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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 63

「まずは遼北の周麗華少将……従妹だからと言う身びいきじゃ無いが決まってもおかしくなかったんだけどねえ……」 

高梨も父ムスガの弟であり遼北革命に参加したムジャンタ・シャザーンの娘で先の大戦では女性にして遼北でも上位の撃墜数を誇ったエース。何度か会議の席で顔を合わせたが勘のきつそうな視線はどうにも高梨の苦手とするところだった。

「遼北じゃあ……菱川さんが認めませんね」 

「そう言うこと。それで次の候補が大麗のパク・ジュンス大佐。若手で温厚篤実……だが当然ながら人材不足の大麗が手放す訳もない……ってんで次の候補が胡州の誰かってことだ」 

「誰かって……自分じゃないですか」 

弟の軽口に嵯峨は苦笑いを浮かべる。高梨も兄に言われるまでもなくこじれにこじれた保安隊隊長人事については情報を独自に入手していた。嵯峨のくせ者ぶりは有名なだけに遼北と西モスレムが珍しく共同歩調でその人事に反対したが、結局は菱川重三郎が強引に押し切って決まった人事だった。両国はこの人事に露骨に不服だった結果、遼南内戦で面識があったため直接嵯峨が口説いた二人、遼北の技術部部長の許明華大佐と高梨の前任の管理部部長で現在は戦地である両国国境で任務遂行中のアブドゥール・シャー・シン大尉以外の出向を拒否したほどに難航した人事だった。

「要するに最初から俺はいつかは切られる運命だった訳だ……まあこのまま行くと同盟の方が先に命脈が尽きそうだがな」 

「腹は立たないんですか? 一応は王族最後の仕事として提言した同盟の設立でしょ? 」 

力なく笑う兄に思わず高梨の語気は荒くなる。

「腹ならもう煮えくりかえっているさ……でも怒ってどうなるよ? 世の流れ、人の心。どうにもならないものって言うものはこの世の中いくらでもあるもんだぜ。俺はこの星が地球列強に食いつぶされない為の方策として同盟を提言したわけだが……そんなことよりも世の人々は目先のプライドや気分が大事らしいや」 

それだけ言うと嵯峨は再び椅子で身を反り返らせて伸びをする。

「それより渉よ……東和で食って行くんだから俺とは距離を置いた方がいいぜ……本庁からの帰り、付けられただろ? 」 

「え? 」 

嵯峨の言葉に高梨は驚きを隠せなかった。

「どこの連中が……」 

「東和の公安。うちのゲートの前にもこの寒いのに三人も張り付いて……ご苦労なことだ」 

頭を掻きながら外を指さす兄。憲兵上がりの兄が同類を見逃すはずがないのは十分に分かる。そして現在第一小隊所属の吉田俊平少佐を東和公安ばかりではなく同盟司法局の捜査部門も追っていることは高梨も知っていた。

その時嵯峨の机の通信端末に着信があった。

「秀美さんかな? だといいねえ……」 

嵯峨はのんきにそのスイッチを入れた。


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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 62

「東和出身の連中が予想通りというか……早速再就職先探しですよ。すっかり同盟解体は目の前だというように勤務中から前の所属の所属長と電話で長話。まあ連中も分かってますから同盟の機密事項とかは流れていないと思いますが……」 

「分かったもんじゃねえなあ。東和の金が同盟をどうにか生かしていたようなもんだ。金には秘密がつきもの。そして金の流れは力につながる。賢い奴はばらしはしなくてもそれとなく分かるようにほのめかしたりしているんじゃねえか? 」 

「確かに……」 

高梨は力なく笑うしかなかった。彼自身が同盟司法局へは東和国防軍の背広組からの出向者である。人のことを言える立場ではない。

「東和宇宙軍絡みも結構活動始めているんじゃねえか? 」 

嵯峨の声のトーンが一段下がる。高梨もその理由は十分に分かっていた。

「連中は秘密主義ですからね……陸軍や空軍の奴等のように表立って動いてはいませんが。ただ動き出したら早そうな連中ですよ」 

思わず高梨の口から本音が出る。国防省内部でも宇宙軍は別格扱いされていた。予算や人事権は表だっては政府の意向に沿ってはいるが、高梨が予算編成局の課長をしているときも事実上独立した権限を有していると判断して決済するようにと言う前任者からの引き継ぎを受けたことを覚えている。

『ある人物からの指示でね……』 

退官が決まっていたノンキャリアの前任者の言葉でおそらくそれが東和ただ一人の人物の意向であることだけは理解できた。

「菱川の旦那……笑いが止まらねえんじゃないかねえ」 

嵯峨の顔が卑屈な笑みに浮かぶ。そしてその視線はそのまま窓の外の壁の向こうに広がる菱川重工豊川工場に向かった。

「同盟が東和にとって思いの外経済的負担になってきたのは事実ですから……機会があれば解体に導きたいという考えがあっても不思議な話じゃ無いですが……本当に菱川重三郎元首相が? あの人は同盟司法局の設立を一番に主張した人じゃないですか……それにその実働部隊長に兄さんを指名したのも事実上はあの人でしょ? 」 

信じられないと言うより信じたくない。そう思いながら高梨はまだ外を見つめている兄の後ろ姿を見つめていた。嵯峨はゆっくりと視線を部屋に戻し、一度目を閉じた後伏し目がちに言葉を紡ぎ始める。

「俺を同盟内部に引きずり込んだ理由は簡単さ。要は俺を目の届く範囲に置きたかったんだろ? 」

「まるで犯罪者じゃないですか! 」 

「おう、俺は一応先の大戦じゃ人道に対する罪で銃殺されたことになっているんだから……立派な犯罪者だろ? 」 

遼南での治安維持活動で『人斬り新三』の異名を取った兄の顔が歪むのに高梨は目をそらした。それでも兄の言葉は続く。

「同盟の実力部隊は俺が同盟設立を提案した時の条文の段階から本部を東和に置くことになっていた。技術力と安定した治安が魅力でね……扱うものがアサルト・モジュールなんて言う技術力の塊を常に運用状態に置くとなると東和か……大麗くらいしか適当な場所がない。警官が金で動くような治安のヤバイところに設置すれば同盟の中立的実力行使という役割が果たせなくなる可能性もある……そうなると選択肢は東和一本に絞られたわけだが……その部隊長には何人かの候補がいた」 

兄の言葉がどこにたどり着くかと高梨はただ耳を澄ませるだけだった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 61

保安隊隊長室のソファーに座る管理部部長の高梨渉参事は彼の落ち着かないときの爪を噛む動作を続けながら腹違いの兄で部隊長である嵯峨惟基が高梨が同盟司法局本局から持ってきた演習内容の最終決定稿を見終わるのをじっと待っていた。

「これでまあなんとか演習の実施まではこぎ着けたわけか……」 

決定稿を机の上に投げると嵯峨はのんびりと椅子の背もたれに身を投げた。長身痩躯な嵯峨に比べ小太りな高梨がじっと恨みがましい視線で兄を見上げる様は少しばかり滑稽にも見えた。高梨もそれを自覚しているようで、頭を掻きながらそのまま視線を隊長室狭しと並ぶ書画骨董のたぐいに目を向ける。

どれも一級品の折り紙付きの品々ばかり。遼南王族の嫡男として生まれ、胡州第一の名家西園寺家で育った嵯峨に取ってみればどれも見慣れた品々だったが、父が政務を投げて後宮に籠もってから生まれ、追放された先の東和で育った高梨からしてみればどれも手の届かないとてつもない品物に見えた。

「じろじろ見るなよ……全部預かりものなんだから。傷でも付けたらことだ……」 

「なら仕事場に持ってくることは無いんじゃないですか? 」 

棘のある弟の言葉に嵯峨は参ったというような苦笑いを浮かべる。

「それよりその顔だ。本局……どうだい? 」 

嵯峨の質問に高梨は大きくため息をつく。兄は本局の様子など手に取るように予想しているのは間違いない。

「厭戦ムードですよ……遼北の胡州大使館に秘密裏に胡州の西園寺首相が入ったと言うことでとりあえず正面衝突は延期になったと安堵している奴もいますがねえ。結局は時間稼ぎにしかならないと言うのが大方の見方ですね」 

「はあ……兄貴も落ちたものだな。先の大戦で遼北と胡州の休戦協定を結んだ辺りがピークだったのか? 」 

嵯峨の義理の兄、要の父である胡州宰相西園寺重基の動静に嵯峨も多少安堵したような表情を浮かべたものの、その目はまるで笑ってはいなかった。

「落ちられては困るんですよ……明日、ゲルパルトのシュトルベルグ大統領がイスラム聖職者会議の代表を伴って西モスレム入りする予定なんですから。ともかく両国を対話のテーブルに着かせることが……」 

「出来るの? 」 

突然の嵯峨の突っ込みに高梨は黙り込んだ。両国への支援勢力からの圧力は今に始まったことではない。2月だというのにすでに遼北には中国からの特別使節が二度、西モスレムには三人のアラブ諸国の大臣クラスの人物の来訪が伝えられていた。ただ事態はここまで悪化していた。その事実が状況がどの段階まで進んでいるかと言うことを示していることは高梨にも十分理解できた。

「まあお偉いさん達の動向は俺達が何を言っても変わらないだろ? それより本局の厭戦気分とやらを聞こうじゃないか」 

そのまま身を乗り出して嵯峨がソファーに座る高梨を見つめてくる。興味深々と言いたげに珍しく見開かれた目に見つめられるとどうにも高梨は緊張してしまっている自分を発見した。遼南王朝は初代ムジャンタ・カオラ帝が突如姿を消してから続く皇帝達の多くが夭折した為、皇帝になるべく生まれたという存在は数えるほどしかいない。その一人である嵯峨。時々見せる鷹揚に見えて恐怖を見るものに与える視線を見るとそんな兄の恐ろしい一面を見ているようで高梨はいつも息を飲むしかなかった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 60

「信じるねえ……確かにテメエ等のつきあいが長いのは聞いちゃあいるが……それほど奴は信用できるのか? 」 

「そう言う割には要ちゃんは心配してお金を出して俊平を捜してくれているんでしょ? 」 

嫌みを言うつもりが逆に窘められて要は顔を真っ赤にして黙り込む。その様子に吹き出すアイシャに要は照れ隠しに拳を握りしめて振り回した。

「別にそんなに心配しなくても大丈夫。アタシ以上に俊平は強いから」 

「強い弱いの問題じゃ無いわよね……なんでも東和の公安警察が吉田少佐を追い始めたとか……」 

アイシャの突然の言葉に誠はただ黙り込むしかなかった。

「公安が? 容疑は何だ? 今回の遼北と西モスレムの激突と……」 

「カウラちゃん興奮しないでよ! 私だって昔の知り合いのつてで噂に聞いたくらいなんだから! 」 

振り向いて詰め寄るカウラに迷惑そうに顔を顰めるアイシャ。そんな様子もどこ吹く風で相変わらずシャムは梅を眺めていた。

「心配しねえのかよ……辛抱強いというか……ここまで行くと薄情に見えるぞ」 

要の言葉に再び慈悲を帯びた笑みで振り返るシャム。彼女と吉田の出会いから今まで。誠が知っていることはほとんど無いと言っても良い。だがそのつながりがどこまでも特別なものなのは理解することが出来た。

「そう見えても仕方ないけど……分かるんだよ。間違いなく大丈夫だって」 

「そんなもんかねえ……」 

理解できないというように要はそのままシャムの隣の柵に寄りかかって梅を眺める。眺めていた紅梅に降り注ぐ光が一瞬の雲の影に隠れた。

「で……吉田は何をしてると思う? 」 

再び降り注ぐ早春の日差しを見ながらのそれと無い要のつぶやき。シャムはただ変わらぬ笑みを浮かべていた。その視線は梅の梢から逸れることがない。

「大事なこと。俊平がしなければならないと思った大事なことをしているんだよ。きっとアタシにも相談できないほど個人的で大事なこと……」 

「昔の女との別れ話か? 」 

「要ちゃんは……本当にデリカシーってものが無いのかしら? 」
 
アイシャの言葉にさすがの要も苦笑いを浮かべた。シャムを見る限り吉田の目的はそのような所帯じみた話のようには誠にも思えなかった。

「しなければならないことを終えたら帰ってくるよ。その時笑顔で迎えたいんだ……だから泣かないの……」 

光の中。シャムの眼の下に二筋の光の線が見えたのを誠は見逃すことがなかった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 59

「案内板でもあったのか? 」 

カウラの言葉にただ指を指すアイシャ。

「梅だな……そして……」 

誠もカウラと共に松の木の隣に咲き誇る紅梅を眺めた。その目の前には三脚にカメラを載せて難しい顔で立ち並ぶ高齢の男女の姿とそれをうっとうしそうに横目で見ながら梅の花を愛でる同じ年格好の女性の群れを見つけた。

「でも……なんで? 」 

アイシャがそう言ったのはその向こう側。柵に頬杖をついてじっと梅を眺める少女の後ろ姿を見たからだった。正確に言えばそれは少女の後ろ姿ではない。戸籍上の年齢はもう三十に手が届く。

「シャムだろ? 休暇でも取ったんじゃねえか? 」 

全く動じずにそのまま要は一直線に梅を見ながら物思いにふけるシャムに向かって歩き出した。

「おい、そこの餓鬼! 」 

シャムはしばらく声をかけたのが要だと分からず呆然としていたが要の特徴的なタレ目を目にするとすぐにむっと膨れた表情を浮かべて誠達に目をやった。

「餓鬼じゃないよ! 」 

「じゃあなんだ? ……梅見か? がらにも無いな」 

「それを言うなら要ちゃんの方が似合わないじゃない! 」 

「そりゃあそうか」 

シャムにムキになられて少しばかり反省したように要はそのままシャムの隣に立つ。節くれ立った梅の木々の枝に点々と赤い花が咲いているのが見える。

「良い枝振り……そして良い梅だ」 

「要ちゃんが言うと実感わかないわね」 

「馬鹿言うな。胡州も梅はそれは大事にされているんだ。これより良い梅も散々見てきたぞ」 

「嫌々めんどくさそうにでしょ? 」 

アイシャに図星を指されて要は黙り込んだ。そんなやりとりを乾いた笑みを浮かべて眺めていたシャムは再び視線を梅へと向けた。

「ナンバルゲニア中尉……やはり吉田少佐のことが気になるんですか? 」 

思わず誠は本題を切り出していた。あまりにも突然だと言うように振り返ったシャムの目が誠の顔を直視できずに泳いでいる。

「う……うん。気になるよ。でも信じたいんだ」 

それだけ言うと再びシャムは目を梅に向ける。考えてみればシャムと吉田の関係は誠から見ても不思議だった。つきあっているというわけでも無い。シャムはどう見ても色気より食い気という感じにしか見えないし、吉田は超然としていて男女関係などの情念とは無縁な冷たいイメージが誠にはあった。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 58

平日の日中。客の多くはリタイヤした高齢者が多く見られた。仲むつまじく歩く姿、何人もでがやがやと談笑しながら入り口に向かう姿。そこにはいつもの東和の日常があった。

「いい若いのがこんな時間に梅見か? 」 

「何よ……要ちゃんだって反対しなかったじゃないの。それに他に良い場所知ってるの? 」

アイシャに突っ込まれて要は不服そうに黙り込む。そのまま真新しい植物園の入り口のゲートが目に入る。褐色の門柱と黒い鉄柵。

「もう少し……柔らかい印象で作れないものかな」 

カウラでさえそう言う物々しい門。そこの脇にある入場券売り場に当然のように要が歩いて行った。

「大人三枚と馬鹿一枚」 

「馬鹿? 」 

素っ頓狂な要の言葉に彼女と同じくらいの年の職員が首をひねって誠達を眺める。

「馬鹿って要ちゃん? 」 

「オメエのことだよ……まあいいや。大人四枚」 

「はい……」 

相変わらずよく事情を飲み込めないというように要のカードを端末でスキャンした後そのまま磁気カードを四枚要に手渡す。要はそれぞれ誠達に配るとそのまま振り向きもせずに入り口のゲートを通りすぎた。

「急いじゃって……そんなに梅が見たいの? 」 

アイシャの皮肉に答えることもなく要はそのまま奥へと歩き続ける。誠達も仕方なく急ぎ足でゲートを通りすぎるとそのまままだ新緑には早い植物園へと足を踏みれた。

「寒々しいわね……」 

思わずアイシャの口から漏れた言葉も尤もな話で、落葉樹にはまだ木の芽の気配が僅かにするばかり。多くの木々はまだ冬の気配を残している気温に遠慮して縮こまっているように見える。

「季節は移るものだ……いつまでもとどまると言うことは無い」 

カウラはただそれだけ言うと一人飛び出している要に向けて急ぎ足で進む。誠も左右を見回して感心しているアイシャを置いてそのまま要のところへと急いだ。

「奥だよな……梅は」 

「知らないで急いで歩いているのか? 」 

突然立ち止まって振り返っての要の言葉にカウラはあきれ果てながら周りを見回した。桜の木々の枝ばかりが天を覆い、季節感の感じられない松の梢が風に揺れていた。

「案内板でも捜せばいいじゃないの」 

遅れてたどり着いたアイシャはそう言うと、そのままひときわ目立つ立派な枝振りの松に向けて歩き出した。

「勝手なことばかりして……」 

ため息を漏らすカウラの視線の先でアイシャが誠達に手招きをしているのが見えた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 57

「梅……意外と終わってたりして」 

不意に目を開けたアイシャのつぶやきに要が顔を顰める。

「そりゃ嫌だな。せっかく並んだのに見てみたら散った後……最悪」 

「そんなことは無いと思いますよ。今年は梅は遅いって言ってましたから」 

誠の言葉にも要の表情は冴えない。ただ動いていく景色を眺めながら大きくため息をつく。

「でもそれは咲くときの話だろ? このところかなり暖かいじゃねえか。すぐ散ったりしてるかもしれねえだろ? 」 

「心配性ね……なんなら降りて確かめてくれば? 」 

「ふざけるな! 」 

要の怒声にアイシャはそのまま寝たふりを再開した。カウラはそれを眺めながらじりじり進む前のバンの後ろをゆっくりと車を進める。

「全部は散って無くても……紅梅だけ散ってるとか? 」 

「それも嫌だな。紅白揃ってこその梅じゃねえか」 

「意外だな。西園寺が花にこだわるとは……」 

カウラの何気ない一言に要が黙り込む。一応は彼女も風雅を重んじる胡州随一の名門西園寺家の次期当主である。そう言うことに疎い誠ですら殿上貴族のたしなみとして彼女が幼い頃から梅見などに興じる日々を過ごしてきたことは容易に想像がついた。

「結局隊長が梅見でもして鋭気を養えと言ったが……そのまんまになりそうだな」 

駐車場の入り口に立つ警備員の指示に従ってハンドルを切りながらのカウラのつぶやき。誠は目の前に臨時駐車場と書かれた看板を見てようやくこの行列がなぜ早く進んだのかを理解した。

「なんだよ……今頃臨時駐車場をオープンか? 今の季節なんだから朝から開けとけよ」 

「まああれだ。普段の駐車場がいっぱいになるまで閉めておく取り決めにでもなっていたんじゃないのか? 」 

「これだからお役所仕事は……」 

「私達も公務員じゃないの」 

要の悪態に薄目を開けたアイシャが突っ込みを入れる。カウラはそのまま車を砂利の敷き詰められた空き地に進めて誘導員の指示に従ってバンの隣に車を停めた。

「じゃあ行くから……でかいの二人! 降りろ」 

「何よその言い方……」 

悪態続きの要をちらりとにらんだ後、アイシャは渋々助手席のドアを開けると外に出た。誠も苦笑いを浮かべながら助手席を倒して外に出る。

「やっぱり寒いな……」 

「なら上を着てくればいいのに……」 

ジャンバーの下はタンクトップといういつもの姿の要にアイシャが嫌みを込めた調子で呟いた。

「ぐだぐだ言っていないで行くぞ」 

いつまでも揉めていそうなアイシャと要を横目で見ながらカウラはそう言うとそのまま植物園の入り口に向けて歩き始めた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 56

止まった車の中に入り込む日差しはまだ弱く、少しばかり眠気を誘う。

「眠いわね……」 

思わず呟いたアイシャにカウラが苦笑いを浮かべる。

すぐに前の車が動き出した。

「意外と早く入れたりして」 

「それは無いだろう。たまたまだ」 

要の言葉を軽く否定するとカウラはそのまま車を動かす。

「こんな良い日より……いつまで続くか……ガイガーカウンターでも買おうかしら?」 

「ああ、売り切れ続出らしいな。そういうところはちゃっかりしている庶民様だ。まあそんなことをしたところで降り注ぐ放射線を払うことなんてできねえのによ……」 

また振り出しに戻る会話。

太陽の力はまだ弱く。アイシャと要に弱音を吐かせる勢いは無い。ただ、その眠気は着実に襲ってきているようで次第にアイシャの口数が減り始める。

「まあ……梅でも見て。帰りに酒でも買って帰るか? 」 

「お前はそればかりだな」 

要の言葉にカウラはいつもの呆れたという笑みを浮かべる。誠がちらりと助手席を見れば、すでにアイシャはうたた寝を始めていた。

「眠くなるのも分かる日差しだな……暖房も適度だし……アタシも寝ようか? 」

「遠慮するな。静かで気楽になる」 

カウラの言葉に要はパッと目を見開いて誠を睨み付ける。

「あ……ただ見てただけですよ」

「で? 見た感想は? 」 

「え? まあ……眠そうだなと……」 

「そうか……」 

少し残念そうに俯く要。誠は彼女が何を求めていたのか分からずにただ仕方なく自分も眠れるように背もたれに頭を載せた。

「また動くな……やはり早く着くんじゃないか? 」 

車が動き出すと要は勝手に呟いていた。確かに明らかに早めに車は動いていた。駐車場の存在を示す看板も見え始めている。

「早く着くと良いですね……」 

睡魔と戦いながら誠は投げやりにそう呟いていた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 55

「梅を見るのに……辛気くさいには今一ね」

アイシャの言葉で誠は我に返った。確かにいくら思いを巡らせてもどうにもならないことは世の中にはある。

「そう言うことだ……アタシ等は謹慎中の身だ。出来ることはしたんだからいいじゃねえか」 

「なるほど、西園寺もたまには良いことを言う」 

「たまには? 聞き捨てならねえな」 

そう言いながらも要の表情は笑っていた。確かにその笑いに力はない。諦めたような空気が漂う。ただそれ以上誠も思い悩むのは止めることにした。

早春の街はいつもと変わる様子は無い。去年までの山奥の訓練校からすればかなり活気のある街。大学時代まで下町の実家で過ごした誠には少し寂しげに感じる豊川の郊外の商店街の景色。

人はそれぞれにやや力を帯びてきた太陽を見上げて季節を堪能している。確かにそれが次に何が起こるか分からない国際情勢と無関係であったところで彼等を非難することは間違っているように誠には思えた。

「おい……あそこの車の列……」 

カウラがハンドルから手を離して指さす田んぼの隣の車の列。最後部には警備員が看板を持って立っているのが見える。

『豊川植物園駐車場最後尾』 

看板の赤い文字にアイシャが思わず頭を抱える。

「やっぱりみんな考えることは同じね……どこか近くに駐めて歩く? 」 

「この近辺は駐車禁止だ」 

カウラに一言で自分の案を否定されたアイシャが情けない表情で後部座席に目を向けた。

「そんな目でアタシを見ても仕方ないだろ? 待つしかねえよ。梅は逃げたりしねえから」 

「いつもは待つのは嫌だって逃げるくせに……珍しいのね」 

確かにいつもにないのんびりしたような表情の要を見て誠も首をひねった。あらゆる意味でまな板の上の鯉の誠達。要は彼女なりに覚悟を決めているのだろう。そう思うと誠も自然に頷いていた。

「へえ、後部座席のお二人さんはお待ちするようですよ」

「なら待つしかないだろ」 

いつでもそのまま最後尾の車を追い越せる位置で車を停めていたカウラは覚悟を決めたようにそのまま駐車場へ続く車列の最後尾に車を着けた。

「30分くらいかしらねえ……」 

「昼過ぎだからな……確かにそのくらいは時間がかかるんじゃねえか? そう言えばここの駐車場はでかいのか? 」 

「都営施設だからそれなりにでかいはずだぞ……ちょっと待て」 

要の質問に暇をもてあましていたカウラはナビゲーションを弄って駐車場の規模を調べる。

「二百台……多いのか少ないのか微妙だな」 

カウラの苦笑いに誠も自然と笑みが漏れてくるのを感じていた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 54

「それじゃあ……」 

誠は車内から睨み付けてくる要に恐れをなしてその隣に体を押し込んだ。

「狭いな……」 

呼んでおいてこの扱い。いつものこととはいえただ苦笑いだけが浮かんでくる。

「なに……要ちゃんはとなりが私の方が良かった?」

「テメエに触れるくらいなら死んだ方がいいや」 

アイシャの皮肉に大げさな言葉で返す要。その様子に苦笑いを浮かべながら運転席に体を沈めたカウラはエンジンをスタートさせた。

ガソリンエンジンの軽快な作動音。遼州系ならではの光景だが、この三ヶ月ばかり原油の値上がりは続いていた。

遼北は東和との原油のパイプラインに保安上の問題があると言うことで総点検を行っていた。それが西モスレムの挑発的行動により活動を活発化させていたイスラム過激派によるテロを警戒しての物だと言うことは誰の目にも明らかだった。

「誰か話せよ……」 

ゆっくり車がラーメン屋の駐車場から出ようとする中、車内は沈黙に包まれていた。ガソリンエンジンの音を聞く度にこの数日は沈黙してしまうのが誠達の日常の一コマだった。誠が保安隊で過ごした9ヶ月ばかりの日々も彼等の意志とは無関係な国際的理屈の上で終わりを告げるかも知れない。そんなことを感じながら誠は黙って豊川の街を眺めていた。

「のんきなもんだな……次の瞬間には十億の人間がこの星の上から蒸発しているかも知れないって言うのにな……」 

「人間なんてそんなものよ。先の大戦で外惑星や胡州軌道域で日に何億の人が死んでいるときにこの国の人達が何をしていたか……それを思い出せば人間の想像力の限界が見えてくるものよ」 

いつにない悲観的なアイシャの言葉に彼女がその日に失われる何億の命の補給部品として作られた人造人間だという現実を誠は改めて理解した。

外周惑星諸国で4億、ゲルパルトで23億、胡州で12億。数を数えるのは簡単な話だが、先の大戦の死者はあまりに多かった。そしてその死と無関係どころかコロニーの破損で一千万人が窒息死した壁面の修復や核攻撃により三千万人の死者が出た衛星上都市の再建需要で急激な経済成長を遂げた東和の市民として自分が暮らしてきた事実。

「同情してくれれば生き返るのか? それこそ感情論で不毛だな。ここで議論をしたところで遼北と西モスレムの対立を止めることは出来ない。そして先の大戦の時も東和の市民がいくら地球と遼州の対立を止めようと叫ぼうともあの戦争は起きた……違うか? 」 

目の前で急停車した小型車を軽いハンドルさばきで避けながらカウラが呟く。そして誠は二人の人造人間の出自を思い出した。

ゲルパルトが劣っていた人口を補うために計画した人造人間製造プロジェクト『ラスト・バタリオン』。もしゲルパルトや胡州の枢軸陣営が優勢に戦争を進めてその必要がなくなっていたのならば、こうしてアイシャやカウラと誠が出会うこともなかった。たぶん二人はゲルパルト技術陣のゲノムサンプルとして冷凍庫の中で眠り続け、使用不能になった段階で破棄されていたことだろう。

「事実は変えられないんですね……」 

「ケッ! 今頃気づいたのか! 」 

要が馬鹿にするように呟く。車はただいつも通りの大通りの昼下がりをいつも通りに走るだけだった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 53

「神前……まだか? 」 

「ちょっと待ってください! 」 

すでに食べ終えた要の言葉に誠は慌ててラーメンのスープを啜る。

「お会計は要ちゃん。お願いね」 

さっさと立ち去るアイシャ。要はただ苦虫をかみつぶした顔をしてそのままカウンターの奥のレジに伝票を持って進む。

「助かったな」 

カウラはそう言って珍しい笑みを浮かべるをそのまま店を出て行った。誠はようやくラーメンのスープを飲み終えるとそのままコップの中の水を口に流し込んで慌ててジャンバーを羽織って店の外に出た。

「ずいぶんとまあ……のんきなこと。いつ核戦争が始まるかも知れないのに」 

アイシャの言葉に『核』という言葉が出たのを聞いて客達が迷惑そうな表情でアイシャを見つめる。紺色の髪。普通の人間にはあり得ないその色。軍に詳しい人間なら人造人間のそれだと分かるが一般人にはバンドメンバーか何かにでも見えるのだろう。

「つまらない話をしても仕方がない。それより……どこに行く? 」 

アイシャよりもさらに目立つエメラルドグリーンのポニーテールを揺らしながらカウラが呟いた。店からは会計を済ませた要が睨み付けながら出て来た。

「ごちそうさま」 

「いつか倍返しだな」 

「は? 貴族はラーメンなんて下賤の食べるものは食さないんではなくて? 」 

「殺す……いつか殺す」 

殺気立つ要。歌い出しそうな調子のアイシャ。ただカウラは頭を抱えていた。

「そう言えば……今日辺り豊川植物園の梅祭りの最終日じゃ無かったですか? 」 

誠の何気ない提案に要の顔が曇る。アイシャはそれを見てうれしそうに懐から携帯端末を取り出した。

「ちょっと待ってね……あった。明日が日曜日で最終日よ。でも……花はあるかしら」 

「今年は遅いと聞くぞ。大丈夫なんじゃないか? 」 

すでに行き先も無いだけに不満そうな要もついていくしかないと言う雰囲気を感じてそのままカウラの赤いスポーツカーに足を向ける。アイシャが誠の提案が通ったこととそれに要が不満なのに満足したというように誠を振り返り満面の笑みを浮かべる。

「カウラ!早くドアを開けろ!」 

要が叫ぶのを聞くとカウラはオートロックを解除する。明らかに投げやりに後部座席に這っていく要。

「良い天気ね……梅見にはぴったり」 

明らかに嫌みを込めたアイシャの言葉に後部座席に居を固めた要が恨みがましい視線をアイシャに向けていた。


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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 52

「しばし待て……ねえ……」 

アイシャは要の手元の端末に記された文字を見てただそう呟くとそのまま手元のチャーシュー麺に箸を伸ばした。

「ともかくあのネネとか言う情報屋は仕事をしている。それが分かっただけで良いじゃないか」 

チャーハンについてきたスープを飲み終えてひとごこちついたカウラの言葉に誠は同意するように頷いた。だが要の表情は冴えない。

「こんなに時間が掛かる訳はねえと思うんだけど……このままじゃ演習前に情報が集まらねえじゃねえか」 

それだけ言うとそのまま目の前の大盛りワンタン麺のどんぶりを手に取るとずるずると麺を啜り始める。さすがに三日も寮にこもりきりの生活は若い誠達には苦行以外の何物でもなかった。相手がかなり腹を立てている東和の公安当局とあって、勝手に動き回るにも限界がある。さらに先日は東都警察に出向していたのであちこち動き回るにしても顔が割れていて余計な詮索をされるのは本意ではなかった。

「たまにはこうして外に出たけど……映画でも見る?」 

「何か面白いのはやっているのか? 」 

カウラの言葉にアイシャはにんまりと笑う。それを見て明らかにげんなりする要。

「どうせお子様アニメでも見るんだろ? 金の無駄だだ」 

「酷い! 今度のはかなりの話題作で大人も泣けるのが売りなのよ! 」 

「お涙ちょうだいの映画は見るに堪えない」 

鋭く言い放つカウラ。誠は最近知ったのだが、カウラはかなり映画に詳しい。特に前衛的な作品を好んでみる携行があるのでアイシャや誠にはとてもその趣味についていくことは出来なかった。さらに要に至ってはパンフレットを見ただけで背を向けることが請け合いである。

「趣味が合わないから映画は駄目……じゃあ……ゲーム? 」 

「それこそ金の無駄だ。私はそんなことをして時間を潰すために寮を出た訳じゃない」 

これまたばっさりとカウラが切って捨てる。

「どうするんだよ……このまま寮に帰るか? それもなんだか警察連中に遠慮しているみてえで腹が立つしな……」 

要は明らかに苛立っている。元々狭いところにいるのが一番嫌いな質の要である。味は評判で確かに旨いがごみごみした雰囲気の中華料理屋で無意味に時間を潰すのは要には無理な話だった。

「バッティングセンターは? 」 

アイシャの一言にカウラの大きなため息が漏れる。

「あそこはどこかの馬鹿がピッチャー返しならぬピッチングマシン返しをやって機械を壊した件以来出入り禁止だ」 

カウラの言葉にとぼけたように笑う要。誠が店の入り口を見るとすでに席が空くのを待つ行列が誠達が店に入ったときの倍以上に伸びているのが見えた。

「やっぱり外に出てから決めましょうよ」 

誠の言葉は珍しく三人の意見と一致していた。それぞれに黙って料理を片付けることに集中し始める。誠はようやく安心して味噌ラーメンの最後に残した麺とチャーシューを口の中で味わうことに決めた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 51

「タイミングからするとインパルス砲の試験砲台か何かを作っているかもしれないけど……同盟結成時にインパルス砲の開発計画を放棄すると時の菱川首相が明言したじゃないの」 

「そう、明言したのは菱川重三郎。菱川グループ総裁。そして菱川グループはインパルス砲のメイン機構の設計を行っていた菱川宇宙科学重工業を傘下に抱えているわけだ」 

嵯峨の言葉にしばらく安城は沈黙した。

衛星やコロニー群など軽く消し飛ばす無敵の砲台。その開発の放棄はコロニー国家胡州帝国や外惑星ゲルパルト連邦、惑星遼州の衛星国家である大麗民国の同盟加盟の最低条件とされていた。これらと連携して地球諸国と渡り合うことを念頭に置いていた当時の東和共和国首脳部とすれば多少の軍事的妥協は政治的成功のための捨て石と考えれば受け入れられないものでは無かったのだろう。

しかし、同盟が直面した遼州の南方大陸ベルルカンの失敗国家群の救済という地球諸国から突きつけられた課題に直面している現在。経済的に優越している東和にとって同盟と言う枠組みが重荷になってきていることは誰の目にも明らかだった。

決して余裕があるわけではない東和の国家予算から相当額の支援金が湯水のようにベルルカンの国々に注がれながらこれらの貧しい国々は相変わらず貧しく、内戦と飢餓と独裁政治の中でのたうち回る現状に変化は見られなかった。

先の大戦の講和が未だ不調で対外資産が凍結されている胡州帝国、老朽化した植民コロニーの修復に腐心するゲルパルト、内政の失敗で経済的に不安定な状況が続いている大麗。自分達だけが遼州の負の部分を支えてることを同盟により強制されている。保守的な論調で知られる新聞が月に一度はそう言う特集を組むのを安城はうんざりした調子で見る日が続いていた。

「もし……それがインパルス砲の試験砲台だったとして……東和宇宙軍はどう使おうというわけ? 」

「俺に聞かないでよ。それにそこにある建造物がインパルス砲台って決まった訳じゃないんだ。万に一つ、もしインパルス砲台だったとして……俺達にそれを告発してくれって言うつもりなら願い下げだ。これ以上同盟内部にごたごたは必要ないよ」 

「でも……物が物じゃないの! 」 

安城の叫びに嵯峨はただ頭を掻く。

「なに? それじゃあ俺達がそれをぶっ壊せって? それこそ東和宇宙軍の思うつぼさ。東和は同盟から離脱したがっている。軍事施設……例えそれがインパルス砲で、今回の遼北と西モスレムの抗争を全面対決まで持って行こうってその砲身が両国の国境付近に向けられていたとしても破壊した時点で東和は同盟離脱を宣言するよ。同盟の機関に自国の軍事資産がぶっ壊されて黙っているほどお人好しじゃ無いだろうからね」 

冷静な嵯峨の指摘には安城も黙るしかなかった。同盟の主要機関の拠点を提供し、資金的に最大の援助をし、そして人材面でも多くの貢献をしている東和が同盟から離脱すれば同盟は完全に崩壊する。

「それに関して……吉田少佐の情報は? 」 

安城の絞り出すように吐き出された言葉に嵯峨は両手を広げて見せるだけだった。

「奴が姿を消したのは今回の演習場の情報が入り始めてからだからな……おそらくその施設を探っているんだろうな……ただインパルス砲の図面が先に流出するとは奴も読めていなかったみたいだな。これじゃあ完全にアイツは退路を断たれたよ」 

そのまま嵯峨は椅子に身を投げた。安城には目の前で最悪の状況を楽しんでいるかのように見える同僚にかける言葉を探したが一つとして見つからなかった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 50

「ずいぶんとまあ剣もほろろね……」 

あきれ果てたという顔で安城はゆったりと隊長の椅子に体を伸ばす嵯峨を見下ろす。

「最悪の事態を考えない指導者と言う奴には俺は厳しいからね。21世紀。それまで当たり前とされてきた核の傘理論が崩壊したときの指導者の面もたぶんこんな感じだったんだろうな。考えてみればその理論自体が脳天気な楽天主義に依存していたんだ。指導者が破滅を望まなくても民衆の怒りが頂点に達すれば彼等は自滅を積極的に求めるようになる。第二次世界大戦の枢軸国家の末期を見て勉強しなかった愚か者と同じ面が見れるとは……良い勉強になったでしょ? 」 

嵯峨のいたずらっ子のような表情はこの事態をいかに他人事のように彼が見ているかの表れのように感じて安城は不機嫌になった。

「そんな一時の感情で動いている民衆に同情するつもりにはならないの? 」 

安城の棘のある調子の言葉だが、椅子から身を起こした嵯峨にはただ空虚な笑顔が浮かぶだけの言葉で自説を語り始めた。

「同情? なんで俺が……。先ほどの話の続きで言えばヒトラーと言う指導者を祭り上げて自滅に至った民衆を同情しろってことになるが……そのヒトラーは自著で『民衆は豚である』と言い切った男だよ。そいつを祭り上げるんだ……豚に同情するのはベジタリアンだけで十分だよ。それに俺はヒトラーの言葉にいつも付け加えたくなる言葉があるんだ」 

相変わらずの殺気を放つ嵯峨の表情に安城はうんざりと開いた顔で頷いた。

「豚は飼い主の破滅を望んだりはしないものだ。そう言う意味では目先の正義感で自滅を受け入れる民衆は豚以下だ。かと言って俺は人を信じない訳じゃないよ。一人一人の人間。顔を持った人間として目の前に立っているときはそれぞれに個性と魅力を持って俺の前に現われる。彼等に同情するのは尤もな話だ。でもね。彼等が民衆という集団意識の中に埋没したとき。それは同情できる人間の姿じゃない。自らの判断を放棄し、熱狂に身を任せて唯々諾々とどこで聞いたか知らないご高説を延々と説いて回る馬鹿野郎。そんな奴に同情するほど俺は酔狂じゃ無いよ」 

嵯峨はそこまで言うと安城が自分の言葉を拒絶していることに気がついて頭を掻きながら椅子にもたれかかった。

「確かに集団心理に飲まれた人間に同情するなというのは理解できるけど……」 

「ああ、その話は俺の個人的な見解だから……それより秀美さんは吉田の野郎の件で来たんでしょ? 」 

ころころと話題をすり替えておいてその責任を自分に振る嵯峨のやり口にただため息だけで安城は答えた。

「実はね。これは俺も今日になって気づいたんだけど……」 

嵯峨はそう言うと安城が首のジャックからコードを引き抜いた机の上の端末に手を伸ばした。予定表が現われ、一週間後に準備が始まる保安隊の演習の日程表が選択される。

「演習? 同盟が存続するかどうかも分からないのに? 」 

安城の皮肉を込めた言葉に嵯峨は一瞥してにやりと笑った後、日程表の中の運用艦『高雄』での離発着訓練の実行場所の部分を選択してそのまま拡大した。小さめの画面の一隅と言うこともあり、安城は身を乗り出してそれをのぞき見る。その時に襟元から肌が見えるのを嵯峨がにやにや笑いながらのぞき見るのを見て安城は鋭い視線を嵯峨に送った。

「東和第十六演習宙域……聞かない場所ね」 

「ああ、この三十年間演習の行われた記録は無い場所だ。ただし十年ほど前から東和宇宙軍の輸送艦艇が週に一便、その中央にある遠州支援センターにいろいろ物資を届けている。しかも荷物は超一級のセキュリティーが掛かっている……そこに今更俺達が呼ばれたのか……興味のある話だと思わない? 」 

嵯峨の茶目っ気のある笑顔。それが油断なら無いものだと分かってはいるが、確かに話の中身は安城にとっては興味深いものだった。


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冷笑 6

 しかしこうして漕いだところでどうなるのだろうか?
 突然現われた疑問に俺はうろたえた。思わずハンドルを握る手が緩む。右へ左へ自転車は揺れる。それでも俺はなんとか持ち直してまた自転車を漕ぎ始める。
 いつの間にか左右は大根畑に変わっていた。延々と植わっている大根。
 だからといって何が変わるわけではない。
 そんな俺の耳に独特のけたたましいエンジン音が上空から響いてきた。
 見上げた。
 それはラジコン飛行機だった。
 悠然と飛ぶラジコン飛行機。それは延々と白い排気ガスを吐き出しながら水平に飛び続けていた。
「あれもいつか地面に降りるわけだな」 
 独り言が自然に出ていた。道に車の気配は無い。ただラジコン飛行機のエンジン音だけが何もない空間に響き続ける。
 俺はようやく気がついたような気がした。
 いつでも自転車は降りることが出来る。いや、いつか自転車を降りることになる。
 それもまた良いだろう。
 俺はにやりと笑うと自然な感じで自転車を漕いだ。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 49

しかし得意げな王の表情が嵯峨の気に入るところではないのはすぐに分かった。

「その優秀な諜報機関……どう使ってますか? 」 

「どう使う? 」 

しばらく王の表情が固まる。そして嵯峨の言葉の意味が分からないというように首をひねった。

「別に遼北のミサイル基地の位置を把握しているかどうかなんて言うのは二の次三の次……一時期遼南で暴れた『殉教団』のシンパのリストとかは届いてますか? 」 

そこまで聞けば王が青ざめるのは当然だった。軍内部に勢力を持つイスラム保守の勢力の中でも特に過激な『殉教団』のシンパ。彼等が戦術核絡みの部署にいればいつでも核戦争が始まることは目に見えている。

「ははーん。その様子だとご存じない。それじゃあ俺の知ってる範囲でシンパの連中をリストアップしておきましたから後で送信しますよ……身柄の拘束。よろしくお願いしますよ」 

王を安心させようとした嵯峨の言葉だがその意味するところは西モスレムの諜報機関の無能を証明することでしかなかった。持ち上げて落ちて引きずり下ろす。嵯峨のいつもの話術に呆れながら安城は嵯峨がメモ書きで示した秘匿ファイルを送信した。

「お……恩にきると言いたいが……危機が去ったわけでは……」 

「おいおい、いつまで人に頼るんだよ。無能な王様。あんたが煽って始めた事態だ。自分で収拾して当然だろうが!それとも何か?これ以上自分の無能さを俺に知らせるほどのマゾなのか? 」 

凄みを効かせた嵯峨の一言に王は言葉もなく静かに目を閉じた。だが嵯峨はさらに言葉を続ける。

「それと……同盟軍事機構の部隊長としての義務を果たしたシン大尉。アイツは俺の身内だ。今、背教者扱いで自宅が包囲されてるだろ……もしその群衆が敷地に一歩でも踏み入ってみろ。その脂だらけの首をもらいに参上するからな……それだけじゃ不十分だな。周りにいる王族連中の身分の保障も出来なくなる……意味は分かるな? 俺の能力はよくご存じだろうから……」 

嵯峨のとどめに王の脂で膨張した顔はそのまま画面からずり落ちた。

「あ……安心したまえ! すぐに暴徒は鎮圧する! それだから頼む! なんとか仲介を……」 

「仲介? だから何度も言ってるじゃないですか。俺は同盟の一支部機関の隊長。遼南の全権はアンリのものだ。俺がどうこう出来る話じゃない」 

冷淡な一言。王はただ連絡を入れる前よりも事態が悪くなったことだけを悟った。

「それなら……そちらに連絡を入れる」 

「おう、好きにしてくれ。俺の関知することじゃねえよ」 

投げやりな嵯峨の一言に顔を真っ赤にして怒りを静めながら王は通信を切った。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 48

「民衆が殉教者を気取り始めて手が付けられないから助けてくれってのが本音でしょ? それならそう初めから言えばいいのに……」 

嵯峨の鋭い指摘に血色の良い頬が自然と俯く。この緊迫した情勢の中でのその様子が安城から見ても滑稽で思わず吹き出しそうになる。そんな安城にちらりと目をやった嵯峨は手近にあった拳銃のカートリッジの空き箱の端にボールペンで素早く走り書きをして安城に見せた。

『この様子は録画中。そのまま遼北外務省に送信よろしく♪♪ 』 

得意げににんまりと笑う嵯峨にため息をつくと安城は画面から見えないように首筋のジャックにコードを差し込む。

「初めは法学者の指示で国境線侵犯の映像を流しただけだったんだ……情報開示が遅れているというのは常に同盟会議で我が国が指摘されてきた部分だ。それを忠実に実行して来たわけだが……」

「ただ出すだけなら良いんですがねえ……政府系の新聞ででかでかと『無神論者の挑戦』なんて見出しを出してまで発表する必要があったんですかね? あの新聞の資本を出してるのはあんただったはずだ。おそらくここまでの挑発的な記事を出すとなったらあんたにお伺いを立てないわけにはいかないんじゃないですか? 」 

明らかに見下すような視線を嵯峨はモニターに向けていた。それは一国際機関の出先の責任者が国家元首に向ける視線とは思えなかった。だが追い詰められた状況は覆すことが出来ない。王はただ黙り込んだまま次の嵯峨の言葉を待つ。

「そのまま世論は好戦的な調子を保ちつつあんたはそれに乗って国境線に軍団を集結させた。それはいい。通常兵器で軍人が殺し合うならそれは国際法上もなんの問題も無い行為だ。同盟軍事機構には悪いが俺としちゃあ好きなだけ殺し合いをしてくれりゃあいい。それでガス抜きになるならあんたも今頃はそんな顔をして嫌みな俺に通信を入れる義理もなかったんでしょ? だがあんたはそれじゃあ満足はしなかった」 

嵯峨の言葉が次第に詰問するような色を帯び始めたことにようやく王も気づいて顔を赤らめて凄みをきかせようと目つきを鋭くする。

「仕方がないではないか! 遼北は核を保有しておる。先制攻撃をされれば我が国は……」 

「じゃああんた等が先制攻撃すれば話は済むと? 二十メートルの厚いコンクリートブロックと鉛で覆われたシェルターの中のミサイル。しかも場所の特定はあんたも出来ていないとなると……西モスレムが先制攻撃をかけても数十分後には西モスレムにも核の雨が降るのはわかってた話でしょ? 人間は罪なもんだ……使えば破滅すると分かっている切り札でもあると使いたくなるものだからねえ……」 

「だがワシはまだ使っておらんぞ! 」 

「そりゃそうだ。使ってたら俺はあんたの膨張した面を見ないで済んだ。今でもいいですよ。使ってくださいな」 

嵯峨の軽口に王の顔色は青から赤へ、赤から青へとめまぐるしく変わる。だが今、嵯峨の持つ隣国遼南皇帝の位以外に王に頼る相手はいなかった。ただ自らをいかに誤魔化すかを考えているようにわざとらしい咳払いが続く。

「それにしても……優秀な西モスレムの諜報機関はどう動いてますか? ミサイル基地も直接攻撃が出来るなら通常兵器でも破壊が可能なはずですよ」 

「ほう、よくご存じで。ワシは知っておるぞ。保安隊にはお主と第一小隊の二人のおなご。それに整備士に一人不死人がおる。他にも忌々しい同盟軍事機構のシャー大尉もパイロキネシスト。他にも保安隊関係者には法術師が次々とおる」

さすがに虐め疲れたのか嵯峨がそれとなく誘いをかけてみる。王の顔は再び生気を取り戻し、にこやかに開いた分厚い唇から言葉が紡がれる。だがそれが今までの話とはまるで関係がないことが分かると安城は再びどう同情に値する悲劇の王をからかおうか考えている嵯峨をあきれ果てたような視線で見下ろすしかなかった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 47

「東和軍が……遼北と西モスレムが一触即発の時期に同盟の機関に揺さぶりをかける……同盟解体後をにらんでの布石? それとも……」 

首をひねる安城の前でモニターに着信が告げられた。

「せっかく通信遮断してたのに……」 

嵯峨が恨みがましい目で安城を見るが、安城はただ無表情にその通信に嵯峨が出るように彼の肩に手を置いた。渋々嵯峨は通信端末の受信ボタンを押す。

「ラスコー! 」 

ただでさえだるそうな嵯峨の表情が疲れで押しつぶされたような表情に変わる。モニターにはでっぷりと太ったアラブ風の男の顔面が画面いっぱいに広がっている。安城はそれが西モスレム首長国連邦の現代表であるムハマド・ラディフ王のそれであることを思い出すと興味深げに嵯峨のげんなりとした顔に目をやった。

「君とワシの仲だ! 先月から通信を続けて今つながったのも神の思し召しだ! 頼みが……」

「嫌な神だねえ……まさに神のいたずらってところですか? それに俺はラスコーなんて名前は捨てたんでね」 

安城も驚くほどに不機嫌そうに嵯峨は言葉を吐き捨てた。嵯峨の貴族嫌いは筋金入りなのは知っていた。本人は捨てたつもりでも遼南王家の当主の地位がどこまででも追ってくる。僅か十二歳で皇帝に即位して翌年には廃帝とされ、さらに36歳の時にクーデターで吉田に無理矢理皇帝に返り咲かされた嵯峨の流転の人生を思えばそれも当然と安城は思っていた。

だが画面の中のアラビア王族はそんな嵯峨の感情に斟酌している余裕などは見て取れなかった。目が血走っているのは徹夜を何日も続けてきたことの証だった。大きな顔の後ろの背景を見れば、おそらくは首長会議中に藁にもすがる思い出通信を入れてきたことは容易に想像がつく。

「誇り高き王の位は自分の意志で捨てれるものでは無いぞ! 生まれて死すまで、王は王だ」 

「その国が消滅するかもしれないところの人に言われても……説得力が無いんですけど。まあ時間が無いからこちらからそちらの要件を言い当てましょうか? 遼南皇帝として遼北に圧力をかけて講和のテーブルに着けと言えと……無茶な話だ」 

「何が無茶なものか! 大陸の半分を占める遼南の意志が……」 

慌てて捲し立てようとするアラブ人の言葉に静かな表情のまま嵯峨は机を叩いて見せた。黙り込む浅黒い顔に嵯峨は嘲笑を浮かべながら静かに胸のポケットから煙草を取り出すと火を付けた。

「俺の意志は俺の意志ですよ。遼南の民意とはまるで無関係だ。それに現在の遼南の実権は宰相アンリ・ブルゴーニュの手にある。話をつけるならそちらじゃ無いですか? 」

「アイツは話にならん! 領土……」

「それなら話はおしまいですよ。俺は一同盟組織の部隊長。それ以上でもそれ以下でも無い。じゃあ切ります……」 

「ま!……待った! 」

王侯貴族の誇りとやらはどこへやら。今、画面の中に映っている巨漢の表情にはまるで資金繰りに行き詰まって不渡りを待つ町工場の社長と変わらない焦燥の表情が浮かんでいるのが安城から見てもよく分かった。嵯峨はその無様な顔色にようやく満足したように頷くと、静かに煙草をもみ消して腕を組んでじっとモニターを睨み付けた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 46

「どう? 」 

鋭い視線を送る安城だが、嵯峨はそのまま伸びをして椅子にもたれかかるとただ呆然と正面の空間を見つめながら口を開いた。

「どうと言われても……インパルス砲。縮退空間を砲身全面に展開してそのまま高エネルギーで無理矢理打ち出すって言う理論は昔からあるわけだしねえ。先の大戦中も中立だった東和軍が自衛目的で研究を進めて他のは俺も東和の大使館付き二等武官だったから重々承知はしているつもりだよ……その試作砲台の設計図が流出……あれじゃないの? このきな臭い時期に東和の強さを見せつけたいという内部の自称愛国者の自作自演とか? 」 

嵯峨の話に安城の表情はさらに険しくなる。嵯峨はそれを見るとしょんぼりと視線を落とした。

「内部犯行説は魅力的ではあるけど……一応、私も東和軍の保安部出身なの」 

「それは知ってるんだけどさあ……人間魔が差すことは誰だってあるもんだよ。それに最近じゃ『ギルド』の遼州民族主義者が跋扈しているからねえ……そうだ!『ギルド』のシンパが情報を抜き取ってリークしたって線は? 」 

思いつきと明らかにわかる白々しい嵯峨の態度に安城は大きなため息をついた。

「嵯峨さん……まじめに答えてよ。このデータの流出元は東都工大の研究室の通信端末よ。あそこは民族主義者よりは共産主義者の出入りが盛んな場所でしょ? 」 

「ああ、今時学生運動をやっている奇特な大学の研究室からの流出ねえ……となると東和の軍部の暴走を警告するって言う意味合いのものか……でもアイツ等に東和軍のネットワークに侵入してすぐに足がつかないだけの技術力があると思う? 」

「だから吉田少佐に嫌疑がかけられたんでしょ? 東和宇宙軍のネットワークに侵入して足跡も残さずに情報を抜き取り、それを軍部を批判する組織に譲り渡す……まあ吉田少佐の経歴から考えたらあり得ない話なんだけど、現在行方不明で上司もその足取りを把握していない。疑われても仕方がない状況にはあるわよ」 

上司が足取りを把握していないと言う一言はさすがの嵯峨にも堪える一言だった。俯いて指で机の上の埃を一つ一つつまんでは吹き飛ばしていじける嵯峨。

「確かにそう言われたらその通りなんだけどさあ……吉田の野郎が資金源なんてたかが知れてる学生活動家に苦労して手に入れた情報を譲り渡すと思う? アイツは守銭奴だよ。具体的設計図としては役には立たない代物なんだろうけど東和がインパルス砲開発を諦めていない事実の暴露はそれなりの利用価値のある情報だ。値段をつり上げる方法を熟知している吉田のことだ。もし奴の仕業なら学生活動家の懐じゃ思いもよらないような値段でそのファイルを売りつける先を捜すんじゃないかな」 

嵯峨の言葉などまるっきり読めているというように安城は肩を落とすとそのまま部屋の中央の応接セットのソファーに腰を下ろした。嵯峨はそれを見ると少し気が楽になったというように上着の胸のポケットから煙草を取り出すと静かに火を付けた。

「吉田の馬鹿がこのタイミングで行方不明だということ以外は奴が疑われる理由は無いわけだ……。しかもそのことはすぐに捜査の責任者である秀美さんが悟ることは織り込み済み。そしておそらく同僚のよしみで俺に捜査情報を話すことも……東和宇宙軍上層部は知ってて今回の吉田の身柄の確保を指示してきた……そう考えられないかな? 」 

煙草の煙を吐きながら吐いた嵯峨の言葉に少し驚いた表情で安城は嵯峨のとぼけた顔を見つめた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 45

「嵯峨さん! 」

ノックもせずに黒いセミロングの髪の美女が保安隊隊長室を開いて押し入ってきた。それを見て机の上の骨董の花入れの極め書きを書いていた保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐は困ったような表情で顔を上げた。

「秀美さん……ノックぐらいしてよ……僕は気が弱いんだから」

嵯峨は筆を置いて悠長に花入れに目をやる。その様子は明らかに押し入ってきた保安隊と対をなす同盟司法局の実働部隊で主に捜査活動を担当する部隊、通称『特務公安隊』の隊長安城秀美少佐を苛立たせるものだった。

「悠長に副業の骨董品の鑑定? それなら同盟解体後ならいくらでもできるんじゃ無いかしら? 」

つきあいはお互い司法局に配属後と言うことで三年程度だが、安城も嵯峨のこう言う明らかに空気を読まない行動には慣れてきたので余裕のある態度を装って皮肉を言ってみた。

「そうとも言えないねえ……回線を遮断しているから良いけど俺の端末にはひっきりなしに胡州陸軍から連絡が入ってる。同盟がつぶれて保安隊解散の暁には首輪を付けてでも本局に引っ張られることになりそうだ……それを思うとどうも……」 

「いい話じゃないの。胡州陸軍大学校首席卒業ですものねえ、嵯峨さんは。陸軍省のふかふかの椅子がきっとお似合いよ」 

安城の皮肉に嵯峨は今にも泣き出しそうな顔をする。それが嵯峨特有の駆け引きだと知ってからは安城もただ冷たい視線で立ち上がって花入れを背後の鑑定依頼の骨董品の棚に戻す嵯峨を眺めていた。

「嫌みを言いに来たにしてはずいぶん急いでいたみたいだけど……用があるんじゃないの? 」 

嵯峨の悠長な態度を皮肉ることに夢中になっていた自分をその相手の言葉で思い出して安城は赤面した。それを悟って嵯峨がそれまでの迷惑そうな表情からしてやったりという笑みに表情を切り替える。それを見た安城はそのまま嵯峨の執務机の端末に自分の襟首にあるジャックからコードを延ばして差し込んだ。

「悪かったよ……そんなに急がなくても……」 

「ここの吉田少佐の身柄を確保する命令が下りてきたのはどういうわけ? 」 

端末の画面が変わるのを確認しながらそれとなく安城は呟く。嵯峨はその話題は予想していたと言うような表情で頭を掻いてどうこの場を切り抜けるか計算しているように視線を天井に泳がせた。

「吉田少佐の契約が特殊なのは了承済み、そして嵯峨さんも吉田少佐の行方を掴んでいないのもお見通し。その話題を長々連ねて時間を潰すのはご免よ」 

先手を打った安城の言葉に嵯峨はいたずらを見透かされた子供のようにそのまま俯いてしまった。しかし、嵯峨の視線は安城が弄っているモニターから逸れることがない。

「命令の出所は内々に調べてみたけど……東和宇宙軍の上層部の意向みたい。それでちょうどその意志決定がなされた時刻にネットに流出したのがこの図面」 

端末のモニターには複雑な設計図が写されていた。素人が、そしてネットユーザーのほとんどが見てもそれが何かを理解することは出来ないと言うような複雑な構造物の図面が映し出される。法務畑が専門で技術には疎いと自称している嵯峨もその図面自体の意味は理解しているようには安城にも見えなかった。

だがその図面のデータのファイル名には嵯峨の表情も一瞬の驚きを感じているように見えた。

「第一次インパルス・カノン試作計画……」

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 44

「保安隊解体……」 

誠の言葉にアイシャは苦笑いを浮かべた。

「私はゲルパルト国防軍に戻ることになりそうね……あそこはネオナチを追い出したおかげでいつでも人手不足でヒーヒー言ってるから……カウラちゃんは東和軍? 」 

「だろうな。おそらく陸軍だろう。士官養成課程は陸軍で受けているからな」 

まるで既成事実のように語り始める二人。要はそれがいかにも気にくわないというように膨れた顔のままテレビの画面を眺めていた。

「同盟崩壊が決まった訳じゃないだろうが……」 

「もしもの話よ。いつだって最悪は訪れるものよ。こういう風に意固地になって民族主義に走り出した国がどうにも出来ないのはゲルパルトの例を見ればわかるでしょ? 排外主義に突っ走ってどうしようもなくなってドカン。よくある歴史の一コマよ」

淡々とそれだけ言うとアイシャは仮組みしたプラモデルをうっとりとした目で眺めた。今の誠達に何かが出来るわけもない。出撃命令の出ていない武装組織はただの民間人。いや、それよりも情報に精通しているだけにそれ以下の存在だと言うことがひしひしと誠にも感じられてきた。

「吉田の野郎がいれば……」

「いてどうするの? と言うかあの人がこの状況を知らないとでも思っているの? 私の勘だけど……この状況と吉田少佐の失踪には何か深い関係があるような気がするんだけど……」 

「アイシャ。そのくらいのことはここにいる誰もが分かっていることだ」 

平然と自分の名案をカウラに切って捨てられてアイシャが肩を落として俯いた。その光景が面白かったので思わず誠はフィギュアの右腕を持ったまま吹き出す。すぐに顔を上げたアイシャが誠を睨み付けてくる。渋々誠は何もなかったことにして右腕をアレンジするとしたらどうするかと言うことを想像するようにプラスチックの部品を目の前にかざしてみた。

「まあこれから先は隊長の……いや、同盟司法局の本局や同盟会議の首脳達の判断になるだろうからな。なんとか動けるようにしてくれればいいのだけれど……」

愚痴るカウラ。彼女の気持ちは全員の気持ちだった。確かに自分達は現在つまらないことで謹慎中の身の上だった。そんな彼等でさえ現状はいても立ってもいられない状況。出勤していった隊員達がハンガーでこのニュースをどんな気持ちで聞いているかを想像すると逆に同情する気持ちすら芽生えてくる。

「まあ……世の中なるようにしかならねえよ! もし最悪を突き進めば遼北と西モスレムの全面核戦争。十億程度の人間が死んで終わり。同盟は瓦解し、地球の列強が隙間をついて各国にすり寄りベルルカン大陸は地球資本に浸食されて失敗国家がさらに失敗した社会になる。それだけの話だ」 

そう吐き捨てると要は立ち上がった。

「どこへ行く! 」 

カウラの強い語気に渋々振り返る要。

「煙草だよ」 

それだけ言うと要はそそくさと食堂を出て行った。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 43

「西園寺! 」 

カウラは食堂から出て行こうとする要の腕を捕えた。ばつが悪そうに頭を掻く要を誠とアイシャはちらりと横目で見た。

誠の前にはサーフェイサーで下準備を済ませた組みかけの女子校生のフィギュアがあった。久しぶりのフィギュア製作。もしもこれが謹慎中の暇つぶしでなければそれなりに楽しむことが出来たと思う。一方でアイシャは誠に下塗りをしてもらったアニメの五体合体ロボの仮組をしていた。

「焦ったってしょうがないじゃないの……それともなに? 吉田少佐の知り合いのプロデューサーでも捕まえて絞り上げるつもり? 一般人にご迷惑をかけてもしょうがないじゃないの。少佐はちゃんと仕事はしている。契約上、例え何日欠勤しようが文句は言えないのよ」 

アイシャの小言に要はむくれた顔のままそのまま近くの椅子に体を置いた。明らかに不服。それは十分分かっている。しかし今は待つしかないのを一番分かっているのも要だと言うことは皆が分かっていることだった。

心理を読むことに優れた法術を持ち、独自の情報ルートで様々な情報を入手して売り渡す凄腕の情報屋の『預言者ネネ』。そんな彼女でも二日程度で有効な情報が得られるとはその道のプロである要なら分かっているはずだった。だがそんなことを言っていられない状況ができあがりつつあった。

カウラは要が落ち着いたのを見て取ると食堂の古めかしいテレビのスイッチを付けた。相変わらず流れているのは遼北と西モスレムの軍事緊張のニュースだった。

実力行使の及ぼうとした両国が同盟軍事機構のエース、アブドゥール・シャー・シン大尉のパイロキネシス能力の前に優秀なパイロットを消し炭にされたことでとりあえずの正面衝突は避けられているものの、両者による外向的な徴発合戦は続いていた。

西モスレムは化石燃料系の遼北とベルルカン大陸の親遼北諸国への限定的輸出制限を宣言し、対抗処置として遼北は国内のイスラム宗教指導者を拘束した。緊張が始まってから遼州同盟会議は両国による非難の応酬で実質的な機能は麻痺しつつあった。

「これ……どこまで行くかな」 

テレビを見ていた要がぼそりとつぶやく。ようやく身勝手な行動を諦めたような要を見てカウラがテーブルの上に腕を組みながら話を始めた。

「根が深いからな。国境のカイエル川の中州……広さにしたら東都がすっぽり入る程度の広さだと言うが、それでも領土は領土だ。それに遼北の回教徒への圧迫には昔から西モスレムは不快感を隠していなかったからな。今回の遼北の越境行動で堪忍袋の緒が切れたんだろうが……」 

「だとしても私達には面倒な話ばかりね。もしこのままどちらかが同盟を離脱するとか言い出したら失業するかもよ」 

ロボットらしい形を目の前に作って一息入れているアイシャがぼそりと呟く。確かに誠も同盟の主要国であるこの二国の一方が離脱という形になれば遼州同盟が空中分解することは容易に想像が出来た。

だから何が出来るわけでもない。確かにこんな状況だからこそ要が別に関心があるわけでもない吉田の捜索に夢中になるのも分かる気がしてきた。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 42

「ああ、そうですか」 

見送るような酔狂な連中はいない。そのことが北川にはうれしかった。彼等が理想で動いている限り、自分と行動を共にすることは無いだろう。そのことは十分分かっていた。

法術師の解放と言う大義。だがそれが理想郷を建設すると言うような学生達の夢とは遠く離れたものだと言うことは北川自身がよく知っていた。弱肉強食の地獄絵図を宇宙全体に拡散すること。それが『ギルド』の理想達成の末路なのは十分北川も分かっている。

そのまま自分でドアを開いて学生会館の廊下に出る。通り過ぎる学生達はそれぞれに殺気立っているように見せてはいるが、北川の巡ってきた戦場や闘争の現場の殺意に満ちた視線は彼等には存在しなかった。

「平和だねえ……」

周りに聞こえないように小声でつぶやく。理想で動く人間の出来ることがいかに小さいかを身をもって知ってきた自分とまだ知らない若者達。どちらが偉いかと言えば後者に決まっている。自分はただの抜け殻に過ぎない。ただ生きると言うことはそう言うことだ。

北川はいつの間にかジャンバーのポケットから煙草を取り出していた。そのまま階段を駆け下りて、学生会館の入り口に門番のように立つ学生の隣に立った。

「火……くれるかな? 」 

最初ヘルメットの下から北川を睨み付けている顔がごついだけの幼げな学生は北川の言葉が理解できないでいた。

「火だよ」 

繰り返された言葉とその迫力に負けた学生は思わずポケットからライターを取り出していた。暖かみを感じるような初春の春の日差しの中。北川はゆっくりと煙草をふかした。

「上には顔は利くのかい? 」 

またも突然につぶやかれた北川の言葉に意味が分からないというように学生は首をひねる。それを見てにんまりと笑いながら北川はジャンバーのポケットから小さな記憶媒体を取り出した。

「これは……すぐには上には渡さない方がいい。そうだな……二週間くらいしたらコンピュータに詳しい理論物理学を専攻している学生に渡してくれ。きっと面白いことが起きるだろうから」 

北川の遠回しな言葉に学生はただ受け取った小さなチップを眺め回すだけだった。

「確かに渡したよ……早すぎると天地がひっくり返るがその程度の時間が経つとちょうど良いくらいに事件は起きる。世の中面白いものだろ? 」 

意味ありげな、そして無意味にも聞こえる北川の言葉に大柄の学生はただ首をひねるだけだった。それを満足げに眺めた北川はそのまま煙草を灰皿でもみ消すとそのまま大学の中庭へと消えていった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 41

「それにしても先輩……どういう風の吹き回しですか? 」 

当たり前の質問に北川は苦笑いを浮かべた。逮捕から出所まで完全黙秘を貫いた闘士として知られる北川だが、出所から今までここを訪れたのは二回ほど。どちらも闘争への助力を曖昧な言葉で回避して逃げるようにいなくなった人物の訪問がそれほど歓迎されることではないことは分かっていた。

インスタントコーヒーをぬるいお湯で溶いたものが目の前に差し出される。仕方がないと心を決めて北川はそれで口の周りを湿らせる。

「しばらく遼州を離れることになるからな。出発点を見てみたくなったんだ」 

北川の言葉は周りの学生活動家達にはそれほど意外なものではなかったようでただ曖昧に頷きながらそれぞれにささやきあっている。

「法術師の権利獲得闘争。大変でしょうが……他の星系で同志を募るんですか? 」 

男の無理に興味を持っているというような態度に少しばかり腹を立てながら北川は軽く頷く。

「遼州系住民が暮らすのはこの遼州ばかりじゃない。地球の東アジア地方はもとより他の地球の植民星系にもあまたの法術師がいるんだ。ところによってはすでに隔離政策をとっている星系も存在する」

「キンバルタ太陽系ですね……あそこは元々テラフォーミングが失敗して過酷な環境を良いことに国家権力が好き放題ですからね」 

興奮した様子の下級生の勢いに少しばかり押されながら北川は再びコーヒーらしきものを口に運んだ。苦みと渋みばかりが口の中に広がり香りのようなものはまるで感じられない。賞味期限をかなり過ぎたものなのだろう。そう思いながらそんなことを些事として自分達の闘争を絶対化できる彼等の若さに羨望のようなものを感じながら静かにカップをテーブルに置いた。

「しかし……遼州系住民差別はすでにこの遼州の東和でも公然と行われているんですよ。それを……先輩が出て行く必要はあるんですか? 」 

執行委員の腕章を付けた青いヘルメットの女学生の言葉に北川はにこやかな笑みで答えた。

「何も俺の今いる組織の法術師は俺一人じゃない。いや、もしかするとさらに上手の人間が山ほど……まあ期待はしてもらっても良いだろうな。まもなく宇宙は変わる。変えてみせる」 

確信を持って放たれた北川の言葉に学生達は一様にどよめいた。すでに学生運動は斜陽だと言うことは北川もそしてここにいる活動家達自身も分かっていることだった。第二次遼州大戦後の財閥企業が遼州の復興で独占的な利潤を得たことへのアンチテーゼとして始まった東和学生運動は復興が一段落すると急速に力を失っていった。

一部の大企業の関係者に集中していた利潤は世間一般を潤し、過激なデモや時には政府要人に対するテロで庶民の鬱憤を晴らしてみせる安全弁としての役割を担っていた学生活動家達の行動は次第に支持を失って社会から孤立していった。闘争路線を巡る確執、各大学の運営母体による切り崩し、そして警察による徹底的な壊滅作戦。これらが東都の主要大学のほとんどに存在した学生運動の母体を次々と壊滅させ、現在ではこの東都工業大学など一部の国立単科大学や地方の私立大学にその残滓を残すのみとなった活動拠点。

それらに今更北川がノスタルジーを感じる義理は無かった。目の前の若者達はいつでも『元活動家』として社会に散っていくことが出来る。しかし、『ギルド』と言う特殊な秘密結社の一員となった北川にはその選択肢は存在しない。

「良い面を見れて東和の名残も尽きたな。じゃあ行くわ」 

そう言うと北川は半分ほどコーヒーを残したまま立ち上がった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 40

林と呼ぶには周りの喧噪がすさまじい中に一つの銀色の干渉空間が展開された。

「久しぶりだな……」 

中から現われた革ジャンにジーンズの中年男が木々の合間から周りを見回す。

そこは大学の構内だった。拡声器の絶叫。時折シュプレヒコールがあちこちで上がる。革ジャンの男、北川公平はそのまま走り回るヘルメットをかぶった学生達の合間を縫うようにそのまま学内の小道を歩き続けた。

『学費値上げ反対闘争完遂! 』 

『帝国主義的同盟強化政策打倒! 』

同じような書体の文字で彩られた立て看板とアジビラ。それを見るとかつての自分を思い出し北川は笑みを浮かべながらそのままアジビラで薄汚れたように見える学生会館の扉を開いた。

階段で談笑していたヘルメットにゲバ棒の女学生達が珍しそうに北川を迎えた。門番気取りの長身の学生が北川の行く手を阻む。

「あ! 北川先輩じゃないですか! 」

奥から護衛のシンパを引き連れて歩いてきたタオルとサングラスで顔を覆った幹部らしき男が声を上げる。

「よう」 

北川が軽く手を挙げるのを見て長身の学生は少しばかりおどおどしたような調子で脇に下がる。

「工大は相変わらずだな」 

「うちは最後まで落ちませんよ。犬達もそう簡単に話がつくとは思っていないでしょ」 

マスクを外した男。どう見ても学生には見えない年の頃。北川はこの男が学生運動に執着するあまりもう四回もこの東都工業大学に入学し直したというほとんど奇癖と思える事実を思い出して苦笑いを浮かべた。

「コーヒーくらいは出せますよ……外の機動隊もまだ兵糧攻めをするところまでは行っていないですから」 

男の言葉に北川は曖昧な笑みを浮かべるとそのまま男とそのシンパについて学生会館の階段をのぼりはじめた。

様々な思いが北川の中を去来する。すべての出発点であり、そしてすでにそこに戻ることは出来ない場所である母校。八年前に首相官邸にペンキを投げて逮捕され除籍になって以来の母校に足を運ぶ気になった自分の気まぐれをこの段階になって少し後悔するが先頭を歩く男はそんなことはお構いなしにずんずんと学生会館の奥の学生会執行委員会の執務室へと北川を誘った。

青いペンキで彩られた安っぽいドアを入るとそこにはまだ幼い表情を浮かべている下級生達がパソコンを覗き込んで下卑た笑いを浮かべていた。

「貴様等! 」 

男の一括で下級生達はそのまま慌ててパソコンの電源を落とすとそのまま手近にあったヘルメットをかぶって外へと飛び出していった。

「若いんだ。いろいろあるさ」 

北川の言葉に男は大きくため息をつくとそのままテーブルにシンパ達を従えて腰掛けた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 39

「ずいぶんと遠慮がちなのね……」 

皮肉の入ったアイシャの言葉にネネはただ無言でジュースをすすることで答える。

「なあに、あの吉田俊平の関連の情報を集めるんだ。いくら金があってもねえ……」 

ちらちらとオンドラは要の顔を見た。その表情は明らかに経費は別立てにしろと要求しているそれだった。

「オンドラ。それ以上は取らない方がいいわよ。定期的なお仕事をくれるお得意先は大事にしないと」 

またもはっきりとしたネネの言葉にオンドラは気分を換えようと手を挙げた。表情一つ換えずにウエイターが歩み寄ってくる。

「済まないがジンを! 」 

「その金はお前が出せよ」 

去っていくウエイターを見送りながらつぶやく要にまた卑下したような笑みを浮かべるオンドラ。だがその目がネネの鉛色の瞳を捕えるとすぐに俯きがちに懐から財布を取り出して札をテーブルに置いた。

「吉田俊平の居所だけならこの金額は大きすぎるんじゃないかな。当然その素性も……」 

カウラの言葉にネネは気に入ったというように初めて見る笑顔をカウラに向けた。

「吉田俊平の名前は何度も聞いているから興味があったの。だから今回の仕事も楽しみにしているわ」 

それだけ言うとネネはそのまま立ち上がった。ジンの入ったグラスを手にしたウエイターが驚いた表情でネネが目の前を通るのを見守っている。驚いたのはオンドラも一緒でウエイターの手の上の盆から素早くジンの入ったグラスを奪い取るとすぐさま喉の奥にアルコールを流し込んだ。

「じゃあ、結果は後で! 」 

手を振りながら去っていくオンドラ。ただ誠達は呆然と彼等を見守った。

「ずいぶんな出費ね。期限も切らずにおくなんて……お人好しも良いところじゃないの? 」 

アイシャの言葉だが、要は満足げに手にした水割りを啜っていた。

「相手は預言者ネネだ。こちらが情報を本当に必要になる時までにはレポートができあがっているもんだよ。さもなきゃあんな餓鬼が裏社会で生き延びられるはずはねえ」 

そう言い捨てると要は立ち上がった。

「他のあては無いのか? 」 

意外そうな表情のカウラににやけた表情を向けたまま要は札束の詰まったボストンバッグを背負って店内を見回す。

「なあに、クエンの旦那と預言者ネネ。それ以上のニュースソースはアタシにも覚えが無くてね。行くぞ」 

そのまま勝手に歩き出す要。アイシャと誠は慌ててその後ろに付き従う。カウラは大きくため息をつくと静かにジャケットのポケットから車のキーを取り出してくるくる回しながら彼等についていくことに決めた。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 38

「ものを知らねえ奴は困るねえ……」 

明らかに哀れみの目でアイシャを見つめる要。アイシャはその視線の色にただどぎまぎしながらもじっと札束を眺めていた。

「さっそく確かめますか! 」 

景気よくそう言うとオンドラは要から札束をひったくる。指を一舐めすると的確に札束を確認し始めるオンドラ。それを横目に見ながらネネは静かにジュースをすする。

「三百万ドルの価値の情報屋か……それならその能力を少しは見せてもらってもいいんじゃ無いかな? 」 

明らかに慎重で冷静だったのはカウラだった。そんなカウラの態度に落ち着いてストローから口を離してにこやかに隣を見るネネ。その表情は相変わらず老成していて誠の目にもネネがただ者ではないことだけはよく分かった。

「胡州陸軍の諜報機関は予算的な余裕が他国に比べて少ないんです。その部隊員だった西園寺要さんが三百万ドルを払う。それだけで私の能力は実証されているように思うのですが……」

「そう言うこと! 東都でやましい仕事をしている連中でネネを知らないなんて田舎者も良いところだ。たとえ東都の首相を暗殺した馬鹿野郎がいたとしてもネネの情報網を使えばそいつの金が続く限りは逃げ延びることが出来る。その程度の実力者にただの公務員がどうこう言うのはちゃんちゃらおかしいや! 」 

オンドラの調子の良い言葉。頷く要。誠は自分の知らない世界の常識に戸惑いながら同じように話が理解できないでいるアイシャに目を向けた。

「そんな実力者なら組織の一つや二つ抱えていてもおかしくないんじゃないの? 口ばかり達者な用心棒を雇って仕事を始めようなんて言う酔狂な真似は……」 

「アイシャ。こいつは確かに口が九割だがガンマンとしての腕は確かだ」 

意地でも文句を付けたいアイシャを珍しく冷静に要が制した。それを見て鼻高々なオンドラ。誠も遠慮がちに彼女の豊かな胸の辺りを見れば、その左下の辺りに確かに銃がつり下がっていると言う膨らみが見つかる。

「私は組織には縛られたくないんです。部下を持てば彼等の命の責任を持たなければならなくなりますから。それと司法局との契約も受け付けません」 

静かだがどこまでも毅然としたネネの言葉。おそらくは司法局との契約の話でも切り出すつもりだったと言う表情のカウラも黙って目の前のソーダに手を伸ばさざるをえなくなる。

「中立で金だけで動く。しがらみがないからそれだけ動ける範囲も広くなる。故に情報も正確になる」 

要の補足で誠も何となく目の前の少女のことを少しだけ信用することにした。

「まあ良いわ。どうせ要ちゃんのお金だし」 

「そうそう。こう言うお嬢様からはたんと巻き上げた方がいいぞ! 」 

景気よくグラスを空にして笑うオンドラ。一人テンションの高い彼女の手からネネは素早く札束を取りあげた。

「なんだよネネ! 」 

「ちょっと待って」 

ネネはそう言うと札束の帯をほどく。そのまま三枚の一万ドル札を取るとそのままオンドラに手渡す。

「え? これくれるの? 」

「これは私の取り分。残りは経費とあなたの給料」 

淡々とそれだけ言うとネネはまた静かにジュースのストローに口を伸ばした。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 37

「要ちゃん……なに? この二人」 

「なんだよ……ははーん。その髪の色、ゲルパルトの人造人間か? 隣のねーちゃんもゲルパルトの人造人間で、その兄ちゃんはパシリってところか? 」 

興味深そうに誠達を見て回るオンドラの視線。アイシャもカウラも明らかに不機嫌そうに切れ長と言うよりも切り込みのようにも見えるオンドラの細い視線を睨み付けていた。

「人を出自で判断するのは良くないことですよ。重要なのは今の立場」 

静かな、そしてそれでいて少女のものとは思えない迫力のある言葉の響きに誠達は凍り付いた。

「あなた……法術師ね。しかも、私の勘だけど不死人」 

静かに繰り出されたアイシャの言葉にネネと呼ばれた少女は静かに頷く。ウエイターが運んできたジュースを静かに飲む姿は確かにその幼い見た目とは裏腹な老成したようなところが見て取れた。

「預言者ネネ。東都の裏社会では知れた情報屋だ。別にネットに詳しいわけでも特別なコネクションがあるわけでも無いのに気が向けば正確無比な情報をくれる貴重な存在として畏怖の念を集めていたが、法術が普通に知られるようになってみれば仕掛けは簡単だったわけだ」

要の言葉を否定も肯定もせずにネネはグラスの上に伸びたストローから口を離すと静かに居住まいを正して要に向き直った。

「この格好で生きて行くには正確で信用のおける情報屋を演じるのが最適だもの。おかげで最近は銃弾に当たることも無いし」 

「そりゃそうだ。預言者ネネに傷をつけようもんなら東都じゃ卑怯者として商売が出来ないようになるからな。まるで西部劇のピアニストってところか? 」 

物静かなネネとは対照的にオンドラは豪快にドライジンのグラスを空にした。

「オンドラ。オメエはおまけなんだよ。自重しろよ」 

怒りを込めた要の言葉に首をすくめるオンドラ。一方ネネは相変わらず黙って要を見つめていた。

「吉田俊平少佐の情報を集めているんでしょ? 報酬は? 」

冷静なネネの言葉にようやくオンドラに対する怒りを静めた要はボストンバッグから札束を一つ取り出した。

「百万ドルの札束……初めて見たよ。さすがお嬢様。気前がいいねえ……」

「オメエにやるんじゃねえ。ネネ。手付けはこれでいいか? 」 

要の言葉にネネは隣のオンドラを見た。明らかにオンドラの表情は要のボストンバッグの中身を推測することに集中しているものだった。

「今回の件だけであと百万ドル。それに今後の顔つなぎとしてもう百万ドル……」 

「ちょっと! お嬢ちゃんおかしいんじゃ無いの? ただ顔を出しただけで3百万ドル? ぼったくりじゃないの! 」 

叫ぶアイシャ。だが要は静かに頷くとボストンバッグからさらに三つの札束をテーブルの上に積み上げた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 36

「渋いわね……要ちゃんにはもったいないわ」 

「おう、ならオメエにやるよ」 

「相手にされないわよ。それにしてもあの人……遼南マフィアと言う触れ込みみたいだけど、軍人ね」 

アイシャの鋭い指摘に要はウエイターから水割りを受け取ると静かにグラスを傾ける。

「共和国軍の残党って話だ。なんでも海兵隊崩れだとか言ってたな」

何となく納得したように頷くアイシャ。

「正規部隊じゃないな。海兵隊だと武装偵察隊かなにかの出身じゃないのか? 」 

カウラの言葉に誠も頷く。弱兵と言われた遼南共和国軍だが一部には精強な部隊も存在した。ランの所属した陸軍国府防衛隊や南都軍閥の息の掛かる海兵隊南部戦闘集団。そして人民軍勢力下深くに最低限の武装と装備で侵入し、情報収集活動や破壊工作、煽動欺瞞任務を遂行する海兵隊武装偵察隊、通称『遼南レコン』はその活動の国際法規すら無視する性格上、人民軍の憎むべき敵として所属の経歴があったと言うだけで処刑の対象になるほどの存在として知られた。

「まあ裏の世界じゃかつての仕事や今の所属は知らぬが花ってわけで誰も詮索したりしないものさ。それでも確かにレコン出身ならあの旦那の武勇伝がフィクションの世界からリアルの世界に感じられる話だな。それにあの人には子飼いの独自勢力もいるとかいないとか……」 

「おう、久しぶり! 」 

淡々と話をしていた要の頭の上に長い黒髪が垂れ下がる。驚いて要はそのまま上を見上げた。

要を見下ろしているのは切れ長の細い目をした長身の女性。そしてその隣には小柄なローブをまとった少女が立っていた。

「オンドラ!テメエの髪がグラスに入ったじゃねえか! 」 

「なんだよ……久しぶりに会ったと思えばいきなりいちゃモン付けか? つれないねえ……人望の無い早苗の為にわざわざ手を貸してやろうとやってきてみれば……ああ、本名は西園寺要お嬢様か? 」 

明らかに挑戦的な表情を浮かべてオンドラと呼ばれた女性は遠慮することもなくクエンの座っていた座席に陣取る。

「ネネも座りな! 公爵令嬢の奢りだから好きなの飲もうじゃねえか! 」 

「テメエを呼んだ覚えはねえぞ……」

ネネと呼ばれた少女が黙ってオンドラが叩くソファーに腰掛けるのを見ながら要は怒りに震えながらオンドラを睨み付ける。

「私が呼んだの……私一人じゃ安全を確保できないから。迷惑だった? 」 

か細い声で俯きながらつぶやくネネと言う少女の言葉に要は怒りの表情を引っ込めて素直に首を振った。

「良かった……私はトマトジュース」 

ネネは静かにそれだけ言うとそのまま俯いて黙ってしまった。誠もアイシャもカウラも、この二人のコンビがどうして要の情報網に引っかかったのか疑問に思いながらウエイターが近づいてくるまでの時間を過ごしていた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 35

「旦那……ずいぶんらしくない言葉を吐くじゃないか」

「らしくないか……確かに感情で動く人間を信用するなと以前講釈をたれたことがあったな」 

要の言葉にクエンは素直に笑った。その素直さが逆に誠には気に掛かった。先ほどから数秒に一度、サングラスの下の目は誠に向けられていることが分かっていた。それは嫉妬と言うよりも純粋に興味から発した視線であることは鈍い誠でも分かることだった。そして裏社会の人間が自分に興味を持つことは常にその能力を知ってのことだと分かっていたのでただ黙って注文をするアイシャの言葉に頷いてそのままクエンを見つめていた。

「利だけで動ける人間は尊敬に値するよ。俺はどうやらそう言う人間にはなりきれないらしい。それでもおかげでこうして今をときめく遼州同盟の直系組織と接触を持てたんだ。多少はそう言う自分の人間らしさに感謝したいこともあるさ」 

「私達は同盟司法局の局員としてでなく……」 

クエンに明らかに敵意を抱いているカウラの言葉を遮ると要は静かにバッグから札束を取り出そうとする。だがクエンは皮肉めいた笑みを浮かべると首を横に振った。

「さっきも言ったはずだ。俺は……俺達は人捜しに協力するつもりは毛頭無い」 

そうつぶやいたクエンの表情はこれまでの穏やかな面影はすでに消え去っていた。合法、非合法を問わず絶えず利潤のみを追求するマフィアの幹部の姿がそこにあった。去っていくウエイターを見送っていたアイシャも真剣な表情でクエンを睨み付ける。

「じゃあ旦那はアタシと一緒にダンスでも踊るつもりで来たんですか? 」 

「それはいい話だな。いい女とは撃ち合いをするよりはダンスでも踊る方をどんな男でも選ぶものさ。まあそこの兄さんが許してくれればの話だけどな」 

再びバーで佇む優男の表情に戻ったクエンが口元に最上級の笑みを浮かべながら誠を見つめてきた。誠は慣れない雰囲気にただ戸惑って要に目をやった。

「この馬鹿の許し? 旦那も冗談が過ぎるぜ。アタシはアタシだ。踊りたくなったら踊る。いつだってそうしてきたことは旦那も知ってるだろ? 」 

どこか挑発的な要の言葉にクエンは膝を打った。すぐに爆発的な笑いがフロアーにこだまする。誠から正面に見えるカウンター席のカップルがどうしたかと確認するように振り向いて怪訝そうな顔をしていた。

「それでこそ租界の名花と呼ばれたお前さんだよ。兄ちゃん……いや、神前誠曹長。君の上司はなかなか気まぐれだからな……苦労は察するがその甲斐がある上司だと俺が保証するよ」 

そう言うとクエンは立ち上がる。

「旦那、もう帰るんですか? 」 

突然立ち上がったクエンに要は驚いたように声をかけた。その声はどこか悲しげで、誠には二人の間の自分の立ち入ることの出来ない関係を思い描きながらただ黙ってクエンを見上げていた。

「ああ、俺も忙しい身でね。これから朝まで難しい仕事をこなすことになりそうな。その前にお前さんと仲間達の顔を見れたのは僥倖と言うところかな」 

にやりと笑ってウエイターが持ってきたコートの袖に手を通しながらクエンは余裕のある笑みでつぶやいた。

「あなたのような忙しい人に気まぐれで旧友に挨拶をする余裕があるとは……東都警察もたるんでいるんですかね? 」 

カウラの皮肉。黒いコートに白く長いマフラーをかけたクエンはそのカウラの様子を相変わらずの余裕を持った態度で聞き流しながらそのまま背を向けて歩き出した。

「ああ、そうだ」

数歩歩いたところでクエンが立ち止まる。誠達は軽く振り返るクエンのサングラスを凝視する。

「菱川財閥の幹部連が君達を煙たがっているそうだ。大事にならないうちに処理しておくのをお勧めするよ」 

捨て台詞のようにそう言うとそのまま大きなクエンの後ろ姿は観葉植物の影に消えていった。


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