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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常41

「みごとに焦げたな……」 
「ならひっくり返してくれればいいのに」 
「なんで?」 
 とぼけた顔でたこ焼きを食らう吉田。シャムはむっとした表情で仕方なく削り節をかける。
「あら、焦げちゃったわね」 
「ひどいんだよ!俊平はずっと見てたのに何もしてくれないの!」 
 シャムの訴えに春子は鋭い視線を吉田に向ける。すごみのある女性の視線に吉田もさすがに気まずく感じてビールをのどに流し込んでごまかそうとする。
「でも本当においしいから。食べてみてよ」 
 春子は特製のソースをかけてやり、さらに青のりを散らす。
 独特の香りにシャムの怒りも少しだけ和らいだ。
「じゃあ食べてみるね」 
 シャムはそう言うと一切れ口に運んでみた。柔らかい生地の中に確かな歯ごたえのエビが感じられる。
「これいい!」 
「でしょ?」 
 気に入ったというようにシャムはそのまま次々と切っては口に運ぶことを続けていた。
「慌てて食うとのどにつかえるぞ」 
 吉田に言われてビールを流し込む。それでも勢いが止まらない。
「よく食うな……」 
 ふらりと立ち寄った感じの要が手にしたテキーラをシャムのビールの入ったグラスに注ごうとするのを軽く腕で阻止する。
「なんだよ、ばれたか」
 そのまま要は自分の鉄板に戻っていった。
 周りでも次第に焼け上がっているようで鉄板を叩くコテの音が響く。
「なんだか飯を食ってる感じがするな」
「幸せな瞬間でしょ?」 
「そうか?」 
 マイペースで一人たこ焼きを突く吉田。その吉田のテーブルに誠がビールを運んでくる。
「気がつくね」
 吉田は空になった瓶を誠に渡すとグラスになみなみとビールを注いだ。
 またシャムはチャンスだと思った。誠は今度はシャムにビールを注ごうとしてくる。
「あのさあ……」 
「誠ちゃん!私も」 
 シャムがグラスを差し出すところでタイミング良くアイシャが叫ぶ。
「はい!今行きますね!」 
 飛び跳ねるように誠はそのままビールを持ったままアイシャに向かって行く。
「また聞き損ねたか」 
 吉田の痛快という笑顔にシャムはエビをほおばりながらむっとした表情を浮かべて見せた。
「師匠!」 
 突然声をかけられて驚いてシャムは隣を見る。シャムよりも一見年上に見える中学生家村小夏。エプロンを着けたままいつものようにきっちりと正座をしている。
「どうしたのよ小夏。お仕事は?」 
「はあ、菰田の野郎が自分がやるからって」 
「あれだな、下にいるのはマリアだろ?おべんちゃらでも使ってうまいこと取り入ろうって魂胆だ。アイツらしいな」 
 吉田の言葉にシャムも何となく頷いた。
「それで小夏。どうするの?」 
「今度のライブの件ですよ!ネタがまだできて無いじゃないですか」 
「ライブのネタねえ……ずいぶん先じゃん」 
 シャムは考え込んだ。シャムと小夏はコントのコンビを組んでいる。時折ライブと称して近くの老人施設などの慰問をすることもあった。節分の次の週の日曜日にもその予定があった。考え込むシャム。
「最近はどつきネタばかりだって言われてるから……」 
「まあどつかれるのは師匠なんですけどね」 
 小夏の合いの手に思わず頭を掻く。ネタ的にマンネリなのはシャムも感じていた。特に誠が転属してきてからはいろいろと事件が多くネタを仕込む時間もない。
「お困りのようね」 
 すいと二人の間にビールの瓶が差し出される。見上げてみれば満面の笑みのアイシャだった。
「いいアイディア……やっぱりいいや」 
「なによ、シャムちゃん。ずいぶんつれないじゃないの」 
 すねるように大げさに首を振るアイシャ。こうなると手が付けられないのはシャムも十分承知している。
「じゃあ何かあるの?」 
 シャムがおそるおそる尋ねるとアイシャはいつものように不敵な笑みを浮かべた。
「『らくだ』って知ってる?」 
 突然のアイシャの言葉にしばらくシャムはあんぐりと口を開けた。
「『駱駝』?地球の砂漠にいる?」 
「違うわよ。落語。まあなんて言うか……ブラックな話」 
 アイシャの言う『ブラック』な話はだいたいとんでもない展開を見せるものである。シャムの顔が引きつる。隣を見ればなぜか分かっていると言うように頷いている小夏がいた。
「小夏は知ってるの?」 
「ええ、まあ嫌われ者の葬式を出す話ですよ」 
「ああ、西園寺の葬式を出す話だな」 
 吉田の言葉にシャムは思わず要の方に目を遣った。明らかにシャムを睨み付けている要。シャムは頭を掻きながら得意げに話を続けようとするアイシャを遮った。
「まあ、いいから。この話は後でね!」 
「ちぇっ!もう少し面白いところまで話したかったのに」
「何も話していないような気がするんですけど……」 
「小夏ちゃん。何か言った?」 
「別に……」 
 小夏を威圧した後はすっかり言いたいことを言ったと言う表情でアイシャはそのままカウラの肩に手を乗せて意味もなく笑っていた。
「変な人だとは思っていましたけど……やっぱり変な人ですね」 
「ねえ、小夏。らくだってなに?」 
 シャムは尋ねるが小夏は答える気が無いというようにそのまま立ち上がると階段を駆け下りていく。
「俊平は知ってる?」 
「落語は噺家から聞くものだ。俺が語ってもつまらないだけだよ」 
 そう言うと平然とビールを飲む吉田。シャムはただ呆然と話に取り残されたことだけを実感してエビを口の放り込む。
「なんやねん。渋い顔して」 
 声をかけてきたのは明石だった。ふと見るとランはなにやら携帯で話し込んでいる。ようは退屈しのぎにシャムをからかいに来たというところなのだろう。
「しかし……うまそうやな」 
 明石はそう言うと素手でシャムのエビ玉をちぎって口に放り込む。
「取らないでよ!」 
「おっとすまん。ワシもこれを頼めばよかったんかもしれんな」 
 禿頭をなで回しながら明石はつぶやいた。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常40

 シャムもビールを飲み干しながら考えていた。笑顔でランとなにやら歓談している明石。
 今なら誠の立ち直りのきっかけについて話が聞けるのではないか。そう思ってシャムが腰を上げようとしたときだった。
「はい、新エビ玉三倍!」 
 どんとシャムの前にどんぶりが置かれた。上を見上げれば仏頂面の菰田が仁王立ちしている。
「俺のは?」 
「はい」 
 これもまた投げやりに吉田の分を差し出す菰田。その態度にさすがの吉田も冷笑を浮かべている。
「菰田君。もう少し愛想良くしないと」 
「そうだ!この変態!」 
 春子のたしなめる言葉と要の罵声。予想はしていたようで平気な風の菰田だが、少しばかり表情を曇らせているカウラを見るとさすがにまずかったというようにうつむいてみせる。
「まあいいや。じゃあお駄賃でアタシの分のテキーラやるから取って来いよ」 
「いらないですよ!」 
 要の叫びにそう返事すると足早に階段を下りていく。
「あいつも……管理部門なんだからもう少し愛想良くすりゃあいいのに」 
「人それぞれよ。ね、明石さん」 
「はあ」 
 急に春子に話題を振られた明石がどうにも困った顔で頭を掻いていた。
 シャムは今だと思ったが目の前の未知の味への誘いを断るほど理性が強い彼女ではない。自然と手はどんぶりの中のお好み焼きの具に伸びていた。
「へえ、結構大きなエビなんですね」 
「そうなの。そのままだと大きすぎるから切ってみたんだけど……歯ごたえを考えるとその大きさが微妙でね。いろいろ試してこうなったのよ」 
 吉田の言葉に得意げに答える春子。そんな明るい雰囲気に気が紛れてきたのか、それまでこわばっていたパーラの表情が少し緩むのがシャムにも見えた。
「あんまりかき混ぜないでね。このエビは歯ごたえが大事なんだから」 
 春子の言葉に頷くとシャムは静かに鉄板の上に生地を広げた。
 小麦粉の焼ける香ばしい香りが広がる。それはシャム達の鉄板だけではない。明石のところも軽快に油がはねる音が響いている。
「おう、懐かしいなあ。これを待っとったんや」 
 明石の銅鑼声が部屋中に響く。隊員達もそれぞれに自分の具を焼き始めていた。
 香りと歓談に満たされる。
 シャムもまたそんな雰囲気に酔っていた。
「菰田君!ビール!」 
 早速叫ぶシャムに思い切り嫌な顔をする菰田。
「菰田、頼む」 
 そこに要に頼まれたのか、恥ずかしそうにカウラの声が入った。
「はい!ただいま持って参ります!」 
 元気に叫ぶと菰田は階段を駆け下りていった。
「全く現金な奴だな」 
 吉田はたこ焼きを突きながらその様を眺めていた。ぼんやりとカウラを見つめじっと命令を待つソンの姿も異様に見える。
「それにしてもカウラちゃん効果は絶大だね。どうして?」 
 自分のお好み焼きをひっくり返すと振り返ってシャムはカウラに尋ねた。カウラはと言えばただ当惑したような笑みを浮かべたままでシャムを見返してくる。
「そりゃあ人望じゃないのかね」 
 吉田の一言にむっとしてシャムは彼を睨み付けた。
「まあ、うちの隊じゃ怖い姐御のたぐいは別として、それなりに常識があって行動もちゃんとしているとなるとベルガーくらいだろ?」 
「吉田少佐……それは聞き捨てならないわね」 
 たこ焼きをほおばりながらつぶやく吉田に今度はアイシャが食ってかかる。
「聞き捨てならない?事実だからだろ?お前もアニメグッズを買いあさるのを少しは控えてだな……」 
「ひどい!人の楽しみを奪うわけ!」 
 吉田の一言に心底傷ついたように叫ぶアイシャ。だが部屋中の全員が彼女を白い目で見ていることに気づくと気を紛らわそうと自分の豚玉を叩き始めた。
「まあ……カウラちゃんは常識人だからね」 
「シャム。お前が言うと説得力ねえな」 
 要はそう言いながらソンが運んできたテキーラをショットグラスに注いでいた。
「説得力無くて悪かったですね!」 
 そう言うとシャムはそのまま焼けてきたかどうか自分の三倍エビ玉を箸で突いてみた。
「焼けたか?」 
「まだみたい」 
 吉田の問いに答えながらシャムはビールをグラスに注ぐ。
「神前!気を遣えよ!」 
「ああ、すいません西園寺さん……ナンバルゲニア中尉……」 
「いいよ、もう注いじゃったから」
 要の白い目を見て誠を哀れみながらシャムはビールを飲んだ。そこでシャムは今度は誠にどんな話を明石からされたのか聞こうと思った。
「あのね、神前君」 
 シャムが声をかける。誠はカウラに注いでいたビールを持ってそのままシャムのところまで来た。
「ちょっと待ってね」 
 ビールを一気にあおってグラスを空にするとシャムは誠にグラスを差し出した。
「しかし、よく飲みますね」 
「そうかな?」 
 シャムはそう言いながら注がれたビールを軽く口に含む。そして誠に立ち直りのきっかけを尋ねようとしたときだった。
 いつの間にか誠の隣に来ていた菰田が誠の腕を引っ張る。
「何をするんですか!菰田先輩」 
「お前も手伝え。下にシュバーキナ少佐が来てる」 
 菰田の言葉に誠の顔色が変わる。そしてそのままパーラと小声で話している春子に顔を向けた。
「神前君もお願いね」 
 春子の無情な一言に誠も立ち上がった。
「ああ、マリアも来てるんだ……」 
 結局誠に話を聞けなかったシャムは上の空でそう言うとビールを軽くあおった。
「おい、シャム。大丈夫か?」 
「何が?」 
「鉄板」 
 吉田の言葉にシャムは驚いて自分のお好み焼きを眺める。少しばかり焦げたような臭いが鼻を襲った。
「やっちゃった!」 
 シャムは叫ぶとへらでひっくり返す。焦げが黒々とシャムの三倍エビ玉を覆い尽くしていた。

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ジャンル : 小説・文学

遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常39

「エビか……」 
「どうしたのかしら?シャムちゃんはエビが嫌いなの?」 
 どことなくおかしな空気になってきたことを察したように春子の声が小さくなる。そのとき小夏が消えていった階段から長身の女性の姿が目に飛び込んできた。
「おう、アイシャ。サラも一緒か?」 
 明石の声に黙って頷くアイシャ。そしてサラもその後に続いて空いた鉄板に腰を落ち着ける。しかしその後ろにピンク色の長い髪が翻っているのが見えた。
「パーラ。来たのか?」 
 ランの言葉に黙って頷くと、パーラはそのままつられるようにサラの隣の座布団に腰を下ろす。
 沈黙が場を支配したことで察しのいい春子はこの沈黙の原因が自分の『新港』という言葉とパーラがつながっての出来事だと理解しているようにシャムには見えた。
「お母さん、ビール」 
「あ、小夏。ご苦労様。それと熱燗を一つつけてもらえるかしら」  
「え?……うん、いいけど」 
 シャムと馬鹿話をしたかったと言う顔の小夏が不思議そうな顔で階段を下りていくのが見える。春子はただ黙って突出しをつついているパーラの前にビールの瓶を持って腰を下ろす。
「女将さん?」 
「いいから、黙って」 
 春子の態度を見てアイシャがそっとパーラの前にグラスを置いた。仕方がないというようにパーラがそれを手に取る。春子は静かにビールをグラスに注いだ。
「みんなまだだけど、ランさん。いいわよね?」 
「ああ、パーラは今日は特別だ」 
 ランの頷きつつのつぶやき。それに促されるようにしてパーラはグラスを干した。
「いい飲みっぷり。じゃあもう一献」 
 軽くグラスを差し出すパーラに春子はさらにビールを注いだ。
「何も言わなくていいからね。何も」 
 そう言うと春子はそのまま大きく深呼吸をしているパーラを置いて黙って自分達を見つめていたシャムのところまで戻ってきた。
「どうする?シャムちゃん」 
 先ほどまでのパーラに対して使っていたしっとりとした響きの言葉が一気に気っぷのいい女将の口調に戻る。
「じゃあ新エビの三倍で!」 
「はい!じゃあ他の人もどんどん頼んでね」 
「女将さん。ワシの金や思うてあおらんでくださいよ」 
 ようやく重苦しい雰囲気が取れて安心したというような表情で明石が泣き言を叫んだ。
 さっそくメモを手に走り回る小夏。
「豚玉!」 
「じゃあ僕もエビでいいかな」
「イカで頼む」 
 要や誠、カウラの注文が続く。
 三杯目のビールを飲んだパーラが静かに視線を鉄板に落とした。
「とりあえず何も言わないで」 
 諭すような調子の春子。それを見ながら安心したように明石は突出しのひじきを突いている。
「女将さん、分かるの?」 
 シャムはつい気になって尋ねてみた。春子は首を振る。だがそれでもそんな春子に安心しているようにハーラは黙って春子を眺めていた。
「神前!女将さんの燗酒運んで来いや!」 
 気を利かせた明石の一言にはじかれるように誠が階段を駆け下りていく。
「ごめんね、明石君」 
「ええんです。ワシ等もいつもお世話になってばかりやさかい」 
 そう言うと明石は手元のビールを手に取りランの前に差し出した。
「おう、気が利くじゃねーか」 
 ランはさっとグラスを差し出す。なみなみとビールが注がれる。そして明石は今度は隣の岡部に瓶を向けた。
「これからもよろしゅうたのむで」 
「は、はあ」 
 サングラスの奥でまなじりを下げているだろう明石を想像しながらグラスを差し出す岡部。それを見ていたシャムの目の前にビールの瓶が現われた。
「シャムも飲めよ」 
 吉田がビールを差し出している。シャムは慌ててグラスを差し出す。
「まあエビがどんなのか……楽しみにするか……俺はお好み焼きはいいや。たこ焼きをお願い」 
 隣まで来ていた小夏にそう言うと手酌で自分のグラスにビールを注ぐ吉田。
 すでに明石も飲み始めている。あちこちでグラスをあおる顔がシャムからも見えた。
「私も飲むね」 
「勝手にしろ」 
 隣で黙って酒を飲んでいる吉田に笑みを漏らしながらシャムはビールをのどに注ぎ込んだ。
「お待たせしました!」 
 誠が颯爽と階段から現われると春子の前にとっくりを置く。
「ありがとね。それじゃあ飲みましょ」 
 そう言うと春子は手酌で熱燗をおちょこに注ぐ。ビールを飲みながらパーラはその様を見ていた。
「まあ春子さんの方が一枚上だからな」 
「なに?俊平何か知ってるの?」 
 静かに酒を飲む春子を見ながらの思わせぶりな吉田の言葉にしばらくシャムは首をかしげていた。
「あの人の前の旦那。小夏の親父のことはお前も知ってるだろ?」 
「ああ、今は留置所にいるんだよね。まだ裁判は結審していないんでしょ?」 
 小声でつぶやくシャム。春子の夫は四年ほど前まで東都の港湾部の難民居住区を中心とした地域でのシンジケート同士の抗争で四人の警官を射殺した容疑で逮捕されていた。離婚はすでに成立していたことはシャムも知っていた。上告はしているがおそらく一審で出た死刑が覆ることはまず考えられない。
「確かに浮気ぐらいなら全然かわいいところなのかもしれないね」 
 そう言うとシャムはグラスを干した。
「お母さん!お酒飲んでばっかりじゃなくて……」 
「小夏、ええねん。そこのでくの坊二人!」 
 階段から顔を出して文句を言おうとする小夏を制した明石は下座でビールをちびちびとすすっている菰田とソンに目をつけた。
「お前等今日はここの従業員や、ええな?」 
「え?」 
 明石の言葉にしばらく言葉が出ない菰田。助けを求めるようにソンがランに目を遣るが、ランはまるで言うことは無いと拒絶しているようにビールを飲んでいる。
「上官命令……OK?」 
 上機嫌の要の声にうなだれる二人。要はそんな二人を見て思わず隣のカウラを肘でこづいた。
「ああ、よろしく頼むぞ」 
 劇薬のようにカウラの言葉はよく効いた。二人ともカウラファンクラブ『ヒンヌー教』の幹部である。そのまま先を争うようにして階段を駆け下りていく。
 おもわず取り残されて呆然とする小夏だが、さすがに自分がいないと二人が何をするのか分からないのでそのまま階段を下りていく。
「効くなあ……おい。ファンがいるとはうらやましいねえ」 
「心にもないことは言わないことだ」 
 静かに半分ほど飲んだビールを一気に飲み干すカウラ。少しばかり酔いが回ってきたようで白い頬が朱に染まっている。
「本当に面白いね」
「まあいいんじゃ無いの?」 
 その様を見ていたシャムが吉田に声をかけるが吉田はつれなくそう言うとビールを飲み干した。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常38

 そんままランは階段を駆け上っていく。
『馬鹿野郎!』 
『嫌だな、中佐。ただの冗談じゃないですか……』 
『人騒がせな冗談だな』
 二階のやりとりを聞きながらシャムと明石は苦笑いで階段を上る。上座にどっかりと座っているラン。その隣で手に靴を持った吉田が愛想笑いを浮かべていた。
「ああ、靴置いてくるから」 
 それだけ言うと吉田は照れたような笑みを浮かべながら階段を駆け下りていく。
『なんだよ、ロボ。また二階からのご登場か?』 
 要の快活な声がランの隣の鉄板を占領したシャムの耳まで聞こえてきた。
「あ、誠ちゃん達着いたんだ」 
「もうええ時間やさかいな。当然なんとちゃうか?」 
 明石はそう言いながらランの座っている鉄板の横にちょこんと座る。巨体が売り物の明石の隣にどう見ても小学生のラン。しかも同じ中佐の階級だがランが先任と言うことで常に明石がランのご機嫌を伺うことになる。
 いつもの光景ながらシャムはその滑稽な有様を見ると吹き出してしまいそうになった。
「おう、もう来てるな!」 
 ずかずかと大きな態度で現れた要。それをなんとか制するように頭を下げながらシャムの隣の鉄板に導く誠。カウラはいつものように黙って誠の正面に座る。
「あれ?アイシャは?」 
「あのアホか?なんでもサラと話があって遅れて来るってさ。どうせパーラの件だろ?」 
 まるで心配することは無いというように要は頼むものが決まっているくせに鉄板の脇に置かれてあったメニューを開いて見始めた。
「鎗田も観念したんとちゃうか?」 
「それ鎗田の都合だろ?パーラの奴にも都合があるんじゃねーのか?」 
 ランは小さな体に似合いの小さなスタジャンを脱ぎながらネクタイを弄る明石を上目遣いに見つめた。それにあわせるように女将の家村春子と娘の小夏がそれぞれに突出しとおしぼりを持って現われる。
「本当に明石さんはご無沙汰ね」 
「いやまあ、済みません……どうにも本局勤めは柄にないとは思うとるんですが……なかなか」 
「少しは明華さんのところに顔を出してあげなさいよ」 
 婚約者の名前を出されてただひたすらに頭を掻く明石。それを色気のある切れ長の目で一瞥すると春子は小夏と一緒に突出しやおしぼり、そして小皿を配り始めた。
「いやあ!女将さんにはかないませんなあ!」
 快活に笑う明石。それを見てなぜかうれしそうに笑う誠。シャムは不思議に思っていた誠の少しだけの復活について聞いてみたい欲求に駆られて身を乗り出す。
「おう!ワシのおごりじゃ。好きなだけ食ってええで」 
 剛毅なところを見せようとふんぞり返る明石。それを見ながらランは呆れたような苦笑いを浮かべている。
「それじゃあボトルは?ボトル入れてもいいか!」 
「いい訳あるかい!」 
 要に突っ込みを入れる明石。シャムは話を切り出すタイミングを失ってそのまま座布団に腰を下ろす。
「遅れました……」 
 それにあわせて入ってきたのは菰田とソン、それにどこか疲れた表情の岡部だった。
「おう、岡部!こっち来いや!」 
 末席に菰田達と一緒に座ろうとする岡部に向かって明石が叫ぶ。岡部は周りを見渡した後、どうやら自分が明石の接待をすることになりそうだと悟って少しばかり恥ずかしげに頭を掻きながらランの隣にまでやってくる。
「ずいぶん賑やかになりそうね。……小夏!突出しをあと三つ追加。それじゃあとりあえずビールでいいですわよね」 
「ああ、頼みます」 
 すっかり場を仕切る明石。シャムはさらに岡部が揃ったことで誠のピッチングの件を切り出しやすくなったとタイミングを計っていた。
「おい、お前は何にする?」 
 そんなところに邪魔するように声をかけてくる吉田。シャムは少し感情が表に出そうになりながらそれも大人げないと少し首をひねった。
「豚玉も飽きてきたなあ……」 
「あれ?オメエも飽きるとかあるのか?」 
「失礼だな、要ちゃん。私も気分を変えたいときくらいあるんだよ!」 
 要の突っ込みに何となくシャムはムキになってメニューを覗いた。ちらりと見たそのお品書きにおすすめとして載っている太字の文字に自然とシャムの視線は引きつけられた。
「あれ?新エビ玉って?」 
「さすがシャムちゃんね。新港のエビがシーズンなのよ。それでこの前源さんがたくさん仕入れてきたから試してみたらおいしくって……お勧めよ」 
 春子の口から出た『新港』の言葉に場が少しばかり不穏な空気に包まれた。

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遼州戦記 保安隊日乗 番外編2 ナンバルゲニア・シャムラードの日常37

 正門の前には20世紀のドイツのワゴン車のレプリカが止まっていた。吉田お気に入りの一台。
「乗れよ、明石達はもう出たぞ」 
 吉田に急かされてシャムは駆け足で車に乗り込んだ。
「積んでくれてたんだ」 
 後部にはシャムのバイクがロープで固定された状態で乗せられている。
「まあな、気が利くだろ?」 
「そうだね」 
 シャムの笑顔を見ると吉田は車を出した。
 正門前の車止めもすでに夜の闇の中に沈んでいる。そこから真っ直ぐ、ゲートの明かりだけが頼りだった。
「おい!」 
 ゲートに着いた吉田が窓を開けて叫ぶ。うたた寝をしていた古参の警備部員がめんどくさそうにゲートのスイッチを押す。
「お先!」 
 吉田はそう叫ぶのそのまま不眠の大工場の中に車を乗り入れた。
 昼間ほどではないがやはり大型トレーラーが資材を満載して行き来している。そんな工場内の道路を吉田は慣れたハンドルさばきで車を走らせた。
「パーラの話……」 
「ああ、クバルカ隊長から聞いたよ。まあいい大人だ。どう判断するかは本人の問題だろ?鎗田も馬鹿だがそれなりの技術屋のプライドくらいはあるはずだからな」 
 落ち着いた調子でつぶやく吉田を見てシャムは少しばかり安心した。
「そうだね。ランちゃんも見てるんだから大丈夫だよね」 
「ああ、あのちびっ子。喰えないからな。鈴木中佐にしろ明華にしろ敵に回すとやっかいだってことは明石の野郎が伝えてると思うからな」 
 工場の中央を走るメインストリート。主に昼間は営業車の出入りに使用される道にはすれ違う車も無かった。
「でも……なんだか心配だよな……」 
「そんなに心配なら見に行くか?場所もわかるぞ……まあ移動しても鎗田の車のシリアルナンバーは登録済みだから追えるぞ」 
 真顔でシャムを見つめてくる吉田。シャムはただ苦笑いを浮かべていた。
「あまり干渉するのは良くないよね」 
「そういうことだ」 
 吉田の言葉に頷くシャム。車は工場の正門に到着し、監視ゲートをくぐってそのまま産業道路と呼ばれる国道に出ることになった。
 しばらく沈黙が続いた。
 車の流れは順調だった。帰宅を急ぐ車の列に続けばすぐにまた工業団地から住宅地へ向かう道をすいすいと走ることができる。
「話は変わるんだけど……さ」 
 シャムは沈黙に耐えられずに口を開いていた。吉田は相変わらず気にする風もなくハンドルを握っている。
「誠ちゃん……」 
「ああ、気の持ちようだろうな」 
 質問より早く吉田は答えていた。シャムはなんとなくわかったのかわからないのかよくわからないまま外を流れる車の列に目を移した。
「アイツはああ見えて結構度胸が据わってるよ。表面上はおどおどしていても本心から迷うような奴じゃない」 
「なに?俊平はわかっているみたいじゃない」 
「俺を誰だと思ってるんだ?精神科医の論文くらい毎日目を通しているよ」 
 平然と答える吉田。車は周りの永遠に続くかに見えた田んぼと点在する大型店ばかりの道から住宅の目立つ景色の中に飛び込んでいた。
「そう言うのも読むんだ」 
「まあな。傭兵時代は戦場のストレスで耐えられなくてぶっ壊れる部下をさんざん見てきたからな。それに対処するのもプロとしては当然のお仕事だろ?」 
「傭兵って大変なんだね」 
「なあに、戦争をする馬鹿連中の一人に加わって大変じゃ無いことなんてあるもんか。要は与えられた仕事を成し遂げるに当たって必要な情報のソースを広く構えていること……じゃないかな。俺が知る限りは俺以外にそういうことに関心がある指揮官というと隊長ぐらいだな」 
 ずらりと並ぶ右折専用車線に車を乗り入れながら吉田がつぶやく。彼らしい傲慢で気取った言葉の最後にシャムも尊敬する主君、『嵯峨惟基』の名前があることにシャムは思わずほほえんでいた。
「じゃあ隊長はすごいんだ」 
「すごいかどうかは別として、あれは敵には回したくないね。もっとも、何も知らずに敵に回して義体を一個つぶしたことがあったが……あれは参ったよ」 
 動き出した前の車に続いて右車線にハンドルを切る。車はなめらかに曲り、そのまま豊川市街地へ向かう道へと進んでいった。
「そう言えばあの時は予備を切らしてたんだよね」 
「お前さあ、そう言うどうでもいいことよく覚えてるな。だったらたまには伝票ぐらい自分で仕上げてくれよ」 
 呆れたというようにシャムを見つめる吉田。シャムは笑顔で流れていく町の景色を眺めている。
「でも、話は戻るけどそんなに簡単に気持ちって変えられるの?」 
「そりゃあその秘密は明石に聞けよ。まあ、あいつの経歴から考えるとコツがどこかにあるだろうということくらいは察しがつくけどな」 
 シャムを煙に巻くような言葉を吐きながら吉田が笑う。車はそのまま駅前に続くアーケード街が目立つ市街中心部へと入り込んでいた。
 景色が変われば気分も変わる。
「でもタコさんはなぜ来たのかな?」 
 シャムの言葉が少しばかり元気になっているように響くのはあまさき屋が近づいているからだろう。吉田はそれに応えるわけではなくただ車を走らせている。
「ねえ!」 
「俺に聞くなよ。どうせすぐ分かること何じゃねえの?」 
 吉田はそう言うと少し乱暴に車をコイン駐車場に乗り入れた。急な衝撃。シャムは思わず吉田を睨み付ける。
「はい到着」 
 気にする様子もなくサイドブレーキを引く吉田。二人はシートベルトを外してそのまま車を降りた。
 夜の繁華街。都心部でもないこの豊川の町はかなり寂れた印象がある。だが二人ともその雰囲気は嫌いでは無かった。
「寒いね」 
「冬だからな」 
 当たり前の会話が続く。アーケードの脇の路地を進む二人。時折カラオケのうなり声がスナックの防音扉から漏れるのが聞こえてくる。
「また……やるんだ」 
 目的地のあまさき屋の裏まで来たところでそのまま裏通りを進もうとする吉田に呆れたように声をかけるシャム。
「当たり前だ。ポリシーだよ」 
 そう言うと吉田はそのまま裏路地に姿を消した。シャムはそんな吉田を見送ると表通りに進路を取った。
「なんだ?シャム一人か?」 
 店の前、ちょうど到着していたのはランと明石だった。
「え?ええ、まあ」 
「吉田のアホはまた裏からよじ登るつもりやな。毎度飽きない奴やなあ」 
 呆れたような顔で紫の背広の明石があまさき屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃい!」 
 それなりに客のいる町のお好み焼きの店のカウンター。薄紫の小袖を着て目の前のサラリーマン風の客に燗酒を差し出している女将の家村春子が快活な笑みを浮かべていた。
「女将さん、上、空いてる?」 
「まあ。いつものことじゃないの。知ってて来たんでしょ?」 
 明石の言葉に春子は明るい笑みで答える。ランはすでにその言葉を末までもなく奥の階段をのぼり始めていた。
「シャムちゃんがそこにいるってことは……また吉田さんは裏からよじ登るつもりね?」 
「いつもうちの馬鹿がすいませんね!」 
 階段から小さな体をねじって振り返りランが答えた。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》
ジャンル : 小説・文学

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