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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常12

 ハンガーの轟音が響く技術部の各部の詰め所が並ぶ廊下。その中の一番地味に見える小部屋を見つけるとシャムは静かに呼び鈴を鳴らした。
『開いてますよ』 
 低い声が廊下に響くのを待ってシャムは引き戸を開く。重い引き戸には厳重なロックが施され、そこが一般の隊員の立ち入りが難しい部署であることをいつものことながらシャムは思い知った。
「ナンバルゲニア中尉……」 
 カウンターの向こうで狙撃銃のスコープを掲げて覗き込んでいる一際目立って座高の高い青年技術仕官。彼の隣のカウンターの上には見慣れたベルトが置かれているのが背の低いシャムからも見て取れた。
「キム……またごめんね」 
 シャムはそう言いながらカウンターに置かれたガンベルトに手を伸ばす。西部劇の無法者なんかがぶら下げていそうな派手なガンベルト。そこに刺さった二挺のリボルバー。シャム愛用のコルト・シングル・アクション・アーミー、通称『ピースメーカー』のコピーモデル。しかもその銃身は短く切り詰められ、グリップにはこれまたアイボリー調の素材に象嵌が施された派手な特注のものが仕込まれている。
「ちゃんと45ロングコルトの弱装弾を仕込んどきましたよ。先週で撃ち切っちゃったんで……リロード品になりますが」 
「ごめんね。いつも」 
 シャムがそう言うとキムは相変わらずスコープを右手に持ったまま左手で重そうな引き出しを開くと箱を一つ取り出した。
「まあ12発詰めるのも100発詰めるのも大して変わりないですから。一応これとあと一箱は作っておきましたから」 
 そう言いながら右手のスコープを机に置くと今度は作業台から長い金属の棒を取り出して目の前に掲げるキム。シャムがベルトを巻きつけながらそれを見ているとさすがにキムも手を休めてシャムのほうに目を向けた。シャムはそのぶっきらぼうな視線に驚いたように回りを見回す。技術部小火器担当班。『アモラー』と呼ばれる部署は出入りの激しい技術部の人材の中にあって一人の異動も無い貴重な部署だった。そしてその雰囲気がその事実が当然のものだと納得させる。
 キムの隣の筋肉質の曹長はじっと警備部の装備しているカラシニコフライフルの機関部の部品の一つと思われる針金を無言でバーナーで炙っている。その隣から三つの席は空席。ついたての奥では何か金属を打ち付ける機械の音が絶え間なく響く。珍しい来客に顔を出した赤毛の女性技術兵は苦笑いを浮かべながらキムの隣まで来ると手にした紙切れをキムに渡す。無言でそれを受け取ったキムは一度うなづく。赤毛の女性はその態度に納得したというように来たときのままの無表情を顔に貼り付けたままそのままついたての向こうに消えていく。
 シャムはそれを見送ると彼女がつけていた防熱素材の前掛けが茶色だったか紫色だったかが思い出せずに気にかかりながらなんとかベルトのバックルを締め終えた。
「じゃあ行くね!」 
 そう叫んだシャムにようやくキムは目を向けた。いつもの鋭い視線がシャムを思わずのけぞらせる。
「西園寺大尉に伝えといてくださいよ。スライドの予備はあと三つですから」 
「う……うん」 
 自分の言いたいことを言うとそのまま目の前の机で作業を再開するキム。シャムはどうにも沈鬱な部屋の空気に押されるようにして部屋を出た。
 廊下はハンガーの反対側の正門の方、部隊を運用する重巡洋艦クラスの運行艦『高雄』の運行管理を担当する運後部の女性士官達の話し声で華やかに感じられてようやくシャムは気分を変えてそのままハンガーと向かった。
「05(まるごう)式……どうなのかな?」 
 視界が開けて巨人の神殿とでも言うべき景色が広がっている中でシャムは目の前に並ぶ保安隊制式アサルト・モジュール『05式』シリーズが並ぶ様を静かに眺めていた。
 まず手前からシャムの駆る『05式乙型23番機』。シャムのパーソナルカラーである艶のある白い色の装甲板を新入隊員が必死に布で磨き上げている。その肩に描かれたシャム自身がデザインした漫画チックな熊が短刀を持って笑っているエンブレム。先日の誠が定期購読している模型雑誌で早速そのデカールが発売されたということで自慢して回ったことが思い出されて自然と笑みがこぼれてきた。
 隣の脚部が無く、代わりにスラスターと腰の巨大な反重力パルスエンジンが目立つ『05式丙型3番機』。電子戦に特化した腰から上にいくつものアンテナを伸ばしたその機体はシャムの相棒である吉田俊平少佐の機体だった。サイボーグでいつも脳内で再生される音楽を聴いていて外界に無関心な吉田の機体らしく東和空軍の一般機のカラーであるライトグレーの機体にはあちこちに小さく吉田の友人のアーティストのサインが入れられているのを知っているのは部隊でも限られた人物だけだった。シャムは今ひとつ吉田のセンスが理解できずそのまま視線を隣の派手な真紅の機体へと視線を向けていた。
『07式試作6号機』
 部隊が駐在する菱川重工豊川工場謹製の『05式』シリーズの後継機として開発されながら『05式』自体が東和軍制式アサルト・モジュール選定トライアルで不合格となったため量産化の行われなくなった幻の機体、『07式』。
 全体的に主出力エンジンの菱川三型反重力エンジンの出力ぎりぎりに設定された余裕の無い設計である『05式』に対して菱川三型を採用することを前提として設計された高品位の機体は東和陸軍の演習場でも圧倒的な強さを見せて軍上層部や軍事マニアの目を驚かせることになった機体だった。
 そしてその機体のパイロットこそ、保安隊実働部隊隊長クバルカ・ラン中佐その人だった。
「いつ見ても派手だよなあ……」 
 ぼんやり腰の拳銃のグリップをいじりながら真っ赤な巨人を見上げているシャムに何かの失敗をしたらしい新人隊員の説教を終えたばかりの島田が声をかける。
「まあランちゃんの趣味だから」 
 シャムはそう言うとにんまりと笑った。油まみれのつなぎを着た島田も頬の機械油をぬぐいながら苦笑いを浮かべていた。
「こいつ、『クローム・ナイト』並みに手がかかるからねえ……できればこいつの出動は避けてほしいんだけど……」 
「ランちゃんは一応実働部隊長だもの。出ないわけには行かないでしょ」
「そうだよねえ……」 
 肩を落とすと島田はそのまま解体整備中の部隊長、嵯峨の愛機『四式改』の肩の辺りで手を振る女性技術仕官レベッカ・シンプソン中尉に一度敬礼して歩き出した。
「ああ、西園寺さんなら相変わらずの仏頂面で……」 
「射場でしょ?」 
 シャムの言葉に島田は思わず苦笑い。そのまま去っていく島田を見ながらシャムはそのまま歩き出した。第二小隊の三機の『05式』。その隣には反重力エンジンを取り出して隣の菱川重工業豊川工場の定期検査に出すべく作業を続けている隊員達と心臓のようなエンジンを抜かれて力なく立ち尽くす第三小隊の三機の『05式・後期型』。さらにその隣にはアメリカ軍からの出向で来ている灰色の迷彩服の技術兵達の点検を受けている第四小隊の『M10』と隊の主力アサルト・モジュールが並んでいる。それを眺めつつシャムはそのままハンガーの開いた扉を出た。
 冬の日差しが満遍なく目の前のグラウンドを照らしている。背にしていた金属音と機械のたてる重厚な音。それと対照的に目の前では警備部の古参隊員達による徒手格闘訓練の様子が目に飛び込んできた。
「がんばるねえ……」 
 小学生に間違えられるシャムから見ればまさに小山のように見える金髪を刈り込んだ髪型の大男達が寒空の中タンクトップに短パンという姿でお互いの間合いを計りながらじりじりと詰め寄り互いの隙を探っている。
「寒いなあ」 
 その姿にシャムは自分が防寒着も着ないで外に出てきたことに若干後悔しながらそのまま拳銃の音だけが響くハンガーの裏手の射場に向けて歩き始めた。


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テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常11

「ナンバルゲニア……中尉!」 
「うわ!」
 粘りつくような男の声に思わずシャムは飛びのいた。そこに立っていたのはシャムの出てきた実働部隊の詰め所の隣に並ぶガラス張りの小部屋、部隊管理部の経理主任である菰田邦弘主計曹長。そのなんとも表現しがたい脂ぎった顔に思わずシャムの顔がゆがむ。
「なに……菰田曹長……」 
「いい加減書類のほう、提出してもらわないと困るんですよね。部隊の経営関連の書類を三日も四日も数百円の伝票のために止めるなんて事態はどう見ても異常じゃないですか……」 
 そう言うとその無表情でありながら目だけ笑っている菰田の視線に思わずシャムは目をそらしたくなる。だがそういうわけにもいかない。文房具の出金伝票の不備を作ったのはシャム自身。菰田はあくまで仕事の責任者としてその書類の処理に困っているのは事実。それを否定することはシャムにもできずただ姿勢を正すとちらちらと管理部の部屋のほうに目をやった。粘着質でさっきまで大声で部下を怒鳴りつけている割には人望のある島田とはことごとく対立する下士官の中のトップ。だがその人望は菰田自身が作ったスレンダーな女性を崇拝するカルト宗教『ヒンヌー教』の教徒の間だけに限られ、明らかにその趣味に嫌悪感を隠さないガラスの向こうの女子職員達は粘りつくような菰田の視線の餌食になっているシャムに同情の視線を送ってきていた。
「お願いしますよ……遊びに行く暇があったら伝票を……」 
 そこまで言いかけて菰田の目がシャムの顔から上へと走った。すぐにその顔が青く変わり始める。
「またか……」 
 シャムは思わず反り返って菰田の視線の先を追った。
 背広姿の小太りの男が困ったような顔をしてシャムと菰田を見つめている。
「高梨参事……」 
 高梨渉参事。部隊長嵯峨惟基特務大佐の腹違いの弟であり、東和共和国の高級官僚養成課程出身のバリバリのキャリアとして知られる管理部部長。上司に呆れられたような表情でにらまれればさすがの菰田も目を白黒させて立ち往生するしかなかった。
「伝票の処理くらい経理主任の権限でなんとかなるだろ?それに君には新型の運用経費のシミュレーションを頼んでおいたはずだけどそちらの方は……どうなんだね?」 
「ああ……あれは吉田少佐に損害が出た場合の予備部品の供給の調査データを……」 
「ならナンバルゲニア中尉とこうして無駄話をするくらいなら吉田少佐と会議でもしていたほうがよっぽど生産的な仕事をしていることになるわけだね」 
 叱り飛ばすわけでもなくにっこりと笑い勤務服姿の制服組の部下を見あげるキャリア官僚。その言葉に何一つ反論できずにただ制服のネクタイを締めなおすだけの下士官。その対比が面白くて思わず噴出しそうになるシャムだが、再びあの粘りつくような菰田の視線に口を閉ざした。
「じゃあ僕の職権で繰越金を何とかして処理しておきますから。後で清算手続きの書類、回しますからね!」 
 捨て台詞のようにそういい残して菰田は無表情のまま管理部の部屋に飛び込む。シャムが透明のガラスの向こうを見ているといかにも痛快そうに笑っていた事務の女子職員達が菰田が口に手を当てるのを見て慌てて目の前の端末に視線を移す様が滑稽に見て取ることができた。
「彼も……悪い人間じゃないんだけどねえ……」 
 苦笑いを浮かべて頭を掻く高梨。
「参事は隊長と会議でしたか?」 
「まあ……兄さん相手じゃ会議にならないよ。書類を渡したら恐ろしい速度でチェックを入れ始めてそのまま決済書類入れにポイだからね。書類を見て入っているチェックの赤ペンの言葉に文句を言おうとしたら途端に立ち上がってヤスリを取り出して自分の銃のスライドを削り始めちゃって……要するに赤ペンの部分のことには意義があるから僕の裁量でなんとかしろってことなんだけどさあ……」 
 そう言うと小脇に抱えていた書類入れから書類を取り出そうとする高梨。
「あ!私は要ちゃんを迎えにいくんだった!」
 それを見て小難しい話を繰り出されると思ったシャムはそのまま轟音の響くハンガーへと駆け出した。
 管理部のガラスの小部屋が尽きると視界が広がって目の前には偶像のように並ぶ人型兵器『アサルト・モジュール』が見えた。まさに壮観と言える光景に思わずシャムは足が止まりかけるが、後ろからまた高梨に話しかけられてはたまらないとそのまま階段を駆け下りてハンガーの床までたどり着いた。
「ナンバルゲニア中尉、また西園寺さんのお守りですか?」 
 床にどっかり腰を下ろしてニコニコ笑いながらシャムの実働部隊のアンと並ぶ19歳で最年少の技術兵である西高志兵長が油まみれのバールを磨いている様が目に飛び込んできた。
「まあそんなところね」 
「かなり苛立ってるみたいでしたね、あれは。独り言をぶつぶつつぶやきながら僕のことを無視してそのまま小火器管理室に飛び込んだと思ったら……」 
「あれでしょ?キム少尉と怒鳴りあいの後で銃を持ってそのまま同じ調子で外まで歩いていったと」
 シャムの推理に感心するわけでもなくただ苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべた後、西はそのままバールをぬぐっていた油まみれの布切れを隣の作業台に放り投げてバールを肩に背負うようにして立ち上がった。
「うちの新人達も……まだ慣れて無いですからね。驚いちゃって……この前なんか危うく労災になるところでしたよ。できれば神前曹長にナンバルゲニア中尉から一言言ってやってくれませんか?」 
 激しい人事異動の結果、平時だというのに部隊発足わずか二年間で技術兵では最古参になった若者の言葉にシャムは苦笑いを浮かべるとそのまま手を振って騒ぎがあったという小火器管理室へと足を向けた。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常10

「おはようございます!」 
 突然のことに全員が入り口に目を向けた。
「どうしたんですか……?」 
 しばらくおたおたと大柄な隊員が周りを見回す。
「神前、少しはどっしりと構えて見せろよな」 
 ランが苦虫を噛み潰したような表情で長身の隊員に視線を送る。その長身の隊員、神前誠(しんぜんまこと)はしばらくどうするべきか迷っていると言うようにこの部屋の異物と言うことで共通認識のあるキムに向かって笑顔を向けてみた。
「ああ、神前。昼飯の注文だけど……」 
「食べてきました……」 
「美味しかったですよね、焼肉」 
 神前の長身の後ろから甲高い少年のような声が響いた。彼が先ほどまで話題になっていた怪しげな美少年アン・ナン・パク。浅黒い肌の首筋を軽く自分で撫でながらゆっくりと第三小隊のがらりと空いた机に向かっていく。
「誠ちゃん達焼肉食べたの?ずるいな」 
「焼肉か……」 
 シャムは羨望の目で、要は怪しむような目でまだ入り口で棒立ち状態の誠に目を向けた。
「あの……別に……そんな……」 
「いつまでそこに立ってるんだ?いい加減すわれよ」 
 ランの言葉にようやく踏ん切りがついたというように誠は要の正面の自分の席に座った。その様子を一部始終ニヤニヤ笑いながら見つめていたキムはメモに注文を書き付けるとそのまま誠が立っていた部屋の入り口へと向かう。
「それじゃあ注文してきますから」 
「頼むぞ」 
 キムが出て行くと部屋の住人の視線は自然と着替えたばかりの勤務服のネクタイを締めなおしている誠に向かうことになった。しばらくネクタイの先を気にしていた誠だが、すぐにシャム達の視線が自分に向かっていることに気づくとそれを受け流すように無視してそのまま端末の起動ボタンを押した。
「聞かないの?」 
 シャムの言葉に声をかけられた要の顔が思い切りゆがんだ。
「何が言いてえんだ?」 
「言わなくてもわかるじゃないの……」 
 含み笑いが自然とシャムの口元に浮かぶ。要はそれが顔には出さないものの誠を心配している自分の心を見透かしているようで気に入らずにそのまま立ち上がった。
「西園寺さん……」 
「タバコだよ!」 
 誠の言葉にさらにいらだったように立ち去る要。
「素直になればいいのに……」 
「ナンバルゲニア中尉、結構意地悪ですね」 
 ニヤニヤ笑いながら端末のキーボードを叩き続けるアン。小さい頭をモニターから覗かせて様子を見守っていたランもかすかに笑みを浮かべると自分の作業を再開した。
「でも……西園寺さん……何かあったんですか?」 
「相変わらず鈍いねえ……まあお前さんらしいがな」 
 そう言いながら目をつぶる吉田。その目の前では目にも止まらぬスピードで画面がスクロールされ何がしかのシミュレーションデータがくみ上げられていっていた。
「あ、僕やっぱり話してきます」 
「神前!子供じゃねえんだ。テメエの検査のデータの提出。後三十分でなんとかしろ」 
 非常に叫ぶラン。心配そうに要の出て行った扉を目にしながら誠は腰をすえると起動した端末の画面に厚生局のデータルームにつながるシステムを起動させる。
「そうだよ、お仕事お仕事」 
 シャムはそう言うといっこうに進まない自分の経理伝票の入力を再開した。
 シャムがめんどくさそうにキーボードを叩き始めるのにあわせたように一斉に部屋中の音が消えた。
 ランは静かに手元の訓練結果の資料と画面の内容を精査し始めた。相変わらず吉田は目の前で組み上げられていくプログラムを黙って見つめている。アンはちらちらと誠に目をやりながらポケットから出した検査結果の用紙に目を走らせていた。誠はその視線をいかにも嫌がっているというような苦笑いを浮かべながら画面を覗き込んだまま微動だにしなかった。ただ一人ぽつんと第四小隊の机の島に取り付いていたロナルドは手にした英字新聞を真剣な顔つきでにらめつけている。
 沈黙。それは一番シャムが苦手とするところ。
「ウガー!」 
 飛び上がるように立ち上がるシャム。いつものことなので部屋の全員の糾弾するような視線を慣れた調子でシャムに向けた。
「シャム。もうすぐ昼だから西園寺でも呼んで来いよ」 
 気を利かせてランがめんどくさそうにつぶやく。シャムの顔はその一言で一気に笑顔へと変換された。
「やっぱり射場かな」 
「そうじゃねーのか?アイツがただタバコだけ吸って済ませるとは思えねーからな」 
 ランは投げやりにそう言うと再び目の前の資料に目を落とした。笑顔を輝かせて130cm強の体には明らかに大きすぎる事務用の椅子から飛び降りるようにしてシャムは走り出した。
「転ばないでくださいよ」 
 これもまた投げやりにそれだけ言うと誠は頭を掻きながら決心がついたと言うようにキーボードを叩き始める。その様子ににんまりとした笑いで答えるとシャムは廊下へと飛び出した。
 ドアを開けると一気にハンガーから流れ込む冷気と重機の低い音がシャムを包み込み、彼女は思わず首をすくめた。
『そこ!右腕部のアクチュエーターの調整は最後だって何度言ったらわかるんだよ!それより骨格部の強度チェック!それが終わったら流体動力装置の再点検!そのくらいの手順は覚えてくれよ!』 
 先日の異動でこの惑星遼州の衛生である麗州からの新入隊員の指導を任されている技術部の事実上のナンバー2である古参隊員島田正人技術准尉の叫びがこだましている。
「たいへんだな……正人も」 
 そうつぶやくとシャムはそのままハンガーに向かう廊下を歩き始めた。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常9

「そう言えばさあ……」 
 島田が去って10分も経っていない時間にシャムは飽きたように伸びをした。
「オメエ少しは我慢を覚えろよ」 
 いらだたしげに要がシャムを眺める。第四小隊は誰もが黙り込んで二人にかかわらないように決めているようだった。
「でも……やっぱり楓ちゃんと行けばよかったかな……」 
「じゃあ今からでも行けよ」 
「それって酷くない?アタシは仕事を片付けたくてこうしてがんばっているのに!」 
「それで片付いたのか?」 
 冷たく放たれた要の言葉にシャムの薄笑いが困惑に変わる。
「片付かない……」 
 そう言いながらシャムは目の前の吉田に目を向けた。吉田は先ほどから目をつぶってじっとしていた。首筋にあるコードは端末に直結しているので彼が寝ているのか仕事をしているのかは誰にも分からなかった。
「そうやって吉田に頼っているからいつまで経っても事務仕事や報告書で詰まるんだろ?自分でやれたまには」 
 要はそれだけ言うと自分の仕事に戻った。シャムは話し相手を失って周りを見回す。
「そう言えばアン君は?」 
 第三小隊三番機担当アン・ナン・パク曹長。部隊でも数少ない十代の新人の姿は朝からシャム達の前には無かった。
「ああ、アイツなら神前と一緒に東都だ……」 
 軽くそう答えてから要は猛烈な後悔に襲われた。その視線の中でシャムの笑みが大きく育っていくのが要にも分かる。
「じゃあ二人して今頃は……」 
「妄想中止だ!それじゃあアイシャだぞ!」 
 要はそう言うとそのまま再び画面に向き直ろうとした。だがシャムは自分の椅子から飛び降りるとそのまま軽い足取りで要の肩にしなだれかかる。
「やめろって!」 
「ふふふ……先輩……僕……」 
 そう言うとシャムは要の頬に手を伸ばした。
「おい、シャム。くだらねえこと言ってねえで仕事しろ!アンの性癖がどうだろうがテメエにゃ関係ねーじゃねーか!」 
 思わず怒鳴るランにシャムがしょげたように自分の席に戻る。その様子をニヤニヤ笑いながら眺めるロナルド。
「そう言えばアメリカは多いんじゃないのか?ゲイ」 
 吉田の言葉にしばらく呆然とした後苦笑いを浮かべながらロナルドは頭を掻く。
「まあ……公然と認めてる芸能人が多いのは事実だけど……今の結構世論は保守的だからね。田舎に行けば相変わらず差別もあるし……まあ東和とたいして変わらないよ」 
「へー……じゃあアイシャとかが好きな小説とかは読まれないんだ」 
 シャムの言葉にまたしばらく思考停止したように彼女を見つめるロナルド。その表情が彼自身がいわゆる『保守的』な人間で同性愛に不寛容であることを示しているようにその場の誰にでも見て取ることが出来た。
「そうだね。メジャーな書店では表には出ていないかな。日本で売れてるそっちの系統の雑誌を表に出してた大手の書店が市民団体の不買運動とかで引っ込めた事例もあるくらいだから」
「ふーん」 
『市民団体』、『不買運動』。難しい言葉が出てきて明らかに興味を失ったと言うようにシャムはそのまま端末に目を向けて作業を始めた。
「静かだな……」 
 首筋のジャックから端末へつながるコードをいじりながら要が呟く。確かにいつもならまじめに仕事をしようとする誠をからかいに来るアイシャの乱入も、要が壊した機材の請求書に一筆添えてくれとカウラに泣きついてくる管理部経理課長の菰田曹長の姿も無く淡々と時間が流れた。
「昼飯は……どうしようかな……」 
「西園寺。お前が一番うるせーな」 
 端末に映っている難しそうな部隊運用規則の草案を眺めていたランがただですら目つきの悪い瞳で貧乏ゆすりを続ける要をにらみつけた。要はランの幼く見える表情から怒りの意図を見つけると何度か頷いて貧乏ゆすりを止めると斜に座っていた椅子にしっかりと腰掛けてモニターに目をやった。
 シャムはその有様を横目に見ながらひたすら手にした請求書の数字を起動した請求書類用のソフトの項目に打ち込む作業に集中していた。
「おい、シャム。ミスタイプが多すぎるぞ」 
 思わず吉田の声が飛んだ。シャムは顔をしかめながらモニターの横からふんぞり返って目をつぶっている吉田をにらみつけた。
「じゃあ手伝ってよ」
「やなこった」 
 ふんぞり返った吉田はそのまま目を部屋の入り口に向けた。そこには部隊の小火器を管理する部門の責任者であるキム・ジュンヒ少尉が仏頂面で突っ立っていた。
「おい、キム。何の用だ?」 
 ランのめんどくさそうな声に苦笑いを浮かべたキムはそのまま頭を掻きながら部屋に入ってきた。
「昼飯の注文……僕が当番なもので」 
「ああ、そんな時間か」 
「さっきアタシが言ったじゃねえか」 
「西園寺、うるせーよ」 
 ランはそう言うとキムの手からメニューを受け取る。
「あそこ……また値上がりかよ」 
「天津丼ですか……卵は最近上がっていますから」 
 キムはぶつぶつ呟く小さなランに相変わらずの苦笑いを浮かべ続けながら見下ろしていた。
「そういえば何菌だったっけ?千川の農場で大発生した奴」 
「コンロンなんとかモネラ……サルモネラか」 
「西園寺。いちいち外部記憶に頼るんじゃねえよ」 
 シャムと要の間抜けなやり取りに苦虫を噛み潰したような顔をしたランはそのままメニューを閉じた。
「卵は止めだ。酢豚定食で行くわ」 
「えー!あそこの酢豚にはパイナップル入っているじゃん」 
 叫ぶシャムを一にらみした後そのままメニューを返したランは仕事に復帰した。キムは黙ってそのままメニューをシャムのところに持ってくる。
「たまにはパスタとか食べたいよね」 
「全部菱川の工場の社員食堂に出入り禁止になった原因を作った隊長に言え」 
 吉田はそう言うと覗き込んでいたメニューの坦々麺を指差すとキムの顔を見てにやりと笑った。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常8

 シャムはそのままスキップするようにして階段を駆け上がった。扉の開いた医務室ではドムが伸びをしながらシャムを見つめていた。
「早くしろよ!」 
 ドムの声に手を振るとそのまま廊下をスキップして進む。男子更衣室からは次々とつなぎを着た整備班員が吐き出される。
「みんなおはよう!」 
 元気なシャムの声に苦笑いとともに手を振りながら隊員はそのままハンガーへ続く道を走る。
「今日は姐御は待機だからな……アイツ等も少しは楽できるだろ」 
 コンピュータ室のドアに体を預けて立っていた吉田にうれしそうにシャムはうなづく。
「おい!シャム!吉田!早くしろよ!」 
 実働部隊の執務室から顔を出して叫ぶ要。シャムと吉田はその声にはじかれるようにして部屋に飛び込んだ。
「ぎりぎりセーフ!」 
「いやアウトだ」 
 シャムの言葉を一刀両断するラン。彼女は先日の誠達が解決に道をつけた違法法術発動事件の報告書の浮かんでいるモニターから目を離そうとしない。
「それランちゃんの時計ででしょ?私の時計は……」 
「秒単位での狂いなんてのは戦場じゃよくある話なのはテメーが一番よく知ってるだろ?アタシはここのトップだ。アタシの時計がうちの時計だ」 
 淡々とそう言うとシャムは明らかにその小さな体にしては大きすぎる椅子の高さを調節する。
「災難だな」 
 シャムが自分の席に着こうとすると後ろの席の要がニヤニヤ笑いながらシャムの猫耳をはじいた。
「それにしても……」 
 吉田がそう言ったのは明らかに場違いな格好をしている人物がいたからだった。彼女の姿は猫耳にどてらと言うシャムの姿の遥か上を行っていた。
 赤い鳥打帽にチェックのベスト。本皮のパンツに黒い同じく皮のブーツを履いている。
「楓ちゃん……」 
「何だね、ナンバルゲニア中尉」 
「猟に行くの?」 
「忘れてたんですか?」 
 第三小隊小隊長嵯峨楓少佐の身なりに呆然としていたシャムだがシャムの言葉で今度は驚いたのが楓だった。
「今日は午後から猟友会の猪狩ですよ!」 
「あれ?そうだったの?ランちゃん……」 
 シャムは助けを求めるようにランを見る。ランはため息をつくとそのまま吉田に目をやった。
「半日休暇届。出てましたね」 
「でてたな」 
「そうだったの?」 
 改めてランが溜息をつく。
「いいねえ……午後から優雅に猪狩か……貴族の楽しみじゃねえか」 
 茶々を入れる要。そんな要を見て楓は目を輝かせた。
「お姉さまもいかがですか?」 
 楓の『お姉さま』は強烈だった。それまでは自分の事務仕事に集中していた第四小隊のロナルドが低い笑い声を立て始める。
「なんでアタシが野山を駆け巡らなきゃならねえんだ?それに午後はうちの御大将と落ちこぼれ隊員一号が帰ってくるんだから無理だよ」 
 あっさりそう言うと要は楓の熱い視線を無視して目の前のモニターで書類の作成を開始する。
「それならかなめちゃん……じゃなくて渡辺さんは……ってその格好は来るんでしょ?」 
 楓の部下で付き合いの長い渡辺かなめ大尉は青いボブカットの上に青いベレーをかぶっている。
「ええ……楓様と一緒なら私……」 
「かわいいなかなめ……」 
「楓様……」 
 思わず手を握りあう楓と渡辺。その姿に部屋の中の空気がよどんだものに変わった。
「要ちゃんいる!」 
 全員が助けを求める中に救世主のように現れたのはいつもはくだらない馬鹿話をするだけに来るアイシャの姿だった。いつもなら怒鳴りつけて追い返すランですら感動のまなざしをアイシャに向けていた。
「ここにいますよー」 
 何とか一息ついた要が手を振る。アイシャはそれを見るとニヤニヤ笑いながら要の所まで来て大きなモーションで肩を叩いた。
「分かるわ……要ちゃんの気持ち。本当によく分かる」 
「何が言いたいんだ?」 
 アイシャの言葉に要のそれまでの感激の表情が一瞬にして曇った。
「誠ちゃんも気になる。でも自分を愛してくれる楓ちゃんも……」 
「腐ってるな、テメエの脳は」 
 アイシャの言葉に照れながら要は自分の端末に向き直った。
「それよりクラウゼ。良いのか仕事は?……ってよくねーみたいだな」 
 ランの声を聞きながらその視線をたどってみれば入り口で戻って来いと手招きをするサラとパーラの姿が見えた。
「申し訳ありません!それでは失礼します」 
 仰々しく敬礼をしたアイシャがサラ達に連れて行かれる姿を見て室内の隊員はどっと疲れが襲ってくるのを感じていた。
「それにしても……今年もやっぱり被害は多いのか?」 
 めんどくさそうにランがシャムを見つめる。シャムはしばらく考えた後口を開いた。
「今年は特にサツマイモがやられちゃったみたい。特に夏から秋は禁猟期だからその時期を狙って降りて来るんだよね」
「そーなのか?まあいいや。先週の起動実験のレポートまとめてくれりゃー帰って良いぞ」 
 だんだん投げやりになるランにシャムは頬を膨らませた。
「それってアタシが邪魔ってこと?」 
「邪魔だな」 
「邪魔としか……」 
 ランとそれまで黙って様子を伺っていたロナルドが答える。その態度がシャムの怒りに火をつけた。
「じゃあ楓ちゃん。アタシは行かないから」 
「え?僕と渡辺だけで行けと言うんですか?」 
 驚いたように楓が叫ぶ。隣の渡辺も困ったようにシャムを見つめている。
「いいじゃねえか。付き合ってやれよ」 
「要ちゃんが行けば良いじゃないの!」 
 シャムはそう言うと要をにらみつける。めったに文句を言わないシャムが怒っているのを見て吉田がいつでも止めに入れるように椅子に手をかけた。
「じゃあ先月の出張旅費の清算書。間違いが有ったよな」 
「中佐、それは俺が直しといたはずですけど……」 
「吉田に聞いてるわけじゃねーよ。再提出できるよな?」 
 ランの言葉にシャムは一気に目を輝かせて自分の端末を開いた。
「それじゃあ僕達は出かけます」 
「おー。がんばって来いよ」 
「お土産待ってるね」 
 楓が出かけるのをランとシャムが見送る。要は時々自分に熱い視線を投げてくる楓を無視してそのまま黙り込んでいた。
「じゃあ……早速頼むぞ」 
 そう言うとランは自分には大きすぎる椅子からちょこんと飛び降りる。
「ランちゃんどこ行くの?」 
「会議だよ……ったくこう言う事はまじめにやるんだな隊長は……」 
 頭を掻きながら123cmの小さな体で伸びをしながら部屋を出て行くランを部隊員はそれぞれ見守っていた。
「会議?」 
「あれじゃねえか?来月の豊川八幡宮の時代行列の警備とか」 
 不思議そうなロナルドにすっかりオフモードの要が答えた。だがそれでも理解できないと言うようにロナルドは首をひねる。
「うちね、去年部隊が創設されたときに隊長が自分の家の鎧とか兜とかを着て見せて祭りを盛り上げる約束をしたの」 
「そう言う事だ。まあ実際嵯峨家の家宝の具足は今一つ叔父貴の趣味にあわねえとか言って全部叔父貴のポケットマネーで隊のほとんどの鎧兜は新調したんだがな」 
 要の言葉に瞬時にロナルドの目に輝きがともった。それを見て要はまずいことをしたと言うように目をそらした。
「それは……俺達も鎧兜を?」 
「うん!多分みんなの分も作ってくれるよ」 
 元気に答えるシャム。ロナルドも思いがけない思い出作りができるとすっかり乗り気でシャムに質問を続ける。
「侍の格好か……あれかな、キュードーとかも見れるのかな?」 
「キュードー?」 
 突然英語のような発音で言われて戸惑うシャム。めんどくさそうに要は手元の紙に『弓道』と書いてシャムに手渡した。
「弓だね!それは名人がいるよ!」 
 シャムの言葉に気分を害したと言うように要がうつむく。
「もしかして西園寺大尉が?」 
「違うよ、隊長。隊長の家の芸が流鏑馬なんだって」 
「流鏑馬?」 
 不思議そうでそれでいて興味津々のロナルドに嫌々ながら要が口を開いた。
「馬を疾走させながら的を射抜くんだ。結構慣れとか必要らしいぞ」
「隊長が……あの人はスーパーマンだな」 
 ロナルドは感心したように何度と無くうなづいた。それを見ている部下のジョージ岡部大尉とフェデロ・マルケス中尉はすでに知っていると言うような顔でロナルドを見つめていた。
「でもなあ……叔父貴がスーパーマンだとスーパーマンがかわいそうだな」 
「確かにね。あんなに汚い部屋に住んでるんだもんね」 
 シャムの言葉にロナルドはうなづいた。
 隊長室。そこは一つのカオスだった。趣味の小火器のカスタムのために万力が常に銃の部品をはさんでいてさらにそこから出た金属粉が部屋中に散らかっている。かと思えば能書で知られることもあって知り合いから頼まれた看板や表札のためにしたためられた紙があちこちに散らばる。そして常に書面での提出を求められている同盟司法局への報告書の山がさらに混乱に拍車をかける。
「まあ芸が多いのと部屋を片付けられるのは別の才能だからな」 
 ロナルドは納得したように席に戻った。
「それにしても……誠ちゃん大丈夫かな」 
 話を変えてシャムはそのままにやけながら要を見つめた。
「何が言いてえんだ?」 
 明らかに殺気を込めた視線で要はシャムをにらみつける。
「だって東都の病院でしょ?警察とか軍とか誠ちゃんの秘密を知りたい人達の縄張りじゃないの。下手をしたら隊長みたいに解剖されちゃうかも知れないよ」 
 シャムの豊かな想像力に要は大きなため息をついてシャムを見上げた。
「解剖か……」 
「俺がですか?」 
 突然の声に驚いて振り返る要。そこにはつなぎを着た技術部整備班班長の島田正人准尉が立っていた。
「ちゃんとノックぐらいしろ!」 
「しました。気づいてないのは西園寺さんくらいですよ」 
「アタシも気が付かなかったよ!」 
「ナンバルゲニア中尉は……まあいいです」 
 そう言うと島田はディスクを一枚シャムの前に差し出した。
「何?これ」 
 シャムの言葉に大きく肩を落とす島田。そして要に目をやる。要は自分が話しの相手で無いと分かるとそそくさと自分の席に戻って書類の作成を開始していた。
「先週の対消滅エンジンの位相空間転移実験の修正結果です」 
「エンジン?あの時はちゃんと回ったじゃん」 
 抗議するような調子のシャムに大きくため息をついた後、島田は頭を掻いてどう説明するか考え直しているように見えた。
「無駄無駄。どうせシャムにはわからねえよ」 
「要ちゃん酷い!アタシだって……」 
「じゃあ対消滅エンジンの起動に必要な条件言ってみろよ」 
 要にそう言われると黙って何も言えないシャム。フォローしてやるかどうか考えている吉田は黙って動くことも無かった。
「まあぶっちゃけ理屈が分からなくてもきっちり成果はありましたと言うのが結論なんですがね」 
 島田はそう言うとそのまま立ち去ろうとする。シャムは首を捻りながら相変わらず対消滅エンジンの理論を思い出そうとしていた。
「ああ、解剖なら最適の人材がいたな」 
 何気ない要の一言にびくりと驚いたようによろける島田。それを見てさらに要はにんまりと笑って立ち上がりそのまま島田の肩を叩いた。
「やっぱり俺を解剖じゃないですか!」 
 島田が叫ぶが誰一人として要の軽口を止めるものはいない。
「だって……」 
「なあ」 
 岡部もフェデロも島田が解剖されるのは当然と言うような顔で島田を見つめている。
「死なないんだろ?貴官は」 
 ロナルドの言葉が島田に止めを刺す。うつむいてうなづく島田。確かに彼は本当に不死身だった。
 不老不死。そういう存在も先住民族『リャオ』には存在した。島田はその血が現れた珍しい能力を保持していた。意識がはっきりしている間の彼の再生能力は異常だった。先日の同盟厚生局の暴走の際に出動した際も腹部に数十発の弾丸を受けて内臓を細切れにされても翌日には平気で歩き回っていたほどの再生能力。それはかつて嵯峨がアメリカ陸軍の研究施設で完全に臓器ごとに解剖されてから再生されたと言う事実に匹敵するインパクトを部隊の隊員達に与えた。
「確かにそうですけど……痛いんですよ、あれは結構」 
「痛いですむのか?それなら一度こいつを三枚に下して……」 
「俺はマグロか何かですか!」 
 叫んだ島田に部屋中のにやけた視線が集まる。
「まあ安心しろよ。再生すると分かっていてもお前の頭に風穴を開けたら殺人未遂でアタシ等が刑務所行きだ。誰もそんなことはしねえだろう……多分」 
「西園寺さん!多分が余計ですよ!」 
 島田が叫ぶのを見ながらシャムは自分の端末のスロットに島田から受け取ったディスクを差し込む。
「じゃあアタシも勉強するから」 
「期待してませんがね。がんばってくださいよ」 
 シャムの言葉に吐き捨てるようにそう言うと島田は出て行った。
「アイツ……冗談くらい分かればいいのに」 
「島田にしか通用しない冗談だな。それにさっきの大尉の言葉どおり貴官が銃を島田に向けた時点で殺人未遂で懲戒免職だ」 
「それは大変だねえ。クワバラクワバラ」 
 ロナルドの言葉に首をすくめながら再び要は作っていた書類の作成の業務に立ち戻った。


テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常7

 駐車場には爆音を立てる車があった。
「ロナルド大尉!」 
 シャムはグレゴリウスの肩の上に身を乗り出して叫ぶ。エンジンを吹かしていた車から身を乗り出して手を振るのは第四小隊隊長のロナルド・J・スミス上級大尉だった。
「シャム!レースでもするか!」 
「勝てるわけ無いじゃん!」 
 コンパクトなボディーに大出力ガソリンエンジン搭載車。シャムがものを知らなくてもその車の速さは容易に想像がついた。
「スミスさん。かなりいい具合になったでしょ?」 
「いい仕事だな……うちのM10も同じように仕上げてくれれば最高だけどな」 
「言わないでくださいよ……」 
 ロナルドの隣にはすでにつなぎ姿に着替えた技術部整備班長の島田正人准尉の姿がある。シャムは二人のこれから展開される専門用語の入り乱れた会話を避けるべくそのままグレゴリウスに乗って進んだ。
「シャムさん。お父様はいるんですの?」 
 高級車から降りた紅色の小袖を着た茜がシャムに声をかける。シャムはグレゴリウスがその着物の色に興奮しているのに気づいて少し頭を撫でて落ち着かせた後でグレゴリウスから飛び降りた。
「多分いると思うよ。でも起きてるかなあ……」 
「まあ良いですわ。今日は書類関係の話があるくらいですから」 
 それだけ言うと茜はそのままエンジン音につられて集まった野次馬の中へと消えていく。シャムはそれを見送るとそのまま巨大なゲージに向かうグレゴリウスの後を追った。
「それじゃあどこで食べようかな……」 
「食うことしか考えてないのか?お前は」 
 ずっとシャムを待っていたというようにゲージの前に座り込んでいた吉田が声をかけてきた。
「そんなわけ無いよ!ね!」 
「わう!」 
 シャムの言葉に合わせるようにジャンプするグレゴリウス。その巨体はゲージの前に座っていた吉田の上に落ちて埃を立てた。
「むが!」 
 吉田の言葉が朝の冷たい晴れた空に響く。シャムはいつものことなので動じることも無く生協の袋から天丼を取り出した。
「グレゴリウス!遊んでないで食べるよ」 
 シャムの言葉にグレゴリウスはうれしそうにシャムが手にしている天丼に顔を伸ばした。そのおかげでなんとか下敷きになっていた吉田が這い出てきた。
「シャム!」 
「ご飯中!静かにして!」 
「静かにとか言える状況か?これが」 
 吉田は仕方なく勤務服についた土や埃をはたく。
「俊平!こっちは食べてるんだよ。はたくならほかでやってよ」 
「言いたいことはそれだけか?」 
 苦々しげにシャムを見つめる吉田。そんな彼等に近づくものがあった。
「おい!いい加減に遊ぶのやめろよ」 
 それは小さな少女だった。シャムの髪よりも少しだけ長い黒のミディアムヘアーで中佐の勤務服を着ているところからシャムにもその少女が何者かわかった。
「ランちゃん。ちょっと待っててね。朝ごはんを済ませるから」 
「あのなーシャム。朝ごはんはいつもどおり下宿で食ってきたんだろ?何回食えば気が済むんだよ」 
 少女とは思えない鋭い眼光がシャムを射抜く。そしてどうしてもその目が苦手なシャムは一気に天丼をのどに掻きこんでいた。
「のどに詰まらせるなよ」 
 吉田はそれだけ言うと二人の上官である実働部隊隊長であり保安隊副長と第一アサルト・モジュール小隊の隊長も兼務している歴戦の猛者、クバルカ・ランに頭を下げて正面玄関への道を歩き始めた。
「もう少し……もう少し待って」 
 そう言うとシャムは最後に残っていた沢庵を齧り始める。
「まあいーけどな。今日はアタシ等は外野だから」 
「へ?アタシは外野の守備は苦手だよ」 
「野球の話じゃねーよ!」 
 さすがに頓珍漢なシャムの言葉にランは思わず怒鳴りつけていた。
「やっぱりあれですか?先日の法術演操の件で……」 
「そういうこった」 
 ランはそこまで言うと吉田を置いて歩き始めた。シャムは食べ終わった容器を手に取ると説明してくれというように吉田を見つめた。
「あれだ、先日神前達がギルドとアメリカ軍関係の連中とかち合っただろ?」 
「かちあった?」 
 明らかに理解していないというような顔のシャムに吉田は目を落としてどう説明するか考え直した。
「あれだ、水島とか言う法術師が神前達につかまったろ?」 
 そこまで言われてシャムもようやく事態が飲み込めてきた。
 遼州。この地球から遠く離れた植民惑星には初めて地球外の知的生命体が存在していた。彼等は自らを『リャオ』と呼び、前近代的な暮らしを営んでいた。そこに当時地球で政情が不安定だったアジアを中心とした移民がどっと訪れ、『リャオ』と見分けがつきにくいアジア人が多数この地に殖民した。しかし、それは『リャオ』達がもつ特殊な能力との出会いを意味していた。
 読心術、発火能力、空間干渉能力などの地球人からすれば恐ろしい武器にもなりうる能力を持つ『リャオ』達。彼等への弾圧はついには殖民した開拓者や外部惑星で治安を担当していた軍隊までも引き連れての地球からの独立を目指す運動へと加速していくことになり、殖民惑星としては初の独立国家が次々と生まれることになった。
 そんな中で経済的に突出している上に『リャオ』の血を引く人々の多く住む東和共和国はいくつかの問題を抱えていた。混乱期に使われたそれらの能力『法術』は存在さえ忘れられていたが、二十年前の戦争とその後の混乱でテロリスト達に利用されて隠すことができなくなったということで同盟司法局保安隊隊長嵯峨惟基は外惑星でのクーデター未遂事件『近藤事件』の際、大々的にその能力を再び人々の記憶の奥から引っ張りあげることになった。
 今。白日にさらされた法術は社会にさまざまな混乱をもたらすようになっていた。
 法術を誤解しての差別はその一つだった。そのことに反抗して犯罪に走る法術師がいるのもまた事実だった。そんな法術師の引き起こした事件のひとつが先日の『演操術事件』だった。法術師の中には他人の能力を暴走させる力を持つものがわずかながら存在していた。そんな一人、水島勉は法術適正検査で陽性が出て会社を解雇された腹いせに違法な法術行使を実行。ついには死者まででる事態となった。
 そしてその身柄の確保に動いたカウラ・ベルガー大尉貴下の保安隊実働部隊第二小隊は同じく水島の略取を狙ったテロ組織の猛攻を避けて何とか任務を成功させた。
「で?それでどうするのかな?」 
 ようやく事態を飲み込めたように見えるシャムだが、説明を面倒に感じた吉田は弁当を食べ終えて自分の部屋戻ったグレゴリウスの檻に鍵をかけると安心したようにシャムの肩を二度叩いた。
「さすがの東和政府も重い腰を上げたって訳だ」 
「検査の強制?」 
 シャムの顔に少しばかり影が走る。彼女もまた法術師。それも飛び切りの熟練した技を持っているとなれば無関心ではいられなかった。
「それもあるが……有効活用のために希望者には軍関係の訓練と同レベルの訓練を施してくれるんだそうな。しかも無料。それどころかその訓練の間に会社などを休んだとなればその分の保障までされるっていう至れり尽くせりだ」 
「でも……それは東和だからできるんでしょ?」 
 シャムの言葉に思わず吉田は振り返った。明らかに泣き出しそうな顔。仕方なく吉田は少しばかり歩みを緩めてシャムの頭を撫でた。
「まあ……あれだ。世の中どうしようもないことが結構あるもんだ。主に法術犯罪にかかわる人間は遼南やベルルカン大陸諸国の貧困層が多いのはわかるよな。自分の能力がどんなものかも知らされずに政府や民間の反対勢力の施設などでドカンと自爆。それが今でも続いているのは事実だが……できることはできるだけやっておく。それは悪いことじゃないと思うがな」 
 そう言いながら吉田は隊舎の正面玄関をくぐる。仕方が無いというようにシャムもそれに続いた。
「おはようございます!」 
 オレンジ色、緑色、ライトブルー。さまざまな髪の色の女性仕官達がシャム達を追い抜いて隊舎に駆け込んでいく。
「あいつら運用部の連中も法術師とたいして変わらないんだ。戦争のために作られて人間以上の力を持ったがゆえに軍や警察なんかに職種が限定されての社会進出。苦労は多いとは思うよ。だから……」 
 そこまで言う吉田を突然シャムが振り向く。
「遅刻!」 
「別に良いだろ?」 
「でも遅刻!」 
 そう叫ぶとシャムは吉田を置いて走り出した。一階の運用艦『高雄』の航行を管理する『運用部』の部屋の手前の女子更衣室にシャムは飛びこんだ。
「ナンバルゲニア中尉、遅いですよ」 
 入り口にたむろするさまざまな色の髪の運用部の女性士官達から離れたところで金髪の長い髪をなびかせながらブラウスを脱いだたわわな胸を見せ付けているように見える女性仕官が声をかけてきた。
「レベッカは日勤?」 
「そうですけど……」 
 シャムが隣のロッカーを開けるのを見ながらレベッカ・シンプソン中尉は珍しそうにシャムを眺めていた。
「うー」 
 しばらくシャムはレベッカを見つめていた。レベッカは気が弱そうにワイシャツを着ながらもしばらくシャムの方を観察していた。
「どうしました?」 
「これ!頂戴!」 
 そう叫んだシャムがレベッカの胸を揉んだ。
「何するんですか!」 
「ねえ!頂戴!」 
「無理ですよ!」 
 シャムをようやく振りほどいたレベッカが眼鏡をかけなおしながらシャムを見つめる。シャムはにんまりと笑うとそのままジャンバーを脱ぎ始めた。
「でも……シャムさんも大きくなれば……」 
「大きくならないから言ってるの!」 
 レベッカの言葉に少しばかり腹をたてたというように口を尖らせながらシャムは着替えを続けた。仕方なくレベッカも黙ってワイシャツのボタンをとめていく。
「そう言えばナンバルゲニア中尉の機体ですが……」 
「レベッカちゃん。ナンバルゲニアなんてよそ行きの言い方は駄目!『シャムちゃん』て呼んで!」 
 ようやく吹っ切れたという笑顔のシャムが上着に袖を通しながらレベッカを見つめた。
「じゃあ、シャムちゃんの機体ですが……あんなにピーキーにセッティングしてよかったんですか?操縦桿の遊びもぎりぎりですよ」 
「ああ、あれは隊長の助言だよ。隊長の機体は遊び0でしょ?だから私も真似してみたの」 
「そうなんですか……でもこれから調整もできますから。もし必要ならいつでも声をかけてくださいね」 
「心得た!」 
 シャムはそう言うとそのまま制服の上に制服と同じ素材でできた緑色のどてらと猫耳をつけるとそのまま更衣室を出た。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常6

 広い店内はこの工場が野球場が100個も入る巨大なものであることをシャムにも思い知らしめた。だがシャムはすぐに笑顔になるとそのままかごを片手に歩き始める。目指すのは惣菜コーナー。今の時間は出勤している職員が多いので品揃えも多くシャムのお気に入りのメニューが簡単に手に入った。
「あ……」 
 惣菜コーナーに群がる工場の従業員の群れの中に一人浅黒い顔の男が立っていてすぐにシャムの存在に気づいて振り返った。
「あれ?先生?」 
 それは保安隊医務局の医師ドム・ヘン・タン大尉だった。見つかったとわかるとドムはそのまま逃げるように立ち去ろうとする。そこに少しばかり思いやりがあれば見逃してくれるところだったがシャムにはそういうことに気を回すデリカシーはかけらもなかった。
「逃げるな!」 
「ひ!」 
 目の前に立ちはだかるシャム。驚くドム。二人はにらみ合い、そしてドムはうなだれた。
「お弁当!いつも奥さんの奴があるじゃないの!太るよ!」 
 そこまで言ってようやくシャムはドムの異変に気づいた。手にはたっぷりおかずとご飯の幕の内弁当。手にしていたかばんにはいつもの愛妻弁当の姿はなかった。
「いいだろ……俺の勝手だろ……」 
「もしかして……」 
「は?」 
 立ち上がったドムに泣き出さんばかりの表情で見つめるシャム。それを見てドムは呆然とするしかなかった。
「逃げられたのね!奥さんに!」 
 シャムの叫び声が響く。惣菜売り場で昼の食事や夜勤明けの朝食を探していた職員達の視線がシャムとドムに集中する。 
「なっ……何を言い出すんだ!君は!」 
「でも愛妻弁当じゃないじゃん」 
「意味もわからず愛妻弁当とか言うんじゃない!」 
「でも奥さんにいつもお弁当作ってもらってるじゃん」 
 そこまでシャムが言ったところでドムは幕の内弁当をかごに入れてため息をついてうつむいた。
「どうしたの?先生らしくもないよ」 
 シャムになだめられているという現実をまざまざと見せ付けられてドムはうつむいて再びため息をついた。
「それがね……」 
「うん」 
 明らかにしょげているドム。それを興味津々の目でシャムは見つめていた。浅黒い色の小太りの男と小さな女の子がしゃべっている光景。工場の中とは思えない組み合わせに回りにギャラリーが集まり始める。
「明石君に誘われて行った東都銀座の店のマッチをコートの中に入れてたら見つかってさあ……」 
「なんだ、別居じゃないんだ」 
「おいおい!そんな大事にしないでくれよ。今朝だって怒ってたからカップ麺で朝食だったし」 
「あれ?子供がいたよね」 
「ああ、昨日は俺抜きでピザを取って食べてたから。それの残りを食べて出かけてったよ」 
「ふーん」 
 一通り話し終えて我に返ったドムの周りに人垣ができていた。急にドムの表情はあせりに満ちたものへと変質した。
「それじゃあ!」 
 シャムに何も言わせずに弁当を手にレジへと急ぐドム。シャムはその後姿をにやにや笑いながら眺めていた。
「ああ、アタシも買お!」 
 ドムへと視線を向ける野次馬達を無視してシャムは惣菜売り場に足を向けた。
「朝のおやつには……」 
 そうつぶやきながらシャムが手にしたのは天丼弁当だった。それを当然のように二つかごに入れてレジへと向かう。
 くたびれた顔の作業着姿の従業員のならぶレジ。シャムはとりあえずカードで買い物を済ませるとそのままグレゴリウスの待つ駐輪場へと向かった。そこには当然のように座っているグレゴリウスとその首を撫でて和んでいるアイシャの姿があった。
「シャムちゃん、ドム先生に会った?」 
「うん。落ち込んでたね」 
「もしかして奥さんに逃げられたのかな」 
「違うって……普通の喧嘩」 
「ふーん」 
 アイシャは話が犬も食わない話題だったと知ると飽きたというようにグレゴリウスの頭をトンと叩いて立ち上がった。
「じゃあ行きましょ」 
 アイシャの言葉にシャムは大きくうなづいた。
 周りでは相変わらずシャムとグレゴリウスの様子を写真に収める女性職員の群れが見えている。だがそれもいつものことなのでグレゴリウスは黙って先頭を歩くシャムに付き従った。
「それにしても寒いわね」 
「冬は寒いもんだよ」 
「わかってはいるんだけど……シャムちゃんは寒くないの?」 
 アイシャに改めてそう言われてシャムは自分の姿を見た。厚手のジャンパーに綿の入ったズボン。かつて遼南の山に隠れ住んでいたときに比べれば遥かに暖かく、そして気候も遥かにすごしやすい。
「寒くないよ」 
 そう言いながらシャムは押しボタン信号のボタンを押した。
「それならいいんだけど……あれ?」 
 答えたアイシャの目の前で四輪駆動車が止まる。その運転席と助手席には見慣れた顔があった。
「あれ、アイシャじゃないの」 
 運転しているピンク色の長髪の髪の女性がアイシャに声をかけた。その髪の色が彼女がかつての大戦で人工的に戦闘用に作られた人造人間であることを示していた。そんなパーラ・ラビロフ中尉はアイシャの同期で今はアイシャの補佐を担当する部隊の運用艦『高雄』のブリッジ要員の一人だった。
「もしかして乗せてくれるの?」 
 喜びかけたアイシャだが、パーラの表情は硬い。それはアイシャの隣に立つシャムとグレゴリウスを無理して後部座席に詰め込むことになりかねないということを心配しているからだった。
「いいわよ、パーラ。私が降りて歩くから……」 
 赤いショートヘアーの女性がそう言って助手席から降りた。彼女もアイシャと同期のサラ・グリファン少尉。アイシャ達と同じく人工的に作られた戦闘用の女性兵士だった。
「まあそう言うなら……先行くわよ」 
 安堵の表情を浮かべながら窓を閉めるパーラ。シャム達はニコニコ笑いながら走り去っていく大型の四輪駆動車を見送った。
「シャムちゃんはおやつを買ったの?」 
 サラの言葉に大きくうなづくシャム。そしてグレゴリウスもうれしそうに信号が青に変わった横断歩道を歩き始めた。
「でも本当にグレゴリウス君は大人気ね」 
 サラの何気ない一言にシャムは後ろを振り返った。そこにはカメラや端末を構えた女子職員が群れを成していた。
「元気だからね。あとでまた鮭を食べようね」 
「わう!」 
 元気に答えるグレゴリウスに安心したようにシャムは歩き続ける。アイシャはわざとカメラを向ける職員の間に立ってにこやかに歩き続けていた。
「それにしても……お姉さんが産休でしょ?本当にアンタで大丈夫なの?」 
「サラ……酷いわね。大丈夫だからお姉さんも子作りしたんじゃないの?」 
「子作り……」 
 アイシャの言葉がつぼに入ってシャムが笑い始める。あきれた顔のサラは仕方なく歩こうとするグレゴリウスを連れて部隊の周りに立ちはだかる十メートルはあろうかという壁に沿って歩き続ける。
「アイシャ!遅刻するわよ」 
 仕方なく振り返るサラ。アイシャもようやく笑みを少しだけ残しながらグレゴリウスの巨体に向けて走り出した。
「あんた……本当に大丈夫なの?」 
 サラの再びの言葉に追いついたアイシャは不満そうに口を尖らせる。その光景が面白かったのでシャムは笑みを浮かべるとそのままグレゴリウスにまたがった。
「先行ってるね」 
 それだけ言い残すとグレゴリウスは走り出した。巨体に似合わず隣の工場の周回道路を走るトレーラーを追い抜くスピードで走り続けるグレゴリウス。そしてそのままシャムは部隊の通用口のゲートの前にまでやってきた。
「ごきげんよう」 
 和服の女性が高級乗用車から顔を出す。
「茜ちんおはよう!」 
 シャムは元気に挨拶を返す。上品な笑みでそれを受け流すと保安隊と同じく遼州同盟司法局の捜査機関である法術特捜の責任者、嵯峨茜警視正はそのまま車を走らせた。
「中尉、お弁当は?」 
「買ったよ!これ」 
 警備部のスキンヘッドの曹長に手にした天丼を差し出す。日本文化の影響の強い東和に赴任して長い曹長は大きくうなづきながらゲートを開いた。
「じゃあ!行こう!」 
 シャムはそう叫ぶ。言葉を理解したというようにグレゴリウスはそのまま元気に自分の家のある駐車場に向けて走り始めた。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常5

「俊平、シャワーは?」 
「隊舎だ。そこまでは一緒だろ?」 
 熊のゆっくりとした歩みにあわせて吉田も進む。まもなく隊員達も出勤してくる時間。ハンガーからは私服に着替えた警備部員と整備班員が談笑しながら歩き出していた。
「ご苦労さん!」 
 吉田の叫び声に隊員達は思わず敬礼をする。それを見てシャムは笑顔でハンガーに向かう吉田を見送った。
「じゃあ行こうね、グレゴリウス」 
「わう」 
 シャムの言葉に返事をするとシャムを乗せたまま部隊のゲートに向かった。
「おはよう!」 
 そこには白いセダンでゲートをくぐろうとする運用艦『高雄』艦長の鈴木リアナ中佐の姿があった。
「お姉さん!おはよう!」 
「元気ね、シャムちゃんは……それとグレゴリウス君も」 
「わう!」 
 窓から顔を出して白い髪をなびかせるリアナ。シャムは笑みを浮かべながら彼女の隣までグレゴリウスに乗って進んだ。
「それよりお姉さん。赤ちゃんは……」 
 シャムが言うようにリアナは妊娠していた。現在は艦長の各種の指示権限を副長のアイシャ・クラウゼ少佐に委任中で、遠からずアイシャが艦長代理に就任することが決まっていた。
「そんなにすぐには出てこないわよ。それより寒いのによく平気ね」 
「うん!私の村はもっと寒かったから」 
 リアナの言葉にシャムは長く暮らしていた故郷を思い出した。森と雪と風。今の季節は木の幹に寄り添うようにして雪のせいで動きの鈍い鹿などを狙って狩をしていたことを思い出す。
「そう……じゃあまたね」 
 回想に浸っているシャムを笑顔で見つめながらリアナはそう言うとそのまま窓を閉めて車を駐車場へと進めた。
「それじゃあ行こう!」 
 そう言うとシャムは軽くグレゴリウスの首筋を叩いた。うれしそうに目を細めるとそのままグレゴリウスは歩き始める。
「中尉……」 
 警備部員が一人、申し訳ないという表情で声をかける。
「大丈夫だって!グレゴリウスは人気者だからね」 
「でも……そんなでかぶつ。上に乗られただけで怪我人が出ますよ」 
「だから早朝にやってるの!それに外には出ないから」 
 そう答えるシャム。だがスキンヘッドの警備部員は外から巨大なグレゴリウスを見てスピードを落とす菱川重工の職員の方に目をやった。
「本当に……もうそろそろ外出禁止をしますから……」 
「ごめんね」 
 謝るシャムだが心配そうな目でグレゴリウスに見つめられると少しばかり気が引けてそのままゲートをくぐった。
 部隊の外には広がるのは地球系以外では最大規模の機械工場。目の前の道には巨大なトレーラーが鉄の柱を満載して加速を始めている。
「これに比べたら……グレゴリウスなんてねえ」 
 シャムはそのまま歩道を進むグレゴリウスの頭を撫でながら進んでいた。時々通る乗用車。何割かは保安隊隊員の車らしく運転しながら敬礼する姿がシャムの視線からも見えた。
「どこまで行こうか……」 
 軽く敬礼を返しながらグレゴリウスの耳元まで身を乗り出してたずねる。
「わう!」 
「わかったよ。おやつね」 
 そう言うとシャムはそのまま工場の構内の車道を横切る押しボタン式信号の前でグレゴリウスから降りるとそのままボタンを押した。
 信号が変わるとグレゴリウスはシャムを乗せたまま悠然と歩く。トレーラーの運転手は驚いた様子でその巨大な熊に少女が乗って移動しているさまを見守っている。
「ほら、人気者」 
「わう」 
 誇らしげにシャムとグレゴリウスの行進は続く。そしてそのまま飛行機の胴体部分を製造している建物の脇を抜け、まるでショッピングセンターのような看板を掲げた工場の生協の前に着いた。
「あ!熊さん!」 
 入り口で立ち話をしていた女性職員がシャム達を指差す。それを見て周りの女性事務員達もシャムに目を向けてきた。
「本当に……話に聞いたとおり女の子が飼っているのね……」 
「でも大丈夫なの?」 
 興味深げに見る者、いつでも逃げられるように引き下がる者。さまざまな視線にシャムは鼻高々でそのままグレゴリウスから飛び降りた。
「馬鹿!」 
 突然シャムがはたかれる。そこには保安隊実働部隊第二小隊所属の西園寺要大尉の姿があった。
「要ちゃん……痛いじゃない」 
「当たり前だ。痛くしたんだから……うわ!」 
 要の言葉が終わる前にグレゴリウスは大好きなシャムを虐めたことに復讐するために要にボディープレスを食らわした。
「くそ!どけ!馬鹿熊!」 
 もがく要。それを見て満足げにうなづくシャムの隣に先ほど熊を見て黄色い声を上げていた女性事務員の一人が恐る恐る声をかける。
「大丈夫なんですか?」 
「平気平気!」 
「そう平気よねえ、要ちゃん」 
 女性事務員の間を縫って長身の紺色の髪の女性がシャムに声をかけた。その整った肌と自然界ではありえないような鮮やかな紺色に女性事務員達は不思議そうにその人物、アイシャ・クラウゼ少佐の方に顔を向けた。
「アイシャ……テメエ……」 
 つぶされかけていた要だが軍用義体であるその体はのしかかる熊の圧力を押し戻そうとしていた。その姿に驚く菱川重工業の女子従業員達。
「ほら、平気じゃないの」 
「平気に見えるか?これが平気に見えるのか……テメエは」 
 ようやく冗談を済ませたグレゴリウスは飛び上がってシャムの後ろに隠れる。その目をにらみつける要。なんとも不思議な光景が展開していてただ呆然と見守るギャラリー達。
「それより……シャムちゃん。リアナお姉さんは?」 
「ああ、さっき来てたよ……そう言えば艦長代理になるんだよね、アイシャは」 
「まあね」 
「心配もここに極まれりだな」 
「何か言った?」 
「別に」 
 三人の女性隊員のやり取りを見て工場の職員達は噴出すタイミングを図っていた。
「それじゃあアタシ先行ってるわ」 
 そう言うと要は近くに止めてあったバイクに足を向ける。
「あれ?今日はカウラは?」 
 シャムは思わず要の第二小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉の名前を挙げた。いつもはカウラのスポーツカーにアイシャと要、そして第二小隊の新人神前誠曹長を乗せて通ってきているのでバイクで通勤する要達を見るのは久しぶりだった。
「ああ、あいつは今日は有給。それと……」 
「誠ちゃんは今日は本局で検査だって。法術適正の再チェック」 
「んなことしなくても奴は結構いい活躍してるじゃないか……」 
 そうつぶやいた要をにんまりと笑っているアイシャが見つめていた。
「気になるんでしょ?」 
「何が?」 
 アイシャのにやけた顔にしばらく真顔だった要の顔が赤く染まる。
「あれ?要はどうしたの?」 
「うるせえ!アタシは先行ってるからな!」 
 そう言うと要はシャム達を置いて止めてあったバイクにまたがる。そして後部座席に置いてあったヘルメットをアイシャに投げつけた。
「何するのよ!」 
 アイシャの言葉は要には届かない。ガソリンエンジンの音を立てながら要のバイクはそのまま車道に出て視界から消えた。
「アイシャ……帰りは大丈夫?要はああなったら就業時間も一人で帰っちゃうよ」 
「ああ、大丈夫。カウラはどうせ乗馬クラブが終わったらこっちに来るだろうし……誠ちゃんも午後には検査が終わってこっちに来るらしいから」 
「ふーん」 
 シャムはそう言うと隣のグレゴリウスに目をやった。先ほどから事務員がシャムの隣でおとなしく座っているグレゴリウスの姿を写真にとっているのが見えた。
「人気ね、グリン君は」 
「グリンはあれは映画の名前でしょ?これはグレゴリウス」 
「めんどくさいじゃない。グリンでいいわよね!」 
「わう」 
 アイシャの言葉に返事をするグレゴリウス。その様子にギャラリーは感嘆の声を上げる。
「じゃあ……アイシャ、おやつを買ってくるからしばらくグレゴリウスを見ててね」 
「ええ……まあいいわよ」 
 簡単に五メートルはあろうかという巨大な熊を任されてしばらく放心するアイシャ。それを無視してシャムはそのまま生協の入り口に向かっていった。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常4

「総員注目!」 
 グラウンドに出るとマリアは声を張り上げた。中央でぐったりとしていた隊員達が驚いたように立ち上がる。
「急げ!」 
 マリアの二言目にはじかれたようにして彼等はマリアの周りに集まった。
「今日はご苦労だった。だが我々はこの基地の警備と管理を担当している。そこで……」 
 そう言うとマリアは隣の明らかに小さくて親子にも見えそうなシャムに視線を落とした。
「あのね、みんなにお仕事を頼みたいの」 
 シャムの言葉に隊員達は全員不思議そうにシャムの持っているゴミ袋に目をやった。
「予想はついていると思うが畑の草むしりだ。貴様等の先輩達もきっちりこなしてきた仕事だ。バックネットの裏から全部、始業時間までにすべての雑草をむしれ」 
 そう言うと笑みを浮かべるマリアだが、これまでの厳しい訓練から隊員達は緊張した面持ちでシャムに目をやった。
「お願い」 
 子供にしか見えないシャムにそう言われては断るわけにもいかない。そんな感じで警備部の新人達はそれぞれ畑に向けて走り出した。
 空は夜明けを迎えていた。
「今日もいい日になるといいね」 
「そうだな」 
 シャムとマリアは空を見上げる。その背後ではハンガーの作業の立てる金属音が響いていた。
「それじゃあ行くよ、マリア」 
 歩き出したシャムに続いてマリアも歩き始めた。グラウンドを抜けると黒い色の土が見えた。丸くなっている白菜。半分以上収穫しつくされた春菊が目に飛び込んでくる。
「野菜の趣味は隊長のものなんだよな」 
「土を作るので精一杯だったからみんなの要望にはこたえられなくて……マリアは何がほしい?」 
 微笑むシャムを見ながらマリアは苦笑いを浮かべていた。
「とりあえず今年もジャガイモは作るの?」 
「うん、作るよ。去年開墾したところがまだ土ができていないから」 
 そう言うとシャムはしゃがんで必死に雑草を探している隊員達の間に割り込んだ。
「野菜と雑草。教えたよね……ってそこ!」 
 シャムが指差した先では白菜を刈り取ろうとしているスキンヘッドの大男の姿があった。
「すみません!わからないもので……」 
「それは白菜!雑草は……」 
 そう言うとシャムはしゃがんで見せる。そしてすぐに小さな葉っぱを見つけて引き抜いた。
「これくらいの草だよ。あんまり大きいのは大体野菜だから」 
 シャムの言葉にうなづきながらマリアが腰を下ろして畑の畝を左右見ながら進んでいる。その光景に彼女の部下達は少し驚いたような表情を浮かべていた。
「ごめんね、マリア。なんだかつき合わせちゃって」 
「いいのよ。うちもかなり野菜はもらっているから。少しは貢献しないと」 
 そう言いながらマリアは鎌で器用に芽が出たばかりの雑草を刈っていく。
「ああ、持てなくなったらこれに入れてね」 
 シャムがビニールのゴミ袋を広げる。それを見ると隊員達は次々に手にした小さな冬の草を袋に放り込んだ。
 早朝の冷たい冬の日差しが畑を明るく照らし始めた。腰を曲げているのに疲れた眼鏡の隊員の影が長く西へと伸びていた。
「それにしても……今年は暖かいんだな」 
「そう?……やっぱりそうね。霜もまだ降りたの何回かしかないもんね」 
 マリアの言葉にうなづきながらもシャムの手は器用に雑草をむしりとっている。
「霜が降りたら大丈夫なのか?」 
「霜が降りるとねぎがおいしくなるよ。甘くて……鍋に入れると最高」 
「それじゃあ隊長が気にしているはずだ」 
 マリアの苦笑いに思わずシャムはグラウンドの向こうのハンガーに目をやった。その入り口で大柄の男がタバコを吸いながらこちらを眺めている姿が目に入る。
「本当に鍋が好きなんだね。隊長」 
 嵯峨の姿を確認するとシャムは満足げに頷いた。
 朝焼けから朝の光へ変わる中でシャム達は黙々と草をむしり続けた。ハンガーの前ではシャム達の変わらない姿に飽きたのか、嵯峨の姿はすでになかった。
「隊長!」 
 遠くで呼ぶ声がしてマリアは腰を伸ばす。さすがに鍛えているだけあってまるで動じるところはない。周りの新入隊員が立ち上がったりしては腰を抑えている有様とは対照的だった。
「終わったのか?」 
「ばっちりですよ。先週生まれた子ヤギも元気いっぱいです」 
「それはいいな」 
 古参隊員の顔がほころぶ。自然とマリアも笑みを浮かべていた。
「シャム、すまないがうちの連中に食事を取らせたいんだが……」 
「うん、そうだね。みんなありがとう!」 
 小学生のようなシャムに頭を下げられて新入隊員達はどうしていいかわからないように顔を見合わせていた。
「おい、中尉殿の謝意だぞ」 
『こちらこそありがとうございます!』 
 外惑星コロニー出身者らしく時折発音がずれてはいるが日本語でシャムに敬礼する姿が展開された。
「またよろしくね!」 
 シャムの言葉に送られるようにして腰を押さえながら新入隊員達は畑を後にする。
「どうなるかねえ……あの連中」 
 その言葉とともに黒い塊がシャムの前に現れた。それは背中に吉田を乗せたグレゴリウス16世だった。
「大丈夫。みんな物覚えが早いから。すぐに慣れるよ」 
「いやあ……畑仕事に慣れられてもこま……うわ!」 
 吉田の叫び声が響いたのはグレゴリウスが二本足で立ち上がったからだった。どかりとサイボーグが地面に落ちる音が響く。
「グレゴリウス!だめじゃないの!」 
「わう!」 
 背中の吉田を振り落として軽くなったのがうれしいようでそのままシャムに近づいてくるグレゴリウス。その姿に苦笑いを浮かべながらシャムもまた歩み寄っていた。
「俊平……大丈夫?」 
 足元におとなしく頭を差し出すグレゴリウスを撫でながら倒れている吉田にシャムは声をかけた。
「大丈夫に見えるか?」 
「うん!」 
「だったら声をかけるな」 
 そう言いながら吉田は頭についた土を払った。
「こりゃシャワーでも浴びたいな」 
「じゃあ使えば?」 
 驚いて吉田が振り向くとそこにはすでに紺色のコートを着込んで帰り支度を済ませた明華の姿があった。
「大佐、驚かせないでくださいよ」 
「それが軍用義体の使い手の台詞?たるんでるわね」 
「明華!もう上がりなの?」 
「ええ、今日は島田が早出だったから引継ぎも済ませたし……」 
 明華はそう言うと空を仰いだ。すでに朝の空。隣の塀の向こう側、菱川重工の社内を走る車の音がすでに響いていた。
「もしかしてタコさんとデート?」 
「タコさん?」 
 しばらくシャムの言葉の意味が理解できないというような顔をした明華だが、その『タコさん』が彼女の婚約者の元保安隊副長である明石清海中佐を指すことを知って笑い始めた。
「タコさん……タコさんて……」 
「大佐、笑いすぎですよ」 
 さすがの吉田も婚約者に爆笑されている明石のことを哀れに思って声をかけた。
「シャムの言うことは外れ。私も徹夜明けだもの。今日はおとなしく部屋で寝ることにするわ」 
「大変だね」 
 シャムの言葉にあいまいにうなづくとそのままグラウンドに向かう明華。それを見てシャムはゴミ袋を吉田に持たせた。
「どこかいくのか?」 
「だってシャワーを浴びるんでしょ?アタシはしばらくグレゴリウスの散歩をするから」 
 そう言うとシャムは足元に寝転んでいたグレゴリウスの背中にまたがる。グレゴリウスは大好きなシャムが背中に乗ったのを感じるとそのままグラウンドに向かって歩き始めた。
「金太郎だな……あれは」 
 吉田はそう言うと肩にもついていた土を払った後、シャムが置いていったゴミ袋を手に彼女のあとについていった。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常3

 シャムが部隊の入り口のゲートに到着するといつもは徹夜で警戒しているはずの警備部のメンバーがいる詰め所に人影がなかった。
「誰かいないの?」 
 バイクのスタンドを立ててそのまま警備室を覗き込む。静かに時計が時を刻んでいるばかりで人の気配はなかった。仕方なくシャムはバイクを押しながらゲートをくぐろうとした。
「何してるんですか?」 
 突然暗闇から出てきた金髪の大男の言葉にシャムはどきりとして傾いていたバイクを転がしそうになった。
「なによ!びっくりしたじゃない!」 
「びっくりしたのはこっちですよ。そこに呼び鈴があるじゃないですか」 
 そう言いながらこの寒い中タンクトップに作業服という姿の警備班員のイワン・シュビルノフに苦笑いを向けるだけのシャムだった。
「だって……」 
「いいですよ。ゲート開けますから下がってください」 
 イワンはそう言うと警備室に頭を突っ込んでボタンを操作した。ゲートが開き、シャムもバイクを押して部隊に入る。
「でも誰もいないのね……なんで?」 
 自分よりもふた周りは大きいイワンを見上げながらシャムがたずねた。イワンはしばら頭を掻いた後困ったような表情を浮かべながら口を開いた。
「うちの馬鹿三名が……夜間戦闘訓練装備の装着訓練で暗視ゴーグルを踏み潰しましてね」 
「あちゃーそれはマリアのお姉さんは怒ったでしょ?」 
 あまりの出来事にシャムですら唖然とした。法術の存在を知らしめることになった『近藤事件』以来、寄せ集め部隊の名で呼ばれていた遼州同盟司法局保安隊は著しく評価を上げることとなった。そしてその作戦遂行能力の高さと人材育成能力を買われて発足時からの隊員や部隊長の引抜が続くことになった。
 すでに管理部部長、アブドゥール・シャー・シン大尉、実働部隊隊長兼保安隊副長明石清海中佐などが新規の同盟直属部隊に引き抜かれた他、隊員達も次々と出身国の軍に破格の待遇で引き抜かれたりすることが多くなっていた。
 特に非正規戦闘を得意とする警備部のメンバーの入れ替えは激しく、年末に半分の隊員が入れ替わるという異常な状況を呈していた。そしてそのことで部長のマリア・シュバーキナ少佐が頭を抱えていることはシャムも承知していることだった。
「それで……訓練中の新兵君達は?」 
 イワンはバイクを押しながら歩いているシャムに付き従った。
「ああ、連中はグラウンドでランニングですよ。隊長の気のすむまでこき使われるでしょうね」 
「かわいそうに……」 
 冬の遅い日の出を待ちながら薄暗いグラウンドを走っている警備部員を想像してシャムもしみじみとうなづいた。
「ああ、それなら草取り手伝ってもらおうかしら」 
「それはいいですね。隊長に伝えてきます」 
 シャムの思いつきに笑顔でそう答えるとイワンはそのままグラウンドに向かう畑の道を走っていった。
「これなら今日で終わるかな」 
 そう言うとそのままバイクを押して駐車場へと向かうシャム。そして彼女の接近を知ると熊のほえる声が響いていた。
「あ、グレゴリウスの料理……」 
 シャムは荷台に目をやる。そこには発泡スチロールの箱があった。
「そうだ、急がないと」 
 彼女はそのまま走っていく。駐車場には夜間訓練の関係で警備部員の車が並んでいた。そしてその向こうには見慣れたバンが止まっていて隣には見慣れた人影が見えた。
「遅いな」 
 吉田はそう言うと端の駐輪所にバイクを止めるシャムに声をかけた。
「別に時間は自由だからいいじゃん」 
 そう言いながら荷台から箱を下ろすシャム。吉田はにやりと笑うと彼女から箱を受け取った。
「いいもの食ってるんだな。うらやましいよ」 
「だって俊平は特に味とか気にしないんでしょ?」 
「それはそうなんだけどな……もったいないような食べたいような……」 
 ヘルメットを脱ぐシャムをちらちらと見ながら吉田はただ箱を抱えているだけだった。
「ご飯作んなきゃね」 
 そのまま手のヘルメットを座席の下の開いたところに入れて鍵を閉めるとそのままシャムは奥の隊の所有する車両置き場の隣の大きな檻に向かって歩いた。
「わうー」 
 大きな熊の声が響く。シャムは笑顔で檻に手を入れると巨大なヒグマグレゴリウスはうれしそうに彼女の手をなめていた。
「俊平!開けてあげて!」 
 シャムの言葉に街灯の下で吉田は渋い顔をした。
「こいつ俺のこと嫌いだからな……」 
「そんなことないよ!ねえ!」 
「わう!」 
 大好きなシャムの言葉にうなづいているように見えるグレゴリウス。それを見ながら苦笑いを浮かべつつ吉田は電子ロックを解除した。
 グレゴリウスはしばらく周りを見渡す。全長五メートルの巨体だが、コンロンオオヒグマとしては子供のグレゴリウスはただびっくりしたように慎重に歩き始めた。
「じゃあアタシはグレゴリウスのご飯を作ってくるから!」 
「おい!待て!」 
 シャムがそのまま裏手の倉庫に向かったときにすぐにグレゴリウスは吉田に襲い掛かった。
「馬鹿!糞熊!」 
 サイボーグらしく間一髪でかわす吉田。だがグレゴリウスはうれしそうに右腕を振り上げる。
「こいつ!俺を殺す気か!」 
「こんなもんじゃ死なないからやってるんだろ?」 
「うわ!」 
 突然背中から声をかけられて吉田はバランスを崩した。その顔面に突き立てられそうになったグレゴリウスの右腕だが寸前で止まり、そのままおとなしく地面についた。
「隊長……見てたなら止めてくださいよ」 
 じりじりと後ろに下がっていくグレゴリウスを警戒しながら吉田は声の主のほうに目を向けた。
 着流し姿の保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐のすがたがそこにあった。
「だってさあ……楽しんでいるように見えたから」 
「俺のどこが楽しんでたんですか!」 
「いや、お前じゃなくてグレゴリウス君がだよ」 
「わう!」 
 嵯峨の言葉をまるで理解しているようにグレゴリウスがうなづいた。
 吉田は真剣な表情で襲いかかろうとする熊をにらみ付けた。グレゴリウスは近くに仲良しと思っている嵯峨がいることもあって殊勝な表情で腰を下ろして座った。
「なに?何かあったの?」 
 シャムが手にボールを持ちながら現れる。ボールの中にはりんごや先ほどさばいた鮭の切り身が入っていた。うれしそうにそれを見るグレゴリウス。
「はい、朝ごはん」 
 そう言うとシャムはグレゴリウスの前にボールを置いた。
「キウ……」 
「食べて良いよ」 
 シャムの一言を聞くとうれしそうにボールに頭を突っ込む。その無邪気な姿にさすがの吉田も牙を抜かれたように肩の力を抜いた。
「それより……隊長、また泊まりですか?」 
「悪いか?」 
「悪くはないですけど……皇帝の位は捨てたんでしょ?なら同盟会議のネットワークと接触できる端末から離れてもいいじゃないですか」 
 吉田の言葉に嵯峨はポケットから紙タバコを取り出しながら苦々しげに微笑む。
 惑星遼州のもっとも伝統のある国家遼南帝国。その皇帝を務めていた嵯峨だが堅苦しいのが嫌いだということで国内が安定すると宰相の位を政敵であるアンリ・ブルゴーニュ首相に与えて退位を宣言して下野した。
 だがその奇妙な行動に不信感を持っていたブルゴーニュと嵯峨のシンパ達は退位の無効を議会で議決して名目上は嵯峨はまだ遼南帝国皇帝の地位にあることになっていた。こうして嵯峨が皇帝在位中に遼州に領土を持つ国の参加した遼州同盟の司法特殊部隊『保安隊』の隊長に就任してからも両派から新法の提出前に嵯峨にお伺いを立てるのが日常となっており、嵯峨にとっては隊長の仕事よりも遼南の新法の修正に比重が置かれることになっていた。
「アイツ等も結構必死だからね……経済状況は先月の遼南元の切り上げで悪化するのは間違いないんだ。誰にでもすがってなんとか乗り切りたいんだろうな」 
「それは遼南政府の仕事でしょ?」 
「まあ……皇帝退位が認められないとねえ」 
 とぼけたようにそう言うと嵯峨はタバコに火をつけた。
 嵯峨のタバコが赤く光りだすと同時に空が白んでいくのがわかる。
「日の出だね」 
 シャムの言葉に一時食べるのを止めたグレゴリウスがシャムを見つめた。
「もう!かわいい!」 
 そう言うとシャムは巨大な熊の頭にしがみついた。うれしそうに舌をだして喜ぶグレゴリウス。それを眺めながらのんびりと嵯峨はタバコをくゆらせた。
「しかし……この状況がいつまで続くんですかね」 
「俺のこと心配しているのか?いい部下を持ったもんだなあ」 
「そんなことないですよ。法術がらみのごたごたの話です」 
 嵯峨の様子を見ながら吉田がつぶやく。それには嵯峨は答えるつもりはないというように上空にタバコの煙を吐き出した。
 そんなシャム達に近づく影があった。
 金髪の耳まで見えるようなショートヘアーの女性仕官。整った顔に浮かぶ二つの青い瞳の鋭さがその人物がそれなりの修羅場を経験した戦士であることを印象付ける。
「おはようございます、大佐」 
 いったん軽くとまった女性仕官、マリア・シュバーキナ中佐はまるで敬意のこもっていない敬礼を嵯峨にするとそのままグレゴリウスが食事をするのを眺めているシャムの隣にまで来た。
「ああ、マリアお姉さん。何?」 
「昨日頼まれていた件だ。残したのは16名だ」 
 マリアの話にシャムはしばらく天を見上げた後思い出したというように手を打った。
「ああ、畑仕事のお手伝いね。ありがとう。でも……」 
「ああ、古株の連中は家畜小屋の掃除をさせてる。まあ軍警察関係者がヤギに引っ掛けられて労災だって訳にはいかないからな」 
 そう言うとようやくその戦いの女神というような硬い表情に少しばかりやわらかい笑みが浮かんできていた。
「それじゃあ……行くよ!グリン!」 
 シャムはそう言うとグレゴリウスの首輪をはずした。当然吉田はそれを見てすぐに止めようとするが向かってくる巨大な熊を相手にしてさすがにかなわないと悟って走り出す。うれしそうな表情を浮かべたグレゴリウスもその後を追う。
「いいねえ、朝から運動」 
「でも俊平はサイボーグでしょ?」 
「関係ないよ。運動することはいい事だ……俺は宿直室で寝ているから。シュバーキナ。何かあったら」 
「了解しました」 
 去っていく部隊長に敬礼するマリア。それを真似してシャムも後姿だけの上官に敬礼をする。
「それじゃあもうそろそろ始めるか」 
 そう言うとマリアがシャムの頭をたたく。小柄なシャムはそれに笑顔で答えるとどんどん部隊の隊舎に向けて歩き出した。
「寒いな」 
「そうね、寒いね」 
 二人の吐く息が白くなっているのが照り始めた朝日の中に見える。ちょっとグラウンドのほうに目を向ければグレゴリウスに反撃しようとバットを振り回している吉田の姿があった。
「あれが伝説のハッカーの姿かね」 
「いいじゃん、身近に感じられて」 
 あきれるマリアに黙ってそう言うとシャムはポケットからカードを取り出して正面玄関の扉を開いた。
「外もそうだが中も寒いな」 
 マリアは寒さに耐えることには自信があったがそれでも冬の東都の寒さは格別だった。外惑星のほとんど太陽の恵みの届かないコロニー群で育った彼女だが、空気調整のなんとか動いているコロニーとこのような大気を持つ惑星の自然環境との違いに振り回されることが多くなって少しばかりふるさとが恋しく感じられるようになり始めた。
「ちょっと待っててね」 
 技術部の機材室の隣の粗末なベニヤ板で作った扉の前でシャムが足を止める。ジャンパーのポケットから鍵を取り出して南京錠に差し込むシャム。
「ずいぶんと年代ものの扉だな」 
「仕方ないじゃん。島田君達に頼んで作ってもらったんだから」 
 立て付けの悪い扉を開きながらシャムはつぶやいた。
「鎌と……袋……ゴミ袋」 
 シャムは早速準備を始める。マリアはそのシャムのうれしそうな様子を不思議そうに眺めていた。
「シャム、お前本当に農業に向いているな」 
「そう?でも畑仕事は大好きだし……牛の世話とかも……」 
 うれしそうにそう言うと鎌を二本マリアに手渡した。
「私も手伝うのか?」 
「お願い!意外と最近忙しくて手入れしていないのよ」 
「そう言うものか?」 
 なんとなく釈然としないマリアを置いてシャムは倉庫の鍵をかけた。
「じゃあ行こ!」 
 元気よくシャムが歩き出すのにあきれながらマリアも後をつけた。廊下を進むと目の前にはハンガーが見えた。そこには早朝だというのに人の影と機械の作動音が満ちている。
「ああ、シャムにマリア。お疲れ様」 
 ハンガーに並ぶ巨大人型兵器『アサルト・モジュール』で部隊で採用している05式の手前で部下から説明を受けていた技術部部長許明華大佐がぼんやりと歩いていたシャム達を見つけた。
「へえーエンジン交換するんだ」 
 シャムもパイロットである。自分の愛機である05式乙型の輪郭とそのエンジン部分に説明書きが集中しているところから直感でそう尋ねた。
「まあね、シャムのクロームナイトの稼働データで結構05式のエンジン出力に余裕があるのがわかったから。うちは大体が数的には劣勢状態で実戦になることが多いんだから。少しはましな機体を用意しないとね」 
 そう言いながら明華は苦笑いを浮かべた。その表情がこれ以上仕事の邪魔をするなということだと悟ったマリアがシャムの肩をたたく。
「じゃあがんばってね」 
「一応がんばっておくわ」 
 シャムは明華に手を振るとそのままゴミ袋を片手にハンガーを通り抜けた。


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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常2

「寒い!」 
 吹き付ける北からの季節風にシャムは手に手袋が無いのを思い出した。バイクに乗るときは基本今ジャケットのポケットから出しているライダーグラブをつけるのが好きだった。指は当然剥き出しで、寒さは骨にまでしみる。
「早くしよ」 
 そう言うと佐藤家の軽トラックの荷台の幌の隣においてある自分の愛用のスクーターの隣の猫耳つきのヘルメットを被った。なんとなく暖かくなる顔。フルフェイスなのでこの季節風の中を走るのには適していた。
 空には星が瞬いている。まだ空が白むには早い時間。
 シャムはすぐに遠隔キーでエンジンを吹かす。部隊の整備班がチューンしたエンジンは快調に起動した。
「さてと」 
 小型のバイクだが小柄なシャムにはちょうどいい大きさだった。またがりそのまま蹴りながら道に出てライトをつける。
 目の前を三匹の猫が驚いて駆け抜けていく。
「ごめんね脅かして」 
 そう言うとシャムは早速バイクを始動させた。軽快なエンジン音が眠ったベッドタウンの豊川市の市街地に響いた。遠くでうなりをあげているのは産業道路。シャムは部隊のある産業道路の向こうへとハンドルを切った。
 この町、豊川市の市役所の建物を抜け、そのまま駅へと向かう道を走る。何台かタクシーにすれ違うほかは車の気配はまるで無かった。
「寒いよう」 
 指先の感覚が無くなったりするのを感じながらバイクは走り続けた。そのとき突然ヘルメットの中のイヤホンに着信音が響いた。
「誰?」
『俺だよ俺』 
「俺なんて知らないよ」
『ったく誰にそんな言い方習った』
 困ったような声。その主はシャムにもわかっていたので自然とヘルメットの下の顔には笑顔が浮かんでいた。
『いい加減にしろよ』 
「わかってるよ。俊平どうしたの?』 
 相手はシャムの相棒といえる第一小隊三番機担当の吉田俊平少佐だった。彼のネットと直結した意識はシャムのヘルメットの猫耳に仕込まれたカメラで薄明かりの中をバイクを走らせているシャムの視線を読み取っていた。サイボーグである彼は時にこうしてシャムの行動を監視することもあった。
「で?何か用なの?」 
『ああ、今朝の畑仕事だが警備部の連中が手伝ってくれるそうだ』
「そうなんだ。助かるね」 
 シャムはそう言うと赤に変わった信号の手前でバイクを止めた。誰もいない交差点。市街化調整区域のぽつんぽつんと建つ建物の向こうに見える産業道路を大型車がひっきりなしに走っているのが見えた。
『それで……どうせ植物なんてネットでしか見たことがない連中だから役に立つとは思えないからな。とりあえず草でも抜かせるか?』 
「この時間に草抜きは危ないよ。まだしばらくは休んでいてもらって日が出てからにしようよ」 
 そう言うと信号が変わりシャムはバイクを走らせる。産業道路への合流口は青信号でシャムは一気にバイクを加速させた。
「それにしても……最近暇よね」 
『まあ第二小隊とアイシャは事件捜査で忙しかったみたいだけどな。俺達は蚊帳の外だ』 
「そうだよね。少しはアタシ達もお仕事したいよ」 
 シャムはそのままバイクで大型車の間を縫うように走る。そのアクロバティックな動きに思わず焦った鉄骨を積んだトレーラーの運転手がクラクションを鳴らす。
『相変わらず混んでるみたいだな……三車線じゃ足りないか』 
「うーん。まあ狭いかもね。渋滞するから昼間は」 
 そう言いながら前を見たシャムの視線に部隊の駐屯している菱川重工業豊川工場のエントランスゲートが目に入った。
「じゃあもうすぐ着くから」 
『待ってるぞ』 
 通信が切れるのを確認するとシャムはバイクを止めた。早出で出勤するらしい技術者の乗用車が並ぶ中。シャムもその行列の中にバイクで割り込むことになった。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常1

 遼州同盟司法局実働部隊、通称『保安隊』第一小隊一番機担当、ナンバルゲニア・シャムラード中尉の朝は早い。
「おはよう……」 
 誰もいない六畳間にシャムの声が響く。冬の朝三時。当然のことながら朝日などはまだまだで、部屋は冷気と暗さの中。それでもシャムはもぞもぞと起き出す。
「アルマジロは寝てていいよ」 
 布団の中には地球の南米に生息する哺乳類であるアルマジロではなく『アルマジロ』と彼女が名付けたサバトラ模様の猫がまどろんでいた。ちなみに彼女の故郷、遼州星系第三惑星『遼州』の遼南共和国ではそこにすむ大型のアルマジロを『猫』と呼ぶ習慣があった。そのため彼女の飼った猫の名前はすべからく『アルマジロ』だった。
 そんな彼女は布団から這い出すと畳の上を四足で歩いてそのまま箪笥までやってきた。二番目の棚に手を伸ばすとそのまま着ていたジャージを脱ぎ始める。
「眠い……」 
 寝ぼけ眼で近くにぶら下がっていた電気の紐を引っ張ると、暗い六畳間は一気に明るくなる。それでも相変わらずのんびりとしたペースで彼女はまず裸の上半身。ほとんどない胸にブラジャーをつけることからはじめた。だが小柄でぺったんこな胸にブラジャーを着けるのは無理矢理布を巻き付けるような形だった。そしてそのままその上の引き出しからシャツを取り出しすばやく頭を入れた。
「む……」 
 しばらく寝ぼけたように頭を振りながらシャツに頭を通すと回りを見回す。特に何も変わったところはない。外では何かを恫喝するように犬が吼えていた。いつものことなので気にもかけずにあくびをした後、シャムは今度はその上の引き出しを引っ張って中からジーパンを取り出してよたよたしながら履いてみた。
「眠い……」 
 相変わらず眠そうなシャム。だが自然とその手は隣のクローゼットから美少女戦隊モノのヒロインがプリントされた厚手のシャツに伸びていた。そのまま再びのろのろとそれを着込む。そしてようやく気分が出てきたというように自分の頬を叩いて気合を入れると天井を見上げて意識を集中させた。
「シャムちゃん!」 
 階下から彼女を呼ぶ声が響いた。シャムが下宿しているのは商店街の魚屋の二階の一部屋。大家の店主が仕入れに出かける今の時間に起きるのはいつものことだった。シャムはシャツの上にセーターを着込むと周りを確認する。
「ご飯よ!」 
「今行きます!」 
 おばさんらしい声になんとなく答えるとシャムはそのまま自分の部屋から廊下へと歩き出した。
「おう!シャムちゃんおはよう」 
 寝癖だらけの頭を掻きながらそう言ったのはこの店の亭主でありこれから市場に向かう予定の佐藤信二だった。まだ40手前だというのに妙に白髪が多いばかりでなく、最近はかなり老眼が早く進んでいて、かけているメガネを鼻の先に引っ掛けるようにしているので見た感じでは50を過ぎて見えた。
「おはよう……」 
 いまだ眠気と戦いつつシャムは食卓に腰を下ろした。両隣の椅子には主はいない。右隣の長男信一郎は今年高校受験ということで深夜まで勉強を続けていて今頃ようやく深い眠りについていることだろうそして……。 
「お母さん!私のランドセルは?」 
「昨日帰ってきてそのままじゃないの?本当に……」 
 ひょっこりと顔を出す長女の静香。小学校三年生だが小柄なシャムとほぼ同じ身長の彼女がトンとシャムの横に座った。
「朝に宿題って……いつも思うけど間に合うのか?」 
「お父さん……人間の頭は朝のほうが情報を吸収しやすいの!だから朝に勉強するんだから」 
 屁理屈をこねながら母の和美から味噌汁を受け取る静香。その光景は今の時間が午前三時前ということを感じさせないものだった。
「それなら信一郎も朝に勉強すればいいのに」 
「駄目よ。どうせ勉強せずにラジオを聴いているだけなんだから……お母さん味噌汁にまた納豆入れたでしょ!」 
「そうよ、納豆汁だもの」 
 母の一言に顔をゆがめる静香。それを微笑みながら眺めて味噌汁をすするシャム。
「そう言えばお父さん!」 
 静香に突然声をかけられてしばらく呆然とする信二だがすぐに思い立って食卓に乗ったサバの味噌煮から箸を離すと立ち上がった。
「何?またお魚?」 
「そうだ。実は品物にならない鮭をもらってきててさ。あの……グロ……テスク?」 
「お父さん!グレゴリウス!グレゴリウス……で……えーと何世?」 
 部屋の隅から発泡スチロールに入った鮭を取り出す信二に静香が突っ込みを入れた。しかしそんな彼女もシャムが勤務している遼州同盟保安隊の隊長嵯峨惟基のとんでもないネーミングセンスについていくことはできなかった。
「16世だよ」 
 早速白米を口に掻きこんだシャムは味噌汁を一口飲んでそう答える。
「でもなんで……16世なの?」 
 静香の当たり前の言葉にしばらくシャムの動きが止まる。
「うーん……」 
「ああ、名前はどうでもいいから。これ持っていってあげなよ」 
 信二の言葉にシャムは大きくうなづく。そして再び彼女の視線はテーブルへと向かった。
「シャムちゃん、バイクに乗るの?それ」 
「大丈夫だよ。荷台に括り付けるから」 
「シャムちゃん。産業道路は大型車が多いから気をつけてね」 
 心配そうに和美が椅子に座りながらつぶやく。シャムは条件反射のようにうなづきながら箸を進めた。
「それにしても……シャムちゃん小さいよね。本当に32歳なの?」 
 静香の何気ない一言に場が凍りついた。
「うーん……それはね」 
「うん」 
 元気良く静香がうなづく。シャムはそれを見るとポケットに手を突っ込んだ。
「免許書は何度も見せてもらったよ。そうじゃなくて……」 
「じゃあわかんない」 
 最後の一口を茶碗から口に入れながらシャムがつぶやいた。それを見て安心する佐藤夫婦。
「それじゃあ……お茶入れるね」 
 シャムはそう言うとすばやく椅子から降りてそのまま慣れた調子で茶箪笥に手を伸ばした。まったく普通に茶筒を出して流しにおいてある急須と湯飲みに手を伸ばして要領よく並べていく。
「本当にシャムちゃんは偉いわね……下宿代貰っているのにこんな手伝いまでしてくれて」 
「お母さん、大人にそれは失礼よ」 
 感心する母にため息をつきながら静香は立ち働くシャムの背中を眺めていた。
 湯飲みを並べ。当然のようにお茶を注ぐシャム。それを見ながらこの家の大黒柱の信二がようやく茶碗に手をつけた。
「でもいつもごめんなさいね。うちは魚屋だから朝早くに起こしちゃって。いつもお仕事で夜遅くまで大変なのに……」 
「お母さん何言っているの!シャムちゃんもこの時間からいろいろすることがあるのよねえ」 
 和美の心配する様子に静香が茶碗をテーブルに置くと遠慮なくシャムに語りかける。
「うん!グレゴリウスと畑が心配だから」 
「畑……本当にうちでは食べきれないくらいもらっちゃって。いいのよ、家賃を半額にしても」 
「だめ!最初に決めたことだから」 
 そう言うとシャムは立ち上がり伸びをする。そのにぎやかな様子に引き込まれたというように奥の部屋から寝巻き姿の信一郎が現れた。
「起きちゃったよ……もう少し静かにしてくれないかな」 
「お兄ちゃんは遅すぎ!いつの間にか部活も辞めちゃって……」 
「辞めたんじゃない。引退したんだよ。それに来月だぞ受験日。それに向けて……」 
「見苦しい言い訳」 
 妹に言うだけ言われてむっとした信一郎はそのままトイレに向かう廊下に消えていった。それを見たシャムはそのままジャンパーを叩いて再び伸びをする。
「ご馳走様!出かける準備をするね」
「お茶ぐらい最後まで飲んでいけば……」 
 和美が心配するのに首を振るとシャムは信二から受け取った発泡スチロールの箱を手に再び階段を上った。
「さてと……」 
 部屋に戻ったシャムは部屋の隅の漫画本が並んでいる書庫の隣の小さなポシェットに手を伸ばす。それを開けばポケットサイズの回転式拳銃が収まっていた。
「これでよしと」 
 それを肩にかけるとそのまま再び階段を下りる。
「行ってらっしゃい」 
 トイレから戻った信一郎に声をかけられっると照れながら手を振るシャム。
「行ってくるね!」 
『行ってらっしゃい!』 
 佐藤家の人々の声を受けながらシャムは魚屋の裏口の扉を押し開いた。

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