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遼州戦記 保安隊日乗 低殺傷火器(ローリーサルウェポン) 61

「おかしいな……」 
 先に男子更衣室でつなぎに着替えた島田は入ってきた誠にそうつぶやいた。
「何がですか?」 
 とりあえず自分のロッカーから勤務服を取り出しながらこたえる誠。それをじろじろと主計下士官の徽章を直しながら見つめる菰田。朝のいつもの部隊の光景。ようやく戻ってきた日常に誠は少しばかりわくわくしていた。しかし島田の表情は浮かない。
「分からないのか?すでに運行部の女の子達が全員来てるんだぞ」 
「ああ、あの人達は遅刻の常習犯ですからね……」 
 誠も菰田にそう言われるとようやくちょっとした異変に気がついた。そして朝の吉田から保安隊運用艦である『高雄』の副長のアイシャにデータが届いたことを思い出していた。
「そう言えば吉田さんからクラウゼ少佐にデータが渡ってましたけど……」 
「なんだよ、それを早く言えよ。……何か特別任務かね」 
 ロッカーの奥の丸椅子に腰掛けた島田が腕組みをして難しい顔で誠をにらみつけている。にらまれて怯みながらワイシャツに袖を通していた誠の後ろのドアが突然開いた。
「遅くなりました!」 
 入ってきたのは第三小隊のルーキーであるアン・ナン・パク軍曹だった。突然の出来事に島田が椅子からずり落ちる。
「突然でかい声を出すんじゃねえよ!」 
「すみません……」 
 しなを作るアン。菰田が苦虫を噛み潰したような表情で隣のロッカーに手を伸ばすアンを避ける。
「でも運行部の隊員が早出……読めないな」 
「読めないな」 
 いつもは犬猿の仲の島田と菰田が腕組みをして思案にふけっている。その様は見ていると少しばかり滑稽でつい誠は笑いそうになってしまっていた。
「運行部の早出が関係するのかどうかは知りませんが、なんか一階であるみたいですね」 
 何気なくアンが上着を脱ぎながら言った言葉に二人はアンへ詰め寄った。突然の上官の接近に頬を赤らめつつ戸惑うアン。
「島田さん……そんな……僕には心に決めた人が……」
「そんな話は良いんだ!何を見てきた?何かあったのか?」 
 頬を染めるアンの言葉を無視してじりじりと島田の顔がアンに近づく。そしてその心に決めた人がたぶん自分だと想像した誠は好奇心と恐怖の感情が入り乱れるなかじっとアンの言葉に耳を済ませていた。
「何がって……」 
 ためらうアン。その言葉がいつものやけに色気があるものだったので島田も菰田も諦めたようにため息をついた。
「おい!このぼんくらども!」 
 要の叫びと同時に更衣室のドアを蹴り上げる音が響いた。
「壊さないでくださいよ!」 
 なんとか島田が叫ぶと外でささやきあう声が響いていた。
「西園寺さんが……俺達に用事か。……一体何事なんだ?本当に」 
 菰田が目をアンに向ける。だがアンは相変わらず熱い視線を誠に向けるばかり。室内の男性隊員にはただ不思議な現象が起きていると言う事実しか知ることはできなかった。
「誠ちゃん!早くしなさいよ!」 
 今度はアイシャの声だった。注目の運行部のナンバー2の登場にさらに誠達は混乱した。
「じゃあ、俺が出るわ」 
 覚悟を決めたと言うように島田が扉を開く。そこには再び扉を蹴り上げようと右足を準備していた要が立っていた。
「痛え!」 
 思い切り要に弁慶の泣き所を蹴り上げられた島田が痛みのあまり倒れこむと転がりまわる。
「大丈夫か?」 
「ベルガー大尉……大丈夫に見えますか?」 
 カウラに手を借りて立ち上がりながらも顔をしかめている島田。自分じゃなくて良かったと言うような表情を浮かべている菰田がアイシャの手にクラッカーが握られているのに気がついた。
「何かめでたいんですか?」 
「菰田ちゃん……実はカウラが菰田ちゃんのことを……」 
「くだらないことは止めろ。子供ができたんだ」 
「え?菰田とベルガー大尉との子供?」 
 島田は痛みに思考回路を停止させながら搾り出すように言葉を口にした。あまりに突拍子も無い島田の言葉に今度は要が腹を抱えて笑い出した。
「菰田!良かったな!一人前の男になれて!」 
「西園寺さん!何言っているんですか!」 
 顔を真っ赤にする菰田。隣で理解できずに固まっているカウラを見て今度は菰田の顔が青く染まった。
「本当にもう……要ちゃんたら。赤ちゃんができたのはカウラちゃんじゃなくて!お姉さんよ」 
 アイシャの言葉でようやく誠も事態が理解できた。
 保安隊運行部。部隊を運用する巡洋艦『高雄』の艦長鈴木リアナ中佐は数少ない部隊の既婚者だった。穏やかな性格で刺々しいほかの女性部隊指揮官達が『姐御』扱いされている中で彼女は『お姉さん』と呼ばれて親しまれていた。
「知っちゃうと普通ですね」
「だな」 
「なに?誠ちゃんに島田君。つまらなそうじゃない」 
 アイシャに言い寄られて苦笑いを浮かべる二人。それを見るとアイシャは二人にクラッカーを持たせた。いつの間にか来ていたサラやパーラもアンや菰田にクラッカーを渡す。
「もうそろそろ来るから。これでパーンてやるのよ」 
 サラの言葉に誠と島田は顔を見合わせた。
「来る?挨拶に行くんじゃ……」 
「狭い部屋に入られても迷惑でしょ?それなら部隊をぐるりと回ってお祝いした方が良いじゃない」 
「まあ……そうですかね」 
 なんとも狐につままれたような表情で納得してみせる島田。誠も仕方が無いと言うように廊下に並んでいた。目の前の医務室には医務間のドム大尉が運行部の黄色い髪の下士官からクラッカーを受け取って階段を上がってくるリアナに向けてクラッカーを鳴らした。
「おめでとう!」 
 ドムの言葉に合わせるように誠達もクラッカーを鳴らす。白い長い髪のリアナが手を振りながらそれに答えた。
「おめでとうさん」 
 なぜか関西弁で言うと要も遅れてクラッカーを鳴らした。
「みんな!有難う!」 
 純粋無垢な表情で手を振るリアナ。SP気取りのシャムが彼女の前で手を振る隊員に目を光らせている。
「なんでシャムが?」 
「吉田君から頼まれたんでしょ?お姉さんが喜びすぎて無理しないようにそして……」 
 アイシャの言葉が終わらない時にすでにリアナは手にマイクを握っていた。
「皆さんのおかげでここまで来れました……私は……私は……」 
「お姉さん!演歌禁止!」 
 早速シャムがリアナからマイクを取り上げた。
「なんで?シャムちゃん!」 
「おなかの赤ちゃんがかわいそうでしょ?」 
 シャムに言われてしばらく理解できないというように首をかしげるリアナ。誠もリアナの電波演歌の被害を体験したことがあるので胸をなでおろした。
「胎教……どうなると思う?」 
「要ちゃん……私に聞かないでよ」 
 要の問いに半分やけになって答えるアイシャ。リアナはシャムからマイクを取り上げられて少ししょげながら廊下を隊長室へと歩いていた。
「おめでたいな」 
「なに?カウラちゃんが言うと皮肉みたい」 
「別にそんなつもりは無いがな。私も興味深い出来事だと思うよ」 
「硬いねえ……もう少し柔らかく物事考えなきゃ」 
 不器用に笑うカウラに要が呆れたような視線を送る。
「それじゃあ……私は色々あるから」 
「サボるなよ」 
 アイシャは要にチャカされながら階段を駆け下りていく。要とカウラは安心したように深呼吸をした。
「それじゃあ詰め所に行くぞ」 
 そう言うとカウラは更衣室で着替え途中の誠に一言言うとリアナ達の行列に付き合って廊下を実働部隊の詰め所へと歩いていった。
「隊長!」 
「おう!おめっとさん!」 
 リアナが隊長室に入るとにこやかに嵯峨は彼女を迎え入れた。隣には笑顔の明華が、その隣の小さなランはまるで子供の手のような両手で大きく拍手をしていた。
「この部屋は空気が悪いからな……窓を開けるか?」 
「厳しいねえ……マリアは」 
 窓に向かう金髪痩身のマリアを隊長の椅子に座ったまま苦笑いで嵯峨は見つめていた。
「それより兄さん。リアナさんが抜けるとなると……」 
 背広の小男が嵯峨を兄と呼びながら難しい顔でリアナを見ていた。
「高梨さん。すぐに休むわけじゃないですから」 
「でも鈴木中佐。お体が第一ですよ」 
「そうだな。アイシャの馬鹿も使えるようになってきたんだ。楽したってバチはあたらねーと思うぞ」 
 嵯峨の弟で管理部部長の高梨渉と部隊副長のクバルカ・ランの言葉にリアナが微笑みで返した。その時部屋の扉をノックする音が響いた。
「開いてるぜ!」 
 めんどくさそうに叫ぶ嵯峨の言葉を聞くと扉が開いた。そこには噂のアイシャの他に要とカウラ、そして誠が神妙な表情で立っていた。
「遠くにいても始まらねえよ!こっち来い!」 
 入り口で黙って歩哨の真似事をしているシャムと吉田を白い目で見ながら誠達は部屋に通された。
「お疲れ様だね。例の犯人の身柄の確保。結果オーライと言うところか?」 
「相手が相手とはいえ、一名負傷。室内戦闘の訓練が必要な感じだがな」 
 嵯峨の言葉に警備部部長として室内戦闘などの訓練の指揮を担当しているマリアの厳しい言葉が飛んだ。
「はあ、申し訳ありません」 
 片腕を落とされ腹に七発の銃弾を受けて義体を駄目にした要が渋々頭を下げた。
「それにしてもアイシャ。行けるか?艦長代理」
 椅子に座った嵯峨の見上げる挑戦的な視線にアイシャは余裕の笑みを浮かべる。 
「隊長の指示なら」 
「指示よりもオマエさんのやる気が重要だ。行けるか?」 
 嵯峨の言葉に部屋の中の人々の視線がアイシャに集中する。アイシャは照れたように自分の頬を右手でつつきながら嵯峨を見つめていた。
「できる限りがんばります」 
「まあいい返事だ。できないことはやっぱりできないからな」 
 アイシャの答えに満足したように嵯峨が笑う。それを見てリアナは手を叩いた。
「それじゃあお祝いしないと!」 
「酒抜きでな」 
「えー!」 
 マリアの『酒抜き』の一言に要が思わず叫んでいた。
「あのねえ、要ちゃん。リアナお姉さんのお腹には赤ちゃんがいるの。分かる?」 
「だからってアタシ等まで酒禁止なのか?」 
 不満そうに周りを見る要。だが誰一人として助け舟を出す様子は無かった。
「主賓が飲めないのに祝う側の人間が飲んでたら意味ねーだろ?そのくらい分かれよ」 
 子供のような体に似合わず酒飲みのランに言われて要がうなだれた。
「それは良いとして……シャム!」 
 衛兵の真似をしているシャムに声をかける嵯峨。声をかけられてすぐにシャムはドアを開けて飛び出す。そしてそんな彼女の相棒である吉田もあとに続いた。
「バーベキューの準備ですか?でも寒いですよ」 
 誠の言葉に嵯峨は苦笑いを浮かべる。
「一応うちでのしきたりみたいなもんだ。リアナには毛布でもかけておけば良いだろ?」 
「ええ、にぎやかなのは赤ちゃんも喜びますよ」 
 そんなリアナの一言に場は一気に和やかなものへと戻り始めた。そんな中、一人嵯峨は浮かない表情で誠達を見つめていた。
「ああ、そう言えば要」 
「アタシ?」 
 嵯峨の声に振り返る要。きょとんとしているアイシャも思わず嵯峨に目をやる。
「あの現場、とんでもない化け物がいたらしいじゃねえか……桐野だろ?」 
 何気なく言ってみせる嵯峨だがその目は先ほどと違い鋭い光をはらんでいた。誠は再びあの冷たい殺意を帯びた大男の笑みを思い出して背筋に寒いものが走るのを感じる。
「叔父貴のかつての部下だろ?調べたよ」 
「知ってるか……」 
「部下?調べたって……」 
 要のタレ目がしっかりと嵯峨を見ているのを見てアイシャは戸惑うようにつぶやく。
「前の大戦で胡州幼年挺身隊の隊長として俺の下にいたんだよ、アイツは。そこで俺に能力を見出されたのは良いが……」 
「そのまま人殺しが趣味にでもなったんですか?」 
「ベルガーは鋭いねえ。いつも通り情報元の安全のため詳しくは言えねえが……今は例の『ギルド』に属して荒事を専門に仕切っているそうだ。お前さん等も見たとおり、例の北川とか言う法術師がお守りでついているらしい」 
「最初から知ってたんじゃねえか?叔父貴」 
 要に突かれるとそのまま背を向けて外を向く嵯峨。それをみて要は嫌味のように敬礼するとそのまま部屋を出ようとした。
「私達もお手伝いしていいかしら?」 
「お姉さんは……賓客じゃないの」 
 アイシャの言葉に首を振りながらランとマリアに目をやるリアナ。仕方が無いと言うように二人はそのままリアナに釣られて廊下に出た。
「隊長も難しい立場なんだから。分かってあげないと」 
 リアナはそう言うとそのまま笑顔でクラッカーを鳴らす実働部隊や管理部員の輪の中へと飛び込んでいった。
「やっぱりかなわねえや」 
 要はそう言うとそのあとに続いた。
「でも……良いんですか?『ギルド』の面々はまだ身柄を押さえられて無いんですよ。僕達がこんなどんちゃん騒ぎなんてしてても……」 
「いつもいつも……水ばっか差しやがって!水差し野郎!」 
 誠の言葉に要はすばやく反応するとそのまま首にまとわりついてそのままヘッドロックを決めた。
「苦しい……」 
「しょうがないじゃないの。前から言っているようにこの法術の力。存在自体がタブーみたいなもののふたを開けちゃったんだから……ある程度の摩擦は覚悟しないと」 
「ほう、クラウゼが珍しいな。正論だな」 
「カウラちゃん。珍しいとは心外ね」 
 ニヤニヤ笑いながらのアイシャとカウラの言葉を聞きながらようやく首を万力のような要の腕から開放されて息をつく誠。やってきたハンガーに張り出した階段から階下を覗いた。
 整備班員が大漁旗を振り回しながら万歳を続けている。その中心にはライトブルーと言うより白に近い色の髪のリアナの笑顔が揺れていた。
「まあ……あれだ。難しいことは後で考える。それで駄目なら叔父貴に押し付ける。それがうちの流儀だからな。気にせず楽しめばいいんだよ」 
「ずいぶんとまあ……お気楽なのね」 
「アイシャに言われる筋合いはねえよ」 
 じゃれながらも要もアイシャも笑顔だった。横を見ればライトグリーンのポニーテールを開かれたハンガーの扉から吹いてくる北風になびかせながら笑顔を浮かべるカウラがいた。
「寒いですね」 
「そりゃ冬だからな。まあいいや、とりあえずシャムのところに行ってジュースをあるだけ持って来い。足りなかったら買出しに行くから。パーラの車で行けば結構詰めるからな」 
「仕切るわね。要ちゃん」 
「別に仕切っているわけじゃねえよ」 
 相変わらず口だけの要にせかされて誠は階段を駆け下りる。
「神前君!よろしくね!」 
 リアナが手を振るのを見ながら誠は笑顔でシャムが溜め込んでいるジュースのある一階の食堂に向かう。
 すべてはことも無く平和である。そんな当たり前の日々が帰ってきたことに誠は満足しながら走り始めた。


                                        了

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