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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 91

「あ! でも連絡はさっき入れましたよ……班長も本当に困った顔してましたけど……」 

自分の不始末に謝るレベッカだが、その島田を指す『班長』という言葉を聞くとアイシャと要は顔を見合わせてにんまりと笑った。

「おう、確かに島田には連絡は行ってるみてえだなあ……通信記録もある。島田も……すぐに本部とやらに連絡はしているな」 

脳内の端末を確認して要が呟く。アイシャはにこやかな笑みをレベッカに向ける。レベッカは先ほどの慌てた表情からようやく落ち着いてきたようでまるで他人事のようにことの顛末を眺めているシャムの隣で大きなため息をついた。

アイシャはジャンバーから携帯端末を取り出すと笑顔のまま菰田に連絡を入れた。

『あ! 』 

茶を啜っていた菰田の顔が誠が覗き込んだアイシャの端末の中で次第に青ざめていく。

「菰田ちゃん……いいえ、本部長とでも呼んだ方が良いかしら……」 

『シンプソン中尉のことでしたら……忘れてました! 済みません! 』 

ごたごた言うだけ無駄だと諦めた菰田は素早く頭を下げてみせる。ただ相手はアイシャである。にこやかな笑みを浮かべながらもその表情は怒りで青ざめているように誠には見えた。

「良いわ……後で折檻だから」 

一言言い残してアイシャが通信を切る。その様子に満足げに頷く要。一方、カウラは最後のサンドイッチを飲み下したシャムのところへと足を向けていた。

「ずいぶんと悠長な態度だな」 

「別に悠長なんかじゃ無いよ」 

それまでののんびりとした表情がすぐにシャムから消えた。そのまま彼女は断崖絶壁の向こうに目をやる。しばらく続く針葉樹の森。それも限りがありそのまま落葉樹の冬枯れに飲み込まれていくのが見える。

「思い出でも探しに来たか? 」 

「要ちゃんは……まあそんなところかな」 

冷やかす要に苦笑いを浮かべるシャム。その姿はどう見ても小学校高学年という感じだが、浮かんでいる憂いの表情には年輪のようなものが感じられるように誠には見えた。

「吉田少佐の失踪……それなりにショックだったんだな」 

カウラの言葉にしばらく彼女を見つめた後、静かにシャムは頷いた。

「単純にショックという訳じゃ無いんだけど……なんだかせっかく手に入れた何かをなくしちゃったような感じというか……ああ! なんだか説明できなくてわかんなくなっちゃうよ! 」 

自分の語彙の少なさに叫んで気を落ち着けようとするシャム。そんな主を静かに心配そうにグレゴリウスは見下ろしていた。


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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 90

右足、左足。次々と滑る冬の軟弱な泥道。ただ夢中で誠は登り続けた。ただその間願うことは要の無思慮な発砲音が響かないことだけだった。次第に意識が薄くなり、足を蹴る動作だけにすべての神経が集中するようになったときに不意に傾斜が緩くなり始めた。

「終わった……」 

誠はようやく泥ばかりで覆われていた視界を何とか上に持ち上げた。

そこには一本だけ残っている大きな杉の木の陰で息を潜めて先の様子をうかがうアイシャとカウラの姿があった。

「ああ、すいません……ようやくたどり着きました……」 

「しっ!」 

唇に人差し指を当てて沈黙するように促すアイシャ。その隣のカウラの視線の先を誠は静かに目で追った。

草むらの影で銃を構えて身を潜める要の後ろ姿が見える。そしてその向こうの枯れ草の穂の隙間からは茶色いコンロンオオヒグマの頭がちらちらと見て取れた。

「間に合ったんですね……」 

「間に合ったかどうかはこれから分かることだ」 

カウラの感情を押し殺したような声にそれまでの誠の到着した喜びのようなものは瞬時に吹き飛んだ。熊の周りを草の隙間から覗いていた要がそのまま銃を構えて飛び出していく。

「カウラちゃん止めないと! 」 

「まったく世話が焼ける」 

苦虫をかみつぶした表情のカウラが覚悟を決めて杉の木陰から飛び出して要の姿を追う。要はすぐに距離を詰めたようで先ほどまでの場所に人の気配は無い。

「キャア! 」 

明らかにシャムとは違う女性の叫び声が熊の頭の見える辺りで響く。誠もその尋常ならざる驚きの声に残った力を振り絞って枯れ草の中を駆け抜けた。草のついたてを抜けて断崖絶壁にたどり着いた誠の目の前にただ銃を構えて動かないで居る要の背中が目に入った。

「なんでテメエがここに居るんだ? 」 

誠達がたどり着いてもしばらくじっとしていた要がようやく口を開いた。その視線の先、手にしたバスケットからサンドイッチを取り出して頬張っているシャムの隣には技術部所属の女性士官、レベッカ・シンプソン中尉が腰を抜かして倒れていた。

「その……あの……」 

「だからなんでテメエが居るんだよ! 」 

いつまで経っても驚きの中から抜け出せずにおたおたしているレベッカに要のかんしゃく玉が炸裂した。カウラが要の銃を掲げた手に静かに手を添えてその銃を下ろさせる間もレベッカはただずり落ちた眼鏡を直すのとなんとか先ほどまで座っていた石の上に座り直すのが精一杯で要の質問に答える余裕は無かった。

「レベッカさん……シャムちゃんから頼まれたんでしょ? 何か食べるものを持ってきてくれって」 

にこやかな表情を作りつつアイシャがゆっくりとレベッカに歩み寄る。ようやく現われた自分の理解者を見つけたというようにレベッカは引きつった笑みを浮かべつつおずおずと頷いた。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 89

草むらに入って誠はそこが切り開かれた山林であることに気づいた。この東都の北西に広がる森は落葉樹の森。針葉樹が広がっているのは要するに林業の為に植えられたものなのだろう。

「急いで! 」

すでに斜面を百メートルほど先に登っているアイシャが振り返って叫ぶ。先を行くカウラは誠に苦笑いを浮かべるとそのまま確かな足取りで滑りそうな霜でぬかるむ獣道を進む。

「西園寺がいくら馬鹿でもそう簡単には撃たないだろうな」 

自分に言い聞かせるように呟くカウラを見てただ誠もそのことを祈りながら正面の丘を見上げた。相変わらずぽつんと茶色い塊が視線の中央でうごめいている。

「これは確かになんだか確認したくもなりますよねえ……双眼鏡でもあれば熊だと分かって警察に通報されますよ」 

「すでにされたから私達はここにいるんだろ? まあいい、とにかく穏便に済ませることが一番だ」 

カウラが登る速度を速める。誠はそれに息を切らせながら続いた。

一瞬、丘の上に続く獣道の全貌があらわになる地点にたどり着いた。すでに斜面をほとんど登り切って丘にたどり着こうとしているところに黒い小さな塊が見える。

「西園寺さん……あんなところまで……」 

「まあそれが生身とサイボーグの差だ。それくらいの違いがないと採算が取れないだろ? 」 

一瞬だけ呆れたような表情で振り返ったカウラだが、すぐに表情を引き締めて斜面を登りはじめる。先ほどまで獣道の奥にちらちら見えていたアイシャの姿ももう消えている。

「早く行かないと……」 

焦った誠の右足が霜で緩んだ斜面をつかみ損ねた。もんどり打って顔面から泥のような獣道の土にまみれる誠。

「何やってるんだ? 」 

「はあ……転んじゃいました」 

「見れば分かる」 

それだけ言うとそのまま誠を置いて歩き出すカウラ。誠は額に付いた泥をたたき落としながら今度は慎重な足取りで斜面を登りはじめた。

「早く! 」 

遠くで叫ぶアイシャの声がこだまする。先ほど要を見た地点くらいにはアイシャはすでに到着しているらしい。

「こりゃあ……急がないと」 

自分自身に言い聞かせるようにして誠はぬかるむ山道をただひたすらに上へと登っていった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 88

「次のカーブを曲がれば分かることだ……それと西園寺。レンタカーの会社のデータベースにハッキングして掴んだ情報を全部話せ」 

素早くハンドルを切りながらカウラが呟いた。その言葉の直後に針葉樹の深い森が一瞬で途切れて大きな丸裸にされた丘が目に飛び込んでくる。

「車種は小型のファミリーカー。四駆じゃ無いからそれほど本格的な装備の奴じゃ無いと思うけどなあ……」 

今度は開き直ったように銃をホルスターから抜いてスライドを引く。

「要ちゃん……穏便に行きましょうね」 

さすがのアイシャもこれはまずいとばかりに苦笑いを浮かべるが無情にも山の下に置かれた水色のハッチバックの車影は次第に近づいてくる。

「人気がないな……それにしても肝心のグリンは? 」 

「見えるわよ……山の頂点」 

アイシャが指さす先に小指の先ほどの茶色い塊がじっとしているのが誠にも見えた。

「本当に馬鹿だな……丸見えだぞ」 

「菰田が交通規制の偽情報を流している……この車でも確認できるからな」 

「冒険するわね……菰田君も。うちのカラーに染まってきてるってことかしら」 

他人事のように呟くアイシャを一瞥した後、カウラは静かに枯れ草だらけの路肩に車を停めた。目の前には人気のない空色の小型車。どうにもハイキングなどの客が好みそうなはやりの新車だった。

「馬鹿! 早く降りろ! 」 

「椅子を蹴らないでよ! 」 

暴れる要に悲鳴を上げながら助手席からアイシャが転がり出る。素早く要は銃を構えて飛び出すとそのまま背の高い枯れ草の間の獣道の中に消えていった。

「追わないと! 要ちゃんは撃つわよ」 

「軍用義体と追いかけっこか? 無茶を言う」 

苦笑いを浮かべてカウラはゆったりと構えつつエンジンを止めてからドアを開けた。高原の冷たい空気が車内に流れ込んできて誠は厚着をしてこなかったことを後悔した。

「それにしても冷えるわね……」 

アイシャも運を天に任せたというようにゆっくりとそのまま要の消えていった獣道に入り込む。

「荷物は無いか……おそらく女性だな……しかも一人」 

レンタカーの運転席を覗き込んでいるカウラ。確かに見る限り荷物のようなものは無く、運転席側のホルダーにだけジュースの空き缶が刺さっているのが誠にも確認できた。

「カウラちゃん! 早く! 」 

叫ぶアイシャの声に思わず誠に向き直り苦笑いを浮かべるとそのままカウラは空色のレンタカーから離れて獣道へと踏み込んでいく。誠もまた仕方なくその後に続いた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 87

「菰田の奴……うまくやってくれてるかねえ……」 

「何してるの? 」 

それとなく振り返るアイシャの目に革ジャンの下のホルスターから愛用の拳銃XD40を取り出す要の姿があった。

「あれだ、相手は猛獣だからな……40S&Wじゃ力不足かねえ……カウラ! 後ろのトランクにショットガン積んであったろ! 」 

「お前は何がしたいんだ……あれは下ろした。クバルカ実働隊長からの指示だ」 

苦笑いとともに答えるカウラに要が渋い表情をする。その姿があまりに滑稽に見えた誠が吹き出しそうになるが、要の一睨みでそのままおずおずと視線を外に向けた。

車の速度は制限速度に落ちていた。それもそのはず、急激なクランクが次々と行く手に現われ、制限速度でも十分後輪は横滑りをするほどの状況だった。

「カウラちゃん……要ちゃんじゃないんだからもっと穏やかに行きましょうよ」 

「私は穏やかに運転しているつもりだ。ちゃんとメーターを見ろ。制限速度は守っているだろ? 」

「確かにそうなんだけどねえ……もう、私の周りはどうしてこう言う面々ばかりなのかしら……誠ちゃんの苦労も分かるわ」 

「オメエが一番苦労させているように見えるがねえ……」 

自分をなだめすかすように愚痴るアイシャに一言入れると要の表情が厳しくなった。

「おい、レンタカーが一台……この先一キロだ。連絡があった西字天神下に停まってやがる……あの馬鹿! 見つかりやがった! 」 

おそらく自動車のGPSシステムに介入しているからだろう。瞬時にそう言った要にさすがのアイシャの表情も硬くなった。

「レンタカー……ハイカーさんかなにかだとやっかいだわね」 

そのままアイシャは親指の爪を噛みながら続くカーブの先を睨み付けている。誠は部隊配属直後の事件が頭をよぎった。

「あのー……法術反応をたどってどこかの組織が動いているとか……」 

心配そうな顔の誠を瞬間あきれ果てたと言う顔で要が見つめる。そして彼女は大きくため息をついた後軽く誠の左肩に手を置いた。

「あのなあ……どこの世界にレンタカーで巨大な熊の護衛付きの法術師を拉致しようって馬鹿がいるんだ? それもこの業界じゃあ使い手で知られた遼南帝国青銅騎士団団長のナンバルゲニア・シャムラード中尉だぞ? 」 

「でも暴力団とかの素人連中に実行を依頼しているとか……」 

あまりにも屈辱的だったのでムキになって叫ぶ誠に今度は同じように呆れた顔のアイシャが助手席から顔を覗かせる。

「そんな時間があったと思う? 私達だってさっきまで知らなかった話じゃないの」 

自分の珍しくした意思表示を完膚無きまでに叩きつぶされてぐんにゃりと俯く誠。カウラはバックミラー越しにその様子を見ながらさすがに同情を感じているのか苦笑を浮かべている。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 86

「次の交差点を右だ」 

流れていく景色を薄目を開けて眺めていたのか。要がぼそりと呟いた。

「便利ね……人間ナビ」 

「殺すぞ」 

冷やかすアイシャに殺気を向ける要。誠はただ代わり映えのしない冬枯れの森の景色を見ながらそれを瞬時に判断する要に感心していた。

「山道になるな……路面は大丈夫か? 」 

「先週はこの辺も雪だったらしいからな。まあ速度は落としておいた方が良いな」 

要のアドバイスにカウラはギアをさらに落としてそのまま対向車の居ない交差点を大きく右にハンドルを切る。後輪を空転させながら爆走するスポーツカー。誠はカウラのテクニックを信じて木々の根元に雪の残る山道の光景を眺めていた。

「でも……こんなに寒いところに来るなんて……」 

「あの餓鬼の故郷はもっと寒いんだ。平気なんだろ」 

それとないアイシャの心配もまるでどうでも良いことのように要は切って捨てると窓の外にそのタレ目を向ける。森の奥深くまで見通せるのは落葉樹の葉のない木々で覆われた森だからこそ。その森の奥深くは根雪となった雪が視界の果てまで続いていた。

「こんな景色……コロニー育ちだからわくわくするわ」 

「そうか? 写真や映像で腐るほど見て飽き飽きしてたところだ」 

「そうね、要ちゃんならそうかも。その重い義体じゃあ雪の中で動き回るのは難しそうだし……それにスキーとかもしないんでしょ? 」 

「オメエもしねえじゃないか」 

「出来ないのとやらないのはまるで意味が違うわよ」 

どうでも良いことで言い争いをする二人を見ながら誠は少しばかり安心していた。シャムの動揺はそれとして他の面々までいつもの調子は失ってはいない。これならシャムを笑顔で迎えられる。そう思うとなんだか誠はうれしくなっていた。

「神前……何か良いことでもあったのか? 」 

バックミラーに誠の笑顔が写っていたようでカウラが笑顔で呟く。

「うちはみんなで一つのチームなんだなって」 

「みんなで一つ? よしてくれよ。こんな腐女子と一緒にされたら迷惑だ」 

「私は腐女子じゃありません! 」 

「いいんだよ! そんな細かいカテゴリー分けは! 」 

アイシャと要のやりとりはあくまでいつも通りだった。上り坂が終わり、急に道が下り始める。

「まもなくだな」 

自分に言い聞かせるようなカウラの静かな声に気づいて周りを見た誠の目にこれまでの明るい森とは違う暗い森、針葉樹の濃い緑色が飛び込んできた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 85

「さっきまで警察の本部気取りだったのに……」 

クスクス笑うアイシャを見ながらにんまりとしてそのまま腕を組んで座席にもたれかかる要。ただ誠はその周りの景色の早く変わる様に緊張を続けていた。

「さっき警邏隊の状況は把握していると言いましたけど……白バイが流していたらどうするんです? 」 

おそるおそる呟く誠に要は満面の笑みを浮かべる。

「ああ、白バイはこの先にはいねえよ。南陽峠で族が集会を開いているという連絡が入っているはずだからねえ……忙しいんだろ」 

「要ちゃん。警察無線に割り込んで嘘の情報を流したわね……」 

呆れるアイシャだがカウラは満足げにアクセルを踏み込む。すでに市街地は過ぎて左右の景色は目の前の東都の西に広がる山脈の足下の観光客目当ての果樹園に変わっている。

「あの馬鹿……捕まえたらただじゃおかねえ! 」 

「心配したり怒ったり……本当に要ちゃんは忙しいわねえ」 

のんびり構えているアイシャだが誠が見る限りその表情は硬い。

誠も聞かされてはいるがシャムは遼南内戦でのエースとして熾烈な戦場を生き抜いたタフな心臓の持ち主である。実業団の試合の際にも常に明るく元気で強豪菱川重工豊川相手にも打ち込まれる誠に明るく声をかけてくれる気さくな性格である。

そんなシャムがこれだけ周りに迷惑をかけることをやるほど追い詰められている。ある意味意外に思えた。

『信じているから』 

周りが相棒の吉田の指名手配の話を振ってもその言葉と笑顔で返してきた元気なシャムの逃避行。誰もがあまりに突然で意外に思っているのは誠も感じていた。

「でも……なんでこんなことをしたんですかね……」 

「知るか! 」 

誠の言葉が出たとたんに要は叫んでそのまま狸寝入りを始める。

「吉田少佐の件とは無関係とは思えないけど……あの娘が突然居なくなるなんて……それ以外に何かあったとしか思えないわね」 

アイシャの言葉にカウラも静かに頷いた。

ギアが下げられ、エンジン音が激しく変わる。道は緩やかに登りはじめた。一応国道だというのに道も左右の歩道が消えてすっかり山道という感じに変わっている。

「でも……吉田少佐とシャムちゃん……どんな関係なのかしら? 」 

突然のアイシャの問題提起に静かに要が目を開く。

「男女関係って訳じゃ無いよな……吉田はそれなりに名の知れた傭兵だ。甘い戦友としての友情なんてもんでも無いだろうしな……」 

要の言葉に誠も静かに頷きながら目の前に見える白く雪を湛えた山脈を臨んだ。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 84

「おいおい、飛ばすなよ……」 

勢いに任せて後輪を振り回すようにハンドルを切るカウラに思わず重い義体を誠にぶつけてよろけながら要が呟く。

「カウラちゃんは仲間思いだからねえ」 

狭い路地をかっ飛ばす様に若干はらはらした表情を浮かべながらなだめるように話すアイシャの言葉にそれまで無表情だったカウラの口元が緩んだ。

「我々戦うために作られた人間の数少ない美徳が仲間を思う気持ちだ……これは私も少しは自信がある」 

「いい言葉だねえ……仲間を思いやるか。アタシはアイツが連れてるデカ物がどんな騒動を起こしてアタシ等に迷惑かけるかしか考えてなかったけどねえ」 

「要ちゃんも……素直じゃないんだから」 

思わず振り向いて誠にウィンクするアイシャ。

カウラはそのまま車を大通りに飛び出させる。強引な割り込み。誠もこんなに荒い運転をするカウラは初めてだった。そのまま制限速度を軽く超えて郊外に向けてスポーツカーはひた走る。

「この前の件で警邏の巡回時間を聞いといて正解だねえ……これなら一発免停間違い無しだぜ」 

苦虫をかみつぶした表情の要だが言葉の色は痛快極まりないと言う時のそれだった。誠はただ呆然としながらあっという間に街の半分を通過したことを知らせる市立商業の校舎を見つめていた。

「あの馬鹿のことだ……きっと見晴らしのきく高いところにいるぜ……馬鹿と煙はなんとやら……上から見えるってことは当然したからも見えるわけだ」 

「今の時期なら農作業とかは無いかも知れないけど……あまり放置しているとまずいのは確かね」 

要の言葉にアイシャはジャンバーのポケットから携帯端末を取り出す。要が目をつぶっているのは脳を直接ネットとリンクさせているから。誠は何も出来ずに通り過ぎていく景色を眺めるだけ。

『本部から各移動! 本部から各移動! 』 

「いつから本部になったんだ! キモオタ! 」 

軽快に台詞を決めてみたらしい菰田の通信に要が叫びを上げる。思わずアイシャと誠は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「何か掴んだのか? 」 

運転しながらのカウラの言葉にアイシャの端末の中で冷や汗を浮かべている菰田がようやく立ち直って口元を引き締めて台詞を吐き出し始めた。

『ええ……まあ飯岡村の都道123号線の西字天神下を通過したドライバーから駐在所に何か大きな動物が尾根を歩いていたって言う通報がありまして……』 

「尾根を散歩だ? あの馬鹿! 何考えてんだ? 菰田、駐在が出るのにどれだけかかる? 」 

要の渋い表情に今度は菰田が満面の笑みを浮かべた。

『備品管理の村田がちょうどあそこの出身で、今日は実家にいるもんですから……』 

「何でも良い! 適当なことを言って駐在を部落から出すな! 良いか? 一歩も出すなよ! 出したら……」 

血相を変える要にすぐに菰田の自信はしぼんで跡形もなくなる。

『分かりました! なんとか足止めします……だから宜しく頼みますよ! 』 

やけになったような叫び声と共に菰田は通信を切った。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 83

「カウラちゃんの車で行くわよ……それにしても要ちゃんは車をあげちゃって……本当にお嬢様は先々を読めないんだから」 

冷ややかな視線を要に向けるアイシャに要は鋭い視線を向ける。

「五月蠅えなあ……アタシはバイクが好きなの。あんな手間が掛かる四輪なんて乗れるか! それにいろいろつきあいもあるんだから……」 

ごちゃごちゃ理屈を呟く要を無視してカウラはそのまま玄関で靴を履き替える。慌てて要も下駄箱の隣にあるロングブーツに手を伸ばした。

「それにしても……誠ちゃん。なんでそんな針葉樹なんて」 

「あれです。シュペルター中尉が教えてくれたんですよ。彼は部隊員のメンタルまで気を使ってくれていますから」 

誠の言葉に靴を履き替えていたカウラと要が顔を見合わせた。

「アイツが役に立つこともあるんだな……」 

「伊達に太っていないな」 

「酷いじゃないですか! あの人だって隊員でしょ! 」 

「別に神前が怒ることじゃねえだろ? 行くぞ」 

要は自分だけブーツを素早く履くとそのまま立ち上がる。

「それにしても意外ね……シャムちゃん。あれだけ信じてるって言ってたのに」 

「それぞれ不安や思うところがあるんだろうな」 

静かに立ち上がりささやきあうアイシャとカウラ。誠はそれを見ながらそのまま外に飛び出していった要の後を追った。道路はすでに頂点を通り過ぎた春の太陽の下、ぽかぽかとした空気に満たされていた。誠はその中を隣の駐車場に向けて歩く。

すでに赤いカウラのスポーツカーの隣には革ジャンを着た要がいらだたしげに頬を引きつらせながら誠達を睨み付けていた。

「おい! あの馬鹿が人様に見つかる前に連れ戻すぞ! 」 

要の叫び声に誠は首をひねった。

「でもこの車にはグレゴリウスは乗りませんよ? 」 

誠の言葉に要は大きくため息をつく。

「あいつも空間転移で移動したんだ。帰るのもそれで行けば良いじゃねえか! ほら! ちんたらするんじゃねえ! 」 

入り口付近で苦笑いを浮かべているカウラとアイシャを呼びつける要。カウラは仕方なくドアの鍵を解除した。

「ほら、乗れ」 

誠を無造作に車に押し込む要。強力な軍用義体の腕力の前には大柄な誠も何も出来ずに狭いスポーツカーの後部座席に体を折り曲げるようにして押し込まれる。

「ご愁傷様ね、誠ちゃん。でも急いだ方が良いのは確かね」 

助手席に乗り込んだアイシャの表情が厳しくなる。カウラは運転席に乗り込むとすぐにエンジンを始動、車を急発進させて砂利の敷き詰められた駐車場から車を出した。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 82

「なんですか……写真? 」 

ヨハンの手に握られていたのは古風なアルバムだった。革製の茶色い装丁の厚めのアルバムをヨハンは丁寧に机の上に置くと誠に向けて開く。

「法術と言うのはどうしても心理的な影響を受けやすい力だからね……精神の源泉とでも言うべき故郷の風景。それにちょっと関心があってね」 

そこには山の光景が写っている。木々は明らかに誠の見たことがないような濃い緑色の針葉樹林。

「遼南の高山地帯の風景ですか? 」 

シャムの出身地だという山々を思いながらの誠の言葉にヨハンは静かに頷いた。

「あのちびさんの出身地はどこもこう言う針葉樹林の森なんだ。しかも数百メートル標高が上がれば木々も次第に小さくなり、千メートルも登ればもう森林限界だ」 

ヨハンがめくる写真に写る植物を見て次第に誠はヨハンの言おうとしていることの意味が分かった。

「ここら辺りの森はほとんどが落葉樹の森ですよね……そこにはナンバルゲニア中尉はいない……となると植生図を調べて一番近くの針葉樹の森を捜せば……」 

「まあ一番手っ取り早い方法はそれかな。まああのちっこいのはあまり休みを取らないから北国まで足を伸ばす必要も無いだろうし……まあ調べてみる価値はあるな」 

ゆっくりとしたヨハンの言葉が終わるのを待たずにそのまま誠は部屋を飛び出した。階段を駆け下り、食堂前にたむろする寮の住人達を押しのけながら厳しい視線で周りを見回すアイシャの前に躍り出た。

「何してたのよ……これから手分けして……」 

「それより場所を絞り込む方法が分かったんです! 」 

誠の言葉にアイシャが首をひねる。食堂の奥に据え付けられようとしている端末を調整していたカウラと菰田も珍しそうに確信ありげな誠を見つめていた。

「あの人の故郷に近い場所ですよ! 」 

「なに? 西の戸川半島にでもいるの? 」 

「違います! 針葉樹の森です。あの人の故郷は針葉樹の森が深い場所ですから。この付近で杉とかを大規模に植えている場所にあの人は居ます! 」 

一気にたたみ掛けた誠の言葉にアイシャはいぶかしげな視線を向けるだけだった。

「いや、試してみる価値はあるな」 

端末の調整を菰田に押しつけてカウラは立ち上がるとポケットから車の鍵を取り出す。

「カウラちゃんまで……まあこの人数なら豊川中の森を探せるでしょうから。まあ私とカウラちゃんと誠ちゃんは……」 

アイシャはそのまま視線を端末を起動させたばかりの菰田に向けた。

「ちょっと待ってくださいね……針葉樹ですか……飯岡村の辺りが地図の記号では針葉樹が多いですよ」 

「それだわ……じゃあ後は菰田君が仕切ってちょうだい」 

それだけ言うとアイシャはそのまま先頭に立って歩き出す。誠とカウラは少しばかり呆れながらその後に続いた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 81

取り残された誠は仕方なく階段をのぼりはじめた。

三階の一番奥の部屋。古参の下士官ばかりが詰める三階は誠はあまり立ち入ることのないフロアーだった。二階まではいつも通りにのぼれるが、そこから先はどうにも気が進まない。しかし菰田に頼まれている以上、誠に躊躇うことは許されなかった。

出入りの激しい一二階と違って落ち着いた雰囲気の廊下を誠は静かに歩いた。

『緊急事態発生! 各員食堂に集合! 』

菰田の投げやりな叫びがフロアーに響くが三階のドアはどれも開く気配がない。多くは部隊では換えの効かない重要のポジションのこの階の住人が演習前に非番というのはあまり考えられないことだった。ただ法術関連のみの担当と言うことでほとんど誠達と出勤のローテーションが同じなヨハンは誠が謹慎中と言うこともあって今日も非番で一日寝ている予定だった。

「全く……よく寝ているんだろうな……」 

「誰が寝ているだって? 」 

背中から浴びた低い声に誠は驚いて振り返った。

「おいおい、そんなに驚くなよ……トイレに行ってたところなんだが……緊急事態って? 」 

膨らんだ腹をさすりながら小さな眼鏡を直すヨハン。見ようによっては季節外れのサンタクロースのようにも見えるそのおおらかな表情に誠は息を整えるとそのまま言葉を吐き出した。

「ナンバルゲニア中尉が行方不明なんです。しかもあのグリンを連れて……」 

慌てて喋る誠の顔を不思議そうな表情で見つめるヨハン。彼もグリンの危険性は分かっている。それでもどこかしら余裕を感じるのはヨハンのふくよかな顔の作りのせいかそれとも彼の持ち前の性格なのか誠には今ひとつ判断をすることが出来ない。

ただヨハンはしばらく天井を見上げた後、そのまま奥の自分の部屋へと歩き始めた。

「中尉! 緊急事態……」 

「分かっているよ。慌てなさんな。とりあえず俺には当てがあるような気がしてね……」 

そのまま奥の部屋の扉を開けて部屋に入っていくヨハンにくっついて誠はそのまま本棚が所狭しと並ぶヨハンの資質に入った。

「ちょっと待ってくれ」 

机の引き出しを開けたヨハンはその中身を一つ一つ塵一つ無い机の上に並べていく。缶切り、爪切り、何に使うのか分からない計測機械。一つ一つゆっくりとヨハンは机の上に置いていく。

「中尉……」

「だからちょっと待って……ああ、あった」 

そう言うとヨハンは手帳のようなものを手に誠に向かって笑顔で振り返った。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 80

「でも師匠だから……それで心当たりは? 」 

小夏の言葉にアイシャは携帯端末を取り出す。

「あれだけの熊を連れていたらニュースになるか……ただニュースになるようじゃ困るんだがな」 

苦笑いのカウラ。その落ち着いた様子に誠は思わず顔を向けた。

「グリンは臆病だからな。だがそれだけに心配だ。兵隊でもそうだが落ち着きのない臆病な奴ほど手に負えないものは無いからな。本当に何をするか分からない……」 

「駄目ね。まるで手がかりは無し! 」 

カウラの言葉が終わるのを待っていたかのようにアイシャが天を見上げる。

「誰にも見られていない場所ですか……あの人は狩りをしますよね。その場所とか……」 

そんな誠の思いつきにアイシャとカウラは顔を見合わせたがすぐに諦めたと言うように首を振る。

「師匠は狩り場を誰にも教えませんから……まあイノシシの被害が出ているところは決まってますから場所の限定は出来るでしょうが……」 

小夏が呟くと誠もその広大な農地と雑木林を想像して呆然とした。豊川市の西には広大な山々が連なっている。その山々のどこかに潜む熊と少女を見つけるのも十分に骨が折れる話だった。

だがそんな決断のつかない誠に苛立ったように素早くアイシャが立ち上がる。

「ぐだぐだ話していても始まらないわね……小夏ちゃんは島田君に連絡を入れて。急ぎでない仕事をしている技術部員と楓ちゃんに捜索を頼むわ。それと誠ちゃん……」 

「はい? 」 

誠の間抜けな返事にアイシャは大きくため息をついた。

「今、寮にいる面子を集めてちょうだい。方策を練るから」 

アイシャに言われると誠はそのまま立ち上がった。食堂を飛び出すとそのまま玄関に向かう。玄関にはその日の寮に住む隊員の行動予定表があった。

「西川さん、大西さん、シュミット先輩……」 

おそらく演習準備に余念のない明華に絞られて泥のように眠っているであろう古参の下士官を起こすのは気が引けるがカウラの言うように非常事態だった。ちょうどそこに外から帰ってきた菰田の姿が見えた。

「おう、神前。また……」 

嫌らしい菰田の目だがそんなことを気にしてられる状況では無かった。

「先輩! 大変です! ナンバルゲニア中尉がグリンを連れてどこかに消えちゃったんです! 」 

すぐに菰田の顔色が変わる。管理部の幹部としてグリンの飼育に反対していた菰田。その予想していた最悪の事態。

「おい、ベルガー少佐は食堂か? 分かった。すぐに放送を流して寮に残っている連中を集める。お前はシュペルター中尉の部屋に行け」 

「え? でも放送を……」 

誠の口答えに菰田は呆れたような表情を浮かべた。

「あの人がそんなもんで起きるか! 鍵は掛かってないはずだからそのまま飛び込んでひっぱたいて起こせ! 俺が許可する」 

それだけ言うと菰田はそのまま寮の廊下を駆け出していった。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 79

「シャムちゃん? 何かあったの? 」 

何気ないアイシャの言葉に神妙な顔の小夏はそのまま彼女の正面の椅子まで行くと腰をかけた。

「最近連絡がないんです。それで今日、電話を入れてみたら……隊にも出てないらしくて……」 

思わずカウラと誠は顔を見合わせた。

「ああ、あの娘は有給たくさん残ってるから」 

「違うんです!それだけじゃなくてグリンも一緒にいなくなって」 

小夏の言葉に場が瞬時に凍り付いた。グリン。フルネームはグレゴリウス16世という名前のコンロンオオヒグマの子供である。子供と言っても成長すれば10メートルにもなるコンロンオオヒグマである。優に五メートルはあるあの巨大な熊が行方不明となると問題は質が変わってくる。

「警察には……ってうちに連絡がないってことはランちゃんは手を出さないつもりね……」 

「でもあの巨大な熊が行方不明なんだぞ。クバルカ中佐……何を考えているのか……」 

こう言う問題では最初からなにもしない隊長の嵯峨を無視して副部隊長格のクバルカ・ラン中佐にアイシャとカウラの心は向かう。

「でもあれだけの巨大な熊ですよ……歩いていたら見つかるでしょ……」 

苦笑いを浮かべながら呟く誠の顔をアイシャはまじまじと見た後大きなため息をついた。

「誠ちゃん……自分の胸に手を当てて考えてごらんなさいな。あなたもあの娘も法術師。干渉空間を展開して自由に移動できる訳よ……」 

「あ! 」 

誠も言われてみて初めて思い出した。その視線の先では呆れた顔でカウラが誠を見つめている。その視線に誠はただ申し訳なくて俯いてしまった。

「でもどこに……遼南まで跳ばれてたらまずいわね」

「遼南ですか! 」 

アイシャの一言に小夏が叫びを上げる。シャムの出身地遼南。この東都からは数千キロ西の山奥がシャムの育った森のある山岳地域である。コンロンオオヒグマを初めとする猛獣が暮らす広大な大自然を一匹の熊と小さな女の子を捜して走り回るなどとうてい無理な話だった。

「それは無いな」

確信のある語調でカウラが断言する。そのあまりにはっきりとした口調にアイシャは感心しながらその切れ長の視線を投げた。

「この前入国手続きの件でナンバルゲニアには話をしたんだ。空間転移で跳んで他国に入国することは不法入国になると教えてやったらちゃんと頷いていた」 

「なに? それだけの理由? 」 

呆れるアイシャだがシャムの単純な思考を考えると誠もカウラに同調しなければならなかった。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 78

「相変わらずだな……」 

入れ替わりに苦笑いを浮かべたカウラが入ってきた。

「まあね……あの娘も大変なんでしょ」 

アイシャの言葉に誠は首をひねった。

「でも西園寺さん……胡州大公家の次期当主でしょ? そんな仕事をしなくてもお金ならどうにでもなるんじゃないですか? 」 

そのままアイシャの隣に座った誠にアイシャは呆れたような表情を浮かべながら肩を叩く。

「あのねえ……誠ちゃん。貴族稼業も大変なのよ。私も最初は誠ちゃんと同じことを考えていろいろ虐めて上げたんだけど……」 

「虐めねえ……」 

アイシャの言葉にカウラは苦笑しながらそのまま正面の席に座った。誠は相変わらずよく分からない表情で呆然とアイシャを見つめていた。

「基本的に胡州貴族は無職じゃ勤まらない訳よ。まあ……公爵、伯爵クラスになれば就職先が無ければ貴族院議員の席が空いているからどうにでもなるけどねえ」 

「じゃあ議員になれば良いじゃないですか」 

思わず出た誠の言葉にアイシャがさらに深いため息をつく。

「西園寺首相は反貴族主義の急先鋒よ。貴族院議員の権利はとっくに放棄済み。それで無職が三年続くと……」 

「廃嫡の上、不熟に付き永蟄居。つまり死ぬまで座敷牢の中で過ごすことになるそうだ……胡州貴族典範の付則に載ってる。ネットでも調べられるはずだ」 

カウラの言葉に思わず誠は息を飲んだ。生まれ持った栄華と義務などと胡州貴族達が口にするのはそのような法的な裏付けがあったとは。それ以上にあの落ち着きのない要が座敷牢の中でじっとしていることに耐えられるとは思えなかった。

「そう言えば……あれでしょ? 隊長が継ぐ前の嵯峨家の断絶理由も当主が永蟄居中に使用人を惨殺したとかしなかったとか……」 

「そんなことは知らないな。つまらない知識だ」 

アイシャの言葉を切って捨てるとカウラはそのまま視線を食堂の入り口に移した。

そこにはセーラー服姿の少女が立っていた。

「あれ? 小夏ちゃんじゃないの。学校は? 」 

「今日は学年末テストで半日で終わりです。それより皆さん……師匠を知りませんか? 」 

入り口で立ったままいつも『師匠』と慕うシャムのことを口にする小夏の口元が振えているのを誠達は見逃さなかった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 77

「ひとまず失業はなさそうだなあ……」 

寮の食堂のテレビを見ながらポテトチップスをかじっていた要の言葉にアイシャは首をひねった。

「そう簡単にいくかしらねえ」 

「ずいぶん慎重だな」 

にやけた要の顔を見てアイシャは大きくため息をつく。

「なんだよその態度……」 

「良いわねえ、要ちゃんは。保安隊が解体になっても収入は領国から上がるでしょうし……ああ、他にも官位があったはずよね。そこからの年金もそれなりに入るんでしょ? 」 

「なんだよ嫌みか? それにオメエだって艦長資格があるじゃねえか。東和宇宙軍にでも頼めばいいんじゃ無いか?ゲルパルトは……予算がないからなああそこは。元の鞘に収まるのも大変そうだ」 

にらみ合う二人。そこに明らかに場違いなにやけ面の誠がたどり着いたから二人の視線はドアの方に向かう。

「どうしたんですか? 二人とも。来週の演習の荷造りは……」 

「そんなもんとっくに終わってるよ。オメエはあれだろ? 航海中に作るプラモの品定めでもしてたんだろ? 」 

要に図星を当てられてたじろぐ誠。アイシャはそんな要を無視して立ち上がるとそのまま誠のそばまで歩いて行く。

「ねえ、今度こそ私のフィギュア作ってよ! 」 

「あれは……元型を作るのに集中しないといけないですから。二人部屋じゃあ無理ですよ」 

「なんだ。今度は二人部屋か? 」 

意外な誠の言葉に要は驚いたように呟く。

「ええ、島田先輩と一緒の部屋です。まあ……部屋割りは鈴木中佐が決めたそうですが……」 

「お姉さんの出産前最後のお仕事ね……それにしても変な話ね。島田君も一応士官だし、誠ちゃんはパイロット。それなりに優遇されてもいい話だけど……」 

「まああれだ。神前は肝っ玉が小さいから度胸の据わった島田に兵隊のなんたるかを教われってことなんじゃねえの? 知らないけど」 

そう言うとそのまま要はテレビに目を向ける。遼北の国家府中央会議室で引きつった笑みを浮かべる遼北首脳部の隣で本心からと思えるような満足げな笑みを浮かべる西園寺基義。それが胡州宰相であり要の父だと言うことはこの場の誰もが知っていることだった。

「良い仕事したじゃないの……たまにはパパを褒めて上げたら? 」 

「誰が褒めるか! あの糞親父! 失敗したら首締めに行ってやったのによ! 」 

そう吐き捨てるように言うと要は立ち上がる。

「タバコ吸ってくるからな」 

「別になにも聞いてないわよ」 

アイシャの一言を聞くとぷいと背を向けて要は食堂を出て行った。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 76

「首長会に……かけて見る必要がありそうだな」 

まさに苦渋の一言だった。『妥協よりも名誉ある死を!』と叫ぶ保守派学生の気持ちが今こそラディフに会う言葉はなかった。

事態を悪化させた彼への突き上げが反主流派の首長から出るのは間違いなかった。この場にいる彼の親類縁者もまたその派閥に押されてラディフ非難を始めることだろう。

「ところで……遼北の説得はどうなのかね」

気分を換えようとラディフは目の前で笑みを浮かべる大統領に声をかけてみた。

「あちらは素直に非武装の線で呑んだそうですよ……市民の自暴自棄な暴言がネットの切断で止まっている今なら大胆な妥協が出来る……そう踏んだんだと思いますが」 

シュトルベルグの言葉をラディフはとても鵜呑みには出来なかった。あちらに向かった使者はラスコーの義理の兄である西園寺義基だ。こいつも喰えない奴なのは十分知っていた。

「一党独裁体制はうらやましいものだな……我々は簡単には妥協できない」 

「絶対王政の方が自由がきくように見えますがいかがでしょうか?」 

ああ言えばこう言う。またもラディフは出鼻をくじかれた。どうにも腹の中が煮えくりかえる感情が顔に出ているのが分かってくると気分が悪くなる。隣のアイディードは腹違いでどうにも気に入らない弟だがそれでもこれほどまでにラディフを腹立たせたことなど無い。

「ワシの王政はそれほど絶対的なものでは無いと思うのじゃが……のう」 

左右を見て同意を求めてみる。あからさまに浮ついた笑みが並ぶ。

『どいつも……馬鹿にしやがって』 

叫びたい衝動に駆られるのを必死で耐えるラディフ。

「破滅は避けられそうなんですから……そんなに顔をこわばらせる必要は無いんじゃないですか? 」 

シュトルベルグのとどめの一言だった。ラディフは怒りに駆られて立ち上がっていた。

不敵に激情に駆られた王をあざ笑うシュトルベルグ。驚いたようにあんぐりと口を開け、ターバンに手を当てる宗教指導者。

「少しばかり外の空気を吸ってきたいと思うのじゃが……」

「どうぞ。ただ急いでいただきたいものですな……状況は一刻を争う」 

皮肉を言い始めたらおそらくとどまることを知らないだろうシュトルベルグの口から放たれた言葉に思わずラディフは怒りの表情をあらわにしながらそのままテーブルに背を向けて会議場を後にするしかなかった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 75

ムハマド・ラディフ王の顔はただひたすらに歪んでいた。

目の前には隻眼の金髪の男がその様子をうかがっている。それがどこかの記者ならいい。だがそれがゲルパルト大統領カール・シュトルベルクが相手となると話は違った。

「この条件が最低のラインじゃ……これ以上は譲れん」 

目の前に出されたのは遼州同盟としての西モスレムの遼北国境ラインまでに厚さ十キロの緩衝地帯をもうけるという案だった。間の兼州川の中州を巡る今回の軍事衝突。緩衝地帯をもうけるという案は理解できないわけではない。だが彼が煽った世論はそのような妥協を許す状況には無かった。

緩衝地帯ではなく、武装制限地域として駐留軍を駐在し続けること。せめてその程度の妥協をしてもらわなければ王の位すら危うい。ラディフの意識にはその一点ばかりがちらついていた。

「武装制限……ずいぶんと中途半端な」 

薄ら笑いを浮かべてるシュトルベルクを見て彼の妹かあの憎らしいムジャンタ・ラスコーの妻だったことを思い出す。

『類は友を呼ぶとはこのことじゃわい』 

そんな思いがさらに王の顔をゆがめた。シュトルベルグの隣に座ったアラブ連盟から派遣された宗教指導者はただシュトルベルグの説明に頷くばかりでラディフの苦悩など理解しているようには見えない。

「武装を制限することで衝突の被害を最小にとどめるというのも悪くないが……後ろに核の脅しがあれば意味はないですなあ……」

あごひげをなでながら呟く。まるで異教徒の肩を持つような言葉遣いにさらにラディフの心は荒れた。

「譲れぬものと譲れないものがある……国家というものにはそう言うものがあるのは貴殿もご存じと思うが? 」 

絞り出したラディフの言葉にシュトルベルグが浮かべたのは冷笑だった。その様は明らかにあのラスコーとうり二つだった。

「実を取るのが国家運営の基礎。私はそう思っていますが……名に寄りすぎた国は長持ちしない。ゲルパルトの先の独裁政権。胡州の貴族精度。どちらもその運命は敵として軍を率いて戦ったあなたならご存じのはずだ」 

皮肉だ。ラディフはシュトルベルグの意図がすぐに読めた。ラスコーは胡州軍の憲兵上がり、シュトルベルグもゲルパルト国防軍の遼南派遣軍の指揮官だったはずだ。二人ともラディフの軍と戦い、そして敗れ去った敗軍の将。そして今はこうしてラディフを苦しめて悦に入っている。

それが思い過ごしかも知れなくても王として常に強権を握ってきたラディフには鼻持ちならない状況だった。

「それはキリスト教国の話で……」 

「なるほど……それではイスラム教国では通用しない話だと? 」 

シュトルベルグはそのまま隣に座ったイスラム法の権威を眺める。注目され、そして笑みでラディフを包む。

「これは妥協ではなく災厄を避ける義務と考えますが……核の業火に人々が焼かれること。それこそが避けられなければならない最大の問題だと」 

その言葉はラディフの予想と寸分違わぬものだった。所詮目の前の老人も他国の人なのだ。そう思いついたときにはラディフの隣の弟アイディードや叔父フセインの表情もシュトルベルグの意図を汲んで自分に妥協を迫るような視線を向けていることに気づいた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 74

「ちょっと待っていてくださいね……」

そう言うとネネはバッグを開けて中身をあさり始めた。

「何を始めたのやら……」 

呆れるオンドラを無視してネネはそのまま中からビニール袋に入った小さなチップを取り出した。オンドラは驚いた表情でそれを見つめる。

「ネネ……それって証拠物件じゃないの? どうしたのよ……盗ってきたわけ? まずいよそれは……」 

「調査もしないで放ってあるんですもの。使わないと損ですわ。それに……たぶんこれは私の予想を裏付けてくれる大事な品物ですから」 

そう言うとネネは静かに道を眺めた。オンドラはその先を見てみる。ただ続くあまり手入れの行き届いていないあれた道。

「何か見えるのかよ……」 

「北です」 

ネネの言うとおりその方角は北だった。オンドラは訳が分からずにただ北を見つめるネネを見下ろす。

「北に何があるんだよ……北と言えば最近遼北の避難船が何度も来港しているって話じゃないのさ。危ないよそりゃあ」 

「だから行かなければならないんですよ。答えはそこにあります」 

ネネの力のこもった言葉にオンドラは大きくため息をついた。

「分かりましたよ……アタシはあんたの護衛、ナイトだ。地の果てまでだってついていきますよ」 

「私のじゃなくて私の持っているお金のでしょ? でもまあお願いします。もしかしたら危ないことになるかも知れませんから……」 

一言一言確かめるように呟くネネ。その言葉に何か質問をするだけ無駄だと分かったオンドラはネネの足下のバッグに手を伸ばした。

「返してください! 」 

慌てるネネにオンドラは笑いかける。

「いいじゃないのさ、荷物を持ってやろうって言うんだ。こんな気まぐれ滅多にないんだぜ! さあ我行かん! 北の極北の大地へ! 」 

軽快な足取りで歩き出すオンドラ。ネネは苦笑いを浮かべると手にしたチップをコートのポケットに押し込んでそのまま早足で歩き続けるオンドラの後をちょこまかとついていくことにした。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 73

「くそったれ! 」 

「オンドラさん。下品ですよ」 

大きなバックを抱えたネネの姿はまるで要塞のような警察署の前では実に奇妙で儚げに見えた。尖った縁の青いサングラスで隣で城塞を睨み付けているオンドラの姿も相まって通行人は思わず二人に目を向けていた。

東和西部最大の都市、涼西。その遼南からの移民が多く住むスラムの警察署の前での女二人連れという姿はあまり用心の良いものでは無かった。通行人達はすぐにその視線を心配するような様子に変えるのを見てオンドラは咳払いをするとそのまま一人先だって道を港に向けて歩き始めた。

「これで破壊された軍用義体は12体。どれも所有者不明。脳は完全に破壊されて証言も取れない……さらにご丁寧に数日後には保管庫から盗まれた上に保存された資料もすべて抹消されているっていうんだ……吉田俊平って奴は相当慎重なんだねえ……」 

早足で歩くオンドラに少女のような体格のネネがバッグを抱えて必死についていく様は非常に滑稽に見えた。

「予想はしていたんですが……ネットを調べても無駄なわけですよ。すべての記録は改竄されて残っているのは取り調べに立ち会った人物の記憶だけ」 

「予想してた? さすが『預言者』! じゃあ次はどこで壊れたサイボーグを見つけた人物の聞き込みに行くんですか? もう東和は終わりにして遼南ですか? 大麗ですか? いっそのことベルルカンまで足を伸ばしますか? 」 

半分切れ気味にオンドラは叫ぶ。元々が違法入国者である彼女が警察署での居心地の悪さにストレスを感じているのはネネも十分承知していた。西園寺要からの百万ドルはすでに半分がオンドラが東和国内で動けるための申請書類を偽造したり正規ルートでない移動手段を確保するために使われていた。そんな経費の計算もオンドラを苛立たせているのだろう。

ネネはちょこまか歩きながらオンドラの背中を眺めていた。

「サイボーグが破壊される……どの義体もただじゃない。専門家じゃない初期捜査の捜査員が見ても分かるほどの高度な戦闘用のカスタムがされたものばかりって話だ……それが消えたのになんの連絡もない……」 

「それだけの無駄遣いが出来るのは政府機関と考えるのが順当な見方ですね……海外の諜報機関の諜報員の義体も混じっていたでしょう……でも数が多すぎる。東和はそれほど治安が悪いわけでも軍の力が強いわけでもない。強力な軍用義体を必要とされるような非正規作戦が展開されたのは東都戦争くらいですから……」 

ネネの『東都戦争』という言葉にオンドラが立ち止まった。

「あの時にあの馬鹿と出会わなきゃこんなところでぐだぐだ言うことも無かったのによ! 」 

そのまま目の前の空き缶を蹴飛ばすオンドラ。その空き缶はそのまま放物線を描いて正面の大通りに転がっていく。大型トレーラーがそれを踏みつぶし、あっという間に潰された缶を見てオンドラはにやりと笑った。

「でもおかげでお仕事がもらえたんですもの」 

「は? お仕事? ただ無駄遣い……」 

「費用が発生したのはほとんどオンドラさん絡みばかりですよ? 」

ネネの言葉にオンドラは黙り込む。その様子を見るとネネは静かに抱えていた大きな黒いバッグを道路に置いて大きなため息をついた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 72

『あなたの選択肢は確かに少ない……敵が多すぎるのは考え物だね。あのアドルフ・ヒトラーも敵を作りすぎて自滅した。確かに大衆を動かすには敵を作って彼等を攻撃する様を見せてやるのが一番手っ取り早い。強気な指導者はどんな世界でも人気者だ……まあ自滅するのが彼等のほとんどの運命なのだがね』 

皮肉のつもりだろうか。カーンの目は次第に殺気を帯びて目の前の骸骨を睨み付ける。

『怖い顔をしたところで状況は変わらないよ……要するに土壇場で菱川の総帥が日和見を決め込んでいることがあなたを焦らせているんだろ? それはあなたの読み違いだ。菱川は最初からこの段階で日和見を決め込むことは決めてあなたに接触をしてきたんだ。遼州同盟は確かに東和には負担が大きい……でもそれ以上の見返りも期待できる。彼は同盟の運命がどう転ぼうが勝者の側に立つつもりだ……実際すでにこの施設の存在にまつわる東和宇宙軍の情報はすべて抹消済みだ。この砲台がどんな災いを招こうがすべてはゲルパルトの過激派のテロ……東和は無関係で押し通せるように準備は済ませているようだ……はめられたんだよあんたは』 

自分が想像していた最悪の状況を丁寧に説明してみせる機械人形。カーンの苛立ちは最高潮に達する。

「すると何か……貴様はその様子をそこで黙ってみていたのか? ずいぶんなできの悪い参謀じゃないか! 」 

思わず握りしめた拳。もしこの透明のケースに叩きつけたとしてもただ痛みを感じるのはカーンだけ。むなしい怒りにこの骸骨に表情があったらさぞ満足げな笑みを浮かべることだろうと想像している自分に腹が立ってくる。

『怒らなくてもいいじゃないか……高齢者の怒りは生産的とは言えないな。別に指を咥えてみていた訳じゃない。その抹消作業の状況はある菱川に遺恨を持つ人物のところに送付しておいた……その作業状況のファイルを最も効果的に使用してくれる才能を持つ人物のところだ……まああなたにとっては最悪の相手かも知れないが』 

「嵯峨か? 」 

確かにあの男なら菱川重三郎という狸を狩り出す腕はある。だが目の前の機械人形に指摘されるまでもなくカーンには悪意しか持たない男だった。

「確かに嵯峨が菱川をいたぶる様は見てみたいが……我々とのつながりが露見したらどうする? 」 

『それが狙いだよ……あなたの組織は東和にも根を張っている。それをあの男に見せるのは実に愉快じゃないか。自分の庭と思っていたものが実は地雷原だったというわけだ。このところあの男の動きが激しすぎたからな……多少動きづらくしてやるのもあなたの為と思ってね』 

「私のため? 」 

カーンは思わず自分の声がうわずっているのが分かった。機械を相手になんでこのように追い詰められた気持ちにならなければならないのか。自己嫌悪が背筋を走る。

『そうだよ。この砲台が衝突を躊躇う二つの国家を遼州の地上から消し去ったとして……あなたは遼州で次の手がすぐ打てると思っているんですか? 』 

「作戦は常に電撃的に行われなければならない! 」 

『その考えがこんな状況にあなたを追い詰めたんですよ。今、砲台はあなたの手にある。それは迅速に使われなければならない。それは確かに事実だ。だがその後の混乱した遼州を予想してすでに手を回しているのは誰か? 菱川だ。約170時間後、この宙域で保安隊の演習が予定されている……』 

最後の言葉はカーンも初めて聞く情報だった。

「そんな……奴等の行動は同志が把握しているはずだ! 連中はそれほど情報管理に対して慎重じゃ無い! 」 

『だとしたら『管理者』の意図が働いたようだね……保安隊の演習に関する情報を別の情報にすり替えてあなたの間抜けな同志達を欺く……彼なら簡単な話だ。で、この砲台を彼等に引き渡すかね? それとも……』 

機械人形の指図を受けるまでも無かった。カーンの覚悟は決まっていた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 71

世間の喧噪とは無縁な場所。宇宙をそう考えている人間が多いことがルドルフ・カーンには気にくわなかった。

彼がゲルパルトの意志を継ぐと称して同志を集め始めてすでに二十年の時が流れているが、こうして同志達と宇宙研究施設を歩いていても遼北と西モスレムの抗争の話題ばかりが注目されている。だが彼としては好都合とは言えた。

「所詮……有色人種達のことだ……自滅するさ。しなければ裁きを下せばいい」 

両国のネットワークダウンの情報に表情を曇らせるととってつけられたような金属製の扉の前に立つ。隣に立っていたかつての遼州星系最大の勢力を誇ったゲルパルト共和国、民族団結党武装親衛隊の制服を着た金髪の青年が正確な足取りでロックを解除し、不気味なうなりを上げながらドアが開く。

『来ると思ったよ……』 

中から聞こえたのは人間の声ではなかった。

合成音。人工的なその音に意味がこもっていることにカーンは内心苦々しく思いながらそのまま十畳ほどの部屋の中に三人の部下を連れて入った。

『銃を持った護衛か……あなたに協力を約束して以来、俺の体は固定されたままだというのに』 

部屋の中央。そこには棺のようなものが置かれていた。中央に墓標のようにあるのはモニターで、そこには発せられた言語のようなものと同じドイツ語の文面が表示されているのが見える。

「なあに。用心というものだよ。君は……本当に私の意志に沿って動いているのかどうか。いつもそれが不安でね」 

カーンはそのままモニターを無視して透明な樹脂で出来た棺桶の中を覗き込む。満たされた冷却液の中で人間の白骨死体のようなものに多くのコードがつなげられている様が中にはあった。知る人が見ればそれが軍用義体の慣れの果てであることは所々に見えるむき出しの金属骨格の色合いで理解できた。

『確かに……あなたには敵が多い。多すぎるくらいだ。尤も、半分以上はあなたの身から出た錆なんだけどね』 

「減らず口を……」

思わずカーンはその骸骨に向けて笑いかけていた。もしその義体が笑うことが出来たらさぞ残忍な笑みを浮かべるだろう。

『こんなところに来た理由は遼北と西モスレムのネットワークのクラッキングの件だね。あれは……予想された範囲だよ。これまでがうまくいきすぎた。両軍のサーバに領空を侵犯する相手国のアサルト・モジュールの疑似情報を流してこの状況を作り上げることが出来た……その時点で『管理者』はこちらの動きに気づいていたはずだ。反撃とすれば俺の予想より遅かったというのが今の俺の分析だけど』 

モニターの中を流れるアルファベットの下に突然日本文で同じ意味の言葉が並ぶ。部下が思わずカーンに目を向けるが、カーンはまるで関心が無いというようにそのまま骸骨を眺めていた。

「君の『管理者』への恐怖はどうでもいいんだ。私が欲しているのはただ一つ」 

『この砲台が動くかどうかだろ? でもいいのかい……せっかくの切り札だ。使うタイミングはまだこれからもあるかも知れないというのに』 

骸骨の忠告。確かに目の前の物体の分析は正しいかも知れないとカーンは思うこともある。実際この東和宇宙軍のインパルス移動砲台の接収までにかけた費用は莫大なものだった。だが『管理者』……オリジナルの吉田俊平の消息がつかめない以上、この施設を使わずに捨てるほどカーンは寛大ではなかった。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 70

「どうせ両国とも言論の自由の保障されていない国……」 

そこまでカルビンが言ったとたんカラの手がテーブルに叩きつけられた。だまるカルビン。一瞬浮かんだ無表情の後に身の毛がよだつような妖艶な笑みが再びカラの顔に浮かぶ。

「地球の方々はいつもこれだ……自由? まあいいさ。アタシ等も自由が欲しくて国家とは距離を置いている身だ……つまらないことは言わないでおこう。それよりこれで対決ムードを破滅にまで導くつもりだった自暴的な民意が一度孤立して個々の人間に戻るわけだ……再びネットがつながったとき……どう転んでいるかねえ……」

カラの言わんとしていることは分からないではない。情報の海に流れる敵意の最近に汚染された脳で悪態を掻き込み続けていた人々が手を止めて周りを見回したとき。家族、近隣の人々。彼等もまた自分達がまき散らす敵意の言葉のもたらす結果を甘受する人々だと知ったとき。

「首脳部は……今の時期を逃さないでしょうね。講和のテーブルにつく準備があるという発表が数時間後に出ても不思議じゃない」 

苦渋に満ちた表情を浮かべてカルビンは呟く。満足げなカラ。だがそこでカルビンには疑問が浮かんできた。

「同盟の継続……それは太子の意志なんですか? 」

「太子の意志? 同盟がどうなろうが知ったことかね! アタシ等には政治的な思想は無い。ただ自由にやりたいようにやるだけさ……尤も桐野みたいにやりたいようにやられたら困る連中もいるからそこのところは案配を見ながらと言うところかねえ……」 

カラはちらりと艦長室の外に目をやる。カルビンは背筋に寒いものが走るのを感じながら悠然とコーヒーに手を伸ばしたカラを眺めていた。

「政治的な意図がない武力集団……」 

「そうさ。だからあんた達ヨーロッパはアタシ等に手を差し出したんだろ? 同じような組織を抱えている人間と言えば後は嵯峨惟基くらいだ……だがあの御仁には同盟結成を呼びかけたという事実が付属する……地球からの独立などを叫びかねない思想を持っているかも知れない連中と手を組むのはどうにもプライドが許さなかった……あんたの上司の考えはそんなところかねえ……」 

満足げにそう言うとカラは静かにコーヒーを啜った。沈黙が続く。カルビンは耐えきれずに口を開こうとしたがすでにカラは鋭い視線をカルビンに浴びせながら言葉を紡ぎ始めていた。

「あんた等が思うよりもっと地球と遼州の関係は深いんだよ……公然の事実となる以前から法術師は地下でつながり、それぞれ助け合って生きてきた。その力の存在が知られればあんた等は何をするか分からないからねえ……今回の遼北と西モスレムの対立の行き着く先だった核戦争に使われるプルトニウムの濃縮技術もすべて地球の産物だ……酷い殺し方をするならあんた等地球人の方が遼州人より一枚上だよ」 

「だが……そう言った技術の進歩があったからこそ両者は出会った。違いますか? 」 

食い下がるカルビンを満足そうな笑顔を浮かべながらカラは立ち上がる。

「アタシは出会いがいつも幸福だとは思ったことが無いものでね……じゃあお互いの利益の為に」 

それだけ言い残すとスーツ姿のどこか似合わないように見えるカラはそのまま出口へと向かう。カルビンはただ座ったまま彼女を見送るだけだった。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 69

「ですが……」 

相手の方が上手と分かっていてもカルビンにはただここで自分がこの命令に不満を持っていることをカラに伝えておくべきだと思っていた。

桐野孫四郎。彼の経歴はカルビンも噂には聞いている。先の大戦でほとんど無謀とも言える遼北反攻を企てた胡州帝国陸軍最後の大反攻作戦『北星計画』。対地球戦争反対派で外務省から謹慎を命じられていた現胡州宰相西園寺義基の遼北を通じての全面講和計画を潰すためだけに陸軍の強硬派が急遽でっち上げた穴だらけの反攻作戦。その結末はあまりにも哀れだった。

作戦準備が内通していた遼南帝国軍から漏れ、胡州陸軍とゲルパルトの派遣部隊は罠に頭から突っ込んでいく形になった。遼北は首都防衛のために温存していた精強部隊の革命防衛隊を惜しげもなく投入し、胡州軍を中心とした枢軸側は緒戦から敗戦に次ぐ敗戦。そしてそれをあざ笑うかのように遼南帝国近衛師団長ガルシア・ゴンザレス将軍が遼南の首都央都でクーデターを起こしてアメリカ軍を引き入れ、胡州軍は南北から挟み撃ちに会うという惨劇に見舞われることになった。

その首脳部。愚かでカルビンも出来れば関わり合いになりたくないうさんくさい連中だが、終戦後、桐野は彼等を一人、また一人と斬殺していった。

『怨』 

その場に残された血染めの文字。確かにそんな恨み言でも言いたくなる気持ちは分かる。だが桐野はそれ以来血塗られた経歴を残していくことになるのは当然だったのかも知れない。

戦後、対外資産を凍結されて経済的に混乱する胡州で彼の暴力はあらゆる場面で必要とされるようになった。闇市で、裏市場で、時には中央官庁の官吏の手引きを受けた形跡まで残して桐野の蛮行はとどまることを知らなかった。

そんな名の知れた人斬り。恨みは山のように買っていることだろう。何度となく死亡説が流れたこともある。だがいつの間にか彼は廃帝ハドと言う庇護者を得てこうして東都で人斬り稼業を続けてきていた。そして今度はそのまま地球に渡るという。

「言いたいことは分かるがねえ……桐野のことだろ? だから因果は含めてあるって言ったじゃないか……分からない御仁だねえ……」 

次第にカラの口調がくだけてくる。相手を呑んだというような妖艶な笑み。見た目の物静かさとは無縁な激動的な人生もあの桐野や北川などと同じくカラも過ごしてきたことだろう。

その時、机の上の端末に着信があった。

「早く出たらどうなのさ」 

見下すようなカラの一言に急かされるようにカルビンは慌てて着信ボタンを押した。引きつった表情を浮かべる情報士官の表情がカルビンの心を乱す。

『ご歓談中申し訳ありません。……提督』

「いや、いい。要件を言い給え」 

カルビンは正直ほっとしていた。これ以上カラのペースに惑わされるのは彼のプライドに関わる。いつもの峻厳な表情に戻った艦隊司令を見て安心したような笑みを浮かべた後、気を引き締め直すと情報将校は重い口を開いた。

『遼北と西モスレムの民間の通信回線が何者かにクラッキングを受けているものようです……原因は目下調査中です。調査が済み次第再度報告させていただきます』
 
「ほう……これは面白いことになりそうだねえ。……いや、あなたたちにはつまらない結果かも知れなけど」
 
再びカルビンは不敵に微笑むカラの口元に目を奪われていた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 68

「そちらの部下の方々は……私の艦が気に入らないようだ……残念ですね」 

遼州派遣フランス宇宙軍艦隊司令カルビン提督は引きつった笑いを浮かべながらモニターの中で浮かない表情の北川達を眺めていた。そしてそのまま視線を不可思議な雰囲気をまとった美しい女性の方へと向けた。

一見アジア系に見えるが、遼州人も多くは同じように見えるのでカルビンには彼女が何者かは分からない。細い切れ長の目と長い輝いて見える黒髪。年の頃は25くらいに見えるが女性は化けるのを知っているので特に気にすることもなくただ黙ってそのまま彼女の前のソファーに腰を下ろした。

軍事交流の一環で訪れた東和宇宙軍の新港。近くにはカルビンの興味を引きつけて止まない保安隊の運用艦『高雄』の姿もあるという。ただ雑務にかまけて結局ここで停泊していられるのも後数時間。後悔をしているのは事実だが、任務を常に優先する彼の人柄が彼を分遣艦隊司令の地位まで引きずりあげてきたのも事実だった。

女性は静かにコーヒーを啜っている。カルビンはコーヒーの味にはうるさい。豆はエチオピアの放射能汚染地域以外から取り寄せ、焙煎は暇を見繕っては自分で行い、そして毎日必要な分だけ自分で挽く。コーヒーを味わうことを中心に自分の人生は回っている。そう思うと少しばかり不思議な気持ちだがそれが事実だったのだから仕方がない。もう退官も近い年になるとそんな悟りに近い境地に達するようになってくるものだ。

「アイツ等が部下……笑わせてくれますねえ……アタシとアイツ等。尤も……そのつながりはまともな軍人さんには分からないものかもしれませんがね」 

妖艶な笑み。そんな言葉がぴったりと来るような笑みを浮かべる女性。彼女の流ちょうなフランス語に今日何度目かの感嘆の表情を浮かべた後、カルビンは静かに彼女が差し出したカードを手に取る。

「ハド陛下からの書簡……確かにお預かりしました。欧州は今のところは平穏だが……遼州系移民も少なくない。今回の遼北と西モスレムの紛争で彼等に妙な動きが無いとも言えませんから……使い手を貸していただけるのは本当に願ってもいないことです」 

静かに丹念にカルビンは答える。彼としても目の前の女性、ギルドの総帥廃帝ハドの使者が先ほどのキャビンの乗客並みに危険な存在なのは十分理解が出来た。

法術師。その存在を欧州でもいち早く知ったカルビンだが、その威力はすでに上層部は十分に理解していることは彼の『近藤事件』で観測された様々なデータに全く関心を示さないことで証明されていた。予期した危機。だが上層部は対策が満足に出来ていない状況でその存在が公になったことに焦りを感じているようだった。

さもなければキャビンの二人がカルビンの艦隊の艦に乗る必要もない。二人とも遼州同盟司法局の追う違法法術発動事件の重要参考人である。もし彼等の存在が同盟加盟国の所属機関に漏れれば国際問題では済まない話になる。

「ああ、アイツ等なら問題ありませんよ……なにしろ太子直々に因果を含めてありますから」 

女性の冷たい笑みにカルビンは背筋に寒いものが走る。カラ。彼女はそう名乗った。名字を尋ねたが『いろいろと事情が……』と軽くはぐらかされた。カルビンも海軍の士官らしく若い頃は浮き名を流したものだが、この手の女性には気をつけろとその頃の勘が自分に告げるので特に深く追及もせずに今に至る。だが彼女の時に悪意を感じる微妙な表情の機微を見る度にただそんな自分の若い頃の判断が正しかったのかと思い悩む瞬間があるのを感じていた。

「法術師には法術師を当てるしかない……それは分かっているのですが……」 

納得がいかないような口ぶりのカルビンをあざ笑うような笑みで見下すカラ。

「お互い上の意志は尊重しましょう。それが組織で生きるコツですよ」 

カラの口元の微かな笑み。そこにサディスティックな彼女の嗜好を想像してカルビンはさらに表情を硬くした。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 67

桐野の鋭い視線に一瞬ひるんだかに見えた北川だが、その後ろに反った体には余裕があった。静かにため息をつき、そしてそのまま桐野を見つめる。

「まあ……受け渡し方法がね……俺の前いた世界の連中とはかなり違うんですよ。かなり手が込んでいると言うか……回りくどいというか……まあ慎重を期すプロの世界では当然なのかも知れませんが」 

「まるで俺達がアマチュアみたいではないか」 

「みたい何じゃなくてアマチュアそのものですよ。実際に諜報機関とかとやりとりがあるような連中がよこした情報。そう言う機関に出入りする連中に知り合いはいないものでね」 

にやりと笑う北川。だがまだ桐野は得心がいかないというような表情を浮かべている。

「俺と因縁がある諜報機関がらみ。そうなれば保安隊くらいしか思いつかないでしょ?もしギルド本体に用があるなら俺じゃない窓口を使うはずだ……太子はそれほど俺を信用しちゃいませんよ」 

「口の軽い奴は誰だって信用しない」 

「ああ、これは手厳しい! 」 

自虐的な笑みを浮かべて額を叩く北川だがその目は笑っていなかった。桐野も北川も所詮は手駒に過ぎない。遼南第四代皇帝ムジャンタ・ハド。通称廃帝ハドの冷酷で動くことのない心が二人を人間として扱ったことなど一度としてなかったのだろう。それ以前にハドに人間としてみられた人間がどれだけいるか……北川はそれを想像するとどうにも卑屈な自分を見つけて笑うしか無くなる。

「その吉田俊平……何をしようというのかねえ……俺を囮に使っての情報公開。しかも同盟とは相容れない思想の連中からの発言となればこいつは裏切り行為ですよ」 

「あちらの指し手も嵯峨惟基だ。手駒に癖があるのは当然だろ? 」 

興味がないというように呟くと桐野はそのまま剣を抜いた。白い刃がキャビンの明かりに照らされて揺らめく。北川はその抜き方で桐野が相手を斬るつもりなのか剣の手入れをしようとしているのか区別がつくようになった自分に気がついて苦笑いを浮かべる。

「それにしてもヨーロッパ旅行……楽しみですね……」 

「地球人の気まぐれにつきあっていては身が持たんぞ? ようは今のうちは俺達を東和から引き離したいという太子との利害が一致した偶然だ」 

懐紙をコートのポケットから取り出すと桐野は静かに刀身を拭い始めた。何度となく斬ってきた人間の肉の脂で汚れていく懐紙。それを見ても北川の心は特に揺らぐこともない。

『俺もすっかり人殺しが板についてきた……初心というのは忘れるもんなんだな……』 

口に出したとしたら間違いなく桐野に馬鹿にされるであろう昔の自分を思い出しながら北川は静かにしばらくは見納めになる東和の景色をキャビンの窓から眺めることにした。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 66

軍艦のキャビンと言うものが初めての北川公平はしばらく落ち着かずに席を立ったり座ったりを繰り返していた。ようやく落ち着いたのはキャビンに入ってから一時間が過ぎようとしたときだった。

大きくため息をついた後、どっかりとソファーに腰を下ろす。

「落ち着かないな……」 

向かい合って半眼のままじっと固まったように見えるいつもの薄汚い黒いトレンチコートの桐野孫史郎を見ると北川は力ない笑みを浮かべた。

「反戦活動家が軍艦で移動……しかもそれも地球の船とあったらかなり矛盾するじゃないですか」 

「反戦活動家? 活動家崩れのテロリストの間違いだろ? 」 

ゆっくりと開かれた桐野の目には相変わらず生気が感じられない。北川はただこの相手にはその話題は無駄だと悟ってわざとらしい大きな動作で腕時計を確認して見せた。

「今頃は公僕の皆さんは俺の撒いたブラフに引っかかって小言を呟いているでしょうねえ……」 

「ふん……」 

北川の言葉に桐野は歯牙にもかけないというように手にしている日本刀に目をやる。思わず飛び退く北川。

「何を驚いている……」 

「旦那のことだ……いきなりばっさりなんてご免ですよ」 

「何を言うのやら……お前さんの法術展開の不規則さを知っている俺だ。そう簡単に斬れる相手じゃないことも十分知っている。ああ、なかなか斬れない相手だから面白いとも言えるな……」 

「冗談ばかり……」 

北川の言葉は振えていた。相手は二十三人も東都で平然と辻斬りをしてきた相手だった。しかもその数字には彼等の所属する組織であるギルドの利害関係者は含まれていない。いくつかの彼等の意図にそぐわない非正規活動家やその所属する組織への武力制圧で桐野が斬った人間の数はさらにその数倍に達する。

「それにしてもいくら今生の別れになるかも知れないとはいえ……今は何の義理もないかつての所属セクトに情報を流すとはずいぶんとお前も人情味があるじゃないか」 

桐野の口から『人情味』などと言う言葉が出たので北川は吹き出していた。桐野の刀を握る手に力が入るのを見ると北川は手を振りながら釈明を始める。

「いえいえ……あの情報チップをくれた奴の気に沿うようにしてやるには俺には他には手が無くてね……旦那と違って女に縁がないんで……」 

「まるで俺が女たらしのような口を聞くな。それとじゃあお前はあのチップを指定された場所で受け取った段階でそれが吉田俊平からのものだと分かっていたのか? 」 

珍しくいやらしい笑みという感情らしいものを浮かべている桐野を見ながら北川は前屈みになってソファーの前の机に頬杖をついた。

「ギルドに情報を売りたい奴はこの世には何人いることやら……だけどあえて俺を指定して情報を流す人間はいないことは無いですけど……どれも役に立たないような代物ばかり。潰して欲しい敵対セクトや公安関係者の名簿。政府系機関と公には出来ないつながりのある民間企業の役員の一覧……かつての俺なら飛びついたでしょうが、今の俺には何の関心もない」 

「じゃあ今回の情報チップの中身がそれと違うとなぜ分かった? 」 

興味深そうにあごをなでながら北川を見下ろす桐野に北川はただ力ない笑みで応えた。

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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 65

「この部下にしてこの上司ありね……」 

通信端末を閉じると安城は苦々しげに笑った。東都警察の待合室の午後。辺りは緊張が走っているというのに安城の部下で保安部時代からの部下である中年の優男から静かにコーヒーを受け取ると安城は静かに飲み始めた。

「しかし……吉田俊平とギルドがつながっていたとは……」 

部下の一言に安城は大きくため息をついた。公安の詰め所からは苦虫をかみつぶした表情の捜査員が吐き出される。安城は彼等の視線を一つ一つ受け流しながらただ黙って自動販売機を見つめていた。

「あのねえ。元々情報が吉田少佐から出たとは今の時点では決められないわよ……いいえ、出ていたとしたらなおさら彼はギルドとはただの利害の一致でデータを渡しただけかも知れないわね」 

「勘……ですか? 」 

急に真剣な表情になった安城を見て部下の男がコーヒーを啜りながら笑う。

「ギルドにとってもなんで自分の手柄をちっちゃいセクトにくれてやる必要もよく分からないから……おそらくギルドにとってこのデータは何の関心もない代物だった。せめて世間を驚かせて喜ぶ連中にくれてやる程度の勝ちしか……だから吉田少佐は情報のリーク先にギルドを選んだ」 

静かにコーヒーを含む安城。自動販売機のレギュラーコーヒーにしては割と高級な代物だが、味覚デバイスの仕込まれていない彼女にとってはただのアクセサリー以下の代物だがなぜか気分的にはおいしく感じられるのが不思議だった。

生身の時の記憶……ネットワークと直結した情報戦用軍用義体の持ち主が忘れてしまいがちな感覚。

「吉田少佐は一体何物なのかしら? 」

「あの上官の懐刀……ただの傭兵上がりとは思えませんが……」 

そう言ってコーヒーを飲み干した部下を見た後、安城はそのままコーヒーを彼に手渡して歩き出した。

「隊長! 」 

慌てて声をかける部下に安城は笑顔で振り向く。そこに迷いはない。

「宇宙港へは山村の班を回して。どうせ空振りだと思うけど。私はしばらく司法局のラボに籠もるから連絡しないでちょうだいね」 

「いいんですか? これ以上同盟に恩を売ったところで遼北と西モスレムがぶつかれば……」 

渋る部下に振り返って安城は静かに頷く。

「そうね……同盟崩壊となればこれから私のすることは東和軍復帰すら難しくなるかも……」 

「隊長……」 

部下の表情がきりりと引き締まった。男はそのまま静かに敬礼をする。

「では……私は私の捜査を始めるわね……そもそも吉田俊平という人物が何物なのかを……」 

それだけ言うと安城はそのまま慌ただしい雰囲気の廊下をひたすらに出口へと歩き始めた。


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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 64

「見つかったわよ! 」 

「何が? 」 

慌てた調子の安城秀美の声に嵯峨はいつものとぼけた調子で返す。相手がいつもの嵯峨だと分かった安城はただ苦笑いを浮かべるとモニターに顔を向き直った。

「例の秘密兵器のデータ流出の件。やはりギルドが絡んでるわね……さっきようやく左翼セクトのメンバーを落としたのよ……」 

「そいつはご苦労さんだねえ……でもそれじゃあ吉田とは無関係……」

嵯峨の口調は相変わらずのんびりと他人事のように続く。大きく自分を落ち着かせるためのため息をつくと安城は言葉をつないだ。

「余計ややこしくなっただけよ。しかも直接手渡しでデータを受け取ったって……しかもあの相手が北川公平……先日おたくの神前君がかち合った相手よ……」 

「そいつはまた大物が……でもその調子だと北川のアジトでも掴んでるんじゃ無いの? 」 

それとなくいやらしい笑顔を浮かべて画面を見つめる兄に弟ながら高梨はただ呆れるほか無かった。

「それが掴んでるから困るのよ……しかも明らかに捕まえてくれって言うくらいに丁寧に証拠を残しているんだもの」 

「ああ、それじゃあ公安の皆さんは無駄手間をかけちゃうことになるねえ……」 

嵯峨の言葉の調子には少しとして悪びれるようなところはない。ここまであからさまに他人事のふりをされると安城も怒るに怒れなかった。

「山脈西部宇宙港から第十四宇宙ターミナルステーション行きのシャトルの貨物室ですって……ばれないとでも思っているのかしら? 」 

「だからブラフでしょ? 今頃本人は安全極まりない方法で遼州星系から出ようとしている……そう考えるのが普通じゃないの? 」 

いちいち尤もなだけに安城はただ苦笑いを浮かべるだけ。

「とりあえず北川を取り逃がしたら連絡するわ」 

それだけ言うと通信は突然のように切れた。

「あのさあ……渉……俺、また嫌われたかな? 」 

「さあ……どうでしょう? 」 

いかにも情けない表情を浮かべる兄。高梨はただその演技に過ぎる表情に呆れながらこの小汚い部屋を後にする踏ん切りを付けていた。


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