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視野の重なり 6

 ドアが開いた。青い上っ張りを着込んだ女が一人、店内を覗き込むようにして入ってきた。彼女は事務所で出会ったあの時とまるで見違えたように滑らかな足取りでこちらへと向かってくる。俺は別に無視する理由を探す訳でもなく、目の前の雑誌の山を空いた椅子の上に片付けると彼女がボックス席に腰掛けるのを待った。
「奇遇ですね、こんな所にいらっしゃるなんて、面接の方、どうでしたか……と言っても社長がいないんだから……また今度っていわれたんでしょうけど」
 雑誌を閉じて俺の顔を捉えているその大きめの瞳が暑苦しい。肩の辺りで切り揃えられた髪を掻き上げながら俺の手にしている雑誌に眼を移しながら、慣れた手つきでテーブルの端の砂糖とナプキンの下で下敷きの振りをしているメニューを取り出していた。
「雨、結構降ってきてるみたいですね。これじゃあ、現場は結構大変なんじゃないかしら……と言っても別にアタシに何ができるという訳でもないし」
 まるで独り言のように呟くその唇の影は別の言葉を吐こうとしたなれの果て、ただのぼんやりしたとしたかすれた響きだけが俺の耳にしがみつく。髭はこちらに背を向けている。その肩が微かに震えているのは笑いのせいか?茶色い髪のウエートレスの引きずるような笑い声が聞こえる。「ヨウコちゃん」は俺の顔に浮かんだ笑みの意味を計りかねたように手を挙げた。茶色い髪のウエートレスは弾かれるように髭の影から飛び出して、カウンターの脇に集められたグラスを手に取ると自動人形のような格好で歩いてくる。彼女はその流れを引き継ぐような調子でその手からグラスを受け取ると、メニューの一隅を指さした。茶色い髪のウエートレスは顔色を変えずに頷いて俺が寄せ集めた雑誌の束を小脇に抱えると、また髭の方に消えて行った。テーブルの上には一冊だけ、新興宗教の機関紙が置き去りにされている。「ヨウコちゃん」の視線がその雑誌に集中しているのがわかる。自然と薄暗く見える笑みが俺の頬に浮かぶ。彼女は隣の椅子に載せた荷物を何度か確認する振りをする。深めのクッションの効いた椅子の上で紙袋はそんな彼女をあざ笑うように確かにそこに存在している。俺は何もいわずに痒みが走る唇をグラスの先で浸した。安心でもしたように「ヨウコちゃん」はようやくテーブルの上に置いてある雑誌を手にした。それにタイミングをあわせるかのように茶色い髪のウエートレスがカウンターに置き去りにされているようなカップとクリームを手に俺の前のテーブルに並べて間を持たせる。髭は相変わらずこちらに背を向けたまま肩を震わせて笑っているようだったが、勢いよくドアを押し開けて飛び込んできた高校生の集団を見つけると、再びあの無愛想な面をこちらに晒して、不器用に並べられているカップの整理を始めた。髭に無視された高校生達は手にした大学入試の過去問題集を見つめたままお互い聞き取りにくいような低くかすれた声で呟きながら俺の後ろの席に陣取った。「ヨウコちゃん」はふらふらと焦点の定まらない俺に呆れ果てたような大きなため息をつくと、手にした雑誌を慣れた調子で一ページ、一ページ、捲りながら、俺にはとても真似ができないような真剣な視線をその上に浴びせかけている。俺がクリームが入った壷を無造作にテーブルの上に落したりしなかったなら、彼女は俺のことなんか忘れ去ったかもしれない。弾むように雑誌から引き剥がされた恨みがましい瞳。そこからは曖昧な光りだけが俺の眼の中に焼き付いた。
「これで外が晴れていればいいんだけど……。私、よくこんな買い物なんかに出掛けたとき、よく寄るんですよ、ここに、ここら辺ってもうほとんど新しい住宅街だから喫茶店とか寄り道するとこほとんどないでしょ?だからどうしてもこんな、駅の近くの狭い喫茶店なんかについ寄ってちゃって……」 
「しかもここなら駅前の立体駐車場に車を置いておけば、事務所にはばれないしね」
 「ヨウコちゃん」の手が雑誌をゆっくりとこちらに近づけるのを見るとつい無駄な合いの手を入れたくなった。彼女は慌てたようにグラスを手に取り、一息に水を飲み干した。虫歯でもあるのか、氷に軽く冷やされただけの水の冷たさに顔を顰めながら俺が黙ってカップの中をかき混ぜている姿を見つめている。俺は少しだけ。ほんの少しだけ自分のいったことに後悔しながら、無意識に置き去りにされた宗教雑誌の方に眼をやったいた。彼女はグラスを置くと再びそれを取り上げた。拝むようにそれを胴の前で広げながら俺の方を覗き込む。視線に押し切られるように俺はカウンターの方をみればいつの間にか髭の姿がそこから消え、茶色い髪のウエートレスがおっかなびっくりコーヒーをカップに注いでいる姿があるばかりだ。「ヨウコちゃん」はようやくそんな俺の習慣を飲み込んだとでもいうように、引き戻されてきた俺に向かって落ち着いた調子で語り始めた。
「これ……、お読みになりました?ヨシオカさて意外と本とかお読みになるような感じですから……」
 
「まあ、一応。ざっとですけど……眼は通してみました」
 俺はそう呟くと、静かにカップを手にとってそれのたてる静かな香りを鼻に吸い込んだ。彼女は目の前のグラスを横に動かして、雑誌を俺からも見えるような感じで広げた。そして見上げてくる。口元、微かな笑み。
「感想とか……、正直な所でいいんですよ。別の遠慮なんかなさらなくても、何か思いついたこととか、触発されるような所とか……」
 その言葉のたどたどしい所は、俺の口元の皮肉を込めたような歪みのせいだろうか。茶色い髪のウエートレスがいかにも重そうに運んできた頭でっかちチョコレートパフェを受け取りながら、遠慮がちに俺の方を覗き見る。俺は言い訳でもするように再びコーヒーカップを手に取って静かにその中の沈殿物を飲み干した。目の前にしたパフェと雑誌を見比べるようにして、ただ手にしたスプーンで文字とも記号ともつかないものを空中に描いている。矢継ぎ早のありきたりな比喩を交えた質問や、一種の論理のすげ替えを期待していた俺にとって、そんな彼女の姿は意外だった。何かを隠すように額や頬を無意識に触る手つきが痛々しい。僅かに震えて見える瞼の下に浮かんだ後悔。止めどなく押し寄せる問いをスプーンを口に運んで誤魔化してみせる。
「これも『巡り合わせ』って奴じゃないですか?」 
 「ヨウコちゃん」は一瞬安心したようにこちらを見上げた。まるでその姿に引きずられるように頬の端が引っ張られるような感覚にとらわれる。彼女はすぐに目つきをいかにも軽蔑するように細めた。彼女が何かを言い出す前にちょいと眼を反らせば茶色い髪のウエートレスがそんな俺達の横を通り過ぎて、まるで葬式の帰りとでもいった悲壮でわざとらしい高校生の群へ与える餌を運んで行く。


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