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視野の重なり 4

 作業服が机の脚に膝でもぶつけたのか、大仰な金属音が部屋の中に響いた。眼鏡が少しばかり口元を緩める。作業服は咳払いをして、そいつが俺に感染するのを前もって防いだ。そんな奴の心配とは何の関係もないかのような能天気なスリッパの音がドアの向こうに響き、「ヨウコちゃん」がいかにも申し訳なさそうに入って来ると書類を遠慮しながら机の端に置いた。
「ああ、ありがとう。それじゃあヨシオカさん。履歴書の方、お願いできますか……」
 ポケットから申し訳程度の封筒に入った紙切れを引きずり出す。六つの無神経な視線が罪人の所作を観察するような調子で俺の手の動きを見つめているのがわかる。最初に眼鏡が眼を反らした。そのまま立ち上がって後ろの戸棚の灰皿を書類の上に並べる。それにあわせて「ヨウコちゃん」は俺の手から履歴書を奪い取ると出口へ向かった。ようやく作業服も気がついたとでもいうようにひどく歪んだ灰皿を取り出して折れかけた煙草に火を灯した。
「それにしても、大変でしょ?この不景気じゃあ。うちらももろにこいつの影響を受ける所だから、特にそうなんだけど、正直な話し、結構きついですわ。それでついついみんな辞めてって、まあ、前にいた奴は少し違いましたけど」
 二人は意味ありげに顔を見合わせて笑う。俺もつられて笑顔らしいものを浮かべてみる。そしてまた、沈黙。
「コピーしてきました」
 黄色い声と同時に長机の上に二枚のコピー用紙が広げられた。作業服と眼鏡はそれを手に取ると黙って読み始める。俺が何となく視線を二人の中年男から「ヨウコちゃん」の方に向けて見てみれば、彼女は路上の吐瀉物でも見たといった感じ俺から眼を背けた。
「じゃあ、買い物の続き、よろしく頼むよ」
 眼鏡の呟きを確かめるようにして「ヨウコちゃん」は消えて行った。
「まず最初に……」
 作業服の法が口を滑らすとは俺も思っていなかった。奴も自分がそういったことが間違いであったとでもいうように顔を顰めながら口をつぐんだ。眼鏡の方は相変わらず書類にポケットから取り出した蛍光ペンでマークをつけている。それが一種の拒否の仕草とでも受け取ったのだろう、作業服は眼鏡と俺の顔の上に視線を走らせているばかりで、今にも憤死しそうな表情を浮かべて黙り込んだ。
「どうして、うちの会社を運んだんですか……」
 眼鏡の下の薄べったい漏れた言葉は、硬く俺の耳に響いた。つられて俺の口の端に、ヒキツレのようなものが浮かんできた。いつものことだ。作業服はそれを愛想笑いとでもとったのか、草食動物のような頑丈な顎のあたりを歪め、笑いかけているような表情を作る。
「とりあえず職種を優先して会社を選びました。皆さんもご存知の通り、経理関係の求人となると今の時期はちょっと……、そして……」
「まあ、そんなものでしょうね。別に無理して作らんでいいですよ、アタシも同じような経験ぐらいありますから。まあ、職安の求人票なんか職種と待遇と連絡窓口くらいしか書いてないですから……、まあこっちとしてもねえ……、まあ履歴書見せてもらいましたけど、前の会社はずっと経理の方ですか?」
「いいえ、初めの半年くらいは営業の方だったですけど、どうも性があわないと言うか……。まあ早い話が外された訳です。それからはずっと経理の方で……、まあコンピューターをいじるのは慣れてた……」
「ああ、それはいいですね、うちも経理の方は機械を入れてるんですけど、あれの操作はどうも……、アタシみたいな古い人間には向かないみたいでしてね。ヨウコちゃんやら若いのにどうにか教わって、とりあえず画面の見方くらい覚えようとするのがやっとって所ですよ」
 ずり落ちた眼鏡を不器用そうに持ち上げながら、上目遣いにこちらを見上げてくる。感情を押し殺しているうちに、感情そのものから取り残された無神経な目玉が俺の全身を隈無く見つめている。助けを求めるように横の作業服を見てみれば、一切の関心を失った表情で履歴書のコピーの端を何度となく折ったり伸ばしたりを繰り返している。そんな俺を眼鏡は特に何を切り出す訳でもなく、再び眼を履歴書の方へと落とすと何か大きく印をつけてから、トントンと机の上を鉛筆で叩いた。
「話しは飛びますが……通勤のことなんですけど、電車ですか。それともバス?」 
「今日はとりあえず電車で来ましたけど……もし決まったらバイクで通おうと思います」
 作業服の口元から漏れたのはくしゃみだろうか、それとも嘲笑だろうか。奴にもわかるように大げさにそちらに顔を向けると、作業服は悪びれる様子もなくポケットからちり紙を取り出して大きな音で鼻をかんだ。それが合図だったのだろうか、履歴書に大きく丸をつけた後、突然眼鏡の方が立ち上がった。
「まあ、本来ならここでうちの会社の概略やらなにやらをお話しする所なんだけど、ちょっと今日、社長が出張に出ちゃってて……、近いうちに電話で次の面接の日取りをお知らせしますから、それまで待っててください。それでは遠い所ご苦労様でした」
 作業服は何のことだかわからぬまま取り残される。俺はとりあえず立ち上がって、もうドアから出て行こうとしている眼鏡について茶番の舞台を後にした。哀れみを請うような作業服の視線が背中に突き刺さってくる。定員オーバーなのだろうか、俺が体を傾ける度に狭すぎる階段は哀れみを請うような悲鳴を上げた。脚が少しばかり震えているようで、その音を聞く度に俺は何度と無くバランスを崩しかけた。下りきって下の詰め所、現場から帰ってきたらしい作業着の一団が詰め所の真ん中の応接テーブルに群がって煙草を吸っている。眼鏡は彼らを無視してそのまま玄関まで早足で進む。自動ドアを滑り抜け、行き着く先は石ころだらけの駐車場、不器用に頬を歪めて笑いのようなものを浮かべると、背広の内ポケットから財布を取り出して千円札を二枚俺の手に握らせた。


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