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遼州戦記 保安隊日乗 魔物の街 30

 とりあえずと言うことでいつものスタジャンを羽織った誠が食堂の前で見たのは中を覗き込むこの寮の住人である男性下士官達の姿だった。
「ああ、神前曹長」 
 振り返った小柄な西に誠は黙って中を指差してみる。
「あんな有様でして……」 
 その西の声に合わせて誠は食堂の中を覗き込んだ。
 座っているのはシャムと茜。その隣には真剣な目つきで一口くらいの蕎麦を入れた椀を構える吉田とラーナの姿があった。
「何してるの?」 
 誠の言葉に手を広げて呆れてみせる西。二人の間に下からアイシャが顔を出した。
「知りたい?」 
「別に……っていうか朝の忙しいときにあの人達何を始めたんですか?」 
 西の言葉が続く間にもシャムと茜の目の前の椀には二人が蕎麦を口に入れてからになるたびに吉田とラーナの手で蕎麦が放り込まれる。
「わんこ蕎麦だな」 
 タバコの煙をさせながら顔を出す要。そのうれしそうな表情に誠は眉をひそめた。
「地球の岩手とかの料理らしいぞ」 
 その隣にはいつの間にかカウラがいる。誠が部屋の中に視線を移すとシャムと茜の前に数十の椀が積み上げられているのが見えた。
「料理……ですか」 
 蕎麦以外にも二人の前には刺身やら煮付けやらが並んでいるがとてもそれに手を出す余裕は二人には無かった。蕎麦を飲み込むたびに蕎麦を入れる吉田とラーナに攻め立てられるようにして二人は手に持った椀を口に運ぶ。
「妙に盛り上がっているんですねえ」 
 そう言いながら誠の後ろにいるシャワー室から出てきた島田に顔を向ける。
「久しぶりだなこの勝負」 
 笑う島田に諦めて誠は食堂を覗き込んだ。厨房では淡々と食通の異名を持つヨハンが鍋をかき混ぜていた。
「おい!島田」 
 顔を出した島田を見つけるとヨハンは手招きする。厨房に向かう島田に続いてこの熱狂に少しばかり食傷した誠もついていった。
「また蕎麦ですか?」 
 厨房の前には大量の手打ち蕎麦が置いてあった。当然これも部隊長の嵯峨が持ってきたものだろうと思うと誠は呆れるしかなかった。
「もうそろそろ二人も限界だろうからな。そちらの汁くらいならお前等でも出来るだろ?」 
 そう言ってヨハンは一升瓶が何本か並んでいるのを指差した。手で貼り付けられたラベルには嵯峨の達筆で『めんつゆ』と書かれていた。島田は諦めたようにプラスチックの小鉢を取り出そうと奥の棚に向かった。
 めんつゆを手にした島田。誠は戸棚から小鉢を取り出して並べていく。
「あのおっさんの気の使い方はねえ……なんていうかなあ」 
 照れ笑いを浮かべる島田。誠がヨハンを見ていると鍋をかき混ぜながら福福しいその顔に笑顔が浮かんでいる。
「いいじゃないか。お前も昨日まではかなりきつそうな顔してたろ?仲間なんだから一人で不幸を抱え込むなってことだよ」 
 そう言うとヨハンは大きなざるで鍋から蕎麦を掬い始める。
「おい!西!菰田を呼んで来い!」 
「でも菰田さん今日は非番ですよ」 
 殴れというように丸太のような腕を振ってみせるヨハン。入り口に張り付いていた西は仕方なく廊下へと消えた。一方、食堂で歓声が起きたのはついに茜が椀の蓋を閉めて勝負が決まったからなのだろう。
「島田先輩。あの人どんだけ食うんですか?」 
 めんつゆを並べた小鉢に入れる島田に声をかける誠だが、島田は呆れたような表情で今度はざるの準備にかかった。
「おい、蕎麦の方の準備はどうした?」 
 それまでシャムに蕎麦を食べさせていた吉田が厨房を覗き込んでいる。その後ろに隠れるようにしてそれまでお預けだった刺身などをつまんでいるシャムの姿もある。
「ナンバルゲニア中尉。まだ食べるんですか?」 
 呆れた顔の島田の視線の先でシャムが大きく頷いている。
「シュペルター中尉。呼びましたか?」 
 毛玉だらけのジャージを着て頭を掻く菰田にヨハンは奥の戸棚、ざるを乗せる皿を取って来いというしぐさをして見せた。
「まったく朝から元気ですねえ」 
 そんな言葉とあくびと共に厨房の戸棚の奥に菰田が消えた。
「おう、島田と神前はもう良いぞ。後は吉田少佐とナンバルゲニア中尉が引き継いでくれるから箸でも持って待ってろ」 
「ちょっとエンゲルバーグ!何言うのよ!アタシはおなか一杯で……」 
「それは食べながら言うことじゃないだろ?」 
 相変わらず刺身を口にくわえているシャムに呆れたようにつぶやく吉田。島田と誠は頭を下げると食堂にあふれている寮の男子隊員の中へと戻っていった。
「お疲れ!」 
 サラが島田に隣の椅子を叩きながら手を振る。厨房の奥を身を乗り出して覗いているのは要だった。
「どうしたんですか?西園寺大尉」 
「いやあな、吉田の馬鹿にこういうこと任せるとろくなことにならねえと思ってさ」 
「アイツもそんなに馬鹿なことばかりやるわけじゃないんだからよー。信じてやれよ」 
 落ち着いて箸を手にするラン。その隣にはうつむいてじっとしている茜の姿があった。
「嵯峨警視正、お疲れ様です」 
「苦しいわ……苦しいですわ……もう蕎麦は見たくも無いですわ」 
 青ざめた表情で蕎麦の到着を待つ誠達を恨めしそうに見つめる茜の姿がそこにあった。
「お待たせしましたー!ってお前等も手伝え!」 
 両手に蕎麦の入ったざるを持って現れた菰田。彼の一言で部隊内部の秘密結社『ヒンヌー教徒』の男性下士官達が厨房へ走る。
「駄目なの?食べちゃ駄目なの」 
「あんだけ食べて……少しは我慢しろ!」 
 シャムと島田も次々とめんつゆの乗った盆を持って現れる。
「わさびは……無いのか?」 
「あるよ、はい」 
 カウラの言葉にシャムは一隅に乗っていた練りわさびを入れた椀を渡す。それの半分くらいを一気にめんつゆに入れるカウラに誠は呆然としていた。
「おめえそんなんじゃ味がわからねえんじゃねえのか?」 
「余計なお世話だ」 
 そう言うとカウラは一番先にテーブルに置かれた蕎麦に箸をつける。それを見て思い出したように要と島田が箸を伸ばした。
「よく……食べられますわね」 
「オメエは食いすぎなんだよ。黙ってろ」 
 隣で腹を押さえる茜を無視して蕎麦を啜りこむ要。アイシャは静かに様子を見ながら山盛りの蕎麦に箸を伸ばす。
「警視正。後で胃薬用意しますから」 
 ラーナは食べていなかったらしく慣れた手つきで蕎麦を啜る。誠もほのかに蕎麦粉が香る部隊長嵯峨の手打ち蕎麦を堪能した。
「しばらくはおとなしくしてろってことだろーな」 
 ハイペースに蕎麦を啜りこんでいたランが小鉢を置くと静かにそう言った。証拠はすべて東都警察の調査の指揮下にあり、捜査は同盟軍の指示で動く遼南山岳レンジャーが聞き込みを中心に行っている。出足は早かった茜の法術特捜はその人員の少なさから完全に遅れを取った形になっていた。
「まああれだ。おいしいところはアタシ等が持っていけばいいだろ?闇研究のアジトが見つかっても東都警察には手におえないだろうし、ライラ達の軍は手を出したら外交問題だ。必ず出番が来るぜ」 
 そう言うと要は淡々と口に蕎麦を運んでいる。そしていつの間にか誠達のテーブルの端には蕎麦を啜るシャムと吉田の姿もあった。
「オメーなあ」 
 ランが生暖かい視線を送るのを見て苦笑いを浮かべながら口の中一杯に放り込んだ蕎麦を噛んでいるシャム。他人のふりをしているかのように淡々と蕎麦を食べる吉田。
「よく食べられますわね」 
 呆れたような茜の苦しそうな笑顔にシャムは大きく頷きながら一気に蕎麦を啜りこんだ。
「やっぱり問題になるのは東都警察か?あそこが一番証拠を握ってるはずだから動き出して返り討ちにあうのが目に見えてるな」 
 わさびで色が緑色に変わっためんつゆにつけた蕎麦でしばらく頭を抱えたまま動かなくなっていたカウラの声。さすがに呆れたようにアイシャは生暖かい視線をカウラに送っている。
「そーだな。ライラの山岳レンジャーは遼南の三大精強部隊の一つだ。敵後方に浸透しての工作活動を得意として情報収集能力が売り、調査力は東都警察の特捜部とも互角にやれるだろう。だが……証拠の志村の携帯端末を握っている東都警察は……」 
 ランが言葉を止めたのは仕方の無いことだった。誰もが考えたくは無いことだったが、証拠を集めていくうちにどうしても考えたくない事実が現実にあることに皆が気づいていた。
 事件はこの東都で起きている。これまで東都警察の動きが鈍かった理由。それが法術対策部隊に訓練が必要だったと言うような問題ではないことは誰もが気付いていた。虎の子の空間変性で飛行可能な法術師隊まで動員している以上対抗措置が取れなかったと言うのが動きが鈍かった理由ではないのは誠も先日の襲撃事件の映像で分かっていた。
 おそらくは内部に内通者がいてその対応措置をとる必要があったことや上層部に今回のテロの首班達と利益を同じくする人々がいること。その為に本格的な行動に移るのに時間がかかったと言うことはラン達も察していると誠はその表情で察した。
「吉田」 
 めんつゆにねぎを加えながらランがそれまでシャムと戯れていた吉田の顔を見る。頭を掻きながら吉田は一度手にしためんつゆをテーブルに置いた。
「ああ、あのチンピラの遺品の携帯端末でしょ?一通りの連絡先を検索したんですが……ねえ」 
「オメーが手を入れたときには改竄済みだったと?」 
 ランの幼い顔が吉田の頷くのを見ると落胆に変わる。
「まあ復元は出来たんですがね。それまでに主要な連絡先の方はアドレスをすべて変更されていて音信不通。まあ改竄の手口が幼稚だったんで東都警察には抗議の文書を明石経由で出しますけど謝って済めば警察は要らないですよねえ……って相手もお巡りさんですか」 
 苦笑いの吉田。だがその手にはメモが握られていて静かにランの前に置かれる。ランはそれを受け取ると静かに目の前にかざした。
「なるほど、こりゃーアタシでも改竄したくなるわなー」 
 メモを見てにやりと笑うと静かにそれを握りつぶすラン。
「なんだよ、それは。良いのか握りつぶして」 
 要の言葉にランは首を振る。誠はそのやり取りからメモに載っていた連絡先が相当に高度な政治的裁量権を持つ機関のものではないかと思いながら蕎麦を啜りこんでみた。
「ぶー!」 
 口の中にしびれるような感覚が走る。そして次の段階で脳天を叩きのめされたような刺激。そして喉を覆う焼けるような痛み。
「何やってんだ?神前」 
「慌てるべきではないな」 
「二人とも……」 
 要とカウラがニヤニヤしながら見つめている。誠は心配そうなアイシャの視線を受けながら自分のめんつゆを覗き込んだ。
 緑色の塊がいくつも浮かんでいる様を見てカウラを見つめる。
「なんだ?私流のおもてなしだぞ。気に入らないのか?」 
 珍しくいたずらをして微笑むカウラ。和む表情だというのに誠は鼻と目に残る痛みでひたすら涙を流しながら、わさびの色と良く似たカウラのエメラルドグリーンの髪を眺めながらそのまま咳き込み続けた。

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