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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常21

「まずアタシが言いたいのは……わかるよね」 
「法術の使用タイミング。焦りすぎました」 
 直立不動の姿勢でシャムに答えるアン。その態度と的確な言葉に感心したようにつなぎ姿の島田がうなづいている。シャムはそれを一瞥すると言葉を続けた。
「初期の情報でアサルト・モジュールは2機移送された可能性があると分かってたよね。なら当然二機が同時に起動している可能性も考えられるでしょ?」 
 シャムの言葉に静かにうなづくアン。シャムはしばらく腕組みをした後、先ほどの端末を起動させて慣れた手つきでキーボードを叩いた。
「今回のミッションの概要。まとめておいたからこれに目を通してレポートお願いね。提出は明日の夕方。大丈夫?」 
「大丈夫です!では……」 
 そう言うとアンは先ほど整備班員達が器用にケーブルと伝って降りていったのを思い出して通路から身を乗り出した。下まで優に8メートルはある。
「止めとけ止めとけ。地道に移動だよ」
 島田がそう言うとアンは通路の手すりから手を離して先ほどのコードの森に向けて歩き出した。
「やっぱり教官経験者は違いますね」 
「正人……茶化さないでよ。アタシだって一杯一杯なんだから。ランちゃんのようには行かないよ」 
「まあ……あの御仁は根っからの教官ですからね」 
 島田はシャムの言葉を聞くと制帽を被りなおして通路の手すりに手をかける。
「それじゃあ!」 
「うん!」
 降りていく島田を見てシャムもまた手すりに手をかける。下を見る。木登りの得意なシャムなら余裕で降りれることは分かりきっていた。
「でも……先輩として見本にならないと!」 
 自分に言い聞かせるようにしてそう言うとシャムはアンが消えていったコードの森に足を踏み入れた。
 相変わらず一見不規則に並ぶ太いコードと色とりどりの端子。その間には太いパイプが何かを流しながらうなりを上げている。
『シャム!シャム!』 
 遠くで吉田の叫ぶ声が響く。
「ああ、3キロ走の準備か……」 
 少し照れながらシャムはそのまま狭苦しい通路を塞ぐコード類でさらに狭くなった道をはいつくばって進んだ。
 先ほどの邪魔なコード類をパージする作業で多少は減っているコードの数だが、相変わらず多い。
『シャム!早くしろ』 
 吉田の声が響くがシャムはひたすら貧弱なカバーが取り付けられた端子を避けながら這い続ける。
『俊平……意地悪で急かしてる』 
 口を尖らせてなんとか第三小隊隊長である嵯峨楓少佐の機体のコックピットの前にまで出た。
 作業の関係上、コックピットの前では調整作業や先ほどアンに施したようなシミュレーション訓練のための端末を置くスペースがあるのでケーブルの数が減って立ち上がることが出来る程度の余裕が生まれる。
『シャム!』 
「俊平!何度もうるさいよ!」 
 そう怒鳴った後大きくため息をつくシャム。この面倒極まりない障害物競走の後には3キロ走が待っている。法術を使おうが使うまいが3キロは3キロ。空間を切り裂いて瞬時に移動することも出来るがそんなことをランが許すはずも無い。
「これも訓練、訓練」 
 自分に言い聞かせるようにしてシャムはそのままコードの森に再びもぐりこんだ。行きのあまり急がないで進んでいたときはそれほど邪魔に感じなかった定期的に出現する緑色の冷気を溜め込んでいるように煙をたなびかせているパイプが今度はやけに邪魔に感じる。
「アン君!」 
 シャムは退屈紛れに叫んでみた。
「中尉、早いですね」
 意外なほど近くからのアンの声にシャムは驚くと同時に自然と笑っていた。
「アン君が遅いんでしょ?急がないとランちゃんに怒られるよ」 
「中佐が怒るのは慣れましたから。それより中尉の方が吉田少佐に冷やかされるんじゃないですか?」 
 行く手をさえぎる一本の大きなケーブルの向こうで振り向いているアンの姿がシャムの目にも見えた。シャムは苦笑いを浮かべながら黙ってそのケーブルに手をかけた。
「急いで急いで!」 
「了解」 
 かなり遅れて出発したはずのシャムが真後ろまで来ていることを改めて確認するとアンはせかせかとコードの洞窟を進んでいった。
「西園寺大尉の機体が見えました」 
「報告は良いから急いで急いで」 
 退屈紛れのアンの言葉にシャムもさすがに飽きてそうつぶやいていた。
「あ!」 
 アンの声が響いて黄色いコードを踏みちぎりそうになったシャムが前を向いた。そこには先ほどは無かったコードの滝のような情景が広がっている。
「アン君、迂回できる?」 
 シャムの言葉にしばらくアンは左右を見回している。そして静かに振り向き首を振った。
「さっきの作業の時に動いたのかな……どうしよう」 
「とりあえず戻りますか?」 
 そんな弱気なアンの提案にシャムはしばらく沈黙した。周りを見回す。通路を越えて伸びる黒いコードの列の間に隙間がある。良く見ればシャムやアンくらいなら入れる程度の広さがあった。
「正人はああ言ったけどやっぱりこっちから行くしかないよね」 
 シャムはそう言ってその隙間を指差す。泣きそうな顔を浮かべたアンを見るとなぜかサディスティックな気持ちになったシャムはそのまま体を隙間へとねじ込んだ。
 コードの森から身を乗り出すとハンガーの中の冷気が身にしみる。コードの周りの塗料が染み込んで黒くなった手をこすりながら下を見るとちょうどスロープのようにコードが階下の大型の機械に向けてなだらかに続いているのが分かった。
「アン君。行けるみたい」 
 シャムはそう言うとそのまま体をコードの間から引き抜いた。作業中の整備班員達はそれぞれの仕事に忙しいようで自分に気づいていないところがシャムには面白く感じられた。そしてそのまま一本の頑丈そうで手ごろなコードを握りながらラベリング降下の要領で静かに降り始める。
「大丈夫なんですか?」 
「大丈夫だって!」 
 心配そうにコードの間から頭を出しているアンに声をかけるとシャムは再びするすると地面に向けて降り始めた。
『早くしろ!シャム!』 
 相変わらず吉田が叫んでいるのが聞こえるがシャムは無視してそのままコードを伝って降りていく。頭上のアンも覚悟を決めたというようにシャムを真似て降り始める。シャムとは違いレンジャー部隊での勤務経験の無いアンはいかにもおっかなびっくりずるずると降りてくる。その様がシャムには非常に滑稽に見えて噴出しそうになるのを必死になって堪えた。
 ようやく足が大きな唸りを上げる機械の上についた。シャムは静かに着地すると周りを見渡した。
「ナンバルゲニア中尉……」 
 最初にシャムに気がついたのはその機械に取り付けられた端末に何かを入力していた西だった。
「これって何の機械なの?」 
「知らないで乗っかったんですか?」 
 シャムのあまりに素直な質問振りに呆れながら西は周りを見渡して口元に手を当ててシャムに静かにするように合図した。


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