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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 19

「いつも混むわねえ、この道。地下鉄で正解だったわよ」 
 アイシャは東都の中心街、造幣局前の出口階段から外界に出ると、目の前を走る国道に目を向けた。そこには歩いたほうが早いのではと思わせるような渋滞が繰り広げられている。
「まあな。アタシがいつ来てもこんな感じだから……って、ここらに来る用事ってあるのか?特にオメエに」 
 ダウンジャケットを着込んだ要。これから彼女の顔が利くという宝飾ブランドの店に行くというのに、その服装はいつもと変わることが無かった。誠もアイシャもカウラも取り立てて着飾ってはいない。そして周りを歩く人々の気取った調子に誠は違和感を感じながら慣れた調子で歩き始めた要を見つめていた。
「結構ゲームの中の人のイベントとか新作発表会なんかがこのあたりのホールでやることがあるから。ねえ、先生」 
 にやけた目つきでアイシャに見つめられて思わず頷く誠。要はそれを見るとそのまま迷うことなく広い歩道が印象的な中央通りを歩き始めた。確かにアイシャの言うとおりだったが、大体そう言うときは同好の士も一緒に歩いて街の雰囲気とかけ離れた状況を作り出してくれていて誠にとってはそれが当たり前になっていた。
「でも、本当にこんな格好で良いのか?」 
 誠の耳元にカウラが口を寄せてつぶやく。誠も正直同じ気持ちだった。
 少なくとも公立高校の体育教師の息子が来るには不釣合いな雰囲気。現役の士官でもこんなところに来るのは資産家の娘の要のような立場の人間だろうと思いながらすれ違う人々から視線を集めないようにせかせかと歩く誠とカウラ。
「なによ、二人とも黙っちゃって」 
 要の隣を悠々と歩いていたアイシャが振り向いてにんまりと笑う。
「だってだな……その……」 
 思わずうつむくカウラ。アイシャにあわせて立ち止まった要も満足げな笑みを浮かべている。
「なにビビッてるんだよ。アタシ等は客だぜ?しかもアタシの顔でいろいろとサービスしてくれる店だ。そんなに硬くなることはねえよ」 
 そう言ってそのまま要は歩き始める。調子を合わせるように彼女についていくアイシャ。
「本当に大丈夫なのか?」 
 誠にたずねるカウラだが、その回答が誠にはできないことは彼女もわかっているようで、再び黙って歩き始める。
 次々と名前の通ったブランドの店の前を通る。アイシャはちらちらと見るが、どこか納得したように頷くだけで通り過ぎる。要にいたっては目もくれないで颯爽と歩いている。誠とカウラはそのどこかで聞いたようなブランド名の実物を一瞥しては要から遅れないように急いで歩くのを繰り返していた。
「そこだ」 
 要が指差す店。大理石の壁面と凝った張り出すようなガラスの窓が目立つ宝飾品の店。目の前ではリムジンから降りた毛皮のコートの女性が絵に描いたように回転扉の中に消える。
「帰りたいなあ……」 
 カウラはうつむくと誠だけに聞こえるようにそうつぶやいた。
「よろしくて?行きますわよ」 
 振り返ってそう言った要の雰囲気の変わり具合に誠もカウラも唖然とした。悠然と回転ドアに向かう要。そこにはいつもの粗暴な怪力と言う雰囲気は微塵も無い。カジュアルな雰囲気のダウンジャケットも優雅な物腰の要が着ていると思うと最高級の毛皮のコートのようにも見えた。
「変わるものねえ」 
 そう言いながらついていくアイシャ。その言葉を聴いて振り向いてにっこりと笑う要は誠にとっても別人のものだった。
 回転扉を通ると店内には数人の客が対応に当たる清楚な姿の女性店員と語らっているのが見える。店のつくりは誠がこれまで見たことがあるようなデパートの宝飾品売り場などとは違って展示されているのは数は少ないが豪華なケースに入った指輪やネックレスやティアラ。その中身も誠は美術館等で目にしそうなものばかりだった。
「これは西園寺様……」 
 落ち着いた物腰で要に近づいてくる女性の店員。それほど若くは見えないが清潔感のある服装が際立って見える。
「お久しぶりに寄らせていただきましたわ。神田さんはいらっしゃるかしら」 
 所作も変われば声色も変わる。その豹変した要に生暖かい視線を送るアイシャ。カウラは店員が声をかけてきたときから凍ったように固まっている。誠も似たような状況だった。
「わかりました……それでは奥にご案内しますので」 
 そう言って歩き出す店員に当然のように続いていく要。そのいかにも当然と言う姿に誠もアイシャも戸惑いながらついて行こうとする。
「カウラさん!」 
 誠に声をかけられるまで硬直していたカウラが驚いたようにその後につける。店内でもVIP扱いされるにしては貧相な服装の要達を不思議そうに見る客達の視線が痛かった。
「どうぞ、こちらです」 
 黒を基調とする妖艶な雰囲気の廊下から金の縁がまぶしい豪華な客室に通された。誠達の後ろにいつの間にかついてきていた若手の女性店員がついてくる。穏やかに先輩とわかる店員が合図すると彼女達は静かにドアの向こうに消えていく。
「皆さんもお座りになられてはいかがです?」 
 すでにソファーに腰掛けている要の言葉。明らかにいつもの彼女を知っている三人には違和感のある言葉の調子。仕方なく誠達はソファーに腰掛けた。
「いつもお友達を紹介していただいてありがとうございます。この方達は……」 
 明らかに不釣合いな誠達を見回す店員を満足げに眺める要。
「職場の同僚ですわ。一応この二人に似合うティアラを用意して差し上げたくて参りましたの」 
 『二人』その言葉に口を開けるアイシャ。まさに鳩が豆鉄砲を食らった顔というものはこう言うものかと誠は納得した。
「あら、そうなんですか。大切なお友達なのですね」 
 そう言って微笑む店員。明らかに動揺しているアイシャとカウラ。
「いえ、友達ではありませんわ。ただの同僚ですの」 
 穏やかな声だがはっきりと響くその声に少し店員はうろたえた。だが、それも一瞬のことですぐに落ち着きを取り戻すとドアへと向かっていく。
「それでは用意をさせていただきますので」 
 それだけ言って女性店員は出て行った。
「貴賓室付……さすがというかなんと言うか……」 
 そう言って周りを見回すカウラ。呆然としていたアイシャがゆっくりと視線を要に向ける。
「要ちゃん。気持ち悪いわよ」 
「うるせえ。テメエ等は黙ってろ」 
 一瞬だけいつのも要に戻るが、ドアがノックされたころにはすでに西園寺家次期当主の姿に戻っていた。
「どうぞ」 
 そんな丁寧な要の言葉にかゆみを覚える誠達。ドアが開いた瞬間、誠とアイシャは息を呑んだ。 
「失礼します」 
「メイド!メイドさん!」 
 入ってきたのはフリルのついたスカート、白いエプロンがまぶしい典型的なメイド服の女性だった。胡州貴族の出入りする店だからといって、そんなものがリアルにいるなどとは誠は信じられなかった。
「ベルガー大尉、クラウゼ少佐、神前曹長。今日もアッサムでよろしいですわよね」 
 微笑む要。その妖艶にも見える表情に頭を掻きながら頷く誠。二人のメイドは静かに紅茶の準備を進めている。
 その光景を眺めている誠達の耳に再びノックの音が響いた。
「どうぞ」 
 再び凛とした要の声が響いた。開いた扉からは長身の紳士が現れた。誠は思わずアイシャに目をやったが、彼女は紅茶の準備を進めるメイドに夢中で誠のことなど眼中に無い様子だった。現れた紳士があまりにも典型的な執事のような姿をしているのがその原因であることはすぐに察しがついた。
「要ちゃん!」 
 思わず抱きつきかねないような感無量の表情を浮かべているアイシャが叫ぶ。それを見て爆笑しそうになる要だがつつしみの演技を思い出すようにして静かに目の前に置かれたティーカップに軽く触れる。
「何かしら?クラウゼ少佐」 
「ありがとう!本当にありがとう!」 
 ついに感激のあまり泣き出したアイシャ。だがその理由が良くわかる要は待たせている神田という名前の支配人風の男に笑顔を向けてアイシャを無視することに決めたようだった。
「これはお待たせいたしました」 
 タイミングを見計らって支配人風の神田という老紳士は静かに要の正面に座る。隣に雰囲気の違う人物に座られて誠はいづらい気分になった。
「このお二人に似合うティアラなどをお求めとか」 
「そうですわ。私の上司ですもの。恥をかかされてはたまりませんから」 
 そんな要の言葉に明らかに不機嫌になるカウラ。アイシャは紅茶を入れ終わってもそのまま待機しているメイドさんに夢中だった。
「いえいえ、ですが要様程のお方とお付き合いされている方という事で探しますとかなりお時間が……」 
「分かっておりますわ。ただ明々後日がこのベルガー大尉の誕生日ですの」 
 そう言って目の前のカップを見下ろして紅茶をどうするか悩んでいるカウラに目をやる要。その一瞬だけ見せるサディスティックな笑みに誠は大きくため息をつく。
「エメラルドグリーンの髪……もしかして……」 
「私はゲルパルトの人造人間です」 
 一言そう言うとまた難しそうな顔でカップを見下ろすカウラ。
「どういたしましたの?ベルガー大尉」 
 再び残忍な笑みを一瞬だけ浮かべた後にカウラに追い討ちをかける要。カウラはそれを見て覚悟を決めると机の中央に置かれた上品な白磁の上のレモンを手にとってカップに落とし込む。
「そんなに緊張なさらないでください」 
 笑みを浮かべる紳士におどおどと頷くとカウラは静かにカップを手にして口に運ぶ。その様子を要は今にも噴出しそうな表情で見つめている。
「髪を映えさす為に緑で統一するということになりますと……」 
 そう言って紳士はテーブルの上のコンソールに手を持っていく。次々と画像が移り、そしてエメラルドのはめ込まれたティアラとネックレス、ブレスレッドのセットを表示させる。
「これなどはいかがでしょうか?現在帝都の支店に保管してあるものですが明後日には取り寄せることができると思いますが」 
「緑の髪に緑の石。いまひとつ映えませんわね」 
 要の言葉に神田という支配人は笑みを浮かべて静かにまた端末の操作に移った。その表情はこの写真を見れば要がどういう反応を示すかわかりきっているかのようで誠は感心させられた。
「それならこれなどはいかがでしょう?幸い当店にありますお品物です」 
 そう言って画面に現れたのは赤い宝石のちりばめられたティアラとネックレス、そして指輪のセットだった。はめ込まれた石は一つ一つは大きくないものの、その数、そしてその周りを飾る小さなダイヤも見事に輝いて見える。明らかに高嶺の花とわかる商品にただ誠は息を呑んだ。
「なるほど、ルビーですわね。確かにベルガーさんの緑の髪には似合うんじゃないかしら」 
 そう言って悠然とカウラに目を向ける要。そのタレ目の真意を測りかねて呆然としているカウラ。そこで紳士は微笑んで話し始める。
「よろしければ直接ご覧いただけますよ。早速用意させます。そしてこちらのご婦人のものは……」 
 今度はアイシャを一瞥して再び老紳士は検索を始めた。ただ呆然と二人の会話を聞いていたカウラ。もしそのまま彼女の気の抜けた顔を今の要が見たら演技のめっきは剥がれ落ちて大爆笑間違いないという状況だった。
 誠はただ老紳士の手元だけを見ていた。
「クラウゼ少佐のものは急がなくて結構ですわよ」 
 そう言うと自然な動きでレモンと砂糖をカップに入れて悠然の紅茶を飲む要。いつも寮で日本茶をずるずるすすっている御仁と同一人物だとは誠には信じられなかった。
「なるほど、では、まもなくオークションなどに出品されることが考えられているようなものでもよろしいわけですね?」 
 要を見上げて穏やかに笑う初老の支配人の表情は穏やかだった。
「そうですわね。とりあえずコンセプトを私が決めますからその線で品物が出てきたときに連絡していただければ幸いですわ」 
 ゆっくりとカップを置く要。彼女にこんな芸当ができるとは誠も予想していなかった。
「それではこれなどはいかがでしょう」 
 そう言って映し出したのはダイヤ中心の白を基調としたようなティアラと首飾り、それに腕輪のセットだった。
「あのー、要ちゃん?」 
 画像を見たとたんにそれまでの楽しそうな表情から一変して頬を引きつらせながら隣に座る要の袖を引っ張るアイシャ。
「どうされましたの?クラウゼ少佐殿」 
 今回要が浮かべた表情は見慣れた要の満足げなときに見せる表情だった。明らかに悪魔的、そして相手を見下すような表情。確かにこんな目でよく見られている小夏が彼女を『外道』と呼ぶのも納得できる。
 そんな二人の様子を老紳士は黙って見つめていた。
「そんなにお気になさらなくてもよろしいですよ。防犯に関しては定評のある銀行の貸金庫の手続き等、初めて購入される方の要望にもお答えしていますから」 
「神田さん。わたくしの銀行の東都支店。あそこを使いますからご心配には及びません」 
『わたくしの銀行』という言葉。誠、カウラ、アイシャはその言葉に気が遠くなるのを感じていた。
 神田と呼ばれた老紳士はやさしげに頷く。そしてこれまでと違う表情で要を眺めていた。
「そういえば神前曹長にと頼まれていた品ですが」 
 要の表情が見慣れた凶暴サイボーグのものに変わる。びくりと誠は震えるが、神田が手元の端末に手を伸ばしたときにはその表情は消えていた。
「ちゃんと手配しておきました。合法的に東都に輸入するには必要となる加工が施されていますので実用には……」 
「ええ、その点は大丈夫ですわ。機関部とバレルなどの部品についてはわたくしの部隊に専門家がおりますから。そちらの手配で何とかするつもりですの」 
「機関部?バレル?」 
 しばらく誠の思考が止まる。バレルという言葉から銃らしいことはわかる。しかし、ここは宝飾品を扱う店である。そこにそんな言葉が出てくるとは考えにくい。正面のカウラもアイシャもただ呆然と男が画面を表示するのを待った。
「これなんですが……指定の二十世紀のロシア製は見つかりませんでしたのでルーマニア製になります」 
 金色の何かが画面に映される。誠はまさかと思い目を凝らす。
「悪趣味……」 
 思わずつぶやいたアイシャの一言で、その目の前の写真の正体を認める準備ができた誠。
 小銃である。形からしてマリアの貴下の警備部が使っているAKMSに良く似ている。しかも金属部分にはすべて金メッキが施され、ストックやハンドガードは白、おそらく象牙か何かだろう。そこにはきらびやかな象嵌が施され、まばゆく輝く宝石の色彩が虹のようにも見えていた。
「AIMだな。ストックは折りたたみか」 
 それだけを言うのがカウラにはやっとだった。三人は呆れたように要に目をやる。
「あら?どうしましたの?だってお二人にも贈り物をしたんですもの。いつも働いてくれている部下にもそれなりの恩を施すのが道理というものではなくて?」 
 要の笑顔はいつもの悪党と呼ばれるような時の表情だった。誠はこんな要の表情を見るたびに一歩引いてしまう。
 ドアがノックされる。
「入りたまえ」 
 神田の言葉に先ほどカウラの為と指定したルビーのちりばめられたティアラとネックレス、そして純白のドレスを乗せた台車が部屋へと運ばれてきた。
「いかがでしょうか」 
 ゆっくりと立ち上がった紳士について要、カウラの二人が立ち上がる。額のようなものの中に静かに置かれたティアラと白い絹のクッションに載せられたネックレス。しばらくカウラの動きが止まる。
「ベルガー様。いかがです?」 
 そう言ってにやりと笑う要。いつのも見慣れた狡猾で残忍な要と上品で清楚な要。その二人のどちらが本当の要なのか次第に誠もわからなくなってくる。
「ドレスも一緒とは……」 
 そう言ってマネキンに着せられた白いドレスを眺めるカウラ。
「試着されてはいかが?」 
 追い討ちをかけるような要の言葉にカウラは思わず要をにらみつけていた。
「そうだな……」 
 もう後には引けない。カウラの表情にはそんな悲壮感すら感じさせるものがあった。
「それではこちらに」 
 メイド服の女性に連れられて部屋を出て行くカウラが誠達を残して心配そうな表情を残して去っていく。
「それではこちらのお品物はいかがいたしましょうか?」 
 老紳士の穏やかな口調に再びソファーに腰を下ろした要がその視線を誠に移す。
「僕は使いませんから。それ」 
 ようやく搾り出した言葉。誠もそれに要が噛み付いてくると思っていた。
「そうなんですの?残念ですわね。神田さん。それはお父様のところに送っていただけませんか?」 
「承知しました」 
 最初からそのつもりだったようであっさりとそう言う要に、誠は一気に全身の力が抜けていくのを感じた。安心したのはアイシャも同じようで震える手で自分を落ち着かせようと紅茶のカップを口元に引き寄せている。
「でも要様の部隊。保安隊とか世間では呼ばれておりますが、大変なお仕事なんでしょうね」 
 男の言葉に紅茶のカップを置いた要が満足げな笑みを浮かべている。
「確かになかなか大変な力を発揮された方もいらっしゃいますわね」 
 要の視線が誠に突き刺さる。一般紙でも誠が干渉空間を展開して瞬時に胡州軍の反乱部隊を壊滅させた写真が紙面を賑わせたこともあり、神田も納得したように頷いている。
「そうですね。特に誠ちゃ……いや神前曹長は優秀ですから。どこかの貴族出のサイボーグと違って」 
 明らかに喧嘩を要に売っているアイシャ。誠も要のお姫様的な物腰に違和感を感じてそれを崩したい衝動に駆られているのは事実だった。
「そうですわね。私の力など微々たる物ですから……まあほとんど休憩所代わりの運用艦のおまけ程度の副長を務めてらっしゃる方にそれを言う権利があればのお話ですけど」 
「何?喧嘩売ってるの?」 
 まるでいつもと逆の光景。要が挑発してそれをアイシャが受けて立つという状況になろうとした。だがアイシャはそれ以上何も言うつもりは無いというように紅茶のカップに手を伸ばす。要も静かに微笑んでいる。
 お互い慣れない展開に戸惑っているのだろうか。そんなことを誠は考えていた。
「それにしても要様はいいお友達をお持ちのようですね。先日も烏丸様と大河内様がお見えになって……お二人とも要様の様子をご心配されていましたから」 
 現在の四大公家の当主は要の父西園寺基義以外はすべて女性という変わった状況だった。次席大公の大河内家。その当主は現在大河内麗子が勤めていた。先の内戦で敗れて本家が廃され庶家から当主となった烏丸響子。彼女は時々隊に連絡をしてきて同い年で仲のいい嵯峨家当主で第三小隊隊長の楓と雑談に花を咲かせている。
「まあ二人とも妹みたいなものですもの。心配をするのはわたくしの方ですわ。ご迷惑おかけいたしませんでしたか?」 
 そう言って頬に手を当てて微笑む要。誠はそのいわゆるお嬢様笑いを始めてみて感動しようとしていた。
 その時ノックの音が部屋に響いた。
「ベルガー様のお着替えがすみました」 
 先ほどのメイド服の女性の声。
「ああ、入っていただけますか?」 
 神田の言葉でドアが開いた。そしてそこに立つカウラの姿に誠はひきつけられた。
「あ……あの……私は……」 
 どうしていいのかわからないというように、目が泳いでいるカウラ。そのいつもはポニーテールになっているエメラルドグリーンのつややかな髪が解かれて、さらさらと流れるように白いドレスに映えて見える。
 額の上に飾られたルビーの輝きが印象的なティアラ。色白な首元に飾られた同じくルビーがちりばめられた首飾りが見る人をひきつける。
「凄いじゃない、カウラちゃん。ねえ、私にもくれるんでしょ?こういうのくれるんでしょ?」 
 そんな荘厳な雰囲気を完全にぶち壊して爆走するアイシャ。要ばかりでなく穏やかな様子の神田まで迷惑そうな視線をアイシャに送る。だがまるで彼女はわかっていなかった。
「ほら!誠ちゃん。なんか褒めないと!こういう時はびしっとばしっと何か言うものよ!それで……」 
「クラウゼ少佐。少し落ち着いていただけませんの?」 
 凛と響く要の一言。いつもは逆の立場だけあり、さすがのアイシャも自分の異常なテンションに気づいて黙り込んだ。
「神前……似合わないだろ」 
 カウラはようやく一言だけ言葉を搾り出した。頬は朱に染まり、恥ずかしさで逃げ出しそうな表情のカウラ。
「そんなこと無いですよ!素敵です。本当にお姫様みたいですよ!」 
 誠もアイシャほどではないが興奮していた。胡州貴族やゲルパルトの領邦領主が主催する夜会に出たとしても注目を集めるんじゃないか。そんなパーティーとはまったく無縁な誠だが、赤いじゅうたんの敷かれた階段を静々と下りてくる場面を想像してさらに引き込まれるようにカウラを見つめる。
「本当にお美しいですわよ、ベルガーさん」 
 タレ目の目じりをさらに下げて微笑みながらの要の言葉。いつもなら鋭い切り替えしが繰り出されるカウラの口元には代りにに笑顔が浮かんでいた。
「いいのかな……私……」 
 ただカウラは雰囲気に飲まれたように入り口で立ち尽くしていた。
「どうでしょう、要様」 
 自信があると言い切れるような表情で神田が要を見る。満足そうに頷く要。
「ベルガーさん。とてもお似合いですわね。わたくしもこれならば上司と呼んでもお友達に笑われたりなどしませんわ」 
 明らかに毒がある言葉だが、すでにカウラは自分を見つめてくる誠やアイシャの視線に酔っているように見えた。ただ頬を染めて立ち尽くす。
「ではこちらでよろしいですね」 
 老紳士の静かな言葉に満足げに頷く要。カウラの両脇にいたメイドが自分を導くのを見てカウラも静々と部屋を出て行った。
「でも実にお美しい方ばかりですな、神前曹長。非常にうらやましい職場ですね」 
「ええ、まあ」 
 頭を掻く誠。確かに自分がパシリ扱いされて入るものの、神田の言うことが事実であると改めて思っていた。
「それではクラウゼ様のものは候補が出品された段階でお知らせいたしますので」 
 その言葉に要が立ち上がる。呆けていたアイシャもそれを見ていた誠も立ち上がった。
「ありがとうございます」 
 次々と店員達が頭を下げてくるのにあわせながら頭を下げる誠。彼をにらみつけながら要は先頭に立つようにして歩く。誠達は居づらい雰囲気に耐えながら客の多い広間のような店内に出た。
「まもなくカウラ様とお品物の方も揃います」 
 神田という支配人の言葉に笑顔で頷く要。
 だが、外を見ていた要のタレ目が何かを捕らえたように動かないのを見て誠も外の回転扉を見た。
 そこには見覚えのある黒のコート、紫のスーツ、赤いワイシャツと言う極道風のサングラスの大男が右往左往しているのが見えた。頭はつるつるに剃りあげられ、冬だと言うのになぜかハンカチで頭を拭きながら何度も店内に入るかどうかを迷っている。
「明石中佐……」 
 誠の言葉に店内をきょろきょろと見回していたアイシャも回転扉の外の前保安隊副隊長を見つけた。
「なにやってんだか」 
 呆れてため息をつくアイシャ。
「遅れてすまない。ではこのバッグは……」 
 着替えを済ませてアタッシュケースに入れた先ほどのティアラなどを手に持っているカウラも三人の視線が外に向かっているのを見て目を向ける。
「あれは……」 
「それでは、また時間を作って寄らせていただきますわね」 
 そう言って微笑みながら出て行こうとする要を見送ろうとする神田。誠もただ外でうろうろしている明石が気になって仕方がなかった。
 要の落ち着いた物腰は回転ドアを出るところまでだった。
 そのまま彼女は目の前に立つ巨漢の首根っこをつかんでヘッドロックをかます。重量130kgの軍用義体の怪力の前に明石はそのまま歩道に引き倒される。
「何のつもりだ?は!」 
 周りの上品な客達はやくざ者を楽に締め上げている女性の怪力に息を呑んで立ち止まる。
「やめや!やめてんか!離したら話すよって!」 
 叫ぶ明石にようやく要は手を放した。開放されて中腰になってむせている明石をニヤニヤと笑いながら近づいてきたアイシャが見下ろす。
「姐御にプレゼント?なかなかいい話ですねえ」 
 ようやく顔を上げた明石はそう言うアイシャを見てさらに絶望的な表情を浮かべる。
「私的なことに首を突っ込むのは感心しないな」 
 手に大事そうにアタッシュケースを持っているカウラ。その見慣れない頑丈そうでいて品のある革張りのかばんを見て、明石は大きくため息をついた。
「ワシは所詮寺社貴族の次男坊や。そないなもんに手えだすだなんて……」 
「無理だな」 
 断言する要に明石はうつむくとようやく背筋を伸ばして立ち上がった。周りにいつの間にか集まっていた野次馬も、それが知り合いの挨拶だったとわかると興味を失って散っていく。
「ああ、いい店紹介してやろうか?よく楓が言っているとこ。何でも落とした子にプレゼントする……」 
「もうええわ。ワシが自分で探すよって」 
 肩を落として立ち去ろうとする明石。だが要もアイシャもこんな面白い人物を放っておくわけが無い。
「紹介してやるっての!値段の交渉もアタシは得意だぜ」 
「西園寺……足元見てからに」 
 どこまで言っても同盟司法局の給料だけでそれほどいいものが買えるとは誠にも思えない。そんなところに笑顔でつけ込む要に少しばかり呆れていた。
「ああ、カウラちゃんはその荷物大切だものね。先に帰っていていいわよ」 
 そのまま急いで雑踏に消えようとする明石を追っていく要。彼女について行こうとアイシャは誠とカウラにそう言って小走りで去っていく。
「じゃあ、帰りましょうか」 
 そう言った誠だが、どこかカウラは気が抜けたように頷いて誠の後に続いてくるだけだった。
 誠は仕方なく空いているカウラの左手を握る。はっとした表情でカウラは誠の顔を見て我に返った。
「帰りましょう」 
 その一言に笑顔で答えるカウラ。
『あの姿を、カウラさんのドレスの姿を描こう』 
 誠はそう決心してカウラの左手を握りながら歩き始めた。


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