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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 4

 不審そうにあたりを見回す要。茜はわざとランやラーナを壁にして誠達の足を止める。しばらくしてふと横を向いた要。そのまま手の後ろに組んだ両手を離し、静かに後ずさる。
「おい……なんだよ……なんだよこれは!」 
 これほどうろたえる要を誠は初めて見た。要はそのまま茜に飛びついてその襟首をつかむ。
「落ち着いてくださいな。要さん」 
 それまでは『要お姉さま』と呼んでいた茜が冷静にそう言って要の頬に手をやる。要は明らかに動揺し震えた両手で茜の襟を掴んで離せないでいる。
「びびらねーんじゃ無かったのか?」 
 そう言って笑おうとするランをにらみつける要。
「このちび!知ってたな!知っててつれてきやがったな!」 
 怒鳴りつける要。その時聞いたことも無いような獣の咆哮が誠達の耳にも届いた。要はそれを聞くと耳をふさぐ。そしてまるで子供のようにしゃがみこんだ。
「茜ちゃん。じゃあ行きましょう」 
 そのままアイシャが一人歩き出す。それにあわせてカウラも誠の肩を叩く。
「これも任務だ」 
 カウラの声で気を取り直した誠は刀を袋から取り出して鞘を握る。振り返るとサラと島田が不安そうに誠達を見つめていた。
「大丈夫よ。技術者の方々も見てる代物よ。噛み付いて来たりはしないわよ」 
 そう言って進んでいたアイシャが立ち止まった。カウラは警戒したように歩みを止める。そこに再び獣の雄たけびのようなものが響く。
「悪趣味ね」 
 アイシャはそう言い切ると誠を見つめて笑った。
「悪趣味ですか……それで済む代物なんですか?」 
 誠はアイシャの影に入り込みながら強化ガラスの中にある黒い塊に目をやった。
 はじめは何がそこにあるのか分からなかった。正確に言えばそれは誠の思いつく生物のどれとも違う形をしていて種類や名前という定義づけが難しいからだろう。それはあえて言えば海胆か海鼠と考えれば分かりやすいが、海胆や海鼠が吼えるわけも無かった。
 丸い、巨大な塊、肌色のその物体から何かが五、六本突き出すように生えている。その生えているものが人間の手や足と似ていることに気づくまで数分かかった。そしてその丸い脂肪の塊は細かく震えながら床をうごめいていた。その表面に見えるのは目のようなもの、口のようなもの、耳のようなもの。そしてところどころから黒い長い毛が伸びているのが分かる。
「茜さん……クバルカ中佐……」 
 その物体から目を離すことができた誠は近づいてくる二人の上官に目をやった。二人とも腕組みしたまま黙って誠を見つめていた。
「成れの果てですわ。法術適正者の」 
 そう言うと茜はガラスの窓の隣の出っ張りに携帯端末を載せた。開いた画像には女子高生とサラリーマン風の中年の男、そして小学生くらいの男の子の姿が写されていた。
「こうなってはどうするべきか分からないけど、この三人の遺伝子データと一致するサンプルが見つかっていますの。おそらくは……」 
「おい、こいつはどこで見つかった……って聞くまでも無いか」 
 要の言葉に静かに頷く茜。東都港湾地区か沖の租界の周りででも発見されたのだろう。相変わらず目の前の饅頭に手足がむやみに生えたと言う物体がうごめいている。
 その時、誠は気づいた。手にしていた剣から熱いものが手のひらを経てそのまま頭の先まで達するような感覚を。
「神前さんは何か気づいたことは?」 
 そう茜に言われて自然と誠は手にした刀を茜に差し出した。
「やはり待機状態に入ったようですわね」 
 茜はそう言うと口元に笑みを浮かべた。その視線は誠の手と握られた刀に向いていた。
「待機状態?なにか?この法術適正者の成れの果てを見てこいつがビビルと何かが起きるのか?」 
 そんな要の言葉を無視して茜は開いた端末を仕舞うとさらに奥へと歩き始めた。
「まだこんなのが続くんですか?」 
 島田は明らかに食傷気味で手を握ってくるサラと一緒に一歩遅れて誠達に続く。隣の部屋は完全に金属のようなものが先ほどの強化ガラスの代わりに壁面を覆っていた。
「見えないわね」 
 アイシャがそう言うが、茜はその中央に覗き穴があるのを指差す。すぐに覗くアイシャ。だが、茜は中には関心が無いというように誠の手の中の刀を見つめていた。
「やはりなんか感じます。でも嵯峨警視正、なんなんですかこれは?法術師の成れの果てって……聞いたことが無いですよ」 
 誠は正直中にあるだろう人であった物体には興味が無かった。いや、興味を持たないようにしていた。あれが法術適正者の成れの果てと言うならば、誠が同じ姿を晒すことになっても不思議ではない。
 あえて中を見ずに誠は茜を見つめる。
「そうね、自己防衛本能が形になったようなものと考えていただければ良いと思いますわ」 
 それだけ言うと茜はそのまま中身を見終えたアイシャの隣の出っ張りに再び携帯端末を置く。中を見終えたアイシャと要がこの中の物体に変わってしまった人間の身元を眺めていた。人のよさそうな青年の顔がそこに浮かんでいる。
「神前、お前の番だ」 
 中を覗き終えたカウラがそう言うので仕方が無く誠は覗き穴に目を近づけた。
 レンズに汚れがついているようで赤いものと黒いものがうごめいているような視界の中にしばらく誠は黙り込んで目を凝らした。だが、次第にその形がはっきりしていくにしたがって再び震えのようなものが体を支配していくのを感じていた。しばらくしてそこに人影があるのを発見して大きく息をする誠。さらに集中して覗き穴を見つめる。手にした刀が熱く感じられてくる。
 そこにはズボンをはいた上半身裸の男がいた。その男からは黒い見たこともない種類の煙が立ち上っている。
「見えるだろ?」 
 ランの言葉に誠は集中して中の男を見つめる。両手を挙げた男が、そのこぶしで自分の頭を叩いた。そのこぶしは頭蓋骨を砕いてそのまま頭にめり込む。血が吹き上げ、辺りを赤く染めた。
 思わず目をそらす誠。
「何が見えた?」 
 再びランが聞いてくる。誠は答える代わりに再び中を覗き込む。
 男の自分の頭にめりこんだこぶしが黒い霧に覆われている。その霧は頭の傷跡から血に代わって吹き上がり、すぐに頭を覆いつくした。うなり声を上げながら男が両手を差し上げるころには、へこんでいた頭の形が次第に元の姿に戻りつつあるように見えた。
 そこで誠はそのまま覗き穴から目をそらして彼の後ろに立ち尽くしている茜の顔を見た。
「ご覧になりまして?」 
 茜の言葉。誠は感想を言おうとするが、口が震えて声にならなかった。
「あれが『仙』と呼ばれる存在だ」 
 ランの言葉にどこと無く悲しげな色があった。
「以前シュペルター中尉から聞いたんですが『仙』て……」 
 そう言って誠はランを見つめる。
「不老不死。年をとることも死ぬことも出来ない半端な生き物さ。多くは法術適正が高いから暴走すればその部屋のアンちゃんと同じようになっても不思議じゃねー。そう言うアタシもそうなんだけどな」 
 ランは笑った。その笑いには誠でも明らかに虚勢が見てとれた。
「若いままでしょ?良いことじゃないの」 
 そう言って見せたアイシャだが、にらむようなランの視線に黙り込む。
「この中の人にはもう理性も何もないんですわ。ただ壊したいと言う衝動があるだけ。鉛の壁に覆われて干渉空間も展開できず、かといって餓死も自殺も出来ない……」 
 茜の言葉はあまりにも残酷に中のかつて人だった存在に向けられていた。
「じゃあ、僕も……」 
「おい!ラーナ!」 
 要がそう言うと一人端末をいじっていたラーナに詰め寄る。小柄なラーナが跳ね上がるようにして目を要に向ける。
「テメエなんで今まで黙ってた!知ってたんだろ?なあ!力を使えばこいつも……」
 怒鳴りつけてくる要に驚いたように瞬きをするラーナ。その様子を静かに茜は見つめている。 
「それは心配する必要は無いですわ。神前曹長の検体の調査では細胞の劣化は見られていますし、あの忌まわしい黒い霧を出すような能力は持ち合わせていないですもの」 
 茜の冷たい声に要はラーナから手を振りほどく。
「これは、確かに他言無用だな。まあ誰も信じる話とは思えないが」 
 カウラはそう言うと複雑な表情の誠の肩に手を乗せた。
「でも、百歩譲ってそれが遼州人の法術の力だとして、なんで今までばれなかったの?まあこの部屋を覗いて不死身っていえる存在があるのは分かったけど、こんな人間があっちこっち歩き回っているならいろいろと問題が出てくるはずでしょ?」 
 落ち着いたアイシャの声に誠も要も、そしてカウラも気がついた。
「情報統制ってわけでもねえよ。アタシも非正規部隊にいたころには噂はあったが実物がこういう風に囲われてるっていう話は聞いたことねえぞ」 
 要の言葉に誠も頷く。東和軍の士官候補生養成過程でも聞かなかった『仙』の存在。
「ぶっちゃけて言うとだな。まず数がすげー少ないんだ。数兆分の一。ほとんどいないと言っても過言ではねー割合だ」 
「じゃあ、何か?その数兆分の一がごろごろ東和に転がっているわけか?しかも、どうせこの化け物も湾岸地区でみつかったって落ちだろ?明らかに誰かの作為がある、そう茜が思っていなきゃアタシ等はここには連れてこられなかったんだろ?」 
 そう言って皮肉めいた笑顔で茜を見つめる要がいた。
「正解。お姉さまさすがですわね。このかつて人間だった方は租界の元自治警察の警察官をされていた方ですの。その人が四ヶ月前に勤めていた警備会社の寮から消えて、先月大川掘の堤で発見されたときにはこうなっていた」
 茜の言葉に再び誠は鉛の壁の中の覗き穴に目をやった。
「これも僕のせいなんですか?」 
 足が震える、声も震えている。誠はそのまますがるような目つきで茜を見た。
「いつかは表に出る話だった、そう思いましょうよ神前さん。力があってもそれを引き出す人がいなければ眠っていた。確かにそうですけど今となってはどこの政府、非政府の武力を持つ組織も十分に法術の運用を行うに足る情報を掴んでしまった。そうなることは神前さんの力が表に出たときからわかっていたことですわ。でももう隠し通すには遼州と地球の関係は深くなりすぎた」 
 そう言って茜は誠の手に握られた剣を触る。
「そして、やはりこの剣に神前さんの力が注がれた。多分この中の方のわずかな理性もその剣で終わりがほしいと願っているはずですわ。だからそれで……」 
「力?確かに手が熱くなったのは事実ですけど」 
 誠はじっと手にしている剣を見る。地球で鍛えられた名刀『鳥毛一文字』。その名は渡されたときに保安隊隊長嵯峨惟基に知らされていた。
「法術は単に本人の能力だけで発動するものではありませんの。発動する場所、それを増幅するシステム、他にも触媒になるものがあればさらに効果的に発現しますわ」 
 そう言ってラーナの手にした端末のモニターを全員に見せる。
「たとえば叔父貴の腰の人斬り包丁か?確かに憲兵隊時代に斬ったゲリラの数は驚異的だからな」 
 要の言うとおり相変わらず画面を広げているラーナの端末には刀の映像が映っていた。そこには嵯峨の帯剣『長船兼光』、そして茜が持ち歩く『伊勢村正』が映される。
「でもなんでだ?遼南の力なんだろ?法術は。それが地球の刀を触媒に……」 
「要さん」 
 文句を言おうとした要を茜が生暖かい視線で見つめている。
「地球人がこの星に入植を開始したころには、遼州の文明は衰退して鉄すら作ることが出来ない文明に退化してましたのよ。今でも信仰されている遼南精霊信仰では文明を悪と捉えていることはご存知ですわよね」 
 まるで歴史の教師のように茜は丁寧に言葉を選んで話す。自然と要はうなづいていた。
「当然、法術の力がいかに危険かと言うことも私達遼州人の祖先は知っていて、それを使わない生き方を選んだというのが最近の研究の成果として報告されているのはご存知ですわね。その結果、力の有無は忘れられていくことになった。当然ご存知でしょ?」 
 茜の皮肉に要はタレ目を引きつらせる。
「つまり誰かが神前の活躍を耳にしてそれまでの基礎研究段階だった法術の発現に関する人体実験でも行っている。そう言いたい訳か」 
 カウラの言葉に茜は大きく頷いた。要はそんな様子に少しばかり自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
「しかもこれだけ証拠が見つかっているわけだ。機密の管理については素人……いや、わざとばら撒いたのかもしれねえな。『俺達は法術の研究をしている。しかも大国がつぎ込んだ莫大な予算が馬鹿馬鹿しくなるほどお手軽に。もし出来るなら見つけてみろ』って言いてえんだろうな。いや、もしかするとどこかの政府がお手軽な研究施設を作って面白がっているのかねえ」 
 要の言葉がさらに場を沈ませる。
「いいですか?」 
 これまで黙り込んでいたサラが手を上げた。意外な人物の言葉に茜が驚いたような顔をしている。
「これ凄くひどいことだと思うんです。そんな言葉で表すことが出来ないかもしれませんけど……。私やアイシャは作られた……戦うために作られた存在ですけど、今はこうして平和に暮らしているんです。元々遼州の先住民の『リャオ』の人達は戦いを終わらせるために文明を捨てた、そう聞いています。でもこれじゃあ何のために文明を捨てて野に帰ったのか分からないじゃないですか」 
「これからは出てくるのさこう言う犠牲者が。実験する連中から見ればまるでおもちゃ。しかも出来が悪ければ捨てられる。おもちゃ以下というところか?」 
 隣でサラの肩に手を置いた島田。この中では遺伝的には誠と島田がほぼ純血に近い遼州の先住民族『リャオ』だった。
「そうですわね。一刻も早くこれらのきっかけを作った組織を炙り出さないといけませんわ。そのために皆さんにご覧いただいたんですもの」 
 そう言ってみた茜だが、隣に明らかに冷めた顔をしている要とアイシャを見て静かに二人が何を話すのかを待った。
「だから、この人数で何をするんだ?確かに湾岸地区から租界。治安は最低、警察も疎開の駐留軍もしょば争いでまじめに仕事をするつもりなんてねえ。こう言う怪しい研究をするのにはぴったりの場所だ。加えてもともとあるのは細かく張り巡らされた水路。最近の再開発では町工場は壊滅して地上げの対象でほとんどの建造物ががら空きで人の目も無い、さらに租界は自治警察の解体と同盟軍の直轄当地でなんとか治安は回復したがそれでもあそこ魔都であることに変わりはねえ」 
 要はそう言って再び先ほどの覗き窓に向かう。
「今回は私も要ちゃんと同意見ね。確かに逃げられる公算は高いけど東都警察の人的資源を生かしてのローラー作戦が一番効率的よ。相手が公的機関ならなおさら表ざたになるのは避けるでしょうからこの研究を少しでも遅らせることくらいは出来るでしょうし」 
「普通の意見だな。アタシもこれまで出た情報だけから判断すればクラウゼの論に賛成だ。それでもなあ……」 
 ランはそう言うと誠を見つめた。
「これから話すことはアタシの憶測だ。かなり希望的要素があるからはじめに断っとく」 
 見た目はどう見ても小学校低学年の女の子のようなランが極めて慎重な物言いをするのに違和感を感じながら誠はランがラーナの端末に手を伸ばすのを見ていた。
「そもそもこの法術暴走を人為的に繰り返している組織が東和で行動を始める必要がどこにあったのか。アタシはまずそこを考えたわけだ」 
 そういうと再び言葉を選ぶように黙り込む。小さな腕を胸の前に組んで考え込むラン。
「どこの組織も管理していないと言うことならベルルカン大陸の失敗国家のレアメタルの廃鉱山や麻薬の精製基地なんかでやるのが一番だ。利権だの国際法規だのその人体実験マニアをとっ捕まえるのに障害になることは山ほどある」 
 ラーナの手元のモニターにベルルカン大陸が映る。先日のバルキスタン事変でも同盟軍の治安維持行動をめぐり西モスレムと東和が同盟会議で非難の応酬を繰り広げるようになったことは、その同盟軍の切り札として動いた誠にもベルルカンに介入することがいかに難しいかを感じさせていた。
「それに手っ取り早くデモンストレーションをするならはじめから覚醒している人材を使えば良いだろうな。誠に突っかかったアロハの男。東和でアタシ等に挑戦するように法術のマルチタスクを見せ付けた奴、そしてバルキスタンでなぜか誠を助けた炎熱系法術に長けた術師」 
 そこまで言うと再びランは深呼吸をした。緊張が誠を黙らせている。ランは言葉を続ける。
「アタシ等に喧嘩を売るってことなら例の連中みたいに完成された法術師をぶつけるのが一番手っ取りばえーよ。でもこの事件では法術を実用的に使えるような人物は表には出てきてねーわけだ」 
 そこまで言ってランは頭を掻きながら誠を見つめた。
「つまり今の段階ではこの組織……まあアタシはある程度のでかい組織が動いていると見ているんだがね。その組織の連中には正直そこまでの技術はねーだろうな。確かに実験のラインには乗らなかった規格外品だとしても、司法執行機関も馬鹿じゃねーからな。そう遠からず手は回るわけだ。だがばれたとしてもすでに十分成果を挙げている……それかばれても問題にならないようなお偉いさんがつるんでいる……なんて状況を考えちまうんだよ」 
 そう言って頭を掻くラン。
「現在の彼等の技術ではこれまで私達を襲撃したような法術師は作り出せない……つまりクバルカ中佐はこの法術暴走のサンプルを破棄している連中が今までとは別の組織だと言いたいんですか?」 
 カウラはいつにない強い調子でランに迫る。
「でも、つながりがねえとは思えないな。どちらも活動開始時期が誠の法術の使用を全宇宙に中継したころから動き出したわけだ。しかもこの東和を中心に動いている。バルキスタンの件も保安隊の活動を監視していたって事は東和の地と無関係とは思えないしな」 
 要の指摘に誠も頷く。
「となると、アイシャ。さっきお前さんが言ったローラー作戦は危険だぞ。ばれてもいいとなればより完成度の高い人工的に作られた法術師が動く。対応する装備の無い所轄の捜査官に相当な被害が出ることも考えなきゃいけねーや」 
 そう言ってランはこの事件の捜査責任者である茜を見上げた。
「そうですわね。とりあえず捜査方針については同盟司法局で再考いたしますわ。それと、誠さんにはしていただきたいことがあってここに来ていただきましたの」 
 茜は真剣な視線を誠に投げた。そしてその意味が分かったと言うように要とカウラ、そしてアイシャが沈痛な面持ちで誠を見つめる。誠はその目を見てそしてランが見つめている誠の剣を握りなおした。
「このかつて人だった人に休んでもらうって事ですか?僕の剣で」 
 搾り出すように誠がそう言うと彼女達は一斉に頷いた。
「え!それって……どうして?この人だって……」 
「無理ですわ。もうこの人の大脳は血流も無く壊死して腐りかけてますの。それがただたんぱく質の塊のような状態で再生するだけ、ただ未だに機能している小脳で痛みと苦しみを感じるだけの存在になってしまった。数週間後には再生すら出来なくなって全身が腐り始める」 
 その茜の言葉にサラは反論を止めて黙り込むしか無かった。
「僕に、人殺しをしろと?」 
「馬鹿言うんじゃねー。こいつを休ませてやれってことだ。こいつを苦しみから、痛みから救ってやれるのは法術師だけだ。そしてそれがオメーの保安隊での役目なんだ」 
 ランの言葉に誠は剣を眺めた。黒い漆で覆われた剣の鞘。誠はそれを見つめた後、視線を茜に向けた。
「やります!やらせてください!」 
 迷いは無かった。
「いいのね」 
 確認するような茜の声に誠は頷く。
「止めろとは言えないか」 
 カウラがつぶやく。アイシャは黙って誠の剣を見つめていた。
「俺は何も言える立場じゃないけどさ。やると決めたんだ、全力を尽くせよ」 
 島田に肩を叩かれて誠は我に返った。しかし、先ほどの決意は勢いに任せた強がりでないことは自分の手に力が入っていることから分かっていた。
 静かに誠は手にした『鳥毛一文字』を抜いた、鞘から出た刃は銀色の光を放って静かに揺れている。
「それじゃあ、ラーナさん。部屋を開放、神前さんには中に入ってもらいます」 
 茜の言葉でラーナは端末のキーボードを叩き始めた。二つの部屋の中ほどに人が入れる通路が開いた。
「そこから入っていただけますか?指示は私が出します」 
 ラーナの言葉を聞いて誠はその鉛の色が鈍く光る壁面の間に出来た通路に入っていった。
 膨れ上がった眼球が誠の恐怖をさらに煽る。だがもはやそれは形が眼球の形をしているだけ、もうすでに見るということなどできる代物ではなく、ただ誠の恐怖をあおる程度の役にしか立たない代物だった。
『神前曹長!狙うのは延髄です!そこに剣を突き立てて干渉空間を展開してください!神経中枢のアストラル係数を反転させれば再生は止まります!』 
 ラーナの言葉に剣を正眼に構える誠。突きを繰り出せるように左足を下げてじりじりと間合いをつめる。
 しばらくして飛び出した眼球が誠を捉えたように見えた。その人だった怪物は誠の気配を感じたのか、不気味なうなり声を上げる。次の瞬間、その生物からの強力な空間操作による衝撃波が誠を襲う。だが誠もそれは覚悟の上で、そのまま一気に剣を化け物の口に突きたてた。
「ウギェーヤー!」 
 喉元に突き立つ刀。化け物から血しぶきが上がった。誠の服を血が赤く染め上げていく。しばらく暴れる化け物。突きたてた誠はそのまま刀を通して法術を展開させる。
『こ・レデ・・やす・める』 
 脳裏にそんな言葉が響いたように感じた。誠の体をすぐに黒い霧が化け物を包む。もがく化け物の四肢が次第に力を失って……。
 そんな目の前の光景を見ながら同じように誠も意識を失った。

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