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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 1

「西園寺の反応が……消えた?」 
 バリケードの影で隊長のカウラ・ベルガー大尉がつぶやくのが第二小隊のアサルト・モジュール三番機担当、神前誠(しんぜんまこと)曹長にも聞こえた。
 二ヶ月に一度の閉所戦闘訓練の仕上げである遼州司法局特殊部隊、通称『保安隊』の隊長、嵯峨惟基(さがこれもと)特務大佐を相手にしての模擬戦。手にした模擬銃を抱えて誠はじっと薄暗い通路を眺めていた。
『相手は一人……しかも銃を持っているわけじゃない』 
 誠も分かっていた。普通ならば負けること自体がありえない状況であることを。
 嵯峨はこの訓練にはピコピコハンマー以外持ち込むことは無かった。今日は第三小隊が誠達の前にこの同じ訓練場で嵯峨と対峙したが、3分と持たずに背中にピコピコハンマーの一撃を受けて壊滅と言う結果になっていた。
「とりあえずこのまま通路を進むぞ」 
 凛と響く声で囁くカウラ。もう一人の上司である西園寺要大尉はいつもどおり単独で先行して嵯峨の奇襲を受け反応が消えていた。同じところに留まることをしない閉所戦のプロである嵯峨には要がやられた場所の近辺を捜索するなど無意味なことだった。
 通路が分かれる地点でカウラが手を上げて続いて進んでいる誠に止まるように指示を出す。彼女は額に落ちてくるエメラルドグリーンの鮮やかな前髪を払うとポケットからファイバースコープを取り出して通路に人影を探す。しばらくの沈黙。誠は銃の引き金に指をかけたまま緊張感に耐えながらカウラの索敵の様子を見つめていた。
 カウラの手が上がる。そのままわき道を通過しろと言うハンドサインに誠はそのまま立ちあがって要に続こうとした。
「ピコ」 
 間抜けなハンマーの音が誠の後頭部で炸裂する。驚いて振り向くカウラだが、すでに嵯峨の姿は無い。ピコピコハンマーでの攻撃を受けて死亡状態となった誠はそのまま銃を掲げて静々と訓練場の通路を歩いて行った。舌打ちして走り出すカウラに誠を盾に隠れていた嵯峨の存在を告げることは訓練の規則として許されないことだった。
 訓練場の建て付けの悪い扉を開き、そのままとってつけたような作業現場の足場のような階段を登り、打ちっ放しのコンクリートの壁の通路を抜け、重い鉄製の扉を開くと重装備の身体には暑すぎるほどに熱せられた待機室にたどり着いた。
「馬鹿だねえ……後ろに回ってたんだよ。あんなところで通路だけ押さえたって意味ねえだろ?」 
 そう言ってタレ目をさらに強調させた表情で笑う女性士官。彼女が西園寺要大尉だった。訓練場につけられたモニターではすでに背中を取られたことに気づかずに警戒しているカウラの姿が見える。嵯峨は忍び寄ると素早くハンマーを下ろした。間抜けな『ピコ!』と言う音が響く。
「そうは言いますけど西園寺さんが勝手に先行しなければこんな簡単には終わってないと思いますよ」 
「なんだ?ずいぶんと絡むじゃねえか。偉くなったもんだなあ」 
 180センチを超える長身の誠を見上げる要の目は明らかに誠を馬鹿にしているように見えたが、そのモデルのような体型であるにもかかわらず重量130kgの軍用サイボーグの義体の性能を知っている誠は黙って要が画面に見入っている第三小隊の面々に向き直るまで待っているしかなかった。
「さすが父上と言うか……僕も修行が足りないのかもしれないな」 
 そう言って模擬銃の弾倉を外すのは嵯峨惟基の双子の娘の妹である第三小隊隊長、嵯峨楓(さがかえで)少佐。その弾倉を受け取り静かにうなだれているのが彼女を慕う部下の女性士官渡辺かなめ大尉だった。
「法術が使えればこう簡単にはやられないと思うんですけど……神前先輩。どう思います?」 
 しなだれかかろうとする小柄な美少年アン・ナン・パク軍曹に思わず後ずさる誠。誠はこの女性的な雰囲気のある小柄な後輩が苦手で、つい身を引いてしまう。そんな誠を見上げるアンの悲しむような瞳。
「アン君かわいそうにねえ。お姉さんが慰めてあげようかしら?」 
 備え付けの戦闘記録の分析を行いながら振り向いた遼州同盟司法局機動部隊の運用艦『高雄』の副長、アイシャ・クラウゼ少佐の声が響く。彼女の声ににびくりと震えてアンは首を横に振った。
「つまらないわね……って要ちゃん。何?その顔」 
 コブシを握り締めて威嚇している要を一瞥した後、アイシャは再び戦闘データの解析の作業に戻っていた。
 誠が入ってきた重い扉を開いて重装備のカウラと普段の勤務服にピコピコハンマーを持った嵯峨が姿を現した。
「なんだよお前等。たるんでるんじゃねえのか?これじゃあしばらくは俺も前衛に出なきゃならねえじゃねえか」 
 そう言いながらもニコニコと笑い、奥の棚のコーヒーメーカーに向けて真っ直ぐに歩いていく嵯峨。入り口に立ったまま装備も外さずに渋い表情を要に向けているカウラが気になって誠は自然を装いながらカウラに近づく。
「ドンマイ」 
 アイシャがデータをまとめながら手を上げてそう言った。その言葉に要はアイシャの後ろに回り後頭部をはたく。
「何すんのよ!」 
「ああ、蚊がいたんだ」 
「もう十二月よ!いるわけ無いじゃないの!」 
 明らかに芝居とわかるような怒り方をするアイシャに誠はなんともいえない苦笑いを浮かべるしかなかった。二人がにらみ合うのを見てようやくヘルメットを脱いだカウラがつかつかと要に歩み寄る。
「止めておけ、西園寺」 
「ああ、隊長さんのお言葉なので……」 
 そう言うと自分より一回り背の高いアイシャを特徴的なタレ目で見上げて薄笑いを浮かべてみせる要。その態度に明らかに不機嫌になりながら銃の弾倉を入れてあったベストをテーブルに放り投げるカウラ。隣で使用した模擬弾の抜き取りを終えた渡辺、ベストを専用のケースにしまったアンが楓を待っている。
「それじゃあお先に失礼します!」 
 素早く背筋を伸ばして敬礼する楓達。
「おう、ご苦労さん!」 
 ピリピリとした雰囲気をかもし出しているカウラ達を面白そうに眺めていた嵯峨が振り返って娘に手を振る。
「隊長……」 
 三人の仲裁を押し付けられた誠は泣きそうな表情で、部隊長である嵯峨の隣の席に座って彼のにんまりと笑う顔を見つめていた。
「コーヒー……どうだ。お前も飲んだ方がいいんじゃないか?疲れただろ」 
 そんな嵯峨の言葉もにらみ合う要とアイシャを気にしている誠には届かなかった。いつもなら止めにはいるカウラもここ三回続けて要の暴走で閉所訓練で嵯峨を倒せていないこともあって二人を止める様子も無かった。
「いい身分だな。ぬくぬくしたところで指示だけ出しているんだ。気楽だろ」 
「へえ、やっぱり上官の命令を聞かないサイボーグは言うことが違うわね」 
 次第に二人の間の空気が再び不穏になっていく。そこで突然アイシャの携帯端末が鳴った。
「アタシよ……何?逃げた?吉田さんも一緒?ゲーセンとプラモ屋、それに本屋と食べ物屋を頭に入れて巡回……そうね、マリアお姐さんには貸しがあるから警備部の非番の連中もかき集めて頂戴」 
 そう言うとアイシャは通信端末を切った。その内容は誠にも予想できることだった。
 遼州同盟保安隊。司法実働機関として嵯峨惟基の指揮の下、実績を重ねている部隊のレクリエーション機関の存在があった。それは『アニメーション研究会』。会長はアイシャだった。
 コミケや近隣豊川市のアニソンイベントやプラモデルコンテストなどを牛耳るその組織。そこには人気絵師のナンバルゲニア・シャムラード中尉と神前誠曹長の活躍があった。
 今日はナンバルゲニア・シャムラード中尉は部隊での勤務と言う名目による執筆活動が佳境を迎えているところだった。もう残すところ一週間も無いコミケの原稿締切日。動物と仲良く遊ぶことが趣味の彼女は三日にわたり宿直室に監禁されて執筆を続けていた。だが、遼南の7騎士に序せられる彼女の身柄を確保することはアイシャのシンパでも不可能なことだった。
「なんだ?シャムが逃げたのか?」 
 突然の報ににやりと笑って顔を突き出す要。だが、アイシャはすぐに状況打開の策を編み出していた。
「アイシャ!」 
 カウラが声を出す暇も無かった。すぐに誠の腕を掴みそのまま重い扉を開く。
「アイシャさん……」 
 その行動で誠はシャムの抜けた穴を自分で埋めようとしているアイシャの魂胆を見抜いた。しかし、何が出来るでもない。要は完全にアイシャのさせるままにしている、カウラにいたっては立ち上がってアイシャの後に続いて開いたドアに続く。
「アイシャさん……」 
「大丈夫よ。マリアの姐御はきっとシャムをつきとめるわ」 
 そう言って誠の手を引いて廊下を進むアイシャ。気になったのか誠が見ている後方では要がニヤニヤ笑いながら付いてくる。
「車は私のでいいんだな」 
「お願いできるかしら」 
 誠の意思とは関係なく、アイシャとカウラの間で話がまとまる。その様子ににんまりと笑う要。
「シャムは毎年逃げてないか?」 
「まああの子にじっとしていろって方が無理な話なんじゃないの?」 
 そう言うとアイシャは訓練場の粗末な階段を降り始める。窓の外を見れば、この訓練場の本来の持ち主である東和陸軍の特殊部隊の面々が整列している様が見れた。
「ご苦労様ねえ」 
 そう言いながらアイシャは戦闘服のままの誠の手を引っ張って埃が巻き上がるような手抜き工事の階段を下りながら早足で歩き続けた。
 冬の弱弱しい日差しが屋内戦闘訓練場を出た誠達に降り注いだ。次の訓練予定が入っている東都警察強襲機動隊の面々が寒空の中、缶コーヒーを飲みながら駐車場で待機していた。
 男性隊員の視線が要に集まる。要は心地よいとでも言うように強調された胸のラインを披露しながら中性的に見えるカウラの後に続いていた。しばらく歩いていたカウラだが、あからさまな視線に飽きれて要を振り返った。
「あれ?隊長殿はそう言うことは気にはされないと思っていました……が?」 
 そんな挑発的な要の言葉に不機嫌になるカウラ。ようやくこの状況に気づいたように東都警察の部隊長の眼鏡をかけた女性指揮官が咳払いをしている。
「あ……あ?」 
 エメラルドグリーンのポニーテールを降りながらカウラの視線は女性指揮官に注がれた。
「エルマ……エルマじゃないか!」 
 そのままカウラはエルマと呼んだ女性士官に向かって近づいていく。誠も良く見ればその士官の髪がライトブルーでそれが遼州星系で起きた前の大戦の敗戦国ゲルパルトが製造した人造人間「ラストバタリオン」のものであることに気がついた。
「なんだ……カウラか」 
 女性隊長はそう言うと複雑な表情で近づいていたカウラの手を握った。
「おい、知り合いか?」 
「まあな」 
 そう言って手を握り合うカウラ。だが誠にはその二人の表情はどこかぎこちなく見えた。エルマの部下達も少し怪訝な表情で二人を見つめている。
「紹介ぐらいしろよ」 
 要の声に後ろから駆けてきたアイシャが頷く。それを見てカウラは驚いたようにエルマの手を離した。
「そうね。エルマ……エルマ・ドラーゼ警部補。東都警察だったな、所属は」 
「そうだが……これが噂の保安隊の人達か」 
 エルマの視線が誠達に向く。要、アイシャ、誠。三人ともそれぞれの意味で警察や軍部では有名人と言うこともあり、エルマの部下達も囁きあっている。
「それにしても出世したものだな、お互い」 
 そう言うエルマのおかっぱに刈りそろえられたライトグリーンの髪が揺れる。カウラは振り返って部下の要と誠。そしておまけのアイシャの方を見て困ったような表情で鈍い笑みを浮かべた。
「確かに。でもそちらは良い部下に恵まれているみたいじゃないか」 
「アタシ等は悪い部下だと言いてえわけだな」 
 カウラにあてこするように振り返った要が誠とアイシャを見つめる。アイシャは勤務服の襟の少佐の階級章を見せながら頬を膨らませる。誠も頭を掻きながらエルマを見つめていた。
「これは少佐……アイシャ・クラウゼ少佐ですか?」  
 そう言うとエルマが厳しい表情に変わり直立不動の姿勢をとる。あきれたように笑みを浮かべるアイシャ。それをしばらくカウラは見比べていた。
「良いのよ、別に気なんて使わなくても」 
「いえ……クラウゼ少佐の話は教育施設でも良く聞かされましたから。ゲルパルト独立戦争でのエースとして、あのゲルパルト共和国大統領、シュトルベルグ大佐貴下の遊撃部隊での活躍。私の仲間でも知らないものはいませんから」 
 目を輝かせるエルマにカウラは気おされていた。カウラもアイシャもゲルパルトの人造人間計画『ラストバタリオン』で製造された人造人間である。だが、ほとんどは製造中に終戦を迎え、それまでに育成ポッドの外にいたのは保安隊では運用艦『高雄』の艦長で運行部の部長鈴木リアナ中佐一人だと誠は思っていた。
「アイシャさんはゲルパルト独立戦争に参加したんですか?」 
「教えてくださいよ!オバサン!」 
 誠の純粋な疑問にかぶせてがなりたてる要。握りこぶしを作りながらアイシャがじりじりと要に近づいていく。
「馬鹿をやっている暇は無いんじゃないのか?エルマ……ちょっと急ぎの用事があってな。いくぞ、西園寺!」 
 馬鹿騒ぎが起きることを察知したカウラがそう言って要の手を引いた。唖然とするエルマを置いて駐車場の隅に向かうカウラ。
「要ちゃん」 
 カウラの赤いスポーツカーにたどり着いたアイシャが珍しく米神をひくつかせながら要をにらみつけている。
「なんだよ。急いでいるんじゃねえのか?シャムのことだ。徹夜が続くとまた逃げ出すぞ……と言うか逃げたんだな」 
 助手席のドアを開けた要はシートを倒してすぐに後部座席にもぐりこんだ。何も言えずに同じように乗り込むアイシャ。
「一応言っておくが、アイシャは早期覚醒で実戦に投入されたわけだ。私やサラみたいに自然覚醒まで培養ポットで育った者より稼動時間が長いのは当然だろ」 
 気を利かせてのカウラの一言。すぐにガソリンエンジンの響きが車内を満たす。
「いいわよそんなフォロー。それより久しぶりだったらお茶くらいしていけばいいのに」 
 アイシャの言葉にちょっとした笑みを浮かべるカウラ。車は駐車場を出て冬の気配の漂う落葉樹の森に挟まれた道に出た。
「今でもそう言うことには関心が持てないからな。アイシャほど実社会に対応した期間が長くは無い」 
「何よ!カウラちゃんまでそんなこと言うの?」 
 アイシャの膨れっ面がバックミラーに映っている。誠は苦笑いを浮かべながら対向車もなく続く林道のを見渡していた。
「稼働時間を年齢とすると……8歳か、カウラは」 
 何気なく言った要の言葉にハッとした表情に変わるカウラ。
「ロリね……ロリキャラね」 
 アイシャが非常にいい顔をするので明らかにその様子を眺めていたカウラが渋い表情を浮かべる。
「でも8年で大尉に昇進なんて凄いですね」 
「そうだな、どこかの誰かは三週間で少尉候補生から曹長に格下げ食らったからな」 
「西園寺さん勘弁してくださいよ」 
 誠は自分の降格をネタにされて後ろで窮屈そうに座ることにすでに飽きている要を振り返る。
「そう言う誰かも一度降格食らったことが無かったか?」 
 カウラの皮肉に要は黙り込むことで答えようとしているように口をへの字に結んで外の枝だけが残された木々に視線を移していた。

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