に座って半分以上残っている暖かいコーヒーを味わうことにした。
「でもこんな研究の成果を誰が買うんでしょうね」 
 その言葉に冷めた表情で同じ事を言うなと言っているように誠を見つめるカウラがいた。
「ただ自爆するだけの兵器よりは効率的に法術を発動して混沌状態を作り出せる兵士を製造する。それを所持していると言うことを内外に示せればそれなりの抑止力にはなるだろ?数百年前の核ミサイルと同じことだ」 
 カウラの言葉にも誠は納得できなかった。法術の発動が脳に与える負荷については保安隊の法術関連システムの管理を担当している技術部のヨハン・シュペルター中尉から多くのことを聞かされていた。
「急激な法術の展開を繰り返せば理性が吹き飛ぶかもしれませんけど。そうなれば誰もとめることができない」  
 ヨハンの受け売りの言葉をつぶやいた誠。だが彼の前には感情を殺した表情のカウラの姿があった。
「その時はこれまでどおり爆弾として使う。それにいったんノウハウを把握できれば再生産が可能なのは私達『ラストバタリオン』の製造で分かっていることだ」 
 そう言うとカウラはメロンソーダを飲み干してその缶を握りつぶした。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 52

「で、私達はどうすればいいんですか」 
 カウラの一声にサブマシンガンをポーチに入れる作業の手を休めてランが振り向く。
「所轄のお巡りさんが動いてくれないとなるとこれを使うしかねーな」 
 そう言って自分の足を叩くラン。当然彼女の足は床に届いていない。それを見て噴出しそうになる誠だが、どうにかそれは我慢できた。
「しかし広大な湾岸地区を二人で調べるなんて無理があるんじゃないですか?」 
 カウラの言葉に頷きながら誠もランを見つめる。
「組織の壊滅を目指すならそれは当然のそうなるわけだ。アタシもまったくその通りだと思うよ。だがよー、とりあえず実験施設の機能停止を目指すんなら別に人数はいらねーな。これまでは誰も口を出さないから摘発のリスクが低い状態で研究を続けられたわけだが、今度はアタシ等がそれを邪魔しに入る。さらに場合によっては同盟司法局の直接介入すら考えられる状況で同じペースでの研究をする度胸がこの組織の上層部にあるかどうかはかなり疑問だろ?」 
 そうランに言われてみれば確かにその通りだった。人権意識の高い地球諸国の後押しで法術に関する調査には何重もの規制の法律が制定され、その技術開発の管理は厳重なものになっていた。
「でもずいぶんと消極的な話じゃねえか。相手の顔色を見ながらの捜査って気に入らねえな」 
 コーヒーを飲み終えた要がつぶやく。
「しかたねーだろ。もし……と言うかほぼ確定状況だが同盟厚生局の偉い人が一枚かんでるかもしれないんだ。安城のところの非正規部隊を動かせば間違いなく厚生局の薬物捜査部が対抗処置として動くことになる」 
 そう言って頭を掻くラン。呆然と二人を見比べる誠。
「ああ、神前は知らないかも知れないが薬物捜査部と言うのは同盟厚生局の薬物対策本部の機動部隊のことだ。装備、練度、どちらも東和でも屈指のレベルだ。まあ評判はかなり悪いがな」 
 フォローのつもりのカウラの言葉に誠はさらに疑問を深める。
「分かりやすくいうと薬物捜査部ってのは薬物流通を手がけてるシンジケートに強制捜査を行うための部隊なんだ。全員が遼南レンジャーの資格持ちの猛者ばかりで構成されている部隊ということになってる。急襲作戦、要人略取、ストーキング技術。どれも東和軍のレンジャーや警察の機動部隊がうらやましがる装備と実績がある部隊だ」 
 要の口からレンジャー資格持ちと言う言葉を聞いた時点で誠もようやく話が飲み込めた。薬物流通に関しては東都戦争の頃には胡州や地球諸国が関与していたと言う噂もある。その非正規部隊とやりあってきた猛者、そしてレンジャー経験者を揃える事で生産地への奇襲をこなしてきた部隊。それが動き出せば状況が複雑になるのは間違いないことは理解できた。
「じゃあ……」 
「旗でも掲げて歩き回れば良いんじゃねえのか?『私達は法術の悪用に反対します!』とでも書いた旗持って厚生局の前をデモ行進したら悔い改めてくれるかもしれねえしな」 
「その冗談はもう先人がいるんだ。一昨日の朝刊を見とくといいぞ。まあとりあえずアタシ等は出るからな。今日行って貰う施設はオメー等の端末に送っといたから」
 そう言って立ち上がるラン。要も新聞をたたんで部屋の隅の書棚に投げ込むと立ち上がった。
「神前。早く食べろ」 
 カウラにせかされながら味噌汁を啜る誠を眺めながらランと要は食堂を後にしていった。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 51

「おう、おせーじゃねーか」 
 朝と呼ぶには少しばかり遅い時間だった。事実、出勤の隊員は食堂には一人もいなかった。そしてテーブルには小型のサブマシンガンを組み立てているランが一人、そして奥の席でコーヒーを飲んでいる要がいるだけだった。
「すいません。で、他の方は?」 
 誠の言葉に手にしていたサブマシンガンの組み立ての手を休めたランは上を指差した。そのあたりにはこの寮のエロが詰まっている『図書館』と呼ばれる部屋があった。ダウンロード販売のビデオやゲームをダウンロードするために、アイシャが持っていた最新の通信端末が装備されていることは使ったことのある誠は知っていた。
「昨日の同盟がらみの情報収集ですか?」 
「まーそう言うことだ」 
 そう言うと銃を叩いて組み立てを完了したランはサブマシンガンのマガジンに装填用の専用器具で弾丸を装填していく。
「ああ、それにカウラはシャワーでも浴びてるみたいだぞ。なんなら覗きに行くか?」 
 要の言葉がいつもと同じ明るいものに変わっているのに気づいて誠はそのまま厨房に向かった。味噌汁と鮭の切り身、そして春菊の胡麻和えが残っている。それに冷えかけた白米を茶碗に盛りトレーに乗せて要の前の席に陣取る。仕方なく厨房に向かう誠。
 いつものように味噌汁の鍋の火は落ちていた。だが要が火を入れていたようで味噌汁は少し暖かい。誠はそれをおわんに盛り、冷たくなった鮭の切り身や春菊などの野菜をトレーにのせる。
「そう言えば今日からはお二人で動くんですよね」 
 すぐさま要の正面に腰掛け、一番に味噌汁を口に運びながら要を見上げた。要はコーヒーを飲みながら手に新聞を持って座っている。彼女はネットでリアルタイムの情報を得ることが出来るのだが、『多角的に物事は見ねえと駄目だろ』と誠に言っているように新聞の社説に目を通していた。
「まあな。アタシも足が欲しかったからな。良い機会だ」 
「は?」 
 誠は突然の要の言葉の意味が分からなかった。こういう時は要に聞いても無駄なのでランに目を向ける。
「ああ、こいつ車買ったんだと」 
 あっさりとランは答えた。
「車買うって……」 
 そこまで誠が言いかけたときに背中に気配を感じて振り返る。
「なんだ。まだ食事中か?」 
 そこにはすでに外出用の私服のつもりと言うような紺色のワンピース、そして色がどう見ても合わない茶色のダウンジャケットに着替え終わったカウラが立っていた。そのまま食事を口に運ぶ誠を見ながらカウラはその隣の席に座った。
「車を買っただと?相変わらず金遣いが荒いな」 
「余計なお世話だ」 
 要の言葉を聞くと笑みを浮かべながらカウラは小型の携帯端末を取り出す。そしてカーディーラーのサイトにアクセスすると画面を誠に見せた。ガソリンエンジン仕様の銀色の高級スポーツカーが写っている。
「即金でこれを買った……ってうらやましい限りだな」 
 その値段は誠の年収の8年分程の値段である。そのまま硬直した誠は要を見つめる。
「ああ、やっぱり馬力だけは譲れなかったからな」 
 平然と要はそう言い放ってコーヒーを啜る。確かにスペックでは負けているがそれを見てもカウラは呆れた表情を浮かべていた。助けを求めるように視線をランに走らせるが、ランは小型のバッグにサブマシンガンと予備マガジンをどうやって入れるかを考えていると言う格好で誠に言葉をかけるつもりは無いような顔をしていた。

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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 50

「ああ、そうだ」 
 そう言ってカウラが立ち上がる。端末を片付けるラーナを見守っていた茜と目が会うと茜も立ち上がった。
「ラーナさん。明日にしましょう」 
「え?もう少し西園寺大尉の情報を……」 
「いいから!」 
 サラもラーナの肩に手をかける。仕方なくラーナはバッグに端末を入れて立ち上がる。
「もう終わりですか?」 
 そう言った島田に茜とサラから冷ややかな視線が浴びせられる。
「要さん。少し神前曹長とお話なさった方がよろしいですわよ」 
 茜の言葉にただ要はタバコをくわえてあいまいに頷く。それを確認して笑みを浮かべた茜。サラは空気の読めない島田を引っ張って食堂を出て行く。
 そして要と誠は食堂に取残された。
「アイツ等。気を使ってるつもりかよ……ばればれなんだよなあ!」 
 自虐的な笑いを浮かべた要は相変わらずタバコをくわえていた。
「別に僕は気にしていませんよ」 
「は?何が」 
 要はそう言うと立ち上がりテーブルを叩いた。
「アタシがあそこで娼婦の真似事をしたのは、租界での情報収集に必要だったからだ。それにアタシの体は機械だからな。とうにその時の義体は処分済み……」 
 そう誠にまくし立てた後、再び椅子にもたれかかる。誠は要の吐くタバコの煙に咽ながら頭を掻く要を見つめていた。
 誠はただ一人自分の中で納得できないものがあるようにいらだっている要に何を話すべきか迷っていた。
 だがしばらくの沈黙に根をあげたのは要だった。
「お前はお人よしだからな。流れでどうしようもなくて体を売ってた女って目で見るならそれも良いって思ってたんだけどさ。そんな哀れむような目でアタシを見るなよ。それだけ約束してくれればいい」 
 要は携帯灰皿にタバコをねじ込む。
「きっとカウラさん達も……」 
「まったく……なんだかなあ!お人よしが多くてやりにくいぜ」 
 ぼそりとそう言うと要はいつもの嫌味な笑顔を取り戻す。
「明日からはオメエとカウラで組んで動け。研究施設の規模の予想から湾岸地区のめぼしい建物のデータを送ってやる」 
「要さんは?」 
 笑顔に戻った要。誠の言葉に再びタバコを取り出して火をつけた要はそのまま片手を上げる。
「お子ちゃまと駐留軍や東都に事務所のあるやくざ屋さんを当たってみるよ。おおっぴらに保安隊が動いているとなれば最悪でも研究の中断くらいには持ち込めるだろうしな」 
 そう言って立ち上がる要を誠は落ち着いた心持で見送っていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 49

 すぐに端末の画像が切り替わった。要の脳はネットワークに直結している。こうしてタバコをふかして無駄に天井を見上げているように見えても彼女は情報を管理していた。
「無線周波数の一覧。それと乱数表……でもこれって軍用周波数帯での交信じゃないの?そしてこの周波数帯は……」 
「遼州じゃバルキスタン政府軍ぐらいじゃねーか?もしかしてあの店で……」 
 ランの鋭い視線が要を見つめる。先月バルキスタンの内戦鎮圧に出動した記憶が誠の頭をよぎる。要は椅子を後ろに倒してテーブルに足を乗せた。
「西園寺!」 
「まあ、カウラちゃん抑えてよ。それよりこの周波数帯でどこと連絡していたか。そこまで掴んでるの?」 
 アイシャの言葉を聞くと要はにやりと笑った。そしてタバコを手に再び天井を見上げる。同時に画面が切り替わる。
「同盟機構医療監視財団?」 
 誠の言葉に茜は驚いたように顔を上げた後、ラーナの端末に目を移した。
「同盟厚生局の出先機関か……ずいぶんと大物が出てきたじゃねーか」 
 そう言って小さなランは頭をかいて苦笑いを浮かべながら天井を見たままの要を見た。
「近藤事件以降、法術系の情報の開示を担当していたのが同盟機構の厚生局健康医療関連部門だったな。その出先となればそれなりの人材や情報を抱え込んでるのは当たり前か。それで……おい!」 
 カウラはそう言うと立ち上がって要の肩に手を乗せた。バランスが崩れた。そのまま要はカウラの体重を受けて後ろに倒れ、思い切り後頭部から床に落ちた。
「何……しやがんだ!」 
「ああ、済まん」 
「済まんじゃねえだろうが!」 
 後頭部を押さえて立ち上がる要を見てサラが噴出すのが見える。誠も笑顔で再び画面を見つめた。
「住所が港区港南?」 
 湾岸地区と都心の中間に当たる地域であり、再開発が行われて工事車両が行き来している地域である。
「ビンゴだな」 
 ランはそう言うと茜を見つめた。だが、茜は納得がいかないような表情で画面を見つめている。
「ちょっと安直過ぎないかしら。いくら通信に特殊な設定が必要な軍用周波数帯の電波での情報のやり取りをしているからってあまりにもこれ見よがしにすぎないんじゃなくて?」 
「まあそうなんだけどよー、とりあえず糸口にはなるだろ?まったく無関係なら情報のやり取りをする必要もねーだろうし事情を知っている人間の首に縄でもつけれれば御の字だ」 
 そう言ってランは立ち上がる。
「クバルカ中佐?」 
 誠は椅子から降りてちょこちょこ歩き出したランに声をかける。
「なんだよ!シャワーでも浴びようってだけだよ」 
「お子ちゃまだから9時には寝ないとな」 
 いつもの軽口を吐いた要を一にらみするとランは手を振って食堂を後にする。
「じゃあ私も今日は3本あるから」 
 立ち上がったのはアイシャだった。他の全員が彼女の言うのがチェックしているアニメの数であることを納得して静かに立ち去る彼女を生暖かい視線で見送った。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 48

「ああ、アタシの方か?」 
 そう言うとランの視線は自然とどんぶりを手にしている要の方を向いた。茜は何かを悟ったとでも言うようにそのまま自分の湯飲みを握り締める。
「民間人の協力者を一人見つけたな。そんだけ」 
 吐き捨てるように一言だけ言った要は、立ち上がって自分の湯飲みがあるカウンターの隣の戸棚に向かって遠ざかった。
「駐留軍。感心するくらい腐ってたな。あれじゃー情報も金次第ってところだが……予算はねーんだろ?」 
 ランの言葉に茜は苦笑いを浮かべる。戸棚から自分の湯飲みを持ってきた要がやかんを手にすると冷えた番茶をそれに注いだ。自分の湯飲みだけを持ってきて番茶を勢い良く注ぐ要。そんなときの彼女は不機嫌だと言うことはこの場の全員が知っていたので食堂は重い雰囲気に包まれる。
「研究の目的がはっきりしているんだから組織としてはそれなりの体をなしていると考えると、誰も知らないなんていうのが不自然ですよね。どこかに糸口があるはずじゃないですか」 
 そう言ったのはアイシャだった。誠はそれまで要に遠慮して隣の席から頬などを突いてくる彼女を無視していたがその言葉には頷くことが出来た。
「そうですわね。今回あの租界で拉致された人物が大量に居るという事実。そして監禁してそれで終わりってわけじゃないのですから。法術関係に詳しい研究者。法術暴走の際に対応する法術師。そしてその実験材料に使われる人材の確保をする人。それがあの近辺に潜伏しているとなればどこかで話が漏れていると考える方が自然ですわ」 
 茜はすぐに要を見つめた。手に湯飲みを持ったまま、呆然と天井を見つめている要。だが、彼女も茜の言葉を聞いていたようで一口湯飲みに口をつけるとそれをテーブルに置いて話し始めた。
「携帯端末、持ってんだろ?それを出してみろ」 
 要の言葉に茜の隣のラーナが素早くかばんから比較的モニターの大きな端末を取り出す。その後ろに島田とサラが移動して覗き込む格好になった。誠はアイシャが取り出した端末を覗き込んだ。
 画面には志村三郎の画像とデータが表示されている。
「この男。東都の人身売買組織の一員だ。これまで誘拐容疑で三度、人身売買容疑で二度逮捕されているがどれも証拠不十分で起訴は免れている。まあ、どこで金をばら撒いたのか知らねえが、最近かなり羽振りが良いらしいや」 
 そう言うと要はタバコを取り出して火をつける。画面はすぐに東和でも有数の指定暴力団のデータに切り替わる。
「大物が出ましたわね」 
 苦々しげにつぶやく茜。その言葉に不敵な笑みを浮かべると要は話を続けた。
「どの事件でも共犯者には東都の暴力団の組員が上げられてる。まあ東都の中に商品を運ぶとなれば協力者としては最適の相手だからな」 
「でもこれは臓器取引とか売春組織なんかの関係の取引でしょ?法術の研究なんて地味で利益が出るかどうか分からないようなことやくざ屋さんが協力してくれるのかしら」 
 皮肉るようにアイシャがつぶやくが、タバコをくわえた要はただうつろな瞳で天井に向けて煙を吐くだけだった。
「まあな。だからあたしは直接あの男のところに出向いたわけだ」 
 その言葉に誠は疑問しか感じなかった。そんな誠をちらりと見た要だが、後ろめたいことでもあるとでも言うように目をそらして、タバコの煙を食堂の奥へと吐いた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 47

 寮の廊下。ピコピコハンマーが転がっているのを見つけた要は、それを手に食堂に先行する。そして茜と談笑していたアイシャの背後に回りこむと力任せにその頭にピコピコハンマーを振り下ろした。
「痛い!」 
 その馬鹿力でピコピコハンマーが首からねじ切れて床に落ちる。食堂には茜とラーナ。島田とサラは隣のテーブルで仲良くしゃべっていたがその様子に驚いたように要を見た。
「悪り、ゴキブリかと思った」 
 頭を押さえるアイシャに無表情にそう言うとカウンターに向かって歩く要。
「何すんのよ!ったく……痛いよー誠ちゃん!」 
 そう言ってあまりの出来事に呆然としていた誠にすがりつくアイシャ。その頭にカウラがチョップを振り下ろす。
「何よ!カウラちゃんまで!」 
 アイシャの叫びを無視して通り過ぎていくラン。
「クバルカ中佐も!みんなで無視して!」 
「無視しているわけじゃないんですけど」 
 叫ぶアイシャに仕方なく誠がそう言って彼女の頭を撫でる。話を中座させられた茜とラーナが苦笑いを浮かべている。
「何かあったみたいですね」 
 島田がカウンターで大盛りの白米だけを盛ってかき込み始めた要に声をかけるが、要は無視してそのままテーブルの中央に置かれていた福神漬けをどんぶりに盛った。
「あったみたいね」 
 隣でカレーを食べていたサラもその要の奇行を眺めているだけだった。
「で、そちらの首尾はどうなんだ?」 
 カレーを盛ってきたランがそう言って茜の正面に座る。明らかにご飯の量が異常に多いのはランが辛いものが苦手だということも誠は知ることが出来ていた。
「正直芳しくはないですわね。管轄の警察署や湾岸警察、海上警備隊の本部にも顔を出して情報の共有を計る線では一致したんですけど……」 
「租界に絡むことは同盟機構軍の領域だから駐屯軍に聞いてくれって煙にまかれたわけだ」 
 どんぶりを置いた要の一言。茜は力なく頷いた。
「でも嵯峨捜査官もがんばったんですよ!警察とかの資料の閲覧の許可も取りましたし、専任捜査官を指定していただけるということで……」 
「ラーナ。オメエ、アマちゃんだな。口約束なんていくらでもできるぜ」 
 どんぶりにやかんから番茶を注ぐ要。その行動に明らかに違和感を感じたサラと島田は身を小さくしていつでも逃げられるような体勢をとった。
「でも!」 
「そうですわね。資料の閲覧許可は向こうに断る理由が無かっただけですし、専任捜査官の選定権限はあちらにあるんですもの。その選定がいつ行われるか、どのような人材が選ばれるかは私達ではどうすることも出来ませんわ。結局は私達だけでなんとかしないといけない状況は変わりませんわね」 
 湯飲みを傾け少し口を湿らすような茜。カレーを盛ってくれたカウラから受け取り誠は静かにさらにスプーンを向ける。
「それでクバルカ中佐の方はいかがなのかしら」 
 茜の言葉にランは辛さに耐えるというように顔をしかめながら、サラから受けとった水で舌をゆすいでいた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 46

「カウラ。そいつは……」 
 要の表情が曇る。カウラも自分の言葉が要の心に刺さったことに気づいて黙り込んだ。
「そいつは物を知らない、胡州の構造を知らない人間の台詞だな」 
 相変わらずうつろな瞳の要をじっと誠は見つめていた。
「アタシが入った陸軍は親父とは対立関係にあった組織だ。爺さんを三回爆殺しようとしたのは退役軍人の右翼活動家ということだが、全員が陸軍の予備役の身分だった連中だ。今じゃ語り草の醍醐将軍のアフリカでの活躍にしても、家柄を煙たがれ手僻地に飛ばされたと言うのが実情みたいなもんだ」 
 要の抑揚の無い言葉に誠は心をかきむしられる気分がした。回りの計画性の欠如した建物の群れもそんな気持ちに後押しをするように感じられてくる。
「前の胡州の内戦のきっかけも、自分になびかない陸軍への政治干渉を狙った親父の挑発に陸軍が乗っかったんだ」 
 そう言うと窓を開けてタバコを取り出す要。いつもなら怒鳴りつけるカウラも珍しく要のすることを黙って見つめていた。
「内戦に負けて外への発言が出来なくなった陸軍の貴族主義的な勢力は、露骨な反政府人事を内部で展開したわけだ。内戦で勝利した陸軍の親父のシンパの醍醐文隆将軍が陸軍大臣に就任できなかったのもすべては陸軍の貴族主義勢力の根回しが原因というわけだしな」 
「なるほど、内戦の敗北で頭の上がらなくなった民主勢力の旗頭の西園寺基義首相の娘に汚れ仕事を引き受けさせて面子を潰そうとしたわけか……まるで餓鬼の発想だな」 
 明らかに要のタバコを嫌がるように仰ぎながらランが言葉をつむぐ。
「でもその後のことを考えれば西園寺公がお前の配属にブレーキをかけるくらいのことは出来たんじゃないのか?公爵家の嫡子が元娼婦なんてスキャンダル以外の何者でもないぞ」 
 カウラの言葉には誠も賛同できた。胡州の貴族制度はもはや形骸になりつつあると言っても長年の伝統がすぐに廃れるはずは無い。誠はそう思いたかった。要が見知らぬ租界の成金達にもてあそばれる姿など想像もしたくなかった。
「ああ、でもアタシは志願したんだ」 
 あっさりそう言うと要はタバコを携帯灰皿に押し込んだ。カウラはその様子と気が抜けたような表情の要を見るとそのまま車を出した。
「親父さんへのあてつけか?」 
 ぼそりとランがつぶやく。ドアに寄りかかるようにして上の空で外を眺める要。街は再び子供達が駆け巡るスラム街の様相を呈してくる。
「それもあるな。『貴族制は国家の癌だ』なんて言ってるくせに法律上の利権だけはきっちり確保している親父の鼻をあかしたかったって気持ちが無いって言ったら嘘になるよ。自分の手で何かをしたい、親父や醍醐のとっつぁんの世話にはなりたくない。そうつっぱってたのも事実だからな」 
 上の空でつぶやく要。その姿はコンクリートの壁など一撃で砕くような軍用義体の持ち主の要にしてはあまりにも小さく見えて誠は目をそらして正面を向いて街を眺めていた。冬の日差しは弱弱しく見える。まだ時間が早いのか繁華街にたどり着いたカウラの車の両脇には無人の酒場と売春窟が続く。
 その時ランの携帯端末がけたたましく鳴った。ランは黙ってそれを取り出して画面を覗き込む。
「おう、茜達も仕事が済んだらしい。このまま寮に直帰だ」 
 ランの言葉がむなしく響く。カウラもランも一人ぼんやりと外を眺めている要に気を使って黙り込む。誠もこの痛々しい空気に耐えられずに外を眺める。
 警備部隊は遼北軍に変わっていた。だが彼等もやる気がなさそうにカウラのスポーツカーを眺めているだけだった。
「良いことも無い街だったが、なかなかどうして、アタシの今を作ったのはこの街なのかも知れねえな」

 ぼんやりと窓の外を眺めていた要がそんなことをつぶやいた。カウラはその声にはじかれるようにして車のアクセルを踏み込み、大通りへと向かった。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 45

「それじゃあ行くぞ」 
そう言って要は立ち上がる。見事に数分でうどんを完食して見せた彼女に驚いて誠は顔を上げる。
「おい急ぐなよ。まだ食ってるんだから」 
 そう言いながら最後の汁を飲み干すラン。その視線の先には湯気の上がる汁を吹くカウラがいた。要は仕方がないというようにどっかと椅子に座る。
「姐御、これから暇なわけ無いっすよね」 
「そうだ暇なわけがねえな」 
 三郎の言葉にぞんざいにそう言うと要はポケットからタバコを取り出した。気を利かせるようにライターを差し出す三郎の手を払いのけて自分のライターで火をつける要。
「昔は俺の方が火をつけてくれたもんですのにねえ」 
「バーカ。オメエは下っ端だろ?まあそうでもなきゃアタシがタバコに火をつけてやった連中の多くは墓の下にいるからな。そうだ!今からでも遅くないから送ってやろうか?三途の川の向こう」 
 そう言って素早く拳銃を取り出す要に立ち上がって両手を上げる三郎。
「馬鹿は止めろ。食べ終わったぞ」 
 カウラが立ち上がるとそのまま要は銃をホルスターに戻した。
「すまねーな大将。勘定はこの馬鹿で良いのかい」 
 そう言って足が届かない椅子から飛び降りてカウンターに向かうラン。
「なに、また来てくれよ。あんた遼南だろ?」 
 店の親父はふてくされる息子を無視して小さなランのことをうれしそうに見つめる。さすがに誤解を解くのも面倒なようでランは照れ笑いを浮かべながら財布を取り出す。
「おー。やっぱり分かるか。うどんの食い方ひとつにもこだわるのが遼南人の心意気って奴だからな……そこのチンピラ」 
 ランはそう言うと三郎を見上げる。三郎も要の知り合いと言うこともあり、その上司のランを子供を見る目ではなく真剣に見つめていた。
「人の売り買いは金にはなるかも知れねーが手の引き時が肝心だぞ」 
 親父とは違って三郎の目は真剣だった。ランのくぐった修羅場を資料で見せられている誠も二人の緊張した雰囲気に息を飲んだ。
「ご高説感謝します」 
 そんなランの言葉に皮肉たっぷりにやり返す三郎。そしてその様子にサディスティックな笑顔を振りまきながら、肩で風を切るように店を出るラン。
「凄いですね、あの三郎とか言うヤクザ相手に一歩も引かないなんて」 
 店を出てずんずんと歩くランがそんな言葉を言った誠を振り向いた。いかにもあきれ果てたそんな表情が浮かんでいる。
「オメーなあ。自分の仕事が何かわかって言ってんのか?」 
 それだけ言って骨董屋の前に止められたカウラの車に乗り込むラン。
「精進しろよ。新兵さん!」 
 要はそう言って誠の肩を叩いて続いて車に体を押し込む。誠は彼女が助手席のシートを戻すとそこに座った。
「カウラ。ちょっと良いか」 
 そう言うと要は自分用の端末をサイドブレーキの上に置いた。『志村三郎』と言う租界管理局のパーソナルデータがそこには映っていた。
「先に言っておくけどアイツとの関係はオメエ等の想像通りさ。まあアタシは娼婦以外にも胡州陸軍の工作部隊員と言う顔があったわけだが」 
 要の言葉が暗くなる。誠はいくつもの疑問が渦巻いていたが、その要の顔を見て口に出すことが出来なかった。
「おい、西園寺。貴様の戦闘における判断の正確さや義体性能を引き出す能力は私も感服しているんだ」 
 静かにカウラがそう言いながら要の死んだ魚のようになる目を見つめている。
「だとしてもだ。なぜ胡州四大公の筆頭の次期当主がこんな汚れ仕事に携わるんだ?生まれを重視する胡州なら私のような人造人間を引き受けて育成するとか方法はあったろうに」 
 その言葉にただ無表情で返す要に車内の空気は次第に重くなっていった。外の景色はただ建ってからの年月からみると不思議なほど痛みの目立つビルが続いている。そんな中で誠は黙って要を振り返っていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 44

「で?西園寺。アタシになつかしの遼南うどんを食べさせるって言うだけでここに来たんじゃねーんだろ?」 
 三郎が席を外しているのを見定めてランがそうつぶやいた。
「今回の事件の鍵は人だ。そして人を集める専門家ってのに会う必要があるだろ?」 
 明らかに表情を押し殺しているように見える要のタレ目。その視線が決して誠と交わらないことに気づいてうつむく誠。
「そう言うことでしょうね。そりゃあそうだ」 
 聞き耳を立てていた三郎が引きつるような声を上げた。
「俺は専門家ってわけじゃないですが、今は俺がここらのシマの人夫出しを仕切っているのは事実ですよ」 
 そう言うと三郎はぞんざいに誠の前にコップを置いた。
「人の流れから掴むか。だが信用できるのか?」 
 手に割り箸を握り締めながら三郎を見つめるカウラ。だが三郎の視線が自分の胸に行ったのを見てすぐに落ち込んだように黙り込んだ。
「失敬だねえ。一応ビジネスはしっかりやる方なんですよ。外界の法律が機能しないこの租界じゃあ信用ができるってことだけでも十分金になりますから」 
 そう言ってタバコを取り出した三郎。
「こら!できたぞ」 
 店の奥の厨房でうどんをゆでていた三郎の父と思われる老人が叫ぶ。仕方がないと言うように三郎はそのままどんぶりを運んだ。
「外へ出るための書類の管理もオメエがやってるのか?」 
 受け取ったきつねうどんを手にすると要はそのまま三郎を見上げた。
「俺も一応出世しましてね。わが社の専門スタッフが……」 
「専門スタッフねえ、舎弟を持てるとこまできたのか」 
 要はそう言うとうどんを啜りこむ。今度は誠も無視されずに目の前にうどんを置かれた。
「ああ、そうだ。同業他社の連中の顔は分かるか?」 
 一息ついた要の一言に三郎の顔に陰がさす。そしてそのまま三郎の視線は誠を威嚇するような形になった。
「ああ、知ってますよ。ですがいろいろと競争がありますからねえ」 
「それで十分だ。さっきお前の通信端末にデータは送っといたからチェックして返信してくれ」 
 あっさりそう言うと要はうどんの汁を啜る。昆布だしと言うことは遼南の東海州の味だと思いながら誠も汁を啜った。
「まじっすか?あの頃だって店の連絡先しか教えてくれなかったのに……ヒャッホイ!」 
 いかにもうれしそうに叫んだ三郎が早速ポケットから端末を取り出した。
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!これは仕事だ。それにそいつは仕事の用の端末だからな。落石事故かタンカーが転覆したときに連絡するのもかまわねえぞ」 
 要はそう言って一気にどんぶりに残った汁を啜りこんだ。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 43

「ああ、言っとくの忘れたけどコイツが今の上司だよ」 
 そんな要の一言が男の手を止めた。
「嘘……ついても意味の無いのは嫌いでしたね姐御は。で、このお坊ちゃんは?」 
 チンピラは挑戦的な目で誠を見つめる。
「おい三郎!店の邪魔だからとっとと消えろ!」 
 そう言う大将を無視して三郎と呼ばれた男はそのまま椅子を引きずって誠の隣に席を占める。
「いい加減注文をしたいんだが、貴様に頼んで良いのか?」 
 カウラの言葉に驚いたような表情の三郎だが、すぐに彼は品定めをするような目でじろじろとカウラを眺めた。
「なんだ、気味の悪い奴だ」 
「人造人間ってのは肌が綺麗だって言いますけど、本当っすね」 
 そう言ってにじり寄る三郎を見て困ったように誠を見るカウラ。誠はただ周りの不穏な空気を察して黙り込んでいた。そのまま値踏みするような目でカウラを見た三郎はそのまま敵意をこめた視線を誠に向ける。
「へえ、こいつが今の姐御の良い人ですか?」 
「そんなんじゃねえよ。注文とるんだろ?アタシはキツネだ」 
 三郎は要の顔を見てにやりと笑って今度はランを見た。
「てんぷらうどん」 
 ランはそれだけ言うと立ち上がる。
「ああ、お水ですね!お持ちしますよ」 
 下卑た笑顔で立ち上がった三郎はそのままカウンターの冷水器に向かう。
「ああ、姐御のおまけの兄ちゃんよう。姐御とは……ってまだのようだな」 
 ちらりと誠を見て笑みを浮かべる三郎。カウラは黙っているが、誠もランも三郎が要と肉体関係があったことを言いたいらしいことはすぐに分かった。
「私は……ああ、私もてんぷらうどんで」 
 カウラはまるっきり分かっていないようでそのまま壁の品書きを眺めている。
「僕はきつねで」 
「きつね二丁!てんぷら二丁」 
 店の奥で大将がうどんをゆで始めているのを承知で大げさに言うと三つのグラスをテーブルに並べる三郎。
「おい、コイツの分はどうした」 
 明らかに威圧するような調子で三郎を見つめる要。子供じみた嫌がらせにただ苦笑する誠。
「えっ!野郎にサービスするほど心が広いわけじゃなくてね」 
 その言葉に立ち上がろうとする誠を要は止めた。
「店員は店員らしくサービスしろよ。な?アタシもそのときはサービスしたろ?」 
 要がわざと低い声でそう言うと、三郎は仕方が無いというように立ち上がり冷水器に向かった。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 42

「物資の行き先?それはアタシ等の仕事じゃねーよ。東都警察か安城の機動部隊にでも当たってくれよ」 
 そう言ってランが小さい胸の前に腕を組む。その様子が面白かったようで要がまねをして豊かな胸に腕を押し付ける。そしてバックミラーに写る二人の様子にカウラが噴出した。
「何考えてんだ、オメー等は!」 
 そう言うとランは子供のように頬を膨らませた。もしこの顔をアイシャが見たら『萌えー!』と叫んで抱きつくほど幼子のようにかわいい表情だと思った誠は自分の口を押さえた。
「じゃあ、そこの路地のところで車を止めな。飯、食ってから帰ろうや」 
 要の声に再びカウラは消火栓の前に車を止めた。
「骨董品屋?なじみなのか?」 
 誠がドアを開けて降り立つのを見ながら、起こした助手席から顔を出すランが要に尋ねる。
「まあな。ちょっと先に市場がある、その手前で待っててくれよ」 
 そう言うと最後に車から降りた要はそのまま骨董品屋のドアを開けて店の中に消えた。
「歩くなら近くに止めた方が良かったのでは無いですか?」 
 カウラの言葉を聞いてランはいたずらっ子のような顔をカウラに向ける。
「オメーの車がお釈迦になってもよければそうするよ。たぶんこのいかがわしい店は西園寺の非正規部隊時代からのなじみの店なんだろ?当然この店の客は西園寺が何者か知っているわけだ。その所有物に傷でもつければ……」 
 そう言ってランは親指で喉を掻き切る真似をした。これまでのこの地の無法ぶりにカウラも誠も納得する。
 串焼肉のたれがこげるにおいが次第に三人に覆いかかってきた。パラソルの下、そこは冬の近い東都の湾岸地区にある租界を赤道の真下の遼南にでも運んだような光景が見て取れた。運ばれる魚は確かにここが東都であることを示していたが、売られる豚肉、焼かれる牛肉、店に並ぶフルーツ。どれも東和のそれとは違う独特の空間を作り出していた。
「おう、なんだよそんなところに突っ立ってても邪魔なだけだぜ」 
 遅れてきた要はそう言うと先頭に立って細い路地の両脇に食品や雑貨を扱う露天の並ぶ小路へと誠達をいざなった。テーブルに腰掛けて肉にかじりつく男達は誠達に何の関心も示さない。時折彼等の脇やポケットが膨らんでいるのは明らかに銃を所持していることを示していた。
「腹が膨らむと人間気分が穏やかになるものさ」 
 要からそう言われて、誠は怯えたような表情を浮かべていたことに気づいた。
「おう、ここだ」 
 そう言うと要は露天ではなく横道に開いたうどん屋の暖簾をくぐった。
「へい!らっしゃ……なんだ、姐御かよ」 
 紫の三つ揃いに赤いワイシャツと言う若い角刈りの男が要を見てがっかりしたようにつぶやく。保安隊のランの前の副長である明石清海が同じような背広を着ていたのを思い出して少しばかり安心した誠。だがその表情が気に食わなかったのか、男は腕組みをしてがらがらの店内の粗末な椅子に座り込んだ。
「おう、客を連れてきたんだぜ。大将はどうした?」 
 要はそう言うと向かい合うテーブル席にどっかりと腰掛ける。
「ああ、親父!客だぜ!」 
 チンピラ風の男が厨房を覗き込んで叫ぶ。のろのろと出てきた白いものが混じった角刈りの男が息子らしいチンピラ風の若造をにらみつける。
「しかし、姐御が兵隊さんとは……あの姐御がねえ」 
 そこまで言ったところでチンピラ風の若造は要ににらまれて黙り込む。
「良いじゃねえか。この店を担保に娼館から身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。沙織さん!いつものでいいかい」 
 大将と呼ばれた店主の言葉に頷く要。
「娼館?沙織?」 
 カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後要を見つめた。
「沙織は源氏名って奴だよ」 
 それだけ言うと黙り込む要。そんな彼女を静かに見つめるラン。そのランを見ると男は子供を見かけた時のようにうれしそうな顔をする。
「おう、若造」 
 ランの言葉にすぐにその緩んだ表情が消えた。
「なんだ?この餓鬼は」 
 ランの態度にそれまで要には及び腰だったチンピラがその手を伸ばそうとした。


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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 41

「でも、南方諸島でしょ?あそこは遼州南半球ではもっとも民主化が進んだ国でそれなりに治安も安定していますし、主要産業は観光ですから……あの兵士達は……」 
 そう言って立ち上がる誠を呆れた表情で見守る要。
「あのなあ、そう言う考えは安全地帯にいる人間が自分は違うと思い込んだときの発想だな。ここじゃあつまらない不条理で、誰もがいつくたばってもおかしくない。そんなところに仕事ってことで放り込まれて頭のタガが揺るがない人間がいるのなら見てみみたいもんだな」 
 そう言って要は周りを見渡す。正規軍との交渉に勝利したと言うような形になった誠達を見て下心のある笑顔を浮かべて近づいてくる租界の住民。
「とっととおさらばするか」 
 そう言うと要は吸いかけのタバコを投げ捨てて再び車の後部座席に体をねじ込む。誠も慌てて助手席に乗り込む。
「早く出せよ」 
 ランの言葉にカウラはアクセルを踏み込んだ。
「あれもまた人間の摂理さ」 
 路上で子供達が突然走り出したカウラの車に罵声に近い叫び声を上げていた。
「この街では暴力とカネ以外のものに何一つの価値も無いんだ。仕事でここに来ることはこれからもあるだろうからな、良く覚えておけ。まあそういう意味ではアタシ等の商売道具は暴力の方だがな」 
 要の目が死んでいた。その隣で窓から外を見ているランの瞳もその幼げな面持ちとは相容れないような老成した表情を形作っている。
「西園寺にしては的確な状況説明だな」 
 黙って要の言葉を聞いていたカウラがバックミラーの中の要を見つめる。
「おい、カウラ。アタシの説明はいつだって的確だろ?じゃなきゃオメエもくたばっているような出動も何回かあったしな」 
 そう言った要の瞳に久しぶりに生気が戻る。カウラはそれに満足したように倉庫街のような道に車を走らせる。そこには廃墟の町で見なかった働き盛りの男達が群れていた。袋に入ったのは小麦か米か、ともかくその袋を延々と運び続ける男達の群れ。周りではどう見ても堅気には見えない背広の男達が手伝うつもりも無く談笑しているのが見える。
「租界での通関業務って禁止されているんじゃないですか?」 
「神前。西園寺の言葉を聞いてなかったのか?駐在部隊だって同じこの魔窟に巣食う住人なんだ。もらうものをもらえば見てみぬふりさ、それに仲良くお仕事に励むってのも美しい光景だろ?」 
 ランの皮肉の篭った言葉に誠は目を開かせられた。東都湾岸地区の急激な治安悪化により三年前に同盟軍の駐留を許可した東和政府。同盟会議の決議により駐留軍はその裁量の範囲内で必要な資材の搬入や輸送を独自に行う権利を与えられることになった。それがこの魔窟では明らかに部隊に必要な補給としては多すぎる量が倉庫に送られていく。さすがに後ろめたいと感じているのか、付近には駐留部隊の兵士の姿は無かった。
「これがこの街を支えているんですね」 
 次々と運び込まれる穀物の入った麻袋がパレットにある程度積み上げられると。中の見えない木箱と一緒にフォークリフトで倉庫から建物の裏へと運ばれていく。その向こうでは冷凍貨物のコンテナが軍用の塗料のまだ落ちていない中古のクレーンに吊るされて巨大な倉庫に飲み込まれる。
 そしてそのどの作業にも生命力を吸い取られていると言うような姿の男達のうごめきが見て取れた。
「こんなに物資が?でもどこに?」 
 ただ誠はその圧倒的な物流の現場に圧倒されながら流れていく港の景色を見送っていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 40

「これは……また。ゲットーと呼ぶべきだろうな」 
 それまで運転に集中しているかのようだったカウラのつぶやきも当然だった。外の港湾地区が崩れた瓦礫の町ならば、こちらは刑務所か何かの中のようなありさまだった。時々屋台が出ているのが分かるが、一体その品物がどこから運び込まれたかなどと言うことは誠にもわからない。
「まあアタシもここができてすぐに来たんだけどな。まああのころは何にも無い埋立地に仮設テントとバラックがあるばかり。こうしてみるとその時代の方がまだましだったかもな」 
 そう小声でランがつぶやくのが聞こえる。
「そう言えばクバルカ中佐は遼南出身でしたよね」 
 誠の言葉にうんざりした顔を見せるラン。
「まあな、共和軍にいた人間は人民政府樹立で逃げ出すしかなかったわけだし。追放の対象だったアタシはまだましな方さ。自力でここにたどり着いた連中が暮らしを立て直そうとしたときには胡散臭い連中がここに街を作って魔窟が一つ出来上がった。そしてその利権をめぐり……」 
「アタシ達のような非正規任務の兵隊さんがのこのこやってきてその筋の方々に武器を売って大戦争を始めたってわけだ」 
 苦笑いを浮かべる要。建てられて十年も立っていないはずなのに多くのビルの壁には傷が走っている。所々階段がなくなっているのは抗争の最中に小銃の掃射でも浴びたのだろうか。そう思う誠の心とは無関係に車は走る。
「カウラ、ちょっと止めな」 
 要は突然そう言う。カウラがブレーキを踏んでまっすぐ行けば港に着くという大通りの路肩に車を止めるとすぐにどこから沸いたのか兵隊が駆け寄ってくる。
「南方諸島か」 
 要の言葉を聞いて身を固める誠。都市型のグレーの戦闘服の袖に派手な赤い鳥のマークの刺繍をつけている兵士達はそのまま銃を背負って車の両脇に群がる。
「トマレ!」 
 窓を開けた誠に銃を突きつけて叫ぶ南方諸島の正規軍の兵士。誠は後ろの要に目をやるが、要もランもただニヤニヤ笑いながら怯えた様子の誠を見つめているだけだった。
「カネ、カネ!トウワエン!イチマン!」 
 兵士がそう言うと要は爆笑を始めた。それに気づいた若い褐色の肌の兵士が車のドアに手をやる。壊されると思ったのかカウラはドアの鍵を開けた。
「要さん!勘弁してくださいよ!」 
 そう言ってそのまま引き出された誠は路上に這わされる。そしてすぐに兵士は誠の脇に拳銃があるのを見つける。そのままにんまりと笑い銃を突きつける兵士とそれをくわえタバコで見ていた下士官が後部座席で爆笑する要とランに銃を向けている。
「ケンジュウ、ミノガス、30マン!30マン」 
「ずいぶん相場が上がったもんだな!」 
 そのまま無抵抗を装うように車から引き出された振りをする要とラン。下士官は良い得物を見つけたとでも言うようにくわえていたタバコを地面に投げ捨てる。
「30万円?ずいぶんと安く見られたもんだ。じゃあこれで手を打ってもらおうかな」 
 ランはそう言うと再び身分証を取り出して下士官に見せる。そしてランの左手はすでに拳銃の銃口を下士官の額に向けていた。タバコを吸いなおそうとした下士官の口からタバコが落ちる。彼はそのまま誠の後頭部に銃口を向けていた部下の首根っこを押さえて誠の知らない言葉で指示を出した。
 兵士が突然銃を背負いなおし、青い顔で誠を見つめる。
「カネ、カネ、30マン!」 
 兵士の言葉の真似をして手を出す要を見つめると今にも泣き出しそうな顔で走り去っていく兵士達。
「良い勉強になったろ?これがここの真実さ」 
 そう言うと要はそのままポケットからタバコを取り出して火をつけた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 39

「面白いものが見れたろ?」 
 そう言うと要は満面の笑みを浮かべながらタバコを取り出した。本部にはいつの間にか中から武装した兵士が出てきて入り口を固めている。それを面白そうに眺めた要はそのままタバコに火をつけて歩き始めた。
「ディスクは置いてきたが良いのか?」 
 カウラの言葉に要とランは目を合わせて笑顔を浮かべる。
「だからわらしべ長者なんだって。あのデータはあそこの検問の外ではそれなりの意味を持つが、あそこをくぐって租界の中に入ってしまえば麦わら一本以下の価値しかない。証拠性が消滅するんだよアイツ等の手に渡るとな。奴等は狼少年だからな、何を言っても誰も信用してくれない。賄賂を取って国に家でも建てれば別だが」 
 そう言って要はタバコをくわえたままカウラの赤いスポーツカーの屋根に寄りかかって話はじめる。同盟軍組織の一部、こう言う二線級部隊の腐敗はどこにでもあると言うように、要は時折振り返って兵士達に笑顔を振りまく。
「じゃあ何の意味が?」 
 そうたずねた誠に手にした端末の画面を要は見せた。次々と画面がスクロールしていく。良く見つめればそれはある端末から次々に送信されているデータを示したものだった。
「あいつらでも多少はコイツの存在が気になるんだ。さっそくあのリストと出所と思われるところに連絡を入れて事実関係を確認中ってところかな。後はあの連中が連絡をつけた糸をたどっていけばどこかに昨日見た連中の製造工場があるだろうって話だ」 
 そう言うと要はタバコを投げ捨てる。検問の兵士ににらみつけられるが要は平然とドアを開けてそのままランと組んで車に体を押し込む。
「それじゃあ今日はこれで終わりですか?」 
 助手席の椅子を戻して乗り込む誠を要とランが呆れたような目で見つめる。
「馬鹿だな。オメエ等がこの租界の流儀を知らねーのは分かってんだ。とりあえず入門をアタシ等が担当してやるよ」 
 そう言うとランは端末のデータを車のナビに転送した。
「このルートで走れって事ですか?」 
 カウラは租界の外周を回るような順路を見た後そのまま車を出した。
 外の湾岸再開発地区よりも租界の中は秩序があるように見えた。しかし、それが良く見れば危うい均衡の上にあることは誠にもすぐに分かった。四つ角には必ず重武装の警備兵が立っている。見かける羽振りのよさそうな背広の男の数人に一人は左の胸のポケットの中に何かを入れていた。それが恐らく拳銃であることは私服での警備任務を数回経験した誠にも分かる。
「今でこの有様だったら東都戦争のときはどうなってたんですか?」 
 思わずそんな言葉を吐いた誠を大きなため息をついた要がにらむ。
「なに、もっと静かだったよ。街もきれいなものでごみ一つ落ちて無かったな。なんといっても外に出たらどこからか狙撃されるんだから」 
 そう言って笑う要。確かに今見ている街には人の気配が満ちていた。大通りを走るカウラの車から外の路地を見ると必ず人影を目にした。子供、老人、女性。あまり青年男性の姿を見ないのは港湾の拡張工事などに人手が出ているからだろうか。
「空気の悪いのは昔からか?」 
 ランが要を見つめる。
「そりゃあしょうがねえだろ。こんな狭いところに50万人の人間が閉じ込められているんだ。呼吸だけで十分空気が二酸化炭素に染まるもんだ。もっともアタシはここの空気は嫌いじゃないがね」 
 そんなことを良いながら外を眺める要だが、その表情が懐かしい場所に帰ってきたような柔らかい笑顔に覆われていることに誠は不思議な気持ちに鳴った。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 38

「司法局管轄の人間だからってそんなに構えることねーだろ?」 
 にこやかに笑う広報の腕章の士官を覚めた目で見つめているラン。その状況で誠はこの警備本部が非常に胡散臭いものに感じられてきた。同盟内部でも軍事機構と司法局の関係はギクシャクとしたものだった。特に保安隊のように軍事機構の権限に抵触する部隊には明らかに敵意をむき出しにする軍人も多い。一方で停戦監視任務や民兵の武装解除などを行っている場合になると軍事機構の側の人間の反応は少し違うと先輩の島田からは聞いていた。
 一つは明らかに仕事を押し付けてくる場合である。停戦合意ができた以上、危ない橋を渡る必要は無いと、武装解除作業を保安隊に押し付けて隊員は街にでも飲みに繰り出す。昨年春の東モスレムでのイスラム教徒と仏教徒の衝突が突然の和平合意で遼南陸軍の監督に向かったときには露骨に仕事を押し付けられたと島田は愚痴った。
 そしてもう一つのパターン。それが目の前のケースだった。
『明らかに邪魔者だから消えてくれって感じだな』 
 広報の士官のにこやかな笑顔が誠の神経を逆なでする。ランは広報の士官を見上げながら明らかにいらだっているように要の脇を突いた。
「構えてなどいませんよ。それに本部長は外出中ですので……君!お茶を入れて差し上げて!さあ、こちらにどうぞ」 
 地図とにらめっこしていた女性下士官がそのまま立ち上がるのを見ると要はデータチップを手にした。
「別に挨拶に来たわけじゃねえんだ。これ、ちょっと手に入れたんだけど見てもらえるか?」 
 広報の士官の態度が明らかに硬くなる。その表情でランと要は半分満足したようにそのまま広報の士官が立ち止まるのに合わせて通路の脇の端末を勝手に起動させる。
「ちょっと!困りますよ」 
「なにが困るんだ?こっちから良い仕事のネタを提供してやろうって言うんだから……ほい、出た」 
 要はすぐに人身売買や非合法の臓器取引のデータがスクロールするように設定して警備本部の広報中尉にそれを見せる。
「……これがどうしたと?」 
 その反応の薄さに要はにやりと笑った。
「ほう、これはフィクションで実在の警備部隊とは関係ありません……とでも?」 
「ありえないですよ。どこで手に入れられたか分かりませんが、租界における人権問題の重要性は同盟内部でも常に第一の課題として……」 
 そこまで中尉が言ったところで要が右腕を端末の乗っている机に思い切り振り下ろした。机はそのサイボーグの強靭な腕の一撃でひしゃげる。そして広報の中尉はおびえたように飛び上がった。
「アタシの情報がでたらめって言うんだな?」 
 腕を机にめり込ませたまま要が怯えている将校を見上げる。
「でたらめ……いえ、マスコミの捏造記事じゃあるまいし……」 
「火の無いところに煙が……って奴だ。邪魔したな」 
 そう言うと要は机にめり込んだ腕を引き抜き、振り返る。ランもせせら笑うような笑みを浮かべてそれに続く。誠とカウラはただ二人が何をしたかったのかを考えながら警備本部から出ることにした。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 37

 巨大な障害物で半分ふさがれた道。その脇では黒い街宣車が大音量で租界の中に暮らしている遼南難民の罵倒を続けていた。カウラの車はすぐに胡州陸軍の制服を着た兵士に止められる。ヘルメットに自動小銃と言うお決まりのスタイルの兵士は大音量を垂れ流すバスの群れに目をやりながら停止したカウラの車の窓を叩いた。
「通行証は?」 
 そう言う兵士にカウラは保安隊の身分証を見せた。二人の兵士は顔を見合わせた後、後部座席を覗き込む。
「同盟司法局がなんの用ですか?」 
「バーカ。捜査に決まってるだろ?」 
 ランの顔を見てにらみつける兵士だが、すぐに彼女が身分証を取り出して階級を見せ付けると明らかに負けたというように一人はゲートを管理している兵士達に向かって駆け出した。
「ああ、別に中に入るのが目的じゃねーんだ。部隊長の顔を拝みたくてね」 
 そんな言葉を吐く幼女を引きつった顔で見つめる兵士はそのまま無線に何事かをつぶやいた。
「とりあえず警備本部もゲートの奥ですから」 
 兵士の言葉を聞くとカウラはそのままバリケードが派手な入り口を通り過ぎてゲートをくぐる。ゲートの周りは脱走者を防止するために完全に見晴らしの効いた場所になっており、ゲート脇の塔には狙撃銃を構える兵士、ゲートの脇の土嚢の中には重機関銃を構えている兵士が見える。カウラはそのまま塔の隣に立てられた警備本部の前に車を止めた。
「さてと、わらしべ長者を目指してがんばるか」 
 要はそう言うと端末から先ほど手にしたディスクを取り出した。誠はその言葉の意味が分からずにランに後頭部を突かれて仕方なく車から降りる。
「しかし殺伐とした場所だねえ」 
 彼女の言葉も当然だった。もし暴動が起きればゲート脇の土嚢から重機関銃の掃射が始まり、武装した難民がいたとしても装甲を張り巡らせた鉄塔の上からの狙撃で簡単に制圧されることは間違いなかった。さらに明らかに過剰防衛を行いかねないと言うような感じで本部の裏を見るとさすがに機体は配備されてはいないようだがアサルト・モジュール用のハンガーまで用意されている。
「物々しいというより過剰防衛の気配があるな」 
 呆れる誠の肩を叩きながらカウラが本部へ向かう要とランについていくように誠に知らせる。
「あのー、わらしべ長者って?」 
 誠の声に呆れたような顔の要が振り向く。ランはそのまま警備本部の入り口のドアにたどり着いた。
「早くしろよ!」 
 そう急かされて早足になる誠。それを見たランはそのまま本部に入った。誠が遅れて建物に入ると怪訝な表情の胡州陸軍勤務服の兵士達が入り口に目を向けた。
「保安隊の方ですね!」 
 その中で一人の将校がさわやかな笑顔を撒き散らしながらランに近づいてくる。
「広報担当か……気に食わねーな」 
 ぼそりとつぶやくランに表情を崩すことなくその中尉は闖入してきた誠達を迎えた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 36

「買ったのはそっちの方でこちらはダミーか」 
 カウラはそう言うとバックミラーを使って自分の青く染まった舌を確かめた。
「当たりめーだろ。何のためにアタシが芝居をしたと思ってんだ」 
「あれが芝居か?」 
 ランの言葉に苦笑いを浮かべながら要は後頭部からコードを伸ばして携帯端末に直結してデータディスクを差し込んだ。
「オメー等も端末出しとけ」 
 ランの言葉にカウラもアイスを外に捨てた。誠はもったいないので最後まで食べる。
「ちょっと待てよ。プロテクトを解除する……よし」 
 要の言葉が途切れると誠の端末からも数字が並んでいる表を見ることが出来た。
「あのう……」 
 それは奇妙に過ぎる表だった。端末に写っているのは臓器の名前と個数。心臓、肝臓、腎臓、網膜。その種類と摘出者の年齢、血液型、抗体など。延々とスクロールしても尽きない表が続いていた。
「司法警察に持ち込めば警察総監賞ものだ。もっともこのデータを買ってくれる親切な人のところに持ってった方が金になるだろうが」 
 ランがそう言うのも当然だった。
「でもこれって……」 
「租界に流れ込む難民の数と、出て行く難民の数。発表されて無いだろ?人間の使い道がこの土地じゃあ他とは違うんだ」 
 要の言葉に誠は悟った。臓器売買のうわさは大学時代から野球部と漫画研究会の二束のわらじで忙しい誠の耳にも届いてきていた。当時は臓器売買だけでなく薬物や武器までこの租界とその近辺を流れているという噂もあった。そして誠が軍に入るとその利権をめぐり他国の工作部隊が投入されていると言う情報が事実だとわかった。そして同盟軍の治安維持部隊も賄賂を取ってそれを見逃しているという別の噂を耳にすることになった。
 武器の輸出規制が強まり、薬物の末端での取締りが強化されるようになって、それでも上納金を求める暴力団や賄賂を待つ治安維持部隊に貢ぐ資金を搾り出すために行われるといわれる人身売買。都市伝説と思っていたものが事実であると示すような一覧が手元にあった。
「そんなに驚くこともねえよ。胡州だってこの租界に派遣されているのは三流の部隊だ。地獄の沙汰もなんとやら、要するに見て通りのことが行われているってことだ」 
 誠はただ呆然と画面をスクロールさせる。
「でも法術師の研究とは関係ないんじゃないですか?」 
「他の画面も見てみろ……ってここじゃあ場所が悪いな。カウラ、車を出せ」 
 ランが端末のモニターをにらみながら指示を出す。車はそのまま路地を走り出した。
「このまま租界に入るぞ。検問の同盟軍の駐留地まで行け」 
 そのまま画面をスクロールさせていく誠。ようやく一番下まで来ると次の画面に移るためのカーソルが開いた。次の画面はさらに誠の顔をしかめさせるものだった。それはこれまでの文字だけの世界とは違うリストが表示されていた。
 それはまるでペットか何かのように子供の写真と値段が表示される画面。
「おっと二ページ目か。まあ見ての通りだ」 
 思わず吐き気に口を押さえた誠を冷ややかに突き放すようなランの一言。車内の空気はよどんだ。
「カウラ。とりあえず窓を開けてやれよ」 
 淡々と要はそう言うとデータを読み終えてコードを首から外した。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 35

 誠は周りの景色を見て、以前誘拐された時の記憶がよぎるのを感じていた。
 犯人が所属していた暴力団組織は全員射殺された誘拐犯達が独走して誠を誘拐してヨーロッパ系のシンジケートに売り渡そうとしていたと証言した。そして肝心のシンジケートからは証言らしいものは引き出すことができず、捜査は中座していると茜からは聞かされていた。
 見回す町並み。ビルは多くが廃墟となり、瓦礫を運ぶ大型車がひっきりなしに行きかう。
「カウラ、そこを右だ」 
 要の声にしたがって大通りから路地へ入る。そこは地震の一つでもあれば倒壊しそうなアパートが並んでいる。ベランダには洗濯物がはためいてそこに人が暮らしていることを知らせていた。道で遊んでいた子供達はこの街には似合わないカウラのスポーツカーを見ると逃げ出した。階段に腰掛けていた老人も、珍しい赤い高級車を見て興味を感じるのではなく、何か怪しげな闖入者が来たとでも言うように屋内に消えた。
「ここ、本当に東和ですか?」 
 誠の声に要が冷ややかな笑みを浮かべていた。
「まあこんなところに新車のスポーツカーに乗ってやってくるのは借金取りくらいだろうからな。それとも何か?オメエは歓迎してくれるとでも思ったのかよ」 
 皮肉を口にして笑う要。まだ人が住んでいると言うのに半分壊されたアパート、その隣の一杯飲み屋には寒空の中、昼間から酒を煽る男達が見える。酒を片手ににごった視線を投げてくるこの街の住人達は要の言うようにこの町の人々は誠達を歓迎すると言うより敵視しているように見えた。
「東都のエアポケットって奴だ。政府はここの再開発の予算をつけたいらしいが見ての通り開発の前に治安をどうにかしないとまずいってところだな」 
 ランは目をつぶったままじっとしている。
「おい、そこのパチンコ屋の看板の角で車を止めろ。アイスでも食いたいだろ?」 
 突然の要の言葉に誠は絶句した。
「あの、もう冬ですよ!アイスなんか……」 
「いいから止めろ」 
 要の真剣な目にカウラも要の指定した場所で車を止める。
「アタシと中佐殿で行くからな」 
「なんでアタシなんだ?」 
「駄菓子屋と言えば餓鬼だろうが」 
 そんなやり取りに誠は助手席から降りながらいつものようにランが要を叱り飛ばすと思ったが、ランはなぜか黙って要とともに降りると駄菓子屋に向かった。
「こんなところなら非合法な研究を堂々としていても誰も気にしないと言うことか」 
 カウラはそう言いながら周りを見た。シャッターを半分閉めて閉店しているかと思っていたパチンコ屋から客が出て行く。誠もこの界隈が普通の東和、発展する東都から見捨てられた街であることが理解できた。
「しかし……あれを見ろ」 
 そう言うカウラの顔が微笑んでいるのを見て、誠は彼女が指差す駄菓子屋を見た。どう見ても小さな女の子にしか見えないランが要に店の菓子を指差して買ってくれとせがんで要のジャケットのすそを引っ張っている光景が見える。
「芝居が過ぎるな」 
 カウラの微笑む顔を見て誠も頬を緩めた。要はランの頭をはたいた後、店番の老婆に話しかける。老婆はそのまま奥に消え、しばらくして袋を持ってでてそれを要に渡した。要は財布から金を出して支払いを済ませるとそのまま誠達のところに歩いてきた。
「待たせたな」 
 誠が助手席を持ち上げて後部座席に座ろうとする要とランを迎え入れる。要は袋からアイスキャンディーを取り出すとカウラと誠に渡した。
「なんだ?ずいぶんと毒々しい色だな」 
 カウラは袋を開けて出てきた真っ青なキャンディーに顔をしかめる。誠もその着色料と甘味料を混ぜて固めたようなアイスを口に運んだ。
「こんなものなんで札で勘定を済ませたんだ?」 
 口の中に合成甘味料の甘さが広がる。そして吐き出された誠の言葉に、要は袋の中から一枚のマイクロディスクを取り出して見せた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 34

「吉田。この面(つら)は見たことあるか?」 
 嵯峨の突然の言葉に首を振る吉田。それを見て嵯峨はにんまりと笑った。
「吉田君も知らないなんて……誰なんですか?」 
 リアナの言葉に困ったような顔をする嵯峨。
「そんな吉田も知らねえような奴のことを俺が知ってると思うの?」 
「でもこの写真は隊長が出したんですよね、その机から。それとも隊長の机には誰かが写真を放り込むことが出来るようになっているんですか?」 
 当然のようなリアナの言葉に嵯峨は額を叩く。
「そうだな。悪かった」 
 しばらく嵯峨はそのまま沈黙した。吉田とリアナの目は嵯峨から離れることが無い。その沈黙は情けなさそうな顔をした嵯峨に破られた。
「あのさあ、タバコ吸って良い?」 
 緊張した空気を台無しにするためだけの言葉。仕方なく頷く二人を見て机に置き去りにされていたタバコの箱からよれよれの紙タバコを一本取り出してゆったりと火をつける。
「俺は元々胡州の東和大使館付き武官で軍人の生活を始めたわけだけどな。その時偶然この写真を手に入れちまってね」 
「偶然?大使館付き武官の任務は情報収集活動ですよね。そんな任務の将校が偶然?」 
 リアナの突っ込みに再び泣きそうな顔をする嵯峨。
「まあ当時から一般メディアで出てこないだけで法術の存在は胡州軍も知ってたからな。東和はこの惑星遼州の富と情報が集まる国だ。そこで法術関連の情報を集めていて手に入れたのがこの写真だ」 
 そう言うと嵯峨は同じ男が写っている写真の一枚を取り上げる。そこには軍服を着た長髪の男が部下と思われる坊主頭の兵士に何かを指示している写真だった。
「コイツは遼南再統一以前の遼南南部軍閥の制服ですか……時代がおかしくないですか?」 
 吉田の言葉にリアナも頷く。遼南が再統一されたのは目の前の中年男、嵯峨惟基誕生以前の話である。先ほどの誠達に法術のデモンストレーションをやった人物と同一人物であるならばサイボーグ化でもしていない限り変化の無いことなどありえないことだった。だが法術に耐え切る義体の開発は未だどの国も成功していない。
「俺もそう思ったさ。だけどこの写真を手に入れて数日後に俺は本人に会った」 
 その言葉に吉田は黙り込む。冗談は言う、嘘もつく、部下を平気でだます。そう言う嵯峨だがこの状況でそんなことをするほど酔狂でないことは長い付き合いで分かっていた。
「じゃあ誰かは分かるんですよね」 
 リアナが嵯峨を見つめて話の続きを待つが、嵯峨はのんびりとタバコをくゆらせる。
「なあに、ちょっとコイツで斬りつけただけだ。それほど会話を楽しんだわけじゃない」 
 そう言って立てかけてある愛剣長船兼光を指差してそのまま伸びをする嵯峨。
「穏やかじゃないですね、それは」 
「そう、穏やかじゃないんだよ。この男は。実際資料も集めてみたが結果こっちの二つの写真が見つかっただけだ。吉田が知らないのも無理がねえよ。電子データはいくら探しても見つからなかった。こんなアナログデータ、吉田の飯のねたにもならんだろうしな」 
 そして指差したのは遼南帝国軍の制服を着た軍人達に囲まれての記念写真のようなもの。そして背広を着て街を歩いているところを盗撮したような写真だった。
「法術の存在を世に知らしめる必要がある。それを考え出したのはこの男に斬りつけて返り討ちにあったその日のことだ。でもねえ、所詮一介の二等武官がどうこうできる話じゃねえ」
 嵯峨は再びタバコを口にくわえる。
「でもなんで……」 
 リアナの真剣な顔をちらりと見た嵯峨は再び机をあさって一冊の冊子を取り出した。
『ソクラテス哲学研究・社会情勢と政治学について』そう書かれた表紙の貧相なコピー冊子に吉田とリアナは首をひねる。
「これがコイツの書いたものらしい。哲人政治の実現に向けての施策を論じたものだが……俺にはヒトラーの『わが闘争』と区別がつかなかったよ。力を持つものは人々を導く責任を負うっていうのが論旨だが……俺はこういう論じ方している人間が大嫌いでね。弱肉強食を人間同士で当てはめようと言うような論理が見え見えで」 
 皮肉めいた笑みを浮かべる嵯峨。
「法術師を頂点にしたファッショでもやろうって言うんですか。確かにそれは願い下げだ」 
 吉田はそう言ってその冊子を手に取る。
「だから今回の事件は法術師の王国を作ろうって言うコイツの理想とやらとぶつかるはずなんだが、希望的観測はしたくもなるよ」 
 そう言うと嵯峨は机の上の写真を引き出しにしまう。法術を制御されていたとは言え嵯峨を返り討ちにしたほどの実力のある法術師。その存在に吉田達は複雑な表情で嵯峨を見つめる。
「ただ無関係じゃないだろうからな、フォローはしておいてやろうじゃないの」 
 嵯峨は口にくわえたタバコをそのまま灰皿に押し付けて立ち上がった。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 33

「ほう、出かけてったねえ」 
 隊長室からカウラの車を眺めながら保安隊隊長、嵯峨惟基特務大佐は頭を掻いていた。
「良いんですか?フォローしなくて」 
 思わず情報統括担当、そして実働部隊第一小隊三番機担当である吉田俊平少佐がそう言うと嵯峨は死んだ魚のような目で吉田を見つめる。
「それがあいつ等のお仕事なんだから。駄目だよー、ちゃんと自分に与えられた任務は着実に果たす。仕事きっちり。これ大事なんだから」 
「そうおっしゃるなら……この『高雄』の母港移設にかかる予算の見積書がなんでここに突き返されてきたのか説明いただけますか?」 
 長身の穏やかなブルーのきっちりとまとまったショートカットの妙齢な女性、保安隊運用艦『高雄』艦長の鈴木リアナ中佐の言葉に嵯峨は困ったように眉間にしわを寄せる。
「そんなこと言ったってさあ、司法局の連中がさあ……」 
「必要資料の連絡ミスってつまらないことをするなんて隊長らしくないんでは?それとも隊長は現在の新港まで車や輸送機でハンガーの機体を運ばなければならない現在の状況に満足されているんですか?」 
「分かった!分かりましたから!勘弁してください!」 
 あくまでにこやかな笑みを絶やさず嵯峨に説教を始めようとするリアナを黙らせると再び窓の外に目を向けた。そこには嵯峨の娘の茜が自分のセダンにアイシャ達が乗り込むのを眺めているところだった。
「それはさておいて。安城さんの機動部隊、茜の法術特捜、そしてうち。一番評価が低いのは法術特捜だからな。今回は金星を上げてもらいたいんだよ」 
 その言葉に吉田は頷いた後、嵯峨の執務机のモニターを開いた。嵯峨は相変わらず北風を浴びながら外を眺めている。
「今回はどろどろしてそうな事件だが大物は関わっていないだろうからな。まあ俺等と同じ木っ端役人か……町のチンピラか……まあいずれは潰す必要のある連中のいたずらってところか?」 
 吉田がその言葉にキーボードを操作する手を止める。リアナは嵯峨の不謹慎な発言に大きくため息をついた。
「なんだよ、見せたいものがあるんじゃないのか?」 
 その言葉を聞くと嵯峨の顔を見て恥ずかしそうに笑った後、吉田はそのまま作業を続ける。
「偶然なんですよね。たぶんこれは撮った方も撮られた方も気づいてはいないと思いますし、証拠としては使えない資料なんですが……」 
「え、何があるの?」 
 リアナが机の隣で突っ立っている嵯峨を押しのけてモニターを見つめる。そこには労働関係の役所の資料であることを示す刻印のある中層ビルの崩れた鉄骨の写真があった。吉田はその一角、鉄骨の合間に見える外の光景を拡大していく。長髪の男が映っていた。
「へー素敵な人じゃない」 
 素直にそう言うリアナとは違って嵯峨は明らかに渋い表情を浮かべていた。
「確かに資料にならねえな。これがこの前クバルカ達を前に法術のデモンストレーションを見せた悪趣味な奴か?確かに悪趣味そうな面だわ」 
 そう言って嵯峨はリアナの方を軽くつつく。
「ああ、引き出しですか?」 
 リアナがよこにどくと嵯峨はそこから三枚の写真を取り出す。
「同じ人物ですわね」 
 リアナはそこに映る長髪の男をじっと見つめた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 32

 ランに続いて要が後ろの席に座り、運転席にはカウラ、誠は助手席に座ることになった。
「ベルガー。出る前にちょっといいか?」 
 ランの言葉にハンドルから手を離して振り向くカウラ。誠もそれに合わせてランを見つめる。
「疎開はアタシと要が担当する。神前の始末は頼むぞ」 
「なんだってこんな餓鬼の……」  
 普段は本当に小学校低学年の少女にしか見えないランだが、その元々にらんでいるような目つきが鈍く光を発したときには、中佐と言う肩書きが伊達ではないというような凄みがあるのは誠も知っていた。
「租界じゃ名の知れた山犬がうろちょろするんだ。恨みなら山ほど買ったんだろ?東都戦争のときに。そんなところに素人を送り込めるかよ」 
 ランの口元の笑みが浮かぶ。要はちらりと誠を見てそのままそっぽを向いた。東都警察も匙を投げたシンジケートや利権を持つ国々の非正規部隊の抗争劇『東都戦争』の舞台となった東都租界と言えばすぐに『胡州の山犬』として知られたエージェントの要が幅を利かせるのは当然のことだった。
「カウラ、気をつけとけよ。現在も潜伏している工作員もいるだろうからな。それに今回の超能力者製造計画をたくらむ悪の組織……」 
「ふざけるなよ、バーカ」 
 誠の特撮への愛を知っている要のリップサービスにその頭をはたくラン。
「まあトラブルになる可能性はアタシ等の方が大きいんだからな。お前らはとりあえず予定した調査ポイントでアタシの指示通りに動いてくれりゃあそれでいい」 
 まるで期待をしていないようなランの言葉を不快に思ったのかカウラはそのまま正面を向き直り車のエンジンをかける。
「そう気を悪くするなよ。相手は法術師を擁している可能性が高けーし、正直神前はあてにならねーし……」 
「そうだな、コイツはあてにならねえな」 
 要にまでそう言われるとさすがに堪えて誠も椅子に座りなおしてシートベルトをした。
「いじけるなよ。即戦力としては期待はしてねーけど将来は期待してるんだぜ」 
 ランのとってつけたような世辞に頭を掻く誠。カウラはそのまま乱暴に車を発進させる。
「姐御、カウラは結構根にもつから注意したほうが良いですよ」 
「そうなのか?」 
 囁きあう要とランをバックミラー越しに見ながらカウラはそのまま車を正門ゲートへと向かわせる。
 いつものようにゲートには警備部の歩哨はいなかった。カウラはクラクションを派手に鳴らす。それに反応してスキンヘッドの大男が飛び出してくる。
「緊張感が足りないんじゃないのか?」 
 いつもなら淡々と出て行くカウラにそう言われて面食らう大男。
「すいません……出来ればシュバーキナ少佐には内密に」 
 手を合わせるスキンヘッドを見下すような笑みで見つめた後、開いたゲートから車を急発進させるカウラ。
「確かになあ。根に持ってるわ」 
 ランは呆れたように車を走らせるカウラを眺めていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 31

 まさにチョコチョコと先頭を歩いて進むランを誠は萌える瞳で見つめていた。
「おい、さっきから目つきが怪しいぞ」 
 今度はわき腹を突く要。カウラは呆れたようにため息をつく。
「おう!ちょっと任務で出かけてくる!しばらくは連絡や報告は携帯端末にしてくれ」 
 実働部隊の部屋に顔を突っ込んでランが叫ぶ。明らかに青ざめた顔の楓以外が敬礼を返すのが見えた。そしてその隣では先ほどの虫を頬張っているシャムがいる。
「シャムもしつこいねえ。また楓に喰わせたな、ゾウムシの幼虫。でも本当にアイツは苛めたくなるよな!」 
 うっとりとした表情で吐き気に耐えている楓を見つめる要。その怪しげなタレ目の輝きに思わず誠は一歩下がる。
「貴様のせいなんじゃないのか?」
 ニヤニヤしながらランに続いて進む要にカウラが呆れたと言うようにそう言った。管理部の部屋では一人、背広姿で外のラン達を見つめている部長の高梨渉参事が見える。その調子はどこかランの一行がまた予算を無駄に使うと思って警戒しているようにも見えた。
「やはり他の隊員にも秘密なんですね」 
 誠の言葉に真剣な表情でランが振り向く。
「例のかつて人間だったものを公開するわけか?パニックが起きるだけだな」 
 そう切り捨ててそのまま階段を下りるカウラ。
「お出かけですか?島田班長に用があるんですけど」 
 降りてきたランに整備の若手のホープである西高志兵長が声をかけてくる。
「ああ、追加資材の発注だろ?権限は現状ではシンプソン中尉に委譲中だ。島田は別任務で動く」 
「はあ、そうですか」 
 ランの言葉に西はそのまま建物の奥の技術部の倉庫に走っていく。
「でもどうするんだ?明華の姐御が帰ってくるまでデカ乳が現場を仕切れるとは思えねえんだけどな」 
 そう言って要が笑う。技術部にアメリカ海軍から出向してきているレベッカ・シンプソン中尉と言えばその豊かな胸で知られていた。それにどちらかと言えば打たれ弱く、パニックに陥っているイメージが誠にもあって要の言葉ももっともなように聞こえた。
「一応仕事なんだからさ。たまには将校らしく毅然とした態度をとってもらわねーとアタシも困るんだよ」 
 ランはそのまま整備員達から敬礼される中を進んでグラウンドに出た。
「それと明日の日曜の練習は中止になるかな」 
 誠の顔を見ながらランがそう言った。保安隊野球部。ランの先任の明石清海中佐が部長を務めていた。
 秋の大会でもダークホースと呼ばれ、誠の左腕で都市対抗を目指していた部活動だが、部長の明石が去り、以前のように練習することは少なくなった。異動により明石がこの基地のある豊川に来れるのは本部勤務が無い土曜日と日曜日。だが最近は今日のように婚約中の保安隊技術部部長の許明華大佐と結婚関連の打ち合わせで練習が出来ない日も続いていた。
「まあ仕方ないな」 
 グラウンドを眺めてカウラがそうつぶやく。ハンガーを出て山から吹き降ろす北風に身が凍えるのを感じながら誠はランに続いて正門へと向かった。
 そこにある鉄柱には鎖がつながっていてその先にはシャムの友達であるコンロンオオヒグマの子供、グレゴリウス13世がいた。
「飯はねえぞ」 
 一言要がそう言ったのを見て怒ったようにうなり声を上げる。
「西園寺。熊と同レベルで喧嘩してどーすんだよ!」 
 思わず笑みをこぼしながらランはカウラが遠隔キーであけたスポーツカーの助手席のドアを開き、助手席を倒して後部座席に身を沈めた。

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