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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 4

「確かに……寝てないですからね、しばらく。ああ、今日は定時に帰りたかったなあ」 
 そう言いながら作業をしている部下達を眺める島田の疲れ果てた背中。同情のまなざしを向けるカウラの肩を要が叩く。
「無駄口叩いてねえでいくぞ!」 
 要は歩き始めた。技術部の整備班の面々は班長の島田の疲れを察してか段取り良くシートをトレーラーに搭載された05式にかけていく。その脇をすり抜けて要は早足でグラウンドに出た。冬の風にあおられてそれに続いていた誠は勤務服の襟を立てる。
「たるんでるねえ。それほど寒くもねえじゃないか」 
 笑う要だが、誠には北の山脈から吹き降ろす冬の乾いた空気は寒さしか感じなかった。振り向いたところに立っていたカウラもそぶりこそ見せないが明らかに寒そうな表情を浮かべている。
 そのまま正門に向かうロータリーへ続く道に出ると、すでにトラックに荷台に整列して乗り込んでいるマリアの部下である警備部の面々の姿が見えた。
「ご苦労なことだ。仕事熱心で感心するよ」 
 金髪の長身の男性隊員が多い警備部。良く見ると正門の近くで運行部の女性士官達が手を振ったりしている。
「今生の別れと言うわけでもあるまいし」 
 その姿に明らかにかちんときたような表情を浮かべて勤務服のスカートのすそをそろえている要。誠は愛想笑いを浮かべながら再び歩き始めた彼女についていく。
「あ!西園寺大尉とカウラさん……いやベルガー大尉ですか?」 
 通用門の隣の警備室からスキンヘッドの曹長が顔を出していた。彼は手に警備部の採用銃であるAKMSを手にして腹にはタクティカルベストに予備の弾倉をぱんぱんに入れた臨戦装備で待ち構えていた。
「これおいしいわよ!」 
 その後ろではうれしそうにコタツでみかんを食べているアイシャの姿がある。
「引継ぎの連絡はクラウゼ少佐にしましたから。俺達はこれで」 
 そう言うとスキンヘッドの曹長と中から出てきた角刈りの兵長は敬礼をしてそのまま警備部の兵員輸送車両に走っていく。
「遅いじゃないの!」 
 そう言うとアイシャはコタツの中央に置かれたみかんの山から誠、要、カウラの分を取り分けて笑顔で三人を迎え入れた。
「これはシャムちゃんお勧めのみかんよ。甘くってもう……後を引いて後を引いて」 
 その言葉通りアイシャの前にはすでに二つのみかんの皮が置かれていた。それを見た要もぶっきらぼうな顔をして靴を脱ぎ捨てるとすぐにコタツに足を入れてアイシャが取り分けたみかんを手にすると無言でむき始めた。
「まあ自由にやって頂戴よ、カウラちゃんと誠ちゃんも」 
「なんだよ、主(あるじ)気取りか?」 
 アイシャと要。二人してみかんを剥くのに夢中になっている。顔を見合わせて冷めた笑いを浮かべると誠とカウラも靴を脱いで上がりこんだ。
「ああ、ゲート上げ下げは要ちゃんがやってね。私は寒いから」 
「なんだよ!アタシがやるのか?」 
 口にみかんを詰め込んだ要が四つんばいでゲートの操作ボタンのある窓へと這っていく。
「さて、今回私達がここに集まったのにはわけがあるのよ」 
「クリスマス会だろ?」 
 仕切ろうとした出鼻をカウラにくじかれてひるむアイシャ。だが、再びみかんを口に放り込んでゆっくりとかみながら皮を剥いている誠とカウラを眺めてしばらく熟考すると再び口を開いた。
「それだけじゃないわ。ランちゃんに聞いたけど……哀れでやけになったロナルド上級大尉はクリスマスだけでなく年末年始の間も勤務を希望しているらしいわ」 
「そうなのか……」 
 明らかに投げやりに返事をするカウラ。実際こういう時のアイシャに下手に口答えをするとうざったいだけなのは誠も知っていて、あいまいに首を縦に振りながら彼女の言葉を聞き流していた。
「それに年末の東都警察の警備活動の応援は手当が付くということで警備部の面々が定員をめぐって争っている状態だしねえ。コミケもシャム達が仕切るから私達は完全にフリーなのよ」 
「ああそうだな」 
 上の空でそう言うとカウラがみかんの袋を口に入れた。
「カウラちゃん。聞いてよ」 
「聞いてるって」 
 困ったような表情でアイシャを見つめるカウラ。
「つまりあれだろ。アタシ等は年末年始が暇になるってこと」 
 要はアイシャの言葉を聞いていたようで、兵員を満載した警備部のトラックの為にゲートを開けながらそう叫んだ。
「そうよ!それ。そこで私達がやるべきことが二つあるのよ」 
 高らかなアイシャの宣言に不思議そうな顔をするカウラ。
「二つ?クリスマス会だけじゃないのか?」 
「馬鹿だなあカウラ。クリスマス会とコミケでのアイシャの荷物持ちがあるだろ」 
「ああそうか」 
 納得してみかんをまた一口食べるカウラ。だが、そこでアイシャはコタツから立ち上がった。
「違うわ!一番大事なこと!家族のぬくもりに恵まれない私達三人に必要なイベントがあるじゃないの!」 
 その奇妙なまでに力みかえったアイシャの言葉に誠は明らかに嫌な予感を感じながらみかんを口に放り込んだ。
 そんなアイシャの雄たけび。誠の背筋を寒いものが走った。そしてその予感は的中した。
 アイシャの顔が作り笑顔に切り替わって誠に向かう。
「あの……なんですか?」 
 同情するように一瞥してゲートを閉じる要。カウラは係わり合いになるのを避けるように二つ目のみかんに取り掛かる。
「誠ちゃんの家の正月って何をするのかしら?」 
 満面の笑み。そんなアイシャがじりじりと顔を近づけてくる。
「別に大したことは……」 
「そうだな。西園寺の家のように一族郎党集まるわけじゃないんだろ?」 
 カウラはそう言うと剥いたみかんを口に放り込む。だがアイシャはにやけた表情を崩さずに満足げに頷きながら誠を見つめている。
「なるほどねえ、アイシャ。いいところに目をつけたな」 
 今度はいつの間にか誠の隣にやってきた要が身体を押し付けて耳元で囁いてきた。そのタレ目が誠の退路を断った。
「そんな普通ですよ。年越し蕎麦を道場の子供と一緒に食べて、そのまま東都浅草(とうとせんげん)にお参りして……帰ったら餅をついて……」 
「おい、それが普通だって言ったら島田に怒られるぞ」 
 そう言って要は誠の頭を小突いた。言われてみて確かに父の剣道場に通っている子供達が集まるなどと言うことは普通はないことを思い出して誠は少し後悔した。
「え?誰が怒るんですか?」 
 警備室の窓の外から島田が顔を出している。後ろにあるのは誠の05式を搭載したトレーラー。運転席では西が助手席の誰かと楽しそうに雑談をしている。
「ああ、何でもねえよ!」 
 そう言うと要は四つんばいのままゲートを空けるボタンを押す。
「じゃあ明日はよろしくお願いしますよ!」 
 島田はそう言うと駆け足で車に戻って行った。トレーラーがゆっくりと走り出し、それを見送った要はまた四つんばいで誠の隣に戻ってくる。
「ああ、西園寺。明日は直行じゃないからな。いつもどおりに出勤。技術部の車で現地に向かう予定だからな」 
 カウラはそう言うと周りを見回した。厳しい表情が緩んでエメラルドグリーンのポニーテールの髪が揺れる様に誠は目を奪われる。
「ああ、お茶ね……」 
 その様子を見たアイシャが察して奥の戸棚を漁る。要はすぐに入り口のドアの手前に置かれたポットを見つけると蓋を開けて中のお湯の温度を確かめる。
「しっかり準備は出来てるんだな。うれしいねえ」 
 要はそのままポットをコタツの上に置く。急須と湯のみ、それに煎餅の袋を棚から運んできたアイシャがそれを誠の前に置いた。誠はこの三人がゲート管理をするとなればそれなりの準備をしておかないと後が怖いと思った警備部の面々の恐怖を思って同情の笑みを漏らした。
「入れるんですか?」 
 そんな誠に三人の視線が集まっている。
「当然でしょ?神前曹長」 
 そう言ってアイシャがにんまりと笑って見せた。反論は許されない。誠は茶筒を手に取り綺麗に洗われた急須を手にとって緑茶の葉を入れる。
「お茶の葉、ケチるんじゃねえぞ」 
「はいはい」 
 濃い目が好きな要の注文に答えるようにして葉を注ぎ足した後、ポットからお湯を注いだ。
「そんな入れ方してたら隊長に呆れられるわよ」 
 今度はアイシャである。緑茶の入れ方については茶道師範の免許を持ち、同盟軍幹部の間では『茶坊主』と陰口を叩かれる隊長の嵯峨ならばいちいち文句をつけてくるだろうとは想像が付いた。
 だが目の前の三人はただ誠をいじりたいからそう言っているだけ。それがわかっているので誠はまるっきり無視して淡々と湯飲みに茶を注いだ。
「いいねえ……部下にお茶を入れさせると言うのは」 
 心からそう思っているとわかるように湯飲みを抱え込んでコタツに足を入れてきた要。誠は愛想笑いを浮かべながら彼女を見つめていた。しかし、足をコタツに入れたとたん要の顔が不機嫌そうな色に染まった。そしてしばらくするとコタツの中でばたばたと音がひびく。
「おい!アイシャ!」 
「何よ!ここは私が!」 
 明らかに足を伸ばすために身体を半分以上コタツに沈めているアイシャ。それに対抗して要も足を突き出す。
「子供か?貴様達は」 
 呆れたようにそう言って湯飲みに口をつけるカウラの視線がゲートのある窓に向かった。
「西園寺。仕事だぞ」 
「あぁ?」 
 アイシャとのコタツの内部抗争に夢中だった要が振り向いた。
 ゲート管理の部屋の詰め所の窓にはそれを多い尽くすような巨漢が手を振っていた。
「なんだよ!エンゲルバーグ。出て行きたいなら自分で開けろ!」 
「無茶言わないでくださいよ!警備室にいるんだから西園寺さん達が担当じゃないですか?仕事くらいはちゃんとしもらわないと」 
 その食べすぎを指摘される体型からエンゲルバーグと呼ばれる保安隊技術部法術技術担当士官、ヨハン・シュペルター中尉が顔を覗かせる。誠が目をやるとうれしそうに口に入れたアンパンを振って見せた。
「ったく……オメエはいつも何か食ってるな。少しは減量を考えろよ」 
 渋々コタツから出た要は再び四つんばいでゲートの操作スイッチに向かう。
「ヨハンさん、学会ですか?」 
 法術と呼ばれるこの遼州の先住民『リャオ』の持つ脳波異常を利用した空間制御技術。その専門家、そして法術の発現を地球圏社会で初めて公の場で見せ付けることになった『近藤事件』で活躍した誠の能力開発主任と言うのがヨハンの肩書きだった。
 事件が起きてもう5ヶ月が経つ今日。法術が戦争に使われることの是非、その能力の発現方法や利用方法に関しての学会が開かれるたびにヨハンは隊を留守にすることが多くなっていた。
「ああ、今度は大麗でやるんだと。ったく情報交換と言いながらそれぞれ情報を出すつもりなんてないんだから会合なんかする必要ないのにねえ……って開いたか」 
 開いたゲートを見るとヨハンは大きな身体を翻して自分のワンボックスに乗り込んだ。
「ったく」 
 出て行くヨハンの車を見送ると再び這って戻ってきた要がコタツに足を入れようとする。
「おい!」 
「何?」 
 にらみつけてくる要に挑発的な笑みを浮かべるアイシャ。
「足!」 
「長いでしょ?うらやましいんじゃ……って!蹴らないでよ!」 
 アイシャが叫ぶと同時にがたりとコタツ全体が揺れる。水音がして誠がそちらに視線を向けるとカウラの顔にお茶のしぶきが飛んでいる様が目に入った。
『あ……』 
 要とアイシャが声をそろえてカウラの顔を見る。カウラは何も言わずにポケットからハンカチを取り出すと静かに顔にかかったお茶を拭った。
「冷めてるから……大丈夫よね?」 
「アイシャが餓鬼みてえな事するからだろ?」 
「二人とも穏便に……」 
 カウラの沈黙が恐ろしくて誠も加えた三人は、意味も無い愛想笑いを浮かべる。当然三人の意識は次のカウラの行動に向いていた。
「要、仕事だ」 
 一言そう言ってカウラはポットと急須に手を伸ばした。ほっと胸をなでおろした要がゲートの方に目をやった。
「よう!」 
 立っていたのはコートを着込んだ嵯峨だった。手にはタバコを持って相変わらず何を考えているのか分からない脱力気味の視線で誠達を眺めている。
「叔父貴。警備部の訓練には付き合わないのか?」 
 要はそう言いながらゲートを開く。
 嵯峨は要と同じ胡州陸軍の軍籍の持ち主である。貴族制領邦国家、胡州帝国の四大公の一つ嵯峨家当主を次女でありこの部隊の第三小隊小隊長嵯峨楓に譲り今は一代公爵という爵位を持つ超上流の貴族である。要の父である胡州帝国宰相、西園寺基義公爵の義理の弟で西園寺新三郎と名乗っていたこともあるところから『人斬り新三郎』と言う二つ名の方が通りが良かった。
 だが今誠の目の前にいるのはそのような殿上貴族と言うにはあまりにも貧相なコートを着た目の色に生気のない男だった。そして愛車のスバル360が長身の嵯峨の後ろでぱすんぱすんと途切れそうなエンジン音を放っているのも嵯峨の貧乏臭さに止めを刺しているように見えた。
「やってられっかよ。アイツ等の室内戦闘技術は銀河屈指だぜ。俺みたいなロートルの出張る必要はねえよ」 
 そう言ってタバコを口に運ぶ嵯峨。保安隊、正式名称『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関実働部隊機動第一課』の隊長に彼が選ばれたのは胡州陸軍憲兵隊の隊長としての経験を買われたということになっていた。だがなによりその何を考えているのか分からないポーカーフェイスを野に放しておくのを一部の同盟諸国の首脳が怖がったからと言う噂は誠も耳にしていた。確かにぼんやりとタバコをくゆらす様は不気味に思える。
 そんな不審そうな誠の顔を見て不愉快そうな表情で嵯峨が背伸びをして部屋の奥を覗き込んでくる。カウラはタバコの煙を撒き散らす嵯峨をにらみつけ、嵯峨はそれに気づいて弱ったように頭を掻いていた。
 要の操作でゲートが開くと、軽く手を上げた後、黙って車に乗り込む。それを見た要がポケットからタバコの箱を取り出した。
「吸うなら外に出ろ」 
 軽いエンジン音を撒き散らして去っていく嵯峨の軽自動車の音に合わせるようにそう言うと、カウラは再びみかんに手を伸ばす。それを見た要は舌打ちをして立ち上がると誠の後ろの出入り口に向かった。
「じゃあヤニ吸って来るわ」 
「帰って来なくてもいいわよ!」 
「あとでぼこぼこにしてやる」 
 アイシャの挨拶に舌を出して答えた要が外へ消えていく。
「そう言えばどこまで話したっけ?」 
 アイシャはそう言うともぞもぞとコタツの中から足を抜いて正座をした。正面に座っていた誠は嫌な予感に襲われつつ、胡坐をかいていた足を引っ込めた。
「僕の家の正月はどうだって話ですけど……」 
「ああ、そうね。そうそう」 
 あいまいに頷きながらアイシャが左腕をコタツの上に置いた。腕に付いた小型の携帯端末の画面が誠とカウラの前に映る。
「今回は……私達は正月を満喫すると言う目的で動きたいと思います!」 
 アイシャのその宣言のとおり、そこには予定表のようなものが映っていた。
「仕事しろよな少佐殿」 
 みかんを口に運びながら、カウラは大きなため息をついた。
「だってさー、ここにこうして詰めているのが歩哨の仕事でしょ?」 
「そこのロッカーに銃なら入ってるぞ。それ持って外で立ってろ。そうすれば仕事をしていると認めてやる」 
 みかんの皮をたたみながらのカウラの言葉にアイシャは頬を膨らませる。
「誠ちゃん!カウラって酷くない!」 
「はあ……」 
 誠はただ苦笑するだけだった。アイシャはその頼りない誠の態度にため息をつくと再び目の前の画面に目を向けた。
「でねでね!さっきの続きだけどね。今日、ランちゃんに頼んで今月の23日から来月の4日まで私達は休暇をとることにしたのよ」 
「したのよ?」 
 怪訝な顔でアイシャを見つめるカウラ。誠も突然のアイシャの言葉に驚いた。
「決定なんですか?」 
 誠の言葉に笑みを浮かべて頷くアイシャ。カウラはすぐに自分の腕に巻いた端末を起動させて画面を何度か転換させた後、大きくため息をついてアイシャをにらみつける。
「クバルカ中佐の許可も取ってあるな」 
 勤務体制の組み換えの許可は副隊長であるランの承認が必要だった。逆に言えばランが勤務体制がタイトに過ぎると判断すれば各人の休暇消化の指示が出る。事実、出動後のアサルト・モジュールのオーバーホールなどで超過勤務が続くことが多い技術部のメンバーには何度か休暇消化命令が出たこともあった。
「まあね。有給消化率の低い誰かさんを休ませると言ったらランちゃんすぐにOK出してくれたわよ」 
「ランちゃん?」 
 外からの声に驚いて誠はゲートの方を振り返る。そこには赤いヘルメットが浮かんでおり、その下にはにらんでいるような目があった。
「あ!クバルカ中佐……」 
 カウラはコタツの中の誠の足を蹴る。それを合図に誠は席を外している要に変わりコタツを出て這ってゲートの操作ボタンまで向かった。
「オメー等暇そうだな……って西園寺はどうした?」 
 ゲートの開くのを見ながらデニム地のジャケットを着て小さなバイクにまたがっているランがエンジンを吹かす。
「ええと、要ちゃんならタバコ吸いに行きましたよ。それより休日出勤ご苦労様です!」 
 そう言ってにんまりと笑うアイシャを見てランは大きくため息をついた。 
「仕事を増やす部下ばっかりで大変だよ」 
 そう言い捨てるとランは工場の内部道路を軽快な音を立てて去っていった。
「でも……ほんとランちゃんてかわいいわよね」 
 うれしそうなアイシャ。それを見ながら寒さに負けてコタツに向かう誠。だが、コタツにたどり着く直前でゲートに現れた客の咳払いが聞こえてそのままの格好で誠はゲートの操作ボタンへと這って行った。
「あら……お姉様方おそろいですのね」 
 窓の外には和装の美女の姿がある。嵯峨の双子の姉妹の姉の嵯峨茜。
 先月の同盟厚生局と東和軍の武断派によるクーデター未遂事件の解決でようやく来年度の正式発足が決まった『法術特捜』の新主席捜査官就任が決まった同盟司法局のエリート捜査官である。
「あと西園寺さんがタバコを吸って……」 
「おう、茜じゃねえか。会議ばかりで退屈じゃねえのか?」 
 喫煙所から戻ってきた要が茜の高級セダンの横に立っていた。ちらちらと要はその車を眺めるが、要はどちらかと言うとこう言う高級品的な車が嫌いだと何度も言っていた。その目はいつものようにただの好奇心で鏡にでもできるのかと言うほどの艶を見せる塗装を見つめているだけだった。
「会議も大切なお仕事ですわよ。特にわたくし達は国家警察や同盟司法局捜査部、場合によっては軍部との協力が必要になるお仕事ですもの。面倒だと言っても事前の綿密な連携が……」 
「聞こえない!何にも聞こえない!」 
 そのまま自分に対する説教になりかねないと思った要は両耳を手で押さえて詰め所の入り口に向かっていく。
「本当に要お姉さまは……」 
「茜ちゃんもそんなに説教ばかりしても……」 
 アイシャの言葉に大きくため息をつく茜。会議をサボる、会議では寝る、会議から逃げるの三拍子で上層部の不興を買うことを楽しんでいると言う噂の茜の父惟基。無類の女好きであっちこっちの部隊で同性にちやほやされることが趣味だと言ってはばからない妹楓。この二人を東都のはずれ豊川の部隊に残して都心に去ることに不安を感じている茜に誠は同情を禁じえなかった。
「そうですわね。カウラさん!」 
「はい!」 
 誠と同い年。だがどうしてもその雰囲気と物腰は落ち着いていてカウラですら緊張するようなところがあった。そして若干17歳で東和弁護士試験を合格したと言う回転の速い頭脳。あの嵯峨や楓すら御する腹の据わり具合。誠も声をかけられたカウラに同情する。
「しっかり要お姉さまのたずなを握っておいてくださいね」 
「うるせー!余計なお世話だよ」 
 上がりこんできた要がゲートのスイッチを押す。開くゲートを一瞥した後、茜は大きなため息をついて要を見上げた。
「なんだよ……」 
「何でもありませんわ」 
 そう言って茜は車に乗り込む。身を乗り出して駐車場に向かう茜の車を見送った後、要はずかずかと歩いてコタツのそれまで誠が入っていたところに足を突っ込む。
「何もねえって顔じゃねえよな!あれ」 
 その横柄な態度に態度の大きさでは要と負けていないアイシャですら大きなため息をついた。
「じゃあさっきの話の続きをするわね」 
 要を置いて話を始めようとするアイシャ。拳を握り締める要の手を握っカウラが頭を振るのを見てようやく要は落ち着いてコタツの外に正座している誠に勝ち誇った笑みを浮かべて見せた。
「まず誕生日会ですけど」 
「素直にクリスマスがやりたいって言えばいいのに……」 
 ぼそりとつぶやく要に鋭いアイシャの流し目が飛ぶ。肩をすくめて舌を出した要を見ると、アイシャは再び話を続けた。
「いろいろ考えたのよ。寮でにぎやかに行う。あまさき屋でパーとやる。でもそれでは私達が求めている家族とのふれあいという要素が満たせないのよね」 
 誠はカウラの顔を見てみた。カウラはアイシャの言うような家族とのふれあいを求めているわけじゃないとはっきりわかるような苦笑を浮かべている。
「そこで誠ちゃんにお願いがあるの」 
 ずいとコタツに身を乗り出して誠を見つめてくるアイシャ。その眼力につい身をそらして避けてしまう誠。アイシャの視線ははっきりと誠を捉えているのがわかる。いつものことだがこういう時のアイシャの発言はろくでもないことであることはわかりきっていた。
「誠さんの家で誕生日会。お願いできるかしら?」 
 予想は的中した。誠は助けを求めるようにカウラを見る。首を横に振るカウラ。今度は要を見た。タレ目はニヤニヤ笑いながら誠の発するだろう泣き言を想像しているように見える。
「うちって……クリスマスは特に変わったことはやりませんよ」 
「いいのよ。クリスマスじゃなくてカウラちゃんのお誕生日会なんだから!」 
 そう言うと満面の笑みで誠を見つめてくるアイシャ。
「でも……確か親父は学校の行事とかでこの当たりの日はいないのが普通ですけど」 
 抵抗するように誠はそう言ってみた。高校教師の誠の父誠一がクリスマス前後に家にいないことが多いのは事実だった。誠も子供の頃はクリスマスには父はいないものだと思い込んでいた時期もあったくらいである。母と二人きりのクリスマスを過ごすのが普通のことだった。
 だが、アイシャはまるでひるむ様子もない。舌なめずりをしているように見えるのは気のせいだと誠は思い込むことにしながらアイシャの眼力に耐えていた。
「じゃあ誠ちゃんはお母さんに連絡して場所の確保をお願いするわ」 
「僕の意見は無視ですか」
 そう言って目を手元の端末に移すアイシャ。奇妙に力のある眼に見つめられて焦っていた誠はようやくそれから解放されて大きく息を吐いた。
「それでお料理……」 
 こう言ってアイシャは黙り込む。
 アイシャ、カウラ、要。家事とは縁のない三人である。寮の料理当番では三人がすさまじい能力を発揮して見せたことは伝説となりつつあった。
 アイシャに任せると味付けが崩壊した。包丁の使い方は誠と同じ程度、レシピどおりに火を通し手早く作業を進める。だが味付けで普通を拒否する彼女は絶対に適量を守ることはなかった。それ以来彼女は食材切りがかりとして味付け担当を別に設けて料理当番を務めることになった。
 カウラの場合手際が悪いのが問題だった。まるで理科実験をしているとでも言うように、計りに目を向けて動かなくなる。そんなカウラに笑っていられたのは最初に当番のときだけだった。ともかく計る。何でも計る。そして間違えないようにと調理中にも計る。次第に料理を作っているのか食材の重さの検査をしているのかわからなくなる。当然時間は数倍かかり、朝食を食わないで寮を飛び出す隊員が続出した。それ以来彼女は食事当番が免除されることとなった。
 正反対なのが要。適当、いい加減、そして短気。野菜炒めは半生。目玉焼きはスクランブルエッグ化。味噌汁はぬるかった。本人は全く気にせず食べるだけに性質が悪かった。当然彼女も食事当番免除組である。
「ほら!クリスマスの時期ってオードブルの広告とか一杯出ているじゃないですか!何とかなりますよ!」 
 明るく作り笑いを浮かべて叫ぶ誠。自覚のあるカウラは引きつった笑いを浮かべて頷き、自分のことは棚に上げているだろうが、とりあえずアイシャとカウラの料理は食べたくない要が納得したように頷いている。
「そうね……じゃあ料理はOKっと」 
 胸をなでおろす誠。コタツから追放されて正座している誠の足を隙間風が襲う。
「神前。寒いんじゃないのか?」 
 カウラはそう言うと要をにらみつけた。確かに誠は寒かった。そればかりでなくなんとなくはじめた正座のせいで足がしびれてきていてぴょこぴょこと足を動かしてそれを我慢している。
「仕方ないなあ……ここに足を入れろよ」 
 ずるずると横に移動する要。そしてそこに足一本分くらいのスペースが出来た。
「おい、西園寺。それじゃあ入れないんじゃないのか?」 
「良いんだよ!片方ずつ変わりばんこに入れればあったかくなるだろ?それになんなら……」 
 タレ目の要の上目遣いの視線。舌なめずりをしているその顔にはなんともいえない色気が立ち込める。誠も一瞬だまされそうになるがカウラの冷たい視線で我に返った。
「無茶言わないでくださいよ」 
 誠の泣き言が響く警備室。だが、コタツの上で画面を黙っていじっているアイシャは彼等のことなど眼中になかった。
「それでね、私達三人はカウラちゃんにプレゼントをしないといけないわけよね。これはカウラちゃんの誕生日パーティーなんだから」 
「遠慮する」 
 アイシャの言葉に即断するカウラ。その言葉を聞くとアイシャはいかにも残念そうな表情を浮かべる。
「その方が懸命だよなあ」 
 また少しだけコタツのスペースを作るべく動きながら要がつぶやいた。
「もしかして乙女ゲーとかを用意していたんじゃないですか……しかも自分が飽きた中古の奴」 
 誠の言葉にアイシャが目をそらす。
「図星か……それはプレゼントとは言わないぞ」 
「違うのよ!今度は新品の奴を!」 
「まず最初に自分がデバックと称して遊ぶんだろ?」 
 カウラと要に突っ込まれて思い切り沈んだ顔で誠に助けを求めるような視線を投げてくるアイシャ。だが誠もさすがにこの状態で彼女をかばうことは出来ず視線を落とした。
「こういう時はあれだろ?男が仕切って何とかすると言うのが……」 
 得意げに語る要の視線が隣の狭苦しそうにひざの先だけコタツに入れている誠に向く。
「へ?」 
「そうね、それが一番じゃないかしら」 
 同意するアイシャの視線がカウラに向く。カウラの頬が朱に染まり、ゆっくりと視線が下に落ちる。
「もう!本当にかわいいんだから!」 
 そう言ってカウラにコタツの中央のみかんの山から一つを取って彼女に渡すアイシャ。
「ほら!おごりよ。遠慮しないで!」
「あっ……ああ、ありがとう?」 
 とりあえず好意の表れだと言うことはわかったというように、カウラがおずおずと顔を上げて渡されたみかんを手に取る。そして要とアイシャが薄ら笑いを浮かべながら視線を投げつけてくるのを見て困ったように誠を見つめた。
 誠も隣で身体を摺り寄せてくる要を避けながら視線をカウラに向けた。
 二人の視線は出会った。そしてすぐに逸らされ、また出会う。
 その様子に気づいたのは要だったが、自分が仕向けたようなところがあったので手が出せずにただ頭を掻いて眺めているだけだった。アイシャはすでに飽きてひたすら端末をいじっているだけだった。
「あ!誠ちゃんとカウラちゃんがラブラブ!」 
 そこに突然響いたデリカシーのない少女の声。誠はゲートの方を振り向いた。
 シャムの目が見える。ランよりも若干身長が高いので鼻の辺りまでが誠の座っているところからも見えた。隣に茶色い小山があるのはシャムの一番の家来、コンロンオオヒグマの子供であるグレゴリウス13世の背中だろう。
「シャムちゃんはグレゴリウス君の散歩?」 
「うん!」 
 帰ってきてすぐに顔を出した修羅場での死んだ表情はそこには無く、アイシャの問いに元気良く答えるシャムがあった。書類上は彼女は34歳である。だが一部の噂ではそれ以上の年齢だと言う話も誠は聞いていた。だが、彼女はどう見ても10歳前後にしか見えない。と言うかそれでも精神年齢を下に見積もる必要がある。
「ブウ!」 
 グレゴリウスが友達のシャムが覗き込んでいる小屋に興味を持って立ち上がる。コンロンオオヒグマは大人になれば10メートルを超える巨体に育つ。2歳の子供とはいえ立ち上がれば優に4メートルを超えていた。
「何にもないよ。グリン。じゃあゲート開けて」 
 巨体の持ち主のグレゴリウス13世が通るには歩行者用通路は狭すぎた。仕方なくせかせかと歩いていった誠がゲートの操作ボタンを押す。
「ありがとうね!」 
 シャムはそう言うとそのまま走って消えていく。誠は疲労感を感じながらそのままコタツに向かった。
「タフよねえ。シャムちゃんは」 
 そう言いながらもう五つ目のみかんを剥き始めたアイシャ。
「まあ元気なのは良いことじゃないのか?」 
 同じくみかんを剥くカウラ。要は退屈したように空の湯飲みを握って二人の手つきを見比べている。
「どうしたのよ、要ちゃん。計画はすべて誠ちゃんが立ててくれることになったからって……」 
「クラウゼさん。いつ僕がすべてを決めると言いましたか?」 
 異論を挟む誠だが、口にみかんを放り込みながら眉を寄せるアイシャを見ると反撃する気力も失せた。
「……わかりました」 
 そう言うのが精一杯だった。
「で、参考までにこう言うのはどう?」 
 アイシャはそう言ってデータを誠の腕の端末に送信する。内容を確認しようと腕を上げた時、終業のチャイムが警備室にも響いてきた。

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