スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 20

「あら……お姉様方おそろいですのね」 
 窓の外には和装の美女の姿がある。嵯峨の双子の姉妹の姉の嵯峨茜。
 先月の同盟厚生局と東和軍の武断派によるクーデター未遂事件の解決でようやく来年度の正式発足が決まった『法術特捜』の新主席捜査官就任が決まった同盟司法局のエリート捜査官である。
「あと西園寺さんがタバコを吸って……」 
「おう、茜じゃねえか。会議ばかりで退屈じゃねえのか?」 
 喫煙所から戻ってきた要が茜の高級セダンの横に立っていた。ちらちらと要はその車を眺めるが、要はどちらかと言うとこう言う高級品的な車が嫌いだと何度も言っていた。その目はいつものようにただの好奇心で鏡にでもできるのかと言うほどの艶を見せる塗装を見つめているだけだった。
「会議も大切なお仕事ですわよ。特にわたくし達は国家警察や同盟司法局捜査部、場合によっては軍部との協力が必要になるお仕事ですもの。面倒だと言っても事前の綿密な連携が……」 
「聞こえない!何にも聞こえない!」 
 そのまま自分に対する説教になりかねないと思った要は両耳を手で押さえて詰め所の入り口に向かっていく。
「本当に要お姉さまは……」 
「茜ちゃんもそんなに説教ばかりしても……」 
 アイシャの言葉に大きくため息をつく茜。会議をサボる、会議では寝る、会議から逃げるの三拍子で上層部の不興を買うことを楽しんでいると言う噂の茜の父惟基。無類の女好きであっちこっちの部隊で同性にちやほやされることが趣味だと言ってはばからない妹楓。この二人を東都のはずれ豊川の部隊に残して都心に去ることに不安を感じている茜に誠は同情を禁じえなかった。
「そうですわね。カウラさん!」 
「はい!」 
 誠と同い年。だがどうしてもその雰囲気と物腰は落ち着いていてカウラですら緊張するようなところがあった。そして若干17歳で東和弁護士試験を合格したと言う回転の速い頭脳。あの嵯峨や楓すら御する腹の据わり具合。誠も声をかけられたカウラに同情する。
「しっかり要お姉さまのたずなを握っておいてくださいね」 
「うるせー!余計なお世話だよ」 
 上がりこんできた要がゲートのスイッチを押す。開くゲートを一瞥した後、茜は大きなため息をついて要を見上げた。
「なんだよ……」 
「何でもありませんわ」 
 そう言って茜は車に乗り込む。身を乗り出して駐車場に向かう茜の車を見送った後、要はずかずかと歩いてコタツのそれまで誠が入っていたところに足を突っ込む。
「何もねえって顔じゃねえよな!あれ」 
 その横柄な態度に態度の大きさでは要と負けていないアイシャですら大きなため息をついた。
「じゃあさっきの話の続きをするわね」 
 要を置いて話を始めようとするアイシャ。拳を握り締める要の手を握っカウラが頭を振るのを見てようやく要は落ち着いてコタツの外に正座している誠に勝ち誇った笑みを浮かべて見せた。

FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 19

「だってさー、ここにこうして詰めているのが歩哨の仕事でしょ?」 
「そこのロッカーに銃なら入ってるぞ。それ持って外で立ってろ。そうすれば仕事をしていると認めてやる」 
 みかんの皮をたたみながらのカウラの言葉にアイシャは頬を膨らませる。
「誠ちゃん!カウラって酷くない!」 
「はあ……」 
 誠はただ苦笑するだけだった。アイシャはその頼りない誠の態度にため息をつくと再び目の前の画面に目を向けた。
「でねでね!さっきの続きだけどね。今日、ランちゃんに頼んで今月の23日から来月の4日まで私達は休暇をとることにしたのよ」 
「したのよ?」 
 怪訝な顔でアイシャを見つめるカウラ。誠も突然のアイシャの言葉に驚いた。
「決定なんですか?」 
 誠の言葉に笑みを浮かべて頷くアイシャ。カウラはすぐに自分の腕に巻いた端末を起動させて画面を何度か転換させた後、大きくため息をついてアイシャをにらみつける。
「クバルカ中佐の許可も取ってあるな」 
 勤務体制の組み換えの許可は副隊長であるランの承認が必要だった。逆に言えばランが勤務体制がタイトに過ぎると判断すれば各人の休暇消化の指示が出る。事実、出動後のアサルト・モジュールのオーバーホールなどで超過勤務が続くことが多い技術部のメンバーには何度か休暇消化命令が出たこともあった。
「まあね。有給消化率の低い誰かさんを休ませると言ったらランちゃんすぐにOK出してくれたわよ」 
「ランちゃん?」 
 外からの声に驚いて誠はゲートの方を振り返る。そこには赤いヘルメットが浮かんでおり、その下にはにらんでいるような目があった。
「あ!クバルカ中佐……」 
 カウラはコタツの中の誠の足を蹴る。それを合図に誠は席を外している要に変わりコタツを出て這ってゲートの操作ボタンまで向かった。
「オメエ等暇そうだな……って西園寺はどうした?」 
 ゲートの開くのを見ながらデニム地のジャケットを着て小さなバイクにまたがっているランがエンジンを吹かす。
「ええと、要ちゃんならタバコ吸いに行きましたよ。それより休日出勤ご苦労様です!」 
 そう言ってにんまりと笑うアイシャを見てランは大きくため息をついた。 
「仕事を増やす部下ばっかりで大変だよ」 
 そう言い捨てるとランは工場の内部道路を軽快な音を立てて去っていった。
「でも……ほんとランちゃんてかわいいわよね」 
 うれしそうなアイシャ。それを見ながら寒さに負けてコタツに向かう誠。だが、コタツにたどり着く直前でゲートに現れた客の咳払いが聞こえてそのままの格好で誠はゲートの操作ボタンへと這って行った。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 18

「よう!」 
 立っていたのはコートを着込んだ嵯峨だった。手にはタバコを持って相変わらず何を考えているのか分からない脱力気味の視線で誠達を眺めている。
「叔父貴。警備部の訓練には付き合わないのか?」 
 要はそう言いながらゲートを開く。
 嵯峨は要と同じ胡州陸軍の軍籍の持ち主である。貴族制領邦国家、胡州帝国の四大公の一つ嵯峨家当主を次女でありこの部隊の第三小隊小隊長嵯峨楓に譲り今は一代公爵という爵位を持つ超上流の貴族である。要の父である胡州帝国宰相、西園寺基義公爵の義理の弟で西園寺新三郎と名乗っていたこともあるところから『人斬り新三郎』と言う二つ名の方が通りが良かった。
 だが今誠の目の前にいるのはそのような殿上貴族と言うにはあまりにも貧相なコートを着た目の色に生気のない男だった。そして愛車のスバル360が長身の嵯峨の後ろでぱすんぱすんと途切れそうなエンジン音を放っているのも嵯峨の貧乏臭さに止めを刺しているように見えた。
「やってられっかよ。アイツ等の室内戦闘技術は銀河屈指だぜ。俺みたいなロートルの出張る必要はねえよ」 
 そう言ってタバコを口に運ぶ嵯峨。保安隊、正式名称『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関実働部隊機動第一課』の隊長に彼が選ばれたのは胡州陸軍憲兵隊の隊長としての経験を買われたということになっていた。
 だがなによりその何を考えているのか分からないポーカーフェイスを野に放しておくのを一部の同盟諸国の首脳が怖がったからと言う噂は誠も耳にしていた。確かにぼんやりとタバコをくゆらす様は不気味に思える。
 そんな不審そうな誠の顔を見て不愉快そうな表情で嵯峨が背伸びをして部屋の奥を覗き込んでくる。カウラはタバコの煙を撒き散らす嵯峨をにらみつけ、嵯峨はそれに気づいて弱ったように頭を掻いていた。
 要の操作でゲートが開くと、軽く手を上げた後、黙って車に乗り込む。それを見た要がポケットからタバコの箱を取り出した。
「吸うなら外に出ろ」 
 軽いエンジン音を撒き散らして去っていく嵯峨の軽自動車の音に合わせるようにそう言うと、カウラは再びみかんに手を伸ばす。それを見た要は舌打ちをして立ち上がると誠の後ろの出入り口に向かった。
「じゃあヤニ吸って来るわ」 
「帰って来なくてもいいわよ!」 
「あとでぼこぼこにしてやる」 
 アイシャの挨拶に舌を出して答えた要が外へ消えていく。
「そう言えばどこまで話したっけ?」 
 アイシャはそう言うともぞもぞとコタツの中から足を抜いて正座をした。正面に座っていた誠は嫌な予感に襲われつつ、胡坐をかいていた足を引っ込めた。
「僕の家の正月はどうだって話ですけど……」 
「ああ、そうね。そうそう」 
 あいまいに頷きながらアイシャが左腕をコタツの上に置いた。腕に付いた小型の携帯端末の画面が誠とカウラの前に映る。
「今回は……私達は正月を満喫すると言う目的で動きたいと思います!」 
 アイシャのその宣言のとおり、そこには予定表のようなものが映っていた。
「仕事しろよな少佐殿」 
 みかんを口に運びながら、カウラは大きなため息をついた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 17

「いいねえ……部下にお茶を入れさせると言うのは」 
 心からそう思っているとわかるように湯飲みを抱え込んでコタツに足を入れてきた要。誠は愛想笑いを浮かべながら彼女を見つめていた。しかし、足をコタツに入れたとたん要の顔が不機嫌そうな色に染まった。そしてえしばらくするとコタツの中でばたばたと音がひびく。
「おい!アイシャ!」 
「何よ!ここは私が!」 
 明らかに足を伸ばすために身体を半分以上コタツに沈めているアイシャ。それに対抗して要も足を突き出す。
「子供か?貴様達は」 
 呆れたようにそう言って湯飲みに口をつけるカウラの視線がゲートのある窓に向かった。
「西園寺。仕事だぞ」 
「あぁ?」 
 アイシャとのコタツの内部抗争に夢中だった要が振り向いた。
 ゲート管理の部屋の詰め所の窓にはそれを多い尽くすような巨漢が手を振っていた。
「なんだよ!エンゲルバーグ。出て行きたいなら自分で開けろ!」 
「無茶言わないでくださいよ!警備室にいるんだから西園寺さん達が担当じゃないですか?仕事くらいはちゃんとしもらわないと」 
 その食べすぎを指摘される体型からエンゲルバーグと呼ばれる保安隊技術部法術技術担当士官、ヨハン・シュペルター中尉が顔を覗かせる。誠が目をやるとうれしそうに口に入れたアンパンを振って見せた。
「ったく……オメエはいつも何か食ってるな。少しは減量を考えろよ」 
 渋々コタツから出た要は再び四つんばいでゲートの操作スイッチに向かう。
「ヨハンさん、学会ですか?」 
 法術と呼ばれるこの遼州の先住民『リャオ』の持つ脳波異常を利用した空間制御技術。その専門家、そして法術の発現を地球圏社会で初めて公の場で見せ付けることになった『近藤事件』で活躍した誠の能力開発主任と言うのがヨハンの肩書きだった。
 事件が起きてもう5ヶ月が経つ今日。法術が戦争に使われることの是非、その能力の発現方法や利用方法に関しての学会が開かれるたびにヨハンは隊を留守にすることが多くなっていた。
「ああ、今度は大麗でやるんだと。ったく情報交換と言いながらそれぞれ情報を出すつもりなんてないんだから会合なんかする必要ないのにねえ……って開いたか」 
 開いたゲートを見るとヨハンは大きな身体を翻して自分のワンボックスに乗り込んだ。
「ったく」 
 出て行くヨハンの車を見送ると再び這って戻ってきた要がコタツに足を入れようとする。
「おい!」 
「何?」 
 にらみつけてくる要に挑発的な笑みを浮かべるアイシャ。
「足!」 
「長いでしょ?うらやましいんじゃ……って!蹴らないでよ!」 
 アイシャが叫ぶと同時にがたりとコタツ全体が揺れる。水音がして誠がそちらに視線を向けるとカウラの顔にお茶のしぶきが飛んでいる様が目に入った。
『あ……』 
 要とアイシャが声をそろえてカウラの顔を見る。カウラは何も言わずにポケットからハンカチを取り出すと静かに顔にかかったお茶を拭った。
「冷めてるから……大丈夫よね?」 
「アイシャが餓鬼みてえな事するからだろ?」 
「二人とも穏便に……」 
 カウラの沈黙が恐ろしくて誠も加えた三人は、意味も無い愛想笑いを浮かべる。当然三人の意識は次のカウラの行動に向いていた。
「要、仕事だ」 
 一言そう言ってカウラはポットと急須に手を伸ばした。ほっと胸をなでおろした要がゲートの方に目をやった。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 16

 そんなアイシャの雄たけび。誠の背筋を寒いものが走った。そしてその予感は的中した。
 アイシャの顔が作り笑顔に切り替わって誠に向かう。
「あの……なんですか?」 
 同情するように一瞥してゲートを閉じる要。カウラは係わり合いになるのを避けるように二つ目のみかんに取り掛かる。
「誠ちゃんの家の正月って何をするのかしら?」 
 満面の笑み。そんなアイシャがじりじりと顔を近づけてくる。
「別に大したことは……」 
「そうだな。西園寺の家のように一族郎党集まるわけじゃないんだろ?」 
 カウラはそう言うと剥いたみかんを口に放り込む。だがアイシャはにやけた表情を崩さずに満足げに頷きながら誠を見つめている。
「なるほどねえ、アイシャ。いいところに目をつけたな」 
 今度はいつの間にか誠の隣にやってきた要が身体を押し付けて耳元で囁いてきた。そのタレ目が誠の退路を断った。
「そんな普通ですよ。年越しそばを道場の子供と一緒に食べて、そのまま東都浅草(とうとせんげん)にお参りして……帰ったら餅をついて……」 
「おい、それが普通だって言ったら島田に怒られるぞ」 
 そう言って要は誠の頭を小突いた。言われてみて確かに父の剣道場に通っている子供達が集まるなどと言うことは普通はないことを思い出して誠は少し後悔した。
「え?誰が怒るんですか?」 
 警備室の窓の外から島田が顔を出している。後ろにあるのは誠の05式を搭載したトレーラー。運転席では西が助手席の誰かと楽しそうに雑談をしている。
「ああ、何でもねえよ!」 
 そう言うと要は四つんばいのままゲートを空けるボタンを押す。
「じゃあ明日はよろしくお願いしますよ!」 
 島田はそう言うと駆け足で車に戻って行った。トレーラーがゆっくりと走り出し、それを見送った要はまた四つんばいで誠の隣に戻ってくる。
「ああ、西園寺。明日は直行じゃないからな。いつもどおりに出勤。技術部の車で現地に向かう予定だからな」 
 カウラはそう言うと周りを見回した。厳しい表情が緩んでエメラルドグリーンのポニーテールの髪が揺れる様に誠は目を奪われる。
「ああ、お茶ね……」 
 その様子を見たアイシャが察して奥の戸棚を漁る。要はすぐに入り口のドアの手前に置かれたポットを見つけると蓋を開けて中のお湯の温度を確かめる。
「しっかり準備は出来てるんだな。うれしいねえ」 
 要はそのままポットをコタツの上に置く。急須と湯のみ、それに煎餅の袋を棚から運んできたアイシャがそれを誠の前に置いた。誠はこの三人がゲート管理をするとなればそれなりの準備をしておかないと後が怖いと思った警備部の面々の恐怖を思って同情の笑みを漏らした。
「入れるんですか?」 
 そんな誠に三人の視線が集まっている。
「当然でしょ?神前曹長」 
 そう言ってアイシャがにんまりと笑って見せた。反論は許されない。誠は茶筒を手に取り綺麗に洗われた急須を手にとって緑茶の葉を入れる。
「お茶の葉、ケチるんじゃねえぞ」 
「はいはい」 
 濃い目が好きな要の注文に答えるようにして葉を注ぎ足した後、ポットからお湯を注いだ。
「そんな入れ方してたら隊長に呆れられるわよ」 
 今度はアイシャである。緑茶の入れ方については茶道師範の免許を持ち、同盟軍幹部の間では『茶坊主』と陰口を叩かれる隊長の嵯峨ならばいちいち文句をつけてくるだろうとは想像が付いた。
 だが目の前の三人はただ誠をいじりたいからそう言っているだけ。それがわかっているので誠はまるっきり無視して淡々と湯飲みに茶を注いだ。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 15

「まあ自由にやって頂戴よ、カウラちゃんと誠ちゃんも」 
「なんだよ、主(あるじ)気取りか?」 
 アイシャと要。二人してみかんを剥くのに夢中になっている。顔を見合わせて冷めた笑いを浮かべると誠とカウラも靴を脱いで上がりこんだ。
「ああ、ゲート上げ下げは要ちゃんがやってね。私は寒いから」 
「なんだよ!アタシがやるのか?」 
 口にみかんを詰め込んだ要が四つんばいでゲートの操作ボタンのある窓へと這っていく。
「さて、今回私達がここに集まったのにはわけがあるのよ」 
「クリスマス会だろ?」 
 仕切ろうとした出鼻をカウラにくじかれてひるむアイシャ。だが、再びみかんを口に放り込んでゆっくりとかみながら皮を剥いている誠とカウラを眺めてしばらく熟考すると再び口を開いた。
「それだけじゃないわ。ランちゃんに聞いたけど……哀れでやけになったロナルド上級大尉はクリスマスだけでなく年末年始の間も勤務を希望しているらしいわ」 
「そうなのか……」 
 明らかに投げやりに返事をするカウラ。実際こういう時のアイシャに下手に口答えをするとうざったいだけなのは誠も知っていて、あいまいに首を縦に振りながら彼女の言葉を聞き流していた。
「それに年末の東都警察の警備活動の応援は手当が付くということで警備部の面々が定員をめぐって争っている状態だしねえ。コミケもシャム達が仕切るから私達は完全にフリーなのよ」 
「ああそうだな」 
 上の空でそう言うとカウラがみかんの袋を口に入れた。
「カウラちゃん。聞いてよ」 
「聞いてるって」 
 困ったような表情でアイシャを見つめるカウラ。
「つまりあれだろ。アタシ等は年末年始が暇になるってこと」 
 要はアイシャの言葉を聞いていたようで、兵員を満載した警備部のトラックの為にゲートを開けながらそう叫んだ。
「そうよ!それ。そこで私達がやるべきことが二つあるのよ」 
 高らかなアイシャの宣言に不思議そうな顔をするカウラ。
「二つ?クリスマス会だけじゃないのか?」 
「馬鹿だなあカウラ。クリスマス会とコミケでのアイシャの荷物持ちがあるだろ」 
「ああそうか」 
 納得してみかんをまた一口食べるカウラ。だが、そこでアイシャはコタツから立ち上がった。
「違うわ!一番大事なこと!家族のぬくもりに恵まれない私達三人に必要なイベントがあるじゃないの!」 
 その奇妙なまでに力みかえったアイシャの言葉に誠は明らかに嫌な予感を感じながらみかんを口に放り込んだ。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 14

「確かに……寝てないですからね、しばらく。ああ、今日は定時に帰りたかったなあ」 
 そう言いながら作業をしている部下達を眺める島田の疲れ果てた背中。同情のまなざしを向けるカウラの肩を要が叩く。
「無駄口叩いてねえでいくぞ!」 
 要は歩き始めた。技術部の整備班の面々は班長の島田の疲れを察してか段取り良くシートをトレーラーに搭載された05式にかけていく。その脇をすり抜けて要は早足でグラウンドに出た。冬の風にあおられてそれに続いていた誠は勤務服の襟を立てる。
「たるんでるねえ。それほど寒くもねえじゃないか」 
 笑う要だが、誠には北の山脈から吹き降ろす冬の乾いた空気は寒さしか感じなかった。振り向いたところに立っていたカウラもそぶりこそ見せないが明らかに寒そうな表情を浮かべている。
 そのまま正門に向かうロータリーへ続く道に出ると、すでにトラックに荷台に整列して乗り込んでいるマリアの部下である警備部の面々の姿が見えた。
「ご苦労なことだねえ。仕事熱心で感心するよ」 
 金髪の長身の男性隊員が多い警備部。良く見ると正門の近くで運行部の女性士官達が手を振ったりしている。
「今生の別れと言うわけでもあるまいし」 
 その姿に明らかにかちんときたような表情を浮かべて勤務服のスカートのすそをそろえている要。誠は愛想笑いを浮かべながら再び歩き始めた彼女についていく。
「あ!西園寺大尉とカウラさん……いやベルガー大尉ですか?」 
 通用門の隣の警備室からスキンヘッドの曹長が顔を出していた。彼は手に警備部の採用銃であるAKMSを手にして腹にはタクティカルベストに予備の弾倉をぱんぱんに入れた臨戦装備で待ち構えていた。
「これおいしいわよ!」 
 その後ろではうれしそうにコタツでみかんを食べているアイシャの姿がある。
「引継ぎの連絡はクラウゼ少佐にしましたから。俺達はこれで」 
 そう言うとスキンヘッドの曹長と中から出てきた角刈りの兵長は敬礼をしてそのまま警備部の兵員輸送車両に走っていく。
「遅いじゃないの!」 
 そう言うとアイシャはコタツの中央に置かれたみかんの山から誠、要、カウラの分を取り分けて笑顔で三人を迎え入れた。
「これはシャムちゃんお勧めのみかんよ。甘くってもう……後を引いて後を引いて」 
 その言葉通りアイシャの前にはすでに二つのみかんの皮が置かれていた。それを見た要もぶっきらぼうな顔をして靴を脱ぎ捨てるとすぐにコタツに足を入れてアイシャが取り分けたみかんを手にすると無言でむき始めた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 13

「ランはいるか?」 
 入れ替わるように入ってきた警備部部長マリア・シュバーキナ少佐に思い切りため息をついてみせるラン。それを見てショートカットの金髪を撫でながら笑顔を浮かべる長身のマリアが歩み寄ってくる。その二人を仕事をするふりをしながら要と誠は観察していた。
「そんな顔するなよ。一応保安隊のナンバー2はお前なんだ。それよりこれから訓練でかけるから声をかけようと思ってな」 
「アタシは非番の予定だったんだよ。それなら明華やリアナに言ったらいいだろ?」 
 さすがに疲れたと言う表情でランはマリアを見上げた。まるで小学校の先生と生徒である。誠は噴出しそうになる要をはらはらしながら眺めていた。
「閉所戦闘訓練だよなあ……もうそろそろ隊長や楓のお嬢様がお帰りになるころか……ってオメー等!遊んでないで!」 
 自分が見られていることに気づいて叫ぶラン。要と誠は頭を引っ込めた。隣では二人の上司と言うことでカウラが大きなため息をついてみせる。
「今日は歩哨担当も出すつもりなんだ。そこで……」 
 マリアはそう言うとカウラを見つめた。きょとんとした表情のカウラは自分の顔を指で指す。そしてそのまま視線を仕事をしているふりに夢中な誠と要に向けた。
「それとアイシャにも頼んでおいたからな」 
「余計なことすんじゃねーよ。カウラ!そう言うわけだ。とりあえず……」 
 諦めたランはそう言うと腕の端末に目を向ける。
「20時まで、ゲートで歩哨任務につけ!」 
「は!フタマルマルマル時までゲート管理業務に移ります!」 
 立ち上がったカウラに大きく頷いて見せてマリアは颯爽と部屋から出て行った。ランは仕方が無いと言うように誠と要に目を向ける。にんまりと笑った二人はそのまま立ち上がると出口で敬礼してそのままカウラを置いて廊下に出た。
「あ!お姉さま!」 
 声をかけてきたのは楓だった。そのまま走り寄ってこないのは明らかに彼女を見て要の表情が冷たくなったからだった。だが、要に苛められたいというマゾヒスティックな嗜好の持ち主の楓は恍惚の表情で立ち去ろうとする要を見つめている。誠も出来るだけ早く立ち去りたいと言う願望にしたがって楓の後ろの渡辺とアンを無視して、そのまま管理部のガラス窓を横切りハンガーへ降りる階段へと向かった。
「声ぐらいかけてやればいいのに」 
 追いついてきたカウラの一言にこめかみを緊張させる要。その表情を見てさすがのカウラも目をそらした。
 ハンガーではすでにトレーラーに搭載された誠の05式をワイアーで固定する作業が続いていた。
「あれ?カウラさん達は……」 
 目の下に隈を作って部下の作業をぼんやりと眺めている島田からの声に不機嫌になるカウラ。
「門番の引継ぎだ!警備部が訓練に行くからその代役だ」 
「ああ、さっきアイシャさんがスキップしていたのはそのせいですか」 
 そこまで言うと島田はハンガーの隅に置かれたトレーラーの予備タイヤの上に腰を下ろしてうなだれる。
「辛そうだな」 
 カウラの言葉に顔を上げた島田が力ない笑いを浮かべていた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 12

「怒られてんの!」 
 部屋には端末の前のモニター越しに入ってくる誠達をタレ目で見つめる要がいた。
「西園寺!無駄口叩く暇があったら報告書上げろ!オメー等もな」 
 そう言うとランは小さい身体で普通の人向けの実働部隊長の椅子によじ登る。その様子をわくわくしながら見つめる誠に冷ややかなカウラの視線が注がれていた
「ああ、仕事!仕事しますよ!」 
 そう言うと誠は自分の席に飛びつき、端末を起動させた。
「おう、仕事か?ご苦労なこっちゃ」 
 背広に着替えた明石がついでのようにドアから顔を出す。そして手にしたディスクをつまんで見せ付ける。
「ああ、明石。お前さんが預かったのか」 
 ランはそう言うと椅子から飛び降りててくてくと明石に近づく。だが、その彼女の前に彼女の背格好くらいの大きさの山が動いてきて思わずランは身をそらした。
「亀吉!」 
 驚いて叫ぶラン。その小山はシャムの保安隊内部に連れ込んでいるペットその2こと、ベルルカンゾウガメ『亀吉』だった。大きさのわりに軽快なフットワークを誇る亀吉は大口を開けてランを威嚇している。
「慣れないんですかね。目つきの悪いお子様には」 
 嫌味を飛ばす要だが、彼女が一番亀吉を苦手としていることは誠もカウラも知っていた。
「あの餓鬼が……」 
 ふつふつと怒りを燃やしているように握りこぶしを作るランだが、再び亀吉が口を開いたのを見ると手を引っ込める。それを見て明石も弱ったような顔でディスクを隣の棚に置くと亀吉を持ち上げて奥のシャムの机の隣のケージに運んだ。
「おう、ありがとうな」 
「クバルカ先任も苦労しとるようやね。ほいじゃあ本部に戻りまっさ!」 
 そう言って剃り上げられた頭を叩くと明石は出て行った。ケージから出ようと暴れる亀吉のたてる音が部屋中に響く。
「シャム……持って帰れよ」 
 心のそこからの叫びのようにそんな言葉を搾り出すと、安堵した表情でランは自分の席へと戻っていった。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 11

 すでに多くのメディアで紹介されてきた誠の機体は地球系植民惑星のすべてで、『誰か止めなかったの?』という落胆と『素晴らしい!感動した!』と言う賞賛を浴びる塗装が施されていた。それは全身にアニメやギャルゲーの魔法少女や戦闘ヒロイン、そして女子高生の幼馴染キャラで塗装されると言う痛い機体だったからだった。
「何を見上げているんだ……そうか、明日から東豊旗駐屯地の基地祭だったか」 
 特に関心は無いというようにカウラは誠の痛い機体を見上げる。世事に疎い彼女にはかわいい絵が描いてあるくらいの感想しかないのを知りながら誠は頭を描いた。
「でも人気ですよね、神前さんの機体。僕も何度かネットでこの塗装の05式乙型のプラモデルの写真見つけましたよ」 
「ああ、そう」 
 痛い目で見られるのは慣れている誠だが、こうしてカウラの澄んだ目で見上げられると恥ずかしく思えてきて頭を掻くしかなかった。開かれたコックピットに顔を突っ込んでいた整備員までいつの間にか誠達を見下ろしている。
「なんだ?お前等。帰ってきてたのか。兄さんは……まだなんだな」 
 ハンガーから二階の執務室へ上がる階段の上で声をかけてきたのは高梨渉(たかなしわたる)管理部長だった。東和軍の背広組みのキャリア官僚から腹違いの兄である嵯峨惟基の首根っこを押さえる総務会計総帰任者『管理部部長』の仕事をすることになった。
 その兄の嵯峨惟基とは似ても似つかないずんぐりむっくりした体型が階段の上で待ち構えている。
「ああ、すいません。先日の備品発注の件は……」 
「それなら後にしてくれ!西兵長。島田君は?」 
 階段を急ぎ足で下りてきた高梨はそのまま西のところに向かう。取残された誠とカウラはそのまま面倒な話になりそうなので逃げるようにして上に向かう鉄製の階段を登り始めた。
 階段を登りきると目に入るのはガラス張りの管理部のオフィス。軍服を着た主計任務の兵や下士官と事務官のカジュアル姿の女性が忙しく働いているのが見える。
「遅せーぞ!いつまでかかってんだ!とっとと来い!」 
 オフィスを眺めていた誠達を甲高い声が怒鳴りつける。アサルト・モジュール。特機と呼称される人型兵器の運用を任されている保安隊の中心部隊『実働部隊』の部隊長、クバルカ・ラン中佐がそこに立っていた。いつもの事ながら誠は怒ったような彼女の顔を見ると一言言いたかったがその一言は常に飲み込んでいた。
『萌えー!』 
 ランはこの部隊の副隊長であり、管理部部長許明華大佐や運行部部長鈴木リアナ中佐と同じくらいのキャリアを持つ古参の上級士官である。だが勤務服を着て襟に中佐の階級章をつけ、胸には特技章やパイロット章や勲功の略称をつけているというのに、まるで説得力が無くなって見えた。その原因は彼女の姿にあった。
 彼女はどう見ても小学生、しかも低学年にしか見えない背格好だった。124cmの身長と本人は主張しているが、それは明らかにサバを読んでいると誠は思っていた。ツリ目のにらむような顔つきなのだが、やわらかそうな頬や耳たぶはどう見てもお子様である。
「非番じゃなかったんですか?」 
 カウラはいつも不自然に思わずにそのままランのところに足を向ける。
「第四小隊の復帰の話が来ただろ?あれで訓練メニューの練り直しが必要になってな。どうせ休日ってもすることもねーからな」 
 そう言いながらランはにんまりと笑って詰め所の中に消えた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 10

「何が宿題だよ……どうせ第四小隊の連中がクリスマス休暇に入ったんだ。アタシ等が休んで良いわけねえだろうが」 
 吐き捨てるようにそう言って歩き出す要だが、彼女についていこうとした誠の顔を心配そうに見つめているカウラを見つけて振り向いた。
「カウラさん……何か?」 
 思わず不安そうな顔のカウラに声をかけた誠。そこで一度頭を整理するように天井を見上げたカウラが覚悟を決めたと言うような表情で口を開いた。
「それなんだがな。何でも……第四小隊は20日から勤務の予定なんだよな」 
 突然のカウラの言葉に誠は呆然とする。
「そんな……ロナルドさんは婚約者と……」 
「それが突然破棄されたんだそうだ。彼も相当荒れているらしいから仕事をして気分を変えたいと言うところなんだろうな」 
「でも……なんでですか?あの人結構良い人ですよ」 
「私に聞くな」 
 そう言うととぼとぼと歩き出すカウラ。そして誠は人のよさそうなロナルドが荒れている様を想像しようとしたが、いつもニコニコとしている穏やかなアメリカ海軍のエリート士官の表情がゆがんでいる様が想像できないでいた。
「なんだ、帰ってきてたの」 
 本館に入り、そのまま中で笑い声が絶えないアイシャ達の居る運行部の部屋を通り過ぎて、技術部部長室の前に来たとき、扉が開いて技術部のトップである許明華大佐が現れた。
『あ……』 
 誠もカウラも思わず声を出していた。
 彼女は来年の6月にタコこと明石清海中佐と結婚する予定があった。ロナルドの婚約破棄の話をしていた二人はそれを思い出して複雑な表情で上官を見つめていた。
「なんだなんだ?私の顔になんかついているとか……」 
 じっと自分を見つめてくる部下達の表情をいぶかしむように見つめる明華。だが、一番タイトな環境の技術部のトップには暇はなかった。何度か首をかしげるとそのまま二人を置いて早足でハンガーへと向かう。
「なんか話を聞いちゃうと意識してしまいますね」 
「ああ」 
 誠の言葉に上の空で返事をして再びカウラが歩き始める。技術部の各セクションの部屋を通過してハンガーへと出た誠達の前にはいつもなら隣の建物である車両置き場においてある人型兵器『アサルト・モジュール』の搬送用トレーラーが一台置かれていた。
 そしてその運転席では部隊の最年少で19歳の技術兵である西高志兵長が端末を手にじっと目の前の灰色の機体を見上げていた。
 保安隊の保有する12機のアサルト・モジュールのうちの一機。05式特戦乙型。そしてその担当操縦者は誠だった。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 9

「そう言えば……今日は?」 
 突然アイシャが思い出したように言う様を、明らかに仕上げの作業で煮詰まっているサラがうんざりしたと言う目で見つめる。
「呆けたの?今日は12月4日!吉田さんのところに今シャムちゃんの描いている原稿を今日中に仕上げないとって言いつけて出かけたのはアイシャじゃないの!」 
 そう言うと赤い髪を掻きあげた後、机の上のドリンク剤に手を伸ばした。
「4日ねえ……」 
「なんだよ言いたいことがあればはっきり言え」 
 要はアイシャの思わせぶりな態度に苛立っている。飽きれて詰め所に帰るタイミングを計っているようで落ち着かないカウラ。だが彼女達より圧倒的に階級が低い誠はただ黙って彼女達が次の行動を決めるのを待つしかなかった。
「この前の同盟厚生局のはねっかえりを潰した件で今回のコミケの準備は吉田さんが仕切ってくれることになってたし……」 
「マジかよ。おい、サラ。最後の仕事だそうだぞ」 
 吉田がコンピュータ端末の画面から伸び上がり目をやった先には死にそうな表情のシャムが原稿を手に取っている様が見えた。
「わかったー……」 
 ドリンク剤の効果もないというように半開きの目が痛々しいサラがそれを受け取ってしばらく呆然と天井を見上げているのが見える。
「つまり私と誠ちゃんはフリーなのよ!」 
「何を言い出すんだ?」 
「病気だ。ほっとけ。詰め所に帰るぞ」 
 突然力強く叫ぶアイシャだが、シャム達の疲労が伝染したと言うような疲れた顔をして誠の隣に来て肩を叩く要。明らかに胡散臭そうなアイシャの言葉に無視を決め込もうとするカウラ。二人に連れられて誠は修羅場から立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってよ!これはいい企画が……」 
「私の誕生会でもやろうって言うのか?素直にクリスマス会がしたいって言え」 
 カウラの一言にまるで衝撃を受けたようによろめくアイシャ。いつものように芝居がかった動きでそのまま原稿の仕上げをしているサラの隣の机に突っ伏した。
「アイシャ。みんな呆れてるわよ」 
 そう言って目もくれずにもくもくと作業を続けるサラ。
「サラまで……」 
「私もシャムちゃんの手伝いをしろって言ったのアイシャじゃないの」 
 明らかに不機嫌そうにそう言うとアイシャを無視する体制に入った。
「まあそうね」 
 サラが構ってくれないことで芝居をやめてアイシャは立ち上がった。
「じゃあシャムちゃん達を排除したクリスマス会の企画。これを考えてくる。ハイ!みんな。これ、宿題だから」 
 そう言うといつものように急な思い付きを誠達に押し付けて颯爽とアイシャは部屋を出て行った。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 8

「あとは……これが出来れば……」 
 シャムがそう言うとアイシャから見えるように目の前の原稿を指差す。
「がんばれば何とかなるものね。それが終わったらシャムちゃんは寝ていいわよ」 
 その言葉に力ない笑みを浮かべるとシャムはそのまま置いていたペンを握りなおした。
「じゃあがんばれよ。アイシャ!取り合えず報告に行くぞ」 
 いつの間にかアイシャの後ろに回りこんでいた要がアイシャの首根っこをその強靭なサイボーグの右腕でつかまえる。
「わかっているわよ……でもランちゃんは?」 
「ああ、今日は非番だな。代わりにタコが来ているぞ」 
 吉田は作業を続けながらそう言うと空になったポテトチップスの袋を口に持っていく。
 クバルカ・ラン中佐。彼女は現在の保安隊実働部隊隊長にして保安隊副長を兼ねる部隊のナンバー2の位置にある士官だった。見た目はどう見ても目つきの悪いお子様にしか見えない彼女だが、先の遼南内戦の共和軍のエースとして活躍した後、東和に亡命してからは軍大学校を主席で卒業したエリート士官だった。一方のタコと呼ばれる明石清海(あかしきよみ)中佐は遼州の外側を回る惑星胡州出身の学徒兵あがりの苦労人。野球と酒をこよなく愛する大男で誠達も所属している保安隊野球部の部長をしている男だった。先月の人事異動により保安隊の上部組織である遼州同盟司法局の調整室長を拝命し、ランとの引継ぎ作業と野球部の練習の為によくこの基地を訪れることがあった。
「タコが相手なら報告は後で良いや。とりあえず射撃レンジで……」 
「おう、ワシのこと呼んだか?」 
 腰の拳銃に手をやった要の後ろに大きな影が見えて誠は振り返った。長身で通る誠よりもさらに大きなそして重量感のある坊主頭の大男が入り口で笑みを浮かべていた。
「明石中佐。なんでこんなところに?」 
 さすがに気まずいと言うように要の声が沈みがちに響く。
「何ででも何もないやろ。シャムにええ加減にせんかい!って突っ込み入れに来たに決まっとるやなかい」 
「ああー……」 
 振り向きもせずに吉田が奥を指差す。左手を上げて明石に手を振るシャムがいた。
「一応、準待機言うても仕事中なんやで。少しは体調を考えてやなあ」 
「今年の秋の都市対抗の試合でバックネットに激突して肩の筋肉断裂って言う大怪我居ったキャッチャーがいたのは……どのチームかな?」 
 吉田のあてこすりにサングラス越しの視線が鋭くなるのを見て誠は二人の間に立ちはだかった。明石も吉田の挑発はいつものことなので一回咳払いをすると勤務服のネクタイを直して心を落ち着けた。
「ああ、ワレ等の室内訓練終了の報告な。顔さえ出してくれりゃええねん。取り合えずデータはアイシャが出しとるからな。それにしても嵯峨の大将相手とはいえ……まるでわややんか。ほんまになんか連携とか、うまく行く方法、考えなあかんで」 
 そう言って出て行く明石に敬礼するカウラと誠。要はタレ目をカウラに向けて笑顔を浮かべている。
「ここで暴れるんじゃねえぞー」 
 吉田はそれを一瞥した後、再び端末のキーボードを叩き始めた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 7

 遅い昼飯を本部のある豊川市の大通りのうどん屋で済ませた誠達はそのまま本部に着くとアイシャに引きずられて宿直室のある本部の別館へと連行された。
「どう?進んでる?」 
 別館の一階。本来は休憩室として灰皿や自販機が置かれるスペースには机が並んでいた。部屋に入ったとたん人の出す熱で蒸れたような空気が誠達を覆った。
「おう、早かったな」 
 コンピュータの端末を覗きこみながらポテトチップスを口に放り込んでいる第一小隊の三番機担当の吉田俊平少佐が振り向く。奥の机からはアイシャの部下の運用艦通信担当のサラ・グリファン少尉が疲れ果てたような顔で闖入してきた誠達を眺めていた。
「お土産は?何か甘いものは?」 
「無いわよ。急いできたんだから」 
 アイシャのぶっきらぼうな一言に力尽きたようにサラのショートの赤い髪が原稿の山に崩れ落ちる。
「そう言えばシャム……逃げたか?」 
「失敬な!」 
 バン!と机を叩く音。突然サラの隣の席に小学生のようなちんちくりんが顔を上げる。
「大丈夫かよ?」 
 カウラがそう言ったのは飛び上がって見せた第一小隊のエース、ナンバルゲニア・シャムラード中尉が頭から被り物をして飛び上がったのが原因では無かった。その目が泳いでいた。基本的に部隊の元気を支えていると言うようなシャムが頭をゆらゆらと揺らして薄ら笑いを浮かべている状況は彼女が相当な疲労を蓄積させているとしか見えなかった。
「アイツもさすがに三日徹夜……それはきついだろ」 
 吉田はそう言いながらモニターの中の原稿に色をつける作業を再開した。
「サイボーグは便利よねえ。このくらい平気なんでしょ?」 
 その様子を感心したように見つめるアイシャ。隣では複雑な表情の要が周りを見回している。
「他の連中……どうしたんだ?」 
 要の一言に再びサラが乱れた赤い髪を整えながら起き上がる。
「ああ、パーラとエダは射撃訓練場よ。今月分の射撃訓練の消化弾薬量にかなり足りなかったみたいだから」 
 パーラ・ラビロフ中尉とエダ・ラクール少尉もアイシャの部下である。当然、アニメーション研究会のアシスタントとして絵師のシャムや誠の作業を手伝うことを強制させられていた。アイシャはサラの言葉に何度か頷くと、そのまま部屋の置くの端末を使って原画の取り込み作業をしている技術部整備班班長、島田正人准尉のところに向かった。
「ああ、クラウゼ中佐……少佐?あれ?はあー……」 
 薄ら笑いを浮かべる島田。目の下の隈が彼がいかに酷使されてきたかと言うことを誠にも知らせてくれている。
 入り口で呆然としていた誠もさすがに手を貸そうとそのままシャムの隣の席に向かおうとした。
「がんばったのねえ……あと一息じゃない」 
 島田が取り込みを終えた原画を見ながら感心したように声を上げたアイシャ。それにうれしそうに顔を上げるシャムだが彼女にはもう声を上げる余力も残っていなかった。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 6

 助手席の窓から外を見ていた誠の目に初冬の木々は根に雪を残して広がっている。
「雪……積もるんですねここは」 
 惑星遼州の崑崙大陸の北東に浮かぶ島国、東和。そこの首都の下町で育った誠にとって枯れた木下の根雪は珍しいものだった。軍の幹部候補生訓練では雪山での行軍などの訓練もあったが、そこから一年も経つと凍えた手や凍傷寸前の足の感触などはまるで記憶の外の出来事のように思える。
「雪か……そう言えば私が覚醒して機能検査をしていた時期も雪が降っていたな」 
 山沿いのカーブの多い道に車を走らせるカウラの何気ない一言。それにアイシャは身を乗り出してくる。
「へえ、じゃあ誕生日もわかるんだ」  
「誕生日?」 
 要は怪訝な顔でアイシャを一瞥した後、再び視線を急なくだりの道路に走らせる。
「あれよ……私達はお母さんのおなかから出てくるわけじゃないのは知ってるわよね。ほとんど成人になるまで培養液の中で脳に直接必要な情報を焼き付けながら覚醒を待つことになるの。そして晴れて全身の体組成が安定して、そこに知識の刷り込みも終わった段階で培養液を抜いて大気を呼吸することになるのよ」 
「それが誕生日か?」 
 なんとなく言葉を返した要。誠からは彼女の顔が見えないが、要の焦った表情からはアイシャの表情がかなりの恐怖を引き起こすようなものだったらしい。
「それを誕生日と呼ぶのか……それなら12月24日だな」 
 何気ないその一言に要にじりじりと詰め寄っていたアイシャが身を乗り出してくる。誠の目の前に燦々と降り注ぐ太陽のような笑顔を浮かべているアイシャがうっとおしいと思ってしまった誠は思わず目を背けた。大体こういうときのアイシャと関わるとろくなことがない。それは配属されてもう半年が経とうとしている誠には十分予想できることだった。
「クリスマスイブだなあ」 
 要はアイシャが言葉を口にする前にポツリとつぶやいた。身を乗り出していたアイシャが要に振り向いた。そして誠からは明らかに焦っている要の表情が見えて思わず噴出した。
「なによ……誠ちゃん。誕生日よ!誕生日がクリスマスイブなのよ!」 
「そりゃあなあ。この遼州は地球とほとんど自転周期が変わらないし、一年もうるう年無しの365日。地球と似ている部分が多すぎるところだからな。そんな偶然に比べたらカウラの誕生日が……」 
「うるさい!ボケナス!」 
 そう言ったアイシャのチョップが要の額に炸裂する。だが、要はサイボーグであり、頭蓋骨はチタン合金の骨格で出来ていた。思い切り振り下ろした右手を押さえてそのまま後部座席にのけぞるアイシャ。
「貴様等、暴れるな!私の車なんだぞ!」 
 怒鳴るカウラの口元を見た誠は、そこに歌でも歌いだしそうな上機嫌な笑みを浮かべているのを見つけた。
「気づかなかったんですか?」 
 そう言ってみた誠だが、カウラはまるで誠の言葉が聞こえないようでそのまま一気にアクセルを踏み込んで急な上り坂に車を進めた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 5

「これは少佐……アイシャ・クラウゼ少佐ですか?」  
 そう言うとエルマが厳しい表情に変わり直立不動の姿勢をとる。あきれたように笑みを浮かべるアイシャ。それをしばらくカウラは見比べていた。
「良いのよ、別に気なんて使わなくても」 
「いえ……クラウゼ少佐の話は教育施設でも良く聞かされましたから。ゲルパルト独立戦争でのエースとして、あのゲルパルト共和国大統領、シュトルベルグ大佐貴下の遊撃部隊での活躍。私の仲間でも知らないものはいませんから」 
 目を輝かせるエルマにカウラは気おされていた。カウラもアイシャもゲルパルトの人造人間計画『ラストバタリオン』で製造された人造人間である。だが、終戦時に育成ポッドの外にいたのは保安隊では運用艦『高雄』の艦長で運行部の部長鈴木リアナ中佐一人だと誠は思っていた。
「アイシャさんはゲルパルト独立戦争に参加したんですか?」 
「教えてくださいよ!オバサン!」 
 誠の純粋な疑問にかぶせてがなりたてる要。握りこぶしを作りながらアイシャがじりじりと要に近づいていく。
「馬鹿をやっている暇は無いんじゃないのか?エルマ……ちょっと急ぎの用事があってな。いくぞ、西園寺!」 
 馬鹿騒ぎが起きることを察知したカウラがそう言って要の手を引いた。唖然とするエルマを置いて駐車場の隅に向かうカウラ。
「要ちゃん」 
 カウラの赤いスポーツカーにたどり着いたアイシャが珍しく米神をひくつかせながら要をにらみつけている。
「なんだよ。急いでいるんじゃねえのか?シャムのことだ。徹夜が続くとまた逃げ出すぞ……と言うか逃げたんだな」 
 助手席のドアを開けた要はシートを倒してすぐに後部座席にもぐりこんだ。何も言えずに同じように乗り込むアイシャ。
「一応言っておくが、アイシャは早期覚醒で実戦に投入されたわけだ。私やサラみたいに自然覚醒まで培養ポットで育った者より稼動時間が長いのは当然だろ」 
 気を利かせてのカウラの一言。すぐにガソリンエンジンの響きが車内を満たす。
「いいわよそんなフォロー。それより久しぶりだったらお茶くらいしていけばいいのに」 
 アイシャの言葉にちょっとした笑みを浮かべるカウラ。車は駐車場を出て冬の気配の漂う落葉樹の森に挟まれた道に出た。
「今でもそう言うことには関心が持てないからな。アイシャほど実社会に対応した期間が長くは無い」 
「何よ!カウラちゃんまでそんなこと言うの?」 
 アイシャの膨れっ面がバックミラーに映っている。誠は苦笑いを浮かべながら対向車もなく続く林道のを見渡していた。
「稼働時間を年齢とすると……8歳か、カウラは」 
 何気なく言った要の言葉にハッとした表情に変わるカウラ。
「ロリね……ロリキャラね」 
 アイシャが非常にいい顔をするので明らかにその様子を眺めていたカウラが渋い表情を浮かべる。
「でも8年で大尉に昇進なんて凄いですね」 
「そうだな、どこかの誰かは三週間で少尉候補生から曹長に格下げ食らったからな」 
「西園寺さん勘弁してくださいよ」 
 誠は自分の降格をネタにされて後ろで窮屈そうに座ることにすでに飽きている要を振り返る。
「そう言う誰かも降格食らったことが無かったか?」 
 カウラの皮肉に要は黙り込むことで答えようとしているように口をへの字に結んで外の枝だけが残された木々に視線を移していた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 4

 冬の弱弱しい日差しが屋内戦闘訓練場を出た誠達に降り注いだ。次の訓練予定が入っている東都警察強襲機動隊の面々が寒空の中、缶コーヒーを飲みながら駐車場で待機していた。
 男性隊員の視線が要に集まる。要は心地よいとでも言うように強調された胸のラインを疲労しながら中性的に見えるカウラの後に続いていた。しばらく歩いていたカウラだが、あからさまな視線に飽きれて要を振り返った。
「あれ?隊長殿はそう言うことは気にはされないと思っていました……が?」 
 そんな挑発的な要の言葉に不機嫌になるカウラ。ようやくこの状況に気づいたように東都警察の部隊長の眼鏡をかけた女性指揮官が咳払いをしている。
「あ……あ?」 
 エメラルドグリーンのポニーテールを降りながらカウラの視線は女性指揮官に注がれた。
「エルマ……エルマじゃないか!」 
 そのままカウラはエルマと呼んだ女性士官に向かって近づいていく。誠も良く見ればその士官の髪がライトブルーでそれが遼州星系で起きた前の大戦の敗戦国ゲルパルトが製造した人造人間「ラストバタリオン」のものであることに気がついた。
「なんだ……カウラか」 
 女性隊長はそう言うと複雑な表情で近づいていたカウラの手を握った。
「なんだ、知り合いか?」 
「まあな」 
 そう言って手を握り合うカウラ。だが誠にはその二人の表情はどこかぎこちなく見えた。エルマの部下達も少し怪訝な表情で二人を見つめている。
「紹介ぐらいしろよ」 
 要の声に後ろから駆けてきたアイシャが頷く。それを見てカウラは驚いたようにエルマの手を離した。
「そうね。エルマ……エルマ・ドラーゼ警部補。東都警察だったな、所属は」 
「そうだが……これが噂の保安隊の人達か」 
 エルマの視線が誠達に向く。要、アイシャ、誠。三人ともそれぞれの意味で警察や軍部では有名人と言うこともあり、エルマの部下達も囁きあっている。
「それにしても出世したものだな、お互い」 
 そう言うエルマのおかっぱに刈りそろえられたライトグリーンの髪が揺れる。カウラは振り返って部下の要と誠。そしておまけのアイシャの方を見て困ったような表情で鈍い笑みを浮かべた。
「確かに。でもそちらは良い部下に恵まれているみたいじゃないか」 
「アタシ等は悪い部下だと言いてえわけだな」 
 カウラにあてこするように振り返った要が誠とアイシャを見つめる。アイシャは勤務服の襟の少佐の階級章を見せながら頬を膨らませる。誠も頭を掻きながらエルマを見つめていた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 3

「アタシよ……何?逃げた?吉田さんも一緒?ゲーセンとプラモ屋、それに本屋と食べ物屋を頭に入れて巡回……そうね、マリアお姐さんには貸しがあるから警備部の非番の連中もかき集めて頂戴」 
 そう言うとアイシャは通信端末を切った。その内容は誠にも予想できることだった。
 遼州同盟保安隊。司法実働機関として嵯峨惟基の指揮の下、実績を重ねている部隊のレクリエーション機関の存在があった。それは『アニメーション研究会』。会長はアイシャだった。
 コミケや近隣豊川市のプラモデルコンテストなどを牛耳るその組織。そこには人気絵師のナンバルゲニア・シャムラード中尉と神前誠曹長の活躍があった。
 今日はナンバルゲニア・シャムラード中尉は部隊での勤務と言う名目による執筆活動が佳境を迎えているところだった。もう残すところ一週間も無いコミケの原稿締切日。動物と仲良く遊ぶことが趣味の彼女は三日にわたり宿直室に監禁されて執筆を続けていた。だが、遼南の7騎士に序せられる彼女の身柄を確保することはアイシャのシンパでも不可能なことだった。
「なんだ?シャムが逃げたのか?」 
 突然の報ににやりと笑って顔を突き出す要。だが、アイシャはすぐに状況打開の策を編み出していた。
「アイシャ!」 
 カウラが声を出す暇も無かった。すぐに誠の腕を掴みそのまま重い扉を開く。
「アイシャさん……」 
 その行動で誠はシャムの抜けた穴を自分で埋めようとしているアイシャの魂胆を見抜いた。しかし、何が出来るでもない。要は完全にアイシャのさせるままにしている、カウラにいたっては立ち上がってアイシャの後に続いて開いたドアに続く。
「アイシャさん……」 
「大丈夫よ。マリアの姐御はきっとシャムをつきとめるわ」 
 そう言って誠の手を引いて廊下を進むアイシャ。気になったのか誠が見ている後方では要がニヤニヤ笑いながら付いてくる。
「車は私のでいいんだな」 
「お願いできるかしら」 
 誠の意思とは関係なく、アイシャとカウラの間で話がまとまる。その様子ににんまりと笑う要。
「シャムは毎年逃げてないか?」 
「まああの子にじっとしていろって方が無理な話なんじゃないの?」 
 そう言うとアイシャは訓練場の粗末な階段を降り始める。窓の外を見れば、この訓練場の本来の持ち主である東和陸軍の特殊部隊の面々が整列している様が見れた。
「ご苦労様ねえ」 
 そう言いながらアイシャは戦闘服のままの誠の手を引っ張って埃が巻き上がるような手抜き工事の階段を下りながら早足で歩き続けた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 2

 誠が入ってきた重い扉を開いて重装備のカウラと普段の勤務服にピコピコハンマーを持った嵯峨が姿を現した。
「なんだよお前等。たるんでるんじゃねえのか?これじゃあしばらくは俺も前衛に出なきゃならねえじゃねえか」 
 そう言いながらもニコニコと笑い、奥の棚のコーヒーメーカーに向けて真っ直ぐに歩いていく嵯峨。入り口に立ったまま装備も外さずに渋い表情を要に向けているカウラが気になって誠は自然を装いながらカウラに近づく。
「ドンマイ」 
 アイシャがデータをまとめながら手を上げてそう言った。その言葉に要はアイシャの後ろに回り後頭部をはたく。
「何すんのよ!」 
「ああ、蚊がいたんだ」 
「もう十二月よ!いるわけ無いじゃないの!」 
 明らかに芝居とわかるような怒り方をするアイシャに誠はこめかみに手をやった。二人がにらみ合うのを見てようやくヘルメットを脱いだカウラがつかつかと要に歩み寄る。
「止めておけ、西園寺」 
「ああ、隊長さんのお言葉なので……」 
 そう言うと自分より一回り背の高いアイシャを特徴的なタレ目で見上げて薄笑いを浮かべてみせる要。その態度に明らかに不機嫌になりながら銃の弾倉を入れてあったベストをテーブルに放り投げるカウラ。
 珍しく楓が誠に黙って手招きをする。男には興味がないと思っていた上官の指示という事で近づく誠の耳に口を寄せてきた。
「神前曹長だけだ、お姉さま方の説得頼むぞ」 
 楓が言ったのはそれだけだった。隣で使用した模擬弾の抜き取りを終えた渡辺、ベストを専用のケースにしまったアンが楓を待っている。
「それじゃあお先に失礼します!」 
 素早く背筋を伸ばして敬礼する楓達。
「おう、ご苦労さん!」 
 ピリピリとした雰囲気をかもし出しているカウラ達を面白そうに眺めていた嵯峨が振り返って娘に手を振る。
「隊長……」 
 三人の仲裁を押し付けられた誠は泣きそうな表情で、部隊長である嵯峨の隣の席に座って彼のにんまりと笑う顔を見つめていた。
「コーヒー……どうだ。お前も飲んだ方がいいんじゃないか?疲れただろ」 
 そんな嵯峨の言葉もにらみ合う要とアイシャを気にしている誠には届かなかった。いつもなら止めにはいるカウラもここ三回続けて要の暴走で閉所訓練で嵯峨を倒せていないこともあって二人を止める様子も無かった。
「いい身分だな。ぬくぬくしたところで指示だけ出しているんだ。気楽だろ」 
「へえ、やっぱり上官の命令を聞かないサイボーグは言うことが違うわね」 
 次第に二人の間の空気が不穏になっていく。そこで突然アイシャの携帯端末が鳴った。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 1

「西園寺の反応が……消えた?」 
 バリケードの影で隊長のカウラ・ベルガー大尉がつぶやくのが第二小隊のアサルト・モジュール三番機担当、神前誠(しんぜんまこと)曹長に聞こえた。
 二ヶ月に一度の閉所戦闘訓練の仕上げである遼州司法局特殊部隊保安隊隊長、嵯峨惟基(さがこれもと)特務大佐を相手にしての模擬戦。手にした模擬銃を抱えて誠はじっと薄暗い通路を眺めていた。
『相手は一人……しかも銃を持っているわけじゃない』 
 誠も分かっていた。普通ならば負けること自体がありえない状況であることを。
 嵯峨はこの訓練にはピコピコハンマー以外持ち込むことは無かった。今日は第三小隊が誠達の前にこの同じ訓練場で嵯峨と対峙したが、3分と持たずに背中にピコピコハンマーの一撃を受けて壊滅と言う結果になっていた。
「とりあえずこのまま通路を進むぞ」 
 凛と響く声で囁くカウラ。もう一人の上司である西園寺要大尉はいつもどおり単独で先行して嵯峨の奇襲を受け反応が消えていた。同じところに留まることをしない閉所戦のプロである嵯峨には要がやられた場所の近辺を捜索するなど無意味なことだった。
 通路が分かれる地点でカウラが手を上げて続いて進んでいる誠に止まるように指示を出す。彼女は額に落ちてくるエメラルドグリーンの鮮やかな前髪を払うとポケットからファイバースコープを取り出す。
 しばらくの沈黙。誠は銃の引き金に指をかけたまま緊張感に耐えながらカウラの索敵の様子を見つめていた。
 カウラの手が上がる。そのままわき道を通過しろと言うハンドサインに誠はそのまま立ちあがって要に続こうとした。
「ピコ」 
 間抜けなハンマーの音が誠の後頭部で炸裂する。驚いて振り向くカウラだが、すでに嵯峨の姿は無い。ピコピコハンマーでの攻撃を受けて死亡状態となった誠はそのまま銃を掲げて静々と訓練場の通路を歩いて行った。舌打ちして走り出すカウラに規則として実は誠を盾に隠れていた嵯峨の存在を告げることは許されないことだった。
 訓練場の建て付けの悪い扉を開き、そのままとってつけたような作業現場の足場のような階段を登り、打ちっ放しのコンクリートの壁の通路を抜け、重い鉄製の扉を開くと重装備の身体には暑すぎるほどに熱せられた待機室にたどり着いた。
「馬鹿だねえ……後ろに回ってたんだよ。あんなところで通路だけ押さえたって意味ねえだろ?」 
 そう言ってタレ目をさらに強調させた表情で笑う女性士官。彼女が西園寺要大尉だった。訓練場につけられたモニターではすでに背中を取られたことに気づかずに警戒しているカウラの姿が見える。嵯峨は忍び寄ると素早くハンマーを下ろし、間抜けな『ピコ!』と言う音が響いた。
「そうは言いますけど西園寺さんが勝手に先行しなければこんな簡単には終わってないと思いますよ」 
「なんだ?ずいぶんと絡むじゃねえか。偉くなったもんだなあ」 
 180センチを超える長身の誠を見上げる要の目は明らかに誠を馬鹿にしているように見えたが、そのモデルのような体型であるにもかかわらず重量130kgの軍用サイボーグの義体の性能を知っている誠は黙って要が画面に見入っている第三小隊の面々に向き直るまで待っているしかなかった。
「さすが父上と言うか……僕も修行が足りないのかもしれないな」 
 そう言って模擬銃の弾倉を外すのは嵯峨惟基の双子の娘の妹である第三小隊隊長、嵯峨楓(さがかえで)少佐。その弾倉を受け取り静かにうなだれているのが彼女を慕う部下の女性士官渡辺かなめ大尉だった。
「法術が使えればこう簡単にはやられないと思うんですけど……神前先輩。どう思います?」 
 しなだれかかろうとする小柄な美少年アン・ナン・パク軍曹に思わず後ずさる誠。誠はこの女性的な雰囲気のある小柄な後輩が苦手で、つい身を引いてしまう。そんな誠を見上げるアンの悲しむような瞳。
「アン君かわいそうにねえ。お姉さんが慰めてあげようかしら?」 
 備え付けの戦闘記録の分析を行いながら振り向いた遼州同盟司法局機動部隊の運用艦『高雄』の副長、アイシャ・クラウゼ少佐の声が響く。彼女の声ににびくりと震えてアンは首を横に振った。
「つまらないわねえって要ちゃん。何?その顔」 
 コブシを握り締めて威嚇している要を一瞥した後、アイシャは再び戦闘データの解析の作業に戻っていた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 152

「さてと……これで失礼しますね」 
 老人の一言にようやく要は視線を上げる。
「あ!……ああ……」 
 自分の隠していた地がばれたことに気づいてうろたえる要。それをニヤニヤしながら見上げる嵯峨。この見慣れた光景を見ている老人の表情に、安心したような表情が浮かんだのを見て軽く頭を下げた。
 誠の行動ににこりと笑って答えた老人。
「本当にすいません。西園寺はこういう奴なので……」 
 抗議するような視線の要を無視してカウラが老人に頭を下げる。
「いえいえ、素敵な人達ばかりで……アイツもあなた達に見送られて逝ったなら幸せだったんでしょう……」 
 再び目に涙が浮かぶ老人。そんな彼の肩を叩く明華の姿にそれまでの騒がしい応接室は沈黙に包まれていた。
「ああ、湿っぽいのはここには似合いませんよね。じゃあ、西園寺大尉には一つだけお願いをしたいのですけど……」 
 老人は涙を拭うと笑顔を作って黙り込む要を見つめる。
「ああ、できることなら何でもしますよ」 
 嵯峨を折檻するのをやめて立ち上がった要。真剣なタレ目が見える。
「うちの店に……新港で営業始めますから。是非来てください」 
 要は大きく頷くがすぐにシャムと吉田を振り返った。
「要ちゃんのおごりだもんね!」
「違うだろ!」 
 シャムを怒鳴りつける要だが、隣の吉田やアイシャは大きく頷いてシャムのそばに一歩近づく。
「わかりました。新港に行くときは西園寺のおごりでうかがいます」 
「何勝手に決めてんだよ!カウラ!」 
 真剣な顔でカウラにまでそう言われて今度は要が泣きそうな顔になる。そんな光景をうれしそうに見守る老人。
「では、お世話になりますね。これからも」 
 そう言うと一礼して老人は出て行った。
「たいへんだなあ……要坊」 
 タバコの箱をポケットから取り出しながら応接室のソファーに座っている嵯峨がニヤニヤと笑う。
「まあうどんは嫌いじゃないからな。仕方ねえけど一回分くらいはおごってやるよ」 
 その要の言葉に目を輝かせるシャム。
「たいへんですね……西園寺さん」 
 誠は思わずそう言うが振り向いた要の笑顔の中で目が笑っていないことに気がついて口をつぐんだ。
「おう!それじゃあ練習するか」 
 要はそう言って立ち上がる。誠もカウラもその言葉の意味が分からずにいた。
「そうね、あの人はパーラに連絡とって駅まで送らせるから」 
 察して立ち上がったパーラはそう言うと腕の端末を掲げている。
「ランニングからですか?いつもどおり」 
 吉田の言葉にようやく要が言い出した練習が野球部のものだとわかって誠は嵯峨に目をやる。
「いいんじゃないのか?俺もしばらく運動してなかったしなあ」 
 立ち上がって伸びをする嵯峨に冷たい目を向ける安城。その厳しい表情を見て諦めて腰を下ろす嵯峨。
「安城隊長。ランニングくらいならいいんじゃないですか?どうせ隊長の運動不足解消の必要があるのは事実ですから」 
 含み笑いを浮かべて嵯峨を見やるのは小さなラン。
「そうね、十キロ走の訓練があるんでしょ?それに隊長自ら参加するのも悪くない話かもね」 
「秀美さん……それは無いですよ」 
 そう言いながら苦笑いを浮かべる嵯峨。大きな亀を抱えたシャムがニコニコ笑いながらその光景を見守っている。
「じゃあ全員着替えてハンガーに集合!」 
 要はそう言って足早に応接室を後にする。
「しゃあねえなあ……」 
 諦めたように嵯峨は立ち上がって屈伸運動を始める。
「それじゃあお先に失礼します!」 
 誠はそう言うとそのまま応接室を後にした。そこには彼を待っていた要の姿があった。
「要さん……」 
「なんだ?」 
 問いかけにぶっきらぼうに答える要。そこにはいつもの要がいる。先ほどまでの飾った姿ではなく、アイシャが言う『底意地の悪そうな表情』の要に誠は安心感を覚えた。
「とりあえず十キロ走って……お前はヨハンを立たせて50球ぐらい投げるか?」 
「やっぱり走るんですね」 
「そりゃそうだろ?安城隊長が見てるんだ。叔父貴も嫌とは言わねえだろ」 
 そう言うと要は女子更衣室に向かう。
「ご愁傷様!」 
「お前も走るんだよ」 
 遅れて出てきたアイシャ、それに声をかけるカウラ。ただ黙ってうつむいて男子更衣室へとぼとぼと歩む嵯峨。
「隊長」 
「ああ、気にするなって。運動不足を何とかしたかったのは事実だしなあ」 
 そう言った後大きなため息をつく嵯峨。再び取り戻した日常に誠はただ半分呆れながら足を突っ込んでいく自分を感じているだけだった。


                                  了


FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 151

「すいませんねえ。うちの餓鬼共は躾がなってなくて……」 
 頭を掻きながらそう言う嵯峨に痛々しい視線が集中する。嵯峨の浮かべた苦笑いは老人にも伝染した。
「でも楽しそうでいいじゃないですか。東都警察の仏頂面に比べたらずっとましですよ」 
 老人の言葉に東都警察との出動が多い同盟司法局機動隊の隊長である安城が大きく頷いている。
「まあ人間味あふれる部隊と言えば格好が付きますかね」 
「あまり自慢にはならないんじゃ無いですか?」 
 自分の言葉を明華に一言で否定されて泣きそうな顔をする嵯峨。彼らを無視して要とシャムの口論は続いていた。
「勤務中に銃を携帯する必要なんて無いんだからね!」 
「そりゃお前がぼけてるだけだろ?常在戦場がアタシ等の気概として必要なんだよ。当然敵が出てくりゃ鉛弾の一発もくれてやるのが礼儀って奴だ」 
「お前は一発じゃすまないだろ……」 
「カウラちゃん。良いこと言ったわね」 
「お前等は黙ってろ!」 
 三対一。分の悪い勝負と悟ったように島田が持っていた銃を奪い取ると要はそのままホルスターにそれを差し込む。カチリと響く音で固定されたのを確認するとそのままシャムが頭を撫でている亀に近づく。
「しかし……なんでこんなのがいるんだ?」 
「そりゃあ俺とシャムが車に乗せて運んだからだな」 
「そう言うことを聞いてるんじゃねえよ!叔父貴!」 
 亀の甲羅を叩きながら要の視線が嵯峨に飛ぶ。
「別にいいだろ。危険物を運んだわけじゃないし」 
「それ甘すぎだろ?ここは職場であって動物園じゃ無いんだ。ペットの持ち込みは……」 
「動物園は普通ペット持込禁止よね。動物が暴れるから」 
 減らず口を叩くアイシャを要がにらみつける。
「亀がいると何か邪魔になるのか?」 
「おい!叔父貴。普通職場に亀はいないだろ?」 
「すっぽん料理の専門店とか……」 
「うちはいつから料理屋になったんだ?」 
「ひどいよ隊長!亀吉を食べるなんて!」 
 うかつな一言でそれまで嵯峨の味方だったシャムまでも嵯峨を責める様な視線を向けてくる。その隣では他人の振りの吉田がニヤニヤと笑っている。
「食べるってのは……冗談?」 
「何で疑問形なんだ?」 
 そう要に突っ込まれると嵯峨は仕方が無いと言うように頭を下げた。


FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 150

 老人は笑い始めた。それを見て一緒に意味も無く笑おうとしたシャムの頭を吉田がはたく。
「本当に素敵な方たちですねえ。西園寺様。あの人たちはあなたの身分を……」 
「身分?そんなものここじゃ関係ないですよ。それにアイツとあった頃のアタシもそう言う状況じゃなかったですから」 
 思わず照れて頭を掻く要。その後ろにじりじりとアイシャは迫る。
「なに気取った口調でしゃべってるのよ。いつも通りのほうがうどん食べに行くとき気が楽でしょ?」 
「オメエは食うことしか頭に無いのか!」 
 そう言って頭に当てていた手をアイシャに振り下ろすが、アイシャはそれを素早くかわしてシャムのところに顔を出す。
「怖いわよねえ……あんな化け物相手に怖かったでしょう?」 
「おい、アイシャ。一遍死んで見るか?」 
 じりじりと指を鳴らしながら近づく要を振り返るアイシャ。老人はそんな光景を笑顔で見つめていた。
「良いですね……仲間って感じがしますよ」 
 後頭部を殴られたせいでじっとその光景を離れてみていた誠に老人がつぶやいた。
「確かにうちはコンビネーションが売りですから」 
 そう言って苦笑いを浮かべる誠を羨望の目で見つめる老人。
「こういう仲間がいれば……あいつも道を踏み違えたりしなかったでしょうね」 
 老人の目に再び涙が光る。どうすることも出来ずに誠はただ老人のそばでシャムと怒鳴りあいをはじめる要を見つめていた。
「なんだってこんなところに連れて来たんだ!ここは職場だぞ!動物園とは違うんだからな!」 
「何でよ!グレゴリウスもいるじゃないの!それにこの亀は前回のベルルカン出動の時に世話になった村長さんから貰ったのよ!粗末にしたらバチが当たるんだから!」 
「いや、ナンバルゲニア中尉。村長とバチは関係ないと思うぞ」 
 カウラまでも巻き込んで広がるどたばた。頷きながら要達を見守る老人。
「おい!暴れんじゃないよー!」 
 ドアが開いて入って来たのは嵯峨。さらに明華と明石、部外者である安城までもが部屋に入ってきた。
「ったく……何やってんだよ。亀一匹の問題でそんなに熱くなること無いだろ?」 
「隊長!亀吉は私の大事なお友達だよ!ひどいよ!その言い方!」 
「すいません」 
 シャムに詰め寄られてすぐに頭を下げる嵯峨。明華と安城は顔を見合わせてその頼りない隊長を見つめている。
「要よ。何でも銃で解決ってのは関心せえへんぞ」 
 そり上げた頭をさすりながら要に詰め寄る明石。その巨体に愛想笑いで答える要。老人は黙ったまま誠を見上げてさびしそうに笑った。


FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 149

「駄目!要ちゃん!駄目!」 
 ドアが突然開き、驚きの表情を浮かべていた要の目に、小さなシャムが映った。そして誠やカウラ、アイシャまでもが慌てた表情で飛び込んできて銃に手をかけていた要を取り押さえにかかる。
「なんだよ!何があった!」 
 まとわり付く誠の頭がカウラに押しのけられて胸に当たったので、とりあえず要は誠の首筋に肘鉄を叩き込んだ。
「あ!誠ちゃん!」 
 のされた誠に手を伸ばすアイシャ。拳銃を取り上げて安心したようにため息をつくカウラを見て、要はその襟首を掴んで引き寄せる。
「おい、説明しろ。何が駄目なんだ?どうしてここにお前等が乱入して来るんだ?」 
 だがカウラは視線を合わせずに窓の方に向かったシャムを見つめていた。
「怖くないよ。大丈夫……」 
 要から見てテーブルが影になって見えないところでシャムが何かと話をしていた。それに合わせてテーブルの隣の球状の何かが揺れている。
「ほう、これは大きな亀ですね」 
 老人は微笑むとシャムのところに歩いていく。
「亀?」 
 要の体から力が抜けた。そのまま座ってカウラとアイシャを見つめる。
「銃はいらないわよね。見ての通りシャムちゃんが飼ってる亀さんよ」 
「はあ?」 
 アイシャの言葉にしばらく思考が止まる要。後頭部を押さえながら彼女の膝元で誠が意識を取り戻す。
「誠ちゃんも災難よねえシャムちゃんはなんでここに亀吉を連れてきたの?」 
 高さが1メートルはあろうかと言う立派な甲羅の持ち主を撫でているシャムが小首をかしげた。
「ああ、それは決まってるだろ?寒さに弱いからな。ベルルカンオウリクガメは」 
 扉のところで騒動を見つめていた吉田がそう言うとそのままシャムのところに向かう。
「車に乗せてきたってことは吉田……テメエは最初から知ってたんだな?」 
 指を鳴らしながら近づく要に迷惑そうに顔をしかめる吉田。
「亀ぐらいいいじゃないか。こいつは草食だから人に危害を与えたりしないぞ」 
「そう言う問題じゃなくって!」 
 怒鳴る要に後頭部を押さえている誠が迷惑そうに要を見つめた。
「ごめんな……ってお前のせいだからな!いきなり人の胸に抱きつきやがって!」 
「抱きついてないわよねえ?」 
「私が押したら胸に当たっただけだ。全部お前のせいだな」 
 アイシャとカウラの言葉に要の言葉が詰まる。そんな要達のやり取りを老人は笑顔で見つめていた。


FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 148

 要はしばらく沈黙した。
 三郎と過ごした東都での工作活動任務中の日々。思い出しても割り切ることが出来るほど軽くはなかった。身体を任せたからと言うわけではなく、非正規部隊の隊員として任務遂行の為に近づいた野心に燃えていた三郎。だが、その任務が終わっても要は三郎と会う日々を過ごしていた。
 お互い会う必要など無かったのに、いつの間にか当然のように二人は同じときを過ごした。東都の租界でのシンジケート同士の抗争が激化し、同盟軍の部隊が侵攻した。押されていた東都警察の包囲網が完成し、同盟機構の司法局員が駐留するようになって胡州軍は東都の権益を諦めて彼女にも帰国命令が出た。その時もぼんやりとチンピラ扱いされていた境遇から抜け出して喜ぶ三郎のことを考えていたのは確かだった。
「確かに……東都といえば、まずアイツを思い出します」 
 弱弱しくしか吐き出せない言葉に要は自分でも驚いていた。
「この街に再びやってきて、アイツと会おうと思ったこともあります……」 
 ここまで言葉を繋げてようやく要にも心の余裕が出来た。視線を上げると涙を浮かべる老人が要を見つめていた。
「でも……もう会えませんでした。何も再びここに来た時の身分が正規部隊の隊員だったからと言うわけじゃないんです。アイツがあのまま変わらなかった。むしろ以前は反吐が出ると言った組織幹部に成り上がったのが裏切られたと思っていたのは事実ですけど……でも……もう終わったことだったので……」 
「そうでしょう。それでよかったんですよ」 
 老人の目は優しく要を見つめていた。先ほどまで息子を殺された被害者の目だったそれが、優しく要のことを見守っている父親の目に変わっていた。
「今回の出来事もアイツの自業自得ですよ。ただ、アイツのことをこれからも心にかけてくれるのなら……おかしい話ですね。今のあなたは立派な将校さんだ。本当はアイツのことなんか忘れてもらいたいと言うのに……親馬鹿って奴ですか」 
 力なく笑う老人に要も無理に笑顔を作って見せる。老人は取って置きの白いジャケットからハンカチを出して涙を拭った。
「そうだ!私は商売人ですから。この前……東和政府から租界を出るための居住許可が出たんですよ」 
 租界から東都に渡るには多種多様な事務手続きが必要だった。要もその手続きに2~3年の時間がかかることを知っていた。我慢していた涙腺の疼きを笑顔が凌駕したおかげで少しばかり安心しながら頷く。
「それで、実は新港に弟夫婦がいましてね。店舗の建物だけあるんだがって話が来てまして……」 
「お店、移るんですね」  
 ようやく救われたような話を聞いた要は溜まった涙を素早くふき取った。
「ええ、新港ですから。確か……保安隊の運用艦は新港を母港にしていましたよね?」 
 老人もようやくさっぱりとした表情で要に笑いかけてくる。要もまたそんな老人を見てようやく落ち込んだ気持ちから救われる気がした。
「じゃあ食べに行っても良いですよね」 
「もちろんですよ!それにそちらの技術者さん達が新港にもいるそうじゃないですか?」 
 笑顔の老人が言葉を飲み込んだのは、こつりと何かが当たってテーブルが動いたからだった。要はつい反射で腰の拳銃に手を伸ばした。
 再び机が動く。そして開け放たれたカーテンの下になにか丸いものが動いているのが目に入った。
「あれ、何でしょうかね……」 
 老人も気がついたように日向に動く丸みを帯びた物体に目を向けていた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 147

「本当にこのたびは……」 
 応接用のソファーに腰掛けた要。目の前の老人がおどおどとしている様を見て自分の胡州帝国宰相の娘、次期四大公筆頭候補と言う身分が恨めしく感じられた。
 黙っている老人。事件の始まりに彼のところを尋ねたときは彼女のそんな素性も知らずにうどん屋の亭主と客と言う関係だったと言うのに、この老人の息子、志村三郎の葬儀で老人が手にしている金色のカードを渡した時からどことなくぎこちない関係になってしまったことを後悔した。
「これ……なんですけど」 
 カードをテーブルに置いて要に差し出す老人。そのカードは胡州中央銀行の手形だった。
「一度……差し上げたものです。受け取れません」 
 そのカードは1億円の手形。恐らくこの様子を盗撮しているだろう吉田達はどよめいていることだろうと想像すると、要には苦い笑みが浮かぶ。
「でも……こんなことをしていただくことは……」 
「私と三郎さんが付き合っていたのは事実ですから」 
 そう言って笑顔を作っているが、老人はただテーブルの上のカードをさらに押し出すために手を伸ばすだけだった。
「ですから……私としても」 
「じゃあ、これを貰えば息子が帰ってくるんですか?」 
 老人の言葉に要は言葉が詰まった。要にははじめての経験だが、叔父の嵯峨の前に詰め寄る彼の部下の親達の姿でいつか自分も同じことを言われるだろうと思っていた言葉。実際にそれをぶつけられて初めて要は目が覚めたような気がした。
「知っていますよ。警察の人が来てアイツが何をしていたかはわかっていますから。じゃあなおさらこれはいただけません。人様のものは盗むな。商売は信用が大事だ。弱いものの気持ちを分かれ。いろんなことを教えましたが奴は一つだって守れないままなりばかりでかくなって……」 
 そう言う老人の目に涙が浮かぶ。要もようやく諦めてカードに手を添えて自分の手元に寄せた。
「アイツのしたことが許されないことだとはわかっています。命で償うような悪いことだって事も……でも奴はワシのたった一人の息子なのも事実ですから……」 
 老人が似合わない白いジャケットの袖で涙を拭う。要は何も言えないまま黙って老人を見つめていた。
「わかりました。これは受け取れないんですね」 
 要の言葉に静かに老人は頷いた。ようやく気持ちを切り替えたように唇をかみ締めたまま無理のある笑みを浮かべる老人。
「でも一つだけ……一つだけ教えていただけませんか?」 
 遠慮がちに老人が口を開いた。ためらいがちに要も頷く。
「アイツは死ぬ前の日にうちの店に来て……突然、『俺は幸せなのかもしれないな』なんて言ったんですよ。アイツが……明らかに死ぬ前の数日。あなたと再会してからアイツは表情が変わったんです。そんな奴にとって……あなたにとって……あの馬鹿息子はどんな存在になりますか?」 
 老人の視線が痛く要に突き刺さった。要は黙ったまましばらく志村三郎という存在について考えてみた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 146

「押すなって!」 
 島田が叫ぶ。胴着を着たままの誠、カウラ、菰田に押し出されて、そのまま島田は吉田が操作している端末の画面の視界からこぼれた。
「正人、こっちで見ればいいよ」 
 サラがそう言うと二つ隣のモニターをいじり始める。
「いいわねえ……サラったらすっかりラブラブで」 
「アイシャ!そんなんじゃ無いってば!」 
「じゃあ俺が……」 
「菰田っちは駄目!」 
 島田とサラの二人をからかうアイシャと菰田。それをちらりと見た後、誠の視線は吉田の手元に移った。
「まだ映らないのか?」 
「焦るなって」 
 カウラに聞かれて自信満々に選択キーを押した吉田。そこには要と先ほどの老人の姿が現れた。
「おう、ちゃんと映ったじゃねーか」 
 吉田の隣の端末の椅子をずらして座っているラン。その小さな肩の隣に顔を出すシャムの頭には猫耳カチューシャがつけられていた。さらに手にした白猫耳カチューシャをランにつけようとするシャムの手をランが無言で叩き落す。
「えーランちゃん似合うのになあ」 
「似合うから嫌なんだよ!」 
 小学生低学年の姉妹のやり取りのようなものを見て呆れている誠。隣でじっと画面を見つめているカウラの姿を見て誠も画面に向き直った。
「腰が低い人ねえ」 
 ランの反対側にパイプ椅子を運んできていたリアナが画面の中で何度も要に頭を下げる小柄な老人に感心していた。
「アイツも一応は胡州貴族のお姫様だからな。俺達みたいな下々からしたら雲の上の存在ってことなんじゃないの?」 
 振り向いて笑顔を振りまく吉田の言葉にむっとする誠。隣で紺色のアイシャの髪が揺れている。
「うんうん要姫には誠ちゃんは不釣合いよねえ……」 
 そう言うとアイシャがそのまま誠に顔を寄せてくる。
「それなんですか……?アイシャさん……」 
 ひどくうれしそうなアイシャの顔にまた遊ばれると思った誠の声。
「おい!」 
 カウラの一言がその状況から誠を救った。二人は思い出したように画面に視線を移していた。ようやくテーブルに向かい合って座った二人。だがカウラの視線は別のところにあった。
 窓際に丸くて大きな何かが動いている。
「なんでしょうね……あれ」 
 そう言って菰田がシャムを見る。それに付き合うように島田やサラがシャムを見つめた。その時部屋の自動ドアが開く。
「シャム!白菜買ってきたわよ!それとチコリも……って何してるの?」 
 全員の視線が叫ぶパーラに向いた。
「あーあ……ははは」 
 シャムが弱弱しい笑い声を上げた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 145

 ぼんやりとした視線で自分を見上げている嵯峨の顔を見て、ハッとしたのは安城だった。
「嵯峨さんにはわからないかもね。ずっと平和とは無縁に生きてきた人ですもの」 
 その遠慮してオブラートに包んだような安城の言葉に嵯峨は首をひねった。
「どういうこと?まあ俺の周りじゃあ刃傷沙汰が絶えなかったのは事実だけどね。餓鬼の頃は遼南の皇位継承権をめぐって、負けて胡州に行けばさっそく地球相手に大戦争だ。そしてまた戻ってみれば遼南は内戦状態。平和より戦争状態のほうが俺にとっては普通のことだからな」 
 そう言うと嵯峨は引き出しを開けた。そして湯飲み茶碗の隣にかりんとうの袋を置く。空の湯のみに気を利かせた明華が茶を注いだ。
「平和な時代だと自分の手が汚れていることに気づかないものよ。他人を傷つけるのに戦争なら国家や正義とか言う第三者に思考をゆだねて被害者ぶれば確かに自分が正しいことをしているとでも思いこめるけど、立ち止まって考えてみれば自分の手が汚れていることに気づく。でも……」 
 安城の言葉に明らかにそれがわからないというような顔でかりんとうの袋を開ける嵯峨。彼女は視線を高梨に向けるが文官の高梨はただ困ったような笑顔を向けるだけだった。
「俺が言いたいのはさ、自分の正義で勝手に人を解剖するのはやめて欲しいってことなんだよ。理系の人にはわからないかなあ」 
「私も技術者ですけど何か?」 
「いやあ、明華はいいんだよ」 
「神前曹長からすればもっとたちが悪いかも知れないわよ」 
 そう言って嵯峨の目の前のかりんとうの袋に手を入れる。取って置きを取られた嵯峨が悲しそうな視線を明華に向けた。
「技術が進んでも人は分かり合えない。そう言うことなんじゃないですか?別に平和とか戦争とか関係ないでしょ」 
 一言、高梨がつぶやいて湯飲みに手を伸ばす。嵯峨はかりんとうを口に入れて噛み砕く。
「そうかもしれないわね。結局、人は他人の痛みをわかることは出来ない。でも、想像するくらいのことは出来るわよね」 
「それくらい考えてもらわねえと困るよなあ。でもまあ……俺も人のことは言えねえか」 
 いつもの皮肉るような笑顔が嵯峨の顔に宿る。そして嵯峨は気がついたように後ろから差し込む冬を感じる弱弱しい太陽を見上げた。
「ああ、まぶしいねえ。俺にはちょっと太陽はまぶしすぎるよ……で、思うんだけどさ秀美さん」 
 突然名前を呼ばれて安城は太陽をさえぎるように手を当てながら両目を天井に向けている嵯峨に目をやる。
「この世で一番罪深いのは想像力の不足じゃないかと思うんだよね。今回の件でもそうだ。生きたまま生体プラントに取り込まれる被験者の気持ちを想像できなかった。その連中の想像力の欠乏が一番のこの事件で断罪されるべきところだったんじゃないかなあ」 
 その言葉に安城は微笑んだ。
「そうね、これから裁かれる彼らにはそれをわかって欲しいわよね。でもそんな私達もたとえ想像が及んだとしても相手に情けをかけることが許されない仕事を選んだわけだし。そんな私達はどう断罪されるのかしら?」 
 苦笑いを浮かべる嵯峨。
「因果な商売だねえ」 
 そして嵯峨は頭を掻きながらいつものようにうまそうに茶を啜って見せた。
「あいつらもそのうちこんなことを考えるようになるのかねえ」 
 嵯峨の冬の日差しを見上げる姿に珍しく安城は素直な笑顔を浮かべていた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 144

「兄さん、良いんですか?またクラウゼ少佐達が何か始めてますよ」 
 そう言うと兄の顔を見ながらソファーに腰掛ける管理部部長高梨渉参事。その隣では湯飲みに茶を注ぐ技術部部長の許明華大佐がいた。
「まあいいんじゃないの?アイツ等も俺等の仕事が結局何が出来るのか、何が出来ないのか。今回のことでわかったんじゃないかな?結局事件が起きなきゃ動きが取れない、終わったときには被害者の涙ばかり、あんまりおいしい仕事じゃ無いってことだよ俺達のお仕事は」 
 嵯峨はうまそうに羊羹を頬張る。その姿に大きくため息をつく安城。
「いつのもことだけど……そんな部下の使い方しているとそのうち足元掬われるわよ。今回の事件だってあの化け物の登場くらいは予想してたんでしょ?」 
 その声に頷きながら明華が湯飲みを高梨に差し出す。目の前の湯飲みを包み込むようにして持った高梨は同意するように大きく頷いた。
「なに、忠告したってやることは同じなんだからさ。まあ俺は隊長なんて柄じゃねえことはわかっているんだ。今回だって辞表を司法局長に提出したんだけどさあ……」 
「また握りつぶされたの?これで何度目?」 
 噴出す安城に情けない顔をしてみせる嵯峨。明華も呆れたようにその光景を見つめていた。
「でも今回はかなり事後処理に手間取りそうですね。東都軍部の上層部。兄さんが脅しをかけた連中は全員諭旨免職処分になったそうですが」 
「身分が自由になれば好き勝手なことを言い出しかねないってこと?まあそれを相手にするほどマスコミも暇じゃないでしょ。まあ地球人至上主義のネットユーザーが騒いで終わりよ」 
 安城の一言を聞いても納得がいかないというように頭を掻く高梨。そんな小太りのまるで兄の嵯峨とは似たところの見えない彼から嵯峨に明華が視線を移した。
「けど……今回の厚生局の違法研究のデータが流出した件の方が軍幹部の政治ゲームよりももっと重要な事件だと思うんですけど」 
 その言葉を聞くと嵯峨は一口目の前の湯飲みの茶を口に含んだ。
「直接応用しようなんて動きは無いでしょうけど……まあ警戒しておくに越したことは無いわね。その辺は本局の調査部に連絡しておくわ」 
 そこまで言うと安城はじっと嵯峨の顔を見た。明らかに納得がいかないというように手元にあった書類の角をぴらぴらとめくっている同僚に不思議そうな視線を向ける。
「何か気になることでもあるの?」 
 安城の言葉に顔を上げた嵯峨。相変わらず納得がいかないと言う表情で高梨、明華と目を向けて、そしてそのまま天井を見つめる。
「俺はさあ。人体実験の材料にされたことがあるからわかるんだけどさ。今回の事件であの化け物の材料にされた被害者いるだろ?シャムの奴は自分達の制御が出来なくなった彼らが誠に止めを刺してくれって言ってたっていうんだけどさあ」 
「ナンバルゲニア中尉らしい話ね」 
 そう言うと安城は手にした湯飲みを口に運ぶ。
「だとしたらそんな言葉がなぜ周りの研究者に聞こえなかったのかなあって思うんだよね。俺の場合は意識があったから注射針とか突き刺してくる連中をにらみつけてやったら結構びびってたよ」 
 嵯峨の口元に微笑が浮かぶ。それを見てため息をつく安城。高梨は黙って茶を啜り、明華はポットから急須に湯を注いでいた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 143

「安城隊長……その人は?」 
 リアナが聞くのは見慣れない小柄な老人がその隣に立っていたからだった。老人はかぶっていた鳥打帽を脱ぐと頭を下げる。
「あっ」 
 老人の視線が要に注がれる。誠は不思議そうに二人を見比べるしかなかった。
「ああ……どうも」 
 そんな姿にリアナも頭を下げ、隣では安城が困ったような表情を浮かべていた。
「工場の正門で困った顔してたから乗せてきてあげたの。西園寺大尉!」 
「はい!」 
 凛とした安城の声に要は最敬礼で答える。その顔はいつもの斜に構えた要ではなく気恥ずかしさを押し隠している無表情をまとっているように見えた。
「お客さんだからね!じゃあ私はあの昼行灯のところに行くからよろしく」 
 老人を置いて安城はそのままハンガーの奥へと進む。
「要ちゃんのお客さん」 
「あっ!あの志村さんのお父さん?」 
「はい……」 
 ようやく思い出した誠の言葉に一同の目が老人に向けられた。以前誠もうどん屋で見た時より明らかに落ち着いて見えることが気になっていた。そしてランもようやく納得が言ったというように冷めた瞳の要を見つめる。
「ちょっと用事がありまして……要姫様。よろしいでしょうか?」 
 顔を上げた老人に要が頷く。
「サラ!茶を用意してくれ。あとお姉さん。会議室使いますから!」 
「ええ、いいわよ」 
 リアナの許可を取ると要はそのまま安城が消えた技術部の詰め所の方へと足を向けた。ハンガーで剣道の試合を眺めていた人々はただ呆然と彼女を見送るだけだった。
「サラちゃん。私も手伝ったほうがいいかしら?」 
「ああ……お願いしますね」 
 サラではなく答えたのはアイシャだった。そのままサラとリアナも奥の給湯室へと消える。それを見送ったアイシャがいつの間にかこの光景を他人事のように見つめていた吉田の隣に立っていた。
「なんだよ趣味が悪いな」 
「部隊の部屋のすべてに隠しカメラとマイクを仕掛けた本人の台詞じゃないわねそれは」 
 にんまりと笑うアイシャ。頭を掻く吉田。いつの間にかその周りにはカウラ、ラン、島田、菰田。そしていつもどおりシャムの姿がある。
「じゃあ付いて来い」 
 そう言うと諦めたようにハンガーの奥の階段を上り始める吉田。誠もアイシャに引っ張られてその群れに従って歩いていく。
 いつもどおり忙しそうな管理部を抜け、嵯峨に呼ばれたのか隊長室に入る管理部部長高梨渉参事の呆れたような視線を無視して一同は冷蔵庫と呼ばれるコンピュータルームにたどり着いた。

FC2 Blog Ranking

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

ハシモト

Author:ハシモト
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。