スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

視野の重なり 3

「あっ、ちょっと済みませんね」
 とりあえず挨拶でもしようと頭を下げかけた俺を残して、作業服は外に向かって駆け出していった。見れば今にも出掛けようとしていた軽自動車の天井を軽く叩いて、先ほどの事務員となにやら話し込んでいる。迷惑そうな顔が、フロントガラス越しにこちらからも伺える。作業服はありがちな笑みを浮かべて手を合わせる。彼女はいらだたしげに薄いドアを思い切り閉めるとこちらに向かってきた。
「早く!早くしてよ。……ああ、別に上着はそのままえいいから。それよりお茶、お茶入れてくれよ。ああ、すいませんね。なんだか妙な所見せちまって。ちょっと、こっち、来てくださいよ」
 手にした上着を机の群れの上に投げつけて奥の給湯室に消えて行く事務員を無視して、作業服は先ほど階段へと向かった。奴のガニ股にくっついて、狭苦しい通路を潜り抜け、安物のタイルの貼られた階段を身をかがめるようにして昇る。体を傾けるだけで軋むような安普請を気にしながら、その名には相応しくないほど狭い踊り場を抜けて、ヘルメットの並んでいる廊下を通り過ぎ木目がわざとらしい扉に突き当たった。
「入るよ」
 開いた扉の隙間から聞き慣れたテレビタレントの浮ついた笑い声が聞こえてきた。作業服は一声唸って小走りで奥の方へ急ぐ。俺はその後ろに続いて申し訳なさそうに部屋の中に入った。雑然と長椅子の並べられた部屋の中で、事務屋のような眼鏡の男が、のろのろと食いかけの弁当をロッカーの上に運んでいる。
「いやあ、すいませんね。こういった職場だとどうしても男ばっかで、人目を気にしたりすることもないもんだから……。休憩室なんて名前で呼ばれたりすると、すぐこうなっちゃう訳ですよ。まあ、しばらくそこの椅子にでも座っててください」
 さすがにこの男は「面接」には慣れているらしい、別に表情を変わる訳でもなく、どうにか格好だけはつけようと長机を前に焦っている作業服を後目に、椅子を軽くそろえただけで座り込んだ。その口元に「笑い」が浮かぶ。俺もまたそれにあわせて義務的な笑みを頬に作り上げる。
「ゲンさん!お茶はヨウコちゃんに頼んだの?」 
 作業服の顔に曖昧な困惑の表情が浮かぶ。作業服の持つ机の脚が、ひ弱に見える壁にぶつかって悲鳴を上げた。その様子を見ても眼鏡は眉を顰めるが決して立ち上がって助けようとはしない。
「あの……、お茶なんですけど……、何処に置きましょうか?」
 開けっ放しのドアから音もたてずにのっそりと「ヨウコちゃん」が現れた。凍り付いたように椅子を両手に抱えながら動きを止めた作業服の眉間に、同情とも諦めともつかない悲しげな皺が刻まれては消える。
「あんなあ、今、こうやって用意しているんだってのに……、とりあえずこの棚にでも置いてだ……、あっ、なんだ。二つしか入れてこなかったんかよ?」
「だって……。いいえ、すいません。気が付かなかったもので」
「気が付かなかったって、新人じゃあるまいし、俺のはどうでも良いけど部長のくらい入れてこなきゃダメだろ?」
「申し訳ありません!」
 「ヨウコちゃん」の大きすぎる瞳が凍り付いた。働くのを止めた作業服の姿を頬杖で見守っている眼鏡の痘痕だらけの顔がその中に映っているだろう。眼鏡は気にする風でもなくつけっぱなしのテレビの画面を表情も変えずに見つめている。俺は目の前に置かれた緑茶を飲んだ。熱湯で入れたうえに葉を入れすぎたのか、苦味とエグミが舌の両脇に纏わり付く。
「……ヨシオカ……ヨシオカさんでしたよね……?」 
 引き戻されたように俺は眼鏡の奥の濁ったような瞳の奥を軽く覗き込んでいた。安っぽい面接会場にありがちな値踏みをするような視線だ。俺はムキにでもなった風を装って睨み返す。奴は遠近両用眼鏡の下側に俺の視線を捉え直して逃れた。
「まあ楽にしてください、すぐ始めますから」
 銀縁の眼鏡、その振り返る先。急に背筋を伸ばして緊張している「ヨウコちゃん」に向けて特に抑揚のない言葉が漏らされる。
「僕の机の上、確か黄色いファイルがあったと思うけど……、持ってきてくれないかな?」
「それと、ポットときゅうす。それに僕の湯飲みもできれば……」
 二人の言葉を聴き終わることもなく「ヨウコちゃん」は扉の向こうへ消えて行った。ようやくパイプ椅子を片づけ終わった作業服は、事務的な緊張には慣れていないのか、しきりと狭すぎる椅子の下で脚を組み替える。その度にパイプ椅子と机は鈍い悲鳴を上げて、奴は情けなげな笑みで眼鏡の方を同情を誘うように眺めてみせる。眼鏡は目の前の湯飲みに何度か手を伸ばしかけては、胸のポケットに入れた煙草の箱を取り出したりしまったり、時に立ち上がって灰皿を取りに行こうとする作業服を目で制すると、今度はボールペンを取り出して意味も無くノックする。
「……遅いなあ。確か、机の上に置いていたはずだけど……、そうだゲンさん。明日の予定表だけど、四時までにはどうにかならないかな?社長が帰ってきたら見るっていってたから」


FC2 Blog Ranking
スポンサーサイト

テーマ : 文学・小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

Secret

プロフィール

ハシモト

Author:ハシモト
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。