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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 112

「計十五名」 

カウラの言葉に頷くべきかどうか誠は迷っていた。ラーナの指示で杉田という警視を呼んで現在の容疑者の絞込みのプロセスを説明するが、まさか吉田の直接東都保険局にハッキングしてデータを取り出したということは言うわけにも行かず『同盟厚生局の資料』と言う言い訳で何とか説明しようとしたが、明らかに杉田は胡散臭い目つきでモニターを動かすカウラを眺めていた。

「問題にならないですね。馬鹿馬鹿しい」 

そんな杉田の一言に要が飛び掛りそうな勢いで立ち上がろうとするのをアイシャが何とか制した。しかし誠も要の気持ちはよく分かった。

「犠牲者が出てしまったんですよ・・・」 

「それは分かっているんですが・・・これではこの十五人ですか?この誰かが自首してくれない限りはそのまま証拠不十分で二週間で釈放ですよ」 

「んなことは分かってんだよ!」 

要はついに切れて机を叩き折ってしまった。その轟音と迫力でさすがの杉田も飛び上がってあとづさる。

「しかし・・・もしこの事件の犯人に興味を持つ人物が接触を図ったとしたらどうします?」 

「クラウゼ少佐・・・いや、警部。言っている意味が分かりませんが・・・」 

「分かりませんじゃなくて分かりたくないって意味なんじゃありませんか?」 

切れ長のアイシャの目が凡庸な顔立ちの杉田を捕らえた。しばらく目をそらし、頭を掻きながら考えた振りをしている杉田。その様子がさらに要をいらだたせて立ち上がる口実を与える。そして当然のように驚いた杉田が椅子を後ろに下げた。

「実際前の『同盟厚生局事件』を見れば分かるようにゲルパルトの非合法テロ組織やベルルカンや東モスレムのイスラム原理主義勢力による法術師の開発や取り込みの動きがあるのはご存知ですよね」 

アイシャの落ち着いた言葉遣いに何とか要におびえる心を奮い立たせるように杉田は椅子を元に戻した。そして口を開こうとするところでアイシャはそれを制するように言葉を続けた。

「現在私達同盟司法局でも他者の法術適正を発動させると言う今回のような能力を持った例を確認してはいません。我々にとってもまた今回の容疑者の能力はきわめて興味深いんです。それはどの組織にとっても同じことだと言うのが専門家の一致した見解です」 

『専門家の一致した見解』と言うアイシャの言葉に要が噴出しそうになるのを必死にこらえている姿がおかしくて誠は思わず噴出したが、冷酷そうに見えるアイシャの細い目ににらまれてそのまま黙り込んだ。

「つまり・・・法術に関心を持つ組織が本当に実在するとして、彼等がこの十五人との接触を図ると言いたいんですね」 

さすがにここまで言われて杉田は苦々しげに話しの序の口に当たる前提条件をようやく認めてみせた。


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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 111

四月から始まる法科大学院の授業に向けて、水島勉は予習に怠りが無かった。

元々今度入学する母校の社会学部出身と言うこともあり、東和でも有名な法学部の授業を専門で何件か受講していたので気分は楽だった。

彼の隣ではテレビが音も無く光っていた。とりあえず勉強の合間にちらちら見る。それが昔からの水島の勉強法だった。そしてそこに先日の異常な法術を展開して腕が取れるのを目撃した自分の能力の被害者の姿を見て少しばかり筆を休めた。

「死んだのか」 

実感が沸かなかった。実際水島にすれば異常な法術の力を制御できずに慌てていたら一瞬現れた空間に能力者の腕を持っていかれたような感じがするだけだった。

初めての感覚。痛みにのたうつ能力者の苦痛が頭の中に流れ込んできてしばらく動けなかったことを覚えている。

「これは違法法術展開罪が適用対象だな。僕はただ・・・」 

思わず独り言でも言い訳をしている自分。そして自分の能力を買っているらしいアメリカ大使館付きの武官を名乗る少年。

少年の話も正直昨日の闖入が無ければ信じてはいなかった。人体発火や読心術など、発動に警察の許可が必要とされる法術は知っていたが、空間を歪めて場所を移動したり空中に立ったり何かを切り裂いたりできる能力があるとは水島も予想はしていなかった。

テレビのニュースが切り替わり天気予報が始まる。それを見ると再び水島は民法の判例集に目を落とした。

文字が見えなかった。

人の死。しかも予想もしていない事故のような人の死が自分の中で広がっている。元々友人を作るのが苦手で孤立しやすいところからリストラを食らった自分の人生を考えると人の死に出会ったのは父が去年全身に転移したガンで死んだ時くらいの記憶しかない。

「簡単に死ぬんだな、人は」 

まるで先の大戦の時の台詞だと自分の独り言に笑ってみせる。それでも不安感には耐えられないものがある。

「警察は動いているだろうな・・・でもこんな能力はそう無いんだ・・・法術犯罪で違法発動が決められている力にはこんな力は無いし・・・」 

もう一度言い聞かせるが、すでに勉強をできるような心理状態では無く、そのまま身を布団に投げて朝寝を気取りたい衝動に駆られてそのまま立ち上がると先ほどしまった布団を押入れから取り出しにかかった。


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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 130

 運転席に着いたカウラは慣れた手つきで手早くシートベルトを締める。助手席の要も苦い顔をしながらそれに習った。
「じゃあ、行くからな」 
 すぐにカウラはエンジンを吹かして、急加速で国道に飛び出した。
「そんなに急ぐ必要もねえだろ?浅間マルヨは……見えてるじゃん」 
 要の言葉通り通り魔が逃げ込んだ百貨店の屋上の広告塔が雑居ビルの向こうに見えている。まだ犯行直後と言うことで、非常線も交通整理もできていない状況。赤いパトランプを点灯させるとそれを見た対向車は道の両端に避ける。それを見ながらカウラはパトカーを疾走させる。対向車線にはみ出しながらいつもの自分のスポーツカーよりもアクセルを吹かし気味に走り続ける。
「西園寺!何かわかったか?」 
「そんなにすぐ情報が集まるわけ無いだろ?まあ、法術反応は無いそうだが……まあ茜の把握しているデータには犯人の情報は無いな」 
 前科が無い上に三ヶ月前に東和国民に行われた法術適正検査でも目立つデータを示さなかったことがわかる。そして渋い表情の要がパトカーのダッシュボードを開ける。
「糞ったれ!バックアップの銃くらい入れて置けよ!」 
 何も無いダッシュボードを思い切り叩きつけるように要が閉める。
「無茶を言うな。銃撃戦が仕事の私達とは職域が違うんだ!」 
 舌打ちする要にそう言うとカウラは思い切りハンドルを切る。交差点でドリフトしてさらに加速して並んでいるタクシーをよけて疾走するパトカー。駅前の遊歩道が見え始めた。すでに所轄の警官が到着して手にした無線機に何かを叫んでいる有様が見えた。
 カウラは白と黒のツートンカラーの警察のワンボックスの後ろで車を止める。
「……君達は?」 
 眉に白いものが混じる警部補が面倒にぶち当たったと言うような顔で、降り立った私服の誠達を迎える。すぐに身分証を見せた。
「保安隊……」 
 あからさまに嫌な顔をする所轄の責任者。デパートの方に目を向ければ、パニックを起こしているデパートから流れ出す人々を抑えるのに彼の部下は一杯一杯の状態だった。
「あと少しで機動隊が到着します。それに……」 
 関わりたくないと言う本音が丸見えの警部補につかつかと近づく要。
「あの……何か……?」 
 そう言う警部補の腰から拳銃を引き抜いた要。そして彼女は警部補の小型オート拳銃の弾倉とベルトをつないでいた紐を引きちぎった。そして当然のように隣に立つカウラに手渡す。
「君!なんのつもりだ!」 
「使うつもりじゃないんでしょ?じゃあ必要な人間に渡すのが理の当然じゃねえの?そこのアンちゃん達!銃貸せ!」 
 ワンボックスの中で通信機器をいじっていた警察官に声をかける要。その独特の威圧感からうち二人の警察官が自分の銃をホルスターから抜いて要に手渡した。
「何をしようというんですか!まだ犯人は……」 
 叫ぶ警部補の肩を叩く要。
「安心しろ。こういうことはアタシ等の職域だ」 
 そう言うと要はすぐにオート拳銃のスライドを引いて弾をこめる。カウラも同じようにスライドを引く。誠に渡されたのは回転式拳銃だったのでそのままシリンダーを開いて八発の弾が装弾されていることを確認した。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 129

「事件?」 
 そう言ってカウラは端末の画面を覗いた。誠もアイシャも同じ動作をする。
「通り魔か。小門町で三人が刃物で切りつけられ、一人が死亡か。犯人と思われる男はそのまま浅間通りを北に向かった……このままだとこっちに来るな」 
 情報が脳に直結しているサイボーグである要の言葉。誠も覗き見た端末でそれを確認する。そして同時の刃物での犯罪と言うことでこのところ東都で連続している辻斬り事件を不意に思い出した。
「西園寺、神前。とりあえず情報の確認に向かうぞ。薫さん、ちょっと仕事が入りましたので」 
 そう言ってカウラは敬礼し、急ぎ足で端末の示す交番へと歩き始めた。要は荷物をアイシャに押し付けてそのまま歩き出す。
「辻斬りとは違う犯人だろうな。あいつの手口はすべて一太刀で被害者が事切れてる。それに日中から複数の標的を狙ったケースは一件も無いしな」 
「決め付けるな。これまでとは状況が違うケースが起きたとも考えられる。とりあえず本部が私達に連絡をしてくるってことは、それなりの関連性が疑われていると言うことだ」 
 そう言うとカウラは走り始めた。要は後に続く誠に笑いかけた後、サイボーグらしい瞬発力で一気に加速してアーケードの出口を飛び出していく。走る三人に周りの買い物客は奇妙なものを見るような視線で誠達を眺めていた。
 アーケードを出てすぐにパトカーが止まっている交番があった。二人の警察官が通信端末でのやり取りを立ったまましながらカウラと誠を迎える。カウラはポケットから身分証を取り出した。猜疑心に満ちた二人の目が瞬時に畏敬の念に変わる。
「これは……お疲れ様です!」 
 誠と同い年くらいの巡査がそう言うと敬礼した。すぐに中に入るとすでに据え置き型の通信端末の前には要が座り込んで首筋のスロットから伸ばしたコードを端末のジャックに差し込んでいるところだった。
「やっぱり例の辻斬り侍とは別の犯人だな。凶器は山刀。被害者の傷は切ったというより殴ったものが細かったからめり込んだような状態だ。死亡した女性は頭部を殴られたことで頭蓋骨を割られたのが致命傷になったらしい」 
 情報を次々と吸い取りながら要がカウラに告げる。
「法術系の反応は?」 
「そんなにすぐ情報が集まるかよ!今のところはこの前行ったデパートあるだろ?入り口で凶器を捨てた犯人がそのまま紛れ込んだらしい……やっかいだな」 
 そう言って要は頭を掻いて伸びをした。モニターには次々とデパートの監視カメラのデータが映っている。
「犯人を特定できる画像は?」 
「カウラ……急かすなよ!いま探してるところだ」 
 そう言うと要は目をつぶり、直接端末から脳に流れ込んでいる画像の検索を始めた。
「前科は無いみたいだな、ちょっと時間がかかるぞ」 
 要はすばやく首筋のスロットに差し込んでいたコードを抜いて立ち上がる。不思議に思う誠だが、要はそのまま交番を出る。誠のあっけにとられた表情に要が笑いかける。
「とりあえず現場に行くか」 
「ああ、そうだな。君達、これを借りるぞ。緊急措置だ」 
 そう言ってカウラはパトカーの天井を叩く。一瞬あっけにとられた警察官は顔を見合わせた後、すぐにキーをカウラに渡した。
「おい!神前。置いてくぞ!」 
 要の声に状況が理解できないまま誠はパトカーの後部座席に乗り込んだ。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 128

「まあねえ、まけたいのは山々だけど……」 
 おやじがためらっているのは店の奥のおかみさんの視線が気になるからだろう。あきらめたアイシャは手にした白菜を薫に返した。
「じゃあ、にんじんとジャガイモ。皆さんどちらも大丈夫?」 
「好き嫌いは無いのがとりえですから」 
 カウラの言葉に大きく頷くアイシャ。だが、要の表情は冴えない。
「ああ、要さんはにんじん嫌いだっけ?」 
「ピーマンだ!にんじんなら食える」 
「ならいいじゃないの」 
 いつものようにアイシャにからかわれてむくれる要。そんな二人のやり取りを見て笑いながらおやじはジャガイモとにんじんを袋につめる。
「じゃあ、おまけでこれ。いつもお世話になってるんで」 
 奥から出てきたおかみさんが瓶をおやじに手渡す。仕方がないというようにおやじは袋にそれを入れた。
「今年漬けたラッキョウがようやくおいしくなって。うちじゃあ二人で食べるには多すぎるから」 
 誠はこうして比べてみるといつも自分の母が異常に若いことに気がつかされる。いつもすっぴんで化粧をすることが珍しい薫だが、ファンデーションを塗りたくったおかみさんよりもかなり整った肌をしていることがすぐにわかる。
「良いんですか?いつも、ありがとうございます」 
 薫がそう言って笑うのに微笑むおやじをおかみさんが小突いた。たぶんおやじも誠と同じことを考えていたのだろう。それを思うとつい噴出してしまいたくなる誠。
「毎度あり!」 
 あきらめたようにそう叫んだおやじに微笑を残して薫は八百屋を後にする。
「でも……お母さん、何を作るのですか?」 
「薫さんはオメエのお袋じゃねえだろ?」 
「良いじゃないの!」 
 揉める二人に立ち止まって振り返る薫。彼女は笑顔でまず手にしたにんじんの袋をアイシャに手渡す。
「まずこれはスティック状に切って野菜スティックにするの。昨日、お隣さんからセロリと大根もらってるからそれも同じ形に切ってもろ味を付けて食べるのよ」 
 その言葉に思わず要が口に手を当てた。誠ははっと気がついてうれしそうな母親と要を見比べる。要の額には義体の代謝機能が発動して脂汗がにじんでいた。
「そうか、西園寺はセロリも苦手だったな」 
 要の反応を楽しむようにカウラが笑顔で薫に説明した。
 その様子を不機嫌に見ていた要。だが次の瞬間に誠達の腕につけていた携帯端末が着信を告げた。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 127

 師走の町。どこでもそうだがこの東都浅草寺界隈も特に赤い色が街を包んでいた。
 東都のクリスマスは乾いた冬の寒空の下にあった。その下町の商店街を歩いてみれば、どこか忙しげに歩く人にせかされるように歩みが速くなるのを、誠は感じていた。
 そればかりではなく誠には周りの男性陣からの痛い視線が突き立っていた。
 豊川ではいつものことだが、要とアイシャが妙な緊張関係を保ちながら歩いている。二人とも黙っているのは地元で何度か恥ずかしい目にあったからと言うのがその理由だった。
 お互いに冷やかしあっているうちに、周りを忘れて怒鳴りあいになって、人だかりに取り残される。そう言う失敗を繰り返して少しばかり学習していた二人。そしてそうなると、いつの間にか野次馬の中にカウラに手を引かれた誠がいたりするのだから、二人とも黙って一定の距離を保って歩くのはいつものことだった。
 東都浅草寺の門前町で客の数が豊川駅前商店街の比ではないアーケード街で恥をかく必要も無い。誠はそんな二人をちらちらと横に見ながら先頭をうれしそうに歩く母に付き従った。
「よう!誠君じゃないか!」 
 そう声をかけてきた八百屋のおやじだった。誠は頭を掻きながら立ち止まる。名前は忘れたが高校時代の野球部の先輩の実家だったことが思い出される。
「薫さんも今日もおきれいで」 
「本当にお上手なんだから!」 
 薫はニコニコしながら八百屋の前で立ち止まる。
「この人達、美人でしょ?なんでも誠の上司の方たちなんですって。凄いわよねえ」 
 確かにエメラルドグリーンのポニーテールのカウラと紺色の長い髪をなびかせているアイシャは明らかに人目を引く姿だった。確かに二人に比べれば黒いおかっぱ頭のような要は目立たなかったが、その上品そうなタレ目の色気に通行人の何割かが振り返るような有様だった。
「えーと、誠君は陸軍だっけ?海軍だっけ?」 
「保安隊です」 
 たずねられたのでつい答えてしまった誠。そのとたんにおやじの顔が渋い面に変わった。
「ああ、この前官庁街で銃撃戦やった……」 
 予想はしていた答えである。任務上、出動は常に被害を最小限に抑える為の行動ばかりである司法実力機関の宿命とはいえ、同情するようなおやじの視線には誠も少し参っていた。そんな男達を無視するように店頭に並ぶ品物を眺めている母。
「白菜……ちょっと高いんじゃないの?」 
 そう言いながらみずみずしい色をたたえている白菜を手に取る薫。思わず苦笑いをしながらおやじは講釈を始めた。
「薫さん今年はどこも雨不足でねえ……量が少ないんですよ。でも太陽は一杯ですから。味のほうは保障しますよ」 
 薫は手にした白菜を誠の隣で珍しそうに店内を眺めていたカウラに手渡した。寮ではほとんど料理を任されることの無いカウラはおっかなびっくり白菜を受け取ってじっと眺める。
「ああ、お姉さんの髪は染めたんじゃないんだねえ……素敵な色で」 
「ああ、ありがとう」 
 人造人間と出会うことなどほとんど無い東和の市民らしく、見慣れない緑色の髪の女性に戸惑うおやじ。それを見ると対抗するように後ろから出てきたアイシャがカウラから白菜を奪い取る。
「おじさん。これいくらかしら?」 
 そう言うアイシャのわき腹を肘で突いた要が白菜の置かれていた山の前にある値札を指差す。一瞬はっとするものの、開き直ったように得意の流し目でおやじを見つめるアイシャ。
「お姉さんもきれいな髪の色で……青?」 
 ピクリとアイシャの米神が動くのを誠は見逃さなかった。
「紺色、濃紺。綺麗でしょ?」 
「色目使ってまけさせようってか?品がねえなあ」 
 そう言って要が笑う。だがまるで無視するように、カウラと同じくほとんど野菜などに手を触れたことがないと言うのに切り口などを丹念に見つめているアイシャがそこにいた。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 126

「そう言えば西園寺さん。ナンバルゲニア中尉は何しに来たんですか?」 
「は?」 
 アイシャの後頭部の紺色の髪の根元を引っ張っていじっていた要が不機嫌そうに振り返る。そしてしばらく誠の顔をまじまじと見た後、ようやく思い出したように頭を掻いた。
「ああ、サイドアームの件だ」 
 今度はしばらく誠が黙り込む。要の言葉の意味がはっきりとわからない。
「シャムちゃん自慢のハンドキャノンが問題になってたって訳」 
 アイシャがそう言うので誠はようやく思い出した。サイドアーム。常備携帯することが定められている拳銃の話だった。
 保安隊では任務の必要性により、各個人が自衛用の拳銃を携帯することが規則で定められている。そしてその銃での射撃訓練を行うことも職務の一つとなっていた。アイシャなどのブリッジクルーや技術部員、管理部の事務隊員などは一月に二百発の射撃訓練が目安とされていた。もっともリアナや明華、高梨などの部長の決裁でその数は変わり、アイシャ達ブリッジクルーは拳銃で百発、ライフルで五百発の射撃を課されていたが、技術部と管理部は予算の関係で作動不良の確認程度の訓練しか行っていない。
 だが、誠の属する実働部隊やロシアの特殊部隊で鍛え上げられたマリアの警備部は桁が違った。それぞれ一万発近い射撃訓練を課されていて、消化できない場合には居残りで射撃をさせられることになる。
 そこで問題なのが弾薬のコストである。
 シャムの使うM500は二十一世紀初頭の大口径・大威力リボルバー競争の生んだ化け物のような拳銃だった。当然、弾の生産は現在では地球で細々と続いている程度で、不足する多くの弾は小火器管理部門による手作業での再装填で作られたものだった。
「やっぱり……あれは無駄ですからね。それで?」 
「ああ、あいつが叔父貴のコレクションで使える銃の中からアタシがセレクトしたんだ。とりあえず40S&W弾以上、ダブルアクション、それであいつが握れる大きさ……」 
「ああ、いいです」 
 要の銃の薀蓄に付き合うつもりは無い。不機嫌そうな要から目をそらすと荒いものを終えた母が誠を手招きしていた。
「ああ、出かけるみたいですよ」 
 誠の言葉にさっさと立ち上がるアイシャ。しゃべり足りない要は不機嫌そうにゆっくりと腰を上げる。すでに暖かそうなダウンジャケットを着込んだ母とカウラを見ながら誠はそのまま居間にかけてあったスタジアムジャンバーに手を伸ばした。
「この格好だと変かな?」 
「この寒空にタンクトップ?馬鹿じゃないの?」 
 カウラから渡された濃紺のコートを羽織ながら鼻で笑うアイシャをにらんだ要だが、あきらめたようにダウンジャケットを羽織る。
「じゃあ、いいかしら」 
 薫の言葉で誠達は出かけることにした。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 125

「なんだ?薄ら笑いなんか浮かべて……例のプレゼントが仕上がったのか?」 
 昼はラーメンだった。どんぶりのスープをすすり上げた要がニヤつきながら誠に声をかける。確かにカウラのイラストを仕上げた誠の気分は良かった。カウラを見て、誠は別にアイシャに頼まれて描いた女魔族と先ほど描き上げたイラストが似ていてもどうでもいいと言うような気分になっていた。
「別に……」 
「別にって顔じゃないわね。まあ今日はこれから材料を買いに行く予定なんだけど」 
 アイシャはそう言うと麺をすすり上げる。見事な食べっぷりにうれしそうに頷くのは誠の母、薫。
「お誕生日の料理……でも、オードブルはクリスマスっぽくなっちゃうわよ」 
 そう言いながらも満面の笑みの母に誠は苦笑いを浮かべていた。明後日のカウラの誕生日会と称したクリスマスを一番楽しみにしているのは母かもしれない。そんなことを思いながら誠はどんぶりの底のスープを飲み干す。
「そんなにスープを飲むと塩分を取りすぎるぞ」 
「いいんだよ!これがラーメンの醍醐味だ」 
 カウラを無視して要もスープを飲み干した。体内プラントで塩分ろ過の能力もある要の台詞には説得力はまるで無かった。
「でも鶏の丸焼きは欲しいわよね」 
 すでに食べ終えてお茶をすすっているアイシャ。
「だったらオメエが買え。止めねえから」 
 要の言葉にアイシャが鋭い軽蔑するような視線を要に向ける。そんな二人を暖かい視線で見守る薫に安心感を覚えた誠だった。
「結局お前達が楽しむのが目的なんだな?」 
「悪いか?」 
 嫌味のつもりで言った言葉を完全に肯定されて少しばかり不機嫌そうな表情になるカウラ。要は立ち上がると居間から漫画を持ってくる。
「『女検察官』シリーズね。誠ちゃん。ずいぶん渋い趣味してるじゃないの」 
 アイシャが最後までとっていたチャーシューを齧りながらつぶやく。誠のコレクションでは珍しい大衆紙の連載漫画である。
「これは絵が好きだったんで。それとそれを買った高校時代の先輩が『読め!』って言うもので……」 
「ふーん」 
 アイシャはどちらかと言うと劇画調に近い表紙をめくって先ほどまでカウラが読んでいた漫画を読み始める。
「クラウゼさん。片づけが終わったらすぐに出るからね」 
「はいはーい!」 
 薫の言葉にあっさり返事をするアイシャ。誠はメンマを食べながら妙に張り切っている母を眺めていた。要はそのまま居間の座椅子に腰掛けて漫画を読み始めたアイシャの後ろで彼女が読んでいる漫画を眺めている。
「邪魔」 
「なんだよ!そう邪険にするなって」 
 後ろから覗き込まれて口を尖らせるアイシャ。それを見ていて誠は朝のシャムを思い出した。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 124

 椅子に座り、もう一度自分の描いたイラストを見てみる。そして吉田が指摘したアダルトゲームのキャラのデザインを思い出してみる。
 アイシャには主人公の高校生の前世が混沌をもたらした魔王であり、その魔王に作られた女将軍と言う設定だと言われていた。魔族とは思えないほどの生真面目で純粋な性格、そして自分への絶対的な自信で普通に人生を送ろうとする主人公に地上、天界、魔界の征服を目指すように諭すキャラだと言われていた。
「真面目で自信家……そう言えばカウラさんだもんなあ」 
「私がどうかしたか?」 
 そんなところに突然カウラに声をかけられれば気の弱い誠が椅子からずり落ちるのは当然といえた。
「危ないぞ、もう少し椅子から降りるときは……」 
「なんでいるんですか!」 
 誠は思わず叫んでいたが、カウラは誠の言葉の意味が良くわからないようだった。
「ああ、吉田達が帰ったからな。とりあえず知らせておこうと思って」 
 悪気の無いところがいかにもカウラらしかった。誠はどうにか椅子に座りそのまま時計を見てみる。もうすでに部屋に入って一時間以上。逡巡と回想が誠の時間をあっという間に進めていたようだった。
「わかってる。神前はそのイラストで私を驚かそうというんだろ?見るつもりは無い」 
 そう言ってそのままカウラは入り口近くの柱に寄りかかった。
「別にそんなに秘密にしているわけでは……」 
 思わず照れながらも誠はできる限りカウラから自分の描いたイラストが見えないような体勢をとった。要もアイシャもさすがにあの女魔族のイラストをカウラに見せてからかうことはしない程度の常識は持ち合わせていてくれるようだった。カウラは明らかに誠のイラストに興味があるようにちらちらと誠の背後に視線を走らせている。
「それにしてもいろんな漫画があるんだな」 
 停滞した空気を変えようというように、カウラが誠の部屋の本棚を眺める。地球と違い遼州にはまだ豊かな自然が残されていた。その為、地球ではほとんどがデータ化されて端末で見ることが多い漫画も、遼州では雑誌で見ることができる。おかげで遼州出身でそのまま地球でデビューする漫画家も多いことを誠も知っていた。
「まあ趣味ですから」 
 そんなことを思いながら誠は漫画を手に取るカウラを眺めていた。
「面白いのはどれだ?」 
 突然のカウラの言葉。誠は意表を突かれた。
「カウラさんが読むんですか?」 
「他に誰が読むんだ?」 
 当たり前の話だったが意外な言葉に誠は驚いた。そしてアイシャの美少女ゲームの展開まで思い出して噴出しそうになった。魔王として生きることを選んで暗い設定に陥る以外のエンディングもアイシャは用意していた。
 普通の生活に興味を示した破壊しか知らない女魔族に普通に生きる喜びを与えて最後には結ばれるエンディング。それを思い出したとたん誠は恥ずかしさでいっぱいになりうつむく。
「どうした、答えてくれてもいいんじゃないのか?」 
 カウラの問いに誠は嬉々として立ち上がって本棚の前のカウラに笑顔を向けた。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 123

 しばらくアイシャはナスの漬物を齧りながら黙ってご飯を掻きこんでいた。無視されたと思ったのか、カウラの表情が少し曇ったのを悟るとそのまま茶碗と箸を置く。
「まずうちには出番は無いわね」 
 はっきりと断言するアイシャ。しかし、要もカウラも納得したような顔はしていない。そこに助け舟を出すように吉田が口を開く。
「東都警察にも面子があるってことだ。同盟厚生局と東和軍の一部の結託を見抜けなかったことで公安は幹部三人が事実上の更迭。人体実験の材料にされた被害者が租界の難民だけじゃなくて東和全域で捜索願が出されていた人物も含まれていたことで総監が謝罪会見。どちらも東和警察は無能の烙印を押されたわけだ。今度、俺等が手柄を上げてみろ。どうなるかわかったもんじゃない」 
 そのまま鯛そぼろを茶碗のご飯にふりかけ、静かに急須から茶を注いだ。突然の吉田の暴挙に誠は唖然としていた。
「今度は邪魔しないから手際を見せろってか?叔父貴も人が悪いな」 
 ぐちゃぐちゃと茶碗の中の物をかき混ぜ始めた吉田を呆れたような視線で見ながら要がつぶやく。
「租界だとか軍の不穏分子だとか、そう言うところは私達の担当領域だけどねえ。辻斬りだの強盗だのはおまわりさんのお仕事でしょ?頭を下げてこない限り動く理由も無いし動けば経費がかかるだけ。つまらないじゃないの」 
 アイシャはそう言って味噌汁をすする。
「あのー……吉田少佐?」 
 恐る恐るカウラが声をかける。誠も要も同じ気分になっていた。
 吉田はすでに茶碗に醤油を注いでいた。その茶碗の中のどろどろしたものを一口飲み込んだ後は、今度は味噌汁を注ごうとしている。
「どこか変なことでもあるのか?」 
 とぼけた吉田の言葉に、隣に座っている薫の頬が引きつっている。それを知っているのは間違いないが、平気な顔をしてそのぐちゃぐちゃの物体を飲み下し始めた。
「ああ、なんか気分が悪くなってきた」 
 そう言うと要が立ち上がった。カウラも薫が用意した湯飲みを手に取ると立ち上がる。
「誠ちゃん。どうしたの?」 
 まるで空気を読んでいないシャムが頬にご飯粒をつけたまま急いで口に飯を詰め込んでいる誠に声をかけた。
「ええ、まあ」 
 それだけ言うと誠は立ち上がり、自分の食器を流しに運んでいった。
「ああ、そうだ。アイシャ。頼まれてたバースデーケーキの手配な。済ませといたぞ」 
 吉田の言葉に食事を終えたアイシャは満足げに頷いている。それを見て少しだけ気分が晴れた誠はそのまま昨日のイラストの仕上げをしようと階段を駆け上がった。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 122

「おかわり!」 
 シャムに遠慮と言う言葉は存在しない。朝稽古を見学して、そのまま朝食を作る薫の邪魔ばかりしながら食堂をカウラに追い出された。その上、資料をめぐり討論していたアイシャと吉田からも邪険にされた。
 当然のように少し機嫌が悪かったのも十数分前までの話。茶碗に明太子を一腹乗せてもりもりとどんぶり飯を食べ終えて叫んだ。
「はい!シャムちゃんは本当に元気よね」 
 うれしそうな表情の母を見て誠は和んでいた。食卓にはアイシャと吉田の姿は無かった。なんでも東都警察からの情報提供があり、その内容をめぐって話があると言うことで客間で端末を眺めて議論しているところだった。
「辻斬りか……物騒な世の中だな」 
 すでに食事を終えて、デザートのヨーグルトまで平らげた要がポツリとつぶやく。アイシャ達が篭ったのを見て二人の端末にアクセスしてある程度の情報を得たのだろう。
「それはいつの時代だ?」 
 二杯目のどんぶり飯を海苔の佃煮をおかずに食べていたカウラが呆れたように要を見る。
「仕方ないだろ?ここ二ヶ月で16人。どれも一太刀で絶命。しかもどの死体にも財布もカードも残ったまんまで放置されてたって言うんだから」 
 言い訳する要。シャムのどんぶり飯を盛った薫が興味深そうに要達を眺めている。
「一太刀で人を斬るのは相当手馴れた証拠ですわね」 
 そんな薫の言葉に頷く要。誠も真剣で竹などを斬ることの難しさを知っているので頷かざるを得なかった。
「でもそれは警察のお仕事でしょ?要ちゃん達は休みなんだから気にしなくてもいいのに」 
 お気楽にそう言ってどんぶり飯に明太子を乗せるシャムに要は大きなため息をついた。だが、シャムに何を言っても無駄なのでそのまま黙って湯飲みを握っていた。
「あ!明太子もう無いの?」 
 とりあえずの打ち合わせを終えて戻ってきたアイシャが空の小鉢を見て叫んだ。
「へへーん!食べちゃったよ!」 
 得意げに叫ぶシャム。
「ああ、まだ箱に残ってたのがあると思うから」 
「いいです!おかずはちゃんとありますから」 
 立ち上がって冷蔵庫に向かう薫を押しとどめてアイシャはそのままいつも誠の父誠一が座っていた席につく。
「あれ?俺の座るとこは?」 
「床に座ればいいんじゃねえのか?」 
 要は立ち尽くす吉田にそう言ってのんびりと茶をすすった。
「じゃあ、こちらに……」 
 そう言って薫が椅子を動かした。誠もその意味がわかっていつもは踏み台にしている違う形の椅子を台所の奥から運んできた。
「じゃあ遠慮なく」 
 どっしりと座って薫から茶碗を受け取る吉田。その様子を呆れたように見ている要。
「辻斬りの一件は?」 
 カウラの言葉に吉田は眉を寄せてアイシャに目をやった。

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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 121

 要はしばらく二つの絵を見比べている。時には感心したように、時には不愉快そうに微妙に表情を変える要にハラハラする誠。だがしばらくすると大きく息を吐いてうつむいた。
「おい、画像消すからな」 
 そんな言葉も終わらないうちに端末を閉じてしまう吉田。要は名残惜しそうな顔をしているが吉田はまるで関心が無いと言うように椅子から立ち上がった。
「じゃあ、挨拶済ませてくるか」 
 誠と要を残して吉田は階段を降りていく。
「なるほどねえ……そうなんだ」 
 静かな要の言葉にびくりと誠は震えた。そしてそのままカウラを描いたイラストと誠の顔を何度も見比べる。
「そんな……あくまでキャラですから!設定だってアイシャさんが作った奴だし」 
「別に気にしてないからな」 
 誠も言い訳を聞くことを拒絶するようにそう言うと要はそのまま出て行こうとする。誠もただ黙って見送るしかない。要の去った自分の部屋で昨日までは得意げに描いていたイラストを前に椅子に座って物思いにふける。
「そんなの気にすること無いじゃん」 
「うわ!」 
 背中からの突然の声に振り返った誠の目にシャムがりんごをかじりながら座っていた。きっちりと最近はトレードマークなんじゃないかと言うような猫耳を揺らしているシャム。
「いつからいたんですか!」 
「神前君がぼーっとし始めたころからかな」 
 そう言うとシャキリといい音を立ててりんごを齧るシャム。彼女の閉所作戦の隠密行動や市街地でのストーキング技術は誠も訓練で嫌と言うほど知っていた。明らかに気配を消すのはシャムの得意分野だった。たぶん吉田を迎えに来たシャムと出会った吉田と要が彼女に入れ知恵をしたのだろう。
 シャムはすぐに問題のイラストに目を向ける。
「へえ、素敵よね。まじめそうでどこか不器用な女の子。嫌いじゃないなあ、私は」 
 いつもの純粋そうな笑顔に誠もこわばっていた表情を緩めて小学生のようにも見えるシャムを見つめた。
「気にすること無いよ。アタシもけっこうキャラの描き分けできてるとは思えないし」 
「はあ、そうなんですけど」 
 自信が無さそうな誠の言葉に不満そうに口を尖らせるシャムが再びドレスのカウラを描いた誠のイラストをまじまじと見つめる。
「優等生キャラってことになるとカウラちゃんが頭に浮かぶんでしょ?なんとなくわかるよね」 
 再びシャムがりんごを齧る。
『降りてこいよ!』 
 要の声に誠は仕方なく歩き出す。
「大丈夫よ!」 
 なにが大丈夫なのかはよくわからないがシャムはそう言って誠の肩を叩いた。誠も情けない笑みを浮かべながらとりあえず朝稽古に集中しようと自分の部屋を出た。

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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 110

「隊長は悪人ですね・・・」 

早朝、まだ部隊には人影は少ない。そんな中『ゴミ屋敷』の異名のある保安隊隊長室で通信端末の電源を切る嵯峨惟基の姿があった。それを横目で見ながら少し前までコンピュータ室にいたシステム担当部長である吉田俊平のにやけた顔がある。

「まあな。あいつ等も少しは成長してもらわにゃならねえよ」 

「ずいぶんと気長ですね」 

そう言いながら手元で器用に作っていたココアの中にお湯を注ぐ吉田。ミルク無しでは飲みたくないと言うように嵯峨は目をそむけて立ち上がった。

「なあに気長なもんか。俺の本音じゃまだまだアイツ等の成長は遅すぎるよ」 

嵯峨が伸びをするのを見ながら吉田はぬる目のお湯でココアを溶いたものを口に含んだ。

「美味くないだろ?」 

「ええ、まあ」 

咳き込みながらつぶやく吉田をにんまりと笑いながら嵯峨は眺めていた。

「ですが本当にゲルパルトや『ギルド』は動かないんですか?」 

吉田の問いにしばらく考えた後嵯峨は椅子に腰掛けて目をつぶって腕組みをした。

「ゲルパルトについては現在数名の法術師を抱えてその調整にてんてこ舞いだと言う情報があってね。それを考えれば元々遼州人を信用しない連中のことだ。手を出す可能性は少ないな。それに対して『ギルド』は法術師集団だ。人に自分の力を使われるのは面白い話じゃないだろ?」 

「ずいぶん情緒的な話ですね。情緒で政治を語るのは最悪の馬鹿野郎と言っている口から出る言葉じゃないですよ」 

そんな皮肉に嵯峨は苦笑いで答える。

「俺だって連中が介入しない確証は欲しいんだけど・・・それほどはっきりと動きを見せてくれるほど甘い連中じゃないしな。そして俺は地球勢力については何も言ってないぜ」 

嵯峨はそう言いながらゆっくりとココアを口に含む吉田を見つめていた。

「隊長、飲みたいんですか?」 

吉田の問いに嵯峨は大きく頷いた。


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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 109

「安全を守るって・・・犯罪者・・・」 

「馬鹿か?今回の違法法術行使はすべて同一犯の犯行と言うことはアストラルパターンデータで分かったことだろ?それとも何か?このデータ自体に問題が・・・!」 

突然要の表情が変わった。彼女の言葉でカウラとアイシャの顔色も変わる。

「能力演操のデータは少ないですから。それが同じ人物によるものかはなんとも・・・」 

ラーナの言葉に全員が言葉を呑んだ。これまで同一犯と思っていた事件が複数による犯行なら・・・そう考えるとすべての捜査が無駄になるように思えてきた。

『そりゃあねえな』 

突然端末のスピーカーから聞こえてきたのは嵯峨の声だった。いつもの嵯峨の監視癖を思い出したが誠が周りを見渡せば要もアイシャもカウラも救われたような顔をしていた。

『吉田から聞いたよ。演操術系の法術のデータなら今そちらに送ったぞ。まあこちらも証拠としては使えない某国の秘密実験データのコピーだからな。つまり犯人を逮捕して自白させない限りこの事件は解決しないわけだ』 

そして嵯峨の言葉が終わる。

誠にも意味は分かった。状況証拠が揃っても意味が無い。犯人を特定するだけでも無駄。すべては生きている犯人を逮捕して自白をさせ、それにあった承認や証拠を別にそろえなければ事件は解決しない。

「蜂の巣にはできないわけだな」 

要は私服を着ても懐に下げている愛銃を叩いた。その滑稽な動きにカウラが微笑む。

「そう言う事です。多少の捜査の工夫が必要になると言うことで・・・ちょっとこのデータを嵯峨茜警視正に送りたいのですが・・・」 

遠慮がちなラーナの言葉に要とカウラが大きく頷く。ラーナはそれを見ると再び端末にかじりついた。

「茜のお嬢さんのプロファイリングが終わるまでは・・・」 

要が周りを見渡す。すでに彼女の言葉が分かっているカウラとアイシャが頷く。

「とりあえず15人の現在の住所を確認。見つからない程度にその現状を観察していつでもプロファイリングの結果に対応できるシミュレーションを行なう」 

「カウラ。それだけわかってりゃ十分だ。飯にするぞ!」 

要は満足げに握りこぶしを向けてきたカウラの右手に自分のこぶしをぶつけた後、すでに定時を過ぎて閑散としてきた食堂の厨房に向かって歩き出した。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 120

「おお、おはよう」 
「おはようじゃないですよ!住居不法侵入ですよ!これは!」 
 悪びれた様子も無く靴をたたみに裏返しに置いた吉田が振り返る。怒鳴る誠。まるで聞くつもりも無いというようにそのまま吉田は椅子に座ると机の上のイラストに目をやった。
「突然なんだ……ってやっぱり来てたか電卓野郎」 
 誠についてきていた要が吉田を見つめる。振り返ってにんまりと笑って見せた後、いつもの無表情で再び机のイラストに目を向ける。
「なんだ?アイシャやカウラは?」 
「あいつ等なら稽古だよ。生身なら鍛えればそれだけためになるだろ?」 
 そう言いつつ要はひたひたと吉田のそばに近づいていく。そして机を覗き込んだ。
「二人とも!それは……」 
「カウラへのプレゼントだろ?別にいいじゃん、少しくらい」 
 恥ずかしがって止める誠。だが二人とも耳も貸さずにじっとイラストを眺める。
「神前……この絵。どこかで描いた覚えは無いか?特に首から上」 
 突然の吉田の指摘。誠はその意味がわからなかった。要も別に吉田の言葉など聞こえないようにいろんな角度から着飾ったカウラのイラストを見ていた。
「ディフォルメするとどうしても僕の癖が出ちゃって……好きな作画監督の……」 
「違う違う!そうじゃなくてお前はこういうキャラのデザインをアイシャに頼まれなかったかという話」 
 吉田の言葉の意味がわからず呆然と立ち尽くす誠。だが、ようやくイラストから目を離した要は何か気がついたかのようににんまりと笑った。
「あれだよ!あいつが今度のコミケに出したいって騒いでた18禁のゲームあったろ?」 
 要の言葉で誠も吉田の言いたいことが少しわかってきた。高校生の主人公が魔族のヒロイン達を口説き落としてハーレムを作るという、いかにもありきたりなエロゲーの企画。確かにキャラクターを頼まれて描いたのは誠だった。
「そのメインヒロインがこれだ」 
 そう言って吉田は手の端末の画面を開く。
 青い髪を後ろにまとめた鋭い視線の女魔族。それと誠が描いたカウラの絵を重ねてみる。確かに顔の輪郭や雰囲気は見分けがつかないほど似ていた。
「はー……ええと」 
 言葉に詰まる誠。要は同情を込めて誠の肩を叩いた。
「でも……違うよな……って胸か!」 
 ぽんと手を叩く要。彼女の指摘のように豊かな胸の目立つ女魔族とカウラがモデルのドレスの美女。すぐにわかる違いはそこだった。
「そんなあからさまな……似たのだって偶然ですよ!」 
 そう言う誠だが、興味本位の要のタレ目の視線が誠にまとわりつく。吉田も頭を掻きながらその様子を黙ってみているばかり。
「まあ……こいつのタイプがこれってことだろ?」 
 あっさりとそう言って立ち上がる吉田。だがその瞬間ににやけていた要の視線が痛いものに変わるのを誠は感じていた。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 119

「まあそんなところです……ねえ、要ちゃん」 
 アイシャに話題を振られて顔を赤らめる要。誠はそれを見ておそらく要が言い出して三人が稽古をしようという話になったんだろうと想像していた。
「さすが胡州の鬼姫と呼ばれる西園寺康子様の娘さんね。それでは竹刀を……」 
 薫の言葉が終わる前に要は竹刀の並んでいる壁に走っていく。冷えた道場の床、全員素足。感覚器官はある程度生身の人間のそれに準拠しているというサイボーグの要の足も冷たく凍えていることだろう。
 誠は黙って竹刀を差し出してくる要と目を合わせた。
「なにか文句があるのか?」 
 いつものように不満そうなタレ目が誠を捉える。誠は静かに竹刀を握り締める。アイシャもカウラも慣れていて静かに竹刀を握って薫の言葉を待っていた。
「それじゃあ素振りでもしましょうか……ねえ、シャムちゃん!」 
 急に薫が庭に向かって叫ぶ。木の扉の向こうの生垣。そこから顔を出したのはナンバルゲニア・シャムラード中尉だった。小柄な彼女の頭がぴょこりと浮かぶ様は薄暗い庭の中ではっきりと見えた。
「やっぱり見つかっちゃった」 
 にやにや笑いながら道場の手前で靴を脱いでいるシャム。誠は半分呆れてその消えない笑顔を眺めていた。
「おい、シャム。実験が済んだからってなんで来てるんだよ。勤務じゃねえのか?」 
 スタジアムジャンバーのポケットから取り出した猫耳をつけているシャムに要が呆れたような声を上げた。
「昨日は当直だったんだけどロナルド君達が交代したいって言うから替わっちゃった」 
 笑顔のシャム。カウラも呆れたように竹刀を握り締め、そんなことだろうと予想していたのかアイシャは一人で素振りを開始している。
「じゃあ、オメエもやるか?」 
 要の言葉にシャムの顔が喜びに満たされる。
「いいの?じゃあ……」 
 シャムが振り返る。彼女が隠れていた生垣だがすでに何の気配も無い。誠はそこで直感が働いた。
「ちょっとすいません!」 
 そう叫ぶと誠はそのまま母屋に向かって走り出した。
『ナンバルゲニア中尉はスクーターしか乗らないはず。そうなると……』 
 誠はそのまま母屋の扉を開き、廊下を走り、階段を駆け上がる。
「吉田さん!」 
 部屋の誠の机の前に座ってカウラのイラストを眺めていたのは吉田俊平少佐だった。その前の窓は鍵を閉めていなかったので開け放たれている。息を切らす誠を不思議な生き物でも見るような表情で吉田は振り返った。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 118

 神前家の朝は早い。実家に帰るとこれまでの寮生活がいかにたるんだものだったということに誠は気づく。家の慣れたベッドの中、冬の遅い太陽を待たずにすでに誠はベッドで目覚めていた。
 そのまま昨日色をつけ終わって仕上げをどうするか考えていたドレス姿のカウラの絵を見ながら、のんびりと着替えを済ませる。紺色の胴着。その冷たい感触で朝を感じる。その時ドアの向こうに気配を感じた。
「おーい。朝だぞー!」 
 間の抜けた調子の要の一言。どうやら今回は薫に起こされて来たらしい。夏のコミケの時には女性隊員は数が多かったので道場で雑魚寝をしていたので神前一家が朝稽古が終わったあたりでカウラが起きてくるといった感じだった。
「わかりました、今行きますから……」 
 そう言って頬を叩いて気合を入れてドアを開く。階段を下りる要の後姿。白い胴着が暗い階段で浮き上がって見える。
「要ちゃん……もう少ししゃきっとなさいよ」 
「だってようまだ夜じゃん。日も出てないし」 
「珍しいな。低血圧のサイボーグか?」 
 階段を下りると同じように白い胴着を着たアイシャとカウラがいる。
「じゃあ、行きますよ」 
 そう言って目をこすっている三人を引き連れて長い離れの道場に向かう廊下を進んだ。
『えい!』 
 鋭い気合の声が響いてくる。さすがに薫の声を聞くとカウラ達もとろんとした目に気合が入ってきた。
「誠ちゃんですらあの強さ……薫さんもやっぱり強いのかしらね」 
 アイシャの言葉に誠は頭を掻きながら振り返る。誠も一応この剣道場の跡取りである。子供のころから竹刀を握り、小学校時代にはそれなりの大会での優勝経験もあった。
 その後、どうしても剣道以外のことがしたいと中学校の野球部に入って以来試合らしい試合は経験していない。それでも部隊の剣術訓練では嵯峨やシャム、茜や楓は例外としても、圧倒的に速さの違うサイボーグの要と互角に勝負できる実力者であることには違いは無かった。
「あら、皆さんも稽古?」 
 四人を迎えた薫の手には木刀が握られていた。冷たい朝の空気の中。彼女は笑顔で息子達を迎える。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 117

 ドアを開くと階段にいるカウラと視線が合った。
 どちらも話し掛けるきっかけがつかめずに黙り込んでいた。先ほどまでペンを走らせていた緑の髪が揺れている。ただ二人は黙って見つめあうだけだった。
「早く呼んできてよ!」 
 アイシャの声に我に返ったカウラはぼんやりとしていた目つきに力をこめて誠を正面から見つめてきた。
「晩御飯だ」 
 それだけ言うとカウラは階段を降り始めた。誠はしばしの金縛りから解かれてそのまま階段を下りる。
「これ……うめー!」 
「要ちゃん、誠君を待たなくてもいいの?」 
「いいわよ気にしなくても。さあ、いっぱいあるから食べてね」 
 要、アイシャ、薫の声が響く。カウラに続いて食堂に入ると山とつまれたコロッケがテーブルに鎮座していた。見慣れないその量に圧倒される誠。
「母さんずいぶん作ったんだね」 
 少し呆れた調子でそういった息子に同調するように頷く薫。
「だって皆さん食べるんでしょ?特にカウラさん」 
 薫の言葉に視線を落とすカウラ。その様子を複雑そうな表情でアイシャが見ていた。
「だからとっとと食おうぜ」 
 すでに三個目のコロッケに手をつけている要。あの宝飾品店で見せた胡州一の名家の姫君の面差しはそこには無かった。皿にはソースのかけられたキャベツが山とつまれている。
「ああ、カウラちゃん。ビールとソース。冷蔵庫に入ってるから取ってよ」 
 もうすでに自分の皿にコロッケとキャベツを乗せられるぎりぎりまで乗せたアイシャの声。苦笑いを浮かべながらカウラは冷蔵庫の扉を開いた。
「ああ、酒が無かったな。すいませんオバサン、ウィスキーかなにかありますか?」 
「オバサン?」 
「オバサンじゃなくてお姉さんです!」 
 薫の眼光に負けて訂正する要。誠は振り向いた母の目を見て父の取って置きの焼酎を戸棚から取り出した。
「なんだよ……いいのがあるじゃん」 
 それを見て歓喜に震える要。誠から瓶を受け取るとラベルを真剣な表情で眺め始めた。
「南原酒造の言海か……うまいんだよな、これ」 
 そう言うとカウラからコップを受け取り遠慮なく注ぐ要。
「ちょっとは遠慮しなさいよね」 
 そういいかけたアイシャだが、腕につけた端末が着信を注げた。
「どうした」 
 カウラの言葉に首を振るとアイシャはそのまま立ち上がった。
「カウラちゃん食べててね」 
 そう言って廊下に出て行くアイシャ。その様子を不思議に思いながら誠はアイシャを見送った。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 116

 ペンを走らせて、誠は自分でも驚いていた。
 圧倒的に早い。迷いが無い。下書きの鉛筆での段階とはまるで違うと言うようにペンが順調に思ったように動いた。絵は誠のこれまでの漫画のキャラクターと差があるわけでも無かった。そもそも写実的に描いたらカウラに白い目で見られると思っていたので自分らしく少女チックなキャラクターに仕上げるつもりだった。
 時々、誠もリアルな絵を描きたいこともある。だが、最近はその絵をアイシャから散々けなされてあきらめていたことは事実だった。
 自分の描き方に自信があるわけではないが、どんどんペンが順調に走っていく。誠はただその動作にあわせる様にして時々要のくれた画像を眺めては作業を進める。
『要さん!もっとこねるのは力を抜いて!』 
 母の言葉でようやく誠は現実の世界に戻ったような気がした。たぶん要は母、薫の得意な俵型コロッケを作るのを手伝おうと思ったのだろう。自然と笑みが漏れていた。
 そして誠は自分が描いたイラストを見てみた。漫画チックとカウラや要には笑われるかもしれない。そんな絵だが、誠には満足できるものだった。描き直すことは誠は少ないほうだと思っていた。だが今回はプレゼントだ。満足ができるまで何度か書き直しが必要になるなと思ってはいた。
 しかし、誠は主な線入れが終わった今。出来上がりが自慢の種になるのではないかと思えるほどに満足していた。
 カウラのどこか脆そうなところが見える強気な視線。無駄の無い体ののライン。どこか悲しげな面差し。どれも誠がカウラに感じている思いを形にしているようなところがあった。
『お母様!油の温度はこれくらいで良いんですか!』 
 今度はアイシャの声が響く。明らかに要とアイシャは誠から自分の声が聞こえるようにと大声を出している。そのことに気づいて誠は苦笑した。
 今度はペンを変えて細かいところに手を入れていく。
 その作業も不思議なほど順調だった。階下のどたばたに頬を緩めながら書き進めるが、間違いなく思ったところに決めていたタッチの線が描かれていく。そしてひと段落つき、インクが乾くのを待ったほうがいいと思い誠はペンを置いた。
 誠の部屋の下は先ほどみかんを食べていた居間。その隣がキッチンだった。なにやら楽しそうな談笑がそこで繰り広げられているのが気になる。
 それでも誠は作業に一区切りをつけると静かに立ち上がって本棚に向かった。
 漫画とフィギュア。そのフィギュアの半分は誠が自作したものだった。隣の押入れにはお気に入りのキャラの原型もある。
 だが一階で繰り広げられている料理教室の様子が気になって誠は仕方なくドアへと足を向けた。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 115

 階段を駆け上がり自分の部屋にたどり着く。
 誠はすでに準備ができている画材の揃った机を見つめてみるが、すぐに彼の右腕の携帯端末に着信があるのに気づいた。
『よう!ご苦労さんだな』 
 通信を開くと相手は要だった。ネットワークと直結した彼女の脳からの連絡。誠はしばらく不思議そうに端末のカメラを見つめていた。
『そんなに疑い深い目で見るなよ。一応アレはアタシの上司でもあるんだぜ。多少ご助力をしようと思って……これ』 
 そう言った直後、画像が展開する。
 それは昼間の宝飾店で見たカウラのドレス姿だった。時々恥ずかしそうに下を向いたり、要達から目をそらしたりして動く姿。いつもの堅苦しいカウラの姿はそこには無かった。突然振られたシンデレラの役に当惑している。そんな感じにも見えて誠はうっとりしながらその動きを眺めていた。
 そんなことを考えているといつもの要の不機嫌な顔が予想できた。
「あれですか、録画してたんですか?」 
『まあな。せっかくついている機能だから使わないともったいないだろ?』 
 引きつった笑みを浮かべているだろう要を思い出す。そしてそこにアイシャが突っ込みを入れていることも想像できた。
「ありがとうございます。早速保存しますね」 
『ああ、それとこの動画は24日には自動的に削除されるからな』 
「へ?」 
 誠の驚きを無視するように通信が途切れる。早速近くの立体画像展開装置にデーターを送信してカウラのドレス姿を映す。
「やっぱり……綺麗だな」 
 恥ずかしそうにエメラルドグリーンの髪をなびかせながらカメラへと視線を移すカウラ。誠も正直高級そうな雰囲気に押されて良く見ていなかったカウラをじっくりと見つめた。
 鍛えているだけあって引き締まった腕。慣れないドレスに照れているような瞳。
 自然と誠は下書きの鉛筆がいつもよりすばやく動いているのを感じていた。
「なんとか仕上げますから」 
 そう誰に言うでもなくつぶやくと誠は作業に没頭していた。冬の短い日差しはもうすでに無かった。いつの間にやら肉をいためた匂いが誠の鼻にも届く。
「今日は……肉か」 
 下書きを眺める誠。いつもアイシャの原作で描かされている18禁同人誌のヒロインの影響を受けてどうしても胸が大きくなっていることに気づいた。
「ああまあいいか」 
 そう言うと誠はペン入れをはじめるべく愛用のインクを机の引き出しから取り出した。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 114

『ただいまー!ってなんでちびがここに?』 
『うるせー!仕事だよ』 
『まったくお疲れ様ですねえ。ちっちゃいのにお利口さんで……偉い!キスしちゃう!』 
『アイシャ、いつかぼこるからな』 
 玄関で要とアイシャの二人に出くわしたランの大声が誠達にも響いてきた。
「怖いわ!ランちゃんがいじめに来たわ!」 
 早足で飛び込んできたアイシャが誠にすがりつく。
『アイシャ!聞こえてんぞ!』 
 ランの怒鳴り声。それを振り返りながらふすまを閉めながら入ってくる要。
「また叔父貴は司法局の呼び出しをランに肩代わりさせたのかよ。あんまり上と距離とっているといつか足元すくわれんぞ」 
 頭をかく要。さすがにその言葉にはカウラも頷いている。
「ああ、クバルカ中佐から渡されたものだ。なんでも鈴木中佐からの預かり物だそうだ」 
 誠にしがみついているアイシャをにらみつけながら冊子とディスクを差し出すカウラ。しばらく呆然とそれを見つめた後、仕方がないというように自分の前に引っ張ってくる。そしてそのままさも当然のようにコタツの誠の隣に座って冊子をめくるアイシャ。
「お姉さんも……これなら私も通信端末に転送されてたから見たわよ。丁寧と言うかなんと言うか……」 
「あれじゃないか?通信だと情報漏えいがあるからそれに対応して……」 
 カウラ側に座らなければならなかった要が不満そうにみかんを剥いている。だが、その言葉にアイシャは首を横に振った。
「今回の設備導入は法術系システムなのよ。すでにシュペルター中尉が何度もそのシステムの調整を依頼していた大麗の会社と仕様の詰めで通信してたわよ」 
 そう言うとアイシャもみかんを手にとる。カウラは仕方がないと言うようにランから渡された書類に目を通していた。
「そう言えば誠ちゃん。今日は21日よ。間に合うの?」 
 アイシャの言葉に我に返る誠。さっとコタツを出ると立ち上がる。
「じゃあ、僕は作業に入りますから」 
「はいはい邪魔はしねえよ」 
 出て行こうとする誠に投げやりな言葉をかける要。誠はいつものようにそのまま居間を出て行った。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 113

「薫様のおっしゃるとおり!あのおっさんは一度しめないといかんな」 
 そう言ってランは最後の一袋のみかんを口に放り込む。
「様?」 
 誠はランの言葉が気になって繰り返してしまった。その誠に突然ランの表情が変わる。
「あ……!あれだよ。年上はちゃんといたわらないと」 
 明らかにあわてているランだが、誠の母はニコニコと笑っているだけだった。そして薫の目はカウラが手にしている豪華な装飾の施されたかばんへと向かった。
「でもベルガーさん。そのかばんは……」 
 ようやく話題を振ってもらってカウラの表情が明るくなった。
「ええ、これは西園寺からの誕生日プレゼントですよ」 
「まあ!」 
 驚いたように身を乗り出す薫。ランも興味を惹かれたようでじっとカウラの手にあるかばんを眺めている。
「なにか?そんなに豪勢なかばんになに入れるんだ?通勤用とか言ったら重過ぎるだろ?」 
 ランはかばんがカウラへのプレゼントだと思ったらしく淡々と次のみかんを剥いていた。
「すでに入っているんです。夜会用の宝飾品のセットだそうです」 
 そう言われてもピンと来ないというような表情の薫とラン。そこでようやくカウラは腕の端末を起動させて机の上で画面を広げて見せた。そこには店で誠も見たドレスにティアラ、ネックレスをつけたカウラの姿があった。
「おー!こりゃあすげーや」 
「素敵ねえ」 
 誠もひきつけられたカウラの写真に息を呑む二人。
「何度見ても素敵ですね」 
「世辞はいいが何も出ないぞ」 
 そう言うとカウラは端末の画像を閉じてしまう。
「なんだよ、もう少し見せろっての」 
 ランはみかんを口に入れながらそう言った。だが、薫がランの後ろの時計を指差す。
「ああ、しょうがねーなー。じゃあ例の件、よろしく頼むぞ」 
 そう言ってランは立ち上がる。薫がそれにあわせようとするのを制すると、そのまますたすたと玄関へと向かった。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 112

 地下鉄の駅を出て、北風の冷たい夕方の街を誠とカウラはゆっくりと歩いた。カウラは手にしたケースをしっかりと握り締め。時々視線をそちらに向けながら黙って歩いていた。街路樹の柳は葉もなく、その枝は物悲しい冬の風に吹かれていた。そんな風は誠の実家にたどり着いたときも止むことは無かった。
「ただいま……?」 
 誠がそう言って玄関を開けると小さな靴が一足あるのが目に入った。道場の子供かと思ったが、磨き上げられた革靴にそれが二人の上官のランのものだとわかった。
 すぐにカウラの顔に緊張が走る。すばやく靴を脱ぎ捨て、あがったカウラ。誠はそんな状況でも大事そうにかばんを抱えているカウラを見つめながらそれに続いた。
「よう!邪魔してるぞ」 
 夕日を背に浴びながらコタツでみかんを食べているラン。その前に座っている薫もなにかうれしそうに微笑んでいた。いつもの勤務服姿のランだが、その小さいからだが隠れるようにコタツに入っているとどこかの小学校の制服に見えるので誠は噴出しそうになった。
「なんですか、脅かさないでくださいよ」 
 そう言いながら手にしたかばんを後ろに置いたカウラ。勤務服姿のランはそれを追求せずに自分が持ってきたバッグから何かを取り出した。
「アイシャが居ないが……まあいいか。まずこいつ」 
 ランは書類ケースを取り出す。
「第二小隊のシミュレーションのデータ解析を東和軍に頼んだからその時の経費関係の決済書だ。お前のサインがいるって高梨につき返されてさ。それでこの三枚。複写になってるからよろしくな。それと……」 
 今度は記録ディスクを取り出す。
「この資料。一応、アタシなりに今回の三機の起動実験のデータをまとめたもんだ。目を通しといてくれ」 
 カウラはそれぞれ受け取ると中身を確認してため息をつく。
「どうしたんだ?ため息なんかついて……って聞くだけ野暮か」 
 そう言いながら小さい手で頭を掻くラン。そのまま再びかばんに手を入れると冊子を一冊、それにデータディスクを取り出した。
「これはリアナに頼まれた資料だ。なんでも『高雄』の設備更新の資料だと。これはあとでアイシャに渡しておいてくれ」 
「あの、たぶんもうすぐ帰ってくるとは思うんですけど」 
 受け取ってみたもののいまいち理解できずに言い返そうとするカウラだが、ランはにっこりと笑って首を横に振る。
「あいにくもう本局に向かわねーといけねーんだわ。予算執行に関しての口頭で説明しろって話だ。これは本当は隊長の仕事なんだけどなー」 
「ああ、惟基君は相変わらずサボり癖がついてるわけね」 
 それまで黙って話を聞いていた薫の言葉。ランはただ照れ笑いを浮かべるだけだった。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 111

「洗脳もやりすぎると日常生活も送れなくなってリハビリが必要になると言うことだろうな」 
 桐野の一言にカーンは静かに頷いた。
「所詮、養殖ものは駄目なんすよ。あいつなんてましなほうだ。他の連中にいたっては隣の部屋から怖くて出せませんよ」 
 ひとごこちついたと言うように缶をテーブルに置く北川。視線は自然とカーンに向かった。
「むしろ私としては好都合だがね。君達のような野良犬の飼い主になる自信はないよ」 
「犬って!」 
 北川が立ち上がろうとするのを桐野は日本刀で止める。黒い鞘の怪しい光を見てもカーンの表情は変わらない。
「確かにあなたから見たら……と言うかほとんどの地球人から見れば遼州原住民は忌むべき不気味な存在、いっそのこと洗脳するか根絶するかしたい存在なのはわかってますよ。考えもしない力を持った生き物が闊歩している。どう見たってフェアーとは言えませんからねえ」 
 三人に走る緊張。だが、桐野はすぐに剣を引き、再びソファーに座りなおした。その様子を見て立ち尽くす女性の表情に一瞬浮かんだ殺気が消えた。
「君達と人道について語る必要は私には無い。あくまでも利害が一致したからここに居る。そうなんだろ?」 
 カーンはそう言うと女性に手招きした。桐野達を無視して表情が死んでいるような女性はそのままカーンからコーヒーカップを受け取った。彼女はそのまま流しのところまで行って半分ほど入っていたコーヒーを捨てる。
「俺等の再教育など必要無いんじゃないですか?こいつ等には爺さんのオムツでも代える仕事が向いてるよ」 
 北川の言葉にも女性は反応を示さない。その様子を見ていた桐野の表情がこわばる。
「確かに彼女を介護士として養成するなら地球人にでも教育できそうだ。だがそれでは私が君達の飼い主に払った金が無駄になるな」 
 カーンの言葉には桐野も北川も黙り込むしかなかった。いつまでとは指示は無かった。とにかくゲルパルトの国民党残党勢力の手元にある人工法術師を一般市民に混ざってもわからない程度の常識を教え込む。それが桐野達に与えられた指示だった。
「仕事はしますよ。ただその結果飼い犬に手を噛まれないように」 
 それだけ言うと桐野は再び大げさにグラスの酒を煽った。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 110

「桐野君、見ないのかね?君は」 
 子供のような顔をして見つめてくる老人に桐野孫四郎は口元にゆがんだ笑みを浮かべた。それまでの無表情から老人の顔に笑顔が突発的に浮かぶ。
「神前誠ほどの有名人がこんなところで買い物とは……なんなら君が彼の首を挙げてもいいんじゃないかね?」 
 老人、ルドルフ・カーンはホテルの4階から見える神前誠とカウラ・ベルガー、二人の保安隊の隊員を見下ろしながらコーヒーをすすっていた。
「それは俺の意思だけでできることじゃない」 
「君の飼い主の許可がいることなんだね。なるほど、太子もそれだけあの青年を買っているということか」 
 そう言うとカーンはそのまま桐野が座っているソファーに向かって歩いてくる。それを不愉快に思っているのか、桐野は手にしたグラスに注がれた日本酒を一気に煽る。
「それよりあなたのほうが心配だな。東和に入国してもう一月あまり。嵯峨の糞野郎の情報網でもあなたの存在はつかめているはずだ」 
 静かに座っている桐野孫四郎の隣に立つと軽蔑するような冷酷な表情がカーンに浮かぶ。
「糞というのは止めたまえ、品が無い」 
 カーンは桐野の言葉をとがめると静かにソファーに座り冷めたコーヒーをまずそうに飲む。
「確かに遼南王家のラスバ帝が仕組んだ情報網を掌握している嵯峨君だ。私の行動の一部は漏れているだろうし、それによって私の宿泊場所も数箇所に限定されていることだろう」 
 余裕のあるカーンの表情に桐野はいまひとつその真意が読めないと言うような顔をする。
「だが、彼は自分の情報網でつかんだと言うことで踏み込むことはしない」 
 その老人の余裕をいぶかしげに眺めながら桐野は四合瓶に入った大吟醸を惜しげもなくグラスに注いだ。
「もしそうなれば遼州ばかりでなく地球にも投下した私の手にある資産が消えてなくなるんだ。そうなれば地球人の入植したすべての星系の経済がある程度の打撃を受ける」 
 そう言ってカーンは不味いコーヒーの入ったグラスをテーブルに置いた。そしてにやりと笑う。
「わずかでも今経済のバランスが崩れれば発足間もない同盟がどうなるか……それを知らないほどおろかな男ではないよ、嵯峨君は」 
 そんな御託など桐野には興味がなかった。左手に支えている関の孫六に力が入る。
 突然ノックも無く部屋の扉が開いた。入ってきたのは革ジャンを着たサングラスの男、桐野の腰ぎんちゃくとして知られた北川公平、そしてそれに続いて長い黒髪に黒いスーツを身にまとった女性が続いて入ってきた。桐野の視線は表情を殺している女性に向かう。
「ノックぐらいはするものだな」 
 そう言って桐野はダンビラから手を離す。革ジャンにサングラスの男はそれを見て大きく深呼吸をした。
「なあに気取ってるんですか?」 
 北川はにやりと笑うとそのまま老人の隣にどっかと腰を下ろす。そしてそのまま入り口で立ち尽くしている女性に顔を向けた。
「こういう時はビールぐらいサービスするもんだぜ」 
 その言葉に女性はぶらぶらと下がっていた手を水平の高さまで上げた。
 次の瞬間、その手に黒い霧が立ち込める。そしてその霧が晴れると彼女の手にはビールが握られていた。その一連の出来事に思わず頭を抱える北川。
「なんでこんなところで力を使うかなあ……」 
「ビールを出せと言ったのは貴様だ。どんな出し方をしようが私の勝手だ」 
 抑揚の無い言葉。仕方なく彼女が差し出すビールを受け取った北川は勢いよくプルタブを引くとそのまま缶ビールを飲み始めた。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 109

 要の落ち着いた物腰は回転ドアを出るところまでだった。
 そのまま彼女は目の前に立つ巨漢の首根っこをつかんでヘッドロックをかます。重量130kgの軍用義体の怪力の前に明石はそのまま歩道に引き倒される。
「何のつもりだ?は!」 
 周りの上品な客達はやくざ者を楽に締め上げている女性の怪力に息を呑んで立ち止まる。
「やめや!やめてんか!離したら話すよって!」 
 叫ぶ明石にようやく要は手を放した。開放されて中腰になってむせている明石をニヤニヤと笑いながら近づいてきたアイシャが見下ろす。
「姐御にプレゼント?なかなかいい話ですねえ」 
 ようやく顔を上げた明石はそう言うアイシャを見てさらに絶望的な表情を浮かべる。
「私的なことに首を突っ込むのは感心しないな」 
 手に大事そうにアタッシュケースを持っているカウラ。その見慣れない頑丈そうでいて品のある革張りのかばんを見て、明石は大きくため息をついた。
「ワシは所詮寺社貴族の次男坊や。そないなもんに手えだすだなんて……」 
「無理だな」 
 断言する要に明石はうつむくとようやく背筋を伸ばして立ち上がった。周りにいつの間にか集まっていた野次馬も、それが知り合いの挨拶だったとわかると興味を失って散っていく。
「ああ、いい店紹介してやろうか?よく楓が言っているとこ。何でも落とした子にプレゼントする……」 
「もうええわ。ワシが自分で探すよって」 
 肩を落として立ち去ろうとする明石。だが要もアイシャもこんな面白い人物を放っておくわけが無い。
「紹介してやるっての!値段の交渉もアタシは得意だぜ」 
「西園寺……足元見てからに」 
 どこまで言っても同盟司法局の給料だけでそれほどいいものが買えるとは誠にも思えない。そんなところに笑顔でつけ込む要に少しばかり呆れていた。
「ああ、カウラちゃんはその荷物大切だものね。先に帰っていていいわよ」 
 そのまま急いで雑踏に消えようとする明石を追っていく要。彼女について行こうとアイシャは誠とカウラにそう言って小走りで去っていく。
「じゃあ、帰りましょうか」 
 そう言った誠だが、どこかカウラは気が抜けたように頷いて誠の後に続いてくるだけだった。
 誠は仕方なく空いているカウラの左手を握る。はっとした表情でカウラは誠の顔を見て我に返った。
「帰りましょう」 
 その一言に笑顔で答えるカウラ。
『あの姿を、カウラさんのドレスの姿を描こう』 
 誠はそう決心してカウラの左手を握りながら歩き始めた。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 108

「ではこちらでよろしいですね」 
 老紳士の静かな言葉に満足げに頷く要。カウラの両脇にいたメイドが自分を導くのを見てカウラも静々と部屋を出て行った。
「でも実にお美しい方ばかりですな、神前曹長。非常にうらやましい職場ですね」 
「ええ、まあ」 
 頭を掻く誠。確かに自分がパシリ扱いされて入るものの、神田の言うことが事実であると改めて思っていた。
「それではクラウゼ様のものは候補が出品された段階でお知らせいたしますので」 
 その言葉に要が立ち上がる。呆けていたアイシャもそれを見ていた誠も立ち上がった。
「ありがとうございます」 
 次々と店員達が頭を下げてくるのにあわせながら頭を下げる誠。彼をにらみつけながら要は先頭に立つようにして歩く。誠達は居づらい雰囲気に耐えながら客の多い広間のような店内に出た。
「まもなくカウラ様とお品物の方も揃います」 
 神田という支配人の言葉に笑顔で頷く要。
 だが、外を見ていた要のタレ目が何かを捕らえたように動かないのを見て誠も外の回転扉を見た。
 そこには見覚えのある黒のコート、紫のスーツ、赤いワイシャツと言う極道風のサングラスの大男が右往左往しているのが見えた。頭はつるつるに剃りあげられ、冬だと言うのになぜかハンカチで頭を拭きながら何度も店内に入るかどうかを迷っている。
「明石中佐……」 
 誠の言葉に店内をきょろきょろと見回していたアイシャも回転扉の外の前保安隊副隊長を見つけた。
「なにやってんだか」 
 呆れてため息をつくアイシャ。
「遅れてすまない。ではこのバッグは……」 
 着替えを済ませてアタッシュケースに入れた先ほどのティアラなどを手に持っているカウラも三人の視線が外に向かっているのを見て目を向ける。
「あれは……」 
「それでは、また時間を作って寄らせていただきますわね」 
 そう言って微笑みながら出て行こうとする要を見送ろうとする神田。誠もただ外でうろうろしている明石が気になって仕方がなかった。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 107

「ベルガー様のお着替えがすみました」 
 先ほどのメイド服の女性の声。
「ああ、入っていただけますか?」 
 神田の言葉でドアが開いた。そしてそこに立つカウラの姿に誠はひきつけられた。
「あ……あの……私は……」 
 どうしていいのかわからないというように、目が泳いでいるカウラ。そのいつもはポニーテールになっているエメラルドグリーンのつややかな髪が解かれて、さらさらと流れるように白いドレスに映えて見える。
 額の上に飾られたルビーの輝きが印象的なティアラ。色白な首元に飾られた同じくルビーがちりばめられた首飾りが見る人をひきつける。
「凄いじゃない、カウラちゃん。ねえ、私にもくれるんでしょ?こういうのくれるんでしょ?」 
 そんな荘厳な雰囲気を完全にぶち壊して爆走するアイシャ。要ばかりでなく穏やかな様子の神田まで迷惑そうな視線をアイシャに送る。だがまるで彼女はわかっていなかった。
「ほら!誠ちゃん。なんか褒めないと!こういう時はびしっとばしっと何か言うものよ!それで……」 
「クラウゼ少佐。落ち着いていただけませんの?」 
 凛と響く要の一言。いつもは逆の立場だけあり、さすがのアイシャも自分の異常なテンションに気づいて黙り込んだ。
「神前……似合わないだろ」 
 カウラはようやく一言だけ言葉を搾り出した。頬は朱に染まり、恥ずかしさで逃げ出しそうな表情のカウラ。
「そんなこと無いですよ!素敵です。本当にお姫様みたいですよ!」 
 誠もアイシャほどではないが興奮していた。胡州貴族やゲルパルトの領邦領主が主催する夜会に出たとしても注目を集めるんじゃないか。そんなパーティーとはまったく無縁な誠だが、赤いじゅうたんの敷かれた階段を静々と下りてくる場面を想像してさらに引き込まれるようにカウラを見つめる。
「本当にお美しいですわよ、ベルガーさん」 
 タレ目の目じりをさらに下げて微笑みながらの要の言葉。いつもなら鋭い切り替えしが繰り出されるカウラの口元には代りにに笑顔が浮かんでいた。
「いいのかな……私……」 
 ただカウラは雰囲気に飲まれたように入り口で立ち尽くしていた。
「どうでしょう、要様」 
 自信があると言い切れるような表情で神田が要を見る。満足そうに頷く要。
「ベルガーさん。とてもお似合いですわね。わたくしもこれならば上司と呼んでもお友達に笑われたりなどしませんわ」 
 明らかに毒がある言葉だが、すでにカウラは自分を見つめてくる誠やアイシャの視線に酔っているように見えた。ただ頬を染めて立ち尽くす。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 106

「そうだな……」 
 もう後には引けない。カウラの表情にはそんな悲壮感すら感じさせるものがあった。
「それではこちらに」 
 メイド服の女性に連れられて部屋を出て行くカウラが誠達を残して心配そうな表情を残して去っていく。
「それではこちらのお品物はいかがいたしましょうか?」 
 老紳士の穏やかな口調に再びソファーに腰を下ろした要がその視線を誠に移す。
「僕は使いませんから。それ」 
 ようやく搾り出した言葉。誠もそれに要が噛み付いてくると思っていた。
「そうなんですの?残念ですわね。神田さん。それはお父様のところに送っていただけませんか?」 
「承知しました」 
 最初からそのつもりだったようであっさりとそう言う要に、誠は一気に全身の力が抜けていくのを感じた。安心したのはアイシャも同じようで震える手で自分を落ち着かせようと紅茶のカップを口元に引き寄せている。
「でも要様の部隊。保安隊とか世間では呼ばれておりますが、大変なお仕事なんでしょうね」 
 男の言葉に紅茶のカップを置いた要が満足げな笑みを浮かべている。
「確かになかなか大変な力を発揮された方もいらっしゃいますわね」 
 要の視線が誠に突き刺さる。一般紙でも誠が干渉空間を展開して瞬時に胡州軍の反乱部隊を壊滅させた写真が紙面を賑わせたこともあり、神田も納得したように頷いている。
「そうですね。特に誠ちゃ……いや神前曹長は優秀ですから。どこかの貴族出のサイボーグと違って」 
 明らかに喧嘩を要に売っているアイシャ。誠も要のお姫様的な物腰に違和感を感じてそれを崩したい衝動に駆られているのは事実だった。
「そうですわね。私の力など微々たる物ですから……まあほとんど休憩所代わりの運用艦のおまけ程度の副長を務めてらっしゃる方にそれを言う権利があればのお話ですけど」 
「何?喧嘩売ってるの?」 
 まるでいつもと逆の光景。要が挑発してそれをアイシャが受けて立つという状況になろうとした。だがアイシャはそれ以上何も言うつもりは無いというように紅茶のカップに手を伸ばす。要も静かに微笑んでいる。
 お互い慣れない展開に戸惑っているのだろうか。そんなことを誠は考えていた。
「それにしても要様はいいお友達をお持ちのようですね。先日も烏丸様と大河内様がお見えになって……お二人とも要様の様子をご心配されていましたから」 
 現在の四大公家の当主は要の父西園寺基義以外はすべて女性という変わった状況だった。次席大公の大河内家。その当主は現在大河内明子が勤めていた。先の内戦で破れて本家が廃され庶家から当主となった烏丸響子。彼女は時々隊に連絡をしてきて同い年で仲のいい嵯峨家当主で第三小隊隊長の楓と雑談に花を咲かせている。
「まあ二人とも妹みたいなものですもの。心配をするのはわたくしの方ですわ。ご迷惑おかけいたしませんでしたか?」 
 そう言って頬に手を当てて微笑む要。誠はそのいわゆるお嬢様笑いを始めてみて感動しようとしていた。
 その時ノックの音が部屋に響いた。

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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 105

 神田と呼ばれた老紳士はやさしげに頷く。そしてこれまでと違う表情で要を眺めていた。
「そういえば神前曹長にと頼まれていた品ですが」 
 要の表情が見慣れた凶暴サイボーグのものに変わる。びくりと誠は震えるが、神田が手元の端末に手を伸ばしたときにはその表情は消えていた。
「ちゃんと手配しておきました。合法的に東都に輸入するには必要となる加工が施されていますので実用には……」 
「ええ、その点は大丈夫ですわ。機関部とバレルなどの部品についてはわたくしの部隊に専門家がおりますから。そちらの手配で何とかするつもりですの」 
「機関部?バレル?」 
 しばらく誠の思考が止まる。バレルという言葉から銃らしいことはわかる。しかし、ここは宝飾品を扱う店である。そこにそんな言葉が出てくるとは考えにくい。正面のカウラもアイシャもただ呆然と男が画面を表示するのを待った。
「これなんですが……指定の二十世紀のロシア製は見つかりませんでしたのでルーマニア製になります」 
 金色の何かが画面に映される。誠はまさかと思い目を凝らす。
「悪趣味……」 
 思わずつぶやいたアイシャの一言で、その目の前の写真の正体を認める準備ができた誠。
 小銃である。形からしてマリアの貴下の警備部が使っているAKMSに良く似ている。しかも金属部分にはすべて金メッキが施され、ストックやハンドガードは白、おそらく象牙か何かだろう。そこにはきらびやかな象嵌が施され、まばゆく輝く宝石の色彩が虹のようにも見えていた。
「AIMだな。ストックは折りたたみか」 
 それだけを言うのがカウラにはやっとだった。三人は呆れたように要に目をやる。
「あら?どうしましたの?だってお二人にも贈り物をしたんですもの。いつも働いてくれている部下にもそれなりの恩を施すのが道理というものではなくて?」 
 要の笑顔はいつもの悪党と呼ばれるような時の表情だった。誠はこんな要の表情を見るたびに一歩引いてしまう。
 ドアがノックされる。
「入りたまえ」 
 神田の言葉に先ほどカウラの為と指定したルビーのちりばめられたティアラとネックレス、そして純白のドレスを乗せた台車が部屋へと運ばれてきた。
「いかがでしょうか」 
 ゆっくりと立ち上がった紳士について要、カウラの二人が立ち上がる。額のようなものの中に静かに置かれたティアラと白い絹のクッションに載せられたネックレス。しばらくカウラの動きが止まる。
「ベルガー様。いかがですの?」 
 そう言ってにやりと笑う要。いつのも見慣れた狡猾で残忍な要と上品で清楚な要。その二人のどちらが本当の要なのか次第に誠もわからなくなってくる。
「ドレスも一緒とは……」 
 そう言ってマネキンに着せられた白いドレスを眺めるカウラ。
「試着されてはいかが?」 
 追い討ちをかけるような要の言葉にカウラは思わず要をにらみつけていた。

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