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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 101

 廊下に人影は無かった。いつもなら隣の管理部の女子隊員がおしゃべりでもしている定時まで一時間を切った夕方。すでに廊下に挿す日差しは無く、いつものように節電のため明かりの無い廊下をシャムは隊長室まで歩いた。

 ノックをする。

『おう、開いてるぞ』 

 嵯峨の声を聞くとシャムはそのまま扉を開いた。

 埃が一斉に舞い、思わずシャムは咳をしていた。

「ご苦労さん」 

 隊長の執務机。シャムが何度見てもそれは一個中隊規模の部隊の指揮官の机には見えなかった。

 中央に二つ置かれた『未決』と『決済済み』と言う書類だけがこの机の主がそれなりの重責を担っていることの証明である。それ以外はとても『隊長』と呼ばれる人物の机では無い。

 手元は一見片付いているように見えるが、その下敷きはどう見ても鉄板。その上には何度と無く工具を使うことでできた傷が見て取ることができる。そして右端には積み上げられた半紙とその上の不安定にしか見えない硯は嵯峨の『書家』としての一面を見るものに知らしめた。

 反対側。こちらには透明の棚がおいてある。それぞれに札がついているが、中に入っているのは銃の部品ばかり。そして固定するための万力が据え付けられていた。

 結論として事務仕事をする人間の机ではないのだが、『決済済み』の書類の箱が山になっているところがその才に長けた嵯峨らしいところだった。

「あの?隊長?」 

 机ばかり見ていたシャム。それもそのはずそこには嵯峨の姿が見えなかった。椅子は横を向いている。シャムは不思議に感じてそのまま近づいていった。

「いやあ、スパイク。久しぶりに履いたらなかなか脱げなくてねえ」 

 突然何も無かった椅子のところから嵯峨の体が飛び出したので驚いてシャムは飛びのいた。髪の毛はぼさぼさ。無精髭を生やしてめんどくさそうに背中を掻いている若い男。とてもかつて『人斬り新三』と呼ばれた切れ者の風采はそこに見えない。

「紐を強く結びすぎたんじゃないですか?」 

「ああ、そうかもなあ」 

 とぼけたようにつぶやくとそのまま不安定な状態の硯を手に取ると墨をすり始める嵯峨。若く見えるのはその法術による体再生機能が制御できずに老化が止まっているためだとヨハンから聞いたことがある。嵯峨もそのことは気にしていて、本人が言うには少しでも年上に見られるようにわざと無精髭を生やしていると言うことらしい。

「まあ呼んだのはアンのことだ」 

 相変わらず嵯峨は墨をすり続けている。シャムは仕方なくそれを見ながら嵯峨の次の言葉を待った。

「どうだ?」 

「どうだと言われても……」 

 シャムは突然顔を上げて自分を見つめてきた嵯峨の視線に照れながら頭を掻いた。





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