スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常46

 シャムは気になっていた。吉田の『私的な通信』という言葉。最近特に耳にすることが増えてきていた。吉田についてシャムが知っていることは意外に少ない。二人が初めて出会ったのは遼南の戦場だった。
 遼南を二分した内戦。北部の人民軍と同調する北兼軍閥、東モスレム三派連合、東海軍閥と南部の共和軍と南都軍閥と介入していたアメリカ軍との戦いの中二人は敵味方として出会った。共和軍は多数の傭兵を使って戦意の低い自軍を支えていた。そんな傭兵の中でも屈指の腕利きとされたのが吉田俊平率いる部隊だった。
 彼は望んで亡命師団や胡州浪人で構成された精強部隊の北兼軍閥、つまり嵯峨惟基支配下の部隊と対峙した。その中にはオリジナル・アサルト・モジュール『クロームナイト』を駆るシャムの姿もあった。戦いは一撃で終わった。傭兵部隊の背後を潜入した特殊部隊で急襲した嵯峨は返す刀で吉田の部隊を挟撃。奮闘むなしく吉田の部隊は壊滅し、彼もシャムの手で討たれたはずだった。
 その後アメリカ軍が撤退し、南都軍閥に見限られて死に体の共和軍との死闘直前、女性の姿で吉田は現われた。
「とりあえず空いてた義体を有効に使ってやろうと思ってね」 
 減らず口をたたくところはその後の吉田そのものだった。その後嵯峨と吉田が何かを話していたのを覚えている。だがシャムは吉田にそのことについて深く聞くことは無かった。後で分かったことだが、その義体は要の予備の義体だった。
「本当に最近変だよ」 
 シャムの心配にただ曖昧な笑みで応える吉田。その目はそれ以上何も聞いてくれるなと哀願しているような悲しさを湛えていて、思わずシャムは黙り込んでしまっていた。
 道はそのまま住宅街の中へと続いていく。豊川市。東和共和国の首都東都の西に位置するベッドタウンらしい光景。あまりにも身近であまりにも慣れた光景。いつもなら何事も無く通過してしまった小学校の校門ですら吉田の異変が気になるこの頃では目新しいものに見えてくるのがシャムには不思議だった。
「ちゃんと静かに入るんだぞ。鍵はあるか?」 
「馬鹿にしないでよ。ちゃんと……」 
 シャムはジャンバーのポケットを探る。バイクのキーと一緒にまとめられた鍵。こういうときに見つからないことが多いので見つかって安心したようにため息をついた。
「ため息か……飲み過ぎじゃないのか?」 
 吉田の軽口に笑顔で応えた。そのまま車は大通りに一件だけの魚屋の前で止まった。
「早く下ろすぞ」 
 すぐさま吉田はエンジンを止めて車から降りる。シャムはそのままシートを超えて後部のスペースに固定されたバイクに手を伸ばした。
 バイクにはロープが巻き付けられていた。実に慣れた手つき。保安隊創立以降、こうして何度この古ぼけたバンの貨物室にくくりつけられてきたのか。シャムは思わず笑ってしまっていた。
「おい、早くしろよ」 
 開いた後部ハッチから顔を出す吉田にシャムは照れ笑いを浮かべた。そのまま慣れた手つきで手早くロープをほどいていく。
「傷は付けるなよ。骨董品なんだから」 
 憎まれ口を叩く吉田に愛想笑いを浮かべながらシャムはほどいたロープを手早くまとめてバイクに手をかけた。
 静かに、あくまでも静かにとシャムはバイクをおろしにかかった。
「ゴン!」 
「あ……」 
 バンパーにこれで十三度目の傷が勢い余って切ってしまったハンドルによって付けられた。
「だから言ったろ?」 
「は……ああ」 
 思わずシャムは照れ笑いを浮かべた。そしてすぐに周囲を見渡す。静まりかえった住宅街、見上げると魚屋の二階の一室だけが煌々と明かりをともしている。受験生佐藤信一郎は今日も勉強をしているようだった。
「聞こえたかな?」 
「多分な」 
 吉田はそれだけ言うと静かにバンのリアの扉を閉めた。
「それじゃあ俺は帰るわ」 
「え?お茶でも飲んでいけばいいのに」 
「あのなあ……一応下宿人としての自覚は持っておいた方がいいぞ」 
 苦虫をかみつぶしたような顔をした後、吉田はそのまま車に乗り込む。
「じゃあ、明日」 
 それだけ言うと吉田は車を出した。沈黙の街に渋いガソリンエンジンの音が響く。犬が一匹、聞き慣れないその音に驚いたように吠え始める。
 シャムは一人になって寒さに改めて気づいた。空を見上げる。相変わらず空には雲一つ無い。
「これは冷えるな」 
 なんとなくつぶやくとそのままシャムはバイクを押して車庫に入った。『佐藤鮮魚店』と書かれた軽トラックの横のスペースにいつものようにバイクを止める。鍵をかけて手を見る。明らかにかじかんでいた。
 そしてそのまま彼女は裏口に向かう。白い息が月明かりの下で長く伸びているのが見えた。
 戸口の前で手に何度か息を吹きかけた後、ジャンバーから鍵を取りだして扉を開く。
「ただいま……」 
 申し訳程度の小さな声でつぶやいた。目の前の台所には人影は無い。シャムはそのまま靴を脱いでやけに大きめな流しに向かう。
 鮮魚店らしい魚の臭いがこびりついた流しの蛇口をひねる。静かに流れる水に手を伸ばせば、それは氷のように冷たく冷えた手をさらに冷やす。
「ひゃっこい、ひゃっこい」 
 自分に言い聞かせるようにつぶやきながら手を洗うとシャムは静かに水を止めた。
 シャムは背中に気配を感じて振り向く。
「ああ、お帰り」 
 そこには寝間着にどてらを着込んだ受験生の姿があった。
「何してるの?」
「いいじゃないか、牛乳くらい飲んでも」 
 信一郎はそう言うと冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。
「あ、アタシも飲む」 
「え……まあいいけど……酒臭いね」 
「そう?」 
 信一郎の言葉に体をクンクンと嗅ぐ。その動作が滑稽に見えたのか信一郎はコップを探す手を止めて笑い始めた。
「なんで笑うのよ!」 
「だって酒を飲んでる人が嗅いでもアルコールの臭いなんて分かるわけ無いじゃん」 
 そう言いながら流し台の隣に置かれたかごからコップを取り出した信一郎は静かに牛乳を注いだ。
「アタシのは?」 
「ちょっと待ってくれてもいいじゃん」 
 そう言うと注ぎ終えた牛乳を一息で飲む。その様子に待ちきれずにシャムはかごからコップを取り出して信一郎の左手に握られた牛乳パックに手を伸ばした。さっと左手を挙げる信一郎。小柄なシャムの手には届かないところへと牛乳パックは持ち上げられた。
「意地悪!」 
「ちゃんと注いで上げるから」 
 まるで子供をたしなめるように信一郎は牛乳パックを握り直すと差し出す。シャムはコップをテーブルに置いた。信一郎は飲み終えたコップを洗い場に置くとそのままシャムのコップに牛乳を注いだ。
「でもお姉さんは飲むのが好きだね。これで今週は三回目じゃん」 
「まあつきあいはいろいろ大変なのよ」 
「本当に?」 
 憎らしい眼で見下ろしてくる信一郎の顔を一睨みした後、シャムは牛乳を一口口に含んだ。
 口の中のアルコールで汚れた物質が洗い流されていくような爽快感が広がる。
「いいねえ」 
「親父みたい」 
 信一郎の一言にシャムは腹を立てながらも牛乳の味に引きつけられて続いてコップに口を付けた。
「お姉さんさあ……」 
 いつもはこんなシャムの姿を見て立ち去るはずの信一郎が珍しくシャムにものを尋ねようとしている。その事実に不思議に思いながらシャムは口に当てていたコップをテーブルに置いた。
「保安隊の隊長……嵯峨惟基って人。遼南皇帝ムジャンタ・ラスコーなんだよね?」 
「どこで調べたの?」 
 意外だった。ただの受験生が知るには同盟の一機関の指揮官の名前はマイナーすぎる。そしてその名前と現在静養中と遼南が表向きは発表している皇帝の名前がつながるとはさすがのシャムも驚きを隠せなかった。
「ネットで調べればある程度のことは分かるよ。まあ一般的な検索サイトでは出てこないつながりだけど」 
「アングラ?手を出さない方がいいよ」 
 シャムの頬につい笑みが浮かんでしまう。その筋では化け物扱いされている吉田と先ほどまで同じ車に乗っていた事実がどうしても頭を離れない。
「そんなことどうでもいいじゃないか……どうなの?」 
 信一郎の言葉に曖昧な笑みを浮かべるとシャムは残っていた牛乳を飲み干した。
「知ってどうなるものでもないよ。……むしろ知らない方がいいことの方が多いんだ」 
「ずいぶん大人みたいな口を聞くね」 
 嫌みを言ったつもりか見下すような信一郎の視線をシャムは見返した。その目を見た信一郎の表情が変わる。まるで見たことのない動物を見かけてどう対処していいか分からないような目。シャムは自分が戦場の目をしていることにそれを見て気がついた。
「だって大人だから」 
 そう言い残してシャムは立ち去る。信一郎はただ黙ってシャムを見送った。背中に刺さる視線がいつものシャムに向けるそれとは明らかに違っているのが分かる。だがそれも明日の朝にはいつもの目に戻っている。シャムはそう確信していた。
 台所を出て隣はバスルーム。シャムはとりあえず顔を洗うことにした。
 冬。隊でシャワーを浴びただけだが汗はまるでかいていない。風呂場のお湯はこの時間は落ちている。深夜のシャワーは気を遣うのでシャムは嫌いだった。
「明日にしよ」 
 洗面所の蛇口をひねる。台所と同じ冷たい水が当然のように流れる光景にシャムは先ほどの信一郎の問いで毛羽だった自分の神経が静まっていくのを感じていた。
 静かに水を両手で受けて顔に浴びせる。
「冷たい!」 
 アルコールで火照った顔の皮膚を真冬の水道水が洗い清める。シャムはその快感に何度も浸ろうと手に水を受けては顔に浴びせてみた。
 ひんやりとした肌の感覚。シャムは次第に酔いが醒めていくのを感じていた。
「まあいいか」
 そのままシャムは振り返ると台所に出た。信一郎の姿はすでにそこにはなかった。安心してシャムはそのまま階段を昇る。
 年代物の木造住宅らしいきしみ。家人が起きるのではないかといつもひやひやしながら一歩一歩昇っていく。深夜ラジオの音量が漏れる信一郎の部屋を背にそのままシャムは自分の借りている一室にたどり着いた。
 いつものことながら安心できる。電気を付けたシャムはいつもそうしているように部屋の中央にちょこんと座った。
 ふと近くの家具屋で目にした古めかしい本棚。その無駄に頑丈そうな木の枠の中にはお気に入りの漫画。その隣にはクローゼット。量販店で見つけた安物なので好きにアニメキャラのシールを貼って遊んでいる。
 それを見るとシャムは自然と着ていたジャンバーを脱ぎ始めた。
 立ち上がり、扉を開き、ハンガーにそれを掛ける。夜中の暖房のない部屋は正直寒いがそのくらいの方がシャムには気分が良く感じられた。
 そのままシャツとスカートを脱ぎ、クローゼットの下の引き出しの中のパジャマを手に取る。
「やっぱかっこいいな」 
 アニメショップで買った戦隊もののジャージの上下がシャムのお気に入りのパジャマだった。そのまま寒さに急かされるようにしてそれを着込むと今度は反対側の押し入れの前に立った。
 こちらには劇場版アニメのポスターが貼り付けられている。シャムがお気に入りの繊細な少年パイロットの顔を一瞥した後、おもむろに引き戸を開いた。
 布団。寒さの中で見るととても素敵なオアシスに見える。にやつく笑みを押し殺すとシャムはそのまま布団を引きずり出した。
「重い」 
 思わずつぶやく。思えば今週は一度も干していなかった。明後日が休みだが野球部の練習試合が控えている。
「どうしようかな……」 
 迷いつつシャムは敷き布団を選び出して畳に広げる。先月買い換えたばかりなので真新しいがどうにもその重さが気になっていた。そのまま手早く敷き布団を押し広げ、シーツをかぶせる。ふかふかのシーツはどうも苦手なのでシーツはいつも薄い生地のものを選ぶのがシャム流だった。
 部屋の隅に押し込まれていた毛布と掛け布団をその上に載せ、巨大怪獣をディフォルメした抱き枕を抱えてシャムはそのまま布団の上に座った。
「今日も一日……疲れたなあ」 
 本来ならここでビールだ。などと考えているうちに目が時計に向く。ちょうど深夜12時を指していた。
「ちょうどいい時間だな」 
 シャムはそう言うと部屋を見渡す。いつもの見慣れた光景もこうしてみると味わいがあるように見えた。
 好きなもので満たされた部屋。それは夢のように見えた。彼女はそれなりの給料はもらっている。世知辛いところはようやく学んだばかりの運行部の人造人間の女性士官達はシャムの奇妙に質素な生活を不思議だという。
 それでもシャムは満足していた。安心して眠れる場所がある。それだけで十分な上に好きなアニメのグッズはそれなりに持てるし、漫画を描く画材も買い放題。それ以上のことをシャムは望んではいない。
「世はすべてこともなし」 
 どこかで聞き覚えた言葉を口にすると自然と笑みが浮かんできた。
 この下宿にも満足している。家族を知らないシャムには奇妙で滑稽で楽しい佐藤家の人々。気むずかしい信一郎もいるが彼も要するにまだ若いだけだった。
 シャムは安心の中で部屋の電気を消した。
 暗闇。急に訪れる孤独。でもそれがかりそめの者に過ぎないことが分かる今。シャムはただ笑みを浮かべて布団の中に潜り込んだ。
 目をつぶる。
「明日……朝ご飯はなにかな?」 
 自然に想像が食べ物に向かう。いつもの自分の発想に思わず苦笑いを浮かべながら目を閉じた。
 つらいことが思い出されるかもしれない。深夜、眠りにつく度にシャムはそんなことを考えていた。飢えと寒さの遼南の森。そこで出会った人々との様々な出会いと別れ。
 多くは血塗られた遼南の歴史にふさわしい悲劇で幕を閉じたその別れを夢に見る度に涙に濡れて目が覚める恐怖が頭をよぎる。
「起きようかな……」 
 思わずつぶやいてみる。でもそれでも次第に睡魔がシャムをゆっくりと取り込んでいく。
 今は仲間がいる。かつてのぎりぎりの死を意識していた悲壮な顔の仲間達とは毛色の違う安心できる仲間達。
「私がしっかりしないといけないんだよね」 
 自分に言い聞かせるようにそう言ってみた。沈黙する闇の中に自分の言葉が響く。
 自然とまぶたが閉じ、意識が薄れる。
「明日は何があるかな……」 
 そんな自問自答の中。シャムは自然体で眠りの中に落ちていった。



                                       了


スポンサーサイト

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

-

管理人の承認後に表示されます

コメント

Secret

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
プロフィール

ハシモト

Author:ハシモト
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。