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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 32

「計十五名……ですか」 
 杉田と言う老刑事はどうにか言葉を絞り出したと言う体でつぶやいた。
 それまでなんとかこの十五人の共通点を提示して見せたカウラの言葉。そんな彼女の苦労に誠はただ黙って賛辞を送るだけだった。だが明らかに杉田の表情は気に入らないことばかりという風にしか見えなかった。
 狭い元倉庫の豊川警察署の誠達の詰め所。空気はどんよりと重い。吉田の自治体のサーバへのハッキングの事実がこのデータを裏付けているは言うわけにも行かず『同盟厚生局の資料』と言う言い訳で何とか説明しようとしたが、明らかに杉田は胡散臭い目つきでモニターを動かすカウラを眺めていた。
「同盟厚生局がどんな資料を持っているか知りませんが……そんなよく分からない資料で絞り込んだ十五人を名指しで指定して捜査を進めろと?問題にならないですね。馬鹿馬鹿しい」 
 そんな杉田の一言に要が飛び掛りそうな勢いで立ち上がろうとするのをアイシャが何とか制した。しかし誠も要の気持ちはよく分かった。
「犠牲者が出てしまったんですよ……」 
「それは分かっているんですが……万が一、この資料が正しいとしましょう。それではこの十五人を呼んで任意で聴取を取るとして、根拠は何ですか?伺った限りではその呼び出しをかける資料が同盟機構の持ち出し禁止の資料らしいじゃないですか?そんなものに頼って呼び出したところで弁護士を立てられたら即、証拠不十分で即釈放ですよ」 
「んなことは分かってんだよ!」 
 要はついに切れて机を叩き折ってしまった。その轟音と迫力でさすがの杉田も飛び上がってあとづさる。杉田を殺気を込めた瞳で睨み付ける要の前にさっと出たアイシャが要の壊した机をそのまま脇にどける。そして何事も無かったかのように元の椅子に戻った。
「確かに。私達も起訴が難しいことは十分予想していますよ。でもね、杉田さん……もしこの事件の犯人に興味を持つ人物が悪意を持ってこの十五人の中にいるだろう犯人と接触を図ったとしたらどうします?」
 悪いことを考えている顔だ。笑みすら浮かべて机に頬杖をついてつぶやくアイシャを見ながら誠はそう思った。 
「クラウゼ少佐……いや、警部。言っている意味が分かりませんが……」 
 杉田の表情が明らかに曇っている。誠は直感した。杉田はアイシャの言うことが分からないんじゃない分かりたくないんだ。事実杉田の手元の湯飲みに伸びる手は震えていた。アイシャは当然のようにたたみ掛ける。
「杉田さん。私はあなたはそれほど愚かだとは思っていませんよ。分かりませんじゃなくて分かりたくないって意味なんじゃありませんか?」 
 切れ長のアイシャの目が凡庸な顔立ちの杉田を捕らえた。しばらく目をそらし、頭を掻きながら考えた振りをしている杉田。その様子がさらに要をいらだたせて立ち上がる口実を与える。そして当然のように驚いた杉田が椅子を後ろに下げた。
「実際前の『同盟厚生局事件』を見れば分かるようにゲルパルトの非合法テロ組織やベルルカンや東モスレムのイスラム原理主義勢力による法術師の開発や取り込みの動きがあるのはご存知ですよね」 
 アイシャの落ち着いた言葉遣いに何とか要におびえる心を奮い立たせるように杉田は椅子を元に戻した。そして口を開こうとするところでアイシャはそれを制するように言葉を続けた。
「現在、私達同盟司法局でも他者の法術適正を発動させると言う今回のような能力を持った例を確認してはいません。我々にとってもまた今回の容疑者の能力はきわめて興味深いんです。それはどの組織にとっても同じことだと言うのが専門家の一致した見解です」 
『専門家の一致した見解』と言うアイシャの言葉に鬼の形相だった要が思わず噴出しそうになる。単にここに座っている誠達と吉田の意見をそれらしく修飾した『専門家』と言う言葉。その意味を知って必死に笑いをこらえている要の姿がおかしくて誠は思わず噴出したが、冷酷そうに見えるアイシャの細い目ににらまれてそのまま黙り込んだ。
「つまり……法術に関心を持つ組織が本当に実在するとして、彼等がこの十五人との接触を図ると言いたいんですね」 
 さすがにここまで言われて杉田は苦々しげに話しの序の口に当たる前提条件をようやく認めてみせた。彼も警察組織の一員である。法術師を研究対象として集めている組織が多数あることも杉田は知っているだろう。集める手段も多額の報酬を払っての自発的協力から誘拐まで様々あることも十分分かっているはずだ。
 それでも治安の守護者である警察が勝手気ままにテロ組織や他国の工作員に自分の庭を荒らされている事実を身内ではない保安隊に認めるわけには行かない。そして組織人である杉田もまたその事実を自分の口から吐露することだけは避けたいというように表情をゆがめて座っている。
「本当に実在するかどうか?認めなく無いのは警察だけだろ?」
 また怒りがふつふつと煮えてきたのか要がつぶやく。その言葉に不快感を隠そうとしない杉田。カウラは要の肩に手を伸ばすが要は心配するなと言うようにそれをふりほどいた。 
「別にそれらの組織に対する警察の内偵の実情まで知りたいわけではありませんから。それに東都警察お得意の別件逮捕や予防検束をお願いするつもりは無いですよ。人手を必要とするような戸別訪問も必要ありません。我々に与えられた時間は少ないですが……司法局は警察の面子をつぶすのが仕事ではありませんから」 
 アイシャの言葉に大きく安堵のため息をつく杉田。それを見てまた要が噴出しそうになっているのが誠の腹筋を刺激する。
「今までお願いしていた警邏隊の巡回活動をこの十五人を重点的に行っていただければ結構です。それと……」 
 そう言って立ち上がったアイシャは部屋の隅の大きな箱に向かう。誠も見たことが無いいつの間にか置かれた上下一メートルほどの箱をアイシャが持ち上げようとする。
「ちょっと!そこの怪力二人!」 
「誰が怪力だ!」 
 誠はアイシャの助けに向かうが売り言葉で挑発された要は叫ぶだけで立ち上がる気配も無い。仕方なくアイシャと箱を持ち上げようとしてみた。結構な重さと中に入った多くの小箱が箱の上から見えた。
「菱川精密機械……」 
 誠は隙間のラベルを見て読み上げる。二人で運ぶ大きな箱に杉田は興味を示しているようだった。
「これが……新型の演操術系法術反応対応の簡易型のアストラルパターンゲージです」 
 テーブルの横に箱を置くとアイシャはその中の一つ。二十センチ四方くらいの小箱を取り出した。思わず立ち上がる杉田。そしてアイシャは彼の興味深そうな瞳を一瞥した後その一つを取り出し開封した。
 緩衝材に包まれた小型の弁当箱のようなものが誠の席からも見えた。そして渡された杉田はいくつかのモジュラージャックとディスプレイのついたアストラルゲージをまじまじと眺める。
「これまでの順路を多少変えて、警邏隊にこれを持ってパトロールさせるくらいのことはできますわよね」 
 これ以上は妥協できない。そんな意志のようなものを感じる鋭い視線が杉田を捉えていた。
「ええ……そのくらいのことなら……」 
 そう言いながら珍しい機械を興味深げに見る杉田。彼としてもアイシャの提案は呑めないものでは無かった。
「これでこれまでのすべての犯行現場で観測されたアストラルゲージの値と一致する人物を特定していただければ結構です。後はうちのお仕事ですから」 
「はあ」 
 アイシャの自信に満ちた言葉。杉田は興味のある機械を眺めながら曖昧に頷いた。
 杉田の視線は興味深い機械に向けられていた。ただ黙り込み、じっと考えを巡らす老刑事。確かにアイシャの提案は呑めないものでは無い。それでもそんなに簡単に十五人から一人の犯人を特定できる装置が開発されていたなどと言う寝耳に水の話を信用していいのかどうか。
 沈黙は長く、永遠に続くかに思えた。そしてその一つを手に取るとようやく心を決めたというように杉田は立ち上がった。
「それでは警邏の担当者と話を詰めますので……この機材は……持って行ってもいいんですか?」 
「すべてお持ちいただいてもよろしいですよ……なんでしたら運びましょうか?警邏課まで」 
「いえいえ……」 
 アイシャのサービス精神に杉田はきびすを返すとそのまま部屋を出て行った。先ほどまでイライラを溜め込んだ表情をしていた要がにんまりとタレ目をさらに酷くしている。
「なに?その顔」 
「いいじゃねえか」 
 要とアイシャ。二人ともニヤニヤしながら席に戻った。カウラは何とか乗り切ったと言うように慣れない東和警察の襟の形を気にしながら席に戻る。
「これで一段落……と言うかしばらくはすることがなくなるわね」 
「そうか?いきなりドカンと本命にぶち当たるかもしれねえぞ。それにしてもこの機械……使えるのか?」
「さあ……」 
 首をひねるアイシャに要は呆れた表情を浮かべていた。
「使えるかどうか分からない機械で何する気だ?」 
 思わず叫んだ要の肩をアイシャが叩いた。
「いい?要ちゃん。相手はこれまでのいたずら以上のことをやってのけた。違う?」 
「まあな。人が一人死んだんだ」 
「じゃあこれまで以上に警戒感が強くなってるわよね。当然身を守るべく法術を発動する可能性は高くなる。これも理解できる?」
 子供をなだめすかすような調子のアイシャの言葉。要も筋は通っているアイシャには頷くしかなかった。 
「地道な市民との協力関係を築いている豊川警察署の皆さんの情報網。多少はあてにしましょうよ。そして十分な事前調査をした後には……あれの出番が来るかもしれないしね」 
 そう言って先ほどの箱の隣の黒いケースを指差すアイシャ。そしてその姿から誠も中身が大体想像がついた。
「ショットガンですか?」 
「低殺傷性のね」 
 誠の質問にあっさり答えるアイシャを見るとすばやく要が立ち上がる。慣れた調子でその一番上のケースを運んできてテーブルの上でふたを開く。
「相変わらず派手な色ね。警察も」 
「実弾入りと区別がつかないとどこでも困るんだよ。元々低圧の制圧弾やゴム弾を使用するんだ。実弾入りのショットガンと同じ色だと最悪バレルが破裂なんてことにもなりかねないからな」 
 そう言うと要はショットガンを取り出しすばやくそのフォアエンドを握り締めて引く。要の顔が何か引っかかるようなことがあるというように曇る。そしてそのまま同じ動作を何度か繰り返してから銃をまじまじと見つめていた。
「弾はここの装備課からの支給になるな」 
 カウラの一言に手にしていた銃を抱えると要は明らかに不満そうな顔をしていた。
「弾も警察持ちか?弾のトラブルでバレルが破裂なんて洒落にならねえぞ」 
 要の言葉にカウラも頷きつつも複雑な顔をした。
「一応これも東都警察の借り物だ。違う系統の弾丸の使用許可など出ないだろうな」 
 そう言うカウラを無視して銃を構える振りをする要。その表情は冴えない。
「確かにキム君の選んだ弾なら信用できるけど……元々こういう非殺傷銃器の扱いなんて素人の東都警察の下っ端のこの署の銃器担当者の選んだ弾でしょ?いざと言う時不発で泣くのは私達だからねえ……」 
 アイシャの表情も冴えない。誠はわけも分からず目の前に置かれたオレンジ色の塗装が施されたショットガンを眺めていた。
「そんなにトラブルとかが多いんですか?低殺傷性の銃弾って……」 
「オメエははじめはリムファイアの22LRのルガーを使ってたからな。あれよりはましだと思うが……」 
 要はショットガンをテーブルに置くとそのまま座って分解を始める。
「元々低圧力の稼動ということで調整されているはずだけど……場所によってはただ色を塗っただけのを支給しているところもあるのよ。そう言うのでセミオートで撃てばこの銃この銃を撃てばさっきのバレルの破裂は大げさとしてもガス圧が安定しなくて……」 
「排莢不良ですか?それとも……」 
「全部だね。銃で問題になるような出来事はいくらでも起きうる。キムの奴のメンテナンスは伊達じゃないんだ」 
 珍しく人を褒める要を見て誠は小火器担当にして部隊の二番狙撃手であるキム・ジュンヒ少尉のごつい顔を思い出していた。
「それじゃあ今回も……」 
「神前。そんなに気にするな。とりあえず手動で対応すれば不発はそのまま無視して排莢すれば問題ない」 
「カウラ。甘ちゃんだぞ。相手は必死の法術師。どうなるかなんて読めないんだからな」 
 要の顔はいつもの残酷さを帯びたまま銃を解体していく。
「どう、要ちゃん」 
「油はちゃんとさしてある……っていうかこいつは一回も撃ってないな……部品のエッジが立ってやがる。慣らしでもやらないとどうなるか分からねえぞ」 
「勘弁してよ……こいつをセミオートで撃ったら絶対トラブル起こすわよ」 
「ならポンプアクションのみで対応しろ」
「冷たいのね、カウラちゃんは」 
 アイシャはそう言うと自分の銃をまじまじと眺める。
「犯人の特定は人任せ。特定できても獲物はこれ。できれば自首とかしてくれないかしら」 
 ポケットから取り出した銃器用の携帯工具入れを取り出す。そしてそのまま要が指でこじ開けた銃身の下にある弾倉部分を開きにかかった。
「そんなに簡単に話が済むなら警察はいらねえな」 
 警察官の制服を着ている要がつぶやくと誠から見てもかなり滑稽な光景に見えた。


「奴等もかなり本質に近づいてきたみてーで……ひと安心だよ」 
 それは見た目がどう見ても7,8歳の小柄な少女が言う言葉では無かった。ただし彼女の着ているのは東和陸軍と同型の制服。その襟章に中佐の階級章と胸にいくつもの特技章を見れば軍の人間なら彼女がただの少女ではないことはすぐに分かるはずだった。特にそんな勲章の中でも今は無き遼南共和国十字騎士章の略章のダイヤモンドが光っているのは誰もが目にするところだった。その勲章の受章者はたった一人。共和国のエースクバルカ・ラン中佐本人以外にそれを付けて許される人物はいない。
「クバルカ中佐。こちらこそラーナにはいい勉強をさせていただいておりますわ。感謝しなければならないのはこちらの方かも知れません。法術専門の捜査官が急に増えることは考えられませんもの、ああ言った捜査指導はこれからはラーナには必須になりますから」 
 こちらは東都警察と同じ制服。襟の階級章は警視正。ここが東都の遼州同盟司法局ビルの最上階の食堂のラウンジででなければ誰かが声をかけるだろうというような美貌。そんな警視正、嵯峨茜はゆっくりとコーヒーを啜った。
 ふと気が向いたように茜が街を眺める。昼下がりの東都の街並み。二千万人という人がうごめく街は地平線の果てまで続いていた。ランもまた和やかな表情で街並みに目を遣った。
「話は変わるが……それにしても例の馬鹿。やっぱり見つからねーか。うまく隠れているもんだな。まあこんなに広い街だ。すぐに見つかる方がどうかしてる」 
 ビルの続く東和共和国の首都の街を二人は眺めた。ビルと道路とそこにあふれる車と人。ランの故郷である遼南の低い建物が続く街並みに比べて明らかに無機質で複雑に見えた。
「確かに人が隠れるには街が一番ですものね。それにしても辻斬りなんていう古風な犯罪。できる人物が限られていると言うのに……。司法局の上層部はこんなイカレタ人間一人見つけられないのかと、私達を無能と思っているかも知れませんわね」 
 要は長い髪を静かに掻きあげると再びおさげ髪の少女に目を向けた。ランは見た目とは違ってまるで自分より年下の子供を心配するような視線で茜を見上げている。
「そんな自分を責めるんじゃねーぞ。あの化け物……桐野孫四郎か。簡単に捕まるなら司法局の出るまでもなく所轄の連中が誇らしげに連れてきているはずだろ。しばらくは我慢するしかねーよ。それにこの一月被害者が出てねーんだ。これも茜の手柄と言っていーんじゃねーのか?」 
 乱暴だが余裕のある言葉遣い。それが見た目は子供でもこの人物がいくつもの経験をつんだ古強者であることを証明しているように見える。
 ランは静かにコーヒーのカップを置くと平らな胸のポケットから端末を取り出して画像を表示した。
「オメーの指示であいつ等がようやく捜査に区切りをつけたらしいや」 
 表示された立体映像には十五人の容疑者の映像が映し出される。満足げに頷く少女ランと茜。
「実働部隊隊長……いえ、保安隊副長としては感無量なんじゃなくて?」 
「まあな。あいつ等も多少は使えるようになってきたわけだ」 
 思わずランの頬に笑みが浮かぶ。それを見て茜もうれしそうな表情を作る。
「さて、これからどう事件を纏めるか……期待してるぜ」 
 ランはそう言うと立ち上がる。
「あら、クバルカ中佐」 
「いやあ、実はこれから教導隊の連中と打ち合わせだよ。ったく面倒な話さ、人を育てるってのはよ」  らしくないと言うように肩をすぼめたランはそのまま周囲の関心を引きながら手にしたコートを纏めて持ってそのまま食堂から出て行った。
 そんなどこかはかなげな少女を茜はほほえみで見送っていた。
「できれば人斬りと今回の事件が無縁でありますように」 
 茜はそんな独り言を残して立ち上がりそのままランの後を追って行った。


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