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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 10

「これは……また。ゲットーと呼ぶべきだろうな」 
 それまで運転に集中しているかのようだったカウラのつぶやきも当然だった。外の港湾地区が崩れた瓦礫の町ならば、コンクリートむき出しの高い貧相なビル群がならぶ租界は刑務所か何かの中のようなありさまだった。時々屋台が出ているのが分かるが、一体その品物がどこから運び込まれたかなどと言うことは誠にもわからない。
「まあアタシもここができてすぐに来たんだけどな。まああのころは何にも無い埋立地に仮設テントとバラックがあるばかり。こうしてみるとその時代の方がまだましだったかもな」 
 そう小声でランがつぶやくのが聞こえる。
「そう言えばクバルカ中佐は遼南出身でしたよね」 
 誠の言葉にうんざりした顔を見せるラン。
「まあな、共和軍にいた人間は人民政府樹立で逃げ出すしかなかったわけだし。追放の対象だったアタシはまだましな方さ。自力でここにたどり着いた連中が暮らしを立て直そうとしたときには胡散臭い連中がここに街を作って魔窟が一つ出来上がった。そしてその利権をめぐり……」 
「アタシ達のような非正規任務の兵隊さんがのこのこやってきてその筋の方々に武器を売って大戦争を始めたってわけだ」 
 苦笑いを浮かべる要。建てられて十年も立っていないはずなのに多くのビルの壁には傷が走っている。所々階段がなくなっているのは抗争の最中に小銃の掃射でも浴びたのだろうか。そう思う誠の心とは無関係に車は走る。
「カウラ、ちょっと止めな」 
 要は突然そう言う。カウラがブレーキを踏んでまっすぐ行けば港に着くという大通りの路肩に車を止めるとすぐにどこから沸いたのか兵隊が駆け寄ってくる。
「南方諸島か」 
 要の言葉を聞いて身を固める誠。都市型のグレーの戦闘服の袖に派手な赤い鳥のマークの刺繍をつけている兵士達はそのまま銃を背負って車の両脇に群がる。
「トマレ!」 
 窓を開けた誠に銃を突きつけて叫ぶ南方諸島の正規軍の兵士。誠は後ろの要に目をやるが、要もランもただニヤニヤ笑いながら怯えた様子の誠を見つめているだけだった。
「カネ、カネ!トウワエン!イチマン!」 
 兵士がそう言うと要は爆笑を始めた。それに気づいた若い褐色の肌の兵士が車のドアに手をやる。壊されると思ったのかカウラはドアの鍵を開けた。
「要さん!勘弁してくださいよ!」 
 そう言ってそのまま引き出された誠は路上に這わされる。そしてすぐに兵士は誠の脇に拳銃があるのを見つける。そのままにんまりと笑い銃を突きつける兵士とそれをくわえタバコで見ていた下士官が後部座席で爆笑する要とランに銃を向けている。
「ケンジュウ、ミノガス、30マン!30マン」  
 そのまま無抵抗を装うように車から引き出された振りをする要とラン。下士官は良い得物を見つけたとでも言うようにくわえていたタバコを地面に投げ捨てる。
「30万円?ずいぶんと安く見られたもんだ。じゃあこれで手を打ってもらおうかな」 
 ランはそう言うと再び身分証を取り出して下士官に見せる。そしてランの左手はすでに拳銃の銃口を下士官の額に向けていた。タバコを吸いなおそうとした下士官の口からタバコが落ちる。彼はそのまま誠の後頭部に銃口を向けていた部下の首根っこを押さえて誠の知らない言葉で指示を出した。
 兵士が突然銃を背負いなおし、青い顔で誠を見つめる。
「カネ、カネ、30マン!」 
 兵士の言葉の真似をして手を出す要を見つめると今にも泣き出しそうな顔で走り去っていく兵士達。
「良い勉強になったろ?これがここの真実さ」 
 そう言うと要はそのままポケットからタバコを取り出して火をつけた。
「でも、南方諸島でしょ?あそこは遼州南半球ではもっとも民主化が進んだ国でそれなりに治安も安定していますし、主要産業は観光ですから……あの兵士達は……」 
 そう言って立ち上がる誠を呆れた表情で見守る要。
「あのなあ、そう言う考えは安全地帯にいる人間が自分はあいつ等と違うと思い込んだときの発想だな。ここじゃあつまらない不条理で、誰もがいつくたばってもおかしくない。そんなところに仕事ってことで放り込まれて頭のタガが揺るがない人間がいるのなら見てみみたいもんだな」 
 そう言って要は周りを見渡す。正規軍との交渉に勝利したと言うような形になった誠達を見て下心のある笑顔を浮かべて近づいてくる租界の住民。
「とっととおさらばするか」 
 そう言うと要は吸いかけのタバコを投げ捨てて再び車の後部座席に体をねじ込む。誠も慌てて助手席に乗り込む。
「早く出せよ」 
 ランの言葉にカウラはアクセルを踏み込んだ。
「あれもまた人間の摂理さ」 
 路上で子供達が突然走り出したカウラの車に罵声に近い叫び声を上げていた。
「この街では暴力とカネ以外のものに何一つの価値も無いんだ。仕事でここに来ることはこれからもあるだろうからな、良く覚えておけ。まあそういう意味ではアタシ等の商売道具は暴力の方だがな」 
 要の目が死んでいた。その隣で窓から外を見ているランの瞳もその幼げな面持ちとは相容れないような老成した表情を形作っている。
「西園寺にしては的確な状況説明だな」 
 黙って要の言葉を聞いていたカウラがバックミラーの中の要を見つめる。
「おい、カウラ。アタシの説明はいつだって的確だろ?じゃなきゃオメエもくたばっているような出動も何回かあったしな」 
 そう言った要の瞳に久しぶりに生気が戻る。カウラはそれに満足したように倉庫街のような道に車を走らせる。そこには廃墟の町で見なかった働き盛りの男達が群れていた。袋に入ったのは小麦か米か、ともかく麻袋を延々と運び続ける男達の群れ。周りではどう見ても堅気には見えない背広の男達が手伝うつもりも無く談笑しているのが見える。
「租界での通関業務って禁止されているんじゃないですか?」 
「神前。西園寺の言葉を聞いてなかったのか?駐在部隊だって同じこの魔窟に巣食う住人なんだ。もらうものをもらえば見てみぬふりさ、それに仲良くお仕事に励むってのも美しい光景だろ?」 
 ランの皮肉の篭った言葉に誠は目を開かせられた。東都湾岸地区の急激な治安悪化により三年前に同盟軍の駐留を許可した東和政府。同盟会議の決議により駐留軍はその裁量の範囲内で必要な資材の搬入や輸送を独自に行う権利を与えられることになった。それがこの魔窟では明らかに部隊に必要な補給としては多すぎる量が倉庫に送られていく。さすがに後ろめたいと感じているのか、付近には駐留部隊の兵士の姿は無かった。
「これがこの街を支えているんですね」 
 次々と運び込まれる穀物の入った麻袋がパレットにある程度積み上げられると。中の見えない木箱と一緒にフォークリフトで倉庫から建物の裏へと運ばれていく。その向こうでは冷凍貨物のコンテナが軍用の塗料のまだ落ちていない中古のクレーンに吊るされて巨大な倉庫に飲み込まれる。
 そしてそのどの作業にも生命力を吸い取られていると言うような姿の男達のうごめきが見て取れた。
「でもこんなに物資が?一体どこに?」 
 ただ誠はその圧倒的な物流の現場に圧倒されながら流れていく港の景色を見送っていた。
「物資の行き先?それはアタシ等の仕事じゃねーよ。東都警察か安城の機動部隊にでも当たってくれよ」 
 そう言ってランが小さい胸の前に腕を組む。その様子が面白かったようで要がまねをして豊かな胸に腕を押し付ける。そしてバックミラーに写る二人の様子にカウラが噴出した。
「何考えてんだ、オメー等は!」 
 そう言うとランは子供のように頬を膨らませた。もしこの顔をアイシャが見たら『萌えー!』と叫んで抱きつくほど幼子のようにかわいい表情だと思った誠は自分の口を押さえた。
「じゃあ、そこの路地のところで車を止めな。飯、食ってから帰ろうや」 
 要の声に再びカウラは消火栓の前に車を止めた。
「骨董品屋?なじみなのか?」 
 誠がドアを開けて降り立つのを見ながら、起こした助手席から顔を出すランが要に尋ねる。
「まあな。ちょっと先に市場がある、その手前で待っててくれよ」 
 そう言うと最後に車から降りた要はそのまま骨董品屋のドアを開けて店の中に消えた。
「歩くなら近くに止めた方が良かったのでは無いですか?」 
 カウラの言葉を聞いてランはいたずらっ子のような顔をカウラに向ける。
「オメーの車がお釈迦になってもよければそうするよ。たぶんこのいかがわしい店は西園寺の非正規部隊時代からのなじみの店なんだろ?武器を預けるなんていうことになると骨董店は最適だ。当然この店の客は西園寺が何者か知っているわけだ。その所有物に傷でもつければ……」 
 そう言ってランは親指で喉を掻き切る真似をした。これまでのこの地の無法ぶりにカウラも誠も納得する。
 串焼肉のたれがこげるにおいが次第に三人に覆いかかってきた。パラソルの下、そこは冬の近い東都の湾岸地区にある租界を赤道の真下の遼南にでも運んだような光景が見て取れた。運ばれる魚は確かにここが東都であることを示していたが、売られる豚肉、焼かれる牛肉、店に並ぶフルーツ。どれも東和のそれとは違う独特の空間を作り出していた。
「おう、なんだよそんなところに突っ立ってても邪魔なだけだぜ」 
 遅れてきた要はそう言うと先頭に立って細い路地の両脇に食品や雑貨を扱う露天の並ぶ小路へと誠達をいざなった。テーブルに腰掛けて肉にかじりつく男達は誠達に何の関心も示さない。時折彼等の脇やポケットが膨らんでいるのは明らかに銃を所持していることを示していた。
「腹が膨らむと人間気分が穏やかになるものさ」 
 要からそう言われて、誠は怯えたような表情を浮かべていたことに気づいた。
「おう、ここだ」 
 そう言うと要は露天ではなく横道に開いたうどん屋の暖簾をくぐった。
「へい!らっしゃ……なんだ、姐御かよ」 
 紫の三つ揃いに赤いワイシャツと言う若い角刈りの男が要を見てがっかりしたようにつぶやく。保安隊のランの前の副長である明石清海が同じような背広を着ていたのを思い出して少しばかり安心した誠。だがその表情が気に食わなかったのか、男は腕組みをしてがらがらの店内の粗末な椅子に座り込んだ。
「おう、客を連れてきたんだぜ。大将はどうした?」 
 要はそう言うと向かい合うテーブル席にどっかりと腰掛ける。
「ああ、親父!客だぜ!」 
 チンピラ風の男が厨房を覗き込んで叫ぶ。のろのろと出てきた白いものが混じった角刈りの男が息子らしいチンピラ風の若造をにらみつける。
「しかし、姐御が兵隊さんとは……あの姐御がねえ」 
 そこまで言ったところでチンピラ風の若造は要ににらまれて黙り込む。
「良いじゃねえか。この店を担保に娼館から身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。沙織さん!いつものでいいかい」 
 大将と呼ばれた店主の言葉に頷く要。
「娼館?沙織?」 
 カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後要を見つめた。
「沙織は源氏名だよ」 
 それだけ言うと黙り込む要。そんな彼女を静かに見つめるラン。そのランを見ると男は子供を見かけた時のようにうれしそうな顔をする。
「おう、若造」 
 ランの言葉にすぐにその緩んだ表情が消えた。
「姐御……なんです?この餓鬼は」 
 ランの態度にそれまで要には及び腰だったチンピラがその手を伸ばそうとした。
「ああ、言っとくの忘れたけどコイツが今の上司だよ」 
 そんな要の一言が男の手を止めた。
「嘘……ついても意味の無いのは嫌いでしたね姐御は。で、このお坊ちゃんは?」 
 チンピラは挑戦的な目で誠を見つめる。
「おい三郎!店の邪魔だからとっとと消えろ!」 
 そう言う大将を無視して三郎と呼ばれた男はそのまま椅子を引きずって誠の隣に席を占める。
「いい加減注文をしたいんだが、貴様に頼んで良いのか?」 
 カウラの言葉に驚いたような表情の三郎だが、すぐに彼は品定めをするような目でじろじろとカウラを眺めた。
「なんだ、気味の悪い奴だ」 
「人造人間ってのは肌が綺麗だって言いますけど、本当っすね」 
 そう言ってにじり寄る三郎を見て困ったように誠を見るカウラ。誠はただ周りの不穏な空気を察して黙り込んでいた。そのまま値踏みするような目でカウラを見た三郎はそのまま敵意をこめた視線を誠に向ける。
「へえ、こいつが今の姐御の良い人ですか?」 
「そんなんじゃねえよ。注文とるんだろ?アタシはキツネだ」 
 三郎は要の顔を見てにやりと笑って今度はランを見た。
「てんぷらうどん」 
 ランはそれだけ言うと立ち上がる。彼女が冷水器を見ていたのを察して三郎という名のチンピラは立ち上がった。
「ああ、お水ですね!お持ちしますよ」 
 下卑た笑顔で立ち上がった三郎はそのままカウンターの冷水器に向かう。
「ああ、姐御のおまけの兄ちゃんよう。姐御とは……ってまだのようだな」 
 ちらりと誠を見て笑みを浮かべる三郎。カウラは黙っているが、誠もランも三郎が要と肉体関係があったことを言いたいらしいことはすぐに分かった。
「私は……ああ、私もてんぷらうどんで」 
 カウラはまるっきり分かっていないようでそのまま壁の品書きを眺めている。
「僕はきつねで」 
「きつね二丁!てんぷら二丁」 
 店の奥で大将がうどんをゆで始めているのを承知で大げさに言うと三つのグラスをテーブルに並べる三郎。
「おい、コイツの分はどうした」 
 明らかに威圧するような調子で三郎を見つめる要。子供じみた嫌がらせにただ苦笑する誠。
「えっ!野郎にサービスするほど心が広いわけじゃなくてね」 
 その言葉に立ち上がろうとする誠を要は止めた。
「店員は店員らしくサービスしろよ。な?アタシもそのときはサービスしたろ?」 
 要がわざと低い声でそう言うと、三郎は仕方が無いというように立ち上がり冷水器に向かった。
「で?西園寺。アタシになつかしの遼南うどんを食べさせるって言うだけでここに来たんじゃねーんだろ?」 
 三郎が席を外しているのを見定めてランがそうつぶやいた。
「今回の事件の鍵は人だ。そして人を集める専門家ってのに会う必要があるだろ?」 
 明らかに表情を押し殺しているように見える要のタレ目。その視線が決して誠と交わらないことに気づいてうつむく誠。
「そう言うことでしょうね。そりゃあそうだ」 
 聞き耳を立てていた三郎が引きつるような声を上げた。
「俺は専門家ってわけじゃないですが、今は俺がここらのシマの人夫出しを仕切っているのは事実ですよ」 
 そう言うと三郎はぞんざいに誠の前にコップを置いた。
「人の流れから掴むか。だが信用できるのか?」 
 手に割り箸を握り締めながら三郎を見つめるカウラ。だが三郎の視線が自分の胸に行ったのを見てすぐに落ち込んだように黙り込んだ。
「失敬だねえ。一応ビジネスはしっかりやる方なんですよ。外界の法律が機能しないこの租界じゃあ信用ができるってことだけでも十分金になりますから」 
 そう言ってタバコを取り出した三郎。
「こら!できたぞ」 
 店の奥の厨房でうどんをゆでていた三郎の父と思われる老人が叫ぶ。仕方がないと言うように三郎はそのままどんぶりを運んだ。
「外へ出るための書類の管理もオメエがやってるのか?」 
 受け取ったきつねうどんを手にすると要はそのまま三郎を見上げた。
「俺も一応出世しましてね。わが社の専門スタッフが……」 
「専門スタッフねえ、舎弟を持てるとこまできたのか」 
 要はそう言うとうどんを啜りこむ。今度は誠も無視されずに目の前にうどんを置かれた。
「ああ、そうだ。同業他社の連中の顔は分かるか?」 
 一息ついた要の一言に三郎の顔に陰がさす。そしてそのまま三郎の視線は誠を威嚇するような形になった。
「ああ、知ってますよ。ですがいろいろと競争がありますからねえ」 
「それで十分だ。さっきお前の通信端末にデータは送っといたからチェックして返信してくれ」 
 あっさりそう言うと要はうどんの汁を啜る。昆布だしと言うことは遼南の東海州の味だと思いながら誠も汁を啜った。
「まじっすか?あの頃だって店の連絡先しか教えてくれなかったのに……ヒャッホイ!」 
 いかにもうれしそうに叫んだ三郎が早速ポケットから端末を取り出した。
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!これは仕事だ。それにそいつは仕事の用の端末だからな。落石事故かタンカーが転覆したときに連絡するのもかまわねえぞ」 
 要はそう言って一気にどんぶりに残った汁を啜りこんだ。
「それじゃあ行くぞ」 
 そう言って要は立ち上がる。見事に数分でうどんを完食して見せた彼女に驚いて誠は顔を上げる。
「おい急ぐなよ。まだ食ってるんだから」 
 そう言いながら最後の汁を飲み干すラン。その視線の先には湯気の上がる汁を吹くカウラがいた。要は仕方がないというようにどっかと椅子に座る。
「姐御、これから暇なわけ無いっすよね」 
「そうだ暇なわけがねえな」 
 三郎の言葉にぞんざいにそう言うと要はポケットからタバコを取り出した。気を利かせるようにライターを差し出す三郎の手を払いのけて自分のライターで火をつける要。
「昔は俺の方が火をつけてくれたもんですのにねえ」 
「バーカ。オメエは下っ端だろ?まあそうでもなきゃアタシがタバコに火をつけてやった連中の多くは墓の下にいるからな。そうだ!今からでも遅くないから送ってやろうか?三途の川の向こう」 
 そう言って素早く拳銃を取り出す要に立ち上がって両手を上げる三郎。
「馬鹿は止めろ。食べ終わったぞ」 
 カウラが立ち上がるとそのまま要は銃をホルスターに戻した。
「すまねーな大将。勘定はこの馬鹿で良いのかい」 
 そう言って足が届かない椅子から飛び降りてカウンターに向かうラン。
「なに、また来てくれよ。あんた遼南だろ?」 
 店の親父はふてくされる息子を無視して小さなランのことをうれしそうに見つめる。さすがに誤解を解くのも面倒なようでランは照れ笑いを浮かべながら財布を取り出す。
「おー。やっぱり分かるか。うどんの食い方ひとつにもこだわるのが遼南人の心意気って奴だからな……そこのチンピラ」 
 ランはそう言うと三郎を見上げる。三郎も要の知り合いと言うこともあり、その上司のランを子供を見る目ではなく真剣に見つめていた。
「人の売り買いは金にはなるかも知れねーが手の引き時が肝心だぞ」 
 親父とは違って三郎の目は真剣だった。ランのくぐった修羅場を資料で見せられている誠も二人の緊張した雰囲気に息を飲んだ。
「ご高説感謝します」 
 そんなランの言葉に皮肉たっぷりにやり返す三郎。そしてその様子にサディスティックな笑顔を振りまきながら、肩で風を切るように店を出るラン。誠も三郎に追い立てられるようにして租界の道路に転がり出た。
「凄いですね、あの三郎とか言うヤクザ相手に一歩も引かないなんて」 
 店を出てずんずんと歩くランがそんな言葉を言った誠を振り向いた。いかにもあきれ果てたそんな表情が浮かんでいる。
「オメーなあ。自分の仕事が何かわかって言ってんのか?」 
 それだけ言って骨董屋の前に止められたカウラの車に乗り込むラン。
「精進しろよ。新兵さん!」 
 要はそう言って誠の肩を叩いて続いて車に体を押し込む。誠は彼女が助手席のシートを戻すとそこに座った。
「カウラ。ちょっと良いか」 
 そう言うと要は自分用の端末をサイドブレーキの上に置いた。『志村三郎』と言う租界管理局のパーソナルデータがそこには映っていた。
「先に言っておくけどアイツとの関係はオメエ等の想像通りさ。まあアタシは娼婦以外にも胡州陸軍の工作部隊員と言う顔があったわけだが」 
 要の言葉が暗くなる。誠はいくつもの疑問が渦巻いていたが、その要の顔を見て口に出すことが出来なかった。
「おい、西園寺。貴様の戦闘における判断の正確さや義体性能を引き出す能力は私も感服しているんだ」 
 静かにカウラがそう言いながら要の死んだ魚のようになる目を見つめている。
「だとしてもだ。なぜ胡州四大公の筆頭の次期当主がこんな汚れ仕事に携わるんだ?生まれを重視する胡州なら私のような人造人間を引き受けて育成するとか方法はあったろうに」 
 その言葉にただ無表情で返す要に車内の空気は次第に重くなっていった。外の景色はただ建ってからの年月からみると不思議なほど痛みの目立つビルが続いている。そんな中で誠は黙って要を振り返っていた。
「カウラ。そいつは……」 
 要の表情が曇る。カウラも自分の言葉が要の心に刺さったことに気づいて黙り込んだ。
「そいつは物を知らない、胡州の構造を知らない人間の台詞だな」 
 相変わらずうつろな瞳の要をじっと誠は見つめていた。
「アタシが入った陸軍は親父とは対立関係にあった組織だ。爺さんを三回爆殺しようとしたのは退役軍人の右翼活動家ということだが、全員が陸軍の予備役の身分だった連中だ。今じゃ語り草の醍醐将軍のアフリカでの活躍にしても、家柄を煙たがれて僻地に飛ばされたと言うのが実情みたいなもんだ」 
 要の抑揚の無い言葉に誠は心をかきむしられる気分がした。回りの計画性の欠如した建物の群れもそんな気持ちに後押しをするように感じられてくる。
「前の胡州の内戦のきっかけも、自分になびかない陸軍への政治干渉を狙った親父の挑発に陸軍が乗っかったのが真実だしな」 
 そう言うと窓を開けてタバコを取り出す要。いつもなら怒鳴りつけるカウラも珍しく要のすることを黙って見つめていた。
「内戦に負けて外への発言が出来なくなった陸軍の貴族主義的な勢力は、露骨な反政府人事を内部で展開したわけだ。内戦で勝利した陸軍の親父のシンパの醍醐文隆将軍が陸軍大臣に就任できなかったのもすべては陸軍の貴族主義勢力の根回しが原因というわけだしな」 
「なるほど、内戦の敗北で頭の上がらなくなった民主勢力の旗頭の西園寺基義首相の娘に汚れ仕事を引き受けさせて面子を潰そうとしたわけか……まるで餓鬼の発想だな」 
 明らかに要のタバコを嫌がるように仰ぎながらランが言葉をつむぐ。
「でもその後のことを考えれば西園寺公がお前の配属にブレーキをかけるくらいのことは出来たんじゃないのか?公爵家の嫡子が元娼婦なんてスキャンダル以外の何者でもないぞ」 
 カウラの言葉には誠も賛同できた。胡州の貴族制度はもはや形骸になりつつあると言っても長年の伝統がすぐに廃れるはずは無い。誠はそう思いたかった。要が見知らぬ租界の成金達にもてあそばれる姿など想像もしたくなかった。
「ああ、でもアタシは志願したんだ」 
 あっさりそう言うと要はタバコを携帯灰皿に押し込んだ。カウラはその様子と気が抜けたような表情の要を見るとそのまま車を出した。
「親父さんへのあてつけか?」 
 ぼそりとランがつぶやく。ドアに寄りかかるようにして上の空で外を眺める要。街は再び子供達が駆け巡るスラム街の様相を呈してくる。
「それもあるな。『貴族制は国家の癌だ』なんて言ってるくせに法律上の利権だけはきっちり確保している親父の鼻をあかしたかったって気持ちが無いって言ったら嘘になるよ。自分の手で何かをしたい、親父や醍醐のとっつぁんの世話にはなりたくない。そうつっぱってたのも事実だからな」 
 上の空でつぶやく要。その姿はコンクリートの壁など一撃で砕くような軍用義体の持ち主の要にしてはあまりにも小さく見えて誠は目をそらして正面を向いて街を眺めていた。冬の日差しは弱弱しく見える。まだ時間が早いのか繁華街にたどり着いたカウラの車の両脇には無人の酒場と売春窟が続く。
 その時ランの携帯端末がけたたましく鳴った。ランは黙ってそれを取り出して画面を覗き込む。
「おう、茜達も仕事が済んだらしい。このまま寮に直帰だ」 
 ランの言葉がむなしく響く。カウラもランも一人ぼんやりと外を眺めている要に気を使って黙り込む。誠もこの痛々しい空気に耐えられずに外を眺める。
 警備部隊は遼北軍に変わっていた。だが彼等もやる気がなさそうにカウラのスポーツカーを眺めているだけだった。
「良いことも無い街だったが、なかなかどうして、アタシの今を作ったのはこの街なのかも知れねえな」

 ぼんやりと窓の外を眺めていた要がそんなことをつぶやいた。カウラはその声にはじかれるようにして車のアクセルを踏み込み、大通りへと向かった。

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