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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常4

「総員注目!」 
 グラウンドに出るとマリアは声を張り上げた。中央でぐったりとしていた隊員達が驚いたように立ち上がる。
「急げ!」 
 マリアの二言目にはじかれたようにして彼等はマリアの周りに集まった。
「今日はご苦労だった。だが我々はこの基地の警備と管理を担当している。そこで……」 
 そう言うとマリアは隣の明らかに小さくて親子にも見えそうなシャムに視線を落とした。
「あのね、みんなにお仕事を頼みたいの」 
 シャムの言葉に隊員達は全員不思議そうにシャムの持っているゴミ袋に目をやった。
「予想はついていると思うが畑の草むしりだ。貴様等の先輩達もきっちりこなしてきた仕事だ。バックネットの裏から全部、始業時間までにすべての雑草をむしれ」 
 そう言うと笑みを浮かべるマリアだが、これまでの厳しい訓練から隊員達は緊張した面持ちでシャムに目をやった。
「お願い」 
 子供にしか見えないシャムにそう言われては断るわけにもいかない。そんな感じで警備部の新人達はそれぞれ畑に向けて走り出した。
 空は夜明けを迎えていた。
「今日もいい日になるといいね」 
「そうだな」 
 シャムとマリアは空を見上げる。その背後ではハンガーの作業の立てる金属音が響いていた。
「それじゃあ行くよ、マリア」 
 歩き出したシャムに続いてマリアも歩き始めた。グラウンドを抜けると黒い色の土が見えた。丸くなっている白菜。半分以上収穫しつくされた春菊が目に飛び込んでくる。
「野菜の趣味は隊長のものなんだよな」 
「土を作るので精一杯だったからみんなの要望にはこたえられなくて……マリアは何がほしい?」 
 微笑むシャムを見ながらマリアは苦笑いを浮かべていた。
「とりあえず今年もジャガイモは作るの?」 
「うん、作るよ。去年開墾したところがまだ土ができていないから」 
 そう言うとシャムはしゃがんで必死に雑草を探している隊員達の間に割り込んだ。
「野菜と雑草。教えたよね……ってそこ!」 
 シャムが指差した先では白菜を刈り取ろうとしているスキンヘッドの大男の姿があった。
「すみません!わからないもので……」 
「それは白菜!雑草は……」 
 そう言うとシャムはしゃがんで見せる。そしてすぐに小さな葉っぱを見つけて引き抜いた。
「これくらいの草だよ。あんまり大きいのは大体野菜だから」 
 シャムの言葉にうなづきながらマリアが腰を下ろして畑の畝を左右見ながら進んでいる。その光景に彼女の部下達は少し驚いたような表情を浮かべていた。
「ごめんね、マリア。なんだかつき合わせちゃって」 
「いいのよ。うちもかなり野菜はもらっているから。少しは貢献しないと」 
 そう言いながらマリアは鎌で器用に芽が出たばかりの雑草を刈っていく。
「ああ、持てなくなったらこれに入れてね」 
 シャムがビニールのゴミ袋を広げる。それを見ると隊員達は次々に手にした小さな冬の草を袋に放り込んだ。
 早朝の冷たい冬の日差しが畑を明るく照らし始めた。腰を曲げているのに疲れた眼鏡の隊員の影が長く西へと伸びていた。
「それにしても……今年は暖かいんだな」 
「そう?……やっぱりそうね。霜もまだ降りたの何回かしかないもんね」 
 マリアの言葉にうなづきながらもシャムの手は器用に雑草をむしりとっている。
「霜が降りたら大丈夫なのか?」 
「霜が降りるとねぎがおいしくなるよ。甘くて……鍋に入れると最高」 
「それじゃあ隊長が気にしているはずだ」 
 マリアの苦笑いに思わずシャムはグラウンドの向こうのハンガーに目をやった。その入り口で大柄の男がタバコを吸いながらこちらを眺めている姿が目に入る。
「本当に鍋が好きなんだね。隊長」 
 嵯峨の姿を確認するとシャムは満足げに頷いた。
 朝焼けから朝の光へ変わる中でシャム達は黙々と草をむしり続けた。ハンガーの前ではシャム達の変わらない姿に飽きたのか、嵯峨の姿はすでになかった。
「隊長!」 
 遠くで呼ぶ声がしてマリアは腰を伸ばす。さすがに鍛えているだけあってまるで動じるところはない。周りの新入隊員が立ち上がったりしては腰を抑えている有様とは対照的だった。
「終わったのか?」 
「ばっちりですよ。先週生まれた子ヤギも元気いっぱいです」 
「それはいいな」 
 古参隊員の顔がほころぶ。自然とマリアも笑みを浮かべていた。
「シャム、すまないがうちの連中に食事を取らせたいんだが……」 
「うん、そうだね。みんなありがとう!」 
 小学生のようなシャムに頭を下げられて新入隊員達はどうしていいかわからないように顔を見合わせていた。
「おい、中尉殿の謝意だぞ」 
『こちらこそありがとうございます!』 
 外惑星コロニー出身者らしく時折発音がずれてはいるが日本語でシャムに敬礼する姿が展開された。
「またよろしくね!」 
 シャムの言葉に送られるようにして腰を押さえながら新入隊員達は畑を後にする。
「どうなるかねえ……あの連中」 
 その言葉とともに黒い塊がシャムの前に現れた。それは背中に吉田を乗せたグレゴリウス16世だった。
「大丈夫。みんな物覚えが早いから。すぐに慣れるよ」 
「いやあ……畑仕事に慣れられてもこま……うわ!」 
 吉田の叫び声が響いたのはグレゴリウスが二本足で立ち上がったからだった。どかりとサイボーグが地面に落ちる音が響く。
「グレゴリウス!だめじゃないの!」 
「わう!」 
 背中の吉田を振り落として軽くなったのがうれしいようでそのままシャムに近づいてくるグレゴリウス。その姿に苦笑いを浮かべながらシャムもまた歩み寄っていた。
「俊平……大丈夫?」 
 足元におとなしく頭を差し出すグレゴリウスを撫でながら倒れている吉田にシャムは声をかけた。
「大丈夫に見えるか?」 
「うん!」 
「だったら声をかけるな」 
 そう言いながら吉田は頭についた土を払った。
「こりゃシャワーでも浴びたいな」 
「じゃあ使えば?」 
 驚いて吉田が振り向くとそこにはすでに紺色のコートを着込んで帰り支度を済ませた明華の姿があった。
「大佐、驚かせないでくださいよ」 
「それが軍用義体の使い手の台詞?たるんでるわね」 
「明華!もう上がりなの?」 
「ええ、今日は島田が早出だったから引継ぎも済ませたし……」 
 明華はそう言うと空を仰いだ。すでに朝の空。隣の塀の向こう側、菱川重工の社内を走る車の音がすでに響いていた。
「もしかしてタコさんとデート?」 
「タコさん?」 
 しばらくシャムの言葉の意味が理解できないというような顔をした明華だが、その『タコさん』が彼女の婚約者の元保安隊副長である明石清海中佐を指すことを知って笑い始めた。
「タコさん……タコさんて……」 
「大佐、笑いすぎですよ」 
 さすがの吉田も婚約者に爆笑されている明石のことを哀れに思って声をかけた。
「シャムの言うことは外れ。私も徹夜明けだもの。今日はおとなしく部屋で寝ることにするわ」 
「大変だね」 
 シャムの言葉にあいまいにうなづくとそのままグラウンドに向かう明華。それを見てシャムはゴミ袋を吉田に持たせた。
「どこかいくのか?」 
「だってシャワーを浴びるんでしょ?アタシはしばらくグレゴリウスの散歩をするから」 
 そう言うとシャムは足元に寝転んでいたグレゴリウスの背中にまたがる。グレゴリウスは大好きなシャムが背中に乗ったのを感じるとそのままグラウンドに向かって歩き始めた。
「金太郎だな……あれは」 
 吉田はそう言うと肩にもついていた土を払った後、シャムが置いていったゴミ袋を手に彼女のあとについていった。


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