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遼州戦記 保安隊日乗 殺戮機械が思い出に浸るとき 75

ムハマド・ラディフ王の顔はただひたすらに歪んでいた。

目の前には隻眼の金髪の男がその様子をうかがっている。それがどこかの記者ならいい。だがそれがゲルパルト大統領カール・シュトルベルクが相手となると話は違った。

「この条件が最低のラインじゃ……これ以上は譲れん」 

目の前に出されたのは遼州同盟としての西モスレムの遼北国境ラインまでに厚さ十キロの緩衝地帯をもうけるという案だった。間の兼州川の中州を巡る今回の軍事衝突。緩衝地帯をもうけるという案は理解できないわけではない。だが彼が煽った世論はそのような妥協を許す状況には無かった。

緩衝地帯ではなく、武装制限地域として駐留軍を駐在し続けること。せめてその程度の妥協をしてもらわなければ王の位すら危うい。ラディフの意識にはその一点ばかりがちらついていた。

「武装制限……ずいぶんと中途半端な」 

薄ら笑いを浮かべてるシュトルベルクを見て彼の妹かあの憎らしいムジャンタ・ラスコーの妻だったことを思い出す。

『類は友を呼ぶとはこのことじゃわい』 

そんな思いがさらに王の顔をゆがめた。シュトルベルグの隣に座ったアラブ連盟から派遣された宗教指導者はただシュトルベルグの説明に頷くばかりでラディフの苦悩など理解しているようには見えない。

「武装を制限することで衝突の被害を最小にとどめるというのも悪くないが……後ろに核の脅しがあれば意味はないですなあ……」

あごひげをなでながら呟く。まるで異教徒の肩を持つような言葉遣いにさらにラディフの心は荒れた。

「譲れぬものと譲れないものがある……国家というものにはそう言うものがあるのは貴殿もご存じと思うが? 」 

絞り出したラディフの言葉にシュトルベルグが浮かべたのは冷笑だった。その様は明らかにあのラスコーとうり二つだった。

「実を取るのが国家運営の基礎。私はそう思っていますが……名に寄りすぎた国は長持ちしない。ゲルパルトの先の独裁政権。胡州の貴族精度。どちらもその運命は敵として軍を率いて戦ったあなたならご存じのはずだ」 

皮肉だ。ラディフはシュトルベルグの意図がすぐに読めた。ラスコーは胡州軍の憲兵上がり、シュトルベルグもゲルパルト国防軍の遼南派遣軍の指揮官だったはずだ。二人ともラディフの軍と戦い、そして敗れ去った敗軍の将。そして今はこうしてラディフを苦しめて悦に入っている。

それが思い過ごしかも知れなくても王として常に強権を握ってきたラディフには鼻持ちならない状況だった。

「それはキリスト教国の話で……」 

「なるほど……それではイスラム教国では通用しない話だと? 」 

シュトルベルグはそのまま隣に座ったイスラム法の権威を眺める。注目され、そして笑みでラディフを包む。

「これは妥協ではなく災厄を避ける義務と考えますが……核の業火に人々が焼かれること。それこそが避けられなければならない最大の問題だと」 

その言葉はラディフの予想と寸分違わぬものだった。所詮目の前の老人も他国の人なのだ。そう思いついたときにはラディフの隣の弟アイディードや叔父フセインの表情もシュトルベルグの意図を汲んで自分に妥協を迫るような視線を向けていることに気づいた。


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