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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常7

 駐車場には爆音を立てる車があった。
「ロナルド大尉!」 
 シャムはグレゴリウスの肩の上に身を乗り出して叫ぶ。エンジンを吹かしていた車から身を乗り出して手を振るのは第四小隊隊長のロナルド・J・スミス上級大尉だった。
「シャム!レースでもするか!」 
「勝てるわけ無いじゃん!」 
 コンパクトなボディーに大出力ガソリンエンジン搭載車。シャムがものを知らなくてもその車の速さは容易に想像がついた。
「スミスさん。かなりいい具合になったでしょ?」 
「いい仕事だな……うちのM10も同じように仕上げてくれれば最高だけどな」 
「言わないでくださいよ……」 
 ロナルドの隣にはすでにつなぎ姿に着替えた技術部整備班長の島田正人准尉の姿がある。シャムは二人のこれから展開される専門用語の入り乱れた会話を避けるべくそのままグレゴリウスに乗って進んだ。
「シャムさん。お父様はいるんですの?」 
 高級車から降りた紅色の小袖を着た茜がシャムに声をかける。シャムはグレゴリウスがその着物の色に興奮しているのに気づいて少し頭を撫でて落ち着かせた後でグレゴリウスから飛び降りた。
「多分いると思うよ。でも起きてるかなあ……」 
「まあ良いですわ。今日は書類関係の話があるくらいですから」 
 それだけ言うと茜はそのままエンジン音につられて集まった野次馬の中へと消えていく。シャムはそれを見送るとそのまま巨大なゲージに向かうグレゴリウスの後を追った。
「それじゃあどこで食べようかな……」 
「食うことしか考えてないのか?お前は」 
 ずっとシャムを待っていたというようにゲージの前に座り込んでいた吉田が声をかけてきた。
「そんなわけ無いよ!ね!」 
「わう!」 
 シャムの言葉に合わせるようにジャンプするグレゴリウス。その巨体はゲージの前に座っていた吉田の上に落ちて埃を立てた。
「むが!」 
 吉田の言葉が朝の冷たい晴れた空に響く。シャムはいつものことなので動じることも無く生協の袋から天丼を取り出した。
「グレゴリウス!遊んでないで食べるよ」 
 シャムの言葉にグレゴリウスはうれしそうにシャムが手にしている天丼に顔を伸ばした。そのおかげでなんとか下敷きになっていた吉田が這い出てきた。
「シャム!」 
「ご飯中!静かにして!」 
「静かにとか言える状況か?これが」 
 吉田は仕方なく勤務服についた土や埃をはたく。
「俊平!こっちは食べてるんだよ。はたくならほかでやってよ」 
「言いたいことはそれだけか?」 
 苦々しげにシャムを見つめる吉田。そんな彼等に近づくものがあった。
「おい!いい加減に遊ぶのやめろよ」 
 それは小さな少女だった。シャムの髪よりも少しだけ長い黒のミディアムヘアーで中佐の勤務服を着ているところからシャムにもその少女が何者かわかった。
「ランちゃん。ちょっと待っててね。朝ごはんを済ませるから」 
「あのなーシャム。朝ごはんはいつもどおり下宿で食ってきたんだろ?何回食えば気が済むんだよ」 
 少女とは思えない鋭い眼光がシャムを射抜く。そしてどうしてもその目が苦手なシャムは一気に天丼をのどに掻きこんでいた。
「のどに詰まらせるなよ」 
 吉田はそれだけ言うと二人の上官である実働部隊隊長であり保安隊副長と第一アサルト・モジュール小隊の隊長も兼務している歴戦の猛者、クバルカ・ランに頭を下げて正面玄関への道を歩き始めた。
「もう少し……もう少し待って」 
 そう言うとシャムは最後に残っていた沢庵を齧り始める。
「まあいーけどな。今日はアタシ等は外野だから」 
「へ?アタシは外野の守備は苦手だよ」 
「野球の話じゃねーよ!」 
 さすがに頓珍漢なシャムの言葉にランは思わず怒鳴りつけていた。
「やっぱりあれですか?先日の法術演操の件で……」 
「そういうこった」 
 ランはそこまで言うと吉田を置いて歩き始めた。シャムは食べ終わった容器を手に取ると説明してくれというように吉田を見つめた。
「あれだ、先日神前達がギルドとアメリカ軍関係の連中とかち合っただろ?」 
「かちあった?」 
 明らかに理解していないというような顔のシャムに吉田は目を落としてどう説明するか考え直した。
「あれだ、水島とか言う法術師が神前達につかまったろ?」 
 そこまで言われてシャムもようやく事態が飲み込めてきた。
 遼州。この地球から遠く離れた植民惑星には初めて地球外の知的生命体が存在していた。彼等は自らを『リャオ』と呼び、前近代的な暮らしを営んでいた。そこに当時地球で政情が不安定だったアジアを中心とした移民がどっと訪れ、『リャオ』と見分けがつきにくいアジア人が多数この地に殖民した。しかし、それは『リャオ』達がもつ特殊な能力との出会いを意味していた。
 読心術、発火能力、空間干渉能力などの地球人からすれば恐ろしい武器にもなりうる能力を持つ『リャオ』達。彼等への弾圧はついには殖民した開拓者や外部惑星で治安を担当していた軍隊までも引き連れての地球からの独立を目指す運動へと加速していくことになり、殖民惑星としては初の独立国家が次々と生まれることになった。
 そんな中で経済的に突出している上に『リャオ』の血を引く人々の多く住む東和共和国はいくつかの問題を抱えていた。混乱期に使われたそれらの能力『法術』は存在さえ忘れられていたが、二十年前の戦争とその後の混乱でテロリスト達に利用されて隠すことができなくなったということで同盟司法局保安隊隊長嵯峨惟基は外惑星でのクーデター未遂事件『近藤事件』の際、大々的にその能力を再び人々の記憶の奥から引っ張りあげることになった。
 今。白日にさらされた法術は社会にさまざまな混乱をもたらすようになっていた。
 法術を誤解しての差別はその一つだった。そのことに反抗して犯罪に走る法術師がいるのもまた事実だった。そんな法術師の引き起こした事件のひとつが先日の『演操術事件』だった。法術師の中には他人の能力を暴走させる力を持つものがわずかながら存在していた。そんな一人、水島勉は法術適正検査で陽性が出て会社を解雇された腹いせに違法な法術行使を実行。ついには死者まででる事態となった。
 そしてその身柄の確保に動いたカウラ・ベルガー大尉貴下の保安隊実働部隊第二小隊は同じく水島の略取を狙ったテロ組織の猛攻を避けて何とか任務を成功させた。
「で?それでどうするのかな?」 
 ようやく事態を飲み込めたように見えるシャムだが、説明を面倒に感じた吉田は弁当を食べ終えて自分の部屋戻ったグレゴリウスの檻に鍵をかけると安心したようにシャムの肩を二度叩いた。
「さすがの東和政府も重い腰を上げたって訳だ」 
「検査の強制?」 
 シャムの顔に少しばかり影が走る。彼女もまた法術師。それも飛び切りの熟練した技を持っているとなれば無関心ではいられなかった。
「それもあるが……有効活用のために希望者には軍関係の訓練と同レベルの訓練を施してくれるんだそうな。しかも無料。それどころかその訓練の間に会社などを休んだとなればその分の保障までされるっていう至れり尽くせりだ」 
「でも……それは東和だからできるんでしょ?」 
 シャムの言葉に思わず吉田は振り返った。明らかに泣き出しそうな顔。仕方なく吉田は少しばかり歩みを緩めてシャムの頭を撫でた。
「まあ……あれだ。世の中どうしようもないことが結構あるもんだ。主に法術犯罪にかかわる人間は遼南やベルルカン大陸諸国の貧困層が多いのはわかるよな。自分の能力がどんなものかも知らされずに政府や民間の反対勢力の施設などでドカンと自爆。それが今でも続いているのは事実だが……できることはできるだけやっておく。それは悪いことじゃないと思うがな」 
 そう言いながら吉田は隊舎の正面玄関をくぐる。仕方が無いというようにシャムもそれに続いた。
「おはようございます!」 
 オレンジ色、緑色、ライトブルー。さまざまな髪の色の女性仕官達がシャム達を追い抜いて隊舎に駆け込んでいく。
「あいつら運用部の連中も法術師とたいして変わらないんだ。戦争のために作られて人間以上の力を持ったがゆえに軍や警察なんかに職種が限定されての社会進出。苦労は多いとは思うよ。だから……」 
 そこまで言う吉田を突然シャムが振り向く。
「遅刻!」 
「別に良いだろ?」 
「でも遅刻!」 
 そう叫ぶとシャムは吉田を置いて走り出した。一階の運用艦『高雄』の航行を管理する『運用部』の部屋の手前の女子更衣室にシャムは飛びこんだ。
「ナンバルゲニア中尉、遅いですよ」 
 入り口にたむろするさまざまな色の髪の運用部の女性士官達から離れたところで金髪の長い髪をなびかせながらブラウスを脱いだたわわな胸を見せ付けているように見える女性仕官が声をかけてきた。
「レベッカは日勤?」 
「そうですけど……」 
 シャムが隣のロッカーを開けるのを見ながらレベッカ・シンプソン中尉は珍しそうにシャムを眺めていた。
「うー」 
 しばらくシャムはレベッカを見つめていた。レベッカは気が弱そうにワイシャツを着ながらもしばらくシャムの方を観察していた。
「どうしました?」 
「これ!頂戴!」 
 そう叫んだシャムがレベッカの胸を揉んだ。
「何するんですか!」 
「ねえ!頂戴!」 
「無理ですよ!」 
 シャムをようやく振りほどいたレベッカが眼鏡をかけなおしながらシャムを見つめる。シャムはにんまりと笑うとそのままジャンバーを脱ぎ始めた。
「でも……シャムさんも大きくなれば……」 
「大きくならないから言ってるの!」 
 レベッカの言葉に少しばかり腹をたてたというように口を尖らせながらシャムは着替えを続けた。仕方なくレベッカも黙ってワイシャツのボタンをとめていく。
「そう言えばナンバルゲニア中尉の機体ですが……」 
「レベッカちゃん。ナンバルゲニアなんてよそ行きの言い方は駄目!『シャムちゃん』て呼んで!」 
 ようやく吹っ切れたという笑顔のシャムが上着に袖を通しながらレベッカを見つめた。
「じゃあ、シャムちゃんの機体ですが……あんなにピーキーにセッティングしてよかったんですか?操縦桿の遊びもぎりぎりですよ」 
「ああ、あれは隊長の助言だよ。隊長の機体は遊び0でしょ?だから私も真似してみたの」 
「そうなんですか……でもこれから調整もできますから。もし必要ならいつでも声をかけてくださいね」 
「心得た!」 
 シャムはそう言うとそのまま制服の上に制服と同じ素材でできた緑色のどてらと猫耳をつけるとそのまま更衣室を出た。
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