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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 38

 繁華街の警察署を出ればすぐに下町のごみごみした建物の中の道へと入ることになる。久しぶりの定時の退社。街は人であふれている。
「ぶつけないでくれよ」 
「誰にものを言っているんだ?」 
 要の言葉に苦笑いのカウラ。目の前に飛び出してきた小学生に急ブレーキを踏む。
「言ったばかりだろ?」 
「予測はしていた」 
 いつものようなやり取りに沈黙とグラフばかりに集中していた時間を終えたことを実感する誠。そして再び走り出した車は見慣れたあまさき屋に続く商店街のアーケードの道にたどり着いた。
「ちっちゃい姐御に茜とラーナ。吉田は姐御の運転手か……あとは誰が来るんだろうな……」 
「要ちゃんはすっかり乗り気ね」 
「当たりめえだよ。おごりで飲めるんだ。たっぷり元をとらないとな」 
 にんまりと笑う隣の席の要に思わず誠は苦笑いを浮かべる。いつもどおり駅へ向かう道は渋滞していた。そしていつも通り近くの商業高校の学生達の自転車が車を縫うようにして道を進んでいる。
「まったく自転車通学か……寒いのにご苦労さんだね」 
「要ちゃん。私達も近々寒くてご苦労さんなことをするかもしれないんだけど」 
 助手席から身を乗り出して突っ込みを入れるアイシャ。カウラは苦笑いを浮かべて信号が変わって動き出した車の流れにあわせてアクセルを踏む。
「久々に島田とサラが来るんじゃねえかな。それと……シャムは吉田少佐とセットだからな。連中は暇そうだし」 
「でもなんだかシャムちゃんは白菜がどうとか言ってたわよ。収穫に人手が足りないとか。もしかしたら警備部の人達のお手伝いとかしてるかも」 
 植物大好きな野生少女のシャムは部隊創設二年をかけて敷地の半分を占める荒地を開墾していた。それどころか今では隣の菱川重工豊川工場の職員に野菜を販売するまでになっていた。誠もその労力を想像する度になんで保安隊が同盟のお荷物と呼ばれるかがよく分かると納得していた。
「サラが来るとなると……パーラが運転手役で出てくるな。それと……」 
「カウラちゃんを見に菰田君達が来るかもよ」 
「勘弁してくれ」 
 カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖菰田のことを思い出すとカウラは渋い顔をしてハンドルを大きく切った。
「いきなり曲がる……?」 
「どうしました、西園寺さん」 
 急にコインパーキングに向かって乗り入れた車の中で頭をぶつけてうめいた要の視線に何かが映っているようで誠は彼女の視線の先を見た。
「あそこ、あまさき屋ですよね」 
 誠が見た先には何かの事件でもあったような人だかりができていた。よく見ると立ち去る人々の顔にはそれぞれ笑顔が浮かんでいる。それを察したアイシャは当然のようにカウラが車を停めたのを好機として扉を開く。
「突然降りるな」 
「良いじゃないの……誠ちゃんも見たいでしょ?」 
「見たいって……」 
 呆然としている誠を車から引っ張り出してそのまま歩き始めるアイシャ。驚いたように車を飛び出した要がその後に続く。
「なんだよ……オメエは知ってんのか?」 
 要がそう言うのを聞きながら誠があまさき屋の店先を見るといつものように猫耳をつけてジャケットを着たシャムと中学校の制服姿で同じく猫耳を付けたあまさき屋の看板娘の小夏が子供達と握手をしていた。
「何やってんだ?オメエ等」 
 そう言うとそのまま小夏をにらみつける要。いつものようにそのガン付けににらみ返す小夏。
「知らないの?二人で漫才してるのよね」 
「漫才?」 
 アイシャが当然のように言うので誠も少しばかり驚いた。要もまた珍しそうにシャム達の隣で困った表情を浮かべているラン、ラーナ、茜の三人に目をやった。
「副長……良いんですか?」 
「おう、着いたか」 
「着いたかじゃなくて……」 
 ランも少しばかり戸惑ったような表情で満面の笑みのシャム達を眺めていた。
「まあ……仕事が終われば別に良いんじゃねーの。それほど任務に支障はなさそうだしな。ただ……」
「ネタが分かりませんわ……どこで笑ったら良いのか……」 
 ランと茜は首をひねりながらシャム達の後ろの引き戸を開いて店の中に消えていった。
「先にやってるわよ!」 
 真ん中のテーブルにはサラの赤い髪が揺れていた。すぐに隣にはうつむいてじっとたこ焼きをにらんでいる島田がいる。
「んだ……上は?」 
「警備部の旦那衆が宴会だって……すごい盛り上がってるわよ」 
 そのまま自分の脇をすり抜けて厨房に向かう小夏の言葉に頷きながら要は先頭で店に入った。
「あら、神前君達も来たの……上は使っているからこちらでいいかしら」
 小夏の母で女将の家村春子が厨房から顔を出して声をかける。いつものことながら紫色の小袖と軽くまとめた黒髪があまりにも似合うので誠は瞬時立ち止まってしまう。 
「かまいませんよ……それよりシャム。吉田はどこ行った」 
 猫耳を直していたシャムはランの言葉にしばらく沈黙する。
「俊平は……」 
 そう言いかけたとき奥の上の座敷へと続く階段を降りてくる吉田の姿が入り口で躊躇している誠の目にも入って来た。
「中佐!先に始めさせてもらっています!」 
 よく見れば吉田の手にはビールを入れたグラスが握られていた。
「上の連中はウォッカだろ?」 
「いえいえ。最近はマリアの姐御がうるさくて……ビールでちびちび飲みながら上司の愚痴を……」 
 吉田はニヤニヤと笑うとそのまま入り口手前のテーブルに腰を下ろしてビールをあおった。
「なんだか嫌な飲み会ね」 
「まあシュバーキナ中佐は厳しいですから」 
 サラのきつい言葉にフォローを入れながらずっとたこ焼きを口に入れるのを躊躇していた島田がたこ焼きを箸でつかむ。
「どれか一個が烏賊なのよ……当たるかしら」 
 にんまりと笑うパーラ。ようやく島田が何かをかけて烏賊とタコの区別をつける遊びをしていることがわかって納得する誠。
「つまらねえことやってるな」 
「当たればガソリン一回満タンですよ……」 
 苦笑いを浮かべると島田は真ん中のたこ焼きを口に放り込んだ。
「これは……」 
「島田君がんばってね!」 
 厨房からビールを運んできた小豆色の渋めの留袖姿の女将、家村春子の言葉に島田は首をひねった。
「わかるもんかよ……女将さん。とりあえずアタシ等もビール」 
 そう言うと要は奥のテーブルに着席する。そしてそのまま隣の椅子を叩いた。察した誠はアイシャ達に照れながら要の指示通りその隣の椅子に腰掛けた。
「女将さん、私とカウラは烏龍茶で」 
「はいはい」 
 そう言うと春子はビールを島田の隣に置いて厨房へと消えていった。
「分かるのか?」 
 要の正面の椅子に座りながら振り向いているカウラ。アイシャは椅子にも座らずに島田を興味深そうに眺めていた。
「うーん……」 
「正人……」 
 唸る島田。サラはいつものように島田の名前を呼ぶ。
「降参?降参?」 
 迫るパーラ。ただ島田は黙ってたこ焼きを噛み始めた。
「馬鹿な遊びをしてるじゃねーか。烏賊?タコ?どっちだっていーじゃねーか」 
 入り口すぐのテーブルを占拠したラン。その正面には珍しそうに島田の悩む姿を眺めている茜とラーナの姿がある。
「お待たせしました!」 
 セーラー服にエプロン姿の小夏がビールを持ってランに迫る。その後ろには猫耳をつけたままのシャムがコップと付き出しを持って並んでいた。
「シャム!」 
「駄目だよ俊平。飲酒運転になるよ」 
「付き出しを取ってくれってこと。俺は烏龍茶で良いよ」 
 そう言うとカウンターに座っている吉田は目の前の箸入れから割り箸を取り出した。
「吉田!オメーは体内でアルコールを分解するプラントを抱えてるはずだろ?」 
 早速ビールを飲みながら赤い顔のランが絡む。それを一瞥するとカウンター越しに烏龍茶を差し出す板前の源さんからコップを受け取りながら吉田は何度か頷いた。
「軍用義体だから多少の毒くらいは人工肝臓ですぐに解毒はできるけどさあ……酔ってる感覚が良いんじゃないか、それが楽しめないくらいならそもそも飲まないよ、俺は」 
 突き出しを口にしながら舐めるようにビールを飲む要の言葉に吉田は頷きつつ箸を進める。そんな吉田の隣ではすっかり機嫌を損ねたというようにシャムが頬を膨らませている。
「考え方が間違ってるよ!俊平はお偉いさんだからみんなのお手本にならなきゃいけないんだよ!だから運転する時はお酒は飲まないの!」 
 シャムの元気な声が響く。
「シャムちゃんは偉いのね」 
 アイシャの問いにシャムは大きく頷いた。要はそれを見て一度誠の顔をまじまじと眺めた後少し斜に構えるようにして笑みを浮かべた。
「西園寺さん。何が言いたいんですか?」 
「いや、なんでも……」 
「要ちゃんはボトルよね。……ラム?ジン?」 
「ラムで。それと!食うもん頼もうぜ。アタシは焼きそば!」 
 要の注文を聞いてそのまま厨房に春子は消えた。手伝いの小夏はエプロンからメモ帳を取り出して周りを見渡す。
「私は……たこ焼きにしようかしら……カウラちゃんは?」 
「鉄板があるんだ。烏賊玉かな」 
 テーブルの中央の鉄板を覆っていた板を慣れた手つきで外すとカウラは今度は視線を背後のラン達に向けた。
「アタシは豚玉で……ラーナもか。茜、どうするよ」 
「わたくしは……あまりたっぷり食べる気にはなりませんの。つまみ程度で見繕ってくださいな」 
「じゃあアンコウ肝のいいのが入ったって源さんが言ってたからそれをメインで行きます?」 
「お願いするわ」 
 ラン達幹部連の注文を受けるとメモを持って奥に小夏は消えた。
「まだ決まらないのか?」 
「ちょっと食べたい気分なんで」 
 機嫌がよさそうなカウラに急かされながら誠はしばらくお品書きに目を向けて黙っていた。
 足早に厨房から現れた春子は手にしたラム酒の瓶を要に差し出した。
「飲みすぎないでよ」 
「気をつけまーす」 
 春子の言葉の意味など解さぬようにたっぷりとグラスにラム酒を注ぐ。呆れたようにカウラは要の手元のグラスに目をやった。
「飲みたいのか?」 
「まさか」 
「はい!お待たせです!」 
 失笑するカウラを見ていた誠の耳元で手に盆を持った小夏が現れて注文の品をテーブルに並べていく。ついその動作に手元のメニューを取り落とす誠。
「神前の兄貴。しっかりしてくださいよ。それより注文は?」 
「豚玉の三倍で」 
「誠ちゃん!それアタシの真似じゃないの!小夏ちゃん、私も」 
 吉田の隣のカウンターでビールを手酌でやりながら叫ぶシャム。小夏は笑顔を浮かべながら厨房に消えていく。
「上、妙に静かじゃねーか。島田の。法事でもやってんのか?」 
 ビールを飲んで顔を赤くしながらランがたこ焼きの中身当てに失敗してうつむいている島田に声をかけた。二階を占拠して飲み続けているという警備部の屈強な男達の沈黙。その事態に隣のサラもパーラもランの質問に首をひねる。
「女将さん。アイツ等……」 
「昼間からだったから……潰れてるんじゃないかしら」 
 阿鼻叫喚の地獄絵図にならずに済んでよかったというような表情で笑う春子。彼女を見ながら誠もビールを飲み続ける。
「しかしアイツ等もマリアの姐さんのお手伝い係だからな……大変なんだろ」 
 相変わらずカウンターを背にテーブル席の誠達を眺めていた吉田はそう言うと烏龍茶を飲み干した。
「まあうちも大変だけど」
『何か言った?』 
 要の言葉にランと茜が同時にステレオで叫んでいた。思わずその様子に誠は苦笑いを浮かべた。
「それにしても大変そうだな」 
 烏賊が入っているたこ焼きを当てられずに島田は懐からガソリンスタンドのカードを取り出してパーラに手渡しながらつぶやいた。
「何?正人君も入りたかったの?」 
「そんなことは無いですけど……法術を乗っ取る犯人でしょ?俺みたいに死なないだけが取り得の法術師の方が適しているんじゃないかなあとか思っただけですよ。力を乗っ取られても別に何も起きないですから」 
 そう言いながら最後のたこ焼きを口に入れる。
「オメーはバックアップだよ。同盟司法局の事件じゃあオメーにぜひ参加してもらえって隊長に言われてたからな。まああれだ、今はじっくり明華の仕事のやり方を見ておけってことだ……エンジン交換のシミュレーション。終わってねーんだろ?」 
 ランはすでに手酌でビールを飲み始めていた。
「そうだぞ、島田。シャムのクロームナイトや隊長のカネミツの整備の手順とかは明華さんのお手の物だけど代わりがいないからな」 
「代わり?」 
 突き出しの小さい烏賊を箸でつかみながらの吉田の言葉に島田はしばらく考えながらつぶやいた。
「正人!明華お姉さんは6月に結婚でしょ?」 
「でも寿退職とかする人には見えないんですけど……」 
 隣のサラの言葉に首をひねる島田に思わずサラとパーラがため息をついた。
「結婚すれば……子供ができてもおかしくないな……まあしなくてもできる時はできるか」 
「要ちゃん!」 
「事実だろ?」 
 要とアイシャの掛け合いを見てようやく分かったと島田は膝を打つ。
「でも……『カネミツ』だの『クロームナイト』だの『ホーンオブルージュ』など……あんな機体。本当に使うんですか?地球侵略でも始めるなら別ですけど」 
 そう言う島田の視線は保安隊ナンバー2であるランへと向けられることになった。
「島田……出動関係の事例集。見てねーのか?」 
「そりゃあ甲一種出動は使用兵器の制限が無くなりますが……反則ですよ、あの三機は」 
 島田の言葉に自然と誠は頷いていた。誠の愛機のアニメヒロインが大量に描かれた05式乙型も法術対応のアサルト・モジュールだがクロームナイトクラスとは桁が違った。法術師の展開する干渉空間にエネルギー炉を転移してメイン出力を確保する構造はエンジンの出力を上げる際にエンジン自体の強度の限界を想定せずにパワーを出すことができる。そんなメインエンジンを搭載した上に現在の技術の最先端クラスでとても一般部隊では運用不可能な高品位パルスエンジンでの驚異的な機動性を確保した機体には正直勝負を挑むのが馬鹿らしくなるほどだった。
「反則だろうが失格だろうが関係ねーんだよ。アタシ等は司法実働部隊だ。兵隊さんと違って勝たなきゃならねーし、勝つときは圧倒的じゃなきゃならねーんだ。わかるか?」 
 どう見ても小学生が飲んだくれているとしか思えない光景。言っていることの理屈が通っているだけに誠は一人萌えていた。だがその萌えを我慢できない存在がこの店にはいた。
「ランちゃん!」 
 立ち上がるとアイシャはそのままずかずかとランに近づいていく。
「お……おうなんだ……!くっつくな!」 
 不意を付いてアイシャはランに抱きついて頬擦りを始める。
「なんてかわいいの!萌えなの!」 
「うるせえ!離れろ!」 
「慕われていますのね、クバルカ中佐は……ちょっと妬けますわね」 
「茜!くだらねーこと言ってねーで助けろよ!」 
 ばたばたと暴れているランを横目に見ながら笑顔の春子が料理を並べ始めた。
「いつも申し訳ありません」 
「カウラさんが気にすることじゃないわ。それに本当にいつもごひいきにしてもらっちゃって。うちは保安隊さんがいなくなったらつぶれちゃうかも」 
 そう言いながら頭を撫でる程度に譲歩したアイシャの愛情表現に落ち着いてきたランの目の前にアンキモを置く春子。
「でもクバルカ中佐は本当にかわいいですものね。クラウゼさんもつい暴走しちゃうわよ」 
「アタシは一応上官なんだけどな……」 
 アイシャに撫でられながら仕方が無いというようにランはビールを飲み干した。
「じゃーん!来ましたよ」 
 小夏が突然のように現れて手にした料理を配っていく。春子はそれを見ながら誠達のテーブルの鉄板に火を入れた。
「やっぱり火がいいねえ。電気式のはどうも好きになれなくて」 
「そう言えば要ちゃんは胡州よね。あそこは結構火の使用には厳しいんでしょ?二酸化炭素を出すエネルギーだとか言うことで」 
 アイシャはようやくランをその手から開放すると満面の笑みで誠の豚玉を勝手に混ぜ始めた要の正面の自分の席に腰掛けた。
「まあな。あそこはどうも息苦しいところだからな。特に東和に来たら帰りたくなくなるよ……小夏、もう良いのか?」 
「まだ。そんなすぐに暖まるわけ無いじゃないの」 
 鉄板の上に手をかざして軽蔑の眼差しで要を見つめる小夏。頭に来た様に視線をボールに落とすと要は一生懸命豚玉をかき混ぜ始めた。
「そんなに混ぜたら駄目じゃないの」 
「いいんだよ。納豆だって混ぜた方が美味いだろ?」 
「私はそうは思わないが……」 
「カウラ……ノリが悪いな」 
 たこ焼きを食べ始めたカウラにそう言うと要は豚玉を混ぜる手を止めてグラスのラム酒に手を伸ばした。
「どうしたの?要ちゃん」 
 アイシャの顔が真剣なものへと変わる。それは要の脳内の通信デバイスが何かをつかんでいることを悟っての態度だとわかって誠も要に視線を向けた。
 要の瞳。それはすでに軽口を叩いていた誠の見慣れた要のものでは無かった。誠が知らない陸軍非正規部隊で戦争法規無視の捨て駒の戦いを演じていた時の要の表情。誠はこんな目をした要を見る度に彼女がいたという東都戦争の泥沼を想像して背筋に寒いものが走った。
「例の辻斬りだ。東寺町で近くのOLが背中からばっさりだそうだ」 
 その言葉に入り口近くのランの隣に座っていた茜が立ち上がる。
「おい、所轄の連中が捜査をはじめたばかりだぜ」 
「そう言うわけには行きませんわ。一応わたくしが担当している事件ですから……クバルカ中佐、カルビナ。帰りはタクシーを拾ってもらえませんかしら」 
「しゃーねーだろ。仕事優先だ」 
 ランの言葉に笑みを浮かべた茜は着物の襟元を調えるとそのまま店を出て行った。
「辻斬り……アイツも今回の犯人を追って出てきたか……」 
 ようやく温まった鉄板に誠の三倍豚玉を広げながら苦々しげに要はつぶやいた。
「でも法術師を狙ってわざわざやって来たんですかね。ただ都心じゃ捕まるかも知れないから郊外に現われただけなんじゃないですか?」 
 誠の言葉に要は思い切り酒を噴出した。
「何するのよ!」 
 顔面に直撃を受けたアイシャは叫ぶと同時にハンカチを探してコートに手を伸ばす。驚いた春子も厨房に飛び込んだ。
「クラウゼさん、これ」 
 春子から手ぬぐいを受け取ると顔を拭くアイシャ。その様子をまるで無視しているかのように一人烏賊玉を焼くカウラ。誠はいつものことながら食事中に異常な集中力をみせるカウラに呆れながら隣の要に目をやった。
「都心より郊外の方が良いだって?そんな訳ねえよ。薄暗がりの街の中。特に抜刀なんて言う近接戦闘メインの作戦行動を取るには都市部の方がやりやすいんだ。戦闘発生時の距離が常に近いからな」 
「さすがに非正規戦闘のベテランは言うことが違うな」 
 烏賊玉をひっくり返して一息ついたカウラの一言。要は得意げに再びグラスを手に取る。
「じゃあ、やっぱり狙いは今回の法術師ですか?」 
 誠の言葉にそれまで騒いでいたシャムや島田まで黙り込んで静寂が支配した。
「普通に考えりゃーそうなるな。飼い主は分からねーがこの辻斬りは間違いなく法術師だ。そいつの飼い主が相当な馬鹿野郎ならいざ知らず、いままで狂犬を官憲から匿い続けているところから見ても、かなりの情報通だ。今回の法術師に関心を持ってねー方がおかしいくらいだ」 
 ランの言葉に頷くラーナ。ただ不安そうに周りを見るパーラに少しばかり同情しながら誠はそれまで要が焼いていた自分の豚玉にソースをかける。
「最悪のパターンも想定しておくべきね。人斬りと今回の一風変わった法術師の両方に同時に出会うケース。想定していないと最悪の事態になるわね」 
「アイシャさん。最悪の事態って……」 
 誠は豚玉を切り分けながら目の前で箸でたこ焼きを半分に割っている濃紺の長い髪の持ち主に語りかけた。
「馬鹿だな。オメエの能力が奪われた状態で人斬りにマンツーマンで対応しなきゃならなくなることもあるってことだ」 
 ラムを飲む要の満足げな顔。思わずカウラは目をそむける。
「本当にこういうときは悪い顔をするわね、要ちゃんは。まるでそうなるのが楽しみだって言いたいみたい」 
「そうか?」 
 アイシャの言葉を受け流しながら要は誠の豚玉の半分を奪い取ると自分の小皿に乗っけて食べはじめた。
「それ僕の……」 
「小さいことは気にするなよ。それよりカウラよう。得物は特別なのが使えるのか?」 
 豚玉を頬張りながら要がたずねてくるのを見て少し馬鹿り気分を害したと言うようにカウラはたこ焼きに伸ばした箸を置いた。
「特別な許可は降りていない。使用可能なのは拳銃と貴様等がキムに送った警察官給品の低殺傷火器だけだ」 
「マジかよ……東都警察はアタシ等を殺す気か?」 
 そう言うと要は静かにラム酒を喉の奥に流し込んだ。
「まあ相手は日本刀を振り回しているだけの暴漢と言うのが上の見方だから仕方がないか」 
 アイシャとカウラの会話で誠は今回の事件がかなり危険なものだと言うことだけは理解できた。
「同盟外務省から辻斬りさんの飼い主が見つかったら何とか言ってくれねえかな。『うちはローリーサルウエポンしか使用しませんから手加減してください』ってさあ」 
 ラム酒の便を手に自分のグラスに酒を注ぐ要。沈鬱とした空気が場に流れる。
「おいおい、オメー等がそんな弱気でどうすんだよ」 
「姐御……弱気にもなりますよ。相手はこれまで8人は斬ってる狂犬ですよ。それと何だかよく分からない能力の持ち主が敵に回る……」 
「同時に相手をしなきゃいいだろ?それにいざとなれば拳銃で仕留めるくらいのことはいつも言ってるじゃねーか」 
「姐御……」 
 いつの間にか誠達のテーブルの隣に立って弱音を吐く要からラム酒のビンを取り上げたランはそのまま半分以上酒が残っている要に瓶を差し出した。
「注ぐならこいつにしてくださいよ」 
 要は隣でビールをちびちび飲んでようやく空にした誠に目を向けた。
「え?あ?うーん」 
「そうだな」 
 にんまりと笑ったランはどくどくと誠のグラスにラム酒を注いだ。
「クバルカ中佐!」 
「良いんだよ。アタシの酒だ。飲めるだろ?」 
 凄みの聞いた少女の表情。誠はいつの間にか頭の中に異常な物質でも発生しているのではないかと言うような気分になってグラスを手にした。
「ぐっとやれ、ぐっと」 
 ランの言葉が耳元で響く。アイシャもカウラも決して助け舟を出す様子は無い。
 諦めた誠は一気にグラスの中の液体を空にした。そしてそのまま目の前が暗転するのを静かに理解することしかできなかった。




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