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遼州戦記 墓守の少女 改訂版 2

 遼南共和国の北西の北兼州への人民軍の補給路である街道を走り続ける車があった。その外には視界の果てまで続く茶色い岩山だけが見えた。この山々は北へ向かうほど険しさを増し、氷河に覆われた山頂を抜ければこの星、遼州最大の大陸である崑崙大陸の北部を占める遼北人民共和国へと続く。中堅の戦場記者としてようやく自分の位置がつかめてきたジャーナリストクリストファー・ホプキンスは照りつける高地の紫外線を多く含んだ日差しに閉口しながら、疾走する車の助手席で雑誌を読み続けていた。
「まったく、遼州では紙媒体のメディアが主流を占めていると言うのはどういうことなんだろうな。この禿山だ。このままでは地球の二の舞を舞うことになるぞ」 
 クリスはそう言いながら後部座席の大男に叫んで見せた。
「そんなことは無いだろう。この星の人口は地球の五分の一だ。それに技術レベルは地球のそれとはあまり変わらない。紙をはじめとする製品のリサイクル技術は見るべきものがあるよ。むしろこういう紙媒体とかにこだわると言うポリシーは俺は好きだぜ」 
 窓を開け外の空気を吸いながら、相棒である大男ハワード・バスは黒い筋肉質の右腕で体を支えながら、時折見える遊牧民達を写真に収めていた。
「あまり刺激しないでくださいよ。山岳民族との共存は人民政府の成立宣言の中にも明記されている重大事項ですから」 
 クリスの右隣の運転席。そこには岩山の色によく似た遼南人民軍の大尉の制服を着た伊藤隼(いとうはやと)が運転を続けていた。その腕の鎌にハンマーのワッペンが縫い付けられている。それは彼が人民党の政治将校であることを示していた。
 道は千尋の谷に沿って延々と続いている。
「しかし、誰もが必ず銃を持っているな。危険では無いのですか?」 
 クリスの質問に伊藤は笑って答える。
「彼らの銃は我々を撃つためのものではありませんよ。残念ながら我々には彼らを守るだけの戦力が無いですからね。その為に自衛用の武器として北兼軍団が支給しているものです。まあ、野犬達から家畜を守るために発砲するのに使った弾丸の数まで申告してもらっていますから問題はありません」 
 そう言いながら決して路面から目を離そうとしない伊藤。遼南人民共和国の首都とされる北天州最大の都市北都を出て二日目になる。途中、北兼山脈に入ったばかりの地点で、三ヶ月前の北天包囲戦に敗れ孤立した共和政府軍の残党との戦闘がやむまで足止めを食らったものの、クリス達の旅は非常に順調なものと言えた。
「このトンネルを抜ければかなり景色が変わりますよ」 
 伊藤はそう言うと巨大なトンネルの中に車を進める。点々とナトリウム灯の切れているところはあるものの、比較的手入れが行き届いているトンネルに入る。オレンジ色に染まった自分の手を見ながら、クリスはトンネルの内部を観察した。
「このトンネルは北兼軍閥の生命線ですから、常に点検作業と補修は行き届いています。まあ、三ヶ月前の北天攻防戦以降は補修スタッフも軍への協力が求められているんでこれからの管理については頭が痛いですが」 
 相変わらず真正面から視線を外そうとしない伊藤の言葉に、助手席のクリスは苦笑いを浮かべた。
「しかし、なぜ我々を指名で呼んだのですか?私の経歴は調べたと言っていましたが、当然その中には私の記事も含まれていると思うんだけど」 
 その言葉にようやく伊藤は一瞬だけクリスの顔を見た。そして再び視線を正面に据えなおした。
「まず言葉の問題ですね。あなたの日本語は非常にお上手だ。遼南では日本語が話せれば一部の例外的地域を除いて事は済みます。我々には通訳付きの環境が必要な記者を必要としていない。それに記事についてなら隊長が言うには『信念の無い記者は百害あって一理も無い』ということを言われましてね。それが理由です」 
 そう言うと、伊藤は車を左の車線に移した。コンテナを満載したトレーラーがその脇をすれ違っていく。クリスはそれでも納得できなかった。
 自分では信念が無い記事を書いてきたと思っていた。どれも取材を依頼した軍の広報がすべての記事をチェックしてそれから配信が認められるのは戦場では良くある話だった。それに逆らうつもりはクリスには無かった。捕虜が無慈悲に射殺され、難民が迫撃砲の的になっていることもただ担当士官の言うようにその記事を消し去って通信社にそれっぽい記事を送ってきたのが現状だった。
 クリス達を指名した嵯峨惟基が胡州の大貴族の出身であることを知っているだけに、伊藤の言葉は嫌味にしか聞こえなかった。そして今相手にしているのは遼南人民党党員の政治将校。そんなクリスの視線は悪意に変わった。
「つまり日本語のしゃべれるアメリカ人の戦場ジャーナリストなら誰でも良かったということですね」 
 クリスは皮肉をこめて言ったつもりだった。だが再びクリスに向き直った伊藤はあっさりと頷いた。
「たとえお前さんがタカ派で知られる合衆国上院議員の息子で、前の仕事がベルルカン大陸での海兵隊展開のプロパガンダ記事を書いた記者だろうがどうでも良いということだ」 
 薄暗い車内でカメラのレンズを磨いているハワード。彼の口に思わず笑みが漏れる。
「しかし、伊藤大尉。あなたは人民政府代表ダワイラ・マケイ教授直属で、高校時代からシンパとして活動しているそうじゃないですか。そのあなたがなぜ嵯峨惟基中佐の飼い犬のようなことをやっているのですかね」 
 皮肉には皮肉で返す。挑発的に伊藤を見るクリスの目が鋭くなる。記事で書くことと、取材で得た感想は多くの場合切り離して考えなければやっていけない。それはクリスにとってもはや常識としか思えなくなっていた。家を出て、アルバイトをしながらハーバード大学を卒業した彼がジャーナリストを目指したのは、彼に取材を頼む軍の幹部や政治家達を喜ばせるためでない。はじめのうちはそう思っていた。
 しかし、この世界に身を置いているうちに彼の正義感や真実を求めようとする情熱が、どれほど生きていくという現実の前で無意味かということは彼骨身に染みていた。彼が出かける先に広がっているのは、すでに結論が出尽くした戦場だった。状況を語る人々は怯えるように版で押したような言葉を口にするだけだった。ただそれを脚色し、クライアントの機嫌を損ねず、そして可能な限り大衆を退屈させないような面白い文章に仕上げること。それがクリスの仕事のすべてだった。
 これから向かう北兼州。そしてそこを支配する北兼軍閥の首魁、嵯峨惟基。父ムスガにこの国を追われ胡州に逃れ、先の大戦では敗戦国胡州の非道な憲兵隊長としてアメリカ本国に送られ、帰還してきたと思えば母の無い娘達を置き去りにして北兼軍閥の首魁に納まりこの内戦状況で対立した弟を眉一つ動かさずに斬殺した男。
 クリスには少なくとも彼に好感を抱く理由は無かった。それはハワードも同じだった。それ以前にハワードはこの仕事をうけること自体に反対だった。
 破格の報酬。検閲は行わないと言う誓約書。そして、地球人のジャーナリストとして始めての北兼軍閥の従軍記者となる栄誉。それらのことを一つ一つ説明しても、ハワードはこの話を下りるべきだと言い続けた。時に逆上した彼はコンビを解消しようとまで言いきった。
 しかし、宥めすかして北天まで連れてきて、遼北からの列車を降り立った時、ハワードは急に態度を変えた。
『子供の顔が違うんだ』 
 ハワードはそう言った。カメラマンとして、彼は彼なりに自分の仕事に限界を感じていたのだろう。監視役としてつけられた伊藤はハワードがシャッターを切るのを止めることは一切無かった。
 それどころか督戦隊から逃げてきたという脱落兵を取材している時に、駆け寄ってきた憲兵隊を政治将校の階級の力でねじ伏せて取材を続けるよう指示した伊藤にはたとえその思想がクリスには受け入れられないものだとしても伊藤が信念を持って任務を遂行していることだけは理解していた。
 そんな伊藤ももうトンネルに入ってずいぶんたつというのに相変わらず正面を見つめているだけだった。この政治将校が何故クリス達を優遇するのか、クリスは早くそのわけを知りたかった。
「ずいぶん長いトンネルですね」 
 沈黙にたまりかねたクリスの声に伊藤は頷く。その表情を見たあと、クリスはそのままナトリュウム灯の光の中、じっと周りの気配を探っていた。そしてクリスはあることに気づいた。
 すれ違う車が少ない。あまりにも少ないと言うことだった。嵯峨惟基中佐に率いられた北兼軍団は現在、北兼州南部に広がる北兼台地と西部と西モスレムとの境界線に展開しているはずだった。西モスレムとの複雑に入り組んだ国境は山岳地帯であり、その地の確保を狙う共和軍とアメリカ軍の合同軍と遼北から受け入れた亡命遼北軍が対峙しているはずだった。
 先の大戦で皇帝ムジャンタ・ムスガを追放したガルシア・ゴンザレス大統領貴下の共和軍は遼南北部で遼北人民共和国の支援を受けた北都の人民軍の拠点北天攻略に失敗し、北兼山脈を越えて敗走していた。これに危機感を抱いたアメリカ軍は出兵を決断、在遼州アメリカ軍を出動させ孤立した共和軍部隊の救助に向かうと同時に人民軍や北兼軍閥、さらに北兼軍閥とともに人民軍側での参戦を決めた東海州の花山院軍閥に対する攻撃を開始していた。そのような状態で物資はいくらあっても足りないはず、クリスはそう思ってすれ違う車を待った。
 遼南の分裂状況とアメリカなどの地球軍の介入に危機感を抱いていたこの崑崙大陸の東に浮かぶ大国東和共和国は、遼南上空における人道目的を除くすべての航空機の使用に関して実力行使を行うとの宣言を出していた。この声明が出された直後、東和の決断など口先だけだと飛ばした輸送機を撃墜されて以降、東和の介入を恐れた共和軍は物資の多くを北兼山脈の北側、人民軍の勢力圏に放棄しなければならなかった。
 その事実を嵯峨は知っているはずである。遼北での大粛清を逃れてきた嵯峨の従妹、周香麗大佐率いる『魔女機甲隊』と言う切り札的機動部隊を有しているとは言え、現在は物量の優位を生かすために物資を北天の人民軍本隊に依存するのが自然だとクリスは踏んでいた。
 だが物資を積んだトレーラーとすれ違うことは無かった。クリスを乗せた車はひたすら一台だけで猛スピードでトンネルの中を進んでいる。
「もうすぐ出口ですよ」 
 そう伊藤に言わせたくらい、この沈黙は重苦しいものだった。この前線に向かう旅の間、クリスには質問したいことが次々と出来ていた。伊藤は多くを答えてくれるが、逆にその回答の正確さにこれまで情報統制の戦場ばかりを経験してきたクリスには違和感ばかりが先にたった。
「そう言えば、ほとんど車が通っていないようだが……」 
 我慢しきれなくなったクリスがそう語りかける。伊藤は再びクリスの顔を一瞥する。かすかに小さく光り輝く点が視界に入った時、ようやく伊藤は口を開いた。
「現在、北兼軍は西部ルートを通して物資の補給を行っています。それと遼北軍部の理解ある人々や遼州星系の企業、組織には我々を支援する勢力も存在します。北天の教条主義者に頼る必要は無いんですよ。まあ戦争では何か起きるか分かりませんからこうしてルートの確保だけはしていますがね」 
 丁寧な言葉だが、最後の一言に伊藤は力を込めた。最近、遼北への訪問を繰り返す人民政府高官の動きはクリスもつかんでいた。遼南人民政府代表となったカリスマ、ダワイラ代表が病床にあると言う噂もクリスは耳にしていた。そしてこれまでの伊藤の言葉の端からそれが事実であるという確信を得ていた。
 共和軍の北天包囲作戦発動まで東海をめぐる一部の戦闘で人民軍に協力して見せたこと以外には中立を守っていた北兼軍閥の突然の参戦。独自の補給路を確保し、人民政府に揺さぶりをかけようとするその姿勢は嵯峨と言う男が優れた軍政家であることと何かしらの野心を持っていることを示しているように見えた。
 視界の中の光が次第に強さを増し、次の瞬間には緑色の跳ね返る森の中に車は入り込んでいた。
「まるで別世界だな。さっきまでが地獄ならこちらは天国だ」 
 再びカメラを外の風景に向けるハワード。確かにトンネルまでのあちこちに放棄された戦闘車両や輸送用ホバーの群れを見てきた彼らにとって森の緑と涼しい風は天国を思わせるものだった。
 遼南中部から広がる湿地帯を北上してきた湿った空気が北兼の山々にぶつかりこの緑の森を潤す。自然の恵みがどこまでも続く針葉樹の森とはるか山々に見える万年雪を作り上げた。その事実にクリスは言葉を失っていた。
 心地よい風に酔うこともできないタイミングで車内のスピーカーから無線連絡を信号音が流れる。伊藤はすぐさま受信に切り替えた。
『12号車、12号車応答せよ』無線機の声にインカムに手を伸ばす伊藤。 
「こちら12号車」 
 伊藤は静かに答えた。クリスは後部座席でシャッターを切り続けているハワードを無視して伊藤の言葉に集中した。
『第125混成連隊は現在、夷泉にて待機中!繰り返す夷泉にて待機中』 
「了解」 
 無線が切れたのを確認すると伊藤は車のスピードを落とす。インカムなのだから当然その音声が二人に聞こえないようにすることも出来た。だが伊藤はわざと人民軍の勢力圏から抜けた時点でそれが車内に流れるように設定していた。
「嵯峨中佐は現在夷泉に駐留しています。ここからですともうすぐのところですよ」 
 そう言ってクリスを見つめる伊藤の表情が穏やかになる。クリスはそれまでの緊張しきった彼の顔の印象が強いだけに、このような表情も浮かべられる伊藤に少しばかり彼の中での評価を上げた。
「まるで我々を待っていたみたいじゃないですか」 
 ハワードがそう言いながら、森の中に点々と見える焼畑の跡を写真に収める。そんな彼を無視してハンドルを切る伊藤。そのまま車は側道へと入り込み、激しい揺れが三人を襲う。
「ハワードさんの言うことは間違いないかもしれませんね。まああの人はそう言う人ですよ。いい意味でも悪い意味でも」 
 そう言うと伊藤はまた少しスピードを落とした。針葉樹の森が続いている。その根元には先の大戦時の胡州の軍服に赤い腕章をつけた北兼軍の兵士がちらほらと見えていた。
「軍服の支給はまだのようですね」 
「ご存知でしょう?北兼軍には胡州浪人達が多く参加していますから。どうせ支給しても着替えたりはしませんよ」 
 再び伊藤は運転に集中した。森が急に終わりを告げて目の前に現れた検問所のバリケード。牛を載せたトラックと水の入ったボトルを背中に三つもくくりつけた女性が兵士に身分証を提示していた。
 ハワードはその光景にカメラを向ける。しかし、兵士は気にする様子も無く、女性から身分証を受け取って確認を済ませると笑顔でその後ろに続くクリスの車に歩み寄ってくる。
 兵士はその運転手が伊藤であることを確認すると一度敬礼した。
「良いから続きを頼む」 
 フリーパスでもいいというような表情の兵士に伊藤が身分証を手渡した。
「伊藤大尉。別にこれを見せられなくても……」 
 そう言ったクリスに向ける伊藤の目は鋭かった。
「それが軍規と言うものですよ。お二人とも取材許可証を出してください」 
 伊藤の言葉に従って、クリスとハワードはそれぞれの首にかけられた取材許可証を手渡した。兵士達はそれを手持ちの端末にかざして確認した後、にこやかに笑いながら手を振った。
「取材の成功。お祈りしています」
 兵士の言葉に愛想笑いを浮かべたクリス。車はそのまま細い砂利道を走り続けクリスがたどり着いた夷泉は村とでも言うべき集落だった。藁葺きの粗末な農家が続き、畑には年代モノの耕運機がうなりを上げ、小道には羊を追う少年が犬と戯れていた。ハワードは彼を気遣って車を徐行させる伊藤の心を読み取って、三回シャッターを押すとフィルムの交換を始めた。
「まるで四百年前の光景ですね」 
 クリスはそう漏らした。彼が見てきた戦闘はこのような村々で行われていた。貧困が心をすさませ人々に武器を取らせる。そしてさらに貧困が国中に広がる。貧困の再生産。貧しいがゆえに人は傷つけあう。はじめに従軍記者として提出した記事にそんな感想を書いて検閲を受けたことを思い出していた。
「見えてきました」 
 それは遼南では珍しいものではない仏教寺院だった。大きな門を通り過ぎ、隣の空き地に車を乗り入れる。フィルムの交換を終えたハワードは彼の乗った車を追いかける少年達をカメラに収めることに集中していた。寺の隣の鉄条網の張られた駐留部隊基地の門の前、クリスはそこで子供達が一人の青年士官の周りに集まっている光景を目にした。
 佐官の階級章をつけた胡州軍の戦闘帽が目立つ男は微笑みながら手にした竹の板を削っている。一番年長に見える少女は将校から受け取ったヘリコプターの羽だけを再現したようなおもちゃを空に飛ばし、子供達はそれを追いかけていた。にこやかに子供達を見て笑っている青年士官はクリス達の車に目を向けてきた。制服は伊藤と同じ人民軍の士官の型のもので、その腰に朱塗りの鞘の日本刀を下げているところから見て胡州浪人の一人だと思いながらクリスはその士官に微笑を返した。
「ホプキンスさん。あの方が嵯峨中佐です」 
 サバイバルナイフを鞘に収め、そのままゆっくりとクリスのところに歩みよってくる男。その突然の紹介にクリスは驚きを隠せなかった。
 正直、クリスが資料用の写真で見た印象とはその軍閥の首魁の姿はかなり違っていた。資料では32歳のはずだが、その子供と遊ぶ姿はどこと無く幼く見えた。常に無精髭を生やし、眉間にしわを寄せて、見るものを威圧するような視線を投げている写真ばかりを見てきたが、目の前にいるのは髭をきれいに剃り、満面の笑みを浮かべている明るい印象のある青年将校の姿だった。
 クリスはとりあえず止まった車から降りた。子供達は嵯峨の周りに固まってクリス達を不思議なものでも見つけたような目で見つめている。中央の嵯峨は、とりあえず彼らの輪から脱出すると、クリスに握手を求めてきた。
「ご苦労さんですねえ。まあしばらくは一緒の飯を食うんですからよろしく頼みますよ」 
 そんな心の中を見透かしたように笑みを浮かべる嵯峨。資料の写真とかつて遼南派遣の胡州軍憲兵隊長として狂気さえ感じる残忍なゲリラ狩りを行い『遼州の悪霊』とまで言われた男。
 今、目の前にいる青年将校嵯峨惟基中佐とその印象をどうつなげて良いのかクリスには分からなかった。ただ呆然と立ち尽くしているクリスは、ハワードのカメラのレンズがこちらを向いていると言う事実に気づいてようやく握手をすることが出来た。
「伊藤、すまねえな。あれだろ?どうせ党本部じゃあ司令部のお偉いさんの小言の嵐くらったんだろうな。お偉いさんは現場のことは知らないし知るつもりもねえからまあ気にするなよ。早めに仮眠でも取っとけ。仕事なら山ほどあるんだから」 
 そう言うと嵯峨は荷物を降ろすのを手伝おうと言うように車の後ろに回り込んだ。
「良いですよ、嵯峨中佐!取材機器は我々が運びますから!」 
 そう言って嵯峨の前に立ちはだかろうとするクリスを泣きそうな目で見つめる嵯峨。
「信用がないんだねえ。大丈夫ですよ。あんた等の持ち物に細工するほど暇じゃねえから」 
 そう言うと車の後ろのドアを開いて、嵯峨は丁寧にハワードのカメラケースを取り出した。
 ハワードが神経質そうにそれを受け取るとケースを地面に下ろし、嵯峨はクリス達の身の回りのものを入れた荷物を降ろす。空になった後部座席を見ると嵯峨は軽く屈伸運動をする。子供達はその様子を遠巻きに見ていた。
「これから仕事だから」 
 頭を掻きながら嵯峨がそう言うと子供達は手を振って別れを告げる。次々と走って帰路に着く子供達。ようやくそこで嵯峨はクリスに向き直った。
「やっぱり結構ありますね荷物。部下に後で運ばせますよ。あのグラウンドの向こうに見えるのが宿舎です。まあそれほど長くは使わないでしょうがね」 
 そう言い残して嵯峨は歩き始めた。クリスが見回すと、巨大な格納庫の前で部隊員が野球に興じていた。だが荷物を指差す嵯峨の姿を見つけると、やんやと野次を飛ばしていた野次馬達が群れを成してクリスとハワードの荷物に駆け寄ってきた。
「カメラケースは慎重にお願いしますよ!」 
 ハワードの叫び声に頭を下げる兵士達。嵯峨はただ先ほど指差したプレハブの建物に歩いていく。
「ずいぶん余裕があるようですね」 
 クリスは自分の私物と通信機器が入ったバッグを背負いながらその後に続いた。
「ああ、うちの軍閥には正規部隊出身の精強部隊がありますから。現在ここから700キロ離れた地点で合衆国の軍隊と対峙してますよ」 
 さらりと言う嵯峨の口元に笑みがこぼれる。クリスは嵯峨の他人事のように話す口ぶりが気になっていた。
「しかし、北兼軍閥の指揮権はあなたにあるんじゃないですか?」 
 その言葉に嵯峨は歩みを止めた。
「それは違いますね。確かにこの軍閥が私を中心に成長したことは認めますよ。だが、適材適所という言葉があるでしょ?私は正直これだけの大部隊を指揮した経験がないんでね。そこに周香麗と言う実績のある指揮官が来た。勝つ戦争をしようと思ったら、それにふさわしい指揮官が必要になるわけですよ」 
 『遼北の魔女』と呼ばれた前の大戦でのエースであり地球軍との何度かの軍事衝突の際には軍の幹部として的確な指示を出して優位に戦いを進めた実績のある周香麗の実績は確かに彼の言葉が本心からだとしても不思議なものではないとクリスは納得した。だが嵯峨はそう言いながら胸のポケットからタバコを取り出すのに思わずクリスの顔は歪んだ。クリスはあまりタバコは好きではなかった。そんなクリスを見て嵯峨が微笑みを浮かべる。
「なるほど、タバコはお気に召さないいようですな」 
 そう言うと火も付けずにタバコをくわえたまま歩く嵯峨。衛兵の敬礼に手を振りつつ彼はプレハブの建物に入った。
 一階のオペレーター室は通信、監視、物資管理の人員が忙しく行きかっている。嵯峨はそれに一々頭を下げながら階段を上り始める。
「私が知る限り一番便利な兵器は情報ですよ。まあ、そんな説教をされる覚えはホプキンスさんには無いでしょうがね」 
「クリスで結構です」 
 苦笑いの嵯峨の後ろについていくクリスとハワード。階段は木製で野戦用ブーツの三人の足音が大げさに響く。上りきった二階の踊り場、嵯峨を見つけて駆け上がってきた女性下士官が一枚の書類を嵯峨に渡した。嵯峨はそれを持ったまま二階の踊り場で頭を掻いた。そしてクリスを振り返り彼が身の回りの品を入れた手荷物を持っていることに気づいた。 
「ああ、荷物持ってきちゃったんですか。この隣なんですよ宿舎は。まあ面倒ですからそこに置いてついて来て下さい」 
 そう言うと嵯峨は手に書類を持ったまま廊下を静かに歩き始めた。クリスとハワードは顔を見合わせると、荷物を廊下の端に置いて、嵯峨の入った司令室に入り込んだ。
 司令室に入ったとたんに猛烈なタバコの匂いが入るものに容赦なく襲い掛かる。クリスは思わず鼻を押さえた。
「すいませんねえ、今、窓開けますから」 
 そう言って窓を開く嵯峨。その妙に人懐っこいところが鼻に付く。クリスはそう思いながら部屋を見渡した。そしてすぐにこの部屋の異様さに気づいた。室内にしみこんだタバコの匂いだけがクリスを驚かせたわけではなかった。部屋中に広がる書類や銃器の部品。そして暑く積もっている鉄粉のような埃。
「別に面白いものは無いでしょ。どうにも片付けると言うことが苦手でしてね、私は」 
 そう言って嵯峨は連隊クラスの部隊司令にふさわしいゆったりとした皮の椅子に腰掛けた。その目の前では上に置かれたガラクタが積み上げられて完全に機能を失っている大きな机がある。
「私は整理整頓と言うのが出来ない質でしてね。娘にはいつも叱られてばかりですよ」 
「娘さん……茜さんでしたね。おいくつになられますか?」 
 クリスの頬を外からの風が撫でる。ようやく新鮮な空気が入ってきたことで少しばかり表情を和らげることができた。
「12歳になりますよ。今は東和の中学に言ってるはずですがね。本来はこっちの学校に行かせたかったんですが、本人が東和で弁護士をやりたいと言うものでして」 
 そう言うと嵯峨はくわえっ放しだったタバコに火をつけた。この奇妙な人物に子供がいる。しかも娘が二人いることをクリスは思い出していた。
「そう言えばもう一人、双子のお子さん……楓さんでしたか。そちらは?」 
 嵯峨はタバコの煙を胸いっぱいに吸い込むと、ようやく落ち着いたと言うように腰の刀をベルトから外そうとした。
「ああ、あいつは胡州の海軍予科前期校に受かったって言ってたな。知ってます?胡州の軍学校もようやく男女共学になったらしいんですよ。俺のときは野郎ばかりでむさ苦しくってねえ」 
「はあ」 
 そう言いながらテーブルの埃を指でかき回している嵯峨。クリスはまだこの男のことが測れずにいた。 
「失礼します」 
 扉が開き、女性の士官が一人と女性技官が二人、書類を持って現れた。背の高いライトグリーンのツインテールの髪の女性士官。その隣には幼く見える技官の徽章をつけたショートカットの黒い髪の士官の切れ長な目が不審そうにクリス達を見つめる。その攻撃的な視線を避けた先、銀色の髪の女性技官の姿にクリスの目は釘付けにされた。ボーイッシュなショートカットのその技官の頬を機械油のはねた後が飾っている。そんなクリスの視線に気がついたのか、技官は軽く微笑むと、上司らしい小柄な東アジア系のように見える先ほどの厳しい目つきの士官の横で直立不動の姿勢をとった。
 先頭を歩いてきた士官はクリスをまるで無視すると書類を嵯峨に手渡した。それを見たキツイ目つきの少女が一歩足を踏み出してふたまわりも大きな嵯峨を見上げる。
「こちらが二式の運動性能テストの結果です。すべて隊長が出された必要運動性能はすべてクリアーしています」 
 嵯峨はそれしか言わない少女に目を向けた後すぐに手にした書類をめくり始める。
「やるねえ、菱川の技術陣も。前の試作機はかなりぼろくそにけなしてやったからな」 
 そう言うと嵯峨はクリスの方を見た。部屋を出るべきタイミングらしいと思い、埃だらけのソファーから立ちあがろうとしたクリスとハワードを手で制する嵯峨。
「待ってくださいよ、文屋さん。ああ、この人達が例のお客さんだ。クリストファー・ホプキンスさんにハワード・バスさんだ」
 その紹介に不意を疲れたように驚いて見せた女性士官の表情が緩む。 
「失礼しました。私がセニア・ブリフィス大尉です。そしてこちらが……」 
 地球人にはなりライトグリーンの髪。おそらくこの遼州系ではよく見るクローン人間だろうとクリスは思った。だが彼の先入観にある神の禁秘に触れた忌むべき存在と呼ぶには彼女はあまりに生き生きとした表情を浮かべている。むしろ手前の小柄なアジア系の少女士官の方がどこかぎすぎすした空気をまとっていた。そんな心の中を読みきったと言うように敵意をむき出しにして見上げてくる少女の口が開く。
「許明華技術中尉です。そして彼女がキーラ・ジャコビン曹長」 
 たぶん自分が地球のそれも敵対するアメリカ軍にも顔の効く記者だと知っているのだろう。少女は不機嫌だと言うことを強調するようにそう言った。そんな幼さからでる露骨な感情に困った表情を浮かべる銀色の髪のキーラという名の技官。
「キーラ・ジャコビンです!」 
 赤みを帯びた瞳でクリスを見つめるキーラに、思わずクリスは自分の顔に動揺が出ているのではないかと焦りを覚えた。人造人間の開発は遼州外惑星の国家ゲルパルトが大々的に行っていたことは有名な話だった。技術上の問題点から女性の生産が先行して行われたもののほとんどが戦争に間に合わず彼女達の多くが培養ポッドの中で終戦を迎えた。
 生まれるべきでない彼女達の存在。アメリカ等の地球諸国は培養ポッドの即時破壊を主張し、一方で彼女達の保護を主張する東和や遼北との間の政治問題となったことを思い出した。そしてそのを主張する保守派をまとめていたのがクリスの父親だったことを思い出して自分の頬が引きつるのをクリスは感じていた。
「そう言えば、ホプキンスさん。先月号のアメリカ軍の機関紙の記事は興味深かったですねえ」 
 そして悪意は別のところから飛んできた。皮肉のこめられた明華の視線。確かに軍の機関紙で北兼軍閥の危険性を説いた記事をクリスが書いたのは事実だった。にらみ合う二人。それに負ければ技術系の説明はすべて軍事機密で通されるかもしれないと、気おされずににらみ返すクリス。だが、その幼げに見える面差しの明華は嘲笑のようなものを浮かべてクリスとハワードを眺めるだけでただ沈黙を続けるだけだった。
「それはどうも。それと失礼ですが許中尉。失礼ですがずいぶんお若く見えますが……」 
 明らかにクリスのその言葉にさらに不機嫌な顔になる明華。
「私に会うと皆さん同じ事を言うんですね。十六ですよ。これでもちゃんと遼北人民軍事大学校工業技術専攻科を出てるんですけど」 
「天才少女って奴だねえ……」 
 嵯峨の添えた言葉にキッと目を見開いてにらみつける明華。嵯峨は机に置かれた扇子を取り出して仰ぎながら目を反らした。
「そうですか」 
 そう言いながら二人の女性士官とはかなげな印象が残る女性下士官を観察するクリス。
 遼北に多い中華系遼州人の女性将校。遼北で進む軍内粛清運動から逃れて来たと考えれば、彼女の存在はそれほど珍しいものではない。実際技術者の亡命騒ぎは去年の年末に何度と無くマスコミを賑わせたのは誰でも知っている話だった。
「隊長、私の紹介はしていただけないのですか?」 
 柔らかい声で彼女は嵯峨に声を掛けた。いかにも待っていたと言うように笑う嵯峨。
「そうだな、じゃあこいつがセニア・ブリフィス大尉、当部隊最強のペッタン娘だ」 
「隊長!セニアをからかうのはいい加減止めなさいよ!」 
 嵯峨の声が終わるや否やきつい口調で食って掛かる明華。嵯峨の言葉にクリスとハワードの目がセニアの隠そうとする胸に向かう。確かにそこにはささやかに過ぎるふくらみが隠されていた。
「おっかないねえ……うちの技官殿は。ただな、俺は日常に潤いを……、生活に笑いを求めてだな……」 
 わけの分からない言い訳をしながら扇子で顔を扇ぐ嵯峨。ハワードが笑いを漏らそうとして、明華ににらみつけられてクリスに目をやってくる。
「私は?」 
 銀色の髪のつなぎを来た下士官が挑戦的な瞳で嵯峨を見つめている。嵯峨はどこか含むところがあるように大きく咳払いをしてから口を開いた。
「こいつがキーラ・ジャコビン曹長。二式の整備責任者と言うことで」 
「二式。アサルト・モジュールの型番ですね」 
 クリスは場に流されまいと、そう切り出した。あからさまに面倒そうな顔をする嵯峨。
「隊長、よろしいのですか?」 
 クリスの言葉に、明華は静かに嵯峨を見つめた。嵯峨はそれを聞くと背もたれに寄りかかって大きく伸びをする。
「どうせ明日からの作戦には出すつもりだからな。知っといてもらってもいいんじゃないの?明華、キーラ。案内してあげてよ。俺はこれからセニアとパイロットの指導について話があるんでね」 
 嵯峨は投げやりにそう言うと再びタバコに火をつけた。
「それではお二人ともよろしいですか?」 
 すでにドアを開いてきつい視線でクリスを見つめる明華と静かな物腰でクリス達を待つキーラ。
「写真は撮らせてもらえるんだね」 
 ハワードはカメラを掲げる。明華は嵯峨の方を一瞥する。セニアに机の上のモニターに映ったデータの説明を始めようとしていた嵯峨が大きく頷く。
「隠し事するほどのこともねえだろ?アメリカさんの最新鋭機に比べたらあんなの子供だましだよ」 
 嵯峨のその言葉で、明華は大きく頷いた。
「名称からすると遼北開発のアサルト・モジュールですね。ですがその名前はライセンス生産とかではないような」
 そんなクリスの言葉にあからさまに嫌な顔をしながら明華は口を開く。二式という名称は胡州と遼北の人型兵器『アサルト・モジュール』の呼称としては一般的なものだった。その後に『特戦』と付けば胡州、『特機』と付けば遼北の名称になる。ちなみに似た呼称を付ける東和だが、こちらの場合は現在最新式の呼称は『01式特戦』であり『まるいち』と言う呼び方に決められていた。そんなことを悟ってかちらりと明華が後ろを付いてくるクリスの方を振り向く。 
「正式名称は二式特機試作局戦型です。開発は遼北陸軍工廠ですが、まあ見ればどこに委託して開発していたか分かると思いますけど」 
 そう言うと明華は司令室を出る。嵯峨が視線を投げ、キーラも二人の後ろに続いて部屋を出た。
「ああ、荷物なら部屋に運んでおきましたよ」 
 階段で待っていた伊藤の突然の声がそう告げる。彼はクリスの前を歩く明華を見て少しばかり意外そうな顔をしていた。
「二式のお披露目をするんですか?」 
「ええ、隊長命令よ」 
 そう言うと明華は伊藤を無視して階段を下っていく。
「いきなりスクープじゃないか。さっき『委託』って言ってたって事は、どこかの国か企業が開発に協力したって事だろ」 
「相談事は小声でしていただけますか?菱川重工ですよ」 
 さらりと明華が話した言葉にクリスは目を見開いた。
「菱川?つまり東和共和国首相、菱川重三郎の会社じゃないですか!」 
 クリスは一言だけ言って隊舎から出て行こうとする明華に叫んだ。
「東和は遼南でのアメリカの利権獲得に危機感を抱いているのはご存知よね?悪名高い『遼南航空戦力禁止宣言』にあるとおり、遼南共和政府のアメリカ軍との共同作戦開始と言う事実に対抗する布石として二式の開発を遼北から請け負っていたわけ。まあ、遼北国内の教条主義勢力の反対で試作段階で計画は頓挫しちゃったけど」 
 明華は振り向かず、そのまま隊舎の隣の巨大な格納庫群に向かって歩き続けている。野球に興じていた隊員、そのピッチャーをしていた色白の男がクリス達に向かって歩いてきた。
「明華!何してるんだ?」 
 男は作業服の袖で流れる汗を拭きながら明華の前に立った。
「邪魔よ!」 
 男を避けるとそのまま隣の格納庫へ向かおうとする明華。男はそれでも諦めずに彼女について歩く。
「あのなあ、一応、この人たちはプレス関係者だろ?ここの中のもの見せちゃって大丈夫なのか?」 
 男はそう言うと、キーラの方に目をやる。キーラは黙って明華を見つめた。そんなキーラに視線を奪われるクリス。キーラの銀色の髪が風になびいている。
「御子神中尉。これは隊長の許可を取っているのよ。どうせ明日からは敵にもその姿をさらすことになるんだから」 
 御子神中尉と呼ばれた男は頭をかきながらクリスの方を警戒しながら見つめている。いつの間にかこの騒動を聞きつけて、野球をしていた隊員や、観戦していた女性兵士までもが集まり始めた。
「それじゃあ入るわよ」 
 そう言うとまるで生徒を引率する教師のように、明華は先頭に立って格納庫の隙間から中へと入る。クリスとハワード、キーラが続く。その後ろにはぞろぞろと御子神達野次馬連が続く。
 薄暗い光の中、そびえ立つ12.05メートルの巨人。
「これが通称『二式』。北兼軍の誇る最新戦力よ」 
 誇らしげに明華の声が響く。退屈そうに偽装作業を進めていた隊員がクリス達を眺めている。
「じゃあ、写真撮らせてもらうんで!」 
 そう言うとハワードは点検中のレールガンを避けるようにしてそのまま六機の二式に向かって歩いていく。
「これが東和製?」 
「そうですよ。整備性重視の中国や遼北の機体には見えないでしょ?あくまでパワーと運動性の上昇のために各部品の精度はかなりシビアにとってあるわ」 
 誇らしげに言う明華。確かに見慣れたアメリカの旧式輸出用アサルト・モジュールM5と比べると無骨に見えるその全景。だが、間接部などどちらかと言えばクリアランスを取ることが多い遼北の機体とは一線を画すタイトな作りが見て取れた。
「確かにどこかしら東和やアラブ連盟のアサルト・モジュールっぽいと言えなくも無いような」 
 頼りなげにつぶやくクリスをかわいそうなものを見るような目で見つめる明華。にらみつけるような明華の視線に困って逸らした目の先にクリスはオリーブ色の二式の機体の向こうに黒い大型のアサルト・モジュールがあるのを見つけた。
「あれは何ですか?」 
 二式を撮りつづけているハワードを置いて、クリスは歩き出した。
「ああ、あれね。隊長の四式よ」 
「四式?」 
「まったく遼北と胡州は型番の呼び方が同じだから混乱するわよね。四式試作特戦。先の大戦で胡州が97式特戦の後継機として開発を進めていた機体よ。結局、その当時としてはコンパクトな機体に、おさまるエンジンの出力不足が原因で開発は中止。そのまま胡州軍北兼駐留軍に放置してあったのを前の大戦で使ってからあれがしっくり行くって言う隊長の為に何とか予備部品を見つけてレストアした機体ですよ」 
 黒い、二式より一回り大きな機体。頭部のデュアルカメラが胡州のアサルト・モジュールらしさをかもし出している。
「そう言えば、前の戦争では嵯峨中佐は試作のアサルト・モジュールを愛用したと言うことですが、それがこれですか?」 
「違うわよ。隊長の愛機だったのは三号機。でもこれは人民軍に鹵獲された一号機よ」 
 明華はクリスに寄り添うように付いてくる。クリスは彼女の顔を見た。何かに気づいてもらいたいとでも言うように、わざとらしくクリスの視線を漆黒の巨人に導こうとしている。
「すいません!許中尉!ジャコビン曹長!それに御子神中尉」 
 そんなやり取りをしていたクリス達に格納庫の入り口で角刈りの少年兵が叫んでいる。
「おい、柴崎!なんで俺だけとって付けたように言うんだ?」 
 御子神は入ってきた少年をにらみつける。だが、気が強そうな伍長の階級章をつけた少年は逆に皮肉めいた笑みを浮かべて突っ立っている。
「ああ、紹介しておくわ。第二小隊の二番機の専属パイロット柴崎浩二伍長。うちでは隊長が太鼓判を押した期待の新人よ」 
「へっへっへ。どうも」 
 どこか粗野な雰囲気のある少年士官が右手を差し出す。クリスは彼の握手の申し出に応じた。
「外人さんですか。わざわざうちに来るとは変わってますね」 
 言葉のどこかに棘があるような語調に少しばかりクリスは嫌悪感を感じた。
「それと紹介しておいたほうが良いかしら?」 
 そう言うと明華の言葉を察したと言うように二人の女性士官と小柄な一人の男性下士官が前に出た。
 色黒で、がっしりとした体格の青年下士官。赤い髪を肩の所で切りそろえたような長身の女性士官。そして紺色の髪を後ろで編み上げた女性士官が敬礼をしている。
「まず彼が飯岡小十郎軍曹。胡州出身で海軍のアサルト・モジュール部隊に在籍していたベテランよ。それに柔道家なんですよね」 
「自分はそれほどでもありません!」 
 頑丈そうな腕をさらして敬礼する飯岡。そして隣で赤い髪の女性士官が釣られて敬礼する。そんな様子を見ながら紺色の女性士官は笑いをこらえていた。
「そして、彼女がルーラ・パイラン少尉。遼北の周大佐が先の大戦で率いた『魔女機甲隊』は有名でしょ?パイロット不足ということでそこから私のコネで見つけてきたのよ。二式の試験ではパイロットでは一番良い成績だったわね」 
 静かに敬礼するルーラ。そして自分の番だと言うように敬礼する紺色の髪。
「じゃあ柴崎君。何で私達を……」 
「紹介してくださいよ!」 
 取り残された准尉の階級章の女性士官が叫ぶ。仕方が無いというように明華は咳払いをした。
「彼女が……」 
「レム・リスボン准尉です!第一小隊三番機担当です!みんな拍手!」 
 周りを取り巻く隊員達がいかにも仕方が無いというように拍手を送る。目を細めてその歓声に答えるレム。 
「遊んでると怒られんじゃないですか?明日の作戦の説明があるとかで楠木少佐が待ってますよ!」 
 その言葉を聴くと、女性陣はなぜか大きくため息をついた。

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なんか、最後まで読んじゃいましたよ(笑)
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