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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 (2) 146

 静かに、あくまでも静かにとシャムはバイクをおろしにかかった。

「ゴン!」 

「あ……」 

 バンパーにこれで十三度目の傷が勢い余って切ってしまったハンドルによって付けられた。

「だから言ったろ?」 

「は……ああ」 

 思わずシャムは照れ笑いを浮かべた。そしてすぐに周囲を見渡す。静まりかえった住宅街、見上げると魚屋の二階の一室だけが煌々と明かりをともしている。受験生佐藤信一郎は今日も勉強をしているようだった。

「聞こえたかな?」 

「多分な」 

 吉田はそれだけ言うと静かにバンのリアの扉を閉めた。

「それじゃあ俺は帰るわ」 

「え?お茶でも飲んでいけばいいのに」 

「あのなあ……一応下宿人としての自覚は持っておいた方がいいぞ」 

 苦虫をかみつぶしたような顔をした後、吉田はそのまま車に乗り込む。

「じゃあ、明日」 

 それだけ言うと吉田は車を出した。沈黙の街に渋いガソリンエンジンの音が響く。犬が一匹、聞き慣れないその音に驚いたように吠え始める。

 シャムは一人になって寒さに改めて気づいた。空を見上げる。相変わらず空には雲一つ無い。

「これは冷えるな」 

 なんとなくつぶやくとそのままシャムはバイクを押して車庫に入った。『佐藤鮮魚店』と書かれた軽トラックの横のスペースにいつものようにバイクを止める。鍵をかけて手を見る。明らかにかじかんでいた。

 そしてそのまま彼女は裏口に向かう。白い息が月明かりの下で長く伸びているのが見えた。

 戸口の前で手に何度か息を吹きかけた後、ジャンバーから鍵を取りだして扉を開く。

「ただいま……」 

 申し訳程度の小さな声でつぶやいた。目の前の台所には人影は無い。シャムはそのまま靴を脱いでやけに大きめな流しに向かう。

 鮮魚店らしい魚の臭いがこびりついた流しの蛇口をひねる。静かに流れる水に手を伸ばせば、それは氷のように冷たく冷えた手をさらに冷やす。

「ひゃっこい、ひゃっこい」 

 自分に言い聞かせるようにつぶやきながら手を洗うとシャムは静かに水を止めた。





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