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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 11

「大丈夫ですか?アイシャさん」 
 そう言って誠はカウラのスポーツカーの後部座席に座るアイシャを振り返った。
「駄目、死ぬ、あーしんど」 
 そう言って寮の食堂から持ってきた濡れタオルを額に乗せて上を向いているアイシャ。隣ではその様子を冷ややかに眺めている要がいた。
「どうでも良いけど吐くなよ」 
 そんないつもなら誠にかけられる言葉を受けて、熱い視線を助手席の誠に投げるアイシャ。見つめられた誠は思わず赤くなって前を向いて座りなおす。
「自己管理のできない奴が佐官を勤めるとは……どうかと思うぞ」 
 減速しながらつぶやいたカウラ。目の前には保安隊のゲートが見える。
 誠から見ても明らかに警備体制は厳重になっていた。いつもならマガジンを外した警備部の正式小銃のAKMSを下げている歩哨が巡回することになっているが、普段は歩哨など立てずに警備室でカードゲームに夢中になっている警備部員。
 それが重装備の歩哨はもちろん、いつの間にか警備室の前に土嚢を積み上げて軽機関銃陣地までが設営されていた。
「なんだ?戦争でもはじめるのか?」 
「違うわよ。これからシャムちゃんを首領にして篭城するのよ。猫耳の世界のために」 
「なんだそれ?」 
 くだらないやり取りをしている要とアイシャを無視してカウラはそのまま近寄ってきたヘルメットをかぶっている警備隊員に声をかける。
「例の件か?」 
 誠はここで思い出した。嵯峨の専用機『カネミツ』。シャムの専用機『クロームナイト』。ランの専用機『ホーン・オブ・ルージュ』。この本当の意味でのアサルト・モジュールの名前に足る三機の搬入作業が昨晩行われていたこと。
「まあ、そんなところですよ。しかし、フル装備での警備なんて。重いし……冬でもこれじゃあ暑くって……」 
 そう苦笑いを浮かべる兵士。ゲートが開き部隊の敷地に入るが、明らかにいつもと違う緊張感が隊を覆っているのを感じる。
「お望みの緊張感のある部隊の体制だ。優等生には最高なんじゃないのか?」 
 要のあざけるような笑顔が見える。アイシャはそれどころではないという表情で濡れタオルを折りたたんでいる。誠の目に駐車場の一番手前でジャッキアップしてすべてのタイヤを取り外した乗用車を囲んでロナルドと技術部の兵士達が談笑しているのが目に入った。
 手を上げるロナルド。さすがに吹っ切れたというように、昨日のまとっていた絶望的な雰囲気は消えていた。そのままカウラは数台先に車を止める。
 要に急かされて助手席から降りた誠。満面の笑みでそれを見つめるロナルド。そのつなぎには油がしみこんでおり、周りに照明器具まで用意されているところから見て一晩中彼が愛車の調整をやっていたことを意味しているように見えた。
「よう、元気そうだな」 
 昨日のロナルドからは想像もできないような笑顔に後部座席から降りたばかりの要も複雑な表情を浮かべていた。
「どうです?吹き上がりは」 
 要の言葉に満面の笑みで運転席に乗り込むロナルド。フロントをむき出しのまま彼はエンジンをふかす。
「いい吹け具合じゃねえか。がんばったねえ島田も」 
 そう言いながら狭い後部座席で今にも吐きそうなアイシャを目にしていた要は大きく伸びをする。
「本当にいい仕事をしてくれたよ。俺が留守の間にサードパーティーでも俺が目をつけてた部品をそろえていてくれてさ。そしてすでにくみ上げ前の再調整までしてくれていたんだ。本当にいい仕事をしてくれる男だよ」 
 軽快に回っていたエンジンを止めてにこやかに誠達を見つめるロナルド。それを迷惑そうに濡れタオルで頭を冷やしながら見つめるアイシャ。
「なんだ、クラウゼ少佐は飲みすぎか?何事も程々がいいぞ。じゃあ、彼等も仕事があるだろうから……」 
 島田の側近の技術下士官に目をやるロナルド。そのまま彼等はロナルドに敬礼すると走ってハンガーに向かう。
「元気がいいねえ。どうだ、アイシャ!見ていくだけ見ていくか?カネミツとか」 
 要は先頭に立ってにこやかな表情でハンガーに向かう。アイシャは仕方がないというようにそれに続いた。
「ああ、ベルガー大尉。後で……」 
「ガソリンエンジン搭載車の特性でも聞きたいんですか?じゃあ昼休みにでも」 
 一度話し出したらとまらないような様子のロナルドをやり過ごしてカウラはそのまま要達の後に続いた。
 三つのコンテナがハンガー前のグラウンドに並べられていた。ハンガーからは冬の豊川の気温をはるかに下回る冷気が流れ出して白い煙のように見えていた。先に歩いていた要はハンガーの中を覗き込んで少しばかり困惑したような表情を浮かべていた。
「おい、カウラ……」 
 同じく立ち止まったアイシャを制止するとカウラに目をやる要。誠とカウラはそのまま二人のところまで歩いていった。
「これは?」 
 誠の痛い機体を先頭に保安隊の保有するアサルト・モジュールが並んでいたが、先日まで嵯峨の四式改、シャムの05式特戦乙型、ランの07式特戦に変わり、はじめてみる機体が並んでいた。特に目を引いたのは調整を終えて装甲を装備している『クロームナイト』や『ホーン・オブ・ルージュ』よりも奥。関節部のアクチュエーターなどを露出している嵯峨の『カネミツ』の姿だった。
 腕と膝からは動力ピストンを冷やすための冷気が滝のようにこぼれてきている。さらにいつもならこんな時間には実働部隊の詰め所で音楽でも聴いているはずの吉田が、コックピットに伸ばしたコードをつけた調整用の端末を操作しているさまが異常に見えた。
 誠達を見つけた吉田は迷惑そうに目を逸らした。その動作に気がついたのか、コックピットに引っかかっている大きな塊が振り向く。
「おう、おはよう」 
 それは法術技術担当士官のヨハン・シュペルター中尉だった。
「どうですか!調整の方は!」 
 膝から下の装甲板の取り付け作業で響く金属音に負けないようにとカウラが大声を張り上げる。
「まあ、なんとかなりそうだ!」 
 ヨハンも叫ぶ。それを無視して作業を続ける吉田。
「こんな物騒なもの。よく同盟上層部が運ぶ許可を出したな」 
 階段を上りながら要がつぶやいた。昨日少しばかりカネミツの運用記録を見てみたが、ほとんど冗談のような戦績に誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。
 出撃時に100パーセントの確立で撃墜を記録している。それは切り札的に使われた決戦兵器の宿命かもしれない。被弾率がほぼ0に近いのは慎重派の嵯峨がパイロットを勤めていれば当然の話と言えた。だが、一回の出撃の撃墜数の平均が10機を越えているのは明らかに異常だった。
 特に嵯峨が遼南皇帝に就任した前後、多く単機で戦線に投入され圧倒的な数の敵機を屠ってきた戦歴はほとんど異常と呼べるような活躍だった。
「叔父貴も本気になったのかねえ」 
 階段を上りながらも目はカネミツを眺めていた要の一言。決して笑っていないその目に寒気を感じる誠。
「おう!ついに来ちまったな」 
 そう言って階段の上で待っていたのは嵯峨本人だった。どうにも困ったことがおきたとでも言うような複雑な表情の嵯峨。誠達はそれに愛想笑いで答える。
「おい、よく許可が出たな。どんな魔法を使ったんだ?」 
 駆け上がった要の言葉に首をひねる嵯峨。そしてしばらく要の顔を見つめた後、気がついたように口を開いた。
「ああ、押し付けられたんだよ。実際維持費だけでも馬鹿にならない機体だ。遼南も東和も管理する予算が出ないということでな。それで俺のポケットマネーで何とか維持しろと言われて届いたわけだ。まあ輸送に関する費用はあちら持ちだけどな」 
 そうあっさりという嵯峨。国防予算に明らかに円グラフの一部を占めるほどの維持コストのかかる機体の導入。誠がちらりと管理部のオフィスを見れば、机に突っ伏しているように見える高梨の姿が見えた。
「さすが領邦領主としては最大の規模の嵯峨家というところですか」 
 カウラはそう言うと作業が続くカネミツを見下ろしていた。
 嵯峨家は胡州四大公家の一つ。泉州を中心としたコロニー群を領邦として抱え、そこからの税収の数パーセントを手にすることができる富豪の中の富豪と言える。その当主の地位は今は第三小隊体調の楓の手にあったが、嵯峨本人は泉州公として維持管理の費用が寝ていてもその懐に入る仕組みになっていた。
「ったく……面倒なものが来ちまったよ」 
 嵯峨はそう言うと口にタバコをくわえてハンガーに降りていった。
「ちょっとついてきてくれ」 
 カウラは実働部隊の部屋の前で要と誠に声をかけた。いつもなら反応するアイシャだが、額に濡れタオルを当てたままぼんやりした表情で廊下を更衣室へと歩いていく。
「おう、来たか」 
 隊長の机にはちょこんとランが座っている。昨日、ビールの量ならばかなり飲んでいたはずだというのに平気の体で端末の画面を覗き込んでいた。
「ハンガーのあれのことだろ?言わねーでもわかるよ」 
 そう言いながら苦笑いを浮かべるラン。その隣の机では必死に端末の画面の文字を追っているシャム。そしてその隣のケージには巨大な亀がおいしそうに野菜を食べていた。
「シャムは良いねー平和で。アタシは発狂寸前だよ」 
 先手を打ってそう言って笑うラン。
「……やはりクバルカ中佐の機体も押し付けられたんですか?」 
 カウラの一言にランは誠を見つめた。なぜ自分に視線が飛んだかわからない誠。それを見て大きくため息をつくラン。
「まあ同盟厚生局の事件が今回の急な搬入の直接のきっかけだな。厚生局とつるんでクーデターを画策していたシンパが芋づる的に見つかってな。特に東和軍はひどい有様だ。表には出ていないが内部調査で士官の10パーセントが何らかのつながりがあるという結果が出た。来年までにその全員が諭旨退職処分になる予定だ」 
 自分が動いた結果で起きた大変な事態。誠はそれに打ちのめされたように顔を青く染めていく。そんな誠の肩を要が叩いた。
「そりゃあ人件費が浮いていいことなんじゃないのか?」 
 そのままランの机の端に腰掛けてにんまり笑う要。ランは大きくため息をついて要を見上げた後、そのまま話を続けた。
「同盟加盟国では東和の二の舞を避けようと内部調査を実施したんだ。遼南の反地球運動とつながっている連中、胡州のはねっかえり、西モスレムの原理主義者、ゲルパルトのネオナチ。どれもまあよく見つかること……」 
 あきれたような調子で画面を切り替えたラン。そこには次々と各国の軍幹部の経歴書が映し出されては消える。
「つまりそいつ等に持たせとくと使っちゃいそうだからうちで引き受けたわけか……迷惑な話だな」 
 要の言葉にカウラもうなづいてみせる。ランもまた複雑な表情で誠達の顔を見渡した。
「まったく迷惑な話だぜ。アタシ機体はできればどこぞの海にでも沈めたいのが本音だが……えらいさんは許さないだろうからなー」 
 そう言ってランは大きく伸びをした。
 そんなランを置いてカウラは自分の席に着いた。誠もさすがにいつまでも手の届かない幹部の人事の話に付き合うつもりは無いので自分の席に着く。要は興味深げにランの端末の画面を見つめながら小声でランと話をしていた。
「そう言えばどうするの?クリスマス」 
 仕事に片がついたのか、シャムが亀吉の葉っぱを取り上げてかじりながらカウラを見ていた。
「仕事中だぞ、後にしろ」 
 そうは言っては見たものの、カウラに急ぎの仕事が無いのは誠も知っていた。むしろ『クロームナイト』を受領するためにいろいろな手続きが必要になるシャムの仕事のほうが心配だった。
「ああ、アイシャが任せろって言ってたな。それとこいつのお袋が……」 
 そう言って要が誠の隣まで来ると誠の髪の毛を左手でぐしゃぐしゃにする。
「止めてくださいよ、まったく」 
 誠は何とか手ぐしでもとの髪型に戻す。その時、部屋の扉が開いた。
「凄いな、あれ。どうするんだ?あんな物騒なもの運んできて」 
 スタジアムジャンパーを着たジョージ岡部中尉が両手に手提げ袋を提げて現れる。続くのはダウンジャケットを着たフェデロ・マルケス中尉。どちらも機嫌はけっして良いようには見えなかった。
「なんだ、お前等。休んでれば良いのによー」 
「つれないこと言わないでくださいよ、中佐。あ!これお土産」 
 岡部はそう言うと手にした袋をそれぞれに配る。誠も中を覗いてみる。
「シュウマイですか?」 
「まあな、俺生まれも育ちも横浜だから」 
 そう言って笑う岡部に続き、フェデロも土産を配った。
 奇妙な形の木の置物。誠はしばらく見つめてそれが人間の顔をディフォルメしたものだと気づいた。カウラも要も不思議そうに手にした像を見つめている。
「あのー……」 
「ああ、俺は生まれも育ちもサンフランシスコだから」 
「だとなんでそうなるんだ?」 
 要の突っ込みにカラカラと笑うフェデロ。
「冗談はやめとけよ。それにオメーはフロリダ出身じゃなかったか?」 
 像を手にとってにらんでいるラン。そして部屋にさらに客が訪れたようにドアが開く。
「どうしたんだ?貴様等は俺に付き合うことは無いだろ?ゆっくり休んでいれば良いんだよ」 
 油にまみれた白いつなぎのロナルド。重苦しい空気が部屋を包む。誠もカウラも要もただ彼が静かに自分の席に座るのをじっと待っているだけだった。
「ああ、そう言えば俺は土産がなかったな……失敗したなあ」 
 そう言って笑うロナルド。だが、その表情を見て顔を引きつらせる岡部とフェデロはロナルドの隣の席に座るのを譲り合うようにしながら引きつった笑みを浮かべるだけだった。
「おい!スミス。送っといたぞ今月と来月の勤務表」 
 とりあえず責任感だけでランはそう言ってロナルドに目をやる。その言葉を自然に聞いて自然に自分の端末を起動させるロナルド。
「しかしいいのか?結構きついシフトになるぞ」 
 ランの言葉に岡部とフェデロは顔を見合わせる。
「なあに、合衆国海軍上がりは伊達じゃないことを見せつけてやるよなあ!岡部、マルケス」 
 その一言で岡部とフェデロははじかれたように敬礼する。それを満足げに見つめるとロナルドは自分の起動した端末を眺めた。
「ほう、確かにこれはかなりタイトですねえ。でも第一小隊のシフトもきついんじゃないですか?年末までびっしりじゃないですか」 
 顔を向けてくるロナルド。見つめられて少しばかり引いているランに誠は同情していた。
「そりゃああのハンガーのお荷物を見ればわかるだろ?それにきついのはアタシ等だけじゃねえよ。明華や島田なんかもしばらくは泊まりになるな……ってシャム」 
「え?」 
 ぬいぐるみの亀を亀吉の背中に両面テープでくっつけようとしているシャムを見てさすがのランも声をかけた。
「餓鬼かオメーは」 
「だって……つるつるだから」 
 シャムのよくわからない理由に要が噴出す。それをきっかけにロナルドが笑い始めた。それを見て岡部とフェデロが手早く自分達の端末を起動させている。
「まあ、あれだ。とりあえず事故が無きゃそれでいいんだけどな。それと……カウラ」 
「はい」 
 ランの言葉にカウラが顔を上げた。それまでシャムの行動を見て必死に笑いをこらえていたので明らかに口元が震えて見える。
「とりあえず非番とはいえ何が起こるかわからねーのがアタシ等の仕事だ。連絡はいつでも取れるようにしておけよ」 
「はい?」 
 ランの言葉にカウラは端末の勤務予定表を開く。誠もあわててそれに倣った。
 12月19日、つまり明日から1月4日までが非番になっている。
「これ……どうしてですか?」 
 さすがに誠もランに声をかけたくなっていた。
「アイシャの奴がねえ……。それとアタシもハンガーのブツの慣らしがすんだら休みとりたいしな」 
 ランの笑顔がどこかはかなげに見える。さすがの要も毒舌を吐く気も起きないほど弱りきっているランの笑顔。
「我々が休む分がそちらに回っただけだ。羽根を伸ばすと良いんじゃないのか?」 
 そう何気なく言ったロナルドの言葉に誠はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。

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