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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 20

 慣れない事をすれば誰でも疲れるものだった。
「これで何件目……」 
「カウラさん始めたばかりじゃないですか」 
 いつもの運転席に乗り込むカウラの顔は疲れていた。
 初日。すぐに動き出したカウラ、誠、ラーナ。とりあえず防犯の呼びかけのポスターを手に五件のマンションを回ったが、捜査よりも戦闘のために作られた人造人間であるカウラの忍耐力はすでに限界を迎えていた。
「午前中はこんなもんでしょう。これからお昼。いかがですか?」 
 後部座席で腕組みをしているラーナは静かにそう言うと幼くも見えるようなおかっぱの髪を掻き上げた。
「午前中でたった五件でこれか……と言うか午前中か……」 
 カウラの声がかすれるのも無理は無かった。すでに三時を過ぎようとしている。住宅街の食べ物屋は多くが準備中になっている時間帯。
「訪問がこんなに疲れるものだとは……」 
 そう言いながらカウラは赤いスポーツカーを動かす。狭い路地を縫うようにして車は進んだ。
「まあ……こういう地道な積み重ねが大事ですから。それと市民と向かい合う時はいつも笑顔で。ベルガー大尉はまだ今ひとつですね」 
「はあ」 
 ラーナに駄目だしされて少しばかりカウラは肩を落としながら狭い道を進む。両脇に続く家並みはすべて平屋。二十年前の第二次遼州大戦の時の特需以前の貧しさを感じるような家々が続く。
「でも……もしかしたら僕達が回った家の中にすでに犯人の家もあるんじゃないですか?」 
 思わず誠はそう言っていた。不機嫌になるだろうと振り向いたラーナ。だが誠をまっすぐに見つめるその顔には別にいつもの落ち着いた物腰のラーナの親切そうな表情が写っている。
「それで良いんですよ」 
「え?良いのか?」 
 カウラはようやく大通りに出る入り口の信号で車を止めながら驚いたように静かにつぶやいた。ラーナは再び助手席で正面を向くと教え諭すような口調で話を始めた。
「もし私達が警戒していると分かればそれだけで犯罪に対する抑止力になります。確かに犯人逮捕も大事ですがこうして未然に犯罪を防ぐことも任務の一つですから」 
 警戒感を解くような笑顔を向けるラーナ。いつも茜の助手として付いて回っていると言う印象しかない誠には、そんなラーナの穏やかな表情が非常に新鮮に見えた。カウラも頷きながら大通りに車を走らせる。
「それは分かった。じゃあ西園寺とアイシャは……」 
『おいおい、特殊部隊上がりを馬鹿にすんじゃねえぞ』 
 車の固定端末のスピーカーから響くのは要の声だった。彼女の脳には常に通信端末が接続されている。そんな彼女にとっってこの車の会話を盗聴することなど手数にも入らないことなのはまことも知っている。
「なんだ聞いていたのか……悪趣味だな」 
『陰口を言おうとしていた奴に言われたくねえよ!』 
 そう言うとしばらく雑音が響く。そしてすぐに車のコントロールパネルの画面に映像が映った。そこでは要とアイシャが並んで寿司を食っている場面が映し出された。多分端末の一つをカメラのつもりでテーブルの端にでも置いているらしい。
「そちらも今昼飯か。それに寿司か……回転寿司とは考えたな」 
『まあしかたねえだろ?今の時間は開いている店が限られるんだから』 
 満面の笑みでトロを頬張る要。それを見ながら時々画面を見つめつつ、アイシャはかっぱ巻きを続けて口に運んでいる。
「そうだな。カルビナ、寿司でいいか?」 
「できれば安いところが良いんですけど……」
 いつもの控えめなラーナに戻る姿が滑稽で誠は思わず噴出した。
「じゃあ……この近くならハンバーガーの店があったろ?」 
「チェーン店ですか?」
「確かそうだよな」 
 カウラのいう通りなので誠はうなづいた。
「ならそこで良いですよ……神前曹長もその方がいいでしょ?」 
 カウラは誠が頷くのを見ると笑みを浮かべてアクセルを吹かした。
「そう言えば……西園寺はラーナの意見に特に反論しなかったな。それとなにやらラーナの端末にアクセスしていたみたいだが……何か掴んだのか?」 
 そんなカウラの質問にウニを頬張りながらタレ目の要は大きく頷いた。
『当たり前だろ?アタシを誰だと思ってるんだよ。そんな作業でも並行してやっていなきゃなんでこんな奴と……』 
『要ちゃんひどい!こんな奴なんて!』 
 アイシャの声だけが端末に響く。思わず誠も苦笑しながらラーナを見てみた。彼女はと言えば相変わらず自分の端末を叩いて作業を続けていた。
「で……結果は?」 
『焦るなっての。そんなに簡単に行くわけ無いだろ?とりあえずラーナのデータは正確だったってことはよく分かったよ』 
「有難うございます」 
 ラーナはついでのように答えた。それが気に入らないと言うように要はかっぱ巻きを口の放り込む。
『アタシも豊川の街をこうして回るのは初めてだが……まあ予想以上に複雑だわ、この国も』 
「実のところ本当の意味で東和が大国になったのは先の大戦のあとの復興景気以降だからな。それを考えて見ればこういう地方都市の矛盾と言うものも見えてくる」 
『難しいこと言うじゃねえか。まあそんなことはどうでもいいとして……今回の事件。誰が犯人でもおかしくない気がしてきたよ。特に旧市街のアパート住人と旧住人の軋轢は昔から酷いもんだったらしいや。それが今回の法術の存在の発表。火に油を注いだようなもんだ』 
 そう言いながら再び要は回転するベルトから高そうな寿司を手に取った。
「以前は市民団体やら市役所の担当窓口やらが仲介に入ってなんとか騒ぎにはならないでいたらしいが……すでに何軒かの訴訟が起きてる。ほとんどが法術がらみだ。アタシ等が法術師を探して歩くと言い出すかも知れない以上、豊川署の連中が会議から締め出した理由は読めてきたよ』
「恐らく法術師をめぐるトラブルの話題が会議でも取りざたされるだろうからな。うちが法術師なんてものを世の中に発表する機会が無ければよかったと言うお決まりの愚痴も叩けなくなるだろうからな」 
 納得したようにうなづくカウラ。誠はすぐにラーナに目を向ける。誠もラーナも法術適正のある法術師である。恐らく同じように部屋を探したりアパートに暮らしたりすれば同じように差別や嫌がらせを受けることはすぐに想像が付く。そしてそんな世の中にした法術の存在の顕現化を行なったのは他でもない『近藤事件』での誠の法術による敵アサルト・モジュールの撃墜だった。
「西園寺。そこらへんは後で話す」 
 誠の動揺がカウラに見透かされていたようでカウラはすばやく話を変えると端末を消した。
「気にするな……と言っても無理か」 
 そう言うとカウラはハンバーガーショップの駐車場に車を入れた。そしてそのまま車をドライブスルーーの場所に移動させる。
「食べていかないんですか?」
 訪ねてくる誠にカウラは疲れたような笑みを浮かべるだけだった。
「そう……だったな。カルビナはどうする」 
 駐車場にハンドルを切ろうとしたときに助手席のラーナが思わずカウラの左手を押さえた。 
「私はどうも……お店で食べるのは慣れてなくて」 
「むしろ地球人の顔は見たくないか……」 
 ラーナの言葉を聞くとカウラはそのまま運転席の窓を開ける。
『いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ』 
 明るい店員の女性の声が響く。ラーナはなぜかうつむいたまま自分の端末を呆然と眺めていた。
「全員Aセットでいいな……じゃあAセットを三つ。ドリンクはブレンドコーヒーで」 
『かしこまりました。Aセット三つ、お飲み物はブレンドですね』 
 明るい声だが、誠もなぜか相変わらず違和感を感じていた。
「見ただけじゃ分からないのに……やはり壁は感じますね」 
 そうつぶやいた誠に情けないと言うような笑顔で答えるラーナ。彼女は遼南難民出身で純血の遼州人だった。誠も名前こそ日本風だが遺伝子検査では地球人との混血はほとんど無いと判定されていた。
「人はそれぞれ違うものだと言うが……あれだけ違うとな」 
 カウラがそう言ったのは最後のアパートの男子大学生との会話を思い出したからだった。
『迷惑なんですよね……法術適正?そんなの受けなきゃいけない化け物に生まれたつもりはありませんよ』 
 無精髭が目立つ小太りの男子大学生はそう言うとラーナが差し出したチラシを受け取らずにドアを閉めた。まるで自分は関係なく、地球人の直系の人種だと言うことを特に証拠もなく信じている若者が増えていることは誠も知っていた。だがそれにしてもその死んだように誠達を見つめる目。自分の差別意識に露ほども疑問を感じていないその鈍感な管制に誠は衝撃を受けていた。
「近くに運動公園があるな。そこで食べるか」 
 そう言いながらカウラは商品の受け取り口のある店の裏手へと車を進めた。誠もラーナもただ何もできずに黙ってカウラの言葉にうなづくだけだった。





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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 19

「それじゃあ……方針はそれで決まったわけだから行こうじゃねえか」 
 要はそう言うと東都警察の紺色のジャンバーを肩に突っかけるようにして立ち上がる。とりあえず誠達が始めることにしたこと。それは新規の住民登録を行なった人物をすべて見て回ると言う地道な行動だった。
「しかし……本当にお巡りさんは大変よね。拳銃とショットガンだけ?」 
「ゴム弾入りの非殺傷弾入りだ。しかも一発撃ったら始末書一枚だそうだ」 
 アイシャもカウラも顔色は冴えない。保安隊の丙種装備よりも落ちる装備に不満を言いたい気持ちは誠にもよく分かった。相手は法術師の能力を乗っ取る化け物である。空間制御系の法術を使われればショットガンなどお守り以下なのは嫌というほど分かっている。
「でも準軍事行動じゃないんですから実弾は……」
 不満そうな女性陣を落ち着かせようと口を開いた誠。そんな彼を明らかにあざけるような視線で要が見つめてきた。 
「奇麗事は良いけどよう。オメエは租界で撃ちまくらなかったか?」 
「撃ちまくるのは誠ちゃんじゃなくて要ちゃんでしょ?それ以前に誠ちゃんの下手な鉄砲を市街地で撃ちまくられたら私も困るわよ」 
 入り口に立ってニヤニヤ笑っている要を押しのけるようにしてアイシャはそのままドアを出た。そしてそこで何かとぶつかってよろめく。
「ごめんなさい……ああ、ラーナちゃん」 
 大柄なアイシャはよろめく程度で済んだが走ってきた小柄なラーナは廊下に倒れてぶつけたひじをさすっていた。ラーナはすぐに手にした荷物が無事か確認すると申し訳なさそうにアイシャを見上げた。
「あまり廊下は走るものじゃないな……」 
「すみません!ベルガー大尉!」 
 カウラを見つけてすぐに立ち上がって敬礼をするラーナ。さすがに司法局法術特捜本部の捜査官と言うこともあって警察の制服はしっかり板についている。彼女ならこの手詰まり状態を打破してくれると誠は期待して彼女を見つめていた。
「神前曹長……」 
「ああ、こいつは巡査部長だそうだ」 
「そうなんですか?」 
 ニヤニヤ笑っている要から話を聞いてラーナは少しばかり得意げに誠を見上げていた。
「まあ無駄な挨拶は抜きにして、失礼して……」 
 そう言うと慣れた手つきで中央のテーブルに腰をかけたラーナは、手にした大きなバッグから携帯端末を取り出すと、手早く立体画像表示システムを起動した。すぐに近隣の交番のデータがオープンになり、その近辺のアパートの状況を表示する画面が移る。
「やはり捜査の基本は地道な聞き込みです。恐らく犯人は年明け前後にこの豊川に転居していると思われるので各交番に新規の入居者のいるアパートやマンションを訪問する指示を出します」 
「良いのかよ……簡単に言うけど。アタシ等は捜査会議にも出れない身分なんだぜ。それに訪問するって言ったって用件はどうするんだよ。『あなたは犯人ですか?』とか聞いてまわる気か?」
 パイプ椅子に腰を下ろすと、自嘲気味な笑みを交えてつぶやく要にラーナはこともなげに微笑んで見せる。 
「訪問の名目については問題ないと思いますよ。防災関係の書類を持たせて訪問させる形をとりますから。それに先程ここに来る前に刑事課に寄ってきましたからすでに話は通っています」 
 要の不安そうな顔に淡々と答えるラーナの顔が面白くて誠が噴出しそうになる。それに殴るポーズをする要。それを無視してラーナは端末の画面を切り替えた。
「現在15万件分のアパートやマンションが対象になりますが、犯人が法術適正のある人物と仮定した場合、正直あまりいい物件には出会わないでしょうから……」 
 そう言うとすぐに画面が検索中のものに切り替わる。そして豊川市内の地図に赤い点と青い点が点滅する画面へと切り替わった。赤い点はどちらかといえば駅の周りや旧街道の周りという再開発前の古い町並みの中に集中している。一方青い点は新開発の公営団地や新しく延伸された私鉄の路線近辺に散らばっていた。
「この赤い点がかつて警察が捜査のために入ったことのあるアパートやマンションです。一方青いのが捜査を受けていないマンション。青い点の方は正直あまり当たりが無いと思ったほうが良いでしょう。警邏の担当者も都合がありますから赤い点から優先的に聞き込みを開始します」
 事も無げに言うラーナの言葉に誠達はただ感心しながら聞き入るしかなかった。 
「あれか……建ててから年数が経ってるとか、駐車場が無いとか……条件が悪くてあまり入居者を選ばない物件の方が当たりを引く可能性が高いということか?」 
 あごに手を当てながら納得しながらカウラがうなづく。
「ベルガー大尉。さすがですね。悲しいですが入居条件の緩いところのほうが犯罪発生率は高いですから。そこでさらに念を押す意味を込めてこの赤い物件に関しては直接私達が訪問します」 
 ラーナはそう言うと今度は地図から表へと画面を切り替える。
「おい、ラーナ。ずいぶん簡単に言うけど……それなりに数があるぞ?」
 あっさり『直接訪問』などと口にするラーナを慌てたような声でいさめようとする要。だがラーナはまるで動じることなくそれに答える。 
「西園寺大尉も心配性ですね。この前の同盟厚生局の事件に比べたら調べる範囲は半分以下ですよ。しかも私達は司法局から法術関連の専門家ということで捜査に参加しているんです。率先して捜査活動を行わないと行けないのは任務上仕方の無いことですよね」 
 思わず笑いを漏らしているラーナ。アイシャも納得がいったように腕組みをしながら頷いている。
「当然分かれての捜査になるな。全員でまわるのは効率が悪すぎる」 
 カウラはそう言うと誠達を見回した。
「西園寺と神前。それにカルビナで回ってくれ。私とアイシャで行動することにする」 
「えー!なんで私とカウラちゃんなの?それになんでカウラちゃんがそう言うことを決めるのよ。私は警部!カウラちゃんは……」
 まるで子供のように抗議するアイシャにカウラは穏やかな笑みを湛えながら続けた。 
「お前はサボるからな、ほっとくと。それに保安隊では階級はあまり意味は無いってことになってるだろ?先に決めたほうが勝ちだ」 
 カウラはそう言うと自分の小型携帯端末を胸のポケットから取り出しラーナの情報のダウンロードを始める。
「さてと……犯人め!見つけたらギトンギトンに伸してやる」 
「西園寺さんそれだけは止めてください」 
 パンチのポーズをとる要を誠がなんとか眺める。そんな誠達の様子を端末をしまいながらラーナは楽しそうに眺めていた。





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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 18


「令状がなきゃアタシ等は動けねえのはおんなじなんだな……でもなあ、捜査会議にも出れないってのはどういうことなんだ?犯人逮捕する気あるのか?あの連中は!」 
 部隊の溜まり場、あまさき屋。店に来て三十分も経たずにすでに要は二本のラムの瓶を空けていた。誰もそれを止めない。カウラは黙って烏龍茶を啜る。
 要の怒りももっともだった。署に帰った誠達を待っていた杉田。彼はぼそぼそとつぶやくように愚痴り始めた。現場を見た後に勝手に行動を開始するな。そんな連中には捜査会議に出る資格は無い。会議の結果どおり後で動いてくれ。要がそれを聞いて暴れださなかったのが今考えても不思議なくらいだった。
「まあ東都警察は当てにならないことは分かったものね……完全に私達には情報は流さないつもりよ」
「意地でも自分の手柄にしたいんだろうな」
 アイシャもカウラも黙ってはいるがそのはらわたは煮えくり返っているのが痙攣しているこめかみや口元を見れば誠にも分かった。誠も確かにほとんど監禁状態でトイレに行くのにも係員がついてくる豊川署のやり方には腹に据えかねるものがあった。
「私も言われたから一応吉田さんにも頼んでみたけど……法的にはネットの情報は改竄がいくらでもできるから証拠としては弱いんですって。それに住民登録関係のセキュリティーは吉田さんでも足がつくのを覚悟しないと個人名の特定まではできないって言われたわよ。東都警察ばかりか東都都庁まで敵に回すのはごめんだから証拠探しには足を使えって」 
 呼び出されたアイシャと同じ人造人間で保安隊運行部員のサラ・グリファンとパーラ・ラビロフは暗い表情でたこ焼きを突付いていた。
「二人にも迷惑かけたわね……特にパーラ」 
「何よ。迷惑かけたのが分かってるならこれからも付き合わせなさいよ」 
 パーラはピンクの長い髪をなびかせながらたこ焼きを口に頬張る。店に着くなりアイシャのマシンガントークの洗礼を受けた上にこれまでの東都警察との確執を知る二人は完全に捜査に参加する気でいた。そのあまりにもやる気が前面に出た姿に誠も少しばかり困ったように店の奥で心配そうにこちらを眺めている女将の家村春子に目をやった。
 要が三本目のラムに手を伸ばした。
「西園寺さん。飲みすぎですよ」 
 つい口を出していた誠。目の前のグラスばかり見つめていた要の鉛色のタレ目が誠に向かってくる。肝臓のプラントの機能を落としてわざと泥酔している要のにごった瞳。そこには自分の失敗を悔いる色が嫌と言うほど見て取れた。
「いいアイディアだと思ったんだけどなあ……不動産屋の線から犯人へ直行。今頃は警察の連中も人海戦術で同じこと始めてるだろうし……そうなったら察しのいい犯人なら対応策を練られるぞ。それでパーだ」 
 そう言っただけですぐに要は目の前の空のグラスに酒を注ぐ。
「金の無駄になるぞ」 
「いいんだよ、たまには。こう言うときは思いっきり飲ませろよ」 
 カウラの言葉に顔も上げずに要は酒を飲み続ける。
「まるで通夜よね……私も正直騒ぐ気にはなれないわ」 
 そんなアイシャの言葉に誠もただ乾いた笑みを浮かべるだけだった。手がかりは見つけては消え、ただ時間だけが過ぎる。同盟司法局の捜査責任者である茜のコネで手に入れた東都警察の警察官の捜査権限。しかし出が保安隊と言うことで警戒する東都警察からつまはじきにされて定時に仕事を終えたらこうして酒を飲むより他にすることが無い。また何か動いて豊川署の捜査官と衝突すれば今度は東都警察上層部の介入も容易に想像できた。
「焦ってきますね」 
 誠のその言葉に全員が大きくため息をついた。
「たのもー!」 
 突然の突拍子もない叫び声に店の客達は入り口に目を向けた。
 そこには黒く巨大な影と、少しだけ入り口を開けたところに立っている少女が見て取れた。
「シャム……」 
 要が呆れたようにつぶやく。赤いパーカーを着た少女、ナンバルゲニア・シャムラード中尉の能天気な笑顔にそれまでの自分が浮かべていた仏頂面を思い出して一同に自然と笑顔が浮かんだ。
「師匠!お散歩ですか?」 
 店の奥から飛び出してきたのはエプロン姿の家村小夏。女将の春子の一人娘でシャムを師と仰ぐ女子中学生だった。
「おう!お散歩だよ!そしていつもの!」 
 シャムの言葉に小夏はそのまま厨房に消えていく。
「しかし良いのか?グレゴリウス13世は……一応猛獣だろ?」 
 入り口をふさぐ巨大な影。それがコンロンオオヒグマの子供のグレゴリウス13世であることは全員が分かっていた。
 子供だと言うのに地球の最大級の熊と同じくらいの大きさの巨体。一応繁華街であるあまさき屋の前にやってくるのは不自然を通り越して異常だった。
「知らないの?要ちゃん。このまえ豊川FMで紹介されてたわよ。街の人気者だって」 
 アイシャの言葉に要の顔がゆがむ。
「マジ?いいの?ロープも鎖も無えんだぞ?」 
 そこまで言ったところでシャムの頭の上にグレゴリウスの顔が飛び出してきた。
「なんだよ……やる気か?」 
「西園寺。熊と同レベルでの喧嘩はやめてくれ」 
 諦めたようにカウラがつぶやく。そして厨房からは大きな鉢を持った小夏が現れた。
「はい!グリンのおやつですよ!」 
 そう言うと小夏は入り口になにやら赤いものが入った鉢を置く。誠は以前、小夏からこの店にはシャムの下宿している魚屋で出た魚のあらをグレゴリウスの餌として蓄えていると言う話を聞いたのを思い出した。すぐに顔だけ出していたグレゴリウスはそのままシャムの足元に顔を持ってきて鉢の中に頭を突っ込んだ。
「やっぱり動物がご飯を食べるのは和むわねえ」 
「和んでる場合かよ」 
 アイシャの言葉に思わず要は突っ込みを入れていた。だがシャムとグレゴリウスの闖入でそれまでの重い空気が吹き飛んだのは事実だった。
「そう言えば、中尉。基地からここまで歩いたんですか?」 
「アホか……そうか!吉田はどこだ!」 
 要が立ち上がるとパーラとサラも立ち上がった。そしてそのまま三人は二階の座敷に駆け上がっていく。そんな三人を確認すると静かにシャムの背後から吉田が現れた。
「あいつ等馬鹿じゃねえの?いつも俺が二階に現れるとは限らないんだよ」 
「吉田少佐……日ごろの行いじゃないんですか?」 
 カウラに言われて頭を掻きながら吉田はどっかりと椅子に腰掛けた。
「どうだい、捜査の方は」 
 突然吉田から聞かれてため息をつくアイシャ達。
「まあ慣れない捜査活動だ。成果が出る方がどうかしてる……って言うけど茜のお嬢さんも前回の厚生局の件で味をしめたからなあ……そうそういつもいい結果が出るわけじゃないのに」 
 そう言うと吉田はアイシャの頼んでいた新しい烏龍茶を手にして飲み始めた。
「分かっているなら教えてあげたらどうなんですか?私達は捜査のプロでは無いんです」 
「まあ言うなって人っていうやつは失敗をして学んでいくもんだよ。あの人も多少は痛い目に会わないとね。それにお前等も多少はこう言う頭を使う仕事をした方が後々伸びるよ」 
 カウラに聞かれて答える吉田の顔は少しばかり悪戯をした子供のような雰囲気があった。
「そんな悠長なことを言っている段階ですか?こうしている間にもあの違法法術発動事件の犯人は……」 
「はいはいはい!ちょっと待てよ。落ち着けよ。俺達も腹が減ってるんだ」 
 そう言うと吉田は店内に入ってきてパーラとサラの座っていた席の向かいの席に腰掛けた。
「とりあえず烏龍茶と生中」 
「吉田さんは烏龍茶ね」 
 吉田の注文を受けた春子が厨房に消える。入り口ではシャムと小夏が楽しそうにグレゴリウスの食事を眺めていた。
「おい!吉田!」 
 二階から降りてきた要達を満面の笑みで吉田は迎えた。
「すまないな。たまにはまともに入りたくなるんだ」 
「ったくよう」 
 愚痴りながら要は席に戻る。付いてきたパーラとサラも仕方がないというように席に戻った。
「お待たせしたわね。シャムちゃんのビールはどこに置くの?」
「俊平の隣でいいよ」 
 春子が生ビールを置くとシャムはうれしそうに席に戻った。
「俊平、何食べるの?」 
「そりゃあ俺はイか玉だな。お前は豚玉三倍量か?」 
「うん!」 
 闖入者のおかげで誠達は完全にペースを乱されていた。何を話すべきだったか忘れてしまったかのように渋々烏龍茶を啜るカウラ。アイシャは自分の紺色の長い髪の枝毛を探している。
「何か作戦会議でもしてたんだろ?続けろよ。なんなら意見してやってもいいぜ」 
 吉田は自分が原因だと分かっているくせにニヤニヤ笑いながら誠達を面白そうに眺めていた。
「続けろったって……よう」 
 要はそう言うと再び酒の入ったグラスに手を伸ばす。吉田はそれを奪い取った。むっとした表情の要だが、すぐに彼女はいつもどおりつまらなそうに視線をそらすとそのまま立ち上がろうとする。
「酒に逃げるんじゃないって話だ。限界なんだろ?通常の捜査なら……」 
「令状無しじゃ何にもできねえんだよ!犯人は確実に東都都心からこっちに移って来た!しかもこの一月の間でだ!そこまでわかっていながら……」 
 そこまで言うと悔しそうにどっかりと腰を下ろす要。同じようにカウラとパーラが頷きながら唇を噛み締めていた。
「まあな。起訴してからの裁判のことを考えなければ転居関係の情報を違法に閲覧してついでに住民票を本人に成りすまして確認、そして特定した容疑者に何かしら脅しをかけて聴取をたのんで……と言うのが俺のやり方だが……どれも今は無理だな」 
 あっさりと言う吉田。誰もがハッキングのプロで彼なら警察上層部に知られずに楽に不動産取引のネットワークに侵入して情報を得ることができることは知っていた。だが犯人を闇に葬ることが目的の非正規作戦任務ならともかく警察官の身分の誠達にはどれも無理な話だった。
「それに今回はたまには足を使うことも必要だって嵯峨のオヤジに言われてね。できるだけヒントを与えるだけにしろって」 
「叔父貴が?アイツはサドだな」 
 要の言葉にサラとシャムが目を合わせて噴出す。要がにらみつけるが迫力不足のようで二人は相変わらず笑い続けていた。
「大変みたいね……私のおごり」 
 厨房から出ていた春子が刺身の盛り合わせを持って現れた。
「いいんですか?」
 誠の言葉に笑みを浮かべて春子が頷く。母親の甘さに鉢の中を嘗め回すグレゴリウスを眺めていた小夏がいつものように要をにらんだ。
「ええ、色々大変なんでしょ?でもいつでも吉田さんや嵯峨さんの力を借りてばかりじゃ駄目でしょうしね」 
「あー!頭にきた!」 
 そう言いながら要は立ち上がると厨房に飛び込んだ。
「大丈夫かな……要ちゃん」 
 アイシャの心配そうな声だが厨房ではまったく音がしなかった。
 誠達が黙っていると無表情の要が手に取り皿を持って現れる。そしてそのまま一同に配り始めた。必死に怒りを押し殺している。その要の奇行を見ながら誠にはそんな彼女の思いが痛いほど分かった。
「そうカリカリするなよ」 
 吉田はそう言うとにんまり笑う。その表情にあわせるようにシャムそして小夏が笑みを浮かべる。
「なんで笑ってるんだよ」 
 そう言いながら要は刺身に一番に手をつけた。うまそうに頬張りまた酒を口に流し込む。
「捜査の基本は……餅は餅屋だ。真摯にお巡りさん達に教わればいいだろ?豊川署の連中が信用なら無いなら茜警視正からラーナでも借りれば良いじゃないか」 
 吉田の一言はまるで天啓のように一同を驚かせた。
「そう言えばいたわね。影の薄い捜査官が」 
「今頃くしゃみでもしてるんじゃないか?」 
 アイシャとカウラが笑顔で顔を見合わせる。誠はようやく明るい兆しが見えてきたのでおいしく見えた白身魚の刺身に箸を伸ばした。
「何事も一人で解決するのはなかなか難しいぞ……まあ俺も隊長と出会うまでは一人で何でもできる気でいたからな」 
「吉田少佐にもそんな時期があったんですか?」 
 口に刺身を入れたまま誠がつぶやいた言葉に仕方がないというように頷きながら烏龍茶を飲む吉田。
「まあな。その時に隊長に腰ぎんちゃくみたいにくっついてた馬鹿につい感化されて今の俺があるわけだ」 
「腰ぎんちゃく?私はおまけ?」
 シャムは刺身をほおばりながら笑顔で吉田の言葉に抗議した。
「そうよ。相談すれば知恵も出てくるものよ。だから皆さん元気出してね」 
「ガンバレー!」 
 春子と小夏の言葉になんとなく癒されながら誠はビールに手を伸ばす。
「善は急げだ。とりあえずメールくらいはいいだろう」 
 そう言いながらカウラは端末に手を伸ばす。
「なんだか忙しくなりそうね。なんなら私も運行部の非番のメンバーにも招集かけるわよ」 
「サラ……それは勘弁な」 
 要はそう言うと笑顔で酒を呷った。誠もようやく捜査の核になる人物が現れると言うことに最後の望みをつなぐことに心を決めた。




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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 61

 誠が岡持ちにランの食べた酢豚定食の皿を並べている。どさくさまぎれてそんな彼に要が皿を差し出す。自然と受け取る誠。そんな彼をカウラが鋭い視線でにらみつけている。

「シャム、例の伝票。菰田の野郎に送り付けといたからな」 

 その様子を小脇に見ながら吉田がぼそりとつぶやく。

「ひどいよ俊平。だったらさっさとやってくれればいいのに」

「馬鹿。そんなことしたらお前さんはいつでも頼るだろ……じゃあ行くか」 

 そう言うと吉田は立ち上がる。アンもそれに釣られるようにして立ち上がった。

「もう行くの?」 

「なに、俺はセッティングをしておいてやろうとおもってさ。島田の奴もいろいろ忙しいだろ?」 

「そうだね」 

 珍しく気を使う吉田に合わせるようにシャムも椅子から飛び降りた。そのまま部屋を出ようとする吉田。

「じゃあ行ってくるね!」 

「おう!行って来い!」 

 ランに見送られてシャム達は部屋を出た。アンが心配そうな表情で後に続く。そんな一行の目の前には技術部の古参兵と管理部の背広組と警備部の新人二人を連れた菰田だった。

「あ、吉田少佐。ありがとうございました!」 

 脂ぎった顔を驚きで満たした表情で菰田が吉田に頭を下げる。その顔がにんまりとした笑みに変わりながらあがってくるのを無表情で見つめていた吉田が首をかしげる。

「え?何が?」

「あの、伝票……本当に助かりましたよ」 

「ああ、その件ね。あのさあ。俺達に面倒ごと押し付けるの止めてくれないかな?」 

 淡々と言葉をつむぐ吉田を見て笑顔が急に凍りつく菰田。周りの『ヒンヌー教徒』達も吉田の表情の変化に全身系を集中している。伝説の傭兵として知られた変わった経歴の持ち主の義体使い。相手にするにはあまりにも異質で理解を超えている存在を前にしての緊張。そして明らかに吉田は菰田達を良く思ってはいない。

「……以降気をつけます!」 

「ああ、分かってくれりゃあいいよ」 

 吉田の言葉が終わらないうちに菰田は管理部に飛び込んだ。取り巻きもそれぞれに自分の部署へ小走りに消えていく。

「痛快ですね!」 

 アンの言葉に同じような冷たい視線を浴びせた後、吉田はシャム達を引き連れてそのままハンガーが見える踊り場へと歩き出した。




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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 17

 水島はしばらく震えが止まらなかった。すでに暗くなりかけた部屋の中。静かにうちから湧き出てくる笑みを我慢していた。突然の火に驚いて自転車から転げ落ちる女子高生の顔が頭の中をぐるぐると回転しているように感じる。
 もし覚醒剤にでも手を出すとこう言う感じを味わえるのだろうか?そんな思いが頭をよぎる。しかし、水島にはそんな麻薬に頼ってまで高揚感を高める必要は無い。今は力があった。
「そうだ……俺は神にもなれるかも知れないんだ……」 
 これまで彼が『力の使い方を教えてやった』連中の驚いた顔が次々と頭をぎる。そうすると妄想が膨らみさらに笑みが広がるのが感じられる。
 最初のうちは偶然に見えていると思った他者の能力が意識して見えるようになったのはほんの最近。しかもそれも偶然だった。
 年末。朝からの法律の勉強で疲れていた水島は参考書を持って日がとっぷりと沈んだ都心のビル街を歩いていた。通り過ぎる車の列。かつてそんな営業車の一台に自分が乗っていたことを思い出すと石でもあれば投げたくなる衝動に駆られていた。
『どこかにカモがいないかね』 
 そう思いながら湾岸地区へ走る地下鉄の駅へ急ぐ水島。
 そんな彼の目の前に立体駐車場の出入り口が目に入った。ビルの隙間に申し訳程度に付けられた事務所の横では足元に空き缶を置いた警備員がタバコをくゆらせていた。
『なんだろう、こいつは』 
 いつもならそのまま目をそらして通り過ぎてしまうところだが水島は男から眼が離せなかった。男の手の中のタバコの赤い光が強くなったり弱くなったりを繰り返している。そんな男に水島は意識を集中してみた。
 突然警備員の意識が自分に流れ込んできた。倦怠感、疲労、妬み、快楽、嫌悪感、嫉妬。そんな混乱した他者の意識に触れた瞬間、水島は恐怖のあまり手にしていた参考書を取り落としそうになった。
『なんだ!脅かすな!』 
 声にならない叫び。そしてその意識の端にいつも法術を持つものに出会うと感じる独特の引っ掛かりがそこに感じられた。
『これは使えるな』 
 男の前を通り過ぎながら水島はニヤリと笑った。すぐにその力、パイロキネシス能力を発動させてやる。
「熱!なんだ!熱い!」 
 背中で男の叫び声が聞こえた。水島はとりあえず男の手にしていたタバコを消し炭にすることでこの場は満足して足を速めた。
 もしそれだけで終わっていれば、これからも機会があれば悪戯する程度で済んでいたことだろう。だが次の瞬間。街の人々のさまざまな意識が流れ込んできていた。
 誰もが敵意を意識の下に抱えていた。彼とすれ違う高いヒールを履いたやせぎすの若い女は何かに憎悪を燃やしているのを必死に理性で押し殺しているのがすぐに分かった。信号待ちでまわりをきょろきょろと見ているタクシーの運転手にはあからさまな前の客への怒りが見て取れた。道端で大きな腹を見せびらかしながら商談相手との挨拶のため大げさに頭を下げているサラリーマンには頭を下げる相手への苛立ちばかりが目に付いた。
 自分が失業をしてから世間に対して自分だけが持っていると感じていた感情のすべてが街に満ちていた。
『こんなに人は負の感情で動いているのか……』 
 ただ黙って歩いていてもその感情に飲み込まれそうになる自分。そしてその目の前を歩く少年の姿を見て水島は驚愕した。
 少年。八歳ぐらいだろうか。すでにどんな格好をしていたかは覚えていないが、その表情は妙に老成しているような印象を水島に与えた。
「じろじろ見るなよ……そんなに法術師が珍しいのか?」 
 明らかに自分に向けて投げられた言葉にしばらく水島は呆然と立ち尽くしていた。
「意識の覗き見なんてずいぶんと趣味が悪いじゃないか」 
 続けて少年から吐かれた言葉。今でもその時の衝撃は忘れていない。
 そこは水島が住む湾岸地区へ向かう地下鉄が入っている東都新開地駅西口。
 再開発のビルと雑居ビルが混じった混沌の街での二人の出会い。それを思い出すたびに水島の心は震えた。
「おじさん……今何かやったね」 
 その言葉を聴いて水島は体の力が抜けていくのを感じた。明らかに誰も知らないはずの自分の力を見られた。初めての体験で混乱する意識の中でも彼は少年が自分を告発しようとしているのではないかと思って身を翻して早足で逃げ始めた。
「逃げなくてもいいじゃない。別に責めてるわけじゃないんだから」 
 少年はついてきていた。水島の心臓は高鳴った。誰も自分に関心など持たないと思っていた都心の繁華街。その中に明らかに自分に興味を示してさらに水島の悪事の一部始終を見物していた少年がいる。握り締めた法律書にも冬だというのに汗が染み出てきた。
「僕もおじさんの意識を読ませてもらったけど……。失業中か。つらいよね。そうだ、できれば就職先でも世話して……」 
「いい加減にしたまえ!」 
 しつこい少年の追跡に振り向いた水島はついに少年を怒鳴りつけていた。少年は頭を掻きながら立ち止まり、そして大きく深呼吸をした。
「なるほど……ご自分の力の意味をご存じないようですね」 
「力?なんだねそれは……」 
 水島の声は震えていた。ただ警備員の力を利用してその男のタバコを燃やして見せた。しかも自分の能力を使ったわけではない。だと言うのになんで少年からつけられねばならなかったのか。そしてなんでその水島の力の使い方を少年は知っているような口ぶりなのか。水島はただ何もできずに少年を見下ろしていた。
 目の前で少年はそんな水島を見ながらしばらく考え事をするように腕組みをした。通り過ぎる人々は親子か親戚が何かでもめているだけとでも思っているようで、無関心のまま通り過ぎていく。
 そんな中、少年はいい考えが浮かんだというように目を輝かせて水島を見上げてきた。
「OK。それならちょっと僕の友達になってくれないかな……」 
 少年の言葉に水島は言葉を失った。どう見ても8歳くらいの少年。先ほどの感覚からして相当な法術適正の持ち主のようだがあくまで子供だった。気まぐれか、それとも何か狙いがあるのか。水島の心が猜疑心で満たされていく。
「友達?」 
 オウムのように繰り返す。それでも少年の笑顔は絶える事が無い。
「そうだよ。じゃあ端末を貸して」 
 手を伸ばしてくる少年にまるで操られるように水島は自分の携帯端末を貸していた。
「これ、連絡先」 
 そんな少年の言葉に水島は端末を手にして操作してみた。
「アメリカ陸軍東都情報管理局第三分室……住所はアメリカ大使館?」 
 足が震えた。自分の行動や心理をすべて見通していた事実を見れば少年の能力は明らかに自分よりも優れているのは明らかだった。そしてそんな彼の連絡先は軍の関係の施設だと言う。しかも所在地はアメリカ大使館の敷地の中である。
「別に気にしなくていいよ。ただの見たまんまの子供だから。住所が大使館なだけであって……」 
 まるで当然の事実のようにしゃべる少年。その態度にさらに水島の鼓動が加速していく。
「それでも十分すごいことなんだけどね」 
「そう?そうでもないと思うけど」 
 少年が怪しげに笑う。
「じゃあ気が向いたら連絡くれるとうれしいな」
 少年はそう言うとそのまま手を振って立ち去ろうとする。
「なんなんだ君は!俺を……」 
 水島の搾り出した言葉に気がついたように振り替える少年に驚きの表情が浮かんでいる。
「十分法術を使えるようになったらお話聞かせてもらうよ。それまで練習していてね」
 満足げに微笑む少年。水島の手はついに参考書を地面に取り落としていた。その音に気がついたように少年が再び振り返る
「ああ、あくまでも軽い練習くらいにしてくれないと困るよ。警察なんかの世話にならない程度にね」 
 にんまりと笑う少年の顔。その妖しげな姿に水島は飲まれていた。そして自分の言いたいことはすべて言ったと言う表情で少年は人ごみの中に消えていった。
 たぶん周りの通行人は二人が何を話していたのかなどは気がつきもしないだろう。そして自分の力も去っていく少年以外には関心のほかの出来事だった。
「練習か……」 
 なぜか気が付けば水島は自分の右手を見つめていた。そして思い出して落ちた参考書を拾い上げた。
 そして再び自分の手を見つめる。その手は今もこうして変わらずに水島の目の前にあった。
 端末を叩くのと本のページをめくること以外得意なことは何もない手。
『突然の出来事か……必然の出会いか……』 
 今は豊川市のアパートでこうしてその『練習』を終えた満足感で満たされた状態で一人部屋で横になっている。
『まあ練習は続けるさ。こんなに面白いんだから。それに俺を誰も止められないんだから』 
 そう思うと水島の顔に笑みが自然と浮かんでくるようになっていた。それを感じると水島はあれから自分が笑うことが多くなっている事実に気づいて少しばかりあの名乗らなかった少年に感謝の言葉を送りたくなっていた。






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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 16

「怪我人も無し。いいことじゃねえか」 
 全焼した廃屋を見上げながら要がつぶやいた。すでに能力暴走を起こしてパニック状態に陥ったパイロキネシス能力者の豊川商業高校の女子生徒は警察署へ向かうパトカーに乗せられて消えていた。
 あたりは消防隊員と鑑識のメンバーが焼け焦げた木造住宅の梁を見上げて作業を続けていた。
「これでもう例の犯人は豊川市に拠点を移したと考えるべきかな……」 
「カウラちゃんが珍しいわね。ちょっと結論急ぎすぎじゃないの?」 
「まあ私も『近藤事件』以降は考え方も変わったからな。法術に関してはどんどん先回りして考えない……と被害が大きくなってからでは遅いんだ」 
 黄色いテープを持ち上げて現場に入るカウラ。アイシャや要、誠もその後に続く。焦げ臭い香りが辺りにに漂っていた。現場の鑑識の責任者らしい髭面の捜査官がカウラに敬礼をした。カウラ達も敬礼をしながら辺りを見回した。
「ああ、保安隊さんからの出向している方達ですか」 
「よくご存知で」
 鑑識の男の笑み。専門技術者らしく署長はじめとする豊川署の警察官僚の含むところのある笑みとは違う頼りにしていると言っているような笑顔。久しぶりに誠も警察の人間の言葉をそのまま信じてみることができるような気分になっていた。
 だがすぐにその顔は周りの生暖かい目で見る刑事達と同じ色に染まり始める。組織の壁はやはりどこでもとてつもなく高い。 
「まあ……うちは狭いですから……それに噂はかねがね」 
 含むところがあるというような笑みにカウラもあわせて乾いた笑顔を浮かべた。
「連れていかれた女の子が……いわゆる『被害者』と言う奴ですか?」 
 誠の言葉に頷きながら鑑識の男は辺りを見回した。彼が口を開くより早く、現場の責任者らしい頭頂部まで禿げ上がった髪が目立つ定年間近と言う風な感じの巡査部長は誠の階級章を見ながら頭を掻きながら前に出てきた。その姿を見て鑑識の髭の男はそのまま先ほどまで続けていた燃えた廃屋の前の道路に散らばった家の破片を集める作業を再開した。
 巡査部長は余計なことを鑑識が言わなかったかと威圧するような視線で髭の男を見送ったあと明らかに面倒な相手をあしらうような口調で説明を始めた。
「今のところパイロキネシストの能力を使用しての放火と考えるのが妥当ですな。事実、我々が探し出した宅配便の運転手の証言でこの道路から見える壁が一気に発火したと言うことが分かりましてね。物理的にそう言う燃やし方をすれば出る科学物質の反応もないですから……すぐに非常線を張りましたから他にパイロキネシストがいたとは考えられません。まず間違いなく彼女のパイロキネシス能力が利用されてこの建物が燃えたのは事実だと……」 
 いかに自分達がこの捜査の主役か強調したいと言う意図が満々の口調に明らかに要は苛立ちを隠せない様子だった。アイシャの押しとどめる手を叩き落としてそのまま同じくらいの背の警部に挑戦的な視線を送っている。
「で、その餓鬼が何か言ってたのか?」 
 警部補の階級章の要に見つめられると頬を緊張させながら巡査部長が頭を掻く。
「まあかなりパニック状態で……本部で改めて調書を作成したときに……」
「悠長だねえ。その間にまた一つ二つ事件がおきるんじゃねえの?」 
 要の言葉にはいつもの凄みがあった。言っていることにも間違いが無いだけに巡査部長はどぎまぎしながら言葉を続ける。
「聞き出せたことは……自転車でこの道に入ってしばらくしたら意識が朦朧として気が付いたらこの廃屋が燃えていたと……」 
「ほう?気が付いたら?放火の意図があったかどうかは確かめて無いんですか?」 
 やけに丁寧に口を挟む要にむっとした表情を浮かべる鑑識の責任者の巡査部長に誠はいつの間にか同情していた。
「ですがこれは都内で昨年から続いている……」 
「んなこと聞いてんじゃねえんだよ!」 
 口答えをする相手に要が切れた。突然の恫喝の声。先ほどまで誠達の相手をしていた禿の鑑識が驚いて振り返りあんぐりと口を開けている。
「あの餓鬼が嘘ついているとか考えたことがねえのか?あ?」 
「しかし……それじゃああなた達はただの無駄飯食い……」 
 思わず本音が出て口をつぐむ鑑識の隊長。要はそれを見て満足げに頷く。
「要ちゃん。いじめはいけないのよ」
 さすがにアイシャはここで要を止めにかかった。このままならいつまでも要は目の前の巡査部長をつるし上げるばかりで話が進まない。 
「いいだろ?合法的なストレス解消法だぜ」 
「まったく趣味が悪いな」 
 いつものことなのでアイシャもカウラもニヤニヤと笑っていた。その様子が薄気味悪いと言うように巡査部長は襟を揃えると去っていった。見てみるとそこにはようやく到着した幹部と思える背広の警察官がいてすぐに敬礼すると誠達が入ることすら許されなかった廃屋の敷地へと彼等を案内している。
「間違いなくこっちに来たんだな。人の褌で相撲をとる馬鹿が」 
 これ以上の詮索はただの無駄。そう判断して振り向いた要のその言葉に一瞬で真顔に戻ったカウラとアイシャが頷く。誠はただいつものように彼女達が暴走しないように見張っていた。
「でも……放火魔ってこう言う野次馬の中にいることが多いんですよね。それにさっき法術師はすべて調べたなんて態度でしたけど法術適正は任意でしょ?」
 誠は話題を変えようと野次馬達に目を向けた。何名かの警察官が時々野次馬に声をかけて質問をしているようだが、時折逃げていく人物もいるのでとてもその質問が役に立っているようには誠には見えなかった。
「まあね。本来法術について知らなかった現場の捜査官の認識なんてそんなものよ。あの連中じゃまず犯人逮捕は無理ね」
 住宅街のお化け屋敷が延焼したことで遠くを見るとさらにこの騒動を見ようと人が集まっているのが見える。
「しかもここの捜査官の調べてるのは実際に火をつけた人間ばかりだ。この事件の主犯は火をつけるんじゃなくて火をつけさせるんだからな。放火魔みたいにいつまでもこの現場にいるかどうか……なあ、アイシャ」 
「私に聞かないでよ」 
 迷惑そうに要に向かって言うアイシャ。誠はただ訳もなく野次馬達が増えていく様を眺めていた。
「ともかく例の不動産屋めぐりを始めねえとな。いつ人死にがでるかわからねえ」 
 要の言葉に誠達の顔に緊張が走った。法術関連の事件は誠がその存在を示して見せた半年前の『近藤事件』以来、増加の一途を辿っていた。好奇心で受けた法術適性検査で突然自分に力が宿っていることを告げられた人物が暴走する話。そんな事例は法術特捜の首席捜査官の茜から嫌と言うほど聞かされていた。
 ほんのちょっとした好奇心でそれは始まる。それがいつの間にか人を傷つけるようになり、さらに重大な事件を起こすことになる。そんな典型的な法術関連事件。今回は趣が違うが確かに自分の力の使い方が来るって着ているという意味で同じ様相を呈してきた。
「じゃあ私達の捜査を始めるとするか」
 すでに車を運んできていたカウラ。その銀色のスポーツカーに誠達は乗り込む。後部座席に押し込まれた誠が現場検証中の刑事達を見れば、まるで哀れんでいるような薄笑いを浮かべて誠達が車を出すのを眺めていた。
 細い路地を抜け幹線道路へと車は進む。
「愉快犯ですかね」 
 誠の一言ににんまりと笑う要。そして次の瞬間誠の足は要のチタン合金の骨格を持った右足に踏みしめられた。
「痛いですよ!西園寺さん!」 
「当たり前だ。痛くしてるんだからな」 
 要のそんな言葉に振り向いたアイシャが苦笑いを浮かべている。カウラはまるで聞いていないと言うように変わる信号の手前で車を止めた。
「まだまだ小手調べ程度の気分だろ。この前の婆さんを標的にした時は珍しく空間制御で時間軸をいじると言う大技を使ったが、まだ空間制御系の法術を借りて何かをするって所までは考え付いていないみたいだからな。アタシなら次は干渉空間展開能力のある奴を見つけて宝飾品店に忍び込んで……」 
「ずいぶんリアルね。自分でやる気?」 
 アイシャが茶々を入れたので身を乗り出そうとした要だが、カウラはうんざりしたと言うように車を急発進させた。
「おい!ベルガー!」 
 後頭部を座席にしたたかぶつけた要が叫ぶ。だがカウラは振り向くこともしない。
「お前さんがさっき作ってたハイキング表の通りに行くつもりだがいいか?」 
「カウラちゃんはクールねえ。上官命令、それでいきましょう」 
 要は複雑な表情で頷く以外にすることは特になかった。再びカウラは左にウィンカーを出すと一方通行の横道へと車を乗り入れた。表通りから見えるビルの裏は曲がりくねった道。かつての街道筋のままの細い道の両側に狭い店舗が続いている。
「ったく再開発はまだなのか?」 
「要ちゃんのお小遣いで何とかすれば?」 
「やなこった!」 
 要とアイシャのやり取りについ噴出す誠。すぐに要のタレ目が威圧するように彼をにらんでいく。店が終わると今度はトタンでできた安っぽい壁ばかりが並ぶ平屋の家々の中へと道は進んだ。
「そこの横丁を……」 
「西園寺。私が知らないとでも?」 
 カウラはやけになって左にハンドルを切る。大きく車体は傾き、カウラのエメラルドグリーンのポニーテールが揺れる。とつぜん現れた近代的な建物。誠にもそれがどうやら不動産屋の店舗だと言うことが分かった。カウラはそのまま車は駐車場に乗り付けられ再び思い切り急停車する。
「カウラちゃん……もっと丁寧に」 
 アイシャは自分の紺色の長い髪を掻き揚げながら苦笑いを浮かべた。その座席を後ろに座る要が蹴り上げる。
「人の車だと思って……」 
 ため息をつくとカウラはドアを開けて外に出る。アイシャもつられるように出て助手席のシートを倒す。何とか要、誠が狭い後部座席から降車した。
「ここが一番か」 
 カウラの言葉に要は苦笑いを浮かべながら頷いた。
 周りの家々がどう見ても建て替えの費用が無くて修理に修理を重ねて住み続けているという平屋ばかり。そのなかでコンクリート製の築一、二年と言う二階建ての店構え。しかもどんと立つ店の看板は磨き抜かれたように光沢すら放っていた。
「こんなところで商売ができるんですか?」 
 誠は半分呆れながら白地に金の字で『豊和不動産』と書かれた看板を見上げていた。
「まともな営業をしている不動産屋ならな。でもまあ……その筋の人間なら話は別だ。それに後ろ暗い法術師が住処を探すならこう言うところのほうがぴったりだろ?」 
 そう言う要の視線の先には黒塗りの大型高級車が止まっていた。
「まるで明石中佐の車ですね」 
 誠はそういいながらこの不動産屋が要担当のその筋の人間の経営するものであることがわかった。
 誠の言葉に一度ほくそえんだ要はそのまま自動ドアの前に立った。
『いらっしゃいませ!』 
 店内に声が響いた。店員達が一同に立ち上がり誠達に頭を下げている。民間企業での仕事の経験などは学生時代に工場で鉄板を並べていたくらいの誠には異様な光景に見えて思わず引く誠。
『あんなあ。その筋の絡んでる店ってのはみなこんなもんだぜ。妙に愛想が良くて……ああ、あそこを見な』 
 小声で要がつぶやくその視線の先には大きく張り出されたスローガン。『負け犬は死ね』と言う筆で書かれた文字が壁に張り出されていた。
「あの……」 
 入ってきた要の着ているのが東和警察の制服だったことに気づいた受付の女性が一番声がかけやすそうに見えたアイシャに語りかけてきた。誠も声をかけた小柄な長い髪の受付嬢の化粧が一般のOLのそれより明らかに濃いのが目に付いてなんとなく要の言いたいことが分かったと言うようにアイシャに目をやった。
「ああ、お仕事の邪魔かもしれないけど……ちょっとお話を聞きたいの」 
 明らかに回りに聞こえるような声でアイシャが口を開いた。その様子におどおどと受付の女性は背後の事務所を見る。そこにはどう見ても回りの緑の制服を着た事務員達とは毛色がまるで違う黒い背広の恰幅のいい男の姿があった。
『やっぱりこれは西園寺さんの担当だな』 
 男が仏頂面で立ち上がるのを見て誠も納得する。以前の誠ならその男の威嚇するような視線におびえて足が震え始めるところだったが、この男と同類の前副部隊長の明石が同じような格好をしていたのでとりあえず要達を盾にして後ろで男と目が合わないように天井を見上げる程度で落ち着くことができた。
「申し訳ありませんね。うちは……個人情報の遵守をモットーにしてますから……見てください」 
 男は受付にたどり着くと背後のついたてを指差した。不動産業の営業許可証の隣には個人情報保護基準達成の証書が飾られている。だが要はまるで臆することはない。彼女が得意な腕っ節でなんとかなる相手に遭遇した時独特の笑みを顔に浮かべて受付に手を着いた。
「そりゃあ殊勝な心がけですねえ……まったく頭が下がる納税者さん。応援していますよ……納税者さん」 
 要が二回『納税者』という言葉を続けるとなぜか悪趣味な背広の男はこめかみに手をやって誠達を一人一人値踏みするような視線を向け始めた。
「あんたら本当に警察の人?」 
 真顔で聞いてきた男の視界から突然要が消えた。誠も黙っているうちに男はそのまま要に組み敷かれて床に転がっていた。
「おう、良かったな。アタシ等は現在東都警察に出向中の保安隊の実働部隊員だ……まあアタシの身分は今でも胡州陸軍のコマンド部隊にあるけどな……なんなら試してみるか?」 
 その言葉。そして生身とは思えない動きと重さで口を要に押さえつけられている男がうめく。その顔を見て要の表情がさらに残酷そうな笑みにゆがんだ。
「ほう……アタシは何度か租界でテメエの顔を見てるけど……出世したもんだなあ。鉄砲玉君」 
 要の立て続けの言葉に何かを思い出したように動きを止める男。明らかに要を見るその顔は驚きと恐怖が男を支配しているのが分かる。要は納得したように立ち上がりスカートの裾をそろえる。
「なんだと思ったら……西園寺のお嬢ですか……そうならそうで……って納税?」 
「そう!アンタ等が今年の売り上げの約40パーセントを……」 
「お嬢!勘弁してくださいよ!何が目的ですか?なんか事件でも追っているんですか?胡州の官派の残党狩りですか?」 
 泣き出しそうに跪く男に誠は哀れすら感じた。恐らく要はこの不動産屋の裏帳簿をネットで拾って脱税の記録でも見つけたんだろう。さらにまともな不動産屋のすることではない違法な活動の証拠も握っているかもしれない。彼が振り返るとカウラもアイシャも要のすることがはじめから分かっていたようににんまりと笑みを浮かべている。
「じゃあ、オメエの事務所。そっちで話そうか。ここじゃあ拙い話も出てくるんだろ……あ?」 
 とても遼州一の名家の令嬢とは思えない顔つきで男をにらみつける要。男も仕方なく立ち上がると事務所の職員が失笑を浮かべているのにいらだちながら立ち上がった。
「じゃあ……二階で」 
 そう言うと男は静かに横にあるドアを開いた。要が誠達を振り返りにんまりと笑うとそのまま付いて二階に上がる。カウラとアイシャも誠を引き連れてその後ろについてあがった。
 桐の見事な柱の通った二階。まるで雰囲気が違う部屋にはまともな企業には似つかわしくないような雰囲気の何人かの若い衆がタバコを咥えて雑談をしているところだった。そこに現れた憔悴しきった兄貴分。当然のように鋭い目つきがその後ろを歩いていた要に注がれることになった。
「客だ!話があるから出てけ!」
 男の言葉に若い衆は男に続いてくる東都警察の制服を着た誠達を不審そうな目で眺めながら奥の部屋へと消えていった。そしてそのまま誠達は応接室のようなところに通された。誠は贅を尽くした部屋の調度品に目を奪われた。社長の机の後ろには金の額縁に古そうな書が入っている。その手前にはなぜかその書を邪魔するように日本刀が飾られている。両隣の壁は高級そうな木製の棚になっており、中にはこれも磨きぬかれたのが良く分かるグラスや誠が見たことも無いような高そうな洋酒が並んでいるのが見えた。
「おい、儲かるんだなあ……不動産屋は」 
 要の嫌味にただ乾いた笑いを浮かべながら男はソファーに腰掛けた。
「ああ、お嬢と……連れの方」 
 男は手でソファーに座るように合図する。にんまりと笑った要はそのまま中央にどっかりと腰を下ろした。
「忙しい中来てやったんだ。茶ぐらい出せよ」 
「わ……わかりました」 
 そう言うと男は振り返り大きすぎる社長の机の上のボタンを押した。
「お前さんなら聞いたことはあるんじゃないか?噂じゃあ法術師適正のある人に部屋を貸すのを拒否している業者があるそうじゃないか」 
 悠然とタバコを取り出す要。カウラとアイシャが嫌な顔をするが男は気を利かせたように応接セットの大きなライターに火をつけて要に差しだす
「ああ……この業界もいろんな人がいますからねえ」 
「どう見てもやくざに見える人とか?」 
 アイシャの皮肉に男の米神がぴくりと動いた。
「なあに。私達は書類上は法令通りの商売をしている善良な市民に迷惑をかけることはしないわよ……ねえ、要ちゃん」 
「そうだな。それは別の部署のお仕事……それでだ」 
 曖昧な相槌の後で要は手持ちの端末をテーブルに置いた。そして画面を起動させるとそこには豊川市内の不動産業者の一覧が表示された。
「豊川はなんと言っても菱川系企業のお膝元だからな。不動産屋も系列が多い。そしてなぜかここの系列のお店は法術師がお嫌いと見えてアタシの耳にも入居拒否や転居要求の話が届いてきている」 
「なんだ……お嬢も知ってるんじゃないですか。大手はそういうところには敏感ですからね。特に菱川は政府とつるんでいるから法術の危険性は熟知しているんでしょう。でも基本的に大手は法術師の入居には寛容な方ですよ。付き合いのある中堅クラスの社長とかは法術師は絶対取り次がないとか言ってたのがいますからむしろ中小の業者の方がハードルは高いと思いますがね……あれですか?法術師の差別の調査をされているとか?」 
 タバコをふかす要がリラックスをしているのを見て男は安心したように笑みを浮かべてそう言った。すぐに要の目が殺気を帯びる。余計なことを聞いた。修羅場をくぐったことのあるらしい男はすぐに黙り込んで静かに腕を組んだ。
「お嬢の目的はさて置いて。まあそんな状況ですから……大手に割高な仲介料を払えない連中となると……駅前の三件はかなり法術師にはつらいですからね」 
 男はそう言うと静かにタバコを取り出した。嫌そうな視線を向けるカウラだが、要がそれへのあてつけのように自分のジッポライターを取り出す。
「すいませんね……」 
「アタシのこんなサービスはテメエじゃ無理だったろ?うれしいか?」 
 要がかつて胡州陸軍特殊部隊員として東和の沿岸部の租界での非合法物資の取引ルートを巡る利権争い『東都戦争』で潜伏して娼婦として情報収集を行なっていたことを誠にも思い出させた。
「となると……南商店街の二件」 
「ああ、そこはうちじゃないですが……堅気じゃない連中が関わってますから」 
「おう、参考にするわ」 
 要は男の指定する店にしるしをつける。そしてそのまま画面に映る商店街の店を眺めながらスクロールさせた。
「かなり絞り込めるな……今回の事件の犯人。手口からして素人。そうなるとここみたいな危ない経営者のいるところは避けるだろうから……」 
「姐さん。危ないは止めてくださいよ。うちはこれでもまっとうな商売をしているんですから」 
 淡々と自分を斬って捨てた要に泣きを入れると静かにタバコをふかす。
「でも私もそうだけど分かるの?不動産屋のどれが危ないとか、どこが法術師には紹介しないとか」 
 アイシャの言葉に一瞬要の手が止まった。心底呆れたと言う顔。それが今の要の顔に貼り付いていた。
「オメエ……この店の経営者がこいつだって分からなかったのか?」 
「そういう事がすぐ分かるのは西園寺くらいの経験が必要だろうな」 
 そう言うとカウラは自分の顔に向けて流れてくるタバコの煙を仰ぐ。そして要はしばらく放心したように黙り込んだ。
「つまり……やっぱり駅前の二件も捜査対象か。まあいいや」 
 要はそう言って頭を掻きながら男を見つめた。
「うちには法術師とわかる客からの物件の紹介はしていませんよ」
 少しばかり焦った調子の男。それを見ると要は視線を誠に向けた。
「だってよ!良かったなあ、寮があって」 
 誠はただ訳も分からず頷いた。そして要のしぐさを見て男の表情が曇るのがすぐに分かった。
「こいつ……いや、この兄さんは法術師?」
 うなづく誠。そこには先ほど要に向けたのとは別の恐怖の瞳があった。理解できない奇妙な生き物に突然であったとでも言うような目。誠も時々こう言う目に遭遇することがたまにある。法術と言う理解不能な存在が明らかになって生まれた溝をそのたびに誠は実感する。 
「そう言う事。それどころかこの『法術』と言う言葉を生んだあの『近藤事件』で暴れまわった奴」 
 要の言葉にさらに男は明らかに緊張していく。それを見ると誠の脳裏に何かが流れ込んできた。恐怖、侮蔑、敵意。それらの感情が目の前の男のものだとすぐに誠には分かってきていた。
「こんなに……」 
「どうしたの?誠ちゃん」 
 アイシャの言葉に自分がしばらく敵意の視線で男を見ていたことに気づいて誠はうつむいた。
「いつも言ってるだろ?下手な力の有無は敵意を生むだけだって……なあ」 
 要の言葉におびえるように頷く男。確かにこうしておびえられるに足る力を自分が持っていることを誠も自覚していた。
「でも……お兄さんが顔色変えたくらいじゃ法術師かどうかなんて分かりませんよ。俺だって知らなかったらつい貸しちゃうかも知れないじゃないですか」 
「そうか?なんでも一部の同業者が入居の条件に法術適正試験の受験を課しているそうじゃねえか。同業者だろ?知ってるんじゃないか?たとえばさっき言ってた社長とか」 
 そう要に詰め寄られると男はただ静かにうつむいてタバコをくゆらせるほかはなかった。
「……」 
 男が黙るのを聞いて要の顔はサディスティックな笑みにゆがんだ。その様子はカウラも察したようですばやくかな目の前に手を出してきた。
「安心しな……じゃあどこなら法術師の客を扱うことになる?」 
 大きく深呼吸をする要。アイシャもいつ要が暴走しても良いようにと鋭い目つきで彼女を見つめていた。
「駅前の三件は法術師の適性検査の陰性が紹介の条件です。それ以外だと……菱川以外の大手ですがそこも担当によっては大家が法術師嫌いだったりすると適性検査を強要するような話もありますし……」
「結論言えよ」
 いらだつ要。男はさらにうつむいて話し出す。
「規模の大小に関わらず担当者に恵まれるまで何度も通うしかないんじゃないですか?まあ小さいところは親父一人でしょうからそこは一発で分かるかもしれませんが」 
 明らかに殺気を帯びている要に少し驚きながら男は静かにそう言った。その言葉を聞くと要は立ち上がった。
「姐さん……」 
「分かった。とりあえずお前が知ってる法術師に部屋を貸しそうな業者のリストをあとでアタシのところまで送れ」 
「ホントなの?担当者次第ってことは全然絞られなかったってことよ!要ちゃん全部見て回る気?それに大手なんかだとプライバシー保護が……」 
 アイシャが文句をつけるのをタレ目でにらみ付けで黙らせた。
「仕方ねえだろ!足が資本だぜ、捜査ってのは!」 
 そう言うとそのまま一人で出て行く要。誠は男に頭を下げるとそのまま要を追った。
「西園寺さん!待って下さいよ!」 
 誠の言葉を無視してそのまま階段を駆け下りる要。誠は一階のロビーにたどり着くとそのまま全員が立ち上がって要を送り出す様に遭遇し違和感を感じながら外に出た。
「畜生!」 
 要が空を見て叫ぶ。
「仕方ないじゃないですか。狙いは良かったんですから……なんなら安そうなアパートを全部回って……」 
 要はキッと誠を振り向いた。明らかに自分に対する怒り。危ない橋をわたっている人間を追い詰めることには慣れてきた自信が有るだけに今回の法術師を紹介する不動産屋を絞り込むと言う策には自信があったのだろう。
「そんな問題じゃねえよ!今でも犯人の野郎はどこかでニヤニヤ笑ってるんだぞ!そう思うと……」 
 そう言いながら要はようやく店から出てきたカウラにドアの鍵を開けるようにと指差した。
「慌ててどうなる」 
「悠長にしているほど人間できちゃいねえんでな」 
 自嘲気味に笑う要。
「仕方が無いわね。乗りかけた船だもの。付き合うわよ」 
 助手席のドアを開けながら微笑むアイシャ。要は自分が許せないと言うように無表情を装いながら車に乗り込んだ。





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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 60

「おう、神前。アタシの皿、かたしといてくれ」 

 ランはそう言うと一人黙ってタンメンを啜っている要に目を向けた。それが合図だったかのように全員の視線が要に向く。

「ただ今戻りました」 

 そのタイミングで帰ってきたカウラ。その視線の先には黙って麺を啜る要の姿がある。

「西園寺さん……おいしいですか?」 

 重くなった空気に耐えられなくなった誠の声に静かに目だけ反応する要。しかし何も言わずに再びその目は汁ばかりになったどんぶりの澄んだ中身に注がれる。

「神前、昼過ぎに少しばかりシミュレータの結果について話があるんだが……」 

 カウラの言葉が要を意識したものではないことはシャムにも分かった。だが明らかにいらだっているような要は手にしていた割り箸を片手でへし折る。

「ああ、カウラさん。その件なら岡部中尉のデータと比較するとよく分かりますよ」 

「へ?……ああ、俺とナンバルゲニア中尉、それとクバルカ中佐のデータ。冷蔵庫で閲覧できるはずだよな……そうだ、3キロ走までの間第二小隊と俺とで冷蔵庫でちょっと打ち合わせするか?」 

 『第二小隊』と強めに発音したのは明らかにカウラの存在を意識している要に気を利かせての発言だとシャムですらよく分かった。シャムはそのまま視線を要に向ける。黙って深呼吸をしている要。その耳が隠れるあたりで切りそろえられた黒髪が静かに揺れていた。

「おう、吉田。コンピュータルームの方の予約はどーなんだ?」 

「あ、空いてますよ」 

「じゃー第二小隊と岡部は昼が終わったらコンピュータルームだ。それとスミスとマルケス」 

 ランの言葉に驚いて振り向くフェデロ。それをニヤニヤ笑いながらロナルドが眺めている。

「テメー等はアタシとシミュレーションルームだ。アタシも今週はシミュレーション実習をしてねーからな。失望させるなよ」 

「了解であります!」 

 フェデロが派手に敬礼する。それを見てアンが噴出しそうになるがフェデロのひげをいじりながらの一にらみに静かに視線を落とすしかなかった。

「吉田。シャムとアンの二人連れてハンガーに行け。『05式』の再調整への協力だ。ちゃんと仕事しろよ」 

「へいへい」 

 子供のようなランに言いつけられていかにもやる気がなさそうに吉田はこたえると再び固形糧食を口に運んだ。





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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 15

「ったくなんであの餓鬼だけ寮に住み着いてるんだ?」 
 寮を出たときから要の機嫌はあまりよくなかった。そしてこうしてつい三日ほど前までは倉庫だっただろう豊川警察署の北側の狭い与えられた部屋を見回すと余計今朝のランの言葉が気になるようで伸びをしながらそう要がつぶやいていた。
「それを言うなら私達もじゃないの。あそこは一応男子下士官寮なんだから。私もカウラちゃんも要ちゃんも『男子』でも『下士官』でもないんだから……」 
「それなら私達には神前の護衛と言う任務があるんだ。例外として認められるだけの理由がある」 
 口を挟んだカウラをにやけたたれ目で見つめる要。
「おい、珍しいなあアタシと同意見とは。あれか?それは建前でなにかすごい深い理由が別にあるのか?」
「深い理由?」
 しばらく無表情で黙っていたカウラが急に頬を染めて目をそらすと自分の端末を起動した。
「やっぱり下心か……むっつりスケベは手に負えないねえ」
「どっちもどっちじゃないの」 
「なんだ?アイシャ!言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
 要の声が急に怒声に変わる。それを見てカウラはなぜかホッとしたように吐息を漏らすと起動した端末に目を向けてキーボードをたたき始める。
 誠はこれ以上の騒ぎはたくさんだと先ほどのランの話題に話を持っていこうと口を開いた。
「クバルカ中佐はあの格好だとどうしても部屋とか借りるのが大変だとか言ってましたよ。小学生低学年の一人暮らしなんて誰も部屋を貸してくれませんから」 
 要は怒るのも馬鹿馬鹿しいとそのまま椅子に腰を下ろす。それを見ながら自分の机に腰掛けたままのアイシャが指を頬に当てて少し考えていた。
「そらそうよね。あんな小さくてキュートな女の子を見つけたら私だって付いて行っちゃうもの」 
「恥ずかしげもなく言うな」 
 アイシャの言葉に一言突っ込むと再び画面に向かうカウラ。しばらくカウラのキーボードを叩く音ばかりであたりを沈黙が支配した。
 突然要が手を叩く。全員の視線が何事かと彼女に向かった。
「おい、神前。もう一回言ってみろ!」 
「驚かせないでくださいよ!何をですか!」 
 要の大声に誠は椅子からずり落ちそうになった。なんとか耐えながら要を見る。その表情は歓喜の色を湛えている。
「だからだ!もう一回!」
 そのまま要は今度は立ち上がって襟首をつかんで引っ張りあげる。驚いたアイシャが要の手にすがりつくが誠はとりあえず要が怒ってはいないらしいと言うことで安心しながらもその強力なサイボーグの怪力におどおどしながら何を言えばいいのか迷いながら彼女のタレ目を見つめていた。
「なによ、要ちゃん。ランちゃんが部屋を借りられないのがどうしたのよ」 
 アイシャの言葉を聞いた要は誠の襟首から手を放した。そのままどすんと自分の椅子に落っこちる誠。そんな彼の目にはまるで子供が宝物にでも出会ったように満面の笑みを浮かべる要が映っていた。
「そうだよ!馬鹿だなあ。アタシ等がこのちんけな部屋から出るにはそこからはじめなきゃならなかったんだ!」 
「うるさいぞ、西園寺。そんな何かつかめる糸口でもあれば苦労しないと思わないのか?」 
 カウラにまで言われると憤慨したように要はカウラの脇にずかずか進んでいく。
「何をする!」 
 カウラの声もむなしく要は彼女のを占領した。そして取り付かれたように凄まじい速度でキーボードを叩いてデータを入力し始めた。
「気が付かなかった……馬鹿だった……」 
「要ちゃんが馬鹿なのは昔から知ってるけど」 
 そんなアイシャの一言にチョップを入れると要は画像を表示させた。
「不動産情報?賃貸物件の契約状況……?」 
 誠は不思議そうにどうだと言わんばかりの要の表情を見ながらつぶやいた。
 得意げな要。それとは対照的に誠もカウラ、そしてアイシャもぽかんと彼女の笑顔を見つめた。
「要ちゃん……出て行くのね……。うるうる」
 アイシャのわざとらしい演技にため息をついた後要はさっと端末の画面を指差した。 
「勘違いするんじゃねえ!賃貸契約の全容を把握するんだよ!もし今回の星がこちらに拠点を移したとなれば部屋でも借りると考えるのが自然だろ?今のご時世法術師の入居はいろいろ面倒が付きまとうはずだ」 
 要はそう言うと今度はポケットからコードを取り出し自分の後頭部のジャックに差し込んで端末とつながる。意識が途切れたように首が折られるがそのまま画面には検索モードの様子が映っていた。そしてそれを見てカウラが手を叩いた。
「そうか。法術師が部屋を借りる。大家も限られるしうまくいけばどこかで足が付くか」 
「そう?検査なんて東和は任意じゃないの。法術適正を受けている人間が犯人と決まったわけじゃないでしょ?」 
 アイシャは半分期待はしていないと言う感じだが、その視線は明らかに要の検索の模様を眺めているものだった。
「法術適正を受けている人間の犯行だと僕は思いますよ。人の能力を横取りして発動させるんですから。法術に興味のない人物の犯行だとはとても思えないですから」
「でも最近東都の都心からこちらに引っ越してきた人間なんて山ほどいるじゃない。いちいち調べるの?」 
「しかたねえだろ……235世帯か……所帯持ちは外しても156件」 
 要の言葉にうんざりしたと言うような顔のアイシャ。だが彼女の肩をカウラが叩いた。
「何万人と言う豊川市の人口から比べればわずかなものだ。四人で見回れない数じゃない」 
「でもその中に犯人がいると言う保障はあるの?そもそも法術適正検査は匿名で行なわれてるのよ。その156人だって一人も法術師がいないかもしれないじゃない。いたとしても嘘をつかれれば……どうせ捜査令状は下りないんだから」 
 そんな言葉を吐くアイシャをケーブルを首から外した要が哀れむような目で見上げる。
「なによ……要ちゃん」 
「お前。馬鹿だろ」 
「馬鹿は要ちゃんでしょ?」 
 いつもの挑発合戦にうんざりした顔でカウラと誠は見詰め合った。
「アタシ等はこの豊川に犯人が来ていたときに意味があるから出向してきたんだ」 
「そうよ。当然じゃないの」 
「はー……」 
 アイシャはまだ分からないと言うような表情をしていたがその曖昧な顔が突然ゆがんだ。明らかにアイシャも要の言いたいことがよく分かったようだが彼女が要に頭を下げるつもりがないことは誠にもよく分かる。
「その為にわざわざ出向してきたのよ。もしこの町に犯人が転居してきたのならそいつを捕まえなきゃ意味がないんじゃないの」 
「犯罪抑止が最低任務であって、逮捕は私達の仕事の範疇じゃ……」 
「カウラちゃんは黙っていて!」 
 八つ当たりを食らったカウラが口をつぐむ。誠は噴出しそうになりながらいらいらしているアイシャを眺めていた。
「なんだよ。別に戸別訪問をしようというわけじゃないんだ。すべての転居に関わった不動産屋を訪ねて回れば自然と犯人のめぼしはつく。容疑者を限定できればそいつをはっていれば事件にたどり着く。そしてそこを現行犯逮捕ってシナリオだ。なんでそんな簡単なことが分からねえかなあ」 
「そんな……相手の不動産屋さんはド素人よ。犯人らしい人物かどうかなんて分かるわけ無いじゃないの。それに一応不動産業者も個人のプライバシーに関することについては……」 
 そう言いながらアイシャは頭を掻いた。元々そう言う任意の捜査においてはかなり高圧的に対応して結果を残すのが得意な要である。プライバシーとか守秘義務などという一般社会の常識は要の捜査にはありえなかった。それに他に何か捜査の方法があるのかと要に聞かれれば思いつく方法はアイシャには無かった。
「おう、抗議するんだろ?さっさと言えよ」 
「むー……」 
 膨れるアイシャだが、カウラの携帯端末が着信を注げたことで誠達の興味はそちらに移った。
「はい、ベルガーですが」 
 端末に出たカウラ。要は卓上の画面を操作して相手の画面を映し出す。そこには先日この部屋に誠達を押し込めた杉田という刑事の顔があった。
「今度はパイロキネシス暴走です。場所は……」 
 誠達は顔を見合わせた。捜査の手がかりを探す段階は過ぎていた。
「とりあえず文句は後だ、現場に行くぞ」 
 要はそう言うと椅子に掛けていた制服の上着に手を伸ばす。アイシャも渋々自分の机の上の帽子に手を伸ばした。
「事態は動いているんだ。私達の想像以上に早くな」 
 端末を終了して立ち上がるカウラの言葉を聞いて改めて自分達が明らかに後手に回っている事実に気づきながら誠は飛び出していく要の背中を追って部屋を飛び出した。






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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 59

 突然部屋の扉が開いて入ってきたのは第四小隊の面々だった。

「それにしても……出前ばかりじゃ飽きないか?」 

「マルケス中尉。ハンバーガーでも同じじゃないですか?」 

「なんだよ、アン。生意気な口を利きやがって」 

 口の端に着いたケチャップをぬぐいながら小柄で陽気なラテン系のフェデロ・マルケス中尉は突っ込みを入れたガムを噛んでいるアンに苦笑いを浮かべながら答える。

「今日はオメー等も3キロ走には参加だかんなー」 

『ゲ……』 

 ランの一言にフェデロとその後ろで髪を櫛でとかしていたジョージ岡部中尉が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「俺達もいつまでもお客さんというわけには行かないだろ?まあ当然だろ。アメリカ海軍が最強だということを知らしめてやろうじゃないか」 

 鷹揚に笑うロナルドが立ったまま哀願するような視線を黙って丼飯を掻き込むランに向けている二人の肩を叩いた。落ち込んだように自分達の机に向かう二人。

「そう言えば今日は第三小隊のお二人さんがいないからな」 

 フォローを入れたつもりの吉田の言葉だが、生体部品の塊で走るとただ体組織を壊すだけということでランニングに参加しない吉田に言われたところで二人の落ち込んだ気持ちはどうなるものでもなかった。

「でも岡部ちゃんは早いじゃん」 

「ナンバルゲニア中尉が本気を出したときほどではないですよ」 

 座りながらシャムに向けるジョージの目に光があった。

 空間制御系法術。シャムもジョージもどちらも得意な法術である。自分の周りの空間の時間軸を周りの時間軸より早く設定することで光速に近い速度を獲得できる能力。これは何度かの法術発動訓練でシャムがジョージに指導している課題の一つだった。

「言っとくけどそんでも3キロは3キロだからな」

 ランに当たり前のことを言われて今度はシャムまで落ち込んだ。

「良いじゃないですか。この仕事は体が資本ですから」

「神前。ならオメーは6キロ走るか?」 

「クバルカ中佐……」 

 薮蛇の言葉に思わず誠は苦笑いを浮かべながら振り向いた。




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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 14

 散々な一日。誠達はすぐに自分が外野に置かれていることに気づいた。
 資料のほとんどは確かに見ることが出来た。茜から渡された同一犯と思われる事件資料の他にも東都警察が独自にまとめた目撃情報、被害者の共通点を調査した資料、発生時刻に近くを巡回していた警察官の氏名まですべて知ることが出来た。
 ただその結果分かったことは、『東都警察の資料では絶対に犯人にはたどり着かない』と言う確信と『別の資料を本庁が隠して独自に捜査を始めている』と言う断片的な証拠だった。
 各資料を閲覧するには毎回違う暗証番号が自動的に振り出されることに気づいたカウラが要に探らせたところ、本庁の捜査一課と警備部のいくつかの端末から頻繁にデータベースへのアクセスが行われていることがわかった。
 東都警察は今度は保安隊を笑いものにする準備を整えている。帰りのカウラのスポーツカーの中でアイシャはきわめて雄弁だった。ロッカールームで破壊活動に走ろうとする要。それをどうやって自分が身を挺して抑え込んだかを切々と語る。誠はその苦笑いを引き摺ったまま風呂に入り、眠り、目覚めてこうして朝の寮の食堂にたどり着いた。
「本当にこうしていていいんですか?」 
 七草粥を食べ終えた誠の言葉に同調するように要も頷いている。勤務地が変わっても保安隊の寮の生活は変わらなかった。いつものように朝食を食べ、早出の技術部の隊員達がどたばたと階段を駆け下りるのをのんびり食堂で聞きながらお茶を飲む。
「東都警察も多少は経験を積んでるんだからね。多少はうまいこと調べてくれないと私達だって体は一つなんだから」
「まあ……そうですけど」 
 余裕のアイシャを見ながら誠が苦し紛れにそう答える。
「なに?まるで私達の出向が無駄だったって一日で決め付けているみたいじゃない。でも実は茜お嬢様からの資料じゃ分からないデータも手に入ったわよ」 
 アイシャはそう言うとおもむろに目の前のどんぶりを横にどけて腕の携帯端末の映像を拡大投影した。
「ずいぶんと細かい資料だな……なるほど。乗っ取るのが得意な法術の種類か……」 
「茜もまだまだだな。関与の疑いのある事例を検索にかければそれなりに資料としてまとまるじゃねえか」 
 カウラと要はアイシャの作った東都警察の違法法術能力発動事件に関わるデータを眺めて感心した。
「パイロキネシスが半数。空間干渉や空間制御が続いて……当たり前だけど体再生機能発動は無し」 
「やっぱり放火魔みたいな奴なんだろうな。火事はなんとなくすきっとするからな!」 
「それは要ちゃんの好きな法術の種類でしょ。もしかしてあなたが犯人なんじゃないの?」 
「ちげえよ!」 
 要が軽くアイシャの頭をはたく。誠が回りを見れば二人の人物が誠達の行動を監視していることに気がついた。
 一人はカウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖を名乗る菰田邦弘主計曹長。回りにアイシャから『キモイ』と呼ばれている隊員達を引き連れながら真剣に画面を見るカウラに萌えていた。そしてもう一人。
「今回は俺の出番は無いんですかね……」 
 明らかに不満そうに声をかけてきたのは技術部特機整備班長の島田正人准尉だった。
「なにか?死なないって言うだけで捜査に参加できると思うなよ」 
 要の一言に明らかにカチンと来た様に頬を膨らませる島田。彼は純血に近い遼州人であり、意識で体細胞の再生を行なうことができる再生系の法術適正の持ち主だった。
「そんなことは分かっていますよ!」 
「おい、その面は『俺は厚生局事件の時も付き合ったんですよ!今回だって!』とでも言いたいのか?あ?」 
 ニヤニヤと笑いながら要のたれ目が島田を捉える。おずおずと頷く島田。そしてそこにランが当然のように現れたのでおっかなびっくり島田はランに敬礼した。
「おっと、ずいぶんシリアスな展開だったみてーだな。菰田、今日は粥か?」 
 どう見ても小学生にしか見えないランを見ると喜んで菰田のシンパの一人が厨房に駆け込んでいく。その様に呆れたと言うようにため息をついた後、平然とランは誠の向かいの椅子に腰掛けた。
「島田。アタシの判断が不服みてーだな」 
「不服と言うか……一応自分にはアサルト・モジュール整備班長としての責任がありますから……」 
「おー。それが分ってりゃいーんだがね」 
 そう言うとランは七草粥を受け取り静かに食べ始めた。その様子に菰田の取り巻きの一部にある秘密結社『エターナル幼女同盟』の会員達が萌える瞳でその様子を眺めていた。
「島田よー。アタシ等の仕事の目的はなんだ?」 
「市民の安全を守ることです」 
 即答する島田に満足げな笑みを浮かべてランが頷く。彼女はそのまましばらくスプーンを握りながら考えるようなポーズをとった。
「おい、そこ。写真を撮ったら金よこせよな」 
 密かにランの萌えるポーズを写真に撮ろうとした菰田の隣の技術下士官に鋭い目つきを送るラン。
「すいません!すぐ消します!」 
「消すくらいなら最初から撮るんじゃねーよ」 
 苦笑いを浮かべながらそう言うと再びランは静かに食事を再開した。その様子をただ待たされ続けると言うように経ったままランを見下ろしていた。
「一番必要な場所に一番適した人物を配置する。アタシは隊長からその権限を委託されて副隊長をやってるんだ。テメーの力が必要なら死にそうな状態でも引っ張り出すからな」 
「まあ島田は死なないけどな」 
 ランの言葉に茶々を入れた要をランは殺気がこもっているかのような視線でにらみつけた。
「ともかく島田。オメーは明華にもらった仕事をちゃんとしろ。終わったらアタシが明華に話をつけてやる。それでいーか?」 
 ランに見上げられれば島田も断れなかった。ただ力なく頷く島田を見て満足げにランはさじを進めた。
「しかし……次の事件はこっちで起こるんですかね?たまたま気まぐれでこっちで事件を起こしてまた都内に帰っちゃったとか……」 
「心配性だなアイシャ。それならそれでいーんだよ。アタシ等の管轄の外の事件と言うことになる。茜の嬢ちゃんがこれまで作った隊長のコネを使って捜査一課だろうが警備部法術機動隊だろうが犯人を挙げてくれれば儲けものだな」 
 淡々とランがつぶやく。そしてその言葉が響くたびに菰田達のボルテージが上がるのが嫌でも見える。ささやき、つぶやき。その中に『幼女』と言う言葉が混じっているのでいつ爆発するかと誠は気をもんでいた。
「ああ、それと菰田!」 
「はい!」 
 ランに呼びつけられてシンパに守られながら立ち上がる菰田。だがその回りの連中は明らかにそんな命令口調のランの態度に萌えていた。
「飯食ったら出勤だろ?無駄話してるんじゃねーよ!」 
「了解しました!菰田曹長、これより駐屯所へ向かいます!」 
 さすがにランの怒りが爆発するまでに去ろうとするが、Mっ気のある隊員が残ろうとするのを何とかなだめすかして食堂を出て行く。
「アイツ等何しにここに配属になったのかわかってんのかねー」 
 そう言うと最後の一口を口に運ぶラン。さすがの誠もその姿には萌えを感じざるを得なかった。
「誠ちゃん。私達のフィギュアよりもランちゃんの方が売れそうよね」 
「クラウゼ。つまらねーこと言ってるとはたくぞ」 
 そう言いながらランはテーブルの上の粥のどんぶりを持って立ち上がった。
「期待してるからな」 
 そう言って振り向いたランの笑顔はいつもの鬼の副長ではなく無垢な少女の笑顔に見えてつい誠は自分の心がときめくのを感じていた。
「ロリコンが……」 
 カウラはそれを見て大きなため息をつくのだった。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 58


 シャムが事務所に向かう階段に手をかけて上を見上げるとエメラルドグリーンの髪が揺れていた。

「カウラ……」 

「お前がいつまで経っても来ないから中佐が心配していたぞ」 

 そのまま呆然とカウラを見上げているシャムのところまで降りてきたカウラはそのままシャムのベルトに手を伸ばす。

「キム中尉の所に返すんじゃないのか?」

「そうだね」 

 シャムはそう言うと慌ててガンベルトをはずした。カウラはそのベルトとシャムの手の中のリロード弾を受け取る。

「じゃあ、これは私が返しておくからな。ちゃんと食事を取れ」

 そう言うといつものぶっきらぼうな表情を残して技術部の部屋が並ぶ廊下へとカウラは消えていった。

「あ!ご飯!」 

 シャムはようやく思い出したように一気に階段を駆け上がる。透明の管理部の事務所では女子職員の話を聞きながら高梨が快活に笑っている様が見える。笑顔でそれを横目にそのまま実働部隊事務所へとシャムは飛び込んだ。

「天津丼!」 

「ああ、残ってるぞ」 

 要のがシャムのテーブルの袖机に置かれた岡持ちを指差す。シャムはすばやくそこから天津丼を取り出して自分の机に置いた。

「慌ててこぼすんじゃねーぞ」 

 モニターに隠れて見えないランの言葉に苦笑いを浮かべながらシャムはラップをはがす。少しばかり冷えてしまったその表面にシャムはがっかりしたような顔をした。

「冷えるまで帰ってこないほうが悪いよな」 

 手にした固形携帯食を口に運びながら天井を見上げている吉田。そんな彼に舌を出すとそのままシャムは割り箸を手に取り天津丼に突き立てた。

「そう言えば吉田少佐、来月の節分の時に上映する自主映画の編集ですが……」 

 誠は暇そうに缶コーヒーを啜りながら天井を見上げたまま微動だにしない吉田に声をかける。声をかけられてもしばらく吉田は口に咥えた固形食を上下させながら聞いているのかどうかわからない様子でじっとしていた。

「あの……」 

「しばらく待てよ。その筋の知り合いにいろいろ助言してもらっているところだよ」 

 固形食を一気に飲み込んで前を向いた吉田の言葉に感心したように誠はうなづいた。シャムはそれを横目に見ながらいつもよりおとなしく天津丼を口に運んでいた。



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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 13

 沈黙。それを自分が破ることを先ほど指示された誠は額に汗を掻きながらそのタイミングを計っていた。要もカウラもアイシャもその時を待っている。そして目の前に現れた人影を確認して四人が立ち上がって敬礼した瞬間誠は口を開いた。
「私が……専従そっさかっの……」 
「馬鹿!噛むんじゃねえ!」 
 ゆっくりと会議を終えたと言うことで難しい顔で所長室に入ってきたずんぐりむっくりの豊川警察署の署長。悠然と誠の前に現れたその姿を前にして誠は緊張のあまり挨拶すらできない有様だった。そんな誠は明らかに怒りの骨髄反射を起こした要に足の親指をパンプスのかかとで踏まれた。
 飛び上がりたい痛みに耐えながら挨拶を再開しようとする誠。その痛々しい姿を見て表情を緩めた署長は笑みを浮かべながら口を開いた。
「まあ緊張しなくても……まあかけてくれます?」 
 署長は小太りで白髪が混じってはいるが良く見れば20代後半と言う感じに見えた。でこぼこコンビの大きい方という感じにも見える妙に張ったえらが特徴の角刈りの副署長。こちらは明らかに敵意で武装して誠達を見ながら自分の中で値踏みでもしているように見えた。
「ほら、座ってくださいよ」
 丸顔をさらに丸くしたように笑う署長はリラックスして応接ソファーに誠達を座らせた。
 出向メンバーとして選ばれたのは誠、要、カウラ、そしてアイシャだった。運行艦の運用研修がまだ途中のはずの艦長代理のアイシャ。だが、いつものように自分の上官で運用艦『高雄』艦長のリアナの頼みに弱いことを利用して渋るリアナを説得してなんどかこのメンバーに紛れ込んだと言う話だと誠は聞いていた。そしてどこか落ちつかな誠達の中で一人、悠然と座って小太りの署長に色目を使うところはいつもどおりのことだった。
「法術となると……うちでは素人捜査しかできないものでね」
 署長のその言葉に明らかに不機嫌そうな顔をさらにゆがめる副署長。署長は本庁からの出向のキャリア組み、副署長は上級職からの現場叩き上げと言う経歴。誠も保安隊に配属以降、なんどか警察に出入りしているうちに相手の持っている雰囲気やしゃべる内容で相手の経歴がある程度わかるようになってきていた。
 副署長の『我々にも法術に関する資料が有れば十分に捜査活動は可能なんです!』と言いたそうな顔を十分時間をかけて眺めた後、ゆっくりとアイシャは話を始めた。 
「法術に関しては未だ未解明な部分が多いですから。正直な話、警察署に閲覧権限が無い法術関係の資料を我々が所持していることは否定しません。ですがそれは上層部の決定によるもので私達の一存ではなんとも出来ません。ですので今回私達が専属捜査官としてこちらにお世話になって、それらの情報も十分駆使して解決のために全力を尽くすことに決まりました」 
 同じことを要が言ったらたぶん副署長は怒りに任せてその場を立ち去っていたことだろう。誠は言いにくい話をさらりと言うアイシャの技術に感心しながら話を聞いていた。
 文句は山ほどある。そんな顔の副署長を見るとアイシャは大きくため息をついてカウラに目をやった。カウラもそれが多少へりくだって見せろと言うアイシャの意図だと悟って静かな調子で口を開く。
「こちらもまだ捜査のノウハウを蓄積している段階です。市民社会への法術の情報提供はまだ各地で論議の最中ですが、残念なことに情報の漏洩や一部在野研究者による情報リークが進んでいるのが現状です。これからはさらに凶悪化、組織化が予想されますからできるだけ早く対応することが必要になります」 
「とうちの責任者は申しております」 
 カウラの穏やかな言葉に茶々を入れた要。その言葉に明らかに不快そうな顔をしたのはそれまで穏やかな表情だった署長の方だった。キャリアの署長。その言葉自体要の気に入る要素は無い。誠はなんとかこの場を乗り切ろうと考えはじめた。
 最初は穏やかな言葉で場の雰囲気を作ったアイシャだが、彼女は当てにならない。おそらく彼女も要とこの小太りの署長の相性の悪さには気づいているはずだった。一応義理は果たしたと言う顔をしているアイシャの本来の行動原理は『面白ければそれでいい』である。引っ掻き回しにかかられたら誠も分が悪い。一方カウラはそんな相性などは考えることもない。ただ今回の事件が本当に豊川市に舞台を移したのかを知りたいと言う職業倫理に基づいて動くだけ。
「で……この署に法術適正者は何人いるんですか?」 
 早速カウラが尋ねる。実務的な話ならと、それまで不機嫌だった副署長の方がこれからの捜査で主導権を取ろうと話を切り出そうとした。だが彼も組織人である、隣の署長に目をやった。署長はなにやら複雑な笑みを浮かべて黙って要を見つめていた。要は目をそらさずにそれに答えて卑屈そうな笑みを浮かべる。この様子に先ほどまでの不快感が吹っ飛んだようで慌てて副署長が口を開いた。
「法術適正はプライバシーの問題がありますから。それに法術師で無いと捜査官が務まらないとは到底思えません」
 犯罪捜査について持論を延々と展開したいのを我慢しているのが誠にも分かるように言葉を選んでの副署長の一言。署長も特にとがめるようなことを言わなかった部下に満足したようにうなづくとそのまま最初に誠達に向けた笑顔をわざとらしく作って話し始める。 
「法術の検査は政令に定めるとおり、警察署においても任意の検査が原則となっているので。それに適正者で能力的に貴重な人材はすべて本庁の機動部隊に転属になって……」 
「つまり手駒で使えるのはいない確立が高いと……使えねえな」 
 要の言葉に署長の米神が痙攣するのを見て誠の胃がきゅるきゅると痛んだ。
 誠の予想通り要の『使えない』に副署長まで怒り心頭という感じで膝の上の両の手をぎゅっと握り締めているのが自分を威圧しているように感じられる。誠は口の中が乾いていくのを感じていた。
「申し訳ありませんね、どうも。うちの仕事は荒事ばかりですから。後でしっかりその点は指導しておきますので。では私達はどこに行けばいいんでしょうか?」 
 アイシャも要の暴走が予想より早く始まりそうに思えたようでなんとかこの場を治める決意をしたようだった。目の前の二人の警察官僚も別に喧嘩をしたくてここにいるわけではない。早速副署長が立ち上がるとそのまま署長の執務机に置かれた電話機に手を伸ばした。
「一応、結果は期待していますので」 
 言葉の頭の『一応』に力を入れてつぶやくと署長は立ち上がる。部屋のドアが開くと二人の女性署員が現れる。
「とりあえず着替えをお願いしますよ。その格好だと軍の人間だと思われますから」 
 まだ要の言葉を引きずっていると言うような副署長の表情。誠は顔を引きつらせながら立ち上がる。
「あ、神前曹長。男子更衣室まで案内します」
 見た感じ四十手前と言う黒ぶちの眼鏡の女性署員。彼女の言葉につられて誠は一足先に廊下に出た。
 四階建ての警察署の最上階。人気が無くて物寂しくていつもシャムなどが走り回っている保安隊の隊長室の前の廊下とはまるで風情が違った。
「こちらです」 
 女性署員はそのまま階段を小走りで駆け下りる。誠は慌ててその後ろに続いた。三階を通過するとそのまま二階。当然のようにそこで廊下へと進む速度についていくのが誠には骨が折れた。
「こちらです。そしてこちらに着替えてください。すでにロッカーには名前が貼ってありますのでそちらをお使いください」 
 それだけ言うと一礼して去っていく女性署員。誠はすでに眼鏡以外の顔の特徴を忘れたほどに個性の無かった女性署員から受け取った階級章の無い制服を手にロッカールームに入る。真昼間。誰もいない。誠はさっさと着替えてしまおうと幸い目の前にあった『神前』と書かれたロッカーを開いた。
 長いこと誰も使っていなかったのか防虫剤の強い刺激臭が誠を襲う。誠はしばらく扉を開けたままそこに立ち尽くした。
『あの人達……大丈夫かな』
 考えれば考えるほど事態が悪いほうに進んでいくように感じられる。誠は仕方なく急いで着替えに取り掛かった。東都警察と東和陸軍の制服の徽章を変えただけの保安隊の制服。着替える要領は同じなのであっさり着替えは終わった。
『神前曹長』 
 調度そのタイミングで今度は男性の声がロッカールームの外から聞こえた。
「はい!着替えが終わりました!」 
 そう言って飛び出した誠の前には背広を着た中肉中背の男が立っていた。
「こちらになります」 
 誠の顔に目も向けずに振り向くと男は先ほどの女性署員と同じような早足で歩き始める。誠はそのまま彼に従って冬の弱い日差しで陰になっている二階の通路を歩き始めた。
 左側に並ぶ部屋はそれぞれ捜査関係の部署らしく私服、制服の署員がひっきりなしに出入りを繰り返していた。男はその部屋をまるでそんなものが存在しないと言うようにまん前を向いたまま歩き続ける。
 なかなかたどり着かなかったが、エレベータルームを通り過ぎて人気がなくなると男の足取りは急に遅くなった。いくつかの閉まったままの扉。そのどれを開くか迷っているように何度か身を翻した後、その中の真ん中の一番地味な扉を男は開いた。
「おう、来たか」 
 すでに東都警察の制服に着替えていた要。黙っていれば制服が似合う彼女らしく襟に警部補の階級章を光らせている。
「そういえば大丈夫?神前……一応巡査部長扱いでよかったんだな」 
 カウラから誠に巡査部長の階級章が手渡された。
「それにしても……私は似合う?」
 カウラと要が警部補の階級章をつけているのに対し、アイシャのそれは警部のものだった。
「おい、とっちゃん坊や。何でこいつが警部なんだ?」 
 誠をつれてきた男に喧嘩腰で食って掛かる要。誠は止めようと手を伸ばす体勢で話を聞いていた。
「いやあ、僕は事務方だからねえ……」 
「事務屋だと現場のことがわからねえって言う気か?うちでさえ管理部門の大将はアタシ等の行動も把握済みだぞ。なんだか東都警察も……」 
「黙れ、西園寺」 
 カウラが思い切りテーブルを叩く。
「一応、これでも仲がいいんですよ……ねえ?」 
 さすがに要の暴走が予想を超えていたのでフォローを入れるアイシャだが、にらみ合う要とカウラを珍しそうに眺める男の目に浮かんだ軽蔑のまなざし。こう言うことに敏感な要は怒りのようなものを覚えているらしいことは誠にも分かった。
「まあ……とりあえずこちらの部屋を使用してください。それと連絡は杉田と申すものが担当しますので」 
 それだけ言うと男は出て行った。いつもの面々だけになると誠達は部屋の様子を思い思いに見回した。
「用具室か。結構片付いているんだな。うちの部隊とは……」 
「でも人のいるとことじゃないんじゃないの?」 
 カウラは何とか自分を納得させるようにつぶやくがそれをアイシャがぶち壊す。確かに何もなかった。端のほうに書類のダンボールが山積みにされ、とってつけたようにいつのころの時代のものかと聞きたくなる端末が置かれた机と椅子が四つ並んでいる。
 ノックの音がした。
「どうぞ」 
 アイシャが当然のように答える。入ってきたのはかなりくたびれた背広を着た定年間際と思われるやせぎすの男だった。
「杉田さんですね」 
 アイシャの言葉にそれまでの無表情が人懐っこいものへと変わる。
「ええ、まあ」
 杉田の返事に満足げにうなづくアイシャ。要は相変わらず不機嫌そうに周りを見回している。
「ひでえ部屋だな」
「実は……上からの指示でね」 
 杉田氏が口を開くまでもなく誠達はこの惨めな有様が東都警察上層部の意図だと言うことを理解していた。
 同盟厚生局事件。一応外面的にはテロリストによる法術データ強盗事件と言う発表で落ち着いているが、三ヶ月前のその事件は厚生局による違法法術研究の事故が原因であり、その為に東都警察と保安隊が対応に当たったことは司法関係者なら誰もが知っていることだった。
 その時、虎の子の法術対応即応部隊を投入しながら何一つ点数を稼げなかった東都警察が、暴走する実験体を対峙して見せた誠達に明らかに嫉妬していると言う噂は散々聞いていた。
 そして結果が目の前の哀れな現状だった。仕方がないというように顔を怒りで引きつらせながら椅子に座るカウラ。要はもう怒りを通り越して呆れてそのまま窓から外を眺めている。
「空調はちゃんと効くのね」 
 そう言いながらそのまま奥の空調機を確認するアイシャ。誠はただ黙って杉田の顔を眺めていた。
「ご不満でも?」 
 急にそれまでの杉田の柔和な表情が緊張する。一応は東都警察の警察官。しかも見るところベテランであることは間違いない。にらみを利かせるように言われればただ黙って頷くしかない誠。
「……捜査関係の資料は閲覧できるのですか?」 
「当然です。ただし……プロテクトがかかっている部分については……」 
「安心しな。ハッカー吉田は本隊でお寝んねだよ」 
 半分やけになったように要は叫ぶとそのまま近くの席に腰を下ろした。
「それではよろしくお願いします」 
 そう言うと杉田は見放すようにドアを閉めて消えていった。
「予想したよりはかなりましなんじゃないの?」 
 早速端末を起動させながらアイシャがつぶやいた。
「でもなあ」
「西園寺。結果で示せばいい事だ」 
 カウラの言葉に渋々うなづく要。誠はただ不安で一杯になりながら自分の襟に巡査部長の階級章を取り付けていた。



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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 57

「レベッカはどうしたのよ」

 島田達は予想通りのアイシャの言葉にニヤニヤ笑いながら西を見つめる。西は西でただどう答えるかうろたえながら目を白黒させてアイシャを見つめていた。

「その……キム少尉が……」 

「キムがどうしたのよ」 

 アイシャのそのふざけたような表情を見てシャムは西と付き合っているアメリカ海軍からの出向技官であるレベッカ・シンプソン中尉の動向を西に確認するまでもなくアイシャ自身が知っていることを確信した。

「仕事の途中で昼の注文の当番に出たので……」 

「で?」 

 今にも噴出しそうな表情のアイシャ。シャムはひやひやしながら寒風吹きすさぶ中で冷や汗をたらしている西を心配そうに見つめた。

「注文の電話をしたら残りは自分でやるからということで……」

「そこで西君は一緒に弁当とかの仕分けをしたいと言ったら島田先輩に怒られるからって言うのでそのままレベッカを一人正門のところに残して帰ってきたと」 

「知ってたんですか!」 

 急にむきになって叫ぶ西。古参兵達は相変わらずいい気味だというように西をおかずにして飯を食らっていた。

「知ってたも何も正門の目の前は運行部の部屋じゃないの。あれだけ甘ったるい空気を出していれば嫌でも目に付くわよ」 

 アイシャの言葉の意味。すなわち女性ばかりの運行部の面々が二人のやり取りをすべて見物していたという事実に気づいて西の顔が今度は赤く染まった。

「空き弁当の管理をあの子だけに任せたらかわいそうでしょ。行ってあげなさいよ」 

 そう言いながら歩き始めるアイシャ。西も気がついたと言うように弁当を手に取るとそのまま走って正門に向かう。

「アイシャ、本当に意地悪だね」 

「別に意地悪で言ってあげたわけじゃないわよ。……まあおせっかいということならまさにその通りなんだけど」 

 そう言うとそのままあちこちで新入隊員が弁当を食らっているハンガーを歩く。それぞれの出向元の軍の都合で期待を全身に受けて来た者、いらないと弾き飛ばされた者。それぞれの過去は知る由も無いがそれぞれに黙って弁当や麺類のどんぶりを抱えて食事を続けている。

「みんな外で食べれば良いのに」

「寒いじゃないの……まあ空が珍しくない面々にとっては少しでも暖かいこちらで食事をする方が良いんじゃないの」

「そんなものかな」 

「なんならシャムは外で食べる?」 

 アイシャの言葉に黙り込むシャム。それを満足げに見つめるとアイシャは手を振って正門へ向かう技術部長屋の廊下に向かって歩き出した。





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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 12

 ハンガー奥の用具室の中。並んでいるのが源平絵巻の大鎧だという時点ですでにかなりシュールだった。それでも室内の隊員達はまるでそれが当然のことのように神妙な顔つきで作業を続けている。
「目撃者無し。証拠物件も挙がらず……まあ元々期待はしていなかったがな」 
 大鎧の盾を誠に外してもらいながらカウラがつぶやいた。節分の時代祭りでの武者行列。保安隊が設立されてから豊川市の時代行列の源平合戦武者行列は一気に歴史マニアに注目されるイベントになっていた。
 基本的には士官は大鎧で馬に騎乗し、下士官以下は腹巻姿でそれに従う。
 しかし、馬との相性が最悪のカウラは他の士官達が最低でも隊から貸し出した胴丸を着た乗馬クラブの係員に引いてもらいながらよたよたと騎乗を続ける中。去年は一人重そうな大鎧を着こんで一人歩いて行進していたと言う。今日のグラウンド一周の練習の時も嵯峨の顔で借りた乗馬クラブの馬との相性の悪さを再確認させるようにそもそも馬の轡に触れることすら出来ないで少し落ち込んでいるように見えた。
 すでに自分で緋糸縅(ひいとおどし)の西園寺家伝来の縁の大鎧を脱ぎ終えて狩衣姿の要が扇子を翻しながらカウラを冷やかすタイミングを計っていた。
 わいわいと年に一度のイベントと言うことでお互いの胴丸姿を写真に撮り合っていた警備部の金髪の隊員達。さすがに飽きが来て部屋の隅で鎧をしまっている運行部の女性陣の手伝いを始めて視界が開ける。すると要の表情は一気に呆れたようなものに変わる。
「それにしても……アイシャ」 
 扇子を懐に収めると要が大きくため息をつく。その目の前には他の隊員とはまるで違う鎧姿のアイシャがいた。
「なに?要ちゃん」 
「その鎧やっぱおかしいだろ?おかしいと思わないのか?」 
「いいじゃないの。これは私の私物なんだから」 
 そう言って鉄でできた胴を外すアイシャ。彼女だけは戦国末期の当世具足姿だった。剣術道場の息子で多少そういう知識もある誠も違和感を感じはするが、どうせアイシャに何を言っても無駄なのは分かっているのでただ黙ってカウラが鎧を脱ぐのを手伝っていた。
「そう言えばシャムは?」 
 要は床机に腰をかけて一月の寒さを身に受けながらも平然と扇を弄っている吉田に声をかけた。
「あいつか?馬の世話だよ。それにしてもなんだ……お前等の追っている事件」 
「別に追ってるわけじゃねえよ」
「なら気にならないわけだな」
 そっけなく言うと吉田は立ち上がった。
「いや……アタシ等の担当じゃねえけどさ。気になるじゃねえの。他人の能力で相撲を取る卑怯者……うちは法術とは因縁があるしさ……何か知っているのか?」 
 明らかに素直さに欠けるいつもの要の姿を見ると満足したように吉田は再び床にどっかりと腰を下ろす。
「なあに、今回の事件の情報に関しちゃ俺の知ってることと茜のお嬢さんの知ってることの差なんてほとんど無いよ。ただ……」 
「ただ?」 
 もったいぶった吉田の態度に誠に背中の紐を緩めてもらうために身動きできないカウラ。彼女もいらいらしながら吉田に話を促すような相槌をいれた。
「こう言うイカレタ連中を相手にしてきた経験が長い者から言わせて貰うとだ。急に犯行の場所が飛んだことにはそれなりの理由があるはず……と考えるのが自然だな。犯人の拠点が東都西部に移った……たまたまこちらに来て悪戯の虫が騒いだとしてこちらに来る特別な何かの理由があるのか……」 
「吉田少佐。もしかして住民認定の記録を全部見たんですか?」 
 呆れたように口を挟んだ誠に頷く吉田。
「でもなあ……法術関係の資料は極秘扱いだ。俺でも簡単には開けない。そこで法術特捜の名前で捜査令状を……」 
「無茶をおっしゃらないでいただけます?」 
 そこにはいつの間にか鎧兜の並んだ部屋にふさわしいような和服姿の茜が立っていた。
「あっお嬢さんいらしたんですか?」
 吉田は胡坐の姿勢からさっと立ち上がると平安武者の臣下よろしくさっと片膝をついて茜に伺候する。 
「吉田少佐。そんなに卑屈にならないでいただけます?」 
 いつものように優雅に空いた丸椅子に腰掛ける。当然のようにその隣には荷物を持ったラーナが立っている。
「卑屈にもなりますよ……捜査に関しては嵯峨のオヤジさんが助けを呼ぶまで手を出すなって言われてますし」 
「じゃあさっきの話だとすでに手を出しているみたいですわよね」 
 いつもの氷のような流し目で吉田を一瞥して黙らせるところは茜の父が遼州一の悪党と呼ばれる嵯峨惟基であることを再確認させた。冷たく澄んでいてそれでいて見ているものを不安にする何を考えているのか読めない見せ掛けのような微笑を作る技。誠はいつ見てもその表情の作り方に親子の面影を見て感心させられていた。
「法術絡み。特に調査がほとんど及んでいない能力を持った馬鹿が相手だぜ?多少法の目をくぐって無茶をしてもさっさとあぶりだすのは得策じゃねえのか?今は人死にが出ていないんだ。そのうち暴走してどうなることやら……」 
 要の言葉には誠もカウラも頷くしかなかった。
「でもそうなれば東都警察は面目丸つぶれよね。またマスコミからうちの暴走を止められずにそれどころか手柄まで持ってかれたなんて……。まあ、『税金泥棒』の称号がうちから東都警察に移るのは結構なお話だけど……」 
 鉄製の重い胴を外して伸びをしながらのアイシャの言葉。誠はやはり自分が組織人であることを再確認した。
「よくわかっているじゃねーか」 
 そう言って歩いてきたのはすでに勤務服に着替えを終えて半分笑顔を浮かべているランだった。
「今回は多少は東都警察に活躍してもらわなきゃなんねーんだ。きついぞ、人に手柄を取らせるってのは」 
 頭を掻きながら部屋の隅の折りたたみ椅子を小さな体で運んでくるラン。
「クバルカ中佐!お願いがあるんですが!」 
「アイシャ……萌えたから抱きしめさせてくれってーことならお断りだかんな」 
 アイシャを警戒するような瞳で見つめるラン。それをみてカウラが噴出しそうになる。
「信用無いですねえ。私」 
「まあいつものことだからな」 
 そう言いながら要は小手を外す作業に取り掛かった。
「それよりクラウゼ。お願いはどーした?」 
 ようやく話を戻そうとしたラン。しばらくアイシャは話を振られたことを気づかないように突っ立っていた。
「早く話せよ。くだらねー話ならぶん殴ってやるから」 
 指を鳴らしながら小さなランがすごんで見せる。誠から見てもその光景はかなり滑稽だった。ランの身長は128cm。一方のアイシャは180cmに近い。小学生がプロスポーツ選手を脅迫しているようにしか見えない。つい笑いがこみ上げてくる。
「私達を派遣してくれませんか?豊川署に」 
『は?』 
 時が止まったようだった。誰もがアイシャの言葉の意味を理解できずにいた。ただ一人吉田は納得したように頷いている。
「あれか。法術関係捜査の実績はあるからな。その経験を生かしての助っ人と言うことなら……受け入れてくれるかもしれないねえ」 
 吉田の言葉にようやく全員がアイシャの意図に気づく。そしてその視線は自然と法術特捜の全権を握る茜へと向けられた。
 茜は襟元に手をやりしばらく考えていた。
「別にはったりじゃないですし……実績ならありますよ。厚生局事件の報告書は豊川署でも閲覧できるはずですから」
 アイシャの言葉に小首をかしげて考えにふける茜。その肩をランがぽんと叩いた。
「アタシは無理だが……クラウゼにベルガーに西園寺に……神前。これで十分だな」 
「え?島田君達は?」 
 そんなアイシャの言葉に首を振るラン。彼女も一応この部隊の主である技術部部長、許明華大佐の部下に隊を離れる命令は出せないことは誰にも分かっていた。
「お前等経由なら色々情報も豊川署に流してやれるし……あちらも所轄の玉石混交とはいえそれなりに膨大な資料を扱っているんだ。俺等の知らないことも知ってるはずだしな」 
 なんとも他人事のように吉田はそう言うと立ち上がった。
「いいんですか?隊長の許可は……」 
 カウラの言葉ににんまりと笑うラン。その笑顔は頼もしく『アタシに任せろ!』と太鼓判を押しているとこの場の誰もが思っていた。彼女はそのまま何も言わずに満足げに頷くと足袋を脱げないでいるカウラの足に手を伸ばした。
「おい、ちょっと足を上げろ」
 いきなり手を出されて驚いたカウラはランに言われるままに足を上げた。そしてそのまま椅子の横棒に載せた右足の旅をとめている紐を緩め始めるラン。
「実は……おやっさんから言われててな。今回の件。誰か志願する奴がいれば捜査に当たらせてやれってよー」 
 器用に紐を解いていく小さなランの姿を見ながらアイシャが少しだけ目を潤ませていた。
「ランちゃん……」 
「おやっさんのお考えだ。それと今アタシのことを抱きしめてみろ……ぶっとばすからな」 
 そう言われるとアイシャはがっくりとうつむいてしまう。それを見ながら黙々と作業を続けてワイシャツに袖を通している要が大きく頷いていた。
「まあ叔父貴だからな……裏で何を考えているのやら……まあアタシも今度の事件の馬鹿野郎には着物代を弁償してもらわないといけねえからな」
「要ちゃんも手伝ってくれるの?」
 目を潤ませて手を合わせるアイシャ。要は思わず引き気味にうなづくとそのまま無視してランに目を向けた。
「で、現在の豊川署の捜査担当の部署は?」 
「あそこは捜査二課だそうだ。しかも専従捜査官はいねーそうだ……危機感があるのかねーのか……当日は相当な騒ぎだったみてーじゃねーか?」 
 ランは顔を上げて要達を満足げに見上げる。そしてカウラの右足の足袋を脱がせると今度は左足に取り掛かる。そしてそんなランの言葉に予想通りだというように要は口笛で応じた。
「大山鳴動して軽犯罪ですか……まああれから連続して小火騒ぎがあれば本庁から捜査官でも派遣されたんでしょうが……法術の違法発動だけならそんな感じですよね」 
 誠も胴丸や上半身の小手などを自分でとって足袋を脱ぎ始める。その様子を確認するとランはそのままカウラの左足の足袋を脱がせた。
「まあそんなところだ。危機感が足りねーんだろうな。この前はあれほど大騒ぎしたのに被害が小さければなかったことにする。まったくお役所仕事って奴さ」 
「アタシ等もお役所ジャン」 
「くだらねーことやってねーで早く着替えろ!」 
 ランの言葉に舌を出すと要はすばやく鎧の胴を元の箱に戻した。
「でもさっきの派遣任務の話は本当と受け取っていいんですよね」 
「当たりめーだろ?くだらねーこと言ってねーで着替えろ!」 
 ランの怒鳴り声に一斉に隊員達は着ている鎧を脱ぎ始める。誠も自分の胴丸の背中に手を伸ばしながらこれからの任務に緊張の気持ちを隠すことが出来ずに引きつった表情を浮かべながら結び目の紐を捜した。






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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 56

「ナンバルゲニア中尉!……とクラウゼ少佐?」 

「島田君……なんで私のところだけテンション下がるの?」 

 M10の前で車座になって弁当を食べている整備員の中で一人工具入れを椅子代わりにして座っていた島田の顔が若干困ったような様子になった。

「クラウゼ少佐、こいつを苛めないでくださいよ。一応整備班長としての威厳という奴があるんですから」 

 巨大なアサルト・モジュールがしゃべっているようなバリトンがハンガーに響いた。思わずアイシャとシャムは静かにたたずんでいるM10に目を向ける。そこには巨大な丸い塊が動いているのが見えた。

「エンゲルバーグ中尉……」 

「ヨハン・シュぺルターです!」 

 大きな塊の上の肉の塊に張り付いた眼鏡がぴくぴく動きながら反論する。保安隊技術部法術関連技術主任、ヨハン・シュぺルター中尉。その七・三分けの金髪をハンガーの中を流れていく風になびかせながらゆっくりとシャム達に近づいてくる。

「そう言えばエンゲルバー……」 

「シュぺルターです!飯は食いました!」 

 アイシャの冗談に機先を制するとそのまま大きすぎる体を左右に振りながらよたよたと技術部の詰め所に向かい歩き出す。

「何やってたの?あの人?」 

「ああ、岡部中尉の二番機につけた法術ブースターの記録データを取りに来たとか言ってましたよ」 

「ふーん」 

 島田の答えになんだか納得しきれていないような調子でアイシャがうなづく。それにあわせるようにシャムも意味もなくうなづいた。

「それにしても……まだ昼になって20分経ってないじゃないの」 

「ああ、あの人の早食いは昔からですから」

「そうだよね、シャムもびっくりの早食い!」 

 シャムの滑稽な態度に島田の部下の古参兵達は満面の笑みで笑い始めた。

「西君!」 

「はい!」 

 下座で弁当のヘリについた米粒をつついていた西にアイシャが声をかける。その調子がいつものいたずらを仕掛ける時特有の色を帯びていたので周りの古参兵や島田達はニヤニヤ笑いながら少し青ざめた調子の西の顔を見つめていた。





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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 11

 水島勉はようやく部屋にたどり着いてコタツにもぐりこむと大きくため息をついた。そして自分が何をしたのかようやく分かってきて沸いてくる笑顔がとめることができなくなっていた。
「法術師……悪くないな」 
 久しぶりの自分の笑顔になんだか楽しくなってくるのが分かる。
 半年前。会社を突然解雇された。理由は半月前に社で強制的に受けさせられた法術特性が陽性だったからだった。組合に入っていた同僚達はそのまま団体交渉に入ったが、組合というもののアレルギーを持っていた彼は一人で退職して半年間は寮に居住できるという条件と割り増しの退職金の支給という条件でで満足した。そのときは少しばかり高い退職金にすっかり得をした気分でうきうきしていたことを今でも思い出すことが出来る。
 しかし、退職手続きを終えてから急に区民会館に呼び出されて行われた検査の後で様相は変わり始めた。実際後で聞いてみれば自分の反応は他の法術師の反応とは違うということだった。なんでも空間に介入して時間軸や状態を変性させる能力や思考を読み取ったりする能力があるという話だが、彼にはそんな能力があるわけではない。その結果が社に伝わると退職金の半額の返納請求書と見たことも無い書類とそれに押された自分の実印を目にすることになった。書類の内容は寮からの一週間以内の退去に同意しているので荷物をまとめて出て行けという内容だった。
 怒りは無かった。ただ頭の中が白くなったのを今でも覚えている。退職をほとんど当たり前だと言う調子で告げた上司もさすがにこの決定にはばつが悪かったらしく、彼の友人が経営している湾岸地区のアパートに三ヶ月だけ住まわせてくれると言う約束を取り付けて急いでそこに移った。
 職業安定所に行く気にはならず、有料職業紹介の会社に何度か連絡を入れたがすべて門前払いを受けた。手元の退職金はそれなりの額がある。町工場を経営していた父の残した遺産もある程度あり数年は食うに困らないのは分かっていた。
 焦る気持ちと諦めかけた気持ちを切り替えようと工事の騒音が響くアパートの一室で水島は学生時代の教科書を引っ張り出して法律の勉強を始めた。
 再就職を諦めたのは正解だったと水島は思っている。
 実際、その後もネットや人材業界の友人に仕事を貰おうと電話をかけてようやく今の自分の現状が見えてきた。法術師を歓迎しているのは軍と警察くらい。どちらも年齢制限で彼が応募できるわけも無かった。それ以前に人事一筋の彼が犯罪者相手に渡り合えるなどとは自分でも思っていなかった。そんな彼にも転機が来た。
 いつものように彼は勉強の疲れを癒そうとコンビニに入りビールを買うとそのまま会計をしようとレジへ向かった。湾岸地区はあまり治安がいいとはいえない。事実その時どう見ても堅気には見えない若者が勢いよく扉を開けて入ってきた。その時だった。いつもなら目を合わせることすらできずにレジで硬くなっている自分が何かを脳で感じた。
 まさに脳で感じたという状態だった。いつものように秋になったばかりの蒸れた空気の中の昼過ぎのコンビニには工事現場の作業員が並んで雑誌を読む姿があった。釣りを受け取りながらその群れに目をやると紫色のニッカポッカの若い男に目が集まった。
『なんだ?』 
 水島はしばらくなんでその男から目が離せないのか理由が分からなかった。髭面で焼けた肌だがどちらかと言うとその日焼けは仕事でついたと言うよりもその荒れた茶色い髪が意味するようにマリンスポーツでも楽しんだ結果の日焼けのように見えた。
『なんで俺はアイツを見ているんだ?』 
 再び自分に尋ねてみた。理性では理解できないがその男が他の作業員達とは明らかに違う何かを持っている。自分の中の何かがそうこたえている気がした。
『……嘘ばっかじゃねえか。パチンコは根気。一万二万で大当たり?無理無理!……』
 突然自分の中で他人の声がした。水島は受け取った小銭を落としかける。店員は慌ててそのコインを拾うと再び水島の手に乗せようとしている。だがそんなことは水島にはどうでもいいことだった。
『何かあるんじゃないか?君には……』
 心でつぶやく。その瞬間茶色い紙を振り乱し雑誌を手に左右を見回す男。店員の不審そうな視線もその時の水島には気になるはずも無かった。
『気持ち悪りい……なんだ?声がしたけど……先輩かな?』
 男の思いが読めたと分かった瞬間。水島の頭の中に何かが引っかかるのが分かった。
 周りの男達と自分が心を読んでいる男との決定的な違いはその引っかかりだ。理由も無く水島はそう確信していた。そして心の中で叫んだ。
『はじけろ』
 彼にとってはそれだけだったが、次の瞬間に起きた出来事は水島の予想を超えたものだった。
 紫色のニッカポッカの男の髭が火で覆われた。何が起きたか分からないというように呆然としたあと、男はそのまま顔を抑えてのた打ち回り始めた。明らかに何も火の無いところから火が回り転げまわる男。
 助けを呼ぶ仲間、レジから飛び出していく店員。その様子を驚き呆れて見つめるだけの他の作業員。そんな中水島はただ一部始終を眺めていた。
 消化器を持ち出した店員が薬剤を男に噴射して何とか火は収まった。そしてその様子を見ていた客はそれぞれに手にしていた端末などで連絡を取り始めた。その混乱にまぎれて店を出る水島。
 誰も自分の知らない力がこの騒動を引き起こしたことなど気づいていない。
『俺の力なのか?これが法術なのか?』 
 心の中でそう思いながら店から出て歩き出す水島。気づくと自分の顔に久しぶりの笑いがあることに気がつく。法術適正があるが何の能力も無い。そんな思い込みがその瞬間から変わっていくのを水島は感じていた。
 それからと言うもの同じように水島の心の中に『引っかかる』何かを持つものが山といることが分かってきた。街を歩けばそんな『引っかかり』、世に言う『法術』の使い方も分からずに力を持ち腐れさせている多数の人間に出会う。そして何度かその能力を使ってやるうちに、そんな自分の行為が自分に与えられた義務ではないかと思い始めていた。パイロキネシストがいれば近くのごみ置き場に火をつけてやった。空間干渉能力があれば近くの立ち木を切断して見せてやった。
『みんな色々できるんだぜ……俺達を見限った連中に一泡吹かせるくらい楽なもんだ』 
 にやける頬を引き締めながら水島はいつも思っていた。
 この世界は力の無いのと力のあるものがいるというのは不完全な認識だと彼は考え始めた。
『力があっても使わなければ意味が無い』 
 そう言う訳で司法大学院の勉強の傍ら町を徘徊して彼等の力を使った。小さな小火で十分だった。ちょっとした車のタイヤを割ることで納得できた。
 この世界が法術師を生んだのならそれにふさわしい待遇が必要になるはずだ。能力の上に眠るものに何の権利も無い。そう思いながら日々散歩を繰り返していた。
 ただ最近は警察の目が気になり始めていたところだった。司法試験を目指すだけあって警察が単純に能力者の摘発だけをしているうちは安心できた。
 正月前、テレパシー能力のある暇そうな警邏隊員の思考を読み取ってみれば『法術機動隊』だの『法術特捜』だのという単語が浮かんでいるのに気がついた。
 例の法術と言う存在を知らしめた外惑星での軍事衝突以降の法術の認知の広がり。それを考えると水島も法術の研究が自分の思う以上に進んできていることを実感していた。恐らくこのまま行けば自分の能力が特定されてきても不思議ではない。瞬間的な恐怖が水島を支配した。だが今のささやかな楽しみと化している通行人の『能力の解放と言うボランティア活動』は麻薬のように水島を虜にしていてもう止めることができなかった。
 幸い水島は豊川市の司法大学院に入学することができた。これで田舎の自分の力を知らない連中だけを相手にすれば良いとなると気が楽だった。
『さて、次は何をしようか』 
 部屋の中で大の字に寝転び天井を見上げながら湧き出す笑顔に耐え続ける。
『そう言えば豊川といえば保安隊……法術を最初に使った空気の読めない馬鹿がいたな』 
 そんなことを思い出すと近くに寄ってみたいというような酔狂な気分になる水島だった。
『きっといろんな力が眠っているんだろうな。待ってろよ。起こしてやる。これ以上無い位はっきりとな』 
 笑いの堰は切れてそのまま水島は声を張り上げて部屋の中で笑い転げた。




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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 55

「それじゃあ私達も……」 

「そうね、シャムちゃん!ガンケースとって!」 

 アイシャに言われたシャムはすばやくアイシャのガンケースを手に取るとそのまま射場の入り口に立った。

「それにしても寒くない?」 

 外套を着込んだアイシャに比べてシャムは勤務服のまんま。さすがにアイシャに言われて再び冷たい北風が体に堪えてくる。

「急ぎましょ!」 

 アイシャはそう言うと小走りに土塁の間を抜けて走っていく。シャムもまたガンベルトの銃と手にした弾を確認するとその後ろを走った。

「お疲れ様です!」 

 ハンガーの前のグラウンドにはすでに警備部の古参兵の面々の姿は無いが、シートを広げて弁当の準備をしている新兵達の姿があった。

「え?こんなところで食べるの?」 

 シャムの問いに逆に珍しそうな顔で見つめ返してくる。つなぎの襟には兵長の階級章をつけておりどちらかといえば小柄で見た感じ第四惑星『胡州帝国』の出身者のように見えた。

「はあ、自分はこういう青い空が珍しいもので……」 

 そう言う青年の後ろで同じく兵長の階級章の長身の男が隣の工場の生協の弁当を抱えて歩いている。

「やっぱりみんな胡州出身?」 

「いえ、俺と皆川は胡州ですが……パクは大麗だし……カールはゲルパルト……」 

「俺は外惑星同盟です!」 

 長身の男の後ろについてきた赤毛の彫りの深い上等兵がそう答えた。

「やっぱりコロニー出身者には珍しいんだね」 

「そうよ。私も初めて青い空を見たときは本当に驚いたもの」 

 立ち止まってシャムと兵士の会話を聞いていたアイシャがそう言って空を見上げる。雲ひとつ無い空。北風は吹くものの日向はぽかぽかと暖かく感じられた。

「いろんなところがあるんだね」 

 シャムから解放された上等兵が自分の弁当に手を伸ばすのを見ながらシャムはハンガーの巨大な扉の中に入った。





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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 54

「うるせえ」

 搾り出すような要の声の後に銃声が連続して続く。的確に頭部に着弾する弾丸。そのまま全弾撃ち切ってスライドストップがかかりアイシャは銃を置いた。

「そう言えばシャムちゃん」 

「なに?」 

 突然話題を向けられてシャムは素っ頓狂に答えた。紺色の髪の下の調った目元からいたずらっ子のような目がじっとシャムを見つめている。

「要を呼びに来たんじゃないの?」 

「あ!」 

 アイシャの声に驚いてシャムは時計を見た。あと数分で12時。

「そうだ、要ちゃん。お昼だよ」 

「あのなあ、餓鬼か?アタシは」 

 そう言うと要はそのままテーブルの上に並んだマガジンを乱雑にアルミケースに放り込み始めた。アイシャは満足げに銃から空のマガジンを抜くと静かにガンケースにそれを収める。

「そう言えばカウラも出てきていたわよ」 

 アイシャの何気ない一言が一瞬だけサイボーグに寂しげな笑みを浮かべさせたが、要はそのまま銃をガンケースにしまうと何事も無かったように立ち上がった。

「じゃあ行くから」 

 そう言ってそのまま要は黙って射場から立ち去ろうとする。そんな要に思わずアイシャは肩をすくめていた。

「素直じゃないのね」 

 シャムはそんなアイシャの言葉に冷やりとした。売り言葉に鉄拳制裁。要ならそのまま荷物を捨てて殴りかかる。そう思って間に飛び出そうとしたシャムだが、要はまるで無視してそのまま射場の脇の荷物置き場にあるゴミ箱を軽く殴っただけでそのままシャム達の視界から消えていた。

「本当に大人気ないんだから」 

 アイシャはそう言うとガンケースをレンジのテーブルに置いたまま要が殴った分厚い鉄板で出来たゴミ箱のところまで走り寄るとその表面を撫でた。シャムのところから見ても明らかにへこんでいるのが見て取れた。

「でも進歩したんじゃないかな……」 

「まあうちでは問題児扱いされない程度にはなったわね。他の部隊じゃどうか知らないけど」 

 そう言うとアイシャはゴミ箱の隣で大きく伸びをした。





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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 10


「豊川警察署か……島田君がいたら逃げ出すわね」 
 自分のピンク色の髪をなでながらパーラは後部座席に乗り込む誠達を見ていたがその目は笑ってはいなかった。バイク乗りで何度か免許停止を食らっている島田。そんな他人のことでも口に出さなければ疲れて帰ってきたところにいきなり呼び出されてこんなところまで車を走らされたことに怒りが爆発しそうなんだろう。明らかに人造人間と分かるその髪の色の持ち主のいつものさわやかな笑顔が誠にはどうにもそんな感情を押し殺したもののように見えた。
 そんなパーラの思いなど関係ない。そう言いきる様にアイシャは済ました顔で助手席に乗り込んだ。運転席の後ろには茜、付き合うようにランとカウラが乗り込んだ。誠は要に三列目のシートの奥に押し込まれる。
「別に交通課に私達はお話がある訳ではないですもの。これもお仕事。割り切ってもらわないといけないですわね」
 パーラの言葉の意味も知らずに運転席の後ろのシートで茜がつぶやくのにアイシャが大きくうなづく。しかしそんな茜のパーラや隊の日常を知らない一言のおかげで、誠達はこれが尋常ではない何かが起きているのではないかという事実に気づいた。
「お仕事……?私達が豊川警察署に向かうってことは例の他人の法術能力を使って悪さをする暇人が何かこの近辺でやらかしたとか?」 
 アイシャの問いに答えずにそのまま前を向いてしまう茜。そしてカウラがシートベルトを締めるのを確認するとパーラはゆっくりと車を出した。
「ちゃんとベルトはしてくださいね」 
 そう言った相手が要なのは誠もすぐに分かった。いそいそと要がシートベルトを締める。
「何をしたんですか?……いいえ、何が起きたんですか」 
 カウラの問いに一度ためらった後、茜は口を開いた。
「今度は時空間制御系の操作ですわ。能力者は70代の女性。自転車で走っていたところで急に自転車が加速しているように感じられて下りてみたら時間がずれていて転倒って話よ」
 聞いてみればあまりに小さな事件だった。確かに東都警察にとっては『こんな程度』の事件なのだろう。誠が横を見れば要は明らかに事件の小ささに不満げな表情を浮かべている。しかしそれが法術を使ったものだと言うことで自分も法術師である誠の酔いはすでに醒めていた。 
「なんだよ婆さんが転んで怪我でもしたのか?それでも事件かよ」 
 我慢できなかったと言うように要がそうはき捨てるように口走った。一瞬その言葉に茜は身を翻して要をにらみつけた。それは先ほどあれほどウォッカを飲み続けていた人物と同じものとは思えない。誠は横で見ていてその視線に背筋が凍るのを感じた。
 そんな茜の恫喝に平然の嘲笑で答える要。茜はあきれ果てたと言うように前を向いてしまう。パーラはそんな車内のごたごたに関係したくないというように警察署に続く大通りへと大型の四輪駆動車を進めた。
「一応法術の発動に許可が必要になったのは皆さんもご存知ですわよね。神前曹長!」 
「はい!」 
 同い年とはいえ一方は司法局のエリート。誠は士官候補生崩れの新米下士官。呼ばれたら答えるしかなかった。
「法術の発動は市街地では自衛的措置以外は原則として全面禁止。違反した場合には30万円以下の罰金か6ヶ月以下の懲役が科せられます!」 
「……ということですわね。もし演操術系の法術師の介入が認められなかったら罪も無い哀れなお婆さんが無実の罪に服することになるわけだけど……。どうやら要さんはそんなことはご自分には関係ないとおっしゃりたいわけね?」 
 先ほどあれほど飲んでいたのが不思議に思えるくらい平然と茜はそう言って振り返った。
「……別に……アタシは……そんなことを言いたいわけじゃ」 
 口ごもる要。茜は自分の理屈での勝利に満足することなく大通りの左右に目をやった。市役所を越えればそこは警察署の中庭。深夜だと言うのに機動隊が入り口を固めて、その三階建ての見慣れたビルは一瞬城砦のようにも見えないことは無かった。
「厳戒態勢だな……やりすぎじゃ無いのか?」
 正門からパトランプを点灯させて走り出すパトカーを見ながら要がそうつぶやいた。誠もその意見には同感だった。そのまま二台のパトカーをやり過ごして正門を通れば早速警棒を持った警察官に止められた。仕方なくパーラは窓を開いた。
「済みませんが……どちらの……うわっ!」 
 窓に突っ込んできた警官は思わず車内のアルコールのにおいに驚いたようにのけぞった。
「ああ、私は飲んでませんから!」 
「そんなことよりも……これ、身分証」 
 厄介者を見つけたという表情の警官に茜が身分証を差し出す。その中を見るとすぐに警官は身じまいを整えて敬礼した。
「失礼しました!そちらの奥が空いています!」 
「有難う」 
 警官の態度の豹変に楽しそうな顔をしながら茜は着物の襟元を調える。誠が振り返れば先ほどの警官が同僚になにやら耳打ちしているのが見えた。
「法術師一人に機動隊を全員召集か?過剰反応だな」 
「うちが鈍感なだけよ。結構法術に対する誤解はあっちこっちであるものなのよ。たぶんここの署長はこの面々でも足りないと思ったから渋々茜さんの所に連絡してきたんじゃないかしら」 
 カウラの言葉をアイシャがたしなめた。誠もこの警察署の対応がある意味今の東和を象徴しているような気分になってきた。法術は意識を介して発動する力だと言うことは訓練でさんざん叩き込まれてきた。自分が力があることを意識すること。それがあって初めて法術は発動する。決して恐れるような類では無い。でも力を持たない人には力を使える可能性があること自体が脅威に感じられる。そんな力を持たない人々の数の暴力を正門の前に整列する機動隊の中に誠は見ていた。
「はい、到着」 
 署長の公用車らしい大型乗用車の隣に車を滑り込ませたパーラ。その一言に早速二番目の席のランとカウラが飛び出していく。続いて静かに反対側のドアを開いて茜も車を降りて署の建物に向かう。
「元気だねえ」 
 そう言いながら要はカウラが座っていた二列目の席を倒すと目の前のなかなかドアを開けようとしないアイシャの後頭部を小突いた。
「何するのよ!痛いじゃないの!」
「そりゃそうだ。痛くしてるんだからな」 
 いつもの要とアイシャの小競り合いに苦笑いを浮かべながら誠は仕方なく茜の座っていたシートを倒して反対側のドアから外へ出た。夜だというのに警察署の明かりはかなり煌煌と夜の空を照らしていた。
「それじゃあ行きましょう」 
 着物の袖を気にしながら助手席から降りた茜の案内で誠達は署の建物に向かう。
「何度も言うけどさ、婆さんがひっくり返って軽い怪我をしただけでこの始末か?」 
「彼等にとっては法術と言うのは未知の存在だからな」 
 カウラの言葉を聞き流すように要は一人入り口で立ち止まった。
「アタシはタバコを吸っているから先行ってろよ」 
「仕方ないですわね」 
 いつものことなので慣れているというように茜はそのまま入り口の戸を押して署に入る。
「法術特捜の方ですか?」 
 茜の紺色の落ち着いた風情の和服。確かにこの姿は一目見れば誰でも記憶に残るものだ。入り口でのアルコール臭吹きかけ騒動も報告済みのようで、すぐに警部の階級章をつけた初老の捜査官が声をかけてきた。要以外は全員が170センチ以上の長身の女性の集団である。しかも島田が免許取り消しになった時などに顔を出していたのでアイシャやパーラあたりの顔はそれなりに知られているようで周りの署員は驚いた様子も無くこの奇妙な集団を無視してそれぞれの持ち場へと歩み去っていく。
「それにしてもお早いお着きで。しかも保安隊の方も同行されるとは」
 明らかに下手に出てやると言う慇懃無礼な態度に、誠は要がこの場にいないことにほっとしていた。
「この様子はちょっと意外ですわね」 
「なあに。ようやく東都警察も法術に関するノウハウを得たのですからこれからは反転攻勢に転じますよ」 
 明らかにこちらを舐めているような態度にカウラが頬をひきつらせている。
「どうせ特殊法術部隊の受け売りじゃないの。当てにしていいのかしらねえ」 
 小声でアイシャが陰口をつぶやくのも誠が見ても当然の話だった。
「ウォホン!」 
 初老の警部の咳払いに陰口をやめたアイシャだが、その目は完全に東都警察には法術師関連の事件捜査はできないと決め付けるような生温かい目だった。
「じゃあわたくしにも見せていただけませんでしょうか?実地の検分等は済ませたんですわよね?」 
 茜が口を開くが猛烈なアルコール臭に警部は眉をひそめる。
「それはしらふに戻ってからのほうが……」 
「これくらいはたしなむ程度ですの。それにこういう事件は初動捜査が犯人逮捕の鍵と言うのが信念ですから」 
 そう言うと茜はそのまま捜査官達がたむろしている階段へ向かおうとする。必死になって警部が止める。
「その……酔いが醒めるまで……少し仮眠を取ってから……」 
 慌ててしがみつこうとする警部の手が袖にかかるのを嫌うように茜は身を翻した。
「そうですわね。お酒が入っているのは事実ですものね。それじゃあ明日早朝にはお伺いしたいので資料などをそろえておいていただけません?」
 明らかに茜は狙っていた。誠はそう確認した。法術犯罪解決の手柄が欲しい東都警察がすんなり資料を渡さないのは彼女も経験で知っているのだろう。 
「ええ、揃えますから!ですから!」 
 土下座でもしかねない相手に軽く笑みをこぼすと茜は呆然と突っ立っている誠達の所にやってくる。
「ベルガー大尉」 
「は?」 
「お部屋に泊めていただけません?」 
 突然の茜の申し出にぽかんと立ち尽くすカウラ。そしてその横ではニヤニヤ笑っている要とアイシャの姿があった。
「自分はかまいませんが……寮は狭いですよ。妹さんのお部屋はかなり……」 
「あの子は駄目。知っているでしょ?あの子の性癖」 
 大きくため息をつく茜。そこにタバコを吸い終えた要が飛び込んできた。
「おい、行かないのか?おう、そこのおっちゃん捜査本部は知らねえかな?」 
 態度のでかい要に先ほどまで下手に出ていた警部が急に姿勢を正して要をにらみつけた。
「西園寺!テメー!」 
「痛え!」 
 ランが思い切り要の左足のつま先を踏みしめた。そのまま要はうずくまる。
「ああ、こいつが酔っ払いです」 
「つれて帰るので、資料をよろしく」 
 アイシャとカウラがそのまま立ち上がろうとする要を羽交い絞めにして引きずって警察署の玄関まで連れ出した。
「何だよ!アタシが何か……」 
 二人を振りほどいて体勢を立て直そうとする要の顔の前には茜の顔があった。明らかに不機嫌なそれ。ようやく要は自分が何かへまをしたらしいことに気づいて頭を掻きながらさっさとパーラの車に向かった。
「ともかく、ベルガー大尉。よろしく」 
 今度は打って変わってのお嬢様の笑顔。カウラは仕方なく笑みを浮かべてそれに応えることしか出来なかった。





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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 53

「来たよ……やっぱ」 

 そう言うと要は二本目のマガジンの給弾を止めて立ち上がると銃口をボロボロのターゲットへと向ける。シャムがさっきまで要が見ていた視線のあたりに目を向けるとアイシャがガンケースを抱えて近づいてきていた。

「やってるわね」 

 にっこりとシャムに微笑むと彼女の後ろを回り要の隣のレンジにアイシャはケースを置いた。

「なんでそこにいる?」 

「要ちゃんと私の仲じゃないの」 

 そう言うと紺色の長い髪を掻きあげてそのまま手を置いたケースに伸ばす。箱の中にはごつごつしたスライドが特徴的なアイシャの愛銃H&KUSPピストルが横たわっている。

「まだ月の半ばだろ?必須射撃訓練の弾数の帳尻を合わせるにはまだ早いんじゃないのか?」 

 要はぶっきらぼうにそう言って引き金を絞る。薬室に弾を入れていない以上、引き金を引いても弾は出ない。

「何慌ててるの?……ははーん、私の噂話でもしてたわね」 

 アイシャはいかにも言い当てて満足だというような笑みを浮かべると静かにマガジンを銃に叩き込みスライドを引いて手元のスイッチを操作する。

 目の前に新品のターゲットが立ち上がる。そしてその動きが止まった瞬間、アイシャの銃が火を噴いた。正確に東部に二発の弾丸が命中したのがわかる。続いて心臓、そして再び頭部に一発。アイシャはそこまで撃ったところで満足げに銃を降ろした。

「別に何を話そうと私は良いけど。シャムちゃんには変なこと吹き込まないでよね」 

「なんだよ、アタシがいつもろくでもないことをシャムに言っているみてえじゃねえか」

「あら?違うの?」 

「それはテメエだろ?いつも下らない漫画の話ばっかりしや……」 

 突然要の言葉が途切れたのでシャムは不思議そうに要の顔を覗き込んだ。何か思いついた途端に悲しくなった。そんなことを考えているような泳ぎがちな瞳がそこには浮かんでいた。

「仕事の話題だけじゃ飽きられるわよー」 

 そう言うとアイシャは再び銃口をターゲットへと向けた。





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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 52

「神前の奴……やっぱりカウラが好きなのかな」

「嫌いじゃないんじゃないの?」 

 シャムですら予想された範疇の質問に思わず苦笑いを浮かべた要は静かにまた弾をマガジンに込める。もうすでに限界に近いらしく弾はサイボーグの力をもってしてもなかなかマガジンに収まらない。それに業を煮やして要は軽くマガジンを叩いた。

「暴発するじゃないの」

 驚いて話しかけてくるシャムの顔を見上げてにやりと笑うと、要は再び神妙な表情を浮かべた。

「アタシはさあ……別に神前が気になるわけじゃないんだけど……さあ……」 

「十分気にしているように見えるけど?」 

 シャムの突っ込みに弾を込め終えたマガジンをテーブルに叩きつけてにらみつける要。その非正規部隊での市街地戦闘での無差別射撃で裏社会では知られていた女傑にしては迫力に欠けるたれ目がシャムを見つめていた。

「別にいいじゃない。要ちゃんが好きなら……」 

「好きとは言ってねえだろ!好きとは!」 

「じゃあ嫌いなの?」 

「それは……」 

 心の中を見透かされたようなシャムの視線に思わずうつむく要。

「好きならすることがあるでしょ?カウラちゃんは誠ちゃんのこと嫌いじゃないみたいだし……」 

「やっぱりそうか?そうなのか?」 

 突然立ち上がって詰め寄る要にシャムは思わずのけぞった。

「そんなに急に立ち上がらないでよ……」 

 シャムが驚いたような顔を浮かべる様を見て、要は自分が明らかに動揺していたことをシャムに悟られたことを公開するように再び中腰で並んでいる空のマガジンに手を伸ばした。

「誠ちゃんはあまりそういうことには縁が無かったみたいだしね……まあ行動半径も普通の女の子が行くところはまず無いし、要領は悪いし、口下手だし……」 

「まあそうだな。あいつと行動半径が一致するのはアイシャぐらいの……ってアイツの話をするとどっかから沸いて出る……」 

 シャムを見上げながら中腰でマガジンを握り締めていた要がそこまで言ったところでその言葉は突然中断することになった。




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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 9

 ショットグラスに満たしたウォッカを飲み干した要は大きくため息をつくと嘆くように口を開いた。
「で?なんでアタシがオメエの愚痴を聞かなきゃならねえんだ?」 
 誠達にとってそこは本来リラックスできる溜まり場だった。お好み焼きの店『あまさきや』。いつものように報告書の修正が終わるとランから声がかかる。そして下士官寮の住人の誠、要、アイシャ、ラン、そしてその時々で都合のいい隊員で連れ立って豊川市市街のこの店に立ち寄るのが定番となっていた。そこに今日は第二小隊に演操術系法術発動事件の説明をし終えた嵯峨茜の姿があった。
 町のお好み焼き屋と言う風情のどう見ても上品に見えない貸し店舗の一階。地球産の紫色の地の小袖を着た上品そうな顔立ちの茜は明らかに浮いていた。優雅な手つきで猪口に注いだウォッカを口に運ぶと一息に飲み干して切れ長の目を要へと向ける。
「そんなことおっしゃっても……麗子さんの担当は要さんじゃないですか?」 
「いつからアタシがあの馬鹿の世話係になったんだ?」 
 いつもならこういう席を避けて東都の山の手の閑静な住宅街の嵯峨家東都別邸に帰る茜がラーナを帰らせて誠達に付き合うと言い始めたところで誠も嫌な予感はした。茜はその上品な物腰とは正反対に思えるほどの酒豪だった。父親の嵯峨を考えてみると彼女がウワバミのように酒を飲むことは不思議には思えない。
 だがそれが絡み酒になると分かっているから始末が悪い。しらふなら黙って済ましている和服の似合う美人で済むが、彼女の酔い方は独特でこの人はと言うターゲットを見つけると徹底的に絡みながら際限なくこの物静かなペースで飲み続けるのだから最悪だった。そして今日のターゲットは要。四人がけのテーブルに差し向かいに要を座らせるといつもの絡み酒を繰り広げている。
 今日も早速遼州同盟司法局本部の調整担当官秘書の大河内麗子少佐への愚痴を要に向かってもう三十分も続けていた。
「彼女が語学が得意なのは分かりますよ。確かに胡州の高等予科学校から海軍大学校に直接入学なんて十年ぶりの快挙なのも分かっています。でも……」 
「だからあいつはアタシの担当じゃないんだよ」 
 要は右ひじを握り締めながら体内プラントでアルコール分解ができるサイボーグの自分とほぼ同じペースでウォッカを飲み続ける茜に辟易していた。それもそのはず、そのウォッカは要のボトルキープしている酒である。茜はまるで意に介さずに次々と手酌で杯をあおる。
「いいんじゃないの。聞いてあげなさいよ。タコ中佐も困っているみたいだから解決したら何かおごってもらえるかも知れないわよ」 
 さっきから茜の酔い方が面白いので烏龍茶に切り替えて観察を続けているアイシャがつぶやく。
「あいつがか?駄目駄目!あのおっさん明華の姐御と婚約してからはすっかり尻に敷かれてるじゃねえか。もしおごってくれたとしても後で姐御にその分催促されるんじゃねえの」
 タコ中佐ことランの先任に当たる実働部隊部隊長の明石清海中佐が調整担当官をしており、その秘書の麗子の傍若無人なお嬢様気質に時々泣き言を漏らすのを誠も聞いた事があった。
「茜……まあ仕方ねえじゃないか。同盟の各部局の中でも司法局は人材的には隔離病棟扱いされてるからな。ああいうテストは得意だけど実際の運用はまるで駄目。その癖へ理屈は一人前の達者な人間が送り込まれても黙って耐えなきゃならない時もあるんだよ」 
 そう言うと苦々しげに要はグラスを傾けた。保安隊の『瞬間核融合炉』と呼ばれる短気に手足を生やして歩いているような要の口から『耐える』と言う言葉が出てきたので黙って聞いていたランとカウラが顔を見合わせた。アイシャは噴出すのを必死で堪える。
「本当に……要さんの言葉は一般論」 
 そう言うと茜はまた空になった猪口に勝手にウォッカを注いだ。
「あのなー。そんな強い酒割らずに飲んだら胃が焼けんぞ」 
 さすがに黙っていられなくなったランの言葉。まずいと思って頭を下げたラン。だがすでに茜は満面の笑みを浮かべて茜が振り向いていた。要を生贄にして誠、カウラ、アイシャとまるで通夜のように静かに息を殺していた自分の苦労が泡と消えたことに気づいたランの頬のほろ酔いの紅色が瞬時に醒めていくのが見える。
「だってせっかく蒸留して濃くなったアルコールですのよ。そのまま飲まないともったいないと思いませんの?」 
 言っていることがだんだん支離滅裂になってきているが表情はまるでしらふの時と変化が無い。ランはうわばみと化した茜にじっと見つめられながら三人に目をやる。当然誠達は関わってたまるかと言うように目を伏せる。
「あ……そーだなー……もったいないねー」 
 小柄で舐められるとどんと構えているいつもの威厳はどこへやら、まるで子供そのもののように両手で掴んだグラスで慌ててビールを飲み干すラン。誠もこの奇妙奇天烈なやり取りに噴出しそうになるのを必死に堪えていた。
 茜はそんな腫れ物に触れるようなランの態度が気に入らないと言うように自分の目の前の鉄板に目を向ける。すでにつまむ物は食べつくして何もなくなった鉄板の上のこてをかんかんと鳴らして見せた。
 もう限界だった。そんな時の度胸はアイシャが一番なのは誠も知っていた。
「茜さん……もうすぐ看板だと思いますから……」 
「良いのよクラウゼさん。これで要さんがまたボトルを入れてくれればうちも助かるもの」 
 そう言って気を利かせて女将の家村春子がビールを運んできた。誠とランはまだ二杯目。アイシャとカウラは相変わらず烏龍茶を飲み続けていた。
「なんですの?皆さん黙り込んじゃって。今日はわたくしのおごりにしますからどんどん頼んでいただいて結構ですのよ」 
「じゃあアタシの入れるボトルもか?」 
 要の一言にキッと目を向ける茜。
「すいません、警視正……」 
「いいんですのよ。焼酎なら入れてあげる」 
「アタシは焼酎は飲まないんだけどなあ」 
 急に機嫌が良くなる茜。多少はアルコールが回っているらしい。誠達はやっと一息ついた。誠はビールを飲みながら先ほどの茜の絡み酒の間に冷えてしまったたこ焼きに手を伸ばそうとした時だった。
 茜の通信端末が呼び出しの音楽を奏でた。
「ちょっと待ってくださいね」
 そう言うと茜は周りを気にするようにして立ち上がりそのまま店の奥のトイレへと消えていった。あまりに突然で自然だった。あれだけ飲んでくだを巻いていた茜が一瞬で酔いを醒まして見せたのかと呆れて誠達は顔を見合わせる。
「どうした……事件か?」 
 そんな中で要は一番に正気を取り戻していた。そして手にしたショットグラスに満たしたウォッカをあおる。
「まあ法術特捜の捜査官はいまだに嵯峨警視正一人だからな。代わりがいないのはつらいんだ」 
 カウラの言葉に誠も頷く。同盟司法局と警察庁の関係は決して良好とは言えない。三年前に設立されたばかりのよそ者がうろちょろしていることを同業者がいい顔をするはずが無いのはどの業界でも同じことだった。だがこれまでは東都警察もこと『法術』に関しては保安隊など司法局貴下の組織に一日の長があることを認めていた。
 法術に関して遅れをとっていた東和警察も、ここ半年で各警察署に署員の法術適正検査を行って適正のあるものに片っ端から召集をかけて独自の法術犯罪対応部隊を設立していた。さらに先月には一般からの法術師の応募にまで踏み切っている。法術犯罪のノウハウはほとんど無いが人間の数は揃えたと自慢げで捜査は任せろと言わんばかりの東都警察の上層部が法術師を同盟司法局に出向させてくれることなど夢のまた夢の話だった。
 捜査には慣れているが人の足りない司法局。頭数は多いが操作方法に関してはずぶの素人もいいところの東都警察。お互いの足の引っ張り合いは司法局の一員である誠から見てもあまりに無様だった。
「でも茜ちゃんだからいいのよね。私なんかあんなに飲んだら倒れちゃうわよ」 
「ありゃあ特別な血族だからな。楓も叔父貴も酒はいくらでも飲みやがる」 
 要の言葉にさすがのアイシャも同意するように頷いた。
 トイレから出てきた茜の表情はほとんどしらふといっていい状態だった。
「すみませんけど豊川警察署までのタクシーを手配していただけません?」 
 そのあまりの変わりように再び呆れる誠達だが茜の真剣なまなざしがすでにおちゃらけた言葉を吐けるような雰囲気を抹殺してしまっていた。
「普通のタクシーでいいんですか?できれば助手とかになってくれる人も乗れるような車のあてならありますよ」 
 アイシャがそう言うと後ろの椅子においてあった自分の黒いポーチに手を伸ばした。すぐに端末を取り出すと耳にあてがい相手が電話に出るのを待つ。
「またパーラか……かわいそうだな」 
 要が同情するのも当然だった。運用艦『高雄』の火器管制官パーラ・ラビロフ中尉。アイシャやカウラと同じ人造人間の『ラスト・バタリオン』として生を受けた彼女の一番の不運は保安隊設立時に当時操舵手だったアイシャといつでも行動を共にすることになったことだった。
 趣味に関してはいくらでも暴走する。問題を起こしても要領よく一人だけ切り抜ける。そして徹底的に人使いの荒いアイシャとの腐れ縁は隊員達の多くが同情するところだった。
「いいじゃないの。あの子の車だって走って何ぼでしょ?……ああ、パーラね!今どこ?……」 
 さも車をパーラの運転で借りることが当然というような顔のアイシャ。誠達は何も知らないパーラがまた慌てて自分の四輪駆動車に走るのを想像して同情の笑みをこぼすことしか出来なかった。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 51

「本当にケチなんだな」 

 要はそう言いながら口元にだけ笑みを浮かべる。シャムから見ても自分の体がほとんど機械で構成されたサイボーグであることに凄まじいコンプレックスを持っているひねくれた要。彼女が明らかに自分の出会ったどのタイプとも違う誠に興味を持っていることは分かりきっていた。外惑星『胡州帝国』屈指の名家の出でありながら反主流派であった父のとばっちりを受けて非正規部隊で汚れ仕事を担当していた荒んでいた要。部隊ができた直後にシャムが始めてであったときはまるで口を開かず開いたと思えば喧嘩ばかり。そんな彼女が一人で射撃に集中することで自分の感情を抑え込むことができるようになったのは進歩なのかもしれない。シャムはひそかにそう思いながら要を見つめていた。

 そんなシャムの思いを無視するようにターゲットに正対した要は再び手にした銃でターゲットに一発ずつ確かめるようにして射撃を続けている。

「私も撃つかな」 

「その為のガンベルトだろ?」 

 再び空になったマガジンを取り出す要。開いた左手で先ほどのアルミケースを探るがすでに装弾済みのマガジンは尽きていた。舌打ちをすると彼女はそのままケースの奥からメーカーの箱に入った新品の弾丸を取り出して箱を開くとテーブルに並べていた空きマガジンに弾薬を一発ずつ込め始める。

「そう言えばキムが言ってたわよ、撃ちすぎだって」

 そう言うとシャムはテーブルの上の要に貸していた拳銃を握るとその撃鉄を起こした。

「アタシの金だ。この銃だって叔父貴から買い取っているんだぜ」 

「でも管理はキム君任せじゃないの」 

 シャムは引き金を引く。マンターゲットを立てていない射場に土煙が上がる。

「アイツの仕事だろ?アタシ等が前線で動くために必要な小火器を用意してその整備運用の全般を取り仕切る。その為にアイツがいるんだから」 

「それはそうなんだけどね……」 

 下手に反論したところでネットワークと直結した頭脳を持っている要を言い負かすのは自分には無理だと分かっているのでシャムは再び視線を先ほど着弾があった地点に目をやると再びハンマーを起こす。

「ここだけの話だぞ、誰にも言うなよ」 

 引き金を引き絞ろうとしたシャムにこれまでの強い調子とは打って変わったか細い声の要の声が響いたのでシャムは引き金から指を離した。

「誰にも言わないよ」 

「絶対だぞ!」 

 顔だけ弾を込めている要に向けたシャムに要は顔を赤らめながら噛み付くような調子で叫んだ。




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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 50

 隊舎の影に入り一段と冷え込む中でシャムは再び震えるようにして襟元に手を伸ばす。シャムの暮らしていた東和列島の西に広がる崑崙大陸中部の山間部の冬に比べればこの温暖な町の空気はまだまだすごしやすいのはわかっていた。それでも吹きすさぶ風と室内勤務に慣れてきたシャムの感覚には十分この豊川の町の冬も寒くてつらいものに感じられた。

 暴発弾を防ぐための土塁を越えたあたりで一定の間隔での銃声が響き始めていた。

「ああ、やっぱり要ちゃん怒ってるな」 

 シャムがそう言うのは機嫌の悪いときの要の訓練射撃の撃ち方を聞きなれてきたせいもあった。シャムは静かに土塁を抜けて射場にたどり着く。

 吹きすさぶ風の中、相変わらずの捲り上げた袖を見せびらかすようにして要は射撃を終えて空になったマガジンを引き抜くとテーブルの上にそれを並べていた。すでに装弾済みのマガジンを自分の私物のアルミケースから取り出そうとして目を向けた要の視線がシャムを捉えた。

「どうも……」 

 シャムは乾いた笑みで要のたれ目がいつものように死んだものに変わっているのを確認しながら静々と近づいていく。何も言わない要はそのままマガジンを手に取ると自分の愛銃スプリングフィールドXD40のオリーブドラブのスライドに叩き込む。

「もうすぐ……」 

「昼だって言いてえんだろ?」 

 そう言うと要はゆっくりと30m先のマンターゲットに銃口を向ける。すでにその頭部は消し飛んでおり、心臓、腹部にも大きな穴が開いていた。

 銃声が響く。何も無い空間を走った弾丸は頭部のあった場所の後ろの土嚢のあたりで土煙を上げる。

「わかっているなら……」 

「別にいいんだよ。それよりオメエも銃を下げているんだから……」 

 そう言いながら要はそのまま銃口を下ろして静かに銃を後ろのラックに置いた。

「アタシも?」 

「撃たないならアタシに撃たせろ」 

 そう言った途端にシャムのホルスターに手を伸ばす要。その相変わらずの仏頂面にカチンと来たシャムはその手をさえぎると自分で銃を引き抜いた。

「一発だけだよ」 

「ケチだな」 

 ようやく笑みを浮かべた要はそのままシャムから銃を受け取って。丸みを帯びたシングルアクションリボルバーらしいフォルムを満遍なく眺めた後銃口を再びボロボロのマンターゲットに向ける。

「ドスン!」 

 先ほどまでのS&W40弾よりも重い響きの45ロングコルトの銃声が射場に響いた。先ほどと同じ場所に上がる土煙。シャムは苦笑いを浮かべながら要の手の中で反動で跳ね上がって銃口を空に向けている愛銃に静かに手を伸ばす。




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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 8

「平日だねえ」 
 要はそう言うと自転車を漕ぐ。隣を走るのはカウラと誠。二人とも毎日夕方の3キロマラソンのラストと言うことで疲れを見せながら冬の空の下で走り続けていた。
「いつまでも……正月……と言うわけじゃないだろ?」 
 カウラはそう言うと目の前に見え始めたゲート目指してスパートをかけた。誠にはそれについていく体力は無かった。そのまま消えていくカウラ。
「オメエも根性見せろよ。男だろ?」 
 自転車を悠々と漕ぐ要。彼女は脳の一部以外はすべて人工的に作られた素材を組み合わせたサイボーグである。そもそも体力強化のランニングに付き合う必要は無いのだが、最近は気分がいいようでこうしてその度に自転車をきしませながらついてくる。
「ベルガー大尉……みたいには……」 
「そうか?じゃあアタシは先に行くから」
 要はそれだけ言うと一気に力を込めてペダルをこぎ始めた。すぐにその姿はゲートへと消える。
「がんばれ!あとちょっと!」 
 ゲートの手前でコートを着た女性士官が叫んでいるのが見えた。警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐。『保安隊四大姐御』の二位と呼ばれる存在の彼女の登場に誠は苦笑いを浮かべながら足を速めた。
 保安隊で単に『姐御』と言うと技術部部長で階級も部隊長の嵯峨と同じ大佐の許明華(きょ めいか)大佐のことを指すのは隊の常識だった。そして勇猛果敢な警備部の猛者達を仕切るマリアは第二位とされた。そして運用艦『高雄』の艦長鈴木リアナ。あの突拍子の無い副長アイシャを抑えている彼女は姐御と言うより『お姉さん』と呼ぶのが隊の常識だった。
「おーい。報告書終わってねーぞ!」
 ゲートを通り抜けた誠の目の前でシャムに駆り出されて大根を一輪車に載せて運んでいるクバルカ・ラン中佐は『小さい姐御』と呼ぶのが一般的だった。
「わかって……ますよ」 
「分かってるならシャワー浴びて来い!」 
 ふらふらの誠に向けてそう言うとランはそのまま一輪車を押してハンガーに向かう。誠も仕方なくそのまま正門へ向けて歩き始めた。
「なんだ?」 
 思わずつぶやいてしまった誠の目の前にはシャムが背を向けて立っていた。その手には茶色いものが握られている。そしてよく見るとその足元には冬の夕方の弱い光を全身に浴びようと言うように転寝をする大きなゾウガメの姿があった。そしてシャムの目の前には巨大な茶色い塊が奇妙なダンスのようなものを踊っていた。
「ナンバルゲニア中尉!何をしているんですか?」 
 誠が声をかけるとシャムはめんどくさそうな表情で振り向く。そして彼女が玄関口に立つ大きな熊に何かを教えようとしていることが分かってきた。
「芸を仕込んでいるんですか?」 
 しばらくシャムの嫌な顔を無視して玄関に届いているほどの巨大なコンロンオオヒグマの子供のグレゴリウス13世に目を向けた。
 すぐにグレゴリウスが手に何かを持っているのが誠にも分かった。そしてそれがアイシャが原作を書き、それなりにネットで流通しているボーイズラブ小説をシャムが漫画化した本であることに気がついた。
「何やってるんですか?」 
 呆れながら真剣な表情の小さなシャムに目をやる。身長は140センチに届かない小柄な少女。実際は誠よりもはるかに年上で遼南内戦ではエースとして活躍した歴戦の勇士である。彼女の凄みを利かせた目は最近では誠もその恐さが分かってきたところだった。
「誠ちゃんも……アイシャの小説読むでしょ?」 
 真剣な顔でつぶやくシャム。誠はいくつかの短編をアイシャに読まされた上に漫画を描かされたのを思い出して渋々頷いた。
「男の人が読むと……どんな感じ?」 
 シャムの目はじっとグレゴリウスに注がれている。シャムが大好きな彼だが当然文字が読めるわけでもなく、人が読むのをまねして本を開いて覗き込んでいるだけだった。
「それが知りたくてこうしてグレゴリウスに読ませているんですか?」
 投げやりにつぶやいた誠を見ると今度はいかにも軽蔑するような視線で誠を見つめてくるシャムがそこにいた。
「グレゴリウスは熊だよ。漫画なんて読めるわけ無いじゃん」 
 馬鹿にした口調のシャム。時折こういうことを言われると温厚な誠もさすがにカチンと来る。
「じゃあどけてくださいよ。入れないじゃないですか」 
「?」 
 文句を言った誠にしばらく呆然と視線を送るシャム。そしてワンテンポ遅れて納得したと言うように手を打つと手にしていた干し肉をグレゴリウスの口に投げ込んだ。グレゴリウスは器用にそれを口に咥えると本を放り出してそのまま自分の小屋がある車両置き場に向かって歩き始める。
「それ、プレゼントだから」 
 のろのろ着いていくシャムがそうつぶやく。隣の亀の亀吉もゆっくりとそれについていく。仕方が無くいかにも怪しげな半裸の美少年達が描かれた同人誌を手に取るとそのまま正面玄関から部隊の宿舎に入った。
「あれ……?あれ?」 
 そこで誠は大きなため息をついた。目の前には紺色の長い髪の少佐の勤務服を着た女性士官。一番この手の本を手にしている時に出会いたくない上官のアイシャ・クラウゼだった。
「それ……シャムちゃんの……もしかして使用済み?」 
「使用って何に使うんですか!」 
「だって冬なのにそんなに汗をかいて……」 
「ランニングが終わったんです!」 
「ふーん。つまらないの」 
 そう言うと誠から関心が無くなったというように振り向いて彼女の本来の職場である運行部の部屋の扉に手をかけた。
「ああ、そうだ。シャワー浴びてからでいいと思うんだけど……」 
 今度はうって変わった緊張したまなざしを誠に向けてくる。いつものこういう切り替えの早いアイシャには誠は振り回されてばかりだった。
「ええ……なんですか?」 
 そう言う誠が明らかに自分を恐れているように見えてアイシャは満面の笑みを浮かべた。
「茜のお姉さんが来てるのよ。何でも法術特捜からのお願いがあるみたいで」 
 アイシャはそう言うとそのまま階段下のトイレに消えていった。
「嵯峨警視正が?」 
 誠は予想されたことがやってきたと言うように静かにうなづいた。ようやく間借りしていたこの保安隊豊川基地から東都の司法局ビルに引っ越した法術特捜の責任者である彼女の忙しさは誠も良く知っていた。司法局のビルには最新設備がある。データもすぐに同盟本部や各国の軍や警察のデータがかなり機密レベルの高いものまで閲覧できる権限を有しているのが売りだった。
 だがその筋の専門家の吉田に言わせると『ハッキングして下さいといってるみたい』と言うメインフレームを使っていると言うことで、茜はあまりそのことを喜んでいないようだった。事実、こうして時々保安隊に顔を出しては吉田が設計したメインフレームを使用している保安隊のメインコンピュータを利用して手持ちのデータのすり合わせなどの地味な作業を行うことも珍しくなかった。そしてその時に人手が足りないとなると一番暇と呼ばれている誠の第二小隊がその作業を担当させられることが多かった。
 そしてそんなデータの照合作業を断れない案件には今回ばかりは誠でさえ思い当たるところがある。
「面倒だなあ」 
 そう言いながら運行部の詰め所を抜け、シミュレータ室の前を通り過ぎて待機室の手前にある男子用シャワー室に誠はたどり着いた。
 先着の人物がいるらしくシャワーの音が響いていた。誠はそのまま静かに服を脱ぐと手前のシャワーの蛇口をひねった。
「神前曹長!」 
 隣から目だけを出している褐色の顔の持ち主に誠はびくりと飛び上がった。
 第三小隊三番機担当のパイロット、アン・ナン・パク。このまだ19歳の小柄な人物が誠の苦手な人物の一人だった。
「なんだ……アンか……」 
「僕だと不満ですか?」 
 そう言いながら近づいてくるアンに思わず後ずさりする誠。その少女のような瞳で見られると誠は動けなくなる癖があった。
「神前曹長はいつも僕を避けていますね」 
 アンはそう言うと悲しそうにシャワーを浴び始める。確かにそれが事実であるだけに誠は頭から降り注ぐお湯の中に顔を突っ込んでそのままシャンプーを頭に思い切りふりかけた。
「そうですよね。僕なんか嫌いですよね。僕みたいに……」 
 そこまでで言葉を切るアン。
『おい……もしかして男が好きだとか言い出すのか?まじで勘弁してください!神様!仏様!』
 アイシャの小説を読まされ続けて蕩けてきた脳が妄想を開始する。大体が立場は逆で長身の上官がひ弱な部下を襲う展開が多かったが、一部には逆転している作品もあったのでボーイズラブの世界に落ち込むのではないかと恐れつつ時が経つのを待っていた。
「僕は……」 
 アンがそういうのとシャワー室の扉が吹き飛ぶのが同時の出来事だった。
「神前!いい加減に出て来いや!いつまで待たせんだ!」 
 怒鳴る、そして壊す。これは西園寺要の十八番である。男子シャワー室に一応女性の要が乱入してくるマナー違反よりこのままアンと二人きりで時を過ごすことを想像していた誠にはありがたい出来事だった。
「もう少し待っててくださいね……なんとかしますから」
 弱弱しい誠の声を聞いた要が近づいてくるのが分かる。だが何か入り口の辺りで衣類をかき回すような音が誠の耳にも響いてきた。 
「おう、アンと一緒か……」
 しばらく沈黙が支配する。誠は息を殺して立ち尽くしていた。その隣では不安そうにちらちら誠の顔を覗き見るアンの目が動いているのが見えた。
「……もしかして……」 
 背中にシャワーを浴びながら立ち尽くしている誠。周りは見えないが明らかに要の気配は近づいている。しかしその様子がぴたりと止まった。誠が隣のシャワーを見るとアンの姿が消えていた。
「なんだよアン?」 
「西園寺さん!非常識ですよ!」 
 どうやらアンがシャワーを出て要の前に立ちはだかっているようだと言うのが目をつぶっていても分かった。誠は全身全霊をかけてアンに言いたいことがあった。
『変なことは言うなよ』
 だがそんなアンに要がひるむわけも無かった。
「なんだ?上官に意見か?いい度胸だ。そして付け加えると前くらい隠せ」 
 それだけ言うと明らかに要の足音は遠くになって行く。続いて蹴って外れた外の扉を直している音が響いてくる。誠はとりあえずの危機を脱したと大きく深呼吸した。
 だが安心は出来ない。しばらく誠は沈黙していた。
「大して汗もかいてねえんだろ?とっとと上がれよ」 
 扉を直している要の叫び声が響く。好奇心に負けて外を覗いて見ると目の前で食って掛かるには相手が悪すぎるとうつむきながら自分の個室に戻るアンがいた。彼の視線が責めるように誠に突き刺さる。それにどう答えるか迷っているうちに扉を抱えている要と目が合った。
「でも……西園寺さん。非常識ですよ。男子用シャワー室に乱入なんて」 
「は?いつも飲むたびに股間の汚えものを見せ付けて踊っている奴のいうことか?」 
 その言葉に誠は何もいえなかった。酒は弱くは無いが飲むと記憶が飛んでしまう誠の無茶な飲み方はどうにも治る気配が無かった。そして気が付くと全裸と言うことが何度も繰り返されていた。何も言い返せなくなった誠はレールに扉を乗せようと動かしている要を一瞥するとそのまま蛇口を最大にひねって無駄にお湯を出すと髪を激しい水流で洗い流した。
「僕は……」 
「黙ってろよ」 
 アンにそう言うと誠はシャワーを頭から浴び続ける。だんだん体中の石鹸の成分が抜けていくような感覚がなぜかいらだった気分を切り替えてくれていた。
「おい、終わったからな外で待ってるから」 
 そう言うと扉を取り付けなおした要はドアを閉めた。しばらくシャワーの水の音だけが部屋に響く。
「よしっと」 
 誠はお湯を止めるとそのまま廊下に出てあることに気づいた。
「あ……勤務服は更衣室だった」 
 その一言にシャワーの上から顔を出すアン。だがドアの外にはさらに耳に自信のあるサイボーグの要がいた。
「おい、取ってきてやるからそこにいろよ。ロッカーのバックの中か?」 
「ええ、勤務服は吊るしてありますから」 
 要の気配がドアから消えた。
「やっぱり西園寺大尉のことが好きなんですね……不潔ですよ」 
 アンはそう言うとそのままシャワー室のかごの中のタオルで体をぬぐい始めた。
「不潔って……」 
「だってそうじゃないですか!クラウゼ少佐とホテルに入った所を菰田曹長が見たって噂ですよ!」 
「は?」 
 誠は呆れるしかなかった。菰田邦弘主計曹長。管理部門の経理部主任の事務方の取りまとめ役として知られる先輩だが、彼は誠の苦手な人物だった。ともかく彼の率いる誠の上官カウラ・ベルガー大尉の平らな胸を褒めたたえる団体『ヒンヌー教』の教祖を務めていて部隊に多くの支持者を抱えていた。
 カウラも明らかに迷惑に思っているが、それを利用して楽しむのが運行部のアイシャ・クラウゼ少佐の日常だった。間違いなくでっち上げたのはアイシャ。そしてそれに乗って騒いでいるのが菰田であることはすぐに分かった。
「あのさあ。そんなこと信じてるの?」 
 体を拭き終えてパンツをはき終えたアンに尋ねてみる。そのままズボンを履くと気が付いたように誠に顔を向けた。そしてしばらく首をひねった後、アンの表情が急に明るくなる。
「そうですよね。そんなことやる甲斐性は先輩には無いですからね」 
「甲斐性が無いってのは余計だよ」 
 そこでにやりと笑うアン。誠もしばらくは笑顔を向けていたが、そのアンの表情が次第に真顔に変わるのを見て目をそらした。
「本当に僕のこと嫌いなんですね」 
 悲しそうにそう言うとアンはワイシャツのボタンをはめ始める。
 沈黙。これもまた誠に重く圧し掛かった。
『早く来てくださいよ!西園寺さん!』 
 心の中で願う。一秒が一時間にも感じるような緊張が誠に圧し掛かる。そんな彼に熱い視線を投げて着替えているアン。
「おーいこれ!」 
 引き戸が開き要が誠の勤務服を投げてきた。
「有難うございます!」 
「はあ?濡れちゃったみたいだけどいいのか?」 
 誠は要の到着を確認すると涙を流さんばかりに自分のシャツに手を伸ばした。
「まあいいか。アン!楓が探してたぞ!」 
「ああ、すいません」 
 着替えの終わったアンは要の言葉にはじかれるようにして飛び出していった。
「あのー西園寺さん」 
「なんだ?」 
「パンツを履きたいんですけど」 
 シャワーのブースの中でじっとしている誠を見て要は急に顔を赤らめた。
「散々見せられてるから平気だよ。さっさと着替えろ」 
「ふーん。こうして一歩誠ちゃんと仲良くするわけね」 
 突然の言葉に誠も要も驚いて入り口に視線を向けた。満足げな表情のアイシャが全裸の誠をまじまじと見ていた。
「クラウゼ少佐……」 
「さっき要ちゃんが言った通りじゃない。私も見慣れてるから平気よ」 
「僕が平気じゃないんです!」 
「へ?」 
 呆れたような顔に変わったアイシャの表情。明らかにそれが作ったような顔なので要はその頭をはたいた。
「痛いじゃない!」 
「くだらねえこと言ってねえで仕事しろ!資料を取って来いとか言われてたろ?」 
「それは要ちゃんも一緒じゃないの。このまま全裸の誠ちゃんを押し倒して……」 
「誰がするか!」 
 入り口でにらみ合う二人。誠は仕方なく飛び出してバッグから換えのパンツを取り出し無理に履いた。体を拭いていないので体に付いたお湯が冷えて水になってパンツにしみこむ。
「誠ちゃん風邪引くわよそんなことしていると」 
「お二人が出て行けばこんなことはしなくて済んだんですよ!」 
「もしかして私のせい?」 
 要と誠にそれぞれ視線を向けるアイシャ。二人が頷くのを見ると次第にすごすごと入り口に向かうが、当然のように要の袖を引いている。
「外で待ってるからとっとと着替えろ」 
 それだけ言うと要は入り口の引き戸を閉めて外に出て行った。
 一人きりになりようやく安心してズボンに足を通す誠。そのままワイシャツを着てボタンをつける。
「まだかー」 
「まだですよ」 
 待ちきれない要が外で叫ぶ。その隣であくびをしているアイシャの吐息が聞こえる。誠はワイシャツの腕のボタンをつけてさらにネクタイを慣れた手つきでしめると上着を羽織り、バッグを片手に扉を開いた。
「よし、行くぞ」 
 ようやく出てきた誠を一瞥すると要はそのまま歩き始めた。
「本当に気が短いんだから」 
「何か言ったか?」 
「べーつーに……」 
 振り返る要にとぼけてみせるアイシャ。いつものように運行部の扉の前にある階段を上がり、医務室と男女の更衣室が並んでいる二階の廊下を歩く。誰もいない廊下に足音が響き。誠達はそれを確認しながら会議室の扉の前に立った。
 アイシャがノックをする。
「どうぞ」 
 澄んだ声。嵯峨の双子の娘の姉、嵯峨茜警視正の声が響く。そのまま開いた扉の中を見れば振り返るカウラと法術特捜担当ということで呼び出された実働部隊長のクバルカ・ラン中佐の幼い顔があった。
「なんだよ神前。髪の毛濡れたままじゃねーか……。西園寺。そんなに神前を急かす必要なんてねーんだぞ」 
 ランの言葉にむっとした表情のまま彼女の隣の椅子にどっかと腰を落ち着ける要。その大人気ない様子にカウラは大きくため息をつく。
「さあ、皆さんそろったんですから……」 
 なんとか和ませようと中腰で仲介するのは技術部の整備班長の島田正人准尉。隣にいるアイシャの部下のサラ・グリファン少尉も雲行きの怪しい誠達のとばっちりを避けたいというように頷きながら要を見つめていた。
「そろったと言うことで」 
 ホワイトボードの前に立つ茜が室内を見回す。
「まあな。それじゃあ何のためにアタシ等が呼ばれたか聞かせてもらおうか」 
 要の声に微笑みで返す茜。
「実は最近演操術系の法術を使用しての悪戯のようなものが多発していますの」 
 紺の東都警察の制服が似合う茜。以前の主にこの豊川保安隊駐屯地に詰めっぱなしだったときの東和陸軍と共通の保安隊のオリーブドラブの制服とは違う新鮮な姿に誠は惹きつけられていた。
「例の件か……結局アタシ等にお鉢が回ってきたわけだな」 
 要の苦笑いを見ながら茜はなにやら端末を叩いている助手のカルビナ・ラーナ警部補に目を向けた。
 白いボードに何かの映像が映る。焼け焦げた布団。ばっさりと切り裂かれた積み上げられたタイヤの山。ガードレールが真っ二つに裂かれているのにはさすがの誠もぎょっとしてしまった。
「ごらんのように小火や器物の損壊で済んでいますが……」 
「おい待てよ」 
 話を進めようとする茜を要が不機嫌な表情で止めた。
「なんだよなんだよ。アタシ等の知らないところでこんなことまでやったのか?」 
「お前は馬鹿か?同一犯とは決まったわけじゃないだろ?」 
 立ち上がって叫ぶ要にポツリとつぶやくカウラ。要は完全にカウラの言葉に切れていつものように一触即発の雰囲気が漂う。島田とアイシャはとりあえずいつ要がカウラに飛び掛ってもいいように身構えているのが誠からすると滑稽に見えて噴出してしまう。
「神前君。不謹慎よ」 
 同じくにやけながら噴出した誠をサラがいさめる。
「どれも容疑者として上げた法術師はそんな意識は無かったと容疑を否認しているって訳だな……神前達が出会ったのもそんな事件の一つってことだな」 
 一人離れた場所からこの様子を見ていたランの言葉に茜は大きく頷いた。
「恐らくはそうでしょう。ですが……」 
 そう言うと茜は従姉に当たる要に目を向けた。要は首筋のジャックにコードをつなげてネットワークと接続している最中だった。
「どの事件も発生場所は東都東部に集中しているな。それに時間も夕方6時から夜中の12時まで。唯一の例外が正月のアタシ等が出会った小火。同一犯の犯行と考えるのを邪魔する要素はねえな」 
「馬鹿にしないでください。それくらいのことは捜査官もわかってお話しているんです!」 
 不愉快だと言うようにラーナが叫ぶ。茜は彼女の肩を叩いて頷きながらなだめて見せた。
「でもそれならうちよりも所轄に頼むのが適当なんじゃないですか?うちは豊川ですよ。どんなに急いでも半日は無駄にしますから。それに先日の厚生局事件の時に活躍した東都警察の虎の子の航空法術師部隊を待機させてローラー作戦でもやれば一発で見つかるでしょ?」 
 アイシャの言葉にもっともだと誠も頷く。
「反対する理由は無いな。クラウゼの言うことが今のところ正しく見えるのだが……」 
 カウラも同意しているのを見て要はやる気がなさそうに端末につないでいたコードを引き抜く。
「オメー等の言うとおりだが一つ大事なことを忘れてんぞ。東都警察がこの種の事件に興味を持っていればって限定が入るんじゃねーのか?アイシャのような捜査手法をとるにはさー」 
 ランの一言。見た目は8歳くらいにしか見えなくても保安隊副長の肩書きは伊達ではなかった。そして自分達が遼州同盟の司法捜査官であり東都警察の捜査官と違うと言う現実に目が行った。
「確かに東和警察は解決を急ぐつもりは無いようです。どれも他愛の無い悪戯程度で済んでいますから……でも得てしてこういう愉快犯はいつか暴走して……」 
「要は大事になる前に捕まえろってことか?面倒だなあ。どうせならこっちに引っ越して来てくれるといいんだけど」 
「そんなに都合よく行くわけ無いだろ?」 
 要の言葉に突っ込むカウラ。そのいつもどおりの情景に誠はいつの間にか癒されるようになっていた。
「でもあれだぜ。あの正月の事件以来同種の事件は発生していねえからな。もしかすると……」 
 周りを見渡してにんまりと笑う要。だが全員が大きなため息をついて白い目で彼女を見つめた。
「西園寺さん。もしかして犯人は現在引っ越し準備中で豊川近くに部屋でも借りに来ているとでも言うつもりですか?」 
 それまで沈黙を黙っていた島田の一言。隣では彼に同調するように赤い髪のサラが大きくうなづいている。
「でもあれだぞ!今の時期は年度末を控えていろいろ引越しとか……」 
「だとなんで豊川市に引っ越して来るんだ?」 
 呆れるを通り越して哀れみの目で要を見つめるカウラ。追い詰められた要は必死に出口を探して頭をひねる。そして手を打って元気良く叫んだ。
「そりゃあ法術を最初に展開して今みたいな状況を作ったアタシ等に復習するため!」 
「あのなあ、西園寺。その発想はシャムレベルだぞ……まあいいや。もし隊長の許可が出たら司法局に第二小隊を詰めさせるから。それで勘弁してくれよ」 
 ランの言葉に茜はうなづくとテーブルを整理始めた。周りの面々もそれぞれに立ち上がり持ち場へと急ごうとする。
「何だよ!テメエ等!寄ってたかってアタシを馬鹿にしやがって!」 
 怒鳴る要の肩にそっとランが手を乗せる。
「まあ良いじゃねーか。要は犯人を捕まえれば分かるってわけだ」 
 これ以上無い正論を言われてさすがの要も参ったというように肩を落とす。誠もカウラもこれから先彼女と付き合って捜査を行うだろう今後を思いやりながらそれぞれに席を立った。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 49

「いつ見ても派手だよなあ……」 

 ぼんやり腰の拳銃のグリップをいじりながら真っ赤な巨人を見上げているシャムに何かの失敗をしたらしい新人隊員の説教を終えたばかりの島田が声をかける。

「まあランちゃんの趣味だから」 

 シャムはそう言うとにんまりと笑った。油まみれのつなぎを着た島田も頬の機械油をぬぐいながら苦笑いを浮かべていた。

「こいつ、『クローム・ナイト』並みに手がかかるからねえ……できればこいつの出動は避けてほしいんだけど……」 

「ランちゃんは一応実働部隊長だもの。出ないわけには行かないでしょ」

「そうだよねえ……」 

 肩を落とすと島田はそのまま解体整備中の部隊長、嵯峨の愛機『四式改』の肩の辺りで手を振る女性技術仕官レベッカ・シンプソン中尉に一度敬礼して歩き出した。

「ああ、西園寺さんなら相変わらずの仏頂面で……」 

「射場でしょ?」 

 シャムの言葉に島田は思わず苦笑い。そのまま去っていく島田を見ながらシャムはそのまま歩き出した。第二小隊の三機の『05式』。その隣には反重力エンジンを取り出して隣の菱川重工業豊川工場の定期検査に出すべく作業を続けている隊員達と心臓のようなエンジンを抜かれて力なく立ち尽くす第三小隊の三機の『05式・後期型』。さらにその隣にはアメリカ軍からの出向で来ている灰色の迷彩服の技術兵達の点検を受けている第四小隊の『M10』と隊の主力アサルト・モジュールが並んでいる。それを眺めつつシャムはそのままハンガーの開いた扉を出た。

 冬の日差しが満遍なく目の前のグラウンドを照らしている。背にしていた金属音と機械のたてる重厚な音。それと対照的に目の前では警備部の古参隊員達による徒手格闘訓練の様子が目に飛び込んできた。

「がんばるねえ……」 

 小学生に間違えられるシャムから見ればまさに小山のように見える金髪を刈り込んだ髪型の大男達が寒空の中タンクトップに短パンという姿でお互いの間合いを計りながらじりじりと詰め寄り互いの隙を探っている。

「寒いなあ」 

 その姿にシャムは自分が防寒着も着ないで外に出てきたことに若干公開しながらそのまま拳銃の音だけが響くハンガーの裏手の射場に向けて歩き始めた。




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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 48

「じゃあ行くね!」 

 そう叫んだシャムにようやくキムは目を向けた。いつもの鋭い視線がシャムを思わずのけぞらせる。

「西園寺大尉に伝えといてくださいよ。スライドの予備はあと三つですから」 

「う……うん」 

 自分の言いたいことを言うとそのまま目の前の机で作業を再開するキム。シャムはどうにも沈鬱な部屋の空気に押されるようにして部屋を出た。

 廊下はハンガーの反対側の正門の方、部隊を運用する重巡洋艦クラスの運行艦『高雄』の運行管理を担当する運後部の女性士官達の話し声で華やかに感じられてようやくシャムは気分を変えてそのままハンガーと向かった。

「05(まるごう)式……どうなのかな?」 

 視界が開けて巨人の神殿とでも言うべき景色が広がっている中でシャムは目の前に並ぶ保安隊制式アサルト・モジュール『05式』シリーズが並ぶ様を静かに眺めていた。

 まず手前からシャムの駆る『05式乙型23番機』。シャムのパーソナルカラーである艶のある白い色の装甲板を新入隊員が必死に布で磨き上げている。その肩に描かれたシャム自身がデザインした漫画チックな熊が短刀を持って笑っているエンブレム。先日の誠が定期購読している模型雑誌で早速そのデカールが発売されたということで自慢して回ったことが思い出されて自然と笑みがこぼれてきた。

 隣の脚部が無く、代わりにスラスターと腰の巨大な反重力パルスエンジンが目立つ『05式丙型3番機』。電子戦に特化した腰から上にいくつものアンテナを伸ばしたその機体はシャムの相棒である吉田俊平少佐の機体だった。サイボーグでいつも脳内で再生される音楽を聴いていて外界に無関心な吉田の機体らしく東和空軍の一般機のカラーであるライトグレーの機体にはあちこちに小さく吉田の友人のアーティストのサインが入れられているのを知っているのは部隊でも限られた人物だけだった。シャムは今ひとつ吉田のセンスが理解できずそのまま視線を隣の派手な真紅の機体へと視線を向けていた。

『07式試作6号機』

 部隊が駐在する菱川重工豊川工場謹製の『05式』シリーズの後継機として開発されながら『05式』自体が東和軍制式アサルト・モジュール選定トライアルで不合格となったため量産化の行われなくなった幻の機体、『07式』。

 全体的に主出力エンジンの菱川三型反重力エンジンの出力ぎりぎりに設定された余裕の無い設計である『05式』に対して菱川三型を採用することを前提として設計された高品位の機体は東和陸軍の演習場でも圧倒的な強さを見せて軍上層部や軍事マニアの目を驚かせることになった機体だった。

 そしてその機体のパイロットこそ、保安隊実働部隊隊長クバルカ・ラン中佐その人だった。




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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 7

 静かに書類に目を通す男。何度と無く黒ぶちの眼鏡を掛けなおす。その姿からその眼鏡が老眼鏡だと言うことは誰の目にも明らかだった。手にしている役所の書類は『法術適正確認書』と呼ばれる書類だった。何度と無くその書類の能力の欄が空欄になっていることを確認し、それでいて適正が有りになっている事実に首をひねる。
「法術適正はあるけど能力が無い……本当に?」 
 狭い不動産屋のカウンターで広がってきた額に手をやる店主。書類を見るのに疲れて老眼鏡を外しながら目の前の若干天然パーマぎみの疲れた表情の男の顔を覗き込んだ。
 男は何度と無く同じ質問を受けてきたのでさすがに口を開くのもばかばかしいと言うように頷いた。実際法術適正検査が任意で行なわれているということになっている東和。だが、実際こうして部屋を借りようなどと言う時には法術適性検査で未反応だったと言う証拠が必要になると知ったのは最近だった。そしてこうして部屋を探すことになることも最近までまるで考えにも及ばなかった。
 そんな男の部屋探しの連続面接行事だが、三件目の30くらいのきつい近眼の眼鏡をかけた女性の担当者などはかなりひどかった。法術適正はあるかと聞かれ、証明書を出すとそれを投げつけて貸す部屋などないと言い放つ姿には逆にすがすがしささえ感じてしまった。
「それにしても……学生って……おたくいくつ?」 
「三十二です」 
「で、大学生?」 
「法科大学院ですけど……」 
 店主は灰色の背広の袖を気にしながらそのまま振り返り端末に条件を入力していく。
 天然パーマに眼鏡、黒い時代遅れの型のジャンバーを着こんでいる姿は他人から見れば確かに相当滑稽に見えるだろう。そう水島勉は思いながら店主の苦々しげな顔を覗き込んでいた。入力を終えた店主はこの店に入った当初、まだ水島が法術関連のことに言及する前の親しげな表情に戻ると手を打って笑顔を向けてきた。
「ああ、法科と言うと明法大だね?」 
「ええ、そうですけど」 
 これもまた何度も繰り返された話題だった。法学部で数多くの司法試験合格者を輩出している名門。この豊川市にキャンパスがある以上、それが自然な話と納得するのも当然のことと言えた。
「それにしても最近はこんな能力があるなんて……放火魔がパイロキネシス能力を持っていたりしたらどうなるんだろうねえ」 
 世間話のつもりで親父がつぶやくのを聞いて水島は正直うんざりしていた。これまでこんな会話をどれだけ聞いてきたことだろう。法術適正の無い連中の無神経な一言がもちたくも無いのに力を持っていることが分かってしまった自分達をどれほど傷つけているか。たぶん彼等には死ぬまでわかることはない。そう思いながらなかなか検索結果が出ない時代遅れの端末をそれとなく覗き込む水島。だが店主は自分の世間話に何も反応しない水島をいかにもひどい男だと言うような表情で見つめてくる。仕方なく水島は口を開いた。
「でも……存在が発表される前にも能力はあったんですよね」
 店主の反応は冷ややかだった。そんなことは知っているよと言いたげに口を曲げるとそのままようやくデータが映し出された端末に目を移す。 
「それはそうだけどさあ……あ、これなんてどう?」 
 親父はそう言うと水島の前の画面に1Kの物件のデータを表示した。
「8畳一間で……キッチンとユニットバス……それで8万は高くないですか?」 
 水島の抗議にしばらく自分の提示した案件に目を通す店主。
「確かにねえ……でも最近はオーナーの意向で法術適正のある人間は止めてくれっていう話が多くてね……いや、私はそんなことは気にすることじゃ無いって言っているんだけどね……」 
 店主のあからさまに気持ちの入っていない言葉。また水島は不愉快と付き合うことになる時間を過ごす自分を見つけることになった。恐らくは法術適正のある人間には多少の無理を言っても聞くだろうと言う計算がアパート経営者の間でも広まっているのだろうと改めて感じた。
 海のものとも山のものとも知らない力。そんなものを抱えている人間に部屋を貸すのはギャンブルに等しい。自分にもし力が無ければそう考えたかもしれない。そう思いながら水島はとりあえず考えさせてくれと言うタイミングを計っていた。
「この案件も……法術適正を問わないとなると……すぐ決まっちゃうかもしれないな。明法大の推薦入試の結果は一昨日出たところだからねえ。昨日も親御さん連れて法術適正の書類持った高校生が来てね。結構苦労してたよ」
 そう言うと店主は顔を上げてニヤリと笑う。
 明らかに今決めろ、貴様にはそれしか道は無い。そう言っているように水島には見えた。
「ちょっと……詳しいことを教えてもらえませんかね」
 水島はその彼の言葉に一気に晴れやかな表情になってデータ検索を始める店主の後姿を見つめていた。そしてただ分けも無く自分を取り巻いている周りの環境に対する恨みをまた一つ腹に抱え込んだ。





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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 47

 ハンガーの轟音が響く技術部の各部の詰め所が並ぶ廊下。その中の一番地味に見える小部屋を見つけるとシャムは静かに呼び鈴を鳴らした。

『開いてますよ』 

 低い声が廊下に響くのを待ってシャムは引き戸を開く。重い引き戸には厳重なロックが施され、そこが一般の隊員の立ち入りが難しい部署であることをいつものことながらシャムは思い知った。

「ナンバルゲニア中尉……」 

 カウンターの向こうで狙撃銃のスコープを掲げて覗き込んでいる一際目立って座高の高い青年技術仕官。彼の隣のカウンターの上には見慣れたベルトが置かれているのが背の低いシャムからも見て取れた。

「キム……またごめんね」 

 シャムはそう言いながらカウンターに置かれたガンベルトに手を伸ばす。西部劇の無法者なんかがぶら下げていそうな派手なガンベルト。そこに刺さった二挺のリボルバー。シャム愛用のコルト・シングル・アクション・アーミー、通称『ピースメーカー』のコピーモデル。しかもその銃身は短く切り詰められ、グリップにはこれまたアイボリー調の素材に象嵌が施された派手な特注のものが仕込まれている。

「ちゃんと45ロングコルトの弱装弾を仕込んどきましたよ。先週で撃ち切っちゃったんで……リロード品になりますが」 

「ごめんね。いつも」 

 シャムがそう言うとキムは相変わらずスコープを右手に持ったまま左手で重そうな引き出しを開くと箱を一つ取り出した。

「まあ12発詰めるのも100発詰めるのも大して変わりないですから。一応これとあと一箱は作っておきましたから」 

 そう言いながら右手のスコープを机に置くと今度は作業台から長い金属の棒を取り出して目の前に掲げるキム。シャムがベルトを巻きつけながらそれを見ているとさすがにキムも手を休めてシャムのほうに目を向けた。シャムはそのぶっきらぼうな視線に驚いたように回りを見回す。技術部小火器担当班。『アモラー』と呼ばれる部署は出入りの激しい技術部の人材の中にあって一人の異動も無い貴重な部署だった。そしてその雰囲気がその事実が当然のものだと納得させる。

 キムの隣の筋肉質の曹長はじっと警備部の装備しているカラシニコフライフルの機関部の部品の一つと思われる針金を無言でバーナーで炙っている。その隣から三つの席は空席。ついたての奥では何か金属を打ち付ける機械の音が絶え間なく響く。珍しい来客に顔を出した赤毛の女性技術兵は苦笑いを浮かべながらキムの隣まで来ると手にした紙切れをキムに渡す。無言でそれを受け取ったキムは一度うなづく。赤毛の女性はその態度に納得したというように来たときのままの無表情を顔に貼り付けたままそのままついたての向こうに消えていく。

 シャムはそれを見送ると彼女がつけていた防熱素材の前掛けが茶色だったか紫色だったかが思い出せずに気にかかりながらなんとかベルトのバックルを締め終えた。




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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 46

「じゃあ僕の職権で繰越金を何とかして処理しておきますから。後で清算手続きの書類、回しますからね!」 

 捨て台詞のようにそういい残して菰田は無表情のまま管理部の部屋に飛び込む。シャムが透明のガラスの向こうを見ているといかにも痛快そうに笑っていた事務の女子職員達が菰田が口に手を当てるのを見て慌てて目の前の端末に視線を移す様が滑稽に見て取ることができた。

「彼も……悪い人間じゃないんだけどねえ……」 

 苦笑いを浮かべて頭を掻く高梨。

「参事は隊長と会議でしたか?」 

「まあ……兄さん相手じゃ会議にならないよ。書類を渡したら恐ろしい速度でチェックを入れ始めてそのまま決済書類入れにポイだからね。書類を見て入っているチェックの赤ペンの言葉に文句を言おうとしたら途端に立ち上がってヤスリを取り出して自分の銃のスライドを削り始めちゃって……要するに赤ペンの部分のことには意義があるから僕の裁量でなんとかしろってことなんだけどさあ……」 

 そう言うと小脇に抱えていた書類入れから書類を取り出そうとする高梨。

「あ!私は要ちゃんを迎えにいくんだった!」

 それを見て小難しい話を繰り出されると思ったシャムはそのまま轟音の響くハンガーへと駆け出した。

 管理部のガラスの小部屋が尽きると視界が広がって目の前には偶像のように並ぶ人型兵器『アサルト・モジュール』が見えた。まさに壮観と言える光景に思わずシャムは足が止まりかけるが、後ろからまた高梨に話しかけられてはたまらないとそのまま階段を駆け下りてハンガーの床までたどり着いた。

「ナンバルゲニア中尉、また西園寺さんのお守りですか?」 

 床にどっかり腰を下ろしてニコニコ笑いながらシャムの実働部隊のアンと並ぶ19歳で最年少の技術兵である西高志兵長が油まみれのバールを磨いている様が目に飛び込んできた。

「まあそんなところね」 

「かなり苛立ってるみたいでしたね、あれは。独り言をぶつぶつつぶやきながら僕のことを無視してそのまま小火器管理室に飛び込んだと思ったら……」 

「あれでしょ?キム少尉と怒鳴りあいの後で銃を持ってそのまま同じ調子で外まで歩いていったと」

 シャムの推理に感心するわけでもなくただ苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべた後、西はそのままバールをぬぐっていた油まみれの布切れを隣の作業台に放り投げてバールを肩に背負うようにして立ち上がった。

「うちの新人達も……まだ慣れて無いですからね。驚いちゃって……この前なんか危うく労災になるところでしたよ。できれば神前曹長にナンバルゲニア中尉から一言言ってやってくれませんか?」 

 激しい人事異動の結果、平時だというのに部隊発足わずか二年間で技術兵では最古参になった若者の言葉にシャムは苦笑いを浮かべるとそのまま手を振って騒ぎがあったという小火器管理室へと足を向けた。




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