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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常8

 シャムはそのままスキップするようにして階段を駆け上がった。扉の開いた医務室ではドムが伸びをしながらシャムを見つめていた。
「早くしろよ!」 
 ドムの声に手を振るとそのまま廊下をスキップして進む。男子更衣室からは次々とつなぎを着た整備班員が吐き出される。
「みんなおはよう!」 
 元気なシャムの声に苦笑いとともに手を振りながら隊員はそのままハンガーへ続く道を走る。
「今日は姐御は待機だからな……アイツ等も少しは楽できるだろ」 
 コンピュータ室のドアに体を預けて立っていた吉田にうれしそうにシャムはうなづく。
「おい!シャム!吉田!早くしろよ!」 
 実働部隊の執務室から顔を出して叫ぶ要。シャムと吉田はその声にはじかれるようにして部屋に飛び込んだ。
「ぎりぎりセーフ!」 
「いやアウトだ」 
 シャムの言葉を一刀両断するラン。彼女は先日の誠達が解決に道をつけた違法法術発動事件の報告書の浮かんでいるモニターから目を離そうとしない。
「それランちゃんの時計ででしょ?私の時計は……」 
「秒単位での狂いなんてのは戦場じゃよくある話なのはテメーが一番よく知ってるだろ?アタシはここのトップだ。アタシの時計がうちの時計だ」 
 淡々とそう言うとシャムは明らかにその小さな体にしては大きすぎる椅子の高さを調節する。
「災難だな」 
 シャムが自分の席に着こうとすると後ろの席の要がニヤニヤ笑いながらシャムの猫耳をはじいた。
「それにしても……」 
 吉田がそう言ったのは明らかに場違いな格好をしている人物がいたからだった。彼女の姿は猫耳にどてらと言うシャムの姿の遥か上を行っていた。
 赤い鳥打帽にチェックのベスト。本皮のパンツに黒い同じく皮のブーツを履いている。
「楓ちゃん……」 
「何だね、ナンバルゲニア中尉」 
「猟に行くの?」 
「忘れてたんですか?」 
 第三小隊小隊長嵯峨楓少佐の身なりに呆然としていたシャムだがシャムの言葉で今度は驚いたのが楓だった。
「今日は午後から猟友会の猪狩ですよ!」 
「あれ?そうだったの?ランちゃん……」 
 シャムは助けを求めるようにランを見る。ランはため息をつくとそのまま吉田に目をやった。
「半日休暇届。出てましたね」 
「でてたな」 
「そうだったの?」 
 改めてランが溜息をつく。
「いいねえ……午後から優雅に猪狩か……貴族の楽しみじゃねえか」 
 茶々を入れる要。そんな要を見て楓は目を輝かせた。
「お姉さまもいかがですか?」 
 楓の『お姉さま』は強烈だった。それまでは自分の事務仕事に集中していた第四小隊のロナルドが低い笑い声を立て始める。
「なんでアタシが野山を駆け巡らなきゃならねえんだ?それに午後はうちの御大将と落ちこぼれ隊員一号が帰ってくるんだから無理だよ」 
 あっさりそう言うと要は楓の熱い視線を無視して目の前のモニターで書類の作成を開始する。
「それならかなめちゃん……じゃなくて渡辺さんは……ってその格好は来るんでしょ?」 
 楓の部下で付き合いの長い渡辺かなめ大尉は青いボブカットの上に青いベレーをかぶっている。
「ええ……楓様と一緒なら私……」 
「かわいいなかなめ……」 
「楓様……」 
 思わず手を握りあう楓と渡辺。その姿に部屋の中の空気がよどんだものに変わった。
「要ちゃんいる!」 
 全員が助けを求める中に救世主のように現れたのはいつもはくだらない馬鹿話をするだけに来るアイシャの姿だった。いつもなら怒鳴りつけて追い返すランですら感動のまなざしをアイシャに向けていた。
「ここにいますよー」 
 何とか一息ついた要が手を振る。アイシャはそれを見るとニヤニヤ笑いながら要の所まで来て大きなモーションで肩を叩いた。
「分かるわ……要ちゃんの気持ち。本当によく分かる」 
「何が言いたいんだ?」 
 アイシャの言葉に要のそれまでの感激の表情が一瞬にして曇った。
「誠ちゃんも気になる。でも自分を愛してくれる楓ちゃんも……」 
「腐ってるな、テメエの脳は」 
 アイシャの言葉に照れながら要は自分の端末に向き直った。
「それよりクラウゼ。良いのか仕事は?……ってよくねーみたいだな」 
 ランの声を聞きながらその視線をたどってみれば入り口で戻って来いと手招きをするサラとパーラの姿が見えた。
「申し訳ありません!それでは失礼します」 
 仰々しく敬礼をしたアイシャがサラ達に連れて行かれる姿を見て室内の隊員はどっと疲れが襲ってくるのを感じていた。
「それにしても……今年もやっぱり被害は多いのか?」 
 めんどくさそうにランがシャムを見つめる。シャムはしばらく考えた後口を開いた。
「今年は特にサツマイモがやられちゃったみたい。特に夏から秋は禁猟期だからその時期を狙って降りて来るんだよね」
「そーなのか?まあいいや。先週の起動実験のレポートまとめてくれりゃー帰って良いぞ」 
 だんだん投げやりになるランにシャムは頬を膨らませた。
「それってアタシが邪魔ってこと?」 
「邪魔だな」 
「邪魔としか……」 
 ランとそれまで黙って様子を伺っていたロナルドが答える。その態度がシャムの怒りに火をつけた。
「じゃあ楓ちゃん。アタシは行かないから」 
「え?僕と渡辺だけで行けと言うんですか?」 
 驚いたように楓が叫ぶ。隣の渡辺も困ったようにシャムを見つめている。
「いいじゃねえか。付き合ってやれよ」 
「要ちゃんが行けば良いじゃないの!」 
 シャムはそう言うと要をにらみつける。めったに文句を言わないシャムが怒っているのを見て吉田がいつでも止めに入れるように椅子に手をかけた。
「じゃあ先月の出張旅費の清算書。間違いが有ったよな」 
「中佐、それは俺が直しといたはずですけど……」 
「吉田に聞いてるわけじゃねーよ。再提出できるよな?」 
 ランの言葉にシャムは一気に目を輝かせて自分の端末を開いた。
「それじゃあ僕達は出かけます」 
「おー。がんばって来いよ」 
「お土産待ってるね」 
 楓が出かけるのをランとシャムが見送る。要は時々自分に熱い視線を投げてくる楓を無視してそのまま黙り込んでいた。
「じゃあ……早速頼むぞ」 
 そう言うとランは自分には大きすぎる椅子からちょこんと飛び降りる。
「ランちゃんどこ行くの?」 
「会議だよ……ったくこう言う事はまじめにやるんだな隊長は……」 
 頭を掻きながら123cmの小さな体で伸びをしながら部屋を出て行くランを部隊員はそれぞれ見守っていた。
「会議?」 
「あれじゃねえか?来月の豊川八幡宮の時代行列の警備とか」 
 不思議そうなロナルドにすっかりオフモードの要が答えた。だがそれでも理解できないと言うようにロナルドは首をひねる。
「うちね、去年部隊が創設されたときに隊長が自分の家の鎧とか兜とかを着て見せて祭りを盛り上げる約束をしたの」 
「そう言う事だ。まあ実際嵯峨家の家宝の具足は今一つ叔父貴の趣味にあわねえとか言って全部叔父貴のポケットマネーで隊のほとんどの鎧兜は新調したんだがな」 
 要の言葉に瞬時にロナルドの目に輝きがともった。それを見て要はまずいことをしたと言うように目をそらした。
「それは……俺達も鎧兜を?」 
「うん!多分みんなの分も作ってくれるよ」 
 元気に答えるシャム。ロナルドも思いがけない思い出作りができるとすっかり乗り気でシャムに質問を続ける。
「侍の格好か……あれかな、キュードーとかも見れるのかな?」 
「キュードー?」 
 突然英語のような発音で言われて戸惑うシャム。めんどくさそうに要は手元の紙に『弓道』と書いてシャムに手渡した。
「弓だね!それは名人がいるよ!」 
 シャムの言葉に気分を害したと言うように要がうつむく。
「もしかして西園寺大尉が?」 
「違うよ、隊長。隊長の家の芸が流鏑馬なんだって」 
「流鏑馬?」 
 不思議そうでそれでいて興味津々のロナルドに嫌々ながら要が口を開いた。
「馬を疾走させながら的を射抜くんだ。結構慣れとか必要らしいぞ」
「隊長が……あの人はスーパーマンだな」 
 ロナルドは感心したように何度と無くうなづいた。それを見ている部下のジョージ岡部大尉とフェデロ・マルケス中尉はすでに知っていると言うような顔でロナルドを見つめていた。
「でもなあ……叔父貴がスーパーマンだとスーパーマンがかわいそうだな」 
「確かにね。あんなに汚い部屋に住んでるんだもんね」 
 シャムの言葉にロナルドはうなづいた。
 隊長室。そこは一つのカオスだった。趣味の小火器のカスタムのために万力が常に銃の部品をはさんでいてさらにそこから出た金属粉が部屋中に散らかっている。かと思えば能書で知られることもあって知り合いから頼まれた看板や表札のためにしたためられた紙があちこちに散らばる。そして常に書面での提出を求められている同盟司法局への報告書の山がさらに混乱に拍車をかける。
「まあ芸が多いのと部屋を片付けられるのは別の才能だからな」 
 ロナルドは納得したように席に戻った。
「それにしても……誠ちゃん大丈夫かな」 
 話を変えてシャムはそのままにやけながら要を見つめた。
「何が言いてえんだ?」 
 明らかに殺気を込めた視線で要はシャムをにらみつける。
「だって東都の病院でしょ?警察とか軍とか誠ちゃんの秘密を知りたい人達の縄張りじゃないの。下手をしたら隊長みたいに解剖されちゃうかも知れないよ」 
 シャムの豊かな想像力に要は大きなため息をついてシャムを見上げた。
「解剖か……」 
「俺がですか?」 
 突然の声に驚いて振り返る要。そこにはつなぎを着た技術部整備班班長の島田正人准尉が立っていた。
「ちゃんとノックぐらいしろ!」 
「しました。気づいてないのは西園寺さんくらいですよ」 
「アタシも気が付かなかったよ!」 
「ナンバルゲニア中尉は……まあいいです」 
 そう言うと島田はディスクを一枚シャムの前に差し出した。
「何?これ」 
 シャムの言葉に大きく肩を落とす島田。そして要に目をやる。要は自分が話しの相手で無いと分かるとそそくさと自分の席に戻って書類の作成を開始していた。
「先週の対消滅エンジンの位相空間転移実験の修正結果です」 
「エンジン?あの時はちゃんと回ったじゃん」 
 抗議するような調子のシャムに大きくため息をついた後、島田は頭を掻いてどう説明するか考え直しているように見えた。
「無駄無駄。どうせシャムにはわからねえよ」 
「要ちゃん酷い!アタシだって……」 
「じゃあ対消滅エンジンの起動に必要な条件言ってみろよ」 
 要にそう言われると黙って何も言えないシャム。フォローしてやるかどうか考えている吉田は黙って動くことも無かった。
「まあぶっちゃけ理屈が分からなくてもきっちり成果はありましたと言うのが結論なんですがね」 
 島田はそう言うとそのまま立ち去ろうとする。シャムは首を捻りながら相変わらず対消滅エンジンの理論を思い出そうとしていた。
「ああ、解剖なら最適の人材がいたな」 
 何気ない要の一言にびくりと驚いたようによろける島田。それを見てさらに要はにんまりと笑って立ち上がりそのまま島田の肩を叩いた。
「やっぱり俺を解剖じゃないですか!」 
 島田が叫ぶが誰一人として要の軽口を止めるものはいない。
「だって……」 
「なあ」 
 岡部もフェデロも島田が解剖されるのは当然と言うような顔で島田を見つめている。
「死なないんだろ?貴官は」 
 ロナルドの言葉が島田に止めを刺す。うつむいてうなづく島田。確かに彼は本当に不死身だった。
 不老不死。そういう存在も先住民族『リャオ』には存在した。島田はその血が現れた珍しい能力を保持していた。意識がはっきりしている間の彼の再生能力は異常だった。先日の同盟厚生局の暴走の際に出動した際も腹部に数十発の弾丸を受けて内臓を細切れにされても翌日には平気で歩き回っていたほどの再生能力。それはかつて嵯峨がアメリカ陸軍の研究施設で完全に臓器ごとに解剖されてから再生されたと言う事実に匹敵するインパクトを部隊の隊員達に与えた。
「確かにそうですけど……痛いんですよ、あれは結構」 
「痛いですむのか?それなら一度こいつを三枚に下して……」 
「俺はマグロか何かですか!」 
 叫んだ島田に部屋中のにやけた視線が集まる。
「まあ安心しろよ。再生すると分かっていてもお前の頭に風穴を開けたら殺人未遂でアタシ等が刑務所行きだ。誰もそんなことはしねえだろう……多分」 
「西園寺さん!多分が余計ですよ!」 
 島田が叫ぶのを見ながらシャムは自分の端末のスロットに島田から受け取ったディスクを差し込む。
「じゃあアタシも勉強するから」 
「期待してませんがね。がんばってくださいよ」 
 シャムの言葉に吐き捨てるようにそう言うと島田は出て行った。
「アイツ……冗談くらい分かればいいのに」 
「島田にしか通用しない冗談だな。それにさっきの大尉の言葉どおり貴官が銃を島田に向けた時点で殺人未遂で懲戒免職だ」 
「それは大変だねえ。クワバラクワバラ」 
 ロナルドの言葉に首をすくめながら再び要は作っていた書類の作成の業務に立ち戻った。


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