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遼州戦記 保安隊日乗 時は流れるままに 35

「こ・ん・に・ち・わ!こんにちわだぞ!」 
 そんな吉田の声があっても、誠はなんとかその場から逃げ出したい衝動を抑えるのがやっとだった。
 豊川の保安隊本部。ハンガーの目の前。誠、要、カウラ、アイシャの四人は立ち尽くして動けない状況にあった。
「バウ」 
 吼えたのはコンロンオオヒグマの子供。グレゴリウス13世と言う大げさな名前をつけられた茶色い巨大な熊である。魚屋の二階に下宿している飼い主のシャムだが、当然三メートル以上ある巨大な猛獣をそんなところで飼える訳も無く、保安隊のペット兼番熊として隊舎の隣の檻の中でいつもは居眠りをしている。それを吉田は散歩させようとしたらしいが、大好きなシャムの香りをたどってこうして射撃場に向かう誠達の前に現れたわけだった。
「吉田さん。本当に大丈夫なんですか?全然言うこと聞いてないように見えるんですけど」 
 誠の言葉通り、グレゴリウス13世はシャムがいるらしい射撃訓練レンジに行こうと鎖を握っている吉田を引っ張っている。彼が特別製の軍用義体の持ち主でなければすぐにシャムのところまで引きずられていくことになるだろう。
「でも……こいつ吉田の言うことだけはまったく聞かねえな」 
 そう言うと要は手を叩く。すぐに気づいたグレゴリウス13世は要に近づいていってその前に座り込む。
「ほら。おとなしくなるじゃねえか」 
「確かにおとなしいな、こいつは」 
「野郎は嫌いなんじゃないの?」 
 いつの間にかグレゴリウス13世から逃げるように遠ざかる誠を要達が見つめている。カウラはいつものように座っているグレゴリウス13世の首をなでてやる。気持ちよさそうに目をつぶる熊。
「で、あいつが射撃場でやることと言えば……早撃ちか?」 
 口元に手をやってグレゴリウス13世が伸ばす様を楽しんでいた要が声をかける。
「まあ、そうだ。結構練習してたからな、昨日」 
 すっかりなついた調子のグレゴリウス13世を見ながら渋い表情で吉田はそう言った。アイシャの後ろに隠れていた誠も少し安心したように前に出た。
「バウ!」 
 突然、怒った様に誠を威嚇するグレゴリウス13世を見て飛びのいた誠。それが滑稽に見えたらしく、要が噴出して腹を抱える。
「とりあえず来いよ……来いよ!この馬鹿熊!」 
 鎖を引っ張った吉田だが、グレゴリウス13世はそれが気に障ったようでそのまま思い切り吉田にのしかかる。さすがの吉田も400kgを超えるグレゴリウス13世の巨体にのしかかられてはどうすることも出来ずにそのままその下敷きになった。
「大丈夫ですか?」 
 恐る恐る尋ねる誠。
「大丈夫なんじゃないの?行こうぜ」 
 助ける気は微塵もないというように要はハンガーの裏手の枯れ草の中に出来た道を早足で歩き始めた。そしてすぐに射撃場で轟音が響いているところからシャムの見世物が始まったことを誠達は知ることになった。
 すでに射撃場には人だかりが出来ていた。訓練をサボって首からアサルトライフルをぶら下げた警備部員が背伸びをしている。手持ち無沙汰の整備班員はつなぎの尻を掻きながら背伸びをしてレンジの中央を覗こうと飛び跳ねる。
「やってるな」 
 にんまりと笑って足を速める要。それを見かけたブリッジクルーの女性隊員が人だかりの中央に向かって声をかけたようだった。
 すぐに人垣が二つに割れて中央に立つ少女が誠達からも見えるようになった。
「あいつ……馬鹿だ」 
 立ち止まった要のつぶやき。こればかりは誠も同感だった。
 テンガロンハット、皮のジャンバー、色あせたジーンズ。そして腰には二挺拳銃を下げる為の派手な皮製のガンベルトが光っている。西部劇のヒロインと言うよりもアメリカの田舎町の祭りに引っ張り出された少年である。
「ふ!」 
 わざと帽子のつばを下げたかと思うとすばやく跳ね上げてシャムは誠達を見つめる。隣ではそんなシャムをうれしそうに写真に取っているリアナの姿も見える。
「お姉さん……」 
 さすがにあまりにも満面の笑みの上官の態度にはアイシャも複雑な表情にならざるを得なかった。
「風が冷たいねえ……そういえばダコタで強盗とやりあったときもこんな風が吹いていたっけ……」 
 そう言うとシャムは射撃場の椅子にひらりと舞うようにして腰掛ける。手にしているのはマリアの愛用の葉巻。タバコが吸えないシャムらしく、当然火はついていないし煙も出ない。
「何がしたいんだ?お前は?」 
「お嬢さん?何かお困りで?」 
 そう言うと胸に着けた保安官を示すバッジを誇らしげに見せ付けるシャム。お嬢さん呼ばわりされた要。タンクトップにジーンズと言う明らかに常人なら寒そうな姿だが、それ以上にシャムの雰囲気はおかしな具合だった。
「ああ、目の前におかしな格好の餓鬼がいるんで当惑しているな」 
「ふっ……おかしな格好?」 
「ああ、マカロニウェスタンに出てきそうなインチキ保安官スタイルの餓鬼」 
 そう言われてもシャムは葉巻を咥えたままにんまりと笑って立ち上がるだけだった。
「そう言えばネバダで……」 
 たわごとをまた繰り返そうとするシャムに飛び掛った要がそのままシャムの帽子を取り上げた。
「要ちゃん!返してよ!」 
 小柄なシャムがぴょんぴょん跳ねる。ようやく笑っていいという雰囲気になり、野次馬達も笑い始める。
「駄目よ!要ちゃん!返してあげなさい」 
 ピシリとそう言うリアナ。ようやくその場の雰囲気が日常のものに帰っていくのに安心して誠達は射撃レンジに足を踏み入れた。
 射撃場の机。シャムが飛び跳ねている後ろには、小火器担当のキム・ジュンヒ少尉が苦い表情で手にした弾の入った箱を積み上げている。
「たくさん集めましたねえ」 
 誠も感心する。そこには時代物を装うようなパッケージの弾の他、何種類もの弾の箱が並んでいた。それを一つ一つ取り出しては眺めているキム。
「まあな。結構この手の銃は人気があるから種類は出てるから。特に今、シャムの銃に入っている弾は特別だぜ。おい!シャム。いい加減はじめろよ」 
 キムの言葉に渋々要は帽子をシャムに返した。笑顔に戻ったシャムはリラックスしたように静かに人型のターゲットの前に立つ。距離は30メートル。シャムは一度両手を肩の辺りに上げて静止する。
「抜き撃ちだな」 
 カウラは真剣な顔でシャムを見つめていた。
 次の瞬間、すばやくシャムの右手がガンベルトの銃に伸びた、引き抜かれた銃に左手が飛ぶ。そしてはじくようにハンマーが叩き落とされると同時に轟音が響き渡った。
「音がでけえなあ……それになんだ?この煙」 
 要がそう言うのももっともだった。誰もが弾の命中を確認する前にシャムの銃から立ち上るまるで秋刀魚でも焼いているような煙にばかり目が行った。風下に居た警備部員は驚いた表情で咳き込んでいる。
「キム少尉。これは?」 
 驚いているのはカウラも同じだった。ただ一人苦笑いのキムにそう尋ねる。
「ブラックパウダーと言って、黒色火薬の炸薬入りの弾ですよ。時代的にはこれが正しいカウボーイシューティングのスタイルですから。このコルト・シングルアクション・アーミーの時代はまだ無煙火薬は発明されてないですからね。まあ俺も使ってみるのは初めてだったんですが……」 
 そう言う説明を受けて納得した誠だが、撃ったのはいいが煙を顔面にもろに浴びてむせているシャムに同情の視線を送った。
「でもこれじゃあ……」 
「ああ、ちゃんと無煙火薬の弾もあるから。ブラックパウダーはそちらの一箱だけ。あとはちゃんと普通に撃てる奴ばかりだよ」 
 誠はようやく安心する。だが、弾丸はどれもむき出しの鉛が目立つ巨大な姿。警察組織扱いになっている保安隊だから使えると言うような弾に苦笑いを浮かべた。
「シャムちゃん!例のやって!」 
 リアナがカメラを構えながら叫ぶ。それに応えるように親指で帽子の縁をはじいたシャムが手にした銃を軽く胸の前にかざした。
「行くよ!」 
 手にした銃を構えつつ振り向くシャム。思わず誠はのけぞった。
「じゃあ……行くよ!」 
 周りの視線を感じてそう叫ぶとシャムは銃を振り上げる。鉄紺色の銃身の短いリボルバーは人差し指を軸に、くるくると彼女の手の中で回転していた。思わず拍手をする整備員達の様子を知るとさらにその回転は加速していく。
「ほう……」 
 感心しているのか呆れているのか。まったくどちらとも付かない表情のカウラ。シャムはそれを見るとすばやく右腰にあるホルスターに銃を叩き込んだ。警備部員や運行部の女性士官もそれには一斉に感心したと言うような拍手を送った。
「なんだ?ウェスタン公園にでも就職するのかよ」 
 こちらは明らかに呆れている要。それを見るとアイシャはつかつかとシャムの横まで歩いていく。
「ちょっと見せて」 
 アイシャの言葉に頷いたシャムが銃を手渡す。先日見た青みを帯びた黒い銃が冬の日差しに輝いて見える。しばらく手にとって眺めた後、アイシャはキムに振り返った。
「ジュン君。これ全部ブラックパウダー弾?」 
「違いますよ。さっきのでおしまいですから」 
 そう言うとしばらくシリンダーを見つめていたアイシャが大きくため息をついた。彼女の手は普通のリボルバーのようにシリンダーを引き抜こうとするがまったく動く様子が無い。
「これって……どうやって装填するの?と言うか撃った薬莢を取り出そうって言ったって……」 
 全弾撃ちつくしているらしくしばらくじっと短い銃を眺めていたアイシャ。それを見たシャムが満面の笑みを浮かべている。
「ああ、ちょっと貸してね……ジュン君、これ借りてもいい?」 
 シャムはそう言うとテーブルの上にあったドライバーを手にして銃の劇鉄を少し押し下げる。そのままシリンダーの後ろのブロックが開く。そしてそこに開いている穴にドライバーを突き刺して薬莢を取り出した。
「面倒だな」 
「使い物にならねえじゃねえか」 
 カウラと要の意見ももっともだった。シャムはようやく二発の薬莢を取り出すことに成功して次の薬莢を取り出すべくドライバーを持ち直す。
「そりゃあ西部劇みたいに六発以上撃ちまくるわけには行かないですからね、現実問題」 
 キムの一言にムッとしたように顔を上げるシャム。不器用にドライバーで自分の銃と格闘しているシャムを見ながらキムは必死になって笑いをこらえていた。
「だから二挺拳銃なんですよ」 
「キム。そりゃわかってるんだけどさあ。相手が多弾数のオートで襲ってきたらどうするんだ?」 
 要の問いに意味がわからないと言うように首をひねるキム。だが、すぐに要は彼の考えを理解してキムの肩に手を乗せる。
「そうだな。あいつの拳銃はただの錘だからな」 
「ひどいんだ!そんなこと言うと撃たせてあげないぞ!」 
「おもちゃじゃねえんだ!誰が触るか!」 
 要はそう言ってへそを曲げるが、シャムの隣に立っているアイシャはキムの前に置かれた弾薬の箱に手を伸ばしていた。
「これってここに弾を入れればいいの?」 
 うれしそうにシャムから渡されたリボルバーピストル、ピースメーカーを手に弾をこめようとするアイシャ。
「うん、そこから一発一発シリンダーを回しながら入れるんだよ」 
 シャムの言葉を聞くと45口径の弾丸を一発づつシリンダーに差し込んでいくアイシャ。その表情は楽しいともめんどくさいとも取れる複雑なものだった。
「結構炸薬の量が多いんだな。大丈夫なのか?」 
 心配そうにシャム達を見つめるカウラ。その手には箱から取り出した一発の弾丸が握られている。
「ああ、大丈夫ですよ。元々こいつはアメリカとかの時代祭りの為に有るような銃ですから。威力はかなり抑えた弾しか手に入りません。まあ炸薬を増やせば威力は上がりますけどどうせシャムが使うんでしょ?意味ないですよ」 
 そうキムが説明している間にアイシャは弾をこめ終わるとそのままターゲットを狙う。
「ハンマー起こせよ!シングルアクションだからな!」 
「わかってるわよ!」 
 要にやじられて言い返すアイシャ。そしてそのまま右手の親指でゆっくりハンマーを起こすとすばやく引き金を引いた。一瞬置いて轟音が響く。アイシャの手の中で滑ったように銃がはねて銃口が天井を向いているのが見える。
 それを見て大笑いする要。しばらく何が起きたかわからないと言うように立ち尽くすアイシャ。
「ああ、ああなるのは仕方ないんですよ。グリップがなで肩ですしこういうグリップのシェリブズは丸くて握りづらいですから。どうしてもオートに慣れた人が初めて撃つと反動が上に逃げて銃口が天井向くんですよ」 
 キムの言葉に思うところがあったのか、カウラが立ち上がるとアイシャの後ろに立つ。
「私にも撃たせろ」 
 その言葉にしばらくアイシャは目が点になっている。隣で笑っていたシャムの表情も驚いたように変わる。
「ええ、別にいいけど……」 
 そう言ってアイシャはカウラに銃を手渡した。そしてそのままカウラは受け取った銃で30メートル先の標的に狙いをつけた。
「馬鹿やるなよ!」 
 いつの間にかタバコを吸い始めた要。野次馬達も展開がどうなるのか楽しみで仕方がないと言うようにカウラを見つめている。静かにハンマーを起こすカウラ。その様子に場はあっという間に静まり返っていた。冬の北風だけが枯れ草を揺らして音を立てている。
 カウラが引き金を引く。そしてハンマーが落ちる。そして火薬の点火による轟音。最新式の炸薬とは言え、短い銃身では燃焼し切れなかった炸薬が銃口の先に炎の球を作って見せる。
「派手だねえ……こりゃ」 
 タバコを咥えている要の一言。誠が銃口の先を見ればマンターゲットの頭に大穴が開いている。
「結構当たるもんだな」 
 そう言うとカウラは満足したように銃をシャムに返した。
「まあレプリカですからバレルの精度なんかは今のレベルですよ。それにしてもさすがですね、反動をほとんど殺していたじゃないですか」 
 キムに褒められて少し満足げなカウラ。次は私だと言うように要が跳ね上がるように立ち上がった。
「おい!遊んでんじゃねーぞ!」 
 そこに突然少女の声が響いた。振り返るギャラリー。そこには副部隊長のランが手に幼児のような彼女の体と比べると格段に大きい段ボール箱を抱えて歩いてきていた。後ろにはランにじゃれ付こうとするグレゴリウス13世を必死に鎖で押さえつけようとするが完全に力負けしている吉田の姿があった。
「姐御も撃ちますか?」 
 要が茶々を入れるがまるで無視して、そのまま射撃場のテーブルにダンボールを置くラン。
「キム、どうだい」 
 小柄と言うより幼く見えるランにこの射撃場は似合わないと誠は思っていた。時々課せられている射撃訓練のときマカロフを射撃する姿は良く見かけるが、明らかに違和感のある姿だった。
「まあ見世物としては最適ですね。まあ実用性も以前のM500のときよりましなんじゃないですか?」 
 複雑な表情のキム。それを見て頷いた後、ランは段ボール箱を開く。
「今年はクワイがいまいちなんだよ。でもレンコンは猟友会の人で田んぼ持ってる人がいるからちゃんともらってきたよ。今年は凄くおいしいんだって!」
 シャムがカウラから受け取った銃をホルスターに入れて元気良く答える。
「ごぼうは……」 
「ああ、ちょっと待ってね。あれは長いから箱には入らないんだ。だから部屋に置いてあるよ」 
 自信たっぷりに答えるシャム。空き地と見れば耕してしまう彼女らしいダンボールの中のみずみずしい野菜達。他にもにんじん、大根、白菜と売り物にも出来るような野菜達が箱の中に並んでいた。
「なるほどねえ、まったくもってこれじゃあ子供ガンマンだな」 
 ランは呆れたようにシャムをつま先から頭まで満遍なく見つめる。
「ひどい!ランちゃんの方が身長低いんだよ!だから……」 
「身長の問題じゃないだろ?アタシはそう言う格好をするときは場所を考えるんだ。職場ではぜってーそんな格好はしねーよ」 
 苦笑いを浮かべつつ、ランもまたシャムの腰の拳銃が気になっているようだった。
「なんなら中佐も撃ちます?」 
 そう言いながら弾薬の箱をもてあそんでいるキム。それを見て呆れたようにため息をつくのはランだった。
「そんなの興味ねーよ。シングルアクションリボルバーで撃ち合いなんざ真っ平ごめんだ」 
 ランはそう言うと勤務服のベルトから愛用のマカロフを取り出す。中型拳銃だが、手の小さいランにはグリップを握れるぎりぎりの大きさだった。そのまま銃を構えるとランはターゲットに銃口を向ける。
 連射。機能に特化したロシア製の拳銃らしくきびきびとスライドが下がり薬莢が舞う。撃ち終わったターゲットを誠が見ると見事に胸の辺りにいくつもの小さな穴が見えた。
「こんぐらいのことが出来なきゃ問題外だろ?」 
 得意げなラン。それを見てシャムはダンボールの中を整理していた手を止める。そのままランの隣に立って標的を見つめる。
 すぐさまシャムの右手が銃を手にする。腰で構えるとすぐ左手がハンマーを叩き発砲、それを六回繰り返す。そしてすぐ右手の銃を仕舞うと今度は左手、同じように六発の銃声。
「やるもんだねえ」 
 ランはそう言うと満足げに頷いた。硝煙の煙が北風に流されターゲットが野次馬達の目に留まる。確かにランの射撃よりは弾は散らばっているがすべてがターゲットを捉えていた。
「なんだよ、神前より当たってるじゃねえの」 
 要の歯に衣着せない言葉に頭を掻く誠。そしてシャムとランの名人芸に感心したように野次馬達が拍手を始める。
「まあシャムは至近距離の戦いのためにショットガンを装備しているからな。拳銃の優先度は部隊でも一番低いんだ。あれだけ当たれば……」 
「ランちゃん、OK?OKなの?」 
 小さいシャムよりさらに小さいランの手を取るシャム。
「まあどうせ言っても聞かねーんだろ?好きにしろよ」 
 そう言うとランは射撃場から降りる。シャムを見つめているグレゴリウス13世の頭を一撫でしたあとそのまま来た道を引き返すラン。
「ああ、そうだ!亀吉が暴れてたぞ。朝飯食わせてやったのか?」 
 途中で一度振り返ってランが叫ぶ。その声にシャムがあわてたように腰の二挺の拳銃を取り出してキムの机に置いて飛び出す。
「やっぱりクリーニングは俺か?」 
 押し付けられた仕事に苦笑いを浮かべるキムを残してシャムが全速力で隊舎に向かって駆け出した。
 それを見送るとブリッジクルーは隊舎に、整備班員はハンガーに、警備部員は100メートルの射撃訓練レンジへと向かう。ただシャムの銃を手にして何度も確認しているキムと誠達だけが取り残された。
「しっかしよく集めたわねえ……ちゃんとメモどおりの野菜が揃ってるじゃないの」 
 一人ダンボールの中の野菜を調べていたアイシャが感心したようにため息をつく。誠はシャムがやっていたようにドライバーで銃から空の薬莢を取り出しているキムを見ていた。
「大変ですね。でもこんな昔の銃の弾が安いんですか?」 
 誠の質問に一度顔を上げて不思議そうな顔をした後、今度は銃の分解を始めたキム。
「まあな。需要は結構あるんだよこいつは。英雄を気取りたいのは誰にでもある願望だから、アメリカさんの影響力の強い国で銃の規制がゆるい国なら銃砲店に行けばかならず置いてあるからな」 
 そう言うとキムは慣れた調子でシリンダーを取り外し、そこに開いた大きな六つの穴を覗いている。そしてその頃には警備部の面々も射撃訓練を開始して、絶え間ない銃声が射撃場に響き始めた。
「まあ見世物としては面白かったけど、これで終わりとか言わねえよな」 
 要の言葉に一端銃から目を離して彼女を見上げるキム。
「俺に聞かないでくださいよ。たぶん島田が何か知ってるんじゃないですか?ナンバルゲニア中尉と時々なんか話していたみたいですから」 
 そう言うとキムはシリンダーを抜いた銃の銃身に掃除用の器具を突っ込んだ。シャムのお祝いについて何も知らないようなキムを見つめた後、要はそのままアイシャが中身を確認し終えたダンボールの箱を持ち上げる。
「気が利くじゃないか、西園寺。これじゃあ明日は雪だな」 
「どういう意味だ?」 
 笑顔のカウラに突っ込みを入れる要。いつもよりその表情は柔らかい。アイシャはグレゴリウス13世に引きずられてそのまま隊舎の裏手で熊に対抗しようと踏ん張っている吉田を眺めていた。
「あれって散歩って言うのかしら?」 
「違うだろ、あれはバツゲームって言うんだよ」 
 カウラはそう言うとそのままハンガーに向かって歩き出したカウラに続く。誠もまたそれに続いて歩き始めた。
 ただ誠達は明らかに雰囲気が先ほど同じ道を来た時とは違っているのを感じていた。事実もうほとんど引きずりまわされるだけになっている吉田だが、明らかにちらちらと誠達、特にカウラの様子を確認しているのはアイシャや要もわかっていた。普段は開いていない管理部の裏の窓が開いていてそこから双眼鏡が覘いていたりするのだから、誠にも変化はわかった。
「何考えてるんだか……」 
 ポツリとつぶやくカウラ。その視線の先に赤い髪が動いたのは明らかにサラの後ろ髪だった。それを見て要が立ち止まる。
「なあ、少し待ってやろうよ」 
 要のうれしそうな顔に同調するようにアイシャも立ち止まる。二人が突然態度を変えたことでカウラの表情が曇る。
「くだらないな。とりあえずごぼうを受け取って隊長に挨拶したら帰るぞ」 
 振り返り、一言言うと歩き出すカウラ。
「奥さん、聞きました?帰るですって。すっかり奥方気取りね」 
「ええ、そうですわね。そのまま旦那と昼から……」 
「まあ!」  
「アイシャさん、西園寺さん……」 
 下品そうな笑いを浮かべてささやきあうアイシャと要に思わず誠は声をかけていた。
「ほら!こっちに来い!」 
 誠達を置いて先に歩いていたカウラがハンガーへ向かう角で手を振っている。仕方がないとあきらめて三人は駆け足でカウラに追いついた。
「ドレスまで着ちゃったんだからさ、いい加減あきらめなさいよ」 
「そうそう、お嬢様らしくしていただかないと困りますわ!」 
 アイシャと要。二人して無駄話をしてカウラを引きとめようとしている。誠もようやくそのことに気づいてカウラの前に立ち止まった。たぶんハンガーで島田達が何かカウラに見せようとしている。サラがこちらを観察していたのはそのせいだろう。
「なんだ?」 
 カウラは覚悟を決めたような表情で自分の行く手に立ちふさがる誠を見上げる。
「カウラさん……」 
「だから、なんなんだ?」 
 相変わらず不思議そうに誠を見上げるカウラ。しばらく見詰め合っていた二人だが、突然要が立ち尽くしている誠の首を右手で抱え込んで引き倒した。何が起きたかわからないまま誠は逆えび固めのような格好になってそのまま地面に腰を叩きつけることになった。
「何するんですか!」 
 誠が叫ぶ。さすがにこれを見てはカウラも誠を助けざるを得ない。
「馬鹿をやるんじゃない!大丈夫か?神前」 
 しゃがみこんできたカウラ。誠はいきなりひねった腰をさすりながらカウラの緑の髪を見つめる。
「大丈夫ですよ……」 
 そう言いながらハンガーの方を覗き見る誠。そこには大きくマルの形を作っているサラの姿があった。
「じゃあ行こうか、クラウゼ少佐」 
「そうですね、西園寺大尉」 
 二人は仲良しを装い歩き始める。そのあまりにもわざとらしい光景に噴出した誠。その気配を察知して殺気のこもった視線を投げてくる二人。
「貴様等……何か企んでいるな?」 
 カウラでもそのくらいはわかる。ようやく笑みを浮かべると頭を引っ込めたサラを見つめて大きく頷いた。サラは要達のあまりにわざとらしいやり方を見て呆れた表情を浮かべる。
「まあいい、付き合ってやるとするか」 
 そう言うと立ち上がり要とアイシャに続くカウラ。誠達がハンガーの前に立つ。だが人の気配はするものの誰一人としてその姿が無い。さすがにあまりにわざとらしいと誠はカウラの無表情を見ながら脂汗を流す。
「なんだ?これは?」 
 不思議そうに一人歩き出したカウラ。だがすぐに足元のピアノ線を踏んではっとした顔に変わる。
『パーン』 
 はじけるようなクラッカーの音。降り注ぐ紙ふぶき。待ってましたとばかり、中央に立っていたカウラの愛機の肩からは垂れ幕が下がる。
『お誕生日おめでとうございます』 
 その墨で書かれた字が、能筆で書道に明るい嵯峨の字であることはカウラの後ろに立っていた誠にもわかった。
「おめでとう!」 
 今度はペンギンの着ぐるみを着て現れたシャム。ひょこひょこ歩く彼女に心底呆れたように額を押さえるランの姿がある。
「めでたい!めでたいぞ!」 
 そう言いながら勤務中ということでコーラの瓶を手にしている島田。後ろのサラ、パーラもにこやかに笑っていた。
「おい……」 
 突然カウラがうつむく。そして肩を震わせる。
「どうしたの?カウラちゃん……」 
 アイシャがその肩を支えるが、カウラの震えは止まらなかった。それを察したように騒ぎながら紙ふぶきを巻き続けていた整備班員も沈黙する。
「私は……」 
 カウラは顔を上げた。その瞳には涙が浮かんでいた。
「カウラちゃん」 
 心配したように手と言うか羽をカウラに差し伸べるシャム。要とアイシャも心配そうにカウラを見つめる。部下達の馬鹿騒ぎを半分呆れたように眺めていた機材置き場の前に立っている明華も複雑な表情で立ち尽くしているカウラに目を向けていた
 一瞬馬鹿騒ぎの音が途切れて沈黙がハンガーを支配した。
「どうするつもりだよ……」 
 カウラは下を向いたままそうつぶやいた。
「カウラちゃん……」 
 シャムが静かに彼女を見上げて手を伸ばす。後ろに立っている要とアイシャもしばらくどうしていいのかわからないと言うように当惑していた。
「どうするつもりだよ……」 
 再びカウラがつぶやく。誠は震える彼女の肩を支えるように手を伸ばした。沈黙していた整備班員が一斉にカウラの方を見つめてくる。
「何にも得はないぞ。私を喜ばしたって……」 
 そう言うとカウラは顔を上げる。その瞳に輝いていた涙がこぼれ、それを恥じているようなカウラはすばやく拭って見せる。
 次の瞬間、場は再び馬鹿騒ぎの舞台と化した。走り回って紙ふぶきを舞わせる整備班員とブリッジクルー。奥の二階の事務所の入り口では拍手している管理部員が見える。万歳をしているのはやはり『ヒンヌー教』教祖、菰田邦弘主計曹長だった。
「人気者だねえ……うらやましいや」 
「そうね、実に素敵な光景ね。でもこれは私のアイディアから生まれたのよ」 
 ニヤニヤしている要。少し誇らしげなアイシャ。カウラは振り返ると複雑な表情で二人を見つめる。
「なんと言えば良いんだ?こう言うことは慣れていないから」 
 戸惑いながらのカウラの言葉。アイシャは同じ境遇のものとしてカウラの肩に手を伸ばす。
「ありがとう、それだけで良いんじゃないの?」 
 誠も珍しく素直に答えたアイシャを見つめた。
「そうなのか……ありがとう!」 
 カウラは叫ぶ。隊員達のテンションは上がる、さすがにこれ以上は不味いと思ったのか、ハンガーの中央に向かって歩き出す明華。
「凄いな、人望か?」 
 カウラに続いて歩いていた誠に明華が声をかけてくる。
「そうでしょうね」 
 感謝の言葉が出ずにただ涙を流し始めたカウラを見ながら誠はそう答えた。
「はい!お祝いモード終了!片付け!」 
 明華の凛と響く一言に整備班員はすばやく散る。すでに掃除用具を持って待機していた西の率いる一隊がすばやく箒や塵取りを隊員に配っている。
「面白いものだろ?人生と言う奴も」 
 カウラに向けての明華の一言。頷くカウラ。
 そんなこんなで誠の保安隊でのクリスマスが終わった。


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