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視野の重なり 7

「追加を頼みたいんだけどいいかな?」
 ぐっとのめるように項垂れていたせいで、両脇にはっきりと分けられた髪の間から覗く額が青白く光って見える。右手を軽く挙げた俺のせいで茶色い髪のウエートレスは立ち往生したままだ。「ヨウコちゃん」が口を開こうとするとメニューを突き出してくる。
「なんか……こう……」
「今度は、アイス……」
  同時にこぼれだした言葉に、残されたのは茶色い髪のウエートレスの仏頂面。俺はコップを啜り、彼女は俯いて黙り込む。俺が間を嫌ってコップの中の融けかけた水を口に含めば、彼女は何を思ったのか目の前の雑誌を横にどかしてゆっくりと身を乗り出してきた。
「それは少し……」 
「そう言えばさっきは花屋の前で群れていたの……あれ友達?」 
 アイスコーヒーが運ばれてきた。俺はいつものようにストローを包んでいる紙を粉々に引きちぎって、おもむろにコップの中に突き立てた。その作業が進展する間も、決して「ヨウコちゃん」は俺の問いに答えようとはしなかった。俺は汗が噴いているコップを握りしめると、薄すぎるコーヒーを口の中に啜り込んだ。彼女は何も切り出せないまま諦めたような調子でパフェをつついている。眼は座ったままだが、彼女は微笑もうとしているように見えた。不自然で悲しげで、刺々しくて、まるで先ほどの中年コンビが繰り広げた滑稽な面接ごっこの裏返しを演じているようだ。
「話は変わりますけど……なんか変だと思いません?このごろの天気って。今朝だって、きっちり天気予報では一日中晴れるはんて言ってましたけど、結局こんなに、雨がふっちゃって……なんか今朝も世界中で洪水とか干魃とかテンペンチイが起きているみたいで……まるで何かが……」
 一息に、捲し立てるように、まるで何かを誤魔化そうとでもしているように絞り出された言葉。背中に視線を感じる。俺にも身に覚えのあるような荒唐無稽な大学進学講座が途切れ、残酷な忍び笑いが俺と彼女との間に闖入してくる。
「でも本当に、大変なことが起きようとしているんですよ。実際、新聞なんか読んでみるとどう見ても乱れていると言うか……このままだと、きっと大変なことが起きるような変な感じ。少しばかりするときはとかありませんか?」 
 その言葉の語調と彼女の表情との間のつながりは、ちょうど目の前のパフェとその脇にのけられた勘定書みたいなものだ。俺のそう言う直感は「悲しげな表情」のままこちらを見つめている「ヨウコちゃん」からはどんな風な感想を引き出すことになるのだろうか?変わらずに、確かに、静かに、彼女は俺を見つめている。凍り付いたように動かないその姿は後ろの高校生達がたてる忍び笑いへと行きそうな意識を無理にでもその一点に縛り付ける。
「そうですかね?そんなになんか起きそうに見えますか?世の中。だとしたら少しばかりましになってもいいような気がしますがねえ。それに、そんなこと俺みたいなつまらない……自分一人が生きているってので精一杯の人間がそんなことを気にしてどうするって言うんですか?俺にはそっちの方がどうにも気になるんですよ。どうせ何もできやしないのは分かり切っているっていうのに……まるで何かに追い立てられるように……」
 『追い立てられる』という言葉がこぼれたとき、俺の唇はようやくその動きを止めた。妙な間の悪さに自然と頬の筋肉がひきつる。それも彼女も同じだ。期待はずれの言葉の裏にまた全く違うマニュアルのページが聞かれ始めているのだろう。その視線は宙に浮かび、手にしたスプーンはその回転の速度を速め、それにつれて固体であったアイスクリームはすっかり液化してしゃぶしゃぶという音をたてる。
「いえ、あなたはそう言いますけど、確かに変わっているし、それに……」 
「そもそも、悪いってなんですか?それにそもそもそんなことに対してあなたは何ができるって言うんですか?別に僕が納得できるような言い方じゃなくてもいいですから、なんかはっきりここに示してみてください!」 
 「ヨウコちゃん」の手が止まった。その唇は何かを訴えるように堅く結ばれている。肩が微かに震え、その眼の下に浮かんでいるのは涙だろうか。俺はコップのそこに僅かに残った黒い液体を一息に啜り込んだ。
「あっ、雨。止んだみたいですよ」
 彼女はそう言って窓の外を指した。俺は気詰まりを感じて振り返った。外で、人々は濡れた傘を振り回しなから飽き果てたような調子で早足に歩いている。福音を待ち続ける女はそんな俺を哀れむような目つきで見つめている。
「あ、それじゃあ私、仕事があるから……、」
 二枚の伝票を掴んで「ヨウコ」は立ち上がった。
「ああ」
 俺はそんなことにも気付かずに目の前の何もない空間を見つめていた。「ヨウコ」はきっと俺に二度と会うこともないだろうとでもいうように、振り返らずにそのままレジの方に向かって早足で歩いて行った。
 取り残された俺もまた窓の外の雨垂れを見つめながらもう二度と何も見ることのない眼の中に、なぜ月が見えていないのかそれを少しばかり不思議に思いながら席を立った。

                               了


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